谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第12回】 「国税通則法23条(1)」 -総説- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法23条(更正の請求) 1 制度と沿革 納税義務の確定は、既に述べたように(第10回4参照)、課税要件の充足により法律上当然に成立した納税義務(抽象的・客観的納税義務)について、納税者がその履行を行い、又は税務官庁がその履行の請求を行うために、納税者又は税務官庁が行う当該納税義務の具体的・主観的確認である。 申告納税制度は、第一次的には、納税者が各税法の規定に従って納税義務の存否又は範囲を法定申告期限内に正しく確定することを、建前としている(前回2参照)。しかし、納税者にその建前どおりの納税申告を常に期待することは、現実には困難である(申告納税制度の建前と現実の乖離)。では、納税義務の確定が各税法の規定に従っておらず誤っていると事後に納税者が判断した場合、納税者はその誤りをどのような手続(過誤是正手続)によって修正することができるであろうか。 そのような過誤について、国税通則法は、課税処分に対する争訟手続(第8章)は別にして、申告納税方式(16条1項1号)による納税義務の確定手続(第2章第2節)においては、先行する納税義務の確定が過少確定(税額の過少、純損失等の金額の過大等を内容とする確定)であると納税者が判断した場合は修正申告(19条)の手続による是正を定め、他方、先行する納税義務の確定が過大確定(税額の過大、純損失等の金額の過少等を内容とする確定)であると納税者が判断した場合は更正の請求(23条)の手続による是正を定めている。換言すれば、先行する納税義務の確定を納税者の「不利に」修正する場合は、納税者自身が修正申告によって修正することを認める一方、納税者の「有利に」修正する場合は、納税者が更正の請求によって税務官庁による減額更正(24条)を請求することを認めるにとどめているのである。 ところで、先行する納税義務の確定に係る過誤是正手続に関する上記の二本立て制度は、わが国の税法が申告納税制度を導入した当初から、採用されてきたものである。このことは、特に更正の請求に関して次のとおり述べられている(武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(加除式・第一法規)1424頁)。 更正の請求制度は、このように、当初は個別税法に基づいて定められていたが、その後(所得税法については昭和22年3月、相続税法については昭和25年3月、富裕税法については同年5月、法人税法については昭和34年)、その適用範囲を徐々に拡大していった(武田監修・前掲書1424頁参照)。このような過程を経て、税制調査会は「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)において更正の請求を「申告納税に係るすべての税目について認めるものとする」(9頁)と提言し、この点について次のとおり説明していた(同『国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)』(昭和36年7月)54頁。下線筆者)。 この答申は現行国税通則法23条の基本的骨格及び内容を創設したものであるが、同条については、その後今日までに、大きな改正が2度行われた。1度目は昭和45年改正であるが、これについて税制調査会「税制簡素化についての第三次答申」(昭和43年7月)53-54頁(下線筆者)は「更正の請求の期限」の延長及び「期限の特例」の拡張を次のとおり提言した。 2度目は平成23年改正である。同改正について「平成23年度税制改正大綱」(平成22年12月16日閣議決定)33頁は、次のとおり「更正の請求期間の延長」を説いている(下線筆者)。 この説示からすると、かつて法人税法が昭和34年に更正の請求を導入する以前の状態について述べられていた、「従来は法人が税務官庁にその事実を申出(一般には歎願書又は陳情書によって申出がされる)て、それが相当である場合には、税務官庁は進んで減額の更正・・・・・を行うことによって問題を解決していたのである。」(武田昌輔『会社税務精説』(森山書店・1962年)905頁。傍点原文)という実務慣行は、更正の請求の導入後も、更正の請求期間と減額更正期間との(前者が後者より短いという)ズレの故に解消されていなかったのである。 以上のように更正の請求制度の沿革を概観してくると、更正の請求は、手続的保障原則及び租税法律主義の実現に資する手続として、形成されてきたといえよう。手続的保障原則は、納税者と税務官庁との手続法上の関係を対等・対称的な権利義務の関係(法律関係)として構成することを要請する、租税法律主義における適正手続保障の原則であるが(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【27】参照)、とりわけ、更正の請求に係る請求可能期間を減額更正に係る通常の除斥期間(税通70条1項)と一致させたことは、手続的保障原則すなわち納税者・税務官庁間の関係の対等性・対称性の観点からみて、また、申告納税制度における納税者と税務官庁との相互チェック構造(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)855-856頁[初出・1995年]参照)に照らしても、高く評価すべきであろう。 2 意義と趣旨 更正の請求は、前述のとおり、先行する納税義務の確定が過大確定であると納税者が判断した場合に、当該確定について減額更正を請求する手続である(税通23条1項柱書・2項柱書参照)。国税通則法23条は、「更正の請求」という見出しの下で第1項と第2項という2つの条文を定めているので、一見すると、「更正の請求」には2種類のものがあるかのように思われるかもしれないが、しかし、同条2項は「同項[=同条1項]の規定による更正の請求」を定めているので、同条が定める「更正の請求」に異なる種類のものがあるのではない。この点については、次回、国税通則法23条1項と2項との関係を検討する際に、改めて確認することにする。 更正の請求の趣旨については、前記1の冒頭で述べた「申告納税制度の建前と現実の乖離」(これも間接的には更正の請求の趣旨であるが)を踏まえて理解する必要があるが、その場合、まず、先行する納税義務の確定に係る過誤是正手続に関する前記の二本立て制度を国税通則法が定めている理由、換言すれば、国税通則法が申告納税制度において納税義務の確定につき納税者に第一次的確定権及び第一次的確定義務を定めている(前回2参照)にもかかわらず、先行する納税義務の過少確定・過大確定を問わず過誤是正手続を修正申告に一本化しないのはなぜか、を明らかにしておく必要がある。 現行国税通則法上の前記の二本立て制度に対しては、「減額修正は財政収入減となるから、納税者の任意には委ねられないが、増額修正は財政収入増となるものであるから、納税者の任意に委ねてよい、という不当な徴税政策的配慮」(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])E365頁[新井隆一・中川一郎執筆])による国庫主義的な制度であるという批判もある(同E161-162頁[新井隆一・波多野弘執筆]、同E266-268頁[同]も参照)。 しかし、「減額修正申告」を認めると、それが納税者にとって有利な修正であるだけに、いきおいそのような修正がしばしば行われ、租税法律関係が著しく不安定になるおそれがあること、そうすると実質的には申告期限を延長したのと同様の結果を生ずるおそれがあること、いったん正しい納税申告をした納税者でも、後に資金繰りの都合等によって、これを減額修正する場合などのように、納税者が自己の主観的利益のために、納税義務の確定を修正し、納税申告義務の適正な履行が確保できなくなるおそれがあること等を考慮すると、過大確定については更正の請求により、税務官庁による審査を経て、その請求に理由があるときに減額更正による是正を行うものとすることには、合理性があると考えられる(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解(令和4年改訂・17版)』(大蔵財務協会・2022年)355-356頁、武田監修・前掲書1429-1430頁、前掲拙著『税法基本講義』【133】参照)。