《速報解説》 国税庁、適格請求書発行事業者の登録申請受付開始(R3.10.1~)に伴い 「適格請求書発行事業者公表サイト」を開設 Profession Journal編集部 本日(令和3年10月1日)より、インボイス(適格請求書)が発行できる事業者(適格請求書発行事業者)の登録申請受付がスタートした。 令和5年10月1日から施行される適格請求書等保存方式(いわゆるインボイス制度)では、売手は、買手である取引相手(課税事業者)からの求めに応じ、現在の「区分記載請求書」に「登録番号」、「適用税率」及び「消費税額等」の記載を追加したインボイス(適格請求書)を交付しなければならない。また、買手側は、仕入税額控除の適用を受けるために、原則として、取引相手(売手)である登録事業者から交付を受けたインボイスの保存等が必要となる。 ただし、インボイスを発行できるのは、税務署長の承認を受けた適格請求書発行事業者に限られ、適格請求書発行事業者となるためには、納税地の所轄税務署長に「適格請求書発行事業者の登録申請書」を提出して登録を受ける必要があり、この申請受付開始が令和3年10月1日とされていた。 なお、かねてより、登録された適格請求書発行事業者の情報(登録番号や登録日、氏名・名称など)については、国税庁の「適格請求書発行事業者公表サイト」で確認できるとされていたところ、本日の申請受付開始に合わせ、この公表サイトが開設された。 公表サイトでは、令和3年10月中に登録申請書を提出し登録を受けた適格請求書発行事業者について、令和3年11月1日(月)に一括して掲載するとしており、こちらのページでは検索方法や検索結果の表示例、ダウンロード機能等について説明されている。 インボイス制度開始時(令和5年10月1日時点)で適格請求書発行事業者として登録を受けるためには、原則として令和5年3月31日までに登録申請書を提出する必要がある(一定の宥恕規定あり)。まだ時間的余裕はあると言えるが、すでに消費税の課税事業者となっている場合は、早めに登録を完了させることで取引先への周知もでき事業の安定につながる側面もあろう。一方、免税事業者の場合は、適格請求書発行事業者の登録を受けることで令和5年10月1日以降、課税事業者となるため、それに係る負担増や取引先からインボイスを求められる可能性などについて、こちらのリーフレットを確認する等、事前に検討を行う必要がある。 なお、登録申請書を郵送で提出する場合は既報のとおり、各国税局に設置された「インボイス登録センター」宛てとなるため、注意されたい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2021年9月30日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.438を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第6回】 「租税法規の文理解釈と租税通達の文理解釈」 -最判令和2年3月24日訟月66巻12号1925頁- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回は、租税法律主義(形式的租税法律主義=法律によらない課税の禁止)の要請のうち税法の解釈適用、とりわけ税務行政による解釈適用に関する要請としての合法性の原則について、租税通達との関係を検討することにする。 合法性の原則は、「租税法は強行法であるから、課税要件が充足されている限り、租税行政庁に租税の減免の自由はなく、また租税を徴収しない自由もなく、法律で定められたとおりの税額を徴収しなければならない。」(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)87頁)という要請として定式化されることがあるが、そのような定式化は、租税の減免等の納税者にとって有利な税務行政上の取扱いについてだけでなく不利な税務行政上の取扱いについても法律の根拠と効果裁量の否定を要求することを「当然の前提」とするものであると考えられる。 ただ、法律による行政の原理の伝統的な理解(侵害留保原理)によると、特に前者すなわち納税者にとって有利な取扱いについては法律の根拠と効果裁量の否定の要求が軽視されがちになるおそれがあることから、戦後における租税法律主義の民主主義的再構成及び債務関係説的再構成を受けて、そのようなおそれにいわば「警鐘」を鳴らすために前記のような定式化がされているものと解される。要するに、合法性の原則は、租税法律主義(法律によらない課税の禁止)が税務行政を名宛人とする場面におけるその「別称」ともいうべきものである(以上の理解については、拙稿「租税法律主義(憲法84条)」日税研論集77号(2020年)243頁、286頁以下のほか、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」【第48回】参照)。 さて、今回取り上げる最判令和2年3月24日訟月66巻12号1925頁(以下「本判決」という)では、みなし譲渡課税(所税59条1項)における取引相場のない株式の時価(「当該株式の譲渡の時における価額」)が直接の争点であったが、その前提として、その評価方法を定める通達の「解釈」が問題となった。本判決には宇賀克也裁判官と宮崎裕子裁判官の補足意見(以下「宇賀補足意見」、「宮崎補足意見」という)が付されているが、これらの補足意見は通達の「解釈」の問題に関するものである。今回は、本判決を素材にして、租税通達の「解釈」の問題を検討することにする。 本件で問題となった通達の規定は所得税基本通達59-6であるが、本件当時のこの規定は、「その時における価額」(所税59条1項柱書)を「23~35共-9に準じて算定した価額による」とした上で、23~35共-9の(4)ニにおいて取引相場のない株式のうち売買実例のある株式等に該当しないものについて定められる、その株式の発行法人の1株当たりの純資産価額等を参酌して「通常取引されると認められる価額」を、59-6の(1)~(4)によることを条件に、財産評価基本通達(以下「評価通達」という)の178から189-7まで(取引相場のない株式の評価)の「例により算定した価額」とする旨を定めていた。ここで、59-6の(1)は、評価通達188の(1)に定める同族株主に該当するかどうかは、株式を譲渡又は贈与した個人の当該譲渡又は贈与直前の議決権の数により判定することとしていた。 このように、所得税基本通達59-6は、「その時における価額」すなわち時価の意義について、学説(金子・前掲書409頁、714頁、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【285】等参照)・判例(最判平成22年7月16日訟月57巻6号1910頁、最判平成25年7月12日民集67巻6号1255頁等)において分野を問わず一般に支持されている解釈に従い、「当該譲渡の時における客観的交換価値、すなわち、それぞれの資産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立する価額」(東京地判平成25年10月22日税資263号順号12315)というような解釈を採用した上で、これに該当する事実の認定に関して、評価通達の定める評価方法を包括的に採用したものと解される(財産評価が課税要件事実の認定であることについては前掲拙著【56】、「例による」の意義については角田禮次郎ほか編『法令用語辞典〔第10次改訂版〕』(学陽書房・2016年)785頁参照)。 