2025年3月期決算における会計処理の留意事項
【第1回】
史彩監査法人 パートナー
公認会計士 西田 友洋
◆ ◆ ◆ はじめに ◆ ◆ ◆
3月の決算の時期が近づいてきた。当期も決算にあたり、確認及び検討しなければいけない事項が多くある。そこで本連載では4回にわたり、2025年3月期決算における会計処理の留意事項を解説する。
なお、本解説では、3月31日を決算日とする会社を前提に解説している。
-全体構成-
【第1回】(本稿)
Ⅰ 企業内容等の開示に関する内閣府令の改正
Ⅱ 未適用の会計基準等の注記
【第2回】 3/13公開
Ⅲ 法定実効税率
Ⅳ 税制改正
Ⅴ 令和7年度税制改正大綱
【第3回】 3/19公開
Ⅵ 法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準
Ⅶ 「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」等
Ⅷ 2024年年次改善プロジェクトによる企業会計基準等の改正
【第4回】 3/27公開
Ⅸ 分配可能額
Ⅹ 改正リース基準の準備
XI 有価証券報告書レビューを踏まえた留意事項
Ⅰ 企業内容等の開示に関する内閣府令の改正
有価証券報告書作成において留意すべき「企業内容等の開示関する内閣府令」等の改正が、以下のとおり行われている。
1 重要な契約の開示に関する「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正
2 政策保有株式の開示に関する「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正
1 重要な契約の開示に関する「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正
2023年12月22日に金融庁より「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、「内閣府令」という)等の改正が公表され、諸外国に比べて「重要な契約」に関する開示が不足していると考えられていたことから、有価証券報告書への「重要な契約」等の開示について改正が行われた。
(1) タイトルの変更
有価証券報告書及び有価証券届出書(以下、「有価証券報告書等」という)について、現行は、「経営上の重要な契約等」というタイトルで重要な契約について記載していたが、改正後は「重要な契約等」にタイトルが変わる。
〔有価証券報告書等のタイトル〕
現行:経営上の重要な契約等 ⇒ 改正後:重要な契約等
(2) 開示内容の追加
有価証券報告書等の「重要な契約等」に、以下①から③の開示が必要となる。
① 企業・株主間のガバナンスに関する合意
▷開示する場合(※1)
有価証券報告書等の提出会社(提出会社が持株会社の場合には、その連結子会社も含む)が、提出会社の株主(完全親会社を除く)との間で、以下のガバナンスに影響を及ぼし得る合意を含む契約(重要性の乏しいもの(※2)を除く)を締結している場合、当該契約の概要や合意の目的及びガバナンスへの影響等を開示する(内閣府令 第二号様式(記載上の注意)(33)f)。
(a) 提出会社の役員について候補者を指名する権利を株主が有する旨の合意
(b) 株主による議決権の行使に制限を定める旨の合意
(c) 提出会社の株主総会又は取締役会において決議すべき事項について株主の事前の承諾を要する旨の合意
▷開示内容(※3、4)
- 契約の概要(契約を締結した年月日、契約の相手方の氏名又は名称、住所、合意の内容)
- 合意の目的
- 取締役会における検討状況その他の提出会社における合意に係る意思決定に至る過程及び合意が提出会社の企業統治に及ぼす影響(影響を及ぼさないと考える場合には、その理由)を具体的に記載
なお、契約の相手方が個人である場合の住所の記載は、市町村までで可能である。
② 企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意
▷開示する場合(※1、5)
有価証券報告書等の提出会社が、提出会社の株主(大量保有報告書を提出した株主)との間で、以下の株主保有株式の処分等に関する合意を含む契約(重要性の乏しいもの(※2)を除く)を締結している場合、当該契約の概要や合意の目的等を開示する(内閣府令 第二号様式(記載上の注意)(33)g)。
