▼ ステップ3 ▼
純損益に認識すべき金額の算定
「ここからは一度頭を切り替えて、包括利益計算書に関する項目に移るぞ。」
「はい。ステップ3では、純損益に認識すべき金額を算定するんですね。具体的には、
- 当期勤務費用
- 過去勤務費用及び清算損益
- 確定給付負債(資産)の純額に係る利息
を算定すればいいんですね。」
桜井は資料にある項目を読み上げた。
「ああ。」と藤原が頷いた後、桜井がおずおずと口を開いた。
「あの、質問があるんですけど・・・」
「なんだ?」
「当期勤務費用や過去勤務費用は、日本基準でも見る項目だから内容は分かるんですけど、清算損益ってなんですか?」
「そうだな。確かに、それぞれの項目について、簡単に説明したほうがいいな。」
藤原の言葉に、桜井はうんうんと首を縦に振った。
◆当期勤務費用とは、当期中の従業員の勤務により生じる確定給付制度債務の現在価値の増加
「1つ目の当期勤務費用については今さら説明は不要だろうが、当期中の従業員の勤務により生じる確定給付制度債務の現在価値の増加のことを言うんだ。」
「はい。ステップ1で確定給付制度債務の現在価値を測定する時に、一緒に算定されるんでしたよね。」
桜井は、藤原の説明に頷いた。
◆過去勤務費用は、制度改訂又は縮小により生じる過去の期間の従業員勤務に係る確定給付制度債務の現在価値の変動
「過去勤務費用(past service cost)の内容も大体分かっています。」
桜井は、藤原が説明をする前に言った。
「過去勤務費用は、制度改訂があった場合や、縮小、つまり制度の対象となる従業員数を大幅に削減した場合により生じる過去の期間の従業員の勤務に係る確定給付制度債務の現在価値の変動部分のことを言うんですよね。」
「そうだ。確かに説明しなくても良さそうだな。」
それを聞いた藤原は、先へ進めることにした。
◆清算損益は、清算される確定給付の現在価値と清算価格の差額
「続いて、清算損益(gain or loss on settlement)についてだな。まず、清算とは、例えば、制度に基づく多額の債務を保険証券の購入を通じて保険会社に一時に移転するというような、確定給付制度のもとで支給する給付の一部又は全部について、追加的な法的債務又は推定的債務のすべてを解消する取引のことを言うんだ。」
「何となくイメージはつきます。先輩の出した例で言うと、保険会社に移転した債務については、会社はそれ以上追加の債務を追わなくなりますよね。だから、その取引は清算に当たるというわけですね。」
「大体そんなところだ。そして、清算損益とは、清算される確定給付債務の現在価値と清算価格の差額で算定されることになる。今は、このくらい分かっていれば問題ないだろう。」
大体のイメージが理解できたので、桜井は「分かりました。」と素直に頷いた。
◆確定給付負債(資産)の純額に係る利息は、時の経過により生じる確定給付負債(資産)の変動
「最後の確定給付負債(資産)の純額に係る利息(net interest on the net defined benefit liability(asset))もわざわざ説明するまでもないだろう。」
「確定給付負債(資産)の時の経過による当期中の変動ですね。」
そこで、桜井は首を傾げた。
「先輩、何で『純額』とあるんですか?」
◆ IFRSでは、確定給付負債(資産)の利息は純額で算定する
「これはだな。」と藤原は咳払いをした後、説明を始めた。
「IFRSでは、利息については年次報告期間の開始日時点で、期中の拠出及び給付支払の変動を考慮した確定給付負債(資産)の純額に割引率を乗じて算定するからなんだ。」
「え?ネットした金額から利息費用を計算するんですか?」
「ああ。日本基準では年金資産に長期期待運用収益率を乗じて期待運用収益を、そして、退職給付債務に割引率を乗じて利息費用を算定するよな。」
「はい。それぞれ別々に計算します。ということは、IFRSには、期待運用収益という項目がないんですね!」
「ああ。そして、この時、確定給付負債(資産)に乗じる割引率は、ステップ1で確定給付制度債務の現在価値を算定する時に用いた割引率を使用するんだ。」
「はい、分かりました。」
