税務判例を読むための税法の学び方【76】 〔第9章〕代表的な税務判例を読む (その4:「生計を一にする親族」の範囲~最判昭51.3.18②) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 前回に続き「生計を一にする親族」の範囲が争点となった最高裁昭和51年3月18日判決について見ていく。 (2) 旧法規定 この事案は昭和40年のものであるから、昭和40年全面改正前における旧所得税法の考え方の影響は無視できない。そこで次に、旧所得税法の規定を確認しておきたい。 旧所得税法第11条の2においては、以下のように規定していた。 また、この旧所得税法関係通達「第8条(控除対象配偶者等の定義)関係」に第50項「生計を一にするの意義」として以下のように示されていた。 高裁では、この通達において、別居している場合であっても「常に生活費・・・等を送金して扶養しているときは、生計を一にするものとする」とあることから、本事案におけるXの長男次男への支払いを生活費と認定したうえで「生計を一にする」と判断している。 もっともこの支払いが生活費でなければこれに該当しないのであるから、この支払いを事業に従事した対価と見るか生活費と見るかが、結論を左右するポイントということになる。 そして、上記したように、それは、最高裁のように長男次男が各々毎月支給を受ける金員のうちから自らの責任と計算でそれぞれの家賃や食費その他の日常の生活費を支出している点を重視するか、高裁のようにXの給与支払いにおける不備な点を重視するかによって結論が異なったのである。 (3) 立法趣旨 所得税法56条の立法趣旨として、本事案の第一審の国側の主張には、以下の事項が挙げられている。 核家族化が進んだ現在において、この立法趣旨が正当性を有するかは疑問なところが少なくない。本件事案の昭和40年代当時と現在では、全く環境が異なっており、再考すべき条項といえるであろう。 (4) 他の裁判例 この事案そのものが、所得税法改正直後適用年度である昭和40年の申告所得について争われたものであるから、所得税法第56条の「生計を一にする」の意義についての先行判例は存在しない。しかし、旧法による先行裁判例が同時期にあるため、次にそれらを検討する。 ① 大阪地裁昭和49年12月10日 まず原審である地裁判決を入手し、読んでいただきたい。 本事案と同様、長男・次男・三男が原告の経営する事業(木型の製作販売を業としている)に従事し、労働力を提供して賃金を支給され、その賃金によって生計を営んでいることから、この支払いを給与と主張する原告に対して、税務署長が、本事案同様、その支払いが給与ではなく生活費であるとして損金不算入としたことから訴訟となったものである。 ここではまず、一般的法命題として次のように判示する。 そして続けて、各人が独立の生計を営んでいるか否かの事実認定を行っている。 ② 名古屋地裁昭和46年8月30日(税務訴訟資料63号374頁) 裁判所ホームページのような公的なウェブサイトには公開されていないが、上記①事案と異なり、生計を一にするとされた事例であるため、取り上げることとする。これについては、当事者の主張も見てみよう。 本事案同様、印刷業を営む原告が、長男夫婦に原告の経営する事業に従事し労働力提供の対価として賃金を支払っており、その賃金によって生計を営んでいることから、この支払いを給与と主張するところ、Y税務署長が、本事案同様、その支払いが給与ではなく生活費であるとして損金不算入とする等の更正処分をしたことから訴訟となったものである。 本事案の高裁判決がXの給与支払いにおける不備なところから給与と認定しなかったのに対して、この事案においては、形式的には給与とすべき要件を具備しながらも、実体的判断により、生計を一にすると認定されたのであった。 (5) 現通達 参考までに、現在の課税実務ではどのように判断しているのか確認する。現行の所得税基本通達2-47では以下を例示している。 ここでは、同居している場合には、「明らかに互いに独立した生活を営んでいると認められる場合」以外は「生計を一にする」ものとなるが、同居は必要条件ではなく、別居していても恒常的に経済的な援助がある場合や余暇には共に過ごしているような場合には「生計を一にする」に該当するとされている。 (6) 本最高裁判決の意義と射程通達 上記したように事例判決であるから、射程は限られており、基本的に同種の事案だけということになる。 ここでは「毎月支給を受ける右金員のうちから自らの責任と計算でそれぞれの家賃や食費その他の日常の生活費を支出し」ている点を重視して、「上告人から若干の援助を受けることがあったものの、基本的には独立の世帯としての生計を営んでいたことがうかがわれる」と判断したものであり、「生計の源泉が専ら上告人の事業にあった」点は、「生計を一にする」と認定する根拠にならないことが示されたものといえよう。 * * * 次回は、前回の冒頭に記した、同じく生計を一にする親族に関する規定の判例ではあるが、所得税法第56条にある「事業に従事したことその他の事由」の解釈が争われた夫弁護士事件・妻税理士事件について取り上げる。 (続く)
平成28年3月期決算における会計処理の留意事項 【第1回】 「平成27年度税制改正及び平成28年度税制改正大綱」 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 平成27年度税制改正及び平成28年度税制改正大綱のうち、会計処理においても留意すべき主要な改正点として、以下が挙げられる。 1 法人税及び地方法人税の税率の変更 平成27年度税制改正及び平成28年度税制改正大綱において、法人税及び地方法人税の税率の変更が行われている。 (1) 法人税率の引き下げ 平成27年度税制改正により、平成27年4月1日以後に開始する事業年度より法人税率が、25.5%から23.9%に引き下げられている。また、平成28年度税制改正大綱において、法人税率は、平成28年4月1日以後に開始する事業年度から23.4%、平成30年4月1日以後に開始する事業年度からは23.2%へとさらに引き下げられている。 平成27年度税制改正及び平成28年度税制改正大綱の内容をまとめると以下のとおりとなる。 (2) 地方法人税の税率の引き上げ 平成28年度税制改正大綱において、平成 29 年4月1日以後に開始する事業年度から地方法人税の税率が4.4%から10.3%へ引き上げられている。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 法人税率の引き下げ及び地方法人税の税率の引き上げによる会計上の論点として、法定実効税率への影響がある。法定実効税率については、【第2回】の2(2)の設例にて解説している。 2 地方税の税率の変更 平成27年度税制改正及び平成28年度税制改正大綱により、地方税の税率の変更が行われている。 平成27年度税制改正で、平成27年4月1日以後に開始する事業年度より資本金1億円超の外形標準課税適用法人の法人事業税の税率のうち、所得割の税率が引き下げられ、付加価値割及び資本割の税率は引き上げられている。 また、資本金1億円超の普通法人の地方法人特別税の税率が引き上げられている。 