令和4年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第5回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 (4) 資産調整勘定等対応金額の計算方法 ① 「資産調整勘定等対応金額」とは、離脱法人の通算開始・加入前に通算法人が時価取得したその離脱法人の株式の取得価額のうち、その取得価額を合併対価としてその取得時にその離脱法人を被合併法人とする非適格合併を行うものとした場合に資産調整勘定又は負債調整勘定(以下「資産調整勘定等」という)として計算される金額に相当する金額をいう。 〈図表6〉 資産調整勘定等対応金額の計算方法(一の通算法人が一括で株式を取得している場合) 〈図表7〉 一の通算法人が一括で株式を取得している場合 【ケース】 通算子法人C社が離脱するケース 1.離脱法人C社の株式の異動状況 2.離脱法人C社の株式の取得価額の状況 3.離脱法人株式に係る資産調整勘定等対応金額及び投資簿価修正額の計算 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ② 「資産調整勘定等対応金額」は、その離脱法人の株式の時価取得が段階的に行われていた場合には、各取得時における資産調整勘定対応金額の合計額から負債調整勘定対応金額の合計額を減算した金額とする。各取得時における資産調整勘定対応金額又は負債調整勘定対応金額は、資産調整勘定対応金額又は負債調整勘定対応金額の100%相当額に取得割合を乗じて計算した金額とする。 ③ 「資産調整勘定等対応金額」は、離脱法人の株式の時価取得が通算グループ内の複数の法人により行われていた場合には、各通算法人の各取得時における資産調整勘定対応金額の合計額から各通算法人の各取得時における負債調整勘定対応金額の合計額を減算した金額(通算グループ全体の資産調整勘定等対応金額)とする。 〈図表8〉 資産調整勘定等対応金額の計算方法(複数の通算法人が段階的に株式を取得している場合) A:資産調整勘定対応金額(通算法人ごと、かつ、取得時ごとに計算) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 B:負債調整勘定対応金額(通算法人ごと、かつ、取得時ごとに計算) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) その取得時の離脱法人株式の取得価額(100%相当額)とは、その取得時の離脱法人株式の取得価額を取得株式の数で除し、これにその離脱法人のその取得時の発行済株式等の総数を乗じて計算した金額となる(以下同じ)。 (※2) 離脱法人のその取得時の発行済株式等の総数のうちにその取得株式の数の占める割合(以下「取得割合」という)となる。 〈図表9〉 複数の通算法人が段階的に株式を取得している場合 【ケース】通算子法人C社が離脱するケース 1.離脱法人C社の株式の異動状況 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 2.離脱法人C社の株式の取得価額の状況 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 3.離脱法人株式に係る資産調整勘定等対応金額及び投資簿価修正額の計算 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ④ 上記③の通算グループ全体の資産調整勘定等対応金額は、その離脱法人の通算開始・加入日においてその離脱法人の株式を有する通算法人が計算し、その通算開始・加入日において有する株式数に対応する金額を計算する。 ⑤ 上記③の通算グループ全体の資産調整勘定等対応金額に保有割合を乗じて計算した金額について、離脱直前にその離脱法人の株式を有する通算法人で加算措置が適用される。なお、通算開始・加入後の通算グループ内での株式の移動により、通算開始・加入日にその離脱法人の株式を有する通算法人(資産調整勘定等対応金額を計算する通算法人)と離脱直前にその離脱法人の株式を有する通算法人(投資簿価修正を行う法人)が異なる場合がある(法通2-3-21の5)。 ⑥ 通算開始・加入日おいて離脱法人の株式を有する通算法人が、その離脱法人の株式の取得後、通算開始・加入日以前にその一部を譲渡した場合には、その譲渡の直前のときまでに生じている「各取得時の資産調整勘定対応金額又は負債調整勘定対応金額の合計額」からその譲渡分(譲渡割合を乗じて計算)を控除した金額を「各取得時の資産調整勘定対応金額又は負債調整勘定対応金額の合計額」とする。ここで「譲渡割合」とは、その譲渡の直前の時においてその通算法人が有する離脱法人の株式の数のうち、その譲渡をした株式の数の占める割合をいう。 〈図表10〉 通算完全支配関係発生日後に通算グループ内で離脱法人の株式の譲渡をした場合の取扱い ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 〈図表11〉 通算完全支配関係発生日以前に離脱法人の株式の譲渡をした場合の取扱い ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 〈図表12〉 増資により離脱法人の株式を取得した場合の取扱い ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ⑦ 対象株式の取得後におけるその対象株式の保有割合が低い又はその取得の時期が古いなどの理由により、その取得の時における資産調整勘定対応金額等の計算が困難であると認められる場合において、その取得の時において計算される資産調整勘定対応金額等を0とし、その後に追加取得した対象株式について各追加取得の時における資産調整勘定対応金額等を計算し、その計算の基礎となる事項を記載した書類を保存しているときは、課税上弊害がない限り、加算措置の適用を受けることができる(法通2-3-21の4「資産調整勘定対応金額等の計算が困難な場合の取扱い」)。ただし、負債調整勘定対応金額が計算されることが見込まれる場合に、その計算が困難であるとして、これを0としているときには、課税上弊害があるため、この取扱いの適用はない(法通2-3-21の4)。 ⑧ 資産調整勘定対応金額等の計算の基礎となる対象株式の取得価額は、法人税法施行令第119条第1項第1号(有価証券の取得価額)の規定により計算することとなるため、「その購入の代価(購入手数料その他その有価証券の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)」となり、付随費用を含めて計算する(法通2-3-21の8「資産調整勘定対応金額等の計算の基礎となる対象株式の取得価額」)。この場合において、その対象株式の取得の時期が古いなどの理由により、付随費用の把握が困難なときには、その購入の代価をその対象株式の取得価額として資産調整勘定対応金額等を計算することができる(法通2-3-21の8)。 (5) 時価純資産価額の計算 時価純資産価額の計算上の留意点は次のとおりである。 ① 資産調整勘定対応金額等の計算における負債調整勘定の金額の取扱い 資産調整勘定対応金額又は負債調整勘定対応金額は、他の通算法人の対象株式の取得の時において、当該他の通算法人を被合併法人とし、その取得をした法人を合併法人とする非適格合併が行われたものとみなして法人税法第62条の8第1項の規定を適用する場合に資産調整勘定の金額として計算される金額又は負債調整勘定の金額(差額負債調整勘定の金額)として計算される金額を基礎として計算するが、これらの金額の計算上、時価純資産価額の計算の基礎となる負債の額には、退職給与債務引受額及び短期重要債務見込額の金額を含まない(法通2-3-21の6)。 ② 独立取引営業権の取扱い 営業権のうち独立した資産として取引される慣習のあるもの(独立取引営業権)は資産に含まれる(法法62の8①)。 ③ その取得時に離脱法人が資産調整勘定の金額、負債調整勘定の金額、営業権を有する場合の取扱い 資産調整勘定対応金額等の計算上、離脱法人の株式の取得時において、その離脱法人が次に掲げる資産又は負債を有する場合、次に定める金額の合計額(その合計額が0に満たない場合には、その満たない部分の金額)を資産の取得価額の合計額(その満たない場合には、負債の額の合計額)に加算して計算する(法令119の3⑦三・四)。 ④ 資産調整勘定対応金額等の計算の基礎となる資産及び負債 資産調整勘定対応金額又は負債調整勘定対応金額は、原則として、他の通算法人の対象株式を取得した時に当該他の通算法人が有する資産及び負債の価額を基礎として計算するのであるが、例えば、その取得した時の直前の月次決算期間又は会計期間の終了の日(以下「直前終了日」という)に当該他の通算法人が有する資産及び負債の同日における価額を基礎として計算している場合には、同日に有する資産及び負債の内訳とその対象株式の取得時に有する資産及び負債の内訳に著しい差異があるなどの課税上弊害がない限り、これが認められる(法通2-3-21の7)。 なお、ここで言う課税上の弊害については、例えば、直前終了日の翌日から株式取得時までの期間で獲得した利益相当額又はその期間に実施した旧株主の増資額の分だけ資産が増加した場合(つまり、その期間に資産だけが増えて負債が増えていない場合)に、直前終了日に離脱法人が有する資産及び負債で時価純資産価額を計算すると、その期間に増加した資産は時価純資産価額に含まれず、その分、資産調整勘定等対応金額が膨らむことになるが、その期間に増加した資産は簿価純資産価額にも含まれているため、結果的にその期間に増加した資産は資産調整勘定等対応金額及び簿価純資産価額の両方に含まれることとなる。