《速報解説》 会社法改正に伴い、『経団連ひな型』が改訂される ~2023年3月以降開催の株主総会での株主総会資料の電子提供制度の開始等に対応~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年11月1日、日本経済団体連合会 経済法規委員会企画部会は、「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」(改訂版)を改訂した。 これは、2019年12月の会社法改正に伴い、既存の株式会社で2023年3月以降に開催される株主総会において株主総会資料の電子提供制度が始まることなどに対応するものである。 経団連のホームページの「「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」(改訂版)公表にあたって」の末尾に新旧対照表が掲載されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改訂点 1 各種書類の記載にあたっての基本方針 経団連ひな型は、株主総会参考書類等につき電子提供措置(会社法325条の2)をとる会社(以下「電子提供措置実施会社」という)、かつ、会計参与を設置していない会社を念頭において作成している。 2 電子提供措置事項記載書面(事業報告関係) 電子提供措置実施会社においては、事業報告の内容である情報について、電子提供措置をとることにより、株主に対して直接、当該情報を記載した書面の交付又は提供をする必要はない(会社法325条の4第3項)。 ただし、株主が、書面交付請求(会社法325条の5第1項)を行った場合、招集通知とともに株主に交付する書面(以下「電子提供措置事項記載書面」という)に事業報告の内容である情報を記載して交付しなければならない(会社法325条の5第2項)。 もっとも、電子提供措置実施会社は、定款の定めを設けることにより、事業報告記載事項のうち、次の事項を除く事項については、電子提供措置事項記載書面への記載を省略することができる(会社法325条の5第3項、会社法施行規則95条の4第1項2号イ)。 なお、電子提供措置事項記載書面への記載を省略できる事項に関して、2022年10月7日、法務省から「会社法施行規則等の一部を改正する省令案」が公表されており、2022年11月7日まで意見募集が行われているので、今後の確定に注意する。 3 附属明細書(事業報告関係) 従来、附属明細書に記載すべき事項(他の法人等の業務執行取締役等との重要な兼職の状況の明細など)がすでに事業報告に記載されている場合には、事業報告の記載を補足するものであるとの附属明細書の趣旨に鑑み、同一の内容をあえて重複して記載することなく、「事業報告〇ページに記載のとおり」といった形の記載とすることも可能と考えられると記載されていた。 改訂により、「事業報告〇ページに記載のとおり」が「事業報告の〇〇の箇所に記載のとおり」と記載されている。 4 議決権行使書面の送付 電子提供措置実施会社においては、議決権行使書面の内容である情報については、電子提供措置の対象であり、株主に対して直接、当該情報を記載した書面の交付又は提供をする必要はない(会社法325条の3第1項2号)。 ただし、議決権行使書面に記載すべき事項に係る情報については、電子提供措置実施会社が招集通知とともに議決権行使書面を株主に対して交付すれば電子提供措置の実施は不要となる(会社法325条の3第2項)。 各株主への議決権行使書面の記載事項には、株主の氏名、名称や議決権数などの情報が含まれているため、議決権行使書面を電子提供措置の対象とする場合、各株主の氏名や議決権数などについても電子提供措置をとらなければならなくなる。そこで、経団連ひな型においては、引き続き、招集通知とともに議決権行使書面を株主に対して交付することを想定した内容としている。 (了)
2022年11月2日(水)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.493を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.118- 「岸田内閣は「黄金の3年間」を国民に苦い政策の議論につなげるべき」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 岸田政権は「黄金の3年間」を獲得した。「黄金」とは、選挙を気にすることなく政策が遂行できるという意味だけでなく、選挙がないので国民に痛みの伴う改革を実行できるという意味である。岸田総理には、残された間、国民の「受益」と「負担」について、霞が関が積み上げてきた経験や知識を活用した自由闊達な議論を許容し、明るい未来につながる改革を期待したい。 このようなことを改めて考えたのは、2020年10月から1年半、東京財団政策研究所のウェブサイトに連載した「消費税アーカイブ:消費税10%(社会保障と税の一体改革)の経緯と重要資料 」が終了し、10月末に中央経済社から『日本の消費税-社会保障・税一体改革の経緯と重要資料』として刊行されたことによる。 社会保障・税一体改革(以下、一体改革)の議論は、2001年の小泉内閣時代に始まり、第1次安倍内閣、福田内閣、麻生内閣の下で進展し、2009年の民主党へ政権交代を経て2012年に野田内閣の下でまとまり、自民党・公明党との三党協議を経て完成した。その後第2次安倍政権の下で、2度の延期を経て、軽減税率の導入も行われ、2019年10月1日から消費税率が10%となり、一連の改革は完了した。 * * * 前述の連載等を書き終えての感想は2つである。 まず、当時自民党内に、財政再建や消費税を巡って、覇権争いも含めて死に物狂いの議論があったことに象徴される、消費税議論に要されたエネルギー量の多さだ。 竹中平蔵氏や中川秀直氏(当時自民党幹事長)の「上げ潮派」と、与謝野馨氏や柳澤伯夫氏の「財政規律派」の間で論争が勃発、その延長として、経済財政諮問会議の場での石弘光一橋大学教授(当時)と本間正明大阪大学教授(同)との「石・本間論争」や、吉川洋東京大学教授(同)と竹中平蔵経済財政担当大臣(同)との「マンキュー・サンキュー論争」、さらにはデフレを巡る激しい議論など、専門性に裏付けられた多彩な議論が行われた。 