〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第14回】 「メンタルヘルス不調者への対応」 〈情報通信業・IT〔Q3〕〉 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 木原 康雄 【Q】 ITエンジニアが多くの仕事を一人で抱え込んでしまい、その結果メンタルヘルス不調に陥ってしまうケースも少なくありません。メンタルヘルス不調になってしまった場合の対応の留意点を教えてください。 【A】 まずは、少しでも早く不調に気づくこと、そして専門医の受診につなげることが必要です。専門医の意見に従って、業務軽減や、必要であれば休職命令を行うことになりますが、的確な病状の把握、適正な復職可否の判断のためにも、(症状が許す限り)継続的にコミュニケーションをとることが重要です。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 長時間労働の傾向と原因 前回述べたように、ITエンジニアについては、「厳しい納期」「顧客対応」「急な仕様変更」等クライアントへの対応上、長時間労働になりやすい傾向がある(厚生労働省HP「IT業界の働き方・休み方の推進」)。毎月勤労統計調査(令和7年分結果確報)を見ても、業種別に見て、「情報通信業」の所定外労働時間は3番目に長く(就業形態計)、過労死等も多く発生していると指摘されている(平成30年度過労死等防止対策白書)。 クライアントの要求次第であることから業務の進捗管理が難しく、その結果、一人で仕事を抱え込んでしまうということも原因となり得る。 2 メンタルヘルス不調者が生じた場合のリスク 企業は、労働者の生命・身体の安全に配慮する義務を負っており(安全配慮義務、労働契約法5条)、その健康状態を的確に把握する必要がある。 しかし、うつ病や適応障害といったメンタルヘルス不調は、専門的な医学的知識のない一般人にとって、受診の要否の判断が難しい。また、再発の可能性も高く、休職と復職を繰り返すといった特徴もある。さらに、メンタルヘルス不調に関しては医師の診断・見解も分かれることも多く、その原因や病状について正確に把握することが特に難しい。このようなことから、企業は、対応上、特に難しい舵取りを強いられることになる。 他方、メンタルヘルス不調者を生じさせてしまうと、企業は当該労働者のパフォーマンスの低下や休職により労働力を失うだけでなく、その対応を誤ると、当該労働者から損害賠償請求を受けるおそれがある(もし仮に労働者が過労死・過労自殺により亡くなった場合には、その金額は更に高額なものとなる)。 裁判例でも、システムエンジニアとしてコンピュータのシステム開発の業務に従事していた当時33歳の労働者が脳幹部出血により過労死した事案について、会社に安全配慮義務違反があったとして、遺族に対する約3,000万円の損害賠償義務を認めたものがある(システムコンサルタント事件・東京高判平成11年7月28日労判770号58頁)。 また、SNSや転職サイトへの投稿等によるレピュテーションリスク発生の危険もある。これにより、採用力の低下や取引先の減少につながりかねない。 企業は、これらのリスクを避けるためにも、メンタルヘルス不調を抱えた社員に対して適切に対応する必要がある。 IT業界に着目した長時間労働の抑制策については、厚生労働省HP「IT業界の働き方・休み方推進」を前回紹介した。また、メンタルヘルスケアについては、下記の同省HP「こころの耳(働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)」にまとめられているので、参照していただきたい。 3 メンタルヘルス不調者の特徴及び初動対応 メンタルヘルス不調者に対応する企業がまず悩むポイントとしては、「問題行動をする社員がいるが、単なる素行不良なのかメンタルの病気によるものなのかが分からない」、「メンタルに問題を抱える社員を発見した場合、まず始めにどのように対応したらいいのか?」というものであろう。 一般的に、メンタルヘルス不調を抱える社員の特徴としては、以下が挙げられる。 企業は、従業員のメンタルヘルス不調を見逃さないため、上記の特徴を把握しておく必要がある。ただし、上記の特徴から直ちにメンタルヘルス不調であると断定することはできない。従業員の単なる素行不良か、それともメンタルヘルス疾患によるものかを見極めることは難しいため、専門医を受診させる必要がある。 そして、上記の特徴が見られ、メンタルヘルス不調者を発見した際の初動対応として重要なことは、その従業員の体調をこれ以上悪化させないことである。できるだけ早く精神科や心療内科といった専門医を受診させ、疾患として療養を要するか否か、不調が就業に与える影響の有無・程度を把握することが肝要となる。 専門医の診断により、就業上の支障が認められた場合には、業務軽減、配置転換等の措置をとることになる。自宅療養を要する場合には、就業規則に則り休職命令を出す。 メンタルヘルス不調者が休職に入る場合には、従業員の休職期間中の不安を取り除くため、有給休暇の残日数、休職期間、休職期間中の賃金の有無、傷病手当金などの社会保険制度について予め説明しておく。また、休職期間中の連絡方法、頻度、診断書の更新、復職方法についても事前に話し合っておく。 4 メンタルヘルス不調者への休職中の対応 企業の中には、休職に入った後、従業員と全く連絡をとらず、休職期間が満了して自然退職になるのを待つ、という対応も見受けられる。しかし、そのような対応は適切とはいえない。 休職者との間のトラブルで多いのが、休職期間の満了直前になって、休職者から「復職可能」であるとの主治医の診断書が提出され、これに対し会社側が復職可能な健康状態ではないと主張するケースである。 このように判断が分かれるのは、前述のとおりメンタルヘルス不調については、医師ごとに見解が分かれることが多く、また、主治医は休職者の業務内容、業務負荷、職場環境、就業中の問題行動等を考慮することなく診断書を作成する可能性があるためである。 