このような場合、直前終了日に有する資産及び負債の内訳と株式取得時に有する資産及び負債の内訳に著しい差異がある場合として課税上弊害があるものとみなされる可能性がある。 また、ある資産について直前終了日の含み益よりも株式取得時の含み益の方が大きい場合に、直前終了日に離脱法人が有する資産及び負債で時価純資産価額を計算すると、その含み益が時価純資産価額に含まれず、その分、資産調整勘定等対応金額が膨らむことになるが、株式取得後にその含み益が実現益となり簿価純資産価額も膨らむことになる場合、結果的に含み益が資産調整勘定等対応金額及び簿価純資産価額の両方に含まれることとなる。このような場合も、直前終了日に有する資産及び負債の時価と株式取得時に有する資産及び負債の時価に著しい差異がある場合として課税上弊害があるものとみなされる可能性がある。 ⑤ 移行通算子法人が連結納税制度の開始・加入に伴う時価評価課税の適用を受けていた場合の取扱い 離脱法人が連結納税制度からグループ通算制度に移行した通算子法人(移行通算子法人)である場合で、移行通算子法人が連結完全支配関係発生日の前日の属する事業年度(平成29年10月1日前に終了したものに限る)において連結納税制度の開始・加入に伴う時価評価課税の適用を受けていた場合には、その移行通算子法人の株式に係る資産調整勘定等対応金額は、その連結完全支配関係発生日においてその移行通算子法人が有する一定の営業権の価額を減算した金額とする。この場合、その営業権の価額等を明らかにする書類等を保存しておくことが必要となる。これは、平成29年10月1日前に終了した事業年度においては連結納税制度の開始・加入に伴う時価評価課税において自己創設の営業権が時価評価の対象となっているため、それが資産調整勘定等対応金額に含まれないため(二重加算にならないため)の調整となる。 ⑥ 時価の意義 資産調整勘定等対応金額の基礎となる時価純資産価額を計算するための時価については、非適格合併において資産調整勘定等を計算する場合の考え方に従えばよいこととなる。 つまり、各資産の取得価額は、株式取得の時(合併の時)において譲渡される場合に通常付される価額による。 ただし、非適格合併において資産調整勘定等を計算する場合の合併の時において譲渡される場合に通常付される価額については、法令や通達で具体的には定義はされていない。 そのため、実務上は、固定資産、土地(土地の上に存する権利を含み、固定資産に該当するものを除く)、有価証券、金銭債権及び繰延資産については、課税上弊害がない場合、法人税基本通達12の7-3-1(通算制度の開始に伴う時価評価資産等に係る時価の意義)を準用することが考えられる。 また、企業会計においては、連結子会社化に際し子会社の個別財務諸表上の資産及び負債の評価換えが必要となるが、この際の価額は通常の保存書類(【第8回】2(8)②参照)の一号のロの価額に該当し、その評価方法等を記載した書類は通常の保存書類(【第8回】2(8)②参照)の一号のハに該当するものと考えられるため([法人税等]令和4年度税制改正の解説299頁)、実務上は、連結子会社化に際し子会社の個別財務諸表上の資産及び負債の評価換えが行われた場合のその時価の基礎となる財務デューデリジェンス等で算定された資産及び負債の価額も課税上弊害がない限り適用できるものと考えられる。 ここで、時価の算定における課税上の弊害については、例えば、株式取得時に既に売却することが決まっている土地について、売却見込み価額よりも著しく低い金額を時価として時価純資産価額を計算した場合、その評価不足額が時価純資産価額に含まれず、資産調整勘定等対応金額が膨らむとともに、株式取得後に土地を売却することでその評価不足額が簿価純資産価額に含まれることになる場合、結果的に評価不足額が資産調整勘定等対応金額及び簿価純資産価額の両方に含まれることとなり、このような場合、課税上弊害があるものとみなされる可能性がある。 (続く)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第22回】 「匿名組合分配金はどのように取り扱われるのか」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 その構成員が外国の事業体である我が国匿名組合の収益分配金は、我が国課税上どのように取り扱われるのでしょうか。 〔A〕 外国の匿名組合員が、日本において事業を行う者との間で締結する匿名組合契約に基づき収受する利益の分配金は、我が国の所得税法の規定に基づき、源泉所得税が課税されます。 ●●●〔解説〕●●● 1 匿名組合とは (1) 匿名組合の法的性質 匿名組合は、商法を準拠法とし、我が国が誇る(?)節税スキーム“TK”として、世界的にも有名である。匿名組合は、当事者の一方(匿名組合員)が相手方(営業者)の営業のために出資し、相手方がその営業より生ずる利益を分配する契約(商法535)をいい、商人がその営業のためにする付属的商行為の1つであるとされる(商法503)。 匿名組合によって営まれる事業は、法的には営業者の単独事業であって、匿名組合員の出資は営業者の財産に属する(商法536①)。匿名組合員は、利益の分配を受ける権利を有するが、通常は出資額を限度として損失分担義務を負い(有限責任)、出資が損失により減少した時は、これを補てんした後でなければ、利益の分配を請求することができない(商法538)。匿名組合員は、自らが業務を執行する権利や営業を代表する権利はないが、契約の定めに従い営業を継続続行すべきことを請求する権利、営業者の業務及び財産状況を検査する権利が認められている(商法539)。 (2) 匿名組合の課税関係 匿名組合契約に基づく組合事業から生ずる所得に対する課税は法人税基本通達でのみ規定されており、任意組合の場合と異なり(※1)、匿名組合員に直接帰属せず、いったんは営業者に帰属することとなる(※2)。法人が匿名組合員である場合におけるその匿名組合営業について生じた利益の額又は損失の額については、現実に利益の分配を受け、又は損失の負担をしていない場合であっても、分配を受け又は負担をすべき部分の金額をその事業年度の益金の額又は損金の額に算入する(法基通14-1-3前段)。なお、個人が匿名組合員の場合、分配を受ける利益の所得分類は事業所得とされる(※3)。 (※1) 任意組合等において営まれる事業から生ずる利益金額又は損失金額については、各組合員に直接帰属する(法基通14-1-1)。 (※2) 法人が営業者である場合における当該法人の所得金額の計算に当たっては、匿名組合契約により匿名組合員に分配すべき利益の額又は負担させるべき損失の額を損金の額又は益金の額に算入する(法基通14-1-1の2)。また、営業者が個人の場合、匿名組合員に分配する利益の額は、当該営業者の所得の計算上必要経費に算入する(所基通36・37共-21の2)。 (※3) もっとも、航空機リース事件(最判平成27年6月12日)では、匿名組合員が契約上事業に関与できず、また実際に一切関与していない場合に分配された損失は、不動産所得に係る損失ではなく、雑所得に係る損失であって損益通算の対象とならないとされた。 (3) 外国の匿名組合員の課税関係 外国の事業体が匿名組合契約に基づき国内において事業を行う者に出資する場合、当該組合から支払われる利益の分配は国内源泉所得とされ、20.42%(復興特別所得税を含む)の税率で所得税が源泉徴収される(所法161①十六、所令288)。 租税条約の解釈上、一方の締約国の営業者との匿名組合契約により他方の締約国の居住者である匿名組合員が受ける利益の分配金の所得分類が問題となるが、匿名組合の共同事業性及び組合的性質から、その所得区分は事業所得に該当すると解されている(※4)。 (※4) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年)555頁参照。 他方、OECDモデル租税条約21条「その他の所得」(※5)は、同条約6条(「不動産所得」)から20条(「学生」)までにおいて取り扱われない所得については、原則として、居住地国課税であることを定めているため、租税条約の規定により事業所得とされない場合、匿名組合の利益の分配金が「その他の所得」に区分され、上記国内法の規定にかかわらず、利益の分配金に課税されない可能性がある。 (※5) OECDモデル租税条約21条は、「一方の締約国の居住者の所得(源泉地を問わない。)であって前各条に規定がないものに対しては、当該一方の締約国においてのみ租税を課すことができる。」と規定している。 以下では、旧日蘭租税条約23条「その他条項」の適用の是非が争われた日本ガイダント事件について検討する。 2 過去の裁判例 《日本ガイダント事件》(※6) (※6) (第一審) 東京地裁平成17年9月30日判決・TAINSコード:Z255-10151 (控訴審) 東京高裁平成19年6月28日判決・TAINSコード:Z257-10741 (1) 事案の概要 医療機器事業を営む米国ガイダント社の100%子会社である日本ガイダント社(※7)は、同一グループ内のオランダ法人(原告X)との間で匿名組合契約(本件契約)を締結し、Xが同契約分配金名目で受領した金員(本件金員)について、処分行政庁は、本件契約はその名称にかかわらず実際には任意組合契約であり、本件金員は、Xが日本国内に有する恒久的施設(PE)を通じて行う事業から生じた所得であるため、「国内源泉所得」(旧法法138一)及び「企業の利得」(旧日蘭租税条約8①)に当たるとして、決定及び無申告加算税賦課決定(決定等)をしたため、Xが、本件金員は、旧日蘭租税条約23条に規定する「一方の居住者の所得で前諸条に明文の規定がないもの」に当たるから、我が国には課税権がない、また、仮に、本件金員が「企業の利得」に当たるとしても、Xは日本国内にPEを有しないから、我が国には課税権がなく、したがって、上記決定等は違法であるなどと主張して、同決定等の取消しを求めた事案である。 (※7) 日本ガイダント社の直接の親会社は、Xとは別のオランダ法人(GIBV)であり、XもGIBVも共通の親会社GBV(オランダ法人)に持分を保有されていた。この間の事情につき、藤枝純・角田伸広『租税条約の実務詳解』(中央経済社、2018年)118頁脚注16は、「当初、GBVが匿名組合の地位も日本ガイダントの親会社も兼ねていましたが、不自然であると指摘されるリスクを減らすために、別法人である原告が匿名組合員の地位を承継したものと推察されます。もし親会社が匿名組合契約を締結していた場合(支配株主でもあり、また匿名組合員でもある場合)には、日本ガイダントが必要とする事業資金は増資又は貸付によっても供与できるのに、どうしてわざわざ匿名組合契約を締結したのかという疑問を惹起させることが懸念されたのではないかと思われます。」と述べている。 本件の争点は、①本件契約が匿名組合契約であるか任意組合契約であるか、②Xが国内にPEを有するか、③本件契約に基づく分配金には租税条約上のどの所得条項が適用されるかである。 (2) 裁判所の判断 ① 第一審の判示 第一審である東京地裁は、以下のように判示して、Xの主張を容認した(争点2は省略)。 (a) 争点1について (b) 争点3について ② 控訴審の判示 第一審に対し、国側Yは、これを不服として控訴したところ、東京高裁は次のように判示して控訴を棄却した。 (※8) 控訴審においてYは、匿名組合契約の締結により、同組合の分配金が日本においても、またオランダにおいても課税されない「二重非課税」の結果となっている点を主張した。 (3) 控訴審判決による日蘭租税条約の改正 東京高裁による上記説示を受け、2010年(平成22年)8月25日署名(※9)の改正日蘭租税条約議定書では、その9項で、日本国が、匿名組合契約に基づいて取得される所得及び収益に対して、日本国の法令に従って源泉課税することを妨げない旨が明記された。この結果、オランダの匿名組合員が日本において事業を行う者と締結する匿名組合契約に基づき受領する所得の分配金は、上記1(3)のとおり、源泉所得税の対象とされることとなった。 (※9) 改正条約は2012(平成24年)年1月1日に発効している。 (4) BEPS防止措置実施条約 Xが匿名組合分配金を収受した当時の旧日米租税条約には「その他条項」はなく、したがって米国ガイダント社が直接匿名組合契約を締結していれば、当該契約の分配金については、我が国国内法の規定によって課税されていた可能性がある。その意味で、本事案は、所謂トリーティーショッピング(条約漁り)(※10)の可能性があったと考えられる(※11)。 (※10) 多国間の租税条約に含まれた課税上の優遇措置を、本来ならその条約を利用できないはずの第三国の居住者が濫用して、自らが支払うべき税額を減免しようとする租税回避行為(国税庁企画課長編『税務・会計用語辞典(9訂版)』財経詳報社、1998年)。 (※11) 前掲(※4)119頁。 トリーティーショッピングへの国際的な対応については、G20及びOECDによるBEPSプロジェクト(※12)において議論され、その結果、租税条約関係の抜け穴を防止するため、2016年11月、『BEPS防止措置実施条約(多国間協定)』が策定された(※13)。同条約は、既存の二国間租税条約の上位に位置付けられたことで、既存の条約を改正することなく、同条約に参加する国や地域は、当該国(地域)の個人や法人が関係する国際的租税回避を一定程度防止することができるという特徴を有する。 (※12) Base Erosion and Profit Shifting(税源浸食と利益移転)。2015年10月5日に最終報告書が公表された。 (※13) BEPS防止措置実施条約は、2019(平成31年)年1月1日に発効している。本連載【第7回】を参照。 租税条約の濫用への対応については、同条約6条から11条において規定しており、その中で、最低限必要な措置として、①租税条約のタイトル・前文に、租税回避・脱税(条約漁りを含む)を通じた二重非課税又は税負担軽減の機会を創出することを意図したものではないことを明記、②一般的乱用防止規定として、(イ)主要目的テスト(Principal Purpose Test:PPT)、又は(ロ)特典制限規定(Limitation of Benefit:LOB)のいずれか及びその併用を選択することを求めている。 ここでいうPPTとは、租税条約の濫用を主たる目的とする取引から生ずる所得に対する租税条約の特典を否認する規定をいい、LOBとは、租税条約の適用を受けることができる者を一定の適格者に制限する規定をいう(※14)。我が国とオランダは既にPPTを選択している(※15)ため、仮に本件事案が現行の法的枠組みの中で審議されたとしたら、裁判所の判断は異なっていた可能性が高い(※16)と思われる。 (※14) 1980年代以降米国はLOBの導入を各国に働きかけており、我が国では、2003年の改正日米租税条約22条で初めて採用された。 (※15) 財務省HP「我が国とオランダとの間の租税条約に対する本条約の適用関係の概要」参照。 (※16) 前掲(※4)121頁。 (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第1回】 「リース取引の定義」 ~“レンタル”や“購入”との違い~ 公認会計士・税理士 喜多 弘美 ◆「リース」ってなに? 経理の仕事をしていると、「リース」という言葉を聞くことがありませんか? 「これはリースだから会計処理に注意してね。」 筆者が新卒で経理の仕事をしていた時、資料を持った上司からそう声をかけられました。 当時、筆者は固定資産の担当で、固定資産台帳の登録や固定資産に関する会計伝票を作成する必要がありました。 この記事を読んでくださっている方には、同じような経験をされている方がいらっしゃると思います。 本連載では、当時の筆者のようにまだリース取引になじみのない経理実務担当者の方やリース取引について一から学びたい方を対象に、リース取引の会計と税務の基礎を解説していく連載となっています。 【第1回】となる今回は、リース取引の定義を確認し、レンタルや購入との違いを具体的に見ていきます。 (1) リース取引の定義 企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」の第4項では、リース取引を以下のとおり定義しています。 レッサー? レッシー・・・? 難しく書いてありますが、簡単に言うと、リース取引は「貸手と借手が約束した期間にわたり、物件を賃貸借する取引」です。 一般的に英語のリース(lease)は「賃貸借」を意味し、上記のリース取引よりも意味が大きくなります。つまり、リース(lease)の中にリース取引が入っているイメージです。 《リース取引の定義のイメージ》 (2) リース取引とレンタルの違い 「リース」と「レンタル」は、一見すると同じ意味のように思えます。 確かにリース取引もレンタルも賃貸借取引になりますが、実は以下のような違いがあります。 このように、リース取引とレンタルの大きな違いは、「物件を誰が選ぶか」と「契約期間の長短」です。 特にリース取引は借手が物件を選択するため、借手以外の人が必要としない特殊な機械装置などが対象になることがあります。そうすると借手以外の人が必要としないため、リース契約満了時に借手が安く買い取る権利を最初からつけている場合もあります。 一方で、レンタルの場合は汎用性が高いものが多く、借手が使った後も他の人が必要としている場合が多いです。レンタカーやレンタルCD・DVDがイメージしやすいでしょう。 (3) リース取引と購入(銀行借入、割賦販売)の違い 次に、リース取引と購入の違いを見ていきましょう。両者の一番大きな違いは所有権が誰にあるかです。リース取引はリース会社に、購入は買主に、それぞれ所有権があります。 特にリース取引とよく似ている購入方法は、割賦販売と銀行借入した資金で物件を購入する場合です。この3つはどれも、物件の耐用年数の全期間にわたり、物件使用者が対象物件を使用する可能性が高いです。また、支払いが一括ではなく一定期間にわたります。 具体的には、リース取引はリース会社に毎月定額を支払い、割賦販売では販売会社へ特定の金額を分割して支払い、銀行借入の場合は銀行から全額借入をした後に一定期間にわたり、銀行と決めた支払い方法で借入金を銀行へ返済することがほとんどです。 割賦販売の場合、所有権は買主にありますが、一般的に代金完済までは売主に所有権が留保されるので、所有権がリース会社にあるリース取引と少し近しいものになります。ただ一方で、契約満了時の処理については、リース取引が物件をリース会社へ返還するのに対し、割賦販売では所有権の留保が解除されて、所有権が買主に変わることになります。 また、銀行借入した資金で購入した場合とリース取引の大きな違いは担保の設定です。銀行借入の場合は、銀行に担保を提供するのが一般的ですが、リース取引でリース会社に担保を設定することはほとんどありません。