〔弁護士目線でみた〕 実務に活かす国税通則法 【第8回】 「重加算税における『納税者』の意義」 弁護士 下尾 裕 本稿では、重加算税の中でも多くの議論がある「納税者」の意義を取り上げる。 1 議論の出発点 前回述べたように、重加算税は「納税者」に仮装隠蔽行為があることを要件とするものである。しかしながら、納税者が法人である場合には、厳密には代表取締役の行為以外に法人そのものの行為は観念できず、実際の仮装隠蔽行為を行うのはその役職員であることから、誰を基準として仮装隠蔽行為の有無を判断するべきかという問題が生じる。この点について、例えば、株式会社において役員が仮装隠蔽行為に加担していたというような場合には、当該会社に重加算税を賦課すべきとの結論に違和感を持つ人は少ないと思われる一方、末端従業員の不正行為等についてまで株式会社が常に重加算税を甘受しなければならないとすれば、当該会社には非常に酷な結果となる。 同様に、納税者が税理士に依頼しているケースにおいて、独立した業務委託先である税理士による仮装隠蔽行為をもって、事情を知らなかった納税者についても重加算税の賦課を受けるべきかという別途の視点がある。 こうした議論の判断基準となるのが、国税通則法第68条の「納税者」の概念である。 2 「納税者」の意義等 (1) 「納税者」の意義 国税通則法第68条の「納税者」については、納税者本人のみならず、同条の趣旨に照らし、納税者本人と同視することができる者を含むものと解釈するのが実務上の確定した運用となっている。 しかしながら、何をもって納税者と同視するのかについては明確な基準は存在しない。そこで、以下においては、「1」の項において述べた役職員及び税理士に関する裁判例を前提に、納税者と同視しうる者の範囲について、少し整理をしてみたい。 (2) 役職員との関係 役職員との関係でよく問題になるのは、会社の役職員が不正行為を働いた場合である。このようなケースでは、会社は被害者であるにもかかわらず、重加算税の責めを負うことの不満感があり、過去にも複数の裁判例が存在する。 各裁判例は、仮装隠蔽行為者である役職員の行為をそのまま納税者の行為として評価しているものではなく、全体的な傾向としては、以下のような事情を考慮して判断しているものが多数である。 現実問題としては、過去の多くの裁判例において、従業員の行為を会社の行為と同視して重加算税の賦課が是認されているのが実情である。特に、私見では、幹部職員の不正行為等については、会社法等を前提とした評価としては会社の不正防止のための業務体制に明らかな問題があったとまでは言いにくいような事案でも、重加算税の趣旨を踏まえ広めに課税が維持されている印象がある。 一方、例えば、最近の裁決例である令和元年10月4日裁決(TAINSコード:J117-1-02)は、課長職にあった従業員が金銭詐取のため架空の請求書を作成して会社に交付し、代金を支払わせていた事案において、以下のように述べて、当該従業員の行為を「納税者」の行為とは同視できないと判断している。ここからは私見であるが、この裁決等からも、最近の実務における納税者と同視しうるかどうかの判定においては、①「職制上の重要な地位」の有無、及び、②納税者の従業員に対する「管理・監督」の程度を重視していることが伺われ、さらに言えば、従業員が末端である場合には、納税者の「管理・監督」における不行届の程度が大きい状況にあることを要求しているように見受けられる。 なお、上記は、納税者が単一の法人の場合であるが、現行の連結納税制度の下において、グループ内の一法人の従業員の不正行為があった場合に重加算税の範囲をどのように考えるのか(連結子法人の従業員における仮装隠蔽行為において、何故連結親法人に重加算税が賦課されうるのか)についてはこれまで十分な議論がなされていなかったように見受けられる。この問題は、グループ通算制度への移行により納税主体が各法人に変更されることにより議論の重要性が薄まるものと思われるが、例えば、仮装隠蔽によりあるグループ法人における損失の一部が否認された結果、他のグループ法人における税額が増額した場合の取扱いといった形でなお議論されうる問題であるように思われる。 (3) 税理士との関係 税理士について、以下に述べるとおり、納税者が税理士の仮装隠蔽行為を認識し又は認識し得たにもかかわらず、これを防止しなかったかどうか、を基準として、「納税者」への該当性を判断しているのが判例の考え方となっている。以下の判例(最高裁平成18年4月25日判決・民集60巻4号1728頁(TAINSコード:Z256-10377)も同趣旨)は、OB税理士が現職の税務職員と共謀して仮装隠蔽行為を行った事例であるが、単に「選任又は監督につき納税者に何らかの落ち度がある」というだけではなく、さらに、仮装隠蔽行為に関する納税者の具体的な認識可能性を要求している点が特徴的である。 この判例の考え方の背景には、税理士については、納税者からの独立性の強い受任者であり、かつ、税理士法に基づき適正な納税申告の実現につき公共的使命を負っていることから、納税者が税理士における適法な申告を期待しても無理からぬ面があるとの利益衡量が存在する(最高裁判所判例解説民事篇平成18年度599頁)。 (※) 下線筆者 いずれの場合においても重加算税の検討において重要となるのは、課税庁が主張する仮装隠蔽行為の主体を正確に把握するとともに、その者が納税者と同視できる者といえるのかをよく整理することである。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第44回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 〈更なる検討〉 ~「対価の額」とは「時価」ではなく「当事者間で合意した額」か?