平成28年度税制改正大綱でも、平成28年4月1日以後に開始する事業年度より資本金1億円超の外形標準課税適用法人の法人事業税の税率のうち、所得割の税率が引き下げられ、付加価値割及び資本割の税率が引き上げられている。 また、資本金1億円超の普通法人の地方法人特別税の税率は、平成28年4月1日以後に開始する事業年度より引き上げ、及び平成29年4月1日以後に開始する事業年度より廃止されている。廃止後は、法人事業税の税率がその分、引き上げられると考えられる。さらに、平成29年4月1日以後に開始する事業年度より法人住民税(道府県民税、市町村民税)の法人税割の税率が引き下げられている。 平成27年度税制改正及び平成28年度税制改正大綱の内容をまとめると以下のとおりとなる。 (注) 事業税の所得割のカッコ内の税率は、地方法人特別税を除いた税率である。 (注) カッコ内の税率は制限税率である。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 地方税の税率の変更により会計上の論点として、法定実効税率への影響がある。法定実効税率については、【第2回】の2(2)の設例にて解説している。 3 繰越欠損金の控除限度額の段階的引き下げ及び繰越期間の延長 平成27年度税制改正において、繰越欠損金の控除限度額の段階的引き下げ、および繰越期間の延長が行われている。また、平成28年度税制改正大綱において、平成27年度税制改正の繰越欠損金の控除限度額の段階的引き下げが見直され、さらに、繰越期間の延長の開始時期が延期されている。 (1) 繰越欠損金の控除限度額の段階的引き下げ 平成27年度税制改正において、中小法人等以外の法人は、平成27年4月1日から平成29年3月31日までの間に開始する事業年度について、繰越欠損金の控除限度額が繰越控除前の所得の金額の80%相当額から65%相当額に引き下げられている。 また、平成29年4月1日以後に開始する事業年度では、繰越欠損金の控除限度額が繰越控除前の所得の金額の50%相当額まで引き下げられている。 平成28年度税制改正大綱において、中小法人等以外の法人は、平成28年4月1日から開始する事業年度について、繰越欠損金の控除限度額が繰越控除前の所得の金額の65%相当額から60%相当額へ引き下げられている。 また、平成29年4月1日以後に開始する事業年度では、繰越欠損金の控除限度額が繰越控除前の所得の金額の50%相当額から55%相当額へ引き上げられている。なお、平成30年4月1日以後に開始する事業年度では、平成27年度税制改正どおりに繰越欠損金の控除限度額が繰越控除前の所得の金額の50%相当額まで引き下げられている。 なお、中小法人等については、繰越欠損金の控除限度額は、繰越控除前の所得の金額の100%相当額である。 (注) 中小法人等とは、①普通法人(投資法人、特定目的会社及び受託法人を除く)のうち、資本金の額もしくは出資金の額が1億円以下であるもの(100%子法人等は除く)又は資本若しくは出資を有しないもの、②公益法人等、③協同組合等、④人格のない社団等をいう。 100%子法人等とは、①資本金の額若しくは出資金の額が5億円以上の法人又は相互会社等(以下、これらを併せて「大法人」という)による完全支配関係(一の者が法人の発行済株式等の全部を直接又は間接に保有する関係)がある普通法人、②完全支配関係がある複数の大法人に発行済株式等の全部を保有されている普通法人をいう。 (2) 繰越欠損金の繰越期間の延長 平成27年度税制改正では、平成29年4月1日以後に開始する事業年度において生じた欠損金額については、繰越期間が9年から10年に延長されている。 しかし、平成28年度税制改正大綱において、繰越期間の10年への延長が平成29年4月1日以後に開始する事業年度から平成30年4月1日以後に開始する事業年度へ延期されている。 当該改正は、中小法人等以外の法人及び中小法人ともに同様に適用される。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 中小法人等以外の法人では、繰越欠損金の控除限度額が引き下げられることで、毎期解消する繰越欠損金が減少する。そのため、税効果の例示区分が「3」、「4」、「4但書き」の会社の場合には、繰越欠損金に係る繰延税金資産の計上額に影響する。 (※) 当該解説は、企業会計基準適用指針第26号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」の早期適用を想定していない。したがって、ここでは、監査委員会報告第66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上と取扱い」に沿って解説している。 (前ページへ戻る) 4 受取配当等の益金不算入制度の改正 平成27年度税制改正において、平成27年4月1日以後に開始する事業年度の所得に対する法人税について、株式等の区分および益金不算入割合が以下のように改正されている。 配当基準日が平成27年4月1日前でも平成27年4月1日以後開始する事業年度に受け取る配当等であれば改正後の制度が適用される。 (1) 完全子法人株式等 完全子法人株式等とは、配当等に係る計算期間の初日からその計算期間の末日までの間、完全支配関係が継続している株式等をいう。 計算期間とは、その配当等の額の支払を受ける直前にその配当等の額を支払う他の内国法人により支払われた配当等の額の支払に係る基準日の翌日からその支払を受ける配当等の額の支払に係る基準日(その配当等の額が資本の払戻し以外のみなし配当事由によるものである場合にはその支払に係る効力発生日の前日)までの期間をいう。 (2) 関連法人株式等 関連法人株式等とは、配当等に係る計算期間の初日からその計算期間の末日までの間、3分の1超の保有割合を継続している株式等をいう。 ただし、直前の配当等の額の支払に係る基準日の翌日が今回の配当等の額の支払に係る基準日から起算して6ヶ月前の日以前の日である場合には、その6ヶ月前の日の翌日を起算日とする。 したがって、配当の計算期間が6ヶ月以上になることが多い現状を踏まえると、配当等に係る基準日以前6ヶ月間、3分の1超の保有割合が継続していれば、関連法人株式等に該当することになる。 例えば、3月決算の親会社が12月決算の関連会社A社株式を平成27年4月1日時点で25%保有している場合、平成28年3月期の法人税の確定申告において、平成27年12月31日を基準日とするA社からの配当について関連法人株式等に区分するためには、平成27年6月30日までに3分の1超になるまで株式を追加取得する必要がある。 (3) その他の株式等 その他の株式等とは、完全子法人株式等、関連法人株式等及び非支配目的株式等のいずれにも該当しない株式等をいう。 (4) 非支配目的株式等 配当等に係る基準日において5%以下の保有割合である株式等をいう。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ (連結財務諸表作成会社のみ) 連結子会社が支配獲得後に利益を獲得するなどにより、個別上の簿価(個別財務諸表上の取得価額)と連結上の簿価(=個別上の簿価+のれんの未償却残高+留保利益等)で差額が生じる。