酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第30回】 「「海洋掘削装置」は所得税法上の「船舶」に当たるか?(その3)」 ~同一税法内部における同一用語の解釈~ 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 4 借用概念該当性 前述のとおり、所得税法161条3号にいう「船舶」が固有概念ではないとすると、次に、借用概念であるかどうか(前回のチャート図の④)という点が問題となるであろう。 東京地裁は、 とするが、このような理解は妥当なのであろうか。 そこで、「船舶」という用語を用いている他の法令について見てみたい。 ところで、借用概念論は、私法からの借用がその中心であり、公法はある特定の目的をもった法律であることから、公法からの借用という理解の仕方は消極的になされるべきである旨はすでに論じてきたところである(本連載第18回参照)。 そうであるとするならば、「船舶」という用語を用いている法令は多数あるが、まずは私法領域の概念を確認しておくべきであろう。海上企業活動の関係主体の利益を調整する立場から規制するものとして商法第3編《海商》に置かれた商法684条1項は、同法における「船舶」について、商行為をする目的をもって航海の用に供するものをいう旨を定めている。 これに対し、船舶の国籍、総トン数その他の登録に関する事項及び船舶の航行に関する行政上の取締り等を定めた公法である船舶法は、同法35条本文において、商行為をする目的を有さずに航海の用に供するものも同法における「船舶」に含まれることを前提に、これに商法第3編の規定が準用される旨を定めている。他方、船舶法施行細則2条は、推進器を有しないしゅんせつ船は船舶法における「船舶」とはみなさない旨を定めている。 東京地裁は、このような私法と公法における規定振りをみた上で、 とする。 東京地裁は、商法と船舶法との間に「船舶」の意義の統一性が見いだせないから、他の法令の規定を参照して所得税法上の「船舶」の意義を明らかにすることが困難であるというが、そのような場合には商法に従うべきという理解の仕方も十分にあるはずである。なぜなら、商法は私法であり船舶法は公法であるから、借用概念の統一説にいう一般的な理解に従えば、私法の理解に合致させるべきであるとする考え方があり得るからである。 ところで、商法第3編すなわち海商法は、船舶の範囲を画することによりその適用範囲を明らかにしている。すなわち、海商法は、その対象となる船舶について「商行為ヲ為ス目的ヲ以テ航海ノ用ニ供スルモノ」と定めているのであるが(商684①)、この規定からは、必ずしも「船舶」の意義が明らかであるとはいえない。 この点、海商法においては、「船舶」の意義は社会通念により決するものと解されている(箱井崇史「船舶衝突の意義に関する一考察―船舶の種別による海商法規定の適用関係を中心として―」早法87巻2号361頁)。すなわち、「船舶」とは、社会通念に従って、浮揚性を有し、機械力及び自力航行能力の有無は問わないが、水上航行の用に供される積載可能な構造物をいうとするのである。 このような理解から、海商法においては、引揚げ不能な沈没船や救助不能な難破船は船舶ではないとされている。このように、社会通念によって判断された「船舶」のうち、商行為を行う目的をもって航海の用に供する船舶(航海商船)が海商法の対象となるのである(中村眞澄=箱井崇史『海商法〔第2版〕』41頁以下(成文堂2013))。なお、海商法は、端舟その他のろかい船を同法の適用対象から除外している(商684②)。 海商法が「船舶」の意味を社会通念によって決するという態度を採っていることから、海商法における「船舶」概念は、一般概念として理解されていることが分かる。 そこで、所得税法161条にいう「船舶」の概念を商法(海商法)からの借用と考え、海商法にいう「船舶」が一般概念であるとするならば、その理解に沿って、所得税法上の「船舶」も一般概念として理解すべきというアプローチが考えられる。 このような理解の仕方は、法人税法22条《各事業年度の所得の金額の計算》4項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(公正処理基準)」が何を指すのかという議論と親和性を有するといえよう。つまり、法人税法22条4項の公正処理基準は、商法(会社法)のことを指すと考えた上で、次に、商法19条や会社法432条《会計帳簿の作成及び保存》が、「一般に公正妥当と認められる会計処理の慣行」、すなわち企業会計原則を中心とする会計上の諸規則に従うと規定していることから、法人税法における公正処理基準は企業会計原則を中心とする会計上の諸規則を指すものと考える理解と類似しているように思われる。 我が国の法制上「船舶」の語が用いられているものについて、それらの法令を分類すると、「船舶」そのものを定義しているもの(※1)、法令の適用を受ける「船舶」の範囲を規定しているもの(※2)、定義や範囲について規定していないものがある(※3)。具体的な例として、海上交通安全法2条2項1号及び海上衝突予防法3条1項では「『船舶』とは、水上輸送の用に供する船舟類(水上航空機を含む。)をいう。」と規定されている。 (※1) 海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律3条1号、海上衝突予防法3条1項、海上交通安全法2条2項1号、商法684条1項、国際海上物品運送法2条1項、船舶の所有者等の責任に関する法律2条1号等。油濁損害賠償保障法2条4号は特定の用途に供されているものに限定して「船舶」を規定している。 (※2) 海上運送法43条、船舶法20条、船舶安全法2条2項、32条、船舶職員及び小型船舶操縦者法2条1項、船員法1条2項、水先法13条1項、内航海運業法2条1項、内航海運組合法2条1項等。なお、港則法3条1項では「雑種船」を定義し、「船舶」とは区別している。 (※3) 海上保安庁法、海難審判法、水難救護法、港湾運送事業法等。 本件において、東京地裁は、 と説示しているが、必ずしも上記のように海商法の「船舶」自体が一般概念であるという段階的な理解によるアプローチを採用したわけではなく、次図のように、「条文に定義なし→沿革からも判然としない→海商法・船舶法上の定義も不明確→一般概念による」というルートを採ったものと理解すべきであろう。 なお、本件事案では、所得税法161条3号にいう「船舶」の意義が争点となっているところ、東京地裁は、これと所得税法26条1項にいう「船舶」とは同義ではないと論じている。しかしながら、では、所得税法26条1項の「船舶」がいかなる意味を持つものと理解されるべきかについては争点外のため論じられていない点には注意が必要である。 あえて、本件東京地裁判決と整合的な形で所得税法26条1項にいう「船舶」を検討するとすれば、同項にいう「船舶」は固有概念として理解をした上で、所得税法161条3号にいう「船舶」を一般概念と理解するのがあり得る解釈として最も本件判決の考え方に近いかもしれない。そして、耐用年数省令別表第1にいう「船舶」は、「その他のもの」を含むとしており概念が明確ではないことからすれば、筆者の論じたアプローチに従って、商法(海商法)からの借用概念と捉え、結果的には社会通念で判断する一般概念と理解するのが、整理としては落ち着くのではないかと思われる。 (了)
