〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例96】 ENECHANGE株式会社 「公認会計士等の異動に関するお知らせ」 (2024.7.5) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、ENECHANGE株式会社(以下「エネチェンジ」という)が2024年7月5日に開示した「公認会計士等の異動に関するお知らせ」である。同社の会計監査を担当する有限責任あずさ監査法人(以下「あずさ監査法人」という)が退任することになったのだが(この時点で後任は未定。同年7月30日に「一時会計監査人の選任に関するお知らせ」を開示)、その「異動に至った理由及び経緯」の記載は次のとおりである(下線は筆者による)。 あずさ監査法人は、エネチェンジによる不正を理由として退任することになったのだが、その不正は、エネチェンジがSPCを「意図的に」連結子会社から外していたことである(意図的でなければ誤りで済むが、意図的であれば不正となる)。 2 外部調査委員会の見解 エネチェンジは、2024年3月27日に「外部調査委員会の設置及び2023年12月期有価証券報告書の提出期限延長申請の検討に関するお知らせ」を開示し、あずさ監査法人から「SPCの連結要否の検討に必要な情報が当社取締役会等に適時かつ十分に報告又は共有がされていなかった等の内部統制上の問題点があるのではないかとの指摘を受け」、外部調査委員会を設置したとしていた。 そして、その調査報告書を同年6月21日に受領した後(同日開示「外部調査委員会の調査報告書の受領に関するお知らせ」)、同年6月27日に公表した(同日開示「外部調査委員会の調査報告書の公表に関するお知らせ」)。調査報告書によると、SPCを連結子会社とするか否かを判断するにあたり必要な以下の4点の情報について、エネチェンジからあずさ監査法人に対して説明されていなかったり、説明と事実が異なっていたりしたという(「城口氏」は当時の代表取締役の城口洋平氏、「X氏」はSPCの最大出資者、「ENE社」はエネチェンジ)。 上述のとおり、説明されていなかったり、説明と事実が異なっていたりしたことが意図的であれば、不正となるのだが、調査報告書は、意図的であるという事実は認められなかったと結論付けている。 ただし、調査報告書はエネチェンジにおける様々な問題点を指摘している。意図的であるという事実は認められなかったとしても、説明されていなかったり、説明と事実が異なっていたりしたのである。第6章の「本調査において認められた問題点に係る原因分析」では、その原因として主に内部統制上の問題があげられているのだが、その中に「株価の上昇を強く志向する一方でコンプライアンスを軽視した経営トップらの姿勢」として次のような記載がある。 外部調査委員会としては、調査した限り不正ではないという認定に至ったわけだが、エネチェンジは不正が極めて生じやすい状況にあったといえる(不正リスク要因は揃っている)。 3 監査法人の見解 あずさ監査法人は、「外部調査委員会の調査結果を踏まえてもなお、財務諸表の重要な虚偽表示の原因となる経営者による不正があったと判断した」ため、退任することにしたのだが、今回の開示の4日後の2024年7月9日に提出された第9期有価証券報告書に添付された監査報告書の「監査上の主要な検討事項」いわゆるKAMには、「経営者による内部統制の無効化リスクへの対応」があげられており、それへの「監査上の対応」の中には次のような記載がある(下線は筆者による)。 あずさ監査法人は、監査手続の結果、不正が存在したと判断し、エネチェンジに対して「見解書」を提出している(過去に不正が存在していたということであり、この監査報告書における意見は無限定適正)。不正は存在しなかったと判断する外部調査委員会による調査報告書のみ公表され、不正が存在したと判断するあずさ監査法人による「見解書」が公表されないのは妥当なのだろうか。不正の有無を判断するのは本来あくまで監査法人であるし、投資家にとっても投資判断上重要な情報であるように思われる。エネチェンジは、あずさ監査法人による「見解書」を公表すべきかと思われるのだが。 (了)
プラス思考の経済効果 【第27回】 「2024年祇園祭の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 京都の祇園祭は八坂神社の祭礼で、大阪の天神祭、東京の山王祭と並んで日本三大祭の1つです。そして、9世紀の貞観年間より続く京都の夏の風物詩で、毎年大勢の観光客が楽しみにしている歴史的行事の1つでもあります。昨年は新型コロナが5類に移行し、さらに行動制限がなくなって、今年は日本人の旅行客、また訪日外国人の観光客が急増してきているので、大勢の観光客が祇園祭に詰めかけたであろうと予想されています。今回は今年の祇園祭の経済効果を推計しました。 2 祇園祭の直接効果 (1) 観光客数 まず、今年の観光客数を予測しましょう。京都府警の発表による、過去の祇園祭の前祭(4日間)と後祭(4日間)の観光客数は以下の通りです。 