〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第24回】 「住友銀行外税控除否認事件 -受益者条項からみたケース別否認類型の検討- (地判平13.5.18、高判平14.6.14、最判平17.12.19)(その3)」 ~法人税法69条ほか~ 税理士 畠山 和夫 6 外税控除否認の論理構成 (1) 租税条約の受益者条項を租税回避否認規定として直接適用する構成(直接適用論) ① 日本国憲法、国内法と条約の関係 (ⅰ) 日本国憲法と条約の関係(芦辺信喜『憲法 第7版』岩波書店(2019)13頁より筆者要約) (ⅱ) 租税条約の国内法として直接適用の可否(川端康之「租税条約上の租税回避否認」税大ジャーナル第15号7頁を筆者要約) a.国内法と租税条約上の租税回避否認規定の関係に関する学説の対立 b.直接適用の要件 ② 我が国の従来の対応 租税条約の受益者条項は、従来から(1)「租税回避否認規定」ではなく「課税権配分規定」と目されてきたこと、(2)租税条約の我が国への適用については「直接適用可能説」ではなく「国内立法必要説」が通説とされてきたこと、から個別否認規定を持たない我が国では租税条約上の受益者条項違反を租税回避行為として否認することは困難だとされてきた。しかし、川端・前掲「租税条約上の租税回避否認」をベースに、受益者条項の直接適用の可能性を検討したい。 ③ 受益者条項の直接適用の可能性の検討(川端・前掲「租税条約上の租税回避否認」より筆者要約) (ⅰ) 受益者条項の租税回避否認規定性 (注) 例としてOECDモデル租税条約の受益者の要件や日米租税条約22条に見られるLOB条項が挙げられている。 (ⅱ) 租税条約否認規定の直接適用可能性 (ⅲ) 論点 (ⅳ) 条約の租税回避否認規定の直接適用 a.具体例(括弧内は原文の事実に対応する本件S銀行R事件の事実を筆者追記) b.理論構成(括弧内は原文の事実に対応する本件S銀行R事件の事実を筆者追記) ④ プリザベーション条項との関係 (ⅰ) 本件条約の租税回避否認規定の直接適用が抵触する懸念 条約の受益者条項を国内法令に直接適用すると、法人税法69条の「納付することとなる」要件を受益者に限定することになる。これは国内法令の特典を制限することになり、プリザベーション条項に抵触することになりはしないか、という懸念が生じる。 (ⅱ) プリザベーション条項の意義(増井良啓「租税条約におけるプリザベーション条項の意義」税務事例研究102巻63頁を筆者要約) (※3) 日豪租税条約には、プリザベーション規定は存在しない。 ⑤ 本件への当てはめ ◆上記④についての理論構成(川端・前掲「条約の租税回避否認規定」9頁を筆者要約) 以上から、上記第3説を採用しプリザベーション条項は働かないとした上で、租税条約の受益者条項を国内の租税回避否認規定として直接適用する理論構成とする。 (2) 脱法行為により無効とする構成(公序良俗違反論) ① 脱法行為の公序良俗違反による当然無効論(大須賀明「憲法上の脱法行為」早稲田法学会誌第15巻6頁を筆者要約) ② 租税法規の強行法規性(金子宏『租税法(第24版)』弘文堂(2021)86頁から一部抜粋) ③ 賛成意見(一括支払システム事件(最高裁平成15年12月19日判決)の亀山継夫裁判官補足意見を筆者要約) ④ 反対意見(清水一夫「課税減免規定の立法趣旨による「限定解釈論」の研究」税大論叢59号284頁を筆者要約) ⑤ 本件への当てはめ 一般的に、私法上又は公法上の禁止行為に違反し脱法行為として公序良俗違反により無効であるときは、当然その無効な私法上の行為を根拠とする課税減免規定の適用は否定される。そのように解さなければ、課税減免規定を許容することにより国家が脱法行為という違法な行為を助長又は加担することになり不合理である(ただし、行政上の取締法規違反は私法上の行為に影響せず無効とはならない)。 しかし、脱法行為論を税法の分野に持ち込むことに対しては前掲の清水一夫税務大学校教授の有力な反対意見がある。したがって、脱法論から三行外税事件を否認するためには、その間を橋渡しする次の理論が必要だと思われる。 (3) 法律への詐害理論又はクリーンハンズの原則により否認する構成(信義則違反論) ① 適用すべき信義則の派生原則 (ⅰ) 法律への詐害理論(仏:fraude a la loa) 公法である租税法に関して詐害が行われた場合には、当該私法行為は課税庁に対抗できない。 (ⅱ) クリーンハンズの原則 自ら法を尊重するものだけが、法の救済を受けるという原則で、自ら不法に関与した者には裁判所の救済を与えない。 ② 信義則の税法適用否定説(下村芳夫「租税法律主義をめぐる諸問題」税大論叢6号44頁から筆者要約) ③ 信義則の税法適用肯定説(金子宏『租税法(第24版)』弘文堂(2021)143~144頁より筆者要約) ④ 本件への当てはめ 下村芳夫税務大学校助教授の否定説は、税務官庁が行った事実関係や行政作用によって、納税義務の変更や消滅をきたす場合の理論であり、本件のように、納税者の行為が信義則に違反している場合の理論とは前提が異なる。私法上又は公法上の行為が脱法行為として公序良俗に違反するときは、租税法律主義(合法性の原則)を犠牲にしてもなお正義に反するといえるような特別の事情がある場合であり、私法の一般原則である信義則を租税法律関係に適用しその違法な私法上の行為を根拠とする課税減免規定の適用を否定すべきと思われる。 (4) 「納付することとなる」要件事実該当性による構成(受益者要件事実論) ① 大阪地裁判決での主張 (ⅰ) 原告の主張 (ⅱ) 地裁の判断 ② 上記主張・判断に対する疑問点 (ⅰ) 「第三者による納付(上記【a】【c】)」に関する疑問点 税法は、相対する当事者の租税関係について、当事者の一方ずつを別々に規定している。国税通則法は、債権者(国税当局)の立場から、真実経済的な負担者以外の第三者からの納付に関しても債権消滅事由として規定している。これに対し、法人税法69条は、債務者(納税者)の立場から、真実経済的な負担者からの納付に関して規定している。すなわち、「納付することとなる」と規定しているのであり、確定すべき抽象的な納付義務の負担者は代理人・導管等の第三者ではなく、真実経済的な負担者を意味しているものと思われる。したがって、同じ「納付」でも同義に解することはできない。 (ⅱ) 「納付証明書(上記【b】)」に関する疑問点 納付証明書は形式的証拠力(証明書が外国の官公署によって作成され偽造ではないこと)はあっても、実質的証拠力(記載事項の内容が真正であること)がない場合も当然ありうる。本件ケースⅠ及びⅡの場合は後者の場合であり、両ケースの納付証明書は、条約又は国内法に定められた源泉税納税者(受益者)ではない者を納税者として記載した虚偽内容の証明書であり、いかに「名義主義」といえども、虚偽内容の証明書をもって有効な納付証明書ということはできない。 7 ケースⅠ・Ⅱ・Ⅲ別の外税控除否認への論理構成 (1) 外税控除否認への論理構成 以上より、外税控除否認への論理構成は次の5つに要約される。 (2) ケースⅠ・Ⅱ・Ⅲ別論理構成適用順序 ① ケースⅠ(受益者条項付き租税条約適用:S銀行R事件) 租税条約受益者条項を租税回避否認規定として国内法令に直接適用する典型的なケースである。したがって、主位的に外税控除否認への論理構成は①直接適用論になる。 憲法98条2項により、国際法規である条約の遵守の観点にも拘わらず、租税条約の受益者条項を充たさないS銀行の源泉税納付は脱法行為であり、我が国でいう公序良俗違反及び信義則違反として、税法上その行為を否認するものである。したがって、予備的に外税控除否認への論理構成は②公序良俗違反論、③信義則違反論及び④受益者要件事実論になる。 ② ケースⅡ(受益者条項付き源泉地国内法適用:S銀行P事件) 金融機関による源泉税減免のための受益者条項は、源泉地国メキシコの一般国内法に規定されているものであり、受益者ではないS銀行は同国の租税法規範に違反して源泉税の納付を行ったものである。本ケースでは、S銀行の同国における源泉税納付は、同国の納付に当たらないため我が国の法人税法69条の納付という要件事実にも該当しないと構成する。したがって、外税控除否認への論理構成は主位的に④受益者要件事実論になる。 また、源泉地国の国内法規の受益者条項を充たさないS銀行の源泉税納付は源泉地国における脱法行為であり、我が国でいう公序良俗違反及び信義則違反として、税法上その行為を否認するものである。したがって、予備的に外税控除否認への論理構成は②公序良俗違反論及び③信義則違反論になる。 ③ ケースⅢ(受益者条項無し源泉地国内法適用:S銀行R事件) S銀行の源泉税納付は、源泉地国の法令手続を遵守して行ったものであり、源泉地国でのS銀行の違法性は認められない。この場合、S銀行の外税控除余裕枠濫用は我が国の租税回避否認の問題であり、我が国の法人税法69条の解釈により否認するしかない事案である。したがって、外税控除否認への論理構成は⑤恩恵的政策規定の趣旨目的による限定解釈論になる。 8 おわりに 以上、本件S銀二事件に関して、その租税回避のスキームのケースを3つに分けて、できる限り法令の解釈論よりも事実認定を重視し、我が国の国内法のみならず国際法規(条約や源泉地国法令)も含めて、ケースごとに最適と思われる否認の論理構成を検討した。ここで示した見解は、筆者の独自の見解であり、浅学の故に論理の展開に不十分な点があることをお詫び申し上げる。 (了)
リース会計基準(案)を学ぶ 【第4回】 「リースの識別」 -リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回(第3回)に続き、リースの識別について解説する。 リースの識別については、前回(第3回)解説した「リースの識別の判断」のほかに、「リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分」についても規定されている。 今回は、この「リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 借手及び貸手の原則的な会計処理 リース会計基準(案)は、自動車のリースにおいてメンテナンス・サービスが含まれる場合などのように、契約の中には、リースを構成する部分とリースを構成しない部分の両方を含むものがあると説明している(リース会計基準(案)BC27項)。 このような場合、借手及び貸手は、リースを含む契約について、原則として、リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分けて会計処理を行う(リース会計基準(案)26項)。 借手は、契約における「リースを構成する部分」について、リース会計基準(案)及びリース適用指針(案)に定める方法により会計処理を行い、契約における「リースを構成しない部分」について、該当する他の会計基準等に従って会計処理を行う(リース適用指針(案)10項)。 貸手は、契約における「リースを構成する部分」について、リース会計基準(案)及びリース適用指針(案)に定める方法によりファイナンス・リース又はオペレーティング・リースの会計処理を行い、契約における「リースを構成しない部分」について、該当する他の会計基準等に従って会計処理を行う(リース適用指針(案)12項)。 「リース取引に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第16号)は、典型的なリース、すなわち役務提供相当額のリース料に占める割合が低いものを対象としており、役務提供相当額は重要性が乏しいことを想定し、維持管理費用相当額に準じて会計処理を行うこととしていた。 リース適用指針(案)においては、これまで役務提供相当額として取り扱ってきた金額は、リースを構成しない部分に含まれることになると考えられている(リース適用指針(案)BC15項)。 Ⅲ 借手の契約における対価の配分(リースを構成する部分とリースを構成しない部分とへの配分) 借手は、契約における対価の金額について、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とに配分するにあたって、それぞれの部分の独立価格の比率に基づいて配分する(リース適用指針(案)11項)。 独立価格の比率は、貸手又は類似のサプライヤーが当該構成部分又は類似の構成部分について企業に個々に請求するであろう価格に基づいて算定する(リース適用指針(案)BC16項)。 借手においてリースを構成する部分とリースを構成しない部分の独立価格が明らかでない場合、借手は、観察可能な情報を最大限に利用して、独立価格を合理的な方法で見積る(リース適用指針(案)BC16項)。 なお、リース適用指針(案)では、借手に財又はサービスを移転しない活動及びコストに関する取扱いも規定されている(リース適用指針(案)11項)。 Ⅳ 借手の例外的な会計処理 借手は、リース会計基準(案)26項の定めにかかわらず、対応する原資産を自ら所有していたと仮定した場合に貸借対照表において表示するであろう科目ごとに、リースを構成する部分とリースを構成しない部分とを分けずに、リースを構成する部分と関連するリースを構成しない部分とを合わせてリースを構成する部分として会計処理を行うことを選択することができる(リース会計基準(案)27項)。 当該取扱いは、IFRS第16号と同様の取扱いであり、借手のすべてのリースについて資産及び負債を計上する会計基準の開発にあたって、リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分けて会計処理を行うコストと複雑性を低減しつつ、会計基準の開発目的を達成するための例外的な取扱いである(リース会計基準(案)BC28項)。 上記の取扱い、すなわち、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とを合わせてリースとすると、「リースを構成しない部分」が重要である場合には、借手のリース負債が大きく増大することになる。