〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第29回】 「「中小PMIガイドライン」を積極活用しよう」 ~その4:案件規模別に活用しよう~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 売り手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 支援機関(第三者) ⇒支援先の企業が円滑に事業を引き継ぎ、M&Aの目的やシナジー効果等を実現するために必要な助言ができるように、「中小PMIガイドライン」を参照する。 その他の対象者 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 1 「中小PMIガイドライン」の位置づけ 【第28回】まで3回にわたり、「中小PMIガイドライン」にもとづいて、主に中小M&Aの当事企業である買い手・売り手企業がM&A全般、PMI(※)の段階で遭遇する失敗事例を取り上げ、M&Aの成功に欠かせない対応策のポイントを紹介しました。 (※) Post Merger Integrationの略語で、狭義には、「M&A成立後の一定期間内に行う経営統合作業」を指しますが、本ガイドラインでは、M&A成立前後の「継続的な取組を含めたプロセス全般(PMIプロセス)」を中小PMIと定義しています(中小企業庁「中小PMIガイドライン」7ページ)。 失敗事例に基づくPMIの取組ポイントの紹介は、本ガイドラインの柱となっており、買い手・売り手が知りたいPMIにおける対応策はこれだけで十分に盛り込まれていますが、本ガイドラインには、これ以外にも実際のPMI実務において活用できる内容が豊富に用意されています。そこで、今回は、本ガイドラインの構成を踏まえて、案件の規模に着目して本ガイドライン活用のポイントを紹介します。 ちなみに、本ガイドラインは「買い手(譲受側)がM&A後のPMIの取組を適切に進めるための手引き」とされていることから、主に買い手による活用が期待されます。 売り手には「中小M&Aガイドライン」が別途用意されていますので、併せて活用することで、買い手・売り手双方のM&Aにおける手続きがより円滑に進むようになっています。無論、売り手からすれば、買い手が売り手をどう見るか、という点に気づけますので、売り手にとっても本ガイドラインを参照するのは有益です。 支援機関などにとっては、各ガイドラインを活用することで、対象企業の規模やM&Aのステージに沿った助言に役立てられます。 2 案件(企業)規模による活用 本ガイドラインは、対象企業や案件の規模に応じて参照、活用できるように、大きく基礎編と発展編に分けられています。 【案件のイメージ】 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」29ページを参考に筆者作成。 ①小規模案件については主に基礎編を、②中規模・大規模案件については基礎編に加えて発展編の参照が推奨されています。ただし、①と②の中間に位置する規模の案件の場合は参照箇所の判断に迷いますし、買い手が中規模・大規模であっても売り手が小規模の場合もありますから、必ずしも画一的な適用が当てはまるわけではありません。 一例ですが、上表のようにM&A対象の各企業の規模感を本ガイドラインが想定するパターンに当てはめた上で各社の状況によりフィットする箇所を参照・活用する方法や、統合後の組織が目指す規模感を考慮して参照箇所を探す方法などが考えられます。 上表の場合、買い手が小規模と中規模・大規模の間の売上高に位置し、売り手は小規模案件という想定ですから、基本的には基礎編を参照して、必要に応じて統合後の組織が目指す規模感を勘案しつつ発展編も併せて参照する、といった活用法が考えられます。 この点、本ガイドラインには、利用シーン別に該当箇所が示されており(中小企業庁「中小PMIガイドライン」2~4ページ)、対象企業の規模を問わず参照したい「PMIとは何かを理解したい方へ」に分類される各該当箇所のほか、「比較的小規模なM&AにおいてPMIに取り組もうとする方、及び支援を行おうとする方へ」「比較的大規模なM&AにおいてPMIに取り組もうとする方、及び支援を行おうとする方へ」といった案件規模に応じた該当箇所が示されています。 ですから、対象企業の規模感をある程度絞り込めれば、最短距離で効果的な対応策の紹介、説明にたどり着けるように構成されています。 また、支援機関には、これらとは別に「PMIへの支援を行おうとする方へ」とする該当箇所が示されており、各機関に応じた対応のポイントが見つけられるようになっています。 3 中小PMIガイドラインの構成 本ガイドラインの目次などから、案件規模別にどこを参照すればよいかを示しました。私見を含みますが、グレーの部分が参照を勧める箇所です。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 第1章では、案件規模や対象企業の別なく「中小PMIの全体像」を確認することで、M&A全体の流れや、流れの中での対応のポイントを整理できますので一読をお勧めします。 そのうえで、第2章で案件規模や対象企業に応じたPMI推進体制を確認すると、M&Aの成功に向けて、PMIにあたってどのような体制を構築すればよいかを把握できます。 その後は、案件規模に応じて、基礎編・発展編のどちらか、あるいはどちらも参照すれば、PMIの取組に向けたポイントが効果的につかめる構成となっています。支援機関は、関わる案件規模に応じた該当箇所を参照すればよいでしょう。 4 【基礎編】と【発展編】の構成 (1) 基礎編の小目次 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」40ページ 基礎編では、関係者との信頼関係の構築の中でも譲渡側(売り手)の経営者・従業員への対応をメインに説明しています。小規模案件では、売り手の経営者あってのM&Aになりやすく、優先順位も「経営者 > キーパーソン > 従業員」となることが多いですから、「誰に」「いつ」「何を」すればよいかを本ガイドラインによって押さえるのがポイントです。 抜け落ちやすいポイントとして、取引先や取引先以外の外部関係者との関係構築を疎かにしないという点が挙げられます。 本ガイドラインでは、この点もフォローしていますので、取引先、取引先以外の外部関係者に対するアプローチを怠らないようにしましょう。会社を買ったのはよいが取引先との取引継続が困難になり期待した売上や利益を得られない、といった状況になるべくならないようにしたいものです。 (2) 発展編の小目次 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」58ページ 発展編では、基礎編で「事業の円滑な引継ぎ」のみの記載にとどまっている業務統合の領域に関して、シナジーを生み出すための事業機能のあり方と、「人事・労務分野」「会計・財務分野」「法務分野」「ITシステム分野」それぞれの管理機能ごとの統合後の仕組みづくりのポイントを網羅的に説明しています。 