〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第2回】 「リースのメリットとデメリット」 公認会計士・税理士 喜多 弘美 【第1回】では、レンタルや購入との違いを確認し、リースの定義を整理しました。設備投資をする際には、主に「自己資金」「借入れ」「リース」といった資金調達を用いて設備を購入しますが、どの方法で設備を使える状態にするかは選択する必要があります。 そのため今回は、設備投資の際の判断の一助となるよう「リース」を選択した場合のメリット・デメリットを整理し、解説していきます。 1 リースのメリット (1) 初期投資負担を軽減できる 設備投資を行う際、自己資金や借り入れて設備を購入する場合、一時に多額の資金が必要になりますが、リースの場合はリース料をリース期間にわたって支払うため、一時に多額の資金は必要ありません。 そのため、自己資金や借り入れて設備を購入する場合は必要だった資金が不要になり、その分、他の事業資金や運転資金として使うことができます。例えば、多店舗展開を図る企業などでは同時に複数の出店が可能になったり、同時に複数の店舗に設備投資を行ったりすることもできます。 また、金融機関からの借入枠を温存することもでき、資金調達力にも余裕が生まれるメリットがあります。 (2) 費用を平準化でき、金利水準に影響を受けない リースの場合、リース料はリース期間にわたり、毎月均等かつ定額で支払われるため、資金管理が容易です。また、賃貸借処理の場合はリース料を経費に計上できるため、コスト管理も容易になります。費用を平準化できるので、新規事業開始の場合で早く黒字化したい場合にもメリットがあります。 金融機関から借り入れて設備を購入する場合は、借入金の利率の影響を受けますが、リースの場合は契約締結時にリース料が固定されるため、金利水準変更に伴うリスクはリース会社が負担することになります。 (3) 税務上の早期損金算入が可能 リースの場合、税務上、耐用年数を所有資産の法定耐用年数よりも短縮することが認められているため、早期の経費処理が可能になり、節税効果を期待できます。 (4) 事務負担を軽減できる リースで賃貸借処理の場合、減価償却の手続や固定資産税の申告・納付などの手続が不要になります。また、借り入れて設備を購入する場合は借入金の管理が必要になりますが、リースの場合は不要です。 リースは一般的に借入れよりも審査手続が簡単なので、設備投資のタイミングが遅れるリスクも回避することができます。 (5) 経済的陳腐化に対応できる 設備を購入する場合、基本的に法定耐用年数にわたり、費用化されます。しかし技術進歩が速い業界の場合、導入してもすぐに陳腐化してしまう可能性があります。その点、リースの場合は将来の陳腐化時期を予測してリース期間を設定することで、陳腐化した設備を使い続けることなく、最新設備を使用することが可能になります。 (6) 環境関連法制に適切に対応できる 廃棄物処理法などの環境関連法制が整備され、廃棄物の処分手続きが煩雑になっています。そのため、設備を購入した場合は、環境関連法制に従って自社で適切に設備を処分しなければなりません。もし不適切に処理した場合には法律違反だけでなく、自社のイメージも悪くなるリスクがあります。 一方、リースの場合は、リース期間が終了すれば、リース会社へ設備を返還すればよく、リース会社で適切に処分されることになります。 2 リースのデメリット (1) リース料が割高になる リース料には、設備の購入代金の他に、リース会社の資金調達コスト相当額、固定資産税、保険料などの付随費用とリース会社の利益が含まれます。そのため、リース料総額は、設備を購入した場合よりも割高になります。 また、リース期間が終了しても、自社に所有権は移らず、使用を続ける場合には再リース料をリース会社へ支払う必要があります(契約によっては所有権を移転する条項が付いている場合もあります)。 そのため、長期間にわたって設備を使用する場合は、自己資金での購入を選択する場合もあります。 (2) リース料が固定化される 上記1の(2)で説明した「金利水準に影響を受けない」というメリットが、デメリットになる場合があります。リースの場合は、契約開始時の金利水準を基に決められたリース料を、リース期間にわたり支払うことになります。そのため、リース期間中に金利が低下すれば、固定されたリース料は不利になってしまいます。 (3) 中途解約ができない リースは基本的に中途解約することができず、陳腐化などにより途中で設備を使用しなくなった場合でも、リース料をリース期間にわたり支払う必要があります。もし途中解約できたとしても、残リース料相当額の違約金を支払うことがほとんどです。 (4) 所有権がない リースの場合、その設備の所有権はリース会社にあります。そのため、自社独自の技術がある場合などは技術の外部流出を懸念し、購入を選択する場合もあります。 (5) 特別償却制度を利用できない リースの場合は、法定耐用年数を短縮することも可能ですが、省エネルギー設備などの政策目的に合致した設備を購入する場合は、通常の減価償却に加え、特別減価償却が認められます。そのため、リースの場合よりも購入する方が節税になる可能性があります。 (了)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《収益・費用の計上-収益認識》編 【第3回】 「返品権付きの販売」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 平成30年3月に「収益認識に関する会計基準」(以下「収益認識会計基準」とします)が公表され、上場企業や会社法上の大会社等公認会計士又は監査法人の監査を受ける会社を対象に、令和3年4月1日以降開始する事業年度から強制適用されています。これを受けて、平成30年度税制改正において法人税法等の改正も行われました。 しかし、中小企業は、収益認識について、従来どおりの会計処理を継続できることとなりました。今回の『収益認識』編では、中小企業に適用義務化されなかった収益認識会計基準や平成30年度税制改正後の法人税等の取扱いによる会計処理をご紹介します。それらの中から今回は、「返品権付きの販売」を取り上げます。 【設例3】 当社(出版業。12月31日決算)は、令和4年2月28日に取次店T社へ販売単価@1,000円(税抜価格)の本を5,000冊(税抜金額5,000,000円)販売しました。 この本の原価は@600円です。 この取引は、契約上、T社が当社へ返品することが認められています。 当社は、販売冊数のうち80%が返品されないと見積もりました。 前期末返品調整引当金残高700,000円 消費税率10% ※設例の簡便化のため、当社の当期売上は上記のみとします。 