《速報解説》 意見募集を経て「工事進行基準等の適用に関する監査上の取扱い」が公表 ~発生しうる不正事例とその対応を示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年4月30日付で(ホームページ掲載日は5月1日)、日本公認会計士協会は、「工事進行基準等の適用に関する監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第91号)を公表した。 これにより、平成27年2月13日付で意見募集されていた公開草案が確定することとなる。 工事契約については、「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)及び「工事契約に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第18号)が適用されている。 実務指針91号は、その適用に際して、一般的に会計上の見積りの不確実性の程度が大きく、会計上の見積りに関する重要な虚偽表示リスクが高くなることがあることや、後述する「原価の付替え」を用いて決算日における工事進捗度の調整を通じた工事収益の操作などの不正が行われる可能性があることについて述べている。 監査・保証実務委員会実務指針ではあるが、工事進行基準の適用に関する具体的な問題が述べられているので、事業会社においても参考になるものと思われる。 公開草案に寄せられたコメントとその対応については、「監査・保証実務委員会実務指針『工事進行基準等の適用に関する監査上の取扱い』(公開草案)に対するコメントの概要とその対応」(以下「コメント対応」という)が公表されている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 適用範囲 実務指針91号の適用範囲に関する留意点は次のとおりである。 2 重要な虚偽表示リスク 重要な虚偽表示リスクには、会計上の見積りの判断を誤ることによる誤謬だけでなく、意図的に工事原価総額の見積りを調整することや、発生した工事原価を意図的に異なる工事契約に係る認識の単位に計上すること(実務指針91号は「原価の付替え」と呼んでいる)による、決算日における工事進捗度の調整を通じた工事収益の操作などの不正によるものも含まれる(実務指針91号5項)。 3 リスク評価手続関係 工事進行基準に関する会計上の見積りの不確実性について、工事契約の変更が行われた場合でも、その変更金額が工事契約の変更の都度決まらないときがあることや、各工事契約に対する監視活動について、労務安全管理又は工程管理が重視される傾向があり、原価管理について監視活動が実施されていても工事進行基準の適用の妥当性という観点からは必ずしも十分に実施されていない可能性があることなどが述べられている(実務指針91号8項)。 このように重要な虚偽表示リスクが具体的に述べられているので、事業会社においても、参考になるものと思われる。 4 不正事例 次の不正事例が紹介されている(実務指針91号10項)。 コメント対応では、上記の①が想定される状況として、次のケースを例示している。 5 関連のない他の工事契約に係る認識の単位との間の工事原価の振替及び付替えの防止に関する業務プロセス 原価の付替えを含む工事原価の振替について理解する業務プロセスとして、次の事項が例示されている(実務指針91号44項)。 決算日における個々の工事契約の進捗状況や損益状況、全体としての業績等を考慮し、意図的に工事原価を振り替える可能性があり、原価の付替えは財務諸表に重要な虚偽表示を生じさせるリスクがあると述べている(実務指針91号44項)。 これらの記載についても、事業会社においては、参考になるものと思われる。 Ⅲ 適用時期等 平成27年4月1日以後開始する事業年度に係る監査及び同日以後開始する中間会計期間に係る中間監査から適用する。 実務指針91号の公表に伴い、平成27年4月30日をもって、「建設業における工事進行基準の適用に係る監査上の留意事項」(業種別委員会報告第27号)は廃止された(ただし、平成27年4月1日前に開始する事業年度に係る監査については、適用される)。 (了)
2015年4月30日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.117が 公開されました。 プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布中! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
「特定の事業用資産の買換え特例(9号買換え)」 平成27年度改正のポイント 【第1回】 「延長・見直し後の要件をおさえる」 税理士 内山 隆一 ▷はじめに 平成27年度税制改正により、租税特別措置法第37条第1項第九号《特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例》及び同法第65条の7条第1項第九号《特定の資産の買換えの場合の課税の特例》における長期所有の土地等から国内にある土地、建物、機械装置等への買換え(いわゆる「9号買換え」)について、下記の事項の見直しを行った上、適用期限を平成29年3月31日まで2年3月延長することとされた。 ◆ 改正内容 ◆ (1) 買換資産の範囲から、「機械装置」及び「コンテナ用の貨車」を除外 (2) 譲渡資産の所在地域と買換資産の所在地域に応じて圧縮率(課税の繰延割合)を下表のとおり引下げ 1 改正後の制度の概要(措置法65条の7①九) 法人(清算中の法人を除く)が、平成29年3月31日までに、下表に掲げる譲渡資産(棚卸資産を除く)を譲渡し、その譲渡日を含む事業年度において下表に掲げる買換資産を取得し、その取得日から1年以内に事業の用に供したとき又は供する見込みであるときは、その買換資産につき、圧縮限度額(注1)の範囲内で、一定の方法(注2)により経理したときに限り、その経理した金額相当額を、その事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入する。 (注) 買換資産である土地等は、次に掲げる土地等で面積が300㎡以上のものに限られる。 (1) 事務所、工場、作業場、研究所、営業所、店舗、倉庫、住宅その他これらに類する施設(福利厚生施設を除く。以下「特定施設」という)の敷地の用に供されている土地等(その特定施設に係る事業の遂行上必要な駐車場の用に供されるものを含む) (2) 駐車場の用に供される土地等(建物又は構築物の敷地の用に供されていないことについてやむを得ない事情があるものに限る) 2 圧縮限度額が「70%」又は「75%」となる地域(措置法65条の7⑭) 〈 ま と め 〉 - 参 考 - ① 首都圏既成市街地 ② 首都圏近郊整備地帯 〔追記:2015/6/23〕 上記(注1)(注2)について、市町村合併情報の漏れにより表記ミスがありました。お詫びの上、訂正させていただきます。 ③ 近畿圏既成都市区域 (了)
欠損金の繰越控除制度に関する 平成27年度税制改正事項 【第1回】 「控除限度額と繰越期間の見直し」 公認会計士・税理士 新名 貴則 平成27年度税制改正では、法人税率引下げに伴う代替財源確保のために、欠損金の繰越控除制度について見直しが行われている。本稿では、3月31日に公布された改正税法を踏まえ、改正内容とその影響について確認していく。 1 控除限度額の段階的引下げ 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除制度、青色申告書を提出しなかった事業年度の災害による損失金の繰越控除制度における控除限度額について、次のように段階的に引き下げられることとなった。 ただし、中小法人等については現行の控除限度額を据え置くこととし、引下げは行われていない。ここで、「中小法人等」とは次の法人のことをいう。 また、法人の規模に関係なく、平成29年4月1日以後に開始する事業年度において発生する欠損金については、繰越期間が「9年」から「10年」に延長された。 これを受けて、欠損金の繰越控除制度の適用に係る帳簿書類の保存期間も、9年から10年に延長されている(平成29年4月1日以後に開始する事業年度において生じた欠損金について適用)。 この結果、中小法人等については、平成27年度改正後も控除前所得の全額を控除できることは変わりなく、欠損金の繰越期間が9年から10年に延長されたのみである。 以上をまとめたものが以下の表である。 ◆平成27年度税制改正前後における欠損金の繰越控除制度 2 事例を用いた検証 平成27年度税制改正後の欠損金の繰越控除について、中小法人等に該当しない場合と該当する場合に分けて、事例によりその影響を検証する。 【事例①】 平成27年3月期決算において欠損金90,000,000円が発生した場合 (中小法人等に該当しない場合) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 中小法人等に該当しないため、平成29年3月期までの控除限度額は控除前所得の65%相当額となり、その後は50%相当額となる。平成27年3月期に発生した欠損金の繰越期間は9年間であるため、平成36年3月期までに控除できなかった欠損金42,000,000円は切り捨てられることになる。 【事例②】 平成27年3月期決算において欠損金90,000,000円が発生した場合 (中小法人等に該当する場合) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 中小法人等に該当するため、繰越期間を通して控除限度額は控除前所得の100%相当額となる。平成27年3月期に発生した欠損金の繰越期間は9年間であるため、平成36年3月期までに控除できなかった欠損金は切り捨てられることになるが、この事例では欠損金の全額を控除できたので切捨ては発生していない。 (了)
土地評価をめぐるグレーゾーン 《10大論点》 【第9回】 「通達によらない評価」 税理士法人チェスター 税理士 風岡 範哉 1 通達によらない評価が行われる2つの場面 第一は、納税者が通達による評価と実勢時価との間の乖離を利用して租税回避行為を行ったことにより相続税が免れられるような場合である。 例えば、路線価1億円の土地を8億円の借入金によって実勢時価8億円で購入する、相続時に財産を1億円として計上し債務8億円を控除する、その後相続人が当該土地を実勢時価9億円で売却して借入金を返済する。このように借入金によって土地を取得することで債務超過7億円(相続税評価額1億円-債務額8億円)の分だけ相続財産を減少させることができる。 このような租税回避に対応するため、評価通達6を根拠として、土地を取得価額8億円で評価する課税処分が行われている(それにより財産は8億円、債務8億円となる)。 第二は、通達が予定していない個別事情が存在し、画一的な評価基準によると適正に時価を表すことができない場合である。 相続税法における「時価」は、客観的な交換価値を意味することから、通達に従って評価した金額が「時価」の範囲内であれば適法であるが、これが他の証拠によって「時価」を超えていると判断された場合には違法となると解されている(名古屋地裁平成16年8月30日判決〔LEX/DB・28092607〕)。 2 通達によらない評価方法としてどのようなものがあるか (1) 売買実例価額は採用されるか [1] 売買実例価額が採用された事例 評価対象地又は近隣の土地が、相続開始日の近い時点で売買されることがある。 その売買価額は、時価として採用できるであろうか。 前述のように、納税者による租税回避防止のために、通達による評価に代えて取得価額(売買価額)により評価した事例として、東京地裁平成4年3月11日判決〔税資188・639〕、東京地裁平成4年7月29日判決〔税資194・375〕、東京地裁平成5年2月26日判決〔税資192・180〕がある。 また、マンションの評価について、水漏れや床の傷みなどの固有の事情が認められることから、相続開始日より6ヶ月後の売却価額を基に時点修正を行った金額が採用された事例として平成22年9月27日裁決〔TAINS・F0-3-249〕がある。 [2] 売買実例価額が採用されなかった事例 一方、納税者が、相続開始後の土地の売却価額を相続財産の評価に採用すべきとする主張が認められなかった事例がある。 例えば、相続開始1ヶ月後に売買が行われた事例において、当該売却価額は相続税を納付するために売却したことがうかがわれることから、客観的交換価値を示す価額とはいえないとされている(平成15年6月20日裁決〔TAINS・F0-3-131〕)。 また、別の事例においては、相続税評価額(149,834円/㎡)が、譲渡単価を基礎として公示価格の変動率に基づいた時価相当額(157,858円)を下回っていること(平成16年4月12日裁決〔裁事67・589〕)や、購入者が不動産業者に限定されていることから客観的交換価値として前提を欠くものであること(平成24年8月16日裁決〔裁事88・254〕)などから採用することはできないものとされている。 (2) 不動産鑑定評価は認められるか [1] 不動産鑑定評価書による評価が認められた事例 通達による評価と時価の逆転現象を立証する方法として、不動産鑑定士による鑑定評価があり、課税実務では平成4年頃より相当数の不動産鑑定評価書による申告が認められている。 相続税評価において鑑定評価を用いる理由は、鑑定評価は専門家たる不動産鑑定士の意見表明であり、個別性の強い不動産の適正な価格を、法の根拠の下で表明し得る唯一のものであるといえるからである。 例えば、不動産鑑定は、借地権者の多数存在する借地権付き分譲マンションの底地(東京地裁平成11年3月30日判決〔税資241・571〕)や道路から著しく離れた無道路地(平成22年5月19日裁決〔TAINS・F0-3-261〕)、著しく奥行長大な土地(鹿児島地裁平成18年6月7日判決〔TAINS・Z888-1216〕)などに用いられている。 また、土地価格の上昇が期待できない中では、収益性を重視した不動産価格の形成が行われていることなどから、取引事例との比較のみでは適切な価額の算定がされにくいとして、課税庁側不動産鑑定評価額(取引事例価格)と納税者側不動産鑑定評価額(収益還元価格)を単純平均して求めるのが相当とする事例(東京地裁平成15年2月26日判決〔税資253・9292〕)がある。 [2] 不動産鑑定評価書が採用されなかった事例 一方、不動産鑑定評価書による評価が認められないケースもある。 そこでは、不動産鑑定評価といえども、なお鑑定士の主観的な判断及び資料の選択過程が介在することを免れないのであって、それが公正妥当な不動産鑑定理論に従うとしても、鑑定人が異なれば、同一の宅地についても異なる評価額が出てくる可能性があるという見解がある(東京地裁平成11年8月10日判決〔税資244・291〕)。 その結果、判例は、納税者側不動産鑑定評価書を検討したうえで、鑑定人の採用した評価方式が合理的でないこと(例えば、取引事例や収益事例が適切でないこと、収益還元率に合理性がないこと、事情補正や時点修正、地域要因格差の補正が適切でないなど)により、路線価方式及び課税庁側不動産鑑定評価書の不合理さを立証できるものではないとするものがある。 不動産鑑定は、バブル崩壊のような地価下落局面においては有効であるが、近年の地価の下落がおさまりつつある状況においては、単に路線価評価が高いというだけでは認められにくいと考えられる。 (了)
こんなときどうする? 復興特別所得税の実務Q&A 【第25回】 「少人数私募債の利子から源泉徴収する 所得税及び復興特別所得税の処理」 税理士・社会保険労務士 上前 剛 当社は、社長が全株式を保有する同族会社です。平成27年4月1日に社長の親族のA氏に対して少人数私募債を発行し、3,000万円を調達しました。平成27年4月30日より毎月末に利子10万円を支払うことになっています。 少人数私募債の利子から源泉徴収する所得税及び復興特別所得税の処理についてご教示ください。 少人数私募債の利子は、利子所得である。利子所得は、利子に20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)の税率を乗じて所得税・復興特別所得税・住民税が源泉徴収されて納税が完結する源泉分離課税の対象である。 ただし、平成25年の税制改正により、平成28年1月1日以後に少人数私募債の利子で同族会社の役員等が支払いを受けるものは総合課税の対象とされたので注意が必要である。同族会社の役員等とは、次の①~⑥に掲げる者をいう。 今回のケースにおいては、A氏は社長の親族なので上記②に該当するため、平成27年12月31日以前の利子は20.315%の源泉分離課税、平成28年1月1日以後の利子は総合課税のため源泉徴収は不要である。 1 平成27年12月31日以前の利子の処理 2 平成28年1月1日以後の利子の処理 (了)
組織再編・資本等取引に関する最近の裁判例・裁決例について 【第25回】 「裁決例⑤」 公認会計士 佐藤 信祐 今回、紹介する事件は、飲食業を営む前賃借人からその各店舗を転借する際に支払った対価は営業権の対価ではなく、繰延資産の対価であるとした事件である。 本事件のように、営業権(現行法上の資産調整勘定)に大雑把に入れるのではなく、厳密に各資産に配分する必要があるという意味で、実務において参考になり得る事件であると考えられる。 なお、類似の事件として、昭和63年6月21日裁決(店舗を開設するに当たり、前の賃借人に支払った本件金員は、繰延資産たる「資産を賃借するために支出する費用」に該当するものであり、その償却期間は、店舗が設置されている建造物の耐用年数を基に見積もるべきであるとした事例)が存在する。 10 昭和55年3月31日裁決 (1) 事件の概要 審査請求人(以下、「請求人」という)は、特殊飲食物の製造販売を業とする会社であるが、店舗を賃借する際に、各店舗の前賃借人及び仲介人に対して、53,500千円の支払いを行った。そして、請求人は本件対価の額は、本件各店舗に係る営業権を取得するために支払ったものであるとし、本件対価の額を営業権の取得価額とするとともに、当該事業年度において営業権として償却額を計算し、5,349千円を損金の額に算入したところ、原処分庁は、本件対価の額は法人税法施行令第14条第1項第9号のロ(繰延資産の範囲)に規定する繰延資産に当ると認定し、29年から34年の間の償却期間により、償却限度額1,774千円を超える3,575千円について、損金の額に算入することを認めなかった。 