これからの国際税務 【第34回】 「金融口座に関する自動的情報交換の拡大について」 千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二 1 はじめに (1) OECDを中心とした国際協力の進展 G20/OECDが取り組む国際課税に関するルール作りは、約140ヶ国がOECD・IFの枠組みに参加するBEPSプロジェクトに基づく制度改革と、165ヶ国が参加する「税の透明性及び情報交換に関するグローバルフォーラム」(以下単に「グローバルフォーラム」と呼ぶ)による国際協力の2本柱で進展してきている。 グローバルフォーラムの活動は、OECDの年次報告書(注1)によれば、2009年にOECDが銀行秘密の終焉を宣言して以降、要求に基づく情報交換(EOIR)の仕組みの効率化及び金融口座情報の自動的情報交換(AEOI)の創設を2大テーマとして、国境越えの租税逋脱に対して大きな成果を上げてきたと評価している。 (注1) OECD,“OECD Work on Taxation”(Nov.2021)による。なお、OECD,“Peer Review of the Automatic Exchanges of Financial Account Information 2022”(Nov.2022、以下「AEOI年次報告書」と呼ぶ)では一部の計数につき、追加修正がされている。 (2) 情報交換による当面の成果 具体的なデータとしては、2009年以降2022年に至るまでの累計で、納税者の自発的申告及び税務調査等による加算税・延滞金を含む税収増は、全世界で1,140億ユーロに上ると推計され、加えて、世界の国際金融センターに所在する外国人の金融口座も、2019年までの10年間で、24%(4,100憶ドル相当)が減少したとする試算が紹介されている。 (3) 金融口座情報交換に関する最初のピアレビューの公表 去る11月9日、OECDはAEOI年次報告書(2022年版)を公表した。同報告書は、2014年に合意された共通報告基準(CRS)に基づき、2017年・2018年からAEOIの実施を約束した99ヶ国(日本を含む)について、その実施の達成度及び実効性を初めて相互評価(ピアレビュー)したものであり、フェーズ1(AEOIの法的枠組み作り)とフェーズ2(AEOIの実施状況)に分けて3段階(達成、一部修正必要、未達成)で評価を行っている(注2)。 (注2) EOIRに関する年次報告書は、国別レポートとして評価結果(これも3段階評価)を公表しており、2022年版は、トルコ、バルバドス、英領バージン諸島、イスラエル、南アフリカ等の10ヶ国が対象となっている。 本稿は当レポートの概要とともに、指摘されている当面の課題を紹介するものである。 2 2022報告書の概要 (1) 全体的評価(注3) (注3) 上記のAEOI年次報告書の“Executive Summary”による。 イ 参加国の更なる拡大と目に見える効果 現在110以上(前年報告では100)の国・地域がAEOIに参加し、1.11億個以上(前年報告では7,500万個)の金融口座(その資産価値総額は11兆ユーロ)に関する情報(注4)を、自動的情報交換により授受している。そして、今後数年間に、参加国はさらに10増える予定である。 (注4) 情報は、外国居住者により保有される金融口座の詳細が中心であるが、それらには、外国居住者によって支配される事業体を通じて保有される金融口座も含まれる。 なお、国際金融センターで保有されている金融投資額は、CRSの合意以来22%減少したとの研究者報告を引用している。 ロ AEOI導入の進展状況 (イ) 現在の到達点 AEOIの実施基準であるCRSを充足するために、管轄国と金融機関の双方は、相当の投資を求められてきた。すなわち、関係する世界中の参加国は、金融機関に対し詳細なデューディリジェンス及び報告義務の履行を要請する立法措置を導入し、また、国際間の情報交換協定を締結し、情報の収集・交換について、守秘義務を守って実行するための執行上及び技術上の対応策を構築してきた。 この段階を終えて、目下の焦点は、AEOI基準が、潜在的な便益を最大化できるように、効率的に実施されることを確認する段階に移ってきている。すなわち、フェーズ1(AEOIの法的枠組みの構築)からフェーズ2(AEOIの効率的執行)への移行段階である。 (ロ) 執行状況のモニタリング(フェーズ1) G20はグローバルフォーラムに対し、AEOIのグローバルな執行状況をモニタリングしてレビューするよう要求したので、グローバルフォーラムは、個別のピアレビューに入る前に、まず、AEOI基準の中間目標が達成されているかどうかを検証した。そこで、AEOI導入を最初に誓約した106の国・地域の国内及び国際の法的枠組みが検証対象とされ、その結果は2019年から公開しているところである。 それによれば、約90%の国が、AEOIに必要な法的枠組みを完備しているか、要改善付きであるものの具備しているか、のいずれかであると評価されており、高い具備率が明らかになっている。 (ハ) 執行状況のモニタリング(フェーズ2) AEOI基準の効率的実施如何のモニタリングについては、①金融機関がデューディリジェンスと報告ルールを適正に執行しているかどうかと、②情報交換の正確な機能が確保されているかどうかの2点の確認が必要とされる。 この点に関するレビューについては、本年のレポートが初めて取り上げたが、大部分の参加国は、執行のコンプライアンス枠組みの遵守を自ら行っているとともに、金融機関のコンプライアンスを確保すべくコンプライアンス上の介入を適正に行い、情報のスムーズな交換に努めている。 しかし、検証結果によれば、多くの国・地域は、依然として自らの法的枠組みの完成及び執行の初期段階にあるとし、オフショア租税回避を防止する道具として、AEOI基準の実効性の最大化を図る上では、今後数年間、これらの国に焦点を当てて努力を促す必要があるとしている。 (2) 個々の国の状況 本年次レポートは99ヶ国のレビュー結果をすべて一覧表にしている。以下では、G20メンバー国の評価結果を抽出して紹介する。 (注1) AEOIの実施の効率性についての総合評価では、評価対象全99ヶ国中、部分的達成国・地域は15ヶ国、未達成国は19ヶ国・地域となっている。 (注2) 米国はグローバルフォーラムのメンバーではなく、また、EUはメンバーではあるものの、加盟国単位で評価されているので、集合体としてはピアレビューの対象でなく、いずれも上表から除外されている。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第20回】 「租税回避の意義と類型」 -未処理欠損金額引継規定濫用[ヤフー]事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回から何回かにわたって租税回避問題に関する判例を拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【66】ないし【79】に即して取り上げ検討することにしよう。