〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第80回】 「非居住者期間の所得を合算課税することの可否が問題となった事例 (地判平28.5.13、高判平29.5.25、最判平30.4.12)(その2)」 税理士 柿本 雅一 6 検討 外国子会社合算税制に関するこれまでの判例は適用除外要件の充足に係るものが多く、特に正常な海外投資活動を阻害しないこととの関係で管理支配基準と業種判定をどう判断するかが問題になってきた。また、その多くは納税者が日本法人であるケースであり、納税者を個人とするケースは実務的にも少ない。ましてや居住者ステータスが課税年度の途中で変更するという事象は個人の場合でしか起こらないという特殊性が加わる(※1)。 (※1) 内国法人に対しても外国子会社合算税制が適用されるが、内国法人の定義を国内に本店又は主たる事務所を有する法人とし、原則として法人登記で判断するため事業年度の途中で法人ステータスが内国法人と外国法人で入れ替わることは生じない。 本件では納税者ステータスの変更が外国子会社合算税制の適用においてどのように影響を与えるかが制度創設時の資料(※2)では明確ではないため争いとなっている点において先例としての価値はある。本件における条文解釈上の論点を改めて整理すると、税法分野における法令解釈は原則として文理解釈によることに争いはなく、納税者と課税当局との主張の違いは、目的論的解釈が認められる例外的な場合と言えるかどうか、つまり、文理解釈によっては法規定の内容を明らかにすることが困難な場合に該当するかどうかである。 (※2) 税制調査会では、「我が国経済の国際化に伴い、いわゆるタックス・ヘイブンに子会社等を設立し、これを利用して税負担の不当な軽減を図る事例が見受けられる。このような事例は、税負担の公平の見地から問題のあるところであり、・・・我が国においても以下のような考え方に基づき、昭和53年度において所要の立法措置を講ずることが適当である」(昭和53年度の税制改正に関する答申)と述べられており、また、昭和53年改正税法のすべてでは、「このようにして、租税特別措置法の中に新たに2節が設けられ、第4節の2(居住者の特定外国子会社等に係る所得の課税の特例)と第7節の3(内国法人の特定外国子会社等に係る所得の課税の特例)の中でそれぞれ居住者と内国法人が軽課税国所在の子会社等を利用して租税回避を行う場合に対処するための措置が導入されたわけです」と説明されているが、居住者が特定外国子会社等を設立した場合のみを想定しているのかどうかは不明である。 (1) 文理解釈の観点から 長島教授は以下のように述べ、文理解釈の観点から外国子会社合算税制の適用の前提として日本に課税権がある場合が想定されており、一定の限定を付すことが妥当だと主張されている(※3)。 (※3) 長島弘「非居住者の時に稼得した所得と外国子会社合算税制における合算の範囲」税務事例Vol.48 No. 11(2016)40頁。 他方、西中弁護士は以下のように文理解釈は必ずしも万能ではないとしながらも本件では趣旨解釈からしても居住者の範囲に限定を付さないという結論は妥当だと主張している(※4)。 (※4) 西中間浩「タックス・ヘイブン対策税制(特定外国子会社等合算税制)においては、日本の居住者であるときにタックス・ヘイブンに会社を設立したことまでは要件としていないことを理由に、デンマーク王国での会社設立時には日本の居住者でなかった者に対してこれを適用した事例」税経通信(2017年5月号)171頁。 また、青山教授も限定的に解釈する必要はないと述べられている(※5)。 (※5) 青山慶二「居住者に適用される外国子会社合算税制」TKC税研情報2018 Vol.27 No.1(2018)46頁。 と納税者の主張は根拠がないとしている。 (2) 居住者の判定時期について 税務当局は外国子会社合算税制の適用対象となる居住者の判定を特定時点で行うことにより生じる有利不利については問題にならないと考えている(※6)。 (※6) 秋元秀仁「外国子会社の株主たる個人(居住者)が非居住者であった年度において設立した当該外国子会社(特定外国子会社等)にかかる子会社合算税制適用の可否」国際税務 Vol.37 No.11(2017)81頁。 しかしながら、扶養者控除は税負担を軽減するための規定であり年末判定をすることが納税者有利になるものであるのに対して、外国子会社合算税制は税負担を増加させるための規定であり特定時点で判定をすることが納税者不利になるものであるため、両者を同一根拠として捉えるのは妥当ではないと考えられる。 加えて、年の途中で納税者ステータスが変わるパターンとして、居住者から非居住者と非居住者から居住者の2つが考えられるが、居住者から非居住者になる場合は日本を出国するまでに確定申告する必要があり、出国時の現況により判断することになるから居住者期間に稼得された所得が課税対象になる。また、非居住者から居住者になる場合は非居住者期間に稼得された所得が課税対象になる点を鑑みると、課税されずに得をするという状況は発生しないと考えられるため、税制の中立性が根拠になるとは考えられない。 (3) 法律構成上の問題 外国子会社合算税制の特徴は、外国子会社に対する課税ではなく居住者である株主に対する課税である点、合算課税の対象が特定外国子会社等の課税対象留保所得である点(いわゆるエンティティアプローチ)、そして原則としてみなし課税であり例外的に適用除外要件を充足した場合に限り課税されないという点にある。 まず、株主課税である点については、「特定外国子会社等に該当する外国子会社(外国関係会社)に課税対象(留保)金額があり、当該特定外国子会社等が適用除外要件を満たさない場合(経済合理性を有さない場合)において、課税が生ずるものであるが、その真なる法律構成は、外国子会社等(特定外国子会社等)の所得に対する課税ではなく、その外国子会社に係る我が国の株主の所得の額が過小に現れている部分についての当該株主に対する課税である。このように本税制による課税は外国子会社に対する課税ではなく、我が国株主に対する課税であるから控訴人Xが主張するようなA社(特定外国子会社等)が譲渡した株式(B社株式)のキャピタル・ゲインに対する課税ではない」(※7)と説明されていることに集約できる。 (※7) 秋元・前掲文献 次に、株主課税の法律構成であることと、子会社といったエンティティに対する支配力に着目してその子会社の留保所得を合算する方式(エンティティアプローチ)を採用していることは不可分な関係にあると考えられる(※8)。 (※8) 占部裕典「政策税制の展開と限界」慈学社(2018)214頁、241頁-242頁。 そして、エンティティアプローチによるみなし課税をする場合に適用除外要件を充足するかどうかが重要になるが、この適用除外要件は業種により判定基準が異なるものの、業種区分が必ずしも正常な海外投資活動を阻害しないことと整合的であるかどうか疑問が生じる。エンティティアプローチにより経済的合理性を無視した課税がなされてはいけないことについて占部教授は次のように述べている。 また、中里教授は一定の政策目的実現のために採用された規定に対してその射程範囲を目的論的解釈により限定することは妥当なことであり、政策税制の背後にある政策目的の実現と無関係な場合に対してまで当該課税規定を適用することは許されないと考え、外国子会社合算税制についても国際的な租税回避の防止という政策目的をふみこえて、外国子会社合算税制を納税者に対する懲罰的なものとして適用してはならないし、また、国際的な租税回避が存在しないような場合にまで外国子会社合算税制を適用するべきではないと述べている(※9)。 (※9) 中里実「政策税制の政策目的に沿った限定解釈」税研JTRI2巻2号(2006)77頁-78頁。 (4) 結論 外国子会社合算税制の制度趣旨は、我が国経済の国際化に伴い、居住者が軽課税国に外国子会社等を設立して経済活動を行い、当該外国子会社法人の所得を留保することによって、我が国における租税の負担を回避しようとする事態に対処して税負担の実質的な公平を図ることにある。 条文を簡素にして見てみると、「次に掲げる居住者に係る外国関係会社のうち、・・・政令で定める外国関係会社に該当するものが、・・・各事業年度において、その未処分所得の金額から留保したもの・・・に関する調整を加えた金額を有する場合には、・・・政令で定めるところにより計算した金額に相当する金額は、その者の雑所得に係る収入金額とみなして当該各事業年度終了の日の翌日から2月を経過する日の属する年分のその者の雑所得の金額の計算上、総収入金額に算入する」となるが、問題は、租税回避を防止するための制度であるにも関わらず、条文規定は、原則として軽課税国に設立された特定外国子会社等が特定の留保所得を有しているだけでその株主である居住者の雑所得とみなされる規定になっている点であり、例外として適用除外要件を充足した場合に限り課税されないという構成になっていることにある。 