企業経営と メンタルアカウンティング ~管理会計で紐解く“ココロの会計”~ 【第14回】 「理不尽な「お気に入り」」 公認会計士 石王丸 香菜子 ・・・(夕方)・・・ *資料* ● 第2事業部では機械を利用している。 現有機種に関するデータは以下の通りである。 ● 同種機械の最新機種に関するデータは以下の通りである。 最新機種に買い替える場合、現有機種は現時点で1,500万円にて売却する。 ● 現有機種と最新機種の間で、製品の生産量や品質に差は生じない。 ● PN社の資本コストは税引後10%、法人税率は30%として計算する。 * * * 1 断捨離を妨害する「お気に入り」 誰にでも「お気に入り」はあるものです。シミがあるけれど思い出の詰まったぬいぐるみ、古いモデルだけれど使い慣れているパソコンなどなど・・・。 では、あなたのお気に入りのシミ付きぬいぐるみを、誰かが買い取りたいと言ったら、あなたはどうしますか? 大事なぬいぐるみですから、二束三文では売りたくないはずです。しかし例えば、5,000円なら売ってもいいと思うかもしれませんね。 ここで、もし見た目は同様で、しかし、思い入れはないシミ付きぬいぐるみがフリーマーケットで3,000円で売られていたらどうでしょうか。これをあなたは買いますか? おそらく、3,000円も出して買いたいとは思わないでしょう。 このように、同じものであっても、自分が保有しているか否かで評価が異なり、自分の保有しているものに対して高い価値を感じる傾向のことを、「」と呼びます。 売ったり交換したりすることを目的として保有するのではなく、主に使用したり楽しんだりすることを目的として保有しているものに対しては、保有効果が働きます。持ち物を断捨離しようとしてもなかなかはかどらない(!)のは、自分が保有しているものに対して、こうした保有効果が働くからです。 さて、第2事業部長も、現有の機械について強い思い入れがあり、価値を感じているので、1,500万円という価格で手放すことはできないと思っているようですね。実際のところ、このまま現有機種を手放さないことはPN社にとって得なのでしょうか。 2 断捨離の痛みに耐える 前回と同じように、《現有機種をそのまま使い続ける案》と《最新機種に取り替える案》のどちらが有利か、割引計算してみましょう。 《現有機種をそのまま使い続ける案》 お気に入りの現有機種を手放さずにそのまま使い続ける場合、ランニングコストが年間800万円生じます。このような費用は法人税の計算上、原則として損金として控除することができ、法人税を減らす効果を持っているので、毎年の実際のキャッシュ・アウト・フローは、800万円×(1-30%)=560万円と考えることができます。 各年度の減価償却費4,800万円÷12年=400万円については、実際の支出はないのでキャッシュ・アウト・フローは生じません。一方で、減価償却費は法人税を減らす効果を持つのでしたね(このような「タックス・シールド」については、前回解説しています)。つまり、減価償却費400万円×30%=120万円はキャッシュ・イン・フローと考えます。 なお、現有機種を最終年度(4年度末)まで使った後は、売却価値はなく減価償却上の残存価額もゼロなので、この点に関してキャッシュ・フローは生じません。 各年度のキャッシュ・フローを集計し、これを経過した期間で割引計算すると、以下のようになります。 《最新機種に取り替える案》 次に、断捨離の痛みに耐えて現有機種を手放し、最新機種に取り替える案について、計算してみましょう。 まず現有機種を売却するのですから、現時点で売却によるキャッシュ・イン・フロー1,500万円が生じます。 また、現有機種の現時点での会計上の帳簿価額は、 4,800万円-4,800万円÷12年×経過年数8年=1,600万円 ですので、1,500万円で売却すると、会計上は1,500万円-1,600万円=△100万円の売却損が認識されます()。この売却損も法人税の節税効果があるので、100万円×30%=30万円については、キャッシュ・イン・フローと考えることができます(ちょっとややこしいですね)。 一方、最新機種を購入することによるキャッシュ・アウト・フロー3,200万円が生じます。 最新機種を使用することによる年間のランニングコストは、税引後で200万円×(1-30%)=140万円です。