経営統合の領域においても、基礎編の「経営の方向性の確立」に加えて「経営体制の確立」「グループ経営の仕組みの整備」が示されており、より組織的な経営が行われるためのポイントが書かれています。 これらのことから、発展編では基礎編に比べて、より成長志向型のM&Aを想定しているのがよくわかります。このため、たとえ、小規模案件のM&Aであっても、持続型のM&Aではなく成長型のM&Aを志向するならば、発展編を活用した対応が有効です。 * * * 「中小PMIガイドライン」は、これまで対策の必要性が認識されながらも、さほど重視されてこなかったPMIについて体系化を果たした指針です。単に、M&A成立後に活用するのではなく、自社のM&Aの目的にかなった相手先を探すためのヒントにもなるものですから、M&Aの前段階、M&Aの相手探しの段階から活用することも大いに考えられます。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例41】 「空き家の管理と相続放棄に関する民法改正」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 父は死亡するまでの1年間、自宅を出て施設で生活しており、私が父に頼まれて空き家となった家の管理をしていました。父には生前に借入金があったため、私は相続放棄をしたいと考えていますが、相続放棄をするにあたってどのようなことに留意するべきでしょうか。なお、母は既に他界しており、私のほかに相続人はいません。 1 問題の所在 相続が開始した場合、相続人は自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に、相続について単純承認、限定承認、相続放棄をするかを判断する必要がある。相続放棄をした者は、相続放棄をすることによって、はじめから相続人とならないことになるが、民法は一定の場合に相続放棄後の管理義務を定めている。 そこで、原則令和5年4⽉1⽇から施⾏される予定の改正⺠法等では、相続放棄後の管理義務についても改正していることから、改正後の民法を踏まえて、その留意点を検討したい。なお、便宜上、改正前の⺠法を「改正前民法」、改正後の民法を「改正後⺠法」と表記する。 2 相続放棄に関する民法改正 改正前民法第940条第1項では、相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならないと規定されていた。 しかし、条文上、次順位の相続人がいる場合のほかに、相続放棄をした者以外に相続人がいない場合にも管理義務が発生するのか明らかではなかった。また、被相続人の遠方で生活している者のように、相続人の中には相続財産を管理することが現実的に困難な者もおり、このような者にまで管理義務を負わせることの当否も問題視されていた。 そこで、改正後民法第940条第1項は、①管理義務を負う場面を、相続放棄をした者が相続放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有している場合(直接占有と間接占有のいずれも含む)に限定するとともに、②管理義務の終期を、ほかの相続人又は相続財産清算人(相続人が不在の場合に選任される管理人で、改正前民法において相続財産管理人と呼ばれていた)に、相続財産を引き渡すまでとした。 また、管理義務を負う者は、相続放棄によって相続人ではなくなるのであるから、次順位の相続人又は相続財産清算人に対して管理義務を負うとしても、その義務は必要最小限の範囲にとどめる必要がある。このような観点から、改正後民法第940条第1項の保存行為は、当該相続財産を滅失や損傷しないようにすることを意味しており、積極的な保存行為までは含まないと解されている。 なお、次順位の相続人がいる場合で、相続財産である不動産の受領を拒否されたような場合、裁判所の許可を得て当該不動産を競売に付し、売却代金を供託することによって管理義務を終結することができる(民法第497条)。しかし、裁判所と供託所の両方での手続は煩瑣であるため、後述する相続財産管理人の選任を申し立て、相続財産を引き継いだ方が簡易と思われる。 3 管理義務の及ぶ範囲 民法改正時の議論によると、相続放棄をした者の管理義務は、次順位の相続人又は相続財産清算人に対してこれらの者に相続財産を引き継ぐまで負うものであり、第三者に対して負うものではないとされている。これによれば、空き家の管理不全等によって被害を受けている第三者や、そのおそれのある第三者は、管理義務違反を理由に相続放棄をした者に対して法的な責任を追及できない。 つまり、改正後民法下においては、相続発生後の相続財産の管理は、相続財産管理人、相続財産清算人、管理不全建物管理人等の各制度を活用して行われていくことが期待されているものと考えられる。もっとも、実際には、予納金の負担等もあり、管理人の選任申立てが行われないまま相当期間が経過するような事案も相当数発生することが見込まれる。このような事案で、改正後民法第940条第1項の管理義務の要件を満たす場合、管理義務が長期的に継続することになるが、空き家の管理不全が原因となって第三者に損害が生じた場合に、管理義務を負う相続放棄をした者が、占有者として、民法第717条に基づく損害賠償責任を負う可能性はあるように思われる。 このようなリスクを避けるためにも、相続財産を占有している者が相続放棄をするときは、次順位の相続人がいる場合には当該相続人に、相続人がいない場合には相続財産清算人に相続財産の引渡しを行い、速やかに管理義務を終了できるようにしておくことが望ましい。 4 相続財産管理人と相続財産清算人について 改正前民法においては、相続財産の保存に必要な処分(主として相続財産管理人の選任)をすることができる場合を、①相続の承認又は放棄がされるまで、②限定承認がされた後、③相続放棄後、放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまでに限定されていた。 そのため、相続承認後で遺産分割前の状態の場合や、相続人のあることが明らかではない場合に、相続財産管理人を選任することができない不都合が生じていた。そこで、改正後民法では、相続開始後に、原則として、いつでも相続財産の保存に必要な処分ができるものとされ、相続の段階にかかわらず相続財産管理人による相続財産の管理が可能となった(同法第897条の2)。 改正後民法の相続財産管理人は、職務が管理業務に限定されており、最終的な相続財産の処理が行われるまでの暫定的なものであることから、申立てに際して予納金の納付を求められることがあっても比較的軽いものになると考えられる。改正後民法下においては、機動的に相続財産管理人の選任を申し立て、適時に相続財産の保存が行われることが期待される。 他方、改正前民法において、相続人のあることが明らかではない場合、相続財産管理人によって相続財産の清算業務が行われていたが(改正前民法第952条)、業務の性質を踏まえ、相続財産清算人に名称が変更され、清算手続が合理化されている。 