公開日: 2023/01/05 (掲載号:No.501)
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〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第64話】「基礎的人的控除について」

筆者: 八ッ尾 順一

カテゴリ:

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第64話】

「基礎的人的控除について」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「・・・基礎的人的控除か・・・」
浅田調査官は、「給与所得者の基礎控除申告書兼給与所得者の配偶者控除等申告書兼所得金額調整控除申告書」を見ながら、呟く。

租税法のテキストには、「基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除及び扶養控除は、一括して『基礎的人的控除』といい、これらは本人及び家族の最低限度の生活を維持するために必要な部分は担税力を持たないということを理由とし、憲法25条の生存権の保障の租税法における現れである」と書かれている。

「・・・しかし、平成29年度の税制改正で、配偶者控除や配偶者特別控除には、納税者本人の収入制限が設けられ、更に、平成30年度の税制改正で、基礎控除は、所得金額2,400万円超から逓減し、2,500万円超で消失する仕組みが採られることになった・・・これを『逓減・消失型の所得控除方式』という・・・」
浅田調査官は、「基礎控除申告書の控除額の計算」と「配偶者控除等の申告書の控除額の計算」欄を見ながら、「・・・複雑だな・・・」と独りでものを言う。

そこに、中尾統括官がやって来る。
「何を真剣に見ているの?」
そう言いながら、浅田調査官の手に持っている書類を覗き込む。

「・・・年末調整の用紙か・・・君なんか・・・独身だから、記載は簡単だろう・・・」
中尾統括官は、笑いながら言う。

「・・・もちろん、それに、私なんか・・・給与は少ないですから・・・基礎控除の額は48万円と計算しなくても分かりますけど・・・」
浅田調査官は、苦笑いする。

「・・・しかし、配偶者控除等の申告書の控除額の計算は、ややこしいですね・・・」
浅田調査官は、配偶者控除等の申告書を見せる。

  • 給与所得者本人の所得金額  ABCに区分(区分Ⅰ)
  • 配偶者の所得金額  ①②③④に区分(区分Ⅱ)

「本人である給与所得者の所得をABCの三段階(区分Ⅰ)に分け、次に、配偶者の所得金額(48万円超133万円以下)区分Ⅱによって、①、②、③、そして④(8区分)に分け、その組み合わせで、控除額の計算をします・・・そして、①(48万円以下かつ70歳以上)と②(48万円以下かつ70歳未満)は、配偶者控除で、③と④が配偶者特別控除になります・・・」
浅田調査官は、配偶者控除等の申告書を見ながら、説明する。

「もちろん、税務署の所得課税部門で働いている者にとっては、こんなのは難しくないけれども、一般の納税者は、何故、このようなややこしい計算をするのか、わからない人が多いと思うのです」
中尾統括官は、頷く。

「・・・確かに、この配偶者控除等申告書の矢印に従って計算すれば、自動的に控除額の額は算出できますが・・・」
と、浅田調査官は付け加える。

中尾統括官は、配偶者控除等の申告書を見直す。
「・・・例えば、給与所得者の合計所得金額が920万円で、その配偶者の合計所得金額が、110万円であった場合・・・」
そう言いながら、中尾統括官は、配偶者控除等の申告書に金額を入れていく。

「給与所得者の所得金額が920万円だからBに該当し、配偶者の合計所得金額が、110万円だから・・・④の『105万円超110万円以下』に該当し、そうすると、配偶者特別控除の額は、18万円になる・・・ざっと、1分で計算できる・・・」
中尾統括官は、満足そうな顔をする。

「・・・しかし・・・なんで・・・こんなに区分を細かくするんでしょうか・・・あまり、意味はないように思うのですが・・・」
浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。

「・・・例えば、本人の合計所得金額が960万円で、その配偶者の合計所得金額が132万円の場合、配偶者特別控除の額は1万円になる・・・この1万円は所得控除ですから、税額にすると数千円にしかなりません・・・」
浅田調査官は、不満そうに言う。