この点、租税回避防止規定である法人税法132条(※10)の同族会社の行為計算否認を見ると、「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、・・・計算することができる」規定となっており、その適用場面を法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合に限定した上で改めて法人税の計算ができるとしている。 (※10) 税務署長は、次に掲げる法人に係る法人税につき更正又は決定をする場合において、その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる。 外国子会社合算税制の特徴は租税回避防止を目的としているが他の納税主体である特定外国子会社の所得を株主の所得に合算するという課税方式であるため税負担の増加だけをもたらすものである。このような合算課税という特徴からは、公平性の見地からその適用においては税負担の不当な減少をもたらす行為のみが対象となるべきであり、オーバーインクルージョンによる税負担の増加はあってはならないものである(※11)。 (※11) 朝長氏は過去の外国子会社合算税制の変遷を踏まえて、「現在の外国子会社合算税制は、昭和53年の同制度の創設時を起点として見ると、当初の租税回避防止措置という性格が薄れて、その趣旨・目的が何かということが次第に不鮮明になりつつある。・・・このような状況は、質問者が懸念するとおり、租税回避でないものに対してまでも外国子会社合算税制の適用が拡大されるおそれがあるということを意味している」と指摘している。朝長英樹「外国子会社合算税制の変遷」T&A master No.463(2012)20頁。 この点、裁判所は、課税要件を明確化して課税執行面における安定性を確保しつつ、税負担の実質的公平を図るために適用除外要件を設けていると述べている(※12)。しかし、適用除外要件は主としてどのような事業活動を行っているかという点に重きを置いている。特定の事業活動を行っていれば経済合理性があり、逆に、特定の事業活動を行っていなければ経済合理性がない結果になるのかの根拠を示していない。つまり、その事業活動がどのような租税回避行為と繋がるのかが直接的に示されないまま租税回避とならない事業活動の判定がなされているという問題を有している。 (※12) 本判決においても適用除外要件の趣旨を「この規定は、特定外国子会社等であっても、独立企業としての実体を備え、かつ、その所在する国又は地域において事業活動をすることにつき十分な経済合理性を有する場合にまで外国子会社合算税制による課税をすることになると、居住者の海外投資を不当に阻害するおそれがあることから、そのような事態を避けることを目的とするものであり、このため、同規定は、課税要件を明確化して課税執行面における安定性を確保しつつ、税負担の実質的公平を図るとの観点から、特定外国子会社のうち、株式(出資を含む。)の保有等を主たる事業とするもの以外のものであることなど、経済合理性を有すると認められるための具体的な要件を法定した上、これらの要件が全て満たされる場合には同条1項の規定を適用しないこととしたものと解される。」と判示し、適用除外要件を充足すれば経済合理性を有すると認められるとしているが、租税回避による税負担の不当な減少がこのような事業活動の有無のみで判断されることが妥当かどうかは示されていない。 このように外国子会社合算税制がどのような租税回避行為を防止しようとしているのかが明白になっていない以上はみなし規定におけるオーバーインクルージョンを避けるためにもその適用範囲については制度趣旨を踏まえた解釈をする必要性は極めて高いと考えられる(※13)。 (※13) オーバーインクルージョンに関しては、平成29年度税制改正において一部の業種において解消されているが抜本的な解消には至っていない。例えば、財務省主税局においてタックス・ヘイブン対策税制の改正に携わった経験のある品川氏は、これらの改正は、現在の企業(しかしながら、一部の特定業種)の事業実態を考慮したものとされているが、本質的には、現行の適用除外基準の文言ではこれらの企業の経済合理性のある事業活動まで否定してしまうことが想定されるため(いわゆるオーバーインクルージョン)、そもそもの制度趣旨に鑑み、そうした事態が生じないよう適用関係を明確にしたものと捉えることができよう。しかしながら、これまで適用除外基準の解釈、適用を巡って多くの問題点が指摘されてきている状況下、オーバーインクルージョンを防止するためには、一部の小手先的な改正ではなく、各適用除外基準の本質的な概念、文言を、制度趣旨に的確に反映した適正課税に対応できるよう修正すべきであろう。例えば実体の伴う事業である来料加工貿易についても適用除外基準をクリアできないことがオーバーインクルージョンという評価をしているのであれば、その本質的な問題は、現行適用除外基準の概念若しくは文言が適切でないと捉えることができよう」と指摘している。品川克己「外国子会社合算税制の総合的見直し②」T&A master No.681(2017)15頁。 7 おわりに これまでの外国子会社合算税制を巡る争いの多くは適用除外要件を充足するかどうかであった。また、納税者も内国法人がほとんどであり個人である場合は極めて少なかった。本件では、個人が納税者である場合に生じる納税者ステータスの変更が外国子会社合算税制の適用においてどのように影響を与えるかについて、初めて裁判所の判断が示された点において先例としての価値はある。 裁判所は、法的安定性の要請を尊重し、原則として文理解釈を行い、文理解釈では規定の意味内容を明らかにすることが困難な場合に初めて規定の趣旨を踏まえた目的論解釈によるべきと判示している。 しかし、外国子会社合算税制の条文は居住者が軽課税国に子会社を有するだけでみなし課税が発動されることを原則としており、その適用範囲は極めて広い。また、適用除外要件も特定の事業活動を行っているかどうかにより判断されるため租税回避行為との関係性が不明確である。 本判決が示すように課税要件を広く定義している条文構成を前提にして文理解釈を行うならば、租税回避目的がない事業活動も外国子会社合算税制の対象になるというオーバーインクルージョン問題を解決できない。他方、制度趣旨を踏まえた目的論的解釈を行うとしても租税回避行為の類型がある程度示されないと常に裁判で判断されることになり法的安定性に欠けることになる。オーバーインクルージョン問題を解決するためには、特定の株式を有する居住者という画一的な課税要件を改め、税負担の不当な減少をもたらす場合を課税要件とし、税務当局が租税回避行為に該当することの立証責任を負う方向に変更する必要があると考えられる。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第174回】 ダイワ通信株式会社 「第三者委員会調査報告書(公表版)(2025年4月18日付)」 「特別調査委員会調査報告書(開示版)(2025年7月31日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【ダイワ通信株式会社第三者委員会の概要】 【ダイワ通信株式会社特別調査委員会の概要】 【ダイワ通信株式会社の概要】 ダイワ通信株式会社(以下「ダイワ通信」と略称する)は、創業者である岩本秀成氏が1996(平成8)年4月に設立した有限会社ムーブ北陸(現社名はIWAMOTOアセットマネジメント株式会社)が、2016(平成28)年3月に、新設分割により新会社として設立。セキュリティ事業及びモバイル事業を主たる事業として、国内に連結子会社2社を有する。売上高5,159百万円、経常利益371百万円、資本金100百万円。従業員数は115名。 代表取締役社長の岩本秀成氏(以下、「岩本社長」と略称する)及び同氏の資産管理会社であるIWAMOTOアセットマネジメント株式会社(以下、「IWAMOTO」と略称する)が発行済み株式の70.78%を有する筆頭株主である(いずれも、訂正前の2024年3月期連結実績)。本店所在地は石川県金沢市。 会計監査人は、2024年3月期決算まで{2024年3月期における継続監査機関は4年間}は、有限責任監査法人トーマツ北陸事務所(報告書上の表記は「I監査法人」。以下、「監査法人トーマツ」と略称する)。