四半期報告書制度廃止に伴う開示実務のポイント 【前編】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 2023年11月20日に「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(令和5年11月29日法律第79号)が成立し、四半期報告書制度が廃止することが決定した。 本稿では、前後編の2回にわたって四半期報告書制度の廃止に伴う開示実務のポイントを解説する。なお、本執筆時点では多くのルールが公開草案の段階であることから、確定していないものについては、公開草案をもとに解説している。そのため、今後ルールが確定次第、情報を入手して確認していただきたい。 1 四半期報告書制度廃止に係るルールの公表 四半期報告書制度廃止に関して、関係各所から様々なルールが公表されている。 (1) 金融庁 (2) 東京証券取引所 (3) 日本公認会計士協会 (4) ASBJ 2 四半期報告書制度の廃止 「金融商品取引法等の一部を改正する法律」が可決され、上場会社においては、2024年4月1日以降に開始する会計期間に係る1Qと3Qの四半期報告書が廃止となり、決算短信のみ開示する。 例えば、2024年9月期決算の場合、3Qの四半期報告書が廃止される。2025年3月期決算の場合、1Qと3Qの四半期報告書が廃止される。 一方、2Qは四半期報告書から半期報告書に名称が変わり、特定事業会社以外の上場会社の場合はレビューを受け、特定事業会社(銀行、保険会社等)の上場会社の場合は監査を受け開示する。四半期(連結)財務諸表は半期(連結)財務諸表へと名称が変わる。 また、2Qにおいては決算短信も開示する。2Qの決算短信は、1Qと3Qの決算短信の名称との連続性を踏まえて、半期ではなく第2四半期(中間期)決算短信と名称が変わり、四半期(連結)財務諸表は中間(連結)財務諸表へと名称が変わる。 (出所:東京証券取引所「四半期開示の見直しに関する実務の方針」8頁) 【実務上のポイント】 1Qと3Qの四半期報告書がなくなるため、レビューもなくなる。そのため、年間の監査スケジュールについて、今までどおりでよいのか、それとも見直しが必要なのか、監査人と協議する必要がある。 〈決算期ごとの改正の適用時期〉 (出所:東京証券取引所「(参考)改正規則の適用時期」) 3 半期報告書の開示内容 2Qの半期報告書の開示内容は改正前と基本的に同様である。ただし、財務諸表等規則と連結財務諸表規則の体系が以下のとおり改正される。改正前は、年度、四半期、中間でそれぞれ財務諸表等規則と連結財務諸表規則が定められていたが、改正後は、財務諸表等規則と連結財務諸表規則に一本化され、半期報告書の開示についても財務諸表等規則と連結財務諸表規則に規定される。 また、上場会社等(特定事業会社以外)が作成する中間(連結)財務諸表は、レビューを受けるため第1種中間(連結)財務諸表と呼び、それ以外が作成する中間(連結)財務諸表は、監査を受けるため第2種中間(連結)財務諸表と呼ぶことになる。 (※) 非上場会社(特定事業会社以外)は、原則、第2種中間(連結)財務諸表で作成するが、第1種中間(連結)財務諸表も選択可能である。 4 決算短信の開示内容 1Qと3Qの決算短信では、以下の下線部分の改正が行われる。 【実務上のポイント】 セグメントについては、今までも決算短信で開示している会社が多いと考えられ、四半期報告書では必ず開示している。また、キャッシュ・フローに関する注記も今までも四半期報告書で開示している。そのため、実質的な負担の増加はないと考えられる。 2Qの決算短信については、1Q及び3Qの決算短信で追加される事項について、「開示の義務付けはせず、速報性と投資者ニーズを踏まえ、各社の判断」で開示することになる。 〈決算短信のひな型の改訂〉 2Qの決算短信のひな型は、以下のように改訂される。 (出所:東京証券取引所「(参考)決算短信・四半期決算短信作成要領等(暫定版)履歴付き」37頁、39頁) 1Q及び3Qの決算短信のひな型は、以下のように改訂される。 (出所:東京証券取引所「(参考)決算短信・四半期決算短信作成要領等(暫定版)履歴付き」55頁、56頁) 5 決算短信のレビュー (1) レビューの有無 1Qと3Qは四半期報告書を開示しないが、決算短信は開示する。1Qと3Qの四半期報告書が廃止されると保証が付された財務諸表が開示されないことになるが、1Qと3Qの決算短信に対する監査人のレビューは原則、任意である。 ただし、会計不正等により、財務諸表の信頼性確保が必要と考えられる場合(具体的には、以下のaからeのいずれかに該当する場合)に、1Qと3Qの決算短信に対して監査人によるレビューが義務付けられる。 (注1) dとeについては、財務諸表の信頼性の観点から問題がないことが明らかな場合として、東京証券取引所が認める場合を除く。 (注2) aからdの要件該当後に提出される有価証券報告書及び内部統制報告書において、aからdのいずれにも該当しないこととなった場合には、レビューの義務付けを行わない。 (2) 決算短信レビューの保証 改正前の四半期報告書及び改正後の半期報告書は、適正表示の枠組み(※)に基づくレビューであるが、1Qと3Qの決算短信のレビューは、準拠性の枠組み(※)に基づくレビューを想定している。 (※) 適性表示の枠組み及び準拠性の枠組み 「適正表示の枠組み」は、その財務報告の枠組みにおいて要求されている事項の遵守が要求され、かつ、以下のいずれかを満たす財務報告の枠組みに対して使用される。 「準拠性の枠組み」は、その財務報告の枠組みにおいて要求される事項の遵守が要求されるのみで、上記①及び②のいずれも満たさない財務報告の枠組みに対して使用される。 決算短信では、追加情報の規定がないため、準拠性の枠組みが想定される。 適性表示と準拠性でレビュー報告書の文言は多少変わるが、保証水準は変わらない。レビュー報告書のイメージは下記より確認できる。 (【後編】に続く)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第20回】 「1株当たり情報に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における1株当たり情報に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 連結注記表・個別注記表それぞれで、①1株当たりの純資産額、②1株当たりの当期純利益(損失)金額を記載する必要があります。 また、当期又は当期末日後において株式併合又は株式分割をした場合には注書きが必要です。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表・個別注記表】 ※経団連のひな型で、連結注記表・個別注記表どちらも同じ記載例が示されています。 また、当期又は当期末日後において株式併合又は株式分割をした場合、当期の期首に株式併合又は株式分割をしたと仮定して1株当たり当期純利益を算定し、その旨を記載する必要がありますが、その場合の記載例も経団連のひな型に示されています。 【連結注記表 -株式の分割をした場合の記載例-】 ※個別注記表の場合は、「当連結会計年度」が「当事業年度」となります。 2 注記事項の解説 (1) 1株当たり情報に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき1株当たり情報に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第113条)。 (2) 注記事項の解説 上場会社(有価証券報告書)の場合は、1株当たりの当期純利益の金額だけでなく、その算定の基礎や潜在株式調整後1株当たり当期純利益の金額に関する情報なども注記しなければなりませんが、会社計算規則ではこれらの定めはなく、上記(1)①~③のみを記載すれば足ります。 なお、「1株当たり当期純利益に関する会計基準」第30-2項において、株式併合又は株式分割を行った場合の期中平均株式数の算定方法(表示する財務諸表のうち、最も古い期間の期首に当該株式併合又は株式分割が行われたと仮定して算定する)が定められており、注記に際してもその旨を記載して注意喚起しなければならないことから、(1)③の注記事項が求められています。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [西松建設株式会社 2023年3月期 連結注記表] ※西松建設株式会社「第86期定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」21頁より抜粋。 [日本郵船株式会社 2023年3月期 連結注記表] ※日本郵船株式会社「第136期定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」17頁より抜粋。 [株式会社オリエンタルランド 2023年3月期 連結注記表] ※株式会社オリエンタルランド「第63期その他の電子提供措置事項」26頁より抜粋。 * * * 次回の第21回は、「重要な後発事象に関する注記」をテーマに解説します。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第44回】 「金融商品時価情報のレベル別時価のクロスチェック」 公認会計士 石王丸 周夫 1 「15,515」とすべきが「115,515」に 計算書類にはうっかりミスがつきものです。 実際、こんなミスが起きています。 金融商品の時価情報における金額の記載ミスで、「15,515」と記載すべきところを「115,515」としてしまったというものです(【事例44-1】)。おそらくは単純なミスです。 こうしたミスは人間である以上、経験や知識の多い少ないにかかわらず、誰しも避けることができないものですが、それゆえに、ミスを防止することより開示前にミスを見つけ出すことが求められます。