ただ、既に2018年8月から2020年12月まで50回にわたって本誌で公開した連載・谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」(とりわけ第20回ないし第41回)でも租税回避判例を検討したので、そこでの検討との重複をできるだけ避けるよう検討の観点の設定の仕方や取り上げる判例に留意することにしたい。 今回は、租税回避の意義と類型(前掲拙著【66】参照)に関して、未処理欠損金額引継規定濫用[ヤフー]事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁(以下「本判決」という)を検討する。本判決の判示のうち今回検討するのは、次の判示である(下線・太字筆者)。 租税回避は、そもそも、実定税法上の概念ではなく、税法の解釈適用に関して学説上形成されてきた、実定税法の基礎にある基礎理論上の概念である(租税回避論の沿革については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第25回参照。)。したがって、本判決が法人税法132条の2の解釈適用に関する判断を示すものである以上、上記の判示が、租税回避の意義や類型を示すことを少なくとも直接の目的とするものでないことは確かである。ただ、そこで使用されている租税回避の概念は、以下で述べるように、租税回避をめぐる学説の議論を的確に踏まえたものであると解される。 Ⅱ 租税回避の意義 租税回避は、これを包括的に定義すれば、「課税要件の充足を避け納税義務の成立を阻止することによる、租税負担の適法だが不当な軽減または排除」(前掲拙著【66】(イ))として定義することができよう(租税回避の包括的定義)。これを租税回避の定義に関するアプローチの観点からみると、課税要件の充足回避という租税回避の結果を基本的要素として租税回避を定義する課税要件アプローチを採用したものといえよう(前掲拙著【66】(イ)参照。このアプローチによる定義を採用する見解については拙著『税法創造論』(清文社・2022年)253頁注(6)[初出・2017年]参照。また、租税回避が結果概念であることの意味については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第23回Ⅲ参照)。 これに対して、租税回避の定義に関するもう1つのアプローチとして、租税回避の手段としての行為の異常性・人為性・濫用該当性等の態様を基本的要素として租税回避を定義する行為態様アプローチがある(前掲拙著『税法基本講義』【66】(イ)参照。このアプローチによる定義を採用する見解については前掲拙著『税法創造論』253頁注(7)[初出・2017年]参照。また、租税回避が行為概念であることの意味については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第23回Ⅱ参照)。行為態様アプローチによる定義は、次の見解(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)42頁。下線筆者)が説くように、課税要件アプローチによる包括的定義の「多くの場合」をカバーするものである(課税要件アプローチと行為態様アプローチとが異質で相互排他的なアプローチでなく、着眼点を異にする相互補完的なアプローチであることについては、前掲拙著『税法創造論』256頁[初出・2017年]参照)。 本判決は、「組織再編成は、その形態や方法が複雑かつ多様であるため、これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすく、租税回避の手段として濫用されるおそれがある」(下線筆者)とするが、ここでは、「組織再編成」という納税者の行為が「租税回避の手段」として「濫用」されるとされていることからすると、本判決は租税回避の意義について行為態様アプローチを採用したものと解される。 Ⅲ 租税回避の類型 ところで、本判決は前記の判示の中で「租税回避の手段」という文言を2箇所で使用している。1箇所目の「租税回避の手段」は、「組織再編成」(より厳密にいえば、これに係る私法上の形成可能性)であり、2箇所目の「租税回避の手段」は、「組織再編税制に係る各規定」であるが、本判決は、以下で述べるように、「租税回避の手段」の観点から、租税回避の2つの類型について説示していると解される(前掲拙著『税法基本講義』【66】(ハ)参照)。 まず、1箇所目の「租税回避の手段」に関して本判決は「組織再編成は・・・・・・租税回避の手段として濫用されるおそれがある」と説示するが、ここでいう「濫用」は、組織再編成に係る私法上の形成可能性の濫用を意味すると解される。つまり、ここでは、租税回避の類型として私法上の形成可能性の濫用による租税回避が説示されていると解されるのである。 次に、2箇所目の「租税回避の手段」に関して本判決は「法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用する」と説示するが、ここでいう「濫用」は、組織再編税制に係る各規定(具体的には資産の簿価や未処理欠損金額の引継ぎに係る課税減免規定)の濫用を意味する。つまり、ここでは、租税回避の類型として税法上の課税減免規定の濫用による租税回避が説示されているのである。 租税回避をこのように2つの類型に区分する見解は学説にもみられる。例えば、金子宏教授は、次のとおり、租税回避を定義した上で租税回避を2つの類型に区分しておられる(同『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)133-134頁。下線筆者)。 上記の引用文では、金子教授も本判決と同じく、租税回避の定義については行為態様アプローチを採用していると解されるが、ただ、租税回避の類型については、本判決と異なり、いずれの類型についても「租税回避の手段」を私法上の形成可能性として捉えておられる。この点については、金子教授が「租税減免規定の趣旨・目的に反するにもかかわらず、私法上の形成可能性を利用して、自己の取引をそれを充足するように仕組み」と述べておられることからすると、金子教授は、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避という類型については、本判決と異なり、課税減免規定を租税回避の手段として濫用するという点ではなく、その場合において当該課税減免規定の要件を充足するための手段として私法上の形成可能性を濫用するという点に着目しておられると解される。換言すれば、本判決は、租税回避の直接的手段に着目しているのに対して、金子教授は租税回避の間接的手段に着目しておられるといってもよいであろう(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第22回Ⅲ参照)。 