2024年6月21日付で、かなで監査法人(報告書上の表記は「J監査法人」)が会計監査人に就任したが、2025年6月2日、かなで監査法人は、ダイワ通信の第10回定時株主総会の終結の時をもって会計監査人の選任を辞退することが公表されている。 【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 ダイワ通信は、2025年1月中旬、連結子会社であるディーズセキュリティ株式会社(以下「DSS」と略称する)とその取引先との間における不適切な取引に関する通報(本通報の内容はDSSにおいて循環取引その他これに類似する取引の存在をうかがわせる内容であった)が外部機関にあり、当該通報に関して監査法人トーマツより連絡があったため、ダイワ通信の顧問弁護士事務所の中田博繁氏を委員長として社内調査を実施した。 その後、ダイワ通信は、当該社内調査の内容の報告を受け、第三者委員会の設置の必要性を検討し、2025年2月4日開催の臨時取締役会において、ダイワ通信から完全に独立・中立な立場の外部専門家のみから構成される、日本弁護士連合会「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠した第三者委員会の設置を決議した。 そして、ダイワ通信は、同日付の「第三者委員会設置及び2025年3月期第3四半期決算短信の開示が四半期終了後45日を超えることに関するお知らせ」において、DSSにおいて売上の過大計上と簿外在庫が生じている可能性があることが判明したこと、売上の過大計上と簿外在庫に関する事実関係及びその内容について調査し、判明した事実が連結財務諸表に与える影響を検討し、その根本原因を究明の上再発防止を図るとともに、より厳格な調査を実施するため、外部専門家の関与が必要であると判断し、同日開催の取締役会において第三者委員会の設置を決議したことを公表した。 2 第三者委員会が認定した事実 第三者委員会は、被疑事実の認定にあたり、次のとおり、概要を説明している。 第三者委員会は、こうしたスキームの会計上の評価について、ダイワ通信グループは商品の販売において出荷基準を適用しているが、F在庫スキーム及びその他預り在庫スキームでは商品の出荷を伴わずに売上計上していることを指摘したうえで、本来であれば、ダイワ通信又はDSSは預り在庫スキームにおける売上計上の可否を「収益認識に関する会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第30号)」に当てはめて検討し、監査法人とも協議の上で売上計上基準を社内ルールとして制定し、当該ルールに基づいて売上計上すべきであったにもかかわらず、そうした検討はなされておらず、過去に実行された取引について適用指針で規定された売上計上要件の充足状況を個々に判断できる客観証拠は残されていないことから、ダイワ通信グループは売上計上の妥当性をもはや客観的に証明することはできないとして、F在庫スキーム及びその他預り在庫スキームで実行された商品の出荷を伴わない売上計上は会計上認められないと判断している。 第三者委員会は連結財務諸表に与える影響額として、次のようにまとめている。 3 原因分析 (調査報告書99ページ以下) 第三者委員会は、原因分析として、以下の11項目を挙げている。 第三者委員会が原因分析の筆頭に挙げ、強い口調で批判している、「利益追求のため上場会社として求められる会計コンプライアンスのオーバーライドも許容されると考える全社的な規範意識の欠如」について、指摘している点を見ておきたい。 第三者委員会は、ダイワ通信グループにおいては、人事評価等においてコンプライアンスヘの意識などが直接の評価項目となっていることはなく、特に営業職においては予算達成が自身の職位や賞与額に直結することも相まって、実際に経営層がそのように考えているかどうかは措くとして、売上を重視する、ルールに明確に違反しなければ(グレーであれば)売上を上げる方を優先してもよい、という歪んだ規範意識を生じさせ、役職員全員がその雰囲気に呑まれていったと評価した。 その結果、売上を上げてよいタイミングは出荷時又は工事完成時(検収時)と理解していた一方で、それを上場会社として遵守すべき重要なルールであると正しく認識しなかったばかりか、会社の利益を上げるためであれば時としてそれをオーバーライドしてもよい、ルールに明確に違反しないのであれば構わない、という意識を生じさせ、さらにはグレーなことは隠そう、見なかったことにしよう、ルール違反かどうかを明確にすることは避けよう、といういわば消極的なルール違反の常態化ともいうべき土壌を形成してしまった。 さらに、取締役管理部長の多賀勝用氏(以下、「多賀取締役」と略称する)は、預り在庫の存在が発覚した際、四半期末までに解消すれば財務諸表には影響がないと考え、預り在庫の出庫を指示するだけでそれ以上の手を打っていないことを挙げ、本来であれば会計基準から逸脱した行為自体を禁止し、あるいは会計基準に適合できる形でのビジネスモデルを検討することがあるべき取り組みであるが、なされなかったと批判して、結果的に問題なければよいという多賀取締役や管理部の姿勢が波及し、営業部門の会計リテラシーの低下を招いている可能性もあるとして、管理部も上場会社として求められる会計コンプライアンスに対する規範を欠いていたとまとめている。 さらに、監査法人に対しては多岐にわたる発見回避行為等が実行されており、発覚しなければ問題ないという意識が営業部門のみならず、管理担当役員や管理部などにまん延していたと考えられるとして、ダイワ通信グループには、適正な財務諸表の作成責任は、第一義にその作成者である会社にあるという会計コンプライアンスの大前提を理解していないことをうかがわせるものであると評価した。 4 再発防止策 (調査報告書107ページ以下) 第三者委員会は、再発防止策の基本的指針として、ダイワ通信グループ内ではマネジメントオーバーライドにも似た状況が常態化しており、ガバナンス体制や内部統制の見直しのみで解決を図ることはできないとしたうえで、今まで培われてきたダイワ通信グループ全体の規範意識等、「ダイワ通信グループにとっての当たり前」を根底から見直し、問題点を挙げて改善を図り、その浸透具合を検証して再度見直しを図るという、いわゆるPDCAサイクルの絶え間ない実施が要請されることから、絶対に再発を防止するという強い意志を持った粘り強い取り組みが必要であることは理解しつつも、ダイワ通信グループの再生を信じて、以下の11項目の再発防止策を提言している。 【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 ダイワ通信の会計監査人である、かなで監査法人が、第三者委員会報告書に関する調査内容の検証及び類似取引に関する調査内容の検討等の追加的な監査手続を実施したところ、その監査手続において、第三者委員会報告書の調査範囲とは別に、関連当事者取引が過年度の有価証券報告書に適切に注記されていなかったこと及び会社法上の利益相反取引について適切な手続が採られていなかったことに関する疑義が判明した。 ダイワ通信は、2025年6月2日、関連当事者取引の注記不記載等の疑義に関する事実関係及びその内容について調査し、判明した事実がダイワ通信グループの業績に与える影響を検討し、その根本原因を究明の上、再発防止を徹底する必要があるものと判断し、公正かつ適正な調査を行うため、特別調査委員会を設置した。 2 特別調査委員会が認定した事実関係 (1) 関連当事者取引の疑義 特別調査委員会は、本調査の端緒は、2020年2月1日以降、岩本社長が、自己が所有する土地及びIWAMOTOが所有する分譲マンション3室について、不動産会社であるX社を借主とする賃貸借契約を締結し、さらに、4物件について、X社とダイワ通信との間で、ダイワ通信を借主とする賃貸借契約を締結しており、これら一連の取引が、関連当事者取引に該当し、過年度の有価証券報告書に注記不記載となっているのではないか等の疑義であったと説明した。 調査の結果、特別調査委員会は、岩本社長及びIWAMOTOがX社を介してダイワ通信と不動産賃貸借(転貸借)契約を締結し、ダイワ通信から賃料名目で毎月定期定額の金銭を受領し、X社はごく一部の資金を受領していたことが明らかとなったことから、この転貸借契約は、岩本社長又はIWAMOTOとダイワ通信の間の賃貸借契約に、形式的にX社を介在させたものにすぎず、会社法上の利益相反取引に該当するとともに、関連当事者取引にも該当するものであったにもかかわらず、ダイワ通信においては、有価証券報告書に注記が記載されていなかったのみならず、取締役会による利益相反取引に関する承認決議を経ていなかったことが判明した。 