これに対し、請求人は営業権であると主張して原処分の取消しを求めたが、国税不服審判所は、若干の計算ミスを認めたものの、結果的に償却超過額が3,579千円となり、原更正処分において加算した金額を上回っていることから、請求人の主張を認めなかった。 なお、請求人は、仮に賃借権譲受の対価であるとしても、①基本通達7-1-5に例示した出漁権等と共通する性格である、②借家権としての権利がないことから、店舗の見積耐用年数の10分の7ではなく、賃借期間で計算すべきであるという主張もしているが、本事件における主要な争点ではないことから、本稿においては解説を省略する。 (2) 原処分庁の主張 本件対価の額の支払先である本件各前賃借人の本件各店舗における業種目は、D町店及びI町店は喫茶、F町店は喫茶(1階)及びステーキ(2階)並びにG町店はラーメンであり、いずれも請求人の営む飲食店と同業種目であるが、請求人の営業店舗はすべて統一されたレイアウトにより経営されていること及び請求人の販売する主要商品である「特殊飲食物」は請求人が開発した独特の商品であるところから、本件各前賃借人が開発した顧客を承継する可能性は全くないから、請求人の主張する営業権を認識する余地はない。 (3) 請求人の主張 請求人は、本件各店舗の立地条件と、本件各前賃借人の開発した飲食店の顧客関係の承継の可能性を無形の営業上の財産的価値と評価し、これを営業権と認定したものである。 (4) 国税不服審判所の判断 D町店及びI町店の前賃借人は喫茶、F町店の前賃借人は喫茶及びステーキ並びにG町店の前賃借人はラーメンを事業種目としていたことが認められ、請求人が本件各店舗において事業を営むことを予定していた事業種目は、同人が開発した独得の食品である特殊飲食物等の販売であるところから、本件各前賃借人の客層と請求人が本件各店舗において営むことを予定していた特殊飲物販売との客層は、同一とはいえないから、本件各賃借人の有していた取引関係は、請求人にとって超過収益力を獲得できる無形の財産価値を有しているものとは認めることができない。 (5) 評釈 本事件においては、前賃借人の有していた客層と請求人が予定している客層が同一のものとはいえないという事実関係から営業権とは認められず、繰延資産であるという認定を行っている。 結論としては問題がないものの、論理構成としては、識別可能な資産である賃借権たる繰延資産に配分した残余としての営業権を認定するというのが本来の形であることから、類似の事案であれば、賃借権の対価であるという認定を直接的に行うべきであり、少なくとも、現在の法人税法の体系であれば、本事件のような、消去法のような認定は望ましくないと考えられる。 すなわち、ラーメン店を営む事業を廃止し、新たにラーメン店を営む事業者に同様の譲渡取引が行われる可能性は十分に考えられるところ、客層が同一であるという理由により、営業権という認定を行うべきではない。実際には、店名や従業員を引き継ぐ居抜き譲渡というものも考えられ、そのような場合には営業権としての性格が含まれることは否定できない。また、国税不服審判所の判断でも触れられているように、営業権を超過収益力と捉えたうえで、「その企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在、並びにそれらの独占性等」が含まれるものと考えると、立地条件を含む超過収益力を営業権と考えることもできなくはないため、営業権に含めるべき金額が存在することは否定できない。 しかしながら、営業権(現在の資産調整勘定)への配分は、他の資産及び負債に配分できない場合の配分残余としての性格であり、他に明確に配分できる資産があるのであればそれを優先すべきであると考えられる。 無論、前述のように、ほとんどの金額が営業権(現在の資産調整勘定)に配分されてしまう事例も考えられなくもないが、そのような場合には、個別の事案ごとの合理性を判断していく必要があると考えられる。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【59】 〔第7章〕判例の探し方 (その6) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 前回に続き、ある特定の分野(事件)の裁判例だけをまとめた裁判集について紹介する。 (20) 『行政裁判月報』『行政事件裁判例集』 『行政裁判月報』は、最高裁判所及び各地の高等裁判所・地方裁判所から送付される行政事件(農地・選挙・工業所有権・地方自治・公務員・その他の一般行政関係)の裁判(判決・決定)の中から、最高裁判所事務総局行政局が重要なものを選択して編纂し、発行していた。昭和22年分掲載(発行は23年3月(収録事案は昭和22年分)の第1号から昭和25年10月(収録事案は昭和24年分)の24号まで発行されていた。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「行政裁判月報」と入力して検索。 裁判所図書館には、索引と合わせて、全号所蔵されている。 CiNiiによれば、現在64大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 行政裁判月報 『行政事件裁判例集』は、上記の『行政裁判月報』の内容が引き継がれ、(第1巻~第4巻は最高裁判所のものを含む)各地の高等裁判所・地方裁判所から送付される行政事件(農地・選挙・工業所有権・地方自治・公務員・その他の一般行政関係)の裁判(判決・決定)の中から、最高裁判所事務総局行政局が重要なものを選択して掲載していた。昭和25年1月の1巻1号から平成10年7月(収録事案は昭和9年分)の48巻11・12号まで発行されていた。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「行政事件裁判例集」と入力して検索。 