租税争訟レポート 【第62回】 「更正の請求に係る事実関係の立証責任 (第1審:東京地方裁判所令和2年1月30日判決、 控訴審:東京高等裁判所令和2年12月2日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第1審判決の概要〉 〈控訴審判決の概要〉 【事案の概要】 本件は、福岡市内において診療所を経営することを目的として設立された医療法人社団である原告が、処分行政庁に対して、平成23年4月1日から平成24年3月31日までの事業年度の法人税に係る更正の請求並びに平成23年4月1日から平成24年3月31日まで及び同年4月1日から平成25年3月31日までの課税期間の消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という)に係る各更正の請求をしたのに対し、処分行政庁から平成29年7月20日付けでいずれについても更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから、これらの各通知処分の取消しを求める事案である。 【第1審判決の概要】 1 原告による修正申告と更正の請求 原告による法人税及び消費税等に係る申告内容については、下記の表のとおりである。 ◆原告による法人税の申告経緯 〔平成24年3月期〕 〔平成25年3月期〕 ◆原告による消費税等の申告経緯 〔平成23年4月1日から平成24年3月31日までの課税期間〕 〔平成24年4月1日から平成25年3月31日までの課税期間〕 (1) 原告による法人税の修正申告 原告は、平成28年1月13日、平成24年3月期及び平成25年3月期の各法人税について、修正申告書を提出し、平成24年3月期の修正申告では、当初申告においてC社に支払ったとして経費に計上していた業務委託費4,650万円を自己否認したものであり、平成25年3月期の修正申告では、当初申告において同社に支払ったとして経費に計上していた広告宣伝費8,214万2,858円を自己否認したものであって(以下、これらの自己否認した経費を「本件広告宣伝費等」という)、本件各法人税修正申告においては、これらと同額を各事業年度の所得金額にそれぞれ加算している。また、原告は、C社が自己の名義において支出していた広告宣伝費について、平成24年3月期においては1,085万6,476円を、平成25年3月期においては1,665万7,280円を原告の広告宣伝費の金額に算入することで、これらと同額を本件各事業年度の所得金額からそれぞれ減算している。 (2) 原告による消費税等の修正申告 同じく、原告は、平成28年1月13日、本件各課税期間の消費税等について、修正申告書を提出し、課税仕入れに係る支払対価の額について、上記(1)の法人税の修正申告で加算した金額の税抜金額に仮払消費税額を加算した金額である、4,882万5,000円(平成24年3月課税期間)、8,625万円(平成25年3月課税期間)をそれぞれ減算した。 (3) 原告による更正の請求 原告は、平成29年5月18日付けで、平成24年3月期及び平成25年3月期に係る法人税並びに平成24年3月課税期間及び平成25年3月課税期間に係る消費税等について、それぞれ更正の請求書を提出した。 (4) 更正をすべき理由がない旨の通知 処分行政庁は、平成29年7月20日付けで、上記(3)各更正の請求に対してそれぞれ更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。 2 争点に対する原告の主張 (1) 更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟において、納税者が確定した申告書の記載が真実と異なることについての主張立証責任を負うか〔争点①〕 原告は、「更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、納税者は、申告により確定した税額等を自己にとって有利に変更することを求めるのであるから、確定した申告書の記載が真実と異なることについて主張立証責任を負うと解するのが相当であり、納税者は、真実の所得が確定申告額(本件においては修正申告額)を下回ることの立証責任を負う」という被告の主張に対して、被告は、原告の関連法人であり、医院のコンサルティング事業、広告代理店業等を目的とする法人であるC社に対する新宿税務署長による各更正処分において、C社の売上高のうち架空取引であるとした部分とそのように判断しなかった部分の各詳細を明らかにしていないから、原告において真実の所得額を明らかにすることは不可能であることから主張立証責任を負わず、さらに、原告は、当初の確定申告の内容が正しかったものであると主張した。 (2) 本件各法人税修正申告書における所得金額等(本件計上漏れ広告宣伝費に係る部分を除く)に誤りがあるか否か〔争点②〕 原告は、新宿税務署長がC社に対して、過大計上された売上高があるとして、平成28年3月25日付けで、平成23年3月1日から平成24年2月29日までの事業年度の法人税の更正処分及び同年3月1日から平成25年2月28日までの事業年度の法人税の更正処分をしたところ、これらの処分の中には、C社の原告に対する売上高が架空のものであることによる減額部分が含まれていたにもかかわらず、本件各法人税修正申告書における本件各加算金額は、C社各更正処分におけるC社の原告に対する売上高に係る減額更正額と当然同額になるべきであるが、両金額は一致していないことから、C社に対する支払を経費として認めないこととして計算された本件各法人税修正申告書における所得金額等の計算には誤りがあると主張した。 また、被告による、①原告とC社では法人税の確定申告等に係る期間が異なること、②両者の消費税等の経理方式も異なること、③原告の総勘定元帳に計上されていた業務委託費及び広告宣伝費とC社が総勘定元帳に計上していた売上金額の計上日及び計上金額が一致していないことから、本件各加算金額とC社各更正処分において認容された経費が必ずしも一致しない旨の主張についても、この①~③では説明することができない金額の不一致があると反論し、結論として、C社各更正処分において過大計上であるとされた原告に対する売上高は、架空のものではなく、本件広告宣伝費等は経費として認容されるべきであるから、これを経費としなかった本件各法人税修正申告書における所得金額等の計算には誤りがあると主張した。 (3) 本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額に誤りがあるか否か〔争点③〕 原告は、争点②に対する原告の主張のとおり、本件各法人税修正申告書における所得金額等(本件計上漏れ広告宣伝費に係る部分を除く)には誤りがあるから、本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額には誤りがあると主張した。 3 第1審である東京地方裁判所の判断 東京地方裁判所は、以下のとおり、3つの争点について、原告の主張を斥ける判断を示したうえで、原告は確定した申告書(修正申告書)に記載された事実が真実と異なることを主張立証すべきところ、本件各法人税修正申告書における所得金額等、本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額には、いずれも誤りがあるとは認められず、ほかに上記各修正申告書記載の事実が真実と異なることをうかがわせる具体的な事情があるともいえないから、本件各通知処分に違法な点はないというべきであり、原告の請求はいずれも理由がないから、棄却するという判決を導いている。 (1) 更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟において、納税者が確定した申告書の記載が真実と異なることについての主張立証責任を負うか〔争点①〕 東京地方裁判所は、申告納税方式による国税に係る税額は、その後に更正がされない限り、納税者の納税申告のとおり確定するものであること、納税申告の前提となった事実関係及びそれを誤りであるとする事実関係は更正の請求をする納税者が熟知していること等に照らせば、更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、更正の請求に係る事実関係は納税者たる原告において主張、立証すべきものと解するのが相当であるとする一般論を述べたうえで、本件においては、原告の真実の翌期へ繰り越す欠損金の額が平成24年3月期法人税修正申告書における翌期へ繰り越す欠損金の額を上回ること、また真実の控除対象仕入税額が本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額を上回ることを、原告が立証すべきこととなるという結論を述べて、原告の主張を斥けた。 (2) 本件各法人税修正申告書における所得金額等(本件計上漏れ広告宣伝費に係る部分を除く)に誤りがあるか否か〔争点②〕 裁判所は、まず、原告の関係法人であるBが法人税法違反、民事再生法違反で起訴される前に行われた、東京国税局査察部所属の担当職員による国税犯則取締法に基づく調査において、原告の理事であり確定申告書に税理士として記名押印のある乙の供述を次のように引用している。 そのうえで、原告による、本件各法人税修正申告書において、平成24年3月期においては業務委託費4,650万円を自己否認し、平成25年3月期においては広告宣伝費8,214万2,858円を自己否認して、これらと同額(本件各加算金額)を本件各事業年度の所得金額にそれぞれ加算していることは、法人税の所得金額の過少算出を是正するものであるから、適正な処理であるといえるという判断を示した。 一方、原告による、本件各法人税修正申告書における本件各加算金額は、C社各更正処分におけるC社の原告に対する売上高に係る減額更正額と同額でなければならないところ、これが一致していないという主張について、裁判所は、原告の事業年度は毎年4月1日から翌年の3月31日であるのに対し、C社の事業年度は毎年3月1日から翌年の2月末日であり、それぞれ法人税の確定申告等に係る期間が異なっていること、また、原告の総勘定元帳に計上されていた架空の業務委託費及び広告宣伝費と、C社がその総勘定元帳に計上していた原告との架空取引に係る売上金額(業務受託料)は、その計上日及び計上金額が一致していないことからすれば、原告の法人税の確定申告における所得金額に加算すべき金額(広告宣伝費の過大計上額)と、C社各更正処分で所得金額から減算された金額(売上高の過大計上額)が当然に一致するものである旨をいう原告の主張を採用することはできないとして、原告の主張を斥ける判断を示した。 (3) 本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額に誤りがあるか否か〔争点③〕 裁判所は、原告が平成24年3月期及び平成25年3月期の法人税の各確定申告書において計上していたC社に対する本件広告宣伝費等は、架空の経費であったところ、消費税等の計算においては、当該架空の経費は、本件各課税期間の課税仕入れに係る支払対価の額とは認められないことから、本件各加算金額に仮払消費税を加算した金額、すなわち平成24年3月課税期間においては4,882万5,000円を、平成25年3月課税期間においては8,625万円を、それぞれ課税仕入れに係る支払対価の額から減算することになるという判断に基づき、本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額に誤りがあるとは認められないとして、原告の主張を斥けた。 【控訴審判決の概要】 1 控訴審における控訴人の主張 2 控訴審である東京高等裁判所の判断 東京高等裁判所は、原審と同じく、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきものと判断するという結論を述べたうえで、控訴審における控訴人の主張について、以下のように判断を示したうえで、控訴人は確定した申告書(修正申告書)に記載された事実が真実と異なることを主張立証すべきところ、本件各法人税修正申告書における所得金額等、本件各消費税等修正申告書における控除対象仕入税額にはいずれも誤りがあるとは認められず、ほかに上記各修正申告書記載の事実が真実と異なることをうかがわせる具体的な事情があるとはいえないから、本件各通知処分に違法な点はないというべきであることから、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却するという判決を下した。 【解説】 原告・控訴人である医療法人社団が、関連法人C社などに対し架空の業務委託費、広告宣伝費などを計上し、医療法人の所得金額を少なくして関係会社に資金を移した上で、医療法人の実質経営者、E社の代表取締役が自由に使える資金を捻出したほか、本来は医療法人に計上すべき経費を関係会社で計上するなど、粉飾決算を重ねてきたところ、関係法人Bに対する東京国税局査察部所属の担当職員による国税犯則取締法に基づく調査において、医療法人の理事で税理士でもある乙は、こうした粉飾決算を供述して、医療法人は、乙の供述に基づく修正申告書で業務委託費や広告宣伝費を自己否認して所得金額に加算し、C社を介して広告業者に支払っていた医療法人の広告宣伝費を同じ修正申告で所得金額から減算した。 その後、C社に対する新宿税務署長による更正処分の内容が、必ずしも、医療法人の修正申告と一致していないことから、医療法人は処分行政庁である福岡税務署に更正の請求を行うが、更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから、その取消しを求めた訴訟を提起したところ、原審である東京地方裁判所、控訴審である東京高等裁判所は、ともに原告・控訴人の訴えを棄却する判断を示し、控訴審判決が確定した。 1 更正の請求 更正の請求を規定する国税通則法第23条第1項の規定は次のとおりである(括弧書きを一部省略している)。 更正の請求は、申告内容を自己の利益に変更しようとする場合のために設けられた手続きであり、申告が過大である場合には、原則として、他の救済手段に寄らずに更正の請求手続きによらなければならないと解されている(更正の請求の原則的排他性)(※)。 (※) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年、968ページ) 2 国税通則法施行令における規定 実務上、いわゆる税額の減額更正を求める更正の請求書には、更正の請求をする納税者が一定の書類を添付することが求められており、国税通則法施行令第6条第2項に、更正の請求について、次のような定めが設けられている。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第128回】 グレイステクノロジー株式会社 「特別調査委員会調査報告書(公表版)(2022年1月27日付)」 「役員責任調査委員会調査報告書(公表版)(2022年5月17日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【グレイステクノロジー株式会社特別調査委員会の概要】 【グレイステクノロジー株式会社役員責任調査委員会の概要】 【グレイステクノロジー株式会社の概要】 グレイステクノロジー株式会社(以下「グレイス」と略称する)は、松村幸治氏(報告書上の表記はA氏。以下「松村元会長」と略称する)が、2000年8月に設立。2008年3月には設立母体である株式会社日本マニュアルセンターの営業を譲り受けるなど業容を拡大し、2016年12月東証マザーズ上場(2018年8月に東証一部へ市場変更)。MMS(マニュアルマネージメントシステム)事業、マニュアル・コンサルティング事業などを主たる事業とする。連結売上高2,691百万円、連結経常利益1,178百万円、資本金246百万円。従業員数155名(いずれも修正前の2021年3月期実績)。本社所在地は東京都港区。会計監査人はEY新日本有限責任監査法人(以下「EY新日本監査法人」と略称する)。 【役員等の状況】(役員の肩書は2021年3月期有価証券報告書記載のもの) ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (注) 上表で2つある「報告書」の欄については、左欄が「特別調査委員会調査報告書(1月27日付)」、右欄が「役員責任調査委員会調査報告書(5月17日付)」を表している。 【特別調査委員会調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 グレイスは、2021年4月から同年10月にかけて、過年度財務諸表において売上計上していた取引に不適切な取引が含まれている旨の指摘を外部機関から受け、社内における調査を行ったところ、翌期以降に計上すべき売上を前倒して計上していた事例(売上の前倒し事案)が複数存在していたことを認識したほか、前記外部機関から、不正な架空取引(架空売上事案)が存在し、これに経営者の関与が疑われる旨の指摘を受けたため、11月9日、独立した立場の専門家による客観的な調査を実施する必要があると判断し、特別調査委員会を設置して調査を行うこととした。 2 特別調査委員会の調査により判明した不正の概要 グレイスの営業部では、東証マザーズに上場する前の2016年3月期から期をまたぐ売上の前倒しや、売上の前倒しが転じての架空売上が開始されていた。松村元会長は、営業担当役職員に過剰な売上目標を課し、経営会議・取締役会など社外役員もいる面前で営業成績の芳しくない営業担当役員を激しく罵倒・叱責し、営業担当役員もその部下に対して、同様の手法で売上目標の必達を厳命していた。 一方、グレイスにおいては、納品が完了していなくても、顧客から納品を証する「受領書」を回収しさえすれば、その時点で売上として計上して差し支えないという誤った実務慣行が存在していた。