しかし、休職期間中も休職者と定期的に連絡を取って診断書を更新させ、また産業医面談や会社の指定する専門医への受診を実施するなどして、休職者の病状を継続的に把握していれば、適切な復職可否(主治医の診断書をそのまま信頼してよいか)の判断もしやすくなるであろう。 また、つねにコミュニケーションをとっていれば、休職者との間で、体調についてのコンセンサス、信頼関係を築くことができ、それにより休職者が無理に復職を求めるという事態も避けられるのではないだろうか(ただし、「会社側の人間と接触しないことを要する」という主治医の意見がある場合、これに反してコミュニケーションをとろうとしてはならない)。 休職者との連絡の頻度は、休職に入る前に本人と相談の上決定しておくべきであるが、たとえば通院ごとや診断書の提出ごとに病状を報告させることが考えられる。 5 復職・退職判断 休職に入った後、休職期間満了時までにメンタルヘルス疾患が「治癒」しなければ、就業規則の定めに従い解雇または自然退職扱いとなる。「治癒」した場合には復職させることになる。 前述のとおり、復職可能な健康状態かどうか、つまり「治癒」したかどうかを巡ってトラブルになることが多いのだが、「治癒」とは、休職前の従前の業務を通常の程度に行える健康状態にまで回復したことをいうのが原則である。 ただし、判例によれば、職種や業務を限定していない従業員の場合には、上記原則的業務について「労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして、当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ている」場合には、復職を認める必要があるものとされている(片山組事件・最一小判平成10年4月9日労判736号15頁)。 SE等のITエンジニアが「職種や業務を限定していない従業員」かどうかは、雇用契約の内容や配置転換の運用等による。専門性の高さから直ちに職務限定契約となるわけではないことに注意が必要である。摂津金属工業事件・大阪地判令和5年3月31日労ジャ138号14頁は、システム課に配属され、同課においてコンピューターシステムの構築及び管理等の業務に従事していた従業員について、職務限定契約の存在が否定された事例である。 ITエンジニアが「職種や業務を限定していない従業員」である場合には、従前の業務をできない場合でも、そのキャリアや地位等に照らして、休職前に配属されていた部署以外の部署についても配置が可能であるかを検討することになる。 なお、上記のとおり、休職期間の満了日までに「治癒」しなければ解雇または自然退職扱いとなるが、休職者から「いつ休職期間が満了するか告知もなく、知り得る状況になかった」などと主張され、トラブルになるケースもあるため、企業は、休職期間の1か月以上前に、休職期間の満了を予告しておくべきである。 6 まとめ 以上のとおり、まずは、病状の悪化や重大な結果を招かないようにするため、少しでも早く不調に気づくこと、そして専門医の受診につなげることが必要である。そして、専門医の意見に従って、業務軽減や配置転換、必要であれば休職命令を行うことになるが、的確な病状の把握、適正な復職可否の判断のためにも、症状が許す限り、休職者と継続的にコミュニケーションをとっておくことが重要である。 (了)
2026年株主総会における 実務対応のポイント 三井住友信託銀行 ガバナンスコンサルティング部 プリンシパル 斎藤 誠 はじめに 昨年3月に金融担当大臣からの有価証券報告書の総会前開示の要請を受けて、6月総会では過半の会社が有価証券報告書の総会前開示を実施した。本年ではさらに総会前開示を実施する会社が増加すると想定され、その動向が注目される。 また2024年からの新型NISAや株式分割を実施する会社が増加しこともあり、個人株主数もここ数年で大幅に増加しており、個人株主の議決権行使促進なども課題となっている。 ここではこれらの状況を踏まえた2026年株主総会における実務対応のポイントについて概観する。 1 有価証券報告書の総会前開示 昨年、有価証券報告書の総会前開示を行った3月決算会社は57.7%となって(※1)前年に比して著しく増加した(前年は1.8%)。本年はさらに増加する見込みで、昨年既に総会前提出を実施済みの会社と、これから提出を検討している会社と合わせると、73.5%の会社が総会前開示を実施するとの調査結果がある(※2)。 (※1) 金融庁「2025年3月期に係る総会前開示の状況」 (※2) 商事法務研究会=全国株懇連合会編「2025年度株主総会白書」旬刊商事法務2405号118頁 実際には昨年総会前開示を実施した会社のうち、総会日の前日に開示した会社が64.4%と大部分を占めており(※3)、本年もその傾向は続くと考えられるが、さらに各社が開示日の前倒しに動くことが想定される。 (※3) 前掲(※1)の金融庁資料 総会前開示に際しては、有価証券報告書の作成自体を前倒しすることはもちろんであるが、監査法人との調整も必要となる。また、有価証券報告書の提出を取締役会での付議事項としている場合には、どのタイミングの取締役会で付議するかなどの調整も必要であり、関係各所と早めの調整・確認が重要である。 なお、総会前開示を実施する場合は、剰余金の配当や役員の選任(代表取締役の選定等を含む)、役員報酬の改定など、有価証券報告書の記載事項に関して、有価証券報告書の提出後に開催予定の株主総会や取締役会で決議予定の事項がある場合、それぞれ該当する箇所において、その旨およびその概要を記載することとされていたが、関係規定である開示府令の改正が2026年2月20日に公布・施行されたため(※4)、その対応に留意する必要がある。 (※4) 金融庁「「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布及びパブリックコメントの結果について」 すなわち、施行日以後に提出される有価証券報告書では、提出後の総会等で決議予定の事項について、自己株式の取得と剰余金の配当以外のものが記載不要となった。