1 収益認識会計基準を適用した場合の当社の仕訳 当社の仕訳は、収益認識会計基準によった場合、次のとおりです。 〈令和4年1月1日:前期末返品調整引当金の戻入〉 〈令和4年2月28日:販売時〉 以上(3)から(5)により、会計処理は、上記1の仕訳のとおりです。 2 収益認識会計基準により会計処理した場合の法人税法上の取扱い 収益認識会計基準の公表を受けて、平成30年度税制改正では法人税法等の改正も行われました。しかし、前回の【設例2】の場合と異なり、商品の販売等に係る収益として益金に算入する金額は、次に掲げる事実が生じる可能性がある場合においては、その可能性がないものとした場合における価額とされます(法法22の2⑤)。 したがって、この設例では、収益認識会計基準により計上した返金負債1,000,000円とそれに対応して計上した返品資産600,000円は、法人税法上では返品の可能性がないものとして、それがなかったように1,000,000円を益金算入し、600,000円を損金算入します。 ただし、返品調整引当金(出版業等特定の事業に限定適用)が経過措置により損金算入(令和3年4月1日から令和4年3月31日までの間に開始する事業年度はその改正前の損金算入限度額の9/10、この割合は以後の事業年度について1/10ずつ減少)できる年度に限っては、収益認識会計基準により計上した返金負債から返品資産を控除した金額については、損金経理により返品調整引当金に繰り入れられたものとみなすこととされています(法基通9-6-4)。 したがって、この設例では、(返金負債1,000,000円-返品資産600,000円)×9/10=360,000円を法人税法上は、損金算入できることとしています。 3 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整 損益計算書の当期純損益から法人税申告書の課税所得を算出する際の加算・減算調整は、次のとおりです。 〈令和4年12月期法人税申告書別表四〉 〈令和4年12月期法人税申告書別表五(一)〉 (※) (返金負債1,000,000円-返品資産600,000円)×9/10=360,000円 4 収益認識会計基準により会計処理した場合の消費税法上の取扱い 収益認識会計基準の公表を受けて、法人税法等の改正は行われたものの、消費税法の改正はありませんでした。したがって、収益認識会計基準の会計処理ではなく、それ以前の従来どおりの会計処理に合わせた仮受消費税の処理となります。 この設例の場合、上記1の仕訳のとおり、令和4年2月28日の販売時に、販売単価@1,000円(税抜価格)の本を5,000冊販売したので、販売金額は5,000,000円(=5,000冊×@1,000円/個、税抜)となり、その消費税率10%を乗じた500,000円を仮受消費税処理します。 (《収益・費用の計上-収益認識》編 終了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第31回】 「不採算の売り手に対してM&Aをする場合の再生の着眼点」 ~再生させるように相手を磨くことのできる買い手になるために~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒不採算の売り手に対するアプローチの仕方のポイントを知る。 売り手企業 ⇒不採算の状況に対峙する買い手の考え方、見方、動き方を知るヒントにする。 支援機関(第三者) ⇒不採算の売り手が当事者になるM&Aのポイントを知り、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒不採算の売り手が当事者になるM&Aのポイントを理解する。 1 売り手に不足する資源と課題は何か 中小企業同士でも、一方(買い手)が他方(売り手)を救済するために行われるM&Aのケースは少なくありません。買い手はわざわざ不採算の売り手と共に歩む道を選択するわけですから、どれくらいの期間がかかるかわからないにせよ、採算にのせてM&Aの効果を高めたいものです。売り手としても、自力では抜け出せない状況を買い手の力を借りてなるべく早く脱したいのではないでしょうか。 不採算の売り手とのM&Aでも相手の「見方」は重要です。なぜならば、売り手がなぜ不採算になっているか、その理由を「単に悪いから」「なんとなく原因がありそうだから」といった感覚的なもので片づけてしまうのでは不十分で、何が根本的な不採算要因なのかを見極めることが、改善と向上に向けて、これから何をしたらよいかの対策を考えるために欠かせないからです。 不採算ということは、「業績が悪い」「利益が出ない」「儲けが少ない」といった、いずれにしても経営が苦しい状況にあると考えられます。その原因はケースによって異なりますが、内部環境に絞ったとしても、たとえば以下に示すような事項が浮かびます。 多くの場合、不採算の原因をいくつも抱えており、1つを改善しても上手くいかないから不採算のままでいるわけで、買い手は複数の課題を同時に、あるいは、順を追って解決しなければなりません。 それだけに、何が不採算の原因になっているかをM&Aの段階でつかんでおくのも重要なプロセスの1つといえます。 2 再生企業を立て直す際の視点をヒントに M&Aは再生とは異なりますが、救済相手を軌道に乗せると考えれば、再生の視点や観点を取り入れるのが浮上のきっかけになるかもしれません。単なるM&Aと軽んじることなく、試す価値があるものはどんどん実行に移すのが得策です。 (1) DD(デューデリジェンス)結果の活用 第三者がM&Aに関わる場合、第三者による経営全般、財務などの各調査が必要に応じて行われ、売り手の妥当な価額(価値)の算定に加えて、売り手の現状把握、今後の改善に向けた課題抽出などの検討結果が得られます。 「窮境の原因」を突き止めるほどの手続は、M&Aの過程で行われるとは言い難いですが、少なくとも、経営成績、財政状態、キャッシュフローの状況などから、不採算となったおおよその原因は報告書によって伝えられ、数値でも掴めるはずですので、買い手も売り手も不採算に至ったと考え得るいくつかの原因を知ることに繋がります。 (2) ヒトとカネをどれだけ負担できるか 自力では不採算によって悪化した状況からもはや抜け出せなくなってしまったのが不採算を抱える売り手の特徴です。売り手がそのような状況であれば、不足する経営資源の大部分を買い手側で負担しなければ、今後立ち行かなくなる可能性があるわけです。 ① ヒトの課題 組織はヒトが動かすものですが、不採算の状況を立て直すためには通常の何倍ものパワーを要します。ですから、あらゆる場面で能力の備わったヒトの存在は不可欠ですが、問題は、買い手にM&Aと再生のどちらもカバーできる人材がいるかどうかです。 通常、中小企業のM&Aでは、買い手も売り手もM&Aの未経験同士である場合が多く、M&Aや再生の巧者が揃うケースは稀です。