酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第85回】 「政策目的からみる租税法(その1)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 はじめに 自動車重量税は、自動車の走行が社会に多くの負担をもたらすこと及び道路整備財源の確保の必要性に鑑み、広く自動車の使用者に対して必要最低限の負担を求めることを目的として昭和46年に創設された租税である。これは、いわば、公害健康被害の補償等に係る費用を自動車の保有者に求める税制であるといってもよい。 さて、このように特定の政策目的を念頭においた租税制度には様々なものがあるが、特定の政策目的の実現のために創設された租税法の解釈は、かような政策目的の影響をどの程度受けるのであろうか。この連載では、とりわけ、自動車重量税を取り上げてこの点について考えてみたい。まずは、その検討の素材として、名古屋地裁平成14年4月19日判決(判タ1139号110頁)を取り上げることとしよう。 Ⅰ 素材とする事例 1 概観 本件は、自動車重量税を納付したと主張するX(原告)が、当該自動車重量税に係る自動車が平成12年9月11日のいわゆる東海豪雨によって被害を受けたため、当該自動車の抹消登録をした上、Y(被告)に対し納付済みの自動車重量税の還付請求をしたところ、Yが還付請求は理由がないとの通知処分(以下「本件処分」という。)をしたことから、その取消しを求めるとともに、上記自動車重量税相当額の支払を求めた事案である。 2 具体的事実 (1) 自動車の抹消登録 自動車登録番号「習志野××●××××」の小型乗用自動車(以下「本件自動車」という。)に係る自動車検査証の有効期間は、平成12年8月4日から平成14年8月3日までとされていたところ、本件自動車は、平成12年10月23日付けをもって抹消登録された。 (2) 自動車重量税の還付請求 Xは、Yに対し、平成13年1月25日付け書面をもって、本件自動車は平成12年9月11日の東海豪雨により被災して自動車検査証の有効期間が1か月経過して間もなく使用不能となったが、このような場合、納付済みの自動車重量税を還付すべきであるとして、本件自動車について同年7月28日に納付した自動車重量税の還付請求をした。 (3) 本件処分 Yは、Xに対し、平成13年2月22日付けで前記の還付請求は理由がないとの本件処分を行った。これを不服として、XはYを相手取り、異議申立て、審査請求を経て、提訴に及んだ。 3 当事者の主張 当事者の主張は概ね以下のとおりである。 (1) Yの主張 自動車重量税は、道路その他社会資本の充実の要請を考慮し、自動車に対してその重量に応じ自動車重量税を課税するとしたものであり、このような自動車重量税の創設の趣旨は、自動車の増加に伴って道路整備や交通渋滞に対する問題が生じ、自動車の利用者に負担を求めることによって交通政策上の施策のための財源を生み出すため受益者負担あるいは原因者負担という考え方を導入したことにある。 そして、自動車重量税は、自動車が検査を受け、又は届出を行うことによって、走行可能となるという法的地位あるいは利益を受ける権利を取得することに着目して課税される一種の権利創設税であり、その後に生じた事情により自動車検査証を返還したとしても、当該権利を取得した事実がなくなるわけではないから、同税を納付した原因が消滅するものではない。この点において、他の自動車に対する課税と異なっている。 自動車重量税法上も、適正に納付した自動車重量税の還付が認められるのは、当該権利を取得していない場合に限られている(自動車重量16①一)。また、自動車重量税法16条の例外を定めた災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律(以下「災免法」という。)8条は、検査証の交付等を受けたものの、現実に走行の用に供されておらず、いまだ自動車の販売業者又は自動車分解整備事業者のもとにとどまっている状態で、災害により使用が廃止された場合に限定して自動車重量税の還付を認めているところ、この場合は、使用者が、走行可能となるという法的地位あるいは利益を受ける権利を取得するに至っていないことから、自動車重量税の還付が受けられる旨を定めたものと解される。 本件自動車は、検査証の交付を受けた後に東海豪雨により被災したものであり、上記各法令が定める自動車重量税を還付する場合に該当しないことはもとより、そもそも、自動車重量税の法的性質が、当該自動車が道路運送車両法による検査を受け、走行可能となるという法的地位あるいは利益を受ける権利を取得することに着目して課税される一種の権利創設税であることに鑑みれば、本件自動車の所有者又は使用者は、有効期間において道路を走行することができる法的地位を取得したのであるから、有効期間が満了する以前にその責によらない自然災害等により用途廃止したとしても、当該権利を取得した事実がなくなることはないから、本件自動車について納付した自動車重量税の還付を求めることはできない。 (2) Xの主張 自動車重量税は、自動車検査証の有効期間に合わせて税額が決定されるものであり、本件自動車について、平成12年7月28日に納付した自動車重量税はかかる有効期間に対応する税の前払である。 したがって、有効期間(終期平成14年8月3日)がわずか1か月経過した後に本件自動車が用途廃止されるに至った場合、自動車検査証の有効期間中の自動車重量税の支払義務は消滅したのであり、本件自動車について納付済みの自動車重量税は還付されるべきであって、これを返還しないことは社会正義に反し、憲法に規定する国民の財産権を不当に侵害するものである。したがって、還付の規定を欠く自動車重量税法は憲法に違反する。 4 裁判所の判断 名古屋地裁平成14年4月19日判決は以下のように判示し、Xの主張を排斥している。 名古屋地裁はこのように自動車重量税の趣旨を述べた上で、同法が還付を認める規定につき次のとおり確認する。 そして、結論として、本件について還付請求は認められないと結論付けている。 5 コメント 上記判決は、東海豪雨によって被災した自動車が、自動車検査証の有効期間が経過しないうちに抹消登録されたものであるとして、自動車重量税法が同税の還付を認める同法16条1項1号に規定するところの「重量税を納付した後自動車検査証の交付等又は車両番号の指定を受けることをやめたとき」に該当しないとして、同税の還付請求は認められないとしたのである。 