公開日: 2017/02/02 (掲載号:No.204)
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ストーリーで学ぶIFRS入門 【第13話】「日本でも話題の収益認識(IFRS第15号)」

筆者: 関根 智美

 

● ○ エピローグ ○ ●

「おや、もうこんな時間だ。」
伊崎は腕時計を確認すると、立ち上がった。

「僕はそろそろミーティングに行かなくちゃいけないから、残りの作業頑張ってね。」
そう言いながら笑顔で手を振ると、伊崎は颯爽と部屋を出ていく。

再び一人になった桜井は、ホワイトボードの内容を手許にあった紙の裏に書き留めた後、背もたれに体を預けて、ふぅと溜め息をついた。

「確かに先輩の言うことも一理あるかも・・・」

桜井は年末に藤原からIFRS勉強に対して受身になっている姿勢を責められたのだが、図星だったこともあり、つい過剰に反発してしまったのだ。今でもお互い引っ込みがつかなくなり、気まずい関係が続いている。

藤原の指摘を少し冷静に考えることができるようになった桜井は、藤原よりもさらに忙しい伊崎にわざわざ時間を割いてもらって、IFRSを教わっているこの状況に少し疑問を感じた。

「このまま一から十まで教えてくださいって言うのは、甘えすぎだよなぁ・・・」
桜井は後輩の山口を思い浮かべた。自分も教わる立場から教える立場になったことで、藤原の言いたいことも実感している毎日だ。

しばらく考え込んでいた桜井だったが、勢いよく立ち上がって気合いを入れた。
「よーし、やるぞ!」

そして、桜井は目の前にズラリと積み重なっているファイルの山を見下ろした。作業はまだ半分も終わっていない。桜井はポリポリと頭を掻いて呟いた。
「まずは、この作業を終わらせないと・・・」

 

IFRS第15号のポイント

  • ポイント① 収益に関する包括的な枠組みを提供

  • ポイント② 5つのステップにより中心となる原則に従って収益認識

 

▼ ステップ1 ▼
契約の識別

【契約】
強制可能な権利及び義務を生じさせる複数の当事者間の合意

 

【IFRS第15号 契約の要件】

  • 契約の当事者が、契約を承認しており、それぞれの義務の履行を確約している。
  • 企業が、移転すべき財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できる。
  • 企業が、移転すべき財又はサービスに関する支払条件を識別できる。
  • 契約に経済的実質がある。
  • 企業が、顧客に移転する財又はサービスと交換に権利を得ることとなる対価を回収する可能性が高い。

▼ ステップ2 ▼
履行義務の識別

【履行義務】
顧客に財又はサービスを移転する約束

 

【履行義務の区分要件】

顧客が財又はサービスからの便益をそれ単独で又は顧客にとって容易に利用可能な他の資源と一緒にして得ることができる。

かつ

財又はサービスを顧客に移転するという企業の約束が契約における他の約束と区分して識別可能である。

▼ ステップ3 ▼
取引価格の決定

【取引価格】
約束した財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込んでいる契約における対価の金額

 

[注意点]

  • 変動対価は見積り。ただし、重要な戻入れが生じない可能性が非常に高い範囲内で測定。
  • 対価の前払・延払による重要な金融要素が含まれる場合は、利息要素を分離する。

▼ ステップ4 ▼
取引価格の履行義務への配分

取引価格は、それぞれの履行義務の独立販売価格の比率で配分

【独立販売価格】
企業が約束した財又はサービスを独立に顧客に販売するであろう価格

 

【独立販売価格の見積方法】

  • 調整後市場評価アプローチ
  • 予想コスト+マージンアプローチ
  • 残余アプローチ

▼ ステップ5 ▼
履行義務の充足による収益の認識

(※1) 一定期間にわたり充足される履行義務の要件

  • 顧客が、企業の履行によって提供される便益を、企業が履行するにつれて同時に受け取って消費する。
  • 企業の履行が、資産を創出するか又は増価させ、顧客が当該資産の創出又は像以下につれてそれを支配する。
  • 企業の履行が、企業が他に転用できる資産を創出せず、かつ、企業が現在までに完了した履行に対する支払を受ける強制可能な権利を有している。