このため、有価証券報告書の提出後の総会で決議予定の役員の状況についての記載が不要となったので、総会前提出に際しての記載負担は軽減されることとなった。しかしながら、その場合は総会等で決議された役員異動について、臨時報告書や半期報告書での開示が必要となることから、昨年同様に決議予定の事項の記載を選択することも考えられる。このような具体的な留意事項については金融庁HPに詳細に掲載されているので、そちらを参照願いたい(※5)。 (※5) 金融庁「有価証券報告書を定時株主総会前に提出する場合の留意点」 そのほか、総会前開示を実施すると総会当日の質問に対して、有価証券報告書の内容が説明義務の範囲に含まれるか気になるところである。一義的には、有価証券報告書そのものは総会の報告事項ではないので、総会前開示を実施したからといって、有価証券報告書まで説明義務の範囲が拡大するわけではないと考えられる。しかしながら、実際に質問があった場合には、何らかの説明をする方が無難でもあり、有価証券報告書に記載されていて事業報告では記載がない政策保有株式の状況などでの質問が想定される場合には、支障のない範囲での回答を準備しておくことが考えられる。 2 個人株主対応の動向 2025年3月末時点の個人株主数(名寄せ後)は約16百万名に達し、前年比での増加率も約5%となり、増加の伸び率も過去10年間で最大となるなど、増加が顕著となっている(※6)。これは新型NISAの導入や、企業での投資単位の引き下げのための株式分割が増加したことなどが追い風となって、個人株主数の増加傾向が定着してきたものと考えられる。コロナ前に比べると株主総会への来場株主数は、各社とも減少しているものと考えられるが、株主数の増加は総会当日の来場者数にも多少の影響はあるので、期末株主数の変動については注意しておきたい。 (※6) 日本証券業協会「個人株主の動向について」(2025年7月) さらに、個人株主は会社提案に賛成の議決権行使をするケースが多く、個人株主への議決権行使促進策は賛成票の確保としても有効であるので、議決権行使を促進するための施策を検討しておきたい。対応としては、招集通知に議決権行使の案内を目立つように分かりやすく記載することや、スマートフォンで簡便に議決権行使できる対応を取ることなどが考えられる。 従来より株式実務では紙ベースでの株主とのやり取りを基本としていたが、2023年より電子提供制度がスタートして、株主総会情報も原則ウェブ化となり、バーチャルオンリー総会も可能となるなど、ここ数年での総会プロセスのウェブ化は著しく進展している。もはやスマートフォンの世帯保有割合は90%超であり、個人株主エンゲージメントでのデジタル活用は不可避と考えられる(※7)。 (※7) 三井住友信託銀行は、個人株主エンゲージメント促進サービスとして「株主パスポート(株パス)」アプリの提供を開始した 3 機関投資家の議決権行使基準動向 機関投資家の議決権行使基準動向については、ISSとグラスルイスの議決権行使助言基準の動向を取りあげる(※8)。 (※8) ISS「2026年版日本向け議決権行使助言基準(日本語版)」 (1) ISSの議決権行使助言基準の動向 ① 親会社や支配株主を持つ企業の取締役独立性基準の厳格化 親会社や支配株主を持つ会社において、総会後の取締役会の過半数がISSの独立性基準を満たさない場合、経営トップである取締役に、原則として反対を推奨することとし、独立取締役の員数を2名または3分の1としていたことから厳格化を図ることとした。 ② 社外役員の独立性基準に在任期間を導入 社外役員(社外取締役および社外監査役)の独立性基準として、在任期間を導入し、在任期間が12年以上となる場合は、独立性がないと判断する基準が設けられた。なお、取締役に選任される直前まで、監査役として在籍していた場合、監査役としての在任期間を合算して在任期間を計算することに留意する。 (2) グラスルイスの議決権行使助言基準の動向 ① ジェンダー・ダイバーシティ基準の厳格化 プライム市場でのジェンダーの点で多様性のある取締役の割合を20%以上とすることを求めることとし、変更前の10%以上から引き上げることとした。プライム市場以外に上場している会社に対しては、取締役会の構成に関わらず少なくとも1名以上の多様な性別の取締役を求めることとした。 ② 社外役員の独立性基準に在任期間を導入 社外取締役または社外監査役として連続して 12 年以上在任している場合(役職の変更により取締役と監査役の双方を務めた期間は合算して含める)、当該役員を非独立とみなすこととした。 なお、2027年以降、グラスルイスはベンチマークポリシーに基づく単一的な視点による分析や議決権行使推奨を止める方針の模様である。 4 会社法改正の動向ほか 2025年4月以降、法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会が、本年3月までに12回開催され、第12回の部会資料に中間試案(案)が示されている(※9)。今回の改正は、株主総会の在り方に関する規律の見直しにおいて、事前の議決権の行使がされた場合における株主総会の決議の合理化やバーチャルオンリー総会の見直し、株主提案権に関する規律の見直し等、株主総会実務に大きな影響があるものとなっている。しかしながら、改正法の施行は数年先が想定され、本年総会には特段の影響はない。 (※9) 法務省HPには会社法制(株式・株主総会等関係)部会の資料等が掲載されている また、本年2月26日に「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」(第2回)が開催され、改訂案が示された(※10)。改訂内容は多岐に渡っており、コードのスリム化・プリンシプル化に加えて、資源配分の適切性の検証・説明責任の明確化、独立社外取締役の質の確保、有価証券報告書の定時株主総会前の開示などが要請されている。本年の集中総会シーズンに直接的な影響はないと思われるが、その動向には注意したい。 (※10) 金融庁HPには有識者会議の資料等が掲載されている おわりに 株主総会資料の電子提供制度対応も、本年で4年目となり、実務も定着しているので、そのほか本年総会での運営実務に大きな変化は少ないものと考えられる。しかしながら、ここのところの海外情勢や景気動向等の不透明感が一層増してきていることもあり、個人株主からは、それらへの対応について真剣に問う声が増えそうである。運営準備には細心の注意をもって臨みつつ、総会当日の質疑応答にも会社の方針・考え方をしっかりと説明するよう心がけることが望まれる。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例113】 ニデック株式会社 「第三者委員会の調査報告書の公表及び当社の対応に関するお知らせ」 (2026.3.3) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、ニデック株式会社(以下「ニデック」という)が2026年3月3日に開示した「第三者委員会の調査報告書の公表及び当社の対応に関するお知らせ」である。 この連載で同社の開示を取り上げるのは、今回で4回目になる(【事例85】の2023年6月16日開示「外部調査委員会の調査報告書受領のお知らせ」、【事例94】の2024年5月24日開示「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備に関するお知らせ」、【事例106】の2025年5月8日開示「株式会社牧野フライス製作所(証券コード:6135)に対する公開買付けの撤回に関するお知らせ」に続いて)。 同社は、2025年9月3日、会計不正の疑いがあり、それを調査するため、第三者委員会の設置を決定し、「第三者委員会設置のお知らせ」を開示した。今回の開示は、その調査報告書を公表するというものだが、第三者委員会の設置から調査報告書の公表までに半年間かかったことになる。 調査の結果、多くの会計不正が判明し、その訂正により2025年度第1四半期末の連結純資産が1,397億円減少するほか(暫定値であり、今後さらに減少する可能性がある)、約2,500億円ののれんと固定資産について減損を行う必要があるという。 2 会計不正の原因 調査報告書は、会計不正の原因として、①過度な業績プレッシャー(永守氏の経営理念の破綻)、②永守氏の絶対性、③牽制機能の不全、④会計監査人に対する不誠実さ=投資家・市場に対する不誠実さ、の4つをあげているが、根底にあるのは「過度な業績プレッシャー(永守氏の経営理念の破綻)」と「永守氏の絶対性」であり、ほかの原因はそれらから派生するものである。すなわちニデックの創業者である永守重信氏(以下「永守氏」という)が根本原因といえる。「過度な業績プレッシャー(永守氏の経営理念の破綻)」は次のように記載されている。 そして、「永守氏の絶対性」には次のような記載がある。 誰も逆らうことができない絶対的な存在である永守氏から無理な業績目標を示され、それを達成できないと、自身の立場が危うくなるのならば、会計不正に手を染めざるを得ないかもしれない。よくある会計不正の発生パターンではある。 3 会計軽視 そのため、ニデックは会計を極めて軽視する企業になっていた。調査報告書の「調査の結果判明した事実の全体像」の中の「業績目標の設定及び管理の方法」には次のような記載がある。 「徹夜をしてでも営業利益を捻出」せよというのは理解不可能である。「嘘の数字をつくれ」と同義だろう。また、次のような記載もある。 CFOや経理部門に業績目標の達成責任があるというのも理解不可能である。業績目標を達成した嘘の数字をつくり出すことが、CFOや経理部門の仕事になっていたということだろう。同社は、会計不正を行わざるを得ない企業になっていたのである。 なお、そもそも同社の財務報告に係る内部統制は、2023年3月期以降、開示すべき重要な不備があり、有効でないままである(2024年5月24日開示「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備に関するお知らせ」、2024年6月19日開示「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備及び実施した是正措置に関するお知らせ」、2025年9月26日「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備及び内部統制報告書の評価結果不表明に関するお知らせ」。2025年3月期については評価結果不表明とされているが、当然、有効ではないはずである)。この事実が同社の会計軽視を端的に表している。 4 監査法人軽視 【事例85】で触れたが、ニデックが2023年6月2日に開示した「分配可能額を超えた前期の中間配当金、並びに前期の当社株式取得について」の主文には、次のような監査法人に責任を転嫁するような記載があった(下線は筆者による)。 また、【事例94】で触れたが、同社が2024年5月24日に開示した「過年度の決算短信及び有価証券報告書等並びに内部統制報告書の一部訂正に関するお知らせ」の主文にも、次のとおり監査法人への当てつけのような記載があった(下線は筆者による。なお、内部統制報告書も有価証券報告書も、監査法人による監査が済んでいないものは財務局に提出できないため、「監査法人にて監査済」は記載不要なおかしな表現である。また、四半期報告書については、あえて記載するならば、「監査法人にてレビュー済」だが、それも同様におかしな表現である)。 それらの記載から同社と監査法人の関係性が垣間見えるようだったが、調査報告書は、会計不正の原因の1つとして、「会計監査人に対する不誠実さ=投資家・市場に対する不誠実さ」をあげている。「会計監査人に対する不誠実さ=投資家・市場に対する不誠実さ」は次のように記載されている。 また、同社は、監査法人の要請により実施された調査の費用の半分を永守氏の指示により監査法人に負担させている。