ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第36回】 「逆パワハラの申告があった場合の対応のポイント」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の社員Bから、上司であるA部長からパワハラを受けているとの申告があったため、A部長のヒアリングを実施したところ、A部長はパワハラの事実を否定するとともに、むしろ自分が部下Bから逆パワハラを受けていると主張しました。 逆パワハラとは、部下から上司に対するパワハラのことを意味すると理解していますが、A部長は自分にかかったパワハラの嫌疑をそらすため、逆パワハラにあっているなどと虚偽の主張をしているのではないかと疑っています。A部長の申告に対して、どのように対応するべきでしょうか。 【Answer】 逆パワハラは、パワハラ指針等においてパワハラになり得るものとして認められています。上司には人事権等があるため、部下からパワハラを受けるはずはないと思われがちですが、逆パワハラの申告を虚偽であると決めつけることなく、上司が人事権を行使できる状況にあったのかなどを慎重に見極めるべきです。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 逆パワハラとは 逆パワハラとは、部下や後輩から上司や先輩に対するパワハラのことを指す。 この点、パワハラとは、次のように定義されている(労働施策総合推進法第30条の2第1項)。 「パワハラ指針」(※1)によると、①「優越的な関係を背景とした」言動とは、当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指すとされているが、典型的には、職務上の地位が上位の者(上司等)がその優越的な関係を背景に部下に対して行う言動が想定されていると思われる。 (※1) 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)。 もっとも、同指針においては、「同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」や「同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの」も「優越的な関係を背景とした」言動に含まれるとされており、逆パワハラもパワハラに含まれ得ることが明記されている。また、報道等においてもしばしば部下から上司に対するパワハラ事件が取り上げられているし(※2)、実務上もその存在を認められているものである(※3)。 (※2) 最近のケースとしては、中学校で事務職員が校長や教頭ら同僚職員合わせて6人に対してパワハラ行為を繰り返したとして停職6ヶ月の懲戒処分となった例が報道されている(2023年2月27日付けのNHK NEWS WEB等) (※3) パワハラ該当事案における加害者と被害者の関係の割合について、部下から上司に対するものは7.6%とされており、少なくない割合の逆パワハラが認められたことが示されている(厚生労働省が発表した「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」)。 しかし、実際に会社において逆パワハラを認めて懲戒処分等を行ったことがあるというケースは意外と少ないのではないか。弊職も、従前は逆パワハラの相談を受けることはあまり多くはなかったが、最近、逆パワハラの事案が増加しているようにも感じられるため、今回、テーマとして取り上げた次第である。 2 逆パワハラを疑うべき場合 逆パワハラはなぜ典型的なパワハラに比べて認定されにくいのか。逆パワハラを行えば、通常は懲戒処分や異動の対象となったり、勤務評定で不利益な評定をされたりすることが予測できるため、そもそも逆パワハラが行われるはずがない、と一般に考えられていることが、逆パワハラが認められにくい1つの理由であろう。 また、逆パワハラが行われたのであれば、対象となった上司からの何らかの対抗措置(懲戒処分等)がとられるはずであり、それがとられていない以上は、仮に部下から上司に対する何らかの言動があったとしても、②業務上必要かつ相当な範囲を超えていない、又は、③その雇用する労働者の就業環境が害されていない、など推定されてしまうということも、逆パワハラが認定されにくい一因であろう。 逆に言えば、逆パワハラを行う者が懲戒処分や異動の対象となったり勤務評定で不利益な評定をされたりするといった組織のあるべき機能が働いていない場合には、逆パワハラに注意する必要があるということになる。 具体的には、以下の状況・兆候が見られる場合に注意すべきである。 (1) 上司が部下の勤務状況を評価・評定する体制となっていない このような場合、上記の組織のあるべき機能が働く前提を欠くことから、逆パワハラを疑うべき状況にあると言える。 (※4) 京都地判平成27年12月18日は、医事課長Xが職場の上司や部下からのいじめ行為等によりうつ病に罹患したと主張して、労災保険法に基づき、療養の給付及び休業補償給付を請求し、処分行政庁に給付をしない旨の処分がなされたことから、取り消しを求めて提訴したところ、裁判所はXのうつ病発症につき業務起因性を認め、請求を認容したという事案である。同事案においては、医事課長Xが医事課の職員の仕事内容をチェックしたり、勤務状況を評価・評定して上司に報告する体制がとられておらず、Xだけで上記状況の是正を図ることが困難であったという事情が認められている。 (2) 当該上司を軽く扱うような雰囲気が醸成されている このような場合、上司が懲戒処分等の手段に訴えようとしても、会社が真剣に対処しないなどの理由により、上記組織のあるべき機能が働かない状況が発生する恐れがある。 (※5) 前掲(※4)の京都地判平成27年12月18日においては、事務部長が医事課長Xのことを指して「それはあのぼんくらのことだろう」と発言するなど、職場においてXを軽く扱うような雰囲気が醸成されていたとの事情が認められている。 (3) 会社が従業員からの申告について真剣に対処しない風潮がある このような場合においても、上司が逆パワハラを行っている者の懲戒処分や異動を会社に訴えても会社に取り合ってもらえないといった事態が起きることがある。また、上司が上記の組織のあるべき機能が働かないであろうと端から諦めてしまうことも多い。 (4) 上司の能力が部下よりも劣る場合・上司が部下よりも年下の場合・上司が女性の場合等 逆パワハラを行った部下に対して懲戒処分等を実施するためには、逆パワハラを受けていることを会社に告げることになるが、部下より能力が劣る上司、年下の上司、女性の上司は、逆パワハラを受けたことを会社に告げることにより会社からの評価が下がるのではないかと心配し、懲戒処分等の手段に訴えることをためらうことがある。 上司の能力が部下よりも劣る場合とは、例えば上司がITに関する知識が乏しく、PC等のIT機器の扱いを苦手とする場合などが挙げられる。また、上司が年下の場合や女性の場合、逆パワハラの申告を行うと、「若いやつは根性がない」とか「女性はすぐに音を上げる」といったステレオタイプ的な偏見や決めつけがなされることを恐れて、上記の組織のあるべき機能の発動に訴えることができないといったことも考えられる。 (※6) 前掲(※4)の京都地判平成27年12月18日においては、エクセルを使用したことがなくその基本機能すら理解できていなかった医事課長Xが、部下から「エクセルのお勉強してください。分からなかったら娘さんにでも教えてもらってください。」などと、通常の企業においては部下が上司に対して行うことなど到底考えられない発言を行った事実が認定されている。 3 まとめ 上記のとおり、組織の構造上、部下から上司へのパワハラは想定しづらいため、会社としては、逆パワハラの申告があっても今ひとつ信用できないというのは理解できる。特に、本問のように、上司がハラスメントの嫌疑をかけられて初めて逆パワハラの申告を行ったような場合には、より一層信じがたいといった気持ちになるのではないか。 しかし、逆パワハラがあるということは、組織の機能に何らかの歪みが生じていることのサインでもある。会社においては、そのようなサインを見逃さずに対処していくことが、職場環境の改善・整備につながるものである。 (了)