(※2) 「支配の移転」の指標

  • 企業が資産に対する支払を受ける現在の権利を有している。
  • 顧客が支配に対する法的所有権を有している。
  • 企業が資産の物理的占有を移転した。
  • 顧客が資産の所有に伴う重大なリスクと経済価値を有している。
  • 顧客が資産を検収した。

【IFRS第15号 主な開示事項】

〇 顧客との契約

  • 顧客との契約から認識した収益の内訳
  • 顧客との契約から生じた債権、契約資産及び契約負債の期首残高及び期末残高、期首現在の契約負債残高に含まれていた当報告期間に認識した収益、当報告期間に過去の期間に充足した履行義務から認識した収益等
  • 顧客との契約における履行義務に関する情報
  • 残存履行義務に配分した取引価格等
  • 債権又は契約資産について認識した減損損失

〇 IFRS第15号を適用するにあたり行った重要な判断

  • 履行義務の充足の時期
  • 取引価格及び履行義務への配分額

〇 顧客との契約の獲得又は履行のためのコストから認識した資産

  • 顧客との契約の獲得又は履行のために発生したコストの金額を算定する際の判断
  • 各報告期間に係る償却の決定に使用している方法

 

(注)
・この記事はフィクションであり、実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。
・各記事は公開日現在に公表されている基準等に基づいていますので、閲覧の際はご留意ください。
・この記事は基礎的な事項を中心に扱っており、IFRSの全てを網羅するものではありません。詳細につきましては、それぞれの専門家にご相談ください。
・文中、意見に関する部分は私見であり、執筆者の属する組織の公式な見解ではありません。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

ストーリーで学ぶ
IFRS入門

【第13話】

「日本でも話題の収益認識(IFRS第15号)」

仰星監査法人
公認会計士 関根 智美

 

連載の目次はこちら

● ○ プロローグ ○ ●

とある中規模上場メーカーのリフレッシュルームの一角で、1人の女性が男性に詰め寄っていた。と言っても、艶っぽい雰囲気は皆無だ。男性の方は両手を顔の横に挙げ、「降参」のポーズを取っている。

「どういうこと?あの2人、全然変わってないじゃない。」
30代半ばの女性、橋本は同じ経理部の同僚である伊崎に言った。

事の発端は経理部内の若手2人、藤原と桜井が険悪ムードになったことから始まる。去年の夏にIFRSを導入することが決まったことを受けて、先輩である藤原が後輩の桜井にIFRSについて教えることになった。そこまでは良かったのだが、意識の高い藤原が次第に受身になっていく桜井の勉強態度に我慢できなくなり、ちょっとした諍いがあったようなのだ。

だが、そのせいで10名程度しかいない、こぢんまりとした経理部内の雰囲気を悪化させていることに、当人たちは気づいていない。

そこで、橋本と伊崎がそれぞれに話をして和解させようと試みたのが先月。しかし、2月に入っても2人の仲は元に戻っていなかった。

「えー、僕はちゃんと仕事したよ?ほら、桜井君の方を見てごらん。」
伊崎は、いつもと変わらずゆったり笑みを浮かべながら答える。橋本はリフレッシュルームの入口から経理部のシマをちらりと見た。

桜井は相変わらず右隣の藤原を一瞥もせずPCに集中していた。だが、表情は先月と比べると心なしか晴れやかに見える。

「ほら、ちょっと明るくなっているでしょ?」
伊崎は得意げに言う。橋本もしぶしぶ認めた。

「確かにそう見えるわね。伊崎さん、一体何を桜井君に言ったの?」
橋本は不思議そうに尋ねた。

「簡単だよ。『仲直りしなくていいよ』って。」

「はぁ?」
橋本のこめかみが痙攣しているのは気のせいじゃないな、と伊崎は冷静な目で観察した。

「藤原君の方を見ていると、どうやら橋本さんは直球勝負したんでしょ?」
橋本は図星を指されて言葉に詰まった。橋本は気まずさを紛らわせるために再び経理部の方に視線を移した。桜井の隣に座る藤原は、眉間に皺を寄せて仕事に没頭している。

