平成28年施行の金融所得一体課税と 3月決算法人の実務上の留意点 【第3回】 (最終回) 「住民税利子割の廃止及び 少人数私募債の利子の課税方式の見直し」 税理士 芦川 洋祐 I 住民税利子割の廃止 1 改正の内容 (1) 法人に対する住民税利子割の廃止 金融所得一体課税の施行に併せて、平成28年1月1日以後に支払いを受けるべき利子等に係る住民税利子割の納税義務者が、「利子等の支払いを受ける者」から「利子等の支払いを受ける個人」に改正され、法人が納税義務者から除外された。 また、上記改正によって法人が住民税利子割の納税義務者から除外されたことに伴い、法人が支払いを受ける利子等に係る以下の非課税措置が廃止された。 (2) 利子割の控除・充当・還付規定の廃止 上記(1)の改正に伴い、利子割額の法人税割額からの控除(旧地法53条26項、旧地令9の8)、利子割額の控除不足額の道府県民税均等割額への充当(旧地法53条39項)、利子割額の控除不足額の還付(旧地法53条40項、旧地令9の9の2~5)その他利子割に関連する規定が削除された。 2 事業年度の中途に改正時期を迎える場合 上記1の改正は、平成28年1月1日以後に支払いを受けるべき利子等から適用することとされている。そのため、事業年度の中途において改正時期(平成28年1月1日)を迎える場合には、改正時期前に支払いを受けるべき利子等については改正前の規定が適用されることとなり、利子割の控除・充当・還付が可能である。 Ⅱ 少人数私募債の利子の課税方式の見直し 1 少人数私募債と改正前の節税対策 少人数私募債とは、次の要件を満たす社債をいう。 少人数私募債には 等のメリットがある。 また、上記のほか、同族会社の経営者の場合には、役員報酬に係る税率(累進課税)と私募債の利子所得に係る税率(源泉分離課税:20.315%)の税率差を利用した節税対策が可能であった。 2 改正の内容 金融所得課税の一体化の改正に伴い、平成28年1月1日以後に支払いを受ける利子等のうち下表の利子所得に対する課税方式が分離課税から総合課税に変更された。 3 改正の影響 平成25年度税制改正の段階では、平成27年12月31日までに発行すれば平成28年1月1日以後に支払いを受ける利子等についても分離課税が適用できることとされていた。しかし、平成26年度税制改正において平成27年12月31日までに発行されたものであっても、同族会社が発行する公社債の利子等については総合課税の対象とされた。 これにより、同族会社が発行する少人数私募債の利子等のうち、平成28年1月1日以後に支払いを受けるものはすべて総合課税の対象とされ、少人数私募債の発行による総合課税と分離課税の税率差を利用した節税対策は封じられた。 (連載了)
理由付記の不備をめぐる事例研究 【第2回】 「最近の注目裁判例・裁決例① (国税不服審判所平成26年11月18日裁決)」 ~相続財産の価額からの債務控除が認められないと判断した理由は?~ 中央大学大学院商学研究科 博士後期課程 (酒井克彦研究室所属) 泉 絢也 今回は、理由付記をめぐる最近注目の裁決例を取り上げてみたい。 1 事案の概要 本件は、相続人である審査請求人Xらが、被相続人には合資会社A商会(以下「A商会」という)の無限責任社員として負っている会社法580条1項に規定する「債務を弁済する責任」があるとして、相続税の課税価格の計算上、この「債務を弁済する責任」を債務として控除して相続税の申告をしたところ、課税庁(原処分庁)が、被相続人は「債務を弁済する責任」を負っていたとは認められないから、債務として控除することはできないなどとして、相続税の更正処分等をしたのに対し、Xらが、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 国税不服審判所平成26年11月18日裁決(TAINS F0-3-398。以下「本裁決」という)は、更正等通知書に記載された無限責任社員としての債務弁済責任に係る債務控除(相続税法13条及び14条)に関する処分の理由は、行政手続法14条1項の規定の趣旨を満たす程度に提示されたものとはいえないとして、課税処分のすべてを取り消した。 2 更正等通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) 3 関係法令 本件理由付記を一読してみると、課税処分の内容及び理由は、相続人であるXらは相続税の申告に当たり、A商会の本件相続開始日における債務超過額1,401,816,220円を、A商会の無限責任社員である本件被相続人の債務弁済責任に基づく債務であるとして相続税の相続財産の価額から控除しているが、この債務控除が認められないというものであることがわかる。 そこで、債務控除に関する相続税法の規定を見てみると、相続により財産を取得した個人で、当該財産を取得した時において日本国内に住所を有するなどの一定の者については、相続税の課税価格は当該財産の価額の合計額となるが、その課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から次に掲げるものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額によるものとされている(相続税法11の2第1項、13条1項など)。 また、この場合の控除すべき債務は、確実と認められるものに限るものとされている(相続税法14条1項)。 これらの規定から読み取ることができる債務控除の要件は次の3つである(ただし、上記②に関する記述は省略する)。 4 本裁決の判断 本裁決は、次のとおり、本件理由付記に不備があると判断した。 (1) 求められる理由付記の程度 求められる理由付記の程度について、本裁決は、「行政手続法第14条第1項が、不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは、名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の埋由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解されている(最高裁平成23年6月7日第三小法廷・民集65巻4号2081頁参照)。」