《速報解説》
賃上げ促進税制・所得拡大促進税制の抜本改正について
~令和4年度税制改正大綱~
公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎
1 はじめに
令和3年12月10日、与党(自由民主党及び公明党)より令和4年度税制改正大綱が公表された。
岸田内閣は、新型コロナウイルス感染症への対応に万全を期しつつ、未来を見据え、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした、新しい資本主義の実現に取り組むこととしている。
これに関連したところでは、令和3年11月8日に公表された「新しい資本主義実現会議」緊急提言の中でも『民間企業において人的資本など未来への投資を強化させることで、中長期的に稼ぐ力を高め、その収益を賃上げ等の分配や更なる未来投資へ循環させることで持続的な成長を実現する。そして、現場で働く従業員や下請企業も含めて、広く関係者の幸せにつながる、多様なステークホルダーを重視した、持続可能な資本主義を構築していく。』と謳われているように、「分配」を通じたマルチステークホルダーへの配慮まで言及されている。
そのような背景をふまえ、今回の税制改正大綱においては「成長と分配の好循環の実現」が主要項目の第一に掲げられ、そのための第一の措置として積極的な賃上げ等を促すための措置が含まれている。これは、『成長と分配の好循環』の実現に向けて、長期的な視点に立って一人ひとりの積極的な賃上げを促すとともに、株主だけでなく従業員、取引先などの多様なステークホルダーへの還元を後押しする観点から措置されるものである。
そこで本稿では、令和4年度税制改正大綱において示された、賃上げ促進税制(所得拡大促進税制)の改正項目について紹介する。なお、文中の意見にわたる記述は筆者の私見であり、所属する団体・組織の公式見解ではないことを申し添える。
2 「賃上げ促進税制」への再改組(大企業向け)
大企業(中小企業者等以外の企業)向けの税制については、令和3年度税制改正において「賃上げ・投資促進税制」から「人材確保等促進税制」に抜本改組されたばかりであるが、わずか1年で再び抜本的に改組されることとなった。
【関連記事】
〔令和3年度税制改正における〕人材確保等促進税制の創設(賃上げ・投資促進税制の見直し)
1 はじめに
2 人材確保等促進税制の概要
3 中小企業者等向けの所得拡大促進税制の概要
4 適用要件
(1) 人材確保等促進税制の適用要件
(2) 所得拡大促進税制の適用要件
5 用語の定義
(1) 全体像
(2) 用語の定義
1 国内新規雇用者【新設】
2 新規雇用者給与等支給額【新設】
3 新規雇用者比較給与等支給額【新設】
4 控除対象新規雇用者給与等支給額【新設】
5 雇用者給与等支給額【改正】
6 比較雇用者給与等支給額【改正】
【第4回】 12/16公開
7 控除対象雇用者給与等支給増加額【新設】
8 雇用安定助成金額【新設】
9 調整雇用者給与等支給増加額【新設】
10 比較教育訓練費の額【改正】
6 連結納税制度における取扱い
7 グループ通算制度における取扱い
具体的には、令和2年度まで適用されていた「賃上げ・投資促進税制」から国内設備投資要件を除いた「賃上げ促進税制」に戻るようなイメージである。
改正案の概要は下表の通りである。
〈大企業向け税制の改正案概要〉
※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。
(※) 税制改正大綱では「資本金の額等」とされているが、「資本金等の額」の誤りではないかと思料する(以下、本稿において同様)。本件については、今後の情報に引き続き注視したい。
〔追記:2021/12/24〕
上記(※)につき情報を注視した結果、閣議決定後の税制改正大綱でも記載に変更はなく、純粋に資本金の額(又は出資金の額)によって判定されるべき項目と考えられるため、「資本金の額等」の記載は誤りではないと思われる。
今回の改正のポイントとしては、制度設計が令和2年度末で廃止された「賃上げ・投資促進税制」と同様の仕組みに戻ったということである。
