相続空き家の特例 [一問一答] 【第42回】 「「所有期間が10年超の軽減税率の特例」との適用関係」 -相続空き家の特例と他の特例との重複適用関係- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、昨年8月に死亡した父親の家屋(昭和56年5月31日以前に建築)とその敷地を相続により取得した後に、その家屋を取り壊して更地にし、本年11月に6,200万円で売却しました。 取り壊した家屋の、相続の開始の直前の状況は、父親が一人暮らしをし、その家屋は相続の時から取壊しの時まで空き家で、その敷地も相続の時から譲渡の時まで未利用の土地でした。 なお、その家屋が取り壊された日の属する年の1月1日において、その家屋も土地も所有期間が10年を超えています。 この場合、Xは、「相続空き家の特例(措法35③)」に係る3,000万円の特別控除額を差し引いた後の課税長期譲渡所得について、「軽減税率の特例(措法31の3)」の適用を受けることができるでしょうか。 A 「軽減税率の特例」の適用は受けることができません。 ●○●○解説○●○● 個人が譲渡した年の1月1日において所有期間が10年を超える自己の居住用財産(居住用家屋やその敷地)を譲渡した場合には、3,000万円の特別控除額を差し引いた課税長期譲渡所得について、軽減税率を適用することができます(措法31の3)。 しかしながら、「相続空き家の特例(措法35③)」に係る譲渡は、被相続人の居住用財産であることから、軽減税率の特例は適用できません。 したがって、本事例の場合、その家屋が取り壊された日の属する年の1月1日において、その家屋も土地も所有期間が10年を超えていますが、自己の居住用財産ではないことから、軽減税率の特例の適用は受けることができないこととなります。 〈参考〉自己の居住用財産の場合の「軽減税率の特例」に係る税額計算 イ 原則 ロ 平成25年から平成49年(令和19年)までは、所得税額に復興特別所得税2.1%を乗じた額が上乗せされ、その結果、税率は次のとおりになります。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q50】 「仮想通貨(暗号資産)の売買を行った場合の所得計算」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 仮想通貨取引を通じて得た収益の所得区分 仮想通貨(資金決済に関する法律第2条第5項に規定するものをいいます)は有価証券や固定資産には含まれないため、これを譲渡したことによる収益は譲渡所得ではなく、原則として、雑所得に区分することとされています。 ただし、国税庁が公表している「仮想通貨に関する税務上の取扱いについて(情報)(平成30年11月21日)」の問7において、仮想通貨取引自体が事業と認められる場合、例えば、仮想通貨取引の収入によって生計を立てていることが客観的に明らかである場合などは、事業所得に区分することが明らかにされています。 また、事業用資産として仮想通貨を保有し、棚卸資産等の購入の際の決済手段として使用する場合に生じた所得についても、事業所得等の基因となる行為に付随するものとして、事業所得として取り扱うとされています。 2 取得価額の計算 購入により取得した仮想通貨の取得価額は、購入代価に購入手数料その他その仮想通貨の購入のために要した費用を加算した金額とされています。 なお、仮想通貨の取得自体には消費税は課されませんが、仮想通貨交換業者に対して支払う手数料は、消費税の課税対象となります。仮想通貨取引を行う個人が消費税の課税事業者ではない場合には、消費税込みの金額を取得価額に含めることとなります。 3 損失が生じた場合の取扱い 上記1に記載したとおり、仮想通貨取引を通じて得た収益は、原則として、雑所得に区分されますが、雑所得の金額の計算上損失が生じた場合、その損失の金額は、他の所得と通算することは認められていません。 したがって、他に雑所得に該当する収益があれば、その範囲内で通算されますが、通算してなお残った損失は切り捨てされることになります。 4 本件へのあてはめ 上記1~3を踏まえると、質問者の当年における雑所得の金額の計算は下記のとおりです。 