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〔令和5年度税制改正における〕電子帳簿等保存制度の見直し 【追補】

〔令和5年度税制改正における〕 電子帳簿等保存制度の見直し 【追補】   辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健   国税庁は、令和5年6月30日に「「電子帳簿保存法取扱通達の制定について」の一部改正について(法令解釈通達)」及び「電子帳簿保存法一問一答(Q&A)」(以下「一問一答」という)の更新等を公表した。 本稿では、電子帳簿保存法に関する令和5年度税制改正に伴い整備された上記の改正通達及び一問一答の内容について解説する。   1 電子帳簿保存法に関する令和5年度税制改正の概要 令和5年度改正では、以下の見直しがされた。 (1) 電子取引データの保存制度 ① 新たな猶予措置の整備 電子取引データの保存については、原則として、所定の保存要件に従って保存しなければならない(電帳法7)。令和5年度改正では、電子取引データを保存要件に従って保存することができなかったことについて相当の理由があると認められる場合、その電子取引データの出力書面(整然とした形式及び明瞭な状態で出力されたものに限る)の提示・提出の求め及びその電子取引データのダウンロードの求めに応じることができるようにしておけば、保存要件を不要として、電子取引データの保存を可能とする新たな猶予措置が講じられた(電帳規4③)。 ② 検索機能の確保要件の緩和 電子取引データの保存については、所定の検索機能を確保することが必要であるが、ダウンロードの求めに応じることを前提に全ての検索機能の確保の要件が不要となる売上高基準が1,000万円以下から5,000万円以下に緩和された(電帳規4①)。 また、電子取引データを出力することにより作成した書面(整然とした形式及び明瞭な状態で出力され、取引年月日その他の日付及び取引先ごとに整理されたものに限る)の提示・提出の求め及びそのデータのダウンロードの求めに応じることができるようにしているときは、検索要件の確保が不要とされた(電帳規4①)。 (2) スキャナ保存制度 スキャナ保存制度については、令和5年度改正では、以下の通り、要件の緩和が講じられた(電帳規2⑥⑦)。 (3) 優良な電子帳簿に係る過少申告加算税の軽減措置 優良な電子帳簿に係る過少申告加算税の軽減措置の対象帳簿(所得税・法人税)の範囲について、申告に直接結びつきやすい経理誤り全体を是正しやすくするという観点から、合理化・明確化が講じられた(電帳規5①)。 *  *  * なお、電子帳簿保存法に関する令和5年度改正については、本連載の【前編】・【後編】において詳しく解説しているので、そちらもご参照いただきたい。   2 改正通達 令和5年度改正に合わせて通達についても、新規に追加されたもの、既存のものについて一部追加・修正等及び削除するなどの対応が行われた。ここではこのうち主なものについて解説する。 (1) 電子取引データの保存制度 ① 通達7-2(整然とした形式及び明瞭な状態の意義) 上記1(1)に記載した改正を受けて「整然とした形式及び明瞭な状態」の意義について、明らかにされた。ただし、その内容は国税関係帳簿書類の電子データによる保存における通達4-8(整然とした形式及び明瞭な状態の意義)と同じである。 ② 通達7-3(取引年月日その他の日付及び取引先ごとに整理されたものの意義) 上記1(1)②の改正では、電子取引データを出力することにより作成した書面は、取引年月日その他の日付及び取引先ごとに整理されたものであることが要求されているが、その意義が明らかにされた。具体的には、次に掲げるいずれかの方法により出力書面が課税期間ごとに日付及び取引先について規則性を持って整理されているものをいう(参考:一問一答【電子取引関係】問46)。 ③ 通達7-12(猶予措置における「相当の理由」の意義) 上記1(1)①の改正では、電子取引データを保存要件に従って保存することができなかったことについて相当の理由が必要とされるが、例えば、システム等や社内でのワークフローの整備が間に合わない場合等がこれに該当することが明らかにされた。なお、システム等や社内でのワークフローの整備が整っており、保存要件に従って保存できる場合や、単に経営者の信条のみに基づく理由である場合等、何ら理由なく保存要件に従って電子取引データを保存していない場合には、猶予措置の適用はない(参考:一問一答【電子取引関係】問61)。 ④ 通達7-13(猶予措置適用時の取扱い) 令和4年度改正により令和4年1月1日から令和5年12月31日までの間に行う電子取引において認められている宥恕措置とは異なり、新たな猶予措置においては、出力書面の保存のみをもってその電磁的記録の保存を行っているものとは取り扱われないことが留意的に触れられている。 ⑤ 通達7-14(猶予措置における電磁的記録及び出力書面の提示又は提出の要求に応じる場合の意義) 新しい猶予措置における電磁的記録及び出力書面の提示又は提出の要求(ダウンロード等の求め)に応じるとは、税務職員から当該求めがあった場合に、そのダウンロード等の求めに応じられる状態で電磁的記録の保存等を行い、かつ、実際にその求めに応じることをいい、その求めに一部でも応じない場合には猶予措置の適用は受けられないことが明らかにされた。 (2) 優良な電子帳簿に係る過少申告加算税の軽減措置 ◎ 通達8-2(「その他必要な帳簿」の意義) 上記1(3)の改正を受けて、「その他必要な帳簿」の具体例が下記の通り明らかにされた。 (注) 具体例のうち、有価証券受払い簿については法人税の保存義務者が作成する場合、賃金台帳については所得税の保存義務者が作成する場合に限って、それぞれ「その他必要な帳簿」に該当する。 (参考:一問一答【電子計算機を使用して作成する帳簿書類関係】問39)   3 一問一答の更新 令和5年度改正に合わせて一問一答についても、新規に追加されたもの、既存のものについて一部追加・修正等するなどの対応が行われた。ここではこのうち主なものについて解説する。 (1) 電子取引データの保存制度(一問一答【電子取引関係】) ① 問49 本問では、1ヶ月分の取引がまとめて記載された納品書データを授受した場合、検索要件の記録項目については、記載されている個々の取引ごとの取引年月日その他日付及び取引金額を設定する必要があるかという問に対して、その電子取引データを授受した時点でその発行又は受領の年月日として記載されている年月日及びその電子取引データに記録された取引金額の合計額を用いる方法としても、各課税期間において一貫した規則性を持っていれば差し支えない旨が説明されている。 なお、一問一答【スキャナ保存関係】問41も、本問と同旨である。 ② 問62 本問では、税務署長が「要件に従って保存することができなかったことについて相当の理由がある」と認めた場合には、その後に行った電子取引の全てについて、保存時に満たすべき要件が不要となるかという問に対して、相当の理由の原因となった事情が解消された後に行う電子取引データの保存については、保存時に満たすべき要件に従って電子データの保存ができるよう準備することが必要である旨が解説されている。 ③ 問63、問64 これら2問では、下記の場合に、要件に従って保存することができなかったことについて相当の理由があると税務署長が認めた場合に該当するかという問に対して、いずれも相当の理由があるとは認められない旨が解説されている。 ④ 問65 本問では、相当の理由が認められ、かつ、電子データ及びその電子データを出力した書面(整然とした形式及び明瞭な状態で出力されたものに限る)の提示又は提出の求めに応じることができれば、保存時に満たすべき要件に従った電子データの保存をしていなくても要件違反とはならないが、「整然とした形式及び明瞭な状態で出力されたもの」とはどのようなものか、また、「保存義務者が国税に関する法律の規定による当該電磁的記録及び当該電磁的記録を出力することにより作成した書面・・・の提示若しくは提出の要求に応じることができるようにしている」とは具体的にどのような対応が求められるのか、という問に対して、前者は「書面により作成された場合に準じた規則性を有する形式で出力され、かつ、出力された文字を容易に識別することができる状態」をいうこと、及び後者は「税務調査等の際に、税務職員の求めに応じ、電子データ及びその電子データを出力することにより作成した書面の提示又は提出をする」ことが解説されている。 (2) スキャナ保存制度(一問一答【スキャナ保存関係】) ① 問3 本問では、スキャナで読み取った後の国税関係書類の書面(紙)の廃棄について記載がされているが、令和5年度改正を受けて、従来は国税関係書類(紙原本)の保存が必要とされていた「備え付けられているプリンタの最大出力より大きい書類を読み取った場合」であっても、その紙原本について、最低限の同等確認を行った後であれば、即時に廃棄して差し支えない旨が追加されている。 ② 問26 本問では、令和5年度改正後においても引き続き要求される、スキャニング時の解像度である25.4ミリメートル当たり200ドット以上の要件について、事後の確認・証明方法が解説されている。具体的には、JPEG形式やTIFF形式のデータは、プロパティ情報に解像度と縦横の画素数、階調などが格納されているので、プロパティ情報から、またPDF形式のデータについては、スキャニング時の解像度等がプロパティ情報に含まれていることから、専用のソフトによりそれらのデータを参照することで、それぞれ保存時に満たすべき要件を満たしているかを確認することができる。 ③ 問63 本問では、タイムスタンプの代替要件として他者が提供する一定のクラウドサーバを利用してスキャナ保存を行っていたところ、現在利用している旧サービスから新たなサービスに移行したい場合、その移行日までにスキャナ保存した電磁的記録はどのように取り扱えばよいかという問に対して、スキャナ保存した書類の原本を別途保存していない限り、移行日までスキャナ保存している電磁的記録を、その書類の保存すべき期間が経過する日まで、スキャナ保存時の要件に従って保存する必要があること、及び旧サービスに保存している電磁的記録の全てを新サービスに移行して一元管理・保存する対応も可能であるが、その場合には、旧サービスに保存している電磁的記録だけでなく、電磁的記録を保存した時刻と、それ以降に改変されていないことの証明に必要な情報についても、データ移行の前後でこれらの全てが改変されていないことを確保した状態で新サービスへのデータ移行を行う必要があることが説明されている。 (3) 優良な電子帳簿に係る過少申告加算税の軽減措置(一問一答【電子計算機を使用して作成する帳簿書類関係】) ① 問41 本問では、優良な電子帳簿の保存等が複数の会計ソフトを使用している場合であっても、それを理由として過少申告加算税の軽減措置が受けられなくなることはないことが明らかにされている。 ② 問52 本問では、既に優良な電子帳簿の要件を満たして保存等を行っている場合に、令和5年度改正により届出書に記載していた国税関係帳簿の一部が特例国税関係帳簿に該当しないこととなった場合に変更の届出書を提出する必要がないことが明らかにされている。   (連載了)

