公開日: 2024/09/19 (掲載号:No.586)
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税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第57回】「不動産の鑑定評価に潜む「人間的要素」」

筆者: 黒沢 泰

税理士が知っておきたい

不動産鑑定評価常識

【第57回】

「不動産の鑑定評価に潜む「人間的要素」」

 

不動産鑑定士 黒沢 泰

 

1 はじめに

今回は、前回までの連載の内容とは趣きを変え、不動産の鑑定評価という行為には、自然的要素だけでなく人間的要素も大いに含まれているということを、不動産鑑定評価基準の起草者の言を引用しつつ改めて振り返ってみます。

これにより、筆者は、課税の公平性という観点から画一的な評価基準を設けている相続税の財産評価や固定資産税の評価と、不動産の経済価値の追究に当たり様々な判断要素の介入を避けて通ることのできない鑑定評価との本質的な相違を読み取ることができるものと考えています。

 

2 不動産の本質~自然的要素と人間的要素の組み合わせ

不動産の鑑定評価の拠り所となっている「不動産鑑定評価基準」が当初制定されたのは
昭和39年3月25日付(政府の)宅地制度審議会第四次答申に基づくものであり、当時、同審議会鑑定評価基準小委員会委員長の役職にあった故櫛田光男氏(一般財団法人日本不動産研究所理事長)の著書(※1)のなかには、今回のテーマを検討するに当たり重要な示唆を受ける次の記述が見られます。

不動産という概念の中には、その土地を何らかの役に立たせようとしてその土地に人間が働きかける、この土地に対する人間の行動というものが、常に要素としてあると思うのであります。

不動産というものは、人間の役に立ち、または立つであろう土地と人間とのめぐり合いの結果出来あがるものであって、単に土地とその定着物というような即物的な、ただそれだけの概念ではないと思います。(中略)

そして私は、不動産の本質は、この自然的要素と人間的要素の組合せの体現であると理解することが、複雑多岐な不動産現象の分析、解明のアルファーであり、オメガーであると思うのであります。

(※1) 櫛田光男「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」住宅新報社、昭和41年、23~24頁。

なお、「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」(以下、「基本的考察」といいます)は不動産鑑定評価基準総論第1章の内容をなすものであり、現在も当時のままに近い形で引き継がれています。

このような不動産における人間的要素の指摘とその重視ということが「基本的考察」の、したがって不動産鑑定評価基準の特色であり、鑑定評価の過程のなかに登場する様々な数値(※2)や金額(※3)を人間的要素の強いものと捉えることによって、その本質がより鮮明となります。

(※2) 例えば、取引事例比較法における地域要因や個別的要因の格差率、収益還元法における還元利回り等です。

(※3) 例えば、原価法における再調達原価及び減価修正額、取引事例比較法で採用する実際の取引価格等です。

このように、人間的要素の強いものを鑑定評価の過程のなかに織り込むということになれば、(さらに不動産鑑定評価基準がこのような発想を原点としていることを踏まえれば)、冒頭に述べたとおり、不動産の経済価値の追究に当たり様々な判断要素が介入することはむしろ避け難いといっても過言ではないと思われます。

 

3 「動かない」ものを「動く」ものとして捉えるのが鑑定評価の特徴

(1) 不動産を「動かない」ものとして捉えた場合

不動産が「動かない」ものとされている理由として、いうまでもなく地理的な位置が固定されていること、固定されているが故に他の商品のようにすべての条件を等しくする不動産は2つと存在しないこと(=個別性)等があげられます。

さらに、土地は使用しても摩耗せず永久的な使用に耐えるものであること(地震等の場合は例外)、不増性(土地は再生産ができません)、個別性(非同質性、非代替性)、非移動性(条件の良い土地を所有していても、これを別の場所に移動させて活用することはできません)など、不動産(特に土地)には他の商品に見られない大きな特徴があります。

