減損
- 金融商品の定義
- 金融商品の当初認識と当初測定
- 金融資産の分類と測定
- 金融負債の分類と測定
- 減損
「最後の項目は、『減損(impairment)』だね。」
そこで桜井は不思議に思った。
「あれ?減損会計って確か、IAS第36号にもありましたよね?IFRS第9号でも減損に関する規定があるんですか?」
「そうなんだよ。そこは藤原君に教えてもらったみたいだね。ただ、IFRSで言う減損の概念は日本基準よりも広くてね。ここでの『減損』は損失評価引当金、つまり日本基準で言う貸倒引当金も含んだ概念なんだ。」
「なるほど。そういうことですか。」
◆IFRS第9号では「予想信用損失モデル」を採用
「このIFRS第9号の減損に関する規定は、『予想信用損失モデル』を採用しているんだ。」
「『予想信用損失モデル』ですか?」
桜井は首を傾げた。
「そう。『予想信用損失モデル』では、金融商品の当初認識時からの信用リスクの変動に応じて予想信用損失を認識することになるんだ。」
「へぇ。ところで、信用損失って、「回収できない金額」という理解で大丈夫なんでしょうか?」
「そうだね。信用損失は、契約上のキャッシュ・フローと受取見込のキャッシュ・フローとの差額を実効金利で割り引いたもの、というのが基本的な定義だね。」
「なるほど。実効金利も考慮するんですね。」
◆適用範囲
「さて、ではどういう規定になっているのか、見ていこうか。」
「はい。」
「まずは、この規定が適用されるのは、この表にある6項目だよ。」
伊崎は、桜井に新しい表を見せた。
【IFRS第9号 減損の適用範囲】
-
償却原価で測定される金融資産
-
FVOCI(リサイクリング有)で測定される金融資産
-
リース債権
-
契約資産
-
ローン・コミットメント(FVTPL測定以外)
-
金融保証契約(FVTPL測定以外)
「へぇ。」
「リストの後半部分は今回説明していないけど、今はリストにある、『償却原価で測定される金融資産』、『FVOCI(リサイクリング有)で測定される金融資産』、『リース債権』、『契約資産(contract asset)』に適用されるってことが分かれば大丈夫。」
「この表で言うと、上4つがIFRS第9号の減損を適用することになると押さえておけばいいんですね。あれ?このリストを見ると・・・えーと、FVTPLで測定する金融資産は含まれないんですね。」
「そうなんだ。FVTPLで測定する金融資産の帳簿価額は常に公正価値だし、その差額も純損益で認識しているから、減損する必要がないからね。」
「あ、そうか。なるほど。」
「それから、『契約資産』は初めて聞いた言葉だよね?」
「はい。」と、桜井は素直に頷いた。
「これはIFRS第15号の収益認識に関する基準に説明があるんだけど、今はこういうものがあるんだ、という理解で大丈夫だよ。」
「分かりました。」
◆一般的アプローチ
「では、まずは原則的な方法から行くよ。基準では『一般的アプローチ』と表現されているね。」
「はい。」
◆金融資産を信用リスクに応じて3つのステージに分類
「まず、金融資産を信用リスクに応じてステージ1から3に分けるんだ。当初認識時はステージ1だね。その後信用リスクが著しく増大した場合、ステージ2へ振り替えられる。最後のステージ3は信用減損が発生した場合だね。それらのステージに応じて損失評価引当金の計上額が違うんだ。」
「へぇ。ステージが変わるタイミングは、『信用リスクの著しい増加』と『信用減損』があった時なんですね。」
◆減損利得又は減損損失は純損益に認識
「そういうことだね。そして、報告日現在の損失評価引当金を修正するために必要となる予想信用損失額、又は戻入額を減損利得又は減損損失として、純損益に認識するんだ。」
「はい・・・」
桜井は少し不安な様子だ。
「まぁ、言葉で言ってもイメージが湧かないだろうから、図で確認してみよう。」
伊崎はそういうと、新しいファイルを差し出した。
◆当初認識時はステージ1に分類
「まず、ステージ1に分類された金融商品では、損失評価引当金を12ヶ月の予想信用損失(12-month expected credit loss)に等しい金額で測定するんだ。」
「へぇ。認識した時点から引当金を計上することになるんですね。」
「そうなんだ。この『12ヶ月の予想信用損失』とは、全期間の予想信用損失のうち、報告日後12ヶ月以内に生じ得る債務不履行事象から生じる予想信用損失の部分のことだよ。」
「はい。」
「ちなみに、この予想信用損失もExpected Credit Lossという英語表記の頭文字を取ってECLと表記している本もあるんだよ。」
「え・・・またイニシャルシリーズですか・・・」
桜井は、大きなため息を吐くと、念のためECLについても忘れないようにメモを取った。
◆ステージ2は信用リスクに著しい増大が生じた場合
「次に、信用リスクの著しい増大がある場合には、ステージ2に分類するんですよね。この時の損失評価引当金はどうなるんですか?」
桜井は気を取り直して伊崎に質問した。
「ステージ2では、全期間の予想信用損失(life-time expected credit loss)、つまり、その金融商品の予想存続期間にわたるすべての生じ得る債務不履行事象から生じる予想信用損失に等しい金額で引当計上されるんだよ。」
「へぇ!計上対象となる期間が一気に増えるんですね。」