5 本件について 本件において、父の生前から空き家の管理を任されていたことから、空き家を占有していたものと考えられ、相続放棄をする時点でも占有が継続している場合には、相続放棄後の管理義務を負うことになる。相続放棄によってほかに相続人がいなくなることから、管理義務を終了させるためには、相続財産清算人の選任を申し立て、相続財産を引き渡さなければならない。 なお、相続財産清算人の選任申立てに際して、相続財産から管理費用や相続財産清算人の報酬を支出することが期待できないような場合には、相当額の予納金の納付を求められることがある。予納金の納付に支障があるような場合には、暫定的な対応として、相続財産管理人の選任を申し立てて対応することも考えられる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第59話】 「法人税法34条2項は必要か」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、中尾統括官の机の前に立っている。 「・・・先ほど・・・法人課税第三部門の田村上席から聞かれたのですが・・・」 浅田調査官は、頭を掻きながら説明する。 「・・・法人の税務調査で・・・役員の給与が不相当に高額であるとして、それを否認するという話なのですが・・・」 浅田調査官は、机の上にある税務六法を手に取り、法人税法34条2項を開く。 中尾統括官は、渡された税務六法を見る。 「それで・・・田村上席から何を聞かれたの?」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「ええ、田村上席が行っている税務調査で、役員給与が過大であるとして、その過大部分を否認(損金不算入)しようとしているのですが、所得課税部門では、その過大給与をどのように取り扱っているのかという質問なのです・・・」 浅田調査官は少し屈んで、中尾統括官の机の上で図を描く。 「・・・法人税で過大役員給与として、損金不算入とした場合、その過大給与の性質をどのように考えるかということです・・・」 浅田調査官は、思案顔になる。 「・・・過大な給与ということは、結局、役員の職務執行の対価に該当しないということだから、法人から役員に対する贈与と考えることもできる・・・しかし、法人の役員であるという地位を前提として過大給与を考えると、そこは単純に、贈与と解することもできないのかもしれない・・・」 中尾統括官は、言葉を選びながら説明する。 「結局、過大給与は、所得税において、給与所得か、又は一時所得に該当するのかというのが田村上席の質問なのですが、一時所得であれば、源泉所得税の対象にならない・・・」 浅田調査官は、苦笑する。 「法人の税務調査で、役員給与が過大給与として否認され、法人税で、損金不算入になった場合、税務調査で、過大部分に係る源泉所得税を還付してくれるのか?」 逆に、中尾統括官が浅田調査官に尋ねる。 「・・・?」 浅田調査官は、首を傾げる。 「・・・僕は、所得課税部門しか知らないけれども・・・おそらく・・・法人課税部門の調査官は、法人税で損金不算入にした過大給与に係る源泉所得税は還付しないだろう・・・ということは・・・法人課税部門では、過大給与の部分も給与所得と解し、贈与とは考えていないということだ・・・」 中尾統括官は、自ら頷く。 「・・・そうすると、役員の過大給与は、法人税が課せられ、更に、源泉所得税も納付させられるという、いわゆるダブルパンチになるということですか?」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「・・・そういうことだ、事前確定届出給与(法法34①二)以外の役員賞与と同じだ・・・」 中尾統括官は、あっさりと答える。 「・・・しかし、法人が、税務署が過大給与として損金算入を否認するなら、役員から過大給与部分の金額は、返してもらうと主張したら・・・どうなるのですか?」 浅田調査官は、再び尋ねる。 「・・・それは、原則として、無理だろう・・・役員給与とし、確定しているものを支給しているのだから・・・役員給与が損金不算入になったからといって、あとで、それを修正するということは、認められないだろう・・・」 中尾統括官は、微笑みながら言う。 「もっとも、調査官によっては、認めることがあるかもしれない・・・僕が調査官であれば、認めてやる可能性は高い・・・」 中尾統括官は、浅田調査官を見る。 「そうすると、税務調査における修正仕訳は、過大給与を「貸付金勘定」に振り替える処理をすれば良いということですね」 浅田調査官は、再び、机の前に屈み込んで仕訳を罫紙に書く。 「この処理をすると、過大部分に係る役員給与の源泉所得税は、納税者である法人に還付されることになる」 浅田調査官は、納得した顔になる。 「・・・しかし、これって、全体の税収が減ることになる・・・役員給与が高額である場合、所得税と地方税で、55%の最高税率が適用されるのに対して、中小企業の法人税等の実効税率は33%ぐらいだろう・・・そうすると、税務調査で法人税等の増差があったとしても所得税等で還付していたら、結局、国に入る税金は減ることになるだろう・・・」 中尾統括官は、真面目な顔になる。 「もし、中小企業の社長・役員が給与をたくさん欲しいというのであれば、それを認めてやった方が日本の税収は大きくなる・・・だから、これを否認する法人税法34条2項など直ぐにでも廃止した方が良いと思う」 中尾統括官は、浅田調査官に向かって、舌をペロッと出す。 (つづく)
《速報解説》 国税庁が「グループ通算制度に関するQ&A」の改訂を公表 ~令和4年度税制改正を踏まえ、既存11問の改訂とともに5問を新設~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 令和4年7月29日、国税庁は「グループ通算制度に関するQ&A」の改訂を公表した。 この「グループ通算制度に関するQ&A」は、通算制度に係る税務上の取扱いを図表や計算例を用いQ&A形式で解説したもの。 令和4年7月の改訂では、令和4年度の税制改正等を踏まえ、既存のQ&A(11問)の改訂が行われるとともに、実務家が気になる新たなQ&A(5問)の追加が行われている(全79問 ⇒ 全84問)。 以下では新設されたQ&Aのポイントを紹介する。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 会計士協会、「「我が国におけるサステナビリティ及びその他EERに対する保証業務に関するガイダンス(試案)」に係る研究文書」を公表 ~EERに対する保証業務実施の際に理解が必要となる事項を実務解説~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年7月21日付けで(ホームページ掲載日は2022年8月1日)、日本公認会計士協会は、保証業務実務指針3000研究文書「「我が国におけるサステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関するガイダンス(試案)」に係る研究文書」を公表した。 