と述べている。 要するに、(青色申告書に係る更正ではない)相続税の更正に係る理由付記においても、行政庁の恣意の抑制と不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨に照らして、理由付記の十分性を検討するという理解である。 (2) 理由付記の十分性 本裁決は、本件理由付記からは、本件相続開始日における本件債務弁済責任に基づく債務が現に存しないと課税庁が判断した理由として、例えば次の①~⑤など、様々な可能性が考えられるところ、実際の処分理由がこれらのどれに当たるのか、あるいはこれ以外の理由なのか、不明であるといわざるを得ないから、本件理由付記は、上記(1)の行政手続法14条1項の規定の趣旨(①原処分庁の判断の恣意の抑制及び②名宛人に対する不服申立ての便宜)を満たす程度に提示されたものとはいえないとして、更正処分のうち債務控除に係る部分は、同項の要件を満たさない違法な処分であるとして、取り消すべきであると判断した。 5 考察 本裁決は、平成23年12月の税制改正において義務化された青色申告書以外の更正に係る理由付記の処分取消事例という点で注目すべきではあるが、青色申告書に係る更正の理由付記を中心に検討する本連載との関係では、本裁決から得られる次の2つの有益な視点に注目しておきたい。いずれも、本事案にかかわらず、他の事案における理由付記の十分性を検討する際にも役立つ視点である。 (1) 本裁決の注目点① 本裁決は、本件理由付記が不備であると判断するに当たり、本件理由付記からは、本件相続開始日における本件債務弁済責任に基づく債務が現に存しないと課税庁が判断した理由として、例えば上記4(2)の【想定される課税処分の理由】①~⑤など、様々な可能性が考えられるところ、実際の処分理由がこれらのどれに当たるのか、あるいはこれ以外の理由なのか、不明であるといわざるを得ないことを指摘している。 更正処分の理由として、複数考えられるにもかかわらず、理由付記からは、実際の処分理由を特定することができない場合には、行政処分庁の恣意抑制と不服申立ての便宜という行政手続法14条1項の趣旨に照らして、理由付記に不備があるという評価につながり得るという視点は注目に値する。 このような視点は、法令の解釈・適用及び事実認定の双方の場面において応用することが可能であり、理由付記の不備を訴える際に重要なものであると考える。 (2) 本裁決の注目点② (1)でも述べたとおり、本裁決は、本件相続開始日における本件債務弁済責任に基づく債務が現に存しないと課税庁が判断した理由として、例えば上記4(2)の【想定される課税処分の理由】①~⑤など、様々な可能性が考えられることを指摘している。なるほど、本裁決に係る審査請求における課税庁の主張を見ると少なくとも【想定される課税処分の理由】の①及び⑤に係る主張を行っており(以下の下線部分参照)、まさに、これらの点が理由付記に付記されていなかったことを指摘できる(本裁決も⑤の指摘部分では、課税庁の主張を参照している)。 すなわち、本件理由付記からは、本件相続開始日における本件債務弁済責任に基づく債務が現に存しないと課税庁が判断した理由は明らかではないし、上記3の債務控除の要件【1】~【3】の法律要件を具体的にどのように満たさないと判断したのかという点も明らかではないと考えるが、この点について、課税庁は、審査請求の段階で次のとおり主張している。 上記主張においては、本件相続開始日における本件債務弁済責任に基づく債務が相続税法13条1項1号に規定する「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの」には該当しない、あるいは相続税法14条1項に規定する「確実と認められるもの」に該当しないと課税庁が判断した具体的な理由が述べられているし、上記3の債務控除の要件【1】~【3】の法律要件を具体的にどのように満たさないと判断したのかについても述べられている。 もちろん、上記主張と同程度か、それ以上の理由が付記されていないからといって、直ちに理由付記に不備があるとされるものではないが、理由付記の程度と争訟段階における課税庁の主張・立証の程度との間に著しい差があると、なぜ課税庁は、争訟段階で課税庁が主張しているような内容や提出している証拠を理由付記において記載しなかったのかという疑念が生まれるし、理由付記に記載された理由との関係で理由の追加的主張や理由の変更が認められるのかという議論にも発展するであろう(実際、本件理由付記には相続税法14条1項の記載がないことを指摘し得る)。 以上からすれば、争訟段階における課税庁の主張・立証の内容から、更正処分の具体的な理由、判断過程又は根拠資料を推測し、その推測される処分理由等と、理由付記の記載内容とを比較することで、理由付記の不十分さが浮かび上がる場合があるという視点を学び取ることが可能であると考える。 * * * 次回は、収益事業に該当すると判断して行った課税処分を、理由付記に不備があるとして取り消した判決を取り上げる。 (了)