◆信用リスクの著しい増大の判定
「それから、信用リスクの著しい増大はどうやって判定するのか、ということについて、基本部分だけ少し補足するね。」
「あ、はい。」
「まず、信用リスクが増えたかどうかは当初認識時点の信用リスクと比べて判断する。つまり、その金融商品の予想存続期間にわたる債務不履行リスクが増加したかどうかで判断することになるんだ。」
「はぁ。」と、桜井は不安そうに相槌を打った。その顔を見て、伊崎はクスリと笑った。
「今はすべてを理解する必要はないから、安心していいよ。じゃ、もうちょっと具体的な話をしようか。」
「はい、お願いします。」
桜井の表情が少し明るくなった。
「IFRSでは、信用リスクが著しく増大したかの判断について、2つの運用上の便宜が設けられているんだ。」
「一体どんな内容なんですか?」
「1つ目は、例えば、『投資適格』と外部で格付けされているような、信用リスクが低いと報告日現在で判断される金融商品の場合には、信用リスクが当初認識以降に著しく増大していないと推定することができる。」
「へぇ。」
「2つ目は、契約上の支払の期日経過が30日超である場合は、その金融資産に係る信用リスクが当初認識以降に著しく増大しているという反証可能な推定ができるんだよ。」
「なるほど!これなら僕でもイメージできますね。」
伊崎はほほ笑んで頷いた。
◆信用減損が発生したらステージ3へ
「では、続いてステージ3だね。」
「はい。ステージ3は信用減損が発生した場合に分類されるんですよね。さっきから気になっていたんですが、『信用減損』って何ですか?」
「『信用減損(credit-impaired)』とは、金融資産の見積り将来キャッシュ・フローに不利な影響を与える1つ又は複数の事象が発生している場合のことを言うんだ。」
「はぁ・・・不利な影響を与える事象、ですか・・・」
桜井がイメージをつかみ切れないでいる様子を見て、伊崎は具体的な例を付け加えた。
「例えば、債務者が重大な財政的困難に陥ったり、債務不履行などの契約違反があったりした時なんかが分かりやすいかな。」
「なるほど。でも表を見ると、損失評価引当金の計上額はステージ2と同じですけど、ステージ2とステージ3で何が違うんですか?」
「そうだね。ステージ2と同様に損失評価引当金は全期間の予想信用損失額を計上するんだけど、その下のボックスを見てごらん。」
「えーと、利息の認識ですか?・・・あ、ステージ1とステージ2では、損失評価引当金控除前の帳簿価額に実効金利を乗じて利息を算定しますけど、ステージ3だけは、損失評価引当金控除後の帳簿価額に実効金利を乗じるんですね。」
「そういうこと。ステージ2とステージ3で、利息の算定式が違うよね。ステージ3でも利息は計上されるんだけど、その金額がステージ2よりも少なくなるんだ。」
「なるほど。そういうことなんですね。」
◆簡便法の「単純化したアプローチ」
「それにしても、対象となるすべての金融商品を分類して、予想信用損失を見積もるのは実務的に考えると大変そうですね。」
桜井は一般的アプローチの表を眺めながら言った。
「そうだよね。そもそもこの一般的アプローチは、金融機関を念頭に置いているからね。」
「へぇ、そうなんですか。」
「だから、特定の金融資産については簡便法が設けられているんだよ。」
「それは、ありがたいです!」
◆簡便法を使えるのは営業債権、契約資産、リース資産のみ
「ところで、すべての金融資産について簡便法が使えるんですか?」
「それなんだけどね、簡便法、つまり、基準の言葉で言うところの『単純化したアプローチ』を採用できる金融資産は、営業債権、契約資産、そしてリース資産の3つの金融資産に限定されているんだ。」
「なんだ。そうなんですか。」
◆重要な金融要素のない営業債権及び契約資産は常に単純化したアプローチを適用
「まず、『重要な金融要素のない営業債権及び契約資産』。これは単純化したアプローチを適用しなければならない。」
「そこは強制なんですね!『重要な金融要素がない』とは、確か重要な利息が含まれていないって解釈すればよかったんですよね?」
桜井は、先ほど伊崎の説明を思い出しながら確認した。
「そう、よく覚えていたね。」
伊崎の言葉を聞いて、桜井は照れ臭そうに頭を掻いた。
◆重要な金融要素がある営業債権及び契約資産、リース債権は会計方針の選択で適用可
「それから、重要な金融要素のある営業債権及び契約資産でも、簡便的なアプローチを会計方針として選択した場合は簡便法が使えるんだ。」
「では、最後のリース資産はどうなんですか?」
「これも単純化したアプローチを会計方針として選択すれば、リース債権でも適用対象になるんだよ。」
「なるほど。重要な金融要素がある営業債権及び契約資産とリース資産に単純化したアプローチを適用するには、会計方針として選択する必要があるんですね。」
「そうだよ。」
◆単純化したアプローチの下では、損失評価引当金=全期間の予想信用損失
「そして単純化したアプローチでは、常に損失評価引当金を全期間の予想信用損失に等しい金額で測定することになるんだ。」
「へぇ。単純化したアプローチでは、ステージを1~3に分けなくてもいいというわけですね。」
「そうだね。図でまとめるとこんな感じかな。」
これも藤原先輩が作成した表なんだろうな、と思いながら桜井は伊崎が示した表を眺めた。
【減損:簡便的アプローチのまとめ】