そのため、支配獲得後に獲得した留保利益は、連結財務諸表固有の一時差異(将来加算一時差異)に該当する(会計制度委員会報告第6号「連結財務諸表における税効果会計に関する実務指針(以下、「税効果指針」という)」34、会計制度委員会報告第9号「持分法会計に関する実務指針(以下、「持分法指針」という)」27)。 そして、当該将来加算一時差異については、次のいずれかに該当すると見込まれるときには、繰延税金負債を計上する(税効果指針34、35、持分法指針27、28)。 ただし、(1)、(2)においても、親会社が子会社(関連会社)の利益を配当しない方針をとっている場合又は子会社(関連会社)の利益を配当しないという他の株主等との間に合意がある場合には、配当に係る課税関係が生じない可能性が高いため、繰延税金負債を計上しない(税効果指針35、持分法指針28)。なお、配当をしない方針や株主等との間に配当しない合意があったとしても、(3)に該当するならば、繰延税金負債を計上することになる。 そして、「4 受取配当等の益金不算入制度の改正」により国内子会社(国内関連会社)からの配当において、例えば、以下のような影響がある。 5 美術品等に係る減価償却の取扱いの改正 平成26年12月19日に法人税基本通達7-1-1等が改正され、美術品等(絵画や彫刻等の美術品のほか工芸品などが該当する。以下「美術品等」という)が減価償却資産に該当するかどうかの判定について、改正が行われている。 (1) 改正の概要 改正前の通達では、書画骨とうに該当するかどうかが明らかでない美術品等で、その取得価額が1点20万円(絵画にあっては、号2万円)未満である場合、減価償却資産に該当した。 改正後の通達では、取得価額が1点100万円未満である美術品等は原則として減価償却資産に該当し、取得価額が1点100万円以上の美術品等は原則として非減価償却資産に該当するものとして取り扱うこととされた。 なお、取得価額が1点100万円以上の美術品等であっても、「時の経過によりその価値が減少することが明らかなもの」に該当する場合は、減価償却資産として取り扱うことが可能である。 (2) 減価償却 美術品等の取得の時期により、減価償却の取扱いが異なる。 ① 平成27年1月1日以後に取得した美術品等 平成27年1月1日以後に取得した美術品等で、改正後の通達の取扱いによって減価償却資産に該当するものについては、その取得をした日以後の期間に係る減価償却費の計上が可能である。 ② 平成26年12月31日以前に取得した美術品等 平成26年12月31日以前に取得した美術品等で、改正後の通達の取扱いにより非減価償却資産から減価償却資産へ変更する場合には、平成27年1月1日以後最初に開始する事業年度(以下「適用初年度」という)から減価償却を行うことになる。 この場合の償却方法は、原則、その美術品等の取得日に応じて旧定額法、旧定率法、定額法、250%定率法又は200%定率法で行う。 ただし、取得日を適用初年度開始の日とみなすこととして定額法又は200%定率法を選択できる。また、中小企業者等にあっては租税特別措置法第67条の5(中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例)の規定を適用することもできる。 まとめると、以下のとおりとなる。 (注) 中小企業者等とは、資本金の額又は出資金の額が1億円以下の法人(ただし、同一の大規模法人(資本金の額もしくは出資金の額が1億円を超える法人又は資本若しくは出資を有しない法人のうち常時使用する従業員の数が1,000人を超える法人をいい、中小企業投資育成株式会社を除く)に発行済株式又は出資の総数又は総額の2分の1以上を所有されている法人及び2以上の大規模法人に発行済株式又は出資の総数又は総額の3分の2以上を所有されている法人を除く)等をいう。 適用初年度において減価償却資産の再判定を行わなかった美術品等については、従前の取扱いのとおり、減価償却を行うことはできない。 (3) 法定耐用年数 法定耐用年数は、室内装飾品のうち主として金属製のもの(例えば、金属製の彫刻品)は15年、その他のもの(例えば、絵画・陶磁器・彫刻)は8年である。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 取得価額100万円未満の美術品等を保有している会社で、今まで減価償却を行っていなかった美術品等について減価償却を行う場合、当該変更について会計上、留意すべき事項がある。 今回の改正により取得価額100万円以下の美術品等が非償却資産から償却資産に変更されるため、会計方針の変更に該当する。そのため、取得価額100万円以下の美術品等に重要性がある場合、以下の事項について検討する必要があると考えられる(企業会計基準第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準)」6(2)、7、11)。 6 建物附属設備・構築物等の償却方法の見直し 平成28年度税制改正大綱において、平成28年4月1日以後取得する建物附属設備、構築物、鉱業用減価償却資産(建物、建物附属設備及び構築物に限る)について定率法の廃止が記載されている。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 今まで、税制改正により減価償却方法が変更された場合、日本公認会計士協会より実務指針が公表されていた。現時点では、実務指針が公表されるかどうか不明であるが、過去にならって、平成28年度税制改正大綱による減価償却方法の変更について実務指針の公表の動向を注視する必要がある。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第8回】 「「株式分割の注記」はここで間違う」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例8-1】 株式分割が行われた際に、1株当たり情報の注記を有価証券報告書から丸写ししてしまっている。 【事例8-1】は連結注記表の1株当たり情報の注記です。1か所だけ間違いがあるのですが、どこだかわかりますか? ヒントを出しましょう。下半分の(注)の文章の中にあります。1文字だけ間違っています。 2 有価証券報告書ならこれでよいが・・・ では、答えを見てみましょう。 上の正解のとおり、(注)の文章の中の「前連結会計年度」を「当連結会計年度」にしなければいけなかったのでした。 以下で解説しますが、有価証券報告書では「前連結会計年度」でよいのですが、会社法計算書類では「当連結会計年度」とするのです。 これは有価証券報告書の注記文章を「丸写しして手直しを忘れる」といううっかりミスなのですが、ちょっと難しかったかもしれません。そもそもこの注記の意味が理解できていないと、間違いに気がつかないからです。 3 株式分割はピザの切り分けと同じ 「株式分割」というのは、たとえば1株を2株に分けるというように、「株式を割って株数を増やすこと」を言います。主に株式の流動性を高める等の目的で行われます。 株式分割は、直感的にはピザの切り分けと同じです。ここに1枚のピザがあったとします。これを4人で食べるとします。4人なのでとりあえず4分割にしてみました。 こんな感じです。 1人当たり4分の1切れずつです。しかし、この大きさはちょっと食べにくいですよね。そこで1切れをもう半分に分割することにしました。