更正の請求の趣旨は直接的にはこの点に認められよう。 3 機能 更正の請求は、申告納税方式による納税義務の確定手続において、先行する納税義務の確定について納税者のイニシアティブに基づき行われる過誤是正の手続であることから、その本来的機能は納税義務の確定の適法性を保障することにあると考えるのが相当である(更正の請求の適法性保障機能。前掲拙著『税法基本講義』【132】参照。以下の叙述については同【131】も参照)。 また、更正の請求は、自己賦課制度(self-assessment system)と呼ばれる申告納税制度における納税者のいわば「自己賦課による権利侵害」(勿論、行訴9条にいう「法律上の利益」の侵害の問題ではない)に対する権利救済手続としての機能(更正の請求の権利救済機能)をも有している。この機能は、更正の請求による納税義務の確定の適法性保障のいわば反射的効果として観念することができる機能であることから、更正の請求の派生的機能ということができよう。その意味でも、更正の請求は争訟手続とは異なり正式の権利救済手続ではなく、せいぜい、国税通則法が税務官庁による「更正をすべき理由がない旨」の通知(23条4項)の通知を「国税に関する法律に基づく処分」である拒否処分として取消争訟の対象とすること(75条1項1号、115条1項本文参照)によって、正式の権利救済手続に接続することを予定している手続にすぎない。納税義務の確定に係る手続的違法が更正の請求の理由とされていない点でも争訟手続とは異なる。 そのほか、更正の請求の権利救済機能を正しく理解するには、後述するように、更正の請求の原則的排他性の正確な理解が不可欠である。ここで更正の請求の原則的排他性とは、過大申告の是正は、錯誤無効の場合を除き、原則として更正の請求の手続によらなければならないという判例法の考え方(最判昭和39年10月22日民集18巻8号1762頁の次の判示参照)をいう。 更正の請求の原則的排他性は、取消訴訟の原則的排他性(差し当たり芝池義一『行政救済法』(有斐閣・2022年)16頁等参照)に準えて用いられてきた観念であるが、更正の請求について観念される「排他性」は、これとは異なり、訴訟手続のレベルでの排他性(訴訟法的排他性)ではなく、納税義務の確定手続のレベルでの排他性(確定手続法的排他性)である。したがって、更正の請求の排他性は、これを理由に正式の権利救済手続を排除することをも、その射程内に取り込むべきものではないのである。 例えば、更正の請求の排他性を理由に義務付け訴訟(行訴3条6項、特に37条の2)の許容性を一般的に否定することは許されず(反対の立場に立つと解される裁判例として広島高判平成20年6月20日訟月55巻7号2642頁参照)、また、更正の請求の排他性を前提にして、納税者が更正の請求をしなかったという一事をもって、更正処分のうち申告額を超えない部分の取消しを求める訴えの利益を否定する見解(条件付却下説)は許容されない(反対の立場に立つと解される裁判例として東京高判平成18年12月27日訟月54巻3号760頁、大阪地判平成21年1月30日訟月57巻2号344頁、名古屋地判平成26年9月4日訟月62巻11号1968頁等参照。条件付却下説については前掲拙著『税法創造論』1022頁以下[初出・2016年]参照)。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第24回】 「インボイス制度の導入に伴う「特定収入に係る課税仕入れ等の税額の計算」の改正」 税理士 石川 幸恵 【Q】 インボイス制度の導入に伴って、国や地方公共団体の特別会計等の消費税額の計算に新たな調整計算が加わると聞きました。計算式の概要を教えてください。 〔ポイント〕 (1) 国や地方公共団体の特別会計等には仕入控除税額の計算に特例があります。 (2) インボイス制度の導入に伴い、特例計算に新たな計算が加わります。 * * * 【A】 (1) 国や地方公共団体の特別会計等には仕入控除税額の計算に特例がある 国、地方公共団体、公共・公益法人等は、租税、補助金、会費、寄附金等の対価性のない収入を恒常的な財源としています。 このような対価性のない収入により賄われる課税仕入れ等に係る税額まで仕入控除税額に含めるのは合理的ではないので、国や地方公共団体の特別会計等の一定の事業者については、仕入控除税額の計算に特例が設けられています。 この特例の対象には、一般社団法人や社会福祉法人、宗教法人や学校法人、人格のない社団等も含まれます(消法60④、消法別表3)。 (2) 特例計算の概要 ① 特例計算が必要となる条件 収入を次のように区分し、特定収入が一定割合以上となる場合(※)に、特例計算が必要となります(消法60④、消令75①、③)。 ② 仕入控除税額の計算方法の概要 (※) ここでは簡素な解説とするため、仕入控除税額の計算方法は全額控除、標準税率対象の課税仕入れのみであることを前提とします。 特例計算では、通常の方法により計算した仕入控除税額から、特定収入により賄われた課税仕入れ等の税額(調整税額)を差し引きます。調整税額は次のAとBの合計です(消令75④一)。 調整割合は、下記算式により計算されるものです。 計算式の意味するところは、Aにより課税仕入れ等にのみ使途が特定されている特定収入で賄われた課税仕入れ等に係る税額を算出、Bにより使途不特定の特定収入で賄われた課税仕入れ等に係る税額を算出しているということです。 特定収入の内容や特例計算の詳細については、国税庁資料「国、地方公共団体や公共・公益法人等と消費税」等をご参照ください。 (3) インボイス発行事業者以外の者からの仕入れに係る調整 ① 調整税額が過大となる理由 調整税額の計算の基礎となるのは、「特定収入のうち課税仕入れ等にのみ使途が特定されているもの」であり、「特定収入のうち『インボイス発行事業者からの』課税仕入れ等にのみ使途が特定されているもの」とはされていません。このため、インボイス発行事業者以外の者からの課税仕入れは、通常の方法により計算した仕入控除税額に含まれていないにもかかわらず、調整税額には含まれてしまうこととなり、調整税額が過大となります。 そこで、令和4年度税制改正において、控除し過ぎた調整税額を足し戻す計算規定が新たに設けられました(令和4年改正消令75⑧)。 ② 計算方法(令和4年改正消令75⑧一) 次の算式で計算した金額を課税仕入れ等の税額に加算します。 上記の計算は、課税仕入れ等に使途が特定された特定収入のうち、5%超をインボイス発行事業者以外の者からの課税仕入れに充てた場合に適用されます(令和4年改正消令75⑨)。 (了)
〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第6回】 「適格分社型分割による損失の二重計上」 公認会計士 佐藤 信祐 8 適格分社型分割による損失の二重計上 (1) 基本的な取扱い 実務上、後継者に事業の一部を先行的に移管することが考えられる。そのための手法として、事業譲渡や現金交付型分割(分社型分割)が採用されることがあるが、分割法人に分割承継法人株式のみを交付し、当該分割承継法人株式を後継者に譲渡するという手法が選択されることがある。このような場合には、オーナーと親族である後継者を合算すると完全支配関係が継続していることから、完全支配関係内の適格分社型分割として取り扱われる(法法2十二の十一、法令4の3⑥二、4の2②、4)。 適格分社型分割を行った場合には、分割法人が保有する資産又は負債を分割承継法人に簿価で譲渡したものとして取り扱われる(法法62条の3①)。すなわち、分割承継法人が資産又は負債を簿価で取得したものとみなされ(法令123の4)、分割承継法人に移転した資産又は負債に係る簿価純資産価額により分割法人が取得する分割承継法人株式の取得価額の計算を行うことになる(法令119①七)。その結果、分割法人における移転資産の含み損益は分割承継法人株式の含み損益に振り替えられる。すなわち、移転資産に含み損がある場合には、分割法人では分割承継法人株式の含み損に振り替えられ、分割承継法人では移転資産の含み損として認識することから、含み損が二重に生じる結果になる。 【適格分社型分割】 〈ステップ1:新設分社型分割〉 〈ステップ2:分割承継法人株式の譲渡〉 上記のケースでは、分割法人から後継者に分割承継法人株式を譲渡しているが、内国法人から内国法人への譲渡ではないことから、譲渡損益の繰延べに係る規定は適用されない(法法61の11①)。すなわち、分割承継法人株式の譲渡により株式譲渡損益が計上されることになる。 さらに、適格分社型分割は、簿価で資産又は負債を譲渡したものとみなすと規定しているだけで、分割承継法人株式の時価が簿価純資産価額であることまでは規定していない。すなわち、このような適格分社型分割により取得した分割承継法人株式であっても、後継者に対して時価で譲渡する必要がある。そのため、分割承継法人に移転した資産に含み損がある場合には、分割法人が分割承継法人株式を後継者に譲渡した段階で分割承継法人株式に係る譲渡損失が生じることになる。 その結果、分割法人において分割承継法人株式の譲渡損益が実現し、移転資産を譲渡した時点で、分割承継法人において資産の譲渡損益が実現することから、二重の譲渡損益が生じてしまうことも考えられる。具体的には、帳簿価額1,000百万円、時価100百万円の資産を適格分社型分割により分割承継法人に移転させた場合には、分割法人における分割承継法人株式の帳簿価額が1,000百万円、分割承継法人における資産の帳簿価額が1,000百万円になり、両社において含み損を抱えることになることから、将来における株式の譲渡や移転資産の譲渡により、両社において900百万円の譲渡損が生じることになる。 【分割法人の仕訳】(単位:百万円) 〈分社型分割〉 〈株式の譲渡(グループ内)〉 【分割承継法人の仕訳】(単位:百万円) 〈分社型分割〉 〈資産の含み損の処理〉 (2) 否認され得るケース このように、通常であれば、二重に損金が生じるという問題があるにせよ、経済合理性のある取引であると認められるケースも多いと考えられる。しかしながら、適格組織再編成を繰り返すことにより、繰越欠損金を有する法人を数珠並びにすることができるという問題がある。具体的には、以下の事例を参照されたい。 【適格分社型分割】 〈ステップ1:新設分社型分割〉 〈ステップ2:分割承継法人株式を現物出資対象資産とする新設現物出資〉 〈ステップ3:分割承継法人株式の譲渡〉 〈ステップ4:X社株式の譲渡〉 上記のストラクチャーでは、分割承継法人に含み損のある資産を移転させるだけでなく、当該分割承継法人株式を現物出資対象資産としてX社に移転することにより、含み損が三重になっている。上記のストラクチャーにおける分割法人、X社及び分割承継法人の仕訳は、以下の通りである。 【分割法人の仕訳】(単位:百万円) 〈分社型分割〉 〈現物出資〉 〈株式の譲渡(グループ内)〉 【X社の仕訳】(単位:百万円) 〈現物出資〉 〈株式の譲渡(グループ内)〉 【分割承継法人の仕訳】(単位:百万円) 〈分社型分割〉 〈資産の含み損の処理〉 上記では、適格現物出資による手法を前提としたが、分割承継法人株式を分割対象資産とする適格分社型分割による手法であっても同様の効果が生じる(※14)。さらに、後継者にそれぞれの法人の株式を譲渡する前に、X社株式を現物出資対象資産としてY社を設立、Y社株式を現物出資対象資産としてZ社を設立といったことを繰り返せば、繰越欠損金を無限に増殖させることができてしまう。 (※14) 分割承継法人を株式移転完全子法人とする単独株式移転を行った場合には、株式移転後に株式移転完全親法人と株式移転完全子法人との間に当該株式移転完全親法人による完全支配関係が継続することが見込まれないことから、非適格株式移転に該当してしまうため、株式移転による手法は利用できない(法令4の3㉒)。 しかしながら、このようなストラクチャーは、最初の分社型分割はともかくとして、その後の現物出資については何ら経済合理性がなく、繰越欠損金を有する法人を作り出すためだけに行われたストラクチャーであることから包括的租税回避防止規定が適用されるべきであり、同様の事例として、パチンコ店チェーン約40の企業グループに対する否認事例が公表されている(※15)。 (※15) 平成24年2月12日読売新聞朝刊。 (3) 否認されるかどうかにつき意見が分かれる事例 前述のように、分割承継法人株式を現物出資するなどの行為により、三重、四重と繰越欠損金を増殖させることについては、包括的租税回避防止規定が適用されるという点に争いはないと思われる。 これに対し、適格分社型分割を行うだけであれば、分割承継法人株式の譲渡により損失が計上され、かつ、分割承継法人が保有する資産の含み損を実現することにより損失が計上されるものの、事業目的がないとはいい難いことから、包括的租税回避防止規定が適用されるかどうかについては、税務専門家の間でも意見が分かれている。 この点については、分割承継法人が適格分社型分割により資産及び負債を取得したことについては、移転資産に対する支配が継続していると認められる限り、制度趣旨に反することが明らかであるということはできない。そのため、分割法人が分割承継法人株式を簿価で取得しながらも、グループ内の株式譲渡により譲渡損を実現させたことが制度趣旨に反するかどうかが問題となる。 まず、税制適格要件における支配関係継続要件が、損失の二重計上を防ぐための規定であるという見解があるが(※16)、「組織再編税制の適格要件は、移転資産に対する支配の継続を要件化したものであり、損失の2回控除の防止が目的ではありませんが、事業の継続見込みを適格要件とすることによって、結果的に損失の2回控除が起きる蓋然性が低くなっていると考えられます。」(※17)とされていることから、そのような解釈は成り立たない。支配関係継続要件が課されていることにより損失の二重計上が生じる事案を減らす効果はあるものの、損失の二重計上を防ぐことを目的にはしていないのである(※18)。 (※16) 白井一馬・関根稔『組織再編税制をあらためて読み解く』78-79頁(中央経済社、平成29年)。 (※17) 藤田泰弘ほか「連結納税制度の見直しに関する法人税法等の改正」『令和2年度税制改正の解説』939頁(令和2年、財務省HP参照)。 (※18) 例えば、減価償却費の計上により自己金融効果が生じると説明されることがあるが、減価償却の目的は費用収益対応の原則により利益を適正に計算するためである。このように、「効果」と「目的」は異なるものであり、混合してはならないのである。 もちろん、損失の二重計上を積極的に認めるような制度を想定しているはずがないことから、損失の二重計上を目的とした組織再編成に対しては包括的租税回避防止規定を適用すべきである。ただし、分社型分割のタイミングで分割承継法人株式を譲渡することは想定していたものの、分割承継法人が資産の譲渡損を計上することを想定しておらず、2~3年後に結果的に資産の譲渡損が生じたような場合には、分割承継法人株式に係る譲渡損の計上を積極的に否定する規定がない以上は、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる(※19)。 (※19) もちろん、【第4回】で解説したように、完全支配関係を外したうえで、完全支配関係のあった内国法人に分割承継法人株式を譲渡することについては、包括的租税回避防止規定が適用される余地がある。 