公開日: 2017/01/12 (掲載号:No.201)
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ストーリーで学ぶIFRS入門 【第12話】「金融商品会計はIFRSも難しい?」

筆者: 関根 智美

 

● ○ IFRS第9号「金融商品」 ○ ●

金融商品に関するIFRS基準は複数ある

「じゃ、さっそくIFRSを教えようか?今日の作業は有価証券って言っていたよね?せっかくだから有価証券に絡んだものがいいね。」

桜井は飲みかけのコーヒーにむせて、咳込んだ。
「ゴホゴホ・・・。い、いきなりですか?」

「ほら、業務時間中にこんな話できないでしょ?しかも藤原君の目の前で。」

「・・・確かにそうですね。」と納得した桜井は、さっそく自分の席に戻り、いつもの勉強用ノートとペンを取り出すと、再び伊崎の隣に座った。

「では、IFRSでは有価証券の会計処理について教えてください。」

「あー、そこからなんだね。」と伊崎は呟き、頭を掻いた。

「まず、今日教えるのは、『金融商品』の基準だよ。金融商品の中の1つが有価証券だね。」

「あ、そう言えば日本基準でも金融商品会計って言いますもんね。」
桜井は、はっとした表情で伊崎を見た。

「うん。それから、一言で金融商品の基準といっても、いくつも基準があるんだ。」

「へぇ。どんな基準があるんですか?」

「今適用されているのは、IAS第39号『金融商品:認識及び測定』だね。それから2018年1月1日以後開始の事業年度からは、IAS第39号に代わりIFRS第9号『金融商品』が強制適用されることになるんだ。もちろん、IFRS第9号を早期適用することもできるよ。」

「へぇ。IFRS第9号は新しい基準なんですね。」
桜井はメモを取りながら、説明の続きを待った。

「それから、他にも、IFRS第7号『金融商品:開示』、IAS第32号『金融商品:表示』という基準もあるんだ。」

「IAS第39号やIFRS第9号の他に、まだ2つもあるんですね!」
伊崎は桜井の新鮮な反応を見て、思わず笑った。

「そうなんだよ。今日は、その中からIAS第39号に代わって適用予定のIFRS第9号に絞って勉強しようか。」

「はい、分かりました。」
桜井は勢いよく頷いた。

 

IFRSの金融商品会計は日本基準と異なる部分が多い

「それから、ヤル気を削ぎたくないから本当は言いたくはないんだけど・・・」

「な、何でしょうか?」
桜井は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「IFRS第9号は、日本基準とはいろいろ違いがあるんだ。どちらかというと、IAS第39号の方が日本基準には近かったんだよね。」

「えっ!」

「それに・・・すごく難しい。」

「そ、そうなんですか。」
次第に桜井がうな垂れる様子を見て、伊崎はフォローも入れた。

「でも、IFRS第9号は、IAS第39号で問題だった理解や適用、そして解釈が困難だっていう問題を改善して簡素化した基準なんだ。それに、IFRS、日本基準に限らず、もともと金融商品会計って難しいからね。」

「はぁ。でも、何でヤル気が削がれることを言う必要があるんですか?」
桜井は情けない声で尋ねた。

「始めから覚悟しておいた方がいい場合もあるでしょ?まずは基本の枠組みをしっかり理解することを今日の目標にしようか。」
その目標を聞いて、桜井も安心したようだ。

「それくらいなら、できるかもしれません。」

 

IFRS第9号についての学習項目

「案ずるより産むが易し、とも言うし、ひとまずIFRS第9号がどんな基準なのか確認してみようか。」

「はい、よろしくお願いします。」と桜井は頭を下げた。
桜井の素直な態度を見た伊崎は少しほほ笑んだ後、1枚のファイルを桜井に差し出した。

【今回の学習項目】

  • 金融商品の定義
  • 金融商品の当初認識と当初測定
  • 金融資産の分類と測定
  • 金融負債の分類と測定
  • 減損

「今日教えることは、この表の項目だよ。中でも基本的な部分だけを説明するね。だから、他の金融商品に関する基準の内容はもちろん、IFRS第9号にある『金融商品の認識の中止』や『ヘッジ会計』、他の細かい規定も今回はあえて省略しているから、そこは注意してね。
それでも、なかなかのボリュームだよ?」