Ⅱ 本判決と原判決との比較検討 本判決は、原審・東京高判平成30年7月19日訟月66巻12号1976頁(以下「原判決」という)の判断を破棄したが、その破棄された判断は次の判示(下線筆者)に基づくものである。 これに対して、本判決は、譲渡所得課税の趣旨に関する確立した判例の立場(最判昭和43年10月31日集民92号797頁、最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁等)を前提にして、次のとおり判示し(下線筆者)、評価通達188の(3)の文言ないし文理から「離れた」判断を示した。 原判決と本判決とを対比すると、両判決は、みなし譲渡課税(所税59条1項)における取引相場のない株式の時価について、その意義の点では、同じく所得税基本通達59-6の解釈を採用しつつも、その(時価に該当する事実の認定のための)評価方法の点では、①「譲受人の会社への支配力」に着目するか(原判決)又は②「譲渡人の会社への支配力」に着目するか(本判決)で異なる判断を示している。 本判決は、所得税法59条1項に規定する「その時における価額」について所得税基本通達59-6と同じ解釈によって定立した規範に該当する事実を認定するに当たって、譲渡所得課税の趣旨に照らして事実認定方法(評価方法)について判断したものであるが、譲渡所得課税の趣旨が譲渡の時点で「譲渡人の下に生じている増加益」に対して課税することにある以上、前記の②に着目し「譲渡人の会社への支配力の程度に応じた評価方法」を用いるのが論理的かつ自然である。したがって、本判決は至極妥当な判断を示したものといえる。 これに対して、原判決は所得税基本通達59-6について「その文理に忠実に解釈する」として前記の判断を示しているが、しかし、「所得税基本通達59-6は、評価通達の『例により』算定するものと定めているので、相続税と譲渡所得に関する課税の性質の相違に応じた読替えをすることを想定しており、このような読替えをすることは、そもそも、所得税基本通達の文理にも反しているとはいえない」(宇賀補足意見)と考えるならば、原判決は必ずしもそのような文理解釈をしたものとはいえないように思われる。 原判決にはそのような問題もあるが、原判決の根本的な問題は、何よりもまず、租税法規と租税通達とで「文理解釈」の意味が異なることを正解していない点にある。この点については、項を改めて検討する。 Ⅲ 「他者拘束的」文理解釈と「自己拘束的」文理解釈 1 租税法規の文理解釈と租税通達の文理解釈との関係 税法の解釈について、租税法律主義の下では、次の見解(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)35頁)が説くように、厳格な解釈が要請され、それは文理解釈を意味することに異論はなかろう(金子・前掲書123頁、前掲拙著【44】等参照)。 税法の解釈について文理解釈が要請されるのは、上の見解が説くように、「法律によらない課税」を禁止し、もって租税法律主義(法律に基づく課税)を実現するためである。租税法律主義は課税権者による恣意的・不当な課税から国民の財産及び自由を保護することを目的とするが、その目的の実現のために税務行政に法律に基づく課税を命じるのである。換言すれば、税務行政は課税において、法律という他者(立法者)の制定したルールによって拘束されるのである。 この意味において、税法(租税法規)の文理解釈は、税務行政に対して「他者拘束」を厳格に要求する解釈方法である。このような「他者拘束的」文理解釈は、税務行政による恣意的・不当な課税を阻止するために重要な役割を果たすものであるが、その役割は「文理解釈の侵害防御権的機能・自由権保障機能」と呼ぶことができる(前掲拙著【44】参照)。 この機能は、租税法規の(「他者拘束的」)文理解釈においてこそ発揮されるものであり、税務行政が租税法規について自己の解釈を示した租税通達の文理解釈においては、直接的には発揮されない。租税通達の文理解釈において発揮されるのは、「通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである」(最判昭和33年3月28日民集12巻4号624頁)場合に限られるのであり(この場合に税務行政を拘束するのは法的には租税法規であるが)、そうでない場合には、租税通達の文理解釈は、原判決が前記引用判示のその前段で説示する租税法規の文理解釈とは同列に論じることはできないのである。すなわち、「通達の文言をいかに文理解釈したとしても、その通達が法令の内容に合致しないとなれば、通達の文理解釈に従った取扱いであることを理由としてその取扱いを適法と認めることはできない。」(宮崎補足意見) 原判決はこのことを誤解している。「租税法規の解釈は原則として文理解釈によるべきであり、みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されないと解される」との原判決の判示は、「租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではな[い]」(最判平成22年3月2日民集64巻2号420頁等)との確立した判例の立場に従ったものであり妥当な判示であるが、しかし、原判決には、このような租税法規の文理解釈と租税通達の文理解釈とを同列に論じたところに、根本的な誤解がある。 2 原判決の「真の誤解」 では、何が原判決をこのように「迷走」(藤谷武史「判批」ジュリスト1548号(2020年)10頁、11頁)させ根本的な誤解に陥らせたのであろうか。 原判決は、租税通達の文理解釈について判示するに当たって、「所得税基本通達及び評価通達は租税法規そのものではないものの、課税庁による租税法規の解釈適用の統一に極めて重要な役割を果たしており、一般にも公開されて納税者が具体的な取引等について検討する際の指針となっている」と説示しているが、この説示の内容ないし認識はそれぞれ妥当なものであり、「課税に関する納税者の信頼及び予見可能性を確保する」ことも重要である(宇賀補足意見参照)。問題は、原判決が「課税に関する納税者の信頼及び予見可能性を確保する見地」から租税通達の文理解釈の要請を導き出したところにあると考えられ、この問題こそが原判決を「迷走」させ根本的な誤解に陥らせたものと考えられる。 この点について、「本件通達に定めていない要件を、通達の改正をしないまま解釈により付加することは、租税法律主義の趣旨に抵触する。」と判示した東京高判平成23年8月4日税資261号順号11728(以下「平成23年東京高判」という)に着目し、「本件原審判決[=原判決]は、課税要件明確主義には言及していないが、通達に合理性がある限り、その通達の文言に忠実な解釈によることが納税者の予測可能性の確保のために必要である、という論理構造において、上記裁判例[=平成23年東京高判]の影響を見てとることができる。」と指摘する見解(藤谷・前掲「判批」11頁)がある。 