調査費用の半分を監査法人に負担させることについて決裁を求める稟議書に付された永守氏のコメントは、次のとおりである。 会計監査は、被監査企業が監査法人に協力して初めて成立するものである。誠実さがゼロのニデックの会計監査が成立するはずがない。 なお、2025年3月期以降、同社の財務諸表などに対して監査法人は監査意見などを表明していない(2025年9月26日開示「2025年3月期有価証券報告書の連結財務諸表に係る監査報告書の意見不表明及び内部統制監査報告書の意見不表明に関するお知らせ」、2025年11月14日開示「2026年3月期第1四半期決算短信のレビュー結論不表明のお知らせ」、2025年11月14日開示「2026 年3月期半期報告書のレビュー結論不表明のお知らせ」)。2025年3月期の連結財務諸表に係る監査報告書に記載された「意見不表明の根拠」の記載は次のとおりである。 意見不表明の責任は明確に100%同社にあるため、さすがにこれについての監査法人への責任転嫁はないようである。 5 同じ悪ならば 調査報告書の「調査の結果判明した事実の全体像」の中の「会計不正に関するニデックの経営トップの関与・認識について」には次のような記載がある。 永守氏自身が会計軽視だったように思われるが、他方、彼は「王道経理」なるものを主張していたという。「王道経理」とは、「『道のど真ん中を歩く』正々堂々とした経理処理」とのことであり、永守氏はニデックの経営幹部に次のようなメールを送っている。 会計不正を容認しつつ、「王道経理」なるものを主張している。永守氏の会計観は矛盾をはらんでいるように見えるのだが、要するに「俺は嘘をついてもいいが、お前達は俺に嘘をつくなよ」ということなのだろう。そんな自分勝手な会計観が説得力を持つはずがない。「王道経理」は社内に浸透していなかったはずである。一貫して嘘は許されないのが会計である。 また、このメールを受け取った経営幹部には葛藤を生じさせたことだろう。一方で「不正行為によって事業計画過達にするぐらいなら未達でよろしい。それが経営陣の実力であるならやむ得ないし、別の手法でやり直すしかない。不正や誤魔化しによって結果を繕うことは罪悪である」といいながら、他方で「赤字は罪悪、事業計画未達は悪」といっている。会計不正も悪、赤字と事業計画未達も悪、両方とも同じ悪ならば、自分にとって都合の良い悪を人間は選択するだろう。そうしたことも永守氏は想像できなかったのだろうか。 (了)
《速報解説》 内閣官房等が「人的資本可視化指針(改訂版)」を公表 ~人的資本投資・人材戦略を検討する際のフロー等を整理~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026(令和8)年3月23日、内閣官房、金融庁、経済産業省から、次のものが公表された。これは、内閣官房に設置され、金融庁・経済産業省がオブザーバーとして参加している非財務情報可視化研究会で検討を行ったものである。 これにより、2026年1月20日から意見募集されていた案が確定することになる。人的資本可視化指針(改訂版)(案)に対する意見の募集の結果も公表されている。 これは、企業が経営戦略と連動した人材戦略を策定し、企業価値向上につながる質の高い人的資本投資を実践・開示するために、人的資本投資・人材戦略を検討する際のフロー、どのような人的資本開示が企業と投資家の建設的な対話に有用であると考えられるか等について整理したものである。 今後、人的資本に関する開示基準・開示事項例の整理(付録②)、参考資料集(付録③)について、非財務情報可視化研究会のページで公表する予定とのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 人的資本可視化指針(改訂版) 改訂前の人的資本可視化指針において、具体的にどのようにして経営戦略と人材戦略を関連付けた開示を行うかについては必ずしも明示されているわけではなかった。 改訂版の人的資本可視化指針では、経営戦略と人材戦略・人的資本投資の連動に向けて、「国際的な開示基準を踏まえた情報開示の進め方」や「具体的な考え方とその実践」についてガイダンスを提供している。 人材戦略・人的資本投資の可視化にあたっては、経営戦略と人材戦略が連動している前提の下、指標及び目標の設定、人的資本情報の開示などのポイントについて説明している。 Ⅲ 戦略に焦点をあてた人的資本開示~投資家の期待に応えるための考え方の整理~ 「戦略に焦点をあてた人的資本開示~投資家の期待に応えるための考え方の整理~(人的資本可視化指針(改訂版)別紙)」では、どのような開示が企業と投資家の建設的な対話に有用であると考えられるかを検討しており、「第1部 経営戦略と人材戦略の連動」と、「第2部 4つの要素に従った開示」の2部構成として、記載している。 Ⅳ 経営戦略と人材戦略の連動及びそれを踏まえた指標の開示事例 味の素、カプコンなどの開示事例を紹介している。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」等につき「期中財務諸表に関する会計基準」を用いた記載に改正 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年3月18日付けで(ホームページ掲載日は2026年3月23日)、日本公認会計士協会は、期中レビュー基準報告書第1号「独立監査人が実施する中間財務諸表に対するレビュー」などの改正を公表した。これにより、2025年12月16日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対して特段の意見は寄せられなかったとのことである。ただし、公開草案から一部変更された点がある。 これは、「期中財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第37号)及び「期中財務諸表に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第34号)等の公表を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 「中間財務諸表に関する会計基準」及び「四半期財務諸表に関する会計基準」を用いていた記載を、「期中財務諸表に関する会計基準」を用いた記載に改正している。 上記のほか、IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」に関連する記載も行われている。 Ⅲ 適用時期等 2026 年4月1日以後開始する中間財務諸表に係る会計期間の中間財務諸表に対する期中レビューから適用する。 2026年4月1日以後開始する期中財務諸表に係る会計期間の期中財務諸表に対する期中レビューから適用する。 (了)