裁判所図書館には、索引と合わせて、全号所蔵されている。 CiNiiによれば、公文書版として、現在29大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 行政事件裁判例集 また法曹会より出版された市販本版(雑誌)が現在161大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 行政事件裁判例集(法曹会) (21) 『訟務月報』 国が訴訟当事者となった裁判を中心として、民事・行政(租税事件を含む)事件の重要判例について、訟務重要判例集データベースとして、当初は法務省訟務局、次いで法務省大臣官房訟務企画課により編纂され、発行されている。裁判年月日順に、各裁判例の判示事項、主文、事実、理由のほか判例解説も掲載されている。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「訟務月報」と入力して検索。 裁判所図書館にも所蔵されているが、初期の頃のいくつかは、所蔵がない。 法務省の図書館である「法務図書館」には、全号所蔵されている。 CiNiiによれば、公文書版として、現在112大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 訟務月報 また民事法情報センター発行の市販本版(雑誌)が現在14大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 なおこの民事法情報センター発行の市販本版は、56巻4号(平成22年4月)で刊行中止となっている。 訟務月報(民事法情報センター) (22) 『税務訴訟資料』 国税庁が租税関係行政・民事事件裁判例のうち国税に関する裁判例の中で重要と思われるものを収録して発行したものである。 昭和25年発行の「税務行政事件訴訟判決集1(ただし収録事案は昭和23年と24年分)」が「税務訴訟資料第1号」であるが、昭和26年の「租税関係刑事事件判決集1」が「税務訴訟資料第6号」となるというように、「税務訴訟資料」という統一名称のものの中で「租税関係行政・民事事件判決集(初期は「税務行政事件訴訟判決集」)」と「租税関係刑事事件判決集」とがあり、号数としても2つ併記される。なおこの前者は国税庁の課税部審理室が編集し、後者は調査査察部査察課が編集していた。 さらに、税務訴訟資料の2~5号は「訴訟月報集録1~4」であったり、30号は「税租税関係行政・民事事件判決要旨集」、84号や98号は「税務調査等関係刑事事件判決集1」「税務調査等関係刑事事件判決集2」であったりと、上記の「租税関係行政・民事事件判決集」「租税関係刑事事件判決集」以外のものもいくつか存在する。 また「租税関係刑事事件判決集」については、平成10年分が収録されている「税務訴訟資料236号」の「租税関係刑事事件判決集91」を最後として、その後は税務訴訟資料とは切り離されて発行されている。すなわち平成12年に「租税関係刑事事件判決集92」が発行されているが、これは税務訴訟資料ではなくなっている。 したがって、平成10年以降は、税務訴訟資料としては「租税関係行政・民事事件判決集」のみとなっている。 なお、事案の通し番号として、「順号〇〇号」が付されている。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「税務訴訟資料」と入力して検索。 裁判所図書館には、初期のものに若干の欠号はあるが、平成20年までは、概ねそろっている。 法務省の法務図書館にも、初期のものに若干の欠号はあるが、平成20年までは概ねそろっている。法務図書館の検索結果のリストを見ると、税務訴訟資料の通巻号数と、「租税関係行政・民事事件判決集」「租税関係刑事事件判決集」等の号数について、詳細に示されている。 下記の法務図書館蔵書検索(簡易検索)頁の「フリーワード検索」欄に「税務訴訟資料」と入力して検索。 初期のものを所蔵しているところは少ないが、税務大学校の租税史料室にも所蔵があるので、ここにリンク先を示しておく。 税務訴訟資料の検索結果(国税庁) CiNiiによれば、この税務訴訟資料は、上記の「租税関係行政・民事事件判決集」「租税関係刑事事件判決集」等の内容ごとの区分で登録している図書館もあるため、「税務訴訟資料」の検索結果をもとに、その区分ごとで確認されたい。 「税務訴訟資料」の検索結果 なお初期のものは、裁判所図書館や法務図書館、税務大学校租税史料室にも欠号があるが、静岡大学には、税務訴訟資料1号~5号(上記「税務行政事件訴訟判決集1」「訴訟月報集録1~4」)が所蔵されている。 訴訟月報集録 税務行政事件訴訟判決集 また、現在は、税務訴訟資料258号(租税関係行政・民事事件判決集(課税関係判決)平成20年1月~平成20年12月)以降の分について(現在は1年分を1号としている)、国税庁ホームページにおいて公開している(ただし徴収関係判決は平成21年分以降)。 税務訴訟資料(国税庁) なお国税庁ホームページにおいては、課税関係判決と徴収関係判決は分けて公開しており、徴収関係判決においては、各年で順号を付している。例として、平成21年分を参照。 租税関係行政・民事事件判決集(徴収関係判決)平成21年1月~平成21年12月(国税庁) (続く)