8カットですね。 するとこうなります。 これが株式分割です。この場合は「1株を2株に分割した」と言います。 ここで大事なことは、8カットにした場合でも1人が食べる量は変わらないということです。4カットの場合は1人1切れの割当でしたが、8カットでは1人2切れです。4カットの1切れと8カットの2切れは同じ量です。 4 1切れ当たりのカロリーはどうなる? 次に、ピザ1切れ当たりのカロリーを考えてみましょう。1切れ当たりカロリーは、1株当たり情報で言えば「1株当たり当期純利益(または純資産額)」に相当します。 もう一度、上の図(ピザ)をご覧ください。 ピザ1枚(全体)のカロリーが800kcalだとします。そうすると、4カットの場合は1切れ当たりカロリーは200kcalです。これに対して8カットの場合はというと、1切れ当たりカロリーは100kcalになります。半分に減ってしまいますね。 しかし、実質的に減ったわけではありません。8カットの場合は1人2切れ食べるのですから、1人当たりの摂取カロリーは2切れ分の200kcalであり、4カットの場合の1切れと同じなのです。 つまり、4カットの場合の1切れ当たりカロリーと8カットの場合の1切れ当たりカロリーは、単純に比較できないのです。 では、カット数の違うピザを比較したい場合はどうすればよいでしょうか。 それほど難しい話ではありません。たとえば今、8カットのシーフードピザと4カットのトマトピザ(それぞれピザ1枚(全体)の大きさは同じものとします)があったとします。この2つのピザの1切れ当たりカロリーを比較する場合、次のような調整を行います。 4カットの場合のトマトピザを、8カットにしていたと仮定した場合にどうなるかを計算し、その結果を比べるのです。そうするとその計算後の1切れ当たりカロリーは、8カットのシーフードピザの1切れ当たりカロリーと同じベースで比較できるのです。 以上のような調整計算が1株当たり情報のところでも求められます。【事例8-1】の(注)の文章というのは、その調整を実施したということを言っています。 5 有価証券報告書との違い 有価証券報告書では、当期の1株当たり情報に加えて前期の1株当たり情報を比較情報として掲載します。当期中に株式分割が行われた場合、1株当たり情報は単純に前期のそれと比較することはできませんので、調整計算を行います。 すなわち、前期の期首に株式分割が行われたとして、前期の1株当たり情報を算定しなおして、その結果を前期数値(比較情報)として載せるのです。 一方、計算書類は有価証券報告書と違って単年度開示です。前期の数字は載りません。したがって、前連結会計年度の期首に株式分割が行われたと仮定するのではありません。当連結会計年度の期首に株式分割が行われたと仮定するのです。 つまり、【事例8-1】の誤りの事例は、有価証券報告書の注記としては正しい記載なのです。それを会社法計算書類に丸写ししたので間違いになったのです。 したがって、「当連結会計年度の期首に」株式分割が行われたと記載するのが正解になります。 〈今回のまとめ〉 株式分割が行われた場合は、有価証券報告書と会社法計算書類で注記文章が異なることを覚えておきましょう。 (了)
〔経営上の発生事象で考える〕 会計実務のポイント 【第2回】 「国内子会社の業績悪化と清算の場合」 仰星監査法人 公認会計士 渡邉 徹 1 関係会社株式(非上場)の評価 《解説》 子会社の財政状態の悪化により、子会社株式の実質価額が著しく低下したときは、原則として子会社株式の減損をしなければならない(金融商品会計基準21)。 ただし子会社株式の場合、親会社が子会社から事業計画等を入手し、回復可能性が十分な証拠によって裏付けられる場合には、子会社株式の減損をしないことも例外的に認められる場合がある。この場合、当該事業計画等は合理的で実行可能なものであり、おおむね5年以内に取得価額までの回復が見込まれるものである必要がある。 なお、回復可能性は毎期見直すことが必要であり、その後の実績が事業計画等を下回った場合など、事業計画等に基づく業績回復が予定どおり進まないことが判明したときは、その期末において減損処理の要否を検討しなければならない(金融商品会計に関する実務指針285)。 本ケースにおいては、5年後の実質価額が取得価額まで回復することは見込まれないため、回復可能性が十分な証拠によって裏付けされているとはいえず、減損損失の計上が必要と考えられる(【図1】)。 【図1】 2 関係会社への貸付金に対する貸倒引当金の計上 《解説》 本ケースでは、P社がA社に対して融資した資金の弁済期間の延長に応じていることから、P社のA社に対する融資資金の回収に重大な問題が生じており、当該融資資金は貸倒懸念債権に該当する(金融商会計に関する実務指針108、112)。 貸倒懸念債権に該当する場合、「財務内容評価法」又は「キャッシュ・フロー見積法」のいずれかの方法により貸倒見積高を算定することが必要となる(金融商品会計基準28(2) )(【図3】)。 【図3】 3 棚卸資産の評価 《解説》 通常、メーカーは製造コストを上回る価格で製品を販売することを前提として活動している。そのような場合には、貸借対照表に計上される棚卸資産の金額は、販売によって最低限回収されるべきコストを表していることになる。 本ケースでは、半導体販売価格は急激に下落している。期末時点において正味売却価額が取得原価(製造コストに引取費用等の付随費用を加算した金額)よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とし、簿価切下額については売上原価とする(棚卸資産の評価に関する会計基準7、17)。 4 固定資産の減損 《解説》 本ケースのように業績が悪化した状況においては、固定資産に対する投資額の回収が見込めない可能性があるため、固定資産の減損について検討する必要がある。 固定資産の減損を検討するにあたり、まず資産のグルーピングを行う必要がある。資産のグルーピングは、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位で行う(固定資産の減損に係る会計基準 二6(1))。 実務的には、管理会計上の区分や投資の意思決定(資産の処分や事業の廃止に関する意思決定を含む)を行う際の単位等を考慮してグルーピングの方法を定めることになる(意見書四2(6))。 半導体事業部の資産のグルーピングの単位(工場、営業所、事業部等)を把握し、【図4】のように減損会計のステップに従って、減損の兆候がある場合には投資額の回収が見込めないほどの収益性の低下があるか否かについて慎重に検討する必要がある。 なお、減損の兆候には【図5】のように4つの例示があり、本ケースの場合は営業活動から生ずる損益が継続してマイナスとなる見込みであることから①に該当すると考えられる(固定資産の減損に係る会計基準の適用指針11、12)。 減損の兆候がある資産または資産グループについて、これらから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を下回る場合には、投資額の回収が見込めないほどの収益性の低下があると判断され、帳簿価額を回収可能価額まで減額し、当該減少額を減損損失として計上することとなる。 