〈最近の祇園祭の観客数〉 国土交通省観光庁の2024年5月15日発表の「旅行・観光消費動向調査 2024年1-3月期(速報)」によると、今年の1-3月の日本人国内延べ旅行者数は対前年比で+9.6%でした。また、訪日外国人の2024年の1-5月の対前年比の伸び率は+69.5%でした。(日本政府観光局、2024年6月19日発表)。それらの数値を考慮して、2024年の祇園祭の観客数は対前年比で少なくとも約10%は増加すると仮定します。そうすると、2024年の祇園祭の観客数は約90万2,000人となります。 まず、この観光客の内訳を分析します。「令和元年京都観光総合調査」によると、新型コロナ前の2019年の京都市内の総観光客の約83.4%は日本人、約16.6%は訪日外国人でした。この比率を用いると、今年の祇園祭の日本人観光客は約75万2,268人、訪日外国人観光客は約14万9,732人となります。 次に、これらの日本人観光客と訪日外国人観光客について、日帰り客数と宿泊客数を推計します。前述の京都市の「令和元年京都観光総合調査」によると、2019年の京都市内の日本人観光客のうち日帰り客は約79.0%、宿泊客は約21.0%でしたので、今年の日本人の日帰り観光客は約59万4,292人、宿泊客は約15万7,976人となります。 また、前述「令和元年京都観光総合調査」によると、2019年の京都市内の外国人観光客のうち日帰り客は約57.1%、宿泊客は約42.9%でしたので、日帰り客は約8万5,497人、宿泊客は約6万4,235人となります。 (2) 観光客の消費金額 ① 日本人観光客の消費金額 令和4年の京都市の「観光客の動向等に係る調査」によると、諸物価の高騰などにより2022年の京都市内の日本人観光客の日帰り客1人当たりの消費額は1万2,244円、宿泊客1人当たりの消費額は5万9,490円でした。さらに、総務省の令和6年1月19日発表の「2020年基準消費者物価指数」によると、2023年の総合物価指数は対前年比で3.2%の上昇率でしたので、2024年もほぼ同様(3.2%)の上昇率と仮定すると、2024年の京都市内の日本人観光客の日帰り客1人当たりの消費額は約1万3,040円、宿泊客1人当たりの消費額は約6万3,358円になると推定されます。 計算の結果、日帰り日本人観光客の消費額は約77億4,957万円、宿泊客の消費額は約100億904万円、日本人観光客の消費総額は約177億5,861万円となります。 ② 外国人観光客の消費金額 次に、外国人観光客の消費額を推計します。京都市の「令和元年京都観光総合調査」によると、2019年の京都市内における日本人の日帰り観光客1人当たりの消費額は約1万1,054円、宿泊客1人当たりの消費額は約5万4,970円で、他方外国人観光客の日帰り客1人当たりの消費額は約1万9,766円、宿泊客1人当たりの消費額は約6万991円でした。 そこで、日本人の2019年から2024年までの観光客の上昇率を訪日外国人に適用すると、次のように2024年の外国人観光客で日帰り客の1人当たり消費額は約2万3,317円、宿泊客の1人当たりの消費額は約7万298円となりました。 〈日帰り外国人観光客の1人当たり消費額〉 〈宿泊外国人観光客の1人当たり消費額〉 この値を用いると、訪日外国人観光客の日帰り客の消費額は約19億9,353万円、宿泊客の消費額は約45億1,559万円、訪日外国人観光客の消費総額は約65億912万円となります。 ③ 観光客の消費総額 これまでの計算の結果、今年の祇園祭の日本人観光客と外国人観光客の消費総額は約242億6,773万となります。 3 祇園祭の経済効果 今年の祇園祭に関する直接効果、つまり観光客の消費総額の約242億6,773万円を基準にして、京都府の2015年の「京都府産業連関表」を用いて経済効果(経済波及効果)を計算した結果は、以下の通り約203億1,209万円となりました。この金額は、近年では祇園祭の経済効果の最高額であると推定されます。 〈祇園祭の経済効果〉 4 まとめ 2024年の祇園祭の経済効果が近年では最高額の約203億1,209万円となった理由として、以下のことが考えられます。 祇園祭の最近の経済効果は以下に示されています。 〈最近の祇園祭の経済効果〉 京都の祇園祭は京都・関西地域のみならず日本中の人たちが楽しみにしている祭の1つです。最近は訪日観光客数も増加してきています。上記の表を見ると、祇園祭がいかに京都のまちにとって大きな経済効果をもたらしているかがよくわかります。ただ、祇園祭は神事であり、観光のための行事ではありません。これからも神事としての伝統を守り、また地元の経済発展に貢献するように、バランスをとって祇園祭が発展していくことを願っています。 (了)