これにより、2022年5月23日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に寄せられた主なコメントの概要とその対応も公表されている。 近年、統合報告書の開示や気候変動への取組を契機としたESG(Environment Social Governance)投資の促進によって、非財務情報への注目度が高まる中、拡張された外部報告(Extended External Reporting:EER)やEER報告書のニーズが高まっており、併せてEER保証業務に関するニーズについても同様に高まっている。 このような非財務情報の開示に対する最近の国際的な動向を受け、我が国において、サステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関して、研究文書として公表し、本文(別紙)のとおり、「我が国におけるサステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関するガイダンス(試案)」として会員の参考に供するものであるとしている。 なお、検討課題が識別されていることもあり、我が国において一般的に想定される実務に対応する実務ガイダンスとして公表する上では、これらに関して、更に検討が必要であると認識しているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 次のものが公表されている。 ガイダンス試案は、研究文書の一部を構成するものであり、業務を実施するに当たり、会員が参考とすることができる文書であって、要求事項及び適用指針から構成される会員が遵守すべき基準等には該当しないことに留意する。 「《別紙》「我が国におけるサステナビリティ及びその他の拡張された外部報告(EER)に対する保証業務に関するガイダンス(試案)」」の主な内容は次のとおりである。 目次を含めて137ページあるので、以下では主なものについて解説する。 1 EERの性質など EERの性質などに関して、次のことが記載されている(6項~13項)。 2 適切な適性及び能力の適用 より範囲が広い、又はより複雑なEER保証業務の場合もしくは主題の測定又は評価に専門技能が必要な場合において、業務実施者は、適切な保証業務に関する適性及び1名以上の業務実施者の利用する専門家で構成される複合的なチームによる業務実施が必要と判断する場合がある(30項)。 例えば、次のケースが考えられる(31項)。 3 職業的専門家としての懐疑心及び判断の行使 不正又は誤謬によるものかを問わず、以下に起因して重要な虚偽表示リスクが高まるため、想定利用者の利益のための職業的専門家としての懐疑心の重要性が高まる(57項)。 4 前提条件の決定及びEER保証業務の範囲についての合意 依頼されたEER保証業務に係る、保証業務実務指針3000「監査及びレビュー業務以外の保証業務に関する実務指針」(以下「保証実3000」という)21項から30項までの保証業務契約の新規の締結及び更新に関する要求事項の適用についてのガイダンスを提供している(67項)。 役割・責任の適切性(適切な当事者の負うべき役割と責任が適切である)、規準の適合性(規準が業務の状況に照らして適合している)などについて記載している。 EER報告書に含まれる情報のうち、保証が容易な部分又は企業を好ましくみせる部分のみを選択することは、一般的に適切ではない(94項)。 5 報告事項を識別するための企業内プロセスの考慮 EER 保証業務に関して、以下の場合がある(126項)。 上記のような状況では、企業は通常、想定利用者の情報ニーズを考慮に入れて、報告事項を識別するためのプロセスを確立する必要がある(127項、135項)。 6 規準の適合性及び利用可能性の決定 制度として確立された規準には、想定利用者の情報ニーズに関連する場合、透明性のある正当な手続を通じて権限のある又は認められた専門家団体によって公表された規準が含まれる(170項)。 財務報告の基準は通常、制度として確立された規準であり、それらに組み込まれている認識、測定、表示及び開示の基準は、企業が適用する会計方針の基礎である(170項)。 財務報告の基準と比較して、EERフレームワークは、多くの場合、以下についての指示が少ない(170項)。 必要となる詳細さを欠いている、又はそれ自体で適合する規準を構成するには十分に包括的でないEERフレームワークを適用する場合、企業は、他の利用可能な1つ以上のEERフレームワークから規準を選択するか、又は独自に企業が開発した規準を使用することもできる(172項)。 7 主題情報の作成に利用されたプロセス又は主題情報の作成に係る内部統制の考慮 主題情報の作成に利用されたプロセスを考慮する際又は業務に関連する主題情報の作成に係る内部統制を理解する際のガイダンスを提供している(222項)。 EER情報の管理及び報告に関する企業のガバナンスの仕組は、財務実績の管理及び報告に関するガバナンスの仕組ほどには確立していないか、又は業務の中に組み込まれていない可能性がある(232項)。 極めて精緻なプロセス又は充実した内部統制システムを備えていることが、保証業務の前提条件というわけではないが、企業のEER情報作成プロセスは、主題情報に関する合理的な基礎を企業に提供できる程度に十分なものでなければならない(239項)。 8 アサーションの利用 保証実3000はアサーションを利用することを求めてはいないが、アサーションは、業務実施者が、発生し得る虚偽表示の潜在的な種類を考慮し得る方法の1つである(251項)。 アサーションは、明示的か否かにかかわらず、主題情報に体現される形で企業により表明されるものであり、業務実施者が発生し得る様々な潜在的な虚偽表示の種類を考慮する際に利用する(253項)。 ここでは、業務実施者が以下の事項を目的としてアサーションをどのように利用できるかに関するガイダンスを提供している(250項)。 9 証拠の入手 限定的保証業務と合理的保証業務のいずれにおいても、業務実施者はリスクを考慮して全体として十分な心証の程度を備えた証拠を入手することを目指す(270項)。 次のことに注意する(270項)。 10 虚偽表示の重要性の考慮 EER保証業務の実施中に、業務実施者がEER情報内に虚偽表示を識別した場合、業務実施者はその虚偽表示が重要かどうかの判断を下す必要がある(294項)。 EER保証業務の範囲が、いくつかの指標又はKPIであり、それぞれが異なる主題に関連している場合、業務実施者は、(1)異なる指標ごとに、虚偽表示に対する想定利用者の許容度も異なる可能性があり、(2)虚偽表示を集計する共通の基礎がない可能性があるため、異なる指標(主題情報の側面)ごとに個別に虚偽表示の重要性を評価することがある(308項)。 11 定性的EER情報への対応 EERフレームワーク及び規準には、定量的EER情報の測定方法に関する指示が記載されている場合があるが、定性的情報の評価方法に関しては同等の水準の指示が記載されていない可能性がある(325項)。 