(a) 株主による提出会社の株式の譲渡その他の処分について提出会社の事前承諾が必要である旨の合意
(b) 株主が提出会社との間で定めた株式保有割合(株主が有する提出会社の株式数がその発行済株式総数のうちに占める割合。(c)において同じ)を超えて提出会社の株式を保有することを制限する旨の合意
(c) 提出会社による株式の発行その他の行為が株主の株式保有割合の減少を伴うものである場合に、株主がその株式保有割合に応じて株式を引き受けることができる旨の合意
(d) 契約が終了した場合に、提出会社が株主に対しその保有する提出会社の株式を提出会社(提出会社が指定する者を含む)に売り渡すことを請求することができる旨の合意
▷開示内容(※3、4)
- 契約の概要(契約を締結した年月日、契約相手方の氏名又は名称・住所・合意の内容を含む)
- 合意の目的及び取締役会における検討状況その他の提出会社における合意に係る意思決定に至る過程を具体的に記載
③ ローン契約と社債に付される財務上の特約
▷開示する場合
提出会社又は連結子会社が「財務上の特約(※6~9)」や「その他会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼす可能性のある特約」が付された金銭消費貸借契約(※10)を締結している場合又はこれらの特約が付された社債の発行をしている場合に、その金銭消費貸借契約に係る債務の期末残高(複数の金銭消費貸借契約に同種の特約が付されている場合には、各金銭消費貸借契約に係る債務の期末残高合計額)又はその社債の期末残高(複数の社債に同種の特約が付されている場合にあっては、各社債の期末残高合計額)が連結純資産額(個別のみ開示の場合は純資産額)の10%以上である場合は、その期末残高に係る金銭消費貸借契約又は社債の概要及び財務上の特約の内容を開示する(内閣府令 第二号様式(記載上の注意)(33)h)。
▷開示内容(※3)
(a) 特約が付された金銭消費貸借契約の締結をしている場合
➤連結子会社が金銭消費貸借契約を締結している場合には、連結子会社の名称、住所及び代表者の氏名
➤金銭消費貸借契約の締結をし、又は特約が付された年月日
➤金銭消費貸借契約の相手方の属性(※11)
➤金銭消費貸借契約に係る債務の期末残高、弁済期限、担保の内容(※12)
➤これらの特約の内容(※13)
(b) 特約が付された社債の発行をしている場合
➤連結子会社が社債を発行している場合には、連結子会社の名称、住所及び代表者の氏名
➤社債の発行をし、又は特約が付された年月日
➤社債の期末残高、償還期限、担保の内容(※12)
➤これらの特約の内容(※13)
(※1) 法的拘束力を有する合意が開示対象となるため、口頭の合意であっても、法的拘束力を有する場合には、開示の対象になる(「「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(以下、「コメント対応」という)6)。
(※2) 一定の合意を含む契約が「重要性の乏しいもの」に該当するか否かは、合意が提出会社等のガバナンスや支配権、市場等に与える影響を踏まえ、個別事案ごとに実態に即して判断すべきである。例えば、合意の相手方以外の株主が特定かつ少数で、かつ全株主が合意の内容を把握しているなど、少数株主保護の必要性が乏しいものや、事前承諾権を定めた合意のうち、契約が通常の事業過程で締結されたものであり、かつ、事前承諾の対象となる行為が一部に限定されているなど、ガバナンスに対する影響が限定的であるものについては、「重要性の乏しいもの」に該当する(コメント対応13~17)。
(※3) 記載すべき事項の全部又は一部を他の箇所において記載した場合には、その旨を記載することによって、他の箇所において記載した事項の記載を省略することができる(内閣府令 第二号様式 記載上の注意(以下、「記載上の注意」という)(33)f,g,h)。
(※4) 法令上の開示の要請は、当事者間の合意による秘密保持義務に優先することから、個別の契約において秘密保持条項が設けられていたとしても、法令の定めに基づき当該契約の内容を開示することは、秘密保持義務違反には当たらない(コメント対応21)。
