公開日: 2017/01/12 (掲載号:No.201)
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ストーリーで学ぶIFRS入門 【第12話】「金融商品会計はIFRSも難しい?」

筆者: 関根 智美

減損

  • 金融商品の定義
  • 金融商品の当初認識と当初測定
  • 金融資産の分類と測定
  • 金融負債の分類と測定
  • 減損

「最後の項目は、『減損(impairment)』だね。」

そこで桜井は不思議に思った。
「あれ?減損会計って確か、IAS第36号にもありましたよね?IFRS第9号でも減損に関する規定があるんですか?」

「そうなんだよ。そこは藤原君に教えてもらったみたいだね。ただ、IFRSで言う減損の概念は日本基準よりも広くてね。ここでの『減損』は損失評価引当金、つまり日本基準で言う貸倒引当金も含んだ概念なんだ。」

「なるほど。そういうことですか。」

IFRS第9号では「予想信用損失モデル」を採用

「このIFRS第9号の減損に関する規定は、『予想信用損失モデル』を採用しているんだ。」

「『予想信用損失モデル』ですか?」
桜井は首を傾げた。

「そう。『予想信用損失モデル』では、金融商品の当初認識時からの信用リスクの変動に応じて予想信用損失を認識することになるんだ。」

「へぇ。ところで、信用損失って、「回収できない金額」という理解で大丈夫なんでしょうか?」

「そうだね。信用損失は、契約上のキャッシュ・フローと受取見込のキャッシュ・フローとの差額を実効金利で割り引いたもの、というのが基本的な定義だね。」

「なるほど。実効金利も考慮するんですね。」

適用範囲

「さて、ではどういう規定になっているのか、見ていこうか。」

「はい。」

「まずは、この規定が適用されるのは、この表にある6項目だよ。」
伊崎は、桜井に新しい表を見せた。

【IFRS第9号 減損の適用範囲】

  • 償却原価で測定される金融資産

  • FVOCI(リサイクリング有)で測定される金融資産

  • リース債権

  • 契約資産

  • ローン・コミットメント(FVTPL測定以外)

  • 金融保証契約(FVTPL測定以外)

「へぇ。」

「リストの後半部分は今回説明していないけど、今はリストにある、『償却原価で測定される金融資産』、『FVOCI(リサイクリング有)で測定される金融資産』、『リース債権』、『契約資産(contract asset)』に適用されるってことが分かれば大丈夫。」

「この表で言うと、上4つがIFRS第9号の減損を適用することになると押さえておけばいいんですね。あれ?このリストを見ると・・・えーと、FVTPLで測定する金融資産は含まれないんですね。」

「そうなんだ。FVTPLで測定する金融資産の帳簿価額は常に公正価値だし、その差額も純損益で認識しているから、減損する必要がないからね。」

「あ、そうか。なるほど。」

「それから、『契約資産』は初めて聞いた言葉だよね?」

「はい。」と、桜井は素直に頷いた。

「これはIFRS第15号の収益認識に関する基準に説明があるんだけど、今はこういうものがあるんだ、という理解で大丈夫だよ。」

「分かりました。」

一般的アプローチ

「では、まずは原則的な方法から行くよ。基準では『一般的アプローチ』と表現されているね。」

「はい。」

金融資産を信用リスクに応じて3つのステージに分類

「まず、金融資産を信用リスクに応じてステージ1から3に分けるんだ。当初認識時はステージ1だね。その後信用リスクが著しく増大した場合、ステージ2へ振り替えられる。最後のステージ3は信用減損が発生した場合だね。それらのステージに応じて損失評価引当金の計上額が違うんだ。」

「へぇ。ステージが変わるタイミングは、『信用リスクの著しい増加』と『信用減損』があった時なんですね。」

減損利得又は減損損失は純損益に認識

「そういうことだね。そして、報告日現在の損失評価引当金を修正するために必要となる予想信用損失額、又は戻入額を減損利得又は減損損失として、純損益に認識するんだ。」

「はい・・・」
桜井は少し不安な様子だ。

「まぁ、言葉で言ってもイメージが湧かないだろうから、図で確認してみよう。」
伊崎はそういうと、新しいファイルを差し出した。

【減損:一般的アプローチのまとめ】

当初認識時はステージ1に分類

「まず、ステージ1に分類された金融商品では、損失評価引当金を12ヶ月の予想信用損失(12-month expected credit loss)に等しい金額で測定するんだ。」