《速報解説》 GM課税制度に係る法人税等の会計処理等の取扱いに対応した 「財務諸表等規則等の一部を改正する内閣府令」等が公布・施行される 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年8月22日、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則及び連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第70号)が公布された。これにより、2024年6月14日から意見募集されていた内閣府令(案)等が確定することになる。内閣府令(案)等に対するパブリックコメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方も公表されている。 これは、「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第46号)を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 財務諸表等規則について次のように改正する(連結財務諸表規則も基本的に同様に改正する)。 財務諸表等規則ガイドライン及び連結財務諸表規則ガイドラインも改正する。 Ⅲ 施行日等 公布の日(2024年8月22日)から施行する(経過措置に注意)。 (了)
2024年8月22日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.582を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第130回】 「スタートアップ育成をめぐる制度整備」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 わが国にスタートアップを生み育てるエコシステムを創出し、第2の創業ブームを実現するため、2022年11月に「スタートアップ育成5か年計画」(以下「5か年計画」という)が閣議決定されてから2年が経過しようとしている。 〇税制改正 スタートアップの起業数・投資額を5年で10倍(10万社・10兆円)にすることを目標に掲げた5か年計画を背景に、令和5年度税制改正、令和6年度税制改正と連続して、スタートアップ育成に向けた多くの税制措置が講じられてきた。 直近の令和6年度税制改正では、次のような措置が講じられている。 〇産業競争力強化法等の改正 また、先の通常国会で可決成立した「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律」では、スタートアップ関連措置として産業競争力強化法と投資事業有限責任組合契約に関する法律(投資有責法)の改正が盛り込まれている。 産業競争力強化法においては、ストックオプションを柔軟かつ機動的に発行できる仕組み、いわゆるストックオプションプールを可能にする手当がなされた。この結果、設立から15年未満のスタートアップで、経済産業大臣と法務大臣の確認を受けたものは、株主総会の委任決議から1年経過後も、取締役会の判断で権利行使価額や権利行使期間を定めることが可能となった。 一方、投資有責法においては、投資事業有限責任組合が取得及び保有することができる資産として暗号資産が追加されるとともに、外国法人への投資に関する規制が緩和された。 〇新しい資本主義実行計画改訂版での課題提起 本年6月の政府の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2024年改訂版」では、「海外投資家を含むスタートアップへの投資資金の流動化」の一環として、「海外投資家の外国組合員特例税制について、海外LP(Limited Partner:有限責任組合員)から国内GP(General Partner:無限責任組合員)への投資を促す上での税制の在り方等について、政策ニーズや課題を踏まえつつ、検討を行う」とされている。 〇外国組合員特例税制とは 本来、国内にある恒久的施設を通じて事業を行う組合の組合員である非居住者・外国法人は、国内に恒久的施設を有する非居住者・外国法人に該当することから、組合の事業から生じる国内源泉所得について申告納税の義務がある。 ただし、投資有責法に基づいて組成される投資事業有限責任組合の有限責任組合員は、組合に対して金銭出資を行うのみで組合の業務を執行しないので、その実態は組合の事業に対して投資を行う投資家に近い。 そこで、平成21年度税制改正で創設された外国組合員の課税所得の特例により、有限責任組合員である非居住者・外国法人のうち、組合としての共同事業性が希薄であると考えることができる「一定の要件」を満たす者については、国内に恒久的施設を有しない非居住者・外国法人とみなすこととされている。 この結果、わが国における課税の対象となる国内源泉所得の範囲が縮小され、多くの場合において申告納税を要しなくなる。なお、この特例の適用を受けるには、特例適用申告書を所轄税務署長に提出する必要がある。 上記の「一定の要件」(措法41の21①一~五)とは、次の5項目である。 なお、「一定の要件」は、原則として組合契約の締結の日から継続して満たしている必要があり、いったん満たさなくなったら再び満たしても適用は認められない。 