〈条文解説〉 地方法人税の実務 【第7回】 「地方法人税『確定申告書』の書き方」 税理士 小谷 羊太 税理士 伊村 政代 今回は、地方法人税の確定申告書の書き方について、記載例をもとに詳解する。 1 地方法人税額は追加改正後の『法人税申告書別表1(1)』に記載する 地方法人税の申告書様式については、当初、「地方法人税法施行規則の一部改正」(平成26年4月14日:官報号外第84号)により新設の様式として定められていたが、納税者及び税務署等における事務負担の軽減や地方法人税申告の失念を避けるため、日本税理士会連合会からの要望により、法人税申告書別表1(1)と同一の申告書で行えるよう、様式の改正が行われた。 平成26年10月1日以後開始する事業年度分、連結事業年度分又は課税事業年度分については、これらの書式となる。 本稿では、改正後の様式(法人税申告書別表1(1)(次葉含む))により、地方法人税申告書の書き方として解説することとする。 2 法人税申告書別表1(1)における地方法人税の書き方 「法人税額の計算」、「地方法人税額の計算」、「この申告が修正申告である場合の計算」については、「別表1(1)次葉」において計算する。 法人税申告書別表1(1)における地方法人税の記載例 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 ◆別表1(1) ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 ◆(次葉) (了)
こんなときどうする? 復興特別所得税の実務Q&A 【第9回】 「報酬の源泉徴収」 税理士・社会保険労務士 上前 剛 当社は、先日、新製品発表のイベントを開催しました。イベントの開催にあたり、イベント会社に司会者、芸能人、モデル、スタイリスト、カメラマンの手配を依頼しました。 カメラマンにはイベントの模様を撮影してもらい、その写真を社内報や広告に掲載する予定です。司会者、芸能人、モデル、スタイリスト、カメラマンは、全員個人事業主です。 また、報酬は、イベント会社を経由せず、当社から直接支払う契約です。 具体的な金額は、次の通りです。 報酬から所得税及び復興特別所得税を源泉徴収する必要があるかどうか、また、必要がある場合、いくら源泉徴収すればよいかご教示ください。 所得税及び復興特別所得税を源泉徴収する必要がある報酬は、所得税法204条1項に限定列挙されている。 司会者、芸能人、モデル、スタイリスト、カメラマンの報酬が限定列挙されているかどうかは、次の通りである。 (了)
組織再編・資本等取引に関する最近の裁判例・裁決例について 【第9回】 「資産調整勘定の計上(東京地裁平成26年3月18日判決)①」 公認会計士 佐藤 信祐 第1回から第8回までは、特定役員を送り込むことにより、みなし共同事業要件を形式的に充足した事案に対する包括的租税回避防止規定の適用について判例評釈を行った。なお、本事件においては、繰越欠損金を保有していたのはC社であるが、事前にF社に対して分社型分割を行い、資産調整勘定の計上を行っている。 税務調査において、C社を吸収合併したA社に対して繰越欠損金の引継ぎについて否認を受けているが、F社においては当該資産調整勘定の計上について、包括的租税回避防止規定を適用することにより否認を受け、東京地裁において争われ、A社に対する判決と同日に判決が下されている。 第9回以降は、F社における資産調整勘定の計上についての事件について解説を行うこととする。 2 資産調整勘定の計上(東京地裁平成26年3月18日判決) (1) 判決の概要 新聞報道で有名であるため、資産調整勘定の計上について争われていたということだけは知っている読者も多いと思われるが、別訴において争われた第1回から第8回で解説した内容と異なり、やや複雑なストラクチャーであることから、否認を受けた理由については、新聞報道だけからは推測し難い。 本事件においても、包括的租税回避防止規定の射程範囲が問題とされたが、その内容については、第1回から第8回で解説した内容と変わらない。もうひとつの争点は、C社からF社に対する分社型分割により資産調整勘定を計上したという点であり、課税当局は、本件分割を非適格分割とした上で、本件分割により原告が資産及び負債等の移転を受け、これにより資産調整勘定の金額を生じさせたことは、形式的に税制適格要件を満たさないこととすることにより、法人税の負担を不当に減少させたものとして、資産調整勘定の取崩しにより損金の額に算入することを認めない更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を行った。 裁判所は、みなし共同事業要件の事件と同様に、完全支配関係継続見込み要件についての趣旨・目的に反するということで、包括的租税回避防止規定の適用について適法と判断した。 原告はこれを不服として、東京高裁に控訴を行っている。 (2) 事実の概要 C社の発行済株式のすべてをB社が保有している。 A社の議決権のうち、B社が約42.1%を保有しており、当該B社からC社を買収し、その後、合併を行うことにより繰越欠損金の引継ぎを行っている。なお、当該買収に先立ち、C社は会社分割によりF社(原告)を設立し、当該F社もA社が買収を行っている。 本件分割、買収におけるスケジュールは以下の通りである。 本件分割は非適格分割に該当することから、譲渡価額115億円と移転を受けた資産及び負債の時価純資産価額14億6,606万円1,640円との差額である100億3,393万8,360円を資産調整勘定として計上した。 (3) 主たる争点 ① 法人税法132条の2の意義【争点1】 (ⅰ) 法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」(不当性要件)の解釈について (ⅱ) 「その法人の行為又は計算」の意義について ② 本件計画を前提とした分割承継行為を法132条の2の規定に基づき否認することができるか否か【争点2】 なお、本事件における【争点1】は第1回から第8回で解説したみなし共同事業要件についての事件と同様の内容である。また、納税者が異なることから形式的には別の事件となっているが、実際は一体のものである。そのため、【争点1】の判決文は、原告及び被告の主張についてはそれなりの差異が見受けられるものの、裁判所の判断についてはほとんど変わらない文章となっている。 そのため、本連載においては、【争点2】のみを取り上げるものとする。 (4) 本事件における特徴 本事件においては、合併によりA社において繰越欠損金を利用しようとした件について別訴において争われているが、合併前にC社において繰越欠損金の一部を利用しなければならなかったという背景がある。すなわち、繰越欠損金の繰越期限の問題である。 C社の繰越欠損金は、平成14年3月期が124億円、平成15年3月期が41億円、平成16年3月期が106億円、平成17年3月期が29億円、平成18年3月期が366億円であり、平成14年3月期の繰越欠損金については、当時の法令では繰越期限が7年であったことから、平成21年3月期までしか使用することができなかったため、非適格分割により100億円の資産調整勘定に対する譲渡益を認識し、C社の繰越欠損金をF社の資産調整勘定に振り替えることにより、実質的に繰越期限の延長を図ったという点が特徴である。 法人税法施行規則27条の16第2号においては、分割により移転を受ける事業により見込まれる収益の額の状況その他の事情からみて実質的に当該分割に係る分割法人の欠損金額に相当する部分から成ると認められる金額があるときには、資産等超過差額として取り扱われ、資産調整勘定と異なり、損金の額に算入することができないことが明らかにされているが、「当該移転を受ける事業による収益の額によって補てんされると見込まれるものを除く。」と規定されていることから、F社の株式価値が115億円であるということが適正であれば、資産等超過差額として取り扱うことはできない。 そのため、本事件においては、包括的租税回避防止規定を適用せざるを得ないということになるが、包括的租税回避防止規定の適用根拠としては、本来であれば、適格分割として処理されていた事案という点である。 すなわち、分割法人であるC社と分割承継法人であるF社は、いずれも、株式譲渡によりA社の完全子会社となっていることから、法形式上は同一の者(本事件ではB社)による完全支配関係は継続していないが、同一グループに属しているという点では、実質的に、完全支配関係は継続している。 また、通常、M&Aの対象となる法人を買収会社がグループ内で切り分けたいと考えた場合には、売り手からすると関係のない話であることから、買収後に会社分割を行うことが多く、その場合には、分割前における同一の者はA社であり、分割後も同一の者による完全支配関係は継続しているし、適格合併により分割法人が解散する場合には、適格合併の直前まで完全支配関係が継続していれば足りるため(法令4の3⑥一、当時の政令では法令4の2⑥一)、適格分割に該当することになる。 このような背景から、包括的租税回避防止規定が適用されたものと考えられるが、別訴において争われているみなし共同事業要件の事案に比べると、さらに違和感のある判決となっている。おそらくは、本事件のみで考えるのではなく、別訴で争われている事件と一体として考える必要があると思われる。 次回以降は、それぞれの争点における被告、原告の主張についてそれぞれ解説し、本事件においてどのようなことが争われたのかについて分析を行っていく予定である。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【43】 〔第6章〕判例の見方 (その1) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 1 「判例」の意義 ① 判例の基本的意義(裁判所の「判断(又は「判断に基づく意見」)」を指す) 本連載の第1回「第1章「法(法源)の種類」-5「不文法の種類」-②「判例法」」において、判例とは、先例として機能する裁判例のことで、ある事件に対し下された判決の中で示された一般的規準が先例として規範化され、その後の同種の事件においても同じ内容の判決が下されるようになることから、この一般的に承認されるに至った判決(裁判所の判断)を判例(法)という旨記した。 そして続けて、判例は他の裁判官の法解釈を拘束することになり、一種の法規範として事実上法源性を有することから、単なる裁判例は区別して呼ぶ必要がある旨も記した。 そこで示しているように、判決(裁判所の判断)の中で、一般的に承認されるに至ったものを「判例」、そのような法源性を持たないものを「裁判例」と分けるべき旨記したが、一般的にこの区別は明確にはなされていない。 さらにこの法源性を有するに至った判決(裁判所の判断)を指すにしても、それがその判決全体を指すのか、判決の理由として示された判断を指すのか、裁判所の基本的な法律的な考え方を指すのか、明らかではない。 例えば、先例となるような判断を含む個々の裁判そのものを指して「〇年〇月〇日の判決(または決定)」という代わりに「〇年〇月〇日の判例」という場合がある。またそれとは異なり、その裁判の理由の中で示された判断だけを「判例」と呼ぶこともある。さらには、個々の裁判を離れ、より抽象的に、それらの裁判から推測される裁判所の基本的な法律的な考え方を「判例」と名付け、「最高裁判所の判例は〇〇説をとっている。」