確かに、原判決も平成23年東京高判も、「通達の文言を殊更に読み替えて異なる内容のものとして適用すること」(以下「文言の読み替え」という)と「本件通達に定めていない要件を、通達の改正をしないまま解釈により付加すること」(以下「要件の追加」という)という表現の違いはともかく、通達の文言から離れた解釈を問題にしこれを許さないものとする点では、共通しており、租税通達の解釈について文理解釈を要請するものと解される。その限りでは、前記の見解は正鵠を射たものといえよう。しかしながら、両判決において文理解釈の要請違反は、以下で述べるとおり、異なる意味をもつと考えられる。 原判決が許されないものとする「文言の読み替え」は、譲渡所得課税の趣旨には適合しており、逆に、読み換えをしないまま通達規定を文言どおり適用すると譲渡所得課税の趣旨に反する結果となるが故に、原判決(による租税通達の文理解釈)は租税法律主義(ここでは合法性の原則)「それ自体」に抵触する。つまり、原判決は「他者拘束的」文理解釈の要請に違反するものである。 これに対して、平成23年東京高判では、追加される要件の内容が組合課税の規定ないし趣旨に反するとはされておらず(そうでなければ、同判決を受けてされた平成24年改正後の所基通36・37共20柱書但書も組合課税の規定・趣旨に反することになろう)、「要件の追加」だけが租税法律主義の「趣旨」に抵触するとされているにとどまる。ここでいう租税法律主義の「趣旨」は、租税法律主義の予測可能性・法的安定性保障機能(前掲拙著【11】参照)を意味するものと解される。この機能は、原判決のいう「課税に関する納税者の信頼及び予見可能性を確保する見地」と言い換えてもよく、租税通達の解釈にも妥当すると考えられる。 そのような機能ないし「見地」からすると、税務行政は、自らが租税通達において示した租税法規の解釈を、当該通達の文言を離れて自由に(明示的な通達改正なしに)変更してはならないという拘束(自己拘束)を受けることになる(無論、明示的な通達改正の場合でも、信義則違反の問題は生じ得る)。平成23年東京高判では、租税通達についてこのような「自己拘束的」文理解釈の要請に反する解釈が許されないとされたと解される。 このように考えてくると、原判決は、「他者拘束的」文理解釈を検討すべきであった解釈問題について、「自己拘束的」文理解釈を検討した上で判断したところに、「真の誤解」があると考えるべきであろう。前記の見解が説くように原判決に平成23年東京高判の影響をみてとることができるとしても、「租税法律主義を根拠とした予測可能性の確保の要請から通達の『文理解釈』を導くという錯綜した論法」(藤谷・前掲「判批」11頁)は、平成23年東京高判それ自体が採用したものではなく、この判決の論理構造を誤解して原判決が採用したものとみるべきであろう。 なお、組合課税については、所得税法における個人単位主義や所得の帰属に関する定め(前掲拙著【202】【231】参照)の解釈によりパス・スルー課税が導き出されているが、組合損益の計算方法については通達で総額方式、中間方式及び純額方式の選択が認められ、その選択要件についても通達で定められるなど「法律の規律密度が極めて低く、通達が空隙を埋める役割を果たしている」(藤谷・前掲「判批」11頁)ことからすると、平成23年東京高判のように、租税通達について「自己拘束的」文理解釈を問題にする余地はあると考えられる(前掲拙著【39】参照)。この余地を排除するかどうかは立法の問題である。 これに関連して、もう1点付言しておくと、租税通達の「自己拘束的」文理解釈の要請が本領を発揮するのは、合法性の原則の枠外でその外在的例外として妥当する信義則(前掲拙著【83】参照)との関係においてであろう。「課税に関する納税者の信頼及び予見可能性を確保する見地から、上記各通達の意味内容についてもその文理に忠実に解釈するのが相当であり、通達の文言を殊更に読み替えて異なる内容のものとして適用することは許されないというべきである。」という原判決の考え方は、本件についてはともかく、一般論としては、信義則との関係で十分に成り立つものである。というのも、「通達の公表は、最高裁昭和60年(行ツ)第125号同62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事152号93頁にいう『公的見解』の表示に当たり、それに反する課税処分は、場合によっては、信義則違反の問題を生ぜしめる」(宇賀補足意見)からである。 Ⅳ おわりに 租税法規の文理解釈と租税通達の文理解釈との関係については、従来ほとんど意識的には論じられてこなかったように思われるが、「租税法の法令解釈において文理解釈が重要な解釈原則であるのと同じ意味で、文理解釈が通達の重要な解釈原則であるとはいえないのである。」(宮崎補足意見。下線筆者)ということを明らかにした点で、本判決は重要な意味をもつものである。「租税法令の解釈方法を巡る議論を整序する上で重要な意味を持つ判決と評価できよう。」(藤谷・前掲「判批」11頁)。 ただ、本判決の次の補足意見(①=宇賀補足意見、②=宮崎補足意見)が指摘した通達作成手法の問題は、租税法律主義の趣旨ないし予測可能性・法的安定性保障機能からすれば、改善すべき重要問題であるにもかかわらず、本判決後の通達改正(令和2年8月28日付課資4-2ほか1課共同「『所得税基本通達の制定について』の一部改正について(法令解釈通達)」。これに関する「趣旨説明(情報)」参照)でもその改善は末端的にしか実現しなかった。抜本的改善が望まれるところである。 (了)
これからの国際税務 【第27回】 「OECDにおける個人の資産課税制度の検討」 千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二 1 はじめに BEPSプロジェクトを通じて、多国籍企業に係る国境を越える法人所得課税の検討が進み、新しい共通ルールの合意が10月中にも公表されようとしている。一方、個人の資産課税(利子、配当、使用料、譲渡益などに対する資本所得課税、相続・贈与に際しての資産移転課税、富裕税などの富に対し課す税)については、従来から、①個人納税者の国境越え移転機会の相対的少なさと、②資産課税の仕組みは、通常、資産の所在地国の課税主権の下で、独自に決める建前となっていることから、各国の制度設計間のすり合わせは、OECDにおいて、所得課税ほどには熱心に検討されてこなかった。 しかし、近年は、ピケティ教授の資本所得がもたらす格差拡大の指摘と課税対応の提言(最富裕者への2%のグローバル富裕税の創設)や、富裕者の外国移住機会の拡大などの環境変化を受けて、OECDでも各国制度の検証・評価とあるべき制度についての検討が行われている。 今回は、①富裕税についての2018年OECD文献(The Role and Design of Net Wealth Taxes in the OECD)と、②相続・贈与税についての2021年OECD文献(Inheritance taxation in OECD countries)を紹介して、我が国での今後のあるべき資産課税制度を念頭に、各国税制の概要を確認するものである。 2 2018年OECD「富裕税レポート」 (1) レポートの時代背景 本レポートは、フランス・マクロン政権下での富裕税の大幅減税(不動産のみに課税対象を縮小)提案が、金持ち優遇として、黄色いベスト運動などの政権批判を引き起こした2018年に公表された。