『IFRS適用レポート』を受けて 「IFRSの適用と会計システムの影響」を再考する 公認会計士 坂尾 栄治 公認会計士 小田 恭彦 ▷「IFRS適用レポート」の公表を受けて 2014年6月24日に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014」において、「IFRSの任意適用企業がIFRS移行時の課題をどのように乗り越えたのか、また、移行によるメリットにどのようなものがあったのか、等について、実態調査・ヒアリングを行い、IFRSへの移行を検討している企業の参考とするため、『IFRS適用レポート(仮称)』として公表するなどの対応を進める。」とされたことを受けて、2015年4月15日に金融庁より「IFRS適用レポート」が公表されました。 当該レポートでは、IFRSの任意適用企業(適用予定企業を含む)69社へのアンケート(回答企業は65社)および28社に対してのヒアリングに基づくIFRSへの移行に際しての課題や対応へのメリットについてとりまとめられていますので、レポートの内容を受けて、以前に本誌上で連載した「IFRSの適用と会計システムの影響」の内容を再考してみようと思います。 ▷IFRSを適用するメリット ⇒レポートP4 「IFRSの適用と会計システムの影響」【第1回】では、「IFRSをめぐる現状」としてIFRSを適用するメリットについて大きくは以下の3つがあると考えられる旨記述しました。 「IFRS適用レポート」では、IFRSの任意適用を決定した理由又は移行前に想定していた主なメリットについて以下の項目から選択する形で解答を求めており、IFRSの任意適用を決定した理由又は移行前に想定していた主なメリットとして1位に順位付けした項目別の回答数は以下のようになります。 「IFRSの適用と会計システムの影響」で提示したメリットと比較すると、「1.経営管理への寄与」、「4.業績の適切な反映(のれんの非償却、有給休暇引当の計上等)」、「5.資金調達の円滑化」が一致します。「IFRS適用レポート」で上位を占める「2.比較可能性の向上」や「3.海外投資家への説明の容易さ」がないとの指摘もあるかもしれませんが、それぞれグローバルマネーの呼び込みの手段とも考えられるため項目のレベル感をあわせるとほぼ同じ項目がメリットとして認識されているといえるのではないでしょうか。 ただ、ここで注意すべきはIFRSの任意適用企業(適用予定企業を含む)の半数近くが、業種別の時価総額で上位5社に入っている会社であり、またグローバルで広くビジネスを展開している企業だということです。 IFRSの適用を検討するにあたり、上に挙げられたIFRSの任意適用を決定した理由又は移行前に想定していた主なメリットを鵜呑みにせず、自社の企業規模やグローバル化の段階、直面する課題を十分に勘案して検討する必要があります。 ▷システム対応 ⇒レポートP44 「IFRSの適用に際して導入又は更新を行ったシステムの内容」に関して29社からの回答が公表されており、以下のようになっています。 IFRSは連結財務諸表を対象としているので、連結システムの導入又は更新が多い一方、会計システムの導入又は更新と回答した企業はほとんどありません。「IFRSの適用と会計システムの影響」【第2回】「『複数元帳』への対応」で取り上げたIFRSと日本基準の両方の基準での個別財務諸表を会計システムに保持する方法は多くの企業で検討されると考えられてきましたが、アンケートの回答結果からはIFRS対応後のシステムは以下のようなパターンが多いと想像されます。 まず、日本基準とIFRSとの差異を集計するにあたり、システムによる集計や計算が不可避な差異についてサブシステムの改修を行っております。回答の中では、「固定資産システム」、「販売システム」、「購買システム」がそれに該当します。特に固定資産については、個々の固定資産の減価償却計算や評価などを手作業で集計するのは不可能に近いので多くの企業が改修を行ったことが回答から読み取れます。 次に、日本基準とIFRSとの差異は総勘定元帳システム(複数元帳)による管理は行わず、表計算ソフトなどを使用して集計したその他の差異とあわせてシステムの外で管理したうえで、連結システムにのみ反映させる方法を採用しているかと思われます。 複数元帳を採用しない理由については、さまざまな理由が考えられますが大きな理由のひとつに、日本基準とIFRSのコンバージェンスが進み、個別財務諸表レベルで帳簿をパラレルで保持しなければ収拾がつかないほどの差異はなくなり、システム外ないしは簡易なデータベースツール程度で差異を把握しておけば対応可能な状況になったということが挙げられるのではないかと思われます。 事例として筆者の関与先では、総勘定元帳システムから別のシステム(比較的安価な会計ソフト)にセグメント別の試算表を連携させたうえで、そこに差異の仕訳を投入してIFRSベースの試算表を作成し、それを連結システムにつなげるという方法を採用している企業もあります。 なお、回答コメントの中には といった回答もあり、IFRSベースの個別財務諸表の作成及び管理を現地法人に委ねる場合や、IFRS導入を機にIFRSベースの経営管理を推進する場合など、その必要性に応じて複数元帳を採用する企業もあることが読み取れます。 ▷移行コスト ⇒レポートP9 ここでいう移行コストは、IFRSに移行するに当たってのコスト(主としてシステムにかかるコスト)であり、IT業界でよく使われる旧システムから新システムへの過去データの移し替えのことではありません。 「IFRS適用レポート」では、IFRSへの移行に直接要した総コスト別の企業数(売上規模別)が公表されています。 IFRSへの移行に直接要した総コスト別の企業数(売上規模別) 「IFRS適用レポート」P9より 大きくは企業規模と移行コストに正の相関が見受けられますが、より注目すべきは、目的と移行コストの関連性です。この関連性はデータとして明示されていませんが、ヒアリングを通じて考察されています。 概してIFRS導入の目的・メリットで「1.経営管理への寄与」に重点が置かれている場合には移行コストが高く、「2.比較可能性の向上」や「3.海外投資家への説明の容易さ」等に重点が置かれている場合には移行コストが低く抑えられているようです。 「IFRSの適用と会計システムの影響」【第5回】「連結会計システムへの影響」では、連結会計システムのIFRSへの対応としてあまり大きな変更は必要ないと書きました。これはまさに「2.比較可能性の向上」や「3.海外投資家への説明の容易さ」等に重点が置かれている場合の対応にあたるもので、IFRS導入の目的をIFRSベースの財務諸表を作成するといった点を満たすことに限定すれば、移行コストは低く抑えることが可能と考えられます。 一方で、IFRSの任意適用を錦の御旗にして、この機会にあれもこれも実現したいと大掛かりな計画を立てる企業もあります。間接部門ではそれ相応の口実がないと大掛かりな投資ができないことが多く、その意味ではIFRSはそれなりに良い口実になります。前項で記したような複数元帳対応の会計システムを全子会社で統一して導入する等、グループ経営管理のレベルアップを図るために大掛かりな対応を行った企業では期間とコストがかかったものと考えられます。 * * * なお本文中、意見に関する部分は私見であることを申し添えます。 (了)
