● ○ 退職後給付会計(IAS第19号) ○ ●
退職後給付会計の学習内容
【今回の学習項目】
- IAS第19号の「退職後給付」と退職後給付制度
- 確定給付制度の会計処理
やむを得ず桜井にIFRSを再び教えることになった藤原は、ミーティング・ルームに移動する前に、自席から資料を持ってきていた。
「以前の勉強会の資料の余りだ。」
と言うと、藤原は桜井に資料を手渡した。桜井はまだ藤原との距離感をつかめず、おどおどとそれを受け取る。その後、藤原がコホンといつものように咳払いをした。桜井にはその咳払いがずいぶん懐かしいものに聞こえた。
「いいか、俺は忙しい。そして、お前も忙しい。」
「はい・・・」
藤原が何を言いたいのかよく分からない桜井は、ひとまず頷いた。
「つまり、こんなことをしている時間的な余裕はないんだ。ということだから、細かい部分はいいから、基本を理解しろ。」
「はい。分かりました。」
「資料のうち、今回説明する項目は2つだ。まずは、IFRS第19号の『退職後給付』と退職後給付制度について簡単な概要を説明した後、退職後給付会計でも肝である確定給付制度の会計処理についてだ。」
「あ、はい。分かりました。」
桜井は、資料の目次の中から藤原が言った項目を見つけ出し、マーカーを引いた。
「ところで、お前はもう退職後給付会計の勉強は一通りしてみたんだよな?」
「ええと、一応本に目を通した程度ですけど・・・」
藤原の質問に、桜井は自信無げに答えた。
「なら、理解できた部分はお前が説明してみろ。分からない箇所や追加で説明な必要な部分は俺が補足してやる。」
「え!」
桜井は突然の藤原の提案に躊躇した様子を見せたが、意を決した顔つきで言った。
「はい・・・。やってみます。」
藤原は満足気に頷いた。
「よし、時間がもったいないから、さっそく始めよう。」
IAS第19号の「退職後給付」と退職後給付制度
- IAS第19号の「退職後給付」と退職後給付制度
- 確定給付制度の会計処理
「では、まずIFRSでは、IAS第19号の中に退職後給付(post-employment benefits)について規定されている。」
「えーと、IAS 第19号というと、『従業員給付』という基準書ですよね。たしか、有給休暇引当金で教えてもらったと思います。」
桜井は、昨年の夏の記憶を辿りながら確認した。
「ああ。よく覚えていたな。その通りだ。」
桜井が秘かにほっとしたことに気付かず、藤原は説明を続けた。
◆ IFRSでは、『退職後給付』を対象としている
「そして、IFRSが対象としているのは『退職後給付』ということだ。ここは問題ないか?」
藤原は片方の眉を上げて、桜井に訊いた。
「はい。えーと、IFRSで対象となる『退職後給付』は、日本基準で対象としている『退職給付』よりも広い概念なんですよね?」
そこで、桜井はホワイトボードに大小2つの重なった楕円を描いた。
【「退職後給付」のイメージ】
「まず、日本基準の退職給付会計の対象となる『退職給付』とは、一定期間にわたり労働を提供したこと等の事由に基づいて、退職以後に従業員に支給される給付のことをいいます。退職一時金や企業年金がその典型例です・・・」
ここで、桜井はホワイトボードから視線を外し、ちらりと藤原を見る。
「そうだな。」と藤原は頷いた。
「一方、『退職後給付』は、雇用関係の終了後に支払われる従業員給付のことをいい、『退職給付』だけではなく、退職後生命保険や、退職後医療給付のような『その他の退職後給付』を含む概念です。つまり、IFRSの『退職後給付』は、『退職給付』プラス『その他の退職後給付』となります・・・よね?」
自信はないみたいだが、桜井がきちんと理解できていることが分かり、藤原はニヤリと笑った。
「ああ。ちゃんと理解できているようで安心したぞ。」
藤原の言葉を聞いて、桜井はほっとした表情を浮かべた。
◆退職後給付制度は2つの制度に区別される
藤原は、次のポイント説明に移ることにした。
「続いて退職後給付制度についてだ。IFRSでも日本基準と同様に、退職後給付制度は2つに区別されることになる。」
「あ、それも分かります。確定拠出制度と確定給付制度ですよね?」
少しずつ藤原とのやり取りに慣れてきた桜井は、本来の調子を取り戻し始めたようだ。桜井は、手を上げて言った。
「ああ。その通りだ。2つの違いは分かるか?」
藤原は再びニヤリとして桜井に尋ねた。
「えーと・・・」
先ほどまでの勢いは急になくなり、桜井は言葉に詰まった。
