〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第15回】 「居住用不動産の処分」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 成年後見人として活動していくなかで、成年被後見人が高齢者施設に入居することになりました。入居の際に高額な保証金が必要になったため、生活費が不足する可能性があります。今住んでいる自宅はおそらくもう住むことがないので売却を検討していますが、どのような点に注意すべきでしょうか。 【A】 成年後見人として活動していると被後見人が自宅で生活することが困難になり、老人ホームなどの高齢者施設に入居するというケースがよくあります。 入居する際には高額な保証金が必要になることもあり、生活資金の捻出のために利用しなくなる自宅を売却することがありますが、そのためには家庭裁判所の許可を得る必要があるなど、いくつか注意点があります。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要 成年後見人には、被後見人の財産を処分する権限があるため、必要な場合は被後見人に代わって不動産を売却することができます。ただし、被後見人の自宅のように居住用不動産を売却する際には、家庭裁判所の許可が必要とされており(民法859条の3)、許可を得ずに居住用不動産の売却を行った場合は、売却行為が無効となるとされています。居住用不動産の売却に家庭裁判所の許可が必要とされているのは、被後見人の生活や精神状態に大きな影響を与える可能性があるためです。 2 「居住用不動産」に該当するケースとは 売却にあたって家庭裁判所の許可が必要となる「居住用不動産」に該当するのは、ご質問にあったような現在居住している自宅だけではなく、過去に居住していた不動産や、現在は病院に入院しているため住んでいないが、退院すれば居住する可能性がある不動産等が含まれるとされています。判断は必ずしも簡単ではないので、不明確な場合は家庭裁判所に照会を行うとよいでしょう。 3 不動産会社との契約 不動産の売却までの流れは、おおむね次のようになります。 【不動産売却の流れ】 不動産売却では、まず不動産会社に査定をしてもらい、媒介契約を結ぶことになります。不動産会社と契約するにあたっては、売却金額等の条件面の妥当性を担保するために複数の会社に査定をしてもらったうえで、契約する不動産会社を選定することが望ましいでしょう。 家庭裁判所に居住用不動産の処分許可を申し立てる場合には、不動産会社作成の査定書や売買契約書の案を提出する必要があります。家庭裁判所の許可が出るまで3週間から4週間程度の期間が必要になるため、スケジュールを立てるうえでは注意が必要です。 【家庭裁判所への申立てに必要となる書類】 4 税務申告 不動産の処分により被後見人に税務申告が必要になった場合には、成年後見人が職務として税務申告を行うことが可能です。ただし、成年後見人が税理士であっても法定後見の場合は、あくまで成年後見人の職務として税務申告を行うため、後見報酬とは別に税理士報酬を請求することはできないとされています(日本税理士会連合会・日税連成年後見支援センター「税理士のための成年後見Q&A~相談事例を中心として~」(2023年7月)Q7-2参照)。なお、任意後見の場合は任意後見契約の内容により判断することになります(同参照)。 5 賃貸借契約の締結・解除にも許可が必要 家庭裁判所による居住用不動産の処分許可ですが、売却する以外にも被後見人の所有する居住用不動産を賃貸に出したり、被後見人が居住用に借りている賃貸物件について賃貸借契約を解除したりする場合にも必要とされているため注意が必要です。 (了)
《速報解説》 新リース会計基準の注記に関する 改正法務省令案がパブコメに付される ~借り手・貸し手ごとに注記事項を規定~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025(令和7)年2月5日、法務省は「会社計算規則の一部を改正する省令案」を公表し、意見募集を行っている。 これは、「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)の公表等を受けたものである。 意見募集期間は2025年3月6日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 1 定義 使用権資産、ファイナンス・リースなどの定義について改正する(会社計算規則2条)。 例えば、使用権資産とは、リースの対象となる資産を使用する権利をいう。 2 資産の部の区分及び負債の部の区分 使用権資産、リース負債などについて規定する(会社計算規則74条、75条)。 3 注記事項 「リースに関する注記」とし、次の事項の注記を規定する(会社計算規則98条、108条)。 連結計算書類を作成する株式会社は、個別注記表における会社計算規則108条1項(第1号イを除く)の注記を要しない(会社計算規則108条2項)などの規定を設ける。 また、会社計算規則108条1項の規定にかかわらず、ファイナンス・リースの借手である株式会社が当該ファイナンス・リースについて資産及び負債を計上する会計処理を行っていない場合の個別注記表におけるリースに関する注記は、リースの対象となる資産(固定資産に限る)に関する事項とする(会社計算規則108条4項)。 この場合において、当該資産の全部又は一部に係る次に掲げる事項(各資産について一括して注記する場合にあっては、一括して注記すべき資産に関する事項)を含めることを妨げない。 「金融商品に関する注記」(会社計算規則109条)、「賃貸等不動産に関する注記」(会社計算規則110条)も改正する。 Ⅲ 施行期日等 公布の日から施行する予定である。 改正後の会社計算規則(以下「新会社計算規則」という)の規定は、2027(令和9)年4月1日以後に開始する事業年度及び連結会計年度に係る計算書類及び連結計算書類について適用し、同日前に開始する事業年度及び連結会計年度に係るものについては、なお従前の例によるものとする予定である。 ただし、2025(令和7)年4月1日以後に開始する事業年度及び連結会計年度に係るものについては、新会社計算規則の規定を適用することができるものとする予定である。 ただし、経過規定に注意が必要である。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2025年2月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.605を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.144- 「「在老」緩和と公的年金等控除の見直し」 -連動する年金改正と税制改正- 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 今年の通常国会は、予算、税制改正法の成立が終われば、年金改正の議論に移る。厚生労働省が与党に示した案では、パートが厚生年金に加入する要件の見直し(106万円の壁の撤廃など)や高所得者の厚生年金の保険料引上げ等に加えて、在職老齢年金制度(以下「在老」)の基準の引上げも含まれている。 * * * 「在老」は、就労し一定以上の賃金を得ている65歳以上の老齢厚生年金受給者を対象に、老齢厚生年金の一部又は全部の支給を停止する制度である。人手不足の中、高齢者の就労促進は国家的な課題といえるが、働いて所得を得ればそれに応じて年金が減額されるという制度は、高齢者の就労意欲を損なわせ、現実に就労調整につながってきた。