#No. 534(掲載号)
#安積 健
2023/09/07

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例55】「従業員に対する賞与の損金算入時期」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例55】 「従業員に対する賞与の損金算入時期」   拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、近畿地方のある県庁所在地において、主として旅行者向けの土産物店や飲食店を営む株式会社X(資本金5,000万円で3月決算)に勤務し、現在総務部長を務めている者です。2020年以来のコロナ禍で、わが社がターゲットとするインバウンドの旅行客は激減し、一時は廃業やむなしという瀬戸際まで追い込まれました。そのため、インバウンド一本やりの経営戦略を改め、国内客の取り込みも必死になって行うとともに、政府の様々な支援策や社長の必死の資金策によりどうにかこうにかこの度の経営危機を乗り切り、今年は国内客のみならずインバウンドの旅行客もだいぶ戻ってきたため、お陰様で何とか一息つくことができました。 そんなわけで、ここ数年は多くの従業員を泣く泣く解雇したり、残ってもらった従業員にも満足に賞与を支給することもできず、非常に心苦しいところでしたが、昨年度末においてはようやく決算賞与を支払うことができるところまで業績が回復しました。久しぶりの賞与だったため、従業員も大いに喜んでくれたようです。 さて、そんな中、先日から受けている当社の法人税にかかる税務調査で、従業員に対する当該賞与が問題とされております。すなわち、従業員全員にその支給額について事業年度末日までに通知をし、その金額を同日において損金経理したものの、銀行からの融資が遅れた関係で、実際の支給の日が翌事業年度の5月10日となったことが問題なのだそうです。確かに、法人税法施行令第72条の3(旧第134条の2)には翌事業年度末から1月以内という要件が定められていますが、まず、支給が遅れたのは不可抗力であり十分正当な理由があること、また、法律の定める債務確定基準(法法22③二)は満たしているにもかかわらず、法律に定められていない付加的な要件を政令で定めることは租税法律主義に反し許されないこと、の2つの理由から、税務署側の主張には問題があると考えております。この点につき、法人税法上どのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 従業員に対する賞与の支払いについては、法人税法上、第22条第3項第2号に従い、その債務が確定した日の属する事業年度の損金の額に算入されるのが原則ですが、法律ではなく政令(法人税法施行令第72条の3)において、通常の意味における債務確定基準よりも適用範囲を狭めることとなる「翌事業年度末から1月以内という要件」が課されています。 このような規定ぶりは、政令委任に関する租税法律主義の問題が生じる可能性がありますが、裁判例では、課税の公平・明確性を確保するという観点から、租税法律主義には違反しないとされており、本件に関しても、「翌事業年度末から1月以内という要件」を満たさない限り、当該未払賞与は前事業年度においては損金に算入できないこととなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 販売費・一般管理費等に関する債務確定基準 法人税法第22条第3項は、当該事業年度の損金の額に算入すべき金額を規定しているが、その第2号で、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用については、(減価)償却費を除き「債務の確定」が要求されており、これを一般に債務確定基準という。販売費・一般管理費等(販管費等)に関し、当該債務確定基準が要求される理由としては、一般に、売上原価と異なり、当該費用は収益との直接的・個別的な対応(紐づきの)関係がないため、債務として確定していなければ、その発生の見込みと金額が明確であるとはいえないことから、所得計算の恣意性・利益操作を排除する観点で採用されていると解されている(※1)。 (※1) 渡辺徹也『スタンダード法人税法(第3版)』(弘文堂・2023年)95頁。   (2) 使用人に対する給与・賞与と債務確定 次に、使用人に対する給与であるが、これは債務確定基準により費用の計上時期が決まってくる。とはいえ、使用人に対する給与に関しては、一般に何日締め(例えば月末締め・翌月10日払いなど)というように債務の確定時期が明確であると考えられることから、未払いのものであっても債務確定が問題となるケースは少ない。 一方で、使用人に対する賞与については、債務の確定がいつになるのかが問題となり得る。すなわち、支給日が翌事業年度に到来し、当事業年度末時点においては未払いの賞与について、その損金算入のタイミングは当事業年度でよいのかという問題である。法人税法第22条第3項第2号の債務確定基準に従えば、未払いであっても、債務が確定していれば当事業年度において損金算入できるはずである。しかし、法人税法は使用人の賞与に関し、政令により、本法の規定以上の追加的な要件を課している(法令72の3(旧法令134の2))。中でも、同施行令第72条の3第2号ロの、「イの通知をした金額を当該通知をした全ての使用人に対し当該通知をした日の属する事業年度終了の日の翌日から1月以内に支払っていること」という要件は、通常の意味における債務の確定よりも更に細かい要件であり、債務確定基準の適用範囲を狭めている(※2)。 (※2) 渡辺前掲(※1)書100-101頁。 この点につき、政令委任に関する租税法律主義違反の問題(※3)が生じ得るが、裁判所は主として「課税の公平」の観点から、租税法律主義違反とまでは言えないと判断している。次項で当該裁判所の判断を確認していきたい。 (※3) 渡辺前掲(※1)書101頁。   (3) 使用人に対する賞与の損金算入時期が争われた事例 それでは、本件と同様に、使用人に対する賞与に係る損金算入の時期が争われた事例(大阪地裁平成21年1月30日判決・判タ1298号140頁、TAINSコード:Z259-11135)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、原告が、平成16年7月16日に原告の使用人に対して支払った賞与を平成15年6月1日から平成16年5月31日までの事業年度の損金の額に算入して確定申告を行ったところ、生野税務署長が、上記賞与の損金算入を否定するなどして原告に対して更正処分を行うとともに、過少申告加算税の賦課決定処分を行ったため、原告が、これら各処分の取消しを求めた抗告訴訟である。 原告は、平成16年5月31日までに、その従業員に対する各人別の賞与支給額を決定し、同年7月16日、同従業員に対し、本件給与規程に基づき、平成15年11月16日から平成16年5月15日までを計算期間とする賞与合計919万3,500円を支給した。なお、原告においては、本件賞与のうち、424万3,500円については製造原価の1つである労務費として経理し、本件賞与のうち、495万円については販売管理費として経理している。また、原告は、本件賞与の上記支給前には、本件賞与の各人別の支給金額について、各人別に、かつ同時期に支給を受けるすべての使用人に対して通知していなかったところである。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 争点(1) 争点(2) なお、原告・納税者は控訴したが棄却され(大阪高裁平成21年10月16日判決・判タ1319号79頁、TAINSコード:Z259-11293)、更に上告したが不受理となり(最高裁平成23年4月28日決定・税資261号-90(順号11680)、TAINSコード:Z261-11680)、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例の内容を理解する上で重要なポイントは、法人税法の規定の構造である。すなわち、先に見たとおり、法人税法第22条第3項は、当該事業年度の損金の額に算入すべき金額を規定しているが、その第2号で、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用については、(減価)償却費を除き「債務の確定」が要求されている(債務確定基準)。 また、法人税法第65条は「各事業年度の所得の金額の計算の細目」につき、政令で定める旨を規定しているが、当該規定について裁判所は、法人税法第22条第2項及び第3項の「別段の定め」には該当しない旨を明らかにしている。したがって、法人税法施行令第134条の2(現第72条の3)が法律の委任の範囲内にあるといえるためには、同条が、法22条ないし64条の規定内容についての技術的、細目的事項を定めたものといえることが必要ということになる。 この点につき、裁判所は、「令134条の2の規定は、法22条3項2号の定める債務確定基準と基本的に異なる考え方に立脚した規定ではなく、我が国における使用人賞与支給の実情を踏まえた上で、正に同号の定める債務確定基準に従って、我が国に多くみられる使用人賞与の支給態様に即してその損金算入時期を具体的に定めたものということができ、その意味において、同号の規定内容を使用人賞与について具体的に明らかにした技術的、細目的規定ということができる。」とするとともに、「令134条の2は、平成10年法律第24号による法人税法の改正により使用人賞与の損金算入についての賞与引当金制度が廃止されたのを受けて、我が国における使用人賞与支給の実情を踏まえた上で、法22条3項2号の定める債務確定基準に従って、我が国に多くみられる使用人賞与の支給態様に即してその損金算入時期を具体的に定めるとともに、これを使用人賞与一般についての統一的な基準として規定することにより、課税の明確性、統一性を図ったものということができるから、その限りにおいて、法22条3項2号の規定内容の技術的、細目的事項を定めたものとして、法65条による委任の範囲を逸脱するものではない」として、主として「課税の公平・明確性」の観点から、租税法律主義違反とまでは言えないと判断している。法人税法の規定の構造を理解する上で、重要な裁判例となるであろう。   (4) 本件へのあてはめ 従業員に対する賞与の支払いについては、法人税法上、第22条第3項第2号に従い、その債務が確定した日の属する事業年度の損金の額に算入されるのが原則であるが、法律ではなく政令(法人税法施行令第72条の3)において、通常の意味における債務確定基準よりも適用範囲を狭めることとなる「翌事業年度末から1月以内という要件」が課されている。 このような規定ぶりは、政令委任に関する租税法律主義の問題が生じる可能性があるが、裁判例では、課税の公平・明確性を確保するという観点から、租税法律主義には違反しないとされており、本件に関しても、「翌事業年度末から1月以内という要件」を満たさない限り、当該未払賞与は前事業年度においては損金に算入できないこととなる。 (了)