~ 時価と異なる概念として「対価」という語が使用される場合があることは既に触れた(本連載第43回参照)。この点について、もう少し検討してみたい。 例えば、寄附金の額について定める法人税法37条8項は、次のとおり、定めている。 同項は、時価を指す語として、譲渡の時における「価額」又は経済的な利益のその供与の時における「価額」を使用し、「当事者間で合意した額」を指す概念として「対価の額」という語を使用している。時価とは異なる概念として「対価」という語を使用している条文の一例である。ここから、形式上、法人税法22条の2第4項でいう「その提供をした役務につき通常得べき対価の額に相当する金額」の「対価」とは、時価とは異なる概念であるという見解につなげることができる。 もっとも、法文に「対価の額」とある場合に、「当事者間で合意した額」ではなく、時価ないし適正な価額を意味するものという解釈が成り立つ余地も皆無ではない。 有価証券の譲渡益又は譲渡損の益金又は損金算入について定める法人税法61条の2第1項は、有価証券の譲渡に係る譲渡利益額を「その有価証券の譲渡に係る対価の額」(同項1号)が「その有価証券の譲渡に係る原価の額」(同項2号)を超える場合におけるその超える部分の金額と定めていた。 この法人税法61条の2第1項1号の「譲渡対価の額」とは「当事者間で合意した額」であるなどと納税者が主張したことに対して、裁判所は、次のとおり判示して、かかる主張を排斥している(日産自動車事件の東京高裁平成26年6月12日・訟月61巻2号394頁)。 別の事件においても、裁判所は、法人税法61条の2第1項1号所定の「譲渡に係る対価の額」の文言は、素直に読めば、譲渡対価額を意味するし、同法37条8項では、譲渡対価額と譲渡時価額とを使い分けていることをも踏まえると、「譲渡に係る対価の額」とは「譲渡当事者間で合意された対価額」をいうものと解すべきである旨の納税者の主張に対して、次のとおり判示して、これを採用していない(東京高裁平成27年11月18日判決・税資265号順号12753)。 通常の用語法では、時価とは異なる概念として「対価」という語が使われるが、これらの判決は、法人税法22条2項及び61条の2第1項の規定内容・趣旨、南西通商株式会社事件の最高裁平成7年12月19日判決の判示内容などを考慮して、同項1号の「有価証券の譲渡に係る対価の額」は、同法22条2項や37条8項と整合的に解釈されるべきであって、「当事者間で合意した額」ではなく「譲渡時における時価」をいうと解釈しているのである。 かような議論を参考にすると、次のことがいえよう。法人税法22条の2第4項の「その提供した役務につき通常得べき対価の額相当額」については、「通常得べき」という語からしても、また、同法22条2項や37条8項との整合的解釈という点からしても、「当事者間で合意した額」ではなく「時価」を意味するものと解釈すべきである。 なお、平成30年度改正により、法人税法61条の2第1項1号は、「譲渡の時における有償によるその有価証券の譲渡により通常得べき対価の額」として、法人税法22条の2第4項に平仄を合わせた規定となっている。 この点について、『平成30年度 税制改正の解説』は、次のように解説している。 (※) 財務省『平成30年度 税制改正の解説』276~277頁 平成30年度改正後の法人税法61条の2第1項の規定と同法22条の2第4項の比較検討については、本連載第42回参照。 なお、空売りをした有価証券の一単位当たりの譲渡対価の額の算出の方法について定める法人税法施行令119条の10第1項、短期売買商品等の譲渡損益について定める法人税法61条1項にも「通常得べき対価の額」という文言が置かれている。 (了)
〈事例から学ぶ〉 不正を防ぐ社内体制の作り方 【第1回】 「不正リスクの発見方法と相互牽制の効果」 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 《1》 プロセスに潜むリスクを捕捉する それでは、あるべき柱の不十分さ、不正予防の仕組み不足をいち早く認識するには、どうしたらよいのでしょうか。それは「プロセスに潜むリスクを把握して、きちんと評価をすること」です。この言葉だけでは難しいので、以下で詳しくみていきましょう。 企業活動は財、サービスを顧客に提供し、対価を得て再投資に振り向け生産活動を継続、拡大させる一連の発展的サイクルによって成り立っています。このビジネスサイクルをプロセスの単位に切り分け、更にプロセスを構成するサブプロセスに分解して、リスクに直接アプローチするのです。 たとえば、ある製造業のビジネスサイクルを、次のように主要な業務に関わるプロセスとサブプロセスの単位に分解します。 上記をまとめると次のようになります。 このように各プロセスは複数のサブプロセスによって構成され、総体としてビジネスサイクルを支えています。そしてこれらのプロセスやサブプロセスの中には、信頼すべき財務報告を行ううえで将来起きてほしくない、好ましくない事態を引き起こす要因が滑り込んでいます。それを私たちは「リスク」と呼びます。そのリスクを適切に認識し、現実とならないうちに、つまり企業不正が起きる前にいち早く察知し、迅速な対抗策として予防の柱を打ち込まねばなりません。もしこの予防の柱が足りなければ、冒頭に述べた事態に発展する恐れが大いにあります。 なお、本連載における「リスク」とは、組織に負の影響、すなわち損失を与えるリスクのみを指し、組織に正の影響、すなわち利益をもたらす可能性はリスクの概念に含まれないと考えることにします。 読者の方のなかには、上記のプロセス分類は内部統制報告制度(いわゆる「J-SOX」)による整理と必ずしも一致しないと感じた方がいるかもしれません。