(2) 不動産を「動く」ものとして捉えた場合

不動産は、上記の特徴を有する反面、人為的には「動く」という特徴が見られます。そして、このことが不動産という財の価格形成を複雑なものにしている大きな要因です。

ここで、不動産が「動く」というのは、人間が土地や建物と何らかのかかわり(所有や利用面において)をもつことにより生じてくる1つの側面です。不動産が「動く」からこそ、そこに価格が生じるともいえます。

不動産が「動く」理由は、不動産鑑定評価基準にいう次のような人文的特性に基づくものです。

 用途の多様性(用途の競合、転換及び併存の可能性)

不動産は、公法上の規制の許す範囲内で様々な用途(住宅用、商業用、工業用等)に供することができます。また、このことが競合という現象を生み出すとともに、用途の転換を図ったり、複合住宅等のように1つの土地を同時に複数の用途に充てたりすることを可能とします。

 併合及び分割の可能性

土地の範囲は併合又は分割によって、広くもなれば狭くもなります。例えば、隣接地を買収(賃借)して一体的な利用を図ることができる場合があれば、不要となった自己所有地の一部を分割して売却(賃貸)することができる場合もあります。

 社会的及び経済的位置の可変性

ここにいう社会的位置とは、いわゆる土地柄のことであり、地域の発展や衰退など土地を取り巻く環境が変化すれば、その土地柄も変化することを意味しています。また、経済的位置とは収益性や生産性の程度を指し、従来これといった産業のなかった地域に店舗や工場が建ち並び、収益性や生産性が向上すれば経済的位置も高まります。

 可変的で伸縮的

周辺環境の変化に応じて土地の利用方法は変化する可能性があり(=可変的)、また、容積率や高さ制限の許す範囲内において2階建ての家を3階建てに建て替える、その反対に3階建ての家を2階建てに建て替えるというような利用方法も可能となります(=伸縮的)。

以上をはじめ、不動産は自然のままでは動きませんが、人間がこれに働きかけたとき、その利用方法はかなり変化し得るということになります。そして、このような動的な視点からものを見ることが鑑定評価の原点であり、それは不動産鑑定評価基準の起草者の教えにたどり着くものと筆者は考えています。

 

4 まとめ

不動産の鑑定評価と聞けば、いかにも専門的で、かつ味気のない数値や金額ばかり登場すると受け止められている方も多いと思われます。しかし、そもそも鑑定評価の対象とするものはきわめて人間的要素の強い不動産であり、物理的には「動かない」といっても人間の活動によりいくらでも「動く」ものに変化します。

土地建物の売買や賃貸借という行為は、まさに人間がその所有権や利用権を他人に移動させる(=動かす)ことであり、鑑定評価の過程のなかにも売買や賃貸借における市場参加者の行動原理は諸判断の1つとして反映されてきます。

鑑定評価の過程では、不動産鑑定士が市場人になり替わり、不動産の経済的な価値に対し合理的な視点から質的・量的な判断を加えることが必要となりますが、そのなかにも人間的要素を感じさせるものがあります。

(了)

「税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識」は、毎月第3週に掲載されます。

税理士が知っておきたい

不動産鑑定評価常識

【第57回】

「不動産の鑑定評価に潜む「人間的要素」」

 

不動産鑑定士 黒沢 泰

 

1 はじめに

今回は、前回までの連載の内容とは趣きを変え、不動産の鑑定評価という行為には、自然的要素だけでなく人間的要素も大いに含まれているということを、不動産鑑定評価基準の起草者の言を引用しつつ改めて振り返ってみます。

これにより、筆者は、課税の公平性という観点から画一的な評価基準を設けている相続税の財産評価や固定資産税の評価と、不動産の経済価値の追究に当たり様々な判断要素の介入を避けて通ることのできない鑑定評価との本質的な相違を読み取ることができるものと考えています。

 