そのため、そのような定性的情報は、定量的EER情報の場合よりも作成者の見解が反映されやすく、また作成者の見解によって変化しやすいと考えられる(325項)。 企業のガバナンス構造、ビジネスモデル、ゴール又は戦略的目標は、定量的な開示情報により補足されることもあるが、定性的に説明される場合がある(329項)。 定性的情報は主に文章で示されることが多いが、EER報告書では、その他の形式、例えば埋込み動画や音声録音等によって示されることもある(330項)。 作成者が適合する規準を適用せずに得た定性的情報(すなわち、主題情報ではない)の変更に応じようとしない場合、業務実施者は、当該情報をEER報告書から削除するか又は当該情報が保証の対象ではない「その他の記載内容」であると明示するかもしくは主題に関する規準を追加で開発し、保証を受けることができる主題情報を作成するよう作成者に要請することがある(336項)。 12 将来志向のEER情報への対応 将来の状況又は結果を予想又は予測する主題情報は、まだ発生しておらず、発生しない可能性がある、又は発生済みであるが今後の進展の予測がつかない事象及び活動に関連するものである(367項)。 規準が、企業の将来の戦略、目標又はその他の計画についての記載(明示的なアサーション)を要求しているとき、業務実施者は、当該戦略、目標又は計画が達成されるか否かについての証拠を入手できない、又はその結果について結論を出すことができない可能性が高い(374項)。 それでもなお、業務実施者は、誤解を生じさせる可能性のある主題の側面を除外するために、以下の事項を評価するための手続を立案することがある(374項)。 適切な証拠は、例えば、報告された戦略又は他の計画が企業の実際の内部向けの戦略又は計画と整合しているか否かについて、ガバナンスに責任を有する者の会議内容を記録した文書や経営者が当該戦略の採用又は当該目標への同意を得るために既に取り組んでいる活動を記録した文書の形式で入手できると考えられる(375項)。 目標が達成されるかどうかという点に関して、保証を提供することはできない一方で、業務実施者は、仮定を形成するプロセス、システム、統制及びそれらの基礎データを考慮すること等により、作成者が将来の活動又は事象について行っているアサーションが合理的な基礎に基づいているか否かに関する証拠を入手するための手続を立案することができる(376項)。 13 保証報告書における効果的な伝達 保証報告書において業務実施者が効果的に情報を伝達する方法についてのガイダンスを提供している(394項)。 ガイダンスは、想定利用者の理解を促すために業務実施者が効果的に情報を伝達する際の一助となりうるものであり、以下の事項について取り扱っている(396項)。 (了)
《速報解説》 監査役協会が「監査役監査基準」等を改定 ~9月施行の「株主総会資料の電子提供制度」に対応し条文を追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年8月1日、日本監査役協会 監査法規委員会は、「「監査役監査基準」等における電子提供制度に係る条文の追加について」を公表し、「監査役監査基準」等を改定した。 これは、株主総会資料の電子提供制度に係る条文について、施行に際して改めて検討を行い、追加したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 2019年12月4日に成立した「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号)のうち、「株主総会資料の電子提供制度」が2022年9月1日に施行される。 これに対応して、「監査役監査基準」(63条)、「監査委員会監査基準」(57条)及び「監査等委員会監査等基準」(61条)の「電子提供制度による開示」について改定している。 以下では、「監査役監査基準」(63条)について、改定箇所を示す(下線は原文ママ)。 (了)
2022年7月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.479を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
これからの国際税務 【第32回】 「2つの柱の合意実施についてのスケジュール遅延」 千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二 1 G20財務大臣・中央銀行総裁会議での延期発表 コロナ・パンデミック後の経済復興課題に加えて、ロシアのウクライナ侵攻が及ぼす経済課題も議題としてインドネシア・バリで開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議(7月15~16日)においては、2つの柱から成る新しい国際課税の合意についての実施計画も議論された。同会議の議長を務めたインドネシア財務大臣・中央銀行総裁による議長総括(注1)では、第2の柱の実施計画は予定通り(2022年中の法改正、2023年からの施行)とするが、第2の柱と同時実施とされていた第1の柱の実施計画については、1年遅らせることが確認された。昨年10月の予定と比較した繰延べの具体的状況は、議長総括で確認されるところによれば、以下のとおりである。 (注1) G20 Joint Press Release(No.24/191/DKom, No.SP-107/KLI/2022) (※) 上表の「2022.7(G20議長総括)」では、第2の柱のIIRの実施時期は「同左」とされているが、2021年合意時は表示された各年の初めが意図されていたのに対し、現時点ではEU及び英国が提案しているように、各年の終わりが意図され、実質的には施行時期延期の方向で、内容が変化しているといえる。 議長総括では、第1の柱のMLIの署名以降のスケジュールには言及されていないが、批准に要する期間を考慮すると、報道されている通り(注2)、全体の実施は「1年遅れ」となると予想される。 (注2) 2022年7月18日付日本経済新聞朝刊第1面「デジタル課税、1年遅れ」 2 今回の合意の背景 パッケージで同時実施と合意された2つの柱について、OECD/IFは、国内法改正で実施可能な第2の柱と多国間条約署名を要する第1の柱を、それぞれ別々のスケジュール管理の下、2022年中の法制度改革の完了、2023年からの実施で同時到着させる取組みを開始していた。 しかし、その過程の初期段階で、適格国内トップアップ税(注3)の許容を含む詳細設計や実施タイミングの繰延べを内容とする指令案が欧州委員会から伝えられたこと、また、最大のステークホルダーである米国においても、立法にあたっての諸課題が2つの柱の双方について指摘されたこと等から、当初計画通りの実施は困難との認識が広がりつつあった(注4)。 (注3) 適格国内トップアップ税は、低課税国が、国内法で15%に達するまでの法人税課税を一定の要件に沿って自ら行う制度を指す。モデルルールのコメンタリーでその承認が詳述された。 (注4) 5月のダボス会議で、OECDのコーマン事務総長は、2つの柱の実施が2024年以降にずれ込む見通しを発言している。