また、減価償却費による節税効果は年間で3,200万円÷4年×30%=240万円になります。 最新機種を最終年度(4年度末)まで使った後は、320万円で売却できますので、320万円のキャッシュ・イン・フローが生じます。ただし、この時点での帳簿価額はゼロですので、会計上は320万円-0万円=320万円の売却益が認識されます()。この売却益には課税されるので、320万円×30%=96万円については、キャッシュ・アウト・フローと考えます。 ここまでで各年度のキャッシュ・フローが集計できたので、割引計算しましょう。 以上より2つの案を比較すると《現有機種をそのまま使い続ける案》よりも《最新機種に取り替える案》のほうが、196万円有利であることがわかります。 今回は、会計上の売却損益が税金に与える影響を考慮する点が面倒ですが、考え方は前回と同じです。つまり、各年度のキャッシュ・フローを漏れのないように拾い集めて、経過した期間に応じて割引計算すればよいのです。Excelを利用すれば、条件が多い場合の計算や条件が変化した場合のシミュレーションも気軽にできます。 ◆◇◆今回のキーワード◆◇◆ ▷ 保有しているものに対して高い価値を感じる傾向のこと。 ▷ 固定資産を売却した時の売却価額と帳簿価額の差額。意思決定の際は、売却損益が法人税の計算に与える影響を考慮する必要がある。 (了)
企業結合会計を学ぶ 【第17回】 「取得とされた株式交換の会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、取得とされた株式交換の会計処理について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 株式交換のイメージ 株式交換とは、株式会社がその発行済株式(株式会社が発行している株式をいう)の全部を他の株式会社又は合同会社に取得させることをいう(会社法2条31号)。 会社法では、株式交換は、完全親会社又は完全子会社とするための当時会社の間で行われる組織再編として規定されている(会社法767条、769条1項)。 「株式交換完全親会社」とは、株式交換において、ある株式会社の発行済株式の全部を取得する会社をいう(会社法767条)。 また、「株式交換完全子会社」とは、株式交換において、発行済株式の全部を取得される株式会社をいう(会社法768条1項1号)。 株式交換のイメージは次の図のとおりである。 〔例〕 次の条件による株式交換を行った。 Ⅲ 株式交換完全親会社の個別財務諸表上の会計処理 1 子会社株式の取得原価の算定 株式交換完全親会社が取得する株式交換完全子会社株式の取得原価は、取得の対価に付随費用を加算して算定する(結合分離適用指針110項)。 付随費用の取扱いは、金融商品会計実務指針に従い、取得の対価の具体的な算定は、結合分離適用指針37項から50項に準じて行う(結合分離適用指針110項)。 次のことに注意する(結合分離適用指針110項)。 なお、結合分離適用指針110-2項では、株式交換完全親会社が新株予約権付社債を承継する場合等の取扱いが規定されている。 2 増加資本の会計処理 増加資本の会計処理は次のように行う(結合分離適用指針111項~114項。税効果会計については結合分離適用指針115項)。 Ⅳ 株式交換完全子会社の個別財務諸表上の会計処理 株式交換完全子会社では、株主が、従来の株主から株式交換完全親会社に入れ変わるだけなので、基本的には、特段の会計処理は行われない。 ただし、新株予約権の交付又は新株予約権付社債の承継に関して、結合分離適用指針は規定を設けているので、一定の場合には会計処理を行うことがある(結合分離適用指針115-2項、404-2項)。 Ⅴ 株式交換完全親会社の連結財務諸表上の会計処理 株式交換による企業結合が取得とされた場合の資本連結手続は、連結会計基準に従って行い、次の(1)と(2)を相殺消去する(結合分離適用指針116項、連結会計基準23項)。 両者の消去差額であるのれん(又は負ののれん)は、結合分離適用指針72項及び76項から78項に準じて会計処理する(結合分離適用指針116項)。 (了)