だからといって諦めるのではなく、買い手の経営者自らが動く、買い手のキーパーソンを直接送り込むことが重要であり、しかも片手間ではなく、相当の期間は売り手の立て直しを最優先にする覚悟を決めるくらいの決断が必要です。それができないのであれば、最初からM&A自体を放棄する方がよいでしょう。 ② カネの課題 そして、カネの問題です。結局のところ、カネがあればできる選択肢は増え、これが無ければ、商品・サービスを改善するのも、店舗を改装するのも、良い人材を確保するのも極めて難しくなります。こうなる前に自力で改善できていればよかったのですが、M&Aに頼るほどの状況であれば、すでにあらゆる資源を手放していますし、奪い返す体力もありません。 買い手がカネを惜しまずに売り手支援をできるかが勝負ですが、場合によっては、M&Aのためにと用意していた直接の投資資金をはるかに上回る資金投与が必要になる覚悟を求められます。 ③ その他の経営資源など ヒト、カネは最低限用意できたとしても、属人的、局地的な対応では到底持続できませんから、ノウハウの惜しみない提供に加えて、可能であれば買い手顧客の紹介や営業協力による売上げの向上、社内教育などを通じて売り手の変革に買い手自らも参加できるかどうかが浮上のカギを握ります。 なんといっても、最終的には買い手から離れて売り手が自立するように仕向けなければM&Aの効果が十分に発揮されませんので、売り手自身が吸収していくための手段を提供しなければならず、いつまでも買い手の力を借りなければ何もできないような関与の仕方は勧められません。 このように、M&Aの相手(売り手)が不採算の場合は、当初の想定を超えるほどの買い手の時間、資金、エネルギーを消耗しますので甘く見てはいけません。すでに買い手自身が不採算事業の立て直しに実績がある場合などを除けば、買い手自身の経営にも影響を及ぼす可能性がある点を考慮して、それでも不採算の売り手とM&Aをするかどうか、したいかどうかを慎重に検討するのが望ましいです。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第1回】 「電子契約とは何か」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 -はじめに- 以前より法整備が進んでいたほか、国からの働きかけもあり、書類・契約の電子化は少しずつ浸透してきていたが、新型コロナウイルスの流行により一層の後押しがされたと言える。 コロナ禍を要因として、テレワークの導入に踏み切ったという会社も多いだろう。また、これを機に業務効率化、コンプライアンス強化の観点から更なる電子化を進めている会社も数多くあると思われる。しかし、電子化を任された社内の担当者としては、電子化を進めるにあたって疑問点なども多く生じているのではないだろうか。 そこで本連載は、上記のような社内の実務担当者や顧問先の経営者から電子化について相談される税理士の方に向けて、電子書類の法律実務について基礎からわかりやすく解説することを目的としている。 【第1回】となる今回は、そもそも「電子契約」とはどういった契約なのかについてみていきたい。 〔Q〕 当社も電子契約の導入を検討しなければならないと考えていますが、そもそも「電子契約」とはどういった契約なのでしょうか。 〔A〕 電子契約とは、書面に代わり、「電磁的記録が作成される契約」のことを言います。 電子契約サービスを用いるものだけでなく、電子メールやLINEでの約束も電子契約に含まれます。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 「契約」の意味を確認 まず、契約の一種である「電子契約」を理解するために、そもそもの「契約」の意味について確認しておきたい。 「契約」とは、当事者間の約束(意思の合致)のことであり、約束どおりの法的効果を生じさせるものである。 ここでいう“当事者間の約束(意思の合致)”とは、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示に対して相手方が承諾をすることである(民法522条1項)。 上記をわかりやすく例えると、Aが「この本を君に1,000円で売る」と言い、Bが「わかった。あなたからこの本を1,000円で買う」と言ったとする。これで、売買契約(民法555条)が成立する。 《契約成立のイメージ》 契約が成立した場合、契約の当事者は、契約で決めたことをお互い守らなければならない。つまり、上記の事例では、BはAに対して代金1,000円を支払わなければならないし、AはBに対して本を渡さなければならない。 2 契約書なしでも契約は成立する 上記1の事例ではAとBが口頭で契約を結んでいたが、契約を結ぶ方法は法律で決まっているのだろうか。 結論としては、契約締結の方法は原則として自由である。 民法522条2項では、「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」とされている。 このように、契約を成立させるためには、原則として書面は必要ない。また、書面が必要ないので署名(サイン)や印鑑も不要である。つまり、口頭・電子メール・FAXなど、どの方法でも、お互いの意思が合致したら契約は成立することになる。 3 電子契約とは 2で上述したとおり契約締結の方法は原則として自由なので、契約締結にあたっては「電子契約」という方法も選択できる。基本契約は書面のままで、個別契約については電子契約とするなど、書面の契約と電子契約を組み合わせることも可能だ。 「電子契約」というとパソコンやスマートフォンを使った契約をイメージされる方が多いと思うが、そのイメージは概ね正しい。 電子契約一般について定義した法律はないが、電子契約とは、書面に代わり、「電磁的記録が作成される契約」と考えられている。 「電磁的記録」とは、パソコンやスマートフォン等に記録されるデータのことだ。 電子メールやLINEのやり取りについては、パソコンやスマートフォンにデータとして保存される。つまり、電子契約サービスを用いるものだけでなく、電子メールやLINEでの約束も電子契約に含まれるのだ。 4 電子署名付き電子契約とは 電子契約のことを調べると「電子署名」という言葉を見かけないだろうか。実はこの「電子署名」は、次のとおり法律で定義されており、電子契約には、「電子署名」が付されたものと付されていないものがある。 ◆電子署名及び認証業務に関する法律2条1項 上記の条文を読んでもらうとわかるとおり、法律上の「電子署名」という概念は、とても難しい。ここでは、できる限りわかりやすく簡潔に説明したい。 まず、誤解が生じやすいところだが、電子署名とは電子ファイルに氏名を表示させたものではない。