なお、結果的に損失の二重計上が生じているのであれば、制度趣旨に反するものとして積極的に包括的租税回避防止規定を適用すべきとする考え方もあり得る。この点については、グループ通算制度の離脱又は終了に伴う時価評価が損失の二重計上を防ぐために設けられた規定であり、「その行う主要な事業について継続の見込みがない場合」「資産の譲渡等による損失を計上することが見込まれている場合」にのみ時価評価が行われることとされている(法法64の13①)。すなわち、適格分社型分割による損失の二重計上に対して包括的租税回避防止規定を適用するにしても、上記のいずれかに該当するものに限定すべきである。そして、「その行う主要な事業について継続の見込みがない場合」に該当することは稀であるため、「資産の譲渡等による損失を計上することが見込まれている場合」に該当する場合にのみ包括的租税回避防止規定を適用すべきであると考えられる。 すなわち、結果的に損失の二重計上が生じているのであれば、制度趣旨に反するものとして積極的に包括的租税回避防止規定を適用すべきとする考え方を採用したとしても、分社型分割のタイミングで分割承継法人株式を譲渡することは想定していたものの、分割承継法人が資産の譲渡損を計上することを想定しておらず、2~3年後に結果的に資産の譲渡損が生じたような場合には、「資産の譲渡等による損失を計上することが見込まれている場合」には該当しないことから、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第51回】 「一般社団法人を活用した株式の買い集め」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 西田 尚子 相談内容 私は電子部品製造業を営む非上場会社X社の社長です。X社は私の曾祖父が創業し、祖父、父と社長を引き継ぎ、私で4代目です。X社の株式は、曾祖父の相続からそれぞれの子供たちに引き継がれ、今では遠縁の親族である株主が多数存在しています。このままでは親族の相続に伴い株主が増えていくことになり、会社経営に支障が出る可能性があるため、私の代で株式の集約を図りたいと考えています。 私個人が株式を買い取ることも考えましたが、できるだけ低い価額で買い取りたいと顧問税理士に相談したところ、従業員の福利厚生活動を目的とした一般社団法人を設立して、株式を買い取ることを提案されました。この場合に注意する点などがあれば教えてください。 なお、弊社はこれまで第三者との株式の売買実績はありませんし、株主のうち役員に就任しているのは私だけです。 〈X社の株主構成〉 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 株式の売買価格 親族から自社株を買い取る際には、税務上の時価を考慮して価額を決定する必要があります。税務上の時価は売主・買主の議決権の状況により異なります。下図をご参照ください。 X社の場合には、社長と社長の姉妹は原則的評価方式、その他の親族と新たに設立する一般社団法人は配当還元方式による評価額を時価とみなします。一般的には原則的評価方式による評価額の方が配当還元方式による評価額よりも高くなる傾向にあります。 (※1) 評価会社の株主のうち、課税時期において株主の1人及びその同族関係者(法令4)の有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の30%(50%超のグループがある場合は50%)以上である場合におけるその株主及びその同族関係者。 (※2) 同族株主とその配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び一親等の姻族(一定の法人を含む)の議決権割合の合計が25%以上である場合のその株主。 [2] 売買価額が時価と異なる場合の課税関係 (1) 個人売主から個人買主への譲渡 「売買価額<時価」の場合、その差額について、個人売主から個人買主への贈与があったものとみなされます。 社長が親族から原則的評価方式よりも低い価額で買取りを行った場合には、その差額について社長に贈与税が課税される可能性があります(相法7)。 (2) 個人売主から法人買主への譲渡 個人が法人に対して時価の1/2未満で譲渡を行った場合には、時価により譲渡があったものとみなされ、譲渡所得税が課税されます(所法59①二、所令169)。 法人サイドでは、時価と譲渡価額の差額は受贈益として法人税の課税対象になります。 ご相談の場合、一般社団法人は同族株主以外の株主のため、配当還元方式が適用されますので、社長の姉妹以外の親族から配当還元方式による低い価額で株式を買い取ったとしても、みなし譲渡所得や受贈益の課税は発生しません。 一方、社長の姉妹は中心的な同族株主に該当するため、原則的評価方式が適用されます。このため、原則的評価方式による株価の1/2以上の価額で譲渡を行わなければ、課税問題が発生します。 [3] 一般社団法人による買取り (1) 一般社団法人の設立 一般社団法人は、主たる事務所所在地において登記を行うことにより設立できます。 定款において社員の資格をX社の従業員及び役員とし、法人の主たる事業目的を社員のための福利厚生活動やその他の公益活動として、非営利型法人の要件を満たす設計にしておきます。 従業員の福利厚生活動を目的とした非営利事業として、具体的に、例えば、表彰金の支給や従業員を対象とした奨学金支給、従業員の部活動の支援、レクリエーション活動の補助、などが考えられます。 また、理事にはX社の役員が就任し、運営実務はX社が担う設計にしておけば、永続的に安定した運営を行うことができます。 一般社団法人の独立性の観点から、社団の役員(理事)に社長又は社長の親族が就任することは避けたほうが良いでしょう。 (2) 非営利型法人の要件 ① 非営利性が徹底された法人(法法2九の二イ、法令3①) 一般社団法人のうち、その行う事業により利益を得ること又は得た利益を分配することを目的としない法人で、次の要件を満たす法人をいいます。 ② 共益的活動を目的とする法人(法法2九の二ロ、法令3②) 一般社団法人のうち、会員からの会費により、会員に共通する利益を図るための事業を行う法人で、次の要件を満たす法人をいいます。 一般社団法人の運営をX社の配当金で賄う場合には①の「非営利性が徹底された法人」の要件を、会費を徴収して行う場合には②の「共益的活動を目的とする法人」の要件を満たすように設計することが考えられます。 ③ 非営利型法人の課税範囲 非営利型一般社団法人に対しては、販売業、製造業その他34種の収益事業についてのみ法人税が課税されます(法法2十三、6、法令5)。 設立する法人を非営利型の一般社団法人にしておくことによって、仮に時価よりも低い価額で株式を買い取った場合でも、受贈益に対して法人税は課税されないことになります。 また、買い受けた株式の配当収入については、20.42%の源泉所得税が課税されますが、法人税法上の収益事業には該当しないため、法人税は課税されません。 ④ 株式の購入資金 一般社団法人での株式購入資金や事業に必要な資金は、当初はX社からの寄附とし、X社からの配当が相当程度の水準に達した後は、配当金を株式の買取りや事業資金に充てるのがよいでしょう。 寄附を行う場合に、X社においては限度額の範囲内で法人税の計算上損金に算入できますが、社長が寄附をした場合には、個人の所得税の計算上、寄附金控除の適用はありません。 [3] 結論 親族に分散された株式をそのままにしておくと、相続を繰り返す度に益々分散してしまいます。縁が薄くなれば交渉も難しくなるため、早いうちに株式を集約することが肝要です。 X社の場合、社長個人やX社が低い価格で株式を買い取る場合には、社長個人や株主間での贈与税の課税問題が発生する可能性がありますが、非営利型一般社団法人で買取りを行う場合には、課税問題は回避できると考えられます。 