(※5) 保有株式の譲渡に関する制限は、株主に一方的に不利になりうるため、これが単独で合意されるのではなく、当該合意に付随又は関連して他に取り決めが行われていることがある。ここで、保有株式の譲渡制限等に関する合意に付随し又は関連してされている合意を常に開示することまでは求められていない。しかし、必要に応じて、当該合意に関する開示事項(合意の目的等)の中で付随する合意に開示することが考えられるほか、付随する合意自体が提出会社にとって重要な契約等である場合には、記載上の注意(33)aに基づいて開示を行う必要がある(コメント対応50)。
(※6) 提出会社の財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができない事由が生じたことを条件として当該提出会社が期限の利益を喪失する旨の特約に限る(内閣府令19⑳)。
(※7) 純資産額維持や利益維持等、財務指標の維持を目的としその抵触時の効果が期限の利益を喪失するものについては「財務上の特約」に該当するが、財務指標の維持を目的とするものではない、配当制限や担保提供制限といった財務制限条項やレポーティング・コベナンツそれ自体については、「財務上の特約」に該当しない(コメント対応72)。
(※8) コベナンツ抵触時の効果が期限の利益を喪失するものでなく、利率の引上げ等に留まる場合には、「財務上の特約」には該当しない(コメント対応72)。
(※9) 「財務上の特約が付された金銭消費貸借契約」には、特定融資枠契約(一定の期間及び融資の極度額の限度内において、当事者の一方の意思表示により当事者間において当事者の一方を借主として金銭を目的とする消費貸借を成立させることができる権利を相手方が当事者の一方に付与し、当事者の一方がこれに対して手数料を支払うことを約する契約)は含まれない(「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」(以下、「ガイドライン」という)5-17-2、コメント対応80)。
(※10) 特定融資枠契約(コミットメントライン)は、「財務上の特約が付された金銭消費貸借契約」には含まれず、同契約に基づいて、実際に資金の借入れを行った場合、当該借入額が一定の基準を超えるときに臨時報告書を提出する必要がある(コメント対応80)。
(※11) 属性の具体的な記載方法としては、「個人」や「事業会社」のほか、金融機関については、金融庁のホームページに掲載されている免許の区分に応じ、都市銀行、地方銀行等といった記載を行うことが考えられる。なお、個社名を開示することも可能である(コメント対応94、95)。
(※12) 「担保の内容」は、財務諸表の担保付資産の注記等を参考に具体的な記載を行うことが考えられる(コメント対応96)。
(※13) 「特約の内容」は、抵触事由の基準となる財務指標の内容やその値、財務上の特約に抵触した際の効果等を記載することが考えられる(コメント対応96)。なお、投資者の理解を損なわない程度に要約して記載することも可能である(ガイドライン5-17-4)。
(3) 臨時報告書の提出事由の追加
以下のとおり、臨時報告書の提出事由が追加されている(内閣府令19)。
有価証券報告書等の提出会社が、財務上の特約の付されたローン契約の締結又は社債の発行をした場合(既に締結している契約や既に発行している社債に新たに財務上の特約が付される場合も含む)であって、その元本又は発行額の総額が連結純資産額(個別のみ開示の場合は純資産額)の10%以上の場合には、契約の概要(契約の相手方の属性、元本総額及び担保の内容等)や財務上の特約の内容を記載した臨時報告書の提出が必要となる(上記(2)③参照)(※6~13、15)。
上記の財務上の特約に変更があった場合(軽微なものを除く)や財務上の特約に抵触した場合(※14、15)には、財務上の特約の変更内容や抵触事由等を記載した臨時報告書の提出が必要となる。
(※14) 期限の利益を喪失する旨の特約を解除するために担保権を設定した場合には、財務上の特約の内容に変更があった場合として、臨時報告書の提出が必要になる(コメント対応80)。