などということもある。 実は、「判例」という語が法条に使われ、法令用語となるのは、昭和23年制定の刑事訴訟法からであるため、それまでは明確な定義付けはなされていなかった。 そして同年の刑事訴訟規則が制定され、その第253条においてもこの「判例」という語が使われた。 その後、昭和31年制定の民事訴訟規則第48条ならびに平成8年制定の民事訴訟法第318条第1項、第337条第2項、同じく平成8年制定の民事訴訟規則第192条、第199条第1項及び第203条にもこの言葉が使われ、今では法令上の用語ともなっている。 ではここで、法令上の用語として「判例」の意義を確認しよう。 上記の刑事訴訟法第405条第2号、同条第3号によれば、高等裁判所がした判決が「裁判所の判例と相反する判断をしたこと」が上告理由になると規定されている。すなわちここでいう「裁判所の判例」とは、原判決の判断と相反する何ものかであることから、それもまた「判断」となる。 したがって、条文に言葉を補えば「裁判所の判例(の判断)と相反する判断をしたこと」ということになる。 よって、判決や決定そのものが判例なのではなく、その中で示された裁判所の判断が「判例」ということになる。 もっともこの点、最高裁判所の判例変更のことを規定した裁判所法第10条第3号には、「意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき」となっており、上記「判例」の内容について「裁判」という語を使っている。 しかし「裁判」そのものに「反する」はずはなく、条文の「意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき」に言葉を補えば、「意見が前に最高裁判所のした裁判(の意見)に反するとき」ということになる。 つまり「反する」内容は、裁判所の下した「意見」ということになる。そしてこの「意見」とは判断に基づくものであるから、判例が「判断」を指すものということになる。ただしこの裁判所法第10条からは、その判断に基づく「意見」ということもできよう。 しかし、判断に基づく「意見」としたところで根底にあるのは「判断」であるから、「判例」とは、裁判で示された裁判所の「判断」を指すものと解すべきであろう。 (続く)
日本の会計について思う 【第9回】 「IES(国際会計教育基準)が日本に求めること」 関西学院大学教授 平松 一夫 IES(国際会計教育基準)の認知度 IFRS(国際会計基準)といえば、いまや日本の会計界に知らない者はいない。 しかし、IES(国際会計教育基準)となると、どの程度知られているであろうか。 おそらく認知度はかなり低いと思われる。 会計のグローバル化が進む時代にあって、高度な会計人材を育成することが日本の会計の将来を明るくする重要な方策であるとするならば、IESの認知度が低いことは憂うべき状況である。 もちろん、実際にはそれほど悲観的になる必要はない。日本公認会計士協会が会員の監査法人や公認会計士にIESを遵守させる義務を負っているからである。とはいえ、日本公認会計士協会だけでIESの遵守が完結するわけではない。 日本に当てはめるならば、公認会計士・監査審査会や大学等もその遵守に対して責任を担っている。これらの組織がどの程度IESを意識した取組みを展開しているかについては未知数の部分がある。 IESの設定 IESの正式名称は「会計職業専門家のための国際教育基準(International Education Standards for Professional Accountants)」である。 これを設定するのはIFAC(国際会計士連盟)の中に設けられているIAESB(国際会計教育基準審議会)であり、私はその委員を務めている。 IAESBをめぐる審議では「世界」を意識して議論するのであるから、いつも日本の意見が通るわけではない。しかし、いくつかの局面で日本の立場を反映することができたと考えている。 日本の観点から困難なことであっても、国際基準であるからにはこれを遵守しなければならない。現在進められている改訂作業では原則主義の基準への改訂が進められているため、IESの遵守は日本にとって著しく困難というわけではないと考えられる。 IESの概要 2014年8月時点で、IESには次のように第1号~第8号がある。 なお、上記以外にも重要なIAESBの文書がある。 例えば「国際会計教育基準のためのフレームワーク」(改訂作業中)及び「用語集」(2014年3月改訂)である。 これらのうち、第1号は会計職業専門家への参加要件を定めている。第2号~第6号は「当初の能力開発(IPD)」で資格取得前に身につけるべきさまざまな能力を定めている。第7号は資格取得後、生涯学習のように継続的に行うべき能力開発を定めている。第8号は監査の能力要件を定めており、監査を行う会計士のみに適用される。 第8号については説明を要するかもしれない。 日本では公認会計士は日本公認会計士協会に強制加入するし、公認会計士の主な職務は監査であるから、IES第8号が適用されることは当然と考えられるであろう。 しかし世界には監査以外のさまざまな業務を主たる業務とする会計士があり、IFAC加盟団体のすべてが監査を行う会計士の団体ではない。そのため第8号が適用されない会計士もいるのである。 IESが日本に求めること 上記のようにIESは、会計職業専門家の教育・研修に際し準拠すべき会計教育の国際基準である。そこには日本が留意すべき点もいくつか含まれている。 ここで詳細に検討することはできないので、ごく簡単に述べることとする。 まずIES第1号では、過度な障壁を設けることなくという条件を付けてはいるが、何らかの参加要件を特定しなければならないとしている。しかし、日本の公認会計士試験では受験資格が定められていない。 IES第4号では、会計職業専門家教育プログラムを通じて、 会計士になろうとする者が、職業専門家としての判断を行使し、公共の利益に適った倫理的な方法で行動できるように、職業専門家としての「価値観、倫理、心構え」のフレームワークを示さなければならないとしている。しかし、この分野は日本の公認会計士試験では、実質的には軽視されてきた。 また、「国際会計教育基準のためのフレームワーク」(改訂作業中)は一般教育の重要性を指摘している。ところが、日本では公認会計士となるのに一般教育の素養は一切問われていない。 このように、IESに照らしてみた場合、日本の公認会計士制度は試験制度を含めていくつかの重要な点で課題を抱えている。 いま改めてこれらを検討することが求められていると言える。 (了)