#No. 534(掲載号)
#安部 和彦
2023/09/07

金融・投資商品の税務Q&A 【Q82】「信託型ストックオプションの行使により取得した株式の譲渡」

金融・投資商品の税務Q&A 【Q82】 「信託型ストックオプションの行使により取得した株式の譲渡」   PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美   ●○ 検 討 ○● 1 信託型ストックオプションの行使による株式の取得 信託型ストックオプションでは、役職員へストックオプションを交付する主体は信託会社ですが、国税庁が2023年に公表した「ストックオプションに対する課税(Q&A)」の問3によれば、実質的には、発行会社が役職員にストックオプションを付与していること、役職員の金銭等の負担がないことなどの理由から当該ストックオプションの取得に係る経済的利益は労務の対価に該当して、給与課税の対象になるものとして取り扱われています。 上記の経済的利益は、ストックオプションを行使して発行会社の株式を取得したタイミングで認識することとなり、行使時の株式の価額(時価)からストックオプション(新株予約権)の取得価額として信託会社から引き継いだ金額及び権利行使価額を控除して計算されます。   2 信託型ストックオプションの行使により取得した株式を譲渡した場合の課税関係 信託型ストックオプションの行使により取得した株式が上場株式である場合には、一般株式等(いわゆる上場株式等以外の株式等)の譲渡所得とは区別して、「上場株式等の譲渡による事業所得、雑所得及び譲渡所得の金額」として申告分離課税が適用されます。原則として、確定申告が必要となり、適用税率は20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)です。 上場株式等について譲渡損が生じた場合には、他の上場株式等の譲渡益との通算や、一定の要件を満たす場合には3年間の繰越控除、また、上場株式等の配当との損益通算が認められています。なお、上場株式等に該当しない一般株式等の譲渡益との通算は認められていません。 また、信託型ストックオプションの行使により取得した株式の譲渡所得の金額は、当該株式に係る譲渡収入(譲渡時の時価)から当該行使時の株式の価額(時価)を控除して算定します。   3 本件へのあてはめ 信託型ストックオプション制度に基づいて取得したストックオプションを行使したということですので、当該行使時に経済的利益が給与所得として課税され、勤務先が源泉徴収することになると考えられます。その後、当該行使により取得した株式を市場で譲渡した場合には、譲渡収入から当該行使時の株式の時価を控除して計算した譲渡所得の金額について、原則として、確定申告が必要となります。 この譲渡所得の金額は申告分離課税の対象となり、譲渡益については20.315%の税率で所得税等が課されますが、他の上場株式等から生じた譲渡損との通算や過年度の譲渡損の繰越控除の適用も考えられます。また、譲渡損が生じた場合には、他の上場株式等から生じた譲渡益との通算や繰越控除のほか、上場株式等の配当所得との損益通算も認められます。     (了)