組織再編時に必要な労務基礎知識 Q&A 【Q17】 会社分割にあたり、分割会社で締結している労働協約の取扱いはどうなるか 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 【A】 労働協約のうち「規範的部分」については、会社分割により組合員の労働契約が承継会社に承継される場合は、当該組合員が加入している労働組合と分割会社が締結している労働協約と同一の内容の労働協約が当該労働組合と承継会社との間で締結されたものとみなされる。 労働協約のうち「債務的部分」については、労働組合と分割会社との間で分割契約の定めにより承継会社に承継させる旨の合意がある事項について、分割契約に定めることにより、承継会社に承継される。 また、会社分割により組合員の労働契約が承継会社に承継される場合は、債務的部分についても、前述の合意がある事項を除き、当該組合員が加入している労働組合と分割会社が締結している労働協約と同一の内容の労働協約が当該労働組合と承継会社との間で締結されたものとみなされる。 (※) 本稿では、会社分割により事業を分割する会社を「分割会社」、それを承継する会社(新設分割の場合の新設会社も含む)を「承継会社」という。 労働協約とは 労働組合法(14条)では、「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずる。」と定めている。 つまり、「労働協約」とは、労働組合と使用者が協議して取り決めた労働条件等に関する事項が記載されている書面で、両者が署名又は記名押印したものをいう。 規範的部分と債務的部分 労働協約の定めには、「規範的部分」と「債務的部分」がある。 「規範的部分」とは、労働組合法(16条)の適用を受ける部分をいい、賃金、退職金、労働時間、休暇等の労働者の待遇に関する基準を定めた部分をいう。 【労働組合法】 (※) 労働協約において規範的部分である労働者の待遇に関する基準を定めた場合は、労働組合法(16条)により、就業規則や個別の労働契約に定める労働条件より優先して適用される規範的な効力が生じる。例えば、就業規則では「退職金の支給がない」旨を定めていたとしても、労働協約で「退職金の支給がある」旨を定めていた場合は、労働協約が優先されて適用され、退職金を支給することが労働条件となる。 「債務的部分」とは、労働者の待遇に関する基準以外のことを定めた部分、つまり「規範的部分」以外をいう。これは、主に使用者と労働組合の間におけるルールを定めたもので、組合員の範囲や団体交渉のルール、組合事務所や掲示板の貸与などの会社施設の利用に関するルールの定めなどがある。 会社分割と規範的部分 労働協約のうち規範的部分については、会社分割により組合員の労働契約が承継会社に承継される場合は、労働契約承継法6条3項の定めにより、当該組合員が加入している労働組合と分割会社が締結している労働協約と同一の内容の労働協約が当該労働組合と承継会社との間で締結されたものとみなされる。 したがって、労働組合と分割会社が締結している労働協約において定められた規範的部分である待遇に関する基準は、承継会社に労働契約が承継される組合員にそのまま引き続き適用されることとなり、会社分割により組合員の待遇に関する基準が変更されることはない。 会社分割と債務的部分 労働協約のうち債務的部分については、労働組合と分割会社との間で分割契約(新設分割の場合は分割計画)の定めにより承継会社に承継させる旨の合意がある事項について、労働契約承継法6条2項の定めにより、分割契約(又は分割計画)に定めることにより、承継会社に承継される。 また、会社分割により組合員の労働契約が承継会社に承継される場合は、債務的部分についても、労働契約承継法6条3項の定めにより、前述の合意がある事項を除き、当該組合員が加入している労働組合と分割会社が締結している労働協約と同一の内容の労働協約が当該労働組合と承継会社との間で締結されたものとみなされる。 したがって、使用者と労働組合の間におけるルール等についても、分割契約(又は分割計画)の定めにより承継会社に承継させる旨の合意がある事項を除き、承継会社にもその権利義務が生じる。 なお、分割契約(又は分割計画)の定めにより承継会社に承継させる旨の合意については、法律に明記はないが、分割契約(又は分割計画の作成)の前に予め労使で協議し、実施しておくことが望ましいとされている。 