《速報解説》 会計士協会が「監査及びレビュー等の契約書の作成例」を改正 ~AI条項の追加、東証ヒアリング等へ対応~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年3月18日付けで(ホームページ掲載日は2026年3月23日)、日本公認会計士協会は、「法規・制度委員会研究報告第1号「監査及びレビュー等の契約書の作成例」の改正について」を公表した。 これは、主に、AI条項の追加、東証ヒアリング等への対応について改正するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 主な改正内容は次のとおりである。 Ⅲ 東証ヒアリング等への対応 株式会社東京証券取引所の「新規上場時の会計不正事例を踏まえた取引所の対応について」では、会計不正事例を踏まえた取引所の対応として、「上場準備期間に監査法人が交代している場合、前任者に対する交代経緯等を確認」することが掲げられている。 また、「新規上場ガイドブック」の改訂版では、「最近3年間(基準事業年度の末日からさかのぼります。)において監査法人の交代(監査契約に限らず、上場時の監査の実施を前提とした上場準備に係るアドバイザリー契約等を解除した場合を含みます)が生じている場合、前任者に対してもヒアリングを行う場合があります。」とされている。 これらを受け、2026年3月18日付けで、法規・制度委員会研究報告第1号「監査及びレビュー等の契約書の作成例」を改正し、取引所等からのヒアリングに対応するための、監査契約書における秘密保持義務に関する記載について解説している。 (了)
《速報解説》 JICPA、「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」を公表 ~ISSA5000「サステナビリティ保証業務の一般的要求事項」と整合する形で作成~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年3月18日付けで(ホームページ掲載日は2026年3月23日)、日本公認会計士協会は、「サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」」を公表した。これにより、2025年10月15日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に寄せられたコメントの概要とその対応も公表されている。 これは、サステナビリティ情報の保証業務に関する新たな実務指針である。 また、2025年12月16日に、「サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」の公表に伴う監査基準報告書等の改正について」(公開草案)として意見募集されていたが、上記のサステナビリティ保証業務実務指針5000の公表に伴い、これらの監査基準報告書等について適合修正が行われている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な構成 2024年11月に、国際監査・保証基準審議会(IAASB)は、サステナビリティ情報の保証業務に対するグローバル・ベースラインを提供する包括的な基準として、国際サステナビリティ保証基準(ISSA)5000「サステナビリティ保証業務の一般的要求事項」を公表している。 サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」は、ISSA 5000と整合する形で作成されている。 主な内容は次のとおりであり、表紙を含めて213ページに及ぶものである。 Ⅲ 重要性 保証業務の計画及び実施並びにサステナビリティ情報に重要な虚偽表示がないかどうかの判断を目的として、保証業務実施者は、①定性的な開示情報の重要性を検討すること、②定量的な開示情報の重要性を決定することを行う(98項)。 適用される規準が、サステナビリティ情報の作成に当たり財務マテリアリティとインパクト・マテリアリティの双方の適用を企業に求めている場合、保証業務実施者は、実務指針98項に従って重要性を検討又は決定する際に、この両方の観点を勘案しなければならない(99項)。 財務マテリアリティとインパクト・マテリアリティの両方は、適用される規準では「ダブル・マテリアリティ」と呼ばれることがある(A337項(2))。 Ⅳ グループサステナビリティ情報 グループサステナビリティ保証業務の場合、実務指針95 項に従って保証業務の基本的な方針を策定し、その詳細な保証業務計画を作成するに当たり、保証業務実施者は以下の事項を判断しなければならない(96項)。 グループサステナビリティ情報とは、複数の企業又は事業単位のサステナビリティ情報を含む、規準に準拠して作成されたサステナビリティ情報をいう(18項)。 Ⅴ リスク評価及び内部統制の理解 企業の内部統制システムの構成要素の理解について、限定的保証の場合と合理的保証の場合にわけて規定している(113LR項~119R項)。 Ⅵ 見積り及び将来予測情報に関するアプローチ 適用される規準が、企業が意図する将来の戦略もしくは目標又は他の意図の開示情報を要求することがある。