また、来年残りの2ビットコインも売却予定とのことですが、譲渡対価を1,000,000円とした場合の所得計算は下記のとおりです。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第54回】 「航空機リース事件」 ~名古屋地判平成16年10月28日(税務訴訟資料254号順号9800)、 名古屋高判平成17年10月27日(税務訴訟資料255号順号10180)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第18回】 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 エ 法人税法22条の2第1項の「別段の定め」から22条4項を除いた趣旨 法人税法22条の2第1項の「別段の定め」から22条4項を除いた趣旨については、次のとおり説明されている。 (※) 財務省『平成30年度 税制改正の解説』273頁 すなわち、資産の販売等に係る収益を益金の額に算入するかどうかについては引き続き法人税法22条2項の規定によることとし、その時期及び金額について22条の2で規定された。かように資産の販売等に係る収益の額について法人税法22条4項と22条の2の両方が適用されると、割賦基準・延払基準のようにこれらの規定が互いに抵触する場合に優先関係が不明確となるおそれがあることから、優先関係を明確にするために、収益認識の時期については法人税法22条4項が適用されないこととしたという説明がなされている。 〈更なる検討〉 ~法人税法22条の2第1項創設後における22条2項の意義~ 本連載第11回において、次のような考え方に言及した。 ここでは、法人税法22条の2第1項の「別段の定め」から22条4項を除いた趣旨について述べている上記『平成30年度 税制改正の解説』部分との関係で、法人税法22条の2第1項創設後における22条2項の意義について若干の検討を加えておきたい。 仮に、資産の販売等に係る収益の計上時期について、法人税法22条の2第1項が22条2項や同項の収益の額に係る定めである22条4項に優先して適用されるとした場合に、22条の2第1項に劣後する22条2項が、実質的に、22条の2第1項の規律対象外である「無償による資産の譲受けその他の取引」のみを規律する規定になってしまうのではないかという疑問が向けられるかもしれない。 もっとも、収益の計上時期については法人税法22条の2第1項が22条2項や4項に優先して適用されるとしても、益金の額に算入すべき金額は無償による資産の譲渡を含む資産の販売等に係る収益の額であるという、そもそもの規律は法人税法22条の2第1項ではなく22条2項が定めているところである。そうであるとすれば、法人税法22条2項が、実質的に、22条の2第1項の規律対象外である「無償による資産の譲受けその他の取引」のみを規律する規定になってしまうという見方はやや後退する。 このことは、法人税法22条の2第1項の「別段の定め」から22条4項を除いた趣旨に関する上記『平成30年度 税制改正の解説』部分からも導くことが可能である。 法人税法22条の2第1項の創設後においても、益金の額に算入すべき金額は、無償による資産の譲渡を含む資産の販売等に係る収益の額であることは法人税法22条2項の所管事項であるという説明の仕方もありえよう。 ただし、「法人税法22条の2第1項という『別段の定め』が優先適用された残りは、結局のところ、『無償による資産の譲受けその他の取引』のみとなることになる。それでは、法人税法22条2項の規定は、そうした残滓のような規定にすぎないということになるというべきなのであろうか。」という疑問も示されている(酒井克彦『プログレッシブ税務会計論Ⅲ』254頁(中央経済社2019))。 もっとも、この疑問は、「法人税法22条2項が残滓のようなものの受け皿にすぎないと理解することには抵抗を覚える」ことを論拠の1つとして、法人税法22条の2第1項について、22条2項の「別段の定め」ではなく22条4項の「別段の定め」であるという理解を導く文脈において示されたものであることに留意する必要がある(酒井・同書253頁以下参照)。 