このため、IFRS第16号は、借手がこの例外的な取扱いを採用する可能性が高いのは、契約の非リース構成部分が比較的小さい場合のみであると予想していると説明している(リース会計基準(案)BC28項)。 なお、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とを合わせて「リースを構成しない部分」として会計処理を行うことは認められていない(リース会計基準(案)BC28項)。 Ⅴ 貸手の契約における対価の配分(リースを構成する部分とリースを構成しない部分とへの配分) 貸手は、契約における対価の金額について、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とに配分するにあたって、それぞれの部分の独立販売価格の比率に基づいて配分する(リース適用指針(案)13項)。 貸手における対価の配分は、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)との整合性を図るものであり、「独立販売価格」は、「収益認識に関する会計基準」9項における定義(「財又はサービスを独立して企業が顧客に販売する場合の価格をいう」)を参照する(リース適用指針(案)BC19項)。 なお、リース適用指針(案)では、貸手において、契約における対価の中に、借手に財又はサービスを移転しない活動及びコストについて借手が支払う金額、又は、原資産の維持管理に伴う固定資産税、保険料等の諸費用(「維持管理費用相当額」という)が含まれる場合の取扱いも規定されている(リース適用指針(案)13項)。 Ⅵ 独立したリースの構成部分 原資産を使用する権利は、次の(1)及び(2)の要件のいずれも満たす場合、独立したリースを構成する部分である(リース適用指針(案)14項)。 リース適用指針(案)における独立したリースの構成部分の規定は、「収益認識に関する会計基準」34項における規定と整合的なものである(リース適用指針(案)BC20項)。 (了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第14回】 「貸借対照表に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における貸借対照表に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 連結注記表及び個別注記表における貸借対照表に関する注記については、担保に関する情報や表示金額(総額表示)に関する情報、偶発債務など貸借対照表の理解に資する情報を注記する必要があります。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】 ※1~5及び9は【連結注記表】と同様の記載内容のため、【個別注記表】特有の6~8のみ記載しています。 2 注記事項の解説 (1) 貸借対照表に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき貸借対照表に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第103条)。 経団連のひな型は、会社計算規則第103条に沿って作成されていますが、同条に定めのない注記が1つひな型に含まれています。 それは、【連結注記表】の「6.土地の再評価」です。これは土地の再評価に関する法律の第10条で注記が求められています(詳細は下表のとおり)。 貸借対照表に関する注記は、会社計算規則第103条で定められている項目に、土地の再評価に関する法律で求められている項目を加えた10項目(連結注記表の場合は6項目)の記載が必要となります。 (2) 注記事項の解説 貸借対照表に関する注記事項は、上述のとおり定めが多いですが、該当がないため注記を省略していると推察されるケースも多く、意外とシンプルなものの場合もあります。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [株式会社サカイ引越センター 2023年3月期] ① 連結注記表 ※株式会社サカイ引越センター「第46回定時株主総会資料」6頁より抜粋。 ② 個別注記表 ※株式会社サカイ引越センター「第46回定時株主総会資料」16~17頁より抜粋。 [株式会社ドリコム 2023年3月期 連結注記表] ※株式会社ドリコム「第22期定時株主総会招集ご通知に際しての電子提供措置事項」5頁より抜粋。 * * * 次回の第15回は、「損益計算書に関する注記」をテーマに解説します。 (了)
〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第3回】 「労務提供上の支障がある場合」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 所定労働時間外の副業・兼業 労働時間以外の時間をどのように利用するかは本来労働者の自由であることから、副業・兼業は原則として労働者の自由である。したがって、本業先の所定労働時間の前後の時間帯における副業・兼業について、会社がこれを一律に禁止または制限することはできない。 もっとも、本業先における業務の前後に連続して副業・兼業を行う場合は、本業先の休日を利用して副業・兼業を行う場合と比較して、1日の合計労働時間がどうしても長時間となってしまい、また、翌日の本業先の始業までの休息時間を十分に確保できない場合も考えられるため、副業・兼業の具体的な内容によっては、従業員による副業・兼業の申請に対し、会社としてこれを禁止または制限することができる場合も多いと考えられる。 最終的には、本業側の事情と副業側の事情(【第2回】「1 裁判例の傾向」参照)を総合的に考慮し、本業先において「労務提供上の支障」を生じる蓋然性が高いといえるか否かを判断することとなろう。この点、設例①のように、本業先における業務の終業後、連続して深夜帯に及ぶ副業・兼業に従事する場合、1日の労働時間が長時間に及ぶことに加え、翌日の就労開始までのインターバルも限られてしまうことから、会社がこれを禁止または制限することも合理性が認められるものと考えられる。ただし、設例①と異なり、終業後の副業・兼業先における労働時間が短時間であり、労働者の働き過ぎによる負荷が比較的小さい場合など、副業・兼業の具体的な内容に照らし「労務提供上の支障」が生じる蓋然性が低いといえる場合には、会社がこれを不許可とすることはできない。 働き過ぎによる「労務提供上の支障」の有無の基準を明確化するため、副業・兼業先における労働時間を含む毎月の総労働時間の上限を設定したり、副業・兼業先における就労後一定の休息時間を確保することを条件としたりするなど、具体的な許可基準を別途定めておくことも考えられる。 2 休日の副業・兼業 休日に十分な休息が取れないと、疲労が蓄積し、労務提供に支障が生じるおそれがあるとして、会社は、設例②の休日における副業・兼業を不許可とすることができるであろうか。