こんなときどうする? 復興特別所得税の実務Q&A 【第21回】 「復興特別所得税の確定申告」 税理士・社会保険労務士 上前 剛 私は、平成26年5月に飲食店を開業した個人事業主です。先日、税務署から「平成26年分の所得税及び復興特別所得税の確定申告書B」が送られてきましたが、復興特別所得税の記載箇所や計算方法などがよくわかりません。 復興特別所得税の確定申告についてご教示ください。 復興特別所得税は、所得税と併せて確定申告する。記載箇所や計算方法などは、以下の通りである。 1 復興特別所得税の記載箇所 申告書Aは第一表(35欄)、申告書Bは第一表(41欄)に記載する(下図参照)。 【復興特別所得税の記載箇所】(出典:国税庁ホームページ) 【申告書A】 【申告書B】 2 復興特別所得税の計算方法 3 復興特別所得税の納付 振替納税を利用していない場合、確定申告書の提出期限(平成27年3月16日)までに確定申告書に記載した所得税及び復興特別所得税の合計額(申告書Aは第一表(39欄)、申告書Bは第一表(47欄))を納付しなければならない。 振替納税を利用している場合、振替日(平成27年4月20日)に指定の預金口座から所得税及び復興特別所得税の合計額が引き落とされる。 4 復興特別所得税の還付 確定申告書に記載した所得税及び復興特別所得税の合計額から控除しきれなかった予定納税額や源泉徴収税額があるときは、その控除しきれなかった金額(申告書Aは第一表(40欄)、申告書Bは第一表(48欄))が還付される。 (了)
組織再編・資本等取引に関する最近の裁判例・裁決例について 【第21回】 「裁決例①」 公認会計士 佐藤 信祐 第21回から第29回までにおいては、重要な裁決例についていくつか取り上げることとする。 本号においては、M&Aの世界では一般的に想定される話であるが、条件不成就により、有価証券の譲渡代金の返還として受領した金員が、損害の補てん金なのか、売買代金の返還なのかが争われた事件について解説を行う。 6 平成18年9月8日裁決 (1) 事件の概要 本件は、リース業を営む審査請求人(以下、「請求人」という)が、譲渡人から対象会社の株式を購入するに当たり、本件株式の売買契約に基づき、請求人が譲渡人から受領した金員について、原処分庁が雑益であるとして法人税の更正処分等をしたのに対し、請求人が、本件金員は本件株式の購入の代価の返還に当たるとして、同処分等の一部の取消しを求めた事案である。 (2) 原処分庁の主張 原処分庁は、本件金員が以下の性格に基づくものであることから、雑益として益金に算入すべきであると主張している。 一般に、株式の売買の当事者間で売買が成立したということは、その売買価額が確定したということであり、その後に企業価値が変動し、当該株式の価額が増減したとしても、当該確定した売買の価額は変更されるものではない。 本件契約書第5条の定めによる金員の返還は、契約時において不確実であった見込利益について現実に利益が確定した段階で精算することとしたものにすぎず、提示した予想利益に満たない利益しか上げられなかったことに対する一種の補てんであると認められる。 本件契約書第14条の定めによる金員の返還も、対象会社の予想利益の達成及び既存債権の回収という前提条件が満たされなかったことにより対象会社の資産が減少等し、請求人が損害を被ったときには、本件株式の売買代金を減額することが定められており、これも、契約時には不確実であった事象に対して事後的に一定の事実が生じた場合には、請求人が被る損失に対して補てんをすることを定めたものであり、本件金員は、取得した本件株式の価値の低下に対する損害を補てんするためのものと認められる。 したがって、本件金員は、本件契約書を締結した時点では、その発生が不確実であった事象に基因して本件株式の価値が減少したことにより生じる損失に対する一種の補てんであり、受領した事業年度の益金の額に算入されるべきものである。 (3) 請求人の主張 これに対し、請求人は、本件金員が以下の性格に基づくものであることから、有価証券の取得価額の減額として取り扱うべきであると主張している。 本件契約書第2条に定める〇〇〇〇円という金額は、①本件覚書第3条に定める予想利益が達成されること、②本件覚書第12条第3項に定める既存債権のすべてが約定どおり弁済されることという2つの条件が満たされた場合の本件株式の売買代金であり、本件株式の売買実行時に売買価額は確定していない。これら2つの条件の一方又は双方が満たされなかった場合には、本件覚書第4条又は同第12条の定めに基づき調整された後の金額が本件株式の売買代金となる。 したがって、調整後の本件株式の売買代金の額を法人税法施行令第119条第1項に規定する本件株式の購入の代価として取り扱うことが適当であり、本件株式の売買代金確定までのプロセスにおいて生じた返金額は、法人税法上本件株式の取得価額の減額として取り扱うことが相当である。 また、本件各事業年度における本件金員は、本件株式の売買価額を修正し確定させるためのプロセスにおいて生じたものであり、原処分庁が主張する「損失の補てん」又は「一種の補てん」とは全く性質の異なるものである。 (4) 国税不服審判所の判断 これらの主張に対し、国税不服審判所は、本件金員が以下の性格に基づくものであると認定し、納税者の主張を認め、売買代金の返還として、有価証券の取得価額を減算させるべきであり、益金の額に算入すべきではないとした。 株式の価額は、本件のように請求人と譲渡人の相対取引による売買の場合、当事者間で適正と考える価額で取引が成立するものである。また、株式の価額を将来発生するかもしれない不確定な事象により変更するという条件を付すことは、この条件が違法行為等に当たらない限り、当事者間で自由に決定されるものである。 予想利益の未達成による本件金員については、平成12年4月1日から平成15年3月31日までの計算期間における実際に算定された利益が予想利益に到達しなかったので、請求人と譲渡人の間で合意された本件株式の売買代金を減額する条件を満たし、譲渡人から請求人へ本件金員が支払われたものであるため、本件株式の売買代金の返還と認められる。 本件覚書第12条は、請求人と譲渡人との間で、本件株式の売買代金については、既存債権が約定どおりに弁済されることを前提として合意されたと定めている。よって、既存債権が約定どおり弁済されなかった場合の本件金員についても、本件株式の売買代金の返還と認められる。 (5) 評釈 M&Aにおける株式の売買契約書においては、本事件のような表明保証が付されていたり、具体的に損害が生じた場合の取扱いについて定めていたりするものは珍しくない。 