暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務
【第81回】
東洋大学法学部教授
泉 絢也
エ 匿名性がもたらす税務執行上の問題
これまで論じてきたような暗号資産の匿名性がもたらす税務執行上の問題として、次の点が注目される。
- ブロックチェーン上のトランザクションを把握していても当事者の特定ができない。
- 特定の納税者が保有し、取引している暗号資産を把握できない。
上記のとおり、ブロックチェーン上のトランザクションに係る当事者を特定し、接触することができなかったり、特定の納税者が取引をしている暗号資産を把握できないとすれば、次のような問題が起こる。
- 税務当局は、暗号資産取引の当事者について、自国における納税義務が発生しているか、損益額はいくらになるのかを把握することができない。
- 自国の居住者に係る暗号資産の利用や税務コンプライアンスの実態も把握できない。
- 税務当局に捕捉されないことを奇貨として納税者が暗号資産取引から生じた所得を適正に確定申告しない、どこの国でも課税できないという事態につながる可能性がある。
- 税務当局における租税回避スキームを追跡・把握する能力を妨げるため、脱税のみならず、租税回避をも助長するという指摘もある(See Vincent Ooi, Report on the Challenges Which Digital Assets Pose for Tax Systems with a Special Focus on Developing Countries, prepared for the United Nations Committee of Experts on International Cooperation in Tax Matters (26th Session), commissioned by the International Tax and Development Cooperation Branch, Financing for Sustainable Development Office, United Nations Department of Economic and Social Affairs (Mar. 7, 2023), at 26)。
このように、匿名性は単なる納税者特定の障害にとどまらず、国際的な情報共有やクロスボーダー課税の制度基盤を不安定化させるリスクも孕む。その影響は、個別的な課税漏れにとどまらず、税制への信頼や納税モラルにまで波及する可能性がある。
ただし、個人を特定するまでに至るかという問題はあるものの、少なくともビットコインについては、利用者のIPアドレスを特定し、地理的な場所にリンクさせることはできるようである(See Andreas Thiemann, Cryptocurrencies: An Empirical View from a Tax Perspective, 9 J. TAX ADMIN. 88, 91, 93-94(2024))。
一方で、税務当局にとって朗報であるのは、暗号資産の取引では、政府や第三者情報を提供する立場にある中央集権的機関(例:暗号資産交換業者、いわゆるCEX)が中核的な存在となったことである。
これは、当初の構想(中央を介さずに金融取引を行う)とは相反するものでありながら、税務当局にとっては情報収集の要となりうるものである(See Katherine Baer et al., Taxing Cryptocurrencies, 39 OXFORD REV. ECON. POL’ Y 478, 491(2023))。
暗号資産の仕組み自体は匿名性を提供するものであるが、多くの利用者は、顧客に身分証を提出させて氏名や住所等を確認する本人確認手続(KYC:Know Your Customer)を実施しているCEXを通じて暗号資産を取引又は保有しており、暗号資産の匿名性を享受していない。
CEXでは、運転免許証やパスポートの提出が求められ、氏名・住所・生年月日などが記録されている。
利用者がこのようなCEXを通じて取引等を行うのは、ユーザーインターフェースがよい、法定通貨と交換したい(DEXでは直接法定通貨に交換できないため)などの理由によるものと推察される。
言い換えれば、多くの利用者は、匿名性よりも利便性や信頼性を優先しており、暗号資産が技術的に提供しうる匿名性を最大限に活用しているわけではない。この点は、税務当局が情報収集や調査を行う上での足掛かりとなる。
もっとも、これによって匿名性の問題が完全に解消されるわけではない。
一部の海外CEX、DEX、プライベートウォレットなど、利用者が本人確認を求められることなく暗号資産を取引できる場所やツールがあり、これらが依然として暗号資産の匿名性を支えているからである。
とりわけ、DEXでは、アカウント登録が不要で、ウォレットを接続するだけで取引が実行可能となっており、利用者が匿名性を保持したまま、国境を越えた暗号資産の交換・貸借といった運用を行っている現状がある。
2023年の暗号資産市場の調査によると、取引量の約90%が上位10の取引所によって占められていた。その中でDEXは著名なUniswapの1つだけであり、その市場シェアはわずか3%にとどまった(European Securities and Markets Authority, Crypto Assets: Market Structures And Eu Relevance, ESMA50-524821-3153(Apr. 10, 2024))。