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第13回】 「否認を受けないための役員退職金の応用知識」 税理士法人トゥモローズ 前回の基礎編に続き、今回は役員退職金の「応用編」として、不相当に高額な部分の解釈や分掌変更の際の留意点など判例を交えながら、より詳細に確認を行っていく。 役員退職金は、個人(受取側)は退職所得として大きな退職所得控除もあるため、経営者の老後資金を確保するという観点からは非常に重要な項目となる。一方で、法人(支払側)では大きな損金となるため、しっかりと論点を抑えたうえで税務署から否認を受けないような金額設定を行い、受給できるようにしたい。 1 功績倍率法の確認 役員に対する退職給与の支給に当たって、不相当に高額な部分の金額は法人の損金不算入となる旨、そして、当該不相当に高額な部分の金額についての判断にあたって相当額の退職金を算定する際には「功績倍率法」による方法が一般的である旨は前回解説を行っている。そこで以下では、この功績倍率法について、より詳細に確認を行っていく。 役員退職金は、法人税法施行令第70条第1項第2号に規定する「類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし」の部分を受けて、同業種事業規模類似法人の功績倍率を要素とし、下記算式を用いて設定することが一般的となっている。 この功績倍率法の構成要素である「最終報酬月額」及び「功績倍率」の留意点について、それぞれ見ていく。 (1) 最終月額報酬 役員の退職時に最終月額報酬が低くなっているケースは多々あるが、この場合には、法人の発展に大きく貢献した役員であったとしても、退職金の算出が著しく低くなってしまう。そこで実務上で検討されるのが、類似法人の1人当たりの平均役員給与額を最終月額報酬に当て込む方法である。 この際、類似法人の事例の抽出は実務上、把握が困難であるが、有名な残波事件(東京地裁平成28年4月22日判決、TAINSコード:Z266-12849)における課税庁側の主張において、以下のようなものがある。 このことから、実務においてはこれらを根拠資料として、類似法人の1人当たりの平均役員給与額の算出をしておくことが有用と考えられる。 なお、この残波事件においては、「同業他社の最高額を超えない限りは不相当に高額な部分があるとはいえない」とし、創業者の貢献度を考慮した上で、類似法人の平均額ではなく最高額を最終月額報酬とした。また、同業他社の抽出については、地域・業種が同じ法人約30社の中から売上規模が半額~2倍である法人が抽出基準(半倍基準)とされている。 (2) 功績倍率 功績倍率については、基本的には社内規程である役員退職金規程に定めた功績倍率によるが、当該規程の中ではある程度の幅を持たせている場合が多く、また、規程どおりの功績倍率によったからといって、不相当に高額な部分の金額に該当しないということはない。 また実務上、功績倍率を適用するにあたっては、同業種事業規模類似法人の「平均功績倍率」によるか「最高功績倍率」によるかを検討する必要がある。 この点、平均功績倍率が妥当であるとされた事例については、「東京高裁平成25年7月18日判決(TAINSコード:Z263-12261)」や「岡山地裁平成21年5月19日判決(TAINSコード:Z259-11202)」が挙げられる。 前者事例においては、納税者の最高功績倍率の主張に対して としている。 後者事例においては、類似法人の損益状況からみた当該法人の損益状況を照らして としている。 これらのことから、最高功績倍率適用については事例によって解釈が様々であるが、使用できるケースは、同業類似法人の抽出が適切にできないなど平均功績倍率によることが不相当な場合、かつ、実態としてその役員の法人に対する功績や功労が伴っていることが前提といえよう。 (3) 功労金加算の可否 中小企業経営者は自身が創業者であるケースも多く、創業者利益の観点から上記(2)の功績倍率を用いて算出された退職金の支給を基本として、さらに功労金の支給はできるのかという論点がある。結論からいうと、基本的にこれは認められない。 