資産又は資産グループに対する投資は、売却と使用のいずれかの方法によって回収されるため、回収可能価額は正味売却価額(資産又は資産グループの時価から処分費用見込額を控除して算出される金額)と使用価値(資産又は資産グループの継続的使用と使用後の処分によって生ずると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在価値)のいずれか高い方の金額となる。 【図4】 減損会計のステップ 5 繰延税金資産の回収可能性 《解説》 繰延税金資産は、実務的には監査委員会報告第66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い(以下、「監査委員会報告第66号」という)」における会社区分に従って回収可能性を判断したうえで計上される(【図6】)。 【図6】 将来年度の課税所得の見積額による繰延税金資産の回収可能性の判断指針 今回のように大幅な営業損失の計上を伴いながら業績が悪化している状況においては、会社区分が③から④への変更もしくは④から⑤への変更の可能性があるため、会社の状況に応じて期末時に繰延税金資産の回収可能性を見直さなければならない。 6 のれんの減損 《解説》 P社の個別財務諸表上、A社株式の簿価を減損処理したことにより、減損処理後の簿価が連結上のA社の資本のP社持分とのれん未償却額(借方)との合計を下回った場合には、A社取得時に見込まれた超過収益力等の減少を反映するために、A社株式の減損処理後の簿価と、連結上のA社の資本のP社持分額とのれん未償却額(借方)との合計額との差額のうち、のれん未償却額に達するまでの金額についてのれん純借方残高から控除し、連結損益計算書にのれん償却額として計上しなければならない(連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針32)(【図7】)。 【図7】 7 子会社整理損失引当金 《解説》 A社の再建計画が計画通りに進まず、財政状態の悪化が継続し、債務超過に陥ってしまった場合、A社の清算に伴い発生すると見込まれる損失額を見積もり、引当金を計上することが求められる。 A社が債務超過に陥った場合、A社株式の実質価額がマイナスとなっている。しかし、株式の減損においてはゼロまでしか評価を切り下げることができない。株主有限責任においては出資額までの責任が原則ではあるが、実務上P社は、A会社の債務超過額等について親会社の責任において最終的に負担すると考えられる。このような場合、親会社の損失負担見込額をP社の財務諸表に反映させる必要がある。 まず、A社に対しての貸付金とA社の清算に伴い発生すると見込まれる損失額を比較して、いずれか少ない額まで貸倒引当金を計上する。 それでもなお、未手当の損失見込額が残る場合には、当該P社の負担について、子会社整理損失引当金等の名称で負債に計上することが求められる(【図8】)。 【図8】 【検討事項のチェックリスト】 ~国内子会社の業績悪化と清算の場合~ ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)
『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針』の 要点・留意点 【第2回】 「企業の(分類1)と(分類2)のポイント」 公認会計士 阿部 光成 今回は、「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号。以下「適用指針」という)における企業の(分類1)と(分類2)について解説する。 適用指針の公表に際して、「企業会計基準適用指針公開草案第54号『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)』の主なコメントの概要とそれらに対する対応」(以下「コメント対応」という)も公表されている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 企業の分類に関する考え方 適用指針は、「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(日本公認会計士協会。以下「監査委員会報告第66号」という)における企業の分類に応じた取扱いの枠組みを基本的に踏襲した上で、当該取扱いの一部について必要な見直しを行っている(適用指針15項、16項、64項)。 Ⅱ (分類1)のポイント (分類1)は監査委員会報告第66号を踏襲している(適用指針66項、67項)。 ただし、コメント対応では、次の記載が見られるので、(分類1)の企業に関する繰延税金資産の計上額の決定に際しては、注意が必要である。 Ⅲ (分類2)のポイント 1 要件と繰延税金資産の計上額 2 分類に関する留意点 3 繰延税金資産の計上額に関する留意点 監査委員会報告第66号では、(分類2)に該当する企業の場合、スケジューリング不能な将来減算一時差異については、一律に繰延税金資産を計上できないとする取扱いであった(適用指針74項)。 前述のように、(分類2)に該当する企業においては、スケジューリング不能な将来減算一時差異であり、税務上の損金算入時期を個別に特定できないものでも、将来のいずれかの時点で回収できることを「合理的な根拠をもって説明する場合」には、当該スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性があるものとされている(適用指針21項ただし書き)。 この取扱いに関する例として、次のものが示されている。 4 「企業が合理的な根拠をもって説明する場合」とは 公開草案では「合理的に説明できる場合」であったが、適用指針では「企業が合理的な根拠をもって説明する場合」と変更された(適用指針77項~79項)。 「企業が合理的な根拠をもって説明する場合」は、原則的な定めに対して、原則とは異なる取扱いを容認する趣旨と説明されている。また、企業の検討に基づき適用する場合にのみ原則とは異なる取扱いを容認することを意図しているとも説明されている(適用指針77項、78項。コメント対応56)。 実務上、適用指針21項ただし書きは、上記の趣旨を踏まえて適用する必要があると考えられる。 (了)