#No. 534(掲載号)
#西川 真由美
2023/09/07

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第25回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第25回】   東洋大学法学部准教授 泉 絢也   (5) 国会における議論③:譲渡所得を肯定する学説と外貨の取扱い 平成31年3月14日の参議院財政金融委員会において、藤巻健史議員は、国税庁の見解を前提にすると議論すべきは暗号資産の譲渡による所得に関して、「要するに値上がり益があるか値下がり損があるかということ、要するにキャピタルゲインがあるかどうかの判断だというふうに思っていますけれども、キャピタルゲイン、私はキャピタルゲインだと思」うと述べた上で、諸外国の税制がキャピタルゲインとして認識しているのか否かを確認する質問を行った後、要旨次のような発言をしている。 要するに、藤巻議員は、暗号資産や外貨の譲渡等に係る所得の所得区分が現行所得税法下において、雑所得のみならず譲渡所得や一時所得に該当すると解する余地があると認められるのであれば、政策的に所得区分を決定するような立法措置をとるべきであるという趣旨の主張を行っているのである。 藤巻議員は、次のとおり、かかる主張の裏付けとして、わが国における租税法の代表的教科書である金子宏名誉教授の『租税法〔第23版〕』261頁(弘文堂2019)において、「ビットコイン等の仮想通貨」は譲渡所得の基因となる資産に該当し、その譲渡による所得が譲渡所得である旨の記載がなされたことを指摘している。 これに対して、星野次彦財務省主税局長は要旨次のとおり答弁している。 平成31年3月20日の参議院財政金融委員会において、藤巻議員は、再び、上記の金子宏著『租税法』において、「ビットコイン等の仮想通貨」は譲渡所得の基因となる資産に含まれることが明記されたことを摘示した上で、国税庁は、その租税法の大家が何をいおうと、暗号資産取引により生じた利益が雑所得以外の9種類の所得に該当しない理由を説明する必要があると指摘した。 これに対して、並木稔国税庁次長は、要旨次のとおり答弁している。 続いて、藤巻議員は、暗号資産や外貨の譲渡等に係る所得の所得区分が現行所得税法下において、雑所得のみならず譲渡所得や一時所得に該当すると解する余地が認められるのであれば、政策的に所得区分を決定するような立法措置をとるべきであるという趣旨の主張を行っている。 いわば現行法の解釈論に根差した立法論である。 その後、藤巻議員は、外貨の課税関係にも論及したため、星野氏が次のとおり答弁している。 また、並木氏は、要旨次のとおり、当局として個々の学説について見解を述べることは差し控えるとした上で、外国為替差損益が譲渡所得に該当しないとする論拠についても言及している。 国税庁は、外貨も譲渡所得の基因となる資産に該当しないと解している。 ただし、例えば、米国連邦所得税法と比較すると、日本の所得税法における外貨に関する課税制度は非常に規律密度が小さいものとなっている。 よって、「物としての変化を捉まえて譲渡所得課税をすべきという議論」があることを認めるが「外国通貨について一般的な資産と異なる課税方式としている」という答弁には違和感がある。 これまで、学説も、国税庁の通達も、譲渡所得の基因となる資産とは譲渡性のある財産権をすべて含む広い概念であると解してきた(金子宏『租税法〔第24版〕』265頁(弘文堂2021)、所基通33-1(※)参照)。 (※) 所得税基本通達33-1(譲渡所得の基因となる資産の範囲) 譲渡所得の基因となる資産から外貨を除外するのであれば、所得税法に明文の規定が設けられてしかるべきではないか。 外国通貨と邦貨との交換により生ずる為替差損益、つまり外国通貨の譲渡による所得は一次的に譲渡所得には該当しないという国税当局の立場の論拠について、上記答弁では、為替差損益は外国通貨を邦貨などの他の通貨と交換する際の交換レートの変動により生ずるものであって、外国通貨自体の価値が変動したものとは考えられず、資産の値上がりによる増加益とは性質を異にする、外国通貨は資産ではあるものの、譲渡所得の基因となる資産には該当しないということが説明されている。 この点については、現行法令を踏まえれば、暗号資産については、外国通貨と同様に本邦通貨との相対的な関係の中で換算上のレートが変動することはあっても、それ自体が価値の尺度とされており、資産の価値の増加益を観念することは困難と考えている旨の星野氏の過去の答弁(平成31年3月20日の参議院財政金融委員会)と整合する。 ただし、所得税法は、外貨建取引については「換算」という語を用いており、この点に特殊性を見いだすことが可能ではあるが、暗号資産については「換算」という語を用いていないことを指摘しておく(所法57の3)。 なお、並木氏の上記答弁中における「一次的に」という語が「一般的に」と同じ意味で用いられているとすれば、上記答弁は、外貨の譲渡による所得についても、暗号資産と同様に、一般論として、譲渡所得に該当しないが、場合によっては譲渡所得に該当することもありうることを示唆しているのであろうか。   (了)

#No. 534(掲載号)
#泉 絢也
2023/09/07

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第33回】「租税負担割合の計算における課税標準外所得金額の意義」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第33回】 「租税負担割合の計算における課税標準外所得金額の意義」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 外国子会社合算税制において、外国関係会社の租税負担割合を計算する場合に、課税標準外所得金額を分母に加算する趣旨はどのようなものでしょうか。 〔A〕 我が国での税負担を不当に軽減することを規制するという外国子会社合算税制の趣旨から、外国関係会社の本店所在地国と本邦における税負担の比較をより実態に即した適切なものとするよう意図された、とされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 租税負担割合の算定 外国子会社合算税制における租税負担割合とは、外国関係会社の各事業年度の所得に対して課される租税の額を当該所得の金額で除して計算した割合をいう(措法66の6⑤一、措令39の17の2①)。なお、平成29年度税制改正で、本店所在地国において課される税が存在しないという点から本制度の適用を判定する仕組みが廃止されたことを受け、無税国に所在する外国関係会社についても租税負担割合の判定を行うこととされた。 (1) 税法令の規定がある国に所在する外国関係会社 税法令の規定がある国等での租税負担割合は、平成29年度税制改正前より変更はなく、算式の分母・分子は以下の項目で構成されている。 (※1) 財務省「平成23年度税制改正の解説」514頁参照。 なお、分母を構成する項目に該当する金額は、【注2】のとおり、「本店所在地国の法令の規定」により計算した所得の金額に係る金額とされることから、いずれも、企業集団等所得課税規定を除いた法令の規定により計算されることとなる。 (2) 無税国に所在する外国関係会社 平成29年度税制改正で導入された無税国に所在する外国関係会社の租税負担割合については、さらに、平成30年度の税制改正において、決算に基づく所得の金額を基に、税法令がある国に所在する外国関係会社の租税負担割合の計算における調整と同様の調整を加えて計算することが明確化された(※2)。 (※2) 財務省「平成30年度税制改正の解説」710頁参照。 以下では、平成29年度税制改正前の租税負担割合の算定において、課税標準外所得金額の意義が争われたキャプティブ再保険事件を検討する。   2 過去の裁判例 《キャプティブ再保険事件》(※3) (※3) (第一審)東京地裁令和4年3月10日判決(平成30年(行ウ)第607号)・TAINSコード:Z888-2446 (1) 事案の概要 本件は、内国法人である原告Xが、平成27年1月期及び平成28年1月期(本件各事業年度)の法人税等の確定申告をしたところ、所轄税務署長Yから、米国ハワイ州で設立されたXの外国関係会社であるB社(キャプティブ保険会社)が租税特別措置法66条の6(平成27年改正前)に規定する「特定外国子会社等」に該当し、B社の課税対象金額をXの益金の額に算入すべきであるとして、本件各処分等を受けたため、Yを相手に、同処分の取消しを求めた事案である。 B社は、本件各事業年度において、米国歳入法831条(b)項にいう小規模保険会社に該当するとして、保険料収入を除く課税投資所得を課税標準として申告した結果、いずれの期も法人所得税額は0米ドルであった。Yは、Xの外国関係会社であるB社が特定外国子会社に該当するか否かについて、①B社の租税負担割合の算式の分母(所得の金額)につき、保険料収入に係る所得金額を課税標準外所得金額として分母に加算し、②同分子(租税の額)については、同社の課税投資所得金額に35%の税率を乗じて計算すると、本件各事業年度のいずれにおいても20%以下要件を満たすことから、B社はXの特定外国子会社等に該当すると判断した。これに対し、Xは、保険料収入に係る所得金額は課税標準外所得金額に該当せず、結果的に、B社の本件各事業年度の租税負担割合は20%以下要件を満たさず、特定外国子会社に該当しないと主張した。 (2) 東京地裁の判示 ① 保険料収入に係る所得金額の課税標準外所得金額該当性について 東京地裁は、以下のとおり、租税負担割合を算出するための調整項目の趣旨を明らかにした上、保険料収入に係る所得金額は課税標準外所得金額に該当すると結論付けた。 ② Xの主張の排斥 Xは、本件各処分において、保険料収入がそのまま課税標準外所得金額に加算されている一方、保険責任準備金の控除を認めていない点について、保険料収入は将来において保険事故があった場合の保険金支払の原資であり、保険会社としては保険金の支払までこれを預かっているに過ぎないから、そもそも我が国でも米国でも課税されるべきではなく、米国歳入法831条(b)項も、その実質は保険料収入を計上した上、同額の責任準備金の繰入額の計上がされているものといえるから、これを課税標準からの除外と見ることはできない旨主張した。 これに対し、東京地裁は次のとおり判示し、Xの主張を排斥した。 (3) 検討 Xが何故B社を合算課税の対象としなかったかについては判決文では明らかではないが、Xの主張も、上記で取り上げたもの以外は、「主張するための主張」であって、論理性・説得力に欠けるものであるといわざるを得ない。 ところで、判決文では、外国子会社合算税制の導入趣旨につき、「内国法人の子会社等が、我が国よりも税負担の軽い国(中略)又は地域に所在する場合において、本来であれば上記(株主である)居住者や内国法人に対する利益の配当や剰余金の分配の対象となる所得について、上記子会社等が配当等を行わず社内に留保することにより、我が国での税負担を不当に軽減することを規制するために、上記子会社等の所得の金額のうち所定の方法により計算される金額(課税対象金額)につき内国法人の収益の額とみなして、その内国法人の所得に合算して課税することとしたもの」と判示しているが、平成21年度の税制改正で外国子会社からの配当が益金不算入とされたことで、日本の支配株主に配当しないことをもって不当と見る考え方をそのまま維持するのは困難になった(※4)。最近の裁判例(※5)ではむしろ、「租税の負担を回避しようとする事例に対処し税負担の実質的な公平を図ることを目的とする」とする理解が示されており、本判決はこの点特徴的である(※6)。 (※4) 増井良啓・宮崎裕子『国際租税法[第4版]』(東京大学出版会・2019年)187頁 (※5) 例えば、東京地判令和3年3月16日(平成31年(行ウ)第42号)・TAINSコード:Z271-13543、及び東京地判令和3年7月20日(平成29年(行ウ)第426号)TAINSコード:Z271-13592等 (※6) 田中啓之「CFC税制における課税標準外所得金額の意義等が争われた事例」ジュリスト1585号(2023)141頁は、「近年の裁判例において『租税回避を防止することをその趣旨・目的とする』と明言されていた(中略)ことを踏まえると、意味深長であるようにも思われる。」と述べている。 (了)