組織再編・資本等取引に関する最近の裁判例・裁決例について 【第41回】 「その他の裁判例④」 公認会計士 佐藤 信祐 今回、解説する事件は、事業協同組合員の死亡脱退の払戻しが、被相続人において生じたのか、相続人において生じたのかが争われた事件である。 中小企業等協同組合法に関連する事件はそれほど多くはないが、租税法を理解する前に、中小企業等協同組合法を理解する必要があるという意味では、非常に参考になる事件である。 26 事業協同組合員の死亡脱退の払戻請求権(平成20年7月15日東京地裁判決・TAINSコード:Z888-1409) (1) 事件の概要 本事件は、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合である原告が、組合員の死亡脱退に係る脱退組合員持分払戻金のうち組合員の出資金を超える部分が所得税法25条の定めるみなし配当に当たるとして、配当所得に係る源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたが、上記払戻金は組合員の死亡後確定するものであって組合員に帰属するものではないから、組合員の所得に係る所得税の課税の対象とならないなどとして、それらの取消しを求めた事件である。 なお、本事件の争点は、以下の通りである。 このうち、【争点2】については、東京地裁判決にあるように、「組合員の持分、あるいはその払戻請求権は、いわば組合の純資産に対して組合員が当然に持つべき『分け前』であり、組合員の基本的な権利として位置づけられる性質を有するものであって、実質的にみても、これを雇用契約等から生じる退職手当金、賞与、給与等と同一に扱うべき理由はない」ことから、論ずるまでもないため、本稿は【争点1】についてのみ解説を行うこととする。 (2) 原告の主張 そもそも死亡により成立する権利が、死亡した者にいったん帰属することはあり得ない。 原告の定款においては、その11条により、組合員が死亡した場合は、相続人が、死亡した組合員の地位を承継することができ、相続人が組合員の地位を承継しない選択をして初めて脱退の効力が生じるのであるから、払戻請求権は相続人固有の権利であり、死亡した組合員の所得とはならない。 死亡脱退の場合も死亡した年の事業年度が終了するまでは持分払戻請求権は発生も確定もしていないのであり、所得税法36条1項の「権利確定主義」の考え方からも、死亡時に未だ確定していない持分払戻請求権が、死亡脱退した組合員に帰属することは考えられない。 (3) 被告の主張 死亡によって脱退した者の持分の払戻請求権は、組合員の脱退の事実があった日、すなわち死亡の日に確定し、その日に組合員の所得が実現することとなる。 所得税法36条1項のいわゆる権利確定主義は、当該所得が、1つの権利義務の主体のどの年の所得として認識されるかという年度帰属の問題であり、権利が誰に帰属するかという問題ではないところ、組合員が死亡により脱退すれば、組合員に当然に払戻請求権が発生し、帰属することになるから、この払戻請求権は、組合員の死亡の時点で、当該組合員のその年の所得として確定するというべきである。 (4) 裁判所の判断 これらの規定(筆者注:中小企業等協同組合法19条、20条)によれば、組合員が死亡した場合には、当該組合員は、当然に組合から脱退するとともに、その持分の払戻請求権を取得することを定めたものと解するのが自然である一方、中小企業等協同組合法の他の規定を見ても、持分払戻請求権が、組合員の死亡等による脱退の時点ではなく、それよりも後の時点で発生することをうかがわせる規定や、持分払戻請求権が、死亡した組合員ではなく、その相続人に発生することをうかがわせる規定は何ら存在しない。 中小企業等協同組合法の規定及び原告の定款によれば、原告においては、組合員の死亡により、原則として、脱退後の事業年度末日における払戻対象金額を出資口数に応じて算定した金額の持分の払戻請求権が当然に発生し、払込済出資額等以上の額の部分は、総会決議により減額されることがあることをいわば一部解除条件として、死亡した組合員がこれを取得するというべきである。 原告は、死亡により成立する権利が死亡した者にいったん帰属することはあり得ない旨を主張するが、持分払戻請求権は組合員の死亡によって発生する権利であって、およそ死亡によって組合員にいったん帰属することが法律上あり得ないということはできない上、実質的にみても、持分払戻請求権は組合員が有していた持分がいわば金銭に転化したものであって、同一性が認められるから、持分払戻請求権が死亡した組合員にいったん帰属すると解すべきことには合理性が認められるのであって、この点についての原告の主張は採用の限りでない。 原告の定款11条は、死亡した組合員の相続人で組合員たる資格を有する者の1人が相続開始後30日以内に加入の申出をしたときは、「相続開始の時に組合員になったものとみなす」旨の規定であり、その規定ぶりからも明らかなように、中小企業等協同組合法19条1項2号の規定により組合員の死亡によっていったん脱退の効果が生じることを前提とした上で、組合員である相続人が、被相続人たる組合員の死亡後に加入の申出をした場合に、遡ってその相続人が相続開始の時に組合員となったと「みなす」にすぎず、原告の主張するように、組合員たる相続人が加入の申出をしなかったときにはじめて、死亡した組合員の脱退の効力が生じたり、持分の払戻請求権が発生することを定めた規定であると解することは到底できない そもそも権利確定主義は、当該所得が1つの権利義務の主体のどの年の所得として認識されるべきであるかという、所得の年度帰属の問題であるところ、組合員の死亡脱退に伴う持分払戻請求権は、前記のとおり、組合員の死亡によって組合員の所得として発生するのであって、組合員が死亡した年の所得として認識されることになることは明らかであ(る。) (5) 評釈 このように、東京地裁は原告の請求を棄却し、被告が勝訴した。また、原告は東京高裁に控訴したが、平成20年11月27日に棄却された(TAINSコード:Z258-11087)。 本事件で問題となった中小企業等協同組合法では、以下のように定められている。 さらに、本事件の事実関係を見る限り、中小企業等協同組合法に従った定款が定められているものの、定款11条にて、死亡した組合員の相続人で組合員たる資格を有する者の1人が相続開始後30日以内に加入の申出をしたときは、「相続開始の時に組合員になったものとみなす」旨の規定であったという問題がある。 