「へぇ。認識した時点から引当金を計上することになるんですね。」

「そうなんだ。この『12ヶ月の予想信用損失』とは、全期間の予想信用損失のうち、報告日後12ヶ月以内に生じ得る債務不履行事象から生じる予想信用損失の部分のことだよ。」

「はい。」

「ちなみに、この予想信用損失もExpected Credit Lossという英語表記の頭文字を取ってECLと表記している本もあるんだよ。」

「え・・・またイニシャルシリーズですか・・・」
桜井は、大きなため息を吐くと、念のためECLについても忘れないようにメモを取った。

ステージ2は信用リスクに著しい増大が生じた場合

「次に、信用リスクの著しい増大がある場合には、ステージ2に分類するんですよね。この時の損失評価引当金はどうなるんですか?」
桜井は気を取り直して伊崎に質問した。

「ステージ2では、全期間の予想信用損失(life-time expected credit loss)、つまり、その金融商品の予想存続期間にわたるすべての生じ得る債務不履行事象から生じる予想信用損失に等しい金額で引当計上されるんだよ。」

「へぇ!計上対象となる期間が一気に増えるんですね。」

信用リスクの著しい増大の判定

「それから、信用リスクの著しい増大はどうやって判定するのか、ということについて、基本部分だけ少し補足するね。」

「あ、はい。」

「まず、信用リスクが増えたかどうかは当初認識時点の信用リスクと比べて判断する。つまり、その金融商品の予想存続期間にわたる債務不履行リスクが増加したかどうかで判断することになるんだ。」

「はぁ。」と、桜井は不安そうに相槌を打った。その顔を見て、伊崎はクスリと笑った。

「今はすべてを理解する必要はないから、安心していいよ。じゃ、もうちょっと具体的な話をしようか。」

「はい、お願いします。」
桜井の表情が少し明るくなった。

「IFRSでは、信用リスクが著しく増大したかの判断について、2つの運用上の便宜が設けられているんだ。」

「一体どんな内容なんですか?」

「1つ目は、例えば、『投資適格』と外部で格付けされているような、信用リスクが低いと報告日現在で判断される金融商品の場合には、信用リスクが当初認識以降に著しく増大していないと推定することができる。」

「へぇ。」

「2つ目は、契約上の支払の期日経過が30日超である場合は、その金融資産に係る信用リスクが当初認識以降に著しく増大しているという反証可能な推定ができるんだよ。」

「なるほど!これなら僕でもイメージできますね。」
伊崎はほほ笑んで頷いた。

信用減損が発生したらステージ3へ

「では、続いてステージ3だね。」

「はい。ステージ3は信用減損が発生した場合に分類されるんですよね。さっきから気になっていたんですが、『信用減損』って何ですか?」

「『信用減損(credit-impaired)』とは、金融資産の見積り将来キャッシュ・フローに不利な影響を与える1つ又は複数の事象が発生している場合のことを言うんだ。」

「はぁ・・・不利な影響を与える事象、ですか・・・」
桜井がイメージをつかみ切れないでいる様子を見て、伊崎は具体的な例を付け加えた。

「例えば、債務者が重大な財政的困難に陥ったり、債務不履行などの契約違反があったりした時なんかが分かりやすいかな。」

「なるほど。でも表を見ると、損失評価引当金の計上額はステージ2と同じですけど、ステージ2とステージ3で何が違うんですか?」

「そうだね。ステージ2と同様に損失評価引当金は全期間の予想信用損失額を計上するんだけど、その下のボックスを見てごらん。」

「えーと、利息の認識ですか?・・・あ、ステージ1とステージ2では、損失評価引当金控除前の帳簿価額に実効金利を乗じて利息を算定しますけど、ステージ3だけは、損失評価引当金控除後の帳簿価額に実効金利を乗じるんですね。」

「そういうこと。ステージ2とステージ3で、利息の算定式が違うよね。ステージ3でも利息は計上されるんだけど、その金額がステージ2よりも少なくなるんだ。」

「なるほど。そういうことなんですね。」

簡便法の「単純化したアプローチ」

「それにしても、対象となるすべての金融商品を分類して、予想信用損失を見積もるのは実務的に考えると大変そうですね。」
桜井は一般的アプローチの表を眺めながら言った。

「そうだよね。そもそもこの一般的アプローチは、金融機関を念頭に置いているからね。」

「へぇ、そうなんですか。」

「だから、特定の金融資産については簡便法が設けられているんだよ。」

「それは、ありがたいです!」

簡便法を使えるのは営業債権、契約資産、リース資産のみ

「ところで、すべての金融資産について簡便法が使えるんですか?」

「それなんだけどね、簡便法、つまり、基準の言葉で言うところの『単純化したアプローチ』を採用できる金融資産は、営業債権、契約資産、そしてリース資産の3つの金融資産に限定されているんだ。」