「あれじゃ、冬眠明けの低血圧の熊にしか見えないよ。」
伊崎はわざとらしく溜め息をついた。

「悪かったわよ。ちょっと頭ごなしに言ったかもしれないわね・・・」
橋本は素直に自分のやり方がまずかったことを認めた。伊崎はふわりと笑って、橋本の頭をポンと叩く。

「ま、種は蒔いておいたから、ひとまずこれで様子を見ていこう。」

「よいしょっ。」
掛け声をあげて、桜井は請求書の束を机に置いた。

「圧巻だな。ここから探し出すのかー」
ミーティングルームの長机には、所狭しと資料の束が山積みにされている。監査対応の事前準備のため、指定された取引の証憑類に付箋を貼っていくのが今日の主な作業だ。藤原と気まずい状態が続いている桜井にとっては、別室の作業は息抜きになって正直嬉しい。

桜井が一覧表を元に請求書に付箋を貼っていると、ノックする音が聞こえた。桜井がドアの方を振り向くと、伊崎が部屋へ入ってきた。

「今、いいかな?これ、財務から来たよ。」
そう言うと、紙の束が入ったクリアファイルを桜井に手渡した。

「得意先への確認状ですね。では、明日、会計士さんが来た時に渡しておきます。」
桜井は用紙をパラパラ捲りながら、ざっと中身を確認する。一方の伊崎は、手近にあった椅子に腰かけると部屋を見渡した。資料のファイルから付箋がチラホラ飛び出しているのが見える。

「これ、全部一人でやるの、大変でしょ?」

「そうですね。でも、地味な作業は好きなので、案外平気です。」
桜井も少し離れた席に座り、休憩を取ることにした。伊崎と雑談を軽く交わし、話の区切りがついたところで、桜井は少し勇気を出して切り出した。

「あのー、伊崎さん・・・つかぬことを伺いますが・・・」

「何だい?」

「先月、IFRSを教えてくださるって話をしたと思うんですけど。」

「ああ、そう言えばそうだったね。」
伊崎は、顎に指を置いて思い出す仕草をした。

「それで、できればIFRSの収益認識の基準について教えてほしいんです。」
藤原がIFRSを教えてくれていた時は藤原が勉強する機会を率先して作ってくれていたため、桜井はそれに従えばよかったのだが、伊崎は自分からは決してIFRSのことを口にしないことに桜井は気づいていた。

「それはいいけど。どうして知りたいと思ったの?」
伊崎は、机に片肘をついて桜井の方を見た。桜井は、ちょっと緊張しながらも説明した。

「日本基準でも収益認識の会計基準が話題になっているし、今、監査対応で売上や仕入れの資料を用意していたんですけど、IFRSが導入されたらどう変わっていくのかな、って疑問に思って・・・」

「なるほど。確かに日本でもIFRS第15号を踏まえた収益認識に関する包括的な会計基準の開発が検討されているから、IFRS第15号を勉強することはその理解に役立つね。それに、前回も収益認識については藤原君から教えてもらってないって言っていたもんね。」

「はい、お願いしてもいいですか?」

「もちろんだよ。もともと僕が藤原君の代わりに教えるって言ったんだしね。ちょうどここにはホワイトボードもあるし、講義するにはピッタリだね。」
伊崎はいたずらっぽく笑うと、2人はホワイトボードの近くに席を移動した。

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連載目次

筆者紹介

関根 智美

(せきね・ともみ)

公認会計士

神戸大学経営学部卒業
2005年公認会計士2次試験合格
2006年より大手監査法人勤務後、語学留学及び専業主婦を経て、
2015年仰星監査法人に入所。法定監査を中心に様々な業種の会計監査業務に従事する。
2017年10月退所。

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