今回はその方法について解説します。 では、早速、事例を見ていきましょう。 【事例44-1】 時価の合計金額の入力ミス。 (出所) ラオックスホールディングス株式会社「「第47期定時株主総会招集ご通知」の一部訂正について(2023年3月13日)」 【事例44-1】は、連結注記表の「金融商品に関する事項」の記載でのミスです。「金融商品に関する事項」の記載内容は、他の注記項目と比べて量が多く、【事例44-1】に示したのはその一部にすぎません。 【事例44-1】の箇所は、「金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項」という部分に当たります。金融商品の時価について、その時価の性質を3つに分類して情報提供しています。今回は単純な入力ミスと考えられるため、時価のレベルとは何かといった説明は割愛しますが、【事例44-1】は時価の性質に基づいた内訳表(レベル別時価の内訳表)であると捉えておけば十分でしょう。 その内訳表について、資産計の金額を間違えてしまったというミスです。この事例の会社は、2023年3月8日に本事例を含む定時株主総会招集ご通知の電子提供を開始し、2023年3月13日に当該誤記載の訂正を公表しています。 2 このミスを見つける方法~計算チェック~ このミスを見つける方法は複数あります。 第1は計算チェックです。【事例44-1】で間違えた箇所は合計の数値でした。したがって、できあがったこの注記について、電卓で計算チェックをすれば、合計が合わないことにより異常がすぐに発覚します。 教科書的には、この計算チェックは、注記を作成した本人が実施した上で、作成者とは別の人がダブルチェックとして実施することになります。 「2回も計算チェックの機会があれば、開示前に見つけることができたのではないだろうか」と思いたくもなりますが、実務的にはそう簡単ではありません。 なぜなら、レベル別時価の内訳表の完成が他の箇所より遅れることが考えられるからです。その場合、レベル別時価の内訳表のみ空欄で、他はすべて完成しているという状態の途中稿が存在します。その段階でいったん計算チェックを実施し、その後にレベル別時価の内訳表を追加入力して完成させると、レベル別時価の内訳表の計算チェックが抜け落ちてしまう可能性があります。 ダブルチェック担当者に至っては、そもそも計算チェックまでは行わないことも多いのではないでしょうか。計算チェックは注記作成者が当然実施しているものと思って目を通すという可能性が高そうです。 こういうことは組織での作業ではよくあることです。 3 このミスを見つける方法~クロスチェック~ そこで第2の方法が求められます。クロスチェックです。 クロスチェックについては、この連載で何度も解説してきたとおり、開示書類一式の中で同じ項目、数値が複数箇所で記載されている場合に、それらの整合性を確認するというチェックです。 金融商品の時価に関しては、以下のようなクロスチェックが可能です。総括表と内訳表の整合性チェックです。 (出所) ラオックスホールディングス株式会社「第47期定時株主総会招集ご通知(2023年3月15日、電子提供措置の開始日2023年3月8日)」より筆者作成 今回のミスは、「15,515」を「115,515」と入力してしまう単純なミスでした。そのようなミスが2つの表で同時で起きてしまうことは考えにくく、上のようなチェックを行えば、不一致による異常として検出される可能性が高いはずです。 このクロスチェックに関する留意点についても述べておきます。 ここでは2つの表を上下に並べて掲載していますが、実際の開示資料上は、これらの表は「金融商品に関する事項」の注記内の少し離れたところ(異なるページ)に掲載されています。そして、これらの2つの表の間には、やや長めで少々わかりにくい表現の文章が記述されているので、そちらに気を取られてしまうかもしれません。そうなってしまうと、不一致があっても気がつかない可能性があります。 したがって、この注記に関しては、上に示したクロスチェック箇所を覚えておき、意識的に整合性を確認する習慣をつけておく必要があります。それでも、クロスチェックは計算チェックより労力が少ないので、忙しい中でも実施可能だと考えられます。 〈今回のまとめ〉 「金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項」の合計値について、金融商品の時価等の総括表と突合する習慣をつけましょう。 (了)