自動車の用途が廃止されたのにも関わらず、かかる自動車についての納税義務だけが残るのは疑問であるとするXの主張は、なぜ排斥されたのであろうか。裁判所では、自動車重量税法の性質論が持ち出されているので、次にこの点について、検討してみることにしよう。 (続く)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第29回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -租税回避否認の法的根拠- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 租税回避の否認について、前々回はその意義を、前回はそのアプローチをそれぞれ検討したが、今回はその法的根拠を検討することにする。 既に第20回において、実質主義の「真骨頂」を体現するものとして経済的実質主義の立場から、租税負担の公平を根拠にして租税回避を否認することを肯定する考え方(否認規定不要説)を説く学説(田中二郎『租税法〔第3版〕』(有斐閣・1990年)89頁。初版(1968年)では85頁)及び裁判例(大阪高判昭和39年9月24日行集15巻9号1716頁、東京地判昭和46年3月30日行集22巻3号399頁)をみたが、今回は、租税回避の否認に関する実定税法上の根拠の要否をめぐるその後の学説及び判例の展開を概観することにする。 Ⅱ 否認規定不要説と否認規定必要説 1 否認規定不要説の克服 前述のように、昭和40年代までは否認規定不要説も有力であったが、当時の状況の下で金子宏教授は次のとおり述べておられた(同「市民と租税」岩波講座『現代法8』(岩波書店・1966年)303頁、324頁。次の引用文の末尾の《》内は、同『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)3頁、23頁への収録時に加筆された部分。同40頁「コメント」も参照)。 その後、金子教授は、「[上記の引用文]では、ややポジティブに聞こえる見解を述べたが、現在では[ややネガティブな見解をもっていると]本文で述べたように考えている。」(同『課税単位及び譲渡所得の研究』(有斐閣・1996年)110頁注(26)[初出・1975年])と述べられ、さらには、「公平負担の見地」ないし「いわゆる実質課税の原則」から否認規定不要説を説かれた田中二郎教授の見解(同『租税法』(有斐閣・1968年)85頁。第20回Ⅲ参照)について、次のとおり述べられた(金子宏『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)214頁[初出・1982年])。 金子教授は、体系書『租税法』(弘文堂)では、初版(1976年)から次のとおり否認規定必要説の立場を述べられ(107-108頁)、その立場は最新版=第23版(2019年)においても、括弧書・注の追加や表記の修正等の若干の叙述上の変更を除き、堅持されている(138-139頁)。 2 否認規定必要説の論拠 以上でみた金子宏教授の見解の形成・確立の過程は、否認規定不要説の克服の過程とみることもできるように思われるが、そこには、同説の克服のための論拠(これはとりもなおさず否認規定必要説の論拠でもある)を見出すことができる。その論拠を整理すると、①「公平負担の見地」ないし「実質課税の原則」と租税法律主義との相克(特に第6回、第20回参照)において後者を優先させる考え方と、②租税回避論(特に租税回避の定義)を前提にして租税法律主義を展開する考え方になろう。 前記の①を論拠として否認規定必要説を説く見解として次のようなものがある(中川一郎編『税法学体系(1)総論』(三晃社・1968年)147頁[中川一郎執筆])。 前記の②を論拠として否認規定必要説を説く見解として次のようなものがある(清永敬次『税法』[ミネルヴァ書房・1973年]49-50頁。《》内は新版(全訂)(1990年)45頁での加筆部分。若干の表記の修正はあるが全体として新装版(2013年)では43頁)。 この引用文中の《》内にいう「従来の課税要件規定にはない新たな課税要件」を、筆者は「代替的課税要件」ないし「補充的課税要件」と呼び、次のとおり否認規定必要説の立場を説くものである(【72】=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号。以下同じ)。 なお、わが国で「代替的課税要件」という言葉をおそらく初めて使用されたのは、杉村章三郞教授であると思われるが、同教授は、戦前に邦訳し紹介したドイツ税法の体系書(アルベルト・ヘンゼル著/杉村章三郞訳『独逸租税法論』(有斐閣・1931年))の租税回避論(第25回Ⅱ1参照)に従い、代替的課税要件について次のとおり述べておられた(同『租税法学概論』(有斐閣・1956年)28頁)。ここで述べられている内容からすると、杉村教授は否認規定必要説の立場に立っておられたのではないかと思われる。 Ⅲ 判例の立場 判例には、否認規定不要説と否認規定必要説との対立について直接明示的な判断を示したものはまだみられないが、武富士事件・最判平成23年2月18日訟月59巻3号864頁の次の判示からは否認規定必要説の立場を読み取ることができるように思われる(【72】、金子・前掲著(第23版)138頁参照)。 加えて、下級審の判断ではあるが、岩瀬事件・東京高判平成11年6月21日訟月47巻1号184頁の次の判示は、否認規定必要説の立場に立つ判断として、この問題に対する裁判所の判断の「一応の到達点」とみることができよう。 もっとも、以上は、租税回避の類型(第22回参照)のうち私法上の形成可能性の濫用による租税回避に対する裁判所の判断に関する大方の所見であるといってよかろうが、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避については、特に外国税額控除余裕枠利用事件・最判平成17年12月19日民集59巻10号2964頁の次の判示については理解が分かれているところである。 