本事件においては、予想利益が達成しなかった場合における売買代金の返還、既存債権が約定どおり弁済されなかった場合における売買代金の返還についても定められており、通常のM&Aに比べて詳細に売買代金の返還条項が定められていたというのが率直な感想である。 請求人は、本事件における売買代金の返還が企業結合会計における条件付取得対価に類似するものであると主張しているが、売買代金の返還であるということが明確であれば、その点については論じるまでもない。すなわち、売買代金を定める際に未確定事項や当事者間に争いがある内容については、とりあえずの売買代金を決めておいて、これらが確定した段階で売買代金を最終的に確定させるということは十分に考えられ、実態に応じた事実認定が必要であるということがいえる。 本事件は、租税回避に該当するものではなく、条文の解釈について争われた事件であるが、M&Aが行われたのが平成12年8月28日、更正処分が行われたのが平成17年6月29日、国税不服審判所の裁決が行われたのが平成18年9月8日であることを考えると、M&Aが日本に定着し始めた初期の事件であるということができる。筆者がM&Aの世界に入ったのが、平成13年のことであるが、当時も、このような金員をどのように取り扱うべきかという点は議論となっており、拙著『企業買収の税務-ストラクチャー選択の有利不利判定-(第3版)』135-140頁において解説させていただいた。 本事件は、結果的に納税者の主張が認められたが、納税者の主張を国税不服審判所が認めた理由を理解し、損害の補てん金として、益金に算入すべきであるという認定が行われないように配慮する必要があると考えられる。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【55】 〔第7章〕判例の探し方 (その2) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 2 判例集の紹介と蔵書検索 次に裁判例が公開されている判例集やサイトについて紹介する(民間企業によるものは必要最小限に留める)。 なお前回、判例の検索項目について解説する関係上、最高裁判所判例集等について紹介したが、本来はここで紹介すべきであるため、改めて取り上げることとする。 ① 公的(準公的)な判例集、裁判集 (1) 『最高裁判所判例集』:『最高裁判所民事判例集』『最高裁判所刑事判例集』 最高裁判所判例委員会が重要な判例として選んだものが掲載されている。過去に同種の判断を下した判例であっても担当した法廷が異なる場合等は掲載される。また、新しく任命された裁判官が初めて少数意見を述べた判例は掲載されることになっている。 『最高裁判所判例集』自体は月刊の1つの冊子であるが、民事(行政事件を含む)と刑事の二部に分かれており、各々を『最高裁判所民事判例集』『最高裁判所刑事判例集』として、通常の図書館では分けて製本されている。通常、雑誌等で引用を示す場合には、『最高裁判所民事判例集』を「民集」、『最高裁判所刑事判例集』を「刑集」と略称を用いる。発行は昭和22年からである。 CiNii(サイニィ。国立情報学研究所が運営する学術論文、図書、雑誌などの術情報データベース)によれば、現在293大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 「民集」 「刑集」 また当然ながら、最高裁判所図書館で閲覧可能である。最高裁判所図書館の蔵書検索は、最高裁判所図書館のページ内の「蔵書検索システム」(以下「裁判所図書館蔵書検索頁」)より可能である。 なおこの最高裁判所図書館の蔵書検索においては、上にあるように「資料区分」として「図書」「雑誌」「製本雑誌」「視聴覚資料」があり、判例集が「図書」「雑誌」「製本雑誌」のいずれになるかという点で注意が必要である。検索結果の例を以下に示したが、それを見ると分かるように、判例集の製本されたものの資料区分が「図書」、最近のもの(未製本のものと思われる)は「雑誌」となっている。 判例集の製本されたものは、「製本雑誌」や「雑誌」とは思っても、通常「図書」とは思わないであろうから、このように「図書」に分類されていることは注意しておく必要がある。 なお、この最高裁判所図書館の蔵書検索の検索結果ページは特定のURLで示すことができないため、裁判所図書館蔵書検索頁に筆者が入力した検索キーワードや各欄の選択について記載しておく。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「最高裁判所判例集」と入力して検索。 (2) 『最高裁判所裁判集』:『最高裁判所裁判集刑事』『最高裁判所裁判集民事』 最高裁判所判例集に掲載されなかった裁判でも、後日参考になると思われる判決・決定が裁判年月日順に掲載されている。通常、雑誌等で引用を示す場合には、『最高裁判所裁判集民事』を「裁判集民」または「集民」、『最高裁判所裁判集刑事』を「裁判集刑」または「集刑」と略称を用いる。 最高裁判所の部内資料として刊行されているため市販されていないが、裁判所資料室や一部の大学で所蔵されている。これも発行は昭和22年からであり、最高裁判所図書館で閲覧可能である。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「最高裁判所裁判集」と入力して検索。 CiNiiによれば、民事・刑事とも現在20余りの大学の図書館に所蔵されているのみである(下記リンク参照)。 「集民」 「集刑」 (3) 『最高裁判所民事判例特報』 最高裁の裁判の中から裁判所の実務上参考となるものを、最高裁判所事務総局(昭和23年までは事務局)民事部が編集し収録したもので、上記同様、部内資料として刊行されているため市販されていないが、裁判所資料室や一部の大学で所蔵されている。発行は、昭和22年~25年の間の1~7号のみである。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「最高裁判所民事判例特報」と入力して検索。 CiNiiによれば現在20大学の図書館に所蔵されているが、1号~7号まで揃えて所蔵しているところは多くはない(下記リンク参照)。 「最高裁判所民事判例特報」 (4) 『最高裁判所刑事判決特報』 最高裁の裁判の中から裁判所の実務上参考となるものを、最高裁判所事務総局(昭和23年までは事務局)刑事局が編集し収録したもので、上記同様、部内資料として刊行されているため市販されていないが、裁判所資料室や一部の大学で所蔵されている。