本レポートは、欧州諸国における富裕税制度の衰退状況(1990年には12ヶ国実施が、2017年には4ヶ国に減少)を踏まえて、その原因解明を中心に、限定的な富裕税の存在意義を確認したものとなっている。 なお、我が国でも、2019年9月の「経済社会の構造変化を踏まえた令和時代の税制のあり方」という税制調査会報告において、高齢世代内における資産蓄積の偏在が、相続を機会に次世代に引き継がれる可能性を指摘し、富裕税に言及していないものの、資産課税制度が適切な再分配機能を果たしていくべく、そのあり方を不断に検討していく必要があると指摘している(なお、同年11月には、参議院財政金融委員会で、富裕税導入可能性を問う財務大臣・委員間の質疑が記録されている)。 (2) 欧州における富裕税縮小の原因の分析 縮小原因としては、富裕者の海外脱出がこの税によって促進されたことと、税制としての効率性の低さと執行の困難性(全税収の1%を下回るシェアと資産価値の測定コストの大きさ)等が指摘されている。 (3) 富裕税制の存在意義 富裕税の存在意義について、本レポートは、①税制を通じて富の不公平対策を行う合理性は果たしてあるのかどうか、②仮にそうであるなら、富裕税は富の不公平対策として最も適切な仕組みなのか、③過去及び現在の富裕税の施行国における実際の経験はどう総括できるのか、そして、富裕税の導入が、効率性と公平性を保ち執行上のコンプライアンスコストにも配慮した格差是正の役割を果たし得るのは、どのような環境下なのか、の3つの段階で検証している。 レポートの答えは、①所得の格差より富の格差がさらに拡大している状況では、これを是正するのは税制の役割であり、②広範な課税ベースを持つ個人の資本所得税及びうまく設計された相続・贈与税がある場合には、これに追加して富裕税を創設する必要性は乏しいが、③過去のOECD加盟国の経験を踏まえると、富裕税は、富の再配分の観点からは、あまり実効性がなかったとまず総括している。すなわち、資本所得課税や富の移転課税に比べてデータ分析では効果は低いと結論付けた。 ただし、その効果は、国別の経済的・社会的環境の文脈で評価する必要性を指摘しつつ、例えば、相続税・贈与税のない国はもとより、所得に低い定率課税を行う2元所得税制を持つ国や、キャピタルゲインが課税されない国など、資本に対する全体的な課税水準が低い場合、あるいは、広範な課税ベースの個人資本所得税や相続税が利用可能でない場合には、富裕税が重要な代替的役割を果たし得ると結論付けている。 (4) 本レポートの評価 2018年以降、コロナ禍対策の財源確保の必要性から、富裕税に対する関心は再び高まり、アルゼンチンの臨時富裕税導入をはじめ、ボリビアなど南米諸国では導入が具体化しつつある。 本レポートは、その際に検討すべき要素を洗い出しているが、相続・贈与税と個人の資本所得課税のメカニズムを備えている一般的な先進国にとっては、富裕税は限定的な役割しか期待できないとして、資産課税検討の舞台を、相続税・贈与税と資本所得課税の2分野での検討にバトンタッチする形となっている。 後述する2021年の「相続税レポート」はこの宿題に答えたものである。 3 2021年OECD「相続税レポート」 (1) OECD諸国における相続の環境 OECD加盟国(38ヶ国)のうち24ヶ国が富の移転に課税する制度(相続税、遺産税、贈与税)を持っている。それらのデータによれば、平均して、家計の最も裕福な10%が全家計の富の50%を保有し、しかもトップの1%が全家計の富の18%を保有するという格差の拡大が見られる。 資産の構成は、家計ごとにさまざまであって、金融資産は特に不平等に配分されており、最も富裕な家計で大きなシェアを占めている。 (2) OECD加盟国の相続・贈与税制度の現状 ① 基本構造 相続税及び遺産税は24のOECD諸国で課されているが、大部分の国は受領者を課税対象とした相続・贈与税を採用している(贈与者の全体財産を対象に課税する遺産税方式は、デンマーク・韓国・英国・米国で採用)。なお、現在相続税ないし遺産税を課さないOECD加盟国のうち9ヶ国が1970年代初頭にそれらを廃止した。 ② 個別設計 相続税・遺産税・贈与税の設計は、各国で大きく異なっており、目立つ相違点としては、非課税で受け継ぎ可能な富の閾値(子供への移転については、最低はベルギーの17,000米ドルに対し、最高は米国の1,100万米ドル)があげられる。なお、非課税の閾値は、親等の近い者を優遇して規定されている傾向がある。税率構造は、大部分の国は累進税率であるが、約1/3は一律税率であり、税率水準は大きなバラつきがある。 贈与に係る税も多様であるが、生前贈与は死亡時の富の移転に比べてしばしば優遇されている。 ③ 課題 各国では、多くの特例が相続税課税ベースを狭めており、その結果、歳入効果・効率性・公正性を阻害している(OECD諸国では、相続・贈与税からの税収は平均して全税収の0.5%であるが、その低税収は、主に、狭い相続税の課税ベースとタックスプランニング機会を反映したものと分析されている)。 なお、課税ベース縮小の要因としては、①近い親族への移転や、主たる住居、事業用資産・農業用資産、年金資産、生命保険金などの特定資産の移転に係る優遇措置の活用、②より有利な課税措置のある生前贈与による相続税・遺産税の回避、③所有権を用益権で分割して有利な評価ルールを利用したりするタックスプランニング機会の存在、があげられ、この結果、歳入減少に加えて、これらの軽減措置が、最も富裕な家計に主として利用されることから、相続・遺産税の累進負担性を削減する効果を与えている。 (3) 政策提言 ① 総論 富の移転に課す税には多様な方法があり、各方法には、簡素化と公平性の間のトレードオフ関係が認められるものの、所得課税よりも富の移転に関する別段の課税を支持する十分な論証がある。 その中でも、受益者に対する相続税は、遺産に対する課税よりも公平性が高く、特に、生涯にわたる富の移転(贈与プラス遺贈)に対する課税を通じて、受益者に課税する構造が、公平で効率的なアプローチと考えられる。ただし、生涯の移転に課される税の持つ多くの執行上の困難性は、慎重に検討する必要がある。 ② 各論 イ 制度設計の主要勧告 非課税の閾値については、少額な富の受領者を免税とすべきであり、相続税の垂直的公平と再分配効果を増進するためには累進税率が望ましい。 なお、直系卑属に対する税の扱いと、遠い親族や第三者が受贈者の場合の取扱いの間の過剰なギャップは、避けるべきである。 また、強い妥当性がなく逆累進的な傾向のある免税や控除を再検討し、併せて事業用資産の免税あるいは控除についても、注意深く設計すべきである。 課税ベースのステップアップは、特に相続税・遺産税が課されていない場合や、同税の免税閾値が非常に高額である場合には、再検討されるべきである。 ロ 執行上の勧告 課税対象となる財産の評価は、可能な限り公平な市場価値に基づくべきである。 一定の条件下での分割納付や延納は、流動性の課題を克服するために許容されるべきである。 生存者間贈与は、コンプライアンス違反のリスクが高いため、注意深くモニターすべきであり、多様な租税回避への備えについても準備すべきである。 それらの目的のためには、情報申告義務の強化も選択肢となる。 (4) 本レポートの評価 富裕税レポートからバトンタッチを受けたこのレポートでは、格差是正をバックアップする機能としての相続・贈与課税について、現状分析と比較法検証の上で、ベストプラクティスと思われるものを提示している。しかし、本レポートは、各国制度の統合化に向けた国際合意を具体的に目指すものではなく、ましてや、国境を越える富の移転に際しての、租税条約が扱う課税権調整措置までは言及していない。各国が自国制度を設計する際の、任意の情報資料という位置付けになると思われる。 また、BEPSプロジェクトで懸念された「租税競争」も、本レポートでは直接扱われていない。しかし、グローバルな資産保有拠点の選択に当たっては、当該国の所得税制のみならず、資産税制との総合税負担が、租税計画上考慮されることは当然であろう。将来は、租税競争対応を含めた分析も追加されねばならないと思われる。 最後に、富裕税を含めた資産課税については、コロナ禍での財源対応として、特に富裕層との資産格差が大きい国で、有力なオプションとしてこれからも検討されることは、南米の事例から見て明らかである。グローバルに資産保有を拡大している我が国の富裕層は、各国の税制改正に敏感にならざるを得ないであろう。 (了)