確かに、上記の判示を、否認規定必要説の枠内で理解しようとする見解(金子・前掲書(第23版)140-141頁、今村隆『租税回避と濫用法理-租税回避の基礎的研究-』(大蔵財務協会・2015年)127-128頁[初出・2009年]参照)もあるが、しかし、筆者としては、否認規定不要説の立場に立つものとして理解せざるを得ないと考えるところである(第7回Ⅲ参照)。 すなわち、筆者としては、判例においては、学説においてとは異なり、否認規定不要説は克服されたとはなおいい難く、したがって、前記Ⅱ2の冒頭で述べたその克服の論拠に関していえば、「公平負担の見地」ないし「実質課税の原則」が租税法律主義よりも重視される余地がなお残されているといわざるを得ないのである。そこには、経済的実質主義への「先祖返り」のおそれがある(第7回Ⅳ参照) Ⅳ おわりに 以上、今回は、租税回避の否認の法的根拠について否認規定不要説と否認規定必要説の対立を概観したが、その対立は学説においては克服されたといってよいものの、判例においては今日なお克服されているとはいい難いように思われる。 筆者としては、租税法律主義を重視する否認規定必要説の立場が、学説においてと同様、判例においても貫徹されることを強く望むものである。 (了)
〔令和2年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第2回】 「「特定事業継続力強化設備等の特別償却制度の創設」 「みなし大企業の範囲の見直し」 「中小企業向け租税特別措置の適用除外措置」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和元年度税制改正における改正事項を中心として、令和2年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。【第1回】は「研究開発税制の見直し」について解説した。 【第2回】は「特定事業継続力強化設備等の特別償却制度の創設」、「みなし大企業の範囲の見直し」及び「中小企業向け租税特別措置の適用除外措置」について解説する。 1 特定事業継続力強化設備等の特別償却制度の創設 令和元年度税制改正において、「特定事業継続力強化設備等の特別償却制度」が創設された。令和元年7月16日に施行された「中小企業の事業活動の継続に資するための中小企業等経営強化法等の一部を改正する法律(中小企業強靭化法)」に基づき、防災・減災の事前対策を行う中小企業を支援する税制措置である。 ① 税制の概要 中小企業強靭化法に基づく「事業継続力強化計画」又は「連携事業継続力強化計画」の認定を受けた青色申告書を提出する中小企業者等が、当該計画に基づいて、指定期間内に一定の設備(特定事業継続力強化設備等)への投資を行う場合に、20%の特別償却を認める制度である。税額控除は認められていない。 ② 適用要件 当該税制を適用するためには、具体的には次の要件を満たすことが必要である。 【対象事業者】 【対象設備】 中小企業強靭化法の施行日(令和元年7月16日)から令和3年3月31日までの間に対象資産を取得等し、事業供用した場合に適用されるため、令和2年3月期決算申告においては適用が開始されている。 なお、当該税制の詳細については、下記の拙稿をご参照いただきたい。 2 みなし大企業の範囲の見直し 中小企業者等は様々な税制上の優遇措置を受けることができる。しかし、単体としては中小企業であっても、大企業のグループ企業であり一定の要件を満たす場合は、「みなし大企業」として優遇措置の適用対象から除外される。 令和元年度税制改正において、この「みなし大企業」の範囲が拡大されている。すなわち、中小企業者等の範囲が縮小されているということなので、注意が必要である。 ① 中小企業者の範囲 資本金又は出資金が1億円以下の法人は中小企業者に該当するが、「みなし大企業」に該当する法人は除かれる。 ② 大規模法人の範囲が拡大 令和元年度税制改正において、「みなし大企業」の判定に使われる「大規模法人」の範囲が拡大された。この結果、「みなし大企業」の範囲が拡大している。また、「みなし大企業」の判定において、判定対象となる法人の発行済株式又は出資から、自己の株式又は出資を除外することになった。 【大規模法人の範囲】 (※) 資本金又は出資金5億円以上の法人など この改正は平成31年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、令和2年3月期決算申告においては適用されることになる。 これにより、次のような法人は注意が必要である。 改正前: 法人Bは資本金1億円以下であるため、「大規模法人」には該当しない。したがって、法人Bの100%子法人である法人Cは「みなし大企業」には該当せず、中小企業者として税制措置を適用することができる。 改正後: 法人Bは資本金1億円以下ではあるが、大法人である法人Aの100%子法人であるため、改正後の規定では「大規模法人」に該当する(上記③)。したがって、法人Bの100%子法人である法人Cは「みなし大企業」に該当し、中小企業者として税制措置を適用することはできない。 3 中小企業向け租税特別措置の適用除外措置 実態としては大企業であるが、資本金1億円以下にすることで中小企業向けの税制特例を適用しようとするケースが見られる。このようなケースを防止するため、平成29年度税制改正により、前3事業年度の平均所得が年15億円を超える事業年度においては、法人税関係の中小企業向け租税特別措置の適用が停止されることとなった。 適用停止の対象となるのは、「租税特別措置法」による中小企業向け特例措置である。同じ中小企業向け特例措置であっても、「法人税法」によるものは適用停止とはならない点に注意が必要である。 【法人税法による特例措置】 ➤法人税の軽減税率(所得800万円までの部分の本則税率19%) ➤欠損金(繰越控除について、所得額の100%まで損金算入可能。繰戻し還付が可能) ➤特定同族会社の留保金課税の適用除外 適用除外措置の対象ではない 【租税特別措置法による特例措置】 ➤法人税の軽減税率(所得800万円までの部分の特例税率15%) ➤中小企業投資促進税制 ➤商業・サービス業・農林水産業活性化税制 ➤少額減価償却資産(30万円未満)の損金算入 適用除外措置の対象 平成31年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、令和2年3月期の決算申告においては適用されることになる。 (了)