◆純損益に認識すべき金額は基本的に発生時に一括費用処理する
各項目の説明を終えると、藤原はIFRSでの処理方法についての説明に移った。
「IFRSでは、当期勤務費用、過去勤務費用及び清算損益、退職給付負債(資産)の純額に係る利息は、基本的には発生時に一括して費用処理することになる。」
そして、「細かいことを言うと、退職給付資産に係る利息は収益処理だけどな。」と付け加える。
「はい。つまり、これらの項目は、すべて一括で純損益として計上されるんですよね。」
「ああ。ただ、過去勤務費用については、
- 制度改訂又は縮小が発生した時か、
- 関連するリストラクチャリングコストか解雇給付を企業が認識した時
のどちらか早い日に計上されることになる。」
「なるほど。」と桜井はメモを取った。
◆過去勤務費用の処理は日本基準と相違がある
「それから、IFRSでは、これらの項目が一括費用処理することが要求されていることから、過去勤務費用の会計処理については日本基準と違いが生じることになる。」
「はい。日本基準では、過去勤務債務の原則的な処理は遅延認識ですよね。」
「ああ、そうだ。もちろん、日本基準でも発生時に全額費用処理することもできるぞ。その場合は、IFRSとの差異はなくなるな。」
「はい。」と、藤原の説明に桜井は頷いた。
▼ ステップ4 ▼
確定給付負債(資産)の純額の再測定を算定
「これで最後だ。ステップ4では確定給付負債(資産)の純額の再測定(remeasurements)をする。これらの再測定は、すべてその他の包括利益として即時認識されるんだ。」
「へぇ。再測定は、純損益ではなく、その他の包括利益として計上されるんですね。」
「そして、確定給付負債(資産)の再測定は、
- 数理計算上の差異
- 制度資産に係る収益
- 資産上限額の影響の変動
の3つから構成されるんだ。まずはこの3つの項目がどんなものなのかを簡単に教えておこう。」
「それは助かります!数理計算上の差異くらいしか、よく分からないので・・・」
桜井は、苦笑いをした。
◆数理計算上の差異とは、数理計算上の仮定の変更や実績修正による差異
「まず、数理計算上の差異(actuarial gains and losses)は、お馴染みの項目だよな。」
「はい。数理計算上の仮定の変更や実績修正により出てくる差異ですよね。数理計算上の仮定は、ステップ1で教えてもらったのでもう大丈夫です。」
「そうだな。この差異は、例えば、離職率や昇給率等が予想と異なったり、割引率が変更されたようなときに生じるんだ。」
桜井は、頷いた。
◆制度資産に係る収益は制度資産からの利息、配当及びその他の収益
「次の制度資産に係る収益(return on plan asset)は、言葉通り、制度資産から得られた利息や配当、そしてその他の収益と理解していいんですか?」
「ここで言う制度資産に係る収益は、もちろんお前の言う利息や配当等が基本だが、それらの収益から、制度資産に割引率を乗じた額、それから制度資産の運用管理に係る費用や制度自体の未払税金を控除した金額のことを指しているんだ。」
そう言うと、藤原は再びホワイトボード前に立った。
「あれ?運用管理コストや制度資産に係る未払税金を控除するのは何となく理解できますけど、何で制度資産に割引率を乗じた金額も控除するんですか?」
桜井は、図を見ながら首を捻った。
「ステップ3で、確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額を算定しただろう?」
「ええ。IFRSでは、制度資産や確定給付制度債務毎ではなく、それらの純額に割引率を乗じた金額を純損益として認識するんですよね。」
「その金額の中に制度資産に割引率を乗じた金額が純損益として認識されているんだ。確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額を分解するとこうなる。」
藤原は、再び図を描き始めた。
【ステップ3 確定給付負債(資産)純額の利息純額の構成要素】
「なるほど。純損益に計上した利息純額の中に制度資産に係る利息分も含まれているから、包括利益として計上する制度資産に係る収益からその分を控除する必要があるんですね!」
