● ○ IFRS第10号「連結財務諸表」 ○ ●
IFRS第10号「連結財務諸表」と日本基準との違い
藤原はいつものようにコホンと咳払いをすると、話を始めた。
「さて、まずはIFRS第10号と日本基準との相違点を確認していこう。」
「そこなら僕に任せてください。」
桜井は胸を張って言った。
「連結手続は基本的に日本基準と同じなんですが、連結の範囲、報告日の統一、会計方針の統一などの項目でIFRSと日本基準との間に差異があります。」
桜井は、顎に手を当てて、思いつく日本基準との違いを挙げた。
「ああ。違いのある項目を書き出すと、こんなもんだ。」
そう言うと、藤原は白紙にずらずらと項目を書き出した。
「へぇ。こうやって差異がある項目をみると、それなりにあるんですね。」
桜井は、藤原が書き連ねた項目をそれぞれ見ながら感想を言った。
◆今回の学習項目は「連結の範囲」「会計方針の統一」「報告日の統一」
「その中でも今日は、上3つの『連結の範囲』、『会計方針の統一』、『報告日の統一』について教えるぞ。この3つを押さえておけば、当面は大丈夫だ。」
「はい、お願いします。」
桜井はぺこりと藤原に頭を下げた。
連結の範囲
- 連結の範囲
- 会計方針の統一
- 報告日の統一
◆ IFRSでは原則として、すべての子会社を連結する
藤原は、もう一度咳払いをした。
「まず、IFRSでは、原則として、すべての子会社(subsidiary)が連結の対象になる。」
「あ、それなら知っています。日本基準のような、支配が一時的等の理由によって連結から除外する例外規定は、IFRSにはないんですよね。」
「ああ。もちろん子会社の判定に際して重要性を勘案することはあるだろうが、IFRS第10号『連結財務諸表(consolidated financial statements)』には、子会社に関する例外規定はないな。」
しかし、桜井は腑に落ちない様子だ。
「でも、先輩はさっき『原則として』と言っていましたよね?なんだか例外があるように聞こえますが・・・?」
桜井の疑問に藤原はニヤリと返した。
「よく気がついたな。実は親会社(parent)が投資会社(investment entities)に該当する場合の例外があるからなんだ。」
「へぇ。そんな例外があるんですね。」
「ただ、ウチの会社のようなメーカーには関係ない話だから、この例外については、気にしなくていいぞ。」
桜井は「はい。」と頷きながら、ノートにメモを取った。
◆支配モデルにより子会社かどうかを判定する
「そして、連結の範囲に含まれる子会社に該当するかどうかは、支配(control)モデルにより判定するんだ。」
「支配力で子会社がどうかを判定する考え方は、日本基準と同じなんですね。」
「そうだな。この支配モデルでは、3つの要件を満たす必要がある。この3要件は分かるか?」
「もちろんです。」と、桜井はノートから顔を上げて答えた。
「パワー、リターン、パワーとリターンの関連、という3つの要件を全て満たせば、その投資先を支配していると考えるんですよね?」
「正解だ。この3つの要件の関係を図で表すとこんな感じだな。」
藤原は再びペンを手に取り、紙に図を書き始めた。
【支配の3要件】
「この図の中の①~③までの要件が「支配の要件」というわけですね。」
図を見た桜井が確認した。
「その通り。では、今度はそれぞれの要件がどんなものかを確認していくぞ。」
① パワー
藤原は、間を置かず説明を続けた。
「1つ目の要件はパワー(power)だ。この要件をより詳しく言うと、『投資先に対するパワーを有していること』という要件だ。具体的には、どういうことを意味しているのか、分かるか?」
藤原は腕を組んで椅子の背もたれにもたれかかりながら、桜井に尋ねた。桜井は、言葉を思い出しながら答えた。
「えっと・・・確か、関連性のある活動を指図する現在の能力を与える既存の権利を有していれば、投資先に対するパワーを有していると言えるんですよね。」
「そうだな。」
そこで、桜井が弱々しく付け加えた。
「実は、ここの意味がよく分からなくて・・・」
「確かに分かりにくい表現だよな。」と藤原も同意した。そして、こう続けた。
「こういう時は、言葉を分解して理解していくんだ。まずは『関連性のある活動』が何を指しているのかを知る必要があるな。」
◆「関連性のある活動」とは
「えーと・・・何でしたっけ? 言葉からは想像できない定義だったことは覚えているんですけど・・・」
藤原は桜井の言葉に苦笑しながら説明した。
「『関連性のある活動(relevant activities)』とは、投資先の活動のうち、投資先のリターンに重要な影響を及ぼす活動のことを指すんだ。」
「あ、そうでした!」
「これには、資産の取得や処分、新しい製品や工程の研究や開発、資金調達に関する決定なんかが含まれることになる。」
「なるほど。少しずつイメージが湧いてきました。」
◆「関連性のある活動を指図する能力」と「その能力を付与できる既存の権利」
「よし。次に、『関連性のある活動を指図する能力を付与することができる既存の権利』を分解しよう。」
「えーと、『関連性のある活動を指図する能力』と『その能力を付与できる既存の権利』といった感じでいいんですか?」
「そうだ。」
藤原は、桜井が理解できやすいように、再びイメージ図を描いた。
「分かりやすく、ウチの会社を例に説明しよう。まず、『関連性のある活動』を特定しなければならないんだが、ここでは営業上の重要な決定を『関連性のある活動』と考えよう。」
「はい。」
「では、そこで質問だ。ウチの会社では営業上の重要な決定は誰がするんだ?」