賃上げ実施に伴う企業の労務上の留意点Q&A 【第1回】 「ベースアップ検討の際の3つのポイント」 ~昇給原資・目的・理由~ 社会保険労務士 富山 直樹 【Q】 物価の高騰に伴い、弊社でもベースアップを検討していますが、ベースアップを行う場合、会社として留意すべきポイントはあるでしょうか。 【A】 次の3点が主な留意点としてあげられます。 ① 昇給原資 ② 目的 ③ 理由 なお、以下で上記の留意点につきそれぞれ詳しく解説します。 ●○ 解 説 ○● ① 昇給原資 例えば、筆者がクライアントの社長より「従業員Aの給料を24万円から5万円上げて29万円にしたい」と相談を受けたとする。 この場合、昇給原資は単純に5万円×12ヶ月の年間60万円では足りない。 昇給に伴い、会社が負担する保険料も増額することはご存じの方も多いだろうが、具体的にどのくらい上がるのか。東京都の一般事業会社でAが40歳未満として計算すると、今回のケースでは下記のようになる。 ※上記につき2024年2月現在の保険料率にて計算 つまり、今回の内容でAの給与を月5万円昇給させると、給与のほかに社会保険料・雇用保険料の支払いだけで、年間約11万円が追加で必要となる。 社長の希望は「Aの給料を5万円昇給させたい」なのか、それとも「Aの昇給原資が年間60万円あるので還元したい」なのかを正確に確認しておきたい。 もし社長の希望が、後者の「昇給原資が年間60万円あるので還元したい」であった場合、単純にAの給料を5万円昇給させると、昇給原資を上回り赤字となってしまう恐れがある。 そのため、安易に「〇〇円昇給」というのではなく、昇給原資に対して、昇給額と同時に社会保険料・雇用保険料の上昇についても留意する必要がある。 ② 目的 上記質問によれば、昇給の理由は、昨今の「物価の高騰」に伴うものである。大企業でも「インフレ手当」というような形で従業員の生活を補助するために導入を進めている会社も存在する。 一時金として賞与に上乗せするような形で支給する場合は、事務作業の負担も少ない。 しかし、月額給与に手当として支給する場合は注意が必要である。 まず、就業規則(賃金規程)を改定し、インフレ手当についての記載をする必要がある。そして、インフレ手当の内容について記載をする際には「支給事由」を記載しなければならない。 具体的には「物価の高騰が落ち着いたらどうするのか」、「そもそも物価高騰の判断基準をどうするのか」といった内容である。また、一時的に支給するのであれば「その期間はいつまでなのか」といった内容も必要となる。 あくまで「物価の高騰」に伴って一時的に従業員の生活を助けることが目的であれば、一時金として賞与に上乗せするような形で支給することが、会社にとって負担の少ない方法であると考える。 また、「物価の高騰」もさることながら、そもそものベースアップを実施するにあたっても、その実施する目的をハッキリさせることが重要である。次の「③ 理由」に関係する内容なので、以下において併せて解説する。 ③ 理由 上記②と続く内容であるが、結論を先に述べると、昇給の目的と理由をハッキリさせ、従業員と共有することが重要である。 わかりやすくするため、2023年に起きたスポーツの出来事で具体的に解説する。 2023年は、プロ野球において阪神タイガースが1985年以来の日本一を達成した。シーズンが始まる前に監督の岡田彰布氏は球団に「バッターがフォアボールを獲得した際の年俸査定を上げてくれ」と依頼し、その情報を選手にも共有した。 プロ野球選手は1年間の成績や1つ1つのプレーについて細かく査定がなされ、ポイントを付けられ来年度の年俸が決定する。つまり、岡田監督の依頼はその「査定項目を変更し昇給理由としてくれ」というものである。 球団及び監督としては、 となったわけである。 もちろん優勝の要因はこの1つの項目だけではないだろうが、選手の昇給の理由と球団の目的がwin-winの関係で相乗効果を生んだのは確かである。 何よりも重要なのは、岡田監督が査定項目の変更(昇給理由)と目的を選手と共有したことで、選手のフォアボール獲得数は前年比で大幅に上昇し、目指す方向性が一致したことである。 では、一般企業であればどうであろうか。具体的な理由と目的を例として挙げるなら、次のような内容が往々にして考えられるだろう。 上記のようなケースでも更に明確にするために、公務員や大企業で見られるような「『等級・号俸』による給与表を作り勤続年数ごとに昇給していくような制度を整えることで可視化する」ことや、「会社の増益や個人の営業・売上成績、仕事の貢献度に対しどのような数字で従業員に還元するのかを明示する」といった手法も有効である。 * * * 余談となるが、過去に筆者も昇給理由を示され、泣きそうなほど喜び、仕事に力が入った想い出がある。 筆者は新卒から10年間、銀行に勤めた。毎年昇給は4月1日と決まっており、必ず所属長との面談が行われていた。勤務年数による昇給に加え、日ごろの仕事に対する評価もこの場で伝えられていた。 今でも忘れられないのが8年目の面談である。通常、10年目頃までは大きな問題がなければ毎年少しずつ昇給し、職階の等級も1つずつ上がっていくような給与体系であった。 しかし、筆者は年子で子供が生まれ、前年、前々年と2年連続で育児休業を取得しており、両年とも4月1日は不在であったため昇給がなく給料は据え置きとなっており、等級も同期の普通の職員と比べて2等級遅れていた。 