言い換えるならば、会社は、労働者に対し、休日はしっかりと休むよう求めることができるのであろうか。 繰り返しになるが、労働時間以外の時間をどのように利用するかは労働者の自由であるから、この場合も、会社は、労働者に対し、休日は休むよう当然に求めることができるわけではなく、副業・兼業の許可・不許可の判断にあたっては、本業側の事情と副業側の事情を総合的に考慮し、本業先において「労務提供上の支障」を生じる蓋然性が高いといえるか否かを判断することとなる。 この点、上記1で述べた所定労働時間の前後に連続して副業・兼業に従事する場合に比べ、本業先における労務提供に支障が生じる可能性は低いといえるから、休日の副業・兼業については、一般的にこれを禁止または制限することができる場合は少ないものと考えられる。 休日はあくまでも当該企業において労働義務を負わないという意味であって、他社での労働を禁じるものではない。 3 名目的・形式的な役員への就任等 設例③についても同様に、親族が経営する会社の役員に就任することによって、本業先における労務提供に支障が生じる蓋然性が高いといえるか否かが問題となるが、あくまでも形だけの名目的な役員就任に留まり、就任先における具体的な職務の遂行が予定されていなかったり、極めて軽微な職務に留まっていたりするような場合には、会社としてこれを禁止または制限する理由はないものと考えられる。 4 無許可の副業・兼業に対する調査等 副業・兼業について会社の許可を要するとする「許可制」を採用している場合であっても、実際に会社において労働者による副業・兼業の内容を具体的に把握するためには、当該労働者の申請・届出による自己申告によらざるを得ない。 そこで、会社が把握していない労働者の副業・兼業に関し、社内コミュニケーションの過程や内部通報窓口等を通じてその疑いが発覚した場合、会社はどのように対応すべきであろうか。 この点、会社としては、まずは事実を確認し、当該副業・兼業が禁止または制限し得るものであるか否かを判断する必要がある。そのため、実務対応としては、無許可での副業・兼業が疑われる労働者に対する面談を実施し、事実関係の調査を行う必要がある。 この調査は、法的には、企業の業務執行権、あるいは業務執行の一環としての企業秩序維持権に基づき実施されるものであると解されるところ、企業の業務執行権の及ばない労働者の私生活上の範囲の事項について、当然に会社の調査権が認められるわけではない。したがって、不許可事由に該当し得る無許可の副業・兼業が合理的に疑われる場合でなければ、会社としては、当該労働者に対する面談を強制することはできず、この点は留意が必要である。 また、仮に無許可であっても、当該労働者が従事していた副業・兼業が、その具体的な内容に照らし、副業・兼業を禁止または制限し得る場合(不許可事由)に該当しないのであれば、事前の許可を取得しなかったという手続違反に留まることとなるため(当該手続違反の程度に応じた処分を検討し得るにすぎない)、事実調査にあたっては、この点も留意する必要がある。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第15回】 「通勤災害と就業規則違反」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 税理士等の士業の事務所においては、業務上での災害は少ないと思いますが、通勤途上での事故は起こり得ます。今回は通勤災害と就業規則との関係等について解説します。 * * 解 説 * * 1 通勤災害 労災保険では、業務上の事由、複数事業労働者の2以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付が行われます。 したがって、通勤災害は、労災保険の対象になります。 軽微な事故の場合に労災保険の扱いをせず、健康保険で受診してしまうことがありますが、社会保険は適用範囲が決まっていますので、通勤災害で健康保険を使うことはできません。 2 通勤の範囲 (1) 通勤とは 労災保険において通勤とは、「労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除く」と規定されています。 (2) 逸脱又は中断した場合 労働者が往復の経路を逸脱又は中断した場合の通勤災害の認定については、以下のとおりに規定されています。 (注) 〇・・・通勤災害の範囲として認められるもの、✕・・・通勤災害の範囲として認められないもの。 逸脱、中断の例外となる日常生活上必要な行為は以下のとおりです。 〈日常生活上必要な行為〉 3 通勤災害と就業規則違反 上述のとおり、通勤とは、「住居と就業の場所との間を合理的な経路及び方法により往復することをいう」と規定され、バイクで通勤することは通常考えられる方法ですので、逸脱や中断がない限り、通勤災害と認められます。 バイク通勤を就業規則で禁止していることが、「合理的な経路及び方法」を否定するものではありませんので、就業規則違反が通勤災害の認定に影響を与えることはありません。 4 業務災害との相違と事業所としての対応 就業規則に違反しているのに、労災保険が適用されることは、事業所にとってすっきりしない部分が残ると思いますが、通勤災害は、業務災害とは次の点が異なります。 〈業務災害との相違点〉 (※) 業務上災害が生じたときの労働基準法上の災害補償責任。使用者が療養補償、休業補償等を行わなければなりませんが、労災保険でカバーできる部分は補償責任を免れます。 従業員が労災保険を請求することに多少抵抗を感じている事業所も一部にはあるようですが、通勤災害の場合は、業務災害と異なり事業所にデメリットはありません。従業員から保険給付の請求依頼があった場合には、速やかに対応してください。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例86】 株式会社三栄建築設計 「当社に対する東京都公安委員会からの勧告及び代表取締役社長その他取締役の異動について」 (2023.6.20) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社三栄建築設計(以下「三栄建築設計」という)が2023年6月20日に開示した「当社に対する東京都公安委員会からの勧告及び代表取締役社長その他取締役の異動について」である。 「東京都公安委員会から勧告を受け、取締役会において代表取締役社長の異動を決議するとともに、その他取締役の異動」があったとのことだが、東京都公安委員会からの「勧告の概要」は次のとおりである。 2 一身上の都合による辞任 暴力団組員に小切手を公布した小池信三氏(以下「小池氏」という)は、三栄建築設計の「元」代表取締役である。同社は同氏の代表取締役辞任について2022年11月1日に「代表取締役の異動に関するお知らせ」を開示している。その「異動(辞任)の理由」の記載は次のとおりである(下線は筆者による)。 