確かにその通りですが、本連載では内部統制報告制度の紹介を主な目的とするのではなく、そのアプローチを活用して社内の不正を防ぐことを狙いとしているため、これらの不一致についてはご理解をいただければ幸いです。 《2》 リスクアプローチに基づく不正予防を考える 「プロセスに潜むリスクを炙り出し、リスクの発現を抑える対応策を検討する」というアプローチをよりよく理解するために、以下の事例を用いて不正が起こるリスクがどこに潜んでいるか、そしてどのような対応策を構築したらよいかを検討します。 ◎ 【事例】を分析する 事例のサブプロセスに潜むリスクを特定、評価して有効な対応策を展開します。この進め方を「リスクアプローチ」といいます。 《3》 リスクアプローチの実務と相互牽制 「いま担当者が払出しと記録を兼ねているからといって、直ちに不正が発生する差し迫ったリスクがあるわけではない」、「それどころか兼務したからといって、常に不正が起きるとは限らない」、「ウチには分担するほど人的リソースに余裕などない」、こういって不正発生の不確実性や人材不足を弁明の盾に、対応を先送りにする会社が数多くあります。しかし、いかなる弁明をしようが、不正が起きやすくなるリスクが客観的に継続して存在し続けていることに何ら変わりはありません。 《4》 相互牽制の実務 不正のリスクを低くするためには、払出しと記録業務をそれぞれ分担することによって、相互に牽制を利かせ、予防を図らなければなりません。相互牽制は不正リスクを低減するにはとても有効な手段です。 しかし実務上、相互牽制を利かせるほど人材に余裕がないという会社も当然のことながら多いに違いありません。たとえそのような場合であっても、払出しと記録の兼務はそのままにしておきながら、上長が定期的に又は抜き打ちで管理台帳を精査し、帳簿上の残数と実際有高を照合することで、牽制効果を利かせることはできるはずです。 こうした対応はリスクの影響度の大小によっても異なってきます。たとえば、認識するリスクがたとえ現実となったとしても、ビジネスに与える影響度が僅少であるため、何ら対応を施さずリスクを甘受することもあり得えます。ただし、リスクがあることすら認識できず、対応策すらとらない場合とリスクを認識しながらも影響度を踏まえ、甘受する場合とではリスク管理の観点で天と地ほどの乖離があることは知っておくべきでしょう。 * * * 〔より深く理解するためのQ&A〕 ◆今回の重要ポイント◆ リスクはプロセスにこそ潜んでいる。 相互牽制は不正リスクに抵抗する有効な手法となる。 リスク概念は単一ではなく、複数存在している。 リスクの影響度の大小によって企業の対応は異なるのが普通である。 (了)
フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第54回】 「繰延資産」 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 将来の期間に影響する特定の費用は、原則、費用として計上するが、「繰延資産」として資産に計上することもできる。そして、「繰延資産」として計上できるのは、以下の項目のみである。 本解説では、「繰延資産」の会計処理について解説する。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (1) 繰延資産の内容 繰延資産として計上できる項目の内容は、以下のとおりである(実務対応報告第19号「繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い(以下、「繰延資産取扱い」という)3(1)~(5)」)。 (2) 繰延資産の会計処理 繰延資産の会計処理は、以下のとおりである(繰延資産取扱い3(1)~(5))」。 【会計処理の継続性(繰延資産取扱い3(7))】 同一の繰延資産項目に係る会計処理が前事業年度に行われていて、当事業年度の会計処理が前事業年度の会計処理と異なる場合、原則として、会計方針の変更として取り扱う。ただし、支出内容に著しい変化がある場合には新たな会計事実の発生として考え、直近の会計処理とは異なる会計処理を選択することができる。この場合、以下について、追加情報として注記する。 繰延資産計上後は、上記【STEP1】(2)の容認処理に従い、償却する。なお、繰延資産計上後、支出の効果が期待されなくなった繰延資産は、その未償却残高を一時に償却しなければならない(繰延資産取扱い3(6))。 * * * 以上、2のステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)
社外取締役と〇〇マルマル 【第9回】 「社外取締役と役員報酬」 西村あさひ法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士 田端 公美 1 取締役の報酬決定プロセスにおける役割 (1) 報酬委員会 取締役の報酬の決定においては、株主との利益相反が生じる。そこで、会社法上、指名委員会等設置会社においては、取締役の個人別の報酬の決定は、社外取締役が過半数を占める報酬委員会において行うことが義務付けられている(会社法404条3項、400条3項)。 指名委員会等設置会社以外のガバナンス体制をとる会社においては、このような会社法上の義務はないが、株式会社東京証券取引所によるコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という)では、これらの会社においても、独立社外取締役が取締役の過半数に達していない場合には、独立社外取締役を主要な構成員とする任意の指名委員会・報酬委員会の設置が求められている(CGコード補充原則4-10①)。 (2) 取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針の決定 令和元年改正会社法(令和元年法律第70号。以下、改正後の会社法を「改正会社法」という)により、取締役の報酬の決定プロセスにおける社外取締役の関与が強化された。 社外取締役の設置が義務付けられる会社、すなわち、有価証券報告書提出会社である監査役会設置会社(公開会社かつ大会社に限る)と監査等委員会設置会社では、定款又は株主総会決議により取締役(監査等委員である取締役を除く)の個人別の報酬等の内容を具体的に定めない場合には、取締役会でその内容についての決定に関する方針を決定しなければならないこととされた(改正会社法361条7項。以下「報酬等の決定方針」という)。報酬等の決定方針を決定せず、または報酬等の決定方針に違反して、取締役の個人別の報酬等の内容を決定した場合には、その決定は違法であり、無効となる(※1)。 (※1) 竹林俊憲ほか「令和元年改正会社法の解説〔Ⅲ〕」商事法務2224号(2020)6頁。 実務上、取締役の個人別の報酬等の内容の決定は、定款又は株主総会決議の範囲内で、取締役会に一任又は代表取締役に再一任することがしばしば行われているところ、報酬等の決定方針を取締役会で決定することとして手続の透明性を向上させようとするものである。監査等委員会設置会社の取締役会においても、報酬等の決定方針の決定を取締役に委任することができない(改正会社法399条の13第5項21号)。 2 社外取締役の報酬の考え方 (1) 人材獲得競争の激化 社外取締役のなり手は不足しており、報道によれば、東証一部上場企業で2社以上を兼任する社外役員(監査役含む)は1,284人と3年で2割増え、4社以上も45人いる。また2021年春に改定されるCGコードでは、2022年4月の東証市場再編で現在の東証一部を引き継ぐ「プライム市場」の上場企業に対し、独立社外取締役を全体の3分の1以上にするよう求める見通しである(※2)。 (※2) 2020年12月16日付日本経済新聞電子版「社外取締役、900社で計1,000人不足 統治指針改定で」参照。 また、CGコード原則4-11は、取締役会構成に「ジェンダーや国際性の面を含む多様性」を求めているところ、今後、女性や外国人をめぐる人材の争奪戦が激しくなることも想定される。このような状況において、自社に適切な社外取締役人材を起用し就任してもらうための1つの手段として、競争力のある報酬パッケージを提供することは重要である。 また、社外取締役に期待される役割・機能は、経営戦略・計画の策定への関与、指名・報酬決定プロセスへの関与、利益相反の監督(例えば役員報酬の決定、MBO、支配株主等との取引、敵対的買収防衛、企業不祥事への対応等)、株主やその他のステークホルダーの意見の反映、業務執行の意思決定への関与、内部通報の窓口や報告先となることなど、多岐にわたる(※3)。このような実態を踏まえ、社外取締役の役割・機能や業務量に見合っているか否かという観点から報酬水準について見直すことも考えられる。 (※3) 経済産業省「CGS研究会報告書-実効的なガバナンス体制の構築・運用の手引-」別紙2「社外取締役活用の実務指針の提案」55頁。 (2) 経産省CGS研究会報告書で示された自社株報酬の推奨 日本において、社外取締役に対する自社株報酬の導入事例はまだ多くない。その背景には、業務執行に対する監査・監督機能が働かなくなる懸念があるためだと指摘されることが多い。確かに、パフォーマンス・シェアと呼ばれる業績連動型の自社株報酬のうち、経営陣と同じ内容の業績連動性を有するものについては、社外取締役が独立した立場から業務執行の監督をする観点から適切でない場合もあり得る。 しかしながら、企業の業績に関係なく、役位等に基づいて予め定められた数の株式を固定的に付与するタイプの自社株報酬であれば、社外取締役に付与したとしても、インセンティブ報酬を意識して監督がおろそかになる可能性は低いといえる。そして、株主の意見を適切に反映させる役割を担う社外取締役について、株主とのsame boat(利害共有)性を高める観点からは、社外取締役に対して自社株報酬を付与することがむしろ合理的である。 経済産業省のCGS研究会報告書でも、「特に、自社株報酬のうち、業績条件の付されていない自社株を付与する類型のものは、その割合が金銭報酬に比して過度に高くない限り、付与することによる弊害が少なく、有力な選択肢として考えられる。」と指摘されている(※5)。 (※4) 経済産業省・前掲(※3)64頁。 (3) 機関投資家の動向 日本における機関投資家の動向をみてみると、ISS(※5)は、自社株報酬の対象者に社外取締役や社外監査役が含まれていても、問題視していない。グラス・ルイス(※5)は、業績連動型の自社株報酬の対象者に、社外取締役、監査等委員である取締役又は社内外監査役が含まれている場合は反対推奨としているが、非業績連動型の自社株報酬については、コスト、株式の希薄化や発行規模などを考慮して賛否を決するとしている。 (※5) 大手議決権行使助言会社。 他方で、国内機関投資家の中には、非業務執行役員に対して自社株報酬を付与することについて、条件付きで賛成するところもある(※6)一方、一律に反対しているところも少なくないのが現状である。 (※6) 例えば、社外取締役、監査等委員である取締役に対する自社株報酬付与について、三菱UFJ信託銀行は「金額が過大でない場合(公正時価で5百万円以下)」に賛成とし、りそなアセットマネジメントは、「業績等に連動しない株式報酬や株式報酬型ストックオプション(1円ストックオプション)割当は、過大でなければ(原則として、現金:株式等=1:0.3以内、または500万円以下)賛成」としている。 