特別調査委員会は、利益相反取引により、ダイワ通信が修正すべき販売費及び一般管理費を、2021年3月期から2025年3月期の第2四半期までの累計で、55,525千円としている。 (2) 件外調査――岩本社長による会社経費の私的利用 特別調査委員会は、岩本社長による会社経費の私的利用の形態として、次のように説明して、デジタル・フォレンジック調査の結果と突き合せて、検証を行った。 特別調査委員会は、件外調査により判明した不適切な取引により、ダイワ通信が修正すべき販売費及び一般管理費を、2021年3月期から2025年3月期の第2四半期までの累計で、56,740千円としている。 3 原因分析 (調査報告書49ページ以下) 特別調査委員会は、原因分析の冒頭で、以下のように述べている。 そのうえで、原因分析として、以下の3項目を挙げている。 特別調査委員会は、「(1)公器である上場企業としての責任意識が弱く、非上場時代の気質が残っていること」を原因分析の冒頭に挙げているが、その小項目である「社長による公私混同とそれを許す気風」について、特別調査委員会は、岩本社長からのヒアリングについて、「岩本社長の感覚は、非上場会社のオーナー社長のそれと思われる」と断じ、件外調査により判明した、岩本社長の個人的な又は岩本家の家族のための出費がダイワ通信又は子会社の各種経費として処理されていたことについても、「上場会社では厳に慎まなければならない」と批判している。 また、もう1つの小項目である「隠ぺい体質」について、特別調査委員会は、岩本社長を含め複数の取締役が、上場準備中に監査法人に契約書を提出していたことを理由に、「今になって関連当事者取引に該当するなどと指摘するとは心外である」「監査法人が適正に契約書をチェックしていれば今回のようなことにはならなかった」という趣旨の発言があったことを取り上げたうえで、「有価証券報告書の作成名義人は会社であり、開示情報の正確性に責任を持つべき主体も会社である。監査法人や証券会社は、原則として会社が作成した開示情報の正確性、妥当性等について監査又は審査をする機関にすぎない」との原則を示して、「チェック機関が見抜けなかったのが悪いという他責の発想は、上場会社の役職員としての責任意識が欠如していたことの現れといえる」という批判をしている。 4 再発防止策 (調査報告書54ページ以下) 特別調査委員会が提言した再発防止策は次の3項目であった。 特別調査委員会は、「(1)意識改革」のなかで、岩本社長に対し、「今度も取締役に就任し続けるのであれば、上場することは公器となることであるという意識を改めて強くし、自身に対する内部統制システム、ガバナンス体制を整えることが必要不可欠である」と提言したうえで、「今後開催が予定されている株主総会(継続会)にて、包み隠すことなく、少数株主その他のステークホルダーに対する説明責任を果たすべきである」と求めているが、後述するように、特別調査委員会調査報告書の公表と同日、岩本社長は辞任している。 【調査報告書の特徴】 2025年は、2回目の調査委員会を設置する企業が目立っている。2月13日付で調査委員会調査報告書(本連載【第168回】)を公表した株式会社トーシンホールディングスは、5月9日に、再度、第三者委員会の設置を公表しているし、3月31日付で社内調査委員会調査報告書(本連載【第169回】)を公表した株式会社不動テトラは、8月6日になって、特別調査委員会の設置を公表している。本稿で取り上げたダイワ通信もまた、短期間に2つの調査委員会を設置することになった。 その後、ダイワ通信は、後述するように、東京証券取引所は、宣誓書違反による上場再審査に係る猶予期間に入ることを公表され、選任したばかりの会計監査人である、かなで監査法人からは、「第11期以降の監査における監査リスクを勘案し、要求される品質を維持するための体制を組むことが困難であると判断した」ことを理由に選任の辞退を通知されている。 2つの調査委員会による報告書公表前後のダイワ通信によるリリースを時系列に整理して、本稿を締め括りたい。 1 宣誓書違反による再審査に係る猶予期間入り及び上場契約違約金の徴求 東京証券取引所は、6月19日、「宣誓書違反による再審査に係る猶予期間入り及び上場契約違約金の徴求」をリリースして、ダイワ通信が新規上場申請に係る宣誓書において宣誓した事項に違反し、新規上場に係る基準に適合していなかったと認めた場合に該当することを理由に、再審査に係る猶予期間を2025年6月19日(木)から2026年6月19日(金)までとするとともに、上場契約違約金金額1,440万円を徴求することを公表した。 リリースにおいて東京証券取引所は、次のような事実認定を行っている。 2 第10回定時株主総会における取締役及び監査役の選任 ダイワ通信は、6月5日、「第10期定時株主総会招集ご通知」をリリースして、6月27日に招集する第10期定時株主総会の決議事項として、第2号議案「取締役5名選任の件」及び第3号議案「監査役3名選任の件」を上程したことを公表した。取締役候補者及び監査役候補者は以下のとおりである。 ダイワ通信の株主構成(岩本社長及びその資産管理会社が発行済み株式の70.78%を所有)からも明らかなように、第10回定時株主総会における議案はすべて原案どおり可決成立し、常務取締役前田憲司氏及び取締役管理部長多賀勝用氏は、第10回定時株主総会継続会の終結の時をもって任期満了により取締役を退任することとなった。 なお、9月4日にダイワ通信がリリースした「再発防止策の策定及び関係者の処分に関するお知らせ」のなかで、前田氏及び多賀氏は、経営に関与しない執行役員として業務に従事することが公表されている。 3 岩本社長の辞任 ダイワ通信は、特別調査委員会による調査報告書を公表した8月1日付で、「代表取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」をリリースし、岩本社長が、同日付で、代表取締役を辞任するとともに、第10回定時株主総会継続会終結後の取締役就任も辞退することを公表した。 新しい代表取締役社長には、隈田佳孝氏が選任されている。 4 特別損失の計上 ダイワ通信は、9月4日、「特別損失の計上及び通期業績予想と実績値との差異に関するお知らせ」をリリースして、2025年3月期決算において、第三者委員会及び特別調査委員会による調査費用並びに会計監査人の訂正監査費用などの総額として、580百万円を特別損失として計上することを公表した。 5 ダイワ通信による再発防止策 ダイワ通信は、「再発防止策の策定及び関係者の処分に関するお知らせ」のなかで、「再発防止策の概要」として、両委員会が指摘する不正の発生について真摯に受け止め、再発防止に向けた取り組みの一環として、社外役員及び外部専門家により構成される再発防止委員会を設置し、再発防止委員会における議論の結果を踏まえて、以下の方針で再発防止策を実施することを決定したことを公表した。 (1) 本件両委員会が指摘する不正に共通する再発防止策 (2) DSSにおける不適切な会計処理に関する再発防止策 (3) 関連当事者取引における不適切な手続きに関する再発防止策 6 第10回定時株主総会継続会 ダイワ通信は、9月5日、「第10回株主総会継続会開催ご通知」をリリースして、継続会を9月30日に開催予定であること、継続会資料として、連結計算書類などを公表した。ダイワ通信は、「事業報告」の「対処すべき課題」の筆頭に、「不祥事に対する再発防止策の取り組み」として、次の4項目を列挙している。 (了)
連結会計を学ぶ(改) 【第5回】 「連結の範囲に関する適用指針③」 -意思決定機関を支配していないことが明らかなケース- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回に引き続き、「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第22号。以下「連結範囲適用指針」という)にしたがって連結の範囲を解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 意思決定機関を支配していないことが明らかなケース 他の企業の意思決定機関を支配していることに該当する要件を満たしていても、財務上又は営業上もしくは事業上の関係からみて他の企業の意思決定機関を支配していないことが明らかであると認められる場合には、当該他の企業は子会社に該当しない(連結会計基準7項ただし書き、連結範囲適用指針16項)。 これは、営業取引のために議決権を行使していても、投資先である他の企業と連結グループとみなされるような運営がなされておらず、他の企業の意思決定機関を支配する意図はないと判断できる場合であり、例えば次のケースである(連結範囲適用指針16項、41項)。 (了)