そこで、営業担当役職員は、達成困難な過剰なノルマを期末や四半期末に達成するため、期末や四半期末になると、実際には未だ納品が完了していないにも関わらず、顧客に依頼して「受領書」にサインをもらい、これを経理担当者に提出することでノルマを達成し、その後も制作部は、制作作業を継続し、後日最終納品する案件が数多く存在していた。 営業部のこのような実情は、営業担当役員である取締役営業部長木ノ下俊弘氏(報告書上の表記はD氏。以下「木ノ下元取締役」と略称する)はもとより、松村元会長、代表取締役社長飯田智也氏(報告書上の表記はB氏。以下「飯田元社長」と略称する)、取締役制作部長の田邉明子氏(報告書上の表記はC氏。以下「田邉元取締役」と略称する)も認識・認容していた。 その後、売上の前倒しによる売上目標の達成が困難になり、経営陣も関与する大規模な架空売上が開始される。架空売上は、経営陣である松村元会長、飯田元社長、田邉元取締役と営業担当職員であるL氏(2020年12月22日退職)によって計画・立案・実行されていた。架空売上は、顧客から正式な受注がないにもかかわらず、受注があったものとして売上を計上する不正である。その売掛金は、その後に何とか正式な受注にこぎつけることにより事後に顧客から受領する場合もあったが、それ以外の場合は、松村元会長、飯田元社長、田邉元取締役、L氏が、自己資金(主として新株予約権の行使で得たグレイス株式の売却益を原資とするもの)を顧客名義でグレイスに振込入金することで正常な入金を偽装していた。 架空売上に関与していた営業担当職員のL氏は、グレイス株式売却益を原資として数千万円単位の自己資金を顧客名義での銀行振込みによりグレイスに入金しており、退職時、松村元会長から、和解金名目でその返還を受けていた。また、L氏は、会計監査人であるEY新日本監査法人から取引に関する説明を求められた場合には虚偽の説明を行っていたほか、会計監査人が顧客に対して実施する残高確認に際しては、顧客から残高確認状を回収して顧客名義を騙って回答を行う等、偽装工作までも実施していた。 2016年3月期から2021年3月期までの架空売上の総合計は2,347百万円に上り、架空売上が本格化した2018年3月期から2021年3月期までの架空売上は、同期間の売上高6,554百万円の約36%にも達した。 3 原因(特別調査委員会報告書105ページ以下) 特別調査委員会は、松村元会長が死亡し、架空売上に関与していたL氏も既に退社しており、架空売上に関与していた飯田元社長及び田邉元取締役が、委員会のヒアリングに対して真実を述べず、その供述を変遷させていると前置きしたうえで、可能な限りの原因分析を行うとして、次のようにまとめている。 ここでは、(8)松村元会長の「動機・目的」の分析に注目したい。 特別調査委員会は、役職員らのヒアリングでは、松村元会長が「日本のマニュアルを変える」という強い信念をもち、その信念を実現するためにはグレイスが社会的に認知されることが重要であると考えていたため、グレイスの上場や東証一部への市場変更を重視していた、との意見が複数あったと紹介したうえで、これを否定する。 その理由として、調査で明らかになった私財を投じての架空売上などは、それ自体、「日本のマニュアルを変える」という信念とは全く相容れないものであり、松村元会長は、上場後、M&Aの推進による業容拡大を志向するようになっていたことや、経営会議・取締役会において、マニュアル事業へのこだわりがないことや、その品質を軽視するかのような発言を行っていたという事実を列挙し、結論として、松村元会長が、上場後においても、「日本のマニュアルを変える」という信念の実現を目的として、過度な予算設定や架空売上を行っていたといえるのか大いに疑問があると結んでいる。 4 再発防止策の提言(特別調査委員会報告書116ページ以下) 特別調査委員会は、再発防止策の提言に先立ち、次のように述べている。 そのうえで、提言された再発防止策は以下のとおりである。 【役員責任調査委員会調査報告書の概要】 1 役員責任調査委員会設置の経緯 グレイスは、2022年1月27日、特別調査報告書を公表するとともに、特別調査委員会の調査結果を真摯に受け止め、再発防止策の提言に沿って具体的な再発防止策を策定し、取り組む旨を発表するとともに、同年2月18日、本事案に関し、グレイスの現在及び過去の役員がその職務執行につき善管注意義務違反等によりグレイスに対する損害賠償責任を負うか否か等について法的な側面から調査及び検討を行うため、調査対象役員と利害関係を有しない中立かつ公正な外部の弁護士で構成される役員責任調査委員会を設置した。 2 取締役の責任に関する検討 役員責任調査委員会は、取締役の任務懈怠責任を、法令遵守義務違反(具体的法令違反に係る責任)、経営判断に係る責任(具体的法令違反がない場合であって将来予測に亘る専門的かつ総合的な経営上の判断に係る責任)、監視・監督義務違反に係る責任及び内部統制システム構築・運用義務違反に係る責任に区分することができるとしたうえで、本件では、経営判断に係る責任は問題とならないことから、調査対象役員のうち取締役について、法令遵守義務違反、監視・監督義務違反及び内部統制システム構築・運用義務違反の有無を検討しており、その調査の対象を「売上前倒事案」「架空売上事案」及び「w事案」としている。 なお、w事案については、特別調査委員会は、実質的には融資取引であると判断し、売上と外注費の計上を取り消すとともに、入金額と支出額との差額については営業外収益(又は特別利益)として計上すべきであるとしている。 判断の結果は以下のとおりである。 3 監査役の責任に関する検討 役員責任調査委員会は、監査役の善管注意義務について、会社の不適切・不適法行為等の存在にかかわらず、監査役の監査の対象範囲における、通常の監査業務を適法・適切に行う必要があり、これに反した場合には善管注意義務違反の責任を負うとしたうえで、監査役がその業務の過程で、会社の不適切・不適法行為等に該当する具体的事実又はこれを疑わせる事実を認識した場合には、自らの権限を行使してその是正を図り、又は不適切・不適法行為等の存在又は不存在を調査・確認すべきであり、これに反した場合には善管注意義務違反の責任を負うものと考えられるという判断基準を述べている。 こうした判断基準に基づき、役員責任調査委員会は、常勤監査役坂元重治氏、非常勤の社外監査役である小林冬海氏及び尾関真一郎氏については、いずれも、善管注意義務に違反しているとまでは判断できないと結論づけている。 4 善管注意義務違反による損害 役員責任調査委員会は、本事案に関して生じた損害について、次のとおりとしている。 そのうえで、上記2で「善管注意義務違反」が認められた各取締役の責任については、それぞれ、次のように判断している。 (1) 松村元会長 松村元会長は、売上前倒し事案、架空売上事案及びw事案のいずれについても善管注意義務違反が認められるのみならず、役職員らに実現困難な予算達成を強要し、そのための手段としての不正会計を指示ないし強要し、制止しようとした役員らに聞く耳を持たず不正会計を実行させたことから、本事案を遂行させた中心人物として本事案によってグレイスに生じた全ての損害について損害賠償責任を負う。 (2) 飯田元社長、田邉元取締役 飯田元社長及び田邉元取締役は、売上前倒し事案、架空売上事案及びw事案のいずれについても善管注意義務違反が認められるため、原則として本事案によってグレイスに生じたいずれの損害についても損害賠償責任を負うものであるが、具体的な損害賠償額に関しては、過失相殺に関する規定の類推適用の有無及び損益相殺の適用の有無が問題となり得る。 (3) 木ノ下元取締役、井上元取締役 木ノ下元取締役及び井上元取締役は、売上前倒し事案について善管注意義務違反が認められ、その余の事案について善管注意義務違反は認められないものの、本事案について内部統制システム構築・運用義務違反による善管注意義務違反が認められる。 しかしながら、両氏が、仮に内部統制システム構築・運用義務を尽くして特段の対応をとっていたとしても、本架空売上事案及びw事案については関係書類やメールの偽造等の巧妙な偽装が施されていたことからすると、これらを察知し予防することができたと断定することはできないことから、木ノ下元取締役及び井上元取締役は、本事案によってグレイスに生じた損害のうち本売上前倒事案と相当因果関係を有する損害について損害賠償責任を負うものであるが、具体的な損害賠償額に関して、相当因果関係の範囲のほか、過失相殺に関する規定の類推適用の有無が問題となり得る。 【調査報告書の特徴】 創業者でカリスマ経営者でもあった松本元会長が主導して行われてきた粉飾決算は、同氏の逝去後、約半年で露見し、2つの調査委員会によってその全容が明らかにされる。日本経済新聞は、2022年1月26日付で「グレイスの不正会計発覚、見抜けぬ監査に『制度疲労』」という記事を配信して、昨年秋以降に相次いで発覚している「重大な不正会計」について、特定の監査法人ではなく、大手監査法人全般で起きていることが特徴であると報じた。 