福利厚生を目的とした非営利活動を行う法人が買い受けるということで、買取交渉の際に説明がしやすくなることも期待できます。 ただし、一般社団法人の運営については、株式を買い取ったら終わりではなく、継続的に運営していく必要がありますので、会社や一部従業員の負担は増えます。社団の目的に沿って、X社や社長に対する特別な利益供与をしないように注意しながら運営していかなければなりません。 実際の具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第84回】 「愛知交通事件」 ~最判昭和45年12月24日(民集24巻13号2243頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第3回】 「税務調査手続によって課税処分が違法になるレベル」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 税務調査手続法定後に争点化するケースが増加 平成23年12月改正で、国税の調査の開始から終了までの手続が国税通則法に法定化され、平成25年1月1日以後の質問検査等に適用されている。 筆者は、平成26年7月に特定任期付職員として大阪国税不服審判所神戸支所国税審判官に任官されたが、その当時は、法定化された税務調査手続の運用が始まって間もなくの時期であり、導入によって調査現場の負担が増加したからか、一時的に審査請求件数が鍋底状に減少した時期である。 法定化後は、これまでの「苦情」という水準を超えて、税務調査手続違法が正面から取り上げられるケースが増加したという印象を抱いていたが、これは、審査請求人(又は代理人である弁護士・税理士)側が、はじめから税務調査手続違法を意識して主張を展開し、担当審判官による主張整理の結果、争点化されるケースが増加してきたのではないかと考えられる。 そうであるとはいえ、調査手続違法のみを主張するのではなく、それと各実定法における争点(2の事案については「相続税における被相続人の配偶者名義の財産の計上の要否」)がセットになっていることがほとんどである。 2 名古屋国税不服審判所令和4年2月15日裁決における税務調査手続違法の法令解釈 3 法令解釈の出所 (1) 税務調査手続の法定化前の考え方 法定化前は、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解されており(最高裁昭和48年7月10日第三小法廷決定)、調査手続の単なる瑕疵は更正処分に影響を及ぼさないというのが原則的な考え方であった。 ただし、例外として、調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合に限り、その処分に取消原因があるものと解するのが相当である(東京高裁平成3年6月6日判決)と判断されてきた。 (2) 法定化後で原処分の取消しの判断要素の変化 ここで、この「重大な違法」という判断要素は、「調査により」更正決定するとしている国税通則法第24条等の解釈から導き出されるものであるが、これら規定は改正されていないため、この判断要素は税務調査手続の法定化後においても引き続き有効と考えられ、上記2の③においても引き継がれているといえるだろう。 しかし、最近はこれに修正が加えられる判断もなされてきており、東京高裁令和4年8月25日判決は、国税通則法第74条の11の規定の趣旨に反する場合については原処分の取消事由になり得る旨を判示している。 4 原処分の取消しが意識される税務調査手続 (1) 手続は違法となるが「重大な違法」ではなく原処分が取り消される可能性が低い場合 (2) 手続が違法となり「重大な違法」に該当して原処分が取り消される可能性が顕在化する場合 5 上記2の裁決における「理由付記」の趣旨 (1) 法令解釈 行政手続法第14条第1項本文が、不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは、名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解されるから、当該処分の理由が、上記の趣旨を充足する程度に具体的に明示するものであれば、同項本文の要求する理由の提示として不備はないものと解するのが相当である。 (2) 理由の記載の当否は不服申立てにおいて審理されるべき 審査請求事件について、税務調査手続とは別に、原処分通知書の「処分の理由」欄に記載された事項の事実認定の誤りや記述の不十分さをもって原処分の取消しを求める主張がなされることがある。 しかし、その記載の当否は審査請求の過程において審理されるべきものであり、仮に記述に矛盾や不足があった場合には、その過程において担当審判官が適切に原処分庁に対して求釈明を行うべき(又は審査請求人が担当審判官に対して質問検査の申立てをすべき)ものであるから、「理由の記載内容(事実認定)が誤っている」という理由のみで原処分の取消事由に該当するものではないと考えられる。 (了)
2023年3月期決算における会計処理の留意事項 【第1回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 Ⅰ 税制改正等 1 2023年3月期における税率 2023年3月期に適用される税率は、基本的に、2022年3月期と変更はない。ただ、令和4年4月1日以後に開始する事業年度から、資本金が1億円を超える普通法人(外形標準課税適用法人)の事業税の所得割について、年800万円以下の所得に係る軽減税率は廃止されている。 【東京都 外形標準課税適用法人】 【設例①】 東京都で外形標準課税適用法人の場合 【設例②】 東京都で外形標準課税「不」適用法人の場合 2 賃上げ促進税制 2023年3月期に賃上げを行っている会社については、賃上げ促進税制を適用できるかどうか確認する必要がある。 (1) 大企業向け (※1) マルチステークホルダー方針とは、「法人が事業を行う上での、従業員や取引先等の様々なステークホルダーとの関係の構築の方針として、賃金引上げ、教育訓練等の実施、取引先との適切な関係の構築、等の方針を記載したもの」をいう。 (※2) 上乗せ要件は、①②のいずれか一方のみの適用、①②の併用、いずれも可能。 (※3) 税額控除率は、通常要件のみの場合15%、上乗せ要件①を適用する場合25%、同②を適用する場合20%、同①②を適用する場合30%となる。 (※4) 税額控除額は法人税額又は所得税額の20%を上限。 (2) 中小企業向け (※1) 上乗せ要件は、①②のいずれか一方のみの適用、①②の併用、いずれも可能。 (※2) 税額控除率は、通常要件のみの場合15%、上乗せ要件①を適用する場合30%、同②を適用する場合25%、同①②を適用する場合40%となる。 (※3) 税額控除額は法人税額又は所得税額の20%を上限。 3 租税特別措置の適用除外 一定の要件に当てはまる大企業は、以下の租税特別措置(税制)について適用することができない。 上記の租税特別措置を適用することができない一定の要件とは、以下のとおりである。なお、②について、令和4年度税制改正で要件が厳格化されているため、2023年3月期において、以下の要件に当てはまるかどうかを確認する必要がある。 以下の3つの要件全てに当てはまる場合、上記を適用することができない。 (※) 令和4年4月1日から令和5年3月31日までの間に開始する事業年度:0.5%以上 令和5年4月1日から令和6年3月31日までの間に開始する事業年度:1%以上 4 少額の減価償却資産 令和4年度税制改正において、以下の制度から「貸付け(主要な事業として行われるものを除く)」の用に供した資産が除外された。この改正は、令和4年4月1日以後に取得する資産から適用される。 