発行は昭和22年~25年の間の1~28号のみであるが、最高裁判所図書館においても17号以降しか所蔵していないようであり、16号までのものについては、確認が困難である。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「最高裁判所刑事判決特報」と入力して検索。 なお国立国会図書館においてもこれは「未所蔵」となっている(ただしここには『最高裁判所刑事判例特報』と記載されている)。 CiNiiによれば、現在9大学の図書館に所蔵されているが、20号以前のものはない(下記リンク参照)。 「最高裁判所刑事判決特報」 (5) 『高等裁判所判例集』:『高等裁判所民事判例集』『高等裁判所刑事判例集』 各高等裁判所の判例委員会により選択された裁判例(判決と決定)が掲載されている『高等裁判所判例集』のことである(編集は最高裁判所判例調査会)。 これも『最高裁判所判例集』と同様、内容は民事判例集と刑事判例集に分かれているが、各々を『高等裁判所民事判例集』『高等裁判所刑事判例集』として、通常の図書館では分けて製本されている(ただし平成14年より部内資料とされている)。 通常、雑誌等で引用を示す場合には、『高等裁判所民事判例集』を「高民」、『高等裁判所刑事判例集』を「高刑」と略称を用いる。これも発行は昭和22年からである。 これはCiNiiによれば、民事・刑事とも現在200余りの大学の図書館に所蔵されている(ただし継続中のものは多くない)(下記リンク参照)。 「高民」 「高刑」 なおこれも当然、最高裁判所図書館で閲覧可能である。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「高等裁判所判例集」と入力して検索。 (6) 『裁判所時報』 最高裁判所事務総局の編集になるもので、毎月2回、最高裁判所の重要判例全文(事件名・当事者名・主文・理由)を、判決の約1ヶ月後に掲載しており、民集・刑集の速報として利用することができる。 CiNiiによれば、現在96大学の図書館に所蔵されている(下記リンク参照)。 「裁判所時報」 なおこれも当然、最高裁判所図書館で閲覧可能である。 裁判所図書館蔵書検索頁の「フリーワード検索」欄に「裁判所時報」と入力し、「資料区分」欄を「製本雑誌」として検索(このような選択をしないと、検索件数が1,000件以上となるため、検索結果が表示されない)。また最近のものならば「資料区分」欄を選択せず(「雑誌」と「製本雑誌」を選択しても結果は同じであるが)、「フリーワード検索」欄に「裁判所時報 平成」と入力して検索。 (続く)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第73回】 税効果会計④ 「法定実効税率の算定」 仰星監査法人 公認会計士 横塚 大介 〈事例による解説〉 〈法定実効税率の算定〉 法人実効税率の算定式に前提条件の各税率を当てはめると次のとおりとなります。 〈算定式の解説〉 はじめに利益に対して課税される税額の算定式を示します。ここで住民税は法人税額を課税標準としますので、法人税額の算定式を用いて、課税所得を含んだ式に展開します。なお、法人事業税には、所得割、付加価値割及び資本割がありますが、付加価値割及び資本割は利益に関連する税金でないため、算定式上の法人事業税には含めません。 これらの税額を合計すると次のとおりになります。 ここで、税額合計を課税所得で除した場合に、課税所得に対する税額合計の比率が算定されます。 ただし、法人事業税が損金算入されることから、その影響を考慮した比率が法定実効税率となります。 税効果会計上で、適用する税率は決算日現在における税法規定に基づく税率によります。したがって、改正税法が当該決算日までに公布されており、将来の適用税率が確定している場合は改正後の税率を適用します(実務指針18項)。 また、平成26年3月31日に公布された「地方法人税法(平成26年法律第11号)」により地方法人税が創設されました。これに伴い、平成26 年10 月1日以後に開始する事業年度から、地方法人税を含めた法定実効税率を用いる必要があります。地方法人税を含めた法定実効税率の算定式は次のとおりです。 * * * 次回は「繰延税金資産の回収可能性」について解説します。 (了)
金融商品会計を学ぶ 【第3回】 「金融資産及び金融負債の発生の認識」 公認会計士 阿部 光成 金融資産及び金融負債は、いつ、財務諸表に計上すべきであろうか。 「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号。以下「金融商品会計基準」という)及び「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号。以下「金融商品実務指針」という)では、金融資産及び金融負債の発生の認識について規定しており、今回は、この問題について解説を行う。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 簿記上の取引 簿記上の取引概念としては、資産、負債及び資本の増減変化の事実を指す考え方がある(井上達雄『新例解会計簿記精義』(白桃書房、昭和57年8月)12ページ)。 商品の売買、費用の支払いのように、通常の商取引は簿記上の取引となるが、固定資産の減価償却、火災損失なども、資産、負債及び資本の増減変化をもたらすので、簿記上の取引となる。 一方、土地、建物の賃貸借契約は、資産に変動がないので、簿記上の取引とは言われない(前掲書、12ページ)。 Ⅱ 金融資産・金融負債の発生の認識 1 発生の認識に関する規定 金融商品とは、一方の企業に金融資産を生じさせ他の企業に金融負債を生じさせる契約及び一方の企業に持分の請求権を生じさせ他の企業にこれに対する義務を生じさせる契約(株式その他の出資証券に化体表章される契約である)である(金融商品実務指針3項)。 このように、金融商品は契約として定義されているが、いつ、財務諸表に計上すべきであろうか。 金融商品会計基準は、次のように規定し、原則として、金融資産の契約上の権利又は金融負債の契約上の義務を生じさせる契約を締結したときに、その発生を認識するとしている。 2 発生の認識に関する考え方 前述したように、簿記上の取引としては、資産、負債及び資本の増減変化を対象としており、契約を締結しただけで資産、負債及び資本の増減変化をもたらさない場合には、簿記上の取引とは言われない。 