ロイター記事(2022.5 Ian Langsdon/Pool via REUTERS)参照。 (1) 欧州での動向 本連載の第31回では、第2の柱についてのEU内での国内法実施に係る指令案について、数ヶ国の反対意見も踏まえた議長国フランスの調整案(実施を実質1年間遅らせ、対象企業グループの少ない特定国については、さらなる実施延期を認めるという内容)が出されたが、第1の柱とのパッケージ実施を求めるポーランドの反対でECOFIN(経済閣僚理事会)での合意に至っていない状況を紹介した。その後の展開と現在の動向を以下で概説する。なお、EUを離脱した英国も、積極的に2つの柱に基づく改革に取り組んでいるが、欧州委員会と同様、第2の柱の実施を実質1年遅らせることを提案している。 イ.ポーランドの賛成への転化 5月まで反対意見を留保していたポーランドは、さらなる議長国の妥協案(欧州委員会が、2023年6月以降第1の柱の実施状況をモニターして、第1の柱の実施が十分でないため必要と判断すれば、デジタル経済課税法案を提出するとの内容)に納得して、賛成に回った。 ロ.ハンガリーからの新たな反対意見 合意が見込まれていた6月のECOFINで、ハンガリーが反対に転じたこともあって、6月末までのフランスの議長国就任期間において、同調整案は全加盟国合意に至らず、決着はチェコが議長国となる7月以降に持ち越されている。 ハンガリーが反対に転じた理由については、一けた台とEUで最低水準にある法人実効税率を持ち、コロナ・ウクライナ情勢で大きな打撃を受けている自国経済の下では、合意案の実施は国益に反するとの主張がされているが、ハンガリーが抱える他の問題(法の支配に関するEUからのクレーム)との関連での戦術との見方も伝えられている。ただし、ハンガリーの意見は、経済危機に直面している東欧国共通の不安(優遇税制での投資誘致への悪影響)を代弁する側面もあり、今後も注目する必要があるとも考えられる。 (2) 米国の動向 米国では、イエレン財務長官のやや楽観的な見方を別にすると、与野党伯仲の政治情勢のみならず、上記のMLIへの参加についての構造的な課題の指摘などがあり、スケジュール通りの国際合意実施に関しては懐疑的な見方が主力となっていた。以下、構造的な課題の概要を解説する。 イ.第2の柱に関する改革 周知のとおり、米国は第2の柱のIIRと同様の立法趣旨に基づく制度として、国内法でGILTI税制を既に立法済みである。さらに、バイデン政権は、2021年の税制改正法案(Build Back Better Act)で、同税制をIIRと適合する方向で改正する提案を行っている。しかし、同法案は、1年を経ていまだ両院の合意が得られておらず、11月の中間選挙を控えて成立の見込みが立っていない状況にある。 ロ.MLIを含めた多国間合意実施についての米国の法制度上の制約 米国では、2つの柱のパッケージ承認に際して、MLIの内容の具体化が困難な点が指摘されてきた。まず、過去に米国が署名・批准実績のないMLI(第1の柱に係るMLIのみならず、第2の柱のSTTRに係るMLIも含む)についての制約がある。米国は、租税条約については二国間主義を原則としているからである。また、仮に財務長官が考慮する代替手段(注5)をとることができたとしても、議会の承認が得られるかは定かではない。 (注5) イエレン財務長官は、「第1の柱」を条約で実施するのは1つの方法であるが、その他にも方法(議会承認による行政取極、又は既存の条約の国内法立法によるオーバーライドなど)があることを示唆している。Avi-Yonah, Reuven S. and Kim, Young Ran (Christine) and Sam, Karen, A New Framework for Digital Taxation (March 25, 2022). 63 Harvard International Law Journal (3) その他利害関係国の動向 前述した適格国内トップアップ税については、すでに、いわゆる投資ハブ国とされる香港、シンガポール、モーリシャス、スイス、UAEなどが導入の意向を示している。 これらの国での改正のタイミングは、主要国の第2の柱の国内法施行時期を念頭に置いていると想定されており、目下のところは2023年12月31日がその時点となりそうである(注6)。 (注6) KPMG authors,“Diverging Path of Pillars 1 and 2”.(July 4,2022,Tax Note International) (了)
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第16回】 「課税要件事実の認定に関する実質主義」 -未経過固定資産税等相当額清算金の性質決定に関する裁判例の検討- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回扱った財産評価も、税法における事実認定であることは前回Ⅳ(おわりに)でも述べたが、税法における事実認定には、ほかに、事実状態・事実行為の確認、法律行為・契約の解釈、公正妥当な会計処理(法税22条4項)の結果の確認も含まれる。これらにおいて認定されるべき課税要件事実とは、課税要件に包摂されるべき事実をいい、それは、課税要件を組成する法律要件要素(課税要件要素 [Steuertatbestandsmerkmal])に高められ抽象化された類型的事実(法律事実)ではなく、法律事実に該当する個々の具体的事実(税法の適用・税法的評価を受ける前のいわゆる「ナマの事実」)を意味する事実的概念である(以上については拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【56】参照)。 今回は、前記の事実認定のうち契約解釈の問題を、未経過固定資産税等相当額清算金(以下本文では単に「清算金」という)の課税上の取扱いに関する裁判例を素材にして、検討することにするが、その検討に入る前に、課税要件事実の認定において妥当する実質主義ないし実質課税の原則について、次のⅡで一般論を整理しておく(税法の解釈について妥当するものも含め実質主義一般については前掲拙著【42】、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第6回・第20回等参照)。 なお、清算金とは、後のⅢで検討する東京高判平成26年4月9日訟月60巻11号2448頁(以下「平成26年東京高判」という)に従い、「賦課期日とは異なる日をもって固定資産の売買契約を締結するに際し、買主が売主に対し、売主が納税義務を負担することになる固定資産税等の税額のうち売買契約による所有権移転後の期間の部分に相当する金額を支払うことを合意した場合」における「この合意に基づく金額」をいうものとする。 Ⅱ 課税要件事実の認定に関する実質主義 課税要件事実の認定に関する実質主義については、一般論を次のとおり説く見解(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)148-149頁。