オ 法人税法22条の2第1項の「別段の定め」の具体例 『平成30年度 税制改正の解説』273頁では、法人税法22条の2第1項の「別段の定め」の具体的例示として、以下の法人税法の規定を挙げている。 カ 役務の提供には資産の貸付けが含まれること 『平成30年度 税制改正の解説』273頁は、法人税法22条の2第1項の「役務の提供」には、資産の貸付けが含まれることを明記している(大阪高裁昭和53年3月30日判決を引用)。 法人税法22条2項の「役務の提供」は、受取利子、受取手数料、受取倉庫料、技術役務提供報酬などの収益を生ずべき役務の提供を意味すると解されている(谷口勢津夫『税法基本講義〔第6版〕』380頁(弘文堂2018)参照)。土地や建物の賃貸は、その土地や建物を使用、利用するというサービスの提供であるから、資産の販売等(資産の販売若しくは譲渡又は役務の提供)に含まれるが、預貯金の預け入れから生じる利息収入、有価証券投資から生じる配当収入又は利息収入はこれに含まれない(よって、利息収入や配当収入については、法人税法22条の2に規定する収益計上時期や収益の額に関する取扱いの適用はない)という見解もある(成松洋一『Q&A収益認識における会計・法人税・消費税の異同点』7~8頁(税務研究会出版局2019)参照)。 他方、法人税法22条2項の「役務の提供」には、資産の貸付けは含まれないという見解もある(高梨克彦「無利息貸付けに係る収益説と批判」日本税法学会「中川一郎先生古稀祝賀税法学論文集」刊行委員会編『中川一郎先生古稀祝賀税法学論文集』1頁以下(日本税法学会1979)参照)。この見解によるならば、仮に無利息融資は法人税法22条2項の「その他の取引」に該当し同項の適用があるとしても、法人税法22条の2第1項の適用はないことになる。 キ 収益認識会計基準の適用対象取引と法人税法22条の2第1項の適用対象取引は異なる部分があること 法人税法22条2項は「無償による資産の譲受けその他の取引」に対しても適用されるが、22条の2第1項は、その文面上、かかる取引を適用対象としていない(本連載第13回参照)。 かように、両規定における適用対象取引の範囲が相違している理由として、立案担当者は、次のとおり、今回は収益認識会計基準の導入に伴う改正であったことを挙げている。 (※) 財務省『平成30年度 税制改正の解説』273~274頁 他方、立案担当者は、次のとおり、固定資産の譲渡については、収益認識会計基準の適用対象外であるものの、法人税法上の収益の認識時期及び金額について棚卸資産と固定資産とで異なることとする理由はないことから、法人税法22条の2第1項の適用対象とされたと説明している。 (※) 財務省『平成30年度 税制改正の解説』274頁 (了)
〈桃太郎で理解する〉 収益認識に関する会計基準 【第17回】 (番外編②) 「もしおじいさんが桃太郎の絵本を出すことになったら ~返品権付販売」 公認会計士 石王丸 周夫 1 『桃太郎』の絵本を出版! 桃太郎が鬼退治から帰ってきて、少し落ち着いた頃のことです。 おじいさんが家の前で、山のように本を積み出しています。 桃太郎はそれを見て、おじいさんにたずねました。 「これはいったい何ですか?」 「見てのとおり。本じゃよ。こないだの鬼退治のことを絵本にして売るのさ。」 「えっ! 私の話を絵本にするのですか?」 桃太郎はびっくりして飛び上がりました。 「それで・・・本の題名は?」 「『桃太郎』じゃ。」 「・・・そのまんまですね。」 桃太郎は思わず笑ってしまいましたが、それよりも本当に売れるのかどうか心配です。 「いったい、どうやって売るんですか?」 「神社の前で定期市があるだろ。あそこで本を売ってくれる商人がいるから、その人に頼んで売ってもらうんじゃ。今から100冊届けるんだが、全部買ってくれるそうだよ。」 「でも、売れ残ったらどうするんだろうなぁ・・・」 「そこなんだがな。」おじいさんは小声で言いました。「残ったものは買い戻しになるんじゃよ。」 「・・・。」 桃太郎の心配は、尽きることがないようです。 今回は桃太郎の後日談として、おじいさんが絵本を出版する話にしてみました。 おじいさんが絵本を100部出版し、それを商人に売りさばいてもらいます。商人は、いったん100部すべてを引き受けますが、売れ残った部数については、すべておじいさんのところに返品します。