「そういうことだ。」
◆資産上限額の影響の変動も確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額に含まれる金額は控除する
「3つ目の確定給付負債(資産)の純額の再測定項目は、資産上限額の影響の変動(any change in the effect of the asset ceiling)ですね。」
「そうだ。この資産上限額は、ステップ2で確定給付制度が積立超過のときに出てくるんだったな。」
「はい。資産上限額の調整額の変動は、その他包括利益として認識されるんですね。」
「ああ。ただし、ここでも確定給付負債(資産)の純額に係る利息純額に含まれる金額を控除した金額を包括利益として計上するんだ。」
「はい。制度資産に係る収益と同じ理由ですね!」
そう言うと、桜井は先ほど藤原が書いた図の右端のボックスを指しながら言った。
【ステップ3 確定給付負債(資産)純額の利息純額の構成要素】
「そうだな。この辺りはこういう項目があると知っておけばいいだろう。」
「分かりました。」
◆包括利益に計上した項目はリサイクル禁止
「それから、IFRSでは、これらのその他包括利益に計上した額は、その後の期間において純損益に振り替えてはいけないんだ。」
「へぇ。リサイクル禁止というわけですね。」
「ああ。」
◆ステップ4における日本基準との相違点
「ここでも、日本基準と取扱いが異なる項目がある。もう分かるな?」
「はい。まず、数理計算上の差異ですね。日本基準では年金資産の期待運用収益と実際の運用収益の差異が含まれますが、IFRSでは、制度資産に係る収益として、数理計算上の差異には含まれていません。」
「そうだな。数理計算上の差異については、まず、範囲が日本基準と異なっている。」
「はい。それから数理計算上の差異の会計処理についても、違いがありますよね。日本基準では一般的に一旦包括利益を通して純資産の部に計上して、その後一定の期間にわたり費用処理することになりますが、IFRSではその他包括利益として即時認識して、その後純損益に振り替えてはいけないんですよね。」
「ああ。そして資産上限額については、そもそも日本基準にはない規定だから、これに関する処理もIFRSとの相違点として挙げられる。」
「はい、分かりました。」
「参考までに、ステップ3とステップ4をまとめた図も資料に載せているぞ。」
「あ、これですね。」
桜井は、資料のページを捲って、該当する図を見つけた。
※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。
◆退職後給付会計の簡便法の取扱いについて
「そして、最後に―」
「え、まだあるんですか?ステップ4までの説明は終わりましたよね?」
桜井は驚いて声を上げた。
「ああ。IFRSでの簡便的な計算の取扱いについて、まだ教えていないだろう?」
「簡便的って、IFRSにも簡便法があるんですか?」
「ああ。日本基準の簡便法とは違うんだが―」
そこで桜井が確認する。
「日本基準の簡便法って、確か、従業員数が比較的少ない企業等が、高い信頼性を持って数理計算上の見積りが困難である場合や、退職給付に係る財務諸表項目に重要性が乏しい場合に認められている退職給付に係る計算方法ですよね。」
藤原は頷いた。
「ああ。IFRSでは、IAS第19号で規定した詳細な計算の信頼しうる近似値を、見積り、平均及び簡便計算により求めることができるという規定が設けられているんだ。」
「へぇ。IFRSでは、簡便な計算による結果が詳細な計算の近似値である必要があるんですね。」
メモを取りながら桜井は言った。
「これで本当にお終いだ。お疲れさん。」
「・・・ええ、本当にぐったりです。」
桜井は椅子の背に体を預けながら、正直に白状した。それを聞いた藤原は苦笑いを浮かべる。
「資料の後半部分にIFRSの退職後給付会計をまとめた図があるから、後で確認しておくように!」
「はい。」
「それから、IFRSと日本基準との違いをまとめた表も載っている。これも知識の整理に役立つから、見ておいたほうがいいだろう。」
「了解です。」