[令和3年度税制改正] 令和4年以後提出分における確定申告義務の見直し 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 令和3年度税制改正では、申告義務のある還付申告書の提出期間について見直しが行われ、最終的に還付申告となる場合には確定申告義務がないこととされた。 本改正は、令和4年1月1日以後に確定申告書の提出期限が到来する所得税(通常は、令和3年分以後の確定申告書)について適用される。 以下、解説を行う。 【1】 改正前の確定申告義務 所得税の還付申告書は、その年の翌年1月1日から5年間(※)提出することができる。 (※) 国税通則法第74条の規定により、還付金等の消滅時効は5年とされている。 しかし、その年の所得税の額の合計額が配当控除の額を超える場合には、最終的に源泉徴収税額や予納税額が還付となる者であっても、確定申告書を確定申告期限までに提出しなければならないこととされていた(旧所法120➀②)。すなわち、税額が還付となる場合であっても、確定申告義務が課されるケースが存在していた。 【2】 令和3年度税制改正の内容 令和4年1月1日以後に確定申告書の提出期限が到来する所得税については、所得税の額の合計額が配当控除の額を超える場合であっても、以下の還付申告の場合には確定申告書の提出を要しない(確定申告義務はない)こととされた(所法120➀、122➀)。 本改正により、確定申告義務がある場合の還付申告は存在しないこととなる。 改正前において確定申告義務があった者が還付を受けるために提出する申告書は、改正後は確定申告義務のない還付申告書となり、その提出期限は、現行の申告義務のない還付申告書の提出期限と同様にその年の翌年1月1日から5年間となる。 なお、復興特別所得税に係る復興特別所得税申告書についても同様の改正が行われている(復興財確法17➀②)。 (了)
〔令和3年度税制改正における〕 退職所得課税の適正化 【第2回】 「退職手当の分類の仕方と退職所得の計算」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和3年度税制改正において、退職所得課税の適正化が行われた。平成24年度税制改正において「特定役員退職手当等」が導入されたことに続き、今回は「短期退職手当等」が導入された。本連載では、その内容について解説する。 前回、退職所得課税の基本と「短期退職手当等」の取扱いについて確認した。続く【第2回】では、退職手当の分類の仕方と退職所得の計算について、注意が必要な事例を中心に解説する。 1 退職手当等の分類 令和3年度税制改正において「短期退職手当等」が導入されたことにより、退職手当等は下記の3種類に分類されることになった。 2 退職所得の計算 特定役員退職手当等、短期退職手当等、一般退職手当等のそれぞれの退職所得の計算方法については、【第1回】で解説しているのでご確認いただきたい。一般退職手当等については、退職所得の基本的な計算方法の通りである。 ここでは、同じ年に特定役員退職手当等、短期退職手当等又は一般退職手当等のうち、2つ以上の退職手当等がある場合の計算方法を解説する。 (1) 一般退職手当等と短期退職手当等がある場合(所令71の2①) ➤「短期退職手当等の収入金額 - 短期退職所得控除額」が300万円以下の場合 ➤「短期退職手当等の収入金額 - 短期退職所得控除額」が300万円超の場合 ここでの短期退職所得控除額は、次の通りに計算する。 ここでの一般退職所得控除額は、次の通りに計算する。 (2) 一般退職手当等と特定役員退職手当等がある場合(所令71の2③) ここでの特定役員退職所得控除額は、次の通りに計算する。 ここでの一般退職所得控除額は、次の通りに計算する。 (3) 短期退職手当等と特定役員退職手当等がある場合(所令71の2⑤) ➤「短期退職手当等の収入金額 - 短期退職所得控除額」が300万円以下の場合 ➤「短期退職手当等の収入金額 - 短期退職所得控除額」が300万円超の場合 ここでの特定役員退職所得控除額は、次の通りに計算する。 ここでの短期退職所得控除額は、次の通りに計算する。 (4) 一般退職手当等、短期退職手当等と特定役員退職手当等がある場合(所令71の2⑦) ➤「短期退職手当等の収入金額 - 短期退職所得控除額」が300万円以下の場合 ➤「短期退職手当等の収入金額 - 短期退職所得控除額」が300万円超の場合 ここでの特定役員退職所得控除額は、次の通りに計算する。 ここでの短期退職所得控除額は、次の通りに計算する。 ここでの一般退職所得控除額は、次の通りに計算する。 3 事例の検討 令和3年度税制改正後の退職所得の計算において、注意が必要な事例について解説する。 《事例①》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ※短期退職手当等の判定においては、勤続期間のうちに役員等として勤務した期間がある場合、これも含めて5年以下か否かを判定する。 結果的に勤続年数12年の一般退職手当等における退職所得の計算となり、基本的な退職所得の計算と変わらないため、具体的な計算の解説は省略する。 《事例②》 ※短期退職手当等の判定においては、勤続期間のうちに役員等として勤務した期間がある場合、これも含めて5年以下か否かを判定する。 結果的に勤続年数10年の一般退職手当等における退職所得の計算となり、基本的な退職所得の計算と変わらないため、具体的な計算の解説は省略する。 《事例③》 ※短期退職手当等の判定においては、勤続期間のうちに役員等として勤務した期間がある場合、これも含めて5年以下か否かを判定する。 《事例④》 ※短期退職手当等の判定においては、勤続期間のうちに役員等として勤務した期間がある場合、これも含めて5年以下か否かを判定する。 《事例⑤》 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第48回】 「買換資産を取得後、居住の用に供せずに賃貸に出した場合」 -買換資産を居住の用に供しない場合- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、昨年の4月に8年間住んだ居住用資産Aを売却し、本年1月にローンを組んで居住用資産Bを取得しました。 