金融商品会計基準が、原則として、金融資産の契約上の権利又は金融負債の契約上の義務を生じさせる契約を締結したときに、その発生の認識を行うとした理由は、金融資産又は金融負債自体を対象とする取引については、当該取引の契約時から当該金融資産又は金融負債の時価の変動リスクや契約の相手方の財政状態等に基づく信用リスクが契約当事者に生じるためである(金融商品会計基準55項)。 Ⅲ 金融資産・金融負債の発生の認識に関する具体的な時点 金融商品実務指針では、次のように規定している(7項、22項~28項)。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第5回】 「「事業年度」と「連結会計年度」の書き換えミス」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトには、うっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例5-1】 個別注記表の注記文章の中で、「事業年度」と記載すべきところを「連結会計年度」と記載してしまう。 【事例5-1】は、個別注記表に記載される税効果会計に関する注記の一部です。法人税等の税率の変更があって、繰延税金資産負債の金額修正があった場合に記載されます。計算書類では必ずしも記載を強制されている注記事項ではありませんが、該当する年度は、多くの企業でこの記載が見られます。 【事例5-1】は、上段が誤った記載例で、下段が正しい記載例です。ご覧いただきたいのは赤字部分です。上段の誤った事例では「連結会計年度」となっていますが、下段の正しい事例では「事業年度」となっています。 会社法の決算書では、税効果会計関係の注記は個別注記表で記載が求められます。連結注記表では記載は不要です。【事例5-1】も個別注記表の記載文章です。したがって、年度を表す用語は「事業年度」であって、「連結会計年度」ではありません。 この事例の作成者もそのことは十分にわかっていたはずです。にもかかわらず、どうしてこんなミスをしでかしてしまったのでしょうか。 実はこのミス、起こるべくして起こったものです。 注記表(連結・個別)では、この種のミスが頻繁に起きています。 2 注記表の文章はコピペのミスが多い 注記表(連結・個別)の記載内容は、数字主体の決算書本体とは違って、文章による部分がかなりあります。特に会計方針の記述は典型的ですが、他にも、【事例5-1】のような記述式の注記が各所に見られます。 そうした記述式部分の文章は、担当者が自分の表現を使って書くのではありません。ほとんど決まった表現と言い回しにより作成するのが実務上の慣行なのです。開示規則が要求している開示事項をすべて網羅するような文章でなければならないからです。 そのため、注記表(連結・個別)の文章というのは、他社の注記表(連結・個別)の事例や自社の他の開示書類(有価証券報告書等)からコピペすることが当然のごとく行われています。 コピペが悪いとは言いませんが、気を付けなければならないことがあります。それは、丸々コピーして貼り付けるだけで終わってはいけないということです。コピペした文章に加筆修正しなければならない点がないか、よく確認することが必要なのです。比較的高い確率で、単に丸写し(フルコピー)しただけで終わってしまっていることがあるからです。筆者はこれを『フルコピー・ミス』と呼んでいます。 3 作業の流れを考えるとミスの原因がつかめる 【事例5-1】もコピペで作成した文章のはずです。 有価証券報告書の連結財務諸表の注記事項に、この文章が記載されているので、その文章をコピーして、計算書類の個別注記表に張り付けたとみられます。 【事例5-1】の税率変更時の注記は、そもそも有価証券報告書の注記事項として要求されているものです。計算書類のほうは、有価証券報告書の注記に準じて記載する実務になっています。したがって、この文章は有価証券報告書用、具体的に言えば、連結財務諸表の注記用にまず作成し、それを個別財務諸表の注記にコピペし、さらに、必要に応じて計算書類のほうにコピペするというのが、基本的な作業の流れです。 この流れで作業が進められた結果、有価証券報告書の連結財務諸表の注記の文章が、計算書類の個別注記表にコピペされたわけです。 その場合、連結ベースの注記で使用される用語を個別ベースの用語に置き換える作業が必要なのですが、それを忘れてしまったのが【事例5-1】です。 4 他にもある有報からのコピペのミス 計算書類の注記事項には、有価証券報告書からコピペしてくるものが結構あります。そして、コピペ作業でミスが起こることも多いのです。 類似事例として、次のようなものがあることを紹介しておきましょう。 【事例5-2】 連結注記表の注記文章の中で、「連結計算書類」と記載すべきところを「連結財務諸表」と記載してしまうミス この注記は、連結計算書類で記載が義務付けられているものではありませんが、有価証券報告書の注記にならって、各社の判断で任意に記載されているものです。したがって、コピー元は有価証券報告書にあり、これを連結計算書類にコピペするときは、用語の書き換えに注意をしなければなりません。 【事例5-2】では赤字の部分が用語の書き換え忘れです。決算書類の呼び名の違いで、有価証券報告書では「連結財務諸表」としますが、会社法の決算書では「連結計算書類」とします。この言い換えをしてあげなければならないところを忘れてしまったというミスです。 この事例も先ほどの【事例5-1】も、間違いの部分を赤字にしてあるため、間違いであることが一目でわかりますが、これが周囲の文字と同じように黒字で書かれていると、なかなか気づかないものです。こういうミスがあることを意識して確認作業を行うことが大事だといえます。 〈今回のまとめ〉 連結注記表や個別注記表の中で、本来使用されない用語や言い回しが出てきていないか、よく確認すること。 (了)