「一身上の都合」ということは、小池氏は病気や家庭の事情など個人的な理由により代表取締役を辞任したのだろうか。 3 記載が正しくないだけでなく 今回の開示の最後に「当社の調査状況等」として次のような記載がある(下線は筆者による)。 そして、「別紙」に記載された「調査の経緯」は次のとおりである。 小池氏の代表取締役辞任が「一身上の都合」によるものでなかったことは明らかだろう。また、2022年9月12日に警察による捜索を受けた時点でそれに関して開示すべきであったし、同年12月20日に調査委員会を設置したことに関しても開示すべきであった。なお、調査委員会の設置が、警察による捜索を受けてから約3ヶ月後というのは遅すぎる。 4 社外取締役の辞任も 三栄建築設計は2022年10月14日に「社外取締役の辞任に関するお知らせ」を開示している。「辞任の理由」には「一身上の都合によるものであります。」とだけ記載されている。 辞任の理由が本当に「一身上の都合」なのか否かは確認できないが、時期的にそうではない可能性が高いように思われる。小池氏の反社会的勢力との関係を踏まえて、この会社とはもう関わらない方がいいと考えたのだろうか。あるいは、なかなかやるべきことをやろうとしない会社に愛想を尽かしたのだろうか。 5 本当に関知していないのか? 三栄建築設計は、2023年5月30日、「本日の一部報道について」を開示している。その記載は次のとおりである。 これは、同日、読売新聞などによる、三栄建築設計の子会社が発注した建物解体工事を巡り、脅迫事件が発生し、暴力団組長の男が逮捕されたという報道を受けて行われた開示である。この開示の記載は正確なのだろうか。本当に「脅迫事件については、何ら関知するところでは」ないのだろうか。 6 勧告がなければ 東京都公安委員会からの勧告がなければ、おそらく三栄建築設計は何も開示していなかっただろう。今回の開示の「別紙」には、次の「現時点での調査委員会の認識」が記載されている。 これは、2022年12月20日に設置された調査委員会の2023年6月20日時点の認識である。半年かけて、たったこれだけである。本当に調査委員会を設置したのだろうか。2023年6月20日のちょうど半年前に設置したことにしたのではないかとさえ思われてくる。 7 小池氏の意向どおり? 今回の開示には代表取締役と取締役の異動についても記載されており、その「異動の理由」は次のとおりである(下線は筆者による)。 小池学氏は、小池氏の後任として代表取締役社長になった人物である。東京都公安委員会からの勧告を受けるまでの三栄建築設計の対応は、小池氏の意向どおりだったのではないだろうか。 8 影響力の排除は可能か? 今回の開示には、「同条例第27条の必要な措置としての対応」として次の記載がある(下線は筆者による)。 三栄建築設計の第29期有価証券報告書によると、小池氏の同社への出資比率は48.98%である。同社はほぼ同氏のオーナー企業ということができ、このままでは同社の意思決定は引き続き同氏の意向どおりになってしまうだろう。 小池氏の影響力を排除するためには、同氏の保有する株式の多くを処分してもらう必要があるが、そのハードルは高いだろう。同氏の行ったこと、同氏の意向に基づく三栄建築設計の対応をみる限り、同氏がすんなりと株式の処分に応じる人物であるとは考えにくい。 東京都公安委員会からの勧告を受けた後、三栄建築設計は、第三者委員会や遮断モニタリング委員会を設置した(2023年6月22日に「第三者委員会の設置について」を、同年6月26日に「遮断モニタリング委員会の設置に関するお知らせ」を開示)。第三者委員会から改善策が提示されたら、それも実行するのだろう。単なるパフォーマンスに終わらなければいいのだが。 【追 記】 本稿は2023年8月6日までの開示に基づき執筆したものだが、本稿執筆後、同年8月16日に株式会社オープンハウスグループ(以下「オープンハウス」という)が「株式会社三栄建築設計株式(証券コード:3228)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」を開示し、三栄建築設計を完全子会社とするために同社株式に対するTOB(株式公開買付け)を実施するとした。そして、同日、三栄建築設計は「株式会社オープンハウスグループによる当社株式に対する公開買付けに関する賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ」を開示し、そのTOBに賛同するとした。 それらの開示によると、小池氏が、オープンハウスに対して、自身が所有する三栄建築設計株式の取得を打診したとのことである。それは、三栄建築設計を思ってのことなのだろうか、あるいは、このままでは自身が所有する株式の価値が下がってしまうと考えてのことなのだろうか。いずれにしろ、小池氏は、オープンハウスに株式を売却することにより約275億円を手にすることになる(親族経営の会社が所有する分も含めて)。 また、「株式会社オープンハウスグループによる当社株式に対する公開買付けに関する賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ」には次のような記載がある(下線は筆者による)。 三栄建築設計が2022年11月1日に開示した「代表取締役の異動に関するお知らせ」の内容は明らかに虚偽であった。また、警察による捜索を受けたという事実を開示せず、金融機関に対してのみ説明していた。その開示姿勢は、まったく上場会社のものではなかった。 (了)
プラス思考の経済効果 【第18回】 「藤井聡太七冠が八冠を獲得した時の経済効果~第2部~」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 【第17回】では藤井聡太七冠が八冠を獲得した時の経済効果の第1部を紹介しましたが、今回はその後半の第2部を紹介します。 前回は藤井七冠が八冠を獲得した時の以下で述べる7つの直接効果のうちの①~⑤までについて分析しました。今回は⑥と⑦について解説をして、最後に経済効果とまとめを述べさせていただきます。 〈藤井七冠の経済効果の計算の基になる直接効果〉 2 藤井七冠の経済効果の計算の基になる直接効果の⑥と⑦について (1) 観光客誘致による売上増加額(観光地での対局の効果) 直接効果⑤(前回参照)では、将棋会館を訪れるファンの消費額を推計しましたが、今回は対局、イベント、招待などで藤井七冠が訪れた観光地などに足を運んだファンの消費額を推計します。筆者の電話取材によると、多くの藤井七冠や将棋のファンが藤井七冠の訪れた対局場や観光地に行き、藤井七冠の泊まった旅館・ホテル、その近場の旅館・ホテルなどに宿泊し、藤井七冠の食べた食事や買った土産物などを購入しているとのことです。有名な映画のロケ地や人気俳優が泊まった旅館・ホテルを訪れるのと同じファン心理だと思われます。 日本生産性本部の「レジャー白書2022」によると、日本全体の囲碁ファンは150万人、将棋ファンは500万人でした。この中の一部の旅行好きのファンが藤井七冠の訪問した観光地を訪れるのでしょう。