居住用資産Aの売却については、譲渡損失が生じたことから、居住用資産Bをその用に供する見込みで、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を適用し、本年3月に確定申告をしました。 ところが、申告後の個人的な事情から、居住用資産Bには居住せずに、同物件を賃貸に出しました。 その修正申告に係る期限等を教えてください。 A 本年の1月に取得していることから、翌々年の4月30日までに修正申告書を提出し、かつ、その修正申告書の提出により納付すべき税額を納付しなければなりません。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用を受けた者が、その適用に係る買換資産の取得の日からその年の翌年12月31日までに、その買換資産をその者の居住の用に供しない場合には、同日から4ヶ月を経過する日までに、特例の適用を受けた年分の所得税についての修正申告書を提出し、かつ、その修正申告書の提出により納付すべき税額を納付しなければならないとされています(措法41の5⑬)。 したがって、本事例の場合、Xは取得の日の翌々年の4月30日までに修正申告とその納税をしなければなりません。 なお、買換資産の取得の日からその年の翌年12月31日までにいったん居住の用に供した後に、その後生じた事情によって居住の継続ができなくなった場合は、特例の適用を受けることができるとされています。 (了)
〔令和3年度税制改正における〕 株式交付に係る課税繰延べ措置 【第3回】 (最終回) 「株式交付に係る課税繰延べ措置の創設」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 【第3回】は、令和3年度税制改正により創設された株式交付に係る課税繰延べ措置について確認する。 〇 株式交付に係る課税繰延べ措置(概要) (1) 株式交付子会社の株主の取扱い ① 譲渡損益の繰延べ イ 株式交付親会社株式のみ交付される場合 法人株主が、株式交付により株式交付子会社株式を譲渡し、株式交付親会社株式の交付を受けた場合には、株式交付子会社株式の譲渡について譲渡損益を繰り延べることとされている(措法66の2の2①)(個人株主の所得税法上の取扱いも同様)。 ロ 株式交付親会社株式以外の金銭等も交付される場合 法人株主が、株式交付により株式交付子会社株式を譲渡し、株式交付親会社株式の交付に併せて株式交付親会社株式以外の金銭等の交付を受けた場合には、株式交付子会社株式の譲渡については、交付金銭等の額(剰余金の配当額を除く)に対応する部分のみ譲渡利益額又は譲渡損失額を計上し、株式交付親会社株式に対応する部分は譲渡損益を繰り延べることとなる。 ただし、譲渡損益の繰延べ措置は、株式交付により交付を受けた株式交付親会社株式の価額が交付を受けた資産の合計額のうちに占める割合(株式交付割合)が80%以上であることが要件とされている(措法66の2の2①)(個人株主の所得税法上の取扱いも同様)。 この80%要件の判定及び株式交付割合の算定における株式交付親会社株式の価額は、原則として、株式交付の日における価額とされているが、80%要件の判定における株式交付親会社株式の価額は、課税上弊害がない限り、株式交付計画書に定められた算定方法における算定基準日の株価を基礎として合理的な手法により算定される価額によることができるとされている(措通66の2の2-2)。 ② 株式交付親会社株式の取得価額 イ 株式交付親会社株式のみが交付された場合 株式交付親会社株式の取得価額は、譲渡した株式交付子会社株式の譲渡直前の帳簿価額(交付を受けるために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)に相当する金額とされている(措令39の10の3③一)。 ロ 株式交付親会社株式以外の金銭等も交付される場合 株式交付親会社株式の取得価額は、譲渡した株式交付子会社株式の譲渡直前の帳簿価額に株式交付割合を乗じて計算した金額(交付を受けるために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)に相当する金額とされている(措令39の10の3③一) ③ 株式交付子会社株式が売買目的有価証券に該当していた場合 譲渡した株式交付子会社株式が売買目的有価証券とされていた場合には、交付を受けた株式交付親会社株式も売買目的有価証券として処理する(措令39の10の3③二)。 ④ 株式交付子会社の株主が外国法人の場合 株式交付子会社の株主が外国法人の場合の譲渡損益の繰延べ措置は、外国法人の恒久的施設において管理する株式交付子会社株式に対応して株式交付親会社株式の交付を受けた部分に限られる(措法66の2の2②、措令39の10の3①)。 (2) 株式交付親会社の取扱い ① 株式交付子会社株式の取得価額 株式交付子会社株式の取得価額は、次の場合の区分に応じそれぞれ次の金額となる(措令39の10の3④)。 (※1) 「前期期末時」とは、株式交付子会社の取得の日を含む事業年度の前事業年度終了の時をいう(措令39の10の3④一ロ)。ただし、同日以前6ヶ月以内に中間申告書を提出し、かつ、提出の日から取得の日までの間に確定申告書を提出していなかった場合には、取得の日を含む事業年度開始の日以後6ヶ月の期間終了の時とされている(措令39の10の3④一ロ)。 (※2) 「簿価純資産価額」とは、資産の帳簿価額から負債の帳簿価額を減算した金額をいい、前期期末時から取得の日までの間に資本金等の額又は利益積立金額が増加し、又は減少した場合には、増加した金額を加算し、又は減少した金額を減算した金額とされている(措令39の10の3④一ロ)。 ② 増加資本金等の額等 イ 株式交付親会社株式のみが交付された場合 株式交付親会社株式のみが交付された場合に株式交付親会社において増加する資本金等の額は、取得した株式交付子会社株式の取得価額(取得をするために要した費用の額が含まれている場合には、その費用の額を控除した金額)とされている(措令39の10の3④三)。 ロ 株式交付親会社株式以外の金銭等も交付される場合 株式交付親会社株式以外の金銭等も交付される場合に株式交付親会社において増加する資本金等の額は、取得した株式交付子会社株式の取得価額から株式交付子会社の株主に交付した金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額を減算した金額(取得をするために要した費用の額が含まれている場合には、その費用の額を控除した金額)とされている(措令39の10の3④三)。 ハ 種類株式を発行している場合 株式交付親会社が株式交付直後に2以上の種類株式を発行している場合には、増加した資本金等の額を交付した株式交付親会社株式の交付直後の価額の合計額で除し、これにその交付株式のうちその種類株式の交付直後の価額の合計額を乗じて計算した金額を、その種類株式に係る種類資本金額に加算することとされている(措令39の10の3④四)。 (3) 添付書類 株式交付があった場合には、株式交付親会社の確定申告書に下記書類を添付することとされている(法規35五、六)。 (4) 株式交付の留意点 ① 強制適用 株式交付に係る課税繰延べ措置は、租税特別措置法に規定されているが、選択できる制度ではなく、対価の要件(80%以上の要件)を満たすものは、強制適用となる(措通66の2の2-1)。 ② 組織再編成に係る行為計算否認規定の適用 財務省の立案担当者の見解によると、株式交付は、組織再編成に係る行為計算否認規定の適用対象になることとされているため、非適格株式交換等の時価評価課税を避けるために株式交付を利用する場合には留意が必要である。 《旧措置法における株式対価M&Aに係る課税繰延べ措置との比較》 (連載了)