5 完全子法人株式等の配当に係る源泉徴収の見直し 親法人に支払われる完全子法人株式等と関連法人株式等(直接保有)の配当について、現行では、源泉徴収が必要であるが、令和4年度税制改正において、2023年10月1日以後に支払いを受けるべき配当等から、源泉徴収が不要となる改正が行われた。 (出所:金融庁「令和4年度税制改正について-税制改正大綱等における金融庁関係の主要項目-」P.19) 6 令和5年度税制改正大綱 令和5年度税制改正大綱(以下、「税制改正大綱」という)のうち、主要な改正案として、以下が挙げられる。 (1) グローバルミニマム課税への対応 グローバルミニマム課税とは、2021年10月にOECD/G20の「BEPS包摂的枠組み」において国際的に合意されたものであり、年間総収入金額が7.5億ユーロ(約1,100億円)以上の多国籍企業を対象に、一定の適用除外を除く所得について各国ごとに最低税率15%以上の課税を確保する仕組みである。この対応のため、以下の改正が予定されている。 (出所:財務省「令和5年度税制改正(案)のポイント(令和5年2月):国際課税」) ① 各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税(国税)(仮称)の創設 (※1) 「特定多国籍企業グループ等(※2)」とは、企業グループ等(以下に掲げるものをいい、多国籍企業グループ等に該当するものに限る)のうち、各対象会計年度の直前の4対象会計年度のうち2以上の対象会計年度の総収入金額が7億5,000万ユーロ相当額以上であるものをいう。 (イ) 連結財務諸表等に財産及び損益の状況が連結して記載される会社等及び連結の範囲から除外される一定の会社等に係る企業集団のうち、最終親会社(他の会社等の支配持分を直接又は間接に有する会社等(他の会社等がその支配持分を直接又は間接に有しないものに限る)をいう)に係るもの (ロ) 会社等(上記(イ)に掲げる企業集団に属する会社等を除く)のうち、その会社等の恒久的施設等の所在地国がその会社等の所在地国以外の国又は地域であるもの (※2) 「多国籍企業グループ等」とは、以下に掲げる企業グループ等をいう。 ❶ 上記(※1)(イ)に掲げる企業グループ等に属する会社等の所在地国(その会社等の恒久的施設等がある場合には、その恒久的施設等の所在地国を含む)が2以上ある場合のその企業グループ等その他これに準ずるもの ❷ 上記(※1)(ロ)に掲げる企業グループ等 ② 特定基準法人税額に対する地方法人税(国税)(仮称)の創設 ③ 適用時期 令和6年4月1日以後に開始する対象会計年度から適用する。 会計処理への影響 法定実効税率の影響については、後述の「Ⅱ グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い(案)」を参照されたい。 * * * (2) 電子帳簿等保存制度の見直し ① システム対応が間に合わなかった事業者 電子取引データの保存要件に従って保存することができない場合の経過措置が廃止され、代わりに猶予措置が整備された。令和6年1月1日より適用される。 ② 国税関係書類に係るスキャナ保存制度の見直し 以下の見直しが行われ、令和6年1月1日以後に保存が行われる国税関係書類について適用される。 (出所:財務省「令和5年度税制改正(案)のポイント(令和5年2月):納税環境整備」) (3) インボイス制度の円滑な実施に向けた所要の措置 ① 適格請求書発行事業者となる小規模事業者の納税額に関する負担軽減措置 適格請求書発行事業者の令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する各課税期間において、免税事業者が適格請求書発行事業者となったこと又は課税事業者選択届出書を提出したことにより事業者免税点制度の適用を受けられない場合には、その課税期間における課税標準額に対する消費税額から控除する金額を、当該課税標準額に対する消費税額に80%を乗じた額とし、納付税額を当該課税標準額に対する消費税額の20%(=つまり、消費税の納税額を売上金額の20%)とすることができる。 (出所:財務省「令和5年度税制改正(案)のポイント(令和5年2月):消費課税」) ② 中小企業等に対する事務負担の軽減措置 基準期間における課税売上高が1億円以下又は特定期間における課税売上高が5,000万円以下である事業者は、令和5年10月1日から令和11年9月30日までの間(インボイス制度の施行から6年間)の1万円未満の課税仕入れについて、インボイスの保存がなくても一定の事項が記載された帳簿のみの保存により、仕入税額控除を認める。 (出所:財務省「令和5年度税制改正(案)のポイント(令和5年2月):消費課税」) ③ 少額な返還インボイスの交付義務の見直し 売上げに係る対価の返還等の金額が1万円未満(少額の値引等)である場合、その適格返還請求書の交付義務を免除する。令和5年10月1日以後の課税資産の譲渡等につき行う売上げに係る対価の返還等について適用する。 (出所:財務省「令和5年度税制改正(案)のポイント(令和5年2月):消費課税」) ④ 適格請求書発行事業者登録制度の見直し 免税事業者が適格請求書発行事業者の登録申請書を提出し、課税期間の初日から登録を受けようとする場合、当該課税期間の初日から起算して15日前の日(現行:当該課税期間の初日の前日から起算して1月前の日)までに登録申請書を提出しなければならない。この場合、当該課税期間の初日後に登録がされたときは、同日に登録を受けたものとみなされる。 また、免税事業者が、適格請求書発行事業者の登録等に関する経過措置の適用により、令和5年10月1日後に適格請求書発行事業者の登録を受けようとする場合、登録申請書に、提出する日から15日を経過する日以後の日を登録希望日として記載する。この場合でも、当該登録希望日後に登録がされたときは、当該登録希望日に登録を受けたものとみなされる。 ⑤ 適格請求書発行事業者登録制度の手続の柔軟化 令和5年10月1日から適格請求書発行事業者の登録を受けようとする事業者が、申請期限(※)後に提出する登録申請書の「困難な事情」について、当該記載を求められない。 (※) 令和5年10月1日に登録を受けるためには、原則として令和5年3月31日までに申請しなければならない。 (4) 防衛力強化に係る財源確保のための税制措置 日本の防衛力の抜本的な強化を行うに当たり、歳出・歳入両面から安定的な財源を確保する。税制部分については、令和9年度に向けて複数年かけて段階的に実施し、令和9年度において、1兆円強を確保する。具体的には、法人税、所得税及びたばこ税について、以下の措置を講ずる。当該措置の施行時期は、令和6年以降の適切な時期とされている。 ① 法人税 法人税額に対し、税率4~4.5%の新たな付加税を課す。中小法人に配慮する観点から、課税標準となる法人税額から500万円を控除する。 ② 所得税 所得税額に対し、当分の間、税率1%の新たな付加税を課す。現下の家計を取り巻く状況に配慮し、復興特別所得税の税率を1%引き下げるとともに、課税期間を延長する。延長期間は、復興事業の着実な実施に影響を与えないよう、復興財源の総額を確実に確保するために必要な長さとする。 ③ たばこ税 1本当たり3円相当の引上げを段階的に実施する。 会計処理への影響 当該改正は、2023年3月期末までに行われないため、法定実効税率への影響はない。 * * * Ⅱ グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い(案) 2023年2月8日に、ASBJより実務対応報告公開草案第64号「グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い(案)(以下、「グローバル・ミニマム案」という)」が公表された。 令和5年度税制改正において、グローバル・ミニマム課税に対応する法人税が創設される予定であるが、改正法人税法の成立日以後に終了する連結会計年度及び事業年度の決算(四半期(連結)決算を含む)に係る税効果会計の適用に関して、当面の取扱いが示されている。 