〔事例で使える〕中小企業会計指針・会計要領 《固定資産》編 【第1回】 「有形・無形固定資産の減損(1)~計上時の取扱い」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 中小企業会計指針では、上場企業向け減損会計基準の適用による技術的困難性等を配慮して、減損損失の認識対象をより狭く限定しています。 今回は、中小企業会計指針でも対象とされる減損損失の一例についてご紹介します。 1 当期末の仕訳 〈当期末〉 固定資産について取得当初に予測することができない減損が生じたときは、その時の取得原価から相当の減額をしなければなりません。 減損損失の認識及びその額の算定に当たって、減損会計基準の適用による技術的困難性等を勘案し、中小企業会計指針では、資産の使用状況に大幅な変更があった場合に、減損の可能性について検討することとしています。 具体的には、固定資産としての機能を有していても次の(ⅰ)(ⅱ)のいずれかに該当し、かつ、時価が著しく下落している場合には減損損失を認識します。 この設例のB工場の土地と建物は、上記(ⅰ)に該当し、かつ、時価が著しく下落しているため、減損損失を認識する必要があり、B工場の土地と建物の帳簿価額を回収可能価額まで減額し、その減少額を減損損失として当期の特別損失に計上しなければなりません。 回収可能価額とは、正味売却価額と使用価値のいずれか高い方の金額をいいます。 正味売却価額とは、その固定資産の時価から処分費用見込額を控除した金額をいいます。この設例では、B工場の土地と建物のうち建物については、その構造上他の用途への転用も困難なため、売却価値がないものとし備忘価額1円にて評価します。つまり、土地だけに売却価値を認めて評価します。土地の売却価額については、不動産鑑定士による鑑定評価額、路線価又は固定資産税評価額に基づいて算定する方法が挙げられますが、ここでは直近の路線価評価額40,000,000円を用いることとします。処分費用見込額については、この設例では簡略化のため省略します。 使用価値とは、その固定資産の継続的使用と使用後の処分によって生ずると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在価値をいいます。この設例では、将来使用見込みがないものとして使用価値はゼロと評価します。 以上より、B工場の土地と建物の回収可能価額は、40,000,001円(=40,000,000円+1円)です。X3年3月31日現在の減損損失計上前の帳簿価額は、291,900,000円(=土地200,000,000円+建物91,900,000円)なので、減損損失は、251,899,999円(=減損前帳簿価額291,900,000円-回収可能価額40,000,001円)と算定されます。 2 決算書の金額 〈当期損益計算書〉 〈当期末貸借対照表〉 3 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整 〈当期法人税申告書別表四〉 〈当期法人税申告書別表五(一)〉 固定資産の減損会計の導入時において、その会計処理に対して、法人税上の改正は一切されませんでした。したがって、減損損失の金額は、税務上それを計上した事業年度の損金の額に算入されません。会計上は、減損損失計上後の帳簿価額(会計上の帳簿価額)に基づいて減価償却費、固定資産売却・処分損益を計上しますが、税務上は、減損損失計上前の帳簿価額(税務上の帳簿価額)に基づいて算定した減価償却費、固定資産売却・処分損益の額を各期の損金又は益金の額に算入します。 減損損失計上後においてB工場の土地と建物を所有し続けた場合の土地・建物それぞれの会計上と税務上の帳簿価額については、取得当初のX1年3月期からX5年3月期までを示すと次のとおりです。 [B工場の土地] [B工場の建物] (了)
テレワーク・在宅勤務制度導入時に 気をつけたい労務問題 【第2回】 「特に注意したい『情報セキュリティ』への対応」 社会保険労務士法人スマイング 代表社員 特定社会保険労務士 成澤 紀美 情報セキュリティの面から見て、テレワークでの仕事と職場における仕事との違いはどこにあるだろうか。 例えばそれは、職場での仕事であれば従業員同士で直接やりとりできる情報まで、テレワークの場合はインターネットを利用する必要があること、それから、従業員以外の第三者が立ち入る可能性のある場所で作業を行うケースがあること等が挙げられる。 〈情報漏えいなどの危険を孕む〉 通常、企業で管理する紙の文書、電子データ、情報システム等の情報資産は職場内で管理され、外部の目に触れることはない。それがテレワークを行う場合は、インターネット上で取り交わされたり、持ち運びが容易なノートパソコン等の端末で利用されることになる。 そのため、インターネットを経由した攻撃を防御する対策がなされた職場内とは異なり、ウイルス・ワーム等の感染、テレワーク端末や記録媒体の紛失・盗難、通信内容の盗聴等の「脅威」にさらされやすいといえる。そしてこのとき、端末やその利用者に、脅威に対する「脆弱性」が存在すると、情報漏えいや情報の消失等、実際の事故の発生につながることとなる。 企業が情報セキュリティ対策を行うにあたっては、保護すべき「情報資産」を洗い出し、どのような脅威や脆弱性、リスクがあるのかを十分に把握、認識したうえで、体系的な対策を実施することが重要である。 この場合、情報セキュリティ対策には『最も弱いところが全体のセキュリティレベルになる』という特徴があり、どこか1箇所に弱点があれば、他の対策をいくら強化しても全体のセキュリティレベルの向上にはつながらないことを念頭に置く必要がある。 そこで、情報資産を守るためには、「ルール」・「人」・「技術」の三位一体のバランスがとれた対策を実施し、全体のレベルを落とさないようにすることがポイントとなる。 〈クラウドサービスとの相性は〉 東日本大震災以降、大規模・高速なコンピュータ資源を低価格で利用する手段として、クラウドコンピューティングサービス(以下「クラウドサービス」)が注目を集めている。 中小企業にとっても、コスト面での利点に加え、職場内にサーバ管理の担当者を配置しなくてよくなるというメリットがあるため、職場内にサーバを置くのをやめて、クラウドサービスに移行する企業が増えている。 たしかにテレワークの観点からも、クラウドサービスへの移行にはメリットがある。 例えば、職場内に設置したサーバにテレワーク先からのアクセスを許可する場合、インターネットとの接続地点に設置するファイアウォールにテレワーク用の一種の「穴」をあける必要があるが、これは攻撃に悪用される恐れがあり、注意深く設定しなければならない。それが職場内のサーバをクラウドサービスに移行することで、こうした「穴」をあける必要がなくなり、ファイアウォール等のセキュリティ対策設備の管理が楽になる。こうした意味では、クラウドサービスはテレワークと相性が良いと言える。 一方で、クラウドサービスは、「プライベートクラウド」と呼ばれる外部から直接アクセスできないものを除き、インターネットに接続されることが前提であるため、外部からの攻撃を受けやすいことに留意する必要がある。クラウドサービスで用いるパスワードや暗号鍵等は、簡単に推測されないものにするとともに、外部に漏洩することのないよう厳格な管理をすべきである。 なお、最近では無料で使えるクラウドサービス(Webメールやグループウェア、SNS等)のアカウントを個人で取得し、テレワークに活用するケースも増えている。実用上十分な性能と安全性を提供しているものもあり、業務利用を一概に禁止する必要はないが、悪意の第三者による乗っ取り・なりすましの防止に対する厳格なパスワード管理、クラウド事業者が信用に足る事業者かどうかを注意する必要がある。 * * * 次回は、テレワーカー・在宅ワーカーとの『雇用契約書』についてお伝えしたい。 (了)