厚労省による2019年の調査では、「在老」があるので年金額が減らないように就業時間を調整しながら働くと回答した人は、60歳台後半でも4割を占めている。 さらに経営者側が「在老」を織り込んで賃金を調整するという、制度の趣旨とは異なる本末転倒な事例も指摘されてきた。 一方で、この制度の見直しは高所得者にとって有利になることから、公平性の観点が指摘されてきた。また、年金支給のための財源も必要になる。「在老」を撤廃した場合、現在適用を受けている者の給付は4,500億円増加し(2022年度末)、一方で厚生年金の所得代替率は0.5%低下すると厚労省は試算してきた。 今回の厚労省案では、支給停止の基準額を現行の50万円から62万円に引き上げるとしており、「在老」対象者が20万人ほど減ることになる。 * * * 筆者は、高齢者の就労意欲に影響を与えている「在老」の見直しは賛成である。 では、課題であった財源の確保と、高所得者に利益が偏る公平性の問題への対応はどうなるのか。 まずは財源の確保だが、このために必要となる財源は2,200億円と試算されている。一方で厚労省案では「標準報酬月額の上限の見直し」が行われる。現在、厚生年金の標準報酬月額の上限は65万円だが、これを75万円に引き上げるとしている。これにより4,300億円の保険料収入の増加が可能になると試算されおり、「在老」廃止による減収分を十分補うことができる。所得代替率への影響も軽減される。 次に世代内の公平性の問題についてだが、税制改正での対応が予定されている。与党による令和7年度税制改正大綱には、「給与所得控除と公的年金等控除の合計額の上限を280万円とすることとし、在職老齢年金制度の見直しの帰趨を踏まえ、令和8年度税制改正において法制化を行う」という一文が挿入された。 給与所得と年金の双方がある場合、給与所得控除と公的年金等控除をダブルで受けることができるので、収入が給与のみの場合と、給与と年金双方ある場合の控除額の差の問題が指摘されてきたが、控除の合計額に上限を設けることで、格差拡大を防止する効果が期待される。 * * * これまでも年金と税制の連携の必要性は長年指摘されてきた。今回このような形で改正されることは社会保障・税一体改革の理念にも適うものであり、前向きに評価すべきと考える。 残る最大の課題は基礎年金の底上げであり、これが社会保障・税一体改革の本丸である。 (了)
〔令和7年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第1回】 「賃上げ促進税制の強化」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和6年度税制改正における改正事項を中心として、令和7年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第1回】は、「賃上げ促進税制の強化」について解説する。 1 賃上げ促進税制の強化 賃上げ促進税制とは、青色申告書を提出している法人が給与等支給額を一定以上増加させた場合に、給与等支給額の増加額の一定割合について、税額控除が認められる制度である。ただし、当期の法人税額に一定の割合を乗じた金額が、控除限度額となる。 企業の構造的・持続的な賃上げを促進するため、令和6年度税制改正において以下のように見直された上で、令和9年3月31日に開始する事業年度まで3年間延長されている。 ① 企業の区分を3つに分類 改正前の「大企業」の範囲から「中堅企業」という分類が新たに設けられ、「大企業向け」、「中堅企業向け」、「中小企業向け」という3分類に応じた賃上げ促進税制が整備された。 (※1) 青色申告書を提出していることが前提。 (※2) その法人及びその法人による支配関係がある法人の従業員数の合計が1万人を超えるものを除く。 (※3) 以下の法人は対象外。 ・同一の大規模法人との間に当該大規模法人による完全支配関係がある法人等から、2分の1以上の出資を受ける法人 ・2以上の大規模法人から3分の2以上の出資を受ける法人 ・前3事業年度の平均所得金額が15億円超の法人 【賃上げ促進税制の対象企業】 (注) の部分の企業(「資本金又は出資金10億円以上かつ常時使用する従業員数1,000人以上」若しくは「資本金の額にかかわらず、常時使用する従業員数2,000人超」の法人)は、マルチステークホルダー方針の公表及びその旨の届出が必要。 ② 教育訓練費の増加要件を見直し 教育訓練費が増加した場合に税額控除率の上乗せ措置を受けることができる要件が、次のように見直されている。 ③ 子育て支援、女性活躍推進に取り組む企業への上乗せ措置の新設 厚生労働省による「えるぼし認定(女性活躍推進)」、「くるみん認定(子育てと仕事の両立)」を活用した、税額控除率の上乗せ措置が新設されている。 ◎えるぼし認定 企業が女性の活躍に関する計画を策定し、取組みの実施状況が優良である場合に、厚生労働大臣の認定を受けることができる制度。 【認定の名称】 ◎くるみん認定 仕事と子育ての両立に関する計画を策定し、一定の基準を満たした場合に、厚生労働大臣の認定を受けることができる制度。 【認定の名称】 ④ 中小企業における税額控除の繰越措置の創設 中小企業においては、賃上げ促進税制を適用した際に控除しきれなかった金額がある場合、5年間繰り越すことが可能になった。ただし、繰越税額控除をする事業年度において、雇用者給与等支給額が前事業年度より増加していることが必要である。 この改正は令和6年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、令和7年3月期決算申告には適用されることになる。 2 大企業向け賃上げ促進税制 「1 賃上げ促進税制の強化」で解説した改正に加えて、雇用者給与等支給額の増加額に対して適用される税額控除率の見直しが行われている。 3 中堅企業向け賃上げ促進税制 「1 賃上げ促進税制の強化」で解説したとおり、「大企業」の範囲から「中堅企業」という分類が新設されており、大企業向けと比較して控除率の上乗せ要件が一部緩和されている。 4 中小企業向け賃上げ促進税制 「1 賃上げ促進税制の強化」で解説した改正が行われている。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例71】 「自己破産した債務者に対する債権の損金算入時期」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、東北地方のある県庁所在地に本社を構え貸金業を営む株式会社X(資本金5億円で3月決算法人)において、経理部長を務めております。 わが国の貸金業を取り巻く全般的な経営環境は、2020年以来のコロナ禍がようやく収束に向かう中で、新規貸出はやや持ち直してきているものの、急激な物価上昇等の影響による事業コストの増大、デジタル化の進展等を背景とした顧客ニーズの変化に直面するといったこともあり、引き続き厳しい状況に置かれています。わが社は、消費者(個人)向け無担保融資を行い貸付残高が100億円に満たない中小規模の貸金業者ですが、これまでわが社の経営に厳しい影響を及ぼしてきた、少子高齢化に伴うマーケットの縮小が主たる原因である収益性(利息収入から営業費用を差し引いたもの)の下落傾向には、ようやく歯止めがかかってきたところです。一方で、最近新たに浮上してきた経営リスクとして、人員不足の問題が深刻化しており、頭痛の種は尽きないところです。 さて、そのような中、新たな頭痛の種となっているのが、先週から受けている税務調査です。