2 不動産の本質~自然的要素と人間的要素の組み合わせ

不動産の鑑定評価の拠り所となっている「不動産鑑定評価基準」が当初制定されたのは
昭和39年3月25日付(政府の)宅地制度審議会第四次答申に基づくものであり、当時、同審議会鑑定評価基準小委員会委員長の役職にあった故櫛田光男氏(一般財団法人日本不動産研究所理事長)の著書(※1)のなかには、今回のテーマを検討するに当たり重要な示唆を受ける次の記述が見られます。

不動産という概念の中には、その土地を何らかの役に立たせようとしてその土地に人間が働きかける、この土地に対する人間の行動というものが、常に要素としてあると思うのであります。

不動産というものは、人間の役に立ち、または立つであろう土地と人間とのめぐり合いの結果出来あがるものであって、単に土地とその定着物というような即物的な、ただそれだけの概念ではないと思います。(中略)

そして私は、不動産の本質は、この自然的要素と人間的要素の組合せの体現であると理解することが、複雑多岐な不動産現象の分析、解明のアルファーであり、オメガーであると思うのであります。

(※1) 櫛田光男「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」住宅新報社、昭和41年、23~24頁。

なお、「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」(以下、「基本的考察」といいます)は不動産鑑定評価基準総論第1章の内容をなすものであり、現在も当時のままに近い形で引き継がれています。

このような不動産における人間的要素の指摘とその重視ということが「基本的考察」の、したがって不動産鑑定評価基準の特色であり、鑑定評価の過程のなかに登場する様々な数値(※2)や金額(※3)を人間的要素の強いものと捉えることによって、その本質がより鮮明となります。

(※2) 例えば、取引事例比較法における地域要因や個別的要因の格差率、収益還元法における還元利回り等です。

(※3) 例えば、原価法における再調達原価及び減価修正額、取引事例比較法で採用する実際の取引価格等です。

このように、人間的要素の強いものを鑑定評価の過程のなかに織り込むということになれば、(さらに不動産鑑定評価基準がこのような発想を原点としていることを踏まえれば)、冒頭に述べたとおり、不動産の経済価値の追究に当たり様々な判断要素が介入することはむしろ避け難いといっても過言ではないと思われます。

 

3 「動かない」ものを「動く」ものとして捉えるのが鑑定評価の特徴

(1) 不動産を「動かない」ものとして捉えた場合

不動産が「動かない」ものとされている理由として、いうまでもなく地理的な位置が固定されていること、固定されているが故に他の商品のようにすべての条件を等しくする不動産は2つと存在しないこと(=個別性)等があげられます。

さらに、土地は使用しても摩耗せず永久的な使用に耐えるものであること(地震等の場合は例外)、不増性(土地は再生産ができません)、個別性(非同質性、非代替性)、非移動性(条件の良い土地を所有していても、これを別の場所に移動させて活用することはできません)など、不動産(特に土地)には他の商品に見られない大きな特徴があります。

(2) 不動産を「動く」ものとして捉えた場合

不動産は、上記の特徴を有する反面、人為的には「動く」という特徴が見られます。そして、このことが不動産という財の価格形成を複雑なものにしている大きな要因です。

ここで、不動産が「動く」というのは、人間が土地や建物と何らかのかかわり(所有や利用面において)をもつことにより生じてくる1つの側面です。不動産が「動く」からこそ、そこに価格が生じるともいえます。

不動産が「動く」理由は、不動産鑑定評価基準にいう次のような人文的特性に基づくものです。

 用途の多様性(用途の競合、転換及び併存の可能性)

不動産は、公法上の規制の許す範囲内で様々な用途(住宅用、商業用、工業用等)に供することができます。また、このことが競合という現象を生み出すとともに、用途の転換を図ったり、複合住宅等のように1つの土地を同時に複数の用途に充てたりすることを可能とします。

 併合及び分割の可能性

土地の範囲は併合又は分割によって、広くもなれば狭くもなります。例えば、隣接地を買収(賃借)して一体的な利用を図ることができる場合があれば、不要となった自己所有地の一部を分割して売却(賃貸)することができる場合もあります。