この点については、裁判所の判断にあるように、相続人が組合員になるのであれば、遡ってその相続人が相続開始の時に組合員となったとみなされることから、停止条件ではなく、解除条件が付された形で被相続人に払戻請求権が発生することになる。 また、定款14条では、組合員が脱退したときは払戻対象金額が減額される可能性がある旨が記載されているものの死亡のときにはそのような規定はないため、死亡により脱退した事業年度終了の日における組合財産を基礎として払戻対象金額が算定されることになる。 このように整理してみると、相続人にて払戻請求権が発生したとみることはできず、被相続人にて払戻請求権が発生したと考えることになろう。 なお、本事件で争われているのは、平成13年3月分、平成15年7月分及び平成15年12月分の各月分の源泉所得税である。それがゆえに、【争点2】にて、「相続税のみを課し、所得税は課されない」との主張がなされているが、この主張が認められないことは言うまでもない。 そうなると、源泉所得税の支払期日の問題のみとなってくるが、納税告知処分及び賦課決定処分が平成17年12月26日であり、払戻対象金額を確定させる通常総会が開かれたのは平成15年5月30日である。判決文の別紙2を見てみると、平成17年3月末時点で、払戻対象金額のうち、3分の1は未払いではあるものの、残りの3分の2は支払われている。 そのため、本事件の前提条件としては、そもそも納税者が源泉所得税の徴収を怠っていたということがスタートであり、税務コンプライアンスの観点からは納税者に落ち度があったということも言える。 いずれにしても、本事件は数少ない中小企業等協同組合法についての事件であり、実務上も参考にすべきものであると考えられる。 (了)
なぜ工事契約会計で不正が起こるのか? ~東芝事件から学ぶ原因と防止策~ 【第3回】 (最終回) 「不正を防止するための施策」 公認会計士・税理士 中谷 敏久 Ⅰ 不正の原因 工事進行基準による会計処理を適正に行うためには、3要素(工事収益総額、工事原価総額、決算日における工事進捗度)のうち工事原価総額を信頼性をもって見積もる必要があり、それが故意又は過失によりなされない場合、会計不正が生じる。具体的には、売上の過大計上であり、工事損失引当金の過少計上又は未計上である。 ではなぜ、そのような会計不正が日本を代表する企業で起こったのか、また、発生を防止することができなかったのか。 報告書では直接的な原因と間接的な原因に分けて、以下のように分析されている。 Ⅱ 不正を防止するための施策 過去にも数々の企業において会計不正が発覚しているが、原因が究明されると必ず上記の原因のいずれかが指摘される。 したがって、これらの原因を一つ一つ除去あるいは解決していくことが、すなわち会計不正を防止するための施策になるといえる。 上記の原因のうち は経営者の倫理観の問題であるが、経営者が倫理観を喪失して会計不正に積極的に関与した場合、不正を防止することは非常に困難になる。 この場合には といったコーポレートガバナンスを正常に機能させる必要があるが、東芝のケースではそれもなされていなかった。 報告書によると、K案件(前回の不正事例一覧参照)について監査委員会委員長が「K案件については当日はあまり質問しないようにしよう。61億円の超過分については知らなかったことにする」と発言したとされているが、事実とすれば「監査機能」は全く機能していなかった。また、200億円超の損失が発生する工事契約(H案件)について取締役会に報告されていなかったとすると、「監督機能」も全く機能していなかったことになる。 これに対しては、不正を防止するために設置されているはずの取締役会、監査委員会を正常に機能する状態に戻すべく、人事を刷新する議案が平成27年9月の臨時株主総会に提出されたとのことであるが、今後不正を防止するための妥当な施策といえる。 は多かれ少なかれ程度の差はあっても、多くの企業に当てはまることであり、東芝に限ったことではない。たとえ③④があろうとも、大部分の上場会社は認められた会計基準の枠内で会計処理しているのが現状であり、③④が原因で会計不正が生じたとするならば、それは東芝固有の問題であろう。 については、少し違和感を感じる。なぜなら、工事進行基準の考え方自体それほど複雑なものでなく、東芝の経営者であれば一般的な会計知識を持っているはずであり、充分理解できる範疇であるし、また、以前オリンパスで発覚したような、本業とは全く関係のない金融取引によるものではなく、工事契約取引という東芝の日常的な業務の中で行われたものだからである。 むしろ、⑦で指摘されているような組織の内部統制が十分機能していなかったことが重要であり、不正を防止するためには、これらの組織を強化していく必要があると考えられる。 ⑫の内部通報制度も不正防止には非常に効果的である。もともと今回の会計不正が発覚したきっかけは証券取引等監視委員会への内部通報であるが、組織内部でこの制度が正常に運用されれば、たとえ会計不正がなされたとしても初期の段階で解消することが可能になり、会計不正額が巨額になることを防ぐことができるであろう。 なお、報告書ではあまり触れられていないが、不正を防止するための最後の歯止めが会計監査人の監査である。独立の第三者として財務諸表に対して監査意見を表明するのがその主な業務であるが、内部統制がうまく機能しない場合には、会計監査人が会計不正を防止する役割を果たさなければならない。 (連載了)