野村アセットマネジメントは、株式報酬の支給対象者が「社外者であっても、適切な説明がなされ、株主価値の向上に資すると判断される場合」は、賛成としている。 みさき投資株式会社は、社外取締役へのストックオプション付与について「諸般の状況も勘案しつつ慎重に判断」するが、「日本企業においては、社外取締役の役割は、企業価値向上に向けて企業経営を進化させる『アクセル』としての役割が強調されており、その観点からは株主と利害一致を図り、企業価値向上の果実を享受することはむしろ望ましい」としている。 業績によって付与数が変動しない自社株報酬については、非業務執行役員の独立した立場からの監督を阻害するものではなく、むしろ株主目線でのガバナンス強化に資するものであるとの理解が深まり、機関投資家の議決権行使基準が変更されることが期待される。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例54】 株式会社島忠 「株式会社ニトリホールディングスによる 当社株式に対する公開買付けに関する意見表明及び 同社との間の経営統合契約の締結に関するお知らせ」 (2020.11.13) 公認会計士/事業創造大学院大学准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社島忠(以下「島忠」という)が2020年11月13日に開示した「株式会社ニトリホールディングスによる当社株式に対する公開買付けに関する意見表明及び同社との間の経営統合契約の締結に関するお知らせ」である。 株式会社ニトリホールディングス(以下「ニトリ」という)による島忠に対するTOB(株式公開買付け)に賛同するという内容である(ニトリも同日「株式会社島忠(証券コード:8184)の株券等に対する公開買付けの開始及び同社との間の経営統合契約の締結に関するお知らせ」を開示)。そのTOBは、島忠を完全子会社とすることが目的である。 2 DCMと一緒になるはずだったが しかし、1月ほど前の2020年10月2日、島忠は「DCMホールディングス株式会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明及び同社との間の経営統合契約の締結に関するお知らせ」を開示していた。 それは、DCMホールディングス株式会社(以下「DCM」という)による島忠に対するTOBに賛同するという内容である(DCMも同日「株式会社島忠普通株式(証券コード8184)に対する公開買付けの開始及び同社との間の経営統合契約の締結に関するお知らせ」を開示)。そのTOBも、島忠を完全子会社とすることが目的である。 その時点で島忠はDCMの完全子会社となるつもりだったが、1月ほど経って、ニトリの完全子会社となることに考えを変えたのである。 3 ニトリによる割り込み DCMによる島忠に対するTOBが始まった後の2020年10月29日、ニトリは、そこに割って入る形で、島忠に対するTOBを行う予定であると発表した(「株式会社島忠(証券コード:8184)の株券等に対する公開買付けの開始予定に関するお知らせ」を開示)。 これに対して、島忠は、同日、「株式会社ニトリホールディングスによる当社株式に対する公開買付けの開始予定に係るお知らせ」を開示して、次のように述べていた。 また、DCMは、翌日の2020年10月30日、「株式会社島忠普通株式に対する公開買付けについて」を開示して、次のように述べていた。 ニトリによる島忠に対する敵対的TOBに発展するのだろうかと思われた。しかし、そうはならなかった。 4 DCMは怒り心頭かもしれないが 島忠は、今回取り上げた開示と同時に「DCMホールディングス株式会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見の変更についてのお知らせ」も開示している。DCMによるTOBに賛同するとしていたのに、それを撤回して、意見を「留保」することとしたのである。 DCMによる島忠に対するTOBは、当初、島忠の賛同を得ていたので、友好的TOBだった。しかし、一転して、そうではなくなった。島忠の意見は「留保」であり、「反対」ではないものの、賛同を得られていない以上、敵対的TOBになってしまったと言えるかもしれない。 DCMは、島忠の翻意に対して怒り心頭に発しているのかもしれないが、それは致し方ないだろう。島忠の判断は、合理的であり、正しい。 DCMによる島忠に対するTOBの買付価格は、1株当たり4,200円であるのに対して、ニトリによる方は1株当たり5,500円である。これでは、ニトリによるTOBの成立が確実である。どんなにシナジー効果などを主張されても、DCMによるTOBに応じる島忠の株主は、ほとんどいないはずである。島忠の株式を売却したら、島忠と関係が無くなってしまう島忠の株主にとって、島忠が今後どうなるかはどうでもいいのである。彼らの判断基準は買付価格の高低だけである。 ニトリによるTOBの成立が確実である以上、島忠としては、早々とそれに賛同した方が得である。いたずらに反対しても、かえって企業価値を毀損することになりかねない。ニトリよりも高い買付価格を提示できない以上、DCMは怒ってもしょうがないのである。 結果的として、DCMによるTOBはやはり成立しなかった(DCMは2020年12月12日に「株式会社島忠普通株式(証券コード8184)に対する公開買付けの結果に関するお知らせ」を開示)。ニトリによるTOBは、買付期間が2020年12月28日までなので、本稿執筆時点(2020年12月14日)において結果は不明だが、きっと成立するだろう。 5 気になったのは 島忠による一連の開示を見ていて、気になったことがある。DCMによるTOBが発表される前の2020年9月18日、島忠は「本日の一部報道について」を開示している。その内容は次のとおりである。 また、2020年11月13日、今回取り上げた開示の前にも「本日の一部報道について」を開示している。その内容は次のとおりである。これらの情報が漏れたのが、島忠からなのか、それとも、相手側のDCMやニトリからなのか、不明だが。 なお、島忠の商号がどうなるのかも気になっていたのだが、維持されるとのことである。ニトリの完全子会社になったら、「鳥・忠」にされてしまうのでは、などと思っていたのだが。 (了)