1 架空売上の隠蔽工作に見る過去の会計不正との類似 グレイスによって行われた架空売上の偽装工作、①松村元会長ら首謀者が、主として新株予約権の行使で得たグレイス株式の売却益を原資とする自己資金を顧客名義でグレイスに振込入金していたこと、②会計監査人が顧客に対して実施する残高確認に際しては、顧客から残高確認状を回収して顧客名義を騙って回答を行っていたことなどは、株式会社シニアコミュニケーション「外部調査委員会調査報告書(2010年6月4日付)」で活写されていた隠蔽工作と驚くほど一致している。EY新日本監査法人の担当者が、株式会社シニアコミュニケーションの不正事案をどこまで知っていたかはわからないものの、売掛金残高確認書の金額が一致しているにもかかわらず、売掛金の回収遅延が頻発しているという「不正の兆候・端緒」が、架空売上の隠蔽工作の結果生じたものであるということへの想像力が働かなかったのは残念である。 2 特別調査委員会による調査結果の提供(役員責任調査委員会報告書3ページ以下) 役員責任調査委員会は、本事案に関し、原則として特別調査委員会調査報告書において認定された事実関係を前提として、調査及び検討を進めるため、特別調査委員会に対し、ヒアリング結果を記載した議事録等の資料を含む、特別調査委員会の保有する調査資料の提供を受けるべく、資料提供に関する資料に関係する当事者の意向の確認を実施し、同意が得られたものについて資料の提供を依頼したものの、特別調査委員会によるヒアリングは、対象者に対してその結果を責任追及のために用いない旨を伝えて実施しているものであること等を理由として、資料の提供及び資料に関する当事者の意向の確認はいずれも困難である旨の回答を受けた。 そこで、役員責任調査委員会は、調査及び検討に関し、特別調査委員会の協力を得ることを断念し、公表資料の記載、特別調査委員会調査報告書の記載、ヒアリング対象者及び内部関係者から提供を受けた資料、役員責任調査委員会が独自に行ったヒアリングの結果のみを基礎として、役員の善管注意義務違反等の有無を検討し判断することとしている。 3 課徴金納付命令勧告 証券取引等監視委員会は、2022年2月22日、「グレイステクノロジー株式会社における有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付及び訂正報告書の提出命令勧告について」をリリースして、金融商品取引法に基づく開示規制の違反について検査した結果として、内閣総理大臣及び金融庁長官に対して、①課徴金(2,400万円)納付命令、②訂正報告書の提出命令を発出するよう勧告を行ったことを公表した。 なお、法令違反の事実関係としては、グレイスが「売上の架空計上及び売上の前倒し計上等の不適正な会計処理を行った」ことから、関東財務局長に対し、金融商品取引法に規定する「重要な事項につき虚偽の記載」がある有価証券報告書及び四半期報告書を提出したと説明している。 これを受けて、関東財務局は、同年3月10日、「グレイステクノロジー株式会社に対する有価証券報告書等の訂正報告書の提出命令について」を発出して、有価証券報告書及び四半期報告書の訂正報告書の提出を命じた。 しかし、これらの訂正報告書はいまだ提出されておらず、EDINET(金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム)トップページには、「必ず御確認ください」として、関東財務局の発出した上記の命令に誘導する記事が掲載されている(本稿執筆時点(2022年7月25日))。 4 上場廃止 東京証券取引所は、2022年1月14日、グレイス株式を「監理銘柄(確認中)」として指定する旨のリリースを出し(※1)、監理銘柄(確認中)指定期間を、同日から上場廃止基準に該当するかどうかを認定した日までとしている。 (※1) 「監理銘柄(確認中)の指定:グレイステクノロジー(株)」 その理由として「グレイスが、2022年1月17日を提出期限とする延長承認を受けていた四半期報告書について、延長承認を受けた法定提出期限までに四半期報告書を提出できる見込みのない旨の開示を行ったことから、1月27日までに提出しなかった場合には、同社株式の上場廃止を決定するため、同社株式について、監理銘柄(確認中)に指定し、上場廃止となるおそれがあることを投資者に対して注意喚起する」と記載している。 グレイスは、1月27日までに四半期報告書の提出ができなかったことから、東京証券取引所は、同日、上場廃止及び整理銘柄への指定を公表し(※2)、グレイス株式は整理名柄指定期間の終了の翌日である2月28日をもって上場廃止となることが決まった。 (※2) 「上場廃止等の決定:グレイステクノロジー(株)」 5 会計監査人の異動 グレイスは、2022年3月9日、「公認会計士等の異動及び一時会計監査人選任に関するお知らせ」をリリースして、EY新日本監査法人が同日付で退任し、南青山監査法人を一時会計監査人として選任することを決議したと公表した。 異動に至った理由及び経緯について、グレイスは「上場廃止を受けてEY新日本監査法人と今後の監査対応等について協議した結果、監査及び四半期レビュー契約を合意解除することにした」としか説明していない。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第29回】 「「中小PMIガイドライン」を積極活用しよう」 ~その4:案件規模別に活用しよう~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 売り手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 支援機関(第三者) ⇒支援先の企業が円滑に事業を引き継ぎ、M&Aの目的やシナジー効果等を実現するために必要な助言ができるように、「中小PMIガイドライン」を参照する。 その他の対象者 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 1 「中小PMIガイドライン」の位置づけ 【第28回】まで3回にわたり、「中小PMIガイドライン」にもとづいて、主に中小M&Aの当事企業である買い手・売り手企業がM&A全般、PMI(※)の段階で遭遇する失敗事例を取り上げ、M&Aの成功に欠かせない対応策のポイントを紹介しました。 (※) Post Merger Integrationの略語で、狭義には、「M&A成立後の一定期間内に行う経営統合作業」を指しますが、本ガイドラインでは、M&A成立前後の「継続的な取組を含めたプロセス全般(PMIプロセス)」を中小PMIと定義しています(中小企業庁「中小PMIガイドライン」7ページ)。 失敗事例に基づくPMIの取組ポイントの紹介は、本ガイドラインの柱となっており、買い手・売り手が知りたいPMIにおける対応策はこれだけで十分に盛り込まれていますが、本ガイドラインには、これ以外にも実際のPMI実務において活用できる内容が豊富に用意されています。そこで、今回は、本ガイドラインの構成を踏まえて、案件の規模に着目して本ガイドライン活用のポイントを紹介します。 ちなみに、本ガイドラインは「買い手(譲受側)がM&A後のPMIの取組を適切に進めるための手引き」とされていることから、主に買い手による活用が期待されます。 売り手には「中小M&Aガイドライン」が別途用意されていますので、併せて活用することで、買い手・売り手双方のM&Aにおける手続きがより円滑に進むようになっています。無論、売り手からすれば、買い手が売り手をどう見るか、という点に気づけますので、売り手にとっても本ガイドラインを参照するのは有益です。 支援機関などにとっては、各ガイドラインを活用することで、対象企業の規模やM&Aのステージに沿った助言に役立てられます。 2 案件(企業)規模による活用 本ガイドラインは、対象企業や案件の規模に応じて参照、活用できるように、大きく基礎編と発展編に分けられています。 【案件のイメージ】 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」29ページを参考に筆者作成。 ①小規模案件については主に基礎編を、②中規模・大規模案件については基礎編に加えて発展編の参照が推奨されています。ただし、①と②の中間に位置する規模の案件の場合は参照箇所の判断に迷いますし、買い手が中規模・大規模であっても売り手が小規模の場合もありますから、必ずしも画一的な適用が当てはまるわけではありません。 一例ですが、上表のようにM&A対象の各企業の規模感を本ガイドラインが想定するパターンに当てはめた上で各社の状況によりフィットする箇所を参照・活用する方法や、統合後の組織が目指す規模感を考慮して参照箇所を探す方法などが考えられます。 上表の場合、買い手が小規模と中規模・大規模の間の売上高に位置し、売り手は小規模案件という想定ですから、基本的には基礎編を参照して、必要に応じて統合後の組織が目指す規模感を勘案しつつ発展編も併せて参照する、といった活用法が考えられます。 