今回は、個人向けの貸金の中に、自己破産した債務者(故人)のものがあり、当該債務者に相続人がいないことから、債務者が死亡した時点で損金処理したところ、調査官がそれは認められないと主張しているというものです。調査官は、故人が自己破産したのは死亡する2期前の事業年度であり、その時点で直ちに貸倒損失に係る損金算入をすべきところ、死亡した事業年度まで損金算入を繰り延べたのは、利益調整のためであると決めつけています。債務者の自己破産の時点では貸倒損失が確定したとはいえず、死亡時点においてそれが確定し損金算入するのが妥当と考えますが、税法の観点からはどのように考えるべきなのでしょうか、教えてください。 【A】 金銭債権に係る貸倒損失は、当該債権の回収が事実上不可能であることが明らかになった場合に、その事業年度において直ちに損金算入を行うべきといえます。したがって、仮にそうではなく、例えば、債権の回収不能が明らかになったというべき破産手続きが終了した事業年度は赤字であるため損金算入をせず、その後の黒字転換した事業年度において損金算入をすることにより、利益操作を行うというような経理処理は、法人税法上求められる、公正妥当な会計処理の見地から許されないということがいえるでしょう。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 公正処理基準 法人税法において、法人の各事業年度の所得は、益金の額から損金の額を控除することにより求めるものとされており(法法22①)、これは企業会計でいう損益法(利益=収益-費用)の考え方に準拠しているといえる。これは更に、法人の収益・費用等の額は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算されるべき旨(企業会計準拠主義)が定められた法人税法第22条第4項により確認されている。この「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」とは、一般社会通念に照らして公正妥当と評価されうる会計処理の基準を意味し、これを定めた法人税法第22条第4項の規定は一般に「公正処理基準」と称される。 公正処理基準の中核をなす会計処理の基準は、企業会計基準や同注解、企業会計基準委員会の会計基準や適用基準、会社法・金融商品取引法に基づく計算規定・会計処理基準にとどまらず、確立した会計慣行を広く含むと解されている(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)357-358頁参照。 (2) 費用の年度帰属 企業会計上は、発生主義により損益を認識すべきとされているが、法人税法における所得計算においても同様に発生主義が妥当すると解されている(※2)。ここでいう発生主義は、財貨の移転や役務の提供などによって債権が確定したときに収益が発生するということを意味し、これを一般に権利確定主義という。 (※2) 金子前掲(※1)書365頁参照。 損金については、法人税法第22条第3項第2号で、(減価)償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定していないものを費用の範囲から除外している。すなわち、法人税法上、減価償却費以外の費用については、債務確定主義が妥当するということになる。費用の年度帰属については、企業会計における費用収益対応の原則が法人税法上も同法第22条同4項の公正処理基準に基づき妥当するという解釈により、一般に同原則により決定されるものと考えられる(※3)。 (※3) 金子前掲(※1)書375頁参照。 (3) 自己破産した債務者に対する債権の損金算入時期が争われた事例 それでは本件と同様に、自己破産した債務者に対する債権の損金算入時期が争われた事例(秋田地裁平成17年10月28日判決・税資255号-303(順号10184)、TAINSコード:Z255-10184)について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 本件は、金銭の貸付け等を目的とする株式会社である原告が、その法人税の確定申告について、所轄税務署長から、貸倒損失の否認等を理由とする更正処分を受けたことについて、その判断の違法を主張し、当該処分の一部の取消しを求めたものである。 原告の主張する貸倒損失に係る債権は以下のとおりである。 ② 事案の争点 本件の争点は、被告が、本件処分において、本件債権のうち、本件係争部分について貸倒損失の損金算入を否認したことが適法であったかどうかである。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されず確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例は、自己破産した債務者に対する債権の損金算入時期が争われた事案であり、それは客観的に1つの時点に決まるものであり、納税者の恣意的な選択によりその時点を動かすことができるわけではないということが問われた事案である。法人税基本通達9-6-2を「できる」規定と解して、その全額が回収できないことが明らかとなった事業年度において貸倒れとして損金算入することもできるし、その後の事業年度において損金算入を繰り延べて処理することも可能と考えるのは、公正処理基準に照らして「誤り」と判断されたことになる。 ところで、それ以外に注目すべき点として、注意深く読んでいないと読み飛ばしてしまいそうだが、少し立ち止まって注意深く検討すべき事項が少なからずあることを再確認させられる事案であるということが挙げられる。 例えば、原告・納税者側は、近年話題になることが多くなってきた相続人不存在につき、「乙が死亡し、その相続人も不存在であったことによって、本件債権は法律上消滅した旨」を主張した。一読するともっとものように感じられるのであるが、法律家である裁判所は、その点につき当然そのまま是認するようなことはしない。すなわち、裁判所はこれにつき、「本件債権のような金銭債権は、債務者の死亡や相続人の不存在によって消滅するものではないから、原告の主張は、その前提を欠き、採用することができない」として斥けている。 相続人不存在の場合において金銭債権はどうなるのか、改めて確認しておくと、まず家庭裁判所により相続財産管理人が選任される。その後相続人捜索の公告が行われ、その結果相続人がいないことが判明した場合には、特別縁故者に対する財産分与がなされる。その後、その残額があれば最終的に国庫に帰属することとなる。すなわち、相続人が不存在であるからといって、直ちに債権債務が消滅するのではなく、上記プロセスを経なければ債権は存在したままであるといえる。少子高齢化の進行するわが国において、近年話題になることが多くなってきた相続人不存在の法的意義については、今一度確認しておきたいところである。 (4) 本件へのあてはめ 金銭債権に係る貸倒損失は、当該債権の回収が事実上不可能であることが明らかになった場合に、その事業年度において直ちに損金算入を行うべきといえる。したがって、仮にそうではなく、例えば、債権の回収不能が明らかになったというべき破産手続きが終了した事業年度は赤字であるため損金算入を行わず、その後の黒字転換した事業年度において損金算入を行うことにより、利益操作を行うというような経理処理は、法人税法上求められる、公正妥当な会計処理の見地から許されないということがいえるだろう。