海外先進事例で学ぶ「統合報告」 ~「情報の結合性」と「簡潔性」を達成するために~ 【紹介事例①】 「ユニリーバ社」 (UNILEVER 「Annual Report and Accounts 2013」) 公認会計士 若松 弘之 1 はじめに 2013 年 12 月、国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council、以下「IIRC」という) は、統合報告のフレームワーク(The International Integrated Reporting Framework、以下「〈IR〉フレームワーク」という)を公表した。この〈IR〉フレームワークの公表を境に、日本における統合報告書の作成企業数は2012年に61社、2013年に96社へと増加し、2014年度には142社となった(ESGコミュニケーション・フォーラム 「国内統合レポート発行企業リスト 2014年版」より)。 【統合レポートを発行している国内企業数】 (出所:ESGコミュニケーション・フォーラム) 2 統合報告によってディスクロージャー情報は減ったのか? 統合報告はその名の通り、企業がこれまでに開示してきた様々な報告書を1つに統合し、ステークホルダーに対する情報提供を簡潔で分かりやすいものにすることを目指している。 2013年度の統合報告開示企業50社あまりを対象に、統合報告の作成により実際の開示情報量が減っているかを分析した結果、それを明確に達成できている企業は10社程度にとどまっているとの見方もある((株)日本政策投資銀行 設備投資研究所「経済経営研究Vol.35『統合報告の制度と実務』(No.1 2014年7月)」)。 日本での統合報告への取組みは始まったばかりであり過渡期でもあるため、実際にはCSR報告書、サステナビリティ(持続可能性)報告書、ガバナンス報告書などの任意報告書も残しつつ、新たに「統合報告書」を作成するケースや、これら既存の報告書を単に1つにまとめただけの「統合報告書」となっているケースなども多く、統合報告が目指している開示情報の「結合」や「簡素化」には必ずしも結びついていない実態がうかがえる。 3 統合報告に取り組むことになったら何から手をつけるか? 仮に、みなさんが企業の開示責任者であり、トップから「うちも統合報告にチャレンジしよう!」と言われた場合、何から手をつければいいのだろうか? もちろん、まずは、〈IR〉フレームワークやその関連情報、参考書などを勉強することになると思う。ところが、まず突き当たる壁が「抽象的な概念が多く、結局のところ自社の開示イメージが湧かない」ということではないだろうか。これは、〈IR〉フレームワークが、国際財務報告基準(IFRS)と同様に、原則主義的なアプローチを採っているためである。 具体的に言うと、〈IR〉フレームワークでは、統合報告にあたっての具体的な測定方法や課題、事例などを定めるものではなく、統合報告の基礎概念を示しながら、〈IR〉フレームワークに準拠した統合報告の要件である7つの「指導原則」や8つの「内容要素」を規定するにとどまっている(それゆえに約40ページに収まっている)。 (〈IR〉フレームワークの基礎については、拙稿「基礎から学ぶ統合報告 ―IIRC「国際統合報告フレームワーク」を中心に―」を参照)。 しかし、諦めるのはまだ早い。本連載では「統合報告に長く取り組んでいる海外先進事例をいろいろ分析しながら自社に置きかえることで、具体的なイメージをつかむ」ことを目指している。 実は、これはIIRCが統合報告を世界に普及させるための戦略でもある。昨年来日したIIRCのポール・ドラックマンCEOも、IIRCは細かいルール主義や規制によって、組織のユニークな価値創造ストーリーである統合報告を横並びで退屈なものにするのではなく、参加者の積極性や市場原理に任せながら、IIRCとしては先進事例やベスト・プラクティスを幅広く紹介していきたいという趣旨のコメントをしている。 したがって、今、海外先進事例から統合報告を学び始めることは、理にかなっていると言えるのではないだろうか。 4 IIRCが提供する「統合報告データベース」 上記のとおり、IIRCは自社のホームページにおいて、7つの「指導原則」および8つの「内容要素」を検索条件にして、様々な国や業種の統合報告書の最新事例の該当ページを容易に検索・閲覧できるようにしているため、ぜひ一度アクセスすることをお勧めする。 実際に検索してみよう。例えば、【消費財(Consumer goods)】企業における【2011年~2014年(Any Year)】のレポートを母集団として、【内容要素:ビジネスモデル(Content Elements:Business model)】の記載に関して、【指導原則:情報の結合性(Guiding Principles:Connectivity of information)】の観点で検索を実行すると、(株)ローソンを含む世界各国5件の先進事例が表示される(【〇〇】部分を条件選択してウェブ検索できる)。 本連載では3回にわたり、この統合報告データベースを利用して、特に統合報告を象徴している【情報の結合性】や【簡潔性】、そして持続的成長と密接につながる【戦略的焦点と将来志向】の3つの「指導原則」に関して、筆者が明瞭かつ秀逸と考えるいくつかの最新事例を「内容要素」別に紹介したい(下図参照)。 みなさんが「指導原則」および「内容要素」と照らし合わせながら具体的事例にふれることで、〈IR〉フレームワークの目指す統合報告の理想像をイメージしていただくとともに、今後、企業報告の主流を担うであろう統合報告を少しでも身近で有用なものとして理解していただけると幸いである。 