その年も、育休から復帰したのが前年4月末であったので約1ヶ月不在にしていた期間があり、子育て時間短縮勤務も利用していたため、これまでの例からすれば昇給は望めない状況であった。しかし、結果は3年ぶりに昇給し、同じく3年ぶりに等級も上がったのである。 当時の上司のコメントは次のような内容であった。 本人はニコニコ、そして非常に軽い口調で話していたが、筆者は非常に嬉しかった想い出として何年たっても忘れられずにいる。同時にこのような評価を頂戴したことを意気に感じ、より一層仕事に精を出した。 従業員にとっては、昇給の際のこのような言葉が、その後の人生に大きく残るものになることも考えられるであろう。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第18回】 「労働条件の明示のルール変更」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 労働者を雇用したとき等には、労働条件において書面等で明示しなければならない事項(絶対的明示事項)がありますが、令和6年4月1日から、その明示事項に新しい項目が追加されます。今回は、労働条件の明示のルール変更について解説します。 * * 解 説 * * 1 労働条件の明示義務 使用者は、労働契約締結の際に、労働者に対して、賃金、労働時間その他一定の労働条件を明示しなければなりません。このうち必ず明示しなければならない事項を絶対的明示事項といい、書面での明示(⑤のうち昇給については除きます)が必要です。 〈労働契約締結時における絶対的明示事項〉 この労働条件の明示は、労働契約締結時に行わなければなりませんが、期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」といいます)の契約期間満了後の契約更新時の場合も含まれます。したがって、有期労働契約の場合、労働契約締結時のみならず、契約更新のタイミングでも労働条件の明示が必要となります。 2 改正により追加される項目 改正により、明示を要する事項が追加されます。追加された明示事項は、以下のとおり、全労働者を対象とするものと、有期労働契約を締結した労働者(有期契約労働者)を対象とするものに分類できます。 〈改正の対象者と追加される項目〉 (1) 就業場所・従事する業務の変更の範囲の明示 労働契約締結時等には、雇入れ又は契約更新時の就業場所と担当業務の内容を明示しなければなりませんが、改正後はそれらに「変更の範囲」が加えられ、将来の配置転換等で変更が予想される就業場所・担当業務の範囲まで明示しなければなりません。 【例】 (2) 有期労働契約の更新上限の明示 有期労働契約の締結時又は契約更新時に、更新上限(通算契約期間又は更新回数の上限)の有無と、その内容(具体的な期間や回数)の明示が必要となります。 【例】 また、この更新上限を新設又は短縮するときは、事前に有期契約労働者に詳しい理由を説明する必要があります。 (3) 無期転換申込機会の明示 有期労働契約には、無期転換ルールがあります。これは同一の使用者との有期労働契約が繰り返し更新され、それを通算した契約期間が5年を超える場合、その契約期間中の有期契約労働者からの申込みにより、契約期間終了日の翌日から期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換されるものです。 〈無期転換ルール(有期労働契約期間が1年の場合の例)〉 今回の改正により、申込みができる権利(無期転換申込権)が生じたタイミング以降、契約更新のタイミングごとに「無期転換への申込みが可能であること」を明示する必要があります。 (4) 無期転換後の労働条件の明示 無期転換申込権が生じる更新のタイミングでは、上記(3)の「無期転換申込機会の明示」と併せて、「無期転換後の労働条件」も明示する必要があります。 また、「無期転換後の労働条件」を決定するに当たり、他の正社員とのバランスを考慮した事項(業務の内容、責任の程度、異動の有無・範囲など)について、有期契約労働者に説明するよう努めなければなりません。 3 労働条件明示書面の整備 今回の改正は、上記2の〈改正の対象者と追加される項目〉のとおりですが、雇用形態にかかわらず、労働条件明示の整備が必要になります。労働条件が不明確な場合は、労働者とのトラブルの原因になります。 施行日(令和6年4月1日)までに、「労働条件通知書等に今回追加された項目が記載されているか。無期転換ルールが適用される有期契約労働者を雇用しているか」を確認しておきましょう。 (了)