もう1つは、政権交代を経ても一体改革の議論を続け、完成させる政治家の強い思いである。 一体改革は、初めてのネット増税で、最重要課題である持続可能な社会保障の構築とセットでの議論であった。「消費増税を政争の具にしない」という民主党・自民党・公明党の強い意思が存在し、三党協議・三党合意となって表れた。三党の、国家の将来を見据えた対応がなければ、完成はしなかったであろう。 その後の展開を見ると、消費税は常に選挙の争点になり、この精神は失われてしまった。防衛費の財源議論が始まっているが、改めて三党合意の意義を認識し、政争の具にしない解決を見出してほしい。 小泉総理は、任期中には消費税を上げないと言明しつつ消費税の議論は容認した。これが前述の「上げ潮派」と「財政規律派」の激しい議論につながった。しかし、第2次安倍政権時代以降議論はめっきり少なくなった。 * * * 岸田総理に期待したいのは、国民的な「受益」と「負担」について、霞が関が積み上げてきた経験や知識を活用するべく、霞が関に自由闊達な議論を許容し、闊達な議論が政府部内で行われることである。霞が関は、議論に飢えているといってよい。 (了)
〈令和4年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第1回】 「各種申告書と近年の改正事項の確認(その1)」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 11月に入り、今年も年末調整に向けた準備を始める時期となった。 今回から3回シリーズで、年末調整における実務上の注意点やポイント等を解説する。 令和4年分と令和3年分を比べると、年末調整実務に影響する大きな改正事項はない。しかし、平成30年度以降の税制改正により、令和2年分の年末調整からは、基礎控除をはじめいくつかの所得控除の適用要件等が改正され、申告書の種類も増えている。 改正が多岐にわたることから、事前に適用要件等を再整理しておく必要があると考えられる。そこで、本連載第1回と第2回では、申告書の種類と申告書を提出することにより受けられる控除との関係、令和2年分から改正となった事項を中心に控除の適用要件等の確認を行うこととする。 なお、本年分の記事に加え、論末の連載目次に掲載された過去の拙稿もご参照いただきたい。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 【1】 各種申告書と適用を受ける控除との関係 年末調整において各種の控除を受けるためには、控除に対応した申告書を提出する必要がある。申告書の種類とその申告書の提出により受けられる控除との関係は、次のとおりである(所法190二、措法41の2の2①②、41の3の4①②)。 【2】 扶養控除等申告書 (1) 寡婦控除、ひとり親控除 扶養控除等申告書の提出により適用される控除のうち、令和2年分から取扱いが変わっているのは、寡婦控除とひとり親控除である(所法2①三十、三十一)。 改正の背景や内容、適用要件についての詳細は、以下の拙稿をご参照いただきたい。 (2) 扶養親族、勤労学生の所得要件 給与所得控除と公的年金等控除の引下げに伴い、扶養親族等の合計所得金額要件の調整が行われている(所法2①三十二、三十四)。 給与所得控除と公的年金等控除の引下げに伴う調整であることから、判定対象者の所得が給与所得又は公的年金等に係る雑所得のみの場合には、収入ベースでみると改正前後で変更はない。 給与所得控除と公的年金等控除の引下げについての詳細は、以下の拙稿をご参照いただきたい。 【3】 基礎控除申告書 平成30年度の税制改正により、令和2年分以後の基礎控除は、一律の金額ではなくその年の合計所得金額に応じた金額となった(所法86①)。 また、年末調整で基礎控除の適用を受けようとする場合には、その年最後の給与等の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に「基礎控除申告書」を提出することとされた(所法190二ホ)。 改正の背景や内容、適用要件についての詳細は、以下の拙稿をご参照いただきたい。 * * * 次回(第2回)は、「配偶者控除等申告書」と「所得金額調整控除申告書」について取り上げる予定である。 (注) 上記の記事については、掲載後の税制改正等により、解説内容が現在の規定に基づくものとは異なるケースがある。過年度の記事内に順次コメントを入れるので留意していただきたい。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第4回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 第2節 所得税における暗号資産の税務と課税問題 1 所得税法の暗号資産関連規定 (1) 暗号資産の定義 所得税法には暗号資産に関連する個別の規定が存在する。 この暗号資産関連規定は、暗号資産に対して適用される個別のルールであるから、かかるルールが発動するための要件の根幹に位置付けられる「暗号資産」の意義が重要な問題となる。 この点について、棚卸資産の定義規定である所得税法2条1項16号は次のとおり定めている。 上記のうち、所得税法48条の2第1項の暗号資産とは、資金決済法に規定する暗号資産を指している。 よって、上記の所得税法2条1項16号は、棚卸資産について、事業所得を生ずべき事業に係る商品等で棚卸しをすべきものとして政令で定めるものであるとしつつ、この場合の商品等から資金決済法上の暗号資産を除いていることになる。 逆にいえば、このような定めがなければ暗号資産が棚卸資産に該当する可能性があることを、この規定は示唆している。 また、この規定は、暗号資産については、別段の定めがない限り、所得税法上の棚卸資産に関連する規定の適用がないことを示している。例えば、次の規定は暗号資産には適用されない。 上記②について、所得税法は暗号資産の評価方法に関する特別の定めを有しているため、後述する。 ここでは、上記①の規定について確認しておく。 所得税法39条は、居住者が棚卸資産(※)を家事のために消費した場合又は山林を伐採して家事のために消費した場合には、その消費した時におけるこれらの資産の価額に相当する金額は、その者のその消費した日の属する年分の事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上、総収入金額に算入することを定めている。 (※) 次のものを含む(所令81、86)。 ・不動産所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務に係る棚卸資産に準ずる資産 ・その者の業務の性質上基本的に重要なもの以外の一定の少額減価償却資産及び一括償却資産 この規定によれば、棚卸資産等を自家消費した場合には、現実には販売収益を稼得していないにもかかわらず、消費時におけるその資産の価額で総収入金額に算入することになる。 この場合の価額とは、一般には時価ないし通常販売価額と説明されるが、実務上は、事業者が、通常販売価額のおおむね70%以上、かつ、取得価額以上の金額をもって帳簿に記載し、これを事業所得の金額の計算上総収入金額に算入しているときは、当該金額でも認められる(所基通39-1、39-2)。 この規定は、自己の有する財産や自己の労働から得られる経済的利益(帰属所得)に対して、外部から経済的利益の流入(収入)がないにもかかわらず、課税を行うという側面を有する。 この規定の趣旨について、次のように解されている(大阪地裁昭和50年4月22日判決・税資81号277頁、大阪地裁昭和63年11月30日判決・税資166号538頁参照)。 また、所得税法39条の規定は、次のような考慮の上に定められているという指摘もある(金子宏「租税法における所得概念の構成」『所得概念の研究』89頁以下(有斐閣1995)参照)。 さて、暗号資産は、主に決済手段や交換手段として使われており、あるいは投資対象にされており、少なくとも現在のところ、それ自体に固有の使用用途が認められることは稀であることや使用によって消滅する類のものではないことなどを考慮すると、上記のような趣旨で定められている所得税法39条の射程範囲に暗号資産を含める必要性は低いといえよう。 なお、所得税法上の固定資産とは、土地(土地の上に存する権利を含む)、減価償却資産、電話加入権その他の資産(山林を除く)で政令で定めるものをいい、政令では、棚卸資産、有価証券、資金決済法の暗号資産及び繰延資産以外の資産のうち、土地、減価償却資産、電話加入権、これらに準ずるものを掲げている(所法2①十八、所令5)。 このように、所得税法上の固定資産の範囲からも暗号資産が除かれている。 同様に、法人税法でも固定資産の範囲から暗号資産が除外されている(法法2①二十、法令12)。この規定については、「国際会計基準審議会において仮想通貨の無形資産への該当性の議論がされたことを踏まえ、仮想通貨が固定資産に該当しないことが明確化されたもの」と説明されている(財務省HP『令和元年度 税制改正の解説』290頁参照)。なお、令和元年の資金決済法等の改正で「仮想通貨」から「暗号資産」に呼称変更されている。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例46】 「役員退職慰労金の引当金との相殺処理と損金経理」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、首都圏を中心に東日本においてアミューズメント施設を運営する株式会社X(資本金9,000万円の3月決算法人)で経理部長を務めております。わが国のアミューズメント業界、中でもわが社の業務領域であるゲームセンターは少子高齢化の影響により、これまで主たる顧客であった10代・20代の若者の人口減少の荒波を受けて、全般的に市場が縮小しております。そのため、地方の零細資本のゲームセンターは大手に買収され淘汰されており、わが社も地方においてはロードサイドの駐車場を完備した施設を買収し、家族連れを取り込むことで生き残りを図ろうと必死になっております。 今やゲームは自宅においてゲーム機器で遊ぶのが一般的で、自宅外ではスマホのアプリで遊ぶというのが主流となる中、顧客にわざわざゲームセンターまで足を運んでもらうために、わが社も様々な工夫を行っております。例えば、クレーンゲームは現在、自宅に居ながら楽しめるオンライン形態のものも盛んですが、リアルな感覚を重視するファンも未だ少なくなく、わが社もワンフロアすべてクレーンゲームとする店舗を増加させ、長時間楽しめる場を提供しております。 また、クレーンゲームの商品の上限が800円から1,000円に引き上げられたことから、ユーザーに人気のあるマスコットやフィギュアの品ぞろえを拡大したり、マスコットをデコレーションしたり着せ替えを楽しめるグッズを別のフロアに用意したりと、客単価の引上げにつながるような施策を矢継ぎ早に投入しております。わが社のこのような創意工夫は、専ら3年前に事業承継した二代目社長のアイデアと行動力の賜物で、その結果、コロナ禍や最近のインフレにもめげず、わが社の業績はおかげさまで好調となっております。 そんな中、最近所轄税務署の税務調査を受け、調査官から厳しい指摘をされて戸惑っております。すなわち、わが社の創業者で先代社長に対する役員退職慰労金につき、特別損失として支給したものがありますが、損金経理を行っていないため、損金計上は認められないというものです。当社は先代社長の退職に備え、役員退職慰労引当金を引当計上しており、役員退職慰労金の支給に際しては、総勘定元帳において、以下の通り仕訳を行っており、当然損金算入されるものと認識しておりますが、どのように考えるべきなのでしょうか、教えてください。なお、当該役員退職慰労金の支給に関し、不相当に高額な部分の金額はないものという点で調査官と意見が一致しております。 〈X社の経理処理(総勘定元帳)〉 〈X社の経理処理(損益計算書)〉 【A】 平成18年度税制改正前の法人税法においては、法人が退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、損金経理をしなかった金額及び損金経理をした金額のうち不相当に高額な部分の金額は、損金の額に算入されないものとされていましたが、税制改正により、当該損金経理要件が廃止されています。 また、株式会社Xは先代社長の退職に備え、役員退職慰労引当金を引当計上しており、役員退職慰労金の支給に際しては、総勘定元帳において、その取崩益と役員退職慰労金とを両建処理したことから、当該支給額は損金算入されることとなります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 法人税法上の役員退職給与の意義 法人税法には、「退職給与」について、特段の定義規定は置かれていない。