すなわち、返品権付きの販売です。 このような場合、収益認識会計基準では、おじいさんの売上高をどのように会計処理するのでしょうか(今回は、おじいさんが収益計上の主体です)。 2 返金負債と返品資産 収益認識会計基準では、返品権付販売の処理について、指針が示されています。以下の3つについて、すべて処理します。 (1)は、おじいさんがいくらで売上計上すべきかということを定めています。 それによると、返品が見込まれる部数の金額を除いて、売上を計上します。 仮に10部売れ残ると予想した場合、販売見込みは90部です。絵本の卸価格を1部100円とすると、です(100円×90部=9,000円)。 この売上高9,000円は、本の代金が現金決済であるとした場合、実際にやり取りされる現金の額とは異なります。おじいさんが商人に100部引き渡した時、おじいさんは商人から100部の代金10,000円をもらっているのです。 では、差額の1,000円はどう処理するのかというと、それが次の(2)に示されています。 (2)は、返品が見込まれる10部について、どう処理するかを定めています。 それによると、「対価の額で「返金負債」として認識する」とあります。 具体的には、貸借対照表にを負債計上するということになります(100円×10部=1,000円)。 (3)は、売れ残り10部を回収する権利について、その処理を定めています。 それによると「当該売れ残り見込み分を資産に計上する」とあります。 絵本の資産価値は原価の金額になるので、原価を1部30円とすると、具体的処理は、貸借対照表にを計上するということになります(30円×10部=300円)。 以上の処理結果を財務諸表で確認してみましょう。 3 法人税法上の取扱い 前述2の収益認識会計基準における処理については、法人税法上の取扱いにも留意する必要があります。 会計上は、返品見込みの部数を控除して収益計上しましたが、法人税法上はこれが認められません。控除する前の金額で計上するのです。したがって、申告調整が必要になります。 また、従来の会計基準で認められていた返品調整引当金を計上する処理方法は、収益認識会計基準適用後は会計上認められず、法人税法上も、一定の経過措置はありますが、廃止されました(経過措置については、やや複雑な内容となりますので、本稿では割愛させていただきます)。 4 収益計上後の処理 最後に、収益計上後の処理についても確認しておきましょう。 予想どおりに10部売れ残り、それが返品された場合は、おじいさんは商人に1,000円を払って、売れなかった10部を引き取ります。1,000円払えば返金負債は消滅し、10部を回収すれば、返品資産という回収権は棚卸資産現物に振り替わります。 逆に、予想が良い方向に外れて、売れ残りがなかった場合は、返金負債を売上に振り替える処理となります。この時、返品資産を売上原価に振り替えます。 ▷今回のまとめ 返品権付きの販売については、返品見込み分を除いた額で収益計上し、返金負債と返品資産を計上します。 (了)
改めて確認したいJ-SOX 【第8回】 「ITを利用した内部統制の評価(後編)」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 前回は「ITを利用した内部統制の評価」の前編として、 という「評価の必要性」と「評価範囲の決定方法」を説明しました。 今回は後編として、 を説明します。 1 ITを利用した内部統制の整備状況及び運用状況の有効性の評価 (1) ITに係る全般統制の評価 前回説明しましたが、ITに係る全般統制とは業務処理統制が意図したとおりに機能する環境を保証するための方針と手続で、次のような項目が該当します。 内部統制の有効性を評価するにあたっても、上記の4項目について、整備及び運用状況を評価することが一般的と考えられます。 では、具体的に「どのように評価するか」ですが、これについては金融庁総務企画局が平成23年3月31日に公表した「内部統制報告制度に関する事例集」(事例4-2)で紹介されている「ITに係る全般統制に関するチェック・リスト例」が参考になります。 〈ITに係る全般統制に関するチェック・リスト例〉 (※) 金融庁総務企画局「内部統制報告制度に関する事例集」(事例4-2)より一部抜粋。 