有価証券報告書における作成実務のポイント 【第15回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 今回は、有価証券報告書のうち、【経理の状況】の【注記事項】セグメント情報等と【関連当事者情報】の作成実務ポイントについて解説する。 なお、本解説では2025年3月期の有価証券報告書(連結あり/特例財務諸表提出会社/日本基準)に原則、適用される法令等に基づき解説している。 1 セグメント情報等 セグメント情報等について注記が求められている。また、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表における注記は不要である。 【事例:(株)キングジム 2025年6月期の有価証券報告書】 【事例:(株)IGポート 2025年5月期の有価証券報告書】 【事例:ブックオフグループホールディングス(株) 2025年5月期の有価証券報告書】 2 関連当事者情報 関連当事者情報について注記が求められている。連結の注記であるため、計算書類の注記と異なり、連結グループ内の取引については注記は不要である。 なお、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表における注記は不要である。 【事例:千代田化工建設(株) 2025年3月期の有価証券報告書】 【事例:(株)トーメンデバイス 2025年3月期の有価証券報告書】 (了)
〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第8回】 「カスタマーハラスメントと企業責任」 〈流通・小売業・卸売業〔Q3〕〉 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 織田 康嗣 【Q】 顧客のクレーム対応をしていた店舗従業員がメンタル不調を訴えました。顧客対応のマニュアルは作成していたのですが、会社が責任を問われることはあるのでしょうか。 【A】 事案ごとの判断にはなりますが、管理者への相談体制、複数人での対応有無、従業員からの相談への対応状況など、会社が必要な措置を講じていない場合には、損害賠償責任を負う場合があります。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 カスタマーハラスメント カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」という)とは、「職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(顧客等言動)により当該労働者の就業環境が害されること」をいう(労働施策総合推進法33条)。具体的には、以下の3つの要素を全て満たす必要がある。 従前、カスハラの定義については、法律上定めがなく、厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」や、各自治体のカスハラ防止条例に定めがあるのみであった。もっとも、令和7年に成立した改正労働施策総合推進法によって、法律上もカスハラが定義されることになった。 法律上の定義は、厚生労働省のマニュアルやカスハラ防止条例における定義と若干異なるが、カスハラ該当性の判断に大きな違いが生じるものではないと考えられる。なお、カスハラの行為者(①)として、「取引先」も明記されており、対消費者の関係だけでなく、企業間でも成立し得ることが定義上も明らかになっている。 カスハラ該当性は、主に上記要素の②③の充足性が問題となるところ、結局のところ、正当なクレームとの区別が重要となると解される。その際には、以下のような視点が重要となる。 2 安全配慮義務 労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めている。 顧客からの悪質なクレーム(カスタマーハラスメント)を会社が放置したり、会社として、必要な組織的な対策を講じなかったりした場合には、会社は従業員に対する安全配慮義務違反などを理由に、損害賠償責任を問われる可能性がある。 特にカスハラを原因として、従業員がメンタル不調に陥り、長期休業、退職に至ることがあれば、企業に対し、高額な賠償を求められる懸念もある。 3 小売業に関する裁判例 カスハラに対し、どういった対策を講じることができれば、安全配慮義務を尽くしたと言えるのか、小売業(スーパーマーケット)における事例で参考となるものがあるので、紹介する(まいばすけっと事件・東京地判平成30年11月2日LEX/DB25562253)。当該事例では、スーパーマーケットに訪れた顧客から暴言や乱暴な行為がなされたところ、会社は、マニュアルの配布、緊急連絡先等の掲示、通報用緊急ボタンの設置、深夜勤務でも2名以上の体制とするなどの措置を講じていたこと等から、会社の安全配慮義務違反を否定している。 当該裁判例においては、上述したマニュアル、通報用緊急ボタン、人員配置など、組織的な対応が評価されていることに加え、顧客との対応として、穏便なものから順次実施し、毅然と対応すべき点は対応したことなども評価されている。 この点、クレームを述べる顧客に対し、形だけでも謝罪することが行われることがしばしば見られる。しかしながら、対応した従業員に非がなく、明らかにカスハラである状況下において、その場を収めることのみを目的として、当該従業員に謝罪を強要させることがあれば、謝罪の強要を求めた上司の行為がパワハラに該当することもある。 裁判例においては、市立小学校の児童の父と祖父の言動等が理不尽なものであったにもかかわらず、校長がその場で教諭に謝罪を強いたうえで、翌朝には当該教諭に当該児童宅を訪問させ、母親にも謝罪するよう指示した行為について、「事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動したというほかない」として、違法であると認定された事例がある(甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件・甲府地判平成30年11月13日労判1202号95頁)。 顧客対応をする従業員を犠牲にして、安易な対応を求めることは避けなければならない。 4 小売業における具体的対応 厚生労働省では、「業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」として、スーパーマーケット編を公開している。また、東京都においては、「カスタマー・ハラスメント防止のための各団体共通マニュアル」を策定し、各企業におけるマニュアル策定のための参考資料を提供している。 上記資料で示されている対応方法をもとに、カスハラの一例に対する具体的な対応について、検討してみたい。 (1) 継続的・執拗な言動 (例) 同じ要求が繰り返された場合は、まずは、早い段階でこれ以上対応できない旨を伝えるべきである(例えば、不合理なクレーム2回きたら注意し、3回目にはこれ以上対応できない旨を明確に伝えるなど)。 顧客が聞き入れない場合には、会話の内容等を記録しておき、社内で共有のうえ、管理職が対応を引き継ぎ、今後の連絡をやめてもらうことを伝えることが考えられる。また、予め決められた時間を超えたり、退去しない場合には、警察に相談することを伝え、管理職による退去要求にも応じないような場合には、実際に警察に通報することも検討する。 (2) 暴言や威圧的な言動 (例) 顧客による威圧的な言動に対しては、顧客の挑発に乗らず、また顧客の怒号に慌てて、過度にへりくだらず、「乱暴な言葉はお控えください」などと述べ、冷静に対応することが必要である。顧客に対しても、「そのように怒鳴られると怖いです。」などと述べ、自身の気持ちを率直に伝えることで、従業員も一人の人間であることを認識してもらい、顧客の側にも冷静になってもらうことも考えられる。土下座の要求など、対応困難な要求については、「これ以上はお客様とお話できません」など、明確に対応できないことを伝えるべきである。仮に自社(のサービス等)に一定の瑕疵があったとしても、等価交換以上の謝罪は不要である。 顧客の暴言等が続くような場合には、管理職にも相談し、対応を打ち切るべきである。身の危険を感じるような場合には、警察への通報も検討すべきである。また、事後的に検証できるように、録音・録画や対応記録を残しておくべきである。 (3) セクハラ (例) 性的な言動で不快になったことを明確に伝え、毅然と対応するべきである。もっとも、身の危険を感じるなど、その場で中止を求められない場合には、管理者に報告し、管理者から中止を求めるべきである。