消費税の軽減税率を検証する 【第1回】 「軽減税率の検討に至る経緯」 税理士 金井 恵美子 Ⅰ 消費税軽減税率制度検討委員会の設置 「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」(以下「税制抜本改革法」という。)7条1号は、消費税率の引上げにより負担が増す低所得者に配慮する観点から、次の2つの施策について、様々な角度から総合的に検討するものとした。 「(イ)総合合算制度、給付付き税額控除等の施策の導入」は、税制抜本改革法成立当時の与党であった民主党が当初法案に掲げた施策であり、「(ロ)複数税率の導入」は、平成24年6月15日の民主党、自由民主党、公明の3党合意により加えられたものである。 両者は並列に扱われているが、法律制定後、平成24年12月の衆院選において3年余りの民主党政権は終了し、自由民主党、公明党が再び与党となって、具体的な検討が進められているのは、単一税率制度から複数税率制度への移行である。 すなわち、平成25年度与党大綱(※1)においては、「消費税率の10%引き上げ時に、軽減税率制度を導入することをめざす。」とされ、翌年の平成26年度与党大綱(※2)には、 と記された。 (※1) 平成25年度税制改正にあたっては、自由民主党と公明党が平成25年1月24日に公表した「平成25年度税制改正大綱」(平成25年度与党大綱)と平成25年1月29日に閣議決定された「平成25年度税制改正の大綱」とがある。平成25年度与党大綱は、「第一 平成25年度税制改正の基本的考え方」、「第二 平成25年度税制改正の具体的内容」、「第三 検討事項」からなり、このうち、「第二 平成25年度税制改正の具体的内容」の部分が「平成25年度税制改正の大綱」として閣議決定された。軽減税率に関する記述は、平成25年度与党大綱の「第一 平成25年度税制改正の基本的考え方」に見られる。平成26年度改正、平成27年度改正においても同様である。 (※2) 「平成26年度税制改正大綱」(自由民主党、公明党、平成25年12月12日)。 これを受け、与党税制協議会は、広く国民の意見を聞きながら検討していくための資料として、平成26年6月5日、「消費税の軽減税率に関する検討について」(以下「検討資料」という)を示した。 直近の平成27年度与党大綱(※3)においても、 とされ、平成27年1月26日に与党税制協議会の下に設置された消費税軽減税率制度検討委員会において、その具体的な内容が検討されている。 (※3) 「平成27年度税制改正大綱」(自由民主党、公明党、平成26年12月30日)。 Ⅱ 軽減税率と複数税率 読者は、上記において、税制抜本改革法で「複数税率」と呼んだものが、平成25年度与党大綱以後、「軽減税率制度」と呼び直されていることに気がつかれただろうか。 現状、割増税率を設定することは検討されていないので、「軽減税率制度」と呼んだ方が制度の内容をよりわかりやすく表現することになるのかもしれない。しかし、筆者は、「単一税率制度」に対する「複数税率制度」、「標準税率」(又は「普通税率」)に対する「軽減税率」という語を使用するべきではないかと考えている。 それは、「軽減税率制度」には、「日常生活への配慮」とか、「消費生活に優しい」とか、「経済的弱者への思いやり」とか、そういったイメージを連想させる心地良い語感があると感じられるからである。 消費税制度を大きく変える複数税率への移行は、税制全体における消費税の役割とこれまでの税制調査会での議論、複数税率を採用する国々の実態を踏まえ、制度構築上及び執行上の問題と消費者及び事業者が受ける影響等について、慎重かつ充分な議論を行ったうえで判断しなければならない。 意図したかどうかは別として、「複数税率」から「軽減税率」への言い換えが、制度に対する人々の期待感を煽り、その効果や影響についての冷静な議論の妨げになっているのではないかと考えられる。 Ⅲ 物品税から消費税へ 「検討資料」は、税率引上げ時の「痛税感を和らげる観点」から、軽減税率の適用範囲を検討するべきとしている。消費税は、もともと痛税感が大きい。それは為政者にとって決して好ましい特徴ではない。にもかかわらず、この税が導入された理由を考えてみよう。 消費税前の物品税は、いわゆる贅沢品に重く課税することにより間接税に累進課税の要素を求めるものであった。しかし、国民の消費態様の大きくかつ急激な変化に即応して的確に課税対象を選択しそれぞれに適切な税率を設定するということができず、税制の公平性、中立性の観点から問題が指摘されていた。 そこで、水平的公平を確保する観点から、すべての消費に広く薄く負担を求める一般消費税制度への転換が求められた。また、低い税率で多くの税収を確保する税収ポテンシャルの大きさが、個別消費税制度から一般消費税制度へ移行する力の源であったといえる。 税制改革法は、消費税創設の趣旨を としている(税制改革法10)。 Ⅳ 消費税による公平性の確保 (1) 水平的公平 消費税は、原則としてすべての消費を課税の対象としており、すべての課税取引に一律の税率を適用する単一税率である。 納税義務者である事業者や税の負担を予定する消費者の個別の事情には関係なく、すべての財とサービスに課税することを基本としており、したがって、制度は簡素であり、税務行政側と納税義務者側との両面でコストが少ないと評価される。 また、商品の価格が同一であれば同一の負担額となるので、商品やサービスの価格に中立であり、消費に対する選択にバイアスを生じさせる要因とならない。 (2) 世代間の公平 消費税は、「世代間の公平に優れた税」であると評価されている。 社会保障・税一体改革において消費税率の引上げを税制面における改革の柱に据える理由は、 と説明されている(『明日の安心 社会保障と税の一体改革を考える』(内閣官房、平成24年)17頁)。 ただし、世代間の不公平を是正するためには、税制のみならず、公的年金制度をいかにデザインするかという点が重要であろう。少子高齢化の中で、社会保険料の負担は、若い世代ほど大きく、世代間の受益と負担の収支の差は歴然としている。若者を搾取している、とまで表現されるこの状況に物価スライド制が拍車をかけている。 消費税率の引上げによる物価上昇は物価スライドに反映され、年金受給者の消費税率引上げによる負担増は、他に比べて相当程度減殺される。現行の物価スライド制においては、消費税の税率を引き上げることによって世代間の不公平を是正することは難しい。 (3) 消費税の逆進性 消費税には逆進性の批判がある。