「確定拠出制度(defined contribution plans)と確定給付制度(defined benefit plans)には、正確には下の表のような違いがあるんだ。」
藤原は、資料にある表を指して言った。
【確定拠出制度と確定給付制度の比較】
◆確定給付制度は確定拠出制度以外の退職後給付制度
桜井は、しばらく表を眺めながめると、こう言った。
「確定拠出制度は大体理解できますけど、確定給付制度の定義って、確定拠出制度以外の退職後給付制度を指すんですね。」
その言葉に藤原も頷く。
「そうなんだ。この分類は、日本基準でも同じだな。まず、確定拠出制度に該当するかを検討して、該当しない退職後給付制度はすべて確定給付制度に分類することになる。」
「へぇ!」
◆確定給付制度の会計処理は複雑
「そして、会計処理もそれぞれの制度で異なる。」
「確定拠出制度はシンプルで、確定給付制度は複雑、と表には書いてありますね。」
「確定拠出制度の会計処理は、簡単に言ってしまえば、当期の要拠出金額を費用計上するという処理だ。」
「はい。」と、桜井は頷いた。
「ところが、確定給付制度の場合は、そんな単純にはいかない。」
「どうしてですか?」
「確定給付制度の場合は、数理計算上の仮定が必要になるし、数理計算上の差異の可能性も考慮する必要があるから計算が複雑になってしまう。さらには、確定給付債務は長期にわたる債務だから割引計算する必要もあるしな。」
「うーん、その理由を聞いただけで難しそうです。僕が理解できないのも当然と言えますね。」
「こらこら、開き直るな。」と、すかさずツッコミを入れた藤原も頭を掻きながら言った。
「確かにこの会計処理を簡単に説明するのは難しいな。ひとまず、なるべく分かりやすく説明できるように努力するから、お前も頑張れ。」
藤原は自分も手こずった記憶を思い出しながら、桜井に言った。
「はい。よろしくお願いします。」
桜井は深々と頭を下げた。
確定給付制度の会計処理
- IAS第19号の「退職後給付」と退職後給付制度
- 確定給付制度の会計処理
「では、本日のメインである『確定給付制度の会計処理』に入るぞ。」
「はい、分かりました。」
◆確定給付制度の会計処理には、4つのステップがある
「まず、確定給付制度の会計処理の手順がIAS第19号に示されているのは知っているな。」
「おぼろげですが・・・」
桜井はしどろもどろになりながら、説明を始めた。
「えーとですね、まずは確定給付制度の積立不足又は積立超過の金額を算定して・・・。そして、資産上限額というものを調整して、それから・・・」
「純損益として認識する金額の算定と、その他包括利益として計上する項目の算定が続くんだ。」
続きを思い出せない桜井に、藤原が助け舟を出した。
「そうそう!それです!」
「まぁ、半分は覚えていたから良しとしよう。その全体の流れが、この表だ。」
藤原は、桜井に資料の中の表を示した。
【確定給付制度の会計処理】
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表を見た桜井の表情が明るくなった。
「へぇ、この表は分かりやすいですね!各ステップの横の項目は、そのステップで算定する項目ですね!」
急に褒められた藤原は、恥ずかしそうに頭を掻きながら説明を続けた。
「ああ。まずステップ1で、積立不足と積立超過を算定する。つまり、確定給付負債又は確定給付資産を算定することになる。このステップでは、具体的に制度資産、確定給付制度債務、そして当期勤務費用を算定するということだ。」
「はい。」
◆ステップ1及び2は財政状態計算書、ステップ3及び4は包括利益計算書に関連する項目を算定
「退職後給付会計はこの4つのステップで会計処理することになるんだが、何か気づいたことはないか?」
「気づいたこと、ですか?」
桜井は首を傾げた。
「表には既に書いているが、上2つの「ステップ1とステップ2」が、財政状態計算書に関わってくる内容なんだ。」
「なるほど。そして、下2つの「ステップ3とステップ4」が包括利益計算書に関する項目になるんですね。」
藤原は頷いた。
「では、この表の順番に沿って、もっと具体的に説明していくことにしよう。」
▼ ステップ1 ▼
退職給付負債(資産)の算定
「ステップ1がこの4つのステップの中でも一番ボリュームがある所だな。このステップで分かる所まででいいから、説明してみろ。」
藤原に言われて、桜井は再び緊張した表情を浮かべながら、口を開いた。