上記③の要件は、有限責任組合員が投資組合の大部分の持分を保有するような場合には、その投資組合事業に係る業務の執行に対して有限責任組合員が少なからず影響力を有していると考えられることを踏まえ設けられたものであり、特例適用投資組合の組合員が「他の組合」であり、この特例の適用を受けようとする外国組合員がその「他の組合」の組合員である場合、その「他の組合」の特例適用投資組合に係る持分も合算する(措令26の30⑤三)。 ただし、令和3年度税制改正で、「他の組合」が「特定組合契約」(外国組合員の持分割合が25%未満)である場合には、外国組合員以外の者の「特定組合契約」に係る組合財産に係る持分割合を除外して計算することとされている(措令26の30④)。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第64回】 「定期同額給与の期首からの改定」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 定期同額給与の要件の確認 これまで本連載で確認してきたように、定期同額給与は役員給与を損金算入できる3類型の中で最も一般的なものであり、「その支給時期が一月以下の一定の期間ごとである給与・・・で当該事業年度の各支給時期における支給額が同額であるもの」であれば(法法34①一)、その要件を満たすこととなる。 国税庁によるQ&A「役員給与に関するQ&A(平成20年12月、平成24年4月改訂)」Q2が示す図に代表されるように、定期同額給与に関するあらゆる解説は、定時株主総会等の時点で役員給与の額の改定を定めることを前提としている。これは、定時株主総会にて決算の承認を行う際に、併せて役員報酬の額の改定を行うことが常であることが背景となっているといえる。 ここで、仮に、定時株主総会の時期ではなく、その法人の事業年度の期首の時点から役員給与の額の改定を行った場合、この定期同額給与の要件を満たすかどうか疑問が浮かぶ。法人税法34条が定める定期同額給与については上記の通りであり、その改定に関して定める法人税法施行令69条1項1号イでは、「当該事業年度開始の日の属する会計期間・・・開始の日から三月・・・を経過する日・・・まで・・・にされた定期給与の額の改定」と示されるのみである。また、通達においても、法人税基本通達9-2-12において「あらかじめ定められた支給基準(慣習によるものを含む。)に基づいて、毎日、毎週、毎月のように月以下の期間を単位として規則的に反復又は継続して支給されるものをいう」と示されているように、期首から改定することについての記載はなく、3月決算法人について3月分までの役員給与の額と4月分からの役員給与の額をそれぞれ同額としても、全く問題がないようにも思えるからである。 そこで、以下に若干の検討をしてみたい。 (2) 期首から改定する是非について言及された情報 一般に、役員の職務執行期間は、定時株主総会から次の定時株主総会までの1年間である。なお、定時株主総会は、会社法296条1項に「毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならない」と定められていることが根拠となっている。これに対して、臨時株主総会は、同法同条2項にて、「株主総会は、必要がある場合には、いつでも、招集することができる」と定められていることが根拠となっている。したがって、期首から役員給与の額を改定しようとする場合には、定時株主総会ではなく、臨時株主総会を開催することで対応する流れとなる。 ここで、6月に開かれた定時株主総会にて4月からの役員給与の額を遡及して増額した場合には、「役員の職務執行期間開始前にその職務に対する給与の額が定められているなど支給時期、支給金額について『事前』に定められているものに限られています。したがって、既に終了した職務に対して、『事後』に給与の額を増額して支給したものは、損金の額に算入されないこととなります(下線部筆者)」とする国税庁の情報がある(※1)。 (※1) 国税庁「役員給与に関するQ&A(平成18年6月)」Q3、TAINS:法人事例005373。 これに対し、遡及改定ではなく期首時点で改定することについて「改定が認められる『当該事業年度開始の日の属する会計期間開始の日から3ヶ月経過等までにされた定期給与の改定』のケースに該当し、定期同額給与に該当すると判断しがちであるが、その事業年度を通じて毎月の支給時期における支給額が同額なのでもともと定期同額給与の定義に該当すると解釈すべきである」と解説するものもある(※2)。これによると、「本来の役員の職務執行期間は、定時株主総会から翌年の定時株主総会までの約1年間をいうのが一般的なので、本事例のように期首の月の臨時株主総会で定期給与の改定を決議した場合は、その後の同じ年に開催される定時株主総会で、その支給額を据え置く旨の確認決議をしておくべきである」という注意喚起がなされている。 (※2) 東京税理士界平成25年3月1日第674号、TAINS:法人事例東京会010011。 (3) どのように考えるべきか 今回の質問に関しては、明確な答えは存在していないといえる。