〔令和3年度税制改正〕 中小企業経営強化税制における D類型(経営資源集約化設備)の追加 【後編】 税理士 坂井 晴行 【前編】では、中小企業経営強化税制(以下「本税制」という)において新たに追加されたD類型(経営資源集約化設備)に関して①税務面(租税特別措置法)を確認した。今回の【後編】では、②手続面(中小企業等経営強化法)を中心に解説する。 3 手続面(中小企業等経営強化法) (1) 対象者「特定事業者等」 「経営力向上計画」を提出できる事業者を「特定事業者等」と呼び、常時使用する従業員数が2,000人以下の法人又は個人、協同組合等、医療法人等、社会福祉法人、特定非営利活動法人が該当する(強化法2⑥、強化令5)。 なお、上記の協同組合等のうち、農業協同組合、農業協同組合連合会、漁業組合、漁業協同組合連合会、森林組合、森林組合連合会は経営力向上計画の認定を受けることができないため、本税制の対象外となる。 本税制の適用を受けるためには、中小企業等経営強化法の「特定事業者等」と【前編】2の(2)で説明した租税特別措置法の「中小企業者等」の両方を満たす必要がある。 (2) 対象資産「経営力向上設備等」 中小企業等経営強化法では、中小企業の経営強化を目的として基本方針が定められており、事業分野別の指針を基に経営力向上計画を策定することになる。この計画を実行するために必要不可欠な生産等設備として「経営力向上設備」が規定されている(強化法17③、強化規16②)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 発電の用に供する設備にあっては、主として電気の販売を行うために取得又は製作をするもの(経営力向上計画の実施時期のうちで発電した電気の販売を行う期間中の発電量のうち、販売を行うことが見込まれる電気の量が占める割合が2分の1を超える発電設備等)を除く。 (※2) 医療機器にあっては、医療保健業を行う事業者が取得又は製作をするものを除く。 (※3) 医療保健業を行う事業者が取得又は建設をするものを除くものとし、発電の用に供する設備にあっては主として電気の販売を行うために取得又は建設するものを除く。 (※4) 複写して販売するための原本、開発研究用のもの、サーバー用OSのうち一定のものなどは除く。 (※5) 発電設備等の取得等をして税制措置を適用する場合には、経営力向上計画の認定申請時に「発電設備等の概要等に関する報告書」及びその記載内容を証する書類の添付が必要。 (※6) 働き方改革に資する減価償却資産であって、生産等設備を構成するものについては、本税制措置の対象となる場合がある。 〇中小企業庁「中小企業の経営資源の集約化に資する税制概要・手引き(令和3年8月6日版)」3頁の表をもとに筆者一部改変。 D類型(経営資源集約化設備)の対象設備となるものは、経営力向上に著しく資する機械装置、工具、器具備品、建物附属設備並びにソフトウェアのうち、次の要件を満たし、主務大臣(担当省庁)の確認を受けた経営力向上計画(事業承継等事前調査に関する事項の記載があるものに限る)に記載された投資の目的を達成するために必要不可欠な設備で、事業承継等を行った後に取得又は製作若しくは建設をするものが該当する。 目標値となる修正ROA又は有形固定資産の回転率は、次の算式によって算定する。 〇中小企業庁「中小企業等経営強化法に基づく支援措置活用の手引き(令和3年9月17日版)」6頁より抜粋。 なお、経営力向上計画の目標に未達であった場合でも本税制の適用が取り消されることはない。 4 スケジュール D類型に係る手続きスキームとスケジュールについては、以下のとおりとなる。 《D類型の手続きスキーム》 〇中小企業庁「中小企業等経営強化法の経営力向上設備等のうち経営資源集約化に資する設備(D類型)に係る経産局確認の取得に関する手引き」1頁より抜粋。 《D類型の手続きスケジュール》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 A・B・C類型については中小企業等経営強化法の改正により、④確認書の発行前に、⑤経営力向上計画の申請及び⑦設備取得ができるようになり手続きが柔軟化されたが、D類型を活用する場合には、M&A実施後に設備を取得する必要があるため、この柔軟化措置は認められない。 D類型の設備取得は、事業承継等による経営資源の集約化を目的としていることから、計画期間にわたり毎事業年度ごとに事業承継等状況報告書を主務大臣(担当省庁)に提出しなければならない。なお、初年度については、事業承継等を行った事業年度の翌事業年度終了後4ヶ月以内に提出しなければならない。 5 「経営力向上計画」に基づく優遇措置 経営力向上計画に基づいてM&Aを実施した場合、次の税制措置を活用できる。 ① 所得拡大促進税制(上乗せ要件) 給与等支給総額を対前年比で2.5%以上引き上げ、かつ、中小企業等経営強化法の経営力向上計画の認定を受け、経営力向上が確実に行われたことにつき証明された場合には、給与等総額の増加額の25%の税額控除が適用できる(措法42の12の5②)。 ② 中小企業事業再編投資損失準備金 事業承継等事前調査に関する事項を記載した経営力向上計画の認定を受けた上で、計画に沿ってM&Aを実施した際に、他の法人の株式を取得し、かつ、これをその取得の日を含む事業年度終了の日まで引き続き有している場合(取得価額10億円以下に限る)において、その株式の価格の低落による損失に備えるため、その株式の取得価額の70%相当額以下の金額を中小企業事業再編投資損失準備金として積み立てたときは、その積み立てた金額を損金の額に算入することができる。 この準備金は、各事業年度終了の日において前事業年度から繰り越された金額のうち積立事業年度終了の日の翌日から5年を経過したものがある場合には、その各事業年度において、原則として、積立金額の5年均等額を益金の額に算入する(措法55の2①②)。 (了)