これについて、消費税創設当時の答申は、 としている(「税制改革についての中間答申」(税制調査会、昭和63年4月))。 平成2年の東京地裁判決も、消費税の逆進性は憲法14条の平等原則に違反するという納税者の訴えに対し、所得の再分配等による実質的平等実現のための政策は、税制全体、ひいては、各種社会保障等をも含めた総合的な施策によって実現されるべきものであるとして(※4)、答申の考え方を首肯した。 (※4) 東京地判平2・3・26税資176-194。 また、所得税は垂直的公平の要請によく応えるが、暦年課税であるため、長期間安定的に所得を獲得する場合と、一時期に集中して所得を獲得する場合とでは、生涯の所得が同じであってもその税負担に差異が生じる。比例税にはこれを緩和する効果があると評価することもできる。 (4) 消費税の役割 消費税には、すべての消費に均一に課税するという性質によって暦年による累進課税を行う所得税の弱点を補い、税制全体の中で水平的公平、中立、簡素の要請に応えつつ多くの税収を確保するという機能を発揮することが期待される。 むしろ、累進的でないという特徴をもつ租税であるからこそ、その存在に意味があり、その役割を果たすことができると考えられる。 (了)
「結婚・子育て資金の一括贈与に係る 贈与税非課税特例」の活用ポイント 【第2回】 「贈与者が他界した場合の取扱い」 税理士法人ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 前回は結婚・子育て資金贈与特例の制度概要を説明したが、今回は、結婚・子育て資金贈与特例を適用した場合に、贈与者が他界した場合の取扱いにつき説明を行う。 1 結婚・子育て資金管理契約の終了の日までの間に贈与者が死亡した場合 信託等があった日から結婚・子育て資金管理契約の終了の日までの間に贈与者が死亡した場合には、当該死亡の日における非課税拠出額から結婚・子育て資金支出額を控除した残額については、受贈者が贈与者から相続又は遺贈により取得したものとみなして、当該贈与者の死亡に係る相続税の課税価格に加算する。 (1) 非課税拠出額から結婚・子育て資金拠出額を控除した残額(管理残額) 非課税拠出額から結婚・子育て資金拠出額を控除した残額(管理残額)は、贈与者から受贈者が相続・遺贈により取得したものとみなして、相続税が計算される。 「非課税拠出額」とは、結婚・子育て資金非課税申告書又は追加結婚・子育て 資金非課税申告書に「結婚・子育て資金の非課税」の特例の適用を受けるものとして記載された金額を合計した金額をいう(1,000万円が限度)。 「結婚・子育て資金支出額」とは、取扱金融機関(受贈者の直系尊属又は受贈者と結婚・子育て資金管理契約を締結した金融機関等)の営業所等において結婚・子育て資金の支払の事実が確認され、かつ、記録された金額をいう。 つまり、結婚・子育て資金管理契約の期間中に、贈与者が死亡した場合、未使用残高は、贈与者から相続・遺贈により受贈者が取得したものとして相続税が計算されることとなる。 この点、「教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税非課税特例」(措置法第70条の2の2)の場合、非課税拠出額の残高については相続税に加算しないため、規定が異なることから注意しなければならない(詳しくは【第4回】参照)。 (2) 相続税の2割加算 相続・遺贈により財産を取得した者が被相続人の一親等の血族及び配偶者以外の者である場合、その者に係る相続税額は、その2割を加算した金額とされる(相続税法18)。 結婚・子育て資金の受贈者が贈与者の孫である場合、結婚・子育て資金管理契約の終了の日までの間に贈与者が死亡したときは、管理残額を遺贈により、受贈者は取得したものとみなして相続税を計算する。 このように考えていくと、結婚・子育て資金の受贈者が贈与者の孫である場合、結婚・子育て資金管理契約の終了の日までの間に贈与者が死亡したときには、相続税の2割加算が適用されることとなるが、管理残額に対応する相続税額については、相続税額の2割加算は適用されないこととされている(措置法70の2の3⑩)。 (3) 相続開始前3年以内贈与財産の加算 相続・遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前3年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合、その者については、当該贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなして相続税を計算する(相続税法19)。 結婚・子育て資金管理契約の終了の日までの間に贈与者が死亡したときは、管理残額を相続・遺贈により、受贈者は取得したものとみなして相続税を計算する。 このように考えていくと、結婚・子育て資金の受贈者が相続開始前3年以内に贈与者から贈与を受けている場合、結婚・子育て資金管理契約の終了の日までの間に贈与者が死亡したときには、その贈与財産は相続税の対象に含められることとなる。 ただし、贈与者から相続・遺贈により管理残額以外の財産を取得しなかった受贈者については、相続開始前3年以内に被相続人から暦年贈与に係る贈与によって取得した財産の相続税の課税価格への加算の規定は適用されないこととされている(措置法70の2の3⑩)。 2 結婚・子育て資金管理契約の終了の日後に、贈与者が死亡した場合 ※下記〔追記〕を参照 結婚・子育て資金管理契約が終了した後に、贈与者が死亡した場合、租税特別措置法上、特段の規定はなく、原則通りの課税が行われると考えられる。つまり、贈与者が死亡した時点では、結婚・子育て資金管理契約は終了しており、当該契約に関連して贈与者から受贈者へ財産の移転は生じておらず、特段課税は生じないものと判断される。 なお、結婚・子育て資金管理契約終了時に、受贈者が50歳に達し、その結婚・子育て資金管理契約に係る非課税拠出額から結婚・子育て資金支出額を控除した残額があるときは、その残額については、受贈者が50歳に達した日の属する年の贈与税の課税価格に算入される(措置法70の2の3⑫)ため、受贈者が50歳に達した日から3年以内に、贈与者が他界した場合、贈与者の相続税計算上、相続前3年以内贈与財産の加算(相続税法19)の適用の可能性が考えられる(贈与者が受贈者の子のケース)。 措置法70の2の3第12項では「・・・贈与税の課税価格に算入する。」と規定され、「・・・受贈者が贈与者から贈与により取得したものとみなして、相続税法その他相続税に関する法令の規定を適用する。」とは規定されていない。 この規定を文理解釈すると、あくまで贈与税の対象となるが、贈与者から受贈者が贈与により取得したとみなすとまでは規定されていないため、相続前3年以内贈与財産の加算規定(相続税法19)の適用はないものと考える。 これは、相続税法19条は、「相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前3年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合」に適用されるが、措置法70の2の3第12項は「受贈者が贈与者から贈与により取得したものとみなして、相続税法その他相続税に関する法令の規定を適用する。」と規定しているのではなく、あくまで「贈与税の課税価格に算入する。」とのみ規定しているためである。 (了)