《速報解説》 ADW事件・ムゲン事件、最高裁判決下る ~加算税賦課決定処分含め納税者全面敗訴~ 公認会計士・税理士 霞 晴久 最高裁は3月6日、新聞報道等でも大きく取り上げられた2つの居住用賃貸建物仕入税額控除事件について、課税庁による過少申告加算税の賦課決定処分は、いずれも国税通則法65条4項にいう正当な理由は認められず適法であるとの最終判断を示した(※1)。なお、本件については、判決に先立つ2月9日にそれぞれの口頭弁論が開かれており、その判断の行方に注目が集まっていた。 (※1) 2つの事件の最高裁裁判官は全く同一である。 ここでいう2つの事件とはマンション販売業者である(株)ムゲンエステート(ムゲン)と(株)エー・ディー・ワークス(ADW)に係る訴訟をいい、両社とも賃借人付きで中古マンションを購入し、改修工事等を施した後転売するという事業モデルを展開していたが、同マンション購入時の課税仕入れについて、同課税仕入れを個別対応方式における「課税売上げ」対応に区分すべきか(納税者主張)、あるいは、転売までの期間に非課税の賃貸収入が発生していたことから「共通」対応に区分すべき(課税庁主張)かが争われた。さらに、課税当局内部においても、同様の事案につき、「課税売上げ」対応を認めるような見解がかつて存在していたとの指摘があったことから、過少申告加算税の賦課決定処分につき、国税通則法65条4項にいう正当な理由があるか否かについても争点とされた。 両事件の第一審及び控訴審における結論を表にて要約すると以下のとおり(〇は「納税者勝訴」、✕は「課税庁勝訴」)となる(※2)。その結果、ムゲン事件では、国側(課税当局)が過少申告加算税の賦課決定処分取消しを不服として上告受理申立てを行い、また、ADW事件では、納税者側が、賦課決定処分だけでなく、課税仕入れに係る消費税の更正処分の取消しを求めて上告受理申立てを行った。 (※2) 結果を見ると、ADW事件の東京地裁判決のみ異質な判断が示されたということができる。そこでは、「納税者が得る賃料収入は、収益不動産の販売を行うための手段としての賃貸から不可避的に生じる副産物として位置付けられる(下線筆者)」とした上で、「本件各仕入日に賃料収入が見込まれることをもって、共通対応課税仕入れに区分することは、本件事業に係る経済実態から著しくかい離する」というユニークな判断が示されていた。 ➤ムゲン事件 ➤ADW事件 最高裁は、ムゲン事件(※3)について、 と判示し、上告人(国側)の主張を認めた。 (※3) 最判一小令和5年3月6日(令和3年(行ヒ)第260号) 一方、ADW事件(※4)について最高裁は、ムゲン事件とほぼ同様の判断を示した上で、国税通則法65条4項にいう正当な理由があるとは認められないとし、消費税の更正処分については、 と判示し、納税者の主張を排斥した。 (※4) 最判一小令和5年3月6日(令和4年(行ヒ)第10号) なお、令和2年度の税制改正により、居住用賃貸建物の課税仕入れについては、原則仕入税額控除が認められない(※5)こととされたため、現在では、本件のような争いは生じない。 (※5) ただし、購入後3年以内に課税売上に係る賃貸収入が生じた場合や、他に転売された場合には、購入時の課税仕入れについての調整計算が行われ、仕入税税額控除の対象となる(消法30⑩、同35の2、消令53の2)。 (了) ↓お勧め連載記事↓
税制改正情報 平成18年度以降の税制改正情報を掲載しています。過年度改正の確認などにお使いください。 以下の内容は清文社発行の小冊子「税制改正のポイント」をプロフェッションネットワークのホームページ用に再構成したものです(平成28年度分からはPDFデータによる掲載となります)。 内容はすべて各年度の改正当時における情報であり、現行制度においては延長・廃止・縮減等が行われている可能性がありますので、ご利用に当たってはご注意ください。 なお、最新版の税制改正情報については清文社より小冊子を発行しております。 300部以上お申込みの場合には、ご希望により表紙下に貴(社)名を無料で印刷しますので、クライアントへの販促物等として、ぜひご検討ください(50部以上は送料サービス)。 他にも清文社では研修テキストなどでお使いいただける小冊子を多数発行しておりますので、詳しくは清文社ホームページからお問い合わせください。
2023年3月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.509を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.122- 「歳出改革の各論-ふるさと納税を見直せ」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 今後防衛費の増額、異次元の少子化対策など兆単位の財源が必要とされることから、具体的な歳出削減が重要であることについて前回触れた。現在自民党内に設置された「防衛関係費の財源検討に関する特命委員会」で議論が行われている。 その内容を見ると、60年国債償還ルールの見直しが検討されているが、60年償還を80年償還に変更して浮いた(?)お金を歳出に充てると借金総額はその分増えてしまう。まるで内容のない検討だ。 歳出改革を行うには、1つ1つのテーマについて個別具体的に議論を行うことが必要である。本稿では、歳出面ではなく、歳入面(税制)の無駄として、「ふるさと納税」を取り上げ、その縮小(本来の寄付税制に戻すこと)を提案してみたい。 * * * ふるさと納税の導入を提言した総務省の「ふるさと納税研究会報告書」(平成19年10月)を読むと、この制度の意義は主に、「今は都会に住んでいるが、教育を受け育んでくれた『ふるさと』に自分の意志で納税できる制度を創設し、恩返しをするとともに、われわれの自治意識を進化させる」ことと書いてある。 背景には都市と地方の税収格差の是正がある。またわが国に根付いていない寄付文化の醸成も目的とされている。 この目的のもと、自ら住んでいる自治体に払うべき税金を、自分の意思で「ふるさと」に「寄付」する制度は、自治体が配る返礼品を目当てに大いに盛り上がっている。令和4年度課税における住民税控除額実績は5,672億円、控除適用者数は約741万人と年々拡大している。 