なお、ここで取り上げる統合報告書とは、単に「統合報告書」という名称が付されたものだけでなく、法的な開示書類であるアニュアル・レポートにサステナビリティなどの非財務情報を組み込み統合的に開示しているものをはじめ、〈IR〉フレームワークの要素を取り入れて財務情報と非財務情報の統合を図っている企業の公式な開示報告書を広く含んでいることをあらかじめお断りしておく。 【〈IR〉フレームワーク「指導原則」および「内容要素」と本連載紹介事例の関連】 【紹介事例①】 「ユニリーバ社」(UNILEVER 「Annual Report and Accounts 2013」) ~内容要素「ビジネスモデル」の記載部分に関して、指導原則【戦略的焦点と将来志向】【情報の結合性】【簡潔性】の観点で事例紹介~ ユニリーバ社の2013年度アニュアル・レポートでは、このUSLP に沿った形で同社のサステナビリティに係る実績等を報告し、かつUSLPに基づく活動が社会的に有用なインパクトをもたらすと同時に、同社の持続的な利益成長を促し、企業価値の好循環を形成していることも報告している。 なお、IIRCの統合報告データベースは、同レポート22ページから25ページにおける内容要素【ビジネスモデル】に関する記載を、【戦略的焦点と将来志向】、【簡潔性】、【情報の結合性】の3つの指導原則に沿った最新事例として掲載している。 みなさんの理解を助けるため、該当ページに注釈を付したものが以下である。 (※クリックすると別ウィンドウでpdfが開きます) 1 ビジネスモデルに関する全体像 ユニリーバ社は、自社のビジネスモデルがどのように利益の増加やコストの削減、持続可能な技術革新をもたらすかを明らかにするため、長期にわたり持続可能な成長を可能にするUSLPに焦点をあてている。そして、USLPこそが、不確実性が高い世界の中でどのようにビジネスを行っていくべきかを最も統合的に示すものであり、他社との差別化につながるとしている(22ページの冒頭記載)。 USLPでは、「健康・衛生の改善」、「環境負荷の削減」、「経済発展」の3つの分野における2020年までの長期目標を掲げ、この長期目標を達成するために会社が遂行すべき7つのコミットメントを設定している。そして、各コミットメントの具体的内容と、2013年における達成状況を記載している【図A】。 これらの記載は、アニュアル・レポート22ページからの2ページ分の見開き1枚分のスペースに、定性的な記述と定量的指標の組合せを用いながら、視覚的に相互のつながりがわかるように色分けや図で工夫されている。【図A】の記載は明瞭かつ簡潔に1文から2文でまとめられ、必要に応じてそれぞれの項目についての詳細な説明が、その【図A】の周辺に記載されている。 2 具体的内容 同社はアニュアルレポートの冒頭で「環境負荷を減らし、社会に貢献しながら、ビジネスの規模を2倍に」するという企業理念を掲げている(下図)。 (UNILEVER「Annual Report and Accounts 2013」P1から抜粋) その企業理念を実現するための3つの長期目標の1つとして、2020年までに「製品の製造・使用から生じる環境負荷を半減」することを掲げている【図A①「REDUCING ENVIRONMENTAL IMPACT」】。 そして、この長期目標を達成するための3つの具体的コミットメントの1つである温室効果ガス対策として「製造工程から生じる温室効果ガスについては、製品の生産量が大幅に増えても、2020年までに工場からのCO2排出量を2008年と同等の水準またはそれ以下に削減する」ことを目指している【図A②「3.GREENHOUSE GASES」】。 さらに、この目標の2013年における達成状況として、「2008年度に対して(CO2排出量は)生産量1トンあたり32%削減されている。」と記載されている【図A③】。 これらの記載から、同社が企業理念のうちの「環境負荷を減らす」という部分でどのような目標を設定し活動を行っているのか、そして現在その目標をどの程度達成したのかが、この1枚の見開きページから容易に見て取れるのである。 また、この2013年度のCO2排出量の削減実績は、外部コンサルタントによる第三者保証を得た客観的な数値であることも特筆すべき点である。同社は、今後2020年までにサステナビリティの業績指標に対する保証を段階的に増やしていくとしており、より信頼性の高い非財務情報の提供を目指す真摯な取組みがうかがえる。 3 ビジネスモデルと持続的成長の結合 これらのUSLPとサステナビリティに係る実績等を記載した後、このようなUSLPに基づく企業活動が、同社の利益成長を促し、結果的に価値の好循環を支えていることが24ページ以降に記載されている。 同社がレポートを通して図解しているビジネスモデルである「価値の好循環」【図B】を形成する3つの要素(矢印)のそれぞれについて、「ブランドの成長」、「イノベーションの促進」、「コストやリスクの削減」といった観点で利益や成長をもたらしている具体的事例が、24ページ以降に関連づけて記載されている。 4 まとめ 今回紹介したユニリーバ社の先進事例を3つの「指導原則」に照らして整理してみる。 (1) 戦略的焦点と将来志向 ユニリーバ社が持続可能な成長戦略を実現する上で何に焦点を当てているのかが、その長期目標とともに記載されている点で、〈IR〉フレームワークの「指導原則」の【戦略的焦点と将来志向】を的確に実践している事例と言える。 (2) 情報の結合性 ユニリーバ社の長期目標がどのような具体的な戦術にブレークダウンされているか、それが現状どの程度達成されているか、そしてそのような目標達成の積み重ねである企業活動が具体的にどのように企業に価値をもたらしているのかを、図のレイアウトや色分けなどの工夫を通じて相互に関連づけて記載することにより、企業の長期にわたる価値創造能力に影響を及ぼす要因や、企業の現在と将来の行動の関連性を概観することができ、まさに「指導原則」の【情報の結合性】に沿った好事例と言える。 (3) 簡潔性 世界各国で様々な企業活動を行うグローバル企業の成長やサステナビリティに関する戦略とその実績のアウトラインがわずか4ページの図表と記述に集約されている点で、これまでの企業の報告ではなしえなかった「指導原則」の【簡潔性】に沿った報告事例と言える。 (了)