その理由としては、功績倍率の中に、既に功労金に相当する要素が組み込まれているという考え方や、抽出される類似法人の選定にあたって創業者であること自体が既に盛り込まれているという考え方を取るためである。 実際に平成23年5月25日裁決(非公開、TAINSコード:F0-2-514)においても、 とされている。 2 分掌変更による退職金の是非 -分掌変更後に法人経営上主要な地位を占めているか- 中小企業の事業承継において、先代経営者について、代表取締役は退いたものの、その後に会長職として役員で居続けるようなケースは多々ある。その場合には、一旦、退職したものとして、分掌変更による役員退職金の支給が認められている(法人税基本通達9-2-32)。 上記通達について注意すべきは、「実質的にその法人の経営上の主要な地位を占めていると認められる者」が除かれている点である。 直近の事例(平成29年7月14日裁決)では、この点についての判断のポイントが確認できる。 当該裁決において、請求人である法人は、先代経営者は代表権のない取締役会長に退く際に、後継者である娘とその配偶者である夫に財務、営業、人事及び生産面における全権を移譲し、金融機関との間の個人保証を解除し、役員給与をそれまでの半額以下に減額していることから実質的に退職している旨を主張した。実際に認定事実や検討の中で、会長職となったことの周知や分掌変更後の一定の権限の移譲、勤務実態の減少、給与減少については認められている。 しかし、審判所の判断は、分掌変更後も以下のような事実があったものとして、役員としての地位又は職務の内容が激変しておらず、実質的に退職したと同様の事情があったものとは認められないものとし、役員退職金としての損金算入は認められないと判断した。 通達に記載のある要件を形式的に整え退任したとしても、税務調査や審判の際には多方面からの実質的な判断により「実質的にその法人の経営上の主要な地位を占めていると認められる者」に該当するものとして役員退職金が認められないことがある。退任後も経営に口を出したくなることもあろうが、役員退職金受給後は、余計な口出しは無用である。 (了)
令和時代の幕開けに思い馳せる 会計事務所経営 【第2回】 「自分の“らしさ”をかたちづくる」 ~独自性の発揮こそブランディングの醍醐味~ 株式会社アーヌエヌエ 代表取締役 杉山 豊 ➤ 一歩先を行くためのブランディングとは みなさん、ご自身のブランディング、事務所のブランディングを大切に育んでいますか。 「ブランド」という言葉の語源は、家畜として飼育している牛の自分所有と他人所有を区別するための焼印(burned)から生まれたとされています。そしてブランディングとは、「そのブランド=個の価値」を顧客に対し高めることを意味します。 そもそもブランドとは焼き印の話に象徴されるように、「個の存在」を表します。いわばそれぞれ1人1人、1社1社の個性とも言えるでしょう。 35,000もの数に迫ると言われる会計事務所ですが、残念ながら多くの事務所が市場に埋もれている、もしくは顧客から見れば、その多くが他の事務所と区別されていないのが実情です。 先生方1人1人には個性があって、それぞれ違う思考や価値観があるはずなのに、それを発揮することなく、まるで金太郎飴のように同じ発想をし、同じ業務をし、同じ対価を得て、同じ経営スタイルを取っています。それでは顧客に認知されず、事業の発展には繋がりません。 税理士業界は、長きにわたって競争を排除し、広告することすら許されなかったかもしれませんが、それも今や昔の話です。ライバルとなる35,000の事務所、70,000人を超える同業者がいる中で、さらに外部環境は刻々と変化していることを考えると、『圧倒的な差別化』が必要な時代であろうと思います。 ➤ ブランディングとは“らしさ”を発揮すること バブル景気の時代までは600万社を遙かに超える企業が存在していましたが、今やその数は380万社を下回るとすら言われています。 一方で税理士の数がわずかでも増えているとすれば、それは需給バランスが崩れているということであり、市場のセオリーとしては、かなり厳しい環境下であろうと言えます。俯瞰的視点から鑑みれば、少子化により人口の減少等が起きているのに、ひとりでに市場が改善に向かうと予想するのは厳しいというのが現状です。 