#No. 534(掲載号)
#霞 晴久
2023/09/07

〈事例から理解する〉税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第9回】「国税通則法第68条第1項の重加算税が賦課される「納税者」の範囲」

〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第9回】 「国税通則法第68条第1項の重加算税が賦課される「納税者」の範囲」   公認会計士・税理士 大橋 誠一   1 札幌国税不服審判所令和元年6月20日裁決(TAINSコード:J115-1-01) (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 重加算税の「納税者」の法令解釈 (4) 審判所の判断の概要・請求人の主張の排斥   2 法令解釈の出所 上記1(3)の法令解釈は、最高裁第一小法廷平成18年4月20日判決(関与税理士による行為)(TAINSコード:Z256-10374)を基礎として常務取締役による業務上の横領を「納税者」の行為と認めた広島高裁平成26年1月29日判決(TAINSコード:Z264-12401)などを参考にしていると考えられる。   3 損害賠償請求権の益金算入 たとえ専務取締役とはいえ株式会社である請求人とは別人格であり、請求人にとっては横領による損失が生じていることに変わりないため、「売上原価」を「特別損失」に振り替えることにより損金の額(所得金額)には影響しないともいえる。 しかし、請求人は、当該損失の発生時に、損害を与えた者に対する損害賠償請求権が発生しているものとされ、特別損失と同額の特別利益が発生することが、結果的に特別損失の損金性を無効化させ、所得金額(法人税額)の増加につながる。 そして、この法人税額の増加を課税標準として重加算税が賦課される。   4 「納税者」の具体的範囲 法人の構成員全てによる行為が請求人の行為と同視されるのではなく、例えば、最近においても、東京国税不服審判所令和元年10月4日裁決(TAINSコード:J117-1-02)において、部下のいない一担当者による横領行為について重加算税の賦課決定処分が取り消された事例もある。 この裁決においては、法令解釈において、「その従業員の地位・権限」、「その従業員の行為態様」、「その従業員に対する管理・監督の程度」等を総合考慮すると述べられているところ、重加算税の認定可能性を考える場合、代表取締役の行為であればもちろんのこと、例えば、以下の事実関係が認められるときには、請求人の行為と同視される蓋然性が高くなると考えられる。 (了)

#No. 534(掲載号)
#大橋 誠一
2023/09/07

〈一から学ぶ〉リース取引の会計と税務 【第8回】「ファイナンス・リース取引の会計処理(借手)」~例年処理(減価償却、支払利息)~

〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第8回】 「ファイナンス・リース取引の会計処理(借手)」 ~例年処理(減価償却、支払利息)~   公認会計士・税理士 喜多 弘美   前回は、ファイナンス・リース取引の借手の会計処理について、契約時・取得時の会計処理を整理しました。今回は、例年の会計処理についてみていきます。   1 ファイナンス・リース取引の会計処理の全体像 前回、物件を購入した場合とファイナンス・リース取引の会計処理の全体像を以下のように整理しました。今回は、例年行われる会計処理にあたる(★)の部分を具体的に確認していきます。 【物件を購入した場合】 【ファイナンス・リース取引の場合】 ファイナンス・リース取引も、物件を購入した場合と同じように減価償却を行います。また、ファイナンス・リース取引では、②リース料を支払う際に、支払利息を計上します。これは、物件を購入した場合にはない処理です。 また、ファイナンス・リース取引でも、所有権移転ファイナンス・リース取引と所有権移転外ファイナンス・リース取引では性格や特徴が異なるため、減価償却、支払利息についても考え方が異なる部分があります。   2 減価償却 ファイナンス・リース取引では、物件を購入した場合と同じように固定資産(リース資産)を計上します。そのため、減価償却をすることになります。 (1) 所有権移転ファイナンス・リース取引 所有権移転ファイナンス・リース取引では、リース物件を購入した場合と同一の方法で処理します。所有権移転ファイナンス・リース取引は、リース期間が終了した後はリース物件の所有権が借手に移り、借手がリース物件をそのまま使用するため、自己所有の固定資産と実態は変わりないと考えられます。そのため、自己所有の固定資産と同じ方法により減価償却を行います。 (2) 所有権移転外ファイナンス・リース取引 一方、所有権移転外ファイナンス・リース取引は、リース物件の取得と異なり、リース期間終了後にリース物件を貸手へ返却することになります。つまり、リース物件を使用できるのはリース期間中だけです。そのため、償却期間はリース期間、残存価額はゼロです。また、リース物件の取得と異なる性質を持つため、償却方法は企業の実態に応じ、自己所有の固定資産と異なる償却方法を選択することができます。 *  *  * よって、上記をまとめると、以下のようになります。   3 支払利息 次に支払利息の処理について、みていきましょう。毎月支払うリース料を単純に合計したリース料総額には、リース会社に支払う利息が含まれています。そのため、支払リース料を支払った時には、借入金の返済と同じように、利息相当額部分とリース債務の元本返済部分に分ける必要があります。 (1) 所有権移転ファイナンス・リース取引 所有権移転ファイナンス・リース取引では、利息の各期への配分は利息法によることとされています。利息法とは、各期の支払利息相当額をリース債務の未返済元本残高に一定の利率を乗じて算定する方法です。ここで用いられる利率は、リース料総額の現在価値がリース取引開始日におけるリース資産(リース債務)の計上価額と等しくなる利率になります。 これは、所有権移転ファイナンス・リース取引が、経済的にはリース物件の取得と取得のための資金調達と似ており、この場合のリース料の支払いが借入金の返済と似た性格を持っていると考えられるためです。 (2) 所有権移転外ファイナンス・リース取引 所有権移転外ファイナンス・リース取引も所有権移転ファイナンス・リース取引と同じく、原則は利息法で各期に配分します。ただし、リース資産総額に重要性が乏しいと認められる場合は、以下2つの方法も認められています。 これは、所有権移転外ファイナンス・リース取引は、リース物件の取得と取得のための資金調達というよりは賃貸借の性格を持ち、役務提供も含めた複合的な性格を持っているため、所有権移転ファイナンス・リース取引と同じように、必ず利息法で各期に配分することが一義的に決まらず、金額的に重要と考えられる場合には利息法を適用するという考えによるものです。 なお、「リース資産総額に重要性が乏しいと認められる場合」とは、未経過リース料の期末残高が、未経過リース料の期末残高と有形固定資産及び無形固定資産の期末残高の合計金額に占める割合が10パーセント未満の場合とされています。   (了)