このような着目点の違いは、本判決の判示する「その濫用の有無の判断」枠組みを理解する上で重要な意味をもつように思われる。すなわち、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避について、本判決の判示する①②等の「事情」(間接事実)は、その租税回避の間接的手段(ヤフー事件では組織再編成に係る私法上の形成可能性)に即して認定されるべきものであり、その「事情を考慮した上で」「判断するのが相当である」とされる「観点」の中で説示された事実(要件事実)は、その租税回避の直接的手段(ヤフー事件では法税57条2項・3項及び同令112条7項5号の各課税減免規定)に即して認定されるべきものである、と理解することができるように思われるが、そのような理解に基づき、上記の判断枠組みを「間接事実から要件事実を推認する事実判断の構造」(伊藤滋夫『事実認定の基礎〔改訂版〕』(有斐閣・2020年)71頁)の中に組み込み展開していくのが妥当であろう(本判決の判断枠組みに関する私見について詳しくは、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第10回、前掲拙著『税法創造論』303-308頁[初出・2017年]等参照)。 Ⅳ おわりに 今回は、本判決を素材として、租税回避の意義と類型について検討した。 本判決は、組織再編成に係る行為計算の否認規定(法税132条の2)の適用に関する判断枠組みを示したが、本判決は、その判断枠組みが、後で別の回に検討するデット・プッシュ・ダウン(debt push down)借入利息損金算入否認[ユニバーサルミュージック]事件・最判令和4年4月21日裁時1790号4頁(裁判所ウェブサイト)で、(否認の対象とされた租税回避の類型の違いを別にすれば)基本的には、同族会社の行為計算否認規定(法税132条)の適用に関する判断枠組みとして採用されたと解される点(個別分野別不当性要件の統一的解釈。前掲拙著『税法基本講義』【71】参照)においてだけでなく、税法の基礎理論上の概念としての租税回避についてその意義(行為態様アプローチによる定義)と類型(税法上の課税減免規定の濫用による租税回避)をベースにして、従来の学説上の議論をも的確に踏まえて、その判断枠組みを構築したと解される点においても、高く評価されるべきものである。それらの点においてわが国の租税回避論の到達点を示した判決といってよかろう。 (了)
所得税基本通達の改正により明確化された「雑所得の範囲」 ~副業収入等が事業所得となるか雑所得となるかの判定基準~ 税理士 菅野 真美 1 改正となった背景 令和4年10月7日、国税庁は雑所得の範囲を明確化した所得税基本通達の一部改正を公表した。 これは、シェアリングエコノミー(インターネットを介して個人と個人・企業との間で活用可能な資産(場所・モノ・スキル等)をシェア(売買・貸し借り等)することで生まれる新しい経済の形)の広がりや、従業員の副業を解禁する会社が増え、副業をする給与所得者が今後増加することが予想されるからである。 従来から副業所得については、一般的には雑所得とされていたが、同じような業務が事業所得に該当するか、雑所得に該当するかの区分が不明確な部分も多かった。 今回の改正は、租税回避を防止し、適正な申告を推進することが狙いと考える。以下において、今回の改正の所得税基本通達35-1、35-2のうち35-2について検討する。 2 事業所得と雑所得の損失の取扱いの差異と帳簿要件 事業所得と雑所得の税制上の差異で最も大きいものは、事業所得の計算上生じた損失は他の所得と損益通算でき、給与所得について源泉徴収された所得税等の還付が可能となることである。他方、雑所得の金額の計算上生じた損失の金額は他の所得と損益通算できない。 ただし、事業所得については、青色申告者か白色申告者の差異があるが、いずれも取引についての帳簿等を保存する義務がある。 他方、雑所得については、前々年分のその業務に係る収入金額が300万円超の場合は、現金預金取引等関係書類(領収証、小切手控、預金通帳、借用証、現金出納帳等)を5年間保存する必要があるとされるにとどまっている。 このように事業所得の場合は、損失の損益通算により納税負担を軽減することができるが、帳簿等の保存義務がある。他方、雑所得の場合は、損益通算はできないが、帳簿等の保存義務は緩和され、前々年の収入金額300万円以下の場合は、法律上は保存義務が求められていない。 3 改正前の通達はどのようなものだったのか 改正前の副業(雑所得)に関連した通達は、所得税基本通達35-2(事業から生じたと認められない所得で雑所得に該当するもの)に次のように定められていた。 このように「事業から生じたと認められるものを除き」とされているが、事業から生じたと認められるものとは何かが明確ではないところが問題であった。 4 所得税基本通達の改正と意見公募 そこで国税庁は、所得税基本通達の改正を行うこととし、改正案を提示して令和4年8月1日から8月31日まで意見公募を行った。 改正案は、所得税基本通達35-2に下記(注)が追加されていた。 この改正案によると、主たる所得ではない業務に係る所得が、事業所得か雑所得かの判定は、収入金額が300万円超か以下で判断されることから、大変な反響があり、郵便等、FAX、インターネットにより7,000通を超える意見が送られてきた。そして意見について概要と国税庁の考え方を示し、修正した通達を令和4年10月7日に発表した。 5 意見公募の結果と改正通達 パブリックコメントにおける意見を踏まえ、主たる所得かどうかで判断するという取扱いではなく、所得税法上、事業所得者には、帳簿保存が義務付けられている点に鑑み、帳簿書類の保存の有無で所得区分を判定し、この修正により、収入金額300万円以下であっても、帳簿書類の保存があれば、原則として、事業所得に区分されることとなると国税庁が考え方を示した。 そして、修正後公表された所得税基本通達35-2(業務に係る雑所得の例示)は、以下のとおりである。 意見公募後の国税庁の回答によると、副業でも帳簿書類の保存がある場合は事業所得に該当するという明確な対応があるとも読み取れるが、通達に落とし込むと「社会通念上事業と称するに至る程度」となり、読み取りにくい部分がある。帳簿があるだけで事業所得に該当し、帳簿がないだけで事業所得に該当しないとは限らないとして、帳簿があっても個別判断がされるケースを以下のように例示している。 つまり、副業について帳簿書類の保存をしたとしても上記①、②に該当する場合は、雑所得に該当する可能性が高くなる。特に節税目的のスキームの一環として生じた損失については、なぜこのような活動を行っているのか、合理的な説明が求められるだろう。 なお、令和4年分以後の所得税に適用される。 6 給与所得者の売電事業 国税庁ホームページの質疑応答事例「自宅に設置した太陽光発電設備による余剰電力の売却収入」において、令和3年8月1日現在の法令・通達等に基づいて「余剰電力の売却収入については、それを事業として行っている場合や、他に事業所得がありその付随業務として行っているような場合には事業所得に該当すると考えられますが、給与所得者が太陽光発電設備を家事用資産として使用し、その余剰電力を売却しているような場合には、雑所得に該当します。」と回答している。新通達では、給与所得者であったとしても、帳簿保存があり、かつ上記①、②に該当しない場合は事業所得となるのであろうか。 7 税理士の給与所得 おそらくレアケースとは考えられるが、税理士が顧客から受け取る顧問報酬よりも、監査役等の役員報酬が多額になり、上記①や②に該当することとなった場合は、帳簿があったとしても税理士業による所得は雑所得となるのであろうか。役員は、税理士とは異なり期間制限のある契約であり、3年間という期間で雑所得と判断されることには違和感がある。税理士のわがままといわれるのだろうか。 (了)