減損会計を学ぶ 【第16回】 「経営計画」 公認会計士 阿部 光成 減損損失の認識の判定は、割引前将来キャッシュ・フローの総額を用いて、それが帳簿価額を下回るかどうかによって行うこととされている(「固定資産の減損に係る会計基準」(以下「減損会計基準」という)二、2(1))。 このため、割引前将来キャッシュ・フローの総額を見積もることが必要となり、「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号。以下「減損適用指針」という)では、将来キャッシュ・フローの見積りについて詳細に規定している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 将来キャッシュ・フローの見積り 減損会計における将来キャッシュ・フローは、資産又は資産グループの時価を算定するためではなく、企業にとって資産又は資産グループの帳簿価額が回収可能かどうかを判定するため、又は、企業にとって資産又は資産グループがどれだけの経済的な価値を有しているかを算定するために見積もられるものである(「固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書」四、2(4)①)。 このため、将来キャッシュ・フローは画一的に見積もられるものではなく、企業に固有の事情を反映した合理的で説明可能な仮定及び予測に基づいて見積もることとされている(減損会計基準二、4(1))。 Ⅱ 中長期計画と将来キャッシュ・フローの見積方法 将来キャッシュ・フローの見積りに関して、中長期計画と将来キャッシュ・フローの見積方法との関係をまとめると次表のようになる(減損適用指針36項)。 (出所:監査法人トーマツ編『Q&A減損会計適用指針における会計実務』(清文社、2004年4月)108~109ページ) Ⅲ その他の留意事項 1 間接的に生ずる支出 資産又は資産グループに関連して間接的に生ずる支出として、本社費等の間接的に生ずる支出があげられている(「固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書」四、2(4)⑤)。 間接的に生ずる支出については、関連する資産又は資産グループに合理的な方法により配分し、当該資産又は資産グループの将来キャッシュ・フローの見積りに際し控除することとされている(減損会計基準二、4(4)、減損適用指針40項)。 ただし、すでに支出された共用資産の取得価額に基づいて算定される減価償却費は、間接的に生ずる支出に含まれない(減損適用指針40項)。 これは、減損会計基準における共用資産の減損損失の認識の判定及び測定が、より大きな単位でグルーピングを行う方法を原則としているものの、当該資産又は資産グループの将来キャッシュ・フローの見積りに際して、共用資産の減価償却費を控除することとした場合には、共用資産の帳簿価額を各資産又は資産グループに配分する方法を採用する考え方と近く、原則的な方法となじまないこととなるためと考えられている(減損適用指針121項)。 2 利息の支払額・法人税等 将来キャッシュ・フローの見積りには、利息の支払額並びに法人税等の支払額及び還付額を含めない(減損会計基準二、4(5))。 これは、資産又は資産グループの将来キャッシュ・フローの見積りが、企業の資金調達手段やその構成には左右されないということも考慮されていると考えられている(減損適用指針122項)。 次の事項に注意が必要である。 (了)
〔事例で使える〕中小企業会計指針・会計要領 《貸倒損失・貸倒引当金》編 【第3回】 「一括評価金銭債権に係る貸倒引当金繰入」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 個別注記表の重要な会計方針において、貸倒引当金の計上基準として、「一般債権については法人税法の規定する貸倒実績率(法人税法の法定繰入率が貸倒実績率を超える場合には法定繰入率)により計上するほか、個々の債権の回収可能性を勘案して計上している」という記載を見ることがあります。 今回は、この「一般債権については法人税法の規定する貸倒実績率(法人税法の法定繰入率が貸倒実績率を超える場合には法定繰入率)により計上する」方法をご紹介します。 1 当期における仕訳 一般債権(経営状態に重大な問題が生じていない債務者に対する債権)に係る取立不能見込額の原則的な算定方法は、債権全体又は同種・同類の債権ごとに、債権の状況に応じて求めた過去の貸倒実績率等の合理的な基準により算定します。 ただし、法人税法の規定する一括評価金銭債権に係る繰入限度額(債権金額に過去3年間の貸倒実績率又は法定繰入率を乗じた金額。平成23年度税制改正前の額)が明らかに取立不能見込額に満たない場合を除き、その繰入限度額をもって、当期に貸倒引当金繰入金額とすることができます(中小企業会計指針18)。 