〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第51回】 「代表取締役一任決議と形式基準」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 過大役員給与の判定における形式基準 法人が役員に役員報酬を支給した場合において、過大役員給与に該当する部分があった場合、その部分は損金不算入となる。この過大額は、形式基準と実質基準という2つの基準によって判定されることとなる。このうち、形式基準については本連載【第3回】や【第19回】等で触れている通り、役員報酬は定款又は株主総会によって定めるという会社法上の取扱いが存在するため(会社法361①)、定款や株主総会、社員総会等で定めた支給限度額よりも実際に支給された金額が上回っているかどうかによって判断することとなる(法令70一ロ)。 役員報酬の額の定め方について、実務上は、株主総会にて個々の役員報酬額を定めるケースのほか、株主総会ではその総額のみ定めた上で、取締役会で各々の支給額を定めるケースが多いと思われる。 ここで、仮に株主総会にて「代表取締役に一任する」旨の決議がなされ、その通りに代表取締役が各役員への支給額を定めた場合、形式基準をどのように判断すればよいのだろうか。 (2) 代表取締役一任決議によって定められた金額が形式基準上争点となった事例 このような点が争点となった事例として、国税不服審判所令和4年7月1日裁決がある(※1)。以下にその概要について紹介したい。 (※1) TAINS:J128-3-04。 本件は、決定書が取締役Bに係る形式基準限度額を定めた根拠資料であるか否かについて争われたものである。課税庁が決定書に記載された金額を超える部分は損金不算入であると主張したことに対し、納税者は、取締役Bが法人税法上の使用人兼務役員に該当しないとしても、労働保険や民法、会社法上は使用人兼務役員であるため雇用契約に基づく給与を決定書に記載することは適当ではないと認識していた旨を反論した。 結果として、国税不服審判所は、決定書や明細書の作成経緯等を重視し、決定書は積算根拠に過ぎないと示し、決定書が形式基準限度額を定めたものではなく、他にこのような証拠はないと結論付けている。 (3) 本件裁決例の意義 本件は、社員総会にて代表取締役一任決議を経た上で、代表取締役Aは取締役Bが法人税法上の使用人兼務役員に当たると認識しつつ、役員部分と使用人部分とに区分する形でそれぞれの書類に給与額を記載したというものである。そして、国税不服審判所は、代表取締役Aが決定書に取締役Bの使用人分を記載することは適当でないと判断したという点を重視し、当該決定書を積算根拠に過ぎないとしている。すなわち、国税不服審判所は、代表取締役一任決議を認めた上で、決定書の作成経緯に鑑みて、形式基準に該当する書類はないと判断したのである。 具体的には、「定時社員総会において取締役の役員報酬の額を年額・・・円以内と決定し、各取締役の受けるべき役員報酬の額の決定については、業務執行機関である代表取締役に委任していたことが認められる」と示した部分がある。この部分こそ、上記のように、代表取締役へ各支給額の決定を一任すること自体について問題ではないことを示唆したものであると思われる。 本件のような形式基準自体が問題となる事例は実務上少ない。というのも、法人税法施行令70条1号ロは、各決議によって役員給与額等を定めている内国法人について形式基準額を示すものであるため、本件裁決例のように形式基準限度額を定めた書類が存在しない場合、形式基準が問題とはされない。現にこのような書類が存在しない場合には形式基準の判定はなく、実質基準のみで過大役員給与の判定を行う旨を説く実務解説書があることからも(※2)、形式基準は実務上さほど問題となっていない実情があるためであると思われる。 (※2) 宝達峰雄『実務解説 役員給与等の税務~役員、使用人に支給する報酬、給料、退職金等に関する税制上の措置と取扱い』(税務研究会出版局、2019)182頁。 しかし、会社法に準拠し、取締役ごとの役員報酬の額を明らかにしておくことは、役員の適切な業務執行を促すためにも必要であろう。税理士としては、法人顧客に存在する議事録等の有無を確認し、必要に応じて形式基準限度額の改定等を指導しつつ、法人が支給した役員報酬の額が損金不算入とならないように留意していくべきであるといえる。また、代表取締役一任決議がなされている場合には、本件のような事情がないか、バックデートによるものでないか等について最低限チェックしておくべきであろう。 (了)
令和5年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第5回】 (最終回) 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 Ⅱ 残余財産が確定した通算子法人の確定申告書の提出期限の見直し 清算中の通算子法人につきその残余財産が確定した場合、その通算子法人は、その残余財産の確定の日の翌日において、通算承認の効力が失われることとなる(法法64の10⑥五)。 そして、その通算子法人は、その通算事業年度開始の日からその残余財産の確定の日までの期間を最終事業年度(残余財産確定事業年度)として法人税及び地方法人税、住民税、事業税の確定申告書を提出することとなる。 令和5年度税制改正では、次のように、残余財産が確定した通算子法人の確定申告書の提出期限の見直しが行われている。 [法人税及び地方法人税] [事業税] これは、残余財産が確定した通算子法人について、残余財産の確定の日が通算親法人の事業年度終了の日以外の日である場合、その残余財産の確定の日までの事業年度(最終事業年度)では、通算子法人のステータスではあるが、損益通算等のグループ通算制度を適用せずに単独で申告を行うことになるため、その確定申告書の提出期限も通算子法人以外の法人と同様に、その最終事業年度終了の日の翌日から1ヶ月以内又は同日から1ヶ月以内に残余財産の最後の分配若しくは引渡しが行われる場合にはその行われる日の前日までとすることとなる。 一方、残余財産の確定の日が通算親法人の事業年度終了の日である場合、その残余財産の確定の日までの事業年度(最終事業年度)では、他の通算法人とともに損益通算等のグループ通算制度が適用される申告を行うこととなる。 そこで、通算子法人の残余財産の確定の日が通算親法人の事業年度終了の日である場合は、その確定申告書の提出期限について通算親法人の確定申告書の提出期限と一致させることが令和5年度税制改正で実現することとなった。 また、残余財産が確定した通算子法人について、事業税の申告期限についても同様の見直しが行われることとなった。 (出典) 与党税調資料 改正前と改正後の取扱いの比較は次のとおりとなる。 [通算子法人の残余財産確定事業年度の確定申告書の提出期限の改正比較] 改正後の取扱いは、令和5年4月1日以後に改正前の提出期限が到来する確定申告書について適用される(令5改所法等附13、令5改地法附6③)。 (連載了)