この事例集は、事業規模が小規模で、比較的簡素な構造を有している組織等における事例を集めたものであるため、規模が大きい企業や複雑な構造の組織等では参考とならないこともあるかもしれません。 ただ、ITに係る全般統制の評価にあたっては、このチェック・リスト例を参考に自社のチェック・リストを作成し、チェック・リストに沿って根拠となる資料などを収集して評価しているケースが多いのではないでしょうか。 (2) ITに係る業務処理統制の評価 ITに係る業務処理統制の評価も、前回で説明した評価単位ごとに次のような観点で評価し、有効に整備及び運用されているかを評価します。 ITに係る業務処理統制は、簡単にいうと人が手で行っていた転記や計算、一致確認などの作業を自動化させたものであるため、それが意図したとおりにシステムにプログラムとして組み込まれ、繰り返し意図したとおりに自動的に処理されていれば、有効に整備及び運用されていると評価することができます。 そのため、「入力情報の完全性、正確性、正当性等が確保されているか」や「エラーデータの修正と再処理の機能が確保されているか」といった自動処理を直接的に評価するような視点が「財務報告に係る内部統制基準・実施基準」で例示されていると考えられます。 また、データとデータを自動で照合させて自動で一致を確認させるような処理では、照合するデータそのものが正しくないと意味がありません。それゆえ、「マスタ・データの正確性が確保されているか」や「システムの利用に関する認証・操作範囲の限定など適切なアクセス管理がなされているか」といった視点が例示されていると考えられます。 しかし、実務的には、ITに係る業務処理統制の評価は、どのように整備及び運用状況を評価するかといった具体的な評価方法よりも、いかに網羅的に評価対象を拾い上げていくかといった評価範囲が重要だと思います。したがって、まずはどういったものがITに係る業務処理統制に該当するかを前回などを参考に押さえるとよいでしょう。 2 ITに係る内部統制に不備があった場合 (1) ITに係る全般統制に不備があった場合 ITに係る全般統制は、財務報告の信頼性を直接的に担保するものではなく、有効な業務処理統制のサポートを通じて財務報告の信頼性を間接的に担保しています。 そのため、ITに係る全般統制に不備があったとしても、直ちに財務報告に係る内部統制の有効性に問題があると評価するとは限りません。 ITに係る全般統制に不備があった場合、その統制の代わりになるような統制や補完できるような統制がないかを確かめます。代替的又は補完的な統制が他にあれば、それによって財務報告の信頼性という目的が達成されているかを検討します。代替的な統制も補完的な統制もない、もしくは代替的又は補完的な統制はあるが財務報告の信頼性という目的を達成できるほどのものではない場合は、財務報告の信頼性という目的を阻害するような事象が発生しているかを調べます。 その結果、たまたま該当する事象が発生していなければ結果的に問題ありませんが、該当する事象が発生している場合には、期末日までに是正する必要があります。 〈ITに係る全般統制に不備があった場合の対応〉 当然のことながら、代替的又は補完的な統制の存在やたまたま該当する事象が発生していなかったために結果的に財務報告に係る内部統制は有効と評価された場合でも、ITに係る全般統制に不備があるということは、いずれ業務処理統制に不備が出るということを示しているため、早期に不備を是正することが求められます。 (2) ITに係る業務処理統制に不備があった場合 ITに係る業務処理統制は、個々の業務プロセスに組み込まれているため、不備があった場合には、財務報告の信頼性を揺るがす可能性が比較的高いといえます。しかも、ITに関する部分に不備がある場合には、誤った処理が繰り返されている可能性があるため影響が大きくなるおそれがあります。 したがって、ITに係る業務処理統制に不備があった場合には、直ちに不備を是正する必要があります。内部統制の評価の観点からは、ITに係る業務処理統制の不備によりどの程度の勘定科目等に虚偽表示が及ぶかといった影響の範囲(影響度)を推定するほか、虚偽表示が実際にどのくらいの可能性で発生するか(発生可能性)を評価する必要があります。 * * * 今回の連載までで、具体的な内部統制評価の進め方(作業)について説明してきました。次回以降は、作業した結果をどのように取りまとめていくかを説明していきます。 【第9回】となる次回は、「内部統制の不備の評価」をテーマに説明します。 (了)
〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第21回】 「情報漏えいが発覚した際の初動対応のポイント」 弁護士 影島 広泰 -Question- 自社の従業員が情報を持ち出していることが分かりました。初動対応として何をすべきでしょうか。 -Answer- 対策チームを立ち上げるとともに、情報漏えいの証拠を保全します。 なお、情報を持ち出している可能性がある本人に悟られないように注意する必要があります。 前回は、情報漏えいの兆候をどのようにチェックするのかについて解説した。 今回は、従業員・退職者・取引先等が自社の情報を持ち出していることが分かった場合のような、情報漏えいの可能性があることが判明した際に、初動対応として何をすべきかを「秘密情報の保護ハンドブック」を参考にしつつ解説する。 1 事前に備えておくべき体制 事前に何の準備もしていなければ、情報漏えい等の発生という緊急事態時にスムーズな対応を行うことは困難である。具体的には、以下の2点を事前に整備しておくと良い。 (1) 「報告連絡体制」の整備 まず、【第2回】で述べたとおり、社内の報告連絡体制を整備しておく。これは、個人情報保護委員会が公表している通則ガイドラインの「組織的安全管理措置」に記載されている対応であるし、実務的にも重要であるから是非とも整備しておきたい。報告が適時適切に上がってこなければ、適切な初動対応を取ることなどできないからである。 例えば、「情報漏えいの可能性があると思った際には、内線〇〇に連絡をしてください」と社内に告知しておくことが考えられる。内部の故意犯による持ち出し等に備え、内部通報の窓口を活用することも重要であろう。 (2) 「対策チーム」の設置 情報漏えい等が発生した場合に何をするのかを予め定めておくことも重要である。このことは、上記、通則ガイドラインの「組織的安全管理措置」で「漏えい等の事案に対応する体制の整備」として義務づけられている。 情報漏えい時の対応に際しては、様々な部署が関係部署となることが想定される。これらの関係部署が綿密に連携して、適切かつ迅速に対処する必要がある。中小企業では、会社トップが全体を統括しながら対応を進めていくことが現実的であろう。大企業では、役員クラスの者を長とする対策チームを設置することが考えられる。 対策チームには、コンピュータからの情報漏えいであれば、社内の情報システム部などの専門家を含める(このような、コンピュータからの情報漏えいの際の対策チームのことを「CSIRT(Computer Security Incident Response Team:シーサート)」と呼ぶ)ほか、必要に応じて外部の専門家を含めることも考えられる。サイバーセキュリティの専門会社、コンピュータ内の削除済みのデータを調査することなどに長けたフォレンジック会社、弁護士などである。 いずれにせよ、社内での情報拡散を防止する観点から、初動の段階では対策チームは必要最小限の人数で構成し、かつ扱っている内容については秘密保持を徹底することが必要である。 2 初動で行うべき対応 社内から「個人データ」が漏えいした場合の対応については、【第10回】で詳しく述べた。 すなわち、経済産業省の「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」の「付録C インシデント発生時に組織内で整理しておくべき事項(Excel形式)」を参考にしつつ、個人情報保護委員会の告示に従って、情報漏えいの対象となった本人への連絡、ウェブ等での公表、個人情報保護委員会等への報告等を行っていくことになる。 今回は、従業員等の情報漏えいが発覚した際に初動で行うべき対応として、証拠の保全の重要性について解説する。 営業秘密を、従業員・退職者・取引先等が故意に持ち出したようなケースでは、情報漏えいによる影響範囲を確定し再発防止策を講じるためだけでなく、その後の責任追及や社内での処分のためにも、情報漏えいの証拠を保全しておくことが重要となる。