「はい、分かりました。」

 

金融商品の定義

  • 金融商品の定義
  • 金融商品の当初認識と当初測定
  • 金融資産の分類と測定
  • 金融負債の分類と測定
  • 減損

「じゃ、さっそく『金融商品の定義』からだね。」

「あ、はい。」
いつもならここで藤原が咳払いするのだが、それがないことに桜井はふと気がついた。教えているのは伊崎なので、当然のことなのだが。

「まず、金融商品(financial instrument)とは、一方の企業にとっての金融資産(financial asset)と、他の企業にとっての金融負債(financial liability)又は資本性金融商品(equity instrument)の双方を生じさせる契約のことを言うんだ。」

「はい・・・」

金融資産・金融負債・資本性金融商品の定義

伊崎は、桜井の顔を見て苦笑した。
「漠然とした定義だよね。今の定義の中で、3つのキーワードに気がついたかい?」

「えっと、金融資産、金融負債、資本性金融商品の3つですか?」
伊崎の言葉を思い出しながら、桜井は慌てて答えた。

「そう、その通り。では次に、その3つの定義を見ていくよ。資本性金融商品はまだ分かりやすいけど、残りの2つのキーワードの定義なんて、もう呪文みたいなものなんだ。」

「呪文、ですか・・・?」

桜井の反応に、伊崎はくすりと笑う。
「見たら分かるよ。金融資産と金融負債の定義は対比して見たほうが分かりやすいから、表で確認しようか。」

そう言うと、伊崎は足元の引出から一冊のファイルを取り出して、桜井にも見えるように広げた。

「藤原君がいろいろまとめてくれた資料なんだけどね。」と、伊崎はいたずらっぽく笑った。

「え、勝手に使っちゃっていいんですか?」

「もちろん。有効活用した方が藤原君の努力も報われるでしょ?」
気まずそうな桜井を余所に、伊崎は表を指さした。

【金融資産・金融負債・資本性金融商品の定義】

《金融資産》

● 現金

● 他の企業の資本性金融商品

● 次のいずれかの契約上の権利

a) 他の企業から現金又は他の金融資産を受け取る。

b) 金融資産又は金融負債を当該企業にとって潜在的に有利な条件で他の企業と交換する。

● 企業自身の資本性金融商品で決済されるか又は決済される可能性のある契約のうち、次のいずれか

a) デリバティブ以外で、企業が企業自身の可変数の資本性金融商品を受け取る義務があるか、又はその可能性があるもの

b) デリバティブで、固定額の現金又は他の金融資産と企業自身の固定数の資本性金融商品との交換以外の方法で決済されるか、又はその可能性のあるもの

《金融負債》

● 次のいずれかの契約上の義務

a) 他の企業に現金又は他の金融資産を支払う。

b) 金融資産又は金融負債を当該企業にとって潜在的に不利な条件で他の企業と交換する。

● 企業自身の資本性金融商品で決済されるか又は決済される可能性がある契約のうち、次のいずれか

a) デリバティブ以外で、企業が企業自身の可変数の資本性金融商品を引き渡す義務があるか又はその可能性があるもの

b) デリバティブで、固定額の現金又は他の金融資産と企業自身の固定数の資本性金融商品との交換以外の方法で決済されるか、又はその可能性があるもの

《資本性金融商品》

● 企業の全ての負債を控除した後の資産に対する残余持分を証する契約

「これが・・・全部・・・定義・・・なんですか?」
金融資産と金融負債の定義を見て驚く桜井に、伊崎は笑顔で頷いた。

「うーん、金融資産の上2つにある『現金』とか『他の企業の資本性金融商品』までは理解できますけど、それ以降は読む気も出ないんですが・・・。あ、でも、金融資産の定義の一部が金融負債の定義と対の関係になっているのは分かります。」

桜井は、小さい文字に目を凝らしながら字面を追うが、正直言葉が頭に入ってくる気がしなかった。

金融商品の範囲は広い

「でしょ。定義も大事なんだけど、今はどういうものが金融資産、金融負債、資本性金融商品なのか、ってことが分かれば大丈夫だよ。」
そう言うと、伊崎が新しい表を桜井に見せた。

【金融資産・金融負債・資本性金融商品の具体例】

《金融資産》

  • 現金
  • 売掛金
  • 受取手形
  • 有価証券
  • 貸付金 etc.