(※15) 金銭消費貸借契約の終了又は社債の償還があった場合には臨時報告書の提出は不要であるが、金銭消費貸借契約の弁済期限変更や社債の償還期限の変更があった場合には、臨時報告書の提出が必要となる。また、金銭消費貸借契約や社債に付された財務上の特約を削除する場合は、財務上の特約の内容の変更として、臨時報告書の提出が必要となる(コメント対応104、110)。
(4) 適用時期
① 有価証券報告書等
上記(1)及び(2)の適用時期は、以下のとおりである(内閣府令附則3①②)。
[原則]
2025年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用する。
[容認]
施行日(2024年4月1日)前に既に締結された契約については、2025年3月31日以前に開始する事業年度に係る有価証券報告書等までは記載を省略することができる(コメント対応133、134)。
例えば、3月決算の場合、施行日前に既に締結された契約については、2025年3月期の有価証券報告書では記載を省略し、2026年3月期の有価証券報告書から記載することができる。
② 臨時報告書
上記(3)の適用時期は、以下のとおりである(内閣府令附則2①②)。
[原則]
2025年4月1日以後に提出される臨時報告書から適用する。
[容認]
施行日(2024年4月1日)前に締結された契約について、弁済期限や財務上の特約に変更があった場合には、2026年3月31日までは臨時報告書の提出が省略可能である。
2 政策保有株式の開示に関する「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正
金融庁は、有価証券報告書の「株式の保有状況」の開示のうち、いわゆる政策保有目的から純投資目的に保有目的を変更した株式の開示状況を検証したところ、実質的に政策保有株式を継続保有していることと差異がない状態になっているとの課題を識別した。そのため、純投資へ保有目的を変更した株式について、透明性を確保するための改正が行われた。
(1) 改正内容
当事業年度を含む最近5事業年度以内に政策保有目的から純投資目的に保有目的を変更した株式(当事業年度末において保有しているものに限る)について、以下を開示する(記載上の注意(58)f)。言い換えると、政策保有目的から純投資目的に変更した株式については、5年間以下の開示が必要となる。
➤銘柄
➤株式数
➤貸借対照表計上額
➤保有目的の変更年度
➤保有目的の変更の理由及び変更後の保有又は売却に関する方針
改正前
当事業年度に投資株式の保有目的を純投資目的以外の目的から純投資目的に変更したものがある場合には、銘柄ごとに、以下を記載する。
➤銘柄
➤株式数
➤貸借対照表計上額
改正後
当事業年度を含む最近5事業年度に投資株式の保有目的を純投資目的以外の目的(政策保有目的)から純投資目的に変更したものがある場合には、銘柄ごとに、以下を記載する(※1、2)。
➤銘柄
➤株式数
➤貸借対照表計上額
➤保有目的を変更した事業年度
➤保有目的の変更の理由及び保有目的の変更後の保有又は売却に関する方針
(※1) 保有目的を政策保有目的から純投資目的に変更した後、当該銘柄について買い増しした株式は、開示対象に含まれない(コメント対応12)。
(※2) 売却を行う方針である株式については、売却予定時期を明示することが考えられる。それが困難である場合、売却を実現する際の考慮要素など、売却の時期に関する会社の考え方を具体的に記載することが考えられる(コメント対応13~15)。
また、従来、「純投資目的」の考え方について、具体的な規定はなかったが、以下のとおり、明確化されている。
「純投資目的」とは、専ら株式の価値の変動又は株式に係る配当によって利益を受けることを目的とすることをいう。
例えば、当該株式の発行者等が提出会社の株式を保有する関係にあること、当該株式の売却に関して発行者の応諾を要すること等により、発行者との関係において提出会社による売却を妨げる事情が存在する株式は、純投資目的で保有しているものとはいえない(ガイドライン5-19-3-2)。
(2) 適用時期
2025年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用される。
したがって、2025年3月期の有価証券報告書においては、2021年3月期以降に保有目的を変更した株式が開示対象となる。