この点、本ガイドラインには、利用シーン別に該当箇所が示されており(中小企業庁「中小PMIガイドライン」2~4ページ)、対象企業の規模を問わず参照したい「PMIとは何かを理解したい方へ」に分類される各該当箇所のほか、「比較的小規模なM&AにおいてPMIに取り組もうとする方、及び支援を行おうとする方へ」「比較的大規模なM&AにおいてPMIに取り組もうとする方、及び支援を行おうとする方へ」といった案件規模に応じた該当箇所が示されています。 ですから、対象企業の規模感をある程度絞り込めれば、最短距離で効果的な対応策の紹介、説明にたどり着けるように構成されています。 また、支援機関には、これらとは別に「PMIへの支援を行おうとする方へ」とする該当箇所が示されており、各機関に応じた対応のポイントが見つけられるようになっています。 3 中小PMIガイドラインの構成 本ガイドラインの目次などから、案件規模別にどこを参照すればよいかを示しました。私見を含みますが、グレーの部分が参照を勧める箇所です。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 第1章では、案件規模や対象企業の別なく「中小PMIの全体像」を確認することで、M&A全体の流れや、流れの中での対応のポイントを整理できますので一読をお勧めします。 そのうえで、第2章で案件規模や対象企業に応じたPMI推進体制を確認すると、M&Aの成功に向けて、PMIにあたってどのような体制を構築すればよいかを把握できます。 その後は、案件規模に応じて、基礎編・発展編のどちらか、あるいはどちらも参照すれば、PMIの取組に向けたポイントが効果的につかめる構成となっています。支援機関は、関わる案件規模に応じた該当箇所を参照すればよいでしょう。 4 【基礎編】と【発展編】の構成 (1) 基礎編の小目次 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」40ページ 基礎編では、関係者との信頼関係の構築の中でも譲渡側(売り手)の経営者・従業員への対応をメインに説明しています。小規模案件では、売り手の経営者あってのM&Aになりやすく、優先順位も「経営者 > キーパーソン > 従業員」となることが多いですから、「誰に」「いつ」「何を」すればよいかを本ガイドラインによって押さえるのがポイントです。 抜け落ちやすいポイントとして、取引先や取引先以外の外部関係者との関係構築を疎かにしないという点が挙げられます。 本ガイドラインでは、この点もフォローしていますので、取引先、取引先以外の外部関係者に対するアプローチを怠らないようにしましょう。会社を買ったのはよいが取引先との取引継続が困難になり期待した売上や利益を得られない、といった状況になるべくならないようにしたいものです。 (2) 発展編の小目次 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」58ページ 発展編では、基礎編で「事業の円滑な引継ぎ」のみの記載にとどまっている業務統合の領域に関して、シナジーを生み出すための事業機能のあり方と、「人事・労務分野」「会計・財務分野」「法務分野」「ITシステム分野」それぞれの管理機能ごとの統合後の仕組みづくりのポイントを網羅的に説明しています。 経営統合の領域においても、基礎編の「経営の方向性の確立」に加えて「経営体制の確立」「グループ経営の仕組みの整備」が示されており、より組織的な経営が行われるためのポイントが書かれています。 これらのことから、発展編では基礎編に比べて、より成長志向型のM&Aを想定しているのがよくわかります。このため、たとえ、小規模案件のM&Aであっても、持続型のM&Aではなく成長型のM&Aを志向するならば、発展編を活用した対応が有効です。 * * * 「中小PMIガイドライン」は、これまで対策の必要性が認識されながらも、さほど重視されてこなかったPMIについて体系化を果たした指針です。単に、M&A成立後に活用するのではなく、自社のM&Aの目的にかなった相手先を探すためのヒントにもなるものですから、M&Aの前段階、M&Aの相手探しの段階から活用することも大いに考えられます。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例41】 「空き家の管理と相続放棄に関する民法改正」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 父は死亡するまでの1年間、自宅を出て施設で生活しており、私が父に頼まれて空き家となった家の管理をしていました。父には生前に借入金があったため、私は相続放棄をしたいと考えていますが、相続放棄をするにあたってどのようなことに留意するべきでしょうか。なお、母は既に他界しており、私のほかに相続人はいません。 1 問題の所在 相続が開始した場合、相続人は自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に、相続について単純承認、限定承認、相続放棄をするかを判断する必要がある。相続放棄をした者は、相続放棄をすることによって、はじめから相続人とならないことになるが、民法は一定の場合に相続放棄後の管理義務を定めている。 そこで、原則令和5年4⽉1⽇から施⾏される予定の改正⺠法等では、相続放棄後の管理義務についても改正していることから、改正後の民法を踏まえて、その留意点を検討したい。なお、便宜上、改正前の⺠法を「改正前民法」、改正後の民法を「改正後⺠法」と表記する。 2 相続放棄に関する民法改正 改正前民法第940条第1項では、相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならないと規定されていた。 しかし、条文上、次順位の相続人がいる場合のほかに、相続放棄をした者以外に相続人がいない場合にも管理義務が発生するのか明らかではなかった。また、被相続人の遠方で生活している者のように、相続人の中には相続財産を管理することが現実的に困難な者もおり、このような者にまで管理義務を負わせることの当否も問題視されていた。 そこで、改正後民法第940条第1項は、①管理義務を負う場面を、相続放棄をした者が相続放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有している場合(直接占有と間接占有のいずれも含む)に限定するとともに、②管理義務の終期を、ほかの相続人又は相続財産清算人(相続人が不在の場合に選任される管理人で、改正前民法において相続財産管理人と呼ばれていた)に、相続財産を引き渡すまでとした。 また、管理義務を負う者は、相続放棄によって相続人ではなくなるのであるから、次順位の相続人又は相続財産清算人に対して管理義務を負うとしても、その義務は必要最小限の範囲にとどめる必要がある。このような観点から、改正後民法第940条第1項の保存行為は、当該相続財産を滅失や損傷しないようにすることを意味しており、積極的な保存行為までは含まないと解されている。 なお、次順位の相続人がいる場合で、相続財産である不動産の受領を拒否されたような場合、裁判所の許可を得て当該不動産を競売に付し、売却代金を供託することによって管理義務を終結することができる(民法第497条)。しかし、裁判所と供託所の両方での手続は煩瑣であるため、後述する相続財産管理人の選任を申し立て、相続財産を引き継いだ方が簡易と思われる。 3 管理義務の及ぶ範囲 民法改正時の議論によると、相続放棄をした者の管理義務は、次順位の相続人又は相続財産清算人に対してこれらの者に相続財産を引き継ぐまで負うものであり、第三者に対して負うものではないとされている。これによれば、空き家の管理不全等によって被害を受けている第三者や、そのおそれのある第三者は、管理義務違反を理由に相続放棄をした者に対して法的な責任を追及できない。 つまり、改正後民法下においては、相続発生後の相続財産の管理は、相続財産管理人、相続財産清算人、管理不全建物管理人等の各制度を活用して行われていくことが期待されているものと考えられる。もっとも、実際には、予納金の負担等もあり、管理人の選任申立てが行われないまま相当期間が経過するような事案も相当数発生することが見込まれる。このような事案で、改正後民法第940条第1項の管理義務の要件を満たす場合、管理義務が長期的に継続することになるが、空き家の管理不全が原因となって第三者に損害が生じた場合に、管理義務を負う相続放棄をした者が、占有者として、民法第717条に基づく損害賠償責任を負う可能性はあるように思われる。 このようなリスクを避けるためにも、相続財産を占有している者が相続放棄をするときは、次順位の相続人がいる場合には当該相続人に、相続人がいない場合には相続財産清算人に相続財産の引渡しを行い、速やかに管理義務を終了できるようにしておくことが望ましい。 4 相続財産管理人と相続財産清算人について 改正前民法においては、相続財産の保存に必要な処分(主として相続財産管理人の選任)をすることができる場合を、①相続の承認又は放棄がされるまで、②限定承認がされた後、③相続放棄後、放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまでに限定されていた。 