ただし、対局やイベントは都心部で行われることが多く、必ずしも観光地が多いとは言えません。本稿では、藤井七冠が対局、イベント、招待などで地方の観光地を訪れるのは多く見積もっても年間数十ヶ所であり、藤井七冠ゆかりの観光地を訪れるファンは日本全体では年間約1,000人と仮定します。 国土交通省観光庁の2023年4月28日発表の「旅行・観光消費動向調査 2022年年間値(確報)」によると、宿泊旅行の1人当たりの消費額は5万9,174円でしたので、藤井七冠のゆかりの観光地を訪れるファンの年間消費額は約5,917万円となります。 (2) その他の売上増加額 現在、大阪市福島区にある「関西将棋会館」は2024年秋にJR高槻駅から徒歩1分の駅前に移転する予定です。高槻市は古くから将棋と関係のある市であり、関西将棋会館が高槻市内に新築されると大いに盛り上がると期待されています。高槻市では、この機会に高槻市を「将棋のまち」にする計画を立て、市内の小学校1年生全員に将棋の駒を配って、将棋に親しみ、好きになってもらうように努めています。市内の小学校1年生約3,000人に単価4,300円の将棋の駒を配布するので、配布費用は諸経費も含めて約1,290万円となります。 さらに、藤井七冠の活躍で将棋ファンが増えて、将棋盤や駒がよく売れるようになると推定されます。藤井七冠が八冠を獲得すると、将棋人気は大いに盛り上がり、将棋盤や駒を買う人が増えると同時に、またこれを機会に高級な将棋盤や駒に買い替える人も増えると考えられます。この新たな需要増加などの効果をあわせた売上増加額を約2億円と仮定します。 (3) 藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果の合計額 これまで推計してきた藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果の合計は、〈資料5〉で示されるように約16億3,651万円となります。 〈資料5:藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果の合計額〉 3 経済効果 これまで計算してきた藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果約16億3,651万円を基にして、経済効果を推計します。推計には総務省が作成した最新の全国の「産業連関表」(2019年に発表した2015年版の「産業連関表」の修正版)を用いて経済効果を分析します。 〈資料6:経済効果〉 分析の結果、藤井七冠が八冠を獲得した時の経済効果は約35億3,487万円となりました。 4 まとめ 前回と今回の分析で、藤井七冠が全タイトル八冠を獲得した時の1年間の経済効果を試算しました。計算の結果、藤井八冠の経済効果は約35億3,487万円となりました。これは個人のプレイヤーとしては空前絶後の経済効果です。例えば、野球やサッカーの試合の場合は、数十人のプレイヤーで1試合に3~4万人の有料観客を集めることができます。また、有名な歌手やグループがコンサートを開催する場合には1万人以上のファンを集めます。しかし、将棋の対局の場合は多く見積もっても数百人の観客を集める程度です。このように観客数が限られる将棋の世界において、1人の棋士が1年間で約35億3,487万円の経済効果を生み出すことは素晴らしいことです。将棋の対局が野球、サッカー、コンサートのように数万人の有料の観客を集めることができれば、藤井七冠は大リーグで活躍している大谷翔平選手に匹敵する経済効果を創り出すであろうと思われます。将棋界では藤井七冠の活躍をきっかけに日本の将棋ファンがさらに増加するでしょう。 藤井七冠も大谷選手もそれぞれの分野での素晴らしい成績と、さらに2人の真面目で立派な人間性が人気の根源になっていると思われます。このように素晴らしい若者が次々と生まれてくることによって、日本の将来はますます発展すると期待されます。 (了)
2023年8月24日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.532を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第118回】 「リース会計基準の見直しと税制上の取扱い」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 企業会計基準委員会(ASBJ)が、本年5月2日に、企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」等を公表した(コメント募集期間は8月4日まで)。 この基準案等に対しては、多くの団体・個人から意見が寄せられている。 今回の基準の見直しは、平成28年に、IFRS(IFRS第16号「リース」)及び米国会計基準(Topic842「リース」)が公表され、借手の会計処理に関して、主に費用配分の方法が異なるものの、両基準とも、オペレーティング・リースも含むすべてのリースについて原資産の引渡しによりリースの借手に支配が移転した使用権部分に係る資産(使用権資産)と当該移転に伴う負債(リース負債)を計上する使用権モデルにより、資産及び負債を計上することとされ、わが国の会計基準の国際的整合性が問われる状況が生じていたことが背景にある。ASBJでは、平成31年から4年の議論を重ね、今回の提案に至った。 〇リース取引とは リース取引とは、特定の物件の所有者(貸手)が、当該物件の借手に対し、合意された期間(リース期間)にわたりこれを使用収益する権利を与え、借手は、合意されたリース料を貸手に支払う取引である。リース取引は、ファイナンス・リース取引とオペレーティング・リース取引とに大別される。 このうちファイナンス・リース取引は、リース契約に基づくリース期間の中途において当該契約を解除することができないリース取引又はこれに準ずるリース取引(中途解約不能のリース取引)で、かつ、借手が、リース物件からもたらされる経済的利益を実質的に享受することができ、かつ、当該リース物件の使用に伴って生じるコストを実質的に負担するリース取引(フルペイアウトのリース取引)であり、それ以外のリース取引がオペレーティング・リース取引である。 さらに、ファイナンス・リース取引は、「所有権移転ファイナンス・リース取引」(リース契約上の諸条件に照らしてリース物件の所有権が借手に移転すると認められるもの)と、「所有権移転外ファイナンス・リース取引」(所有権移転ファイナンス・リース取引以外のファイナンス・リース取引)とに分類されている。 〇現行の会計処理 現行のリース会計基準は、ASBJが平成19年3月30日に公表した企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第16号「リース取引に関する会計基準の適用指針」である。 オペレーティング・リース取引については、通常の賃貸借取引に係る方法に準じた会計処理を行う。 