「えーと、取締役会ですか?」
「そうだな。じゃ、取締役に権限を与えるのは誰だ?」
「株主だと思います。」
藤原の顔色を窺いながら桜井が答えた。
「そう。株主、つまり議決権保有者だ。この例では、『既存の権利』とは議決権のこと指すんだ。」
「そういうことですか。あの分かりにくい定義の意味がやっと理解できました。投資先の関連性のある活動に関して意思決定できる能力を与えることができる権利を持っていれば、その投資先に対してパワーがあると言えるわけですね。」
「そういうことだ。」
藤原は満足そうな表情を浮かべた。
◆通常、議決権の過半数を保有していれば、パワーを有する
「パワーを有するかどうかの評価に際しては、実質的な権利のみを検討することになるんだが、一般的には議決権の過半数を保有してれば、その投資先に対してパワーを有していると言えるんだ。」
「はい。」
◆ IFRSでは潜在的議決権も考慮する
「それから、議決権の過半数を保有していない場合にパワーを有しているかを判断する時に出てくる考慮事項の一つに、潜在的議決権(potential voting rights)がある。」
「潜在的議決権、ですか?」
「ああ。日本基準には潜在的議決権に関する規定はないが、IFRSでは考慮する必要がある。よく覚えておけよ。」
「なるほど。了解しました。」
② リターン
「続いて要件の2つ目、リターン(returns)についてだ。ここでは、投資者が投資先への関与により生じる変動リターンに晒されているか、または権利を有しているかどうかを判断することになる。」
◆リターンには正の値、負の値、その両方の場合がある
「そう言えば、このリターンには、正の値のみだけではなく、負の値のみ、または、その両方の場合があるって本に書いてありました。」
「その通り。投資先からのリターンと聞くと、プラスのイメージを思い浮かべるかもしれないが、マイナスの場合や、プラスとマイナスの両方が生じる場合もあり得るんだ。」
「分かりました。」と桜井は頷いた。
◆変動リターンかどうかは取り決めの実質に基づき評価
「それから、『変動リターン』とあるが、リターンに変動性があるかどうかは、リターンの法的形態にかかわらず、取り決めの実質に基づいて評価する必要がある。」
「えーと、それってどういう意味なんですか?」
「例えば、投資者が固定金利の債権を保有している場合、この固定金利の支払いは変動リターンだ。」
「利息の金額は一定なのに『変動リターン』なんですか?」
「そうなんだ。金利の支払いには債務不履行リスクがあり、投資者は債権発行者の信用リスクに晒されているため、リターンに変動性があると考えるからなんだ。基準には他にも、固定の業績報酬についても投資者を投資先の業績リスクに晒すことになるため、変動リターンであるといった例が挙げられている。」
「なるほど。リターンが契約上固定額であったとしても、リターンに変動性があるかどうかを実質的に判断しなければならないってことなんですね。うーん、難しいなぁ。」
藤原は、桜井のぼやきに苦笑した。
「ウチの会社規模だと、そこを悩む必要はないけどな。」
◆リターンの範囲は広い
藤原は、この項目の最後の説明に入ることにした。
「そして、“リターン”と一言で表現しているが、その範囲は広いんだ。」
「配当や分配金だけじゃないんですか?」
「そのほかにも、投資価値の変動、サービス業務等による報酬、税務上の便益、規模の経済や希少な製品の調達などもリターンに含まれる。」
「へぇ!単純に金銭的なリターンだけってわけじゃないんですね。」
桜井は感心した様子で言った。
③ パワーとリターンの関連
「そして最後に、投資先への関与により生じるリターンに影響を及ぼすように投資先に対するパワーを用いる能力を有している場合、投資先を支配していると言える。これが、3つ目の要件にあった、『パワーとリターンの関連(link between power and returns)』だ。」
「うーん、先輩、なんでこの3つ目の要件が必要なんですか?投資先に対してパワーを有していて、投資先への関与により生じるリターンだけでも十分な気がするんですが・・・」
桜井は、腕組みをして藤原が書いた支配の要件のイメージ図とにらめっこをした。
◆「本人」なのか「代理人」なのかを決定
「この要件は、投資者が本人か代理人かを検討することを意味しているんだ。」
「代理人?」
桜井は、図から藤原へと視線を移した。
「そうだ。投資者がパワーを有していたとしても、その権利を自分のためではなく、他の当事者の便益のために行使する場合は、投資者は他の当事者の代理人にすぎず、当該投資先を支配しているとは言えないからなんだ。」
桜井は、ポンと手を打った。
「なるほど。そういうことですか!」
「だから、投資者が投資先を支配しているかどうか判定する際には、自らが本人か代理人かを決定することになる。それから、パワーを有している他の企業が、自社の代理人として行動しているかどうかについても検討する必要があるんだ。」
「つまり、パワーとリターンの要件を満たし、投資者が本人であれば、投資先を支配していることになり、代理人である場合には、支配しているとは言えないんですね。」
「そういうことだ。代理人かどうかを決定するには、投資先に対する意思決定権限の範囲や他の当事者が保有している権利、そして報酬などを考慮することになる。」
「はい。分かりました。」
「ここでも簡単なイメージ図を書いた方が、理解しやすいだろう。」
藤原は、桜井にも見えるように、再び余白部分にボックスと言葉を書き並べ始めた。
「ありがとうございます。」桜井は素直に礼を言った。