《金融負債》

  • 買掛金
  • 支払手形
  • 借入金
  • 未払金
  • デリバティブ負債 etc.

《資本性金融商品》

  • 株式
  • その他、金融負債(又は金融資産)に該当しないもの

「へぇ!確かに僕にはこっちの方が理解できます。資本性金融商品って株式のことを言うんですね。」
桜井の言葉に伊崎は頷きで答えた。

「そうだね。これらの例はほんの一部だけどね。もちろん、金融商品をそれぞれの定義に当てはめて判断するのが基本だということは、忘れないでね。」

「分かりました。でも、現金や売掛金、負債側では未払金まで金融商品になるんですね。僕のイメージでは有価証券だけでした。」

「そうだね。でも、実は日本基準でも、金融商品の範囲はIFRSと大部分は変わらないんだよ。意識しないだけでね。」

「え、そうだったんですか。」
桜井は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。

ストーリーで学ぶ
IFRS入門

【第12話】

「金融商品会計はIFRSも難しい?」

仰星監査法人
公認会計士 関根 智美

 

連載の目次はこちら

● ○ プロローグ ○ ●

「ピリピリ!って音、しない?」
隣の席の橋本にいきなり話しかけられた伊崎は当惑した。橋本が何のことを言っているのか、さっぱり分からなかったからだ。伊崎のその表情を気にすることなく、橋本がさらに言う。

「ほら、向かいのあの2人の空気よ。年末からずっとあの調子じゃない。」

伊崎もその言葉で納得した。2人の対面の席には、経理部の若手コンビである藤原と桜井がいつものように和気あいあいと雑談することもなく、それぞれのPCに黙々と集中している。どうやら年末に2人の間でひと悶着あったようだった。

「伊崎さんは何があったか知っている・・・わけないわよね。」と橋本は、伊崎の顔をちらりと見てからため息をついた。

「第3四半期は年始休暇のせいで作業日程がいつもよりタイトだから、黙って仕事してくれる分にはいいんじゃないかな?」
伊崎は両手を後頭部で組み、背もたれに体を預けて軽く伸びをした。

ここは、東証一部に上場しているメーカーの経理部である。3月決算会社であるため、経理部は年明け早々から第3四半期決算のプチ繁忙期に入っていた。課長の倉田を始め、中堅クラスの伊崎、橋本、入社5年以下の若手である藤原、桜井、山口がそれぞれの分担を黙々とこなしている。この会社では今年の夏にIFRSを導入することを決定したのだが、この期間ばかりはIFRS導入プロジェクトも活動休止中だ。

「あら、職場の雰囲気って大事なのよ?私なんて繊細だから、この緊張感のある空気が気になっちゃって・・・」
「部署異動の希望を出そうかしら~」と、派遣社員を除く経理部の中で紅一点の橋本はしれっと言う。

「うーん、これ以上仕事が増えるのは困るなぁ。橋本さんがいないと、税金まで僕が担当することになりそうだ。」
橋本は、頬杖をついて伊崎の方に体を向けた。

「でしょう?だから、どうにかしてあの2人を和解させましょうよ。どうせ喧嘩の原因は藤原くんが作ったんでしょうけど。」

「だったら、僕は協力できないんじゃないかな?なぜか藤原君には嫌われているんだよね。」
伊崎は腕を組んで、橋本に言った。橋本は首を傾げながら頬杖をついている方の人指し指で、トントンと頬を叩く。

「うーん、伊崎さんの要領の良さが羨ましいからかしら?ほら、藤原君って不器用なタイプだから。」
そう言うと橋本は暫く沈黙し、再び口を開いた。

「ま、いいわ。私が藤原君に話を聞いてみるから、伊崎さんは桜井君をお願いね。」
橋本は伊崎ににっこりとほほ笑みかける。伊崎はやれやれと首を振りながらも、引き受けることにした。