また、付きまとい行為など、安全が脅かされる場合には、速やかに警察に相談するべきである。 5 おわりに 小売業は、従業員が多くの消費者と直接対面するため、カスハラが生じやすい業種といえる。カスハラ対策においては、一般的な(抽象的な)マニュアルを策定したり、社内研修を実施するだけでは足りず、実際の現場において、現場管理者も含め、適切に対処できるか否かが重要である。安易に理不尽な要求に応じてしまったり、顧客の挑発に乗って、激しい言い争いに発展してしまえば、かえって問題を深刻化させる場合もある。 現場においてどのように対処するか、具体的な対応方針を定めたマニュアルを定め、社内に浸透させることが必要である。また、悪質なカスハラに対しては、警察や弁護士との連携が必要になるため、どういった場合に警察に通報するのか、弁護士からの対応を求めるのか、対応フローを決めておくことも有用である。 また、カスハラに直面した従業員へのフォローも忘れてはならない。一人で抱え込ませず、組織的にサポートすることが必要である。対応した従業員の心のダメージが大きい場合には、医師への受診を求めたり、カウンセリングを受けてもらうなどして、メンタルケアを行うべきである。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例109】 株式会社クスリのアオキホールディングス 「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」 (2025.7.17) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社クスリのアオキホールディングス(以下「クスリのアオキ」という)が2025年7月17日に開示した「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」である。 同社の株主であるOASIS INVESTMENTS Ⅱ MASTER FUND LTD.とOASIS JAPAN STRATEGIC FUND LTD.(以下、関連するファンドやその運営会社をまとめて「オアシス」という)が、クスリのアオキの2025年8月開催予定の定時株主総会に株主提案を行ったのだが、同社の取締役会はそれに反対するという内容である。なお、その後、オアシスによる株主提案は定時株主総会において否決された(2025年8月20日提出臨時報告書)。 2 3回目の株主提案 オアシスは、2023年と2024年のクスリのアオキの定時株主総会にも株主提案を行っており、今回の株主提案は3年連続の3回目である。それに対して、クスリのアオキの取締役会は反対し続けている(2023年7月18日開示「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」、2024年7月18日開示「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」)。 なお、2023年の株主提案の提案理由には、企業統治上の問題点が複数挙げられていたのだが、2024年と2025年の株主提案の提案理由は、2020年に発行されたストック・オプション(2020年1月9日開示「募集新株予約権(有償ストック・オプション)の発行に関するお知らせ」、2020年1月28日開示「募集新株予約権(有償ストック・オプション)の発行内容確定に関するお知らせ」)の問題点に絞られている。他の株主の同意を得やすいと思ったのだろうか。 3 賛成票は集まらず 3年連続のオアシスによる株主提案だが、他の株主の同意は得られていない。2024年と2025年の株主提案では、取締役である青木宏憲氏(以下「宏憲氏」という)と青木孝憲氏(以下「孝憲氏」という)の解任が挙げられていた。2024年、宏憲氏の解任への賛成票は149,259個(17.56%)、孝憲氏の解任への賛成票は141,908個(16.70%)だったのだが(2024年8月20日提出臨時報告書)、2025年になると、宏憲氏の解任への賛成票は145,863個(15.42%)、孝憲氏の解任への賛成票は139,516個(14.75%)といずれも減少してしまった(2025年8月20日提出臨時報告書)。 クスリのアオキの有価証券報告書の「大株主の状況」で確認できる限りでは(第26期有価証券報告書、第27期有価証券報告書)、オアシスが所有するクスリのアオキ株式の数は、2024年が10,500千株、2025年が13,191千株である。クスリのアオキの単元株式数は100株なので、議決権の数は2024年が約105,000個、2025年が約131,910個ということになる(有価証券報告書で確認できない所有株式もあるかもしれないため、それらよりも多いかもしれない)。宏憲氏と孝憲氏の解任への賛成票の数と比べると、それらはほぼオアシスによるものだと分かる。 ストック・オプションをめぐる両者の言い分を比べて、どちらが正しいと判断するのは困難だろうと思われるし、そもそも、有価証券報告書の「大株主の状況」などを見る限り、クスリのアオキの株主の多くは安定株主のようであり、彼らが株主提案に賛成する可能性は低いと思われる。 4 オアシスの狙い オアシスが株主提案を通すことは、クスリのアオキの議決権を過半数取得しない限り、難しいだろうと思われる。しかし、クスリのアオキの株主の多くが安定株主のようであるため、過半数の議決権を取得すること自体が難しいだろう。 オアシスは、さすがにもう諦めて、来年度以降は株主提案を行わないだろうか。あくまで筆者の推測だが、おそらく来年度以降も株主提案を行い続けるように思われる。オアシスも、株主提案が承認されないことは分かっているはずである。それでも株主提案を行い続けるのは、クスリのアオキの経営陣の意識を株式非公開化へ向かわせるためである。そして、クスリのアオキが株式非公開化を選択した暁には、オアシスは所有株式を高く買い取ってもらおうと考えているのではないだろうか。 クスリのアオキは、いわゆる創業家が力を持つ会社であるといえる。2023年7月18日開示の「定時株主総会の付議議案及び株主提案に関する当社取締役会意見に関するお知らせ」に添付された「株主提案書」には、「当社創業家は当社社内取締役5名の内3名を占めるだけでなく、合計で当社株式約30%弱を保有し、最高顧問・会長・社長・副社長といった要職を寡占しており、創業家が当社における大きな影響力を持つことは明らかである」という記載があるが(「当社」はクスリのアオキ)、クスリのアオキはそれに対して特に反論はしていない。 なお、現在もクスリのアオキの取締役には、2023年のときと同じ3名の青木氏がいて(第25期有価証券報告書、第27期有価証券報告書)、創業家が所有するクスリのアオキ株式の数は2023年のときよりも増えている(2024年8月22日開示「主要株主である筆頭株主及び主要株主の異動に関するお知らせ」、2024年8月29日開示「主要株主である筆頭株主及び主要株主の異動に関するお知らせ」)。 上場を維持する負担が以前よりも大きくなり、オアシスのようなアクティビストの攻撃にさらされるリスクも大きくなってきたため、株式非公開化を選択する会社が増えている。クスリのアオキにとって、創業家による支配を維持することが重要なのだとしたら、上場を維持することは負担が大きく、得策ではないのかもしれない(同社はプライム市場上場だが、流通株式の上場維持基準をクリアするのは大変なのでは)。オアシスの思う壺になってしまうのだが、もしかすると、今後、クスリのアオキはMBO(経営陣による企業買収)による株式非公開化を検討することになるかもしれない。しかし、そうなった際には、TOB(株式公開買付け)の買付価格をめぐって、オアシスとの間で対立が生じることになるだろう。 (了)