金融商品会計を学ぶ 【第17回】 「貸倒引当金の計上方法②」 公認会計士 阿部 光成 前回に引き続き、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号。以下「金融商品会計基準」という)及び「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号。以下「金融商品実務指針」という)における貸倒見積高の算定について述べる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 貸倒懸念債権 1 定義 貸倒懸念債権とは、経営破綻には至っていないが、債務の弁済に重大な問題が生じているか又は生じる可能性の高い債務者に対する債権である(金融商品会計基準27項(2)、金融商品実務指針112項)。 2 貸倒見積高 貸倒懸念債権に関する貸倒見積高は、財務内容評価法又はキャッシュ・フロー見積法により算定する(金融商品実務指針113項)。 3 財務内容評価法の留意点 財務内容評価法を採用する場合には、債務者の支払能力を総合的に判断する必要がある(金融商品実務指針114項)。 債務者の支払能力は、債務者の経営状態、債務超過の程度、延滞の期間、事業活動の状況、銀行等金融機関及び親会社の支援状況、再建計画の実現可能性、今後の収益及び資金繰りの見通し、その他債権回収に関係のある一切の定量的・定性的要因を考慮することにより判断される。 金融商品実務指針は、担保や保証に関する取扱いについても詳細に規定している(金融商品実務指針114項)。 4 キャッシュ・フロー見積法の留意点 将来キャッシュ・フローの見積りは、少なくとも各期末に更新し、貸倒見積高を洗い替える(金融商品実務指針115項)。 割引効果の時間の経過による実現分のうち貸倒見積高の減額分は、原則として、受取利息に含めて処理する。ただし、それを受取利息に含めないで貸倒引当金戻入額として営業費用又は営業外費用から控除するか営業外収益に計上することもできる。 Ⅱ 破産更生債権等 1 定義 破産更生債権等とは、経営破綻又は実質的に経営破綻に陥っている債務者に対する債権である(金融商品会計基準27項(3)、金融商品実務指針116項)。 2 貸倒見積高 破産更生債権等に関する貸倒見積高は、財務内容評価法により算定する(金融商品実務指針117項)。 Ⅲ 貸倒引当金の会計処理 1 個別引当法と総括引当法 貸倒見積高の引当方法には、個別引当法と総括引当法がある(金融商品実務指針122項)。 貸倒引当金の繰入れ及び取崩しの処理は、引当の対象となった債権の区分ごとに行う。 2 直接減額による取崩し及び直接減額後の回収 債権の回収可能性がほとんどないと判断された場合には、貸倒損失額を債権から直接減額して、当該貸倒損失額と当該債権に係る前期貸倒引当金残高のいずれか少ない金額まで貸倒引当金を取り崩し、当期貸倒損失額と相殺する(金融商品実務指針123項)。 当該債権に係る前期末の貸倒引当金が当期貸倒損失額に不足する場合、当該不足額をそれぞれの債権の性格により原則として営業費用又は営業外費用に計上する。 また、貸倒見積高を債権から直接減額した後に、残存する帳簿価額を上回る回収があった場合には、原則として営業外収益として当該期間に認識する(金融商品実務指針124項)。 3 繰入額と取崩額の相殺表示 当事業年度末における貸倒引当金のうち直接償却により債権額と相殺した後の不要となった残額があるときは、これを取り崩さなければならない(金融商品実務指針125項)。 次の事項に留意する。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第104回】 会社税務に係る会計処理③ 「追徴税額、還付税額」 仰星監査法人 公認会計士 横塚 大介 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) ◆中間納付 〈会計処理の解説〉 追徴税額について過去の誤謬に該当しないと判断される場合は、損益計算書上、「法人税、住民税及び事業税」の次にその内容を示す名称を付した勘定科目をもって記載します。ただし、これらの金額の重要性が乏しい場合には、「法人税、住民税及び事業税」に含めて表示することができます(実務指針第63号2(1)④)。 一般的に追徴税額が課される場合は、会社側の会計処理の誤りに起因し、過去の誤謬に該当するケースが多いと思われます。その場合には遡及適用による修正再表示を行うかどうか判断します。 本事例では、修正再表示するほどの重要性はないと判断していることから、修正再表示していません。また、金額的重要性がないことから、「法人税、住民税及び事業税」に含めて表示しています。 また、会社と税務当局との見解が相違する場合は、会計処理は誤りではなく過去の誤謬に該当しないと会社が判断していますので、修正再表示をする必要はありません。ただし、見解の相違であることについて十分な検討が必要になります。 なお、当期に中間納付した金額が年税額を超える場合には、中間納付額のうち年税額を超える金額が還付税額となることが見込まれます。還付税額に重要性が乏しいと認められる場合を除き、「未収還付法人税等」等、その内容を示す適当な科目で計上します(実務指針第63号2(1)④ )。 (了) ※2016年1月は、引当金の会計処理について取り上げます。
義務だけで終わらせない「ストレスチェック」の活かし方 【第3回】 (最終回) 「ストレスのメカニズムから考えるメンタルヘルス対策」 特定社会保険労務士 大東 恵子 メカニズムに則った対策を 前回はストレスのメカニズムについて、説明させていただいた。12月からスタートするストレスチェックやメンタルヘルス対策について考えるとき、このストレスのメカニズムに則って進めることが重要である。すなわち、それぞれメカニズムのどこの部分に対する結果で、どの部分に対するアプローチを考えなければならないのかをしっかりと捉えることが大切である。 その上で、厚生労働省が「労働者の心の健康の保持増進のための指針」の中で提唱している、 の“4つのケア”が、メカニズムのそれぞれの部分によって、それぞれの役割を果たすことで、適切なメンタルヘルス対策を進めることが可能となる。 “4つのケア”の効果 まずは、ストレスチェックによって、職場に蔓延するストレッサーにはどのようなものがあるのか、人間関係の状況はどうか、仕事の質や量は適切かなどを査定することになる。ここに何か問題があるならば、「ラインによるケア」として管理監督者による仕事量を調整し残業を無くすなどの対策が必要となる。 