〔免税事業者のための〕 インボイス導入前後の実務対応 【第2回】 「区分記載請求書等保存方式及び適格請求書等保存方式における免税事業者の取扱い」 税理士 石川 幸恵 1 複数税率制度開始以降の請求書等の実態 令和元年10月1日から、消費税は複数税率となったが、免税事業者は自らの売上を税率ごとに区分する必要がない。このため、免税事業者が交付する請求書等は、税込価額が税率ごとに区分されていないかもしれない。 現行の区分記載請求書等保存方式の下では、請求書等を受け取った取引先が、税率ごとに区分した税込価額を追記して良いとされている(軽減税率Q&A 問14)。 ただし、実務上、取引先において税込価額を税率ごとに区分するのは困難な場合も多く、免税事業者にも区分記載請求書の交付を求められる。 令和5年10月1日から始まる適格請求書等保存方式では、免税事業者は適格請求書を交付することはできず、適格請求書と誤認される請求書の交付には罰則も設けられる。 【第2回】では、各方式における免税事業者の取扱いについて確認する。 2 各方式における請求書等の記載事項の比較 各方式の請求書等の記載事項を比較すると、次のとおりである(インボイスQ&A 問34)。 各々、下線部分が追加された。 3 区分記載請求書等保存方式における免税事業者の取扱い (1) 免税事業者本人 免税事業者も区分記載請求書等を交付することが可能であり、上述のとおり、実務の上では、税率ごとに区分した請求書等の交付が求められると考えられる。 なお、免税事業者は、課税資産の譲渡等に課される消費税がないことから、請求書等に消費税額等を表示して別途消費税相当額を受け取るといったことは、消費税の仕組み上、予定されていない(消費税の軽減税率制度に対応した経理・申告ガイド p.15)。区分記載請求書等で、消費税額の表示が求められていないのは、このためと考えられる。 (2) 免税事業者と取引をする課税事業者 免税事業者の取引先である課税事業者は、免税事業者からの課税仕入れについて仕入税額控除できる(軽減税率Q&A 問15)。 4 適格請求書等保存方式における免税事業者の取扱い (1) 免税事業者本人 免税事業者は適格請求書発行事業者の登録を受けることができないため、適格請求書等を発行できない。実務上、請求書等の記載事項は、区分記載請求書等と同様となる。 適格請求書発行事業者の登録を受けていない事業者が適格請求書等と誤認される恐れのある書類を交付することは禁止されている。違反には、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金の罰則がある(消法57の5、消法65)。 (2) 免税事業者と取引をする課税事業者 適格請求書等を発行できない免税事業者からの仕入れは、適格請求書等の保存要件を満たさないため、仕入税額控除できない。 ただし、一定の取引については、請求書等の交付を受けることが困難であるなどの理由により、帳簿の保存のみで仕入税額控除が認められている。3万円未満の公共交通機関による旅客の運送のほか、取引相手が消費者である以下のような取引が含まれる(インボイスQ&A 問74)。 (3) 免税事業者からの仕入れに係る経過措置 適格請求書等保存方式を円滑に導入する観点から、一定期間は免税事業者からの仕入れにつき、仕入れに係る消費税額相当額の一定割合の控除が認められる。 ① 経過措置のために免税事業者に求められる対応 区分記載請求書の要件を満たした請求書を交付する。 ② 免税事業者の取引相手である課税事業者に求められる対応 課税仕入れをした事業者において、帳簿及び請求書等の保存が要件とされている。請求書等は①のとおり区分記載請求書の記載事項を満たしたものであり、帳簿の記載事項は次のとおりである(インボイスQ&A 問75)。 * * * 次回は、適格請求書発行事業者の登録手続について、免税事業者を中心に確認する。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q52】 「仮想通貨に関する信用取引を行った場合の所得計算」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 ビットコインの信用取引 ビットコインに係る信用取引とは、仮想通貨交換業者に証拠金として金銭等を預け入れ、それを担保に借り入れたビットコインを売り付け(空売り)、その後、買い付けを行うことにより決済を行うことをいいます。反対に、仮想通貨交換業者から金銭を借り入れてビットコインを買い付け、その後、売り付けを行うこともあります。いずれの場合も、売付価額と買付価額の差額が、投資家にとっての収益となります。 また、売り付けに際して証拠金を預け入れた投資家は、仮想通貨交換業者から金利を受領し、買い付けに際して金銭を借り入れた投資家は、仮想通貨交換業者に対して金利を支払うこととなります。さらに、売り付けに伴い仮想通貨交換業者に品貸料を支払い、買い付けの場合にはこれを受領することがあります。 2 信用取引に係る所得計算方法 仮想通貨交換業者との間で信用取引を行い、仮想通貨の売り付けと買い付けとにより当該信用取引の決済を行った場合、当該信用取引に係る収益は、雑所得(仮想通貨取引自体が事業と認められる場合には事業所得)に区分することとされていますが、その所得の金額は、売付価額から買付価額を控除して算出します。 また、売り付けに際して仮想通貨交換業者から受領した金利は売付価額に含め、買い付けに際して仮想通貨交換業者に支払った金利は買付価額に含めることとされています。さらに、売り付けに伴い仮想通貨交換業者に支払うべき品貸料は、仮想通貨の当該売り付けに係る収入金額から控除し、買い付けの場合に支払いを受ける品貸料は、当該買い付けに係る仮想通貨の取得価額から控除することとされています。 3 本件へのあてはめ 本件における所得計算は、下記のとおりです。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第14回】 「事業承継にあたっての少数株主の相続対策」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 公認会計士・税理士 岩丸 涼一 相談内容 A社は創業者が20年前に亡くなり、長男XがA社株式の80%、長女Yが20%の株式を相続しました。