そのため、相続承認後で遺産分割前の状態の場合や、相続人のあることが明らかではない場合に、相続財産管理人を選任することができない不都合が生じていた。そこで、改正後民法では、相続開始後に、原則として、いつでも相続財産の保存に必要な処分ができるものとされ、相続の段階にかかわらず相続財産管理人による相続財産の管理が可能となった(同法第897条の2)。 改正後民法の相続財産管理人は、職務が管理業務に限定されており、最終的な相続財産の処理が行われるまでの暫定的なものであることから、申立てに際して予納金の納付を求められることがあっても比較的軽いものになると考えられる。改正後民法下においては、機動的に相続財産管理人の選任を申し立て、適時に相続財産の保存が行われることが期待される。 他方、改正前民法において、相続人のあることが明らかではない場合、相続財産管理人によって相続財産の清算業務が行われていたが(改正前民法第952条)、業務の性質を踏まえ、相続財産清算人に名称が変更され、清算手続が合理化されている。 5 本件について 本件において、父の生前から空き家の管理を任されていたことから、空き家を占有していたものと考えられ、相続放棄をする時点でも占有が継続している場合には、相続放棄後の管理義務を負うことになる。相続放棄によってほかに相続人がいなくなることから、管理義務を終了させるためには、相続財産清算人の選任を申し立て、相続財産を引き渡さなければならない。 なお、相続財産清算人の選任申立てに際して、相続財産から管理費用や相続財産清算人の報酬を支出することが期待できないような場合には、相当額の予納金の納付を求められることがある。予納金の納付に支障があるような場合には、暫定的な対応として、相続財産管理人の選任を申し立てて対応することも考えられる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第59話】 「法人税法34条2項は必要か」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、中尾統括官の机の前に立っている。 「・・・先ほど・・・法人課税第三部門の田村上席から聞かれたのですが・・・」 浅田調査官は、頭を掻きながら説明する。 「・・・法人の税務調査で・・・役員の給与が不相当に高額であるとして、それを否認するという話なのですが・・・」 浅田調査官は、机の上にある税務六法を手に取り、法人税法34条2項を開く。 中尾統括官は、渡された税務六法を見る。 「それで・・・田村上席から何を聞かれたの?」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「ええ、田村上席が行っている税務調査で、役員給与が過大であるとして、その過大部分を否認(損金不算入)しようとしているのですが、所得課税部門では、その過大給与をどのように取り扱っているのかという質問なのです・・・」 浅田調査官は少し屈んで、中尾統括官の机の上で図を描く。 「・・・法人税で過大役員給与として、損金不算入とした場合、その過大給与の性質をどのように考えるかということです・・・」 浅田調査官は、思案顔になる。 「・・・過大な給与ということは、結局、役員の職務執行の対価に該当しないということだから、法人から役員に対する贈与と考えることもできる・・・しかし、法人の役員であるという地位を前提として過大給与を考えると、そこは単純に、贈与と解することもできないのかもしれない・・・」 中尾統括官は、言葉を選びながら説明する。 「結局、過大給与は、所得税において、給与所得か、又は一時所得に該当するのかというのが田村上席の質問なのですが、一時所得であれば、源泉所得税の対象にならない・・・」 浅田調査官は、苦笑する。 「法人の税務調査で、役員給与が過大給与として否認され、法人税で、損金不算入になった場合、税務調査で、過大部分に係る源泉所得税を還付してくれるのか?」 逆に、中尾統括官が浅田調査官に尋ねる。 「・・・?」 浅田調査官は、首を傾げる。 「・・・僕は、所得課税部門しか知らないけれども・・・おそらく・・・法人課税部門の調査官は、法人税で損金不算入にした過大給与に係る源泉所得税は還付しないだろう・・・ということは・・・法人課税部門では、過大給与の部分も給与所得と解し、贈与とは考えていないということだ・・・」 中尾統括官は、自ら頷く。 「・・・そうすると、役員の過大給与は、法人税が課せられ、更に、源泉所得税も納付させられるという、いわゆるダブルパンチになるということですか?」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「・・・そういうことだ、事前確定届出給与(法法34①二)以外の役員賞与と同じだ・・・」 中尾統括官は、あっさりと答える。 「・・・しかし、法人が、税務署が過大給与として損金算入を否認するなら、役員から過大給与部分の金額は、返してもらうと主張したら・・・どうなるのですか?」 浅田調査官は、再び尋ねる。 「・・・それは、原則として、無理だろう・・・役員給与とし、確定しているものを支給しているのだから・・・役員給与が損金不算入になったからといって、あとで、それを修正するということは、認められないだろう・・・」 中尾統括官は、微笑みながら言う。 「もっとも、調査官によっては、認めることがあるかもしれない・・・僕が調査官であれば、認めてやる可能性は高い・・・」 中尾統括官は、浅田調査官を見る。 「そうすると、税務調査における修正仕訳は、過大給与を「貸付金勘定」に振り替える処理をすれば良いということですね」 浅田調査官は、再び、机の前に屈み込んで仕訳を罫紙に書く。 「この処理をすると、過大部分に係る役員給与の源泉所得税は、納税者である法人に還付されることになる」 浅田調査官は、納得した顔になる。 「・・・しかし、これって、全体の税収が減ることになる・・・役員給与が高額である場合、所得税と地方税で、55%の最高税率が適用されるのに対して、中小企業の法人税等の実効税率は33%ぐらいだろう・・・そうすると、税務調査で法人税等の増差があったとしても所得税等で還付していたら、結局、国に入る税金は減ることになるだろう・・・」 中尾統括官は、真面目な顔になる。 「もし、中小企業の社長・役員が給与をたくさん欲しいというのであれば、それを認めてやった方が日本の税収は大きくなる・・・だから、これを否認する法人税法34条2項など直ぐにでも廃止した方が良いと思う」 中尾統括官は、浅田調査官に向かって、舌をペロッと出す。 (つづく)
《速報解説》 国税庁が「グループ通算制度に関するQ&A」の改訂を公表 ~令和4年度税制改正を踏まえ、既存11問の改訂とともに5問を新設~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 令和4年7月29日、国税庁は「グループ通算制度に関するQ&A」の改訂を公表した。 この「グループ通算制度に関するQ&A」は、通算制度に係る税務上の取扱いを図表や計算例を用いQ&A形式で解説したもの。 令和4年7月の改訂では、令和4年度の税制改正等を踏まえ、既存のQ&A(11問)の改訂が行われるとともに、実務家が気になる新たなQ&A(5問)の追加が行われている(全79問 ⇒ 全84問)。 以下では新設されたQ&Aのポイントを紹介する。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 会計士協会、「「我が国におけるサステナビリティ及びその他EERに対する保証業務に関するガイダンス(試案)」に係る研究文書」を公表 ~EERに対する保証業務実施の際に理解が必要となる事項を実務解説~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年7月21日付けで(ホームページ掲載日は2022年8月1日)、日本公認会計士協会は、保証業務実務指針3000研究文書「「我が国におけるサステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関するガイダンス(試案)」に係る研究文書」を公表した。 これにより、2022年5月23日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に寄せられた主なコメントの概要とその対応も公表されている。 近年、統合報告書の開示や気候変動への取組を契機としたESG(Environment Social Governance)投資の促進によって、非財務情報への注目度が高まる中、拡張された外部報告(Extended External Reporting:EER)やEER報告書のニーズが高まっており、併せてEER保証業務に関するニーズについても同様に高まっている。 