定時株主総会にて行う決算の承認に合わせて改定を行うと定期同額給与の改定に関するリスクはないため、通常はこちらを採るべきといえよう。 しかし、期首に役員給与の額をどうしても改定しなければならない事情等がある場合には、この論点について検討することとなる。この場合、(2)で触れた国税庁の情報はあくまで遡及改定をすることに関するものではあるが、そのうち下線部筆者部分では役員の職務執行期間開始前に役員給与の額を定めておくべきということを明記しているため、これが当局のスタンスであると考えられる。また、事前確定届出給与に関するものであるが、職務執行期間について触れている法人税基本通達9-2-16が新設された際の解説では、職務執行期間は個々の事情に応じて判断するとしながらも、「一般的には、その会社の定時株主総会において役員に選任されその日にその職務に就任した者や当該定時株主総会の日に現に役員である者については、当該定時株主総会の開催日となると解される」とされており、一般的な認識と相違ないといえる。 このように考えれば、今回の質問は職務執行期間の中途である4月に臨時株主総会を開催して増額改定をすることとなるため、職務執行期間の開始前に定められたとはいえないと思われる。したがって、今回の質問のケースで定期同額給与の要件を満たしているというためには、職務執行期間の開始前に改定をしたといえる事情が必要であると思われるし、上記(2)の肯定する見解にもあるように、最低でも、定時株主総会でその支給額を据え置く旨の確認決議をしておくべきであるといえる。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第67回】 「適格株式移転を行った場合の株式移転完全親法人、株式移転完全子法人、株式移転完全子法人の株主の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 今回は、適格株式移転を行った場合の株式移転完全親法人、株式移転完全子法人、株式移転完全子法人の株主の取扱いについて解説します。 1 適格株式移転があった場合の株式移転完全親法人の取扱い (1) 株式移転完全子法人株式の取得価額 適格株式移転により株式移転完全親法人が取得する株式移転完全子法人株式の取得価額は、次のとおりです(法令119①十二)。 ① 株式移転の直前において株式移転完全子法人の株主が50人未満の場合 株式移転完全子法人の株主が有していた株式移転完全子法人株式の株式移転直前の帳簿価額相当額の合計額(取得のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額) ② 株式移転の直前において株式移転完全子法人の株主が50人以上の場合 株式移転完全子法人の前期末の簿価純資産価額相当額(取得のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額) (2) 適格株式移転により増加する資本金等の額 株式移転完全親法人において、株式移転により増加する資本金等の額は、株式移転完全子法人株式の取得価額(取得のために要した費用を除く)から交付金銭等の価額を減算した金額となります(法令8①十一)。 (3) 適格株式移転により増加する利益積立金額 適格株式移転の場合には、株式移転完全親法人の利益積立金額は増加しません。 (4) 具体例1(株式移転の直前において株式移転完全子法人の株主が50人未満の場合) ① 前提 【B社の株式移転直前のBS】 ② 株式移転完全親法人の仕訳 (5) 具体例2(株式移転の直前において株式移転完全子法人の株主が50人以上の場合) ① 前提 【B社の株式移転直前のBS】 ② 株式移転完全親法人の仕訳 2 適格株式移転を行った場合の株式移転完全子法人の取扱い 適格株式移転を行った場合には、株式移転完全子法人が有する資産について時価評価を行う必要はなく、特段の課税関係は生じません。 3 適格株式移転を行った場合の株式移転完全子法人の株主の取扱い (1) 旧株の譲渡損益 株主については、投資が継続していると認められる場合には、譲渡損益の計上を繰り延べることとされています(法法61の2⑪)。 「投資の継続」とは、株主が金銭等の交付(株式以外の交付)を受けていないことをいいます。 (2) みなし配当 利益積立金額が株主に交付されるときは、みなし配当を計上する必要があります(法法24)。 適格株式移転が行われた場合には、株式移転完全子法人の利益積立金額は、株式移転完全子法人の株主に交付されないため、株式移転完全子法人の株主においてみなし配当を計上する必要はありません。 (3) 株式移転完全親法人株式の取得価額 株式移転完全子法人の株主が、対価として株式移転完全親法人株式のみを交付された場合のその株式移転完全親法人株式の取得価額は、株式移転完全子法人株式の帳簿価額に付随費用を加算した金額とされています(法令119①十一)。 (4) 具体例 ① 前提 ② 株式移転完全子法人の株主の仕訳 ◆適格株式移転を行った場合の株式移転完全親法人、株式移転完全子法人、株式移転完全子法人の株主の取扱いのポイント◆ 適格株式移転があった場合に株式移転完全親法人が取得する株式移転完全子法人株式の取得価額は、株主が50人未満か50人以上かで異なります。 適格株式移転があった場合には、株式移転完全親法人において資本金等の額が増加しますが、利益積立金額は増加しません。 適格株式移転があった場合には、株式移転完全子法人において時価評価を行う必要はありません。 株式移転完全子法人株式の譲渡損益を認識するかどうかは、適格株式移転か非適格株式移転かにかかわらず投資の継続で判定します。 (了)