翌日、早朝の冷気で頬を赤らめた桜井がオフィスに入ると、既に経理部に先客がいた。

「あれ?伊崎さん、おはようございます。今日は珍しいですね。」
桜井は伊崎の向かいの席に鞄を置き、コートを脱ぎはじめた。

「おはよう。偶然目が早く覚めちゃったから、仕事を片付けに来たんだ。来週中には数字を固めておかなきゃいけないからね。」
伊崎はほほ笑んで答えた。もちろんこれは方便で、本当は桜井と一対一で話をしたかったからだ。藤原と微妙な雰囲気にある桜井は、隣席の藤原を避けるためか、残業をほどほどにこなした後すぐ帰宅し、早朝に作業をしていた。

「桜井君は、進捗状況はどう?順調?」

「まぁまぁって感じです。今日から有価証券の予定です。」
桜井は作業管理表を確認して答えた。

「そっか。じゃ、すぐに終わりそうだね。今回特に問題のある有価証券もないし、いつも通りだから。ところで、藤原君に何を言われたんだい?」

「ええ・・・えっ!?」
仕事の話からいきなり切り替えられた話題に桜井は動揺した。

「ほら、何か君たち微妙な雰囲気になっているから、僕で良ければ相談に乗るよ?」
伊崎は先ほどからゆったりした笑顔を浮かべている。桜井は一瞬逡巡したが、もやもやした胸の内を誰かに、できれば優しそうな人に聞いてもらいたいという思いもあり、先月の藤原とのやり取りを話すことにした。

「・・・へぇ、なるほどね。」
一部始終を聞き終えた伊崎は、買ってきたばかりの缶コーヒーのうち1本を桜井に手渡し、自分の分のプルタブを開けた。桜井も伊崎の隣の席に腰かけ、お礼と共に受け取ったコーヒーを一口すする。

「はい・・・。いくら先輩だからって、あんなに偉そうに言う筋合いはないと思います。それに、IFRSだって僕から頼んで教えてもらっているわけじゃないし・・・」
桜井は溜めこんでいた鬱憤を吐き出して、少しすっきりしたようだ。

「そうかー。そういうことなら、今のままちょっと距離を置いていたらいいんじゃないかな。」
桜井は伊崎の意外な返答を聞いて、呆気に取られた顔をした。

「え?伊崎さんは僕たちを仲直りさせようとしているんじゃないんですか?」

伊崎はコーヒーを飲みながら言った。
「だって、少なくとも君は自分が間違っているって思ってないわけでしょ?」

「ええ、まぁ、そうですけど・・・」

「なら、折れる必要なんてないと思うよ。後輩だからとか、関係なく。」

「それでもいいんですか?」

「だって、必要最低限の業務連絡とかはしているわけでしょ?仕事に支障がないのなら、それでいいんじゃないかな。皆と仲良くなんて、無理だよ。」

桜井は、自分の意見が聞き入れられたことで肩すかしを食らった気分になった。心のどこかで自分が非難されるのでは、と予想していたからなのだが、すんなり受け入れられると、それはそれで漠然と不安な気持ちになる。
「でも・・・」

そこで伊崎は桜井の方に向き直った。
「そもそも、IFRSを教えてもらったことがきっかけなんだよね?それなら、僕が藤原君の代わりにIFRSを教えようか?」

さらに伊崎は、「もしかしたら、藤原君より上手いかもしれないよ?」とおどけた口調で付け加えた。

桜井は暫く黙って考え込んだ。桜井だって、せっかくIFRSの勉強を始めたのだから、このまま続けたいとは思っているのだ。しかし、自分から積極的に本を開くことはついつい後回しになっているし、今の気まずい状況で藤原に頭を下げて教えてもらうのも抵抗がある。伊崎の申し出は、桜井にとって願ったり叶ったりだった。

「では、IFRSのこと、伊崎さんにお願いしてもいいですか?」
桜井はおずおずと言った。

「もちろんだよ。」
伊崎は再び桜井に笑顔を向けた。

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連載目次

筆者紹介

関根 智美

(せきね・ともみ)

公認会計士

神戸大学経営学部卒業
2005年公認会計士2次試験合格
2006年より大手監査法人勤務後、語学留学及び専業主婦を経て、
2015年仰星監査法人に入所。法定監査を中心に様々な業種の会計監査業務に従事する。
2017年10月退所。

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