〔令和3年度税制改正〕 中小企業事業再編投資損失準備金の手続と税務処理 【後編】 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 【前編】では、中小企業事業再編投資損失準備金制度(以下「本制度」という)について、改正中小企業等経営強化法による手続面を確認した。今回の【後編】では、準備金積立額(損金算入・益金算入)に係る税務処理を中心に解説する。 なお、本制度の把握に有用と思われる範囲で補足しているが、これらはあくまで現時点で公表済みの情報によるものであり、今後の更新情報に留意されたい。また、文中の意見に関する部分は、所属する団体や組織の公式見解ではなく筆者の私見であることを申し添える。 本制度の概要や全体像の理解にあたっては、令和3年度税制改正大綱の公表時点の記事であるが、以下の拙稿を参照されたい。 6 準備金積立額(損金算入・益金算入)に係る税務処理 2021年8月2日付で「経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)」の活用について」が公表され、本制度の手引きやQ&Aなどが示された。本制度は、産業競争力強化法等改正法(改正中小企業等経営強化法などを束ねた一括法)の施行日(2021年8月2日)から施行される。 また、財務省が公表した「令和3年度税制改正の解説」の「租税特別措置法等(法人税関係)の改正(622~633ページ)」に本制度の解説が掲載されているほか、国税庁が公表した「令和3年度法人税関係法令の改正の概要」の15~17ページに本制度の概要が示されている。 今回は、これらの内容を踏まえて、準備金積立額(損金算入・益金算入)に係る税務処理について解説する。 7 税務申告(下記のフロー図の③の段階) 【前編】に続き、フロー図により本制度の申請の流れを示す。 (出所) 中小企業庁「経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)の活用について」 税務申告時には、経営力向上計画の申請書の写し、認定書の写し及び確認書(経営力向上に関する命令第5条第2項の規定に係る確認書)の写しを添付する(Q&A 1ページ、措令32の3③関係)。 なお、本制度の適用にあたっては、確定申告書等に「中小企業事業再編投資損失準備金の損金算入に関する明細書(別表十二(二))」を添付する必要がある(措法55の2⑦関係)。 8 準備金積立額(損金算入)の税務処理 (1) 本制度による損金算入限度額(措法55の2①) (※1) 認定経営力向上計画に従って行う事業承継等として他の法人の株式(又は出資)の取得をした場合におけるその取得をした株式等(措法55の2①)。 (※2) ただし、解散の日を含む事業年度及び清算中の各事業年度を除く(措法55の2①)。 (※3) 準備金の積立ての対象となる特定株式等からは、合併により合併法人に移転するものを除くこととされている(措法55の2①)。 (※4) 特定株式等の取得の日を含む事業年度において、その特定株式等の帳簿価額を減額した場合には、その減額した金額のうちその適用事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入された金額に相当する金額を控除した金額とする(措法55の2①)。 「損金経理の方法により」「中小企業事業再編投資損失準備金として積み立てたとき」には、その適用事業年度の決算の確定の日までに剰余金の処分により積立金として積み立てる方法により中小企業事業再編投資損失準備金として積み立てた場合を含むこととされている(措法55の2①)。 以上より、準備金積立額(損金算入)の税務処理として、本制度を適用する各社においては、いわゆる準備金方式と剰余金の処分方式のいずれの方式の採用も考えられる。 (2) 準備金積立額(損金算入)の税務処理の例示 特定株式等の取得価額が5億円(取得の日を含む事業年度終了の日まで引き続き有しており、本制度の適用要件を満たすものとする)の場合における準備金積立額(損金算入)の税務処理の例を示す。 例示はあくまで標準的な仕訳例であって、勘定科目や計上金額は各ケースによって判断いただきたい(以下の例示も同様)。 〈準備金方式〉 〈剰余金の処分方式(別表四(減・留))〉 (※) 3.5億円 = 5億円 × 70%(70/100) (3) 準備金積立額(損金算入)の税務処理のその他の留意点 Q&Aに「準備金の積立」に関する質問と回答が掲載されているので、本制度適用にあたっての参考にするとよい。 (出所) Q&A(4ページ)を抜粋の上、加工。 9 準備金積立額(益金算入)の税務処理 (1) 5年経過後5年均等による準備金の取崩し(措法55の2②) (※5) 積み立てられた事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入されたその中小企業事業再編投資損失準備金として積み立てた金額にその各事業年度の月数(※6)を乗じてこれを60で除して計算した金額に相当する金額。なお、この均等額は、据置期間経過準備金額を超える場合には、その据置期間経過準備金額とすることとされている(措法55の2②)。 (※6) 月数は、暦に従って計算し、1月に満たない端数を生じたときは、これを1月とすることとされている(措法55の2⑥)。 (2) 準備金積立額(益金算入)の税務処理の例示 8の(2)のケースにおいて、その後に積立がなく取崩し事由に該当しないまま据置期間経過準備金額が3.5億円だった場合における準備金積立額(益金算入)の税務処理の例を示す。 〈準備金方式〉 〈剰余金の処分方式(別表四(加・留))〉 (※) 7千万円 = 3.5億円(据置期間経過準備金額)÷ 5年 (3) 取崩し事由に該当することとなった場合における準備金の取崩し(措法55の2③~⑤) 次に掲げる取崩し事由に該当することとなった場合には、その該当することとなった日(合併の場合にあってはその前日)を含む事業年度において、その事由に応じてそれぞれ次の金額を取り崩して、益金の額に算入する(措法55の2③~⑤)。 (出所) 国税庁「令和3年度法人税関係法令の改正の概要」16ページ。 8の(2)のケースにおいて、その後の積立はないが、取崩し事由に該当することとなった場合における準備金積立額(益金算入)の税務処理の例を示す。 ① 8の(2)のケースにおいて、翌々事業年度に準備金積立額の一部(3.5千万円)が取崩し事由に該当することとなった場合における準備金積立額(益金算入)の税務処理 〈準備金方式〉 〈剰余金の処分方式(別表四(加・留))〉 ② ①の後は取崩し事由に該当しないまま据置期間経過準備金額が3.15億円(3.5億円-取崩し額3.5千万円)だった場合における準備金積立額(益金算入)の税務処理 〈準備金方式〉 〈剰余金の処分方式(別表四(加・留))〉 (※) 6.3千万円 = 3.15億円(据置期間経過準備金額)÷ 5年 (4) 準備金積立額(益金算入)の税務処理のその他の留意点 Q&Aに「準備金の取崩用件」に関する質問と回答が掲載されているので、本制度適用にあたっての参考にするとよい。 (出所) Q&A(5ページ)を抜粋の上、加工。 10 租税特別措置法関係通達(法人税編)等の一部改正 本制度の創設に関連して、2021年9月16日付「租税特別措置法関係通達(法人税編)等の一部改正について(法令解釈通達)」による通達の改正も行われている。本制度に係る主な改正点として、以下の規定が新設されたので、該当する場合は本制度の適用に合わせて参照するとよい(措通55の2関係)。 11 準備金対象者・対象行為 本制度の「適用対象法人」と「対象となる特定株式等の取得」については、国税庁ホームページの「令和3年度法人税関係法令の改正の概要」において簡潔にまとめられている。 (出所) 国税庁「令和3年度法人税関係法令の改正の概要」15ページ。 また、Q&Aに「準備金対象者・対象行為」に関する質問と回答が掲載されているので、本制度適用にあたっての参考にするとよい。 (出所) Q&A(2~4ページ)を抜粋の上、加工。 このほか、連結納税制度においても、上記と同様の措置が講じられている(措法68の44)が、本稿では解説を割愛する。 (了)