「えーと、ステップ1では退職給付負債(資産)(defined benefit liability(asset))を算定します。そして、制度資産(plan asset)、確定給付制度債務(defined benefit obligation)、そして当期勤務費用(current service cost)の3つの項目を算定することになります。」
なんとか英語を交えて説明した桜井は、ホワイトボードに図を描き始めた。
【制度資産<確定給付制度債務のケース】
【制度資産>確定給付制度債務のケース】
◆確定給付負債(資産)の算定方法とは
「ステップ1でやることは、制度資産と確定給付制度債務の現在価値をそれぞれ測定して、その差額を確定給付負債若しくは確定給付資産として計上することです。」
「そうだな。資産側を年金資産、負債側を退職給付債務に置き換えると、日本基準でやっていることと同じだ。」
桜井は頷いた。
「はい。そして、確定給付制度債務が制度資産よりも大きい場合、つまり積立不足の時に確定給付負債を計上します。逆に制度資産が確定給付制度債務よりも大きい場合、積立超過していることになりますから、確定給付資産が計上されることになります。」
そこで、藤原は桜井に質問した。
◆当期勤務費用は確定給付制度債務の現在価値とセットで算定する
「ここでは、当期勤務費用も算定するんだよな?」
藤原は桜井の説明にフォローを入れた。
「え?あ、そうですね。えーと、当期勤務費用は確定給付制度債務の現在価値を測定する時に、一緒に算定する項目なんです。」
「つまり、確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用はセットで計算されるってことだな?」
「はい、そういうことです!」
「よし、では、さらに詳しく見ていこう。」
「え?ステップ1の説明の続きがまだあるんですか?」
「当たり前だろう。今まではステップ1の入り口だ。制度資産、確定給付制度債務、そして当期勤務費用をどうやって算定するのか、まだ何も説明してないじゃないか。」
藤原は、呆れた口調で言った。
「そう言えば、そうですね。」
桜井は恥ずかしそうに頭を掻いた。
◆制度資産は公正価値で測定される
「まずは、説明の簡単な制度資産の方からいくぞ。」
「はい。」
「制度資産とは、長期の従業員給付基金が保有している資産及び適格な保険証券のことだ。この制度資産はどのように測定されるか分かるか?」
「えーと、制度資産は公正価値で測定されるんですよね。」
「その通りだ。制度資産についてはひとまずそこまでの理解で今は十分だ。続いて、確定給付制度債務の測定に移ろう。」
「分かりました。」
◆確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用の測定方法
「確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用の算定については説明できるか?」
藤原は、片眉を上げて桜井に尋ねた。
「うっ・・・ちょっと難しいです。」
桜井は正直に答えた。
「だろうな。では、ここは俺が代わりに説明しよう。」
「ありがとうございます。」
説明しなくていいと分かり、桜井はほっと安堵の溜息をついた。
◆確定給付制度債務の現在価値及び当期勤務費用の測定手順は2つ
「確定給付制度債務の現在価値と関連する当期勤務費用を測定するには、さらに2つの手順を踏むことになる。」
「うーん。今回は手順だらけで混乱しそうです・・・」
桜井は思わず弱音を吐いた。
「こらこら、もうちょっと頑張れ。この2つの手順については、資料にまとめてある。」
藤原は、ぼやく桜井の頭を軽く小突いた。桜井は痛くもない頭をさすりながら、資料のページを捲って、藤原の示した表を探した。
【確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用の算定手順】
「えーと、数理計算上の評価方法を適用して給付を勤務期間に帰属させた後、数理計算上の仮定を設定して、確定給付制度債務の現在価値を算定する・・・」
表の言葉を読み上げた後、桜井は首を捻った。
「なんだか『数理計算上』って言葉が多すぎて、よく分かりません・・・」
「だろうな。俺にもお前の頭の上に?マークが浮かんでいるのが見えるよ。」
藤原は、はぁーと一つ溜息をつくと、1つ目の項目を指差した。
◆数理計算上の評価方法とは予測単位積増方式のこと
「まず、『数理計算上の評価方法を適用して』とあるのは、つまり、予測単位積増方式(projected unit credit method)を用いることを意味している。」
「予測単位積増方式?」