そのため、銀行借入の場合は担保物件の調査などで契約を締結するまでに時間がかかる一方、リース取引は比較的短時間で契約を締結することが可能です。 リース取引・割賦販売・銀行借入した資金で購入する場合は、上記のとおり、それぞれ違いがありますが、三者が似ているのはどれもファイナンス(資金調達)の意味合いが強いからです。どれも自己資金で一括購入することが厳しい、又は、資金に余裕を持たせるためなど、資金繰りのために採用されることが多くなっています。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第129回】 株式会社ダイイチ 「第三者委員会調査報告書(公表版)(2022年6月24日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社ダイイチ第三者委員会の概要】 【株式会社ダイイチの概要】 株式会社ダイイチ(以下「ダイイチ」と略称する)は、1958年7月創業。北海道帯広・旭川・札幌の各地区におけるスーパーマーケット経営を主たる事業とする。売上高44,015百万円、経常利益1,929百万円、資本金1,639百万円。従業員数338名(いずれも訂正前の2021年9月期実績)。本店所在地は北海道帯広市。株式会社イトーヨーカ堂が発行済株式の30.03%を有する筆頭株主である。東京証券取引所スタンダード市場、札幌証券取引所上場。会計監査人は監査法人シドー札幌事務所(以下「監査法人シドー」と略称する)。 【役員の状況(役員の肩書は2021年9月期有価証券報告書記載もの)】 【第三者委員会調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 ダイイチは、2022年3月より開始された札幌国税局の税務調査において、2017年9月期以降、継続して、納品されていない商品の仕入計上及び棚卸の除外による利益の調整(以下「売上原価の先行計上」という)を含む不適切な会計処理が行われており、2021年9月期における売上原価の先行計上の金額は少なくとも約82百万円であるとの指摘を受けた。 これを受けて、ダイイチは、会計監査人である監査法人シドーから、税務調査の指摘に係る事実関係の確認を求められたため、2022年4月25日開催の臨時取締役会において、ダイイチと利害関係を有しない中立・公正な外部の専門家から構成される委員会を設置することを決議し、同日、第三者委員会を設置した。 2 第三者委員会の調査により判明した不正の概要 第三者委員会による調査の結果、ダイイチにおいては、次の3類型による不適切な行為が行われていたことが判明した。 第三者委員会は、これらの行為のうち、売上原価の先行計上及び経費の先行計上のうち一部は、翌期の利益を水増しする目的で行われたものであり、不正な会計処理であることが明らかであると断定した一方、リベートの計上時期の遅れについては、現金主義での会計処理は従来から慣行的に行われており、翌期の利益を水増しするという不正の意図をもって行われたものであることを示す事実は認められなかったと結論づけた。 【表:ダイイチの業績推移と会計不正等による影響額】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 3 売上原価の先行計上の手口 ダイイチは、翌期の利益目標の達成を確実なものとするために、翌期の10月から12月に販売する商品を予め当期の決算月である9月の末日までに仕入処理を行った上で、仕入れた商品を期末在庫から除外することにより、先行仕入れ商品に係る仕入額を当期の売上原価として先行計上する方法により、簿外の商品を作出し、当該商品を翌期に売り上げることにより、当該商品の仕入相当額の利益を水増ししていた。 第三者委員会の調査によって判明した売上原価の先行計上の詳細な手口のうち、商品第一部(グロッサリー)における流れは次のとおりである。 4 原因及び問題点(報告書39ページ以下) 第三者委員会は、ダイイチにおける売上原価の先行計上に関して、「動機」「機会」及び「その他」の3つの視点から分析を行っている。 (1) 動機に係る原因及び問題点 第三者委員会は、ダイイチにおける売上原価の先行計上は、前代表取締役社長である鈴木達雄氏(報告書上の表記は「W氏」、以下「鈴木前社長」と略称する)が、株主に対して、右肩上がりの業績の推移を示すことにより経営の自由度を高める、すなわち、株主からの経営に対する干渉を排除したいという自己保身的な動機に基づき始められたことが認められるとともに、専務取締役営業本部部長の中本泰廣氏(報告書上の表記は「B氏」、以下「中本専務」と略称する)と常務取締役販売本部長の野口一氏(報告書上の表記は「C氏」、以下「野口常務」と略称する)が重要な役割を果たしていたことから、経営トップ及び執行部門のトップが主導して行ったという特徴を指摘した。 そして、売上原価の先行計上について、当期に仕入処理を行った仕入品(翌期に販売予定)に関して、期末時点で在庫に計上しないことにより、当該仕入品の原価を当期に先行計上し、これにより当該仕入品の原価をゼロとし、当該仕入品を翌期に売り上げた際に、当該仕入品の仕入原価相当額の利益の水増しを行うことは、①損益計算書における適正な期間損益の表示を歪め、株主を始めとする対象会社のステークホルダーの判断を誤らせるものであり、また、②売上原価の先行計上は、売上原価の不適切な水増し計上となり、これにより当期の利益が減少するから、法人税法上の脱税行為となるものであって、当然のことながら、許されるものではないと断じた。 そのうえで、売上原価の先行計上の動機に係る原因及び間題点として、主に、①取締役としての資質の問題、②取締役の教育に関する問題を指摘できるとともに、業績の右肩上がりの推移を確保したいという動機は、③内部統制としての予算統制の趣旨・意義を損なう点についての問題点として指摘した。 (2) 機会に係る原因及び問題点 第三者委員会は、売上原価の先行計上は、バイヤーが、仕入れた数量と同じ数量だけ在庫を減少させることを申請する内容の理論在庫調整数量申請書を経理部に提出し、経理部が、理論在庫調整数量申請書に基づき、在庫を減少させる棚卸修正処理を行うというものであり、各バイヤーは、当該行為が不適切な行為であることは認識しており、また、経理部においても、当該理論在庫調整数量申請書の内容が、一度に在庫を減少させる数量の多さからしても、また頻度からしても異常なものであることを認識したにもかかわらず、合理的な説明がなくても、バイヤーの要請に応じていたことから、経理部の関与が組織的牽制として機能しなかったものと認められ、その理由として、バイヤー及び経理部等の売上原価の先行計上に関与した者のコンプライアンス意識の鈍麻があったことも、売上原価の先行計上を行い得た一因であるという判断を示した。 そのうえで、売上原価の先行計上の機会に係る原因及び間題点として、主に、①バイヤー及び経理部のコンプライアンス意識の鈍麻、②理論在庫調整数量申請書に係る修正根拠の疎明資料の不備という問題点を指摘した。 (3) その他の原因及び問題点 第三者委員会は、売上原価の先行計上について、経営陣の指示に基づき、多くのバイヤーにより実行されており、言い換えれば、多くのバイヤーは、経営陣の指示に基づき、企業価値の向上に何ら貢献しない「作業」を「業務」として行っていたと評して、鈴木前社長、中本専務及び野口常務は、自己保身的な動機に基づき、ダイイチにおける貴重な人的資源の有効かつ効率的な費消を阻害し、企業価値を毀損したとして、①貴重な経営資源である従業員をして、企業価値の向上に何ら貢献しない不適切な行為に係る「作業」に費消させ、また、②期末在庫の数量に関し、虚偽の在庫数量を作出させ、適正な在庫管理の実現を阻害していたと認め、いずれも鈴木前社長、中本専務及び野口常務らの取締役としての資質・能力の欠如に起因する問題であると評価した。 さらに、ダイイチにおいては、常勤監査役、内部監査室が十分にその期待される役割を果たしておらず、経理部においても組織的牽制が機能していなかったことも大きな問題点であると指摘した。 5 再発防止策(報告書42ページ以下) 上記の問題点を踏まえた、第三者委員会による再発防止策は次のとおりである。 本稿では、再発防止策の1つである「内部監査の強化」について、詳細を見ておきたい。 第三者委員会は、ダイイチの内部監査室に所属する人員は、元従業員であり、嘱託社員のV氏1名のみであり、V氏から人員の増加を要望されても応じてこなかったこと、V氏は内部監査に関する専門的能力は必ずしも十分なものではなかったため、人員不足も相まって、その監査の対象は限定された範囲(主として店舗における現金の保管状況のチェック)に留まっていたと指摘したうえで、内部監査を効果的に実施していくためには、専門的能力のある人員による十分な体制があることが当然に前提となることから、内部監査体制の強化を図ることが必要であると考えると結んでいる。 【調査報告書の特徴】 会計不正事案においては、売上の早期(架空を含む)計上により、実際の業績を水増しする形での粉飾決算がほとんどであるが、ダイイチで長く繰り返されてきた不正は、売上原価の先行計上と棚卸資産の帳簿からの除外による「利益の先送り」であり、しかも、経営トップが主導してきた粉飾であった。 調査報告書の中で、第三者委員会は、ダイイチにおける売上原価の先行計上は、鈴木前社長が、株主に対して、右肩上がりの業績の推移を示すことにより経営の自由度を高める、すなわち、株主からの経営に対する干渉を排除したいという自己保身的な動機に基づき行われてきたことを繰り返し言明している。