下線筆者)が広く支持されている。 上記の引用のうち下線部で述べられていることについては、法的実質主義と経済的実質主義とを対比する形で論じられてきたが、租税法律主義の下での厳格な事実認定の要請の下では、前者のみが許容されるものとされている。法的実質主義とは、私法上の法律関係について、私的自治の原則に従って形成された真実の法律関係を、実体・実質として捉え課税の基礎とすべきであるとする考え方をいい、経済的実質主義とは、そのような真実の法律関係を離れて、法律関係の経済的な動機・目的や成果を、実体・実質として捉え課税の基礎とすべきであるとする考え方をいうのである(以上について前掲拙著【57】のほか【41】も参照)。 確かに、経済的実質主義は、理論的に突き詰めると、経済的概念である担税力の把握に資し、担税力に応じた公平負担の建前(前掲拙著【21】【22】参照)には適合するであろう。しかし、経済的実質主義の下では、実体・実質の基準や範囲が必ずしも明らかでないため、実際には、事実認定において税務官庁の形成的・裁量的判断が介入し、その結果、ある課税要件事実と経済的実質の点で類似する事実について、公平負担の見地から課税要件該当性を肯定する判断につながったり、また、場合によっては逆に租税負担が不公平になったり予測可能性・法的安定性が害されたりすることになるおそれがある。それゆえ、経済的実質主義は厳格な事実認定の要請に反し許容されないのである。 これに対して、法的実質主義は、「実質」という語をその名称の中に含んではいるが、しかし、それは、法律関係が真実であること、すなわち、仮装でないことを要求するが故に、法的「実質主義」と呼ばれるにすぎない。法律関係という形式(法形式)を事実認定の基準とするという意味では、「形式主義」である。法的実質主義は、このような意味における「形式主義」であるからこそ、事実認定への税務官庁の形成的・裁量的判断の介入に対する「防波堤」となり、しかも事実認定における予測可能性・法的安定性の保障にも資するのである。 法的実質主義の下では、課税要件事実の認定について、論理的には、課税の基礎となる私法上の法律関係を、まず専ら私法の観点から法律行為・契約の解釈により、認定した上で、その認定を尊重し、そのまま課税要件事実として受け入れる、というような2段階の事実認定構造を観念することができる。このような考え方は「二段階事実認定論」(前掲拙著【59】)と呼ぶことができよう。 実際の事実認定がこのように截然と2段階に分かれて行われるかどうかはともかく、厳格な事実認定の要請からすれば、課税要件事実の認定に当たって、私法上の法律関係は専ら私法の観点から認定されるべきであり、その認定に税法独自の観点(税収確保・公平負担のための価値判断)を混入させ反映させてはならない。そうでなければ、帰するところ、真実の法律関係から離れ、経済的実質主義による事実認定を容認することになってしまうからである。 Ⅲ 未経過固定資産税等相当額清算金の性質決定 1 裁判例の立場 課税要件事実の認定に関する以上の一般論を踏まえて、以下では、清算金の課税上の取扱いについて、その基礎となる清算金の性質決定をめぐる契約解釈の問題を検討することにする。 清算金の課税上の取扱いについては、法人税・消費税においても問題になるが(福岡高判平成28年3月25日税資266号順号12833参照。この事件に関する国税不服審判所平成25年8月30日裁決・裁決事例集92集293頁については拙稿「未経過固定資産税等相当額清算金の課税上の取扱い」拙著『税法創造論』(清文社・2022年)716頁[初出・2015年]参照)、ここでは、所得税における不動産所得に係る必要経費該当性について判断した平成26年東京高判を中心に、検討することにする。 平成26年東京高判は、清算金の性質決定をめぐって清算金の定めのある不動産売買契約の解釈について下記のとおり判示しているが(下線筆者)、そこで示された契約解釈に関する考え方は、譲渡所得に係る総収入金額該当性ついて判断した東京高判平成28年3月10日訟月63巻1号70頁や上記の福岡高判においても採用されており、下級審レベルでは裁判例の立場として固まっているとみてよかろう。 2 清算金の支払の基礎にある法律関係 平成26年東京高判の上記判示は、法的実質主義に基づく判断であると解される。というのも、清算金が固定資産の売買契約における合意に基づき支払われるものである以上、その支払の基礎にある法律関係が法形式上は売買契約によるものであることは明らかであるが、このことに加えて、平成26年東京高判は清算金を「実質的には」という観点から固定資産の購入代価の一部として性質決定しているからである。 ここでいう「実質的には」という観点は、その前の説示すなわち「この合意は、固定資産の売買契約を締結するに際し、売主が1年を単位として納税義務を負う固定資産税等につき買主がこれを負担することなく当該固定資産を購入するという期間があるという状況を調整するために個々的に行われるものであること」(下線筆者)に着目するものと解されることからすると、平成26年東京高判は、清算金の支払の基礎には、個々の売買契約における代価の合意に係る個別具体的な判断に基づき形成された法律関係があるという観点から、清算金の性質決定を行うものと解される。 確かに、そのような法律関係が、私的自治の原則に従って形成された「真実の」法律関係であることは明らかである。ただ、それは、清算金の支払の基礎にある法律関係については、形成の結果ないし法形式からみると、確かにそのように(「真実の」と)いえることではあるが、「売主が1年を単位として納税義務を負う固定資産税等につき買主がこれを負担することなく当該固定資産を購入するという期間があるという状況を調整するために」(下線筆者)という形成の動機ないし目的を考慮に入れると、直ちにそのように(「真実の」と)いえるかどうかは、必ずしも明らかでなく、更に検討を要するように思われる。 この点について、平成26年東京高判も次のとおり判示している(下線筆者)。 この判示のうち「直ちに」以下の説示は、前記の「実質的には」という観点から清算金支払の動機・目的について説示するところとは、論理的にも内容的にも整合しないように思われる。というのも、平成26年東京高判は、清算金支払の動機・目的については、前記のとおり、固定資産税等の「負担」を問題にしているのに対して、上記の「直ちに」以下では固定資産税等の「納税義務」を問題にしているからである。固定資産税等の「負担」を問題にするのであれば、上記の判示で参照されている最判昭和47年1月25日民集26巻1号1頁(以下「昭和47年最判」という)を重視して、清算金の性質決定について検討すべきであったように思われる(佐藤英明「判批」TKC税研情報24巻4号(2015年)77頁、84頁、86頁も参照)。 