相続税の実務問答 【第98回】 「各相続人が単独で相続税の申告書を提出する場合の小規模宅地等の選択の同意」 税理士 梶野 研二 [答] あなた方は、相続税について、それぞれ単独で申告書を作成し、提出するとのことです。そうしますと、申告書様式の「第11・11の2表の付表1 小規模宅地等についての課税価格の計算明細書」の「1 特例の適用にあたっての同意」欄に2人の氏名を記載しただけでは、有効な「選択についての同意を証する書類」の提出があったことにはなりません。 そこで、「選択についての同意を証する書類」として、共同申告における同欄への氏名の記載に代えて、適宜の用紙にあなたとお姉さまの連名で、あなたの取得したS区のアパートの敷地のうち200平方メートルについて小規模宅地等の特例を適用することに同意した旨を記載した書類(同意書)を作成し、それをあなたの相続税の申告書に添付すればよいでしょう。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 小規模宅地等の特例 租税特別措置法第69条の4第1項に規定する「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」(以下「小規模宅地等の特例」といいます)は、個人が相続や遺贈によって取得した財産で、その相続開始の直前において被相続人又は被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等(土地又は土地の上に存する権利をいいます)のうち一定の要件を満たすものがある場合、その宅地等のうち一定の面積(以下「限度面積といいます)までの部分(以下「小規模宅地等」といいます)で相続人等(相続人及び受遺者をいいます)が選択したものについては相続税の課税価格に算入すべき価額の計算上、一定の割合を減額することができる特例制度です。 相続開始の直前において被相続人等の貸付事業、すなわち、不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業及び準事業(事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うものをいいます)の用に供されていた宅地等(その相続の開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等(「3年以内貸付宅地等」といいます)を除きます(注))で、次の①又は②の区分に応じ、それぞれのいずれにも該当する被相続人の親族が相続又は遺贈により取得したものについては、貸付事業用宅地等として、この特例の適用対象となります。 (注) 相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等であっても、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち準事業以外のものをいいます)を行っていた被相続人等のその特定貸付事業の用に供された宅地等については、3年以内貸付宅地等に該当しません。 貸付事業用宅地等については、その限度面積である200平方メートルまでの部分について、課税価格の計算に算入すべき価額の計算上、その50%を減額することができます。 2 選択の方法 小規模宅地等の特例の対象となり得る宅地等を取得した相続人等が2人以上いる場合には、この小規模宅地等の特例の適用を受けようとする宅地等の選択についてその全員が同意しており、かつ、原則として相続税の申告期限までに分割されていることが必要です。この選択は、次に掲げる書類の全てを相続税の申告書に添付することにより行います(措令40の2⑤)(注)。 (注) 小規模宅地等の特例の適用対象となり得る宅地等のほか、「特定計画山林の特例」(措法69の5①)若しくは「特定受贈同族会社株式等に係る特定事業用資産の特例」(旧措法69の5①)の対象となり得る財産又は「個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除」(措法70の6の10①)の対象となり得る宅地等一定の財産を取得した者が2人以上いる場合には、小規模宅地等の特例の適用を受けようとする宅地等の選択についてその全員が同意しており、かつ、原則として相続税の申告期限までに分割されていることが必要です。 相続税実務においては、相続税の申告書の様式のうち「第11・11の2表の付表1 小規模宅地等についての課税価格の計算明細書」に所要事項を記載し、相続税の申告書の一部としてこれを提出することにより、上記①、②及び③の書類が相続税の申告書に添付されたこととされます。