〈令和4年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第3回】 (最終回) 「令和5年分の源泉徴収事務」 ~国外居住親族に係る扶養控除の適用要件の見直しと扶養控除等申告書の様式変更~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 令和4年分の年末調整について一連の手続を終えると、ほどなくして令和5年分の源泉徴収事務を意識する時期となる。 本稿最終回は、令和5年分の源泉徴収事務に関連する「国外居住親族に係る扶養控除の適用要件の見直し」と「扶養控除等申告書の「住民税に関する事項」欄の様式変更」について解説する。 【1】 国外居住親族に係る扶養控除の適用要件の見直し (1) 見直しの概要 令和2年度税制改正により、扶養控除の対象となる国外居住親族の範囲が縮小された。 令和5年1月1日以降は、非居住者である扶養親族のうち30歳以上70歳未満の者については、次のいずれかに該当しなければ扶養控除の対象から除外される(新所法2➀三十四の二ロ)。 扶養控除の対象から除外されれば、給与等の源泉徴収税額の計算においてもその者は扶養親族等の数に含まれない(新所法185①、186➀)。 国外居住親族に係る扶養控除の見直しについての詳細は、下記拙稿をご参照いただきたい。 (2) 扶養控除等申告書の「非居住者である親族欄」 今回の見直しを受け、令和5年分の扶養控除等申告書の「非居住者である親族欄」は、下記のとおり該当する区分にチェックを付ける様式に変更されている。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (3) 扶養控除等申告書提出時の確認書類 国外居住親族を扶養控除の対象として記載した扶養控除等申告書を提出するときには、各種の確認書類を提出又は提示しなくてはならない(新所令316の2②、新所規73の2②)。 具体的な確認書類は、国外居住親族の区分に応じて次のとおりとされている。 留学ビザ等書類とは、外国政府又は外国の地方公共団体が発行した国外居住親族に係る次の①又は②の書類で、その国外居住親族が外国における留学の在留資格に相当する資格をもってその外国に在留することにより国内に住所及び居所を有しなくなった旨を証するものをいう(国外居住親族に係る扶養控除等Q&A[Q9]参照)。 (※) いずれも翻訳文を含む。 なお、国税庁ホームページには、令和5年1月以降の新しい取扱いに基づいた「令和5年1月からの国外居住親族に係る扶養控除等Q&A(源泉所得税関係)」が公表されているので参考にされたい。 【2】 扶養控除等申告書「住民税に関する事項」欄の様式変更 (1) 「住民税に関する事項」欄 地方税法では、給与所得者は、毎年最初に給与の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に対し「給与所得者の扶養親族等申告書」を提出することとされている(地方税法45の3の2➀、317の3の2➀)。 地方税法で提出が求められている「給与所得者の扶養親族等申告書」は、扶養控除等申告書の下部に「住民税に関する事項」として統合され1枚の様式になっている。 この「住民税に関する事項」部分について、令和5年分の様式に変更が加えられている。 具体的な変更点は、次の3つである。 (2) 変更の背景 住民税では、扶養親族や配偶者控除の要件となる所得の範囲に、現年分離課税の対象となる退職所得は含まれない。よって、配偶者や親族に退職所得があると、退職所得を含めた合計所得金額は48万円を超えるが、退職所得を含めない合計所得金額は48万円以下(※)となる場合もある。この場合、納税者は、所得税では配偶者控除や扶養控除、障害者控除、寡婦控除やひとり親控除(以下「配偶者控除等」という)の適用を受けることができないが、住民税では配偶者控除等の適用を受けることができる。 (※) 配偶者の退職所得を除いた合計所得金額が48万円超133万円以下であれば、住民税では配偶者特別控除の適用を受けることができる。 従来、住民税の確定申告をせず年末調整だけで済ませる納税者の中には、所得税と住民税における退職所得の取扱いの違いにより、住民税の計算で配偶者控除等が適用されないケースが生じていた。 この状況に対処するため、扶養控除等申告書の「住民税に関する事項」欄の記載内容が変更され、配偶者や親族について退職所得を除いた所得の見積額を把握できる様式とされた。今後は、住民税の確定申告をしなくても、年末調整を受けていれば住民税の計算で配偶者控除等の適用を受けることが可能となる。 (3) 変更箇所の記載方法 変更箇所の記載方法は、次のとおりである。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 (連載了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例116(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆小規模事業者に係る納税義務の免除(消法9) 事業者のうち、その課税期間に係る基準期間における課税売上高が1,000万円以下である者については、その課税期間中に国内において行った課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れにつき消費税を納める義務を免除する。 ◆課税事業者の選択(消法9④) 免税事業者が、その基準期間における課税売上高が1,000万円以下である課税期間につき「課税事業者選択届出書」をその納税地を所轄する税務署長に提出した場合には、当該提出をした事業者が当該提出をした日の属する課税期間の翌課税期間(当該提出をした日の属する課税期間が事業を開始した日の属する課税期間等である場合には、当該課税期間)以後の課税期間中に国内において行う課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れについては、納税義務は免除しない。 ◆事業を開始した日の属する課税期間等の範囲(消令20一) 事業を開始した日の属する課税期間は、事業者が国内において課税資産の譲渡等に係る事業を開始した日の属する課税期間とする。 ◆「事業を開始した日」の法令解釈 (国税不服審判所公表裁決事例:平成29年6月16日裁決より抜粋) (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第61回】 「小規模宅地等の特例と個人版事業承継税制の重複適用がある場合の選択面積」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は、令和4年11月15日に相続が発生し、甲の相続財産の全てを長男である乙が相続しています。乙が取得した土地は、下記のとおりとなります。 A土地については、個人版事業承継税制の相続税の納税猶予の適用を検討し、 B土地、C土地、D土地については小規模宅地等の特例を検討していますが、適用を受ける優先順位が次のそれぞれの場合には、特例事業用資産の選択面積及び小規模宅地等の特例の選択面積はそれぞれ何㎡になりますか。 [A] それぞれの場合で特定事業用資産の選択面積及び小規模宅地等の特例の選択面積は、下記のとおりとなります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 小規模宅地等の特例と個人版事業承継税制との重複関係の整理 (1) 特定事業用宅地等の特例と個人版事業承継税制との関係 小規模宅地等の規定は、下記の特定事業用宅地等については適用しないこととされています(措法69の4⑥、措通69の4-26の2)。 ■ 上記①について 贈与税の納税猶予の適用を受けた後継者に係る贈与者であった被相続人から相続又は遺贈により取得した全ての特定事業用宅地等については特例を受けることができないことになります。 上記①の括弧書きに記載のとおり、贈与税の納税猶予の適用を受けていた場合にみなし相続により取得したものとされ、相続税の納税猶予の適用を受けない場合においても特定事業用宅地等の特例の適用は受けることができないことになります。この点については本連載【第59回】で解説をしています。 ■ 上記②について 相続税の納税猶予の適用を受ける後継者に係る被相続人から相続又は遺贈により取得した全ての特定事業用宅地等については特例を受けることができないことになります。 例えば、長男が個人版事業承継税制における相続税の納税猶予の適用を受ける場合において、二男が特定事業用宅地等を取得した場合には、二男は特定事業用宅地等の特例を受けることができないことになります。個人版事業承継税制の適用を受ける長男に係る被相続人から相続又は遺贈により取得した全ての特定事業用宅地等については特例を受けることができないことになります。 したがって、被相続人の相続税の申告書において個人版事業承継税制と特定事業用宅地等の特例が併用されることはあり得ないことになります。 (2) 特定事業用宅地等以外の特例対象宅地等の特例と個人版事業承継税制との関係 特定事業用宅地等以外の特例対象宅地等(特定居住用宅地等、特定同族会社事業用宅地等又は貸付事業用宅地等)である場合には、相続又は遺贈により取得した特定事業用資産について個人版事業承継税制との併用をすることができます。 この場合における限度面積は、貸付事業用宅地等の特例の適用があるか否かに応じて、下記のとおりとなります(措法70の6の10②一、措令40の7の10⑦、措通70の6の10-17)。限度面積要件を満たさない場合には、全ての土地について、小規模宅地等の特例及び個人版事業承継税制について適用を受けられないことになります(措通69の4-11、69の4-12、70の6の10-18)。 【限度面積の調整(個人版事業承継税制の適用がある場合)】 基本的な考え方は、特定事業用宅地等の面積の代わりに、特定事業用資産の面積を当てはめたものとなります。本連載【第6回】でも解説していますが、個人版事業承継税制の適用がない場合における限度面積の調整は、下記のとおりとなります。 【限度面積の調整(個人版事業承継税制の適用がない場合)】 2 本問の場合の当てはめ それぞれの場合で選択面積は、下記のとおりとなります。 [①について] 上記1(2)の【限度面積の調整(個人版事業承継税制の適用がある場合)】の貸付事業用宅地等の特例の”適用なし”の区分で考えることになります。特定同族会社事業用宅地等であるB土地については、特定事業用資産の面積と合わせて400㎡までの適用となりますので、240㎡(400㎡-160㎡)が選択適用面積となります。特定居住用宅地等であるC土地については、限度面積調整はありませんので、330㎡以下の範囲内で選択することができます。 [②について] 上記1(2)の【限度面積の調整(個人版事業承継税制の適用がある場合)】の貸付事業用宅地等の特例の”適用あり”の区分で考えることになります。貸付事業用宅地等の特例がある場合には、全体を100%とした場合にそれぞれの特例で何%部分を適用したのかを考えると分かりやすいと思います。 本問の場合には、A土地の特定事業用資産で適用したことにより40%部分を適用し、D土地の貸付事業用宅地等の特例で適用したことにより35%部分を適用したことになります。残りの25%部分について特定同族会社事業用宅地等の特例で適用することになりますので、B土地については100㎡(400㎡×25%)が選択面積となります。 B土地の選択面積の具体的な計算式は、下記のとおりとなります。 〈B土地の選択面積の計算〉 [③について] 上記1(2)の【限度面積の調整(個人版事業承継税制の適用がある場合)】の貸付事業用宅地等の特例の”適用なし”の区分で考えることになります。特定事業用資産であるA土地については、特定同族会社事業用宅地等の面積と合わせて400㎡までの適用となりますので、100㎡(400㎡-300㎡)が選択面積となります。特定居住用宅地等であるC土地については、限度面積調整はありませんので、330㎡以下の範囲内で選択することができます。 [④について] 上記1(2)の【限度面積の調整(個人版事業承継税制の適用がない場合)】の貸付事業用宅地等の特例の”適用あり”の区分で考えることになります。貸付事業用宅地等の特例の適用がある場合には、上記②の考え方と同様となります。 D土地の貸付事業用宅地等の特例で適用したことにより35%部分を適用したことになります。残りの65%部分について特定同族会社事業用宅地等の特例で適用することになりますので、B土地については260㎡(400㎡×65%)が選択面積となります。 B土地の選択面積の具体的な計算式は、下記のとおりとなります。 〈B土地の選択面積の計算〉 ★実務上のポイント★ 個人版事業承継税制の適用を受ける場合には、特定事業用宅地等の特例は受けられなくなります。特定事業用宅地等以外の小規模宅地等の特例との併用は可能ですが、限度面積調整があるため、事前にどの土地で小規模宅地等の特例を受けるのか検討をする必要があります。