このような将来予測情報について、保証業務実施者は、その戦略、目標又は意図が達成されるか否かについての証拠を入手する必要はなく、そのような趣旨の結論を出す必要もない(A452項)。 Ⅶ 財務諸表監査人との連携 その他の記載内容に監査対象となる企業の財務諸表が含まれており、当該財務諸表とサステナビリティ情報との間に重要な相違があると思われる場合又は当該財務諸表に重要な虚偽表示が存在する可能性があることに気付いた場合、保証業務実施者は、法令又は職業的専門家としての要求事項によって禁止されていない限り、その問題を企業の財務諸表の監査人にも伝えなければならない(174項)。 Ⅷ 保証報告書 保証報告書は書面又は電磁的記録によらなければならず、サステナビリティ情報に関する保証業務実施者の合理的保証の意見又は限定的保証の結論について明確な表明を含まなければならない(188項)。 Ⅸ 適用時期等 2027年4月1日以後開始する期間を対象としたサステナビリティ情報に対する保証業務又は2027年4月1日以後の特定の日付時点のサステナビリティ情報に対する保証業務から適用する。 ただし、2027年3月31日以前に開始する期間又は2027年3月31日以前の特定の日付時点のサステナビリティ情報に対する保証業務から適用することを妨げない。 (了)
《速報解説》 サステナビリティ情報の保証業務の範囲拡大等に伴い、 会計士協会が「監査事務所における品質管理」及び「監査業務に係る審査」に係る報告書を改正 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年3月18日付けで(ホームページ掲載日は2026年3月23日)、日本公認会計士協会は、「品質管理基準報告書第1号「監査事務所における品質管理」及び品質管理基準報告書第2号「監査業務に係る審査」の改正」を公表した。これにより、2025年12月16日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に寄せられたコメントの概要とその対応も公表されている。 これは、サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」の公表及び国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board:IAASB)から「IESBA 倫理規程の改訂に伴うISQM、ISA及びISRE 2400(改訂)の狭い範囲の改訂」が公表されたことに伴うものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ サステナビリティ情報の保証業務に範囲を拡大するための改正 対象範囲に、サステナビリティ情報の保証業務を加える。 従来、「監査事務所」としていた記載を「事務所」と記載するなどの改正を行う。 Ⅲ 倫理規程改訂に伴う狭い範囲での改訂を受けた改正 品質管理基準報告書第1号において公に取引されている事業体(Publicly Traded Entity)の定義の追加、品基報の適用指針における上場企業の用語を公に取引されている事業体の用語への修正などを行う。 Ⅳ 適用時期等 2027年4月1日以後開始する事業年度に係る財務諸表の監査及び同日以後開始する中間会計期間に係る中間財務諸表の中間監査並びに2027年4月1日以後開始する期間を対象としたサステナビリティ情報に対する保証業務又は2027年4月1日以後の特定の日付時点のサステナビリティ情報に対する保証業務から適用する。 ただし、サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」(2026年3月18日公表)を早期適用する場合には、併せて本報告書を早期適用する。 (了)
《速報解説》 日本証券業協会、「新規上場時の会計不正事例を踏まえた引受審査に関するガイドライン」を公表 ~主幹事証券会社に不正リスクに応じた確認等への一層の留意求める~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 日本証券業協会は、2026年3月19日、「新規上場時の会計不正事例を踏まえた引受審査に関するガイドライン」を策定したことを公表した。 協会のリリースでは、「昨今、新規上場時の発行者による会計不正の事例が顕在化する事例が見られることを踏まえ、主幹事会員における適切な引受審査機能の発揮のため、主幹事会員が引受審査業務を実施するに当たって特に留意すべき事項を定めた」ガイドラインであると説明され、オルツ社による架空循環取引の手法を用いた会計不正事件によって低下したIPO市場の信頼性を回復するとともに、監査法人・証券会社への社会的批判の高まりに対応して、市場の信頼性回復を企図したものであることが読み取れる。 本稿では、本ガイドラインの内容を概説するとともに、主幹事証券会社が本ガイドラインを遵守することに伴い、新規上場を目指す会社が留意すべきポイントについても検討している。 主幹事証券会社が引受審査業務を実施するに当たって特に留意すべき事項 ガイドラインでは、「はじめに」として、主幹事証券会社は、IPOのゲートキーパーとして、不正を見逃さない強い姿勢と実効的な審査を行うべきであるという視点から、以下のように、特に留意すべき事項を定めている。 1 不正リスクに応じた確認等 (1) 循環取引等の発生リスクを踏まえた、仕入先・販売先・外注先及び広告宣伝の状況の確認 ガイドラインでは、主幹事証券会社の役割として、主幹事会社は、発行者の最近3年間の主要な仕入先・販売先・外注先における上位5社程度の実績について確認するほか、仕入・販売・外注の数量や金額の数値等に重要な変動がある場合にはその理由も確認することを求めるとともに、仕入・販売・外注金額の比率が10%以上を占める相手先については、取引開始の経緯、継続的な取引(比率)の方針や、継続的に取引を実現するための方策も確認するとともに、必要に応じて、主要な仕入先・販売先・外注先に対して直接確認することとしている。 