能登半島地震の被災地で必要な法務アドバイス 【第1回】 「不動産の権利証を紛失・滅失したとき」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 〇はじめに 令和6年1月1日に発生した能登半島地震は、被災地に大きな被害をもたらした。報道を通じて被災地の状況を知るにつれ、筆者を含め、多くの国民が心を痛めている。 さまざまな形での復興へ向けた協力が考えられるが、今般、本誌プロフェッションジャーナルとしても被災地の復興に役立つ情報発信を行っていきたい旨の依頼を編集部より受け、寄稿を行うことになった。 今回の寄稿では、震災に関連して生じうる法務上の問題について、参考になる情報をコンパクトにまとめて紹介する。 被災者の方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、本稿が少しでも復興の役に立つことを祈りながら筆を執るものである。 1 不動産の権利証を紛失しても所有権が失われるわけではない 筆者の過去の経験上、大きな自然災害が発生した際には、家屋の倒壊や火災の発生を原因として、不動産の権利証を紛失・滅失してしまったという相談を寄せられることがある。令和6年能登半島地震でも、多くの家屋に損害が出ており、同様の相談が寄せられる可能性がある。 まず本稿の読者の方々へ理解していただきたいのは、仮に自宅の権利証を紛失・滅失してしまっても、直ちに問題が生じるものではないということである。 所有する不動産の土地建物について、しっかりと登記申請を行っていれば、登記簿に「所有者」として明記されており、権利は保護されている状態にある。 つまり、権利証を紛失・滅失しても、それだけで所有権が失われてしまうものではない。 2 不動産の権利証を紛失して困るケースと対処法 そもそも不動産の権利証とは、正式には「登記識別情報」又は「登記済証」といい、所有権移転登記や抵当権設定登記が申請された場合に、所有権を取得した者や抵当権者に対して法務局が発行する。 不動産の権利証が必要になるのは、不動産の所有者が売却を行う場合(記載例①)や、抵当権者が担保を抹消する場合(記載例②)など、権利証を持つ者が「登記義務者」として登記申請に関与する場合である。 【記載例①:登記記録「甲区」】 【記載例②:登記記録「乙区」(抵当権設定の登記記録)】 すなわち、これらの登記申請を行う場合に、登記義務者から権利証を添付書面の1つとして提出させることにより、所有者や抵当権者が本当に登記申請に関与したかを確認する本人確認の資料としているのである。 もし、権利証を失くしていれば、登記申請に必要となる添付書面が提出できないことになり、登記申請の障害となる恐れがあるが、代替手段が用意されている。それは主に「事前通知制度」と「本人確認情報」である(不動産登記法23条)。 事前通知制度とは、権利証が提供できない場合に、法務局が登記義務者に対して、登記申請がなされた旨等の通知を行い、登記義務者から登記申請の内容に間違いがない旨の届出があった場合には、権利証の提出がなくとも登記を行う制度である。 また、本人確認情報とは、司法書士等が登記義務者に対して本人確認を行い、本人に間違いない旨を証明する書面を作成し、権利証の代わりとする制度である。 権利証は大切な書類ではあるが、紛失・滅失した場合のリスクを正しく理解し、対処することが重要である。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例90】 株式会社グッドスピード 「取締役の辞任及び役員報酬の減額に関するお知らせ」 (2024.1.30) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社グッドスピード(以下「グッドスピード」という)が2024年1月30日に開示した「取締役の辞任及び役員報酬の減額に関するお知らせ」である。同社は2024年1月4日に「第三者調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」を開示しており、そこで示された調査結果の責任を取るため、取締役3名が辞任し、代表取締役社長の加藤久統氏(以下「加藤氏」という)の役員報酬を3ヶ月間50%減額することにしたというのである。 2 不適切な保険金請求について「公表」は? グッドスピードは2023年8月23日に「当社に関する一部報道について」を開示している。その全文は次のとおりである。 同社は、翌日の2023年8月24日に適時開示ではなくホームページ上に「過去の保険金請求に関する自主調査の経過報告ならびにお客様専用相談窓口設置のお知らせ」を開示し、「自主調査」の結果、不適切な保険金請求が見つかったとした。 その後、今度は「社内調査委員会」を設置し、その調査結果を「適時開示」した。2023年10月20日に開示した「過去の保険金請求に関する社内調査委員会による調査報告のお知らせ」がそれであり、その「4.その他」には次のような記載がある。この開示では調査結果が簡潔に示されているだけであり、調査報告書は添付されていない。「公表すべき内容が判明した場合には速やかに公表」するとしていたが、「公表」には後ろ向きのようである。 また、「3.今後の予定」の記載は次のとおりである(下線は筆者による)。 