ものの捉え方については、「セルフケア」として、ストレスチェックの結果を本人にフィードバックをすることでストレスについて考える機会を与え、また「事業場内産業保健スタッフによるケア」として、セミナーなどストレス教育などを進めることもできる。 緩衝要因としては、「ラインによるケア」として、日頃から管理監督者がその従業員の様子を観察し、何か不調の様子があった際に、声をかけるなど、早期対応が行うことができる。また、部内の雰囲気を良好にし、仲間意識を生むことで、励まし合う環境が生まれ、作業効率もアップするという効果もある。さらに「事業場内産業保健スタッフによるケア」としては、相談窓口を設置するなどで、早期発見早期対応で、状況が悪化しないよう対策を打つということも可能である。 ストレス反応としては、上記の緩衝要因とも重なるところがあるが、何かあっても管理監督者や事業場内産業保健スタッフに相談できるフローの構築や、それこそストレスチェックによってストレス疾患予備軍をスケーリングし、しかるべき対応につなげることで、早期発見早期対応が可能となる。 実際に、ストレス疾患まで発展してしまった場合は、「事業場外資源によるケア」として、しかるべき機関につなげ、休職や再発予防など対策を構築する。 企業全体の課題をあぶり出すツールとして 法令で決まっているからといって、やみくもにストレスチェックや対策を行うのではなく、それぞれの結果がメカニズムのどこを表しており、対策がどこにアプローチをしているのかという観点を持つことが重要となる。 ストレスチェックは、企業全体の課題をあぶり出すツールとして大いに役立ち、有益な情報が詰まったものであり、これを活かすも活かさないもその企業次第である。この12月のスタートをきっかけに、職場環境・働く意義について企業全体で考える機会になれば、また本連載がその一助となれば幸いである。 (連載了)
中小企業事業主のための 年金構築のポイント 【第19回】 「まとめ(1)」 -個人事業主の年金- 特定社会保険労務士 佐竹 康男 ここまで、18回にわたり「中小企業事業主の年金構築のためのポイント」について説明してきたが、今回はそのまとめとして、「個人事業主の年金」について、加入から年金受給までの留意点を挙げる。 1 個人事業主に係る年金制度 個人事業主等、厚生年金保険に加入していない20歳以上60歳未満の者には、第1号被保険者として国民年金の加入義務が生じる。65歳から受給できる年金を「老齢基礎年金」といい、その年金額は、40年間保険料を納付した場合、満額で780,100円(平成27年度価額)である。 2 保険料の未納期間があった場合 (1) 個人事業主と国民年金の保険料 個人事業主は、20歳から60歳まで国民年金に加入して、保険料(平成27年度15,590円)を毎月納付しなければならない。保険料を支払った期間に応じて年金額が決まるため、もしこの40年間で保険料の未納期間があれば、満額の年金は受給できない。また、25年の受給資格期間(保険料を納付した期間及び保険料の免除を受けた期間等を合算した期間)を満たせず、年金が全く受給できなくなる場合もある。 (2) 未納期間があった場合の対応 下記の制度を活用することにより、満額の年金又は満額の年金に近づけることができ、また、受給資格期間を満たせるようになる。 3 配偶者(妻)の年金 個人事業主の配偶者(たとえば妻)が厚生年金保険に加入していなければ、その妻も個人事業主と同様に国民年金に加入し、第1号被保険者として保険料を納付しなければならない。個人事業主の妻は、サラリーマンの妻のように保険料の負担が生じない第3号被保険者には該当しない。 4 年金額の増額方法 上述の通りに、老齢基礎年金の額は最大(満額)で780,100円であり、その額を超えることはないが、増額の方法は3つある。 (了)
養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第14回】 「養子縁組のメリットとデメリット」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 [1] はじめに 特に普通養子縁組を行った場合を念頭に、そのメリットとデメリットにつき、これまでの総括も兼ねて、法務面と税務面に分けて以下解説を行う。 [2] 法務上のメリット 1 氏の同一性 養子は養親の氏を称することとなる(民810)。養子は養子縁組により養親の氏を称するが、縁組当時存在する養子の子は当然に養親の氏を称するわけではない(昭23・4・20民事甲209号回答)。 養子の子が養子と同じ氏を望む場合、本来、民法791条に従い、家庭裁判所の許可を得て、戸籍法の定めに従い届け出る必要があるが、養子夫婦が婚姻を継続している限り、家庭裁判所の許可を得ることなく戸籍法98条の入籍届によって養子の氏を称することができる(民791②)。 また、縁組の日から7年を経過した後に、離縁によって縁組前の氏に復した者(元養子)は、離縁の日から3ヶ月以内に戸籍法上の届出をすることによって、離縁の際に称していた氏を称することができる(続称・民816②、戸法73の2)。これにより、永年にわたり使用してきた氏を変更することで被るであろう、復氏者の不利益を避けることができる。 2 事前の届出により勝手に養親・養子とされない 届出人本人が市町村役場に出頭した上で、上記証明書にて本人確認がなされない限り、縁組届出を受理しないよう、あらかじめ本籍地の市町村長に申し出る方法が存在する(不受理申出・戸法27の2③)。従前は、その有効期限は6ヶ月であったが、平成 20 年5月1日からは有効期間の定めがなくなった。不受理申出のみならず、その申出を取り下げる場合にも届出人本人が自ら市町村役場に出頭する必要がある(戸則50の4⑥・同条①)。 [3] 税務上のメリット 1 基礎控除・生命保険等の非課税限度額の拡大、累進税率の緩和 基礎控除額については、「3,000万円+600万円×法定相続人の数」が相続税の基礎控除額となり(相法15①)、生命保険金及び死亡退職金の非課税限度額についても、「500万円×法定相続人の数」が非課税限度額となることから(相法12①五・六)、養子縁組を行うことで法定相続人の数が増えれば、その分、相続税の負担を減少させることができる。 また、相続税の総額を計算するに当たっては、法定相続分に応じた各取得金額に超過累進税率(高い取得金額部分には高い税率が課せられる)を乗じて計算されることから(相法16)、養子縁組を行うことで法定相続人の数が増えれば、その分、相続税の負担を減少させることができる。 2 未成年者控除・障害者控除 相続人が一定の要件を満たす未成年者である場合、相続税の額から一定の金額を差し引くことができ(未成年者控除(相法19の3))、この未成年者控除は、実子のみならず、養子についても適用を受けることができる。 また、相続人が一定の要件を満たす85歳未満の障害者である場合、相続税の額から一定の金額を差し引くことができ(障害者控除(相法19の4))、この障害者控除についても、実子のみならず、養子についても適用を受けることができる。 3 連れ子との養子縁組 被相続人の配偶者の実子で被相続人の養子となった者(いわゆる配偶者の連れ子との養子縁組)は、相続税法上、実子とみなされる結果、たとえ、養子縁組が介在していたとしても、後述の相続税法上の養子縁組の制限対象とはならない(相法15③、相令3の2、相基通15-2)。 そのため、配偶者の連れ子が2人以上いる場合には、あと1人養子とすることができるため、実子がいない場合(この場合、相続税法上、法定相続人とできる養子の数は最大2人まで)での税効果よりも有利となりえる。 [4] 法務上のデメリット 1 婚姻障害 近親者間の婚姻の禁止、直系姻族間の婚姻の禁止がそれぞれ適用されるだけでなく(民734・735)、離縁による直系血族関係終了後、直系姻族関係終了後においても婚姻は禁止されることとなる(民736)。特別養子縁組においても同様である(民734・735・736)。 2 特別養子の戸籍の記載 特別養子の戸籍の処理に関しては、できるだけ実子と同様の記載を行う配慮はなされているものの、完全に実子と同様の取扱いがなされるわけではない。例えば、普通養子を特別養子とするような場合以外の通常の特別養子の場合には、「特別養子縁組」、「実父母」、「養子」等の字句は記載されないものの、特別養子の身分事項欄に「〇年〇月〇日民法817条の2による裁判確定」と間接的に記載されることとなる。 3 離縁 普通養子縁組は、当事者はいつでも協議により戸籍上の届出のみで離縁をすることができ(民811)、離縁に伴う財産分与についても、明文の規定なき以上、実務上は離縁において財産分与請求権は認められていない。もっとも、慰謝料については、離婚の場合と同様に、有責当事者は相手方から慰謝料を請求されることとなる。 協議離縁が困難な場合、最終的に裁判離縁手続を行うこととなるが、例えば、離縁したい養親が原告となって養子を被告として訴訟をしたが、養親が離縁の訴訟中に死亡した場合、当事者がいなくなったことによりその訴訟は当然に終了する(人訴27)。この場合、養親が養子に自分の遺産を相続させたくないとして離縁の調停や訴訟をしていても、その手続中に養親が死亡してしまうと離縁の手続が当然に終了する結果、離縁できなくなり、養子が養親の遺産を相続することになる。 また、離縁は離婚と異なり、当事者が通謀して戸籍上だけの離縁をすることとし、後に再度、縁組届けをして戸籍を復元することを約して離縁届けを行うような、いわゆる偽装離縁の場合であっても、離縁意思を欠くものとして無効となる。 他方で、特別養子縁組については、そもそも離縁自体が困難であり、養親による虐待、悪意の遺棄その他養子の利益を著しく害する事由があり、かつ実父母に相当の監護能力がある場合に限り、例外的に家庭裁判所の審判によってのみしか認められない(民817の10①②)。しかも、養親からの離縁の審判請求は認められていない(民817の10①)。 4 離縁の無効 当事者の離縁意思は、合意や届出作成の時点だけでなく、届出が受理される時点においても必要となるため、離縁の合意と届出は存在するものの、届出受理時において離縁当事者の一方が離縁意思を翻意したり、意思能力を失ってしまえば当該離縁は無効となる。まだら認知症の養親が養子縁組を行うような場合には、意思能力との関係でトラブルを生じやすい。 5 詐欺による養子縁組がなされた場合 東京高裁平成19年7月25日判決は、詐欺による養子縁組の取消権は、養親または養子だけが有するもので、養子の実子は取消権を行使できないと判示した。そのため、例えば、第三者による詐欺が養親に対してなされ、養子は当該詐欺をまったく知らない状態(善意)で縁組がなされたような場合において、その後、養親が死亡してしまえば、養子が取消権を行使しない限り、誰も養子縁組を取り消すことはできなくなる。 [5] 税務上のデメリット 1 基礎控除・生命保険等の非課税限度額の拡大、累進税率の緩和の限界 これら相続税の計算を行う際の法定相続人の数に含める養子の数は、被相続人に実子がいる場合は1人まで、被相続人に実子がいない場合には2人までと制限されている(相法15②)。過去に行き過ぎた租税回避行為が行われたことから、昭和63年の相続税法改正によって規制対象となった。 さらに、たとえ1人または2人の養子縁組であっても、相続税の負担を不当に減少させる結果となると税務署長が認める時は、これが否認され、相続税額の更正決定がなされうる(相法63)。もっとも、同否認のためには、養子縁組の目的が専ら相続人の地位を有する者の増加だけにあると認められることを課税庁において立証する必要があるところ(加藤千博編『平成22年版相続税法基本通達逐条解説』大蔵財務協会、2010年、641頁)、そのような立証はかなり困難であると思われる。 2 孫養子の2割加算 本来、養子は、養親の一親等の法定血族となることから、相続税額の2割加算の対象とはならない。ただし、養親が孫を養子とするような場合の当該孫は、代襲相続人となっているような場合を除き、当該養親の相続において相続税額の2割加算の対象となる。 もっとも、場合によっては2割加算がなされても相続税の負担を軽減させることは可能である。 (了)