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第5回】 「米国デラウェア州LPSの法人該当性 (地判平23.12.14、高判平25.1.24、最判平27.7.17)(その2)」 ~米国デラウェア州法201条(b)、所得税法2条1項7号等、租税特別措置法41条の4の2、民法33条、36条~ 税理士・米国公認会計士 金山 知明 3 最高裁判決(平成27年7月17日)についての検討 (1) 最高裁が示した判断基準(2段階での法人該当性判定) 上記(前回の2参照)の下級審の判断に対し、最高裁は異なるアプローチを採用した。すなわち、外国法に基づいて設立された組織体が所得税法2条1項7号等に定める外国法人に該当するか否かを判断するに当たり、①まず当該組織体に係る設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、当該組織体が当該外国の法令において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるか否かを検討し、これができない場合には、②次に当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かを検討して判断すべきとした。 そのうえで、②の判断に当たっては、具体的には当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から、当該組織体が自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が当該組織体に帰属すると認められるか否かという点を検討することとなると判示した。 (2) 本件LPSの法人該当性についての判示(本件LPSは外国法人に該当する) 最高裁は上記のような2段階の基準に従い、まず州LPS法に基づいて設立されるリミテッド・パートナーシップが「separate legal entity」となるものと定められていることをもって、本件各LPSに日本法上の法人に相当する法的地位が付与されているか否かを疑義のない程度に明白であるとすることは困難であるとした。 そのうえで、州LPS法の定めに照らせば、同法はLPSにその名義で法律行為をする権利又は権限を付与するとともに、LPS名義でされた法律行為の効果がLPS自身に帰属することを前提とするものと判断した。 さらに、上記のような州LPS法の定め等に鑑み、本件LPSは、自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が本件各LPSに帰属するものということができるから、権利義務の帰属主体であると認定した。 この観点から最高裁は、本件LPSは、権利義務の帰属主体であると認められるのであるから、所得税法2条1項7号等に定める外国法人に該当するものというべきであり、本件各不動産賃貸事業により生じた所得は、本件LPSに帰属するものと認められ、本件出資者らの課税所得の範囲には含まれないものと解するのが相当であるとした。すなわち、本件出資者らは、本件各不動産賃貸事業による所得の金額の計算上生じた損失の金額を各自の所得の金額から控除することはできないため、原審を破棄し、YのXに対する更正処分は適法との判決に至った。 (3) 検討 ① なぜ法人該当性が争点となったか 本件のようなLPSについて、米国ではかねて受動的所得の損失に関する損益通算の制限規定(内国歳入法469(a))や、LPSのリミテッド・パートナーに対する損益通算制限規定(同法704(d))が整備されているので、米国市民が本件と同様の節税スキームを利用することには歯止めがかかっている。 しかし、事件当時の日本では不動産所得のようなパッシブインカムや、リミテッド・パートナーが受ける所得の損失の控除制限規定などが整備されていなかったため、そうした法の対応の遅れを巧みに利用して構築され実行されたのが本件のスキームであった。 このようなスキームは平成17年の措置法改正により封じられたが、この措置法規定を本件に遡及適用して損益通算を否認できるとの主張は困難であるため、国としてはそのようなLPS損失の利用を防ぐために、本件LPSを法人とする解釈論を持ち出すほかなかったと考えられる(※7)。 (※7) 増井良啓・宮崎裕子『国際租税法・第4版』東京大学出版会(2019年)253頁では、こうして法人該当性を争点に持ち出したことを「大げさな方法」としている。 ② 借用概念解釈の観点から 税法上の「法人」が借用概念である以上、それは私法上の意義と同様に解釈すべきという説(統一説)が支配的であり(※8)、本件でも最高裁は、「統一説」に基づいて、日本の民法上の法人概念を用いて判断する形をとっているとされる(※9)。つまり、少なくとも形式的には法人法定主義(民法33条)を尊重し、以下のとおり2段階の判断基準を採用した。 (※8) 谷口勢津夫『税法基本講義(第7版)』弘文堂(2021年)52頁。このほか、税法独自の意味を持たせるべき(=税法の独立性を追求)とする「独立説」、目的論的解釈を貫徹する「目的適合説」がある(同頁)。 (※9) 谷口前掲書54頁。 このうち第1基準は、一見すると法人法定主義に則るものとも考えられるが、外国の組織体について第1基準によって法人に該当しないという結論を得るためには、その組織体が外国法により法人格を与えられていないことが疑義のない程度に明確でなければならないことになる。この点本件LPSのような事業体について、法人でないことが法に明記されない限り、これを第1基準により法人に該当しないと判断することはほぼ不可能となる。 すなわち最高裁は、LPSのような外国組織体の法人該当性については、実質的に権利・義務の主体たり得るか否か(第2基準)を主要な判断基準においていることになる。そうすると、法人該当性の判断について、外国法により設立される事業体に限り、結局は民法の法人法定主義から離れ、内国法人とは異なる判断基準を構築しているも同然という問題点がある(※10)。 (※10) 岡村忠生「判批」ジュリスト1486号(2015年)11頁では、租税法は「内国法人」と「外国法人」に共通して「法人」を用いているから、両者に通じる租税法上の「法人」の意味を追求する必要があったとしている。 ③ 租税条約等の観点から 日米租税条約3条1項(f)では「『法人』とは、法人格を有する団体又は租税に関し法人格を有する団体として取り扱われる団体をいう。」と規定されるのみだが、日米租税条約に関する米国側の解釈として米国が公表しているTechnical Explanation(※11)(技術的説明)においては、同3条の説明として、ここでいう「法人」とは、「その事業体が組成された国において税務上法人と取り扱われる事業体をいう」という意味の記載が見られる(※12)。また、OECDモデル租税条約3条1項(b)のコメンタリーにおいては、法人の定義について、事業体の居住地国で法人として課税されるものとしている。これらのことから、日米租税条約においても、居住地国である米国での課税上法人として課税される事業体のみを法人と捉えることに合理性があるといえる。 (※11) Department of the Treasury (2003年) “Technical Explanation of the Convention Between the Government of the United States of America and the Government of Japan for the Avoidance of Double Taxation and the Prevention of Fiscal Evasion with Respect To Taxes on Income and on Capital Gains” (※12) ただし、このTechnical Explanation自体は米国当局が一方的に採る公権解釈であるため、法源ないし文脈を構成しないとされる(村井正『入門国際租税法 改訂版』清文社(2020年)38頁)。 ちなみに、米国においては、チェック・ザ・ボックス規則を定めるTreasury Regulation S301.7701-3によれば、本件のようなLPSについてもLLCにしても、原則ルールはパス・スルー課税であり、チェック・ザ・ボックス規則により選択して初めて法人課税となる。本件LPSはチェック・ザ・ボックス規則によりパス・スルー課税を選択したのでなく、何も選択しなかった結果、デフォルト・ルールのままパス・スルー課税の対象とされている。つまり、本件LPSは、前段落でいう「事業体の居住地国で法人として課税されるもの」には当たらない。 これらの米国租税法における取扱いや、租税条約の姿勢を考慮すると、それと異なる立場をとった本件最高裁判決は、国際課税関係の不整合という大きな問題を招来するものとみることもできる。 4 総括 本件における居住者Xの行為は、法の対応が欠けた部分を利用する租税回避スキームへの参加であり、個別否認規定がない状況下でこれを否認するためには、本件LPSを租税法上の法人と認定するほかなかったという事情がある。 しかし、上記の検討からは、本件LPSを外国法人と認定した最高裁の判断には疑問を呈する余地があり、本来であればこのようなスキームを否認するには立法(個別否認規定)による対処が必要であると考える。 なお、本件の発生後、実際に平成17年度税制改正で規定された租税特別措置法41条の4の2により、本件のような事業体を用いた不動産所得損失の損益通算は不適用とされている。 そのためか、国税庁はこの判決の直後、大要「今後米国LPSについては、米国で法人課税を選択していない限り、日本で米国と同様にパス・スルー課税を適用することにつき、もはや国税庁は異議を唱えない。」とする見解を示す英文をウェブサイト上で発表した(※13)。この見解は、本件訴訟における国の主張を自ら否定するものにみえる。 (※13) 国税庁ホームページ。 このことからも、本件訴訟におけるYの主張及び最高裁の判決は、個別の租税回避行為の否認のために外国法人の概念を拡張したものであり、外国LPSのようなハイブリッド事業体の法人該当性について、かえって国際間相違による課税関係の不安定化をもたらす方向に作用したと考えられる。 (了)
フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第60回】 「オペレーティング・リース取引の注記」 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 今回は、オペレーティング・リース取引の注記について解説する。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 リースの借手及び貸手ともに、オペレーティング・リース取引のうち解約不能のものに係る未経過リース料は、注記する必要がある(企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」22)。 そのため、リースの借手及び貸手ともに、オペレーティング・リース取引を網羅的に洗い出し、解約不能なものであるかどうか(解約不能な期間がないかどうか)の判定を行う必要がある。 リースの借手及び貸手ともに、オペレーティング・リース取引のうち解約不能のものに係る未経過リース料は、貸借対照表日後1年以内のリース期間に係るものと、貸借対照表日後1年を超えるリース期間に係るものとに区分して注記する(リース適用指針74)。ただし、重要性が乏しいオペレーティング・リース取引は、注記対象から除くことができる(リース適用指針75)。 なお、計算書類では、必ずしも当該注記は求められていない。 【事例】(株)商船三井(2022年3月期 有価証券報告書) * * * 以上、2つのステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第5回】 「会計上の見積りに関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における会計上の見積りに関する注記について、何を記載すればいいかわからず困っています。どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 会計上の見積りに関する注記では、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目における会計上の見積りの内容について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示する必要があり、連結注記表・個別注記表ともに、次の事項を参考にし、各社の実情に応じて必要な情報を記載する必要があります。 ① 会計上の見積りにより当該(連結)会計年度に係る(連結)計算書類にその額を計上した項目であって、翌(連結)会計年度に係る(連結)計算書類に重要な影響を及ぼす可能性があるもの ② 当該(連結)会計年度に係る(連結)計算書類の①の項目に計上した額 ③ ②のほか、①に掲げる項目に係る会計上の見積りの内容に関する理解に資する情報 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】 2 注記事項の解説 (1) 会計上の見積りに関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき会計上の見積りに関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第102条の3の2第1項)。 (※1) 個別注記表に注記する会計上の見積りの内容に関する理解に資する情報(③)が連結注記表に注記する内容と同一である場合であっても、①の項目及び②の計上額は注記が必要です。なお、③は連結注記表と同一の内容である旨を記載することで詳細な記載を省略できます。 (※2) 各社の実情を踏まえ、注記を要しないと合理的に判断される場合には、注記しないことも許容されます。 (2) 注記事項の解説 上記(1)の③の会計上の見積りの内容に関する理解に資する情報では、金額の算出方法、金額の算出に用いた主要な仮定、翌年度の財務諸表に与える影響などを記載することが考えられます。 