例えば、PDFファイルに契約当事者の名前を表示させるのは、法的な意味での「電子署名」ではない。 「電子署名」とは、暗号技術を用いて、なりすましや契約内容の改ざんを防止する措置のことである。 もちろん、電子署名を付さない電子契約も契約として有効である。電子署名を付すメリットは、お互い安心して取引ができることだ。さらに裁判になったとき、電子署名が付された電子契約の方が裁判所で証拠として認められやすくなる(電子署名及び認証業務に関する法律3条)。 なお、上述した電子メールやLINEのやり取りについては、暗号技術を用いてなりすましや契約内容の改ざんを防止する措置がされていない。そのため、電子メールやLINEのやり取りは、電子署名が付された電子契約とはならない。 5 電子契約のメリット 電子契約のメリットについては、主に①契約プロセスの効率化、②印紙税のコスト削減、③出社不要になること、④コンプライアンス強化などがあげられている。ここでは、③の出社が不要となることで、テレワークでも契約手続が行える点について解説する。 テレワークというのは、事業所以外で仕事をすることである。新型コロナウイルスの流行により、自宅での勤務を認める会社が増えてきている。 自宅に会社の印鑑を持ち帰ることは、紛失のリスクがあるので通常認められない。そのため、紙の契約書の場合、ハンコを押すためだけに出社しなければならず、これは非効率的である。 一方、電子契約の場合、ハンコは不要なので、自宅で契約手続を進めることが可能になる。 とはいえ、慎重な判断が必要な場合や直接会って契約する場合、書面で契約した方が良い場合もある。電子契約を利用すべきかどうかは契約ごとに判断するしかない。 全てを電子化することは不可能だし、その必要性もない。紙による契約以外の選択肢として、電子契約が利用しやすくなったと考えればよいのである。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例43】 「遺産共有が混在する場合の共有物分割の方法」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は株式会社Aと空き家となった賃貸物件を共有しておりますが、その敷地は私、妻、長男Bが代表を務めるA社で共有しています。敷地の共有持分は私とA社が95/100を占めており、妻の共有持分は5/100にすぎません。 妻が死亡し、私は、相続人であるBと協議し、敷地上の建物を取り壊してマンションを新築するため土地をA社の単独所有にすることを考えていますが、長女Cと二女Dが反対しています。このような場合、どのような方法で土地の分割をすればよいでしょうか。 1 はじめに 共有には、民法物権編に規定する共有(以下「通常共有」という)と相続発生後に共同相続人間に生じる共有(以下「遺産共有」という)とがある。これらの共有の法的性質について最高裁は異なるものではない旨判示しているが(最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁)、分割協議が整わない場合に遺産共有を分割するためには、家庭裁判所において遺産分割の手続を経る必要があり、民法物権編に規定する共有物分割の手続によることはできない。これによって相続人は、特別受益や寄与分の主張をする機会を保障されることになる。一方で、通常共有と遺産共有は混在する場合もあり、このような場合に、どちらの共有物分割手続を利用して分割するのかを判断する必要がある。 そこで、本事例では、通常共有と遺産共有が混在する場合の共有物分割の方法について解説する。なお、令和3年に改正された⺠法においても、通常共有と遺産共有の分割に関する改正がされているため、必要な限度で言及する。なお、便宜上、改正後の⺠法を「改正後⺠法」と表記する。 2 通常共有と遺産共有の混在が発生する場面と共有物分割の方法 そもそも、どのような経緯で通常共有と遺産共有の混在が発生することになるのか。後述する最判平成25年11月29日民集67巻8号1736頁の最高裁判所判例解説によると、次のように分類することができる。 〈通常共有と遺産共有の混在が発生する場合〉 〈共有関係の解消を求める者の種類〉 このうち②の❷の事案であった最判昭和50年11月7日民集29巻10号1525頁は、共同相続人の一人から遺産を構成する特定不動産について、同人の有する共有持分権を譲り受けた第三者は、適法にその権利を取得できることを前提に、他の共同相続人と通常共有の関係にあることから、通常共有と遺産共有との関係は、通常共有の共有物分割手続によって解消することになる旨判示していた。 また、①の❶・❷・❸の事案であった上記平成25年最判は、通常共有と遺産共有が混在するに至った経緯や共有物分割を求める者の有する共有持分の性質にこだわることなく、通常共有と遺産共有との解消は、通常共有の共有物分割手続による旨判示している。その上で、共有物分割の判決によって遺産共有持分権者に分与された財産がある場合、その財産は遺産分割の対象となり、遺産分割手続によって共有関係の解消を図るべきものと判示している。 ところで、共同相続人が全員の合意で遺産分割前に、遺産の一部を第三者に売却した場合、これによって得た売買代金は、共同相続人全員の合意があるなど特段の事情のない限り、遺産分割の対象とならず、各相続人が持分に応じて取得するものと解されてきた(最判昭和52年9月19日集民121号247頁、最判昭和54年2月22日集民126号129頁)。 上記平成25年判決では、遺産共有の持分権者は、通常共有の持分権者から分与された財産を、遺産分割で確定するまで保管する義務を負う旨判示されており、上記昭和54年最判との関係をどのように理解するか問題となりうるところ、共有物分割手続の判決により保管を命じられたような場合は、上記昭和54年最判の判示する特段の事情がある場合に該当するものと考えられる。 3 令和3年の民法改正による影響は? 改正後民法第258条の2第1項は、共同相続人間で遺産共有の共有物分割をするときは通常共有の共有物分割手続によることはできない旨を規定し、従前の解釈を明らかにしている。もっとも、同項は、通常共有と遺産共有との解消を共有物分割手続で行うことを禁止する趣旨ではないため、通常共有と遺産共有の解消は、上記各最判のとおり、通常共有の共有物分割手続で分割することができる。 一方、通常共有と遺産共有が混在する場合でも、相続開始の時から10年を経過した後にまで、遺産分割手続の中で特別受益や寄与分の主張をする機会を与える必要もないと考えられることから、共同相続人に異議がなければ、通常共有の共有物分割手続で分割できることとなった(改正後民法第258条の2第2項)。 4 本件について 本件において、妻の相続が発生したことによって、建物の敷地に関して、相談者とA社の通常共有持分と、妻の通常共有持分を相続した相談者、B、C、Dの遺産共有持分が混在していることになる。 