養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第18回】 「遺言とその後の協議離縁」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 [1] はじめに 連れ子を有する配偶者と婚姻した後、連れ子と養子縁組し、その後、離婚したような場合、その連れ子との縁組を解消しない限り、たとえ配偶者と離婚しても、その連れ子との縁組の効力には何ら影響を与えない。 そのため、将来の相続時に、連れ子に相続権が生じないようにするためには、配偶者との離婚とともに、連れ子との養子縁組も解消しておくべきである。 同様に、養子縁組を行った後、同養子に財産を相続させる、ないし遺贈する旨の遺言を作成したものの、その後、養子縁組を解消した場合においても、その遺言の効力が当然に否定されるものではない。 [2] 裁判例 ただし、最高裁昭和56年11月13日判決では、以下のように判示し、一定の要件を満たす場合には、遺贈の効力が後の協議離縁によって取り消されたものとし(一部筆者により編集)、協議離縁を行ったことで養子への遺贈は効力を喪失したものとしている。 つまり、同裁判例では、「諸般の事情より観察して後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合」には、民法1023条2項により、後の生前処分により前の遺言(養子への遺贈)が取り消されたものとした。 すなわち、養子から終生扶養を受けることを前提として養子縁組がなされ、それゆえに養親の所有する不動産の大半を養子に遺贈する旨の遺言を作成したという事情のもと、その後、養親が養子に不信感を抱いて協議離縁したような場合には、その後の協議離縁は、縁組関係の継続を条件ないし前提とした遺言と両立しない趣旨であることが明らかであるとして、養子への遺贈が取り消されたものである。 そのため、同じく、養子縁組をした後に、同養子に財産を相続させる、ないし遺贈する旨の遺言を作成し、その後、養子縁組を解消したような場合であっても、将来的な縁組の継続を条件ないし前提としたものではなく、過去の養子の貢献等に鑑みて一定の財産を与えるとの遺言がなされたような場合には、その後の養子縁組解消によっても同遺言が取り消されたものと評価することは困難である。 たとえば、東京地裁平成26年11月14日判決では、内縁関係にあった女性(被告)に対する遺贈がその後の内縁関係の解消によって失効した、との遺言者の子ら(原告)の主張に対し、被告へ遺贈する財産の割合も多くはなく、当然に遺言者と被告との内縁関係の継続を前提または条件としているとみることはできず、10年以上生活を共にしたと評価できる相手であったことから、そのことだけからでも、ある程度の財産が遺贈されても不自然ではないとして、問題となった遺言につき、遺言者と被告との内縁関係の継続を前提または条件としてなされたものであると認めることは困難であると判示している。 その結果、同裁判例では、民法1023条2項により、その後の内縁解消によって前の遺言が取り消されたものとはいえないとしている。 [3] トラブル回避のための対応策 上記裁判例でも争われたように、「諸般の事情より観察して後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合」か否かが関係者によって争われたような場合には、時間、費用、そして何よりも結論が予測不可能であるといったリスクが生じる。 そのため、協議離縁を行うなどして縁組が解消した場合には、それまでに作成した遺言でかつての養子に財産を与える条項が存在するのであれば、新たな遺言で撤回する等しておくことが望ましい。 もしくは、養子に一定の財産を相続させる、または遺贈する旨の遺言を作成するに当たっては、万が一、将来的に養子縁組が解消してしまう場合に備え、あくまでも縁組関係の継続を前提または条件として養子へ一定の財産を相続させる、ないし遺贈することを遺言に明記しておくことが望ましい。 * * * なお次回からは本連載の第3部として、ここまで解説してきた内容を元にQ&A形式でより実践的に解説していくこととする。 (了)
〈検証〉 「コーポレート・ガバナンス報告書」からみた CGコード初適用への各社対応状況 【第1回】 「東証資料から見たCGコード対応の傾向」 弁護士・公認会計士 中野 竹司 1 はじめに 平成27年6月1日にコーポレートガバナンス・コードが東証の有価証券上場規程別添として適用され、同年12月末までにすべての3月決算上場会社は、コーポレート・ガバナンス報告書において、コーポレートガバナンス・コードへの対応状況を開示した。 そこで、コーポレートガバナンス・コードに対して、各社がどのような対応を行ったかが明らかになったこの時期、統計資料や個別で会社のコーポレート・ガバナンス報告書の記載を分析し、各社の対応状況を検討したい。 2 コーポレート・ガバナンス報告書の改正 (1) コーポレートガバナンス・コード対応の記載の概要 昨年のコーポレートガバナンス・コードの適用に対応して、コーポレート・ガバナンス報告書に2つの欄が追加された。 すなわち、上場会社は、「コーポレートガバナンス・コード」の各原則(市場区分により適用範囲に差がある) を“実施”しない場合にはその理由を「コードの各原則を実施しない理由」というコーポレート・ガバナンス報告書の欄に記載し“説明”することとなった。 さらに、特定の事項については、コーポレートガバナンス・コードに従って「開示」することが求められ、「コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示」というガバナンス報告書の欄に記載することになる。 通常コーポレート・ガバナンス報告書は、定時株主総会の日以降、遅滞なく提出することとなっている。したがって、3月決算会社であれば、ほとんどの企業で定時株主総会が行われる6月末頃、開示がなされる。 しかし、コーポレートガバナンス・コード適用は3月決算の総会直前の平成27年6月1日から実施され、コーポレート・ガバナンス報告書における記載対応に時間が必要と考えられることから、新設された上記記載事項は、平成27年6月1日以降最初に開催する定時株主総会の日以降、遅くとも6ヶ月後までにコーポレート・ガバナンス報告書に反映すればよいという経過措置が置かれた。 したがって、平成27年3月決算期の上場企業のコーポレートガバナンス・コード対応は、12月末までに提出されたコーポレート・ガバナンス報告書を検討することによって分析できるといえる。 なお、本年(2016年)は経過措置はないので、前年より提出時期が早まる点に留意が必要である。 (2) コーポレート・ガバナンス報告書における“説明” コーポレートガバナンス・コードでは、コンプライ・オア・エクスプレインの手法を採用している。したがって、各社は、何らかの事情によりコンプライすなわち“実施”することが適当でないと考える原則があれば、その理由をエクスプレインすなわち“説明”することにより、当該原則を“実施”しないことも許容される。 そして、説明内容の、当否・十分性について明確な基準があるわけではなく、基本的にはステークホルダーに“説明”の当否・十分性の判断は委ねられる。したがって、実施していないにもかかわらず説明を一切していない場合や、説明内容が虚偽の場合などを除けば、説明義務違反を理由として取引所等から制裁を受ける場面は考えにくい。 また、コーポレートガバナンス・コードはルールベースの規定ではなく、プリンシプルベースの規定であることから、“実施”しているかどうかも判断の余地が大きい。 このため、各社のコーポレート・ガバナンス報告書記載の具体的記載の分析が、その対応の評価において重要なポイントとなる。 3 コーポレート・ガバナンス報告書におけるCGコードへの対応状況 (1) 東証による資料の開示 各社によるコーポレート・ガバナンス報告書の具体的記載の分析には、東証がコーポレート・ガバナンス報告書について分析・開示した資料が参考になる。 具体的には、平成28年1月20日に、金融庁で開かれた「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」の資料として、市場第一部、市場第二部上場の1,868社について分析した、「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況(2015年12月末時点)」がコーポレート・ガバナンス報告書の全体的な傾向についての理解に役立つ。 