特に、電子情報は、時の経過とともに情報が失われていくことが多く、初動で迅速に対応しておくことが重要となる。 電子情報は、専門家に依頼をせずに自社だけで闇雲に保全を行おうとすると、データが壊れてしまったり、改ざんを疑われて事後的に証拠価値が失われることもあり得る。例えば、パソコン内に保存されたデータが盗まれた場合、犯人はその証跡をひと通り消している可能性が高い。 単に消しただけであればフォレンジック会社に依頼すれば復活することができる可能性があるが、当該データが保存されていた場所に別のデータが上書きされてしまうと復活することが困難となる。パソコンは、OSを起動するだけで空いている領域に新しいデータを書き込んでいく可能性があるから、証拠となり得る機器については、可能な限り何もせず(電源も入れず)、専門の業者に相談したほうが良い。悪質な犯罪であれば、警察に即座に通報することも考えられる。 また、まだ情報漏えいの証拠が十分に確保できておらず、漠然と漏えいが疑われるに留まる段階で、その漏えい行為をしたと考えられる従業員等に接触する(例えば不用意に事情聴取を行う)ことは、かえって証拠隠滅を助長するおそれがあるため、避けるべきである。 自社従業員からの情報漏えいが疑われる場合には、拙速に接触することなく、情報を対策チーム等の関係者に限って共有するなど慎重に対応することが、証拠の隠滅・散逸等を防ぐために重要である。 確保しておくべき証拠の典型例は以下のとおりである。適宜・適切に収集し、証拠として保全したい。 (了)
《速報解説》 軽減税率対策補助金の申請期限迫る ~最終期限は2019年12月16日~ Profession Journal 編集部 10月1日からの軽減税率の実施に伴い、軽減税率に対応したレジ(システム)の導入・改修を行った中小事業者は、一定の手続きをすることにより、軽減税率対策補助金(原則費用の3/4を補助、レジ1台あたり20万円まで)を受領することができる。 既報のとおり、中小事業者による対応レジの導入を幅広く促進する観点から、中小企業庁は2019年8月28日付けで、レジの導入等に係る軽減税率対策補助金の手続要件の緩和を明らかにし、「9月30日までの軽減税率対応レジの設置・支払いの完了」が必要とされていたものを「9月30日までにレジの導入・改修に関する契約等の手続きが完了」とすることに改めている。 また、8月の前線に伴う大雨に関する災害や台風で被災した中小事業者に対しては、レジ等が被災した場合、再導入についても補助対象にすることや、事情説明書の提出等により、導入・支払いの期限の延長を行うなど補助金交付手続き等に関する柔軟な対応も行われている。 上記の要件緩和や柔軟な対応により、中小事業者のレジの導入・改修は着実に進んでいると思われるが、軽減税率対策補助金の申請期限が2019年12月16日〈消印有効〉であることに変更はない。 レジの導入自体が済んでいても、年末の忙しさから申請まで手を付けられていない場合や、軽減税率に対応したレジを導入しなくともアナログでの対応ができると考えていた中小事業者も、処理の煩雑さにレジの導入を検討していることもあるだろう。 軽減税率対策補助金を受領する最後のチャンスなので、申請期限には十分注意したい。 (了)
《速報解説》 日本監査役協会、KAMに関するQ&A集の後編として 期中や監査報告書作成段階での対応を公表 ~株主からの質問や事前準備事項など株主総会への対応も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年12月4日、日本監査役協会 会計委員会は、「監査上の主要な検討事項(KAM)に関するQ&A集・後編」を公表した。 これは、2019年6月11日に公表した「監査上の主要な検討事項(KAM)に関するQ&A集・前編」に続くものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 Q&A集・後編では、KAMに関して、期中での対応、監査報告書作成段階での対応、会社法上の会計監査人の監査報告書におけるKAMの取扱いなどについて記載されている。「株主総会に向けた対応」については、Q3-5-1からQ3-5-3に記載されている。 