こんなときどうする? 復興特別所得税の実務Q&A 【第28回】 「非居住者に係る源泉所得税 及び復興特別所得税の納税証明書」 税理士・社会保険労務士 上前 剛 当社は、平成26年6月1日にニューヨーク在住のアメリカ人から運転資金として1,000万円を借り入れました。 このアメリカ人は、所得税法上の非居住者です。また、金銭消費貸借契約において、借入期間は1年、借入利率は2%、平成27年5月31日に元本と利子を一括で返済することになっていたので、平成27年5月31日に次の通りに返済しました。 上記③については、「租税条約に関する届出書」を税務署へ提出していないため、20.42%の税率にて源泉徴収し、平成27年6月5日に納付しました。 先日、アメリカ人より納税証明書を発行してほしいとの依頼がありました。 非居住者に係る源泉所得税及び復興特別所得税の納税証明書についてご教示ください。 非居住者又は外国法人は、居住地国の税務申告において外国税額控除の適用を受けるため、源泉所得税及び復興特別所得税の納税証明書の交付を受けることができる。 今回のケースにおいては、アメリカ人は会社経由で税務署へ次に掲げる書類を提出することにより、納税証明書の交付を受けることができる。 (了)
組織再編・資本等取引に関する最近の裁判例・裁決例について 【第28回】 「裁決例⑧」 公認会計士 佐藤 信祐 今回、紹介する事件は、合併法人の繰越欠損金を被合併法人の所得に対する法人税額に繰り戻して還付することができないとした事件である。なお、類似の事件として、昭和51年2月28日裁決がある。 組織再編税制が導入され、適格合併に該当し、かつ、繰越欠損金の引継制限が課されない場合には、被合併法人の繰越欠損金を合併法人に引き継ぐことができることとなったが、本事件のように、合併法人の繰越欠損金を被合併法人の所得を利用して繰戻還付を行うことは、現在の法人税法においても認められておらず、本事件を参考にすることができると考えられる。 13 平成12年6月21日裁決 (1) 事件の概要 審査請求人(以下、「請求人」という)は、平成10年10月21日に破産宣告を受けた株式会社E(以下、「本件破産法人」という)の破産管財人であるが、民生用品電気機器製造業を営む本件破産法人の平成9年10月1日から平成10年9月30日までの事業年度において欠損金額417,462千円を生じたので、法人税法第81条第4項の規定に基づいて、被合併法人である旧株式会社Eの平成9年3月1日から平成9年9月30日までの事業年度の所得金額に繰り戻し、法人税額71,095千円の還付請求をする旨を記載した欠損金の繰戻しによる還付請求書を平成11年1月4日に提出した。 F税務署長は、これに対し、G国税局の職員の調査に基づき、平成11年7月2日付で本件還付請求に理由がない旨の通知処分を行ったため、請求人はこれを不服として、異議申立、審査請求を行った。 (2) 原処分庁の主張 本件被合併法人と本件破産法人とはそれぞれ別の法人格を有するから、これらの法人を同一の法人とみなすことはできない。 法人税法第81条は、内国法人の青色申告書である確定申告書を提出する事業年度において生じた欠損金額がある場合には、その内国法人は、当該欠損金額に係る事業年度開始の日前1年以内に開始したいずれかの事業年度の所得に対する法人税の額のうち、所定の方法により計算した金額に相当する法人税の還付を請求することができる旨規定しているところ、この場合の「当該欠損金額に係る事業年度開始の日前1年以内に開始したいずれかの事業年度」とは、当該内国法人の事業年度をいうのであり、当該内国法人とは法人格が異なる被合併法人の合併前の事業年度まで含むものではなく、また、ほかに被合併法人の法人税に対する繰戻しを認める規定は存在しない。 法人税法第11条は、法人税法の規定の適用上、資産又は事業から生ずる収益がいずれの法人に帰属するものとするかについて定めた規定であり、これを根拠として同法第81条に規定する欠損金の繰戻しによる還付につき、合併存続法人に生じた欠損金額を被合併法人の法人税に繰り戻すことができるものと解釈することはできない。 (3) 請求人の主張 本件合併は、本件被合併法人が近い将来に株式上場を計画していたため、K証券株式会社の指導の下、株式額面価額を50,000円から500円に切り替えることを目的とする技術的なものであるから、本件合併法人を法律上の存続法人としたのは形式的なものであり、実質的には本件被合併法人が休業中の本件合併法人を吸収合併したと評価できる。その証拠として、本件合併法人は、平成9年2月1日にI有限会社に印刷事業等の全部を営業譲渡したため、本件破産法人に引き継いだ資産負債は全くなく、かつ本件合併後直ちに商号を本件被合併法人と同一商号に変更するとともに、本件被合併法人の本店所在地に本店を移転し、本件被合併法人の営業形態、営業内容、役員及び従業員もそのままにして何ら変更することなく、事業の継続を行ってきたのであるから、その事業経営状態は、本件被合併法人と本件破産法人とは全く同一であって、継続性が保たれている。 我が国の税法においては、収益の帰属主体の名義のいかんにかかわらず、一貫して実質課税の原則がとられていることは、法人税法第11条《実質所得者課税の原則》等の規定に照らし明らかであるから、当該実質課税の原則における実質主義は、課税の場合のみならず、欠損金の繰戻しによる還付請求の場合でも適用されるべきことは税務行政の平等・公平の観点及びその恣意的運用の排斥の観点からしても至極当然である。そうすると、本件合併は、本件被合併法人と本件破産法人との間に実質的な同一性が完全に維持されていることが明白であるから、本件還付請求は、当然許されるべきであり、単に、本件被合併法人と本件破産法人が別法人であること及び本件合併法人を形式的に存続法人としたことをもって、一律に本件還付請求を認めないことは上記実質課税の原則にも反することになるから、本件通知処分は、失当というべきである。 法人税法第81条は、法人が各事業年度ごとに算定した所得金額を基礎として法人税を課税することになっている関係上、各事業年度を通算して所得金額を算定する場合と比して、法人税の負担が過重になる場合が生ずることから、欠損金を生じた法人を救済するための規定と解されるところ、本件合併は、本件被合併法人の株式額面価額の切替えを唯一の目的としたものであり、形式的に合併という行為が介在しているものの、本件被合併法人と本件破産法人との間に実質的、同一性が完全に維持されている場合には、同一法人格が継続事業を行っている場合と何ら異なるところはないのであるから、本件還付請求においても同条を適用して税負担の公平を図ることが、同条の趣旨に合致するものである。 (4) 国税不服審判所の判断 商法第103条《合併の効果》は、吸収合併の場合、合併存続法人が被合併法人の権利義務を承継する旨規定しているところ、この合併により合併存続法人が承継する権利義務は、被合併法人の私法上の実質的な積極的、消極的財産であって、計算上の数額である資本や各種準備金、あるいは単なる経理計算関係などはこれに該当するものではなく、また、被合併法人の公法上の権利義務が合併存続法人に承継されるかどうかは、当該公法上の権利義務の性質によって個別に検討されるべきものである。そして、法人税法第81条第1項の規定は、法人税は各事業年度ごとに所得金額を算定し、これによって課税する原則の例外として青色申告法人に限り欠損金の繰戻しの制度を認めているものであるが、前記のとおり計算関係にすぎない合併存続法人の欠損金が合併の効果として合併前の被合併法人に当然に及ぶと解することはできず、その繰戻しが認められるためには法人税法上、別段の根拠が必要であると解される。 請求人は、本件合併の目的及び本件破産法人と本件被合併法人の経営実態等からみて、実質的には両者は同一の会社であり、かかる同一性がある以上、実質課税の原則からして、当然に本件還付請求は認められるべき旨主張する。しかしながら、請求人主張の事実をもってしても、そのことから直ちに上記両者の法人格が同一であるということはできず、また、法人税法第11条に規定する実質課税の原則は、収益の法律上の帰属主体が単なる名義人である場合について定めたものであるから、この規定によって法人税法第81条の適用の前提として要求される会社の法人格の同一性が、実質的な同一性で足りることになるものでもない。 (5) 評釈 平成13年度税制改正が導入され、適格合併に該当し、かつ、繰越欠損金の引継制限が課されない場合には、被合併法人の繰越欠損金を合併法人に引き継ぐことができることとなった。そのため、適格合併に該当した場合には、合併法人の繰越欠損金を被合併法人の所得に対する法人税額に繰り戻して還付することができそうではあるが、平成13年度税制改正において、その点については改正がなされなかった。 立法論としては、そのような規定を入れることはひとつの考え方ではあるが、少なくとも解釈論としては、条文上、そのような規定がないことから、合併法人の繰越欠損金を被合併法人の所得に対する法人税額に繰り戻して還付することは、たとえ適格合併であったとしても認められない。本裁決にあるように、「計算関係にすぎない合併存続法人の欠損金が合併の効果として合併前の被合併法人に当然に及ぶと解する」ことは、条文に規定が存在しない限り、できないからである。 組織再編税制導入後であっても、合併法人の繰越欠損金を被合併法人の所得に対する法人税額に繰り戻して還付することができない理由を理解するうえで、重要な裁決であると考えられる。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【62】 〔第7章〕判例の探し方 (その9) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 (28) 『大審院民事判例集』 大正11年以降昭和21年までの大審院民事事件の裁判のうち、大審院判例審査会によって選ばれた重要な裁判例を掲載している。 原審(第一審、二審)の判決は、事実及び理由などが掲載されることもあるが、『最高裁判所判例集』(【55】参照)と異なり、必ずしも掲載しているわけではない。法条索引、事項索引、事件番号索引、年月日索引が付属している。 CiNiiによれば、図書版の最高裁判所が編纂し法曹会により刊行された大審院蔵版が、第1巻から第13巻までのものについて35大学、第14巻以降25巻までのものについて31大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院民事判例集(法曹会(大審院蔵版)・図書、第1~13巻) 大審院民事判例集(法曹会(大審院蔵版)・図書、第14~25巻) またCiNiiによれば、同じく図書版の法曹会により刊行されたものが、19大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院民事判例集(法曹会・図書) またCiNiiによれば、雑誌版として法曹会により刊行されたものが135大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院民事判例集(法曹会・雑誌) またCiNiiによれば、雑誌版として、法曹会により復刻版として刊行されたものが17大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院民事判例集(法曹会(復刻版)・雑誌) また国立国会図書館では、マイクロフィッシュによる保存となっており、館外からは閲覧できないようになっているが、第1巻のみデジタル資料化され、自宅からも閲覧可能となっている(下記リンク参照)。 大審院民事判例集(国会図書館) 法務省図書館や裁判所図書館には、ほとんどすべて所蔵されているようである。 法務省図書館の「書名、著者名、出版者名等を入力して検索」欄に「大審院民事判例集」と入力して検索。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「大審院民事判例集」と入力して検索。 (29) 『大審院刑事判例集』 大正11年以降昭和22年までの大審院刑事事件の裁判のうち、大審院判例審査会によって選ばれた重要な裁判例を掲載している。 原審(第一審、二審)の判決は、事実および理由などが掲載されることもあるが、『最高裁判所判例集』と異なり、必ずしも掲載しているわけではない。法条索引、事項索引、事件番号索引、年月日索引が付属している。 CiNiiによれば、図書版の最高裁判所が編纂し法曹会により刊行された大審院蔵版が、第1巻から第12巻までのものについて32大学、13巻以降26巻までのものについて27大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院刑事判例集(法曹会(大審院蔵版)・図書、第1~12巻) 大審院刑事判例集(法曹会(大審院蔵版)・図書、第13~26巻) またCiNiiによれば、同じく図書版の法曹会により刊行されたものが、15大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院刑事判例集(法曹会・図書) またCiNiiによれば、雑誌版として法曹会により刊行されたものが137大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院刑事判例集(法曹会・雑誌) またCiNiiによれば、雑誌版として、法曹会により複製版として刊行されたものが21大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 大審院刑事判例集(法曹会(復刻版)・雑誌) また国立国会図書館では、マイクロフィッシュによる保存となっており、館外からは閲覧できないようになっているが、第1巻及び第5-22巻のみデジタル資料化され、自宅からも閲覧可能となっている(下記リンク参照)。 