この「株主」が、2013年7月に資本・業務提携を締結して大株主となった株式会社イトーヨーカ堂を意味するのかどうかは定かではないものの、大手資本との提携による生き残りを選択しながら、なおかつ経営判断の自由度を求めたいという地方スーパーマーケットの難しい経営判断が根底にあるのではないかと思料するが、第三者委員会はこれを「自己保身」と評価したようである。 1 第三者委員会の調査に対する妨害-電子データの削除(報告書29ページ以下) 第三者委員会による調査の期間中、ダイイチでは、削除したデータの復元を不可能又は困難にするためのソフトウェアを使用して、複数の取締役及び従業員のPCデータが削除され、電子データの復元が困難となる事態が発生していた。 本ソフトウェアを使って電子データの削除を行っていたのは、中本専務と野口常務という売上原価の先行計上を主導した2名の取締役並びに経理部の幹部社員2名及び商品第一部・商品第二部に所属する幹部社員(バイヤー)5名の合計9名であった。 第三者委員会が中本専務に対して本ソフトウェアを使用した理由を確認したところ、中本専務は、ダイイチから貸与されていたPCにプライベートな電子データも保存していたため、これを削除し、さらに念のため本ソフトウェアを使用しただけであると述べ、他の者に、電子データを削除すること及び本ソフトウェアを使用するよう指示したことは一切ないと供述した。 しかし、第三者委員会は、野口常務をはじめとする多数の従業員が、中本専務及び中本専務から指示を受けたF氏(執行役員販売本部帯広ブロック長)から、自身が保有するPC内の電子データを削除するよう指示され、その後本ソフトウェアが使用されたという供述をしていること、さらに、商品第二部(生鮮)の売上原価の先行計上について、情報共有のために作成されていた社内連絡用のフォルダが、第三者委員会に提供された電子データに存在していなかったことから、中本専務の供述を信用することはできず、ダイイチにおいては、主に生鮮部門で行われた売上原価の先行計上に関する調査を妨害することを目的として、中本専務の主導により、組織的に、電子データの削除及び本ソフトウェアの使用が行われたものという判断を示している。 2 会計監査人の関与状況に対する評価(報告書37ページ以下) 近年、会計監査人に対するインタビューすらしない調査委員会が多い中、ダイイチ第三者委員会は、会計監査人である監査法人シドーの監査手続きについて、厳しい指摘を行っている。 (1) 売上原価の先行計上 第三者委員会は、監査法人シドーが、売上原価の先行計上に係る事実を認識していたことを示す事実は認められなかったものの、ダイイチの監査手続において、実地棚卸が店舗によっては期末日以前に行われていたことを認識していながら、ロールフォワード手続(実地棚卸が期末日よりも前に実施される場合に、実地棚卸の日から期末日までの当該資産の増減を検証・確認する手続)を十分に行っていなかったため、理論在庫の不適切な調整がなされていたことを把握することができなかったことから、会計監査人として職業的懐疑心を発揮して監査手続を行っていたとは認めがたいと評価せざるを得ないとした。 (2) 経費の先行計上 第三者委員会は、監査法人シドーが、ダイイチの税務申告において、費用計上した科目を課税所得の算定において、貯蔵品又は前払費用として別表加算して各期の損金から除外していることを認識していたが、金額的な重要性がないとして、これに対し特段の対応をしていなかった点について、2021年9月期において貯蔵品として別表加算された金額は約32百万円となっており、単に金額的な重要性だけをもって、ダイイチに対して何らの指摘等も行わなかったことは、会計監査人として適切ではないと考えられるとした。 (3) 現金主義によるリベート処理 リベートの現金主義による処理について、第三者委員会は、会計監査人は、主なリベートについては発生主義で計上されていると認識しており、現金主義で計上されているリベートの存在については十分に把握できていなかったというコメントを紹介するだけにとどめ、評価に関する記述はない。 3 役員の異動及び役員報酬の返上 ダイイチは、2022年7月26日、「役員の異動及び役員報酬の返上に関するお知らせ」をリリースして、売上原価の先行計上を主導してきた中本専務と野口常務、非常勤の取締役として経理部門を担務してきた川瀬豊秋氏(報告書上の表記は「D氏」)の3名が、8月31日付で辞任すること、代表取締役社長の若園清氏(報告書上の表記は「A氏」)が月額基本報酬額の100%を5ヶ月間返上することをはじめ、他の取締役及び監査役もそれぞれ役員報酬の一部を返上して、経営責任を明確にすることを取締役会で決議した旨、公表した。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第30回】 「M&Aを行う理由・要因別の売り手の見方」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aを行う理由や要因によって異なる、売り手に対する見方のポイントを知る。 売り手企業 ⇒M&Aを行う理由や要因によって異なる、買い手の売り手に対する見方を知る。 支援機関(第三者) ⇒M&Aを行う理由や要因によって異なる、売り手に対する見方を知り、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒M&Aを行う理由や要因によって異なる、売り手に対する見方のポイントを理解する。 1 M&Aを行う買い手の意図は何か 中小企業にとって、M&Aという手段は経営をする上で必ず行わなくてはならないものではありませんから、買い手がM&Aという判断、決断に至るには何らかの理由、要因があると考えるのが自然です。しかも、この理由や要因の別によって、買い手が売り手をどう見ているか、言い換えると、どのような売り手を探しているかも異なりそうです。 売り手からすると、どんな意図をもって、買い手が売り手に近づいてきたのかわからないと、売り手にとって望ましい買い手かどうかがわかりませんから、まず何よりも、買い手がどうしてM&Aをしようと思っているのかは、ぜひ知りたいところです。 しかし、買い手がM&Aをする理由や目的を仮に知ることができても、これだけでは、売り手側の心の準備を整えるのに十分ではないでしょう。買い手がM&Aを行う理由や要因が異なれば、売り手に期待する内容や条件も自ずと異なるのではないでしょうか。 そうした期待の内容が垣間見えると、売り手としては、自社にとって望ましい買い手かどうかの判断がつくようになり、売り手なりの心構えや準備もできるようになります。 そこで今回は、買い手がM&Aを行う主な理由や要因と、その理由や要因の別によって買い手が売り手をどう見ているかについて解説します。売り手からすれば、買い手の姿勢に応じた事前準備ができるようになり、買い手からすれば、M&Aを行う理由や要因によって、どのような売り手候補を探せばよいかのヒントになります。 2 買い手がM&Aを行う主な理由や要因 本稿では、買い手がM&Aを行う理由や要因と、M&Aに対する姿勢の積極(消極)性との関係性を考慮して、以下のように分類しました。必ずしも明確に線引きできるものではありませんが、ある程度、どのような理由や要因の場合にM&Aを行う姿勢が積極的になるか否かを判断する目安としてご活用いただけるのではないかと思います。 ちなみに、本稿ではM&Aに“積極的”とはM&Aを自らの意思で肯定的、前向きに進められる場合を指し、“消極的”とは否定的、後ろ向きでありながらもM&Aに頼らざるを得ない状況によって、自分の意思よりも外部環境の影響をより強く受けてM&Aに進む場合を指すこととします。 ① M&Aの買い手が積極姿勢のケース ② M&Aの買い手の姿勢がやや積極的なケース ③ M&Aに対する姿勢が中立的なケース ④ M&Aの買い手の姿勢がやや消極的なケース ⑤ M&Aの買い手が消極姿勢のケース M&Aを行うといっても、買い手の置かれた立場、M&Aを行う意図などによって、まったく異なる買い手像が浮かび、対象とする売り手像もおそらく異なるであろうというのが見て取れると思います。 売り手としては、M&Aによって買い手との良好な関係を望み、対等な立場でM&A後の経営を考えたいところですが、買い手には買い手の事情があってM&Aという手段、選択肢に至っていますので、なかなか売り手の意向通りにいかないわけです。 かといって、売り手にも売り手なりのM&Aに向かう意図、目的がありますから、買い手の思う通りにいくとも限りません。こうしたズレがある点で中小企業のM&Aは難しいと言えるわけです。そのため、成功パターンも、失敗パターンも画一的なものにはならず、ケースバイケースで判断するしかないのが実情でしょう。 しかしだからといって、買い手がM&Aを行う理由や要因について知ることがまったく無意味かというと、そんなことはありません。むしろ、売り手としては、買い手は望んでM&Aをしたいのか、それとも、M&Aは避けたいが仕方なくするのか、といった事情がわかる方が、対応も対策もしやすいのではないでしょうか。 3 買い手がM&Aを行う理由や要因によって異なる、売り手に対する見方 続いて、買い手がM&Aを行う理由や要因によって、売り手をどのように見て、売り手の何に期待するのか、上記2で紹介した番号順にみていきます。 ① 「M&Aの買い手が積極姿勢のケース」の場合 買い手自身が自力成長で十分に事業を拡大できる能力を有している場合が多く、それでもあえてM&Aをするわけですから、M&Aを無理に急ぐことはせず、良い相手に巡り合うのを期待しています。