この金額が都市から「ふるさと」に移転されるのであれば、当初の趣旨通りではないかと思われそうだが、高所得者が自分の住む自治体の住民税を他の自治体に移転させれば、当該自治体のサービスは減少し、その被害はふるさと納税を活用しない低所得者の住民にしわ寄せされる。 自己負担2,000円で、寄付額の3割程度の「返礼品」が送られてくるが、所得の多い寄付者ほど大きな利益(返礼品)が得られる点も不公平な制度といえよう。また「ふるさと」とは関係のない自治体にお金が流れている点は当初の目論見とは異なる。 また自腹を切るどころか「得をする」制度になっているので、「寄付」とは言えない。したがってこの制度が興隆したからといって、わが国に寄付文化が根付いているわけではない。 次に、寄付により税収が減った自治体が交付税交付団体であれば、減収部分の4分の3が国から地方交付税で補てんされる。また所得税(国税)も減税されており、この制度のツケは国(国民)が背負っていることになる。つまり、単に自治体間で税収を移転させる制度ではないということだ。 さらに言えば、受け取った自治体も、寄付額の半分は返礼品の調達や送付などの事務手数料に消えてしまう。 このように当初の趣旨とは大きく異なり公平性に問題のある制度をどう変えていくべきか。 筆者は、自治体にとって地元産業の振興につながる返礼品について大きく変更する必要はないと思っている。問題は、過剰になった「寄付」税制を、本来の姿に戻すことである。 寄付税制というのは、「身銭を切る」人に、国・地方がインセンティブとして減税をする税制である。国・地方公共団体、認定NPO法人などへ寄付した場合には、寄付額から2,000円を差し引いた残りの金額について、所得控除か税額控除(国・地方合計で50%)かを選択できる仕組みとなっている。 したがって、10万円寄付すると、国・自治体から4万9,000円(10万から2,000円を引いて、最大税額控除率である所得税・地方税合計50%をかける)が税額控除という形で戻って来るので、自らの5万円の寄付に国・地方が5万円をマッチングしてくれる(寄付を支援する)税制といえる。 ふるさと納税は、寄付税制を手本としつつ、控除額を50%から全額に拡大した。自腹を切る「寄付」の要素をなくしてしまったのである。筆者の提案は、本来の「寄付=自腹を切る」部分を残す通常の寄付税制に戻して無駄遣いをやめ、寄付文化を醸成する制度に改めることである。 * * * これまでこの制度の見直しは、制度の創設者である菅前総理の目が光っており無理という霞が関の忖度があったが、岸田総理に代わったことで、その点の障害はなくなった。 「悪魔は細部に宿る」というが、歳入・歳出面での各論の積み重ねこそ、歳出改革につながっていく。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例50】 「公益社団法人に移行した法人の職員に対する賞与の損金性」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、近畿地方においていくつかの医療機関や福祉施設を運営する公益社団法人Xにおいて、事務方のトップである事務長を務めております。わが国においては、医療機関は様々な経営主体が経営しており、具体的には、地方自治体や独立行政法人、国立大学法人や公立大学法人、日本赤十字社といった公的機関もあれば、厚生労働省が管轄する法律に基づいて設立される医療法人(医療法)や社会福祉法人(社会福祉法)、私立大学医学部付属病院を経営する学校法人などがあり、それぞれ適用される会計ルールが異なるなど、かなり混沌とした状況となっております。私の勤務する公益社団法人は、いわゆる公益法人改革で社団法人から移行した組織で、もともと医療機関や福祉施設を運営していましたが、今から数年前に、より公益性を貫徹した組織に改組され、現在に至っております。 わが法人が運営する事業の中核は病院で、中でも回復期・リハビリテーションに力を入れているY病院は、当該病院が立地する2次医療圏でも定評があり、集患にはそれほど苦労しておりません。そのため、ここ数年続くコロナ禍の下においても、法人全体の経営状況は比較的順調であるといえます。 ところが、そのような黒字体質の当法人を狙い撃ちしたのか、先日から所轄税務署の税務調査を受けております。今回問題となっているのは、公益社団法人移行後に職員に支給した賞与の取扱いです。当法人は給与規定を職員に開示しており、それには給与のほか賞与を予定日に支給する旨が明記されております。そのため、当該規定に基づき既に支給予定日が到来している賞与は、当然のことながら全額損金に算入されるものと考えておりましたが、今回調査官は、未払計上した賞与の額につき、当該賞与支給額が決算日以後に職員に通知されていることから、当該事業年度における損金算入は認められないと主張しております。 このような調査官の主張は民間の事業に対する不当な介入であり、到底認められるものではないと考えておりますが、税法上どのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 平成10年度の税制改正で賞与引当金が廃止されたのちの法人税法によれば、労働協約又は就業規則により定められる支給予定日が到来している賞与については、使用人にその支給額の通知がされているもので、かつ、当該支給予定日又は当該通知をした日の属する事業年度において、その支給額につき損金経理をしている場合には、当該支給予定日又は通知をした日のいずれか遅い日の属する事業年度の損金の額に算入するとされております。 したがって、本件のように賞与支給額が損金算入した事業年度の翌事業年度に職員に通知されている場合には、たとえその支給が法人の給与規定に明記されているとしても、その金額を決算日までに各職員が知ることができるわけでもないため、損金算入は認められないものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 公益法人と公益法人制度改革 私人の自由な意思決定による事務遂行のために、私法に準拠して設立された権利義務の主体である法人を「私法人」といい、当該私法人はさらに「社団法人」と「財団法人」とに分類される(※1)。社団と財団の相違点であるが、一般に、社団は人の集まりを基礎とする一方で、財団は財産を基礎とすると解されている。 (※1) 四宮和夫・能見善久『民法総則(第8版)』(弘文堂・平成22年)85頁。 もう少し具体的に言えば、社団法人は社員を不可欠な要素とし、社員総会が最高の意思決定機関として自律的活動を行う組織で、財団法人は設立者が拠出した財産を基礎に、定款に示された設立者の意思を活動の準則とする組織である(※2)。 (※2) 四宮・能見前掲(※1)書85頁。 現在、公益法人(旧民法34条法人)とされる法人形態は、公益法人制度改革により平成18年に制定された一般法人法(※3)で設立され、公益性の認定を受けた法人(公益認定法2、9)のみならず、社会福祉法が定める社会福祉法人、私立学校法が定める学校法人、宗教法人法が定める宗教法人などが挙げられる。 (※3) 「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(平成18年法律48号)をいう。