また、これに先立ち公表された、平成27年9月24日に、東証が同会議の資料として提出した、「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況及び関連データ」でも同様の項目について調査が行われており、早い段階でコーポレートガバナンス・コード対応を明らかにした会社の比較分析に役立つ。 この2つの調査結果を比較するなどして、以下分析する。 (2) コーポレートガバナンス・コード実施状況 コーポレートガバナンス・コードが定める全73原則を全てコンプライ“実施”している企業は、平成27年8月末までに提出した企業では60.3%であったが、最終的に11.3%の企業に留まった。 8月末までに提出した上場企業が全原則を“実施”している比率が高いのは、早期提出の会社は、各原則を積極的に実施する体制を早期に作ろうという意欲の高い企業が多いということが考えられる。 ただし、全原則を“実施”しているといえるかについて、12月末の提出期限までの間に、自社の“実施”状況をじっくりと検討し、“説明”の必要性があると判断した会社も多数あったのではないかと推測される。 (3) 73原則のうち、コード原則ごとの“実施”・“説明”状況 12月末時点において、全部の会社が“実施”している原則は、以下の6原則である。 これらは、会社や取締役・監査役の果たすべき責務についての基本的な原則であり、上場企業であれば、何らかの形で“実施”しているものであることが確認されたといえよう。 一方、8月末までに提出したすべての上場会社が“実施”していたが、すべての分析対象の上場企業を見ると、2%以上(約50社以上)が“説明”している原則としては、以下の原則がある。 これらの原則は、「資本政策」「行動準則のレビュー」、取締役会に関する一定の考え方等の開示という具体的な行為が定められている原則であり、各原則を積極的に“実施”する体制を早期に作った企業と自社の置かれている状況に従い“説明”に留めた会社で対応の分かれた原則であったといえよう。 (4) “説明”の内容 東証資料では、67の原則に対して各社が行った“説明”(東証資料(8月末時点)で延べ105件、東証資料(12月末時点)で延べ8,996件)について、以下のように分析している。 これによると、8月末時点では、“説明”を行った原則について“実施”予定であるとする原則がおおよそ半数であったのに対して、提出会社全体では約30%に留まった。 また、“実施”予定なしとする原則も、8月末では約15%であったのに対して、提出会社全体では25%を超えた。そして、(3)で示した通り、説明率については、8月末までに提出した会社に比べると、提出会社全体では大幅に増加し、また“説明”した原則も34原則から67原則へと増えていることがわかる。 これは、各原則を積極的に“実施”する体制を早期に作った企業では、コーポレートガバナンス・コードの“実施”が進んでいるが、提出会社全体をみれば、コーポレートガバナンス・コードの“実施”を進めている企業とコーポレートガバナンス・コードへの“実施”を行わず“説明”を行うことでステークホルダーの理解を求めていこうとする企業に分かれている状況の表れであると思われる。 (了)
《速報解説》 ASBJ、IFRS第15号を踏まえ 「収益認識に関する包括的な会計基準の開発について」意見募集を開始 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年2月4日、企業会計基準委員会は「収益認識に関する包括的な会計基準の開発についての意見の募集」(以下「意見募集文書」という)を公表し、意見募集を行っている。 国際財務報告基準では、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」が公表されており、包括的な収益認識の会計基準が開発されている。 今回の意見募集は、企業会計基準委員会がIFRS第15号を踏まえた収益認識に関する包括的な会計基準の開発を行うに際して、適用上の課題などに関する意見を把握するためのものである。 意見募集期間は平成28年5月31日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 意見募集文書は、全体で119ページに及ぶものであり、IFRS第15号の概要も記載されている。 収益認識の会計基準は、会計処理の方法だけでなく、企業によっては、業務プロセスの見直しや会計システムの改修など、幅広く影響する可能性があると思われる。 以下では主な内容について紹介する。 1 会計基準開発の時期 IFRS第15号及びFASB のTopic 606の強制適用日(IFRS第15号は平成30年1月1日以後開始する事業年度、Topic 606 は平成29年12月15日より後に開始する事業年度)に適用が可能となる。わが国おける会計基準の開発は、これらの時期を当面の目標として検討を進めている(15項)。 2 主要な論点の概要 3 開示(注記事項) ① 日本基準では、会計基準等により収益に関して注記が求められる項目は限られている。 ② IFRS第15号では、収益に関する詳細な定量的情報及び定性的情報の注記が求められている。 (了)
2016年2月10日(水)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.156を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第38回】 「法人税法にいう『法人』概念(その2)」 ~株主集合体説について考える~ 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 2 配当控除(所法92)と受取配当益金不算入(法法23) 前述のとおり、支払配当控除方式では必ずしも正確な二重課税の排除を行うことができない反面、グロスアップ方式には、その仕組みが複雑であることや国民の理解を得にくいという難点がある。そこで、グロスアップ方式を採用したとした場合に控除されるべき二重課税額相当額に近似した金額となるように、支払配当控除方式の計算式(配当金額×控除率)を用意することで、これらの問題を解決しようとするのが、我が国の税制である。具体的には、所得税法92条の配当控除によって二重課税の調整を図っているのである。 さて、このような制度設計の場合、法人から配当を受ける者が個人株主のみであれば、その個人株主の所得税額計算の段階で上記の配当控除(所法92)の適用により二重課税の調整が図られるのであるが、株主が必ずしも個人であるとは限らないであろう。むしろ、我が国の場合、企業の安定的経営等のために、株主が法人であるケースが多い。 ところで、例えば、A法人の株主がB法人であるケースにおいては、A法人からB法人が受けた配当金がB法人における法人所得に算入され、B法人において法人税の課税を受けることとなり、かかるB法人の法人税の計算後の利益から個人株主が配当を受けた場合に、当該個人株主の段階で配当所得に対する所得税課税がなされると、二重課税どころか三重課税となってしまう。 