このうち③については、次に示す同様式の「1 特例の適用にあたっての同意」欄に、小規模宅地等の特例の適用対象となり得る宅地等を取得した全ての相続人等の氏名を記載することをもって、同書類の提出がされたことになります。 ただし、この実務は、同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した者で、小規模宅地等の特例を適用することが可能な宅地等を取得した者全員が、1つの相続税の申告書を共同して提出することを前提としたものです。 同一の被相続人から小規模宅地等の特例を適用することが可能な宅地等を取得した者が2名以上ある場合において、それらの者が1つの相続税の申告書により共同申告を行わないときには、相続税の申告書の「第11・11の2表の付表1 小規模宅地等についての課税価格の計算明細書」の「1 特例の適用にあたっての同意」欄に小規模宅地等の特例を適用することが可能な宅地等を取得した者全員の氏名の記載があったとしても、それをもって小規模宅地等の特例の適用対象となり得る宅地等を取得した全ての相続人等の同特例の選択についての同意を証する書類の提出がされたことにはなりません。 このため、同一の被相続人から小規模宅地等の特例を適用することが可能な宅地等を取得した者が2名以上ある場合において、それらの者が1つの相続税の申告書により共同申告を行わないときには、別途、「小規模宅地等の選択に係る同意書」を作成し、相続税の申告書に添付する必要があります。 (注) 小規模宅地等の特例を適用することが可能な宅地等を取得した2名以上の者が共同申告をしていない場合であっても、それぞれの者が提出する相続税の申告書の「第11・11の2表の付表1 小規模宅地等についての課税価格の計算明細書」の「1 特例の適用にあたっての同意」欄に、小規模宅地等の特例を適用することが可能な宅地等を取得した者全員の氏名が記載されており、その記載どおりに小規模宅地等の特例を適用した課税価格の計算がされている場合には、「選択の同意」があったものと推認できるかもしれません。しかしながら、これをもって、小規模宅地等の特例を適用する場合に求められる添付書類の提出があったと取り扱うことができるかどうかについては、明確ではありませんが、厳密に考えれば、「小規模宅地等の特例の適用対象となり得る宅地等を取得した全ての相続人等の同特例の選択についての同意を証する書類」の提出があったとはいえないのではないかと思われます。 3 ご質問の場合 あなたが遺贈により取得したS区のアパートの敷地250平方メートル及びお姉さまが遺贈により取得したT市のアパートの敷地300平方メートルは、事業承継要件及び保有継続要件を満たす限り、いずれも貸付事業用宅地等として、200平方メートルの限度面積までの部分について小規模宅地等の特例を適用することができます。このため、あなたが取得したS区のアパートの敷地について、小規模宅地等の特例を適用するためには、お姉さまの同意が必要になります。 あなたとお姉さまが相続税について共同申告をするのであれば、相続税の申告書の「第11・11の2表の付表1 小規模宅地等についての課税価格の計算明細書」の「1 特例の適用にあたっての同意」欄に、2人の氏名を記載すれば、選択の同意を証する書類が提出されたことになります。しかしながら、あなた方は、共同申告をせずに、それぞれ単独で相続税の申告書を作成し、それを提出するとのことです。そうしますと、同欄に2人の氏名を記載しただけでは、有効な「選択についての同意を証する書類」の提出があったことにはなりません。 そこで、「選択についての同意を証する書類」として、共同申告における同欄への氏名の記載に代えて、適宜の用紙にあなたとお姉さまの連名で、あなたとお姉さまがあなたの取得したS区のアパートの敷地のうち200平方メートルについて小規模宅地等の特例を適用することに同意した旨を記載した書類(同意書)を作成し、それをあなたの相続税の申告書に添付すればよいでしょう。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第49回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 19 ビットコインETFと分離課税(その3):問題意識② 以下では、暗号資産現物ETFが分離課税の議論に影響を与える可能性について、前回見た2つのルートとは異なる第3のルートからの考察を行う。すなわち、日本の居住者(所法2①三)が米国のビットコインETFを米国の市場で購入し、譲渡した場合の所得について、日本において分離課税の適用があるかという点を取り上げる。 この第3のルートの課税関係については、既に、分離課税の適用の可能性を肯定する見解が示されている(斎藤創=水嶋優「米国の暗号資産ETFの日本での取り扱いについて(第1.2稿)」(2024.2.28)。 