そのような相手とは、たとえば、買い手が未開拓の新規ビジネスや市場の発見と創造につなげられるのを期待できそうな相手、自社事業との相乗効果を期待できる相手です。 この場合、買い手はあくまで無理してM&Aをしたいわけではありませんが、買い手主導で成立できそうで、かつ、買い手が望む企業であれば、多少の資金を投じてでもM&Aへの期待が高まります。ぜひ欲しいと思わせるような何かを持っているという魅力の有無と強さが、選ばれる売り手のポイントになります。 〈買い手が期待する売り手の一例〉 ② 「M&Aの買い手の姿勢がやや積極的なケース」の場合 買い手としては今後も安泰で、躓く恐れは少ないかもしれないが、市場、ライバルの状況、外部環境などを考慮すると、余力のある今のうちに少しでも先行しておきたい、先回りをして仕掛けることで有利な状況をキープしたい、といった強いニーズがあります。 売り手としては、買い手が自社とM&Aをすることがメリットになると思わせるような魅力があるとポイントが高いです。 〈買い手が期待する売り手の一例〉 ①②のケースは、積極的に買い手から売り手に対して手を組みたいと言ってくれるケースですから、買い手から選ばれる売り手であり、譲渡価額が高額になりやすく、市場価値のある売り手である特徴を有しているといえます。 買い手に資金余力がある場合には、魅力の低い売り手に対する救済の目的でM&Aを行う場合もありますが、売り手からはそのようなシチュエーションに遭遇する期待はできません。 ③ 「M&Aに対する姿勢が中立的なケース」の場合 売り手探しに積極的でない中で、偶然にも、M&Aの機会に巡り合う場合があります。中小企業のM&Aでは割とみられるケースで、経営者仲間からの相談、普段付き合いのある金融機関や顧問を介しての紹介などによって、主に同業同士で成立するパターンなどが考えられます。 このほかにも、何らかの原因で売り手の事業継続が難しい場合に、買い手の救済や支援を通じて継続するチャンスを期待するケースもみられます。 〈買い手が期待する売り手の一例〉 ④ 「M&Aの買い手の姿勢がやや消極的なケース」の場合 買い手としては、M&Aをしたいというよりも、M&Aをしなければならないか、M&Aをせざるを得ない状況に近いと言えます。もちろん、買い手側は資金を投じる程度の余裕はあるでしょうが、今後のビジネスという意味では将来に危機感を抱いている場合も少なくありません。 〈買い手が期待する売り手の一例〉 ⑤ 「M&Aの買い手が消極姿勢のケース」の場合 M&Aを買い手自身の浮上の契機にしたいと考える可能性が高く、買い手の状況改善の一手になりそうな売り手を探したいという意向が強く働きます。この場合、売り手は買い手の今後の事業展開に必要なパートナーとなりますので、頼りにされる一方で、買い手自身に力がなければ共に沈んでいく危険性がある点で、売り手としても慎重な検討が求められます。 〈買い手が期待する売り手の一例〉 ④⑤のケースでは、売り手に対する依存、買い手に足りないパーツを補うという視点で売り手探しをする例もみられます。売り手としては、買い手が売り手を期待する分嬉しい反面、期待の裏返しとして、買い手の経営課題を一緒に引き受ける、背負わされる可能性まで視野に入れて、上手に買い手の提案に付き合っていかなければならないかもしれません。 * * * 買い手がM&Aを選択する際の買い手自身の理由や要因は、売り手探し、選びにも少なからず影響を及ぼします。買い手も売り手もどのような相手と組むのが自社にとってのベストアンサーなのか、条件面、形式面に限定しないで視野を広げるのも重要な検討ポイントです。 (了)
〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第9回】 「鉄道子会社が減損に至った経緯」 -減損の理由は観光客減少か、人口減少か- 公認会計士 石王丸 周夫 〈はじめに〉 東急は2022年3月期において、子会社である伊豆急行の保有資産について減損を実施しました。 伊豆急行は、伊豆半島の東側(伊東-伊豆急下田間)を南北に走る鉄道路線の会社です。伊豆急行線はJR東日本と相互乗り入れしており、東京、神奈川方面からの観光客が利用する観光鉄道としてよく知られています。それゆえ、コロナ禍により観光客が激減し、業績が悪化したことは間違いないでしょう。 一般に減損会計では、業績が悪化すれば「減損の兆候あり」とされてしまいます。しかし、減損処理を実施するかどうかというのは、現在に至るまでの業績ではなく、今後の業績如何によります。 ということは、コロナが収まった後も観光客は戻ってこないと予測しているのでしょうか。さっそく、注記事例を確認してみましょう。 〈今回の注記事例〉 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 上の注記では、伊豆急行の資産を減損しているとは書いてありませんが、2022年3月28日の東急の公表資料「当社子会社(伊豆急行株式会社)における減損損失の計上に関するお知らせ」と合わせて読めば、下線を引いた部分のほとんどが伊豆急行の資産の減損だとわかります。 この注記からは減損実施の背景を読み取れないので、別途伊豆急行の決算書から、これまでの同社の業績(鉄道事業)を確認して、グラフにしてみます。 (※) 伊豆急行ホームページ「貸借対照表・損益計算書」を基に筆者作成 上記からわかるとおり、直近2期が連続して営業損失です。 減損会計では、固定資産に減損が生じているかどうかを見極めるために、まず、「減損の兆候の有無」を確認します。会計基準に示されている減損の兆候の例示はいくつかありますが、そのうち最も典型的なのは過去2期連続の営業損失です。 この例では、2022年3月期が減損実施年度なので、過去1期のみ営業損失で、2期目は営業損失見込み(決算作業段階)ということになります。伊豆急行が東急における減損会計適用上の適用単位(1つの資産グループ)であるという仮定での話ですが、このような場合は、2022年3月期以降の見込みが明らかにマイナスと判断されれば「減損の兆候あり」となります。 おそらくこのような解釈により「減損の兆候あり」となってしまったと考えられます。 〈減損が発生しているかどうかの判定〉 「減損の兆候あり」となると、次は減損が発生しているかどうかの判定を行います。判定は次式によります。 このような状態になった時、資産の収益性が低下しているとして、減損が実施されます。 ここでの「割引前将来キャッシュ・フロー」とは、当該資産が将来にわたって生み出すキャッシュ・フローのことです。向こう1年間のキャッシュ・フロー、2年目のキャッシュ・フロー、3年目のキャッシュ・フローというように足し上げていきます。割引前ということなので、現在価値には引き直さず、単純に足していくだけです。 何年先まで足すかというと、資産の経済的残存使用年数(残存耐用年数)か20年のいずれか短い期間までです。 おそらく東急では、伊豆急行線についてこのような判定を行って、「資産の帳簿価額>資産から生ずる割引前キャッシュ・フローの総額」だったというわけです。つまり今後のキャッシュ・フローが不十分であると、東急は予測しているのです。 〈コロナで乗客が減少〉 今後のキャッシュ・フローが不十分な理由は、鉄道業なので乗客の減少によるものでしょう。これは、コロナ前の2018年度とコロナが蔓延した2020年度で、乗車人員を比較すれば明らかです。実に約46%も減少しています。 〈伊豆急行線の年間乗客数〉 (出所:静岡県統計年鑑) この状況は2021年度も変わっていません。東急の2022年3月期有価証券報告書には、伊豆急行の輸送人員が5.3%増加したとの説明がありますので、回復はしているものの、コロナ前の水準にはほど遠いことがわかります。 では、この乗客の減少は観光客だったのでしょうか。あるいは、沿線住民の通勤・通学者だったのでしょうか。 〈減ったのは観光客〉 伊豆急行線が相互乗り入れしているJR伊東線の統計を見ると、面白いことがわかります。JR伊東線は、熱海-伊東間を結ぶ路線です。東京・神奈川方面から伊豆急行線沿線を訪れる観光客は、通常、JR伊東線にも乗車します。そのJR伊東線に関する統計資料には、定期券の乗客と普通料金の乗客別に乗車人員の統計が記載されています。 まず、JR伊東線熱海駅の乗車人員の統計です。 〈JR伊東線熱海駅の年間乗客数〉 ※熱海駅の1日当たり平均乗車人員に365日を乗じて算出した。 (出所:静岡県統計年鑑) コロナ禍で大きく減少したのは普通運賃の乗客だったことがわかります。観光客は定期券を買いませんので、普通運賃の乗客数の相当部分が観光客だったと推定できます。 続いてJR伊東線伊東駅のデータも見てみます。 〈JR伊東線伊東駅の年間乗客数〉 ※伊東駅の1日当たり平均乗車人員に365日を乗じて算出した。 (出所:静岡県統計年鑑) こちらも普通運賃の乗客が減少したことが明らかです。 以上から、JR伊東線では観光客が激減したことが見て取れ、それはすなわち、相互乗り入れしている伊豆急行線においても同じであることを示唆しています。 したがって、伊豆急行の営業収益の減少及び営業損失の計上は、主として観光客の激減によるものであり、それが将来において回復する根拠がないために、2022年3月期において減損を実施したと解することができます。 〈人口密度減少の問題〉 ところで、鉄道の需要というのは、本来は沿線の住民の利用です。石井幸孝著『人口減少と鉄道』(朝日新聞出版・2018年)26頁によると、沿線の人口密度が約350人/㎢を超えると鉄道の営業損益は黒字になるといいます。 伊豆急行についても、観光客を取り除いたベースでの基礎的な収益性を、沿線の人口密度から推測できます。