#No. 534(掲載号)
#喜多 弘美
2023/09/07

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第41回】「売り手によるM&A実施要否のセルフチェック」

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第41回】 「売り手によるM&A実施要否のセルフチェック」   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒売り手がM&Aを望む目的を知るためのポイントを理解する。 売り手企業 ⇒M&Aの要否を売り手視点で理解する。 支援機関(第三者) ⇒売り手のM&A実施要否を判断し、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒売り手のM&A実施要否判断のポイントを知り、M&Aに対する理解を深める。   1 売り手にとってM&Aが必要な手段か 中小企業においてM&Aという手段が浸透しつつありますので、日頃から付き合いのある金融機関、顧問先などを通じて、M&Aに関する情報を集めようとする売り手候補企業があるかもしれません。特に、近年は、事業承継を行うための後継候補者の不在という課題が多く、この課題を解消する観点と、売却に伴うオーナーや創業家の財産獲得の観点から、売り手としてM&Aの実施を検討するケースが多くなっています。 ところで、売り手候補企業にとってM&Aは必要な手段でしょうか。その答えは「No」です。この答えは意外かもしれませんが、M&Aは買い手にとっても売り手にとっても経営判断もしくは手段の1つにすぎませんから、必ずこの手段によらなければならないわけではありません。M&Aにはメリットもデメリットもあるため、他の手段との比較衡量の上で検討すべきであり、M&Aありきであってはいけません。 そこで今回は、M&Aという手段を前に立ち止まるために、売り手候補企業が、M&Aの実施要否の判断を売り手自身に問うためのポイントを解説します。   2 M&Aをしなければならない理由を自らに問う 安易にM&Aを選択する前に、売り手自身の内部判断、多くはオーナーご自身の自己判断のステップを踏む必要があります。言い換えると、セルフチェックです。 残念ながらセルフチェックにあたって確立された方法論はありませんが、M&Aの実施要否を判断するためのポイントはいくつかあります。 (1) キャッシュ M&Aの対価の対象は通常「株式」か「事業」です。いずれも取引においては多額になるケースが多く、対価を支払ってくれるのは相手企業です。目的がキャッシュの場合は、M&Aによるメリットを享受できます。通常、売買がし難い株式や事業の価値をキャッシュに換えるための手段がM&Aであり、事業投資を望む相手が取得する株式や事業の価値を伸ばす自信があれば、取引に応じやすい手段でもあります。このため、キャッシュ獲得の手段としてM&Aは魅力的で有効な手段ですが、金額の多寡については、相手が当社をいくらと見積もるか次第なので、高い取引対価になるとは限りません。 また、キャッシュそのものが目的になるケースは中小企業のM&A事例では少なく、相続資金確保のため、後継者が不在で事業の存続に不安を残すため、オーナー自身の高年齢化といった、事業構造上やファミリー存続上の課題が背景にあることが多いです。この場合は、キャッシュよりも優先すべき事項が多いため、M&Aを選択する場合、キャッシュありきとならないように注意しなければなりません。 キャッシュが目的ならM&Aは有効な選択肢。しかし、キャッシュが手段であって、真の目的が相続、後継者など別にある場合は、目的を優先したM&Aを実行できるようにしておく。また、取引結果によるものなので、望むキャッシュが手に入るとは限らない。 (2) 後継者 経営者がいなければ事業を存続できません。後継者不在や適任者の不在を機にM&Aを検討するオーナーも多く、後継者探しは、マッチング、事業承継の大きなテーマの1つです。この場合もM&Aとの親和性が高いです。 中小企業の場合、上場企業などと異なり、会社の所有と経営を分離しづらく、経営権の取得と所有権の取得が不可分の関係になりやすい性質があります。また、中小企業では社長が会社の顔となり、金融機関の信用は多くの場合、対会社に加え対社長との関係で検討されます。このため、後継社長に経営だけ任せて、というわけにはいかず、会社(の権利)ごと任せる手段であるM&Aが結果として選択されやすい傾向にあります。 最近では、様々な機関が後継者マッチングの機会を提供していますが、その多くが事業承継をテーマにしながら展開しており、将来のM&Aを前提に相談に乗るケースを想定しています。 一例ですが、公的機関による後継者マッチング支援として、以下の機関による支援が行われています。 また、税理士に顧問を依頼している企業であれば、顧問先の税理士が「担い手探しナビ」を通じて、事業承継支援に協力してくれます。以下は、日本税理士会連合会の情報です。 後継者探しは、結果的にM&Aの相手探しになるケースが実務上多い。このため、支援機関への相談においては、将来的にM&Aをする可能性を考慮した上での後継者相談が行われる。 (3) 業績悪化 救済型M&Aの場合、業績悪化した売り手をM&Aによって買い手が救済するというパターンが見受けられます。この場合も手段としてのM&Aの有効性は高いと思います。 しかし、業績悪化の場合は、必ずしもM&Aによらなければならないわけでなく、業績悪化の原因を追究し、本質的な改善をするための方策を講じることができる代替手段の選択の余地が残されています。 たとえば、中小企業庁ウェブサイトの経営サポートメニューでは、経営安定支援として、複数の施策が用意されています。 全国の主な商工会議所や都道府県の商工会連合会でも相談機会が提供されていますので、業績悪化の場合は、M&Aありきではなく、事業の維持存続のための相談機会を利用する検討が先になると思います。 また、資金繰り面では日本政策金融公庫の支援を受けられる場合もあります。 業績悪化の場合は、M&Aよりも先に、経営を公的にサポートする機関に相談して、支援メニューを受けるか、資金面のサポートを受けるのがスタンダードな手続。その先に、救済型M&Aが選択肢として考えられる。 以上から、いずれの場合もM&Aは有力な手段、選択肢になり得ますが、売り手候補企業の置かれた状況によっては、M&A実施の判断をする前に違う出口を探すための相談機会が提供されている場合もあります。個々のケースで判断は異なりますが、上記の情報源なども参考にしながらM&Aの実施要否の判断を検討されるのがよいと思います。   3 経営資源を残す選択肢としてのM&A 中小企業の経営資源には、経営者、人材、技術、販路、設備、資金といった様々な有形、無形の資源が存在します。1つ1つをばら売りにすることは難しく、一体として企業の価値を形成しています。この価値をセットにして、キャッシュなどの対価によって取得する行為がM&Aです。売り手候補企業からすれば、なるべくたくさんの経営資源を現状のまま保存して、包括的に譲りたいと考えるならM&Aという手段が便利になります。 中小企業がこれまでの実績によって培った経営資源は、オーナー自身が考える以上に、外から見ると魅力的である場合が多いです。近年、黒字廃業(詳しくは本連載【第40回】参照)の割合が多くなっていますが、自主廃業を選ばなくても、M&Aによって自社の経営資源を残す選択肢があります。 また、M&Aでは、自社の無形の経営資源を含めた価値が、相手からの提示額によって示されますので、M&Aを機に自社の経営資源全体の評価を受けられるメリットもあります。取引なので、売り手側は高く、買い手は低い価額を主張しがちですが、それでも、それなりの価値がつくと確認できます。売り手候補企業としては、M&Aの価額によって、オーナー自身と歩んできた会社の金銭的な価値を知るのが可能になります。 *  *  * 今回は、売り手候補企業がM&Aを実施すべきかどうかについて迷う時に、代表的な項目ごとに要否のセルフチェックを行う際のポイントを簡単に説明しました。最終的なM&A実施の要否判断は売り手に委ねられますが、早めの検討、相談を通じて、M&Aという手段の有効性に気づく場合も多いです。必要に応じて今回紹介した公的機関に相談し、M&Aの実施要否の判断につなげてください。 (了)