また、A社が敷地の持分を単独所有することについて、CとDが反対しているため共有権者間の協議が整わない状況にある。そのため、相談者、A社、Bは、通常共有の共有物分割手続の方法によって通常共有と遺産共有との解消を求めることができる。 妻が有していた共有持分権がごくわずかであったことや、A社に代償金を支払う能力があるような場合には、A社に相談者、B、C、Dの共有持分をすべて取得させ、代償金を同人らに取得させる内容の分割を判決で示すことも可能と考えられる。この場合、相談者、B、C、Dは、代償金を遺産分割協議まで保管することになる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第61話】 「貸付金免除と源泉徴収」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、税務調査から戻ると、急いで、中尾統括官のところに行く。 「中尾統括官・・・税務調査に行ってきたのですが・・・」 浅田調査官の額には、汗が噴き出ている。 「ごくろうさん・・・外はまだ・・・暑いだろう」 9月の中旬であるが、窓外の日差しは強そうである。 「あの・・・事業主が・・・従業員に貸し付けていた金員を免除し、それを雑損として必要経費に算入していたのですが・・・」 今日、午前中から所得課税部門の浅田調査官は、レストランを経営している個人事業者の税務調査に行っていたのであるが、総勘定元帳の「雑損」の科目に200万円が計上されていたのである。 そして、事業主にその雑損の内容を問いただすと、従業員への貸付金を免除した金額だという。 「これって、給与として源泉徴収すべきでしょうか?」 浅田調査官は、額の汗を拭きながら、尋ねる。 「・・・従業員の役務提供の対価として、貸付金を免除したら・・・それは、給与所得に該当し、支払者(免除者)である事業者は、源泉徴収をする必要がある」 中尾統括官はハッキリと答える。 「・・・それじゃ、この貸付金の免除が役務提供の対価でなければ・・・何になるのですか?」 浅田調査官は、再び、質問する。 「・・・従業員に対する貸付金の免除が、役務提供の対価でなければ・・・それは・・・贈与になるだろう・・・」 「・・・ということは、源泉徴収の対象にならないのですね・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「しかし、逆に、その免除を受けた従業員は、贈与税を支払わなければならない」 そう言うと、中尾統括官は、机の上にある罫紙に図を描く。 「・・・ところで・・・中尾統括官は、今回のケースについて、贈与又は役務提供の対価、いずれに該当すると思いますか?」 浅田調査官は、中尾統括官に尋ねる。 「・・・僕は、基本的には、貸付金の免除は、役務提供の対価と考えるのが妥当だと思う・・・もともと、事業主は、雇用関係が存在しなければ、200万円の免除はしないだろう・・・従業員の何らかの事業上の貢献度等を考慮して、免除したということであれば、役務提供の対価と考えることが妥当だろう・・・」 中尾統括官は、図を見ながら、言う。 「そうすると、200万円に対して、給与所得(賞与)として、源泉徴収をすればよいということですね」 浅田調査官は、納得した顔になる。 「・・・ところで、浅田君は・・・源泉徴収による所得税の税額は・・・自動確定するということを知っている?」 中尾統括官は目の前に立っている浅田調査官にそう尋ねると、更に、「・・・君は、これから、事業者に対して、納税告知処分をするのだろう・・・」と言葉を続ける。 「はい・・・課税処分をします」 浅田調査官は、元気よく答える。 「それは間違いだ・・・源泉徴収による所得税の納税告知処分は、そもそも課税処分ではなく、徴収処分なんだ・・・源泉徴収の対象となるべき所得の支払いがなされるときは、支払者は法令の定めるところに従って、所得税を徴収して国に納付する義務を負うことになる・・・そして、この納付義務は、所得の支払いの時に成立し、その成立と同時に特別な手続を要しないで納付すべき税額が確定する・・・これが、源泉徴収に係る税額が法令の定めるところに従って当然に、いわば自動的に確定するものといわれる意味なんだ・・・だから、納税告知処分は、課税処分ではなく、徴収処分なのだ・・・」 中尾統括官は、いつの間にか、最高裁昭和45年12月24日判決のコピーを机の上に置いて説明している。 「・・・そうなんですか・・・」 と言って、浅田調査官は、首を伸ばして、机上の判例を覗く。 「・・・しかし、自動確定するといっても・・・今回の債務免除のように、源泉徴収の対象となるかどうか・・・ハッキリしないときに・・・支払者(徴収義務者)は、その判断に困るのではないですか?」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「・・・確かにそうだ・・・」 中尾統括官は、大きく頷く。 「・・・これって、不納付加算税を課しますか・・・それとも、国税通則法67条1項の『正当な理由』に該当するのですか?」 浅田調査官の質問に、中尾統括官は、「・・・そうだな・・・」と呟きながら、たちまち思案顔になる。 (つづく)
《速報解説》 国税庁、準備の進捗や対応漏れの確認に有用な 「インボイス制度への事前準備の基本項目チェックシート」を公表 ~登録・売手・買手編に分類のうえ、チェック項目を設置~ 税理士 石川 幸恵 国税庁は、令和4年9月22日、「インボイス制度への事前準備の基本項目チェックシート」を公表した。 このファイルは、国税庁のインボイス制度特設サイトから「制度の概要」に進んだところに、制度の案内用リーフレットの1つとして公表されている。 チェックシートは4枚からなっており、1枚目の概要に続き、準備項目を登録編、売手編、買手編に分類して、それぞれについて3~5項目のチェック項目を設けている。 準備の進め方として、 の順に取り掛かることを促しているが、これは、「売手としての準備」が自社の社内中心の準備であるので取り組みやすいという実務に寄り添ったものと考えられる。 また、簡易課税制度の選択、免税事業者からの課税仕入れにかかる経過措置(80%控除、50%控除)の言及、売手編における価格の見直しへの言及、公正取引委員会ホームページへのリンクなど、小規模な事業者にも配慮された記載となっている。 登録の必要性の検討で手が止まっていたり、インボイス発行事業者の登録と自社発行の請求書の見直しはしたものの、その次に何をすべきかよくわからない、というような納税者も多いと考えられる。準備の進み具合や、対応漏れがないかを確認するうえでのガイドとして参考になろう。