しかし、裁判例によれば、「法人税法第34条第1項が損金の額に算入しないこととする給与の対象から「役員退職給与」を除外している趣旨に鑑みれば、同項に言う「(役員)退職給与」とは、役員が会社その他の法人を退職したことによって初めて支給され、かつ、役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有する給与であると解すべき」とされる(東京地裁平成27年2月26日判決・税資265号-30(順号12613)、TAINSコード:Z265-12613)。 したがって、役員退職給与は、法人税法上、不相当に高額な部分の金額(※1)(法法34②)や事実を隠蔽し、又は仮装して経理をすることにより支給する給与に該当するもの(法法34③)、業績連動給与に該当するもの(※2)を除き、損金の額に算入されることとなる。 (※1) 隠れた利益処分に対処しようとする規定であると解されている。金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)409頁。 (※2) 平成29年度の税制改正により、役員退職給与であっても、業績連動給与に該当する場合には、業績連動給与の損金算入要件に該当する場合に限り損金の額に算入されることとなった(法法34①、⑤)。 なお、平成18年度税制改正前の法人税法においては、法人が退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、損金経理をしなかった金額及び損金経理をした金額のうち不相当に高額な部分の金額は、損金の額に算入されないものとされていた。しかし、当該損金経理要件の規定は、平成18年度の税制改正により廃止されている。これは、役員退職給与についても、役員の職務執行の対価としての性質を有する点で役員給与と同様であり、会社法において利益処分による支給ができないこと等をも踏まえての措置であるとされている(※3)。 (※3) 財務省編『平成18年版改正税法のすべて』(大蔵財務協会、2006年)329頁。 (2) アミューズメント業界の動向 アミューズメント業界とは、一般に、余暇を楽しむための施設やサービスを提供する業界であるとされ、具体的には、ゲーム、玩具、映画、キャラクターグッズ、パチンコ、遊園地、カラオケ、ゲームセンター等が挙げられる。 公益財団法人日本生産性本部の「レジャー白書2021」によれば、2020年の余暇関連市場は55兆2,040億円となり、コロナ禍の影響により前年比23.7%の大幅減となった。ただし、コロナの影響は余暇活動の内容により異なり、旅行やカラオケ、飲食、ゲームセンター、パチンコは不調だったものの、ゲームや動画配信、音楽配信はプラスとなるなど、明暗が分かれている。 ゲームセンター(アーケードゲーム業界)に設置されるゲーム機器の中でも、クレーンゲーム(業界ではプライズ(景品)ゲームと称する)は比較的好調で、クレーンゲームがビルの数フロアを占めるゲームセンターも登場している。また、2022年に25年ぶりに風営法の解釈指針(警察庁生活安全局の風営法解釈運用指針)が改正され、クレーンゲームの景品の上限が800円から1,000円に引き上げられたことから、最近のインフレや円安による景品の仕入価格上昇でプレイ料金の引上げが懸念される中、何とかコスト上昇を吸収できるのではと期待する業界関係者も少なくないところである。 (3) 役員退職慰労金と役員退職慰労引当金との相殺処理に係る損金経理該当性 平成18年度税制改正前の事案ではあるが、本件のように、役員退職慰労金を支払った法人が、その経理において当該慰労金と役員退職慰労引当金とを相殺処理した場合、当該慰労金の支払いに関し損金経理に該当するかどうかについて争われたものとして、岡山地裁平成20年11月6日判決・税資258号-211(順号11069)(TAINSコード:Z258-11069)があるので、以下でみていきたい。 ① 事案の概要 本件は、塗料の製造、調色加工及び販売等を目的とする株式会社である原告が、平成14年4月1日から平成15年3月31日までの事業年度の法人税につき、欠損金額を1億7,156万2,320円として青色申告による確定申告を行ったところ、岡山西税務署長が、役員退職給与引当金取崩益が収益として計上されていないなどとして、欠損金額を1億4,519万2,798円とする更正処分を行ったことに対し、本件処分は法令の解釈適用を誤ったものであるとして、当該処分の取消しを求めた事案である。 原告は、平成14年6月24日、原告の定時株主総会及び取締役会において、同日退任する取締役丙及び乙に退職慰労金をそれぞれ支給する旨決議し、同日、本件退職役員に対し、退職慰労金合計2,660万円を支給した。また、原告は、本件役員退職慰労金を支給するため、役員退職慰労引当金を取り崩したところである。 ② 本裁判例の争点 役員退職慰労金に関する損金経理の有無 ③ 裁判所の判断 なお、本件は原告が控訴せず、確定している。 ④ 本裁判例からいえること 本裁判例は、企業が行う経理処理に関し、どのような方法を採ると法人税法上損金経理を行ったといえるのかにつき、仕訳を示しながら詳細な検討がなされている事例であり、実務の参考になるものと考えられる。 法人の経理処理においては、簿記の知識が十分にあり経験豊富な経理担当が、何行にもわたる複雑な仕訳につき、貸借の相殺処理を行って簡略化された仕訳に直して勘定を締めるというケースがみられるが、法人の意思として損金経理を行ったということを明確にするためには、費用又は損失を計上したという仕訳を消去することなく、面倒でも総額で表示することが肝要といえよう。相殺処理をしてしまうと、法人の本来の経理上の意思が不明確になるため、注意を要する。 もっとも、平成18年度税制改正後は、役員退職給与につき損金経理要件がなくなったため、たとえ役員退職給与を役員退職給与引当金から直接支出する経理方法を採ったとしても、損金算入されることとなる。 (4) 本件へのあてはめ 平成18年度税制改正前の法人税法においては、法人が退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、損金経理をしなかった金額及び損金経理をした金額のうち不相当に高額な部分の金額は、損金の額に算入されないものとされていたが、税制改正により、当該損金経理要件が廃止されている。 また、株式会社Xは先代社長の退職に備え、役員退職慰労引当金を引当計上しており、役員退職慰労金の支給に際しては、総勘定元帳において、その取崩益と役員退職慰労金とを両建処理したことから、当該役員退職慰労金については損金算入されることとなる。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第58回】 「一次相続時と二次相続時で配偶者居住権の範囲が異なる場合における敷地所有権者の相続に係る貸付事業用宅地等の特例の適用(配偶者居住権設定後に二次相続があった場合)」 税理士 柴田 健次 [Q] 甲の相続(一次相続)では、下記のとおり甲の所有する建物(1階部分は4部屋(101~104号室)あり各部屋の床面積は同じで、甲の事業用・貸付事業用、2階部分は甲、乙の居住用)について配偶者居住権が設定され、甲の配偶者である乙が配偶者居住権を取得し、土地建物の所有権は、甲の長男である丙が取得しました。 その後、丙に相続(二次相続)が発生し、丙の所有する土地建物の所有権は丁が相続しました。乙及び丁は、丙と生計を一にしていました。 建物の利用状況、土地等の情報は、下記のとおりですが、二次相続発生時において丁が適用できる小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の適用面積は何㎡でしょうか。 【相続関係図】 【建物の利用状況】 【二次相続発生時の土地等の情報】 [A] 丁は他の要件を満たせば、1階部分の104号室の72㎡について小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 配偶者居住権等が及ぶ範囲 (1) 配偶者居住権設定時における配偶者居住権の及ぶ範囲 配偶者居住権が設定された場合には、居住建物の全部について無償で使用及び収益をする権利を取得することになります(民法1028)。ただし、居住建物の一部が賃貸用である場合には、賃借人に権利を主張することはできないため、配偶者居住権及び敷地利用権の評価額の計算の基礎となる金額から「賃貸の用に供されている部分」を除くこととされています(相法23の2①一かっこ書・③一かっこ書、相令5の7)。 したがって、居住建物の全部について配偶者居住権が及ぶことになりますので、賃貸の用に供されている部分を除き、甲の事業の用に供していた部分(103号室)及び空室部分(102号室)も含めて配偶者居住権が及ぶことになります。アパート等の空室がある場合の詳細は、本連載【第43回】及び【第51回】で解説しています。 図式化すると下記のとおりとなります。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) 二次相続発生時における配偶者居住権の及ぶ範囲 2階部分について、老人ホームに入所して居住の用に供しなくなった場合においても、下記の配偶者居住権の消滅事由に該当しなければ、配偶者居住権は存続することになります。第三者に居住建物の使用をさせるときは、居住建物の所有者の承諾を得る必要があります(民法1032)。この場合の賃料の帰属は、居住建物について使用及び収益をすることができる配偶者居住権者となります。 なお、配偶者居住権の消滅事由の例としては、下記のものがあります。 101号室、102号室、103号室及び2階部分については、丙の承諾を得て、配偶者居住権に基づき賃貸していますので、配偶者居住権が及ぶものとして取り扱うことになりますが、104号室については、一次相続開始前の入居者であり、E氏に配偶者居住権の主張をすることができず、丙との間で賃貸借契約を締結していることから、配偶者居住権が及ばないものとして取り扱うことになります。 図式化すると下記のとおりとなります。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 2 二次相続に係る配偶者居住権及び敷地利用権の相続税評価額 配偶者居住権の設定後に相続若しくは遺贈又は贈与により取得した配偶者居住権の目的となっている建物及び敷地所有権の相続税評価額については、相続税法23条の2の規定に準じて計算することになります(相基通23の2-6)。 上記1の解説のとおり、居住建物の一部が賃貸用である場合には、配偶者居住権及び敷地利用権の評価額の計算の基礎となる金額から「賃貸の用に供されている部分」を除くこととされています。ただし、そのような取扱いは配偶者居住権設定時(本問の場合には一次相続時)に賃貸している場合であり、配偶者居住権設定後に配偶者が所有者の承諾を得て、賃貸している場合には、配偶者居住権に基づき賃貸していますので、配偶者居住権の計算の基礎となる金額から除外しないで配偶者居住権及び敷地利用権を計算することになります。 したがって、本問の場合には、101号室、102号室、103号室部分及び2階部分については配偶者居住権に基づき賃貸していますので、配偶者居住権の計算の基礎となる金額から除外する必要はありません。これに対して104号室部分については、配偶者居住権に基づき賃貸していないため、換言すれば、対抗力を有する賃借人であるE氏に配偶者居住権の主張をすることができないため、配偶者居住権の計算の基礎となる金額から除外する必要があります。本問の場合には104号室の30㎡については、除外した上で敷地利用権の相続税評価額が算定されています。 また、本連載【第56回】でも解説していますが、配偶者居住権に基づき賃貸されている場合には、配偶者居住権の権利内に賃借権も包括されているため、101号室、102号室、103号室部分及び2階部分について借家権控除を考慮する必要はありません。 104号室部分については、丙が第三者に賃貸していますので、貸家建付地として借家権控除の対象となります。 以上、本問についてまとめると下記のとおりとなります。 【配偶者居住権に基づく賃貸の有無における賃料の帰属と借家権控除の可否】 3 利用区分ごとの相続税評価額の算定と面積の計算 本問の場合には、それぞれの部屋ごとの利用区分について敷地利用権と敷地所有権を考える必要があります。