#No. 534(掲載号)
#荻窪 輝明
2023/09/07

電子書類の法律実務Q&A 【第11回】「所在不明の従業員を電子メールで解雇できるか」

電子書類の法律実務Q&A 【第11回】 「所在不明の従業員を電子メールで解雇できるか」   弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕   〔Q〕 当社の従業員が、重大な不正行為を行っていたことが判明しました。当該従業員は、この不正行為が判明した後、1ヶ月にわたり無断欠勤しており、連絡を取ることができない状態です。自宅として会社に申請された場所に行ってみたのですが、人が住んでいる様子はありません。 当社としては、重大な不正行為及び無断欠勤を理由に懲戒解雇をしようと考えています。所在不明者に対して、電子メールでの解雇は認められるのでしょうか。解雇を検討するに際して、留意すべきことを教えてください。 〔A〕 所在不明者との関係で、電子メールでの解雇以外の方法として、書面による解雇、公示送達による解雇が考えられます。 しかし、本件の場合、書面による解雇では、解雇の効力が否定される可能性が高いです。また、公示送達による解雇の場合、時間と手間がかかります。 電子メールによる解雇は、簡単な方法ですし、メールであることを理由に解雇の効力が否定されることはありません。 ただし、単に従業員名義のメールアドレスに電子メールを送るだけで、解雇の効力が認められるかと言えば、そこまで簡単な話ではありません。解雇については、効力が認められるためには、従業員に「到達」する必要があります。 まず、従業員が使用している従業員名義のメールアドレス宛に送れば、原則として「到達」が認められます。 他方、社内のメールアドレスに送っても、「到達」したことにならず、解雇の効力が否定されるでしょう。従業員が一度も使用していないメールアドレス宛に電子メールを送っても、解雇の効力が否定される可能性があります。 「到達」が否定される可能性に備えて、就業規則に「連絡が取れない場合、会社に申請されたメールアドレス宛に、電子メールを発信した時点で、通知が到達したものとみなす」という規定をおくことをお勧めします。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 行方不明者に対する懲戒解雇を検討すべき事案 行方不明者に対する対応としては、就業規則に「一定期間(例えば30日)、所在不明な場合に自動退職とする」旨記載されている企業が多い。 しかし、就業規則に上記のような自動退職規定がない場合は、自動退職では対応できない。懲戒解雇することにより退職金を不支給(減額)とすることを検討している場合も、自動退職では対応できない可能性が高い。これらの場合、無断欠勤や不正行為を理由とした懲戒解雇を検討することになるだろう。 懲戒解雇をする場合、就業規則上の根拠が必要だが、この点については、本連載の【第10回】を参照してほしい。   2 書面で解雇通知を出す場合の問題点 解雇をする場合、実務上、書面で通知することが多いと思う。 では、行方不明者との関係で、書面での解雇通知は、適切だろうか。解雇は、意思表示なので、相手方に「到達」しなければ、効力が生じない(民法97条1項)。 つまり、単に送る(発信する)だけでは解雇の効力は生じない。ただし、実際に相手方が通知の内容を読んで認識している必要はない。相手方の支配圏内におかれることにより、相手方が意思表示の内容を認識可能であれば、「到達」したことになる。 書面での解雇通知のケースを前提に、具体的に説明しよう。 解雇通知書が従業員の自宅の郵便受けに投函された場合、郵便物を確認すれば通知書の内容を認識することができるので、従業員が解雇通知書を読んでいなくても、従業員に到達したことになるのが原則だ。 ただし、この原則は、本人が自宅に住んでいる場合にしか当てはまらない。 所在不明で、本人が自宅として会社に申請した場所と別の場所に住んでいる場合、本人が自宅として会社に申請した場所に郵便物を届けても、その内容を認識することは不可能だ。認識可能性が否定されるような場合、「到達」したことにならない。 つまり、所在不明者との関係で、書面で通知しても、解雇の効力が生じていないと判断されるリスクがあるのだ。   3 公示送達は、手間と時間がかかる 所在不明者に対する意思表示については、民法98条により、裁判所に申立をして、裁判所の掲示板に掲示する方法で行うことができる。この方法を「公示送達」という。 解雇の効力が確実に認められることを最優先にするのであれば、この公示送達の方法を利用することをお勧めしたい。しかし、この方法は、裁判所に申立をしなければならないので、それなりに手間と時間がかかる。 実務上、行方不明者との関係で、公示送達の方法により解雇するケースは少ない。   4 電子メールでの解雇は有効 簡易な手続で済ませる方法として、電子メールでの解雇を検討することになる。 前提として、電子メールでの解雇は有効なのだろうか。まず、解雇については、どのような方法で行うかについて、法律上の規制はない。 そのため、電子メールでの解雇も有効である(東京地判平成27年2月26日、東京高判平成30年6月21日)。   5 電子メールでの解雇が認められるケースと効力が否定されるケース 解雇は、意思表示なので、相手方に「到達」しなければ、効力が生じない(民法97条1項)。電子メールで解雇する場合も、書面での通知と同様に、相手方に「到達」しなければ、効力が生じない。 実際に認識している必要はないので、ポイントになるのは、認識可能性があるかどうかである。 参考になりそうな裁判例を確認してみよう。 〇電子メールでの「到達」を認めた裁判例 〇電子メールでの「到達」を否定した裁判例   6 「到達」が認められない可能性を踏まえた実務対応 上記の5のとおり、従業員名義のメールアドレスに送っても、場合によっては「到達」が認められず、解雇の効力が否定されるリスクがある。このようなリスクに事前に対応することは可能だろうか。 完全な対応は、なかなか難しい。1つの解決策としては、就業規則に、「連絡が取れない場合、会社に申請されたメールアドレス宛に、電子メールを発信した時点で、意思表示が到達したものとみなす」旨の規定をおくことが考えられる。 このような規定は、法的に有効だろうか。 最高裁は、所在が不明な地方公務員に対する懲戒処分について、官報に掲載するという規定がないことを理由に、懲戒処分の内容が公報に掲載されても懲戒処分として直ちに効力を生じないと判断した(最判平成11年7月15日)。 上記最高裁判決の考え方を踏まえると、合理的な規定があり周知されていれば、到達していなくても、解雇の効力が認められると考えてよい。 では、就業規則における「連絡が取れない場合、会社に申請されたメールアドレス宛に、電子メールを発信した時点で、意思表示が到達したものとみなす」旨の規定は、合理的といえるだろうか。 連絡を取ることができない従業員との関係でも、使用者は処分や解雇をする必要がある。そして、就業規則に根拠規定が存在し周知されていれば、従業員本人が申請したメールアドレス宛に電子メールが送信されることは、従業員本人にとっても予想できる。 そうすると、「連絡が取れない場合、会社に申請されたメールアドレス宛に、電子メールを発信した時点で、意思表示が到達したものとみなす」旨の規定は、合理的な規定であり、法的にも有効と考えられる。   (了)