2025年9月18日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.636を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第143回】 「各府省庁の令和8年度税制改正要望が公表」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 魚住 康博 8月下旬に、各府省庁からの令和8年度税制改正要望が公表された。 今回の要望項目数は、単純合計で国税215項目、地方税212項目で、昨年がそれぞれ163項目、187項目であったことから、全体として項目が大きく増えている。重複排除ベースでは、国税146項目、地方税140項目であり、昨年はそれぞれ110項目、130項目であった。 自由民主党の総裁選が10月4日に行われる予定で、政治の不透明感が高まる状況にあるが、各府省庁ともに期限切れを迎える重要な租税特別措置項目を多く抱える中で重視する政策項目が並んでいる。 (※) ( )は重複排除ベース 廃止・縮減項目数は、単純合計で国税23項目、地方税13項目で、重複排除ベースで国税13項目、地方税7項目であった。 国税では、復興庁の11項目が最多で、農林水産省と国土交通省の各5項目、経済産業省の2項目であった。東日本大震災からの復興支援目的で特定復興産業集積区域において被災雇用者等を雇用した場合の税額控除の特例措置や、同区域における開発研究用資産並びに機械及び装置等の特別償却等の特例措置といった所得税や法人税に係る項目のほか、印紙税、登録免許税に係る項目が並んでいる。 地方税では、復興庁の7項目、国土交通省の4項目、農林水産省と経済産業省の各1項目であった。内容としては国税同様に東日本大震災からの復興支援目的の特例措置が含まれ、法人住民税や事業税、不動産取得税、固定資産税、都市計画税に係る項目が並んでいる。 〇所得税 所得税の主な項目としては、金融庁、農林水産省、厚生労働省、経済産業省が共同で、生命保険料控除制度の拡充の恒久化等を要望している。令和7年度税制改正では、新生命保険料に係る一般生命保険料控除について、居住者が年齢23歳未満の扶養親族を有する場合には、1年間の時限措置として令和8年分における控除額を2万円引き上げて最高6万円とすることが措置された。しかし、生命保険料控除制度の拡充により、国民一人ひとりのニーズに沿った多様な生活保障の準備を推進し、安心かつ豊かでゆとりのある国民生活を確保する目的で、今年度はその恒久化を求めている。 また、経済産業省が単独で、食事支給に係る所得税非課税制度の見直しを求めている。6月13日に閣議決定された「骨太の方針2025」等では、物価上昇が継続していることを踏まえ、予算、税制における長年据え置かれたままの様々な公的制度に係る基準額や閾値について、国民生活へ深刻な影響が及ばないよう、省庁横断的・網羅的に点検し、見直しを進めることとされている。そのため、1984年の見直し以降、食料品価格が上昇する中で、40年以上据え置かれている食事支給に係る所得税の非課税限度額(現行月額3,500円以下)についても速やかな見直しが必要とされている。 さらに、金融庁が単独で、NISAに係る所在地確認の手続きの簡素化等を求めている。金融機関は、顧客が新NISA(及びつみたてNISA)の口座開設をした後、10年経過時(その後5年経過ごと)に顧客の氏名及び住所を確認することとされており、当該確認ができない場合は新規買付が停止となり、顧客の資産形成プランに影響を及ぼすおそれがある。現在求められている郵送等による確認方法では、顧客及び金融機関の負担が大きいことから、金融機関の負担にも配慮しつつ、資格のない者による取引が行われないよう実効性のある代替策の検討が必要となるため、手続の更なる簡素化により、投資家の利便性を向上させ、NISAの更なる普及・利用促進を図ることを目的としている。 その他、厚生労働省が単独で、セルフメディケーション推進のための医療費控除の特例措置の拡充を要望している。令和8年末までの時限措置を恒久化するとともに、医療費適正化効果が見込まれる非スイッチ OTC医薬品や OTC検査薬、薬局製造販売医薬品も税制対象医薬品に追加し、所得控除額の算出方法も見直すことで上限を20万円(現行8万8,000円)に引き上げることを求めている。 〇法人税 法人税の主な項目としては、9,479億円と最大の減税項目で今年度適用期限を迎える試験研究を行った場合の法人税額等の特別控除の拡充及び延長が注目される。経済産業省をはじめ、総務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、国土交通省、環境省、防衛省、内閣府、復興庁による共同要望である。現行の一般型を土台として民間の創意工夫を分野を問わず支えた上で、戦略技術領域に対する研究開発投資の拡大、大学等における戦略研究拠点との産学連携の促進、中長期的な研究開発投資を促し国際的にイコールフッティングな投資環境の整備等に向けた見直しを求めており、既存の一般型等とは別に、日本の戦略技術領域を対象とした戦略技術領域型の創設が盛り込まれている。 また、経済産業省の単独要望として、大胆な投資促進税制の創設がある。2030年度に135兆円、2040年度に200兆円の新たな官民国内投資目標を設定した中、その達成に向けて、官民一体となった国内投資の拡大を通じて、日本企業の「稼ぐ力」を向上させ、賃上げを含めた好循環を形成するため、5年間を集中投資期間と位置づけた上で、高付加価値化のための大胆な設備投資を促進する税制の創設を求めている。 その他、文部科学省が単独で、地元企業の地域学校協働活動への参画促進に向けた法人税の税額控除の創設を要望している。地元の学校における教育活動へ参画し、地域人材の育成、学校運営上の課題解決等に貢献する地元企業について、当該企業が支出した貢献に係る費用の一定割合を、当該企業の法人税額から控除する3年間の時限措置要望である。人口減少社会における持続可能な地域経済の振興、持続可能な充実した学校教育活動の展開に向け、寄附の損金算入による軽減効果に加え、税額控除のメリットを付与することにより、企業の地域学校協働活動への参画を促進することを目的としている。 〇その他 昨年の与党税制改正大綱において、令和8年度改正において結論を得るとされた車体課税については、経済産業省から抜本見直しの要望が出されている。米国の追加関税等の国内自動車産業への影響も踏まえつつ、市場の活性化に寄与し、2050年カーボンニュートラルの実現にも積極的に貢献するものとすべく、環境性能割の廃止等取得時の負担の軽減を行い、保有時において重量及び CO2排出量削減に資する環境性能に応じて負担を決定する公平・中立・簡素な制度とするとともに、自動車の枠を超えたモビリティ産業の発展に伴う経済的・社会的な受益者の広がりや保有から利用への移行等を踏まえつつ、受益と負担の関係も含め、中長期的な視点に立って検討を行うことを求めている。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第75回】 「法人課税信託に係る課税の適正化」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 改正前の取扱い 令和7年度税制改正以前は、受益者等の存在しない法人課税信託を設定した後に受益者等が指定された場合には、その指定された受益者等が受託法⼈から信託財産の帳簿価額(簿価)を引き継ぐこととされており、かつ、その簿価の引継ぎにより⽣じた経済的利益については課税されないとされていた(旧・所法67の3①②)。 この取扱いを適用することで、一部では「株式交付型スキーム」と呼ばれる法人課税信託を利用した税負担の軽減を行うことが可能となっていた。具体的には、①委託者が法⼈課税信託に⾦銭を信託する、②受託者が新株予約権を購⼊した後、③受託者が権利⾏使をして取得した株式を、④役員等を受益者に指定して(この時点で法人課税信託ではなくなる)、⑤役員等の個人に株式を交付するという流れとなる。つまり、受益者となった役員は、交付を受けた株式について、当該株式の譲渡時まで課税を繰り延べると同時に、申告分離課税を適⽤することができていたのである。 この点につき、自由民主党税制調査会資料には以下のような図が用いられており、当該スキームが問題視されていることがわかる。 〈改正前の取扱い〉 (※) 「自由民主党税制調査会資料」(令和6年12月12日)より抜粋の上、一部加工 (2) 改正された背景 ここで、このようなスキームが台頭したのは、国税庁が令和5年5月に「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(最終改訂令和6年11月)を公表し、いわゆる信託型ストックオプションの課税関係の取扱いが示されたことが背景にあるのではないかと思われる。というのも、従来から信託型ストックオプションについては、有償ストックオプションと同様に権利行使時に課税関係が生じないものと考えられてきたところ、当該Q&Aの問3では、「役職員が当該ストックオプションを行使して発行会社の株式を取得した場合、その経済的利益は、給与所得となります(所法28、36②、所令84③)」と示されている(※1)。 (※1) なお、これらに関しては【第57回】参照。 これにより、信託型ストックオプションについては実務上、権利行使時に給与所得課税となるという取扱いが浸透したといえるため、この代替手段として株式自体を受益者に交付する当該スキームにニーズがあったのではないかと思われるためである。 (3) 令和7年度税制改正にて手当された内容 しかし、令和7年度税制改正にて、当該スキームに蓋がされることとなった。その趣旨として、「信託財産に属する株式を受益者等として指定した役員等に交付する場合には、株式の譲渡時まで課税を繰り延べることが可能となっていました。このような場合にも給与所得等として課税を行うことで給与等を現金で得ている者とのバランス等を図る観点から、・・・受益者等が指定されて法人課税信託に該当しなくなった場合には、その時に、受益者等のその株式の取得に係る経済的利益について給与所得等として課税を行うこととし、その受益者等はその時の価額によりその株式を取得したものとされました」と説明されている(※2)。 (※2) 島谷和孝他編「令和7年版 改正税法のすべて」(大蔵財務協会、2025)101頁。 改正の具体的な内容は、一定の要件を満たす特定法人課税信託の信託財産に属する特定株式について、受益者等が指定されたために法人課税信託に該当しなくなった時は、当該受益者等のその株式に係る経済的利益を給与所得等とみなして課税がなされることとなった。そして、当該受益者等はその時の価額によってその株式を取得したものとされることとなった(所法67の3③)。 ここで、「特定法人課税信託」とは、その信託財産に属する特定株式に係る発行法人等が委託者となる受益者等の存在しない信託である法人課税信託で、当該特定株式の発行法人の役員等の勤続年数等を勘案して当該役員等が受益者等として指定されるものをいう(所法67の3④一)。また、「特定株式」とは、譲渡制限その他の条件が付されている株式以外の株式をいうとされている(所法67の3④二、所令197の3②)。 これらの内容を図示すると以下の通りとなる。 〈改正イメージ〉 (※) 「自由民主党税制調査会資料」(令和6年12月12日)より抜粋の上、一部加工 なお、令和7年度税制改正大綱には適用時期が明記されていなかったが、当該改正は令和7年4月1日以降に効力が生じる特定法人課税信託について適用されることとなっている(改正法附則5)。 (了)
国家安全保障から見る令和7年度及び近年の税制改正 -防衛特別法人税等の企業への影響- 【第5回】 公認会計士・税理士 荒井 優美子 12 課税標準法人税額から納付税額の計算 【第4回】は基準法人税額から課税標準法人税額の計算の過程について解説を行ったが、【第5回】では課税標準法人税額から納付税額の計算の過程を説明する。 防衛特別法人税の額は、各課税事業年度の課税標準法人税額に4%の税率を乗じて計算される(防衛財確法14①、15)。ただし、基準法人税額に留保税額が含まれている場合の課税標準法人税額は、加算前基準法人税額から基礎控除額を控除した金額である(防衛財確法14②)。 防衛特別法人税の納付税額の計算においては、法人税や地方法人税と同様に、外国税額控除、控除対象所得税額等相当額の控除、分配時調整外国税相当額の控除及び仮装経理に基づく過大申告の場合の更正に伴う減少法人税額(防衛特別法人税額)の控除の制度が適用される。なお、税額控除の順番も法人税や地方法人税における税額控除の適用がある場合と同様で、①分配時調整外国税相当額の控除、②控除対象所得税額等相当額の控除、③仮装経理に基づく過大申告の場合の更正に伴う防衛特別法人税額の控除、④外国税額の控除の順番とされる(防衛財確法20)。 【図表7】防衛特別法人税の納付税額の計算 13 外国税額控除 内国法人が外国税額控除(法法69①、地法法12①)の適用を受ける場合において、その課税事業年度の控除対象外国法人税の額が法人税の控除限度額(法法69①)及び地方法人税控除限度額(地法法12①)の合計額を超えるときは、防衛特別法人税の控除限度額の範囲内で控除することとされる(防衛財確法16①)。 防衛特別法人税の控除限度額は、以下の算式で計算される(防衛特別法人税に関する政令(以下「防衛特法令」)3①)。 法人税の外国税額控除の適用に係る「控除限度超過額」は、当期の控除対象外国法人税の額が、当期の法人税の控除限度額、地方法人税の控除限度額及び防衛特別法人税の控除限度額と地方税の控除限度額の合計額を超える場合におけるその超える部分の金額に相当する金額として計算される(【図表8】の「控除されない」金額)。この「控除限度超過額」は、3年間の繰越による控除が可能である。 一方で、「国税の控除余裕額」は、当期の控除対象外国法人税の額が、当期の法人税の控除限度額に満たない場合における差額の金額として計算され、防衛特別法人税についてはそのような仕組みは設けられていないため、「国税の控除余裕額」は従前と同様である。「地方税の控除余裕額」については、当期の控除対象外国法人税の額が防衛特別法人税からも控除される結果、「地方税の控除余裕額」が増大することが考えられる。 当該控除制度の適用は、申告書への明細書の添付が要件とされている(防衛財確法16⑮)。 【図表8】防衛特別法人税における外国税額控除の仕組み (出典:財務省ホームページ「令和7年度税制改正の解説」) 14 分配時調整外国税相当額の控除 分配時調整外国税相当額控除とは、集団投資信託の収益の分配等の支払を受ける場合に、所属税法等により源泉徴収される金額から控除された金額のうち分配時調整外国税相当額については、法人税の額から控除する制度である。 分配時調整外国税とは、外国の法令に基づき信託財産につき課される税で、源泉徴収に係る所得税に相当するもののうち、その外国所得税の課された収益を分配するとしたならばその収益の分配につき所得税を徴収されるべきこととなるものに対応する部分をいう。 内国法人が各課税事業年度において法人税及び地方法人税における分配時調整外国税相当額の控除(法法69の2①、地法法12の2①)の適用を受ける場合に、その課税事業年度の分配時調整外国税相当額がその内国法人のその課税事業年度の基準法人税額及び基準法人税額に対する地方法人税の額(所得地方法人税額、地法法11)の合計額を超えるときは、その超える金額をその課税事業年度の防衛特別法人税の額から控除することとされている(防衛財確法17①、防衛特法令4①)。当該控除制度の適用は、申告書への明細書の添付が要件とされている(防衛財確法17④)。 15 控除対象所得税額等相当額の控除 控除対象所得税額等相当額とは、内国法人が外国子会社合算税制の適用を受ける場合において、外国関係会社に対して課される所得税等の額のうち、その課税対象金額、部分課税対象金額又は金融子会社等部分課税対象金額に対応する部分の金額に相当する金額をいい(措法66の7④)、外国税額控除制度とは別枠で、内国法人の法人税及び地方法人税の額から控除される(措法66の7④、⑩)。 内国法人が課税事業年度の控除対象所得税額等相当額が、当該課税事業年度の法人税の額及び地方法人税額の合計額を超えるときは、その超える金額をその課税事業年度の防衛特別法人税の額から控除することとされる(防衛財確法18①、43①)。当該控除制度の適用は、申告書への明細書の添付が要件とされている(防衛財確法18③)。 課税事業年度の控除対象所得税額等相当額が、法人税の額、地方法人税額及び防衛特別法人税の額の合計額を超える場合には地方税(住民税)から控除される。 16 仮装経理に基づく過大申告の場合の更正に伴う防衛特別法人税額の控除 法人税について仮装経理に基づく過大申告があった場合には、納税者の減額更正の請求に基づき、税務署長が行った更正による減少法人税額は、その減額更正の日以後に終了する事業年度の所得に対する法人税の額から控除される(法法70、135)。防衛特別法人税の算定の基礎となる基準法人税額は、仮装経理に基づく過大申告の場合の更正に伴う法人税額の控除適用前の金額であることから、仮装経理に基づく過大申告により法人税額が過大であるときは、防衛特別法人税額も過大となる。 そこで、防衛特別法人税においても、法人税法第70条(仮装経理に基づく過大申告の場合の更正に伴う法人税額の控除)及び第135条(仮装経理に基づく過大申告の場合の更正に伴う法人税額の還付の特例)と同様の制度が設けられている(防衛財確法19、35①)。 仮装経理に基づく過大申告の場合の更正があった場合、すなわち内国法人の各課税事業年度開始の日前に開始した課税事業年度の防衛特別法人税につき税務署長が更正をした場合には、その更正に係る仮装経理防衛特別法人税額を、その更正の日以後に終了する各課税事業年度の防衛特別法人税の額から控除する。内国法人の各課税事業年度開始の日前に開始した課税事業年度には、適格合併が行われた場合の被合併法人課税事業年度を含むこととされており、この場合は合併法人の課税事業年度の防衛特別法人税から控除されることになる。 (続く)