このような非財務情報の開示に対する最近の国際的な動向を受け、我が国において、サステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関して、研究文書として公表し、本文(別紙)のとおり、「我が国におけるサステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関するガイダンス(試案)」として会員の参考に供するものであるとしている。 なお、検討課題が識別されていることもあり、我が国において一般的に想定される実務に対応する実務ガイダンスとして公表する上では、これらに関して、更に検討が必要であると認識しているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 次のものが公表されている。 ガイダンス試案は、研究文書の一部を構成するものであり、業務を実施するに当たり、会員が参考とすることができる文書であって、要求事項及び適用指針から構成される会員が遵守すべき基準等には該当しないことに留意する。 「《別紙》「我が国におけるサステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関するガイダンス(試案)」」の主な内容は次のとおりである。 目次を含めて137ページあるので、以下では主なものについて解説する。 1 EERの性質など EERの性質などに関して、次のことが記載されている(6項~13項)。 2 適切な適性及び能力の適用 より範囲が広い、又はより複雑なEER保証業務の場合もしくは主題の測定又は評価に専門技能が必要な場合において、業務実施者は、適切な保証業務に関する適性及び1名以上の業務実施者の利用する専門家で構成される複合的なチームによる業務実施が必要と判断する場合がある(30項)。 例えば、次のケースが考えられる(31項)。 3 職業的専門家としての懐疑心及び判断の行使 不正又は誤謬によるものかを問わず、以下に起因して重要な虚偽表示リスクが高まるため、想定利用者の利益のための職業的専門家としての懐疑心の重要性が高まる(57項)。 4 前提条件の決定及びEER保証業務の範囲についての合意 依頼されたEER保証業務に係る、保証業務実務指針3000「監査及びレビュー業務以外の保証業務に関する実務指針」(以下「保証実3000」という)21項から30項までの保証業務契約の新規の締結及び更新に関する要求事項の適用についてのガイダンスを提供している(67項)。 役割・責任の適切性(適切な当事者の負うべき役割と責任が適切である)、規準の適合性(規準が業務の状況に照らして適合している)などについて記載している。 EER報告書に含まれる情報のうち、保証が容易な部分又は企業を好ましくみせる部分のみを選択することは、一般的に適切ではない(94項)。 5 報告事項を識別するための企業内プロセスの考慮 EER 保証業務に関して、以下の場合がある(126項)。 上記のような状況では、企業は通常、想定利用者の情報ニーズを考慮に入れて、報告事項を識別するためのプロセスを確立する必要がある(127項、135項)。 6 規準の適合性及び利用可能性の決定 制度として確立された規準には、想定利用者の情報ニーズに関連する場合、透明性のある正当な手続を通じて権限のある又は認められた専門家団体によって公表された規準が含まれる(170項)。 財務報告の基準は通常、制度として確立された規準であり、それらに組み込まれている認識、測定、表示及び開示の基準は、企業が適用する会計方針の基礎である(170項)。 財務報告の基準と比較して、EERフレームワークは、多くの場合、以下についての指示が少ない(170項)。 必要となる詳細さを欠いている、又はそれ自体で適合する規準を構成するには十分に包括的でないEERフレームワークを適用する場合、企業は、他の利用可能な1つ以上のEERフレームワークから規準を選択するか、又は独自に企業が開発した規準を使用することもできる(172項)。 7 主題情報の作成に利用されたプロセス又は主題情報の作成に係る内部統制の考慮 主題情報の作成に利用されたプロセスを考慮する際又は業務に関連する主題情報の作成に係る内部統制を理解する際のガイダンスを提供している(222項)。 EER情報の管理及び報告に関する企業のガバナンスの仕組は、財務実績の管理及び報告に関するガバナンスの仕組ほどには確立していないか、又は業務の中に組み込まれていない可能性がある(232項)。 極めて精緻なプロセス又は充実した内部統制システムを備えていることが、保証業務の前提条件というわけではないが、企業のEER情報作成プロセスは、主題情報に関する合理的な基礎を企業に提供できる程度に十分なものでなければならない(239項)。 8 アサーションの利用 保証実3000はアサーションを利用することを求めてはいないが、アサーションは、業務実施者が、発生し得る虚偽表示の潜在的な種類を考慮し得る方法の1つである(251項)。 アサーションは、明示的か否かにかかわらず、主題情報に体現される形で企業により表明されるものであり、業務実施者が発生し得る様々な潜在的な虚偽表示の種類を考慮する際に利用する(253項)。 ここでは、業務実施者が以下の事項を目的としてアサーションをどのように利用できるかに関するガイダンスを提供している(250項)。 9 証拠の入手 限定的保証業務と合理的保証業務のいずれにおいても、業務実施者はリスクを考慮して全体として十分な心証の程度を備えた証拠を入手することを目指す(270項)。 次のことに注意する(270項)。 10 虚偽表示の重要性の考慮 EER保証業務の実施中に、業務実施者がEER情報内に虚偽表示を識別した場合、業務実施者はその虚偽表示が重要かどうかの判断を下す必要がある(294項)。 EER保証業務の範囲が、いくつかの指標又はKPIであり、それぞれが異なる主題に関連している場合、業務実施者は、(1)異なる指標ごとに、虚偽表示に対する想定利用者の許容度も異なる可能性があり、(2)虚偽表示を集計する共通の基礎がない可能性があるため、異なる指標(主題情報の側面)ごとに個別に虚偽表示の重要性を評価することがある(308項)。 11 定性的EER情報への対応 EERフレームワーク及び規準には、定量的EER情報の測定方法に関する指示が記載されている場合があるが、定性的情報の評価方法に関しては同等の水準の指示が記載されていない可能性がある(325項)。 そのため、そのような定性的情報は、定量的EER情報の場合よりも作成者の見解が反映されやすく、また作成者の見解によって変化しやすいと考えられる(325項)。 企業のガバナンス構造、ビジネスモデル、ゴール又は戦略的目標は、定量的な開示情報により補足されることもあるが、定性的に説明される場合がある(329項)。 定性的情報は主に文章で示されることが多いが、EER報告書では、その他の形式、例えば埋込み動画や音声録音等によって示されることもある(330項)。 作成者が適合する規準を適用せずに得た定性的情報(すなわち、主題情報ではない)の変更に応じようとしない場合、業務実施者は、当該情報をEER報告書から削除するか又は当該情報が保証の対象ではない「その他の記載内容」であると明示するかもしくは主題に関する規準を追加で開発し、保証を受けることができる主題情報を作成するよう作成者に要請することがある(336項)。 12 将来志向のEER情報への対応 将来の状況又は結果を予想又は予測する主題情報は、まだ発生しておらず、発生しない可能性がある、又は発生済みであるが今後の進展の予測がつかない事象及び活動に関連するものである(367項)。 規準が、企業の将来の戦略、目標又はその他の計画についての記載(明示的なアサーション)を要求しているとき、業務実施者は、当該戦略、目標又は計画が達成されるか否かについての証拠を入手できない、又はその結果について結論を出すことができない可能性が高い(374項)。 それでもなお、業務実施者は、誤解を生じさせる可能性のある主題の側面を除外するために、以下の事項を評価するための手続を立案することがある(374項)。 適切な証拠は、例えば、報告された戦略又は他の計画が企業の実際の内部向けの戦略又は計画と整合しているか否かについて、ガバナンスに責任を有する者の会議内容を記録した文書や経営者が当該戦略の採用又は当該目標への同意を得るために既に取り組んでいる活動を記録した文書の形式で入手できると考えられる(375項)。 目標が達成されるかどうかという点に関して、保証を提供することはできない一方で、業務実施者は、仮定を形成するプロセス、システム、統制及びそれらの基礎データを考慮すること等により、作成者が将来の活動又は事象について行っているアサーションが合理的な基礎に基づいているか否かに関する証拠を入手するための手続を立案することができる(376項)。 13 保証報告書における効果的な伝達 保証報告書において業務実施者が効果的に情報を伝達する方法についてのガイダンスを提供している(394項)。 ガイダンスは、想定利用者の理解を促すために業務実施者が効果的に情報を伝達する際の一助となりうるものであり、以下の事項について取り扱っている(396項)。 (了)