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q90】 「相続した株式と同一銘柄の株式を譲渡した場合の譲渡所得の計算」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 相続税額の取得費加算の特例 個人が相続又は遺贈により資産を取得して、相続税の課税対象となった資産を相続の開始のあった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に譲渡した場合には、相続税額のうち譲渡した資産に対応する部分として一定の方法により計算した金額を、譲渡所得の金額の計算上取得費に加算することとされています(譲渡益の金額を超える場合は、譲渡益相当額)。 これは、相続の直後に相続財産の処分が行われると、相続税と譲渡益に係る所得税とが二重に課されるとの指摘があったほか、相続税の納付のために相続財産の一部を処分することがあるのはやむを得ないといった事情に配慮した措置と考えられています。 2 相続により取得した株式と同一銘柄の株式を保有していた場合の取扱い 株式投資を行っている個人が相続により株式を取得する場合、相続による取得とは別に、同じ銘柄の株式を市場で購入することもあり得ます。そして、相続により取得した株式と同一銘柄の株式を譲渡する場合、相続により取得した株式を譲渡したのか、自己で購入した株式を譲渡したのかが明確でなく、相続税額の取得費加算の特例の適用上、譲渡した株式を相続税の課税価格の計算の基礎に算入されたものとして取り扱うべきか否かという疑問が生じます。そこで、本特例の適用においては、相続により取得した株式から優先的に譲渡したものとして取り扱うことができる旨が通達により明らかにされています。 また、相続税額の取得費加算の特例の適用を受けるためには、確定申告書に「相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書」を添付する必要があります。譲渡した株式が源泉徴収を選択した特定口座で保有されている場合も、確定申告しなければ本特例が適用されませんので注意が必要です。 3 本件へのあてはめ 譲渡したA株式は、相続により取得したものと同一銘柄で、かつ、相続の翌年に譲渡したとのことですので、相続税額のうち一定の方法により計算した金額を、A株式の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上、A株式の取得費に加算する特例が適用される可能性があるものと考えられます。A株式は相続により取得したもののほかに、市場で購入したものがあるとのことですが、相続税額の取得費加算の特例を適用する場合は、相続により取得した株式から優先的に譲渡したものとして取り扱うことができます。 なお、本特例の適用にあたっては、「相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書」を添付した確定申告書を提出することが要件となるため、A株式が源泉徴収を選択した特定口座で保有されている場合であっても、確定申告が必要となります。 (了)
租税争訟レポート 【第77回】 「所得税等の各更正処分並びに 過少申告加算税の各賦課決定処分の取消請求事件 ~青色事業専従者給与の適正額 (第1審:長野地方裁判所令和4年12月9日判決、 控訴審:東京高等裁判所令和5年8月3日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第1審判決の概要〉 〈控訴審判決の概要〉 【事案の概要】 本件は、長野県岡谷市内に開設された診療所で内科等の医業を営む医師であり、青色申告の承認を受けている原告が、平成28年分から平成30年分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」と総称する)の各確定申告について、看護師である自己の配偶者に支払ったとする青色事業専従者給与年額1,800万円(月額100万円+賞与300万円×2回)の相当性を一部否認して、処分行政庁がした増額更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」と総称する)は違法であると主張して、更正処分の増額部分及び過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める事案である。 【争点と当事者の主張】 1 本件専従者給与の額が、所得税法57条1項の「労務の対価として相当であると認められる」ものか(専従者給与の額の相当性)〔争点1〕 (1) 被告の主張 被告は、「青色事業専従者給与に関する届出書(本件届出書)」、「青色事業専従者給与に関する変更届出書(本件各変更届出書)」、諏訪税務署の職員による調査で配偶者から受領した書面に加え、訴訟における各証拠を見ても、配偶者の労務の性質及び労務の提供の程度等は明らかではなく、原告が雇用する他の看護師使用人の労務との間に質的に異なる程の大きな差異はないこと、原告の事業と同種の事業でその規模が類似するものに従事する者が支払を受ける給与と比較する方法(以下「類似同業者給与比準方式」という)により算出した金額(平成28年及び平成29年分につきいずれも821万3,334円、平成30年分につき792万4,922円)と比較した場合、本件専従者給与の額は、平成28年分及び29年分がいずれも約2.19倍、平成30年分が約2.27倍と高額であると指摘したうえで、本件専従者給与の年額1,800万円は、「労務の対価として相当であると認められる」ものとはいえないと主張した。 (2) 原告の主張 原告は、原告の配偶者は、看護師長と事務長を兼任しており、看護師と事務員の統括、外来看護、受付業務、調剤等を行っており、使用人の誰よりも早く出勤し、最後まで居残って業務を行っており、昼休みには、在宅医療の往診、特定検診、予防接種、必要品の購入、銀行への振込も行い、終業後には、当日分の日計表の作成、領収書の整理、翌日の振込準備を行っていることに加え、毎月、職員の給料計算等の労務管理や社会保険関係の書類の提出を行い、インフルエンザの予防接種の時期になれば、休日である土曜日及び日曜日にも接種及びその準備等を行うなど、時間外・休日労働が年900時間以上にのぼると説明したうえで、さらに、精神的負荷も大きいことから、配偶者の従事する業務は余人をもって代え難いものであり、質及び量のいずれの観点から見ても幅広くかつ多くの業務をこなし、本件事業に多大な貢献をしていることを明らかにした。 そのうえで、専従者給与の年額1,800万円は、配偶者の看護師としての経験・勤務年数、仕事の内容、労働時間及び役職等に照らし、労務の対価として相当であると認められるものであると主張した。 2 専従者給与の額が「労務の対価として相当であると認められる」ものでない場合、相当な金額はいくらか(本件における適正給与相当額)〔争点2〕 (1) 被告の主張 被告は、各年分について、配偶者が事業のために提供していた労務の性質及び労務の提供の程度については不明であり、その事業に従事する他の使用人が支払を受ける給与の状況と比較する方法(使用人給与比準方式)は適当ではないから、類似同業者給与比準方式により適正給与相当額を算定するのが適当であるとして、かかる方式で算出した、類似同業者の平均額である平成28年分及び平成29年分の821万3,334円、平成30年分の792万4,922円が、本件における適正給与相当額となると主張した。 (2) 原告の主張 原告は、被告の主張については争うとし、被告が主張する金額は、配偶者の看護師としての経験・勤務年数、仕事の内容、労働時間及び役職等を全く考慮しておらず、適正給与相当額とはいえないと主張した。 