この設例では、一般債権についての貸倒引当金額を法人税法の規定する一括評価金銭債権に係る繰入限度額により算定することとします。 2 法人税法の規定する一括評価金銭債権に係る繰入限度額 (1) 法人税法の規定する貸倒実績率(法法52②、法令96⑥) 法人税法の規定する貸倒実績率は、当事業年度開始の日前3年以内に開始した各事業年度について、下記のように計算した分子の額6,067,900から分母の額700,000,000を除して0.0087(小数点以下4位未満切上げ)と算定されます。 (注1) 内訳は次のとおりです。 (注2) 内訳は次のとおりです。 (2) 法人税法の規定する法定繰入率 中小法人等の法定繰入率は、次のとおりです(措令33の8④)。 当社は中小法人等に該当する製造業なので、法定繰入率8/1,000を適用することができます。 (3) 法人税法の規定する繰入限度額 (ⅰ) 貸倒実績率による繰入限度額 一括評価金銭債権の帳簿価額の合計額1,000,000,000円(=300,000,000+553,000,000+150,000,000-税法上の個別評価対象債権3,000,000)×貸倒実績率0.0087=8,700,000 (ⅱ) 法定繰入率による繰入限度額 {一括評価金銭債権の帳簿価額の合計額1,000,000,000円-実質的に債権と見られないものの額(この設例では0とします)}×法定繰入率8/1,000=8,000,000 よって、法人税法の規定する繰入限度額は、(ⅰ)と(ⅱ)の多い方である8,700,000です。 (注) 期末資本金が1億円を超える法人で、かつ、貸倒引当金の適用法人に該当しない場合など所定の法人については、平成24年4月1日から平成25年3月31日までの間に開始する事業年度において、上記の貸倒実績率による繰入限度額の4分の3、平成25年4月1日から平成26年3月31日までの間に開始する事業年度において、上記の貸倒実績率による繰入限度額の4分の2、平成26年4月1日から平成27年3月31日までの間に開始する事業年度において、上記の貸倒実績率による繰入限度額の4分の1が損金算入限度額となります(平成23年度税制改正)。 3 決算書の金額 〈当期損益計算書〉 〈当期末貸借対照表〉 4 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整 一括評価金銭債権と個別評価金銭債権のいずれの貸倒引当金についても会計上の残高と税務上の残高が期首・期末において同じであるので、X3年度における損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整はありません。 (《貸倒損失・貸倒引当金》編 終了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第55回】 連結会計⑤ 「子会社株式の追加取得」 仰星監査法人 公認会計士 上村 治 〈事例による解説〉 【×1年度】 A社は×1年3月31日にB社の株式80%を400で取得した。 ×1年3月31日のA社、B社の貸借対照表は以下のとおりである。 〈会計処理〉 〇 投資と資本の相殺消去 〈×1年度の連結貸借対照表〉 〈会計処理の解説〉 A社が取得したB社持分は400(B社純資産500×80%)であり、取得価額400と一致しています。そのため、投資と資本の消去差額はゼロとなり、その結果のれんの計上は行われません。 また、連結貸借対照表に計上されている少数株主持分100は、B社の純資産500の少数株主持分割合である20%を乗じた金額と一致します。 「投資と資本の相殺消去」及び「少数株主持分」の詳細は、この連載の 【第26回】 連結会計① 【第28回】 連結会計③ をそれぞれご参照ください。 【×2年度】 A社は×2年3月31日にB社の株式20%を150で追加取得し、100%子会社化した。 ×2年3月31日のA社、B社の貸借対照表及び損益計算書は以下のとおりである。 〈会計処理〉 ① 開始仕訳 ② 当期純利益の按分 ③ 追加取得に係る連結仕訳 〈×2年度の連結貸借対照表〉 〈会計処理の解説〉 〇当期純利益の按分について ×2年度期中の少数株主持分は20%であり、B社の×2年度の当期純利益100を少数株主持分に振り替える処理が必要になります。なお、くわしい解説は、この連載の【第28回】連結会計③をご参照ください。 〇追加取得に係る連結仕訳 (A社個別財務諸表の処理) 連結に係る会計処理を解説する前に、A社の個別財務諸表を確認すると、A社は×2年度末にB社株式150を追加取得しているため、個別貸借対照表では子会社株式の金額が400から550に増額しています。 (連結に係る処理) A社が×2年度に追加して取得したB社の持分割合は20%であり、B社純資産600の20%に当たる120を少数株主持分から減額します。その少数株主持分とB社株式の追加投資額150とを相殺し、消去差額はのれんとして処理されます。A社のB社株式への追加投資額150に対して、取得した持分は120であり、差額の30は買収プレミアムと考えられるためです。 また、本事例では、A社はB社株式を追加取得することで100%子会社化していることから、×2年度の連結貸借対照表では、少数株主持分が計上されないことになります。 (了)