その中でも「金額の算出に用いた主要な仮定」をどのように記載するかが、実務において困るポイントと思われますので、いくつか事例を紹介します。 【株式会社AOKIホールディングス 2022年3月期 連結注記表】 ※株式会社AOKIホールディングス「第46回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」12~13頁より抜粋。 【ホクト株式会社 2022年3月期 連結注記表】 ※ホクト株式会社「第59回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」8頁より抜粋。 【株式会社ナガセ 2022年3月期 個別注記表】 ※株式会社ナガセ「第47回定時株主総会招集ご通知」45頁より抜粋。 * * * 会計上の見積りに関する注記は、上場会社のいわゆるKAM(「Key Audit Matters」の略。監査上の主要な検討事項)の記載と密接に関係しており、KAMで会計上の見積りに関する事項を記載するため、会計上の見積りに関する注記で詳細に記載しているといったケースもあると考えられます。 次回の第6回では、「金融商品に関する注記①-金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項」をテーマに解説します。 (了)
〔具体事例から読み取る〕 “強い"会社の仕組みづくりQ&A 【第10回】 「公益通報者保護制度の概要と導入にあたっての留意点」 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 ◆◇ 解 説 ◇◆ 1 内部通報制度の歴史を振り返る 通報制度の原型は江戸時代に遡る。江戸期に飢饉が重なると、困窮した農民は農地の耕作を放棄して逃亡するケースが増加した。そして土地は荒れ果て、年貢の徴収が滞る事態に発展したといわれる。そこで農家を一定数の戸数単位にまとめ、集団内で離農の企てを互いに監視させ、未然に防ぐ通報システムをつくり、土地の放棄や逃亡を防いだ。日本の通報制度は、農民を土地に縛りつけて監視し、幕藩体制の財政基盤を支える仕組みとして産声を上げたことになる。 さらに太平洋戦争期、地域行政の情報伝達の役割を担わせるために、政府は地域住民の一定戸数を隣組(となりぐみ)として組織化した。この隣組は戦争遂行に対する反対意見や行動を互いに監視させ、通報をうながす活動をも担った。この時も通報制度は時の権力者に仕える制度的役割を果たしている。 2 現代の内部通報制度と密告 内部通報制度が社内にあっても、共に仕事をする者の密告を奨励されるかのようで利用しづらいという意見を聞く。しかし、制度は本来密告とは異なる。密告は提供する情報が事実である必要はないが、通報制度による通報内容は、少なくとも偽りであってはならない。 実際、法令違反や反倫理的な行為を確実に見つけたといって通報する者は、あまり多くない。むしろ、もしかしたらという違和感あるいは不審感から、止むにやまれず通報するというのが通常である。しかし、そうであっても誠意ある通報は明らかに偽りとは異なる。そして真偽のほどはその後の調査の進展に委ねればよい。悪意により偽りの通報をした者は処罰され、誠意ある通報者の利益は制度によって保護されなければならない。 3 制度の具体的な構築 今回の改正法が予定している会社内への内部通報制度の具体的な導入イメージは、次のようにまとめられる。 (1) 制度導入の対象となる企業 2022年6月1日に施行された改正公益通報者保護法によると、300人超の従業員を抱える企業は制度の導入が義務づけられ、300人以下の従業員を雇用する企業は導入の努力義務が求められることとされている。 (2) 通報制度の受付窓口 通報制度の窓口は、社内の特定の部門内に設置され、改正法に基づき指定された業務従事者が社内の通報に対応する。この業務従事者は、相互にけん制を図るため複数人であることが望ましい。通報を受け付けた後は、通報内容を裏付ける調査を行い、必要であれば是正措置を講ずる。 (3) 通報の形態 通報は電話やメールによることが想定される。FAXは、漏えいの危険から好ましい方法とはいえない。通報は顕名(氏名を明らかにする)あるいは匿名によることが考えられる。 (4) 秘密厳守と不利益な取扱いの防止 業務従事者は、通報者の利益を護るために通報に関わる内容を正当な理由なく他に漏らしてはならない。通報された内容が会社の経営方針と異なることを理由に、人事部門等に通報の内容を漏らし、人事上の不利益を与えることは決して許されない。通報の守秘義務と通報者に対する不利益な取扱いには十分な配慮が求められ、守秘義務に違反すれば改正法により30万円以下の罰金刑が科される。 参考事例として、次のオリンパス内部通報事件の概要を取り上げる。 〔オリンパス内部通報事件〕 通報制度の活用には、通報者に心理的な緊張やプレッシャーが伴う。それにもかかわらず、そうした敷居を乗り越え勇気をもって通報した者に対して、会社が経営方針と異なることを理由に不利益を与えたのでは、制度は社員から見放され、早晩空洞化するに違いない。 4 具体的な運用で留意すべきこと 会社として通報制度に関する方針や規程を定めるのは当然だが、規程に織り込む事項を検討する際に、特に以下の点に留意してほしい。 (1) 通報チャネルの複数化 通報先は社内の通報窓口のほか、弁護士事務所に窓口を委託することで、通報チャネルを複数化して通報者の利便性を図り、制度利用の心理的な敷居を下げるなどの工夫をする会社も多い。しかし、当面の運用コストを考慮して、まずは社内窓口に限ってスタートさせるのが現実的であろう。 (2) メールによる通報と特定者の禁止 通報が匿名によるメールの場合、メールの発信元が明らかにならないようなシステム設計が求められる。匿名通報では身元を調査し、通報者を特定してはならない。 (3) 制度の活用を促す対応をする 顕名による通報の場合、指定された業務従事者が調査を行い、改善を行った時は必ず通報者に対してどのような改善を施したのか、フィードバックすることが重要になる。そうすることで、制度の利用を促し、信頼性を高めることに繋がる。通報をしても、握り潰されるに違いないという猜疑心から、一般的に通報をためらう傾向があるため、こうした点には十分な配慮が求められる。併せて、通報件数などの実績を広く社内で公表することも大切になる。 (4) 利益相反の対応 業務従事者が通報内容に関わり、利害関係を有すると判明した場合、その者を当該通報の対応事案から外すことが必要になる。こうした点もあらかじめ規程に織り込んでおく必要がある。 (5) 制度周知と教育訓練 せっかくの制度も社内に周知されなければ、意味をなさない。あらゆる機会を捉えて制度の利用方法などの周知を図り、従業員への通知、社内掲示、会議の際の案内、イントラネット等を活用する。さらに利用を促すためのコンプライアンス教育が展開できるようになれば、なおよいであろう。 (了)