桜井の頭の上に、さらに大きな?マークが増えたようだ。
「予測単位積増方式とは、各勤務期間を、給付の追加的な1単位に対する権利を生じさせるものとみなして、最終的な債務を積み上げるために各単位を別個に測定する方法だ。
・・・と言っても理解できないだろうから、日本基準と同じ考え方で確定給付制度債務を算定するってことを分かっておけば大丈夫だ。」
「はい。それならついていけそうです。」
◆ IFRSでは給付算定式に基づき、給付を勤務期間に帰属させる
「そして、『給付を勤務期間に帰属させる』という箇所は、給付算定式に基づいて勤務期間に給付を帰属させるという意味だ。」
「あ、給付算定式は聞いたことがあります。」
「ああ。日本基準にもあるよな。日本基準では、給付算定式基準と期間定額基準の2つの方法が選択適用できるが、IFRSでは給付算定式基準のみが認められている方法なんだ。」
「へぇ。そうなんですか。」
◆著しく後加重となる場合、給付は定額法を用いて帰属させる
「それから、後期の年度における従業員の勤務が、初期の年度より著しく高い水準の給付を生じさせる場合、これを『著しく後加重となる場合』と表現するんだが、その時は給付の帰属方法を変える必要がある。」
「えっと、『著しく後加重』のケースっていうのもイマイチ分からないんですが・・・」
桜井は正直に白状した。「そうだな・・・」と藤原は言うと、再びホワイトボードに向かった。
「例えば、給付算定式で給付を帰属させるとこんなグラフになるケースだな。」
「あ、何となく分かりました。一定の給付が積み重なっていくカーブではなく、一定の勤務年数を過ぎると一気に給付が増えていくパターンってことですね。」
桜井は、藤原の描いたグラフを見ながら言った。
「ああ。その場合は、最初に給付が生じた勤務の日(A)から、従業員の勤務が昇給を除けば、重要な追加の給付を生じさせなくなる日(B)までの期間、定額法により給付を帰属させなければならないんだ。」
「へぇ。つまり、こういうことでしょうか?」
桜井もホワイトボードに向かい、グラフに破線を書き加えた。
「そうだ。日本基準でも給付算定式基準を採用した場合は、同様の規定があるんだ。」
「では、給付算定式基準を採用していれば、IFRSと日本基準の間で処理に違いはないんですね!」
「ああ、そういうことになるな。」
藤原はニヤリとして答えた。
「では、これで確定給付債務が分かりましたね!」
「・・・まだだよ。」と呆れて藤原が言った。
◆数理計算上の仮定を設定して、確定給付制度債務の現在価値及び当期勤務費用を算定
「え?もう給付は勤務期間に帰属させたじゃないですか。」
きょとんとした桜井に、またしても藤原が溜息をつく。
「もう一度手順をよく見ろ。この後、数理計算上の仮定(actuarial assumptions)を設定、とあるだろう。」
「あ、すっかり忘れていました。ところで、この『数理計算上の仮定』って何ですか?さっきの数理計算上の評価方法とは違うんですか?」
「違うな。数理計算上の仮定とは、退職後給付を支給する最終的なコストを算定する変数についての企業の最善の見積りのことだ。人口統計上の仮定と財務上の仮定から構成されているんだ。これについても、まとめた表が資料にあるはずだ。」
「あ、これですね!」
桜井は資料の中から表を見つけ出した。
【数理計算上の仮定】
【人口統計上の仮定】
- 死亡率
- 従業員の離職、身体障害及び早期退職の比率
- 受給資格を得るであろう被扶養者を有する制度加入者の比率
- 制度の規約で利用可能な支払形態の選択肢のそれぞれを選択する制度加入者の比率
- 医療給付制度における支払請求率
【財務上の仮定】
- 割引率
- 給付水準及び将来の給与
- 医療給付の場合は、請求処理費用を含めた将来の医療費
- 報告日前の勤務に関連した拠出又は当該勤務により生じた給付に関する制度による未払税金
「『人口統計上の仮定』は、従業員の将来の特徴に関する仮定だ。例えば、死亡率や離職率などが挙げられる。」
「へぇ。」
「『財務上の仮定』は、割引率や給付水準等だな。こちらも詳しくは、表を確認しておいてくれ。」
「どちらも債務を見積もるときに必要な仮定なんですね。」
「ああ。これらの数理計算上の仮定は、偏りがなく、かつ、互いに矛盾しないものでなければならないと規定されているんだ。そして、債務を決済する全体の期間についての、報告期間の末日時点における市場の予測に基づいて設定される必要がある。」
「分かりました。これらの数理計算上の仮定に基づいて確定給付制度債務を見積もった後、割引率を用いて確定給付制度債務の現在価値と当期勤務費用が算定されるというわけですね。」