〔小説〕 『東上野税務署の多楠と新田』 ~税務調査官の思考法~ 【第6話】 「崖っぷちの男」 税理士 堀内 章典 多楠の奮闘 さらに武淵社長は眉間に深いしわを寄せ話し続ける。 「なので私は・・・業者仲間から“崖っぷちの男”・・・そう呼ばれているんです。」 多楠は鬼気迫る顔で話す武淵社長に何と言葉を返していいかわからない。 「調査官、私は所用があってしばし席を外しますが、経理部長の吉本が経理全般をやっておりますのでどうぞ調査を進めてください。」 武淵社長はそう言い残すと、会議室を出て行った。 社長が残した余韻が消え去るまでのしばらくの間、会議室内は沈黙が続いた。 “だ、黙っていても調査にならない!” 多楠は気を取り直して経理部長の吉本に対し、いつも新田の前でやっていたように事業の概況から聴き始めた。 武淵社長はもともとバッグの大手輸入商社に勤務、輸入業務を20年ほど担当していた。イタリアやフランスのメーカーと繋がりができたため、商社を辞めて独立し起業した。現在、会社の店舗はこの本店所在地のほか原宿に小さな支店が1店舗あるが、武淵社長は営業力もあるので、どちらかというと卸売をメインに経営をしているとのこと。 先ほど武淵社長が言ったように、イタリアやフランスのメーカーと繋がりがあるといっても、取引はシビアで、会社を作って間もないので信用がなく、常に製品の輸入(仕入)に当たっては前払で代金を支払わなくてはならず、資金繰りは厳しいとのことであった。 この会社が営業に力を入れ売上を伸ばし、利益を上げて資金を蓄え、L/C(信用状)で輸入取引ができるようになることが会社の目標であると吉本は語った。 ここで税理士の鷺沼が口を開いた。 「税務署っていいよね。20年くらい勤めると税理士の資格が手に入って、辞めるときも税務署が顧問先を斡旋してくれるんでしょ。」 「試験組の税理士は何年もかけてやっと税理士試験に合格し、開業後もさらに懸命に努力して顧客を少しずつ増やしていく。それに比べたら、税務署はすごく恵まれているよネ。」 確かに税務職員で長年勤務し一定の要件を満たせば、税理士試験を受けるよりたやすく税理士の資格を手に入れることはできる。しかし今は、顧問先の斡旋は当局では一切行われていないはずだ。 多楠は思った。 “どうもこの税理士は、税務署に対して特に良い感情を持っていないようだ。” さらに鷺沼 「ところで、多楠さんはまだお若いみたいだけど、いつ税務署に入ったの?」 多楠 「昨年国税専門官で採用され、東上野税務署へ配属になったばかりです・・・」 若い調査官が1人で来たのかと小馬鹿にしているかのような口調で、鷺沼は話し続ける。 「この会社は売上や利益を増やして早く資金繰りを良くしようと頑張っている。少ない人数で夜遅くまでよく仕事をしているんだよ。真面目にやっているし、会社が厳しい状況で社長も忙しいから、できれば早めに調査を終えてほしいのよ。」 多楠はムッとしながらも型通りの返事をした。 「わかりました。効率的に調査を進めたいと思いますので、調査にご協力ください。」 “こんなとき新田さんだったら何と言って返すか。新田さんは言い返さないだろう。きっとこんな税理士は相手にしないで冷静に調査を進めるに違いない。” ▼ ▲ ▼ 1時間ほど経ったところで具体的な調査に入ろうとしたとき、多楠はあることに気づいた。 “今日はまずまずのペースで概況聴取ができているな・・・” いつも黙って傍にいる新田から受けるプレッシャーがないからか、あるいは今日は1人なのでアレコレ考える余裕もなく率直に思いついたことを聴いているからか、多楠はその理由について考えをめぐらせたが答えは出なかった。 昼食を挟んで午後からいつものように売上を確認しようと多楠は、売上請求書と売上代金の領収証(控)の提示を経理の吉本に求めた。 淡路調査官が傍にいたら“領収証(控)? そんなもの見ても何も出ないわよ”と言われそうだ。 ただし、多楠には気になることがあった。 先ほどの概況で、「部長」という肩書は付いているが、経理は吉本1人で担当しており、しかも店舗の責任者を兼ねている。あとは週3回程度出てきて書類の整理をするパートの女性がいるだけと聴いた。 “この会社は、経理面が弱体、記帳が追いついていないのではないか?” 本店の店舗に現金で買い付けに来る業者もいると聴いていたので、念のため領収証(控)の提示も求めたのである。 まさに多楠の『調査官としての第六感』である。 午後3時過ぎ、請求書を丹念に調べていた多楠は、最終決算期3月末に納品しているバッグの売上計上が4月になっている事実を発見した。その取引は一度にかなりのロット数が出ており、売上(売掛金)にして750万円ほどあった。 吉本に質してみると、明らかに最終期の売上であったが、うっかり請求を出すのが遅れたので売上計上も翌期の4月となり、売上計上漏れとなったのではないかとのことであった。 次に売上代金の領収証(控)と総勘定元帳の売上のチェックをしたところ、去年12月25日に100万円、現金で売却したイタリア製のバッグ40個の売上がどうしても見当たらない。領収証の宛て先はTMカンパニー株式会社で、吉本の話ではバッグの小売業者で港区青山にある会社とのこと。 売上に計上されているにもかかわらず、“計上されていない”などと追及して、あの陰険な税理士に反撃をされてもまずいので、何度も領収証と帳簿を丹念に確認する多楠であったが、ついに意を決して“売上計上が見当たらない”と遠慮がちに尋ねた。 吉本は少しあわてた様子で 「まさか。そんなはずはないでしょう。必ずどこかに載ってますよ。」 と帳簿をひっくり返し調べ始めた。 少し経って、載っていないことが判明しかかったころ、鷺沼税理士がゆっくりと口を開いた。 「多楠さんって、熱心に調査をするんだね。実を言うとこの会社、本当は赤字で、銀行から借入資金が引き上げられないように粉飾をしているんだよネ。」 いつの間に用意したのか、鷺沼は付せんが貼ってある輸入のインボイスを多楠に見せながら言った。 「ここに3月29日に原木中山のエアカーゴに運ばれたイタリアからの輸入バッグ300個1,200万円があるよね。実はこれを仕入計上するとこの会社は赤字になるから、わざと仕入に計上しないで800万円の有所得金額で申告しているのよ。」 多楠は内心(まさか、本当に!?)