その後はXが代表取締役として会社を引き継ぎ、Yは取締役としてXを支え、従業員の協力もありこれまで会社の業績は堅調に推移してきました。なお、A社はこれまで無配当であり、株価(原則的評価方式による相続税評価額)は高い状況となっています。 このたびXは70歳を迎え、Yとも話し合い、Xの息子Z(A社取締役)に事業承継することを決めています。 Yには子1人と孫2人がいますが、この3人にA社での勤務経験はありません。 この場合、Y所有のA社株式は、どのように相続対策すれば良いでしょうか。株価は高く、Yにもしものことがあったときの納税資金に不安を感じています。 なお、A社業態は多額の運転資金が必要であり、銀行借入れに頼らざるを得ない状況のため、余剰資金はあまりなく、A社に納税資金を頼るにも限界があります。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 同族株主のいる会社の株式評価 下図の通り、同族株主の中でも一定の要件を満たす者への株式の異動は、配当還元方式による評価額によります。具体的には下図の「その他」に該当する者です。 Yから贈与を受ける子や孫から見て、「中心的な同族株主」はXとなります。Yの子及び孫はいずれも「同族株主」ではあるものの、その配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び一親等の姻族(一定の法人を含む)の議決権割合の合計は25%未満となり、「中心的な同族株主」には該当しません。 (※1) 評価会社の株主のうち、課税時期において株主の1人及びその同族関係者(法令4)の有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の30%以上である場合におけるその株主及びその同族関係者をいう。 (※2) 同族株主とその配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び一親等の姻族(一定の法人を含む)の議決権割合の合計が25%以上である場合のその株主 [2] 配当還元価額によるA社株式贈与 A社は株価が高い反面、余剰資金がないため、相続税の納税資金を会社から捻出することは難しい状態です。対応策として、生前にYの子及び孫へ株式を贈与することが考えられます。 これは、株式取得後のYの子及び孫は「同族株主」には該当しますが、「中心的同族株主」でなく「A社役員」でもないため、同族株主の中でも取得後議決権割合が5%未満の場合は「配当還元価額での株式評価」が可能ということを利用した対策です。 例えば、子1人及び孫2人に4%ずつ(3人×4%=12%)の株式を贈与することで、Yが所有する株式を8%まで減らすことができます。配当還元方式はA社が無配であるため、原則的評価方式よりも著しく低い価額で贈与が可能となります。 [3] 相続したA社株式について Y所有のA社株式のうち配当還元価額で贈与できなかった残り8%について、相続発生時、Yの子がその全株を相続する場合、そのときのA社株式は原則的評価方式により評価する必要があります。 これは相続人であるYの子の取得後議決権割合が12%(4%(贈与取得)+8%(相続取得))となり、5%以上になるためです(前掲図参照)。これにより、その評価額によっては多額の納税資金を確保する必要があります。 納税資金を確保するため、Yの子が相続するA社株式をA社へ譲渡すること(以下、「自己株式の取得」とする)が考えられますが、一定の条件の下、下記税制優遇措置があります。 一方、A社株式の株式評価については、相続時と自己株式の取得時とでは税務上是認される評価額が相違するため、下記に留意が必要です。A社への譲渡価額が著しく低い場合、譲渡者にみなし譲渡課税(所法59)や他の同族株主にみなし贈与課税(相法9)が生じる可能性があるため、A社への譲渡価額の決定には注意が必要です。 [4] 結論 本件の場合、A社の資金繰りを悪化させることなく、相続税の発生による納税資金を確保することが重要です。 まずは、配当還元価額で事前にY保有のA社株式をYの子及び孫に贈与して生前に株数を減少させることで、相続発生時に生じる相続税を大きく抑えます。 次に、Yの子が相続により取得したA社株式については、YのA社への貢献に対する還元として自己株式の取得という形で、遺産を現金化し納税資金等とすることが考えられます。 なお、生前にYの子及び孫に贈与したA社株式(4%ずつ)については今後も残存するため、将来さらに遠い親戚に移転する等いずれかのタイミングで買い戻すことを検討すべきです。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第56回】 「破産管財人の源泉徴収義務事件」 ~最判平成23年1月14日(民集65巻1号1頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第22回】 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 《法人税基本通達が定める近接日基準》 参考として、法人税基本通達は法人税法22条の2第2項でいう「近接する日」に該当するものとして、次のような例を示している。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 上記のうち、委託販売に係る法人税基本通達2-1-3は次のとおり、定めている。 これまで検討してきたところによれば、かような仕切精算書到達基準による収益の計上が法人税法22条の2第2項の適用により認められるためには、少なくとも、①仕切精算書到達基準が「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に該当し、かつ、②目的物の引渡日に「近接する日」の属する事業年度の確定決算において収益として経理したものであることを要する。 ①仕切精算書到達基準が「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に該当することについては、差し当たり、企業会計原則注解6が未だ仕切精算書到達基準を認めていることを根拠として挙げることができそうである。 なお、昭和27年6月16日付けの経済安定本部企業会計基準審議会中間報告「税法と企業会計原則との調整に関する意見書」においても、次のとおり、仕切精算書到達基準が健全な会計慣行として認められているという記述がある。 ②目的物の引渡し日に「近接する日」の属する事業年度の確定決算において収益として経理したものであることについて、採用する収益計上の基準ベースで近接性を判断すべきか、実際の収益計上日ベースで近接性を判断するのか、あるいは、いずれにしてもそれぞれにおける起点をどのように考えるべきかという既に指摘した問題に突き当たる。 (了)