以下では主なQ&Aについて解説する。 1 期中で対応すべき事項(Q3-3-1) 監査人がKAMを最終的に決定するのは、監査報告書の内容を確定する時点である。 監査の過程においては、期初の監査計画策定の段階でKAMの候補を選定し、期中の監査活動の進捗状況を反映して適宜見直し(追加、絞り込み、入替え)が検討される。 監査人によるKAM候補の見直しは、監査の過程で随時行われるものであり、期中も監査人の監査に影響を及ぼす事象が発生すれば、監査役等と監査人の間で随時協議を行っていると思われるので、基本的に、監査計画策定時と同様に、監査人とのコミュニケーションに本質的な変化があるわけではない。 KAM候補に関連する財務諸表又はそれ以外の手段による開示状況とKAMの記述に未公表情報を含める必要があるかについては、監査人に都度十分な説明を行うよう促すことが重要である(2ページ)。 2 監査人による監査報告書作成段階での対応(Q3-4-1) 監査人は、期末において監査報告書のドラフトを作成する段階で、期中に検討されてきたKAM候補の最終的な絞り込み・決定を行うので、監査役等は、監査人から提示されるKAMのドラフトに対して、以下のポイントから確認することが考えられる(2、3ページ)。 また、KAMの項目や記載内容・詳細さの程度について見解の相違が発生した場合、監査役等は安易に妥協を促すべきではないが、執行側と監査人両者の見解を吟味し、負託を受けている株主等のステークホルダーにとって何が適切かについて、執行側や監査人と協議を重ねることが求められる(3ページ)。 3 会社法監査における会計監査人の監査報告書(Q3-4-3) 会社法上の会計監査人の監査報告書へのKAMの記載を義務付けることは見送られ、任意とされている(4ページ)。 現在の会社法と金商法の二元的な開示制度の下では、業態や事業の内容が複雑であったり、KAMの記載に際して監査人から追加の開示が求められたりするような場合は、有価証券報告書の記載内容を確認する前にKAMを選定かつ記載内容を確定することは基本的に難しいと言えることなどが記載されている(4、5ページ)。 4 監査役等の監査報告書の記載への影響(Q3-4-4) 監査役等の監査報告書への影響については、会社計算規則は、監査役等の監査報告書に最低限含めなければならない事項だけを定めており、記載が明示的に求められていない事項についても、監査報告の趣旨に沿っている限り、追加的に記載することができる(5ページ)。 ①会社法上の会計監査人の監査報告書にKAMが記載されていない場合と②会社法上の会計監査人の監査報告書にKAMが記載されている場合にわけて、取扱いが記載されている(6、7ページ)。 5 監査人と監査役等との見解の相違(Q3-4-2) KAMは監査役等と協議された事項の中から選定されるものの、最終的には監査人が決定するものであり、必ずしも監査役等と監査人との間で見解が完全に一致することが求められるわけではない(3ページ)。 期中から協議を重ねていても、なお見解の一致に至らなかった事項がKAMとして選定されたり、逆に選定されなかったりすることも考えられ、また、監査報告書における表現についても最終的に見解の一致に至らないこともあり得る(3ページ)。 監査役等がKAMに該当しないと考える事項がKAMに含まれている場合、又はKAMの表現に疑問がある場合は、再度、当期の監査における他の項目との相対的重要性の観点に基づいて、項目の選定が適切か、又はKAMの趣旨(監査人の守秘義務の観点を含む)に照らして記載内容が適切かについて監査人と協議する必要がある(4ページ)。 監査役等がKAMに該当しないと考える事項を監査人が監査すること自体を問題にする必要はないが、監査の効率性の観点から内容を確認する必要がある(4ページ)。 監査報告書において監査役等の見解と異なる項目が選定されたり、異なる表現がなされたりする場合には、自身の見解と対応について説明できるように整理しておく必要がある(4ページ)。 (了)
2019年12月5日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.347を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。