一方、ファイナンス・リース取引については、リース取引開始日に、リース物件とこれに係る債務を、リース資産及びリース債務として計上し、その計上額は、原則として、リース契約締結時に合意されたリース料総額からこれに含まれている利息相当額の合理的な見積額を控除する方法による。 利息相当額の総額は、リース期間にわたり利息法により配分するが、所有権移転外リース取引については、例外処理として、①リース料総額から利息相当額の合理的な見積額を控除しない方法、②利息相当額の総額をリース期間にわたり定額法で配分する方法が認められている。 リース資産の減価償却費については、所有権移転ファイナンス・リース取引においては、自己所有の固定資産に適用する減価償却方法と同一の方法によりリース資産の減価償却費を算定し、この場合の耐用年数は、経済的使用可能予測期間である一方、所有権移転外ファイナンス・リース取引においては、原則として、リース期間を耐用年数とし、残存価額をゼロとして算定し、償却方法については自己所有の固定資産に適用する減価償却方法と同一である必要はなく、企業の実態に応じたものを選択することとされている。 〇新会計基準案の概要 今回の会計基準案等では、連結財務諸表のみならず個別財務諸表も含め、借手のリースの費用配分の方法について、IFRS第16号と同様に、リースがファイナンス・リースであるかオペレーティング・リースであるかにかかわらず、すべてのリースを金融の提供と捉え使用権資産に係る減価償却費及びリース負債に係る利息相当額を計上する単一の会計処理モデルによることを提案している。 借手が使用権資産及びリース負債の計上額を算定するにあたっては、使用権資産について、リース開始日に算定されたリース負債の計上額にリース開始日までに支払った借手のリース料及び付随費用を加算して算定し、リース負債の計上額を算定するにあたっては、原則として、リース開始日において未払である借手のリース料からこれに含まれている利息相当額の合理的な見積額を控除し、現在価値により算定することを提案している。 リース開始日における借手のリース料とリース負債の計上額との差額は、利息相当額として取り扱い、当該利息相当額を借手のリース期間中の各期に配分する方法は利息法によるが、使用権資産総額に重要性が乏しいと認められる場合は、現行の例外処理を踏襲することを提案している。 借手の使用権資産の償却については、原資産の所有権が借手に移転すると認められるリースに係る使用権資産の減価償却費は、原資産を自ら所有していたと仮定した場合に適用する減価償却方法と同一の方法により算定する。この場合の耐用年数は、経済的使用可能予測期間とし、残存価額は合理的な見積額とする。一方、それ以外のリースに係る使用権資産の減価償却費は、定額法等の減価償却方法の中から企業の実態に応じたものを選択適用した方法により算定し、原則として、借手のリース期間を耐用年数とし、残存価額をゼロとする。 〇法人税の取扱い 税制においては、平成19年の会計基準の見直しを契機として、所有権移転外ファイナンス・リース取引は経済的実態が売買取引と同様であるという認識に相違はないことから、平成19年度税制改正で、所有権移転外ファイナンス・リース取引についても売買があったものとされる取引(「リース取引」)に追加されるとともに、根拠規定が法律事項とされた(法法64の2①)。税法上の「リース取引」は中途解約不能かつフルペイアウトの要件を満たすファイナンス・リース取引のみが該当する(法法64の2③)。 平成19年度税制改正以前にあっては、リース資産の耐用年数とリース期間との乖離などによる、借手又は貸手における課税上の弊害を防止する観点から「リース取引」の取扱いが整備されてきたところ、平成19年度税制改正において、「リース取引」の経済的実態に応じて取り扱う観点から、売買取引又は金銭貸借取引として取り扱うこととされた。 現行制度では、借手は、所有権移転外リース取引のリース資産について、「リース期間定額法」により減価償却を行う(法令48の2①六)。リース期間定額法とは、リース資産の取得価額をそのリース資産のリース期間の月数で除して計算した金額に当該事業年度におけるリース期間の月数を乗じて計算した金額を各事業年度の償却限度額として償却する方法をいう。償却費として損金経理をした金額は、償却額の計算に関する明細書を確定申告書に添付する必要がある。 一方、所有権移転リース取引のリース資産については、「リース期間定額法」の適用が認められず、自己所有の資産に適用する減価償却方法と同一の方法により、法定耐用年数にわたり減価償却を行う。リース資産の取得価額は、原則的取扱いでは、利息相当額も含め計算するが、特例的取扱いでは、利息相当額を控除して各期に配分する①利息法又は②定額法の2つの方法が認められている(法基通7-6の2-9(注)3) なお、中小企業は、リース会計基準を適用しないで、「中小企業の会計に関する指針」又は「中小企業の会計に関する基本要領」を適用して、所有権移転外ファイナンス・リースを賃貸借処理することができるが、会計処理にかかわらず、税務上は売買があったものとして取り扱われ、借手がリース料として損金経理をした金額は、償却費として損金経理をした金額に含まれるものとされ(法令131の2③)、なお、償却費として損金経理をした金額に含まれるものとされる金額については、確定申告書における明細書添付義務が課されない(法令63①)。 今回の会計基準の見直しを契機として、オペレーティング・リース取引についても税制上「リース取引」として位置付けるかどうかは、経済的実態が売買取引と同様といえるかどうか次第である。 〇消費税の取扱い 法人税の取扱いのみならず、消費税の取扱いにも留意が必要である。 「リース取引」の実質判定は、法人税の課税所得の計算における取扱いの例によることとされており(消基通5-1-9)、売買又は金銭貸借があったものとして取り扱うこととされている。 売買とされる「リース取引」は、リース資産の引渡しの時に資産の譲渡があったものとされ(消基通5-1-9(1))、その取扱いは①原則的取扱いと②例外的取扱いに分けられる。 また、「リース取引」の利息相当額(消費税制では利子保険部分)については、法人税とは異なり、利子保険部分が契約に明示されている場合には、その部位は非課税売上又は非課税仕入れとし、明示されていない場合には、その部分は課税売上又は課税仕入れとして取り扱うこととされている(消令10③十五)。 なお、所有権移転外ファイナンス・リース取引の借手については、「賃貸借処理をしている場合で、そのリース料について支払うべき日の属する課税期間における課税仕入れ等として消費税の申告をしているときは、これによって差し支えありません」(※)とされている。 (※) 国税庁質疑応答事例「所有権移転外ファイナンス・リース取引について賃借人が賃貸借処理した場合の取扱い」(平成20年11月21日) (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第24回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 (4) 国会における議論②:資産ではあるが、譲渡所得の基因となる資産ではない? 