それまで民法34条によって設立されていた公益法人制度が廃止され、当該法律により、非営利目的の法人が準則主義で設立できるようになった。 一般法人法で設立された非営利目的の法人は、一般社団法人及び一般財団法人となる。一般社団法人及び一般財団法人は、国・都道府県に設置されている公益認定等委員会ないし審議会によって公益性の認定(23種類の公益目的事業をいう、公益認定法別表参照)を受けた場合には、公益社団法人又は公益財団法人となる。 (2) 公益法人税制の概要 上記(1)で見たとおり、平成18年にいわゆる公益法人3法(一般法人法、公益認定法及び前記両法施行に伴う関係法律の整備等に関する法律)が制定され、わが国の公益法人制度は新たにスタートした。当該制度改正に合わせ、平成20年度税制改正で公益法人税制も大幅に改正された。公益法人税制の特徴は以下の5点である。 また、公益法人税制においては、一般社団法人及び一般財団法人のうち、(ア)事業から利益を得たり、その得た利益を分配することを目的としない法人であって、その事業を運営するための組織が適正であるもの(法法2九の二イ、法令3①、法規2の2①)、及び、(イ)その会員から受ける会費により会員に共通する利益を図るための法人であって、その事業を運営するための組織が適正であるもの(法法2九の二ロ、法令3②、法規2の2①)を「非営利型法人」と呼んで、公益法人等の範囲に含めている(法法2九の二)。 なお、上記非営利型法人以外の一般社団法人及び一般財団法人は、法人税法上、普通法人として扱われる(法法4)。 (3) 賞与引当金の廃止と未払計上の損金算入措置 企業会計上、将来の費用又は損失の発生に備えて、その合理的な見積額のうち当該年度の負担に属する金額を費用又は損失として繰り入れる金額を一般に「引当金」という。現行の法人税法は、このような企業会計の考え方に従って、費用収益対応の原則の観点から、貸倒引当金及び返品調整引当金の2種類の引当金が認められている。 もっとも、平成10年度の税制改正までは、上記に加え、賞与引当金、特別修繕引当金及び製品保証引当金の3種類の引当金が認められていたが、課税ベース拡大の観点から、賞与引当金と製品保証引当金は廃止され、特別修繕引当金は準備金として存続することとなった(※4)(措法57の8)。さらに、返品調整引当金も平成30年度の税制改正で廃止となった(令和12年度までの経過措置が認められている、平成30年附則5)。 (※4) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)425頁。 賞与引当金は、労働給付の提供と給与の支払い(賃金後払い)とが期間的に一致しないことに基づき、労働給付の提供によってもたらされる収益と対応する形で給与の支払額を期間的に前取りし、適正な期間対応を実現しようとする引当金である(※5)。しかし、平成10年度の税制改正で、課税の公平性・明確性を期する観点から、専ら財源確保の要請に沿った形で、賞与引当金は廃止されることとなった。そのため、現在の法人税法においては、賞与は実際支給日の属する事業年度の損金の額に算入されることが原則となった(法令72の3三)。 (※5) 武田隆二『平成15年版法人税法精説』(森山書店・2003年)872-873頁。 一方で、賞与引当金が廃止されたのちの法人税法においては、使用人賞与につき、実際に賞与を支払ったものと同視し得るような状態にある以下の2つのカテゴリーに係る未払費用については、未払賞与としての損金計上の措置が講じられている。 (※6) 法人が支給日に在職する使用人のみに賞与を支給する場合のその通知は、ここでいう「すべての使用人」に対する通知には該当しない(法基通9-2-43)。 (4) 公益社団法人に移行した法人の職員及び医師に対する賞与の損金性が問われた事例 それでは、本件と同様に、公益社団法人に移行した法人の職員及び医師に対する賞与の損金性及び損金算入の時期が問われた事例(東京地裁平成27年1月22日判決・税資265号-7(順号12590)、TAINSコード:Z265-12590)について以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、昭和61年に全国のへき地を中心とした地域保健医療の調査研究及び地域医学知識の啓蒙と普及を行うとともに、地域保健医療の確保と質の向上等住民福祉の増進を図ることで地域の振興に寄与するため、へき地等に勤務する医師の確保等、へき地等の医療を支援する病院等の開設及び運営管理の受託等の事業を行うことを目的とし、改正前の民法34条に基づく社団法人として設立され、平成21年12月1日に公益社団法人へ移行した原告の事案である。 原告は平成21年4月1日から同年11月30日までの事業年度の法人税につき、その運営する施設に勤務する職員及び医師に対し同月以降に支給した賞与等の合計額22億8,118万9,407円を損金の額に算入して確定申告をしたところ、処分行政庁が、上記賞与等の合計額を損金の額に算入することを否認するなどして、原告に対し、更正処分をするとともに、過少申告加算税の賦課決定処分をしたため、原告が被告に対し、本件各処分の取消しを求めたところである。 ② 事案の争点 法人が公益社団法人移行後にその勤務する職員及び医師に対して支払った賞与につき、移行前の事業年度においてその金額を損金算入することができるか。 ③ 裁判所の判断 なお、本裁判例は控訴されたが棄却され(東京高裁平成27年10月15日判決・税資265号-157(順号12740)(TAINSコード:Z265-12740)、さらに上告されるも不受理(最高裁平成29年2月3日決定・税資267号-27(順号12976)(TAINSコード:Z267-12976)で確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 今回問題となったのは従業員への賞与の支給に関する損金性であるが、そもそも現代における賞与の意義や位置づけは必ずしも一義的ではない。本裁判例で裁判所が指摘するように、賞与は功労報償、生活補填及び将来の労働への意欲向上策等も含む様々な性格を兼ね備えているものと解されるが、かかる性格に照らすと、通常は、主として法人税法22条3項2号に掲げる当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用に該当するものと考えられる。それを踏まえると、未払賞与については、債務が確定しているかどうかが重要となり、その要件として、法人税法は「賞与の支給対象者全員に対し賞与に係る支給額を通知すること」を挙げている。 法人税法施行令第72条の3第2号の規定のうちの「支給額の通知」に関して、裁判所は、「単に給与規程及び内規等による所定の計算式が存在することを知るだけでは、賞与の具体的支給額を知ることができるとはいえず、上記規程等が周知されただけで通知があったといえるという原告の主張は採用できない」というように具体的な数字の通知が必要と判示しており、実務の参考になるものと考えられる。 (5) 本件へのあてはめ 平成10年度の税制改正で賞与引当金が廃止されたのちの法人税法によれば、労働協約又は就業規則により定められる支給予定日が到来している賞与については、使用人にその支給額の通知がされているもので、かつ、当該支給予定日又は当該通知をした日の属する事業年度において、その支給額につき損金経理をしている場合には、当該支給予定日又は通知をした日のいずれか遅い日の属する事業年度の損金の額に算入するとされている。 したがって、本件のように賞与支給額が損金算入した事業年度の翌事業年度に職員に通知されている場合には、たとえその支給が法人の給与規定に明記されているとしても、その金額を決算日までに各職員が知ることができるわけでもないため、損金算入は認められないものと考えられる。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q77】 「特定口座で保有する上場外国株式の配当に係る外国源泉税と外国税額控除の適用可否」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 特定口座で保管する株式に係る配当と外国税額控除の関係 (1) 国内の証券会社を経由して外国株式の配当を受領する場合の源泉徴収 所得税法上、居住者たる個人が、国外において発行された上場株式の配当で国外において支払われるものについて、国内の証券会社(支払の取扱者)を通じて支払いを受ける場合には、配当に対して20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率による源泉徴収(水際源泉徴収)が行われます。 この際、配当について支払国において外国所得税が源泉徴収されている場合には、日本における源泉徴収税額は、その外国所得税を控除した後の配当金額を基礎として計算されます。 (2) 外国税額控除と特定口座 居住者たる個人が外国所得税を納付することとなる場合には、原則として、その年分の所得税の額からその外国所得税の額を控除することとされています(外国税額控除)。したがって、国内の証券会社を経由して受領する外国株式の配当について課された外国所得税についても、外国税額控除の適用を受けることが考えられますが、配当の課税方式によって制限を受けることがあるため注意が必要です。 特定口座内で生じる所得に対しては源泉徴収されることを選択することができます(源泉徴収選択口座)が、同時に上場株式等の配当等に係る申告不要の特例を適用することも可能です。この申告不要の特例は、原則として、上場株式等の配当等の額ごとに行うこととされていますが、源泉徴収選択口座においては、口座単位で選択する必要があります。これは、源泉徴収選択口座内で配当等と譲渡損失との損益通算が行われた結果、配当等の額と源泉徴収税額が比例的にならなくなることを避けることへの対応と解されています。 また、上場株式等の配当等について申告不要の特例を適用する場合、上場外国株式の配当は内国法人から支払いを受けるものとみなされ、支払国において源泉徴収された外国所得税の額は外国税額控除の対象となる外国所得税の額には該当しないものとみなされます。つまり、申告しないこととした配当について源泉徴収された外国所得税は、外国税額控除が適用できません。この取扱いは、源泉徴収選択口座においても同様です。 2 本件へのあてはめ 源泉徴収されることを選択した特定口座で上場外国株式を保有されているということですので、その源泉徴収選択口座において、上場株式等の配当等に係る申告不要の特例を適用しているか否かを確認する必要があります。 申告不要の特例を適用している場合には、上場外国株式の配当は内国法人から支払いを受けるものとみなされ、支払国において源泉徴収された外国所得税の額は外国税額控除の対象となる外国所得税の額には該当しないものとみなされることから、外国税額控除の適用は受けられないことになります。 一方、申告不要の特例を適用していない場合には、確定申告することにより外国税額控除の適用を受けることが可能です。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第12回】 「NFTに関する税務上の取扱いに係るFAQ詳解③」 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 問4 購入したNFTを第三者に転売した場合(二次流通) 1 二次流通の場合の所得区分 FAQの解説では、次のとおり、二次流通の場合の所得区分についても触れられている。 問4は、マーケットプレイスを通じて、NFTの製作者等からNFTを購入し、転売するような二次流通の場面である。上記解説にあるとおり、FAQは、「デジタルアートの閲覧に関する権利」の譲渡に該当することを前提としている。 経済的価値があり、譲渡ないし取引可能な権利を譲渡しているため、所得税法33条1項の資産の譲渡に該当し、その所得は譲渡所得になりうるということであろう。ただし、棚卸資産・準棚卸資産の譲渡又は営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡に該当する場合には、事業所得又は雑所得になるというのである(所法33②一)。 そうすると、上記と前提を同じくする二次流通の場面におけるNFTの譲渡による所得の所得区分として、①譲渡所得、②事業所得、③雑所得(さらにいえば、③-1業務に係る雑所得、③-2その他雑所得。問1「4 一次流通の場合の所得区分」参照)を候補に挙げることができる。 これらの区分の判断基準は、もともと様々な考慮要素に基づく総合判断であり、納税者からすればブラックボックスで課税リスクがつきまとうものであったが、所得税基本通達35-1・35-2の改正によって法的根拠が明らかでない取扱いを採用したために、法令のみから判断することがさらに難しくなっている。 2 譲渡所得金額の計算 FAQの解説では、譲渡所得になる場合の金額の計算について、次のとおり説明している。 上記(注1)では、転売収入はトークンの時価となるが、そのトークンが暗号資産などの財産的価値を有する資産と交換できないなどの理由により、時価の算定が困難な場合には、転売したNFTの市場価額(市場価額がない場合には、転売したNFTの取得費等)をそのトークンの時価と取り扱って差し支えないとしている。 いわば入ってきたもの(トークン)の時価を直接的に算定することが困難な場合に、出ていったもの(NFT)の時価で間接的に算定する方法を提示しているのである。 この部分は、「トークンが暗号資産などの財産的価値を有する資産と交換できない」からといって、直ちに「転売したNFTの市場価額(市場価額がない場合には、転売したNFTの取得費等)をそのトークンの時価」とすることを認めているわけではない。 「トークンが暗号資産などの財産的価値を有する資産と交換できない」こと以外の他の理由も含めて、「トークンの時価の算定が困難な場合」に該当するかどうかを判断する必要がある。 また、市場性のある暗号資産と間接的に交換できるのであれば、通常は、時価の算定が困難であるとはいえないと指摘されるかもしれない。 「時価と取り扱って差し支えない」という記載振りからすれば、トークンの時価がゼロであると認められるのに、転売したNFTの市場価額等をもって、当該トークンの時価をゼロとすることは認めないという取扱いはなされないように思われる。 