基礎から身につく組織再編税制 【第54回】 「非適格株式分配を行った場合の 現物分配法人、現物分配法人の株主の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、非適格株式分配を行った場合の現物分配法人、現物分配法人の株主の取扱いについて解説します。 1 非適格株式分配があった場合の現物分配法人の取扱い (1) 資産の譲渡 非適格株式分配により現物分配法人の株主に完全子法人株式の移転を行った場合には、完全子法人株式を現物分配法人の株主に時価で譲渡したものとされ、譲渡損益が生じます。 (2) 非適格株式分配により減少する資本金等の額 非適格株式分配を行った場合に減少する資本金等の額は、次のとおりです(法令8①十七)。 (3) 非適格株式分配により減少する利益積立金額 非適格株式分配を行った場合に減少する利益積立金額は、次のとおりです(法令9①十一)。 (4) 源泉徴収 非適格株式分配が行われた場合には、利益積立金額が減少するため、みなし配当相当額について、源泉徴収を行う必要があります。 (5) 具体例 ① 前提 ② 現物分配法人の税務仕訳 (※1) 減少する資本金等の額 = 株式分配直前の資本金等の額(5,000)× 完全子法人株式の帳簿価額(1,000)/前事業年度終了時の簿価純資産価額(10,000)= 500 (※2) 減少する利益積立金額 = 完全子法人株式その他の資産の価額の合計額(2,000)- 減少する資本金等の額(500)= 1,500 2 非適格株式分配を行った場合の現物分配法人の株主の取扱い (1) 完全子法人株式の取得価額 完全子法人株式の取得価額は、次のとおりです。 (2) みなし配当 非適格株式分配が行われた場合には、現物分配法人の株主においてみなし配当を認識します。このみなし配当の金額は、受取配当益金不算入の規定の対象となります。 みなし配当の金額については、次の算式で計算します。 (3) 現物分配法人株式の譲渡損益 非適格株式分配を行った場合には、現物分配法人の株主は、現物分配法人株式のうち、完全子法人株式に対応する部分の譲渡を行ったものとみなされます。 金銭等が交付されない(完全子法人株式のみ交付される)場合の譲渡損益の計算については、譲渡対価と譲渡原価が、いずれも完全子法人株式対応帳簿価額となり、譲渡損益は生じません(法法61の2⑧、法令119の8の2①)。 金銭等が交付される場合の譲渡損益の計算については、現物分配法人株式を時価で譲渡したものとして、譲渡損益が生じます。 (4) 具体例 ① 前提 ② 現物分配法人の株主の税務仕訳 (※3) 金銭等が交付されない場合の完全子法人株式の取得価額 = 完全子法人株式対応帳簿価額(80)+ みなし配当の金額(150)= 230 (※4) 完全子法人株式対応帳簿価額 = C社における現物分配法人株式の帳簿価額(800)× A社における完全子法人株式の帳簿価額(1,000)/A社の前事業年度終了時の簿価純資産価額(10,000)= 80 (※5) みなし配当 = 移転を受けた資産の価額の合計額(200)- 資本金等の額のうち交付の基因となった法人の株式等に対応する部分の金額(500×10%)= 150 非適格株式分配があった場合の課税関係をまとめると下記のとおりです。 ◆非適格株式分配を行った場合の 現物分配法人、現物分配法人の株主の取扱いのポイント◆ 非適格株式分配があった場合には、現物分配法人は完全子法人株式を時価で譲渡したものとされ、譲渡損益が生じます。 非適格株式分配があった場合には、現物分配法人において資本金等の額と利益積立金額が減少します。 非適格株式分配があった場合には、現物分配法人の株主に移転する完全子法人株式の取得価額は金銭等の交付の有無により異なります。 非適格株式分配があった場合には、現物分配法人の株主は、現物分配法人株式のうち、完全子法人株式に対応する部分の譲渡を行ったものとみなされますが、金銭等が交付されない場合には譲渡損益が認識されません。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第20回】 「今治造船移転価格事件 (地判平16.4.14、高判平18.10.13、最判平19.4.10)(その1)」 ~租税特別措置法66条の4第1項、2項~ 税理士 水野 正夫 1 はじめに 本件は、被控訴人(課税庁)が、わが国に所在する船舶の製造及び修繕を業とする控訴人(納税者)のパナマ共和国所在の国外関連者との船舶建造請負取引について、いわゆる移転価格税制を適用し、平成4年3月期及び平成6年3月期の法人税等について更正処分等を行ったところ、控訴人がこれらの処分に違法があると主張して、その取消しを求めた事案である(※1)。 (※1) 本判決の評釈として、太田洋・北村導人「今治造船事件高松高裁判決」『移転価格税制のフロンティア』有斐閣(2011年)102頁、及び本論文に掲げられている文献を参照。 本事案を検討するにあたり、地裁判決、高裁判決で納税者が敗訴し、最高裁は納税者による上告を棄却、上告受理申立てを不受理としたことから、本稿では高松高裁判決(以下、「本判決」という)を検討することにする。 