「なんだ。そうなんですか。」

重要な金融要素のない営業債権及び契約資産は常に単純化したアプローチを適用

「まず、『重要な金融要素のない営業債権及び契約資産』。これは単純化したアプローチを適用しなければならない。」

「そこは強制なんですね!『重要な金融要素がない』とは、確か重要な利息が含まれていないって解釈すればよかったんですよね?」
桜井は、先ほど伊崎の説明を思い出しながら確認した。

「そう、よく覚えていたね。」
伊崎の言葉を聞いて、桜井は照れ臭そうに頭を掻いた。

重要な金融要素がある営業債権及び契約資産、リース債権は会計方針の選択で適用可

「それから、重要な金融要素のある営業債権及び契約資産でも、簡便的なアプローチを会計方針として選択した場合は簡便法が使えるんだ。」

「では、最後のリース資産はどうなんですか?」

「これも単純化したアプローチを会計方針として選択すれば、リース債権でも適用対象になるんだよ。」

「なるほど。重要な金融要素がある営業債権及び契約資産とリース資産に単純化したアプローチを適用するには、会計方針として選択する必要があるんですね。」

「そうだよ。」

単純化したアプローチの下では、損失評価引当金=全期間の予想信用損失

「そして単純化したアプローチでは、常に損失評価引当金を全期間の予想信用損失に等しい金額で測定することになるんだ。」

「へぇ。単純化したアプローチでは、ステージを1~3に分けなくてもいいというわけですね。」

「そうだね。図でまとめるとこんな感じかな。」

これも藤原先輩が作成した表なんだろうな、と思いながら桜井は伊崎が示した表を眺めた。

【減損:簡便的アプローチのまとめ】

ストーリーで学ぶ
IFRS入門

【第12話】

「金融商品会計はIFRSも難しい?」

仰星監査法人
公認会計士 関根 智美

 

連載の目次はこちら

● ○ プロローグ ○ ●

「ピリピリ!って音、しない?」
隣の席の橋本にいきなり話しかけられた伊崎は当惑した。橋本が何のことを言っているのか、さっぱり分からなかったからだ。伊崎のその表情を気にすることなく、橋本がさらに言う。

「ほら、向かいのあの2人の空気よ。年末からずっとあの調子じゃない。」

伊崎もその言葉で納得した。2人の対面の席には、経理部の若手コンビである藤原と桜井がいつものように和気あいあいと雑談することもなく、それぞれのPCに黙々と集中している。どうやら年末に2人の間でひと悶着あったようだった。

「伊崎さんは何があったか知っている・・・わけないわよね。」と橋本は、伊崎の顔をちらりと見てからため息をついた。

「第3四半期は年始休暇のせいで作業日程がいつもよりタイトだから、黙って仕事してくれる分にはいいんじゃないかな?」
伊崎は両手を後頭部で組み、背もたれに体を預けて軽く伸びをした。

ここは、東証一部に上場しているメーカーの経理部である。3月決算会社であるため、経理部は年明け早々から第3四半期決算のプチ繁忙期に入っていた。課長の倉田を始め、中堅クラスの伊崎、橋本、入社5年以下の若手である藤原、桜井、山口がそれぞれの分担を黙々とこなしている。この会社では今年の夏にIFRSを導入することを決定したのだが、この期間ばかりはIFRS導入プロジェクトも活動休止中だ。

「あら、職場の雰囲気って大事なのよ?私なんて繊細だから、この緊張感のある空気が気になっちゃって・・・」
「部署異動の希望を出そうかしら~」と、派遣社員を除く経理部の中で紅一点の橋本はしれっと言う。

「うーん、これ以上仕事が増えるのは困るなぁ。橋本さんがいないと、税金まで僕が担当することになりそうだ。」
橋本は、頬杖をついて伊崎の方に体を向けた。

「でしょう?だから、どうにかしてあの2人を和解させましょうよ。どうせ喧嘩の原因は藤原くんが作ったんでしょうけど。」

「だったら、僕は協力できないんじゃないかな?なぜか藤原君には嫌われているんだよね。」
伊崎は腕を組んで、橋本に言った。橋本は首を傾げながら頬杖をついている方の人指し指で、トントンと頬を叩く。

「うーん、伊崎さんの要領の良さが羨ましいからかしら?ほら、藤原君って不器用なタイプだから。」
そう言うと橋本は暫く沈黙し、再び口を開いた。

「ま、いいわ。私が藤原君に話を聞いてみるから、伊崎さんは桜井君をお願いね。」
橋本は伊崎ににっこりとほほ笑みかける。伊崎はやれやれと首を振りながらも、引き受けることにした。