ところで、上記の算式にあるとおり、特別控除額(最大50万円)を控除することができるし、5年超保有してから譲渡したNFTは、これに加えて、長期譲渡所得として2分の1課税の恩恵を受けることができるため(所法22②二)、NFTを売らないで保有し続ける者が増えて、NFTの価格は下げ止まりする可能性があるし、やがて、5年を超えた途端に高額で売る者が続出してNFTの価格を押し上げる可能性もある。 3 「デジタルアートの閲覧に関する権利」という前提 デジタルアートの閲覧「に関する」権利という表現がとられていることにより、FAQの想定している権利がどこまで広げられるかは定かではないが、少なくとも、誰でも閲覧ができるNFTであれば、それに関する権利や対価の支払というのは観念し難いし、実際にも一般のNFT取引で取引の対象とされているものではないであろう(問1「2 「デジタルアートの閲覧に関する権利」が前提とされたことに伴うリスク」参照)。 このようにFAQは複数の箇所で「デジタルアートの閲覧に関する権利」を前提として回答や解説を記載しているため、納税者は自身のNFT取引がFAQが想定している取引にうまく当てはまるのかという点を検討しなければならない。 例えば、PFP(Profile Picture)といわれるTwitterのプロフィール画像などで使用されるNFTの取引の場合は、NFT購入者が有することとなる権利等について当事者等の間で明確にされていないケースも少なくない。 このような場合にNFT保有者の権利ないし地位の譲渡と認定できるのか、このような取引に係る所得をもって、資産の譲渡による所得(所得税法33条の譲渡所得)といえるのか、という疑問があった。 このような疑問を前提とすると、やはり、納税者は自身の取引がFAQの射程範囲に入るのかどうかを慎重に検討する必要があると注意喚起せざるを得ない。 4 法人税の取扱い 法人税の取扱いについて、FAQは、次のとおり解説している。 上記解説にいう「転売をした日」とは、収益の計上時期を定める法人税法22条の2第1項のうち、その資産の販売等に係る「目的物の引渡しの日」に該当すると解しているのであろう。このことは、関係法令等として同項が示されていることからも裏付けられる。 ここでは、法人税に係るNFT取引の収益計上時期については、今後、色々な議論が起こりうることを指摘しておくにとどめる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第28回】 「個人に係る外国子会社合算税制」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 個人にも外国子会社合算税制が適用されると聞きましたが、その場合、当該個人による租税回避の目的や、税負担の不当な軽減の意図が問題とされるのでしょうか。 〔A〕 租税回避の目的の有無や、税負担の不当な軽減となる実体の有無等については、外国子会社合算税制の適用又は適用除外の要件として定めていないのであるから、その趣旨・目的に鑑みても、居住者等による外国法人の実質的な支配や株式の分散保有による租税回避の意図等の明文にない要件を加える解釈によることはできないという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 所得税法における外国子会社合算税制の概要 移転価格税制とは異なり、我が国に居住する個人に対しても、外国子会社合算税制が適用される。所得税法上、居住者の所得はその性質に応じて10種類に分類されるが、外国子会社合算税制においては、その課税対象金額等は雑所得として総収入金額に算入される(措法40の4①)。現行の外国子会社合算税制は、平成29年度の税制改正により大きく見直しが行われたため、以下では、改正後の制度について要約する。 (1) 外国子会社合算税制の適用を受ける居住者 以下のいずれかに該当する居住者(措法40の4①、措令25の19①) (※1) 実質支配関係については、租税特別措置法(以下「措置法」)40条の4第2項、租税特別措置法施行令25条の21を参照。 (2) 外国関係会社 外国関係会社とは次のものをいう。 平成29年度の税制改正により、外国関係会社の租税負担割合(いわゆる「20%のトリガー税率」)で合算課税の適用の有無を判断する方法から、一定の要件に該当する外国関係会社を、(i)ペーパー・カンパニー等の「特定外国関係会社」と、(ii)従来の特定外国子会社等に該当する「対象外国関係会社」の2つに分類して判断することとなった(措法40の4②二、措令25の19の3①~⑫、措規18の20①~⑰)。 (※2) 現行の経済活動基準には、①事業基準、②実体基準、③管理支配基準、及び④非関連者若しくは所在地国基準があり、従来の適用除外基準と実質的に同一である。 なお、外国関係会社が経済活動基準を全て満たす場合であっても、配当や利子等の受動的所得がある場合には、「部分対象外国関係会社」として合算課税の対象となる(措法40の4⑥)。 以下では、平成29年度税制改正前の事例ではあるが、居住者に対する外国子会社合算税制の適用の是非が争われた事例について取り上げる。 2 過去の裁判例 《個人の外国子会社合算税制適用事件》(※3) (※3)(第一審)東京地裁令和3年7月20日判決(平成29年(行ウ)第426号)〈確定〉 (1) 事案の概要 日本の居住者である原告Xは、平成24年分及び平成25年分の所得税等の確定申告に際し、香港で設立された外国法人A1社及びA2社が、平成23年及び同24年事業年度(本件各事業年度)において、措置法40条の4第1項に定める特定外国子会社等に該当しないとして申告したところ、所轄税務署長から、平成23年12月末時点の両社及び平成24年12月末時点のA1社が特定外国子会社等に該当するとして更正処分を受けたため、これを不服として本件訴えを提起した。 (2) 前提事実(A1社及びA2社の資本関係等) ① A1社について A1社は、株式の保有及び子会社への管理サービス業を営む香港で設立された会社であり、本件各事業年度末において、同社の発行済株式の約41.15%をX及びその親族6名が保有し、また、内国法人であるA22社が、約15.97%を保有していた。以上から、我が国居住者等が有する直接・間接の株式の保有割合は57.12%となるため、A1社は措置法にいう外国関係会社に該当する。 Xは、A1社の発行済株式総数の約14.66%を保有し、措置法にいう居住者に該当する。 A1社の本件事業年度の所得に対して課される租税の占める割合はそれぞれ、16.1%、16.2%であり、当時のトリガー税率20%を下回るのは明らかであった。 A1社の本件各事業年度における各収入金額と総収入金額に占める割合は以下のとおり。 ② A2社について A2社は、A1社が発行済株式総数の100%を保有する内国法人A10社から原材料等を仕入れ、中国子会社に販売し、同中国子会社が制動した製品を仕入れてA10社等に販売するという、いわゆる進料加工(※4)を目的とした卸売業を営んでいた。A2社の2011(平成23)事業年度の終了時における発行済株式総数のうち、居住者等が有する直接・間接の株式保有割合は約53.69%であり、A2社は外国関係会社に該当する。 (※4) 原材料等を有償で支給する点が、来料加工と異なる。 Xは、A2社の発行済株式総数の約13.78%(2011(平成23)事業年度の終了時)を保有し、A2社との関係でも居住者に該当する(同上)。 