計算手順として ステップ❶ で部屋ごとに区分して計算し、 ステップ❷ で敷地利用権と敷地所有権に区分して計算することになります。 上記2で解説のとおり、配偶者居住権に基づき賃貸している場合には、賃貸されている部分を除外する必要はなく、借家権控除を考慮して計算する必要もありません。 なお、敷地利用権は、乙の財産であるため、丙の相続時において丙の相続財産に計上する必要はありません。乙の相続時においては、民法の規定により配偶者居住権は消滅し、相続を原因とする財産の移転もないため、配偶者居住権及び敷地権利用権の価額を乙の相続財産に計上する必要はありません。 ステップ❶ 土地の相続税評価額について各部屋で区分して評価します。 1階部分については、必ずしも部屋ごとに相続税評価額を算定する必要はありませんが、配偶者居住権の対象の有無(借家権控除の対象にしないものと対象としたもの)に区分する必要があります。 ステップ❷ 二次相続発生時において配偶者居住権の対象となる部分について敷地利用権と敷地所有権の相続税評価額を算出します。その後、敷地利用権及び敷地所有権のそれぞれの土地の面積を算出することになります。 (1) 敷地利用権の相続税評価額 配偶者居住権の対象となる建物の床面積は、2階部分80㎡と1階部分のうち101号室、102号室及び103号室の3部屋部分の床面積90㎡(120㎡/4×3部屋)の170㎡となります。したがって、2階部分、101号室、102号室、103号室の敷地利用権の価額は、下記のとおり計算することができます。 (2) 敷地所有権の相続税評価額 (注) 配偶者居住権の存続年数に応じた複利現価率を0.450としていますので、敷地利用権と敷地所有権の価額比は55:45となります(相法23の2)。 (3) 敷地利用権及び敷地所有権の土地の面積 ◆敷地利用権の面積 ◆敷地所有権の面積 4 被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等の範囲 貸付事業用宅地等は、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていた親族(以下「被相続人等」という)の貸付事業の⽤に供されていた宅地等であることが要件の1つとなっています。したがって、その宅地等が「誰の」、そして何の「用途」に供されていたかが重要となります。 本問の場合には、101号室、102号室、103号室及び2階部分については、配偶者居住権に基づき賃貸されていますので、乙の貸付事業用宅地等(措通69の4-4の2)となり、104号室については、丙の貸付事業用宅地等(措通69の4-4)となります。 配偶者居住権に基づく賃貸の有無における賃料の帰属と特例判定の判断となる通達についてまとめると下記のとおりとなります。 【配偶者居住権に基づく賃貸の有無における賃料の帰属と特例の判定】 (※) 被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等に該当するか否かの判断 5 本問の場合の特例適用の可否 貸付事業用宅地等の意義は、【第39回】で解説していますが、特例の適否については、下記のとおりとなります。 (1) 104号室部分 被相続人である丙の貸付事業の用に供されていた宅地等を相続人である丁が相続し、相続税の申告期限まで引き続き宅地等を有し、かつ、引き続き貸付事業の⽤に供していれば、特例の対象となります。 (2) 101号室、102号室、103号室及び2階部分 被相続人の生計一親族である乙の貸付事業の用に供されていた宅地等ですが、乙は宅地等を取得していませんので、特例の対象にはなりません。 特例の適否を整理すると下記のとおりとなります。 したがって、丁は104号室部分の72㎡について特例の適用を受けることができます。 なお、仮に乙が丙の所有する土地建物の所有権を遺贈により取得した場合には、104号室部分は被相続人の貸付事業用宅地等として特例の対象(措通69の4-4)となり、101号室、102号室、103号室部分及び2階部分は生計一親族の貸付事業用宅地等として特例の対象(措通69の4-4の2)となります。 その場合には、特例対象宅地等の面積は、104号室部分(72㎡)と101号室、102号室、103号室部分及び2階部分の敷地所有権部分(183.6㎡)となりますが、限度面積(200㎡)を超えるため、200㎡までの面積内で選択適用することになります。特例金額が大きくなるように選択する場合には、自用地である敷地所有権部分(183.6㎡)から優先的に適用し、残りの面積16.4㎡(200㎡ - 183.6㎡)について104号室部分から選択することになります。 乙が取得した場合には、特例は200㎡について適用できますが、配偶者居住権は消滅(本連載【第56回】で解説)し、乙の相続時に土地建物の所有権として評価が必要になります。 ★実務上のポイント★ 一次相続時と二次相続時で配偶者居住権の範囲が異なることもありますので、一次相続時から二次相続時の建物の利用状況をよく確認する必要があります。少なくとも建物賃貸借契約書は入手して、配偶者居住権に基づき賃貸しているかを確認する必要があります。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第24回】 「国内不動産譲渡における売主の非居住者該当性確認義務とは」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 国内の土地等を取得した際、譲渡人が非居住者の場合、取得者はその購入対価から10%の源泉徴収が必要と伺いましたが、譲渡人の居住地が不明な場合、源泉徴収義務は免除されないのでしょうか。 〔A〕 所得税法212条1項によれば、源泉徴収義務発生の有無は納税義務者(受給者)が非居住者か否かにより判断されることになるため、支払者は、「支払の際」に相手方が非居住者か否かを判定しなければならず、同項が源泉徴収義務者(支払者)に非居住者確認義務を負わせていると解されることから、支払者が当該義務を尽くしていない場合、源泉徴収義務は免れないとされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 非居住者に対する課税の概要 (1) 非居住者が有する国内源泉所得 非居住者(非居住者の意義については本連載【第18回】を参照)は、国内源泉所得についてのみ租税が課せられる。