 社会的及び経済的位置の可変性

ここにいう社会的位置とは、いわゆる土地柄のことであり、地域の発展や衰退など土地を取り巻く環境が変化すれば、その土地柄も変化することを意味しています。また、経済的位置とは収益性や生産性の程度を指し、従来これといった産業のなかった地域に店舗や工場が建ち並び、収益性や生産性が向上すれば経済的位置も高まります。

 可変的で伸縮的

周辺環境の変化に応じて土地の利用方法は変化する可能性があり(=可変的)、また、容積率や高さ制限の許す範囲内において2階建ての家を3階建てに建て替える、その反対に3階建ての家を2階建てに建て替えるというような利用方法も可能となります(=伸縮的)。

以上をはじめ、不動産は自然のままでは動きませんが、人間がこれに働きかけたとき、その利用方法はかなり変化し得るということになります。そして、このような動的な視点からものを見ることが鑑定評価の原点であり、それは不動産鑑定評価基準の起草者の教えにたどり着くものと筆者は考えています。

 

4 まとめ

不動産の鑑定評価と聞けば、いかにも専門的で、かつ味気のない数値や金額ばかり登場すると受け止められている方も多いと思われます。しかし、そもそも鑑定評価の対象とするものはきわめて人間的要素の強い不動産であり、物理的には「動かない」といっても人間の活動によりいくらでも「動く」ものに変化します。

土地建物の売買や賃貸借という行為は、まさに人間がその所有権や利用権を他人に移動させる(=動かす)ことであり、鑑定評価の過程のなかにも売買や賃貸借における市場参加者の行動原理は諸判断の1つとして反映されてきます。

鑑定評価の過程では、不動産鑑定士が市場人になり替わり、不動産の経済的な価値に対し合理的な視点から質的・量的な判断を加えることが必要となりますが、そのなかにも人間的要素を感じさせるものがあります。

(了)

「税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識」は、毎月第3週に掲載されます。

連載目次

税理士が知っておきたい
不動産鑑定評価の常識

第1回~第40回 ※クリックするとご覧いただけます。

第41回~

筆者紹介

黒沢 泰

(くろさわ・ひろし)

大手鉄鋼メーカーの系列会社(部長職)にて不動産鑑定業務を中心に担当。不動産鑑定士。

【役職等】
不動産鑑定士資格取得後研修担当講師(財団の鑑定評価、現在)、不動産鑑定士実務修習修了考査委員(現在)、不動産鑑定士実務修習担当講師(行政法規総論、現在)、(公社)日本不動産鑑定士協会連合会調査研究委員会判例等研究委員会小委員長(現在)

【主著】
『土地の時価評価の実務』(平成12年6月)、『固定資産税と時価評価の実務Q&A』(平成27年3月)、『基準の行間を読む 不動産評価実務の判断と留意点』(令和元年8月)『土地利用権における鑑定評価の実務Q&A』(令和3年12月)『新版 実務につながる地代・家賃の判断と評価』(令和4年9月)『新版/税理士を悩ませる『財産評価』の算定と税務の要点』(令和5年7月)『税理士が知っておきたい/実務で役立つ 不動産鑑定評価の常識』(令和6年7月)『不動産鑑定評価書を読みこなすための基礎知識』(令和7年4月、以上清文社)、『新版 逐条詳解・不動産鑑定評価基準』(平成27年6月)『新版 私道の調査・評価と法律・税務』(平成27年10月)、『不動産の取引と評価のための物件調査ハンドブック』(平成28年9月)、『すぐに使える不動産契約書式例60選』(平成29年7月)『雑種地の評価 裁決事例・裁判例から読み取る雑種地評価の留意点』(平成30年12月、以上プログレス)、『事例でわかる不動産鑑定の物件調査Q&A(第2版)』(平成25年3月)、『不動産鑑定実務ハンドブック』(平成26年7月、以上中央経済社)ほか多数。

     

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