A2社の2011(平成23)事業年度の所得に対して課される租税の占める割合は0%であった。 ③ A1社が自己の費用負担によりグループ各社に提供する管理契約の概要 (※5) タイに所在するグループ会社。 (※6) 子会社への原材料販売によるものは除く。 (3) 裁判所の判断 ① A1社及びA2社の特定外国子会社該当性について 東京地裁は、A1社及びA2社いずれも措置法が定める形式基準を満たすことから、両社について、「措置法40条の4第1項の特定外国子会社等に該当し、かつ、本件各確定申告書に適用除外記載書面の添付がなかったことにより本件適用除外規定は適用されず、この点を措く(※7)としても本件適用除外要件のすべてを満たすものとはいえないから、本件各処分は適法であり、Xの請求はいずれも理由がなく棄却すべきもの」と判示した。 (※7) 本件では、確定申告書への適用除外記載書面の添付の有無についても争点とされていた(本稿では省略)。 その上で、Xの「タックス・ヘイブン対策税制においては、同税制及び各種関連規定の趣旨・目的を踏まえた法解釈を要し、外国関係会社に該当するためには、措置法の規定文言に形式的に該当するのみでは足らず、租税回避を推認することができるような居住者等による外国法人の実質的支配や株式の分散保有による租税回避の意図の存在を要するものと解するべきである。」という主張に対し、「措置法40条の4は、内国法人がタックス・ヘイブン(括弧内省略)に設立した会社に所得を留保することにより我が国における租税の負担を回避しようとする事例に対処し、税負担の実質的な公平を図ることを目的とするものであるが、かかる目的の下にその適用要件を具体的に規定するに当たり、特定外国子会社等の要件については(中略)外国法人の発行済株式総数のうちに居住者等の保有株式が占める割合等によるものとした上で(1項)、これに該当する外国法人であっても、独立企業としての実態を備え、その本店所在地国等において事業活動を行うことにつき十分な経済合理性を有する場合があり得ることを考慮して、本件適用除外要件(3項)を定めた上で、これらをすべて満たす場合には、1項の規定を適用しないこととしているものである。このように、措置法40条の4は、1項及び3項の各要件に係る判断を通じて上記目的の実現を図ることとしているものであり、租税回避の目的の有無や、税負担の不当な軽減となる実体の有無等については、その適用又は適用除外の要件として定めていないのであるから、同条の趣旨・目的に鑑みても、Xが主張するような、居住者等による外国法人の実質的な支配や株式の分散保有による租税回避の意図等の明文にない要件を加える解釈によることはできないものというべきである。(下線筆者)」と判示し、Xの主張を斥けた。 ② A1社の適用除外要件にいう事業基準該当性について 東京地裁は、事業基準における「主たる事業」の判定、すなわち本件でいえばA1社の主たる事業が株式の保有業でなく管理サービス業であるといえるか否かについて、「約定の管理料による収入が総収入に占める割合を配当収入のそれと単純に比較するのではなく、A1社が実際に上記3社(筆者注:A14社、A10社及びA2社をいう)に対して本件各管理契約に基づく管理業務を行っているか否か、行っている場合には、その内容・程度に照らし、その業務が客観的に見て約定の管理料との対価性を有するものといえるか否かを考慮して、これが当該事業年度におけるA1社の事業活動全体のうちに大きな比重を占めるものといえるか否かという観点から判断すべきである。」という見方を示し、A1社による本件各管理契約に基づく業務として、A14社から得られる管理料は月額500米ドルというわずかなものであり、A10社との関係では技術開発に寄与するような情報提供があったとは認められず、A2社との関係でも新製品開発期間に照らして情報提供の内容は限定的であったとし、結局のところ、A1社に管理料収入をもたらす対価性のある業務はA2社に関する与信等管理業務のみであったと判示し、A1社の主たる事業は、Xの主張する管理サービス業ではなく、株式保有業であり事業基準を満たしていないと結論付けた。 (4) 本判決の意義 過去の裁判例において、個人の外国子会社合算税制該当性について争われた事例はほとんどなく、本判決は、課税実務において参考とすべき重要な意義があると思われる。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第11回】 「ワールドファミリー事件 -移転価格税制における機能分析の考え方- (地判平29.4.11)(その2)」 ~租税特別措置法66条の4第1項、第2項1号ロ、第8項~ 税理士 中野 亘 (2) 争点 ① 租税特別措置法66条の4第2項に基づく課税処分の適法性 (ア) 売手又は買手の果たす機能における差異の有無並びに差異調整の可否及び適否 被告は旧租税特別措置法関係通達66の4(2)-3の規定する「12のテスト」(※8)を用いて、再販売者の果たす機能その他における差異については「その差異により生ずる割合につき必要な調整ができる」としてDWE取引との関係で比較対象性を有しているとした。それに対して原告は「取引及び市場参入に係る時期」において差異があるとし、また取引に共通の無形資産を保有している等の「内部取引の信憑性」の観点から原告の選定した内部比較対象取引(DME取引)の比較対象取引としての合理性を主張している。 (※8) 12のテスト:再販売価格基準法における比較対象性に関する旧租税特別措置法関係通達66の4(2)-3において例示された12の要素〔1〕棚卸資産の種類、役務の内容等、〔2〕取引段階、〔3〕取引数量、〔4〕契約条件、〔5〕取引時期、〔6〕売手又は買手の果たす機能、〔7〕売手又は買手の負担するリスク、〔8〕売手又は買手の使用する無形資産、〔9〕売手又は買手の事業戦略、〔10〕売手又は買手の市場参入時期、〔11〕政府の規制、〔12〕市場の状況により比較対象性の検討を行う。 判決では、「DWE取引におけるDWEの販売方法と本件各比較対象取引における教材の販売方法は①いずれも外交員による戸別の訪問販売であること、②DWEと本件各比較対象取引の棚卸資産である教材はいずれも仕入先が開発し製造したもの(完成品)であり、原告及び比較対象法人は製造機能を有していない」と被告が選定した比較対象について「売手の果たす機能」においては本質的な差異があるとは認められないとした。 「原告は、・・・地方に固定的な営業拠点を有しておらず、平成13年以降に一部地方に営業拠点を置くようになったにすぎないのに対し、・・・本件各比較対象法人は全国に支社、営業所、支店あるいは支店と称する外交員の拠点を置いていた」として規模の差異(営業拠点に係る賃料負担や減価償却等(の売上げに対する割合)に差を生じさせるもの)により売上総利益率に差を生じさせるものであって、通常の利益率の算定に影響を及ぼすことが客観的に明らかなものであると認められる、本件比較対象法人のうち、2社は売上原価に外交員報酬が含まれていること、1社についてはイベントに係る原価が含まれており、顧客リストは外交員が独自に開拓し作成していること、1社については外交員報酬から信販手数料が控除されていること、DWE取引ではDWEを購入した顧客の約70%が一括払いとしているのに対し、比較対象法人3社はそれぞれ約80%、97~98%、97~98%が信販契約による分割払いとしていることから、広告宣伝の方法及び内容や外交員の構成及び報酬制度の差異があり、この差異はそれぞれの取引の売上総利益率に影響を及ぼすことが客観的に明らかであるとして、DWE取引と本件各比較対象取引との間には、売手の果たす機能における通常の利益率の算定に影響を及ぼすことが客観的に明らかな差異があるものと認めた。 (イ) 売手又は買手の使用する無形資産における差異の有無並びに差異調整の可否及び適否 OECDガイドラインでは、「特殊な無形資産を伴う取引の場合には、製品の類似性は一層重要であり、比較が有効性を確保するため、類似性に対し特別の注意が払われるべきである」とされ、新事務運営指針3-2(本件各更正処分等(平成16年11月24日付け)が行われた後の平成19年6月25日付けで改正されたものであるが、解釈上の参考になるものと解される)でも、「無形資産の使用を伴う国外関連取引に係る比較対象取引の選定にあたっては無形資産の種類、対象範囲、利用態様等の類似性について検討することの必要性が指摘されており、この新事務運営指針に併せて改められた新事務運営指針の参考事例集でも・・・売手又は買手の使用する無形資産に特に着目して比較可能性の検討を行う必要があり、この場合において、比較対象取引の選定に当たり、無形資産の種類、対象範囲、利用態様等の類似性に係る検討を行うように留意するもの」とされているとし、「取引に無形資産が使用されている場合、それが棚卸資産の販売価格、売上高、広告宣伝費、販売費用、売手との交渉力、ロイヤリティ等の様々な要素に影響を与えるため、使用する無形資産により生ずる売上総利益率の差を的確に把握することが難しく、その調整が困難である」とした。 そうすると、「取引に使用するキャラクター(無形資産)の人気や知名度の差異は、ロイヤリティの支払金額に反映されるとして、その知名度や顧客に対する訴求力の差異によって生ずる売上総利益率の差を基本的にロイヤリティ割合の差として把握することが可能であるという被告の主張については、併せて販売経費率によっても調整するという点から考慮しても、にわかに採用し難いというべきであ」り、「DWEと本件各比較対象取引とが比較対象性を有しないことを端的に示すものであるということもできる。」にもかかわらず、本件比較対象取引については「使用される無形資産に係るロイヤリティやロイヤリティ割合が把握されていないのみならず、被告の主張及び本件調査担当者の供述等によっても、本件各比較対象取引の棚卸資産である子供を対象とする学習教材に使用するキャラクターが明らかではないため、DWE取引に使用するキャラクターと本件各比較対象取引の棚卸資産に使用するキャラクターとの間の知名度や顧客に対する訴求力等の違いが明らかではなく、・・・本件各比較対象取引に使用するキャラクター(無形資産)については、その棚卸資産に絵や模様が描かれているということを確認した程度にとどまるようであり、守秘義務の点から本件各比較対象取引に使用するキャラクターを具体的に明らかにすることができないという点を考慮したとしても、・・・十分な検討(本件各比較対象取引の個別の検討)やDWE取引に使用するディズニー・キャラクター等との具体的な比較がされたとは認められない。」と被告が無形資産を考慮した比較可能性の検討不足を指摘した。 そうすると「DWE取引と本件比較対象取引との間には、使用するキャラクター(無形資産)の知名度や顧客に対する訴求力の差異があり、この差異は通常の利益率の算定に影響を及ぼすことが客観的に明らかであるところ、これによって生ずる売上総利益率の差について、ロイヤリティ割合の差と販売経費率の差によって調整することができるという被告の主張は採用することができないというべきである。」とした。 (ウ) 無形資産を考慮した後の比較対象性の有無 上記内容を踏まえたうえで「市場の状況における差異の有無並びに再調整の可否及び適否」については、市場の状況について通常の利益率の算定に影響を及ぼすことが客観的に明らかな差異を認めることができないとし、12のテストによる「本件比較対象取引の比較対象性の有無及び差異調整の適否」については「本件各比較対象取引は、使用するキャラクター(無形資産)の知名度や顧客に対する訴求力の差異により生ずる売上総利益率の差を適切に調整することができないため、DWE取引との比較対象性を有するものとは認められない。また、売手又は買手の果たす機能(販売拠点の採用により生じる売上総利益率の差)について・・・適切な差異調整がされていないものと認められる。」とDWE取引と本件比較対象取引との間には、使用するキャラクター(無形資産)の知名度や顧客に対する訴求力の差異があり、この差異は通常の利益率の算定に影響を及ぼすことが客観的に明らかであるとしたうえで、ロイヤリティ割合の差と販売経費率の差によって調整することができるという被告の主張は採用できないとし、被告による差異調整が適切でないとして移転価格税制の適用(租税特別措置法66条の4第1項の適用要件の充足の有無)を否定した。 3 考察・まとめ 本事例では販売形態等の事業内容としての比較可能性があるとされたが、取り扱っている商品に付随する無形資産における経済的影響力が大きく、重要な無形資産に匹敵するキャラクターによる商品を取り扱っている比較対象法人がないとして機能分析によって比較可能性がないとされた。 また、本事例はベストメソッドルールや重要な無形資産(特定無形資産)についての適用がないためRP法の選定についての適否が論点となったが、現在のベストメソッドルールの下では重要な無形資産(特定無形資産)を含む場合として租税特別措置法66条の4第8項が検討され、(残余)利益分割法の適用が第一選択になる可能性が高い事例と考えられる。 しかし、本事例はベストメソッドルールの下でも2017年OECD移転価格ガイドラインが残している、基本三法が適用できる余地がある場合には基本三法を優先するという「ラストリゾート」という考え方を維持し、安易に利益分割法を選択しないためにも重要な事例であると考える(※9)。また、2018年6月の「利益分割法の適用に関する改定ガイダンス」では利益分割法の適用につき比較可能性がある場合には(取引単位)利益分割法が最適な方法とならないことも示唆している(para 2.143)(※10)。 (※9) 租税特別措置法66条の4第8項ただし書きにおいても基本三法が適用できる場合には基本三法を優先する「ラストリゾート」を残していることを示唆している。 (※10) OECD(2018),”Revised Guidance on the Application of the Transactional Profit Split Method : INCLUSIVE FRAMEWORK ON BEPS:ACTIONS 10” 本稿において「機能」とは「経営の意思決定及び経済活動に寄与する原因となるもの」とすることができた。また、機能分析は移転価格税制の適用、独立企業間価格の算定方法の選択及び利益分割法の分割指標を決定付けるものとして重要な項目であるといえる。更に無形資産の構築の過程で、構築に関する当事者の機能分析は必須であるとも考えられる。 (了)