大審院刑事判例集(国会図書館) 法務省図書館や裁判所図書館には、ほとんどすべて所蔵されているようである。 法務省図書館の「書名、著者名、出版者名等を入力して検索」欄に「大審院刑事判例集」と入力して検索。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「大審院刑事判例集」と入力して検索。 (30) 『行政裁判所判決録』 明治23年以降昭和22年5月までは、大日本帝国憲法61条に根拠を置く特別裁判所の1つとして、一審制の裁判所である行政事件の専門裁判所として行政裁判所が設置されていた。その行政裁判所の裁判のうち、明治23年10月から昭和22年5月までの行政裁判所の裁判のすべてを裁判年月日順に収録したものである。 なお、行政裁判所廃止後のそれを引き継いだ東京高等裁判所による行政訴訟に関する裁判の昭和27年1月までの分の審理・判決したもの57件のうち、棄却を除いた21件が付録として掲載されている。 CiNiiによれば、図書版の「行政裁判所判決録」復刻編集刊行調査会により編纂され文生書院により刊行された行政裁判所蔵版が、第1巻から第15巻までのものについて19大学、第16巻以降30巻までのものについて18大学、第31巻から第43巻までのものについて18大学、第44巻以降53巻までのものについて17大学、第54巻から第65巻までのものについて18大学、第66巻以降79巻までのものについて15大学、第80巻以降87巻までのもの(プラス別巻)について22大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。なおこれは、本来の号数とは異なる形で番号が振られている。元々は「巻」ではなく「輯」であり58輯が最終号となる。 行政裁判所判決録(文生書院(行政裁判所蔵版)・図書、第1~15巻) 行政裁判所判決録(文生書院(行政裁判所蔵版)・図書、第16~30巻) 行政裁判所判決録(文生書院(行政裁判所蔵版)・図書、第31~43巻) 行政裁判所判決録(文生書院(行政裁判所蔵版)・図書、第44~53巻) 行政裁判所判決録(文生書院(行政裁判所蔵版)・図書、第54~65巻) 行政裁判所判決録(文生書院(行政裁判所蔵版)・図書、第66~79巻) 行政裁判所判決録(文生書院(行政裁判所蔵版)・図書、第80~87巻及び別館) またCiNiiによれば、図書版の最高裁判所事務総局により編纂された最高裁判所蔵版が(ただしいずれにも38輯以前の分の所蔵はなく、39輯~58輯)、7大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 行政裁判所判決録(最高裁判所蔵版・図書) またCiNiiによれば、雑誌版として東京法学院(中央大学)により編纂され文生書院により刊行されたものが21大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。なおこれでは明治23年から明治35年分が1巻~57巻、明治36年から昭和22年が14輯1巻~58輯になっている。 行政裁判所判決録(文生書院・雑誌) またCiNiiによれば、雑誌版として、編纂、刊行ともに東京法学院(中央大学)によるものが39大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 行政裁判所判決録(東京法学院・雑誌) また国立国会図書館では、マイクロフィッシュ等による保存となっており、館外からは閲覧できないようになっているが、第49-50輯のみデジタル資料化され、自宅からも閲覧可能となっている。 行政裁判所判決録(国会図書館) 法務省図書館や裁判所図書館には、ほとんどすべて所蔵されているようである。 法務省図書館の「書名、著者名、出版者名等を入力して検索」欄に「行政裁判所判決録」と入力して検索。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「行政裁判所判決録」と入力して検索。 また『行政裁判所判決録. 訴名・事件総目録』があり、目録の復刻版は明治期篇・大正期篇・昭和期篇の3冊に分類されている。 CiNiiによれば、3大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 行政裁判所判決録. 訴名・事件総目録 また法務省図書館にも、所蔵されている。 法務省図書館の「書名、著者名、出版者名等を入力して検索」欄に「行政裁判所判決録 訴名・事件総目録」と入力して検索。 (続く)
〈検証〉IFRS適用レポート ~IFRS導入企業65社の回答から何が読み解けるか?~ 【第5回】 (最終回) 「IFRS導入プロジェクトの進め方について」 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 CFO サービスユニット シニアコンサルタント 松尾 俊一 今回、本年の4月15日に金融庁から公開された『IFRS適用レポート』の内容を踏まえ、全5回にわたってIFRSを任意適用する際に特にポイントとなると想定される内容について解説を行った。 前回までは、IFRS自体もしくはIFRS導入と関連が深い個別論点について、その内容と押さえるべきポイントを紹介してきた。 最終回である今回は、IFRS導入プロジェクトを成功裏に進めていく際の留意点について述べていく。 なお、当該記事は執筆者の私見であり、執筆者が所属する組織の公式見解ではない旨、ご了承いただきたい。 1 IFRS導入に対する取組みタイプの分類 IFRS適用レポートの47~50ページに記載がある通り、IFRS導入の影響は経理・財務だけでなく、社内及びグループ全体に及ぶ。よって、多くのIFRS導入プロジェクトにおいては、初期の段階は経理・財務部の方々が中心になるが、本格的な導入の段階に移行するにつれて、事業系の各部門(販売・購買等)、情報システム部門、さらに会社の枠を超えて国内及び海外子会社を巻き込んだものとなるのが一般的である。 このことは基本的にはどのような企業にも当てはまる内容ではあるが、これまでのIFRS導入の取組み状況に応じて別途留意しなければならない事項が存在する。 【図表1 IFRS導入に対する取組みのタイプ分類】 【出所】『成功する!IFRS導入プロジェクト』163ページ(清文社 著者:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社) 2 留意すべきは途中復帰型 IFRS導入に対する取組みタイプは【図表1】のように3つに分類されると想定される。この中で特に留意しなければならないのが、「途中復帰型」に該当する企業である。 