建設業をめぐる労災制度のポイント 【第2回】 「工事現場での労災保険適用対象」 社会保険労務士 菅原 由紀 1 工事現場での労災保険適用対象 工事現場で労働災害(労災)が起こってしまった場合、元請会社の労災保険(現場労災)の適用の対象となるのは、図1の赤枠内の労働者のみである。 元請会社の現場労災の補償の対象となるのかどうかは、被災者の地位(事業主なのか労働者なのか、一人親方なのか)によって変わってくる。 図1 2 「労働者」の範囲は それでは、現場労災の補償となる「労働者」とはどのような者をいうのだろうか。 労働者とは、雇用形態にかかわらず、従業員、臨時雇用、日雇、アルバイト、パートタイマーなどをいう。 会社が労働者と雇用契約を結んでいれば、労災保険法の適用を受ける事業に使用される労働者として、工事現場で労災が起こった場合でも、元請の労災保険(現場労災)が適用されることになる。したがって、元請の労災保険の適用を受けるためには、各労働者について、「雇用関係を証明するもの」を整備する必要がある。 3 「雇用関係を証明するもの」とは 一般的には、以下の4つをもって「雇用関係を証明するもの」とする。 (了)
常識としてのビジネス法律 【第15回】 「各種代金の請求・取立てに関する法律実務(その3)」 弁護士 矢野 千秋 (16 担保を利用した債権回収方法(確実化)) (2) 物的担保とは 「物的担保」とは、財産を担保にとるものである。 物的担保には、「法定担保」と「約定担保」の2種がある。 ① 法定担保 「法定担保」とは、ある一定の債権について法律上当然に成立する担保権で、「先取特権」と「留置権」がある。 ② 約定担保 「約定担保」とは、当事者の約定によって設定される担保権で、抵当権、質権、譲渡担保、仮登記担保、所有権留保がある。 人的担保(前回参照)はその者の資力如何によって不確実なので、物的担保が担保力に優り、なかんずく抵当権が有力である。 (3) 抵当権 担保物は主として不動産であり、債務者に利用を継続させながら優先弁済権を確保、すなわち担保にとることができる。 抵当権を設定したらすぐに第三者対抗要件である登記をしておくことが必要である。他の債権者に先立って弁済を受けるのであるから、これから債権者になろうとする第三者を害さないための手続、すなわち登記による公示が要求されているからである。 これにより第三者は先行する担保権のあることを知ることができ、不測の損害を被ることがなく、取引の安全が保たれる。 一般的に価値の高い不動産を担保物にとるのであるから、担保方法として極めて有力なのであるが、金融機関の担保に入っていることが多いのが難点である。 継続的取引の場合は根抵当が便利であるが、ある程度被担保債権の範囲を特定しておかねばならない。これも根保証と類似して、ある一定の範囲の取引から生ずる不特定(ある程度の範囲の限定が必要)・多数の債権を包括的に担保するものである。 (4) 質権 担保物は主として動産であり、その引渡しが質権の成立要件である。占有が第三者対抗要件であるから、担保物を債権者の手元に移しておくことが必要である。これは、先年まで動産には登記のような公示方法がなかったため、債務者の手元に担保物を残したまま質権の成立を認めてしまうと、第三者は質権の存在自体が分からず、不測の損害を被ってしまう恐れがあったからである。 担保物が不動産の場合は質権設定登記が第三者対抗要件となるが、不動産を質にとると管理が必要になり面倒なので、不動産質は使われていない。 有体物ではない財産権(例えば著作権、特許権などの知的財産権、金銭債権、ゴルフ会員券など)の上にも質権を設定することができる(362条1項)。 権利質においては債権質権者が自己の名において債務者に履行を請求できるというメリットがある(366条2項)。取り立てた債権が金銭債権であれば、そのまま自己の債権の弁済に充当することもできる。 実務上、最も多く利用されるのは、建物に抵当権の設定を受けるときに、抵当権者がその建物に付された火災保険の保険金請求権に債権質の設定を受け、抵当権の目的たる建物が滅失しても、火災保険の保険金から優先弁済を受けるというケースである。 権利質の第三者対抗要件は、指名債権の場合は債務者への確定日付のある通知または承諾である。これには債権譲渡の場合の対抗要件が準用されているが、その理由は債権譲渡が今その債権をとってしまうものであるのに対して、債権質は債務不履行などになった場合に優先弁済を受ける、つまり後からとるものであり、現在か将来かの違いだけでその他は同じことなので準用したものである。 目的物が主として動産、債権であるので、担保物としての価値は不動産に比べて落ちるのが通常であるが、そのため金融機関の担保に入っていないことが多く、素早い担保設定が望まれる。 (5) 所有権留保・譲渡担保の利用 これらは慣習法上の担保権として実務の必要性から生み出された担保方法である。問題は、質権が第三者を害さないために、目的物の占有を奪ってしまうことにある。 質物の占有を奪うことは、弁済を促す効果もあるが、質物が営業用動産などの場合に占有を奪ってしまうと営業に困難を来たし、かえって弁済力を殺いでしまうことにもなる。そこで質権の欠点を是正し、動産の占有を奪わない担保方法として広く利用されている。 対抗要件は動産においては引渡しである(民法178条)が、この引渡しは目的物の占有を設定者に留める占有改定によることが多い。ただ占有改定は占有を債権者に移さず債務者の手元に残すために、第三者を害さない必要性から、第三者に優先する担保権が存在することをどのように公示するかが問題となる。 譲渡担保設定契約等を公正証書にしておくと公正証書には確定日付の効力があり、日付の早い債権者・譲渡担保権者が優先する。近年、動産の登記の制度がスタートしており、第三者対抗要件として登記を使うこともできる。公正証書(占有改定)と登記との間に優劣はなく、いずれか設定日付の早い債権者・譲渡担保権者が優先する。 ただこれでは債権者・譲渡担保権者間の優劣は決せられるが、それ以外の例えば目的物を取得した第三者の即時取得(民法192条)の可否の問題が残る(判例は第三者の善意・無過失を容易には認めないが)。そのために使われる公示方法が「明認方法」である。 ① 所有権留保 自動車等の割賦販売で、代金完済まで売主に商品の所有権を留保しておき、代金を完済して初めて商品の所有権が買主に移転する特約を結ぶという担保形式である。 すなわち売主・債権者は優先弁済権を保持しながら(不払いになれば所有権に基づいて返還請求をし、それを他に売却して弁済に充てる)、買主・債務者はそれを占有して(代金完済まで借りていることになる)使用することができる。 登録制度のある物(例えば自動車)であれば第三者対抗要件となり得るが、それがない物の場合には、第三者の即時取得の問題が残る。機械類であればプラークを取り付ける等の明認方法を施すことが考えられる(これにより第三者を悪意にする)。明認方法は後述する。 ② 譲渡担保 所有権を一旦債権者に移転し、債務者はそれを借りて利用し、債務を弁済すれば所有権を債務者に戻し、弁済がなければ債権者は所有権に基づいて物を引き渡させ、それを他に売却して優先弁済をとることになる。売買の形式をとっているが、結局は金銭債権の担保である。売り渡した時の価格と、買い戻すときの価格の差がその間の利息ということになる。 もちろん、既存の売掛債権の担保として機械等に譲渡担保権を設定することも可能であるし、債権担保の有力な手段である。 動産が譲渡担保の目的物の場合は、前述の通り引渡し(占有改定。公正証書の日付による)や動産の登記の制度があるが、なお所有権留保と同じく第三者の即時取得の問題が残るので、第三者を悪意にするための明認方法を施すことを考えねばならない。 さて明認方法であるが、これも「4W」を考えればよい。 目的物は、機械類に限らず、原材料や仕掛品も可能である。原材料などは使用・補充がなされ流動的なものであるが、これらも包括して担保目的物とできる。そしてその場合の明認方法は、倉庫の入り口に看板を打ちつけるなどの方法によることになる。担保権者間の優劣は公正証書(引渡・占有改定)の日付、登記の日付で決せられるが、それ以外の第三者の即時取得を防ぐためには先述の明認方法がある。 しかし、明認方法を施すと債務者が譲渡担保権を設定させられた、すなわち窮状にあることを一般に知らしめてしまうという欠点もあるため、このあたりは弁護士や司法書士と相談して検討するべきである。 17 法的手段を利用した債権回収方法 (1) 保全処分の利用(仮差押と仮処分) 「保全処分」とは、債務者の財産処分を事前(主として訴訟提起前)に防止し、保全しておく手続をいう。訴訟追行に長期間を要して結果勝訴判決をとっても、それ以前に債務者の財産が散逸しては、判決をとったことが無に帰するからである。したがって、これは本来債権保全の手続であり、債権回収の手段ではない。 しかし、心理的圧力により弁済を促す効果があるので、回収の手段としても使われる。そして弁済促進のためには効果的な財産を仮差押すべきである。銀行の担保不動産、当座預金、家財道具、知的財産権等がこれにあたる。 ① 仮差押 金銭債権の執行保全に限る。以下の2要件を疎明(裁判官に確からしいと信ぜしめる程度で足りる。これに対して「証明」とは裁判官が確信を抱く程度を意味する)する必要がある。 仮差押の手続は、①仮に差し押さえようとする財産を明示し②被保全債権と保全の必要性を記載した申請書に、③これらの事実の疎明資料を添付し、④印紙(当事者が複数の場合には、多い方の一方当事者の人数に2,000円を乗じた金額となる。債権者が2人で債務者が1人の場合には、2,000円×2となる。その他郵券が必要。)を貼付して、本訴を管轄する裁判所か、仮差押財産の所在地を管轄する裁判所に申請する。 通常その日のうちに裁判官との面接があって説明を求められ、仮差押命令を発令する場合には保証金の額(対象財産の1から3割程度)を呈示されるので、これを法務局に供託し、供託書とそのコピーを持って裁判所に行くと仮差押命令を出してくれる。 ② 仮処分 金銭債権以外(例えば物の引渡請求権等)の債権の執行を保全するものであり、2要件は仮差押と同じである。手続も類似するので省略する。 「現状凍結型」のものと「権利実現型」のものとがある。 前者は処分禁止の仮処分等であり、後者は商品陳腐化、生活の必要等のさしせまった特別の理由がある場合に認められる。 (2) 訴え提起前の和解の利用 訴え提起前の和解手続とは、財産上の争いについて、訴訟や調停によるまでもなく、双方の合意による解決の見込みがある場合に、裁判所で和解をする手続である。 この申立は、争いの相手方の住所のある地区の裁判を担当する簡易裁判所に対して訴訟提起以前に和解の申立を行い、裁判所で成立した和解の内容を調書に記載してもらう和解のことである。これにより債務名義(当該請求権ありとの公文書)、すなわち裁判を経ずに強制執行が可能となる。 当事者間で大筋の合意ができているときにメリットがある。言わば、相手方が争ってもおらず、積極的な協力も期待できる場合に適する手続といえる。 訴え提起前の和解の手続は、①当事者の住所氏名②申立の趣旨及び申立の実情(紛争内容)を書面にし、③2,000円の印紙を貼付して(その他郵券必要)④当事者間の話し合いで決まったことを「和解条項」として別紙で添付し、相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に提出する。 双方が裁判所に出頭し、和解条項が勧告され、和解が成立すると和解調書が作成される。 (3) 支払督促の利用 金銭債権や一定の有価証券の請求に限られるが、出廷する必要もなく、簡易迅速で費用も廉価に債務名義がとれるというメリットがある。 債務者の住所地を管轄する簡易裁判所の裁判所書記官に支払督促申立書を提出する(郵送でよい)。申立書は裁判所の売店で販売されており、これに書き込めばよいようになっている。手数料は訴訟の場合の半額である。