昭和47年最判は、固定資産税に係る台帳課税主義(地税342条1項・2項前段)における「課税上の技術的考慮」を「私法上にも推し及ぼす」(千種秀夫「判解」最判解民事篇(昭和47年度版)1頁、5頁)かどうか、及びそうするとしてどの程度推し及ぼすかという問題を、固定資産課税台帳上の所有者が「真の所有者」と異なる場合における前者から後者に対する不当利得返還請求の成否について検討した結果、その考慮を私法上には推し及ぼさず専ら私法の観点だけからその成否を判断するという考え方(谷口知平「判批」民商67巻3号(1972年)403頁、405頁参照)に親和的な判断を示したものと解される。すなわち、台帳課税主義における「課税上の技術的考慮」から「さらに遡って、固定資産税そのものの[物税としての]性格」(千種・前掲「判解」5頁)をも考慮して「真の所有者が、その物の負担としてのこれら[固定資産税等の]税金を負担すべき考え方」(同頁。以下「真の所有者負担説」という)に基づき、「私法上は、衡平の観点から」(同頁)、その不当利得返還請求の成立を認めたものと解されるのである(以上の理解については、拙稿「判批」別冊ジュリ253号(2021年)・租税判例百選〔第7版〕186頁、187頁参照)。 以上で検討してきたところを踏まえて、固定資産税等の「納税義務」ではなく「負担」を問題にし真の所有者負担説に基づき清算金の性質決定について検討すると、清算金は不当利得の返還金としてその性質を決定するのが相当であるように思われる。 もっとも、清算金のそのような性質決定は、売主が納税義務者として納付した固定資産税等のうち未経過固定資産税等相当額を買主が「負担」する場合におけるその「負担」の動機・目的に着目するものであるが故に、経済的実質主義による性質決定(事実認定)との関係ないし区別が微妙である。このことは、例えば次の見解(佐藤孝一「判批」月刊税務事例47巻7号(2015年)9頁、17頁。下線筆者)の説く「私法上の経済実質的な評価」による清算金の性質決定について、問題になるように思われる。 確かに、法的実質主義のいう「法的実質」は、概念上は、「経済的実質」と全く異質なものと考えるべきではなく、むしろ私法上の法形式の枠内で把握される経済的実質を意味し、私法上の法形式の枠にとらわれることなく専ら経済的観点から把握される経済的実質(いわば「ナマの経済的実質」。これが経済的実質主義のいう「経済的実質」である)とは明確に区別されるべきものである(前掲拙著【57】参照)から、上記の見解も「私法上の経済実質的な評価」として法的実質主義による事実認定を説くものと解することができるかもしれない。 しかし、概念上の区別はともかく、実際上は、「法的実質」と「ナマの経済的実質」との区別や「私法上の経済実質的な評価」の位置づけは微妙であるといわざるを得ない。清算金の性質決定については、固定資産税等の「負担」という動機・目的が売買契約書の中で明示されていれば格別、そうでなければ、そのような区別や位置づけはなおさら微妙であろう。 そうすると、清算金の性質決定については、結局のところ、事案ないし契約内容によって判断が分かれることがあり得るといわざるをえないであろう(前掲拙著【59】、前掲拙稿「判批」187頁参照)。 Ⅳ おわりに 今回は、課税要件事実の認定について、法的実質主義及び経済的実質主義並びに二段階事実認定論を概観した上で、清算金の性質決定をめぐる契約解釈の問題を検討した。 清算金は、平成26年東京高判が説示するとおり、「固定資産の売買契約を締結するに際し、売主が1年を単位として納税義務を負う固定資産税等につき買主がこれを負担することなく当該固定資産を購入するという期間があるという状況を調整する」という動機・目的に基づき合意されるものであるが、固定資産税等の「負担」に関するそのような動機・目的に着目すると、清算金の性質決定は経済的実質主義による事実認定に傾斜してしまうおそれがある。 この点、平成26年東京高判が清算金の支払に関する合意の法形式に着目して清算金を購入代価の一部として性質決定したのは、経済的実質主義による事実認定に対する歯止めとなるという意味では妥当である。 もっとも、固定資産税等の「負担」それ自体については、昭和47年最判の当時でさえ既に、「私的な取引においては、多くの場合、固定資産税等の公租公課の負担を明確に取り決めるか、あるいは代金額に折り込んで取引している」(千種・前掲「判解」5頁)と指摘されていたし、また、平成26年東京高判についても次のような指摘(片山直子「判批」新・判例解説Watch(法学セミナー増刊速報判例解説)vol.17(2015年)257頁、260頁)がみられるところである。 上記のⅢ2における検討に加え、不動産取引の慣行に関するこれらの指摘に鑑みると、清算金の性質決定については、課税要件事実の認定(法的実質主義)の観点からアプローチするだけではなく、むしろ不動産取引の実務において、固定資産税等の「負担」につき真の所有者負担説(昭和47年最判)に基づき、不動産売買契約書(その書式については公益社団法人全国宅地建物取引業協会連合会HP参照)の「公租・公課の負担」条項に、清算金を固定資産税等の「負担」に伴う不当利得の返還金として明文で定めるか又は少なくとも同契約書にその旨の特記事項を記載することができるようにすることも検討すべきであろう。 このようにして固定資産税等の「負担」の動機・目的を契約書上明示することによって清算金の支払に関する契約当事者の意思が明確に表示されることになれば、法的実質主義に基づき清算金を不当利得の返還金として性質決定することに伴う微妙な問題(前記Ⅲ2参照)は解消されることになろう。課税要件事実の認定においても契約書が処分証書として重視されること(前掲拙著【58】参照)を考えると、なおさらである。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例112(贈与税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税(措法70の2) 平成27年1月1日から令和5年12月31日までの間に、直系尊属から一定の住宅用家屋の新築又は取得等のための金銭の贈与を受け、贈与年の翌年3月15日までに住宅用家屋の新築又は取得等をして同日までに居住の用に供し、又はその後遅滞なく居住の用に供することが確実であると見込まれる場合で、同年12月31日までに居住の用に供し、一定要件を満たす場合には、贈与を受けた金銭のうち以下の金額までは贈与税が非課税となる。 【消費税率10%適用者】 【上記以外の者】 (注) 令和4年1月以降については、新築等に係る契約時期にかかわらず、住宅用家屋の区分に応じ、以下の金額になる。なお、消費税率10%適用者か否かの判定が不要になる。 ◆住宅用家屋の取得の意義(措通70の3-8) 住宅用家屋の取得とは、売主から住宅用家屋の引渡しを受けたことをいうものとする。したがって、いわゆる建売住宅や分譲マンションについては、売買契約が締結されている場合又はこれらの建物が新築に準ずる状態にある場合であっても、その引渡しを受けていない限り住宅用家屋の取得には該当しないことに留意する。 ◆新築に準ずる状態(措規23の6①) 新築に準ずる状態とは、屋根(その骨組みを含む)を有し、土地に定着した建造物として認められる時以後の状態とする。 【贈与年の翌年3月15日の状態による特例の可否】 (了)