「・・・ということは・・・もっと、区分を簡略化したら良いということか?」
中尾統括官が尋ねる。

「ええ、区分Ⅱの④は、8区分にも分かれ、それを更に、区分ⅠのA、B、Cに分けて、控除額の計算をすることになっています・・・それに、基礎控除の額についても、給与所得者の合計所得金額が2,400万円以下であれば、48万円の控除額ですが、それを超え2,450万円以下であれば、32万円、更にそれを超え2,500万円以下であれば、16万円の控除額になっています・・・そんなに細分化する必要があるのでしょうか?」
浅田調査官の声は、高くなっている。

「・・・思うに、区分Ⅱの④については、8区分にせず、その真ん中の『110万円超115万円以下』の額、すなわち、Aは21万円、Bは14万円、Cは9万円と、一本化すれば良いと思います」
浅田調査官は、言葉を続ける。

「また、基礎控除については、合計所得金額が2,400万円超であれば・・・32万円、16万円と細分化せず、2,500万円超と同様に、基礎控除の額を『ゼロ』にすれば良いと思います・・・」
浅田調査官は、饒舌になる。

「しかし、もともと・・・高額所得者の基礎控除の額をなくするということについては、(最低生活費を考慮した基礎的人的控除は、所得の多寡を問わず、全ての納税者に等しく適用されなければならないという)憲法25条の要請からみても妥当でないという意見もある・・・」
中尾統括官が反論する。

「ただ、高額所得者は、基礎控除を受けなくても、税引き後の所得で、十分な生活水準を維持できるのですから・・・基礎控除について、全ての納税者に等しく適用されなければならないということもないと思います・・・」
浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。

「・・・確かに、合計取得金額が2,400万円を超える人にとっては、基礎控除の額などはあまり関心がないのかもしれないが・・・しかし、そもそも、高額所得者は、多額の税負担をしているし・・・」
中尾統括官は、腕を組みながら、思案する。

(つづく)

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

「〈小説〉『所得課税第三部門にて。』」は、不定期の掲載となります。

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第64話】

「基礎的人的控除について」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「・・・基礎的人的控除か・・・」
浅田調査官は、「給与所得者の基礎控除申告書兼給与所得者の配偶者控除等申告書兼所得金額調整控除申告書」を見ながら、呟く。

租税法のテキストには、「基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除及び扶養控除は、一括して『基礎的人的控除』といい、これらは本人及び家族の最低限度の生活を維持するために必要な部分は担税力を持たないということを理由とし、憲法25条の生存権の保障の租税法における現れである」と書かれている。

連載目次

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』

筆者紹介

八ッ尾 順一

(やつお じゅんいち)

大阪学院大学法学部教授
公認会計士・税理士

昭和26年生まれ
京都大学大学院法学研究科(修士課程)修了

【著書】
・『第7版/事例からみる重加算税の研究』(令和4年)
・『十二訂版/図解 租税法ノート』(令和元年)
・『七訂版/租税回避の事例研究』(平成29年)
・『マンガでわかる税務調査―法人課税第三部門にて』(平成28年) ※Profession Journal掲載記事をマンガ化
・『事例による 資産税の実務研究』(平成28年)
・『法律を学ぶ人の 会計学の基礎知識』共著(平成27年)
・『新装版/入門税務訴訟』(平成22年)
・『マンガでわかる遺産相続』(平成23年)
・『判例・裁決からみる法人税損金経理の判断と実務』(平成23年)以上、清文社
・『入門 税務調査──小説でつかむ改正国税通則法の要点と検証』(平成26年)法律文化社

【論文】
「制度会計における税務会計の位置とその影響」で第9回日税研究奨励賞(昭和61年)受賞
【その他】
平成9~11年度税理士試験委員
平成19~21年度公認会計士試験委員(「租税法」担当)
 
      

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