◆ IFRSでは割引率に優先順位がある
「ただし、IFRSでは、割引率(discount rate)を設定する際に優先順位があるんだ。」
「優先順位、ですか?」
藤原は、一度頷いた。
「割引率は、まず報告期間の末日時点の優良社債の市場利回りを参照して決定することになる。」
「へぇ。優良社債の市場利回りが優先されるんですね。」
「そして、そのような優良社債について厚みのある市場が存在しない通貨においては、その通貨建ての国債の市場利回りを使用することになるんだ。」
「なるほど。通貨に関する表現が含まれている言い回しも、IFRSっぽいですね。」
「確かにそうだな。」
桜井の感想に、藤原も頷いた。
◆割引率の見直しについてもIFRSと日本基準で相違がある
「割引率についての日本基準との差異は、それだけじゃないぞ。」
「まだ他にあるんですか?」
「ああ。日本基準では、期末日現在の利率を使用するのが原則だが、期末の割引率について、前期末と比べて重要な変動が生じていない場合は見直さないことができるんだ。」
「へぇ。IFRSでは毎期末の利率を必ず見直しする必要があるんですね。」
「ああ、そういうことだ。長くなったが、ステップ1の説明は以上だ。」
「ふぅ。本当に長かったです。」
桜井は、大きく伸びをして一息入れた。
▼ ステップ2 ▼
ステップ1で算定した確定給付債務(資産)に資産上限額の影響を調整
「続いて、ステップ2に入ろう。」
藤原は、表の横にあるボックスを示した。
「ここで算定する項目は『資産上限額』ですね。これって、アセット・シーリング(asset ceiling)とも言うんですよね。」
◆ステップ2では、資産上限額だけでなく、最低積立要件についても検討
「その通りだ。ここでは資産上限額だけを書いているんだが、より正確に言うと、ステップ2では資産上限額と最低積立要件を考慮することになる。」
「最低積立要件?」
「最低積立要件とは、通常は、一定の期間にわたって制度に支払わなければならない掛金の最低限の金額のことを言うんだ。今はお前の混乱を避けるために詳しくは説明しないが、これらの資産上限額や最低積立要件についてはIFRIC第14号で規定されているってことだけは知っておいたほうがいいな。」
「分かりました。」
そう言うと、桜井はメモを取った。
「今日はIAS第19号でも触れている『資産上限額』がどういうものかを簡単に押さえておくことにしよう。」
ステップ1で頭がいっぱいになっていた桜井は、内心ホッとした。
◆確定給付制度が積立超過の場合は、資産上限額を考慮
「確か『資産上限額』は、制度資産が確定給付債務を上回った場合に検討する必要があるんですよね?」
ここまでは、桜井も理解しているようだ。
「ああ。IFRSでは、確定給付制度が積立超過である場合には、確定給付資産の純額を、
- 確定給付制度の積立超過額
- 資産上限額
次のいずれか低い方で測定すると規定しているんだ。このイメージ図は資料にもあるぞ。」
藤原の言葉を聞いて、桜井は資料の図を探した。
「あ、これですね。」
「先輩、この『資産上限額』は、日本基準にはない概念ですよね?」
「そうだ。資産上限額とは、将来掛金の減額又は現金の返還という形で、企業が利用できる将来の経済的便益の現在価値のことを言うんだ。」
「将来の経済的便益の現在価値ですか・・・」と言うと、桜井はしばらくの間、頭の中で情報を整理した。
「つまり、確定給付制度に積立超過が発生していても、全額を確定給付資産として計上できるわけではなくて、将来の経済的便益を得られる範囲でしか計上しちゃいけないってことですか?」
「そういうことだ。なんだ、ちゃんと理解できているじゃないか。」
桜井は頭を掻いて答えた。
「解説の文章を読んだだけでは、全然理解できなかったんですけど。やっぱり、イメージ図や直接教えてもらう方がすんなり頭に入ってくるものですね。」
「ちなみに、通常、日本では返還による将来の経済的便益は存在しないんだ。」
「え、そうなんですか?」
桜井は掻いていた手をピタッと止めて、藤原を見た。
「ああ。日本では厚生年金基金及び確定給付企業年金制度のどちらも基本的に年金資産の返還は認められていないからな。」
「なるほど。では、資産上限額は、掛金の減額による将来の経済的便益だけを考慮すればいいんですね!」
「そういうことだ。これまでのステップ1とステップ2のイメージをまとめたのがこの図だ。」
「はい。」
桜井は、藤原の示した資料のページを開いて、確認した。