ここでいう国内源泉所得は、所得税法161条に列挙されており、具体的には下表の「所得の種類」欄の①から⑯までが同法各号に規定する国内源泉所得に対応する。 非居住者に対する課税は、同者が国内に恒久的施設を有するかどうか、また国内で生じた所得が当該恒久的施設に帰属するか否かによって異なり(所法164)、その概要は下表のとおりとなる(所基通164-1)。 (出典) 国税庁「所得税基本通達164-1(〔表5〕非居住者に対する課税関係の概要)」 (2) 不動産譲渡対価に係る源泉徴収義務 非居住者が日本の国内に所在する不動産を譲渡した場合、上記のとおり、国内源泉所得として我が国の納税義務を負う。我が国が締結する租税条約においても、不動産の譲渡所得については、当該不動産の所在地国における課税権が確保されている(※1)。 (※1) OECDモデル租税条約第13条《譲渡所得》1項は、「一方の締約国の居住者が第6条に規定する不動産であって他方の締約国内に所在するものの譲渡によって取得する収益に対しては、当該他方の締約国において租税を課すことができる。」と定めている。 我が国では、譲渡所得の場合、原則は総合課税であり、非居住者についても申告納税義務が課せられるが、日本に居住しない者が適正に申告納税することは必ずしも期待できないことから、非居住者から国内の不動産を取得して対価を支払う者は、当該支払額の10%を源泉徴収することが義務付けられている(所法212①、213①二)。ただし、譲渡の対象となる土地等を自己又はその親族の居住の用に供するために譲り受けた個人から支払われるもの、譲渡対価が1億円を超えるものはその対象から除かれる(所令281の3)。 ここでいう源泉徴収の対象は、あくまで譲渡対価であり、譲渡対価から必要経費等を控除した後の譲渡所得とは異なる。したがって、実際の譲渡所得に適用される税率を乗じて求めた税額が、源泉徴収税額を下回る場合には、非居住者は確定申告することにより税額の還付を受けることができる(※2)。反対に、確定税額が源泉徴収税額を上回る場合は、差額を納税する必要がある。 (※2) 非居住者が日本国内に住所及び居所を有しない場合は、納税管理人を選任(国税通則法117)して、申告納税義務を代行させることとなろう。 仮に、非居住者が確定申告をしない場合であっても、課税当局としては譲渡対価の10%の税額が確保されるので、(金額の大小はあるにせよ)課税漏れは回避される。他方、源泉徴収義務を負う土地等の取得者は、譲渡人の居住地をいちいち確認しなければならず、実際問題、事実関係を誤認する可能性も否定できない。そこで、以下では、土地等の取得者が源泉徴収義務を免れる場合があり得るかが争われた事案を検討する。 2 過去の裁判例 《住友不動産事件》(※3) (※3) (第一審) 東京地裁平成28年5月19日判決・TAINSコード:Z266-12856 (控訴審) 東京高裁平成28年12月1日判決・TAINSコード:Z266-12942 (1) 事案の概要 本件は、株式会社であるX(原告・控訴人)が、乙との間において、土地及び建物(本件不動産)に係る売買契約を締結し、本件不動産の売買代金を乙に支払ったところ、処分行政庁から、乙が所得税法2条1項5号にいう「非居住者」に該当し、原告は同法212条1項(本件条項)に基づく源泉徴収義務を負うとして、源泉所得税の納税告知処分を受けたことに対し、乙は所得税法上の「非居住者」には該当せず、仮に該当するとしても、原告は源泉徴収義務を負わない旨主張して、告知処分の取消しを求めた事案である。 乙は、米国において、米国籍及び社会保障番号を取得しており、日本国内には米国発給の旅券を用いて入国していた。また、乙は、平成10年以降、多くて年4回日本に入国しているものの、その滞在期間は、1年の半分にも満たなかった。本件の争点は多岐に渡るが、以下では、争点4(Xの源泉徴収義務の有無)に絞って論ずることとする。 (2) Xの主張 Xは、非居住者に対する源泉徴収義務が肯定されるためには、当然の前提として、「支払をする者」において、「支払の際」に相手方が「非居住者」であるか否かを判別することが必要であるとし、不動産の譲渡対価の「支払をする者」は、支払の際、源泉徴収義務を負うことになるのか否かを判定するため、相手方が「非居住者」であるか否かを確認すべき注意義務(本件注意義務)を負っているものと解されるが、本件注意義務を尽くしてもなお相手方が「非居住者」であると確認できない場合には、本件条項に基づく源泉徴収義務を負わないというべきである(本件条項の限定解釈)と主張した。 本件でXは、売買契約を締結するに当たり、乙の住民票、印鑑登録証明書、登記書類を確認し、これらの書類によって、乙の住所が本件建物所在地であり、直近になって、住所を日本国内に移動させたような記録はないことを確認したと主張した。 (3) 裁判所の判断 本件の第一審である東京地裁は、Xが本件注意義務を負っていたこと自体については当事者間に争いがなく、また、Xが本件注意義務を尽くしていなかった場合において、源泉徴収義務を負うこと自体についても実質的に当事者間に争いはないとして、裁判所の解釈を示すことなく(※4)、Xの採った行動などから、事実認定として、Xが本件譲渡対価を支払う際に本件注意義務を尽くしたということはできず、Xの源泉徴収義務を否定すべき理由はないと判示し、Xの主張を斥けた。 (※4) この点に関し、古賀敬作『租税判例百選[第7版]73-不動産譲渡対価の支払に際しての非居住者該当性の確認』(有斐閣、2021年)144頁は、「もっとも、本判決ではかかる非居住者確認義務の解釈理論が分明ではない。」と述べている。 かかる判決を受けXは控訴したが、控訴審においても原審の判断が維持された(※5)。 (※5) 増井良啓「不動産譲渡対価の支払に際しての非居住者該当性の確認」『最新租税基本判例70』(日本税務研究センター、2019年)177頁は、控訴審判決の「本件の事実関係の下においては、Xにおいて本件注意義務を尽くしても乙が『非居住者』であると確認ないし判別することができないという場合には当たらないから、・・・・・・本件条項〔所得税法212条1項〕の解釈及び適用についてXが主張する見解に立った場合でも、その前提を満たさないものであり、同見解の当否を含め、同見解に基づく検討をする必要はない。」