この見解は、様々な留保を付しているものの、ビットコインETFの譲渡に係る所得について、法人税法上の法人課税信託に係る規定の適用を経て、分離課税の根拠規定となる租税特別措置法(以下「措置法」という)37条の11の上場株式等に係る譲渡所得等の課税の特例(以下「本件分離課税特例」という)の適用の可能性を認めている。 このように、上記見解においては、法人課税信託に係る規定の適用があることを前提として考察が進められている そこで、現行の信託税制について簡単に述べておく。 現行の信託税制は、大きく分けて、3つの課税方法に分けることができる。本格的に各要件や後述する本信託への当てはめを検討する前の段階であり、非常に大雑把な記述になるが、3つの課税方法について、本信託や本件分離課税特例との関係も含めて、簡単に整理しておく。 米国のビットコインETFは信託を利用しているし、これによれば、ビットコインを直接保有しているのと同じような経済的なポジション、ビットコインないしその価格変動に対するエクスポージャーを得ることができる。そうであれば、ビットコインを直接保有している場合の課税関係との整合性をとるべきであり、上記❶の受益者等課税信託に接近するのではないかという見解があるかもしれない。 この場合、信託の受益者である居住者は、信託財産であるビットコインを直接保有し、これに係る収益及び費用は居住者の収益及び費用とみなされる(所法13①本文)。 本件分離課税特例の適用はない。 米国のビットコインETFは、株式を運用対象とするものではないが、上場投資信託の一種であり、転々流通し、受益者が多数となるから、上記❷の集団投資信託に該当するという見解があるかもしれない。 この場合、本件分離課税特例の適用はない。 なお、上記❷の集団投資信託と同様に、受益者に対して、信託収益の受領時に課税するものとして、退職年金等信託(所法13③二、法法12④一)や特定公益信託(法法12④二)がある。 米国のビットコインETFは投資信託の一種ではあるが法人への投資に類似し、集団投資信託に該当しない投資信託の受け皿としての側面を有する法人課税信託に該当するという見解があるかもしれない。 この場合、受益者は株式会社の株主、信託の受益証券は株式会社の株式(株券)のような取扱いを受けることになるから、ビットコインETFを譲渡した場合には、上場株式等を譲渡したものとして本件分離課税特例の適用がある(詳細は後述)。 ただし、上記の記述は大雑把なものであり、今後の考察の理解の助けとなるものの、確定的なものではない。詳細な検討は後で行う。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第52回】 「サンリオ事件 -外国子会社合算税制における適用除外規定の適用- (地判令3.2.26、高判令3.11.24)(その1)」 ~法人税法69条15項、(旧)租税特別措置法66条の6第3項(現行2項)、7項~ 税理士 吉村 優 1 事実の概要 原告Xは、自社キャラクターを使用した商品の企画・販売、著作権の許諾・管理等を行っている内国法人かつ連結法人である。Xが、平成25年度3月期から平成28年度3月期までの各事業年度に係る法人税等の確定申告において、香港に設立されたXの子会社A社(発行済株式の95%をC社を通じて保有)、及びB社(発行済株式の100%をD社を通じて保有)の課税対象金額又は個別課税対象金額が、Xの各事業年度の所得金額の計算上益金の額に算入されるなどとして、処分行政庁より法人税等に係る更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受けた。このことから、Xは被告Y(国)に対し、更正処分等のうちXが主張する金額を超える部分の取消しを求めた事案である。 Xは、法人税等の確定申告書に外国子会社合算税制の適用除外記載書面を添付していなかったことから、適用除外規定の適用を受けられないうえ、外国税額控除に関する明細書を添付していなかったため、A社及びB社が納付した外国法人税の額については、外国税額控除が適用されないとして、本件更正処分等に係る取消請求を棄却した事案である。 2 前提事実 〈関係図〉 3 主たる争点 なお、更正処分に関する通知が行政処分に該当するかが、本案前の争点となっている。 控訴審判決は、若干の追加判断があったものの第一審判決とほぼ同じ内容のため、本稿では第一審判決について検証することとする。 4 判旨 請求棄却。 (1) A社及びB社の主たる事業が「著作権の提供」に該当し、外国子会社合算税制の適用除外要件を満たさないか否か(主たる争点①) 裁判所は「その余については判断するまでもなく、原告の請求には理由がないと判断する。」と述べて、判断を示さなかった。 (2) 確定申告書に適用除外記載書面を添付していなくても、外国子会社合算税制の各適用除外規定の適用を受けられるか否か(主たる争点②) 裁判所は次のとおり判事した(下線は筆者挿入。以下同様)。 (3) 確定申告書に適用除外記載書面を添付していない旨のYの主張は違法な理由の差し替えであって許されるか否か(主たる争点③) (4) A社及びB社が納付した外国法人税の額について、外国税額控除が適用されるか否か(主たる争点④) ((その2)へ続く)