改めて確認したいJ-SOX 【第10回】 (最終回) 「記載例をベースにした「内部統制報告書」の作成方法」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 前回まで、財務報告に係る内部統制の有効性をどのように評価するかを説明してきました。 財務報告に係る内部統制をどのように評価し、有効性はどうだったかという結果は、「内部統制報告書」という報告書で第三者に公表されます。そのため、どれだけ時間をかけて内部統制の有効性を評価したとしても、この報告書の作成を誤ってしまうと、すべてが水の泡になってしまいます。 そこで連載最終回となる今回は、内部統制報告書の記載内容、記載文書の作成方法等を説明します。 1 内部統制報告書の記載項目 財務報告に係る内部統制基準・実施基準において、内部統制報告書に記載する事項が定められており、具体的には、次の事項を記載します。 上記①~⑤には、具体的にどのようなことを記載するかが定められていますが、「実際にどの程度まで詳細に書くべきかが分からない」という声を受けて、金融庁が公表した「内部統制報告制度に関するQ&A」の問102から問107にかけて内部統制報告書の記載例が示されています。 実務上はこの記載例をベースに、必要な箇所を各社の実情に応じて修正して、内部統制報告書を作成することが多いのではないでしょうか。 そこで、各記載項目について、金融庁から示されている記載例もあわせて紹介します。 2 整備及び運用に関する事項 (1) 記載が求められる事項 〈記載項目〉 〈記載例〉 (「内部統制報告制度に関するQ&A」の問103の答より引用) (2) 作成上の留意事項 冒頭の「代表取締役社長××××及び取締役副社長××××」は、社長と最高財務責任者を指しており、最高財務責任者を置いていない企業では「代表取締役社長××××」のみ記載するなど、実情に応じて変更することが考えられます。 3 評価の範囲、評価時点及び評価手続 (1) 記載が求められる事項 〈記載項目〉 〈記載例〉 (「内部統制報告制度に関するQ&A」の問104の答より引用。赤字は筆者加筆) (2) 作成上の留意事項 評価範囲に関する事項は、各企業の実情によって記載例のままだと内容が不足しているケースも考えられます。その場合は、必要に応じて情報を補足しなければなりません。 特に、評価対象とした事業拠点について、ローテーションなどを採用して一部の事業拠点を当事業年度の評価対象としていない場合には、上記(※)の箇所にその旨とその理由を当事業年度の評価対象としていない事業拠点の数とともに記載することが考えられます。 また、売上高、売掛金及び棚卸資産に至る業務プロセス以外の個別に評価対象に追加した業務プロセスについては、個別に評価対象に追加するプロセスをどのように選定しているかといった方針を記載すれば足り、必ずしも個々の業務プロセスの名称までは記載する必要はありません。 4 評価結果 評価結果には、文字通り内部統制の有効性を評価した結果を記載します。 評価結果によって当然記載する内容も異なりますが、ここでは実務的に多いと考えられる次の2つのケースについて、記載項目とその記載例を説明していきます。 (1) 財務報告に係る内部統制は有効であると評価する場合 ① 記載が求められる事項 〈記載項目〉 〈記載例〉 (「内部統制報告制度に関するQ&A」の問105(1)①の答より引用) ② 作成上の留意事項 期末日時点の内部統制が有効と評価される場合は、記載例のように、その旨だけをシンプルに記載することが一般的です。 なお、当事業年度において過年度の不適切な会計処理が発覚し、いったん期中において開示すべき重要な不備が認められたものの、それが期末日までに是正され、結果的に期末日時点の内部統制が有効と評価された場合などでは、この評価結果の箇所は記載例のようにシンプルに結果のみ記載し、特記事項の箇所でその旨を補足することが考えられます。 (2) 内部統制の評価を実施した結果、開示すべき重要な不備があり、財務報告に係る内部統制は有効でないと評価する場合 ① 記載が求められる事項 〈記載項目〉 〈記載例〉 (「内部統制報告制度に関するQ&A」の問105(2)①の答より引用) ② 作成上の留意事項 期末日時点に開示すべき重要な不備がある場合、期末日後から内部統制報告書提出日までの期間の不備の改善状況によって、この説明に続く付記事項の記載(詳しくは「5 付記事項」参照)が次のように異なるため、留意が必要です。 内部統制報告書提出日までに是正措置が実施されて不備が改善されている場合、評価結果には期末日時点の内部統制が有効でない旨を記載しますが、付記事項に内部統制報告書提出日時点の内部統制は有効である旨を記載します。 一方、内部統制報告書提出日までに不備が改善されていない場合には、是正措置の概要を記載して現在の取組み状況を説明しているケースや、該当事項がない旨を記載しているケースがあります。 5 付記事項 (1) 記載が求められる事項 付記事項に記載が必要な項目には、(a)財務報告に係る内部統制の有効性の評価に重要な影響を及ぼす後発事象と(b)期末日後に実施した開示すべき重要な不備に対する是正措置等があり、それぞれの記載例は次のとおりです。 (a) 財務報告に係る内部統制の有効性の評価に重要な影響を及ぼす後発事象の記載例 (b) 期末日後に実施した開示すべき重要な不備に対する是正措置等の記載例 (2) 作成上の留意事項 J-SOXでは期末日時点の内部統制の有効性を評価しますが、実際にその評価結果が公表(内部統制報告書が提出)されるまで約3ヶ月程度の期間を要します。