という部分を引用し、支払者が本件注意義務を尽くしている場合に源泉徴収義務を免れるという見解の当否は検討対象外であると述べているとし、「あくまで事例判決であるとの自己評価を下した」と述べている。 (4) 先行裁判例との比較 本件の先行裁判例として、東京地裁平成23年3月4日判決(※6)(平成23年判決)があるが、同裁判において原告は、「源泉徴収制度においては、支払者による売主の非居住者性の認識に対する期待可能性もしくは予見可能性があった場合に初めて源泉徴収義務が生じると限定的に解すべきである。しかるに売主は外見において日本人であり、契約書や不動産登記上の住所も日本国内の本件不動産登記地となっていたことから、買主が売主を非居住者と認識するのは不可能である。」と主張した。 (※6) 平成21年(行ウ)第121号(判例集未登載) これに対し、東京地裁は、「不動産の買主は売主の住所・居所、資力その他の事情や属性に強い関心を有するのが通常であり、売主が非居住者に該当するか否かは買主において調査確認が予定されており、それによって通常容易に判定できるとし、法令上に記載のない『期待可能性』ないし『予見可能性』といった要件を設けて源泉徴収制度を限定解釈(限定適用)する必要はない。」と判示した。 すなわち、一定の事情が認められる場合には源泉徴収義務が免除されるかについて、平成23年判決では明確に否定している(※7)のに対し、本件事案では、上記のとおり、解釈上の判断を避け、事実認定の問題として処理した点に特徴がある。 (※7) 木村浩之編著、野田秀樹・佐藤修二著『対話でわかる国際租税判例』(中央経済社・2022年)83頁は、「非居住者該当性は多分に事実認定の問題であり、実はそれほど容易でない場合もありうる。かかる場合にまで、国の徴収の便宜のため、課税当局のように調査権限を有するものでもない私人に源泉徴収義務を負わせるのは酷ではないかと思われる。」と述べている。 (了)
〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第3回】 「リース取引の流れ」 公認会計士・税理士 喜多 弘美 【第2回】では、リースのメリット・デメリットについて整理しました。設備投資をする際に、自己資金で購入する場合などと比較して、リース契約のメリットが大きい場合は、会社はリースを選択します。 では、リースを選択した後に、実際のリース取引はどのような流れで行われるのでしょうか。この疑問を解消すべく今回は、一般的なリース取引の流れを整理します。 まず、リース取引の場合、登場人物は以下の3者になります。 リースでなく、物件を購入する場合、登場人物は「売手()」と「買手()」の2者だけですので、それと比べるとリースは少し複雑な印象を受けるかもしれません。これからリース取引の流れを整理しますが、賃貸と売買のやりとりを組み合わせたイメージを持ちながら、が自社であり、主語が誰かを意識して読み進めていただくと理解しやすいと思います。 それでは、早速はじめていきましょう。 以上が、一般的なリース取引の流れになります。 また、以上を踏まえて3者(・・)の関係をまとめると下図のようになります。 (了)
〈会計基準等を読むための〉 コトバの探求 【第7回】 「曖昧となりがちな「適用」「準用」などの使い分け」 -法令用語を踏まえて考える- 公認会計士 阿部 光成 ◆はじめに 法令用語を見ると、「適用する」、「準用する」の用語の使い分けが明確である。 会計基準でも、これらと同様の用語が見られるが、法令用語ほど厳密に使い分けされているかは必ずしも明らかではないと思われる。 それでも、実務において、用語の意味をしっかりと理解し使い分けることで、無用な混乱を避けることができる。 今回は、使い分けが曖昧となりがちな「適用する」、「準用する」などの用語を取り上げ、会計基準で使用されている文章を確認した上で、法令用語での意味もおさえておきたい。 ◆「適用する」、「準用する」 まず、「適用する」、「準用する」という用語については、「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号)では、次のような表現で使用されている。 これらの用語の意味は、法令用語ではどのように違いがあるのだろうか。 田島信威著『最新 法令用語の基礎知識【改訂版】』(ぎょうせい・2002年)によると、法令用語の「適用する」と「準用する」の意味は次のとおりである(84、490ページ)。 ◆「推定する」、「みなす」 次に「推定する」、「みなす」という用語について確認する。 上記と同じく「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号)では、次のような表現で使用されている。 これらの用語も法令用語としては、次の意味のとおりとなっている(前掲書、80~82ページ)。 ◆留意事項 上記のほか、「金融商品会計に関する実務指針」では、例えば、「時価ヘッジの適用対象」に関して、「この処理方法の適用対象は、ヘッジ対象の時価を貸借対照表価額とすることが認められているものに限定され、金融商品会計基準の規定との関係上、現時点ではその他有価証券のみであると解釈される」(185項)として、「解釈」の用語を用いている箇所がある。 一方、「金利スワップの特例処理の対象」に関して、「この処理は、金融商品会計基準の基本原則であるデリバティブの時価評価に例外を設けるものであることから、拡張解釈を避け、金利スワップがヘッジ対象たる資産又は負債とほとんど一体とみなせる場合に限るものとした」(346項)と規定している箇所もある。ここでは、「拡張解釈を避ける」意図が示されている。 冒頭で述べたとおり、会計基準で使用されている用語について、法令用語ほど厳密に使い分けされているかは必ずしも明らかではないと思われるが、実務において会計基準を適用する際、「適用」すべき場面で適用しなかったり、また、「準用する」とされていない場面で準用したりしないように、注意が必要であると思われる。 また、ある事象に対する会計処理を検討する場合、「適用」や「準用」ではなく、「解釈」していることも考えられるので、何をしようとしているのかについても、意識する必要があると思われる。 (了)