企業の不正を明らかにする 『デジタルフォレンジックス』 【第4回】 「デジタルフォレンジックスの現場」 ~証拠収集編①~ プライスウォーターハウスクーパース株式会社 シニアマネージャー 池田 雄一 1 はじめに デジタルフォレンジックス調査を依頼した経験のある方は、専門家が現場でコンピュータなどの電子媒体を収集する様子を見たことがあるかもしれない。今回から2回にわたって、電子証拠の収集に使われる「七つ道具」の概要から、証拠収集の流れ、保全したデータ、実際の現場での様子などについて解説する。 本題に入る前に、証拠の「保全」と「収集」の言葉の使い分けについて解説しておきたい。 英語で表される場合は、「保全(Preservation)」と「収集(Collection)」と言うように、はっきりと使い分けられているが、日本ではその違いが曖昧になっていることが多い。前回紹介した「eディスカバリー」のプロセスにおいても、証拠の「保全」と「収集」は別のプロセスとして切り分けられている。 国語辞典によると、「保全」の定義は「保護して安全であるようにすること」であり、デジタルフォレンジックスの現場における「保全」のプロセスは、依頼者側が調査対象の電子媒体に対して証拠汚染が起こらないよう管理下に置き、専門家が到着するまで大切に保管しておくことを意味する。そして、証拠となる電子媒体の「収集」は、対象の電子媒体内に保存されている情報(データ)を、専用のツールを使用してコピーをする専門家による作業となる。 2 証拠収集に使用される「七つ道具」 筆者がデジタルフォレンジックスに関わり始めた10年ほど前は、電子証拠の保全に使用されるツールは重く大きく、大型のスーツケースに満載すると40キロを超えることもあり、移動時に何度かぎっくり腰を患った。現在では、ツールの小型化とパフォーマンス向上などで、大型スーツケースが必要だった当時と比較すると、飛行機のキャリーオンサイズのスーツケースに収まる程度になっている。 証拠収集の現場に持ち込む「オンサイトキット」に含まれるツールの数は、細かく数えれば数十に上るが、主要なツールは以下に示される7点となる。本稿では文字数にも限りがあるため、個々のツールに関する詳細な解説は割愛する。 また、携帯電話やタブレットなどの電子媒体についても収集対象となる場合は、上記に加え携帯電話端末専用の収集機材も併せて現場に持ち込むこともある。 筆者の勤務先では、この「オンサイトキット」がチームメンバーの人数分準備されており、即現場に出られる状況になっている。 3 証拠収集の流れ 通常、証拠収集は収集対象のコンピュータおよび依頼者側のIT環境(主にハードディスクの暗号化などを含むセキュリティ対策)のヒアリングから開始する。導入されているセキュリティ対策のソリューションにより、証拠収集に使用する適切なツールの選択やアプローチの調整が必要になるためである。ここでの事前調査が不十分、またはできない場合、必要以上に証拠収集に時間を要したり、収集自体ができず出直さなければならないこともある。 現在、企業で使用されているコンピュータに内蔵されているハードディスクの平均サイズは256GBである。このサイズのハードディスクの収集を行うには、技術的なトラブルが発生しないことを想定した場合、検証および記録作成も含め約2~3時間程度を必要とする。経験にもよるが、技術者1人あたり同時並行で3~5台程度のハードディスクの収集を行うことが可能であり、トラブルが発生しないことが前提となるが、準備も含めて3~4時間程度で平均5台程度の収集を行うことができる。 馴染の無いフォレンジック機材の利用やコンピュータからのハードディスクの取り出し作業など、証拠収集を行うシーンは人目を引くため、作業場所としてある程度広めの会議室などを確保し、従業員の目に触れない場所で行われる。事前に提供された収集対象のコンピュータに関する情報と、現地で確認した情報により、適切な収集ツールおよびアプローチを選択し作業を行う。 最近では、社外への持ち出しが可能なノートパソコンは、ハードディスクが暗号化されている場合が多い。そのため、クライアントの情報システム担当からアドミニストレーター権限を持つログインアカウントの提供を受け、対象のコンピュータを立ち上げた状態で証拠の収集を行う。コンピュータを立ち上げた状態で収集を行う理由は、立ち上がった状態であれば幾つかの特別な例を除き、ハードディスクの暗号化をバイパスして収集できるためである。 収集するデータは、当該コンピュータに接続する外付けハードディスクに保存される。一方で、社外に持ち出しをすることのないデスクトップ型のコンピュータについては、ハードディスクの暗号化がされていることはほとんど無いため、筐体からハードディスクを取り出し、ハードディスクのクローンコピーが作成可能な専用の機材に接続し、証拠収集を行う。 証拠収集を行いながら、収集対象のコンピュータおよびハードディスクなどの写真の撮影から、次回詳しく解説するが「Chain of Custody」と呼ばれる書類の作成を行う。収集データの検証作業が完了した時点で、「Chain of Custody」にクライアント側のコンピュータ使用者、もしくは案件担当者などから収集データの譲渡に関する署名を取得し、作業の完了となる。 【図1】 証拠収集プロセス ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 次回も引き続きデジタルフォレンジックスによる証拠収集について、次の点を解説する。 ハードディスクの暗号化が証拠収集に与える影響 証拠として収集したデータとコピーデータの違い 証拠管理と「Chain of Custody」の重要性 実際の現場で求められる柔軟な対応とは (了)