#No. 534(掲載号)
#池内 康裕
2023/09/07

空き家をめぐる法律問題 【事例53】「空き室の区分所有者等を対象とした協力金を規約に定める際の留意点」

空き家をめぐる法律問題 【事例53】 「空き室の区分所有者等を対象とした協力金を規約に定める際の留意点」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 私の居住するマンションでは相続等を理由に空き室が増えてきています。一方で、管理組合の役員は、事実上、居住する区分所有者が担当せざるを得ないため負担となっています。管理組合では、居住していないことやその他の理由で役員就任を辞退する区分所有者に対して、役員への協力金の支払いを設定する規約変更をしたいと考えています。規約変更にあたってどのようなことに留意すればよいですか。   1 はじめに 区分所有関係は1つの共同生活の関係であるため、区分所有建物の管理運営は、管理組合及びその組合員によって行われることが予定されている。実際には管理組合の役員が中心となって事務処理が行われているが、非居住、年齢、仕事、無関心その他の事情によって役員就任が辞退される場合もあり、事務負担が一部の区分所有者に偏在することになる。この問題を解決するために、役員就任を辞退する者に協力金の支払義務を課すことによって、事務負担の公平を図るとともに、役員就任を間接的に促すことが考えられる。 そこで、本事例では、協力金を導入するための規約変更をする際の留意点を検討することにしたい。なお、建物の区分所有等に関する法律を「区分所有法」として表記する。   2 規約変更のための決議要件 規約の変更は、特別決議事項に該当するため、集会において、①区分所有者及び②議決権の各4分の3以上による決議を得る必要がある(区分所有法第31条第1項)。上記の②の議決権の割合は、原則として専有部分の床面積の割合によって決定される。規約で異なる割合を定めることも可能であるが(同法第38条)、議決権割合が著しく不合理となる場合には無効となるおそれもある。上記①の区分所有者数の計算に関して、❶1つの専有部分が共有されている場合や、❷1人の区分所有者が複数の専有部分を所有している場合のいずれも1人として計算することになる。また、区分所有者の特定は、形式的に判断できるように、登記簿の記載を基準にすることになる(神戸地判平成13年1月31日判時1757-123)。 もとの区分所有者に相続が発生し、共有関係が生じているにもかかわらず、登記簿に権利関係が反映されていない場合に、区分所有者を登記簿の記載を基準にして特定するか、真実の権利関係を基準にして特定するか問題となりうる。真実の権利関係の調査は必ずしも容易ではないことや、集会決議の法的安定性を確保する必要性があることからすると、上記の場合でも、登記簿の記載を基準にするのが適切と考えられる。   3 集会の招集手続 集会の招集は、区分所有者の全員の同意がある場合を除いて、集会の少なくとも1週間前までに議題(例「第1号議案 協力金の件」)を示して各区分所有者に通知する必要がある(区分所有法第35条第1項、第36条。規約で伸縮されている場合もある)。規約の変更等を議題にする場合には、議案の要領も招集通知に記載する必要があり、これを欠く場合、招集手続の瑕疵を理由に決議が無効となるおそれがあるので留意が必要である(東京高判平成7年12月18日判タ929-199)。 専有部分が共有されている場合、招集通知は議決権を行使する者に通知されることになるが、議決権の行使者が指定されていない場合には共有者の1人に通知することになる(区分所有法第35条第2項)。もとの区分所有者に相続が発生し、共有関係が生じているにもかかわらず、登記簿に権利関係が反映されていない場合、上記2と同様に、登記簿の記載を基準にして招集通知を発すれば足りると考えられる。 なお、招集通知は、区分所有者が指定した場所に送付され、指定がない場合は専有部分が所在する場所に送付される(同条第3項)。例外として、区分所有建物に住所がある場合又は通知先の届出がない場合で、規約に定めがあるときは、建物内の見やすい場所に掲示することで個別の通知に代えることもできる(同条第4項)。   4 規約の変更と「特別の影響」の有無 規約の変更が、区分所有法第31条第1項後段に規定する「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」に該当する場合には、特別決議に加えて、当該区分所有者の承諾を得る必要がある。問題は、特定の区分所有者を対象とする協力金を定める規約変更が上記の場合に該当するかである。 特別の影響の有無は、規約の設定、変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の区分所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該区分所有関係の実態に照らして、その不利益が区分所有者の受忍すべき限度を超えるかどうかによって判断するものと解されている(最判平成10年10月30日民集52-7-1604)。したがって、協力金の導入に際しても、規約変更の必要性・合理性と特定の区分所有者が被る不利益とを比較して、当該区分所有建物の実態に照らして、特定の区分所有者が被る不利益が受忍限度を超えるかどうかによって判断されることになる。 非居住の区分所有者に対する協力金の導入の可否が争われた裁判例では、①当該区分所有建物の規模が大きいこと、②管理運営のために管理組合の活動や組合員の協力が必要不可欠であること、③管理組合の運営に必要な業務や費用は、本来、組合員全員が平等に負担するべきものであること、④居住する区分所有者の負担において、居住しない区分所有者が利益を得ていること等の事情を考慮して、不公平を是正するために、協力金の導入に必要性と合理性があるものと判断されている。その上で、協力金の額が、組合費(17,500円)の約15%増の額(20,000円)に留まっていたことから受忍限度を超えないと判断されている(最判平成22年1月26日判時2069-15)。 また、理事就任を辞退した者に対する協力金を定めた規約の有効性が争われた下級審裁判例においても、規約の有効性が認められている(横浜地判平成30年9月28日判例秘書L07350764)。当該裁判例は、規約の公序良俗違反の有無が争点となっているところ、その判断は平成22年最判と類似の基準で行われている。上記2つの裁判例は、いずれも団地関係にある区分所有建物の事案であったが、団地関係にない区分所有建物の場合であっても、同様の基準に沿って判断されることになろう。   5 本件について 協力金を定めるためには規約変更の手続を行う必要があるところ、集会の招集通知に議題及び議案の要領まで記載する必要があるため留意が必要である。当該マンションでは、相続が発生しているようであるから、集会の招集にあたっては登記簿の記載を確認し、もとの区分所有者から変更がなければ、指定された場所か専有部分の住所宛に送付することになろう。 協力金の対象となる区分所有者に特別の影響を与えるかどうかは、当該マンションの規模(戸数等)、役員の事務の内容、事務負担の程度、非役員が享受している利益の内容等を考慮して、協力金を定める必要性と合理性があるかを判断する必要がある。協力金の対象となる区分所有者の反対が想定される場合には、協力金の額が管理費と比べて著しく割高にならないように設定することにも配意するべきである。 (了)

#No. 534(掲載号)
#羽柴 研吾
2023/09/07
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