〔一問一答〕
税理士業務に必要な契約の知識
【第23回】
「遺留分侵害額請求権と事業承継」
虎ノ門第一法律事務所
弁護士 枝廣 恭子
〔質 問〕
2018年の民法改正で相続法が改正され、それまでの「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権」へと変わりました。制度としてどのような違いがあるのでしょうか。また、事業承継を促進することが期待されるとのことですが、具体的にどのような影響が考えられるのでしょうか。
〔回 答〕
➤遺留分減殺請求権は遺言や贈与を一部取り消すという物権的効果を持つのに対し、遺留分侵害額請求権は遺留分侵害額分の金銭債権を発生させるという債権的効果を有します。
➤遺留分侵害額請求権を行使した場合、遺留分侵害額分の金銭債権が発生するのみで、相続財産中の事業用不動産や自社株が共有状態になるという事態は生じないため、円滑な事業承継の実現に資すると考えられます。
◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆
1 相続法改正の概要と遺留分侵害額請求権の制定
2018年7月に、約40年ぶりに相続法が改正された。社会情勢の変化に対応して、相続に関するルールを実態に適合させる方向での改正がなされている。
改正法では配偶者居住権や、預貯金の払戻制度、法務局による自筆証書遺言の保管制度などが新たに創設された。そして、遺留分制度の見直しも行われ、遺留分を取り戻す権利である「遺留分減殺請求権」が「遺留分侵害額請求権」に変わった。
遺留分減殺請求権と遺留分侵害額請求権の目的は基本的に共通しており、兄弟姉妹以外の法定相続人に最低限保障される遺産取得割合を取り戻す権利を認め、相続人間の平等を図る点にある。しかし、遺留分減殺請求権の弊害として、例えば、事業用財産や自社株を後継者に遺贈しても、他の相続人が遺留分減殺請求権を行使することで不動産や自社株が共有状態になり、株式が分散するなどして円滑な事業承継が妨げられる点が指摘されていた。他方で、遺留分権利者も、財産自体の取戻しよりも相当分の金銭を望む場合も多いと考えられていた。
そこで、相続法改正にあたり、上記のような実態を踏まえて遺留分制度の見直しがなされ、遺留分侵害額請求権という新たな権利が制定された(民法1046条、1048条等)。
2 遺留分侵害額請求権の特徴
(1) 遺留分の金銭債権化
改正前の遺留分減殺請求権は、遺贈や贈与を一部取り消すという物権的効果を持つ権利だった。遺留分減殺請求権を行使すると、遺留分権利者が、全ての相続財産に対して遺留分割合の共有持分を持ち、受遺者等との共有状態が生じることとなっていた。
これに対して、遺留分侵害額請求権は遺留分侵害額分の金銭債権を発生させるという債権的効果を持つ。すなわち、遺留分侵害額請求権を行使すると、遺留分の侵害額に相当する金銭を請求する権利が発生するだけとなる。したがって、遺贈された不動産や自社株が共有状態になることはなく、受遺者等は遺留分侵害額に相当する金銭債務の支払いをすればよいこととなった(民法1046条)。
(2) 対象となる財産の限定
遺留分を算定するための財産について、判例・実務も踏まえて明文化され、対象となる財産が以下のように限定された。
【改正前】
① 被相続人が相続開始時に有していた財産
② 相続開始前1年以内の贈与
③ 贈与の当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って行った相続開始前1年より前の贈与
④ 「特別受益」に該当する贈与
【改正後】
① 被相続人が相続開始時に有していた財産
② 相続人以外に対する、相続開始前1年以内の贈与
③ 相続人に対する、相続開始前10年以内の特別受益に該当する贈与
④ 贈与の当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って行った贈与
したがって、相続開始時から1年以内の贈与であっても「特別受益」に該当しないものや、相続開始時より10年以上前に行われた贈与は、遺留分を算定するための財産に含まれないこととなった。
(3) 遺留分侵害額請求権の行使方法
遺留分侵害額請求権を行使することができる期間は、遺留分減殺請求権と同様、①相続の開始及び遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年、あるいは②相続開始から10年である。行使する方法について訴訟上、訴訟外を問わないのも同様である。
遺留分侵害額請求権を行使した結果として発生する金銭の支払いを請求できる権利は通常の金銭債権なので、行使期間や行使方法は金銭債権の規定に従うこととなる。
なお、2019年7月1日の施行日前に生じた相続については旧法が適用されることとなる。
(4) 相当の期限の付与
遺留分侵害額請求権において生じうる問題点としては、例えば、遺産の全部又は大半が不動産である場合に、遺留分侵害額請求権を行使された者(受遺者等)が遺留分侵害額に相当する金銭債務をすぐに支払えない事態が生じる可能性があることである。
そこで、受遺者等が、裁判所に対して、遺留分侵害額に相当する金銭の全部又は一部の支払について相当の期限の付与を求めることができるとされた。付与される「相当の期限」は、取得財産の換価等により金銭を工面するのに必要な相当な期間となると考えられる。
3 相続法改正と事業承継
遺留分侵害額請求権の行使によって生じる権利の金銭債権化は事業承継に対して大きな影響を与えると言える。すなわち、仮に遺留分を行使されても、受遺者等に対して遺留分相当の金銭の支払いを求める権利が発生するにすぎず、後継者に承継させた事業用不動産や自社株自体について共有状態は生じないため、受遺者等は金銭の支払いに応じられる資金の手立てをすれば足りることとなる。また、相続開始前10年以内かつ特別受益にあたる贈与に限って遺留分の対象となることとなったので、早期に自社株を後継者に贈与しておいた場合に、相続開始時に贈与から10年が経過していれば遺留分の問題が生じないこととなる。このように、改正法は、円滑な事業承継による安定的な経営を実現することを企図しているものと言える。
さらに、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律が、遺留分に関する特例(同法3条~10条)を定めて、中小企業の円滑な事業承継の確保を図っている。具体的には、遺留分について、旧代表者の推定相続人及び後継者全員が、書面により、以下のように合意できると定めている(ただし、合意に加えて、経済産業大臣の確認及び家庭裁判所の許可も必要となる)。
① 後継者が取得した株式等の価額を遺留分算定のための財産の価額に参入しない旨
② 後継者が取得した株式等以外の財産の価額を遺留分算定のための財産の価額に参入しない旨
③ 後継者が取得した株式等について、遺留分算定のための財産の価額に算入すべき価額を当該合意の時における価額とする旨
(了)
「〔一問一答〕税理士業務に必要な契約の知識」は、毎月第2週に掲載されます。