改正案における「継続雇用者給与等支給額」とは、継続雇用者(当期及び前期の全期間の各月分の給与等の支給がある一定の雇用者)に対する給与等の支給額をいい、「継続雇用者比較給与等支給額」とは、前期の継続雇用者給与等支給額をいう。これは現行制度の「特定税額控除規定の適用停止措置」における定義(措法42の13⑥一)と同義になるものと考えられる。
そのうえで継続雇用者給与等支給額については、前年度比3%以上の増加が求められた。これは岸田首相が常々「3%を超える賃上げを期待している」旨の発言(令和3年11月26日 第3回「新しい資本主義実現会議」内での発言)を行っていること等も影響しているであろう。議論の過程では、「1人あたり給与支給額の増加要件とすべき」「基本給の引き上げを要件とすべき」といった意見も出ていたが、最終的には給与総額ベースでの比較に落ち着いたところである。
また、資本金の額等(上表(※)参照)が10億円以上であり、かつ、常時使用従業者数が1,000人以上である企業に対して、給与等の支給額の引上げ方針等について
◆インターネットを利用する方法により公表すること
◆公表したことを経済産業大臣に届け出ていること
が追加的な要件として定められることとなった。
これは、一定規模以上の企業については、マルチステークホルダーに配慮した経営を行うようコミットメントを促す観点から設けられたものと考えられる。
控除率の上乗せについては、2段階に分けて措置された。継続雇用者給与等支給額の前年度比4%以上増加を達成すれば10%の上乗せ、教育訓練費の前年度比2%以上増加を達成すればさらに5%の上乗せとなるから、双方の要件を満たせば最大控除率は30%となる。なお、教育訓練費の要件による上乗せ控除の適用を受ける場合には、教育訓練費の明細を記載した書類の保存(現行制度では確定申告書への添付)が必要とされる。
3 所得拡大促進税制の見直し(中小企業者等向け)
中小企業者等向けの「所得拡大促進税制」については、制度の枠組みを維持しつつ、上乗せ控除の要件及び適用年度の見直しが行われる。
改正の概要は下表の通りである。
〈中小企業向け税制の改正案概要〉
※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。
中小企業者等向けの所得拡大促進税制については、上乗せ控除のための要件が変更されたこと以外は、現行制度を維持するものとなっている。
上乗せ控除のための要件については、現行制度では「積極的な賃上げ要件」を満たした上で、さらに「教育訓練費増加要件」または「経営力向上要件」のいずれかを満たす必要があるが、改正案では「積極的な賃上げ要件」と「教育訓練費増加要件」のそれぞれについて税額控除率の加算措置が設けられていることから、双方の要件をいずれも満たす必要はなく、別個独立的に検討すればよいものと考えられる。
4 地方税の取扱い
法人事業税(外形標準課税)の付加価値割の課税標準からの控除制度について、法人税の制度と同様の適用要件に改正された上で、控除対象雇用者給与等支給増加額について、雇用安定控除との調整等をふまえて付加価値額から控除できることとされる。
また中小企業者等については、(改正後の)賃上げ促進税制または所得拡大促進税制の適用による税額控除を、法人住民税にも適用する措置が継続される。
5 特定税額控除規定の適用停止措置の見直し
現行制度では、「継続雇用者給与等支給額が継続雇用者比較給与等支給額を超えること」という要件を満たさない場合には、賃上げに消極的な企業として取り扱われ、(さらに設備投資に消極的とされる要件も満たした場合には)研究開発税制等(注)の一定の租税特別措置の適用が停止される(措法42の13⑥)。
(注) 研究開発税制の他、地域未来投資促進税制、5G導入促進税制、デジタルトランスフォーメーション投資促進税制、カーボンニュートラル投資促進税制が対象とされている。
改正案では、賃上げに消極的な企業とされる要件が段階的に厳しくされる。具体的には、資本金の額等(上表(※)参照)が10億円以上であり、かつ、常時使用従業員数が1,000人以上である場合、及び前事業年度の所得の金額がゼロを超える一定の場合のいずれにも該当する場合には、継続雇用者給与等支給額にかかる要件を以下の通り見直すこととされる。
(了)