暗号資産は譲渡所得の基因となる資産に該当しないという資産性否定説の立場を国税庁が採用していることは、平成31年3月20日の参議院財政金融委員会におけるやりとりによって、ようやく明らかになる。 同委員会において、藤巻健史議員は、所得税法の建付け上、暗号資産を雑所得として国税当局が主張している限り、譲渡所得や一時所得該当性を否定するロジックを国税当局自身が説明しなければならないことを指摘する。 その上で、国税当局の主張は「要は、暗号資産というのは支払手段であり、資産ではない、だから譲渡所得ではないよと、こういう主張かと思いますが、いかがでしょうか」と確認している。 これに対して、並木稔国税庁次長は、要旨次のとおり答弁している。 上記答弁では、暗号資産が「資産」であることを認めた上で、「譲渡所得の基因となる資産」には該当しないと明言している点が注目される。 上記答弁を受けた、藤巻議員は、「暗号資産というのは支払手段でもあるというふうにおっしゃっていましたけれども、支払手段というのはキャピタルゲイン、値上がり益とか値下がり損というのは生じるんでしょうか。」と質問している。 これに対して、星野次彦財務省主税局長は、要旨次のとおり答弁している。 上記のようなやりとりを通じて、現行法令を踏まえれば、暗号資産については、外貨と同様に本邦通貨との相対的な関係の中で換算上のレートが変動することはあっても、それ自体が価値の尺度とされており、資産の価値の増加益を観念することは困難である、というところまで譲渡所得該当性を否定する国税庁の見解の根拠が明らかにされたことになる。 国税庁のFAQ「2-2 暗号資産取引の所得区分」は、暗号資産取引により生じた利益は所得税の課税対象になり、原則として雑所得に区分されるとしており、暗に譲渡所得に区分されることを否定しているといえる。 雑所得とは、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得」であるから(所法35①)、国税庁は暗号資産取引により生じた利益が雑所得以外の9種類の所得に該当しない理由を説明する必要があったところ、暗号資産の譲渡による所得は譲渡所得ではなく、原則として雑所得となり、譲渡所得には該当しないという国税庁の見解の根拠が、国会でのやりとりを通じて、より具体化されてきたのである。 また、藤巻議員は、平成31年度税制改正案(平成31年3月27日に成立)では所得税法上の棚卸資産から(資金決済法上の)「仮想通貨」を除外する規定が織り込まれていること(所法2①十六)を踏まえて、質問を続けている。 すなわち、法令上、暗号資産は棚卸資産ではないと明言しているということは資産であることを認めている証左であると解されることからすると、国税当局は、譲渡所得の基因となる資産であるかどうかは別として、暗号資産が資産であることは確実に認めたと解してよいか、という趣旨の質問を行っている。 これに対して、星野氏は、要旨次のとおり答弁している。 上記答弁では、財務省及び国税庁は、暗号資産は資産ではあることを認めるが譲渡所得の基因となる資産には該当しないと解しており、暗号資産が資産であることは平成31年度の改正法からしても明らかであるとしている。 この部分だけを見る限りでは、①暗号資産の譲渡による所得が譲渡所得に該当する余地を認めるものであるか、②なぜ暗号資産の譲渡による所得が原則として雑所得となるのかという本連載第22回で示した2つの疑問に関して、国税庁は資産性否定説を採用していることが明らかになり、同説をとる帰結として譲渡所得に該当する余地を否定する立場であるという本連載第23回の推察が正しかったことが判明した。 これによって、暗号資産の譲渡による所得の譲渡所得該当性を否定する国税庁の見解の妥当性に関して、議論すべき点が絞られる。すなわち、重点的に検討すべきは、暗号資産が譲渡所得の基因となる資産に該当するか否かという点であることが明らかになったのである。 もっとも、上記各答弁からすると、暗号資産の譲渡による所得は、一般論として、譲渡所得に該当しないと述べており、場合によっては譲渡所得に該当することもありうることを示唆しているようにも読める。資産性否定説を採用する場合の論理的帰結として譲渡所得に該当する余地はなくなるはずであるが(本連載第22回)、この点に関する国税庁の立場は明らかでない。 実際、政府は、令和4年4月15日付けで、暗号資産モナコインの譲渡等に係る税務上の取扱いに関する質問主意書に対する答弁書において、「支払手段としての性質や資産の価値の増加益が生ずる性質を複合的に有する資産」が譲渡所得の基因となる資産に該当するか否かについて、「個別具体的な資産の性質により判断される」と述べている。 支払手段としての性質を有する暗号資産の中には資産の価値の増加益を生ずる性質を複合的に有するものもあることを認めた上で、そのようなものが譲渡所得に該当する余地を認めているように見える。 このような見方が正しいとすると、政府(国税庁)は、無数に存在する暗号資産の中で、どれがそのような譲渡所得の基因となる暗号資産に該当すると考えているかという点に関心が寄せられる。 ただし、政府は、上記の回答に続いて、同月28日付けで、「現時点では、御指摘の『モナコイン』を含む暗号資産について、仮に、支払手段としての性質のほかに、資産の価値の増加益が生じる性質があるとしても、当該性質については、一般に独立した経済的価値が認められて取引の対象にされているとは考えていない」と回答しており、譲渡所得への扉は事実上、あるいは少なくとも現時点では、固く閉ざされているようにも見える。 複合的な性質を有する暗号資産について、「一般に独立した経済的価値が認められて取引の対象にされている」かどうかをどのように判断しているのか、どのように判断すべきであるのかという点については明らかではない。 その後、上記に引き続いて提出された同年5月11日付けの質問主意書においては、沖縄のサッカークラブであるFC琉球が発行する独自トークン(暗号資産)であるFCRコイン(FC Ryukyu Coin)を例に挙げて、トークンを保有することにより特典(例えば特別席で観戦する権利、すなわち優先的施設入場権など)を受けることができる性質を有するファントークンは、暗号資産に該当するものの、価値の増加益が生じる性質があり、当該性質について、独立した経済的価値が認められて取引の対象とされている可能性も否定できないという質問者の見解が示された。 このFCRコインは、支払手段のみならず、試合に招待される権利、ロゴや名前の掲載権を得ることができるようなトークンパートナーとしての権利、選手への投げ銭機能、サッカークラブ運営における投票決議への参加権利などが付与されている暗号資産又は付与される予定の暗号資産であるが、これに対して、政府は、同月20日付けで上記と同様の答弁を繰り返している。筆者には、国税庁の苦しい答弁が続いているように見える。 (了)