そのため、内部統制報告書の提出日までに、「期末日時点では有効であった」という評価結果に、大きな影響を及ぼしかねない事象が起きることも少なくありません。 そこで、財務報告に係る内部統制の有効性の評価に重要な影響を及ぼす後発事象が発生している場合には、その概要を付記事項に記載しなければなりません。 なお、期末日後に実施した開示すべき重要な不備に対する是正措置等については、「4 評価結果」を参照ください。 6 特記事項 (1) 記載が求められる事項 財務報告に係る内部統制の評価について、内部統制報告書に関する利害関係者の判断を誤らせないようにするため、特に必要と認められると企業が判断した事項等がある場合には、その概要を記載します。 特にそのような事項がない場合には、該当事項がない旨を記載します。 (2) 作成上の留意事項 特記事項の記載については、「4 評価結果」でも紹介しましたが、過年度決算の訂正などがあった場合に、その概要などを記載することが考えられます。 * * * 以上が内部統制報告書の記載項目と記載例です。 基本的に金融庁から公表されている記載例をベースに、必要に応じてアレンジすることで内部統制報告書を作成するというのが一般的な流れでしょう。 (連載了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第96回】 東洋インキSCホールディングス株式会社 「特別調査委員会調査報告書(2019年12月11日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【特別調査委員会の概要】 【東洋インキSCホールディングス株式会社の概要】 東洋インキSCホールディングス株式会社(以下「東洋インキHD」と略称する)は、1896(明治29)年創業、1907(明治40)年設立。塗料、樹脂などの化学製品の製造販売を行う事業会社の持株会社としてグループの戦略立案及び各事業会社の統括管理を行っている。 連結子会社は62社、持分法適用関連会社7社を有する。売上高290,208百万円、経常利益15,508百万円、資本金31,733百万円。従業員数8,274名(いずれも訂正前の2018年12月期、連結ベース)。本店所在地は東京都中央区。東京証券取引所1部上場。会計監査人は有限責任監査法人トーマツ(以下「トーマツ」という)。 調査の対象となったTICCは、1997年にフィリピンで設立され、その事業領域は、東洋インキHDの事業のうち、「色材・機能材関連事業」に分類され、受託加工が売上の約8割を占めている。 【調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 2019年8月14日、東洋インキHDのフィリピン子会社であるTICCの社長を務めるB氏が、フィリピンの現地銀行リサール商業銀行の担当者に対し、バンク・オブ・ザ・フィリピン・アイランズからの借換えを相談したところ、同担当者から、既にTICCは同行から借入をしている事実、同時点での借入残高が47百万米ドルである旨を告げられた。 B氏は、TICCが同行から借入を行っているとの認識を有していなかったため、同月26日、上記事実を東洋インキHDに報告し、東洋インキHDが事実確認を進めたところ、みずほ銀行からの借入についても、実際の借入額が、連結パッケージによる報告上の借入額よりも70万米ドル過大であることが判明した。 上記事態を受け、東洋インキHDが、TICCにおいて、財務・経理部門のシニアマネージャーとして、同部門の責任者を務めていたA氏に対して事実確認を行ったところ、遅くとも2004年頃から、赤字決算を回避するために、売上原価(原料費)を過少に計上し、仕入先に支払う原料の代金をまかなうために簿外で借入を行っていた旨説明するに至った。 A氏の説明を受け、東洋インキHDは、透明性の高い実効的な調査を実施するべく、社外取締役に加えて、社外の専門家から構成される調査委員会を設置し、調査を依頼したものである。 2 A氏による不正の概要 特別調査委員会による調査は、結果的に、本件不正を主導したA氏の協力を得られない状態で進められることとなった。その経緯は以下のとおりである。 (1) 社内調査によって判明した事実 東洋インキHDが2019年8月27日から9月11日にかけて行った社内調査の結果、TICCから連結パッケージにより報告されている金額との比較で、以下の簿外債務、棚卸資産の過大計上の事実が判明した。 社内調査時に、調査担当者は、A氏と4度の面談を行っているが、A氏の説明内容は毎日のように変遷し、具体的な不正の方法について、合理的な説明はなかった。 ただし、社内調査において、A氏が本件不正を行っていたことを認めたため、TICCは9月3日から10月3日までの期間、A氏を停職処分とした(その後、停職処分を11月3日まで延長している)。 (2) A氏の業務用PCから発見された文書 デジタルフォレンジック調査の結果、A氏の業務用PCから、以下のような不正内容に関する記載が発見されている。 (3) 調査委員会によるA氏とのやり取り 調査委員会から派遣されたフィリピン調査チームは、9月26日、A氏の弁護士同席のもと、A氏と面談を行って、調査への協力を依頼したところ、A氏の弁護士から、刑事・民事双方においてA氏を訴追しない旨を記載した不起訴合意書面を交付しないのであれば、ヒアリングや資料提出等の調査に協力することはできないとの申出があったため、フィリピン調査チームは不起訴の合意を示すことはできない意向を伝え、A氏に対するヒアリングを一旦断念した。 その後、A氏からTICC社長のB氏あてに、財務・経理データへのアクセス及び資料提供を条件に、ヒアリングに協力するという申し出があり、10月23日及び25日、フィリピン調査チームは再度、A氏及びA氏の弁護士と面談を行うが、資料の提供を前提に説明の開始を求める調査チームに対し、すべての資料の提供を受けなければ説明を開始しないというA氏側の姿勢は変わらず、ヒアリングは打ち切られた。 (4) A氏に対する処分 A氏の解雇手続きにおいて、TICCは、本件不正は、A氏に対する信頼を失わせるに十分な行為であって、契約の終了には理由がある旨を伝えて、聴聞を行ったが、A氏から不正についての説明はなされなかったため、11月4日付でA氏を懲戒解雇した。 