《速報解説》 監査役協会が「監査役監査基準」等を改定 ~9月施行の「株主総会資料の電子提供制度」に対応し条文を追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年8月1日、日本監査役協会 監査法規委員会は、「「監査役監査基準」等における電子提供制度に係る条文の追加について」を公表し、「監査役監査基準」等を改定した。 これは、株主総会資料の電子提供制度に係る条文について、施行に際して改めて検討を行い、追加したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 2019年12月4日に成立した「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号)のうち、「株主総会資料の電子提供制度」が2022年9月1日に施行される。 これに対応して、「監査役監査基準」(63条)、「監査委員会監査基準」(57条)及び「監査等委員会監査等基準」(61条)の「電子提供制度による開示」について改定している。 以下では、「監査役監査基準」(63条)について、改定箇所を示す(下線は原文ママ)。 (了)
2022年7月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.479を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
これからの国際税務 【第32回】 「2つの柱の合意実施についてのスケジュール遅延」 千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二 1 G20財務大臣・中央銀行総裁会議での延期発表 コロナ・パンデミック後の経済復興課題に加えて、ロシアのウクライナ侵攻が及ぼす経済課題も議題としてインドネシア・バリで開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議(7月15~16日)においては、2つの柱から成る新しい国際課税の合意についての実施計画も議論された。同会議の議長を務めたインドネシア財務大臣・中央銀行総裁による議長総括(注1)では、第2の柱の実施計画は予定通り(2022年中の法改正、2023年からの施行)とするが、第2の柱と同時実施とされていた第1の柱の実施計画については、1年遅らせることが確認された。昨年10月の予定と比較した繰延べの具体的状況は、議長総括で確認されるところによれば、以下のとおりである。 (注1) G20 Joint Press Release(No.24/191/DKom, No.SP-107/KLI/2022) (※) 上表の「2022.7(G20議長総括)」では、第2の柱のIIRの実施時期は「同左」とされているが、2021年合意時は表示された各年の初めが意図されていたのに対し、現時点ではEU及び英国が提案しているように、各年の終わりが意図され、実質的には施行時期延期の方向で、内容が変化しているといえる。 議長総括では、第1の柱のMLIの署名以降のスケジュールには言及されていないが、批准に要する期間を考慮すると、報道されている通り(注2)、全体の実施は「1年遅れ」となると予想される。 (注2) 2022年7月18日付日本経済新聞朝刊第1面「デジタル課税、1年遅れ」 2 今回の合意の背景 パッケージで同時実施と合意された2つの柱について、OECD/IFは、国内法改正で実施可能な第2の柱と多国間条約署名を要する第1の柱を、それぞれ別々のスケジュール管理の下、2022年中の法制度改革の完了、2023年からの実施で同時到着させる取組みを開始していた。 しかし、その過程の初期段階で、適格国内トップアップ税(注3)の許容を含む詳細設計や実施タイミングの繰延べを内容とする指令案が欧州委員会から伝えられたこと、また、最大のステークホルダーである米国においても、立法にあたっての諸課題が2つの柱の双方について指摘されたこと等から、当初計画通りの実施は困難との認識が広がりつつあった(注4)。 (注3) 適格国内トップアップ税は、低課税国が、国内法で15%に達するまでの法人税課税を一定の要件に沿って自ら行う制度を指す。モデルルールのコメンタリーでその承認が詳述された。 (注4) 5月のダボス会議で、OECDのコーマン事務総長は、2つの柱の実施が2024年以降にずれ込む見通しを発言している。ロイター記事(2022.5 Ian Langsdon/Pool via REUTERS)参照。 (1) 欧州での動向 本連載の第31回では、第2の柱についてのEU内での国内法実施に係る指令案について、数ヶ国の反対意見も踏まえた議長国フランスの調整案(実施を実質1年間遅らせ、対象企業グループの少ない特定国については、さらなる実施延期を認めるという内容)が出されたが、第1の柱とのパッケージ実施を求めるポーランドの反対でECOFIN(経済閣僚理事会)での合意に至っていない状況を紹介した。その後の展開と現在の動向を以下で概説する。なお、EUを離脱した英国も、積極的に2つの柱に基づく改革に取り組んでいるが、欧州委員会と同様、第2の柱の実施を実質1年遅らせることを提案している。 イ.ポーランドの賛成への転化 5月まで反対意見を留保していたポーランドは、さらなる議長国の妥協案(欧州委員会が、2023年6月以降第1の柱の実施状況をモニターして、第1の柱の実施が十分でないため必要と判断すれば、デジタル経済課税法案を提出するとの内容)に納得して、賛成に回った。 ロ.ハンガリーからの新たな反対意見 合意が見込まれていた6月のECOFINで、ハンガリーが反対に転じたこともあって、6月末までのフランスの議長国就任期間において、同調整案は全加盟国合意に至らず、決着はチェコが議長国となる7月以降に持ち越されている。 ハンガリーが反対に転じた理由については、一けた台とEUで最低水準にある法人実効税率を持ち、コロナ・ウクライナ情勢で大きな打撃を受けている自国経済の下では、合意案の実施は国益に反するとの主張がされているが、ハンガリーが抱える他の問題(法の支配に関するEUからのクレーム)との関連での戦術との見方も伝えられている。ただし、ハンガリーの意見は、経済危機に直面している東欧国共通の不安(優遇税制での投資誘致への悪影響)を代弁する側面もあり、今後も注目する必要があるとも考えられる。 (2) 米国の動向 米国では、イエレン財務長官のやや楽観的な見方を別にすると、与野党伯仲の政治情勢のみならず、上記のMLIへの参加についての構造的な課題の指摘などがあり、スケジュール通りの国際合意実施に関しては懐疑的な見方が主力となっていた。以下、構造的な課題の概要を解説する。 イ.第2の柱に関する改革 周知のとおり、米国は第2の柱のIIRと同様の立法趣旨に基づく制度として、国内法でGILTI税制を既に立法済みである。さらに、バイデン政権は、2021年の税制改正法案(Build Back Better Act)で、同税制をIIRと適合する方向で改正する提案を行っている。しかし、同法案は、1年を経ていまだ両院の合意が得られておらず、11月の中間選挙を控えて成立の見込みが立っていない状況にある。 ロ.MLIを含めた多国間合意実施についての米国の法制度上の制約 米国では、2つの柱のパッケージ承認に際して、MLIの内容の具体化が困難な点が指摘されてきた。まず、過去に米国が署名・批准実績のないMLI(第1の柱に係るMLIのみならず、第2の柱のSTTRに係るMLIも含む)についての制約がある。米国は、租税条約については二国間主義を原則としているからである。また、仮に財務長官が考慮する代替手段(注5)をとることができたとしても、議会の承認が得られるかは定かではない。 (注5) イエレン財務長官は、「第1の柱」を条約で実施するのは1つの方法であるが、その他にも方法(議会承認による行政取極、又は既存の条約の国内法立法によるオーバーライドなど)があることを示唆している。Avi-Yonah, Reuven S. and Kim, Young Ran (Christine) and Sam, Karen, A New Framework for Digital Taxation (March 25, 2022). 63 Harvard International Law Journal (3) その他利害関係国の動向 前述した適格国内トップアップ税については、すでに、いわゆる投資ハブ国とされる香港、シンガポール、モーリシャス、スイス、UAEなどが導入の意向を示している。 これらの国での改正のタイミングは、主要国の第2の柱の国内法施行時期を念頭に置いていると想定されており、目下のところは2023年12月31日がその時点となりそうである(注6)。 (注6) KPMG authors,“Diverging Path of Pillars 1 and 2”.(July 4,2022,Tax Note International) (了)