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(令和4年1月~3月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、2022(令和4)年9月28日、「令和4年1月から3月までの裁決事例の追加等」を公表した。追加で公表された裁決は表のとおり、所得税法が2件、法人税法及び相続税法が各1件で、合わせて4件と、前回公表分(令和3年10月から12月)と同じく、非常に少なくなっている。 今回の公表裁決4件すべてで、国税不服審判所は、原処分庁の課税処分等の全部又は一部を取り消す内容の裁決を行っている。 【表:公表裁決事例令和4年1月から3月分の一覧】※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された裁決事例のうち、事業所得における必要経費の範囲について審査請求人の主張を一部認めた裁決と、いわゆる実質所得者課税の原則に従って、原処分を全部取り消した裁決の2件について、国税不服審判所の判断内容を概説したい。 1 請求人が支出した購入代金等の一部を事業所得の金額の計算上必要経費に算入することを認定した事例・・・① (1) 事案の概要 本件は、デジタルWEBコンテンツの販売をあっせんする事業により報酬を得ていた審査請求人が、デジタルWEBコンテンツを販売するために支払った登録申請料とコンテンツ購入代金(本件支出)は、事業所得に係る必要経費に該当するとして所得税等の更正の請求をしたところ、原処分庁が更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったことから、請求人が、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 本件支出は、平成29年分の審査請求人の事業に係る費用として、必要経費に該当するか否か。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、審査請求人の行っていた事業が、デジタルWEBコンテンツの販売を行う会社の会員として販売のあっせん活動を行うものであり、審査請求人は、あっせん活動を反復継続して行い、あっせん活動の対価として報酬を受領していたという事実に基づき、審査請求人が、対価を得ることを目的としてデジタルWEBコンテンツの販売のあっせんを行う事業を行っていたと認定した。 その一方で、デジタルWEBコンテンツのためのアプリ等の開発自体は実現しなかったことから、審査請求人が会員登録をしてデジタルWEBコンテンツを購入する目的は、購入により資産価値を獲得し、その交換価値が上昇することにより、将来的に利益が得られるという期待(投機目的)にあったと考えるのが自然かつ合理的であるとして、原処分庁による「投資としての支出であり、必要経費とは認められない」とする主張の一部を認めた。 しかし、デジタルWEBコンテンツの販売のあっせん活動をするためには会員登録をして会員IDを取得する必要があり、会員IDを取得するためには登録申請料を支払うとともに、デジタルWEBコンテンツを購入しなければならなかったことから、登録申請料の支払及びデジタルWEBコンテンツの購入には、単に投機的な面のみならず、販売のあっせん活動に不可欠な会員IDを取得するための条件が含まれているものと認められる点からすると、審査請求人が各会員IDを取得するために支出した登録申請料及び会員IDごとそれぞれ1口分の本デジタルWEBコンテンツ購入代金については、本件事業と直接関係を持ち、かつ、本件事業の遂行上必要な費用であるといえるとして、原処分庁による処分を一部取り消す旨の裁決を行った。 2 請求人とは別の法人名義で行われた土地売買取引等に係る収入が請求人に帰属するとは認められないとした事例・・・③ (1) 事案の概要 本件は、不動産の売買、賃貸借、管理、仲介等の取引に関する業務等を目的として設立された法人である審査請求人とは、別法人(H社)名義で行われた土地売買取引等に係る収益(本件収入)が請求人に帰属するなどとして、原処分庁が、法人税の青色申告の承認取消処分、法人税等及び消費税等の更正処分等並びに源泉徴収に係る所得税等の納税告知処分等を行ったのに対し、請求人が、事実誤認があるなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 本件収入は請求人に帰属する収益か否か。 (3) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、土地売買取引に係る業務の遂行状況、費用の支払状況、収益の享受及び関係者の認識を総合的に判断して、審査請求人が本件取引に係る業務を主体的に行ったとは認められず、また、審査請求人が本件取引に係る収益を享受したとも認められないことから、本件収入は審査請求人に帰属するとは認められないという判断をして、原処分の全部を取り消す裁決を行った。 そのうえで、本件取引に係る業務の主体は審査請求人であり、本件収入は、審査請求人に帰属する収益であるとする原処分庁の主張については、原処分庁が依拠している別法人(H社)代表者や請求人の関係者の各申述をそのまま信用することはできず、そのほかに当審判所に提出された証拠資料等を精査しても、審査請求人が本件取引に係る業務を主体的に行った事実や審査請求人が本件取引に係る収益を享受した事実は認められないことから、原処分庁の主張には理由がないという結論を述べている。 (了)
2022年9月29日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.488を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第18回】 「瑕疵ある法律行為等の課税上の取扱い」 -特別土地保有税「経過的事実」事件・最判平成14年12月17日判時1812号76頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前々回から課税要件事実の認定に関する問題を検討してきたが、今回は、その問題の1つとして、瑕疵ある法律行為等の課税上の取扱いの問題を取り上げることにする。これは、私法上の法律行為に瑕疵があるとき、その瑕疵に対する私法的評価ないしその効力如何が、課税要件事実の認定において考慮されるべきか否か、また、どのように考慮されるべきかという問題である(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【61】参照)。 この問題は、古くから、ドイツにおける経済的観察法に相当する実質主義ないし実質課税の原則に関連する問題として、議論されてきた(清永敬次『租税回避の研究』(ミネルヴァ書房・1995年/復刻版2015年)71頁、368頁参照)。