いわゆる移転価格税制を定める租税特別措置法66条の4第1項は、「法人が、・・・各事業年度において、当該法人に係る国外関連者・・・との間で資産の販売、資産の購入、役務の提供その他の取引を行った場合に、当該取引・・・につき、当該法人が当該国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき、又は当該法人が当該国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるときは、当該法人の当該事業年度の所得に係る同法その他法人税に関する法令の規定の適用については、当該国外関連取引は、独立企業間価格で行われたものとみなす。」と規定する。 また、同条第2項は独立企業間価格の算定方法につき、「前項に規定する独立企業間価格とは、国外関連取引が次の各号に掲げる取引のいずれに該当するかに応じ当該各号に定める方法・・・により算定した金額をいう」として、独立価格比準法(以下、「CUP法」という)について「イ 独立価格比準法(特殊の関係にない売手と買手が、国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階、取引数量その他が同様の状況の下で売買した取引の対価の額(当該同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階、取引数量その他に差異のある状況の下で売買した取引がある場合において、その差異により生ずる対価の額の差を調整できるときは、その調整を行った後の対価の額を含む。)に相当する金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)」として、「同種の棚卸資産」を「同様の状況の下で」、「差異がある状況の下で売買した取引がある場合はその差異の調整後の対価の額」を独立企業間価格とする旨を規定している。 本件では、課税庁は、控訴⼈が⾏うパナマ共和国所在の国外関連者との取引(国外関連取引)について、控訴⼈が独⽴第三者と⾏う取引を⽐較対象取引とし、仕様の差、契約時期、決済条件等に起因する差異の調整を⾏った上で、CUP法を独⽴企業間価格の算定⽅法として適⽤した。 本件は、船舶建造請負取引について、CUP法の適用要件である「同種の棚卸資産」か否か、差異がある状況下での「差異の調整」の要否が争われた事案である。控訴人は、①船舶建造取引は個別性が強くCUP法は適用できない、②船舶建造の特殊性のため比較対象となる取引を想定できない、③調整項目には価格に影響を及ぼす可能性のあるものがすべて含められるべきであり、事業戦略、投下費用、取引数量に起因するものが含まれるべきである、と主張した。また、控訴人は仮にCUP法によるとしても「独立企業間価格」は「幅」のある概念であり、統計学手法によれば、その幅の適正な範囲について証明することができる、と主張した。本稿では、主に本件各取引にCUP法を用いることの適否、及び差異の調整の要否について検討する(※2)。 (※2) 移転価格税制の適用による経済的二重課税の救済については、わが国と国外関連者の所在国の租税条約上の相互協議条項に基づいた二国間の相互協議によって二重課税を排除するというルートも用意されており、相互協議を通じて二重課税の排除を求めるケースも多くあると思われるが、本件の場合、わが国と国外関連者の所在地国であるパナマとの間で租税条約が締結されておらず、相互協議を利用できなかった事案である。 〈本件の概要図〉 2 判示 (1) 本件各取引にCUP法を用いることの適否 本判決は、「棚卸資産の売買取引に関して独立企業間価格を算定する方法には『独立価格比準法』の他に、・・・再販売価格基準法、原価基準法及びその他の方法が認められているところ、課税庁が、これらのうちのいずれの方法を採るべきかについては規定がなく、課税庁の判断にゆだねられているところである。そして、船舶建造請負取引が個別性の強いものであるとしても、・・・国際的な船舶建造請負取引については取引相場が存在しており、一定の価格水準なるものを観念することができるのであるから、本件各取引に係る船価を他の取引と比較することによって独立企業間価格を算定することが、一般的に不合理ということはできない」とした。 また、「独立価格比準法は、・・・法人と国外関連者との取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産について、特殊の関係にない売手と買手が、国外関連取引と取引段階、取引数量その他の条件が同種の状況の下で売買した場合のその取引の対価の額に相当する金額をもって独立企業間価格とする方法であり、同方法は、理論的には最も適切かつ容易な方法であって、基本的に他の方法よりも優れているものと理解されている」とした上で、「また、被控訴人は、独立価格比準法を用いるにつき、その比較対象取引を控訴人と非関連者間の取引に限定しているところ(内部取引価格比準法)、これは、純粋に第三者間の取引を対象とする方法(外部取引価格比準法)に比べて調整すべき項目が少なく、調整自体も容易であるから、基本的に優れていると理解できるものである」、「なお、控訴人から、独立企業間価格を算定するにつき、独立価格比準法を用いるよりも、上記の他の方法によることがより適切であり、優れているとの主張、立証もされていない」との理由から、「被控訴人が本件について独立企業間価格を算定するに当たって独立価格比準法を採用したことは相当と認めることができる。」と判示している。 また、控訴人の船舶建造の特殊性のため比較対象となるべき取引を想定できないとの主張については、以下のように判示している。 (2) 差異の調整の要否 (a) 差異調整の考え方 本判決は、控訴人が、租税特別措置法66条の4第2項1号イに規定する差異の調整につき、この調整項目には価格に影響を及ぼす可能性のあるものがすべて含まれるべきであり、被控訴人が本件課税処分をする際に考慮した5つの項目(決済条件に起因するもの、建造延期に起因するもの、追加発注に起因するもの、契約時期に起因するもの、追加装備等に起因するもの)のほか、①事業戦略に起因するもの、②投下費用に起因するもの、③取引数量に起因するもの等が含まれるべきであるとの主張に対し、以下のように判示している。 (b) 投下費用に起因する差異の調整の要否 控訴人が主張する投下費用に起因する差異については、以下のように判示している。 (c) 取引数量に起因する差異の調整の要否 控訴人が主張する投下費用に起因する差異については、以下のように判示している。 (3) 独立企業間価格の「幅」について 本件において、控訴人は、本件国外関連取引は個別性・特異性が強く、仮にCUP法によるとしても、1つの「点」をもって独立企業間価格を定めることは困難であり、独立企業間価格の「幅」の概念を認めるべきであり、統計学的な手法に基づく経済分析(回帰分析)によって「幅」の適正性を主張したが、本判決は、以下の理由で、独立企業間価格の「幅」の概念は採用する必要はないと判示している。 また、統計学的手法については、「上記分析は、①国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産の取引であること、②国外関連取引と取引段階、取引数量その他が同様の状況の下でされた取引であることという特別措置法66条の4第2項の要件を無視し、上記のとおり、控訴人が過去23年間に製造・販売した2つの船種の船舶の実際の船価を、仕様、性能、取引条件等を考慮しないまま分析するものであり、そもそも、同条項の解釈論として失当といわざるを得ない。」としている。 ((その2)へ続く)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第22回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 (2) 譲渡所得該当性を否定する国税庁の根拠 国税庁のFAQ「2-2 暗号資産取引の所得区分」は、暗号資産取引により生じた利益は、所得税の課税対象になり、原則として雑所得に区分されるとしており、暗に譲渡所得に区分されることを否定しているといえる。 かかる説明に接すると、暗号資産の譲渡による所得の所得区分に関して、次のような疑問が浮かぶ。 これらの疑問に関連して、暗号資産の譲渡による所得の譲渡所得該当性を否定する国税庁の見解の根拠を推察する。 所得税法33条1項は次のとおり定めている。 すなわち、譲渡所得とは「資産の譲渡」による所得である。 よって、ある所得が譲渡所得に該当するか否かについては、基本的に、「資産」該当性と「譲渡」該当性を検討することになる。 ただし、譲渡所得になりうる資産の譲渡であったとしても、営利を目的として継続的に売買している場合には、譲渡所得に該当せず、事業所得や雑所得になる(所法27、33②、35)。 また、例えば、BTCの場合、ブロックチェーン上、BTCが送り手から受け手にそのまま移転するような仕組みになっていないから、資産の「譲渡」に該当しないのではないかという見解がありうる。それは所得税法33条の「譲渡」の意味をどう考えるかという論点であるが、国税庁がこのような見解を採用していることをうかがわせる手掛かりは見当たらない。 このように、国税庁は暗号資産の譲渡による所得について、所得税法33条の譲渡該当性を否定するものではないという理解を前提とした上で、本連載では、譲渡所得該当性を否定する国税庁の根拠として、営利継続性肯定説と資産性否定説を確認しておく。 営利継続性肯定説の根拠は明確である。所得税法33条2項1号が「たな卸資産(これに準ずる資産として政令で定めるものを含む。)の譲渡その他営利を目的として継続的に行なわれる資産の譲渡による所得」は譲渡所得に含まれないと定めているから、営利目的で継続的に暗号資産を譲渡している場合の所得はこれに該当して譲渡所得から除かれることになる。 他方、次の資産性否定説の根拠はややわかりづらい。 この説の背後には次のような考え方((増加益)清算課税説。最高裁昭和43年10月31日第一小法廷判決・集民92号797頁など)が存在する。 ここから、資産の値上りを観念できないようなものは譲渡所得の基因となる資産に該当しないという考え方に向かう。 あるいは、次のような考え方を背後に有している可能性もある(最高裁昭和29年11月5日第二小法廷判決・刑集8巻11号1675頁、最高裁昭和39年1月24日第二小法廷判決・集民71号331頁)。 ここから、金銭は、それ自体が他のものや利益の価値をはかる価値尺度であり、値上がりや値下がりを考えることができないため、資産の値上り益というキャピタルゲインを生まず、譲渡所得の基因となる資産に該当しないと解するのである。いわば譲渡所得に固有の資産概念に依拠する理解である。 資産性否定説を採用する場合には、暗号資産の譲渡による所得が譲渡所得に該当する余地はないという帰結になるはずである。 譲渡所得とは資産、とりわけ譲渡所得の基因となる資産を譲渡したことによる所得をいうところ、暗号資産はこの場合の譲渡所得の基因となる資産に該当しないというのであるから、暗号資産の譲渡による所得が譲渡所得に該当する余地はないということである。 他方、営利継続性肯定説は暗号資産の譲渡による所得が譲渡所得に該当する余地を認めるものである。同説は、暗号資産が譲渡所得の基因となる資産に該当することを認めた上で、言い換えれば、譲渡所得該当性を判断する際に暗号資産を門前払いするようなことはしないことを前提とした上で、個別の事案において、暗号資産の譲渡の態様等が、たな卸資産の譲渡その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡に該当するため、譲渡所得に該当しないという立場であると解される。 このように、営利継続性肯定説は、営利目的性や継続的譲渡性が否定される場合などに、暗号資産の譲渡による所得が譲渡所得に該当する余地を残すものである。 両説のこの相違は実務への影響が大きいため、よく理解しておく必要がある。 以上により、①暗号資産の譲渡による所得が譲渡所得に該当する余地を認めるものであるか、②なぜ暗号資産の譲渡による所得が原則として雑所得となるのかという、冒頭で掲げた2つの疑問に対する回答も示されたことになる。 注意すべきは、仮に暗号資産の譲渡所得の基因となる資産該当性が認められた場合でも、暗号資産の譲渡による所得が、譲渡所得から除外される「たな卸資産・・・の譲渡その他営利を目的として継続的に行なわれる資産の譲渡による所得」(所法33②一)に該当する場合には、当然、その譲渡所得該当性は否定される。 さて、FAQにおいて暗号資産の譲渡による所得の譲渡所得該当性を暗に否定している国税庁は、営利継続性肯定説と資産性否定説のいずれを採用しているのであろうか。 