1 当面の取扱い 繰延税金資産及び繰延税金負債の額は、決算日において国会で成立している税法に規定されている方法に基づき計算する。決算日において国会で成立している税法とは、決算日以前に成立した税法を改正するための法律を反映した後の税法をいう(企業会計基準適用指針第 28 号「税効果会計に係る会計基準の適用指針(以下、「税効果適用指針」)」44)。 ここで、グローバル・ミニマム課税制度は 2024年4月1日以後開始する事業年度から適用される予定であるが、その考え方が必ずしも明らかではなく、実務上の負担も想定されることから、改正法人税法の成立日以後に終了する連結会計年度及び事業年度の決算(四半期(連結)決算を含む)においてグローバル・ミニマム課税制度の適用を前提とした税効果会計を適用することは困難であると考えられる(グローバル・ミニマム案11)。 そのため、改正法人税法の成立日以後に終了する連結会計年度及び事業年度の決算(四半期(連結)決算を含む)における税効果会計については、税効果適用指針に関わらず、当面の間、グローバル・ミニマム課税制度の影響を反映しない(グローバル・ミニマム案3)。 2 開示 グローバル・ミニマム課税制度の影響が見込まれる企業においてグローバル・ミニマム案を適用した旨を開示することも考えられるが、企業がグローバル・ミニマム課税制度の施行日以後その適用が見込まれるか否かの判断を適時にかつ適切に行うことについて懸念があるため、当該開示は求めない(グローバル・ミニマム案15)。 3 適用時期 グローバル・ミニマム案は、公表日以後適用する。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2023年2月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年2月1日から2月28日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 新会計基準関係 企業会計基準委員会は、「グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い(案)」(実務対応報告公開草案第64号)を公表し、意見募集を行っていた(意見募集期間は2023年3月3日まで)。 これは、令和5年度税制改正において、グローバル・ミニマム課税に対応する法人税が創設される予定であるが、グローバル・ミニマム課税制度を前提として税効果会計を適用することについては、実務上困難であるとの意見があることから、必要と考えられる特例的な取扱いを示すものである。 Ⅲ 企業内容等開示関係(サステナビリティ等) 2023年1月31日、「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第11号)が公布されている。 これは、有価証券報告書等において、サステナビリティに関する企業の取組みの開示及び人的資本・多様性に関する開示、コーポレートガバナンスに関する開示などを行うものである。 あわせて、金融庁から「記述情報の開示の好事例集2022」も公表されている。 Ⅳ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 監査上の主要な検討事項(KAM)の特徴的な事例と記載のポイント2022(内容:金融庁からKAMの記載に関する適用2年目に見られた創意工夫と課題についてまとめたものが公表されている) ② 品質管理基準報告書第1号実務ガイダンス第3号「監査事務所及び監査業務における品質管理並びに監査業務に係る審査に関するQ&A(実務ガイダンス)」(内容:「監査事務所における品質管理」(品質管理基準報告書第1号)などに従って監査業務を実施するに際し、理解が必要と思われる事項を解説) ③ 品質管理基準報告書第1号実務ガイダンス第4号「監査事務所における品質管理に関するツール(実務ガイダンス)」(内容:「監査に関する品質管理基準」において求められている品質管理システムの構築に当たっての具体的な手順や文書等に関する実務ガイダンス) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第36回】 「逆パワハラの申告があった場合の対応のポイント」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の社員Bから、上司であるA部長からパワハラを受けているとの申告があったため、A部長のヒアリングを実施したところ、A部長はパワハラの事実を否定するとともに、むしろ自分が部下Bから逆パワハラを受けていると主張しました。 逆パワハラとは、部下から上司に対するパワハラのことを意味すると理解していますが、A部長は自分にかかったパワハラの嫌疑をそらすため、逆パワハラにあっているなどと虚偽の主張をしているのではないかと疑っています。A部長の申告に対して、どのように対応するべきでしょうか。 【Answer】 逆パワハラは、パワハラ指針等においてパワハラになり得るものとして認められています。上司には人事権等があるため、部下からパワハラを受けるはずはないと思われがちですが、逆パワハラの申告を虚偽であると決めつけることなく、上司が人事権を行使できる状況にあったのかなどを慎重に見極めるべきです。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 逆パワハラとは 逆パワハラとは、部下や後輩から上司や先輩に対するパワハラのことを指す。 この点、パワハラとは、次のように定義されている(労働施策総合推進法第30条の2第1項)。 「パワハラ指針」(※1)によると、①「優越的な関係を背景とした」言動とは、当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指すとされているが、典型的には、職務上の地位が上位の者(上司等)がその優越的な関係を背景に部下に対して行う言動が想定されていると思われる。 (※1) 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)。 もっとも、同指針においては、「同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」や「同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの」も「優越的な関係を背景とした」言動に含まれるとされており、逆パワハラもパワハラに含まれ得ることが明記されている。また、報道等においてもしばしば部下から上司に対するパワハラ事件が取り上げられているし(※2)、実務上もその存在を認められているものである(※3)。 (※2) 最近のケースとしては、中学校で事務職員が校長や教頭ら同僚職員合わせて6人に対してパワハラ行為を繰り返したとして停職6ヶ月の懲戒処分となった例が報道されている(2023年2月27日付けのNHK NEWS WEB等) (※3) パワハラ該当事案における加害者と被害者の関係の割合について、部下から上司に対するものは7.6%とされており、少なくない割合の逆パワハラが認められたことが示されている(厚生労働省が発表した「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」)。 しかし、実際に会社において逆パワハラを認めて懲戒処分等を行ったことがあるというケースは意外と少ないのではないか。弊職も、従前は逆パワハラの相談を受けることはあまり多くはなかったが、最近、逆パワハラの事案が増加しているようにも感じられるため、今回、テーマとして取り上げた次第である。 2 逆パワハラを疑うべき場合 逆パワハラはなぜ典型的なパワハラに比べて認定されにくいのか。