翌日、早朝の冷気で頬を赤らめた桜井がオフィスに入ると、既に経理部に先客がいた。

「あれ?伊崎さん、おはようございます。今日は珍しいですね。」
桜井は伊崎の向かいの席に鞄を置き、コートを脱ぎはじめた。

「おはよう。偶然目が早く覚めちゃったから、仕事を片付けに来たんだ。来週中には数字を固めておかなきゃいけないからね。」
伊崎はほほ笑んで答えた。もちろんこれは方便で、本当は桜井と一対一で話をしたかったからだ。藤原と微妙な雰囲気にある桜井は、隣席の藤原を避けるためか、残業をほどほどにこなした後すぐ帰宅し、早朝に作業をしていた。

「桜井君は、進捗状況はどう?順調?」

「まぁまぁって感じです。今日から有価証券の予定です。」
桜井は作業管理表を確認して答えた。

「そっか。じゃ、すぐに終わりそうだね。今回特に問題のある有価証券もないし、いつも通りだから。ところで、藤原君に何を言われたんだい?」

「ええ・・・えっ!?」
仕事の話からいきなり切り替えられた話題に桜井は動揺した。

「ほら、何か君たち微妙な雰囲気になっているから、僕で良ければ相談に乗るよ?」
伊崎は先ほどからゆったりした笑顔を浮かべている。桜井は一瞬逡巡したが、もやもやした胸の内を誰かに、できれば優しそうな人に聞いてもらいたいという思いもあり、先月の藤原とのやり取りを話すことにした。

「・・・へぇ、なるほどね。」
一部始終を聞き終えた伊崎は、買ってきたばかりの缶コーヒーのうち1本を桜井に手渡し、自分の分のプルタブを開けた。桜井も伊崎の隣の席に腰かけ、お礼と共に受け取ったコーヒーを一口すする。

「はい・・・。いくら先輩だからって、あんなに偉そうに言う筋合いはないと思います。それに、IFRSだって僕から頼んで教えてもらっているわけじゃないし・・・」
桜井は溜めこんでいた鬱憤を吐き出して、少しすっきりしたようだ。

「そうかー。そういうことなら、今のままちょっと距離を置いていたらいいんじゃないかな。」
桜井は伊崎の意外な返答を聞いて、呆気に取られた顔をした。

「え?伊崎さんは僕たちを仲直りさせようとしているんじゃないんですか?」

伊崎はコーヒーを飲みながら言った。
「だって、少なくとも君は自分が間違っているって思ってないわけでしょ?」

「ええ、まぁ、そうですけど・・・」

「なら、折れる必要なんてないと思うよ。後輩だからとか、関係なく。」

「それでもいいんですか?」

「だって、必要最低限の業務連絡とかはしているわけでしょ?仕事に支障がないのなら、それでいいんじゃないかな。皆と仲良くなんて、無理だよ。」

桜井は、自分の意見が聞き入れられたことで肩すかしを食らった気分になった。心のどこかで自分が非難されるのでは、と予想していたからなのだが、すんなり受け入れられると、それはそれで漠然と不安な気持ちになる。
「でも・・・」

そこで伊崎は桜井の方に向き直った。
「そもそも、IFRSを教えてもらったことがきっかけなんだよね?それなら、僕が藤原君の代わりにIFRSを教えようか?」

さらに伊崎は、「もしかしたら、藤原君より上手いかもしれないよ?」とおどけた口調で付け加えた。

桜井は暫く黙って考え込んだ。桜井だって、せっかくIFRSの勉強を始めたのだから、このまま続けたいとは思っているのだ。しかし、自分から積極的に本を開くことはついつい後回しになっているし、今の気まずい状況で藤原に頭を下げて教えてもらうのも抵抗がある。伊崎の申し出は、桜井にとって願ったり叶ったりだった。

「では、IFRSのこと、伊崎さんにお願いしてもいいですか?」
桜井はおずおずと言った。

「もちろんだよ。」
伊崎は再び桜井に笑顔を向けた。

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連載目次

筆者紹介

関根 智美

(せきね・ともみ)

公認会計士

神戸大学経営学部卒業
2005年公認会計士2次試験合格
2006年より大手監査法人勤務後、語学留学及び専業主婦を経て、
2015年仰星監査法人に入所。法定監査を中心に様々な業種の会計監査業務に従事する。
2017年10月退所。

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