詳しくは後述するが、筆者は、国税庁は資産性否定説の立場であると理解しつつ、最近の説明を見る限り、少なくとも、およそあらゆる種類の暗号資産に対して、同説の立場から譲渡所得該当性を否定することはしないという姿勢に傾きつつあるのではないかと推察している。 日々、利ザヤを稼ぐ目的で暗号資産の売買を繰り返しているような場合は、営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡の典型例であろう。他方、数年前に購入し、そのまま塩漬けにしていた暗号資産を譲渡するような場合や、(この点は反論もありうるが)純粋に支払手段として暗号資産を利用しているような場合については、たな卸資産の譲渡その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡には該当しない可能性がある。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の四半期速報解説 【2023年7月】 第1四半期決算(2023年6月30日) 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 3月決算会社を想定し、第1四半期決算(2023年6月30日)に関連する速報解説のポイントについて、改めて紹介する。公開草案及び適用時期が将来のものは、基本的に記載の対象外としている。 基本的に2023年4月1日から6月30日までに公開した速報解説を対象としている。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 会計関係 企業会計基準委員会から次のものが公表されている(②については、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会、日本商工会議所とともに公表)。 ① 「グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い」(実務対応報告第44号)(内容:グローバル・ミニマム課税制度を前提として税効果会計を適用することについては、実務上困難であるとの意見があることから、必要と考えられる特例的な取扱いを示す。公表日(2023年3月31日)以後適用) ② 改正「中小企業の会計に関する指針」(内容:収益の計上基準の注記に関する改正) また、国際会計基準審議会(IASB)によるIAS第12号「法人所得税」の修正が公表されている。これは、国際的な税制改革から生じる繰延税金の会計処理からの一時的な救済措置を企業に与えるものである。 Ⅲ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 倫理規則実務ガイダンス第2号「倫理規則に関するQ&A-監査法人監査における監査人の独立性について-(実務ガイダンス)」(内容:2022年7月25日付けで倫理規則が改正されたことに伴い、監査法人の計算書類を対象とする監査業務における倫理規則の適用上の留意点などを示す) ② 法規・制度委員会研究報告第1号「監査及びレビュー等の契約書の作成例」 の改正(内容:報酬関連情報の開示、独立性に関する規定の強化などに対応) ③ 監査基準報告書300実務ガイダンス第1号「監査ツール(実務ガイダンス)」の改正(内容:「監査事務所における品質管理」(品質管理基準報告書第1号)などの改正や、2022年7月の倫理規則の改正に対応し、多くの様式を見直している) ④ 「2022年度 品質管理レビューの概要」等(内容:のれんの評価・固定資産の減損会計に係る改善勧告事項等を解説している) ⑤ 「品質管理レビュー基本方針(2023年度~2025年度)」及び「2023年度品質管理レビュー方針」(内容:上場会社等監査人登録制度の導入や、改訂品質管理基準の適用を踏まえて、品質管理レビューの3ヶ年及び単年度の方針を明文化するもの) ⑥ 「上場会社等の監査を行う監査事務所の適格性の確認のためのガイドライン」(内容:上場会社等の監査を行う監査事務所が、上場会社等の財務書類に係る監査証明業務を公正かつ的確に遂行するに足りる体制を備えているかどうかを判断するに当たっての着眼点及び判断基準を示す) Ⅳ 監査役等の監査関係 監査役等の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 〇 改定版「監査役監査実施要領」(内容:会社法の改正及び改正会社法に係る法務省令の改正及びコーポレートガバナンス・コードの改訂などを反映したもの) Ⅴ 過年度に公表されている会計基準等 過年度に公表されている会計基準等のうち、2023年4月1日以後に適用されるもの(早期適用を含む)として、次の会計基準等がある。 ① 「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」(2022年8月26日、実務対応報告第43号)(内容:「金融商品取引業等に関する内閣府令」における電子記録移転有価証券表示権利等の発行・保有等に係る会計上の取扱いを示すもの。2023年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用する。ただし、実務対応報告の公表日(2022年8月26日)以後終了する事業年度及び四半期会計期間から適用することができる) ② 「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(2022年10月28日、改正企業会計基準第27号)等(内容:税金費用の計上区分(その他の包括利益に対する課税)及びグループ法人税制が適用される場合の子会社株式等(子会社株式又は関連会社株式)の売却に係る税効果についての取扱いを示すもの。2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。ただし、2023年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができる) (了)