例えば、税制調査会『国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)』(昭和36年7月)4頁は下記のとおり「実質課税の原則」規定の創設を答申し、同答申の『説明(答申別冊)』(以下『昭和36年答申別冊』という)22-24頁で「実質課税の原則に関連する問題」の1つとして「無効な法律行為又は取り消しうべき法律行為等と課税」を検討している。 国税通則法制定に当たっては、この「実質課税の原則」規定の創設は見送られたが(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)26頁参照)、ただ、『昭和36年答申別冊』24頁で「流通税の場合」に関して示された次の見解(下線筆者)は、その後の判例に大きな影響を与えたように思われる。 今回は、瑕疵ある法律行為等の課税上の取扱いの問題に関して、土地の売買契約が詐害行為として取り消された場合における当該契約に基づく土地の取得及び所有に対する特別土地保有税の課税に係る更正の請求の拒否通知の取消しを認めなかった最判平成14年12月17日判時1812号76頁(以下「詐害行為取消最判」という)を検討することにするが、その検討に入る前に、同判決が「経過的事実」の概念を用いて展開した議論(「経過的事実」論)について、先例をみておくことにする。 Ⅱ 流通税における「経過的事実」論 1 「経過的事実」論と法的形式主義 流通税の課税客体(課税対象・課税物件)について「経過的事実」論を最初に採用したのは、最判昭和48年11月2日集民110号399頁・裁判所ウェブサイトである(同日付の最判集民110号385頁・裁判所ウェブサイトも同旨。ただし、「経過的事実に則して」を「経過的事実に即して」と表記している)。これは、土地の売買契約の解除に基づく売主の所有権の回復が不動産取得税の課税客体としての「不動産の取得」に該当するかどうかについて、次のとおり判示して(下線筆者)、これを肯定した(以下「契約解除最判」という)。 次に、最判昭和48年11月16日民集27巻10号1333頁は、「経過的事実」という概念こそ用いていないが、契約解除最判では「その[所有権の得喪という]経過的事実に則してとらえられた」とされる「不動産の移転の事実」自体に着目し、次のとおり判示して(下線筆者)、譲渡担保による不動産所有権の取得が不動産取得税の課税客体としての「不動産の取得」に該当することを認めた(以下「譲渡担保最判」という)。 契約解除最判も譲渡担保最判も、『昭和36年答申別冊』が説く「強度に形式を尊重する」(第1実線下線部)という不動産取得税(流通税)の「特殊性」を考慮し、「不動産の移転の事実」に着目し、これを不動産取得税の課税客体としての「不動産の取得」の本質とみるものと解される。 「不動産の取得」は、契約解除最判によれば、「所有権の得喪に関する法律効果の側面」から捉えられるものではないとされるが、そうすると、その本質である「不動産の移転の事実」も、譲渡担保最判のいう「実質的に完全な内容の所有権」すなわち使用・収益・処分の全ての権能を含む完全な所有権の移転の事実を意味するものではないことは明らかである。つまり、「不動産の移転の事実」は、譲渡担保最判の第一審・控訴審判決が判示する「単に法律的、形式的見地においてのみならず、経済的、実質的、観点においても、不動産所有権のあらゆる権能の移転を伴う完全な所有権の取得」(東京地判昭和39年7月18日民集27巻10号1351頁)ないし「不動産所有権のあらゆる権能が全面的恒久的に移転する意味での完全実質的な所有権の取得」(東京高判昭和43年5月29日民集27巻10号1364頁)の事実ではないのである。 これらの下級審判決の考え方については、「租税法における経済的観察法ないし実質主義の考え方によったもの」(越山安久「判解」最判解民事篇昭和48年度263頁、272頁)と解説されているが、厳密にいえば、法的実質主義の考え方によったものというべきであろう。経済的実質主義と対置される法的実質主義の意義に関して、筆者は、「『法的実質』と『経済的実質』を全く異質なものとは考えるべきでない」とした上で、「『法的実質』とは、法形式の枠内で把握される経済的実質をいい(・・・・・・)、『経済的実質』とは、法形式の枠にとらわれることなく専ら経済的観点から把握される経済的実質(いわば『ナマの経済的実質』)をいうのである」と考えている(前掲拙著【57】)。 法的実質主義のこのような理解を前提にすると、契約解除最判も譲渡担保最判も、確かに、「不動産の取得」を、法的実質主義によって認定される「不動産の移転の事実」を把握する要件としては理解していないと解される。ただ、「法的実質主義では、私法上の法律関係が真実であるということは、それが仮装でないということを意味する」(前掲拙著【74】)が、上記最判をそのように理解するとしても、上記最判が「不動産の取得」を仮装による「不動産の移転の事実」までをも把握する要件として理解しているとはいえない。 そうすると、上記最判は、法的実質主義によって認定される「不動産の移転の事実」でも仮装による「不動産の移転の事実」でもない社会経済生活上の「不動産の移転の事実」が、「不動産の取得」要件に該当すると判断したものと解される。契約解除最判は、そのような社会経済生活上の「不動産の移転の事実」を「経過的事実」と呼んだものと解される。つまり、「経過的事実」とは、社会経済生活上の「不動産の移転の事実」のうち、法的実質(法形式の枠内で把握される経済的実質)を伴う「実質的に完全な内容の所有権」の移転の事実でも、仮装(経済的実質の点はもちろん法形式の点でも「無」の存在)による所有権の移転でもない、いわば両者の中間にある、法形式の点では実在する「不動産の移転の事実」をいうものと解される。 このような理解によれば、「経過的事実」論は、課税要件事実の認定について、経済的実質主義では勿論ないが法的実質主義でもないいわば「法的形式主義」ともいうべき考え方に基づくものといえよう。法的形式主義は、『昭和36年答申別冊』が説く「強度に形式を尊重する」(第1実線下線部)という不動産取得税(流通税)の「特殊性」に適合した考え方であると考えられる。 2 復旧的移転と形成的移転 以上に関連して、『昭和36年答申別冊』で述べられていることで1点気になるのは、その前記引用文中の第2破線下線部と契約解除最判との関係である。その破線下線部では、取り消し得べき法律行為の取消しによる所有権移転が問題にされ、契約解除最判では、「それが合意によるものであると解除権の行使によるものであるとにかかわらず」契約解除に基づく所有権移転が問題にされている。 