【長野地方裁判所の判断】 長野地方裁判所は、結論としては、原告の請求はいずれも理由がないから棄却するという判決を言い渡した。 争点ごとの裁判所の判断は、次のとおりである。 1 本件専従者給与の額が、所得税法57条1項の「労務の対価として相当であると認められる」ものか(専従者給与の額の相当性)〔争点1〕 裁判所は、所得税法57条1項の規定は、納税者が青色申告の承認を受けている場合は、同法56条の規定にかかわらず、特例として、納税者と生計を一にする親族が受ける給与の金額のうち、その労務に従事した期間、労務の性質及びその提供の程度、その事業の種類及び規模、その事業と同種の事業でその規模が類似するものが支給する給与の状況等に照らしその労務の対価として相当であると認められるものは、当該納税者の事業所得等の計算上必要経費に算入することができるとするものであり、所得税法施行令164条1項は、①青色事業専従者の労務に従事した期間、労務の性質及びその提供の程度、②その事業に従事する他の使用人が支払を受ける給与の状況及びその事業と同種の事業でその規模が類似するものに従事する者が支払を受ける給与の状況、③その事業の種類及び規模並びにその収益の状況と規定していると、所得税法の規定を示したうえで、青色事業専従者に支払った給与の額と提供された労務との対価関係が明確であるものに限られるというべきであると判示した。 そのうえで、裁判所は、原告による青色事業専従者給与の算出方法は、一方で配偶者についてのみタイムカード等による労働時間の管理を行わず、その代償として管理職手当を計上していながら、他方で時間外労働等の対価として割増賃金を計上している自家撞着があることなど、恣意的なこじつけといわざるを得ないと断じた。 さらに裁判所は、各変更届出書によれば、原告が配偶者に支払う青色事業専従者給与の月額は、本件配偶者が看護師資格を得て本件事業に従事し始めたことがうかがわれる平成15年4月以後の月額45万円から、平成18年1月以後は月額70万円、平成19年1月以後は月額80万円、平成21年1月以後は月額100万円と漸増しているところ、この間、「仕事の内容・従事の程度」欄の記載は、一貫して看護師、事務及び経理というものであって、平成15年4月以降変更はないし、この間に事業が拡大するなど、配偶者の業務が特段に増加したような事情も格別うかがわれないことから、平成17年12月までは月額45万円であった支給額が、僅か3年余りで2倍以上に増額となった経緯についても、その具体的理由は全く不分明であり、その観点からも、本件専従者給与の月額100万円と労務の対価関係は明らかであるとはいい難いとして、専従者給与の額1,800万円が、配偶者の労務の対価として相当であるとは認められないという判断を示した。 2 専従者給与の額が「労務の対価として相当であると認められる」ものでない場合、相当な金額はいくらか(本件における適正給与相当額)〔争点2〕 裁判所は、〔争点2〕である「適正給与額」について、配偶者の労務内容や労務の量を具体的に認定することができず、専従者給与の額は、配偶者の労務との対価関係が明らかではない以上、処分行政庁が推計計算によって適正給与相当額を算出したことは相当であると述べたうえで、処分行政庁が採用した、類似同業者給与比準方式について、本件診療所と同じ又は隣接する税務署の管内に事業所を有する個人事業主、かつ、青色申告事業者で、年間を通じて青色事業専従者給与を配偶者に支払っており、当該配偶者が看護師資格を有する者として設定し、原告との類似性を確保しており、その抽出基準の設定は合理性が認められるうえ、各税務署長に指示して回答させる方法により、上記基準に該当するものを機械的、無作為に収集しているのであって、この過程に恣意性はないことなどを理由に、類似同業者給与比準方式によって算出した平均額は、所得税法57条1項に照らし、適正な青色事業専従者給与額と評価することができ、処分行政庁が採用した推計方法は合理的なものと認めることができるという判断を示した。 また、裁判所は、原告による、類似同業者給与比準方式によって算出した平均額は、配偶者の看護師としての経験・勤務年数、仕事の内容、労働時間及び役職等を全く考慮しておらず、適正給与相当額ではないという主張に対しては、配偶者の労務内容や労務の量を具体的に認定することができないうえに、原告が主張するそれらの事情が、上記過程により算出された平均値に吸収され得ないほどの特殊な事情であることは具体的に明らかとなっていないことを理由に、原告の主張は採用する前提を欠くと断じた。 そして裁判所は、結論として、本件における適正給与相当額は、処分行政庁がとった推計方法により算出された、平成28年分及び平成29年分につき821万3,334円、平成30年分につき792万4,922円と認めるのが相当であるから、専従者給与の額1,800万円は所得税法57条1項の「労務の対価として相当であると認められる」ものとはいえず、適正給与相当額を超える額は、所得税等における事業所得の金額の計算上、必要経費に算入することができないというべきであるという判決を言い渡して、原告の主張を棄却した。 【東京高等裁判所の判断】 控訴審である東京高等裁判所も、結論としては、原審である長野地方裁判所と同様、各処分を取り消すべき違法は認められず、控訴人の請求をいずれも棄却するのが相当であると判断するとしたうえで、控訴人の主張(補充主張)に対する判断を次のように示している。 1 控訴審における控訴人の主張(補充主張) 控訴人は、診療所において、自らが医師として、配偶者が看護師及び事務員の統括等を行うなどして二人三脚の状態で事業を営んでいるものであり、配偶者は実際上、共同経営者の立場にあり、労慟時間においては事業主である控訴人を上回るものであったところ、諏訪税務署の職員が各確定申告に関し、令和元年8月から令和2年9月にかけて行った各種の調査では、配偶者の労務内容や労務の量について、来院者や診療所における他の被用者らに対する聞き取りなど実態調査を行っていない違法があり、これらを実施すれば、配偶者の労務と本件専従者給与との対価関係が明確となると主張した〔補充主張1〕。 さらに、控訴人は、処分行政庁が配偶者の適正給与相当額の算出に当たり抽出した類似同業者における青色事業専従者の労務内容、労働時間等の情報を開示せず、一方的に相当額を算出して各処分を行ったことは、憲法22条が保障する営業の自由を侵害するものであると主張した〔補充主張2〕。 2 控訴審における控訴人の主張(補充主張)に対する東京高等裁判所の判断 裁判所は、控訴人による〔補充主張1〕に対して、控訴人の配偶者は、看護師使用人と比較すると多様な業務に従事しており、看護師長兼事務長として責任のある業務を担当し、かつ、その労務に従事した時間もある程度長時間に及んでいたことはうかがえるものの、タイムカード等による労働時間の管理等が行われておらず、その労務内容や労務の量を客観的に裏付ける証拠はなく、労働時間、業務の多様性、責任や精神的負荷の大きさ等が具体的にどのように考慮されて専従者給与の支給額に反映されたのかが、配偶者に対する青色事業専従者給与の額が平成17年12月から3年余りで2倍以上に増加した経緯等も含めて判然とせず、専従者給与の額は、配偶者の労務と対価関係が明確であるとはいえないとの判断を示すとともに、諏訪税務署の職員は、調査において、配偶者の労務内容や労務の量について、控訴人、配偶者及び控訴人の関与税理士に対する聞き取り調査を行うとともに、資料等の提出を受けていることから、来院者や診療所における他の被用者らに対する聞き取りなどを実施しても、配偶者の労務内容や労務の量等が客観的に明らかになるとは認め難く、本件調査に違法又は不備があったともいえないことから、控訴人の〔補充主張1〕は採用することができないとの判断を示した。 