伊豆急行線は、伊東市、東伊豆町、河津町、下田市の4つの自治体にまたがって運行しています。そこでこれらの自治体の人口と面積から人口密度を計算してみると、259人/㎢となりました。 〈沿線自治体の人口密度〉 (※) 各自治体ホームページより筆者作成 つまり、この地域では、沿線住民の需要だけでは黒字にはならないということです。もともと観光開発により敷かれた鉄道ですので、それで問題はないのですが、観光客が減少した際の耐久力という意味で弱点となります。 さらに、これらの自治体のうち伊東市についてのみですが、近年の人口密度の推移を見てみました。 (※) 伊東市ホームページ「伊東市統計書 2020年版」より筆者作成 伊東市の人口密度は、2004年をピークに顕著に減少しています。2020年時点ではピーク時から10%減少しており、グラフのトレンドから見て、まだ下がりそうです。 伊豆急行線の乗客数は、コロナにより半減しましたが、逆にいえば、半分は消失しなかったわけです。消失しなかった需要のほとんどは沿線住民の乗客だと見られます。 したがって、沿線の人口密度が上記のグラフのように減っている状況は、観光需要を失った伊豆急行線のもう半分の需要も盤石ではないことを示しています。 観光需要の方はコロナが収束すれば経営努力次第で再興します。伊豆急行線にはデザイン性の高い観光列車も走っていますし、最近では、JR東日本と共同で超高級路線のイメージを前面に出そうとしているようにも見えます。 しかし、人口密度の方は、企業の努力だけでは如何ともしがたいです。2022年3月期の段階で減損を実施したのは、もしかしたらそれが理由だったのかもしれません。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例42】 「共有にある空き家の管理に関する民法改正」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、2人の兄弟と共同相続した土地・建物を3分の1ずつ共有していますが、遺産分割の見込みが立っておりません。建物は物置として利用しておりますが、先日、業者から建物を転貸する等したいとの提案を受けたため、前向きに検討しています。兄弟に手紙を送ったところ1名は賛成してくれましたが、もう1名からは回答がありません。このような状態で賃貸する際の注意点はありますか。 1 はじめに 空き家が共有状態となった後、管理のために様々な対応に迫られる。その一方で、共有者の中には管理に関心のない者もいる。もっとも、関心がないとはいえ所有権者であることに変わりはないため、民法の規定する一定のルールに従って管理を行っていく必要がある。本事例では、共有に関する民法改正を踏まえて共有物の管理に関する事例を検討したい。 なお、原則令和5年4⽉1⽇から施⾏される予定の改正⺠法等を踏まえて、このような問題への対応策を検討したい。なお、便宜上、改正前・後の⺠法を「改正前民法」「改正後⺠法」と表記する。 2 共有の管理に関する民法改正の概要 従来の判例上、相続によって共同相続となった場合の権利関係(遺産共有)は、民法物権編(249条以下)に規定された共有と同様であると解されてきた。このことは民法改正後も変わらない。そのため、原則として遺産共有についても、民法物権編に規定された共有物の管理に関するルールが適用されることになる。 改正前民法の共有物の管理に関する事項は、①変更・処分行為、②管理行為、③保存行為に分類され、①変更・処分行為は共有者全員の同意に基づいて、②管理行為は持分価格の過半数に基づいて、③保存行為は個々の決定に基づいて行うものとされていた(改正前民法第251条、同法第252条)。なお、遺産共有の場合、共有持分の算定は、原則として法定相続分に基づくことになる(改正後民法第898条第2項)。 改正後民法においても、変更・処分行為の規律に変更はない。しかし、一見すると変更行為と見られる場合でも、共有者に与える影響が小さいときにまで全員の同意を要するとなると、円滑な共有物の管理に支障が生じることになる。そこで、共有物の形状や効用の著しい変更を伴わないものについては、管理行為と同様の規律に服することになった(改正後民法第251条第1項、同法第252条第1項)。 管理行為については、共有物の管理者の選・解任が含まれることが明示されたほかに(改正後民法252条第1項かっこ書)、短期間の賃借権等(以下「短期賃借権」という)を設定できることも明示された(同条第4項各号)。 3 短期賃借権と借地借家法の関係 改正後民法第252条第4項第3号は、短期賃借権として3年を超えない建物の賃借権等を規定している。問題は、これに借地借家法の適用を受ける建物の賃貸借契約が含まれるかである。同法の適用を受ける建物の賃貸借であっても、3年以下の期間を定めることはできるが、同法の適用を受ける結果、賃貸人は正当な事由がなければ期間満了によって契約を終了することができない(同法第26条)。 このように同法の適用を受ける建物の賃貸借は、建物の所有者である共有者に与える影響が大きいため、たとえ期間が3年以下であったとしても、短期賃借権には含まれないものと解される。したがって、共有物の建物の賃貸借を行う場合、共有者全員の同意に基づいて行う必要がある。 しかし、これは借地借家法の更新等のルールの適用を受ける賃貸人の不利益を考慮したものであるから、これらの適用を受けない賃借権(例:定期建物賃貸借(同法第38条))については、管理行為として評価することに支障はない。そこで、3年以下の定期建物賃貸借契約については持分価格の過半数によって決定できるものと解される(同法第39条の取壊し予定の建物の賃貸借、第40条の一時使用目的の建物の賃貸借も同様に解される)。 ところで、改正後民法第252条第4項第3号は、借地借家法の更新等のルールの適用の有無を短期賃借権の区別基準としているわけではないから、事情によっては借地借家法の更新等のルールの適用を受ける普通賃貸借であっても管理行為に該当する場合もありうる(日本弁護士連合会所有者不明土地問題等に関するワーキンググループ編『新しい土地所有法制の解説』(有斐閣・2021年)107頁参照)。もっとも、一般的な建物の賃貸借契約を締結する場合には、全員の同意に基づいて行うべきであろう。 管理行為として、短期賃借権の期間制限を超えた賃貸借契約が締結された場合、その効力は無効と解されているので留意が必要である。 4 管理人の権限と制限 上記2のとおり、改正後民法では、管理行為として、共有物の管理人の選・解任を行えることが明示された。管理人の資格は定められておらず、共有者以外でも、自然人でも法人でも管理人となることができる。 実際に、どのような権限が与えられていれば管理人となるかは個別の判断になるが、管理行為の内部制限から第三者を保護する規定(改正後民法第252条の2第4項)が設けられた趣旨からすると、同語反復的ではあるが、管理に関する事項全般を任されているかどうかを基準にすることになると考えられる(たとえば、不動産管理会社は管理人に該当しうるのに対し、空き家を定期的に訪問して状況報告等をするような空き家管理サービス等を行う業者は管理人とまではいえないように思われる)。 管理人は変更・処分行為を除き、管理行為や保存行為を単独で行うことができるが、管理人が選任時や共有者との委任契約締結時に管理行為の範囲について制限を受けていたにもかかわらず、これに違反して第三者と契約等を行った場合、共有者は当該制限を善意の第三者に対抗できない(改正後民法第252条の2第4項ただし書)。 また、条文上、第三者に無過失が求められてないことからすると、共有者は、管理人の権限に制限を加える場合、当該制限を第三者に認識させる仕組みを作っておく必要がある。たとえば、第三者との契約時に、管理人ではなく、共有者が署名押印すること等の措置も考えられる。 なお、上記の第三者保護の規定は、管理行為の内部制限についてのものであるから、管理人の行為が変更・処分行為に該当する場合に、第三者が共有者全員の同意を得ていないことについて善意であったとしても、当該規定によって当該第三者は保護されない。 5 本件について 本件の建物の共有持分は3分の1ずつであり、1名の賛否が不明であることから、建物を賃貸する場合には、管理行為として、定期建物賃貸借を締結して当該貸借人が定期建物転貸を行うことを承諾することが考えられる。 また、本件のように業者を管理人として選任した上で、定期建物賃貸借契約を行わせることも考えられる。ただし、実際の利用者を個人に限定したい場合のように、管理人の権限を制限したい場合には、管理人が当該制限に違反した場合の第三者保護規定の適用を受けないように、第三者との契約に自ら署名押印を行う等の対策を検討しておく必要がある。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第60話】 「学資金と非課税規定」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・某税理士法人から質問があったのですが・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の机の前に立っている。 「・・・どんな?」 中尾統括官は、部下の調査報告書を見ながら尋ねる。 「はい・・・この税理士法人では、職員が税理士資格を取得するために、大学院に通うことを認め、その学資金を貸与する制度があります・・・」 中尾統括官は、調査報告書から目を離して、浅田調査官を見る。 「それって、あの・・・税理士試験の科目免除を目的とした大学院?」 中尾統括官は、税理士法7条を思い浮かべる。 