「社内調査委員会」による調査もやめて、「自主調査」に移るとしているが(ホームページ上での開示を「公表」とする感覚もいかがかと思われる)、本来であれば、「社内調査委員会」ではなく「第三者調査委員会」を設置し、調査すべき事案のはずである。そうでなければ、「客観性を担保」するのは難しいだろう。「自主調査」の結果も、「公表すべき事項を確認した場合には、適時適切に開示いたします」としているが、本当に「公表」するのだろうか。 3 第三者調査委員会の目的 不適切な保険金請求について触れたが、今回の開示における取締役辞任と加藤氏の役員報酬減額の理由となった第三者調査委員会による調査結果は、これではない。上述のとおり、グッドスピードは不適切な保険金請求を調査するための第三者委員会を設置していない。 同社はまず2023年9月29日に「調査委員会設置のお知らせ」を開示しているが、その「1.調査委員会の設置」の記載は次のとおりである。 第三者調査委員会の調査対象は、不適切な「保険金請求」ではなく、不適切な「会計処理」である。なお、監査法人からの指摘は2023年9月14日とされているが、この開示はその約2週間後に行われている。グッドスピードは第三者委員会の設置に難色を示したのかもしれない。同社の不適切な保険金請求への対応を見ると、そう思わざるを得ない。 そして、「2.調査委員会の目的について」の記載は次のとおりである(下線は筆者による)。 同社の不適切な保険金請求への対応や、不適切な会計処理の疑義を伝えた際の対応から、監査法人は同社に対して不信感を持ち、不適切な会計処理の内容を伝えなかったのだろう。なお、その監査法人は後に辞任することになる(2024年2月1日開示「会計監査人の異動及び一時会計監査人の選任に関するお知らせ」)。 4 加藤氏は認識していなかったのか? 「第三者調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」に添付された「調査報告書」では、売上の先行計上が行われていたことが明らかにされている。その責任を取って、取締役が辞任し、加藤氏の役員報酬を減額したというのだが、今回の開示の「4.役員報酬の減額」には次のような記載がある。 加藤氏は売上の先行計上を認識していないとされているが、「調査報告書」には次のような記載がある(43頁。下線は筆者による)。「A1氏」は「加藤氏」のことである。 また、次のような記載もある(66頁)。なお、調査の過程で、グッドスピードから加藤氏に対して、取締役会の承認を経ずに一時的な金銭の融通等が行われていたことが明らかになっている。 このように指摘されているにもかかわらず、加藤氏は「調査報告書で指摘された売上の先行計上を認識して」いないとして、3ヶ月間50%の役員報酬減額を「妥当と判断」するというのは、理解し難い。 5 今後 今回の開示の「5.その他」には次のような記載がある。 「調査が完了しましたら速やかに公表」、「調査の目途が付いたうえで、改めて公表」としているが、本当に「公表」するのだろうか。また、「関連当事者取引の調査結果によっては、本件内容について今後変更の可能性がございます」としているが、その調査結果次第では加藤氏に対して役員報酬減額以上の制裁を科す可能性があるということなのだろうか。 「調査報告書」の「第7章 再発防止策」の最初には次のように記載されている(73頁)。上述のとおり「A1氏」は「加藤氏」のことであり、「GS社」はグッドスピードのことである。 第三者調査委員会の委員の思いが表れているようである。ただし、加藤氏は同社の創業者であり、現時点において同社の議決権を半数近く所有している(同社が2023年12月29日に開示した「親会社以外の支配株主の異動に関するお知らせ」によると、議決権は52.54%から49.78%に)。現状のままでは、同社の上場を維持すること自体の適否が問われるだろう。 (了)
《速報解説》 国税庁、定額減税に係る源泉所得税関係の様式案を公表 ~「各人別控除事績簿」のほか同一生計配偶者等の確認に必要な申告書の詳細が明らかに~ Profession Journal 編集部 所得税の定額減税制度については、既報のとおり国税庁の定額減税特設サイトにおいて「令和6年分所得税の定額減税Q&A」等を公表するなど、源泉徴収義務者が早期に準備に着手できるよう関連情報の周知・広報が行われているところ、令和6年2月16日付で新たに同サイト内において、定額減税に係る源泉所得税関係の様式案が公表された。 様式案として次の3点が公表されている。 上記様式案のうち①は、令和6年6月1日以後に支払う給与等に対する源泉徴収税額からその時点の定額減税額を控除する事務(月次減税事務)において基準日在職者(※)の各人別の月次減税額と各月の控除額等の管理を行う際に、基準日在職者の氏名や月次減税額を記載するもの。 (※) 令和6年6月1日現在、給与の支払者のもとで勤務している者のうち、給与等の源泉徴収において源泉徴収税額表の甲欄が適用される居住者(その給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している居住者) ただし、事績簿の作成及び様式は法定されたものではないことから、作成は義務ではなく、作成に当たっては適宜の様式で差し支えないとしている。 なお、今回公表された事績簿にはPDF版とExcel版があるものの、Excel版については掲載日現在の様式案となっており、動作確認未了のため、税額計算の用途には使用できないとのこと。そのため、動作確認後のものについては令和6年3月下旬の掲載が予定されている(同日公表の令和6年用「年末調整計算シート」(Excel版)についても同様)。 また、定額減税額の計算に含める同一生計配偶者の有無や扶養親族の人数については、基準日在職者の提出した扶養控除等申告書や配偶者控除等申告書で把握することになるが、これらに記載のない同一生計配偶者や扶養親族について月次減税又は年調減税において控除を受ける場合に提出する書類として、②・③が用意されている(③については既存の「給与所得者の基礎控除申告書、給与所得者の配偶者控除等申告書及び所得金額調整控除申告書」と兼用の様式となっている)。 なお、今回公表された3つの様式案は、いずれも掲載日現在のものとなっており、確定版については順次掲載が予定されている。加えて記載例も準備中とされているため、今後の情報には留意されたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 キャッシュ・フロー計算書における 「資金」の定義を修正する財規の改正が確定 ~「現金及び預金」の範囲に含まれるか否かについて金融庁の考え方示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年2月19日、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第14号)が公布された。これにより、2023年12月7日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。パブリックコメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方も公表されている。 これは、企業会計基準委員会から公表された「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」(実務対応報告第45号)及び「『連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準』の一部改正」(企業会計基準第32号)を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ キャッシュ・フロー計算書における資金 キャッシュ・フロー計算書における「資金」の定義について、次のように改正する(アンダーラインが改正点。連結財務諸表規則なども同様の改正)。 Ⅲ パブリックコメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方 電子決済手段について、財務諸表等規則に定める貸借対照表上の「現金及び預金」の範囲に含まれるかどうかのコメントに対して、金融庁は次の考え方を示している。 Ⅳ 施行日 公布の日(2024年2月19日)から施行する。 (了)
《速報解説》 JICPAが監査基準報告書260「監査役等とのコミュニケーション」等の改正案を公表 ~PIEなど特定の事業体の財務諸表監査に特有の独立性に関する規定が適用される場合の規定を追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年2月15日、日本公認会計士協会は、監査基準報告書260「監査役等とのコミュニケーション」、監査基準報告書700「財務諸表に対する意見の形成と監査報告」及び監査基準報告書700実務指針第1号「監査報告書の文例」の改正(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、2023年10月に国際監査・保証基準審議会(The International Auditing and Assurance Standards Board:IAASB)から公表された、IESBA倫理規程の改訂により会計事務所が社会的影響度の高い事業体(PIE)に対する独立性に関する要求事項を適用している場合の開示要求に伴う狭い範囲の改訂を受けたものである。 意見募集期間は2024年3月15日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 主な改正内容は次のとおりである。 Ⅲ 適用時期等 2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度に係る監査並びに同日以後開始する中間連結会計期間及び中間会計期間に係る中間監査から適用する。 (了)