と疑ったが、実際に決算を組んだ税理士が言うのだから本当であろうと思い直した。 鷺沼は続けて言う。 「多楠さんがせっかく見つけた750万円と100万円の売上だけど、実態は今説明したとおりの粉飾、仕入計上もれマイナスで1,200万円の方が大きいよね。銀行への信用の手前、1,200万円を減算してくれとは言えないので、100万円くらいの売上計上もれで修正申告、調査を終了してもらえないかなぁ。そうすると会社も私も助かるんだがねぇ。」 何とも余裕の表情の鷺沼に対し、多楠は怒りを抑えながら思った。 “会社と共謀して粉飾に手を染めている税理士が何を言う!” そして徐々に、怒りとともに沸々と闘志が沸いてきた。その気持ちを抑えつつ、ひとまず明日も確認したいことがあるので予定どおり調査を続ける旨を伝え、会社を辞した。 ▼ ▲ ▼ 東上野税務署に戻った多楠は、自席にいた新田にさっそく調査の内容すべてを報告した。 新田は腕を組んでイスにもたれかかり、目を閉じ上を向いたまま、多楠の話を聞いているのかいないのか・・・ 多楠が興奮気味に説明を終えると、ゆっくり目を開けた新田は、目だけ多楠のほうを向けて言った。 「多楠、取れるぞ。」 そしてそのまま素早く席を立ち、どこかへ行ってしまった。 多楠は新田の後姿をぼう然と見つめていた。 もともと新田から指示が出ることなんて期待していなかった多楠であったが、あまりの反応のなさに落ち込みかけた。 するとその様子を心配そうに見ていた田村統括官が、笑顔で声をかけてきた。 「多楠君、面白いものを見つけたみたいだね! 明日もその会社に1人で調査に行くんだね。頑張って! 多楠君なら大丈夫、きっとできるよ!」 田村の温かい励ましの言葉で、多楠は少しだけ救われた気がした。 (次ページへ) (前ページへ) 大 逆 転 家への帰路、そして翌朝の満員の京成電車の中で、多楠は新田が言った『取れるぞ。』の意味を何度も推し量っていた。 “調査先は粉飾していて実質赤字会社であると新田さんに説明した。もれている売上よりも計上していない仕入の額が多いのだから、差引でプラスにならないのは百も承知しているはずなのに、なぜ?” 疑問は解決されないまま、予定どおり今日も関東貿易商会へ向かった。 2日目、武淵社長は朝から出かけていなかった。多楠は前日と同様、他にも売上の計上もれはないかを調べ始めた。 慣れてきたとはいえ、調査1年目である。はた目で見ていても決して要領よく見えるわけがない。3時を回ったころ、鷺沼税理士が呆れた顔をして多楠に声をかけた。 「多楠さん、まだ調べるの? 昨日も言ったようにこの会社は実質赤字でネ・・・」 多楠はまったりと話す鷺沼の顔をぼんやりと見つめながら、やや疲れが出始めている脳内に“ある事”が頭にひらめいた。鷺沼の言葉を遮り、吉本経理部長に聴いた。 「ところで吉本部長、昨日話があった仕入に計上していない輸入バッグ1,200万円は、その後どうなったのですか。」 吉本 「確か期末仕入なので、そのまま原木中山の倉庫に預けておいたはずですよ。」 多楠はたたみかける。 「期末までに売れていないのですね。在庫で残っていたんですね。念のため期末の棚卸表を確認させてください。」 提示された棚卸表を確認した多楠は、思わず「ヤッタ!」と叫んでしまった。 驚く吉本と鷺沼を前に、深呼吸をして落ち着こうとする多楠は、必死になって頭の中で仕訳を描いていた。 “確かに「①仕入」はもれているが、「②棚卸」ももれている。 マイナスとプラス同額で、この会社は粉飾決算をしていると思い込んでいるが、実は粉飾はしていないことになる!” ようやく鷺沼も事態の重大さに気づいた様子だった。 勢いづく多楠は鷺沼に言った。 「先生、昨日粉飾をしているとおっしゃっていましたが、確かに仕入計上はされていません。しかし、期末在庫にも載ってないので、結局のところ粉飾はなかったことになりますね。」 鷺沼 「いやあの、その・・・」 夕方、所用を終わらせ会社へ戻った武淵社長に、多楠が問題となっている点を説明すると、武淵の顔が見る見るうちに赤鬼のような顔へ変わった。説明を続けながら、多楠はまともに正視できなくなった。 まさに“崖っぷちの男”になった瞬間であった。 武淵は大きな声で言った。 「経理体制ができていないって? ウチみたいな中小企業は必死に営業をして売上を上げるのが先決、経理の人間を雇うくらいなら営業を増やす。経理を増やしても、売上は伸びず経費が増えるだけで納める税金は少なくなるはず、それでも税務署は経理を増やせと言うのか!」 答えに窮した多楠に、武淵は今にも泣き出しそうな顔をしてたたみかけた。 「この年末、手形資金をひねり出すのが大変な時期に、税務署にさらに追い打ちをかけられた。これでウチの会社もいよいよ倒産だ。大企業ならともかく、ウチのような小さな会社が倒産しそうになっても、国や税務署が助けてくれない!」 そう言うと武淵社長は多楠には見向きもせず、ブツブツと何事かつぶやきながら会議室を出て行った。 ▼ ▲ ▼ 翌日、多楠はさっそく現金売上先であるTMカンパニー株式会社に取引確認のため反面調査に出向いた。出かけようとしていたTMの岩井社長に協力を願い出て15分間だけ引き留め、話を聞いた。武淵社長とは友人で“良い製品が安く入った”ということで上野の本店に買い付けに行き、直接武淵社長に現金を手渡したとのことであった。 岩井社長が出かけた後、引き続き経理の担当者から仕入帳を出してもらい調べたところ、過去3年間のうち、取引はこのときの1回だけであることが確認できた。 後日、武淵社長は用があるといって、鷺沼税理士が1人、今回の調査結果を聞きに東上野税務署の多楠を訪れた。 すっかり意気消沈した様子の鷺沼税理士、あの後、武淵に散々怒られたらしい。 おそらくこんなことを言われたのだろう。 「あんたが赤字だと言うから信じて粉飾をしたのに、最初から黒字なのが分かっていればほかに手立てもあったはず!どうしてくれるんだ!」 消え入るような声で鷺沼が嘆願する。 「多楠調査官、売上計上もれ100万円の重加算税は何とかなりませんかね。単にうっかり現金を会社に入金するのを忘れただけで、故意に売上を漏らしたのではないんですから・・・」 “想定の範囲だ。” 立場が完全に逆転する中、興奮を抑えながら多楠は冷静に答えた。 「先生、それは難しいです。売上代金100万円を現金で受け取ったのは社長です。その100万円が会社のお金として受け入れられておらず、簿外の現金になってしまっている。経理がしっかりしていれば、売上がもれていたことがわかったはずですよね。」 鷺沼税理士は「そうだよなぁ」というふうに肩を落とし溜息をつきながらしみじみ言った。 「武淵社長はさすがです。粉飾をしていなくても、もともと黒字だったんですね。私の勘違いでした。」 