他方、DEXとCEXの取引高比率が過去最高の20%に達したというデータがあり、このことはユーザーがDEXの透明性、セキュリティ及び強化された資産管理に魅力を感じていることを反映したものであって、CEXに対する規制当局の監視が厳しくなる中、規制の厳しい地域のトレーダーがDEXの提供する自由なアクセスを求める傾向が強まっているという見解も示されている(Bitcoinworld, DEX-to-CEX Volume Ratio Reaches Record 20%, Reflecting Growing Decentralized Adoption, BINANCE SQUARE (Jan. 8, 2024))。
さらに、必ずしも脱税が動機でないにせよ、例えば、次のような暗号資産の匿名性を高めるツール等を意図的に利用している者もいる。
- トランザクションの詳細を秘匿するよう設計された暗号資産(プライバシーコイン)
- 異なる利用者のトランザクションを混ぜ合わせることで資金の出所の追跡を困難にするミキサーやタンブラー(※)
- 異なる種類の暗号資産に交換を繰り返し、異なるブロックチェーン間を行き来することで追跡を困難にするチェーンホッピング
(※) ミキサーを利用して、ICOに関する収益を隠匿した脱税事件として、United States v. Elmaani, No. 20 Cr. 661 (CM), 2023 U.S. Dist. LEXIS 59357(S.D.N.Y. Apr. 4, 2023)がある。
もっとも、技術的には匿名性が確保されているように見えても、制度的・実務的には限定的にすぎないケースも少なくない。
上記のプライバシーコインについては、多くのCEXが規制当局の指導に従ってその取扱いを廃止している(EUROPOL, CRYPTOCURRENCIES: TRACING THE EVOLUTION OF CRIMINAL FINANCES 7(2023))。
このことに加えて、次の点を考慮すると、税務執行上の重大な問題を引き起こす可能性は高くないとの見解がある(Omri Y. Marian, Are Cryptocurrencies ‘Super’ Tax Havens?, 112 MICH. L. REV. FIRST IMPRESSIONS 22-23(2013))。
- プライバシーコインの流通量は限定的であること
- 投機目的で購入されるケースが多く、利用者がプライバシー機能を必ずしも活用していないこと
- プライバシーコインは永続的なプライバシー保護を保証するものではないこと
プライバシーコインについては、匿名性が高められているとはいえ、誰もがその機能を必要とし、使いこなしているわけではない、ということである。
なお、暗号資産の世界では、かつてはビットコインを用いた取引であれば匿名性が確保されるという誤解が蔓延していたが、ブロックチェーン分析による捜査手法が確立されたことで、そうした幻想は崩れた。
この点について、当初、犯罪者は、違法取引に関するやりとりをビットコインで行うだけで安心感を得ていたが、その後、いくつかの法執行機関がブロックチェーン分析を利用することで犯罪捜査に成功した事例を示してきたことで、ビットコインの透明性と追跡可能性が広く認識されるようになった。
そこで、暗号資産は、匿名性を高めるサービスと併用されて、犯罪に利用されるようになったといわれる(EUROPOL, CRYPTOCURRENCIES:TRACING THE EVOLUTION OF CRIMINAL FINANCES, at 19)。
このような現状を踏まえれば、匿名性を高めるサービスの存在に注意を払いつつも、暗号資産は単なる匿名取引手段ではなく、むしろ条件付きで可視化可能な仮名性資産であるという実態を、税務執行戦略においても前提とすべきであろう。
〔凡例〕
決済・・・資金決済に関する法律
通貨・・・通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律
日銀法・・・日本銀行法
信託・・・信託法
所法・・・所得税法
所令・・・所得税法施行令
所基通・・・所得税基本通達
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
消法・・・消費税法
措法・・・租税特別措置法
相基通・・・相続税法基本通達
投信法・・・投資信託及び投資法人に関する法律
投信法令・・・投資信託及び投資法人に関する法律施行令
信託業・・・信託業法
金商・・・金融商品取引法
会社・・・会社法
実特法・・・租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律
実特令・・・租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律施行令
実特規・・・租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令
社債等振替・・・社債、株式等の振替に関する法律
国外送金等調書法・・・内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律
国外送金等調書令・・・内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行令
国外送金等調書規則・・・内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行規則
国税庁FAQ・・・暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(情報)(令和6年12月20日改訂)
(例)所法9①九・・・所得税法9条1項9号
(了)
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