当該企業の多くは、2011年の当時の自見金融担当大臣によるIFRS適用に関する発言を踏まえ、IFRS導入プロジェクトを中断もしくは規模を大幅に縮小した企業が該当すると推察される。 IFRS導入経験という意味では「新規導入型」よりもアドバンテージがあり、短期での導入が可能かと考えがちである。ところが、IFRSの基準そのものの改定、基幹システムの刷新、M&Aを通じたグループ会社の増加、グループ全体の事業ポートフォリオの変化等の社内外の環境変化により、拠り所としていた経験と検討結果が思ったように活用できない状況も想定される。 結果として、「新規導入型」と同じ、もしくはそれ以上に時間とコストがかかってしまう恐れがある。 3 プロジェクト再開にあたり押さえるべきポイント それでは、IFRS導入プロジェクトを再開するにあたってどのような点に留意・対応する必要があるのか、想定される事項をいくつか挙げて説明する。 ① IFRS導入の目的 一般的には、プロジェクトの目的の明確化はプロジェクトスコープやアプローチ等を明確にする意味で重要であるが、「途中復帰型」はこれに加えて別の意味でも重要である。 「先行着手/導入済型」と「途中復帰型」の決定的な違いは、確固たるIFRS導入の目的の有無にあると想定される。もちろん中止の理由は各社の事情によって様々であるが、「途中復帰型」はIFRS導入の目的(期待効果)が明確でなく、少なからず同業他社や世論の動きに合わせたものになっていた面があったのではないかと想定される。 その場合、以前と同様の目的設定でIFRS導入を再開しても、外的要件の変化によって再び中止され、それまで検討にかけた時間とコストが無駄に終わってしまう可能性がある。 前回と同じ轍を踏まないためにも、原点であるIFRS導入の目的から遡った検討が必要である。 ② IFRSを取り巻くトレンドのキャッチアップ 目的を再確認した上で、IFRS導入にあたって検討すべき事項を洗い出すために、自社の状況とIFRS関連の最新トレンドを整理する。 「先行着手/導入済型」がIFRSを本格導入していた時期と比べ、会計基準(IFRS・日本基準・米国基準)はもちろんのこと、情報システムもIFRS導入に関しては大きく様変わりしている。 会計基準に関しては基準そのものが大きく変わっている可能性があるため、再確認することが必要であるが、IFRSの解釈や対応方法については、他社との情報交換や、外部専門家からの情報提供に加え、経団連等で公開している先行導入企業の対応事例を活用することが可能な状態になっている。 このため、ゼロベースで検討するのではなく、上記外部情報を有効活用していくことが求められる。 情報システムに関しては、昨今のパッケージシステムでは、標準機能としてのIFRS対応範囲も拡大しており、アドオン開発ではなく標準機能で対応できる範囲が格段に広がっている。よって、システムベンダーからトレンド情報を収集して、再度、情報システム対応方法を検討することも重要である。 4 プロジェクト推進体制 どのようなプロジェクトでも、軌道に乗るまでの間、進捗管理方法・メンバー間の情報共有方法等の各種問題が発生する可能性が高いと推察される。 「途中復帰型」のアドバンテージとしては、IFRS導入プロジェクトを経験しているメンバーが社内に存在しているという点にあるが、既にプロジェクトから離れたメンバーを再招集するのはとても困難であると予想される。 対応策の1つとして、以前のコアメンバーのみを再招集し、不足部分を外部アドバイザーでカバーするという方法が想定される。 IFRS適用レポートの48~49ページに外部アドバイザーの利用状況に関する記載では、会計分野又はシステム分野といった個別論点に対するアドバイスを目的としたものが多く記載されている中、プロジェクト管理に対するアドバイスも仰いでいることが分かる。 検討事項はもちろんのこと、関係者が広がる中で、いかに効率的にプロジェクトを進めていくのかというところに難しさがあるものと推察される。 【図表2 外部アドバイザーの利用状況】 【出所】金融庁『IFRS適用レポート』48~49ページ 一方で長期的な観点から、外部アドバイザーを利用しつつも、次世代を担う若手主力メンバーを参画させるといった前向きな対応方法も一考である。実プロジェクトを通じてIFRS等の専門知識のみならず、プロジェクト推進のノウハウを習得させることで、人材面における今後の布石になるはずである。 5 IFRS導入に係る環境変化への対応 このように、IFRS導入経験のある「途中復帰型」の企業においては、以前検討したときの知見があると楽観視してしまうところに大きな落とし穴がある。 自社内外の環境は時々刻々と変化しているため、「先行着手/導入済型」よりも関係する情報源が無数にあることから、環境変化への対応を万全にすることで、より効率的なIFRS導入が可能であると想定される。 【図表3 IFRS導入に関わる環境の変化】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 【出所】『成功する!IFRS導入プロジェクト』167ページ(清文社 著者:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社) (連載了)
金融商品会計を学ぶ 【第6回】 「金融資産の消滅時に何らかの権利・義務が存在する場合」 公認会計士 阿部 光成 前回述べたように、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号。以下「金融商品会計基準」という)及び「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号。以下「金融商品実務指針」という)において、支配の移転に関する基本的な考え方は、財務構成要素アプローチである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 金融資産の消滅時に何らかの権利・義務が存在する場合 1 金融資産の一部が消滅の認識要件を充たすケース 例えば、譲渡人が自己の所有する金融資産を譲渡した後も回収サービス業務を引き受けるなどの取引が行われることがある。 このような取引については、財務構成要素アプローチにより、金融資産を財務構成要素に分解して会計処理することになる。 金融資産の一部が消滅の認識要件を充たすケースでは、次のように会計処理を行うことになる(金融商品会計基準12項~13項)。 2 金融資産の消滅時に何らかの権利・義務が存在するケース 金融資産が消滅した時に、譲渡人に何らかの権利・義務が存在する場合がある。これは、次のように整理される(金融商品実務指針36項)。 金融資産の消滅時に譲渡人に何らかの権利・義務が存在する場合の譲渡損益は、次のように計算した譲渡金額から譲渡原価を差し引いたものである(金融商品実務指針37項)。 譲渡金融資産の帳簿価額のうち按分計算により残存部分に配分した金額を当該残存部分の計上価額とし、新たに発生した資産及び負債は譲渡時の時価により計上する。 