《速報解説》 住宅借入金等特別控除の延長・見直し ~令和3年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 新型コロナウイルスの影響による先行き不透明さなどを背景に、個人による住宅取得環境が厳しさを増している。令和3年度税制改正大綱では、内需の柱となる住宅投資を幅広い購買層に対して喚起するため、住宅借入金等を有する場合の所得税額の特別控除(以下、住宅借入金等特別控除という)について、2つの特例措置が示された。 2つの特例措置は、いずれも控除期間を3年延長する特例(以下、控除期間13年間の特例という)に関するものである。以下、解説を行う。 【1】 控除期間13年間の特例の概要 住宅借入金等特別控除については、消費税率10%への引上げに伴う住宅投資反動減対策として、通常の控除期間10年間を3年間延長する特例が設けられている(措法41⑬)。 この特例は、個人が、住宅の取得等で特別特定取得(※1)に該当するものをし、取得等をした家屋を令和元年10月1日から令和2年12月31日までの間に、その者の居住の用に供した場合に適用することができる。 (※1) 特別特定取得:対価の額又は費用の額に含まれる消費税率が10%である場合の住宅の取得等 なお、新型コロナウイルス感染症の影響により、取得等をした家屋を令和2年12月31日までに居住の用に供することができない場合でも、一定の期日(※2)までに契約が締結されており、かつ令和3年12月31日までの間に居住の用に供したときは、控除期間13年間の特例の適用対象となる(コロナ特例法6④)。 (※2) 一定の期日:新築は令和2年9月30日、建売・中古・増改築等は令和2年11月30日 【2】 大綱の特例措置 (1) 期間の延長(コロナ特例法から1年間の延長) 大綱では、住宅の取得等で特別特例取得に該当するものをした個人が、その特別特例取得をした家屋を令和3年1月1日から令和4年12月31日までの間に居住の用に供した場合には、控除期間13年間の特例を適用できることとされた。 〔現行のコロナ特例法と大綱の特例措置の比較〕 また、当該特例措置の対象者について、控除可能額のうち所得税から控除しきれなかった額がある場合には、現行制度と同じ控除限度額の範囲内で個人住民税から控除する措置が講じられる。 (2) 面積要件の緩和 住宅借入金等特別控除は、対象となる家屋の床面積が50㎡以上であることが要件とされている。また、その年の合計所得金額が3,000万円を超える年については適用されない(措法41①、措令26①)。 大綱では、(1)の延長分に限り、床面積40㎡以上50㎡未満の住宅も対象とすることが示された。ただし、本特例措置は、その年の合計所得金額が1,000万円を超える年については適用されない。 * * * なお、(1)及び(2)について、認定住宅の新築等に係る住宅借入金等特別控除の特例及び東日本大震災の被災者等に係る住宅借入金等特別控除の控除額に係る特例についても同様の措置が講じられる。 (了)
《速報解説》 デジタルトランスフォーメーション投資促進税制及び 繰越欠損金の控除上限の特例 ~令和3年度税制改正大綱~ 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 本稿では、令和3年度税制改正で創設される予定の「デジタルトランスフォーメーション投資促進税制」及び、これらの取組みを行っている企業に対する「繰越欠損金の控除上限の特例」について解説する。 いずれも新型コロナウイルス感染症で大きく変わった経済環境に適応し、経済の再生を実現するために、産業競争力強化に資するものとして導入が予定されている。 1 デジタルトランスフォーメーション投資促進税制 令和3年度税制改正では、デジタル技術を活用した企業変革を進める観点から、ソフトウェア等に係る投資について特別償却又は税額控除を認める新たな税制措置が講じられる予定である。 (1) 背景 新型コロナウイルス感染症の影響により、人同士の接触自体がリスクであるといった認識に加え、デジタル化の持つ潜在力が広く現実のものとして認識されるなど、我が国の直面していた産業構造変化がさらに加速し、ビジネスを取り巻く環境は大きく変化している。 こうした経済社会における大きな変化に対応した大胆なビジネスモデルの変革に取り組もうとする企業を後押しするための税制措置が創設されることになった。 (2) 概要 産業競争力強化法の改正を前提に、青色申告書を提出する法人で同法の事業適応計画について認定を受けたものが、同法の改正法の施行日から令和5年3月31日までの間に、その事業適応計画に従って実施される産業競争力強化法の事業適応の用に供するためにソフトウェアの新設若しくは増設をし、又はその事業適応を実施するために必要なソフトウェアの利用に係る費用(繰延資産となるものに限る)の支出をした場合には、一定の特別償却又は税額控除の適用を受けることができる。 (3) 優遇措置 なお、税額控除における控除税額は、カーボンニュートラルに向けた投資促進税制の税額控除制度による控除税額との合計で、当期の法人税額の20%を上限とする。また、対象資産の取得価額及び対象繰延資産の額の合計額のうち、本制度の対象となる金額は300億円を限度とする(投資額の下限は売上高比0.1%以上)。 (注1) 「事業適応設備」とは、事業適応計画に従って実施される事業適応(生産性の向上又は需要の開拓に特に資するものとして主務大臣の確認を受けたものに限る)の用に供するために新設又は増設をするソフトウェア並びにそのソフトウェア又はその事業適応を実施するために必要なソフトウェアとともに事業適応の用に供する機械装置及び器具備品をいい、開発研究用資産を除く。 (注2) 「グループ」とは、会社法上の親子会社関係にある会社によって構成されるグループをいう(親会社、子会社、親会社の自社以外の子会社(兄弟会社))。 (※) 経済産業省「令和3年度(2021年度)経済産業関係 税制改正について」p6より デジタルトランスフォーメーション投資促進税制の適用イメージ ① グループ内の企業間データ連携 ➡税額控除3%又は特別償却30% ② 外部のデータを活用した企業内のデータ連携 ➡税額控除3%又は特別償却30% ③ 企業間のデータ連携 ➡税額控除5%又は特別償却30% 2 繰越欠損金の控除上限の特例 令和3年度税制改正では、コロナ禍で厳しい経営環境にある企業が、果敢に抜本的な企業変革に取り組むことができるよう、一定期間に限り、繰越欠損金の100%繰越控除をすることができる特例が講じられる予定である。 (1) 背景 我が国の経済成長力を維持していくためには、厳しい経営環境の中でも企業が果敢に投資を行い、事業再構築・再編に取り組んでいくことが強く求められる。そこで、コロナ禍による欠損金については、DXやカーボンニュートラル等、事業再構築・再編に係る投資に応じた範囲において、一定期間に限り、最大100%までの控除を可能とする措置が講じられる。 (2) 概要 産業競争力強化法の改正を前提に、青色申告書を提出する法人で同法の改正法の施行日から同日以後1年を経過する日までの間に産業競争力強化法の事業適応計画の認定を受けたもののうちその事業適応計画に従って事業適応(注1)を実施するものの適用事業年度(注2)において特例対象欠損金額(注3)がある場合には、その特例対象欠損金額については、欠損金の繰越控除前の所得の金額(その所得の金額の50%を超える部分については、累積投資残額(注4)に達するまでの金額に限る)の範囲内で損金算入できる。 (※) 経済産業省「令和3年度(2021年度)経済産業関係 税制改正について」p9より ※1 令和2年2月1日~令和3年4月1日までの期間内の日を含む事業年度 ※2 この特例における欠損金の控除限度額の引上げは、対象欠損事業年度に生じた欠損金額のうち事業適応計画に従って行った投資の額に達するまでの金額を上限 - 事 例 - 3 事業適応計画の認定 上記2つの制度はいずれも適用に当たり、産業競争力強化法の事業適応計画について、主務大臣による同法の認定を受けることが前提とされている。 事業適応計画についての詳細はまだ公にされていないが、「デジタルトランスフォーメーション投資促進税制」及び「繰越欠損金の控除上限の特例」それぞれにおいて、基本となる方針は同様としつつ、異なる取組みや数値(投資・業績)目標が設定されることになると思われる。 なお前者(DX投資税制)の認定要件については、経済産業省の改正資料において、下記のとおり示されている。 (了)
《速報解説》 「中小企業事業再編投資損失準備金制度」等、 中小企業の経営資源の集約化に資する税制の創設 ~令和3年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 令和3年度税制改正大綱(2020年12月21日閣議決定)において、中小企業の経営資源の集約化に資する税制(本稿では以下、「経営資源集約化税制」とする)の創設が示された。 本稿では経営資源集約化税制の制度創設の背景と制度の概要、主な内容などについて解説する。 なお、大綱の把握に有用と思われる範囲で補足、例示しているが、これらはあくまで大綱の推察によるものであり、今後の情報に留意されたい。また、文中の意見に関する部分は、所属する団体や組織の公式見解ではなく筆者の私見であることを申し添える。 1 制度創設の背景 経営資源集約化税制の創設は、令和3年度税制改正大綱(本稿では以下、「大綱」とする)の公表に先立ち、経済産業省より改正要望がなされていた(※)。ただし、具体的な税制の内容については触れられていない。 (※) 経済産業省「令和3度税制改正に関する経済産業省要望【概要】」の「中小企業による経営資源集約化の促進に係る税制措置の創設」を参照。 2 制度の概要(基本的考え方) 大綱では「中小企業の経営資源の集約化による事業の再構築などにより、生産性を向上させ、足腰を強くする仕組みを構築していくことが重要」であり、「経営資源の集約化によって生産性向上等を目指す計画の認定を受けた中小企業が、中小企業の株式の取得後に簿外債務、偶発債務等が顕在化するリスクに備えるため、準備金を積み立てたときは、損金算入を認める」との基本的考え方を示している。 また、「認定を受けた中小企業は、新たな類型として中小企業経営強化税制の適用を可能とし、さらに、所得拡大促進税制の上乗せ要件に必要な計画の認定を不要とすることにより、M&A後の積極的な投資や雇用の確保を促す」との基本的考え方も示された。 中小企業のM&A実施後に“簿外債務”“偶発債務”のようなリスクが顕在化すれば、予期せぬキャッシュアウトを伴うなど買収する側の企業にとって大きな負担が生じうる。