「後は私が納税の猶予で、税務署の徴収担当に掛け合ってみるしかないか・・・」 こうして多楠が手がけた初の単独調査は、まずまずの結果で終わることができた。 ▼ ▲ ▼ 場面は変わって赤羽のスナック「かわばた」。 関東貿易商会の調査が税理士の了解により確定すると、田村統括官はフロア中に響き渡るような声で言った。 「調査1年目の多楠調査官が会社の粉飾決算がないことを見破り、しかも100万円の売上もれの不正まで見つけた!」 第1報で副署長の安倍に報告、その後法人課税5部門あげての大宴会を行うことになった。もちろん発案者は田村である。その席に副署長も加わり、田村はますますヒートアップ。 「我々5部門は東上野署で事績トップの部門です! それを率いている統括官は私、田村です! こんなめでたいことはない! 退職金が少し増えるかも!」 そんな盛り上がりをみせた部門の飲み会の後、多楠は新田にいつものように誘われ「かわばた」へ。 新田は多楠を誉めることもなく、いつものように話もせず、水割りを飲んではカラオケを熱唱している。 そんなときふとスナックの扉が開き、一人の中年男性が店に入ってきた。 京子ママ 「あら澤さん! 久しぶりじゃない!」 すると奥で熱唱していた新田は、その男性を見るなりカラオケのスイッチを切り、すぐさま男の前に直立した。 「澤村トッカン・・・お久しぶりです。」 “トッカン??” 多楠は新田とその男性を不思議そうに見ていた。 (続く)
《速報解説》 監査基準委員会研究報告「監査品質の枠組み」(公開草案)が公表 ~監査品質に影響を及ぼす要因を分類~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年2月26日(掲載日)、日本公認会計士協会は、監査基準委員会研究報告「監査品質の枠組み」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、国際監査・保証基準審議会(IAASB)において公表された“A Framework for Audit Quality”に基づくものである。 改正会社法施行規則やコーポレート・ガバナンス・コードの原案において、監査人に関する新たな規定が設けられていることから、事業会社においても、本公開草案は重要な内容であると考えられる。 例えば、コーポレート・ガバナンス・コードの原案では、次のことが記載されている(【補充原則】3-2①。アンダーラインは引用者による)。 意見募集期間は、平成27年3月27日までである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 公開草案は、監査品質に影響を及ぼす要因を次のものに分類している。 さらに、インプット、プロセス及びアウトプットの各要因を、主体別に、監査業務レベル、監査事務所レベル及び国レベルの三階層に体系化し、それぞれの要因を詳細な検討項目に展開している。 監査人の価値観、倫理及び姿勢 監査人の知識、技能、経験及び時間 監査業務レベルの主な検討項目として、次のものがあげられている。 ① 監査チームは、監査が公共の利益のために実施されること及び職業倫理に関する規定を遵守することの重要性を認識している。 ② 監査チームは、公正性と誠実性を有している。 ③ 監査チームは、独立性を保持している。 ④ 監査チームは、職業的専門家としての能力を保持し、正当な注意を払っている。 ⑤ 監査チームは、職業的専門家としての懐疑心を保持・発揮している。 厳格な監査プロセスと品質管理手続は、監査品質に影響を及ぼす。 監査業務レベルの主な検討項目として、次のものがあげられている。 ① 監査チームは、関連法令、監査の基準及び監査事務所の品質管理手続を遵守している。 ② 監査チームは、ITを適切に活用している。 ③ 監査の利害関係者と相互に効果的なコミュニケーションが行われている。 ④ 効果的かつ効率的な監査を実施するために、被監査会社と監査の進め方について調整している。 監査に関連するアウトプットは、監査人が作成する監査報告書や被監査会社内部のみで利用される情報(例えば、会計上や内部統制上の改善提案等)のほか、被監査会社、日本公認会計士協会及び監査監督当局から公表される報告書や情報が含まれる。 経営者、監査役等及び規制当局等は、監査品質に影響を及ぼすインプット要因を直接知ることができるため、相対的に監査品質を的確に評価し得る立場にあると述べられている。 「監査の利害関係者」には、財務諸表が作成・承認され、監査を経て、分析・利用されるまでの全プロセスにおける関係者をいい、監査人のほか、経営者、監査役等、監査済財務諸表の利用者、規制当局等が含まれる。 監査人と経営者の間の率直で建設的な関係により、監査人は、重要な虚偽表示リスク(特に、複雑若しくは通例でない取引、又は重要な判断若しくは不確実性に関連する事項に関するリスク)を適切に識別、評価し、それに対応することが可能となると述べられている。 一方、両者間で協力的で誠実な関係が構築できない場合には、高品質な監査を実施できる可能性は低いと述べられている。 監査役等は、以下を通じて、監査人の監査品質に影響を及ぼす。 ① 財務報告上のリスク及び監査上特に注意すべき事業領域に関する監査役等の見解の提供 ② 監査を適切に実施するために十分な監査時間が割り当てられているかどうか、及び投入された監査時間に対して監査報酬が合理的かどうかの検討 ③ 監査人の独立性の評価(違反があった場合の対応状況の評価を含む) ④ 監査人による不正リスクの評価、経営者の見積りや仮定及び会計方針の選択に関する監査人の見解に対する監査役等の評価(経営者の主張に対する監査人の職業的専門家としての懐疑心の適用状況の評価) ⑤ 経営者と監査人との間に見解の相違がある場合、建設的かつ理論的な協議を可能とする環境の醸成 次の背景的要因(環境要因)は、財務報告の内容と品質、及び直接的又は間接的に監査品質に影響を及ぼす可能性がある。 ① 商慣行及び商事法 ② 財務報告に関連する法令 ③ 適用される財務報告の枠組み ④ 情報システム ⑤ コーポレート・ガバナンス ⑥ 文化的要因 ⑦ 監査に対する規制 ⑧ 訴訟環境 ⑨ 人材 ⑩ 財務報告スケジュール 付録として、《付録 インプット要因及びプロセス要因の検討項目-監査業務及び監査事務所レベル》がある。 そこでは、監査業務レベル及び監査事務所レベルのインプット要因及びプロセス要因の検討項目の説明が記載されている。監査品質に与える影響を検討するに当たって、各項目の相対的な重要度は個々の状況によって異なるため、評価に用いる項目を適宜選択することが想定されている。 (了)