しかしながら、所得税法92条は、グロスアップ方式の計算結果と近似するように二重課税の調整計算を行うものであって、決して、三重課税の調整計算を想定しているわけではない。 このようなケースがあり得るので、所得税法に、三重課税の場合の税額控除として、配当控除を設けることも考えられるところではあるが、そうなると、四重課税、五重課税・・・と際限なく複数課税の税額控除規定を設けなければならないことになる。そもそも、個人株主が、自分が受けた配当につき、それが三重課税の配当なのか、四重課税の配当なのかを判断することは至難の業である。 そこで、我が国の租税法は、法人が法人から受ける配当については、法人税を課さないこととしているのである(いわば法人を導管のように見立てているのである)。すなわち、法人税法の益金の規定である同法22条2項に「別段の定め」を設けて、法人税法23条に法人が他の法人から配当を受けた場合であっても、原則としてそれを益金に算入しないという仕組みを設けているのである。 〈図表3〉 このように、我が国の法人税法は法人を株主の集合体として見ており、また、法人に人格を擬制して捉えているとみることができるのである(「株主集合体説」「法人擬制説」。その他公益法人課税のルールや連結納税制度のルールについても、このような法人擬制説的な説明を行うことができる)。 上記のような二重課税の調整については、そのやり方こそ違えども、諸外国においても何らかの形で部分的あるいは完全に二重課税の調整が図られている。これに対して、米国においては、二重課税の調整が行われていない。このことを法人法理論(法人をどのように捉えるかという理論)に引き直してみると、やや大雑把に言うことが許されるとするならば、米国では、法人を実在説的に捉えているということができる。 すなわち、法人を擬制説的に捉え、法人は株主の集合体であるとする日本の租税法体系とは大幅に異なる制度が採られているとみることができる。 3 LPS事件 ところで、近時、米国において組成された事業体が我が国租税法上の「法人」に該当するか否かが争点とされた事例が散見される。例えば、LLC事件やLPS事件がそれである。 ここでは、最近のLPS事件を取り上げて、我が国租税法にいう「法人」とは何かを考えることとしよう。 (1) 事案の概要 投資家であるX(原告・控訴人)らは、外国信託銀行を受益者とする信託契約(以下「本件信託契約」という)を介して出資したLPS(米国デラウェア州改正統一リミテッド・パートナーシップ法(以下「州LPS法」という)に準拠して組成されるリミテッド・パートナーシップ。以下「本件LPS」という)が行った米国所在の中古集合住宅(以下「本件建物」という)の貸付けに係る所得を得ていたが、これを所得税法26条1項の不動産所得に当たると考え、その減価償却費等による損失(以下「本件損失」という)と他の所得との損益通算をして所得税の申告を行った。これに対して、処分行政庁は、この所得は不動産所得に該当せず、減価償却費等の損益通算は許されないとして更正処分等を行った。本件は、Xらが国Y(被告・被控訴人)に対し当該処分の取消しを求めた事案である。 Xらの本件LPSに対する投資契約は、外国証券会社が企画したプログラム(以下「本件スキーム」という)に基づいて一体的に実行されることが企図された複合契約の一部であった。同証券会社作成のパンフレットの記載によると、本件スキームにおいては、1口2,000万円の出資に対し、我が国において投資家が本来負担すべき所得税額及び住民税額が合計2,350万円余軽減されるとともに、7年間における不動産賃貸事業による現金収入360万円余及び7年後の本件建物売却による現金収入541万円余が得られることにより、合計約3,258万円余の利益があるとされていた。 本件スキームは、我が国の所得税法上の不動産所得の金額の計算において短期間に減価償却費を計上できることを利用し、不動産所得に損失を生じさせ、不動産所得以外の他の所得と損益通算することによって、投資家の所得税額及び住民税額を減少させることを企図したものであった。本件では、一定の想定される合計所得金額の下、出資1口(2,000万円)当たり、各年の不動産所得につき約2,100万円の損失を4年間生じさせることにより、各年につき税額を約1,050万円減少させ、4年間で合計4,200万円の税額を減少させるものと想定されていた。 本件スキームは、本件LPSが我が国の租税法上「法人」あるいは「人格のない社団等」に該当しないことを念頭においたものであって、当該LPSの構成員がその不動産所得として課税を受けるといういわゆるパス・スルー課税を前提としている。 なお、米国では、1997年に米国財務省規則(Treasury regulations)において、いわゆるチェック・ザ・ボックス規則(Check-the-box regulation)が定められ、ある一定の事業体はcorporation(コーポレーション)として事業体課税を受けるか、又はpartnership(パートナーシップ)として構成員(パス・スルー)課税を受けるか、選択できるものとされている。 米国財務省規則では、信託又は内国歳入法(Internal Revenue Code)において別段特別の取扱いがなされるものでない事業体を、「ビジネス・エンティティ(business entity)」としている。このビジネス・エンティティのうち、当該事業体が2人以上のメンバーを有しており、かつ連邦、州又はインディアン族の制定法によりincorporated, corporation, body corporate, body politicと規定されている事業体や保険会社等の一定のcorporation以外のビジネス・エンティティ(以下「適格事業体」という)である場合には、当該事業体は、corporationかpartnershipかを選択することができるものとされている(米国財務省規則301.7701-3(a))。 そして、上記の2人以上のメンバーを有する米国の適格事業体において上記の選択がない場合には、デフォルト・ルールとして、partnershipを選択したものとみなされる(米国財務省規則301.7701-3(b)(1)(i))。また、適格事業体がpartnershipを選択した場合、又はデフォルト・ルールによりpartnershipを選択したものとみなされる場合には、当該事業体は納税義務者とならず(内国歳入法701条)、当該事業体の構成員が納税義務者となり、パス・スルー課税を受けることになる。 本件LPSは、corporationかpartnershipを選択することができる適格事業体であるところ、本件LPSにおいては特に明示的な選択が行われていないことから、デフォルト・ルールにより、partnershipを選択したものとみなされている。そのため、本件LPSは、米国租税法上の納税義務者とならず、本件LPSを通じて得られた所得については、本件LPSではなく、Xらがその持分割合に応じて納税義務者となった。 本件において争点となったのは、本件LPSが我が国における法人であるか否かということである。処分行政庁は、本件LPSを法人と考え、あくまでも法人からの利益(損失)の分配と解した上で更正処分等を行ったのであるが、この処分は適法なものといえるのであろうか。 (続く)