さらに、裁判所は、控訴人による〔補充主張2〕に対して、処分行政庁は、配偶者の適正給与相当額の算出に当たり、類似同業者給与比準方式を採用し、類似同業者を抽出するに当たり、その抽出基準を、控訴人と同じ業種、類似する収入規模、診療所と同じ又は隣接する税務署の管内に事業所を有する個人事業主、かつ、青色申告事業者で、年間を通じて青色事業専従者給与を配偶者に支払っており、配偶者が看護師資格を有する者として設定し、控訴人との類似性を確保するとともに、その所得税等の申告が確定している者を基準として設定し、災害等の特殊状況下にある者を除外するなどして、資料の正確性も担保しており、その抽出基準の設定は合理性が認められること、基準に該当するものを機械的、無作為に収集しており、この過程に恣意性はないこと、収集された類似同業者の数も各類似同業者の特殊性や個別事情等を平均化しうるに足りる数が確保できていることからすれば、類似同業者については、その信頼性及び控訴人との類似性は担保されているといえ、その結果算出された類似同業者における青色事業専従者が支払を受けた給与の平均額は、所得税法57条1項に照らし、適正な青色事業専従者給与額と評価することができ、処分行政庁が採用した推計方法は合理的なものと認めることができることから、被控訴人又は処分行政庁が、控訴人に対し、抽出基準及びその結果以上に、類似同業者における青色事業専従者の労務内容、労働時間等の情報まで開示する必要性は認め難く、情報の開示がないことをもって、控訴人の営業の自由が侵害されたとはいえないと判断をして、控訴人の主張を斥けた。 【判決の特徴】 診療所を経営する医師が、自らの配偶者である看護師を青色事業専従者として給与を支給していたところ、所轄の税務署の調査が入り、青色専従者給与の一部を否認された課税処分の取消しを求める事案で、原告である医師は、訴訟代理人を立てずに、本人訴訟で臨んだようである。 本人訴訟を選択した理由は不明であるが、訴訟代理人を立てなかった結果、関与税理士を補佐人として出頭・陳述させることもできなかったことが、原告・控訴人に不利に働いた面があったかもしれない(第一審判決の中で原告の主張は、「恣意的なこじつけといわざるを得ない」とまで評されている)。 現行の税理士補佐人制度は、あくまで「訴訟代理人である弁護士の補佐」を行うものであり、訴訟当事者の補佐を行うものではない(下記参照。下線は筆者による)。 第1審判決から、原告の確定申告における青色事業専従者給与の額の変遷をまとめておきたい。なお、空欄は記載がないことを表し、表記は届出書の記入されたものである。 上記からは、平成15年以降、従事する業務内容及び資格に変更はないにもかかわらず、数年ごとに昇給を行っていることが見て取れる。 最後に、本件調査の対象となった年分の原告の確定申告における事業所得の金額及び処分行政庁による更正処分に係る事業所得の金額を見ておきたい(単位はいずれも「円」)。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第49回】 「国際的組織再編に対する法人税法132条1項適用の是非」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 国際的な組織再編に対し、法人税法132条1項に規定する同族会社の行為計算否認規定の適用の是非が争われた事例はあるのでしょうか。 〔A〕 本連載【第27回】で取り上げたユニバーサルミュージック事件以外でもIBM事件が知られており、そこでは、課税当局の「納税者が行った一連の行為は、法人税の負担を減少させる不当なものと評価されるべき」という主張は、裁判所に提出された全証拠によっても認め難いという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 問題の所在 (1) 平成13年度の税制改正(帳簿価額基準の廃止) 法人税法におけるみなし配当の額は、平成13年度の税制改正前は、法人株主等が交付を受ける金銭等の額が旧株の帳簿価額を超える場合のその超える部分の額とされ、かつ、株式発行法人の資本金等の額に相当する部分以外の部分からなる金額とされていたが、本改正により、帳簿価額を基準とする考え方は廃止され、株式発行法人の資本金等の額を基準とした算定方法だけが残り、結果的に、所得税法における取扱いと同一とされた。この趣旨については、「法人がその活動により稼得した利益を還元したと考えられる部分の金額の有無や多寡は、本来、その株主等の株式の帳簿価額とは関係がない」(※1)という考え方によるものとされている。 (※1) 中尾睦ほか『平成13年版 改正税法のすべて』(大蔵財務協会・2001年)162頁参照。 (2) 自社株買いの設例 上記改正後の自社株買いに係る課税関係は以下のとおり。 【設例】下記甲法人の持分の10分の1を100で取得した後、同法人へ100で譲渡 上記改正以降、株式買取請求権の行使に対応して行われる自社株買い等によって発生する譲渡損失を利用するタックスプランニングは広く行われていた(※2)が、以下で取り上げるIBM事件では、国際的な組織再編により計上された譲渡損失につき、法人税法132条1項《同族会社の行為又は計算の否認》の規定を適用した課税処分の是非が争われた。 (※2) 太田洋=伊藤剛志編著『企業取引と税務否認の実務(第2版)』(大蔵財務協会・2022年)186~187頁参照。なお、現在の取扱いについては、後述の3(1)参照。 2 過去の裁判例 《【第一審】東京地裁平成26年5月9日判決(税資第264号-88(順号12469))》 (※3) 《【控訴審】東京高裁平成27年3月25日判決(税資第265号-56(順号12639))》 (※4) 《【上告審】最高裁平成28年2月18日決定(税資第266号-24(順号12802))》 (※5) (※3) TAINSコード:Z264-12469 (※4) TAINSコード:Z265-12639 (※5) TAINSコード:Z266-12802 (1) 事件の概要 本件は、外国法人であるA(※6)を唯一の社員とする同族会社であった内国法人X(原告・被控訴人)が、平成14年2月にAから内国法人B(※7)の発行済株式の全部を1兆9,500億円で取得(本件株式購入(※8))し、その後、平成17年12月までに3回にわたり同株式の一部を発行法人であるBに代金総額4,298億円で譲渡(本件各譲渡。1株当たりの譲渡価額は取得価額と同じ)して、当該株式の譲渡に係る対価の額(利益の配当とみなされる金額に相当する金額を控除した金額)と当該株式の譲渡に係る原価の額との差額である譲渡損失(総額3,995億円)を損金の額に算入し、結果生じた欠損金額に相当する金額を、平成20年1月1日に連結納税の承認があったものとみなされた連結所得の金額の計算上損金の額に算入して平成20年12月連結期の法人税の確定申告をしたところ、処分行政庁Y(被告・控訴人)が、法人税法132条1項の規定を適用して、本件各譲渡に係る譲渡損失の損金算入を否認する旨の更正処分を行った。Xは、かかる処分は違法なものであると主張し、出訴した。 (※6) 米国IBMグループの海外の関連会社を統括する持株会社。 (※7) 本件株式購入前は、AはB(日本IBM)の直接の親会社であった。従前BがAに支払う配当には日米租税条約により10%の源泉税が課せられていたが。当時米国では代替ミニマム課税(Alternative Minimum Tax)により外国税額控除が制限され、国際的二重課税が解消されていなかった。