3 A氏の調査協力拒否を踏まえた調査の実施 TICCでは、フィリピンペソ建ての会計処理システムを利用して集計を行い、これを米ドルに換算して合計残高試算表を作成し、連結パッケージを作成するという流れになっている。 調査委員会は、財務諸表作成の流れを確認したうえで、本件不正は、米ドル建ての合計残高試算表作成前の段階で行われていることを確認した。 また、これらの不正について、A氏以外には、関与した者は認められないとしている。 (1) 簿外借入金 調査委員会は、TICCの取引金融機関から借入金の残高証明書を入手するとともに、借入金を簿外化し、支払利息を過少計上する手口を調査した。 その結果、A氏が決算修正仕訳において、借入金の一部を簿外化するとともに、製品を過大に計上することによって売上原価を減少させる利益操作を行っていたことを発見する。また、借入金に対して支払利息が過大であることを隠すために、支払利息の一部を買掛金又は借入金の減少として会計処理を行い、簿外借入金の発覚を回避していたと推認している。 (2) 買掛金の過少計上 調査委員会は、買掛金の過少計上についても、簿外借入金と同様、買掛金を借方又は貸方の勘定科目とする調整仕訳が複数存在していることを発見し、A氏が決算修正仕訳の段階で、買掛金の過少計上を意図して、調整を行っている可能性が高いとしている。 (3) 棚卸資産の過大計上 調査委員会は、A氏が、会計監査人に対して、米ドル建て合計残高試算表の棚卸資産残高と一致する数値が記載された虚偽の在庫リストをメールで送信していることを発見している。そのうえで、A氏が行った調整仕訳の中には、棚卸資産の過大計上を意図したものが含まれている可能性があると指摘している。また、A氏は、調整仕訳において、TICCによる実地棚卸の数値と一致するものはないことから、TICCの帳簿には実地棚卸の結果が適切に反映されていなかったことを示唆している。 4 本件不正の原因分析(報告書57ページ以下) 特別調査委員会は、原因分析の冒頭、本件不正の一番の原因となったのは、TICCにおいて、財務・経理関連業務がブラックボックス化した結果、A氏が本件不正を行う機会を生んでしまった点にあるとしたうえで、その背景には、TICCの歴代経営陣において、財務報告の正確性を担保することの重要性についての意識が低かった点を挙げたうえで、以下のように説明している。 原因分析「第4 リスク情報のエスカレーションの仕組みに改善の余地があること」の中では、TICCの役職員の中には、「A氏による資金繰りの月次報告は、製造実績や売上の推移と連動しておらず不自然である」などと、本件不正の兆候を感じていた役職員が存在したことが述べられている。しかし、こうしたリスク情報は、通常のレポーティングラインに従ってエスカレーションされることはなく、また、内部通報制度等により、東洋インキHDがリスク情報を把握できる体制となっていなかったことが指摘されている。 5 再発防止策の提言(報告書61ページ以下) 次いで、調査委員会は、次の5項目を再発防止策として提言した。 調査委員会は、「第6 リスク情報がグループ全体で共有されるような体制を構築すること」の項目で、不正の徴候と不正の早期発見について、以下のように言及している。 6 東洋インキHDによる再発防止策 特別調査委員会による再発防止策の提言を踏まえて、東洋インキHDが12月13日に公表した再発防止策は以下のとおりである(主にTICCに関する項目だけを引用する)。 【調査報告書の特徴】 内部統制における重要性が低い海外子会社で長年にわたって行われてきた会計不正が発覚した結果、親会社が過年度決算を修正する――本連載でも、幾度となく取り上げてきた事例が、老舗の化学製品メーカーのフィリピン子会社でも生じていた。 以下では、「海外子会社の統制をどうすべきか」という論点を中心に検討したい。 1 海外子会社の統制をどのように行うか 調査委員会は、TICCに対するチェック・モニタリングの状況の項で、このように述べている。 本件は、現地採用社員を財務・経理責任者として登用する場合に、日本本社でどのように統制を行うべきかについて、貴重なケーススタディとなるのではないかと考える。 すなわち、以下の論点について、どのように考えるべきかである。 本件では、財務・経理部門に対する一次的な統制は、社長自身においてなされることが期待されていたとしながら、実際の社長として赴任していたのは、財務・経理部門における勤務経験を有していない海外駐在経験を有する人材であった。 報告書には言及がないが、東洋インキHDで連結決算を担当する経理部門による子会社統制がどのように行われていたのかについても、疑問が残る。現地金融機関が発行する残高確認書の原本確認を行ったり、決算を前に現地を訪ねて経理部門の状況確認を行ったりすることだけでも、海外子会社経理部門に対する牽制になることは間違いない。 また、TICCは重要な事業拠点に選定されていないとはいえ、不正が行われている期間に行われた複数回の業務監査でも不正リスクは認識されていなかった。また、TICCは、東洋インキHDの会計監査人であるトーマツの所属するデロイトグループのメンバーファームによる法定監査を受けていたにもかかわらず、トーマツから、現地の監査人に対して、財務情報の監査を指示していないことも判明している。 財務的な重要性に欠ける海外子会社の内部統制をどうするかというのは、本件に限らず、大きな課題ではあるが、本件に関しては、調査委員会による再発防止策の最初に挙げられているように、「財務・経理責任者人事の固定化」については、問題にすべきであったのではないだろうか。 2 「内部統制報告書」の訂正 過年度の決算修正を余儀なくされた上場会社は、有価証券報告書などの訂正を公表した後、「内部統制報告書」についても訂正報告書を提出する必要に迫られるケースは少なくない。 本件でも、東洋インキHDは、それまで、「当社の財務報告に係る内部統制は有効であると判断しました」としてきた内部統制報告書の記載について、下記に記載する内部統制の不備により、「当社の財務報告に係る内部統制は有効ではないと判断いたしました」という評価結果に訂正している。 公表された内部統制の不備は、東洋インキHDにおける本件不正に関する本質的な理解であると考えられるので、引用しておきたい。 公表された不備の内容は、概ね調査委員会の指摘どおりであり、同社が策定した再発防止策を実施していく過程で治癒されるのではないかと考えられる。 (了)