逆パワハラを行えば、通常は懲戒処分や異動の対象となったり、勤務評定で不利益な評定をされたりすることが予測できるため、そもそも逆パワハラが行われるはずがない、と一般に考えられていることが、逆パワハラが認められにくい1つの理由であろう。 また、逆パワハラが行われたのであれば、対象となった上司からの何らかの対抗措置(懲戒処分等)がとられるはずであり、それがとられていない以上は、仮に部下から上司に対する何らかの言動があったとしても、②業務上必要かつ相当な範囲を超えていない、又は、③その雇用する労働者の就業環境が害されていない、など推定されてしまうということも、逆パワハラが認定されにくい一因であろう。 逆に言えば、逆パワハラを行う者が懲戒処分や異動の対象となったり勤務評定で不利益な評定をされたりするといった組織のあるべき機能が働いていない場合には、逆パワハラに注意する必要があるということになる。 具体的には、以下の状況・兆候が見られる場合に注意すべきである。 (1) 上司が部下の勤務状況を評価・評定する体制となっていない このような場合、上記の組織のあるべき機能が働く前提を欠くことから、逆パワハラを疑うべき状況にあると言える。 (※4) 京都地判平成27年12月18日は、医事課長Xが職場の上司や部下からのいじめ行為等によりうつ病に罹患したと主張して、労災保険法に基づき、療養の給付及び休業補償給付を請求し、処分行政庁に給付をしない旨の処分がなされたことから、取り消しを求めて提訴したところ、裁判所はXのうつ病発症につき業務起因性を認め、請求を認容したという事案である。同事案においては、医事課長Xが医事課の職員の仕事内容をチェックしたり、勤務状況を評価・評定して上司に報告する体制がとられておらず、Xだけで上記状況の是正を図ることが困難であったという事情が認められている。 (2) 当該上司を軽く扱うような雰囲気が醸成されている このような場合、上司が懲戒処分等の手段に訴えようとしても、会社が真剣に対処しないなどの理由により、上記組織のあるべき機能が働かない状況が発生する恐れがある。 (※5) 前掲(※4)の京都地判平成27年12月18日においては、事務部長が医事課長Xのことを指して「それはあのぼんくらのことだろう」と発言するなど、職場においてXを軽く扱うような雰囲気が醸成されていたとの事情が認められている。 (3) 会社が従業員からの申告について真剣に対処しない風潮がある このような場合においても、上司が逆パワハラを行っている者の懲戒処分や異動を会社に訴えても会社に取り合ってもらえないといった事態が起きることがある。また、上司が上記の組織のあるべき機能が働かないであろうと端から諦めてしまうことも多い。 (4) 上司の能力が部下よりも劣る場合・上司が部下よりも年下の場合・上司が女性の場合等 逆パワハラを行った部下に対して懲戒処分等を実施するためには、逆パワハラを受けていることを会社に告げることになるが、部下より能力が劣る上司、年下の上司、女性の上司は、逆パワハラを受けたことを会社に告げることにより会社からの評価が下がるのではないかと心配し、懲戒処分等の手段に訴えることをためらうことがある。 上司の能力が部下よりも劣る場合とは、例えば上司がITに関する知識が乏しく、PC等のIT機器の扱いを苦手とする場合などが挙げられる。また、上司が年下の場合や女性の場合、逆パワハラの申告を行うと、「若いやつは根性がない」とか「女性はすぐに音を上げる」といったステレオタイプ的な偏見や決めつけがなされることを恐れて、上記の組織のあるべき機能の発動に訴えることができないといったことも考えられる。 (※6) 前掲(※4)の京都地判平成27年12月18日においては、エクセルを使用したことがなくその基本機能すら理解できていなかった医事課長Xが、部下から「エクセルのお勉強してください。分からなかったら娘さんにでも教えてもらってください。」などと、通常の企業においては部下が上司に対して行うことなど到底考えられない発言を行った事実が認定されている。 3 まとめ 上記のとおり、組織の構造上、部下から上司へのパワハラは想定しづらいため、会社としては、逆パワハラの申告があっても今ひとつ信用できないというのは理解できる。特に、本問のように、上司がハラスメントの嫌疑をかけられて初めて逆パワハラの申告を行ったような場合には、より一層信じがたいといった気持ちになるのではないか。 しかし、逆パワハラがあるということは、組織の機能に何らかの歪みが生じていることのサインでもある。会社においては、そのようなサインを見逃さずに対処していくことが、職場環境の改善・整備につながるものである。 (了)
《速報解説》 ADW事件・ムゲン事件、最高裁判決下る ~加算税賦課決定処分含め納税者全面敗訴~ 公認会計士・税理士 霞 晴久 最高裁は3月6日、新聞報道等でも大きく取り上げられた2つの居住用賃貸建物仕入税額控除事件について、課税庁による過少申告加算税の賦課決定処分は、いずれも国税通則法65条4項にいう正当な理由は認められず適法であるとの最終判断を示した(※1)。なお、本件については、判決に先立つ2月9日にそれぞれの口頭弁論が開かれており、その判断の行方に注目が集まっていた。 (※1) 2つの事件の最高裁裁判官は全く同一である。 ここでいう2つの事件とはマンション販売業者である(株)ムゲンエステート(ムゲン)と(株)エー・ディー・ワークス(ADW)に係る訴訟をいい、両社とも賃借人付きで中古マンションを購入し、改修工事等を施した後転売するという事業モデルを展開していたが、同マンション購入時の課税仕入れについて、同課税仕入れを個別対応方式における「課税売上げ」対応に区分すべきか(納税者主張)、あるいは、転売までの期間に非課税の賃貸収入が発生していたことから「共通」対応に区分すべき(課税庁主張)かが争われた。さらに、課税当局内部においても、同様の事案につき、「課税売上げ」対応を認めるような見解がかつて存在していたとの指摘があったことから、過少申告加算税の賦課決定処分につき、国税通則法65条4項にいう正当な理由があるか否かについても争点とされた。 両事件の第一審及び控訴審における結論を表にて要約すると以下のとおり(〇は「納税者勝訴」、✕は「課税庁勝訴」)となる(※2)。その結果、ムゲン事件では、国側(課税当局)が過少申告加算税の賦課決定処分取消しを不服として上告受理申立てを行い、また、ADW事件では、納税者側が、賦課決定処分だけでなく、課税仕入れに係る消費税の更正処分の取消しを求めて上告受理申立てを行った。 (※2) 結果を見ると、ADW事件の東京地裁判決のみ異質な判断が示されたということができる。そこでは、「納税者が得る賃料収入は、収益不動産の販売を行うための手段としての賃貸から不可避的に生じる副産物として位置付けられる(下線筆者)」とした上で、「本件各仕入日に賃料収入が見込まれることをもって、共通対応課税仕入れに区分することは、本件事業に係る経済実態から著しくかい離する」というユニークな判断が示されていた。 ➤ムゲン事件 ➤ADW事件 最高裁は、ムゲン事件(※3)について、 と判示し、上告人(国側)の主張を認めた。 (※3) 最判一小令和5年3月6日(令和3年(行ヒ)第260号) 一方、ADW事件(※4)について最高裁は、ムゲン事件とほぼ同様の判断を示した上で、国税通則法65条4項にいう正当な理由があるとは認められないとし、消費税の更正処分については、 と判示し、納税者の主張を排斥した。 (※4) 最判一小令和5年3月6日(令和4年(行ヒ)第10号) なお、令和2年度の税制改正により、居住用賃貸建物の課税仕入れについては、原則仕入税額控除が認められない(※5)こととされたため、現在では、本件のような争いは生じない。 (※5) ただし、購入後3年以内に課税売上に係る賃貸収入が生じた場合や、他に転売された場合には、購入時の課税仕入れについての調整計算が行われ、仕入税税額控除の対象となる(消法30⑩、同35の2、消令53の2)。 (了) ↓お勧め連載記事↓