● ○ エピローグ ○ ●
「よく勉強しているね。感心、感心。」
桜井が振り向くと、会議から戻ったばかりの清瀬部長と倉田課長がこちらを見ていた。倉田が桜井に話しかける。
「君、最近IFRSの勉強頑張っているんだってね。」
「はい。ありがとうございます。これも藤原先輩のおかげです。」
桜井は藤原の方とちらりと見ながら、答えた。
「うんうん、そうだよね。藤原君、かなり君のこと押していたからねー」
「はぁ・・・」
話が見えない桜井は曖昧に相槌を打った。そんな桜井の表情には気づかず、倉田は更に言葉を続ける。
「僕はね、まだ早いんじゃないかと言ったんだけど、藤原君が、君ならIFRSプロジェクトチームのメンバーでもやっていけるって言ってね。」
「え?」
桜井は一瞬耳を疑った。藤原が桜井をプロジェクトチームメンバーに推薦したなんて、藤原からはもちろん一言も聞いていない。
「それで、そこにいる頑固な藤原君から、この1年で君がチームについていけるようにIFRSを教えるから、そこで判断してくれってお願いされていたんだよ。」
「そ、そうだったんですか?」
桜井は藤原の方を見たが、藤原はさっと横を向き、桜井と目を合わそうとしない。藤原の性格をよく知る桜井は、それが照れ隠しであることを分かっていた。
「IFRSのこと、ずいぶん分かってきたみたいだね。」
倉田がいつもの笑顔を桜井に向けた。
桜井の斜め向かいに座っている伊崎が、パソコンディスプレイの横から顔出し、ポカンと口を開けたままの桜井に言った。
「ようこそ。桜井君もこれで晴れてIFRS導入プロジェクトメンバーの一員だね。やることは山積みだから、さっそく活躍してもらうよ。」
「え・・・あ、はい。」
ようやく声が出るようになった桜井だが、まだ足元がふわふわしたままだ。
「よかったな。」と藤原が桜井の背中をバシッと叩いた。思わず桜井がよろめく。
そこで桜井は、何故あれほど熱心に藤原がIFRSを教えてくれたのか、ようやく理解できた。すべては自分をプロジェクトメンバーに入れるためだったのだ。
「僕、これからもがんばります!」
頬を紅潮させながら、桜井は皆の前で宣言した。
「日本基準のほうも、その意気込みでよろしく頼むわよ。」
今度は向かいから経理部紅一点の橋本が声をかけた。
そこで山口が口を挟んだ。
「え?IFRSを導入したら、日本基準はもういらないんじゃないですか?」
一瞬、経理部が沈黙に包まれる。
「あのさ、山口くん、IFRSは連結財務諸表だけだよ。IFRS導入後も、個別財務諸表は引き続き日本基準で作成するんだ。」
桜井は後輩の言葉に苦笑しながら、訂正した。
「そうなんですか?すみません。僕、てっきり全部IFRSに変わるのかと思っていました!」
恥ずかしそうにぺこぺこ頭を下げる山口の横で、藤原が笑いながら桜井に言った。
「今度はお前が山口にIFRSを教える番だな。」
「えー、ぼくがですか!?」
慌てる桜井の周りで笑いが広がった。
窓の外はまだまだ明るい。季節は夏に近づこうとしていた。
① パワー
- 関連性のある活動を指図する現在の能力を与える既存の権利を有していること。
- 関連性のある活動とは、投資先のリターンに重要な影響を及ぼす活動。
② リターン
- 投資者が投資先への関与により生じる変動リターンに晒されているか、又は権利を有していること。
- リターンには、正の値だけでなく、負の値、又はその両方の場合がある。
- リターンに含まれる範囲は広い。
③ パワーとリターンの関連
- 投資者が投資先への関与によるリターンに影響を及ぼすようにパワーを用いる能力を有していること。
- 投資者が「本人」か「代理人」かを決定する。
- 投資者が「本人」であれば、パワーとリターンに関連があると結論づけられるが、「代理人」である場合は、パワーとリターンに関連はない。
【会計方針の統一】
- 親会社は、類似の状況における同様の取引及び他の事象に関し統一された会計方針を用いて、連結財務諸表を作成する。
- 子会社が、類似の状況での同様の取引及び事象について連結財務諸表で採用した以外の会計方針を使用している場合には、連結財務諸表作成の際に当該子会社の財務諸表に適切な修正を行う。
【報告日の統一】
- 連結財務諸表に含まれる親会社及び子会社の財務諸表は同じ報告日としなければならない。
- 親会社の報告期間の期末日が子会社と異なる場合は、親会社の報告期間の期末日現在の追加的な財務情報を作成する。ただし、実務上不可能な場合は、直近の財務諸表に重要な調整を行った上で連結する。
- 連結財務諸表の日付の差異は3ヶ月を超えてはならない。
(注)
・この記事はフィクションであり、実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。
・各記事は公開日現在に公表されている基準等に基づいていますので、閲覧の際はご留意ください。
・この記事は基礎的な事項を中心に扱っており、IFRSの全てを網羅するものではありません。詳細につきましては、それぞれの専門家にご相談ください。
・文中、意見に関する部分は私見であり、執筆者の属する組織の公式な見解ではありません。
(連載了)