これを私法的観点からみると、前者は、「取消しの効果として従前の所有者に不動産が復帰するときは、本来の所有権が確認されるにすぎ[ない]」(前川尚美ほか『現代地方自治全集19 地方税〔各論Ⅰ〕』(ぎょうせい・1978年)391頁)ことから、「復旧的移転」ということができるのに対して、後者は、「解除契約[=合意解除]についていえば、当該不動産を再売買したのと全く効果は同じ」であるほか「[約定解除及び債務履行による]解除は、既にいつたんは確定的に有効に成立した契約を、その履行段階における瑕疵による不利益を回避又は回復するためになされるものである」(以上は石田直裕「地方税法逐条解説(連載)不動産取得税(第2回)」地方税30巻11号(1979年)63頁、73頁)ことから、「形成的移転」ということができる。 『昭和36年答申別冊』の前記引用文の第2破線下線部と契約解除最判との関係については、私法的観点からは、復旧的移転には課税しないが形成的移転には課税するとして理解することも可能であろうが、両者とも「流通税」の課税を問題にしていることからすると、流通税の性格の観点からも、両者の違いを理解しておくことも必要であろう。 流通税とは、「権利の取得・移転をはじめとする各種の経済取引またはその表現たる行為に担税力を認めて課される租税」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)868頁)をいうが、そこでいう「担税力」は、経済取引・行為に伴って金銭の授受が行われることを前提として、自由意思による自己資金の支払可能性から間接的に推定される経済的給付能力・支払能力を意味するものと考えられる(今村隆「判批」ジュリスト1262号(2004年)173頁、174頁も参照)。そうすると、形成的移転について担税力を認めて課税をすることに問題はないとしても、復旧的移転については、従前の所有者による金銭の支払も自己資金の支払ではなく借入金元本の返済と同じ効果をもつ以上、これに担税力を認めて課税することはできないと考えられる。このように、流通税の性格の観点からも、前記両者の違いを理解することができる。 Ⅲ 詐害行為取消しと「経過的事実」論 さて、今回の本題すなわち瑕疵ある法律行為等の課税上の取扱いの問題の入ることにしよう。この問題について、『昭和36年答申別冊』の前記引用文では、瑕疵ある法律行為の取消しの私法上の効果(遡及的消滅効)を流通税の課税上は考慮しない旨の見解が述べられていた。 課税実務も基本的にはこの見解を採用してきた。すなわち、課税実務は、無効の場合と取消しの場合を区別し、「契約が虚偽表示、要素の錯誤等によって無効となった場合は、不動産の移転行為そのものが実質法上なかったこととされる結果、不動産取得税の課税客体である不動産の取得も存在しない。」(前川ほか・前掲書390頁)として不動産取得税の課税をしないものとするのに対して、「契約が意思表示の瑕疵、詐害行為等により取り消された場合は、当該取消しにより、所有権取得の効果は遡及的に消滅することになるが、税法の観点からは、たとえ一時的にではあっても、買主等が所有権を取得したという事実は消えない。」(同391頁)として不動産取得税の課税をするものとしてきたのである。この見解は、内容的には、「経過的事実」論に基づくものであると解される。 もっとも、課税実務には、『昭和36年答申別冊』の前記引用文の第1破線下線部の「意見」も根強かったように思われる。課税実務関係者の中には、取消しの場合を「①意思表示の瑕疵による取消」と「②特別な取消権による取消」とに区分し、前者については、上記の「意見」と同様、「取消が行われれば、その時点で無効の場合と同じになり、取消が行われる前に不動産取得税が賦課されていれば、その賦課処分を取り消し、既に納付された税額は還付しなければならない。」(石田・前掲「逐条解説」70頁)と説き、他方、後者については、「これらの[詐害行為取消権、書面によらない贈与の取消、夫婦間の契約の取消等の]特別な取消権は、①の意思表示の瑕疵に基づく取消と異なり、債務者の一般財産の保全のためやそれぞれの契約の特殊性に基づき認められているものであり、それらの取消がなされるまでは、当初の契約により完全に所有権は移転しているものである。従つて、取消がなされても当初の所有権の移転については当然課税すべきものである」(同71-72頁)と説く者もいたのである。 これに対して、学説では、「所有権移転の基因となる行為に無効又は取消原因たる瑕疵があって、無効が確定し又は取消された場合には、『取得』の効果が失われるという説が有力である。」(碓井光明「不動産取得税における『不動産』及びその『取得』の意義(三)」自治研究65巻9号(1989年)13頁、20頁)といわれていた。 以上のような議論状況の下で、詐害行為取消最判は、土地の売買契約が詐害行為として取り消された場合における当該契約に基づく土地の取得について、次のとおり判示して(下線筆者)、「経過的事実」論により、特別土地保有税の課税を維持した。 この判決は、「取得の原因となった法律行為が取消し、解除等により覆されたかどうかにかかわりなく」と説示していることからすると、「経過的事実」論を詐害行為取消の場合においてだけでなく広く取消しの場合や解除の場合においても展開するものであり、従来の議論状況を総括し、瑕疵ある法律行為等の課税上の取扱いの問題について最高裁の立場を明確にしたものと評価することができよう。 なお、詐害行為取消最判は、特別土地保有税のうち土地(の所有)に対するものを「財産税」と性格づけながら、流通税における「経過的事実」論の適用について「土地の所有についても同様に解するのが相当である」と判示しているが、これは「経過的事実」論の射程を超える判断であり妥当でないと考えられる。 Ⅳ おわりに 今回は、流通税の領域において展開されてきた「経過的事実」論の意義及び射程について、主に判例分析を通じて、それが流通税の課税要件事実の認定に関する法的形式主義に基づくものであることを明らかにした。 「経過的事実」論については、その事実の不明確さ等が批判されることがあるが(碓井・前掲論文18-19頁、今村・前掲「判批」174頁、山田二郎「判批」判例自治239号(2003年)112頁、115頁等参照)、ただ、そのような批判は、第一次的には、立法者が不動産取得税や特別土地保有税(取得分)について、流通税の観念を前提として、その課税客体を不動産・土地の「取得」として定めた際の立法裁量に向けられるべきである。 立法者はその裁量の範囲内で、それらの税の課税根拠となる担税力を、理論的には経済的概念である担税力の指標として適切とは言い難い「権利の取得・移転をはじめとする各種の経済取引またはその表現たる行為」(金子・前掲書868頁)に、認めたが故に、行政や裁判所は、それらの税の課税上、「強度に形式を尊重するという特殊性」(『昭和36年答申別冊』の前記引用文の第1実線下線部)を考慮した事実認定基準を設定しなければならなかったのであるが、それが、他の税目にはみられないような、所有権移転の形式に着目した経過的事実を認定基準とするものに帰結したのである。 (了)