なお、本件では、米国税制上チェック・ザ・ボックス規定が適用され、XはAの支店とみなされるため、AによるXに対するA株式譲渡取引は、内部取引(本支店間取引)として課税されない。 (※8) 本件株式購入資金については、本件株式購入直前のAからの増資1,318億円(本件増資)及び借入金1兆8,182億円(本件融資)で賄われた。 Xの中間持株会社化と本件各譲渡(本件一連の取引)を図示すると、以下のとおり。 (2) 主な争点 譲渡損失により欠損金額が生じたことによる法人税の負担の減少が、法人税法132条1項にいう「不当」なものと評価することができるか。 (3) 裁判所の判断 ① 本件第一審判決 Yは、本件一連の行為を構成する本件各譲渡を容認して法人税の負担を減少させることは法人税法132条1項にいう「不当」なものと評価されるべきである旨主張し、その評価根拠事実として、①XをあえてBの中間持株会社としたことに正当な理由ないし事業目的があったとはいい難い、②本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものである、及び③本件各譲渡を含む本件一連の行為に租税回避の意図が認められるという3点を主張した。 東京地裁は上記①及び②について、Xを日本におけるIBMグループの中間持株会社として置いたことに正当な理由ないし事業目的がなかったとはいい難く、また、本件融資が独立した当事者間の通常の取引として到底あり得ないという証拠ないし事情等もないと判示して、Yの主張を斥けた。 また、③の租税回避の意図について、Yはさらに次の4つの点を主張したが、東京地裁はそれぞれ、要旨、以下のように判示してYの主張を排斥し、Xの勝訴となった。 (※9) 太田=伊藤・前掲(※2)194頁には、「多額の含み益を有する日本IBMの資産について連結納税開始前における時価評価益の認識(法人税法61条の11)を回避するためには、本件株式購入の後5年を超えた後に連結納税を開始する必要がある。しかしながら、2002年譲渡の当時、欠損金の繰越可能期間は5年とされており、本件株式購入の後5年を超えた後に連結納税を開始した場合には。2002年譲渡により発生する税務上の損失を繰越欠損金として使用することができない。」との指摘がある。判決文は、「(平成16年の税制改正により)欠損金の繰越期間の制限が7年に延長され、かつ、平成13年4月1日以後に開始した事業年度において生じた欠損金額に遡って適用されるという(中略)法人税法の改正(括弧内略)がされたところ、Xが、そのことによって初めて、連結納税の承認を受けることにより、子会社であるBの資産について時価による評価をすることなく平成14年譲渡によりXに生じた有価証券(Bの株式)の譲渡に係る譲渡損失額を連結所得の金額の計算上損金の額に算入することが可能となった」と述べている。 ② 本件控訴審判決 (a) Yによる新たな主張の追加 Yは第一審の判決を不服として控訴したが、第一審において認定された事実関係を覆すのは困難なことから、法人税法132条1項の適用要件に関して、①同項の適用にあたり、同族会社に租税回避の意図があることは要件ではない、②同族会社の行為又は計算が、独立かつ対等で相互に特殊な関係にない当事者間で通常行われる取引(独立当事者間の通常の取引)とは異なり、当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には、経済的合理性を欠くものであるという解釈論を示した上で、本件一連の行為は、IBMグループが日本国内において負担する源泉所得税額を圧縮しその利益を米国IBMに還元すること(本件税額圧縮)の実現のために一体的に行ったものであるところ、本件一連の行為は、独立当事者間の通常の取引とは明らかに異なるもので経済的合理性を欠き、法人税法132条1項の不当性要件に該当すると主張した。 (b) 東京高裁の判示 東京高裁は、法人税法132条1項の適用要件についてYが主張した上記(a)①及び②は概ね認めたものの、本件税額圧縮の実現のため、Xの中間持株会社化と一体的に行われたか否かについて、要旨、次のように判示した。 (※10) 控訴審判決において、Yは、「Xに計上された約3,995億円の有価証券譲渡に係る譲渡損失額は、本件一連の行為に、法人税法上のみなし配当の規定(24条1項5号)、受取配当等の益金不算入規定(23条1項1号)及び有価証券の譲渡損益計算規定(61条の2第1項)を形式的に当てはめた結果算出されたものであり、Xが実際に行った営業活動によって生じた損失ではなく、法律の規定により計算上発生した見せかけの損失である。日本におけるIBMグループは、日本における個人、法人の税負担により整備されたインフラ等を前提に事業活動を行い、平成20年12月連結期から平成23年12月連結期までの間に、日本国内において約5,006億円もの利益を上げたにもかかわらず、本件一連の行為によりXに発生した約3,995億円の有価証券譲渡に係る譲渡損失額を計上して、法人税の負担を軽減させた。これは、IBMグループが、応分の税負担を拒否したに等しく、本件一連の行為を容認することは、税負担の公平という法人税法132条1項の趣旨に反する。」と主張していた。 以上から、東京高裁は、本件各譲渡を「不当」として法人税法132条1項に基づき否認することができるかどうかは、本件一連の行為ではなく、本件各譲渡それ自体が経済的合理性を欠くものと認められるかどうかによって判断されるべきものであること、本件各譲渡がそれ自体で経済的合理性を欠くとは認められないことは、既に説示したとおりであるとし、Yの主張は失当であって、Yのした更正処分は違法であると判示した。 Yはかかる控訴審判決を受けて上告したが、最高裁は上告不受理とし、納税者勝訴が確定した。 3 検討 (1) 裁判所が示した判断枠組み 本件第一審判決は、法人税法132条1項が定める不当性要件該当性の判断枠組みについて、いわゆる経済的合理性基準(※11)を採用し、Yが評価根拠事実として挙げた上記2(3)①の3点の主張について、いずれもそれを認定するに足る証拠ないし事情は見当たらず、本件各譲渡について同項を適用するための要件を満たしていないと判示した。一方、本件控訴審判決では、経済合理性基準を示した後、「経済的合理性を欠く場合には、独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引(独立当事者間の通常の取引)と異なっている場合を含むものと解するのが相当であり、このような取引に当たるかどうかについては、個別具体的な事案に即した検討を要する」と判示し、経済合理性基準の具体的な適用において、いわゆる独立当事者間基準を加味するという考え方を示した(※12)。しかしながら、独立当事者間基準といってもそれをどのように適用するかは「個別具体的な事案に即した検討を要する」と述べるにとどまり、具体的な判断要素が示されていないことから、多くの識者からは、不当性要件の範囲が広がってしまうとの懸念が表明されていた(※13)。独立当事者間基準は、法人税法132条1項の規定が同族会社であるがゆえに容易になし得るような取引を対象とするものであることから、理解しやすいといえるが、問題となる取引が独立当事者間の通常の取引と異なるというためには、課税当局側が、合理的な独立当事者間取引について主張立証しなければならず、実際問題として、相当な困難を伴うことが想定される(※14)。要は、判断基準として機能しない場合も少なくないといわざるを得ないのである。 (※11) 「純経済人の行為として不合理・不自然な行為・計算がこれにあたる」(金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)542頁参照)。 (※12) 同様な判断基準が示された裁判例として、パチンコ平和事件第一審判決(東京地判平成9年4月25日・判時1625号23頁)及びその控訴審判決(東京高判平成11年5月31日・訟月51巻8号2135頁)を参照。 (※13) 谷口勢津夫「租税回避をめぐる最近の動向・課題」税研188号10頁、今村隆「ヤフー事件及びIBM事件最高裁判断から見えてきたもの(下)」税務弘報64巻8号47頁、朝長英樹「検証・IBM事件高裁判決〔第2回〕」T&Amaster No.595(2015.5.25)10頁等 (※14) 太田=伊藤・前掲(※2)210~211頁は、「同族会社が行う取引について、同項(引用者注:法人税法132条1項)を実質的にあたかも移転価格税制に関する規定であるかのように取扱うものであって、租税法律主義の観点からも疑問がある。」と述べている。 ところで、本件は、上記2(3)②(b)(ⅲ)でYが見せかけの損失と主張したとおり、平成13年度の税制改正で法人株主のみなし配当の計算に係る帳簿価額基準が廃止されたことに起因するものである(※15)が、現在では、平成22年度税制改正によって、自社株買いによるみなし配当について益金不算入の規定の適用が制限されている(法法23③)。 (※15) 今村・前掲(※13)52頁は、「IBM事件は、平成13年度改正で法人税法24条1項が帳簿価額基準を外したことを利用するものであり、現時点でみると、平成13年度改正で法人税法24条1項が帳簿価額を一律外したのは、立法が甘かったといわざるを得ない。」と述べている。 (2) 本件控訴審判決の位置付け 本件最高裁決定から11日後のヤフー/IDCF最高裁判決(※16)では、法人税法132条の2の不当性要件につき、2つの考慮要素から検討する判断枠組み(※17)が示された。かかる判断枠組みは、その後のTPR事件判決及びユニバーサルミュージック事件判決(※18)でも踏襲されており、また、ヤフー事件最高裁判決の調査官解説でも、「IBM事件については、前述のとおり、第一小法廷より不受理決定がされているが、不受理決定の性質上、当該決定は上記の点に係る控訴審判決の判断を妥当とする趣旨を含むものではない。」(※19)と述べられていることからすると、本件においても、最高裁は、IBM高裁判決が示した独立当事者間基準の判断枠組みを採用したわけではないことが理解される。 (※16) ヤフーについては、最高裁平成28年2月29日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第75号)、IDCFは、最高裁平成28年2月29日第二小法廷判決(平成27年(行ヒ)第177号)。 (※17) ①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情も考慮したうえで、不当性を判断するというもの。 (※18) 拙稿「〈判例評釈〉ユニバーサルミュージック最高裁判決」参照。 (※19) 徳地淳=林史高「判解」『最高裁判所判例解説民事篇(平成28年度)』(法曹界・2019年)127頁参照。 (了)
リース会計基準を学ぶ 【第2回】 「リースの定義」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、リースの定義について解説する。 定義については、次のように規定されている(リース会計基準BC22項)。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ リースの定義 リース会計基準では、「リース」を次のように定義している(リース会計基準6項)。 「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)は、「リース取引」に係る会計処理を定めており、「リース取引」を次のように定義している(企業会計基準第13号1項、4項)。 このように、「リース取引」から「リース」の用語に改正され、会計基準の名称も、「リース取引に関する会計基準」から「リースに関する会計基準」へ改正されている。 リース会計基準等の開発に際して、次の契約についても審議されたが、いずれの契約においてもサービスの要素を区分した後に、リースの定義を満たす部分が含まれる場合があるとし、当該部分についてリースの会計処理を行うことについて記載されている(リース会計基準BC31項)。 これらについては、今後、解説する予定である「リースの識別」(リース会計基準25項~28項等)の理解が重要になる。 Ⅲ 契約 前述のとおり、「リース」は、契約又は契約の一部分と定義されている。 このため、「契約」の定義も規定されており、「契約」とは、法的な強制力のある権利及び義務を生じさせる複数の当事者間における取決めをいい、契約には、書面、口頭、取引慣行等が含まれるとされている(リース会計基準5項)。 契約は、口頭によるものや取引慣行による場合においても、法的な拘束力があることを前提としたものであることを明確化するため、収益認識会計基準における「契約」(収益認識会計基準5項、20項)と同様の定義となっている(リース会計基準BC23項)。 このため、リース会計基準の適用にあたり契約(書)を読み込む際には、民法などの法令に関する知識も必要になると考えられる。 契約は、通常、契約書という書面の形式で締結され、取引の内容については、当事者間において明確にされていると考えられる。 リース会計基準では、契約がリースを含むか否かの判断を行う(リースの識別の判断)ことになり、契約の締結時に、契約の当事者は、当該契約がリースを含むか否かを判断するとされている(リース会計基準25項~27項)。 また、複数の契約は、区分して会計処理を行うか単一の契約として会計処理を行うかにより結果が異なる場合があるとし、それぞれのリースにおける収益及び費用の金額及び時期を適切に計上するため、複数の契約を結合し、単一の契約とみなして処理することが必要となる場合があると規定されていることにも、注意が必要である(リース会計基準BC24項)。 Ⅳ リースと民法の賃貸借 公開草案に対して、民法上の賃貸借契約と使用権資産の関係を明確に説明する必要性についてのコメント(コメント対応No.33)が寄せられており、我が国における法解釈に関する議論が実務の現場に波及し、実務負担が増加することの懸念が示されている。 当該コメントに対して、企業会計基準委員会は、法律論には直接踏み込まず、リース会計基準の結論の背景において民法上の賃貸借との関係を示すことはしていない。 Ⅴ 原資産、使用権資産など 「リース」の定義では、原資産を使用する権利と規定されていることから、原資産などの定義に注意が必要である。「リース」のほかに、例えば、次の用語が定義されている(リース会計基準7項~11項、14項)。 リース会計基準で用いられている用語については、現行の実務においてなじみのないものがあるので、リース会計基準の適用に際しては、定義に注意する必要があると考えられる。 Ⅵ 借地権、セール・アンド・リースバック取引、サブリース取引など 定義については、リース適用指針に規定されているものもある。例えば、次の定義である(リース適用指針4項、93項)。 このため、現行の「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)等に規定されていなかった項目についても、リース会計基準等の適用対象となる項目として規定されるものがあることに注意する必要があると考えられる。 (了)