給与計算の質問箱 【第43回】 「遅刻・早退と残業の相殺」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 以下の①~③において、遅刻・早退と残業を相殺して給与計算することはできるのでしょうか。 なお、給与計算に関して前提となる情報は以下のとおりです。 A 以下、①~③の場合についてそれぞれ解説する。 * * 解 説 * * 労働基準法第37条は、1日の労働時間が法定労働時間である8時間を超えた場合、超えた部分の割増賃金を支給することを使用者に義務付けている。 上記①の当日の労働時間は、「所定労働時間8時間 - 遅刻1時間 + 残業1時間 = 8時間」なので、法定労働時間8時間を超えていない。したがって、残業1時間は割増賃金の対象にならず、遅刻と残業を相殺できる。 上記②と③の翌日の労働時間は、「所定労働時間8時間 + 残業1時間 = 9時間」なので、法定労働時間8時間を超えている。したがって、残業1時間は割増賃金の対象となり、遅刻・早退と残業は相殺できず残業手当を支給しなければならない。 上記①~③の場合の給与計算例(税金・社会保険料の控除前)は以下のとおりである。 〔①の場合〕 〔②と③の場合〕 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第2回】 「表示登記について」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 1 表示登記とは 「表示登記」とは、登記記録のうち土地や建物の所在地や種類、大きさなどを表す「表題部」に関する登記である。表示登記が必要になるのは主に以下のようなケースである。 【記載例1:表題部(土地)】 【記載例2:表題部(建物)】 2 表示登記と過料 表示登記のなかには、登記申請が義務付けられているものがある。代表的なものは建物表題登記で、新築した建物や表題登記がされていない建物(未登記建物)の所有権を取得した者は、取得の日から1か月以内に表題登記を申請しなければならないとされている(不動産登記法47条1項)。これに違反した場合は、10万円以下の過料に処せられる場合がある(不動産登記法164条)。 もし、必要な表示登記が行われていないことが発覚したら、すみやかに登記を進めていくことが必要になるが、表示に関する登記の専門家は「土地家屋調査士」になる。土地家屋調査士は、建物表題登記以外に土地の境界等の問題についても専門的な知見を有している。特に不動産オーナーを顧客に抱える税理士は、連携を深めておくとよいだろう。 3 固定資産税の課税明細書の注目ポイント 税理士は顧客の固定資産税の課税明細書に目を通すことがあると思うが、表示登記との関係で注目してもらいたいポイントがいくつかある。 こうしたポイントに気づいたら、顧客に表示登記が必要になる可能性を伝えるとよいだろう。表示登記が正しくなされていないまま放置すると、先述した過料の問題もあるが、資料等の散逸により処理に余計な時間やコストがかかることにつながる。 表示登記は、実際に土地家屋調査士が、現地で測量や写真撮影などを行って申請することになる。天候によって測量が困難となることや、他人の土地や建物に入って作業を行う場合には許可を得る必要があるなどの事情により、想定よりも時間がかかってしまうことがある。 4 「農地」に注意 登記記録の土地の地目を見たときに、「田」「畑」と登記されている場合は、注意が必要である。農地の売買などを行う場合には、農地法により許可が必要とされており、所有者といえども自由に所有権を第三者に移せるわけではない。税理士として親族間売買などを提案する場合には、頭に置いておく必要があるといえる。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第43回】 「「借地権はあっても借地権の価格はない」ケース」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 本連載の【第3回】では、借地権の価格を評価するに当たっては、相続税の路線価図に記載された当該地域の借地権割合を更地価格に乗じて求める方法が必ずといってよいほど活用されていること、しかし、不動産鑑定士が適用している手法はこれだけに限らないことを述べました。その詳細は【第3回】を参照していただくこととし、今回は、借地権の評価の本質にかかる内容で、筆者が最近、税理士の方から受けた質問を格好の素材とし、借地権の価格を評価するに当たっては、すべてのケースで「更地価格 × 借地権割合 = 借地権価格」という算式を安易に適用してはならないことを述べておきます。 ちなみに、筆者が受けた質問は、その税理士の方がある不動産鑑定士から、「借地権はあっても借地権の価格はない」というケースがあると聞いたのですが、よく理解できないのでその意味を解説してもらえないかということでした。 2 「借地権」と「借地権の価格」の相違 借地権の評価に当たって煩わしいことは、「借地権」と「借地権の価格」との区別です。それでは、両者はどのように異なるのでしょうか。 「借地権」と「借地権の価格」とは、しばしば混同され使用されています。すなわち、この2つを全く同じものだと考えている人もいれば、何となく相違していることは分かるけれどその区別を明確に説明することはできないという人もいます。また、本来は「借地権の価格」のことを相手に説明するつもりでいながら、実は「借地権」そのものの説明に終始したため、相手がますます混乱してしまったということもあります。 以下に述べるとおり、「借地権」と「借地権の価格」とは本質的に全く別の概念ですが、往々にしてこれらが明確に区別せず使用されていることから、混乱を生じさせているようです。 最初に、「借地権」という場合は、それが建物所有を目的とするものであれば、借地借家法(※1)に基づき他人の土地を利用する権利のことを指します。 (※1) 借地借家法における「借地権」の定義は以下のとおりです。 次に、「借地権の価格」という場合には、その権利に経済的な価値が生じていることを意味しています。 これらのイメージを対比させたものが下記の図です。 〈借地権と借地権の価格の相違〉 大都市の中心部のように借地権の取引慣行が成熟し、これが高額な対価を伴って取引されている地域では、個々の借地契約に法的な意味(借地借家法)での「借地権」と経済的な意味での「借地権の価格」が発生しているケースが通常です(このような地域では、借地契約の開始時には賃借人から賃貸人に対し相当額の権利金の支払いが必要となりますが、借地の新規供給は一部の例外や定期借地権を除き、ほとんど行われていないのが実情です)。 