書類審査のみなので、訴訟の場合のように審理のために裁判所に行く必要はない。 支払督促の申立が成されると、裁判所は形式審査の上で支払督促を出し、正本を当事者に送達する。その上で相手方から2週間以内に異議が出なければ、債権者は2週間を過ぎた日の翌日から30日以内に、裁判所に対して仮執行宣言を申し立てることができる。30日以内にその申立をしないときは支払督促は効力を失う点に注意が必要である。 債権者が仮執行宣言を申し立てると、裁判所は仮執行宣言を付けた支払督促正本を債務者に送達し(これにより強制執行を開始できる)、やはり債務者は2週間以内に異議申立ができる。これにも異議申立がなければこれにより債務名義が確定する、すなわち裁判を経ずに強制執行が可能となる。 このように異議申立がなければ証人調べ、証拠調べもなく、進行が早い。したがって、当事者間に争いのないケースに向いており、加えて相手方との距離が近い場合が適する。 なぜなら異議申立があると通常訴訟に移行し、管轄は相手方住所地の裁判所となる。したがって相手方が遠隔地にある場合は、相手方から異議が出されると相手方の住所地を管轄する裁判所に訴訟が継続することになるので、注意が必要である。遠隔地での裁判ということになると、通常費用がかさむからである。 (4) 手形訴訟の利用 「手形訴訟」とは、手形金の支払請求に関する略式訴訟であり、手形所持人が簡易迅速に債務名義を得られるようにした判決手続である。小切手訴訟にも準用される。 手形の支払地を管轄する裁判所に(手形金額が140万円以下なら簡易裁判所、140万円超えなら地方裁判所。手形が何通かある場合は合計金額)、手形訴訟であることを明示して提訴する。極めて進行が早く、通常1~2ヶ月で判決がとれる。 その特徴は以下の2つである。 ① 証拠方法の制限 提出する証拠は原則として書証のみに限られ、その書証は当事者が任意に提出できるものに限られる。補充的に当事者尋問は許されるが、文書の成立の真否や呈示に関する事実の立証のためにしか利用できない。 ② 仮執行宣言付判決 手形訴訟では、原則として第1回口頭弁論期日で弁論を終結すべきとされ、ほとんどが1回で結審される。判決に異議を申し立てれば通常訴訟になるが、勝訴判決には仮執行宣言が付いているので、構わずそれで強制執行することができる。 (5) 民事調停の利用 民事調停は、債権者債務者のいずれからも相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に申立ができる。申立書、請求の価額に応じた収入印紙、決められた額の郵券、証拠書類を添えて申し立てる。申立から1ヶ月くらいで、裁判所から調停期日、場所等が記載された呼出状が送達される。 調停の場では調停委員(裁判官と民事調停委員2名以上で調停委員会が構成される)が、個別に当事者の言い分を聞き、調停委員を交えて話し合いをし、調停案を模索することになる。調停が成立すれば裁判所によって調停調書(債務名義)が作成され、申立により双方に送達される。これにより債務名義、すなわち裁判を経ずに強制執行が可能となる。 以上の通り、裁判所で行う話し合いであり、結論を強制されることはない。したがって、まとまらないときは調停不成立(不調)として手続が終わる。そして、調停終了の通知から2週間以内に訴訟を提起すれば調停申立のときに時効中断したことになり、訴訟手数料は調停手数料分を差し引くことができる。 前述したとおりあくまで裁判所で行われる話し合いであるので、双方が合理的に話し合いができるような場合に適する。 (6) 民事訴訟の利用 債権回収の最終的かつ本格的手続である。判決が確定すれば、短期消滅時効の債権でも確定から10年間の時効に延長される。 どのような場合でも利用できる「最後の受け皿」とでも言うべき手続であるが、本格的な手続であることから欠点は時間、手間、費用がかかることである。判決の確定により債務名義、すなわち強制執行が可能となる。 訴えの目的物の価額が、140万円以下は簡易裁判所、140万円超は地方裁判所の管轄となる。 原則として管轄裁判所は被告の住所地を管轄する裁判所であるが、金銭債務は通常持参債務であるので、債務の履行地、すなわち債権者の住所地の裁判所にも管轄があることに注意する。 自社の住所地で裁判ができれば極めて有利であるからである。 (7) 少額訴訟制度を利用した債権回収方法 民事訴訟がいかなる場合にも利用できる手続であると述べたが、実際には主として費用の点から請求額が少額の場合には救済が不十分であった。そこで手続などを簡略化して少額の場合の救済を設けたものである。 ① どのような事件に利用できるか 訴額60万円以下の金銭支払を請求の目的とする事件に限られる。一人の原告につき、同一簡易裁判所、同一年内に計10回まで利用でき、手続を利用するときは、訴訟提起時にその旨を申述してその年の利用回数を届け出なければならない。利用回数の虚偽届出には過料の制裁がある。 ② 通常訴訟との対比 原則として第1回期日で審理を完了する。当事者は第1回期日までにすべての攻撃防御方法を提出する。即時に証拠調べができる証拠に限って調べる。証人尋問は宣誓不要、尋問事項書の提出不要、電話会議システムによる証人尋問可能、その場合はファクシミリで書証提出可能等の簡略化が図られている。 ③ 判決の柔軟性、その他 原則として口頭弁論終結後直ちに判決を言い渡す。認容判決(原告勝訴の判決)の場合、事情により、3年以内の支払期限猶予または分割払いを定めることができる。分割払いの場合、遅滞無く元本を完済したときは、訴訟提起後の遅延損害金の免除を定めることもできる。認容判決には職権で仮執行宣言を付す。 判決には異議申立(2週間以内)のみが認められ、異議審では通常手続により審理・裁判される。 (了)