「はい、税法の修士論文であれば、税法2科目免除、会計学の修士論文であれば、簿記論又は財務諸表論のうち1科目が免除になります・・・」 中尾統括官は、税理士法7条2項を開く。 「会計学の免除は、同条3項に書いてあります」 浅田調査官は、税務六法を覗きながら、付け加える。 「それで・・・質問は?」 中尾統括官は、質問の内容を催促する。 「ええ、この税理士法人では、一定の条件を満たした職員に対し、この学資金を免除することになっているらしいのです・・・」 浅田調査官は、更に言葉を続ける。 「・・・貸与規定には、税理士の資格を取得してから、3年間は、その税理士法人に勤務しなければならないという条件が付いています・・・」 「・・・すなわち・・・その学資金は、債務免除の条件が付されている貸付金という性格のものだな・・・ところで・・・大学院の授業料は、いくらぐらいなの?」 中尾統括官が尋ねる。 「そうですね・・・大学によって異なりますが・・・私立の場合・・・入学金も含めて、平均すると年間・・・100万円ぐらいだと聞いています・・・したがって、2年間で200万円ですか・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の金額に頷く。 「この学資金を税理士法人が免除したとき、当該職員に対し、債務免除益という経済的利益を与えたとして、給与所得等の課税が発生するかという質問なのですが・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を覗く。 「・・・ということは、その学資金が所得税法9条1項15号の非課税所得に該当するかどうかということか・・・」 そう言いながら、中尾統括官は、税務六法をめくる。 「・・・この通達の括弧書きの2つの・・・『除く・・』は・・・読みにくいですね・・・何をいっているのですか・・・」 浅田調査官は、顔をしかめる。 「・・・この条文については、所得税基本通達9-14で解説している・・・」 中尾統括官は、通達を開く。 「・・・ここでは、給与所得者が使用人から受ける学資金で非課税とされるものは、通常の給与に加算して給付されるものに限られるから、本来受けるべき給与の額を減額された上で、それに相当する額を学資金として給付を受けるものなどは、非課税とならないということを明らかにしている・・・」 中尾統括官は、通達を閉じながら、説明を終える。 「・・・ということは・・・基本的に、一定の条件を満たしている職員に対し、学資金を免除しても、非課税所得として取り扱えるということですね?」 浅田調査官は中尾統括官を見る。 「そうなるだろう・・・ただし、税理士法人は、免除の条件を満たしたときに、初めて、その債権(貸付金)を貸倒損失として損金算入することができる・・・」 中尾統括官は、浅田調査官にハッキリと伝える。 (つづく)
《速報解説》 《速報解説》 投資性ICOに関する各種規定の整備を踏まえ、ASBJが「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」を確定 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年8月26日、企業会計基準委員会は、「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第43号)を公表した。 これにより、2022年3月15日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対するコメント対応も公表されている。 2019年5月に成立した「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和元年法律第28号)により、金融商品取引法が改正されている。 当該改正により、いわゆる投資性 ICO(Initial Coin Offering。企業等がトークン(電子的な記録・記号)を発行して、投資家から資金調達を行う行為の総称)は 金融商品取引法の規制対象とされ、各種規定の整備が行われた。 実務対応報告は、「金融商品取引業等に関する内閣府令」における電子記録移転有価証券表示権利等の発行・保有等に係る会計上の取扱いを示すものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 範囲 「金融商品取引業等に関する内閣府令」1条4項17号に規定される「電子記録移転有価証券表示権利等」を対象とする。 また、株式会社による発行及び保有の会計処理のみを対象とする。 株式会社以外の信託、持分会社、民法上の任意組合、商法上の匿名組合、投資事業有限責任組合及び有限責任事業組合についての会計処理は、実務対応報告の対象外である。 Ⅲ 会計処理の基本的な考え方 電子記録移転有価証券表示権利等は、その発行及び保有がいわゆるブロックチェーン技術等を用いて行われる点を除けば、従来のみなし有価証券(電子記録移転有価証券表示権利等に該当しないみなし有価証券を指す)と権利の内容は同一と考えられるため、電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理は、基本的に従来のみなし有価証券を発行及び保有する場合の会計処理と同様に取り扱う。 Ⅳ 電子記録移転有価証券表示権利等の発行の会計処理 電子記録移転有価証券表示権利等を発行する場合、その発行に伴う払込金額を実務対応報告5項及び6項の定めに従い、負債、株主資本又は新株予約権として会計処理を行う。 1 負債に区分される場合 電子記録移転有価証券表示権利等の発行に伴う払込金額が負債に区分される場合には、金融負債として、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)7項の定めに従って発生の認識を行い、その金額は金融商品会計基準26項、又は36項、38項(1)及び「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」(企業会計基準適用指針第17号。以下「複合金融商品適用指針」という)の定めに従う。 「金融負債」とは、支払手形、買掛金、借入金及び社債等の金銭債務並びにデリバティブ取引により生じる正味の債務等をいう。 2 株主資本又は新株予約権に区分される場合 電子記録移転有価証券表示権利等の発行に伴う払込金額が株主資本又は新株予約権に区分される場合には、その内訳項目は「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」(企業会計基準第5号)5項から7項の定めに従い、その金額は、会社法445条及び446条の規定、又は金融商品会計基準36項、38項(2)及び複合金融商品適用指針の定めに従う。 Ⅴ 電子記録移転有価証券表示権利等の保有の会計処理 前述の発行の場合とは異なり、 電子記録移転有価証券表示権利等の保有の会計処理については、 金融商品会計基準等上の有価証券に該当する場合と該当しない場合に分けて規定している。 1 金融商品会計基準等上の有価証券に該当する場合 2 金融商品会計基準等上の有価証券に該当しない場合 Ⅵ 開示 電子記録移転有価証券表示権利等を発行又は保有する場合の表示方法及び注記事項は、みなし有価証券が電子記録移転有価証券表示権利等に該当しない場合に求められる表示方法及び注記事項と同様とする。 Ⅶ 適用時期等 2023年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用する。 ただし、実務対応報告の公表日(2022年8月26日)以後終了する事業年度及び四半期会計期間から適用することができる。 (了)
《速報解説》 東証、「IPO等に関する見直しの方針について」を公表 ~新規上場の品質維持・スタートアップに多様な新規上場手段を提供するための検討進める~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年8月24日、東京証券取引所は、「IPO等に関する見直しの方針について」を公表した。 これは、新規上場の品質を維持しながら、新たな産業の担い手となるスタートアップに多様な新規上場手段を提供する観点から、IPO等に関する諸施策について、順次、検討を進めるものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主な内容は次のとおりである。 1 ディープテック企業に関する上場審査 いわゆるディープテック企業とは、宇宙、素材、ヘルスケアなど先端的な領域において新技術を活用して成長を目指す研究開発型企業である。 ディープテック企業は、相対的に企業価値評価が困難である特性も踏まえ、上場審査及びリスク情報等の開示について検討を進めるとし、次の対応が示されている。 2 IPOプロセス(上場日程の設定等) 上場日程の柔軟化に向けて、新規上場申請日、上場承認日及び上場日の設定の自由度を高めるための検討を進めるとし、次の対応が示されている。 3 ダイレクトリスティング ダイレクトリスティング(上場する際に、新株の発行を行わないで、既存の株式だけを上場する方法)に関して、次の対応が示されている。 4 引受証券会社の新規参入 引受証券会社の新規参入の円滑化に関して、次の対応が示されている。 5 スピンオフを行う場合の当事会社の新規上場 スピンオフ(分割型分割・株式分配)を活用するための環境整備に関して、次の対応が示されている。 6 その他 SPAC(特別買収目的会社)などに関する7項目について検討事項が簡潔に示されている。 (了)