これに対し、地方都市のなかには借地権の取引慣行が形成されていない地域も少なからずあります。このような地域では借地契約の開始(=借地権の設定)時に何らの対価を伴わないことはもちろん、借地権が取引される場合でも、何らの金銭的な対価を伴わないことが一般的です。すなわち、法的な意味での借地権という権利は存在していても、経済的な意味での借地権の価格は生じていないということになります。 このように、その土地に借地権という権利があることと、その権利に経済的な価値があるということとは区別して考える必要がありますが、先程述べたように、往々にしてこれがあいまいになっていることが多いようです。 ちなみに、不動産鑑定評価基準にも、借地権と借地権の価格との関係につき次の記載が見受けられます(下線は筆者によります)。 3 基本的な考え方 (1) 地上権と賃借権 借地借家法第2条に定義されているとおり、借地権には地上権と土地賃借権の2つがあります。 地上権は民法では物権として扱われ、他人の土地を排他的かつ独占的に利用できる強い権利であり(登記も借地人が単独で行うことができます)、地代の有無を問わず成立します。 賃借権は、民法では債権と呼ばれ、平易に表現すれば地主に賃料を支払ってその土地を利用させてもらうことを目的とする権利です(もちろん、借地人は賃料を支払えばその土地を独占的に利用することができますが、賃借権の登記には地主の承諾が必要となります)。 地上権と賃借権の相違は以上のとおりですが、地上権を設定することは地主にとって著しい不利益をもたらすため、現実に設定される借地権は賃借権に基づくものがほとんどです(加えて、賃借権の登記は、地主が寺院等である場合に例外的にこれを認めている事例があるものの、ほとんど行われていないのが実情です)。 (2) 借地権の価格 借地権の価格とは、上記のように借地権を設定する際、権利金の授受をする慣行がある地域(都市部など)で形成される借地権の経済価値のことです。 しばしば、借地権割合が60%とか70%とかいう会話を耳にしますが、これが借地権価格の土地価格(更地価格)に対する割合です。そして、この割合が高ければ高いほど借地権取引の成熟度が高く、低ければ低いほど成熟度も低くなる傾向にあります。 (3) 借地権割合の調査方法 借地権割合の調査方法ですが、1つの目安として相続税の財産評価基準書(路線価図や評価倍率表)に掲載されている割合が参考になります。ここでは、地域ごとに慣行的な借地権割合が掲載されていますが、建物の堅固・非堅固の区別や借地契約の長短等の個別性まで反映された割合となっていない点に留意が必要です。 4 留意点 以上述べた趣旨から、借地権と借地権の価格の相違を理解しておかなければ、借地権の取引に対価を伴わない地域においても、その価値を相当額にわたって評価してしまうことにもなりかねません。そのため、不動産鑑定士が借地権の価格を評価するに当たっては、対象地の属する地域やその周辺部における借地権取引慣行の有無につき地元精通者に十分事情を聞くなど、丹念な調査を行っています。 借地権の価格の評価に当たっては、対象地の属する地域における取引慣行の有無及び慣行がある場合でもその成熟度等に関して十分な分析が不可欠となります。 借地権があるから、その権利はいつでもどこでも有償で売却できるとは限りません。地方の小都市では権利金なしで借地権が設定されているケースが多くあります。 筆者が過去に評価で遭遇した案件のなかには、地方のゴルフ場で土地の一部に借地(クラブハウスのような堅固建物の所有を目的とするもの)を含んだものもありましたが、借地権を設定するに当たって権利金等の対価を何ら授受していなかったケースがありました。このような地域では、借地権という権利が金銭的な対価をもって売買されることはむしろ少ないといえます。 以上述べてきたことから、借地権という「土地を借りて利用する権利」があるからといって、借地権の価格も当然あると即断できない点に留意が必要となります。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第3回】 「天国と地獄! NISAの金融機関選び」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 前回は、2024年から始まる新NISAの特長を紹介しました。連載3回目となる今回は、NISA口座を開設する際の注意点や、金融機関選びのポイントについて解説します。 〇NISA口座は1人1口座 非課税で投資ができるNISA口座は日本に住む18歳以上の人であれば、原則だれでも開設が可能です(ジュニアNISA口座を除く)。しかし非課税口座を重複して保有することがないように、開設は1人1口座のみと決まっています。またその確認を口座開設の際に税務署が行います。 税務署の調査が必要と聞くと驚いてしまわれそうですが、私たち投資家としては、金融機関にNISA口座開設の申込書とマイナンバー確認書類などの指定された書類を提出するだけで口座開設手続きは完了しますので、特に難しいものではありません。必要なことはすべて金融機関が行います。 〇NISA口座を放置していると・・・ よくあるのは、以前キャンペーン等に勧誘されどこかの金融機関でNISA口座を作って、うっかりそのまま放置しているケースです。この場合、改めてNISA口座を開設しようとした際に、税務署から「口座開設不可」という通知が届きます。 どこの金融機関で開設をしたのかあたりがつけばよいのですが、全く見当がつかないという場合は、e-Taxを利用したり税務署の窓口に出向いたりして確認します。 一般NISAは、2014年にスタートしており当時はそれなりに金融機関でも宣伝をしていたので、「おつきあい」がお好きな方は少し注意が必要です。 とはいえ、そのような場合でも改めて新規で口座開設をすることは可能です。誤って開設してしまった金融機関の口座を解約する手続きを行い、その後別の金融機関でNISA口座を開設すればよいのです。 ただし、忘れていた口座で金融商品を買っていたという場合は、もうワンステップが必要です。その商品を売却して口座を解約するのか、その商品については残りの非課税期間を利用して運用を継続したいのかによって用紙が異なるからです。 