また、主幹事証券会社は、仕入・販売金額の50%以上が代理店を介した取引である場合にあっては、実質的な仕入先・販売先の状況を確認するだけでなく、必要に応じて、代理店及び実質的な仕入先・販売先に対して直接確認することを求めている。 いずれも、主幹事証券会社には、形式的なチェックではなく、実質を見抜く審査を行うことを求める内容であり、取引先の実態確認を求めるものとなっている。 (2) 監査法人が交代している場合における前任監査法人に対する交代経緯等の確認等 ガイドラインでは、主幹事証券会社に対して、監査法人の交代の事実を知ったときは、発行者に対し交代の理由を確認し、確認の内容の合理性について十分に検討するとともに、最近3年間に監査法人が交代した場合には、前任監査法人に直接ヒアリングをすることにより交代した理由を確認するとともに、確認の内容の合理性について十分に検討することを求めている。 (3) 経営者の資質や引受審査に際しての発行者の対応等に関して懸念が想起される場合におけるヒアリング等 ガイドラインでは、主幹事証券会社に対して、発行者の経営者の資質や対応等に関して懸念が想起される場合又は管理担当役員、財務担当役員、監査役等のうち常勤である者等が交代しており、交代経緯について懸念がある場合には、不正リスクに留意して、経営者等又は関係部署の職員等へのヒアリング又は調査を実施し、結果について十分に検討することを求めている。 2 内部通報体制の適切な整備状況等の確認及び不正等に関する情報への対応 (1) 発行者における内部通報体制の整備状況の確認 ガイドラインでは、主幹事証券会社の役割として、発行者において、社内の通報窓口のほか経営者から独立した通報窓口の設置状況、通報受領後のフロー、内部通報制度を有効に機能させるための取組み、役職員への周知方法及び当該制度の利用を促進する施策があればそれらの内容を確認するとともに、最近2年間及び申請事業年度の通報件数、通報内容及び対応状況を確認することを挙げている。 (2) 通報窓口の周知状況の確認等 ガイドラインでは、主幹事証券会社に対して、金融商品取引所の通報窓口の存在について、発行者が自社の役職員に対して、周知をしているか確認するとともに、発行者が周知をしていない場合には、その理由を確認し、理由に合理性が認められない場合には、発行者に対して周知を要請することを求めている。 (3) 不正等に関する情報への対応 主幹事証券会社は、金融商品取引所の通報窓口を通じて情報を受領した場合及びその他不正等に関する情報を受領した場合には、情報を確認するとともに、確認の内容の合理性について十分に検討して、必要な対応を行う必要がある。 3 代表取締役社長等、監査役等、独立役員への確認 ガイドラインでは、主幹事証券会社に対して、代表取締役社長等の経営トップに対して、上場会社となった際の投資者(株主)への対応、コーポレート・ガバナンス及びコンプライアンスに対する方針・現状の体制及び運用状況、適時開示に関する体制及び内部情報管理に関する体制等について確認することを求めるとともに、常勤である監査役等に対して実施している監査の状況や発行者の抱える課題等について確認することを求めている。 さらに、独立役員に対しても、コーポレート・ガバナンスに対する方針・現状の体制及び運用状況、経営者や職員のコンプライアンスに対する意識、独立役員の職務遂行のための環境整備の状況などを確認することを求めている。 本ガイドラインを踏まえて、新規上場を検討する会社が留意すべき事項 本ガイドラインを会社側の視点から見ると、「実態に基づいた透明性の高い経営と有効なガバナンス体制を整えておくこと」と要約できる。 以下、主幹事証券会社による引受審査をスムーズに進めるための対策について検討する。 1 取引の実態を説明できる状態にしておく 引受審査にあたり、会社側としては、主要取引先の選定理由、取引開始の経緯、取引量・金額の変動理由、代理店を使う場合の「実質的な取引先」まで説明できる資料を整理しておく必要があるとともに、循環取引や架空取引を疑われないためには、「なぜその取引が必要なのか」を説明できることが必要となる。 2 監査法人との関係を透明にしておく 監査法人の交代は、引受審査で問題となるポイントの一つであることから、会社側は、監査法人の交代理由を客観的に説明できる資料、前任監査法人とのやり取りの記録、監査上の指摘事項とその改善状況などを準備するとともに、ガイドラインでは「前任監査法人に直接ヒアリングする」ことが明記されているため、会社側の説明と前任監査法人の説明が一致していることが重要となる。 3 経営者・管理部門のガバナンス強化 経営者の姿勢や対応は、引受審査で重視される要素であり、会社側には、経営者が審査質問に誠実・迅速に回答すること、SNSやメディアで不適切な発信をしないこと、管理部門の人材を安定させること、管理担当役員の交代理由を明確に説明できることが求められる。 4 有効な内部通報制度の整備 ガイドラインでは内部通報制度が重視されていることから、会社側としては、社内窓口と外部窓口の両方を設置すること、通報後の調査・是正・再発防止のプロセスを文書化すること、通報者保護のルールを明確化し、通報制度の社員への周知、過去の通報内容と対応した履歴の整理が必要になるとともに、金融商品取引所の通報窓口を社員に周知しておくことは、見落とされがちなポイントであると考えられるので、社員への周知が求められている。 5 取締役会・監査役・独立役員の機能強化 会社側としては、取締役会での議論内容を適切に記録することによって、独立役員が実質的に機能しており、経営者への牽制機能が働いていることを説明するとともに、監査役が十分な情報を得て監査できていることを監査調書などにより明らかにすることが求められている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2026年3月19日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.661を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。