「残存部分」と「新たな資産・負債」の時価を合理的に測定できない場合には、次のように計算する(金融商品実務指針38項)。 Ⅱ 割引手形及び裏書譲渡手形 金融資産の消滅の認識に関して、受取手形の割引及び裏書については、次のように会計処理することが規定されている(金融商品実務指針34項)。 手形に対する支配は割引時に移転したものと考えられている(金融商品実務指針252項)。 Ⅲ クロス取引 金融商品実務指針42項は、金融資産を売却した直後に同一の金融資産を購入した場合又は金融資産を購入した直後に同一の金融資産を売却した場合で、譲渡人が譲受人から譲渡した金融資産を再購入又は回収する同時の契約があるときは、金融商品会計基準9項(3)「譲渡人が譲渡した金融資産を当該金融資産の満期日前に買戻す権利及び義務を実質的に有していないこと」の金融資産の消滅の認識要件を満たさないので、たとえ時価で取引されたとしても売買として処理しないものと規定している。 契約の存在は法形式ではなく、書面によるもの、口頭によるもの、売り買いの注文を同時に行うものなど実質によって判断すべきものと解されていること、金融資産を売却した直後については、5営業日までは直後と考えられていることなどが規定されている(金融商品会計に関するQ&A、Q12)。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第84回】 繰延資産② 「社債発行費・開発費」 仰星監査法人 公認会計士 薄鍋 大輔 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) ① X1年10月(社債発行費支出時) (*1) 繰延資産として計上 ② X2年1月(開発費支出時) (*2) 繰延資産として計上 ② X2年3月31日(決算時) (*3) 1,500×6ヶ月/36ヶ月=250 (*4) 250,000×3ヶ月/60ヶ月=12,500 ③ X3年3月31日(決算時) (*5) 1,500×12ヶ月/36ヶ月=500 (*6) 250,000×12ヶ月/60ヶ月=50,000 以後、同様の会計処理を行う。 〈会計処理の解説〉 繰延資産全般に関する解説は、前回をご参照ください。 (1) 社債発行費等 「社債発行費」とは、社債募集のための広告費、金融機関の取扱手数料、証券会社の取扱手数料、目論見書・社債券等の印刷費、社債の登記の登録免許税その他社債発行のため直接支出した費用をいいます。 社債発行費等の会計処理は次の通りです。 (*1) 資金調達などの財務活動(組織再編の対価として新株予約権を交付する場合を含む)に係るものに限ります。 (*2) 新株予約権が社債に付されている場合で、当該新株予約権付社債を一括法により処理するときは、当該新株予約権付社債の発行に係る費用は、社債発行費として処理します。 (2) 開発費 開発費とは、新技術又は新経営組織の採用、資源の開発、市場の開拓等のために支出した費用、生産能率の向上又は生産計画の変更等により、設備の大規模な配置替えを行った場合等の費用をいいます。ただし、経常費の性格をもつものは開発費には含まれません。 (*) 支出の原因となった新技術や資源の利用可能期間が限られている場合には、その期間内(ただし、最長で5年以内)に償却しなければならない点に留意する必要があります。 * * * 次回は、創立費・開業費について解説します。 (了)
確定拠出年金制度の改正をめぐる今後の展望」 【第4回】 「今回改正案に盛られたこと①」 特定非営利活動法人確定拠出年金総合研究所(NPO DC総研) 理事長 秦 穣治 今回からは図表を交えながら、今回改正に盛り込まれた内容を説明していく。また、それぞれの課題についても簡単に触れる。 1 中小企業対象「簡易型DC制度」創設 総論としては悪くない内容と思われる。なぜなら、100人以下の小企業の場合、DC制度の新規導入に関し、 というのが実情であり、本来であればできる限り幅広く加入者を増加させるべきDC制度において、一種のブラックホールとなっているからである。 ただ、そうは言っても、掛金上限5,000円の案件を運管が獲りにいくかというと疑問で、むしろ既存の総合型DCの1つとして「簡易型DC制度」を位置づける案も浮上している。いずれにしても、商品数を3個に限定する意味は少ないと考えている運管は多く、今後どのように小企業DC取引を拡販するかは、依然として大きな課題であろう。 2 個人型DCへの「小規模事業主掛金納付制度」の創設 この仕組みは、米国では、まさにマッチング拠出であるが、日本の場合には、企業拠出が軸になっているから、“逆マッチング拠出”となる。当然のことながら、この仕組みは今は存在しないので、運菅が実施するとなれば新規システム開発が必要となる。運菅からヒアリングするところによると、システム開発的には困難さもコストもそう大きい問題ではなさそうだが、運管が恐れるのはむしろ、事務上の煩雑さである。 マッチング拠出データ(個々人別にいくらか)が毎月、定時までにきちんと揃うか、資金付替え日に事業主からきちんと資金が運管に入金されるか、などの管理が極めて煩雑になるのではないかという懸念である。加えて、拠出限度額が小さくて、金融機関にとっては採算を取り難い。 ただ、米国でもDC制度(401K)はスタート当初は企業拠出が軸であったものが、10年ほどしてから個人型DCが軸となり、企業がマッチング拠出する現行の仕組みに変更になったという歴史がある。日本でも同様の道を歩むことになるのか注目されるところであるが、現在のところ、そこまでの意見はごく少数派である。 もっとも、現在、記録関連機関(RK)の個人型口座開設可能数は4社合計でも大きく1,000万を下回っており、仮に、働いている人全員にDC個人型を保有させることを考えれば、システムの根本を変えるほどの大開発が必要になりそうである。 3 拠出限度額の年単位化 拠出限度額の使い残しを有効に利用できるようにする、万が一、拠出額を間違えて単月の限度額をオーバーしてしまった場合でも翌月に修正がきく、など本改正のメリットは間違いなくあると考えられる。 ただ、これまた実施上の問題点も多い。例えば、 事業主にとって、ボーナス月だけ加入者の言いなりの金額を拠出するような仕組みが事務の煩雑さから実際にワークするのか? 離転職がある場合で、例えば6月に辞める場合でも、6月の資金を使って1年分の拠出を認めてよいのか? など、システム対応だけでは困難であり、何らかの法的な縛りが必要になると思われる。今後の検討課題の1つである。 4 個人型DCの加入対象拡大と新個人型DC拠出限度額 本改正は今回の改正全体の中でも最大の目玉であり、基本的に専業主婦及び働いている人は誰でも個人型DCを持つことができるようになるという画期的なものである。ただし、残念ながら拠出限度額の増額は一切認められておらず、今後の最大の課題となっている。 【個人型DCの加入対象拡大】 【個人型DCの拠出限度額】 (了)