このように、NISA口座開設のステップは「非課税」の仕組みであるがゆえに通常の金融機関の取扱いとは異なる点があります。 〇「1人1口座」の意味 NISAは1人1口座ではありますが、年単位で金融機関や区分を変更することができます。また1度NISA口座で購入した運用商品は、その非課税期間中はそのままの口座で保有が可能です。したがって、1人1口座というのは、投資に回すお金を入れる「稼働口座」が年間1口座という意味であり運用のみを継続する口座は複数あっても構いません。 もし新NISAは気分も新たにちゃんと取り組みたいという方は、今のうちに放置されているNISA口座がないか確認するとよいでしょう。もしそのままにしておくと、放置口座が2024年には自動的に新NISA口座に切り替わってしまいます。 〇まずはつみたてNISAから これまでNISAには縁がなく、新NISAからぜひチャレンジしたいという方は今年のうちに「つみたてNISA」を始めるのがお勧めです。なぜならば、つみたてNISAは、国民の健全な資産運用をサポートするために、金融庁が特別に「長期積立運用」に適した条件を設定し、その条件に合致した投資信託のみに投資ができるように予め制限が設けられているからです。 つみたてNISAにおいて今年非課税で投資可能な金額は40万円ですが、すべての枠を利用する必要はないので、まずは助走期間として金融機関を選び、口座を開設し、運用商品を選び無理のない金額で投資をスタートするところまでトライしてみましょう。今年開設した口座はそのまま来年には新NISA口座に切り替わりますので、手間なく新NISAを始めることが可能です。また今年購入した投資信託は今年を入れて20年間非課税で運用を継続できます。 つみたてNISAの口座は多くの金融機関で開設が可能です。ただし普段使っている金融機関でつみたてNISAを行う場合でも、改めてつみたてNISA口座を開設する必要があります。この際ちゃんと「つみたてNISA」口座を指定するのがポイントで、間違って「一般NISA」口座を開設してしまうと非課税期間は今年を入れて5年間のみですから、初心者にとっては対応が難しいことになります。また金融機関にとっては、つみたてNISA対象商品は金融庁の制約が多い分もうけが少ないと言われています。そのため何も知らずに金融機関に出向いてしまうと、金融機関にとって都合の良い商品を一般NISAでお勧めされてしまう可能性もありますから注意が必要です。 〇金融機関の選択ポイント なじみの金融機関が便利だとか、口座はあまり増やしたくないという方もいるかもしれませんが、できれば口座開設をする際は「つみたてNISA」対象商品を何種類くらい扱っているのか事前確認をした方がよいでしょう。 執筆時点ではつみたてNISA対象商品は230本程度ありますが、すべての商品を扱っている金融機関はありません。というよりも多くの金融機関が1桁の品揃えです。もしその少ないセレクションの投資信託があまり良いものでなければ、口座を開いても将来に向けての効率の良い資産形成が期待できないので、金融機関選びは慎重に行いたいものです。 またデビューはつみたてNISAだけれど、将来的には個別株も買って株主優待なども楽しんでみたいという方は、口座を証券会社で開くのが正解です。銀行では個別株は買えないので、注意しましょう。 現在、つみたてNISA対象商品を数多く扱い、かつ将来的に株式投資も可能となると、選択肢はネット証券となります。大手でいえばSBI証券、楽天証券、松井証券、マネックス証券といったところになりますが、インターネットに慣れている方は、この機会にネット証券を見てみるのも良いと思います。特にSBI証券や楽天証券はクレジットカードやポイントと連動するなどお得なサービスが連携されているので、人気もあるようです。 〇金融機関選びの影響 とはいえ、やはり「いつもの金融機関で問題ないでしょ」と思っている方が圧倒的多数かと思います。しかし、つみたてNISA対象商品の扱いの多寡は、大げさではなく天国と地獄とも言える大きな差になり得ます。 理由は単純で、現在商品数が少ない金融機関は、今後も取扱商品を増やさない可能性が高いからです。つみたてNISAは金融庁が定めた基準をクリアした投資信託のみが対象といいましたが、その基準の1つに低コストが挙げられます。しかし、つみたてNISAスタート以降、投資信託のコスト競争が激化しどんどん安い信託報酬の投資信託がつみたてNISAの対象となっています。投資信託のコストは、私たち投資家からしたら損失ですから安いに越したことはありません。特に一定の指数に連動した運用成果を目指すインデックス型の投資信託においては最重要ポイントです。 例えば日本のTOPIXに連動するインデックス型の投資信託の場合、つみたてNISAにおいて最も信託報酬が安いものが0.14%で、最も高いものが0.55%です。過去5年の平均リターンは前者が6.45%で後者は6.05%です(執筆時点の情報によります)。同じ指数に連動するような運用を目指しているのですから、この差はコストと言えます。 信託報酬とは、日々投資家の資産残高から差し引かれる費用ですから、馬鹿にできません。特に長期的に運用を継続すればその差は開く一方ですから、やはり今後より良い商品が登場した際でも選択肢が持てるよう運用商品の品揃えは多い方が良いと言えるでしょう。 本来であれば、同じ指数に連動するようなインデックス型の投資信託は複数ある意味がありません。例えば運用会社Aが、TOPIXに連動するインデックス型投資信託を複数運用しており一方は信託報酬が高く、一方は信託報酬が安くなっているのが現状です。そもそもTOPIXに連動するような運用を目指しているのですから、運用成績は理論上同じになりますから、コストが高い投資信託を保有している投資家のリターンは低くなります。特に運用期間が長い投資信託の方が高コストのまま放置されていることが多く、ここは投資家としてはしっかりと見極めたいところです。 このように、非課税で投資ができる魅力的なNISAであっても、いくつかのトラップは存在します。何も知らずにハマってしまっては天国と地獄、みなさんの将来を大きく変えてしまうおそれがあります。くれぐれも投資であることを忘れずに、ご自身で勉強するなり、良いアドバイザーから指南を受けるなりされることをお勧めします。 (了)