こうしたリスクに備えるため、経営資源の集約化(M&A)によって生産性向上等を目指す計画の認定を受けた中小企業者が計画に基づくM&Aを実施した場合、準備金の積立による損金算入が認められ、損金算入を通じた税負担の軽減によって買収後のリスクが軽減される。 さらに、併せて講じる設備投資減税と雇用確保を促す税制(税額控除)措置によって、M&A後の積極的な投資や雇用の確保が促される。 3 中小企業事業再編投資損失準備金制度の主な内容 以下では、大綱の理解に必要な限りにおいて、適宜大綱本文を補足している。 (1) 対象 青色申告書を提出する中小企業者(※)のうち中小企業等経営強化法の改正法の施行日から令和6年(2024年)3月31日までの間に中小企業等経営強化法の経営力向上計画(経営資源集約化措置(仮称)が記載されたものに限る)の認定を受けたものが対象となる。 (※) 適用除外事業者に該当するものを除く。中小企業等経営強化法の中小企業者等であって租税特別措置法の中小企業者に該当するもの。 大綱では、経営資源集約化措置(仮称)の内容については明らかにされていない。経営力向上計画については、あくまで現行の中小企業等経営強化法による経営力向上計画であるが、中小企業庁のウェブサイトに掲載されているので参考にされたい。 また中小企業庁では先月(11月)より「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会」が設置され議論が進められており、今月22日には第2回が開催されている(議題は「新たな税制及び予算措置、中小M&Aの類型と検討の視点、小規模・超小規模M&Aにおける対応について」)。こちらの動向についても注視されたい。 (2) 損金算入要件 中小企業事業再編投資損失準備金の損金算入要件は以下の通り。 (3) 準備金の取崩し 中小企業事業再編投資損失準備金は、取得した株式等の全部又は一部を保有しなくなった場合や、その株式等の帳簿価額を減額した場合等において取り崩すほか、積み立てた事業年度終了の日の翌日から5年を経過した日(据置期間)を含む事業年度から5年間で、その経過した準備金残高の均等額を取り崩すこととなる。 4 M&A後の積極的な投資や雇用の確保 中小企業の経営資源の集約化に資する税制措置として、上記の中小企業事業再編投資損失準備金と併せ、M&A後の積極的な投資や雇用確保の観点から、次の措置がとられる予定となっている。 ➤M&Aの効果を高める設備投資減税 中小企業経営強化税制(即時償却又は税額控除(最大10%))の対象に、M&Aの効果を高める設備として「経営資源集約化設備(D類型)」が追加される。なお「経営資源集約化設備」とは、「計画終了年度に修正ROA又は有形固定資産回転率が一定以上上昇する経営力向上計画(経営資源集約化措置(仮称)が記載されたものに限る)を実施するために必要不可欠な設備」をいい、経済産業省資料では具体的な取組例として、「自社と取得した技術を組み合わせた新製品を製造する設備投資」や「原材料の仕入れ・製品販売に係る共通システムの導入」が示されている。 ➤雇用確保を促す税制 M&Aに伴って行われる労働移転等によって、給与等支給総額を対前年比で2.5%以上引き上げた場合、所得拡大促進税制の上乗せ措置の適用により、給与等支給総額の増加額の25%を税額控除(1.5%以上の引上げの場合は15%の税額控除)できる(経済産業省「令和3年度(2021年度)経済産業関係 税制改正について」P27)。この場合、上乗せ要件に必要な計画の認定が不要とされる(与党大綱P14)。 なお現行の所得拡大促進税制では、上乗せ措置の適用要件として、継続雇用者給与等支給額が継続雇用者比較給与等支給額と比べて2.5%以上増加しており、かつ、以下のいずれかを満たすこととされている(中小企業庁「中小企業向け所得拡大促進税制 ご利用ガイドブック」P6)。 * * * 中小企業の経営資源の集約化に資する3つの税制措置全体については、下図を参照されたい。 【参考図】 (※) 経済産業省「令和3年度(2021年度)経済産業関係 税制改正について」p27より (了)
《速報解説》 大綱記載の「税務関係書類の押印義務見直し」、施行日前から取扱いを開始 ~閣議決定受け国税庁等が方針示す~ Profession Journal編集部 既報の通り令和3年度税制改正大綱では、政府の方針を受け、税務関係書類における押印義務について見直しを行うことが、下記のとおり明記された。 (※) 地方税関係書類についても、原則、押印を不要とする見直しが行われる。 このように、税務署長等に提出する税務関係書類のうち、納税者等の押印を求めているものについては、国税・地方税ともに、原則として、押印義務が廃止される。 ここで注目したいのは上記(注3)で、この改正は令和3年4月1日以後に提出する税務関係書類について適用するとされているものの、施行日前においても、対象となる税務関係書類については、押印がなくとも改めて求めないとしている点だ。実質、施行前の取扱い開始ともいえる。 そして12月21日(月)に大綱が閣議決定されたことから、国税庁は下記の情報を公表、「この閣議決定に基づき、全国の税務署窓口においては、本件見直しの対象となる税務関係書類について押印がなくとも改めて求めない」ことを明らかにした。 なお国税不服審判所のホームページでも同様の方針が示されている。 今回の見直しにより押印を要しないこととされる税務関係書類には、所得税の確定申告書も該当するため、来年3月15日が申告期限となる令和2年分の所得税の確定申告書においても、押印が不要とされることになろう。なお税理士の署名押印について今回の改正による影響を受けるのかは明らかとなっていない。 (※) 税理士の署名押印義務については税理士法第33条に規定されている。 (了)