さて先生方、このような状況下で、どのように事業展開をされていこうと考えていますか? もし明確なビジョンがないのであれば、まず考えるべきは「自分自身を知る」こと、つまり、自分の「強み(弱み)」、「得意(不得意)」、「好き(嫌い)」をしっかり把握することです。 ブランディングとは、“らしさ”を発揮することです。その“らしさ”とは何か、それは経営者である先生方の価値観から生まれる「企業理念」、そして先生自身の個性そのものである「独自性」にあります。 この「企業理念」を社内外に浸透させ、先生が、そして社員が市場で「独自性」を発揮することで、その対価である「経済性」すなわち「利潤」が生まれるのです。 先生の事務所に、「企業理念」は存在していますか? その企業理念はオリジナリティ溢れる、自分の生き様そのものが言語化されたものになっていますか? なぜ自分は税理士になったのか、どうして税理士事務所を営んでいるのか、また、その事業を通じて社会にどのような貢献ができるのか。 その「社会性」を発揮できた時にきっと「経済性」が発揮され、顧客にも、従業員にも、そして先生自身にも「利潤」がもたらされることでしょう。 ➤ 自分のことがわからなければ、人に聞いてみる 先生は、「自分の個性=独自性」を発揮してお仕事をされていますか。当たり前ですが、70,000人を超える同業者がすべて同じ個性なはずがありません。 人と関わるのが大好きでコミュニケーション能力を発揮して営業することが得意な人、数学が昔から大好きで経営者に解りやすく会社の数字を伝えるのが得意な人、とにかく新しいことが大好きで税法や判例を誰よりも早くおさえ、それを武器として講師をすることが得意な人、自身が後継者として事業承継をした経験を大いに活かしてそれを事務所経営に活かす人、自分の経験や興味関心、得手不得手、好き嫌い・・・それらをしっかり棚卸しする(知る)ことで、人とはまったく異なるビジネスモデルが生まれるのです。 そうは言っても、自分のことがよくわからない、棚卸しできない、そんな先生は、家族、友人らに「俺の(私の)どこが強いところ?」と聞いてみてください。きっと思わぬ意見が飛び出してくるはずです。これができるとSWOT分析(※1)を活用して事務所経営ができるかもしれません。 (※1) 「Strength(強み)」、「Weakness(弱み)」、「Opportunity(機会)」、「Threat(脅威)」の4つの項目を軸に組織を分析する手法で、市場機会や事業課題の発見に役立てることができる。 ➤ 令和時代の到来を機に、ブランディングをはじめよう ここまで説明したように、社会性、独自性が発揮されることを本当のブランディングと言います。大企業を飲み込むことすらできる可能性を感じさせるのが、ブランディングの存在なのです。 なぜそこまで言い切れるのかというと、ブランディングが精度高く完成することで、マーケティングを正確に行うことができるからです。「マーケティングはブランディングから生まれる」と言ってもいいと思います。 令和の時代を迎え、新たな気持ちで自分自身の棚卸しをしてみてはいかがでしょうか。時代と共に環境も変化し、そのことで顧客も変化する。だからこそ事務所経営にも変化が訪れるのです。 本来、「理念」とは、ぶれずに揺るがないものなのかもしれません。でも、事業承継期や低迷期にも同じ経営方針、同じマーケティングで臨むのでしょうか。だからこそ『リ・ブランディング』は、時代に合わせた臨機応変さの象徴であると言えます。 ブランディングは大企業だけに必要なものではありません。多くの中小企業もロゴ1つ、それに添えるタグライン(※2)やブランドメッセージ(※3)に思いを馳せて事業をしており、また、名刺1つにしても、「かたち」「色」「紙」「字形」を創意工夫して、選ばれること、認知してもらうことに必死なのです。 (※2) 対象との関係性を定義したキャッチコピー。 (※3) 関わる人、社会に向けた言葉、在り方。 さて、先生方も顧問先にならって、ブランディングに英知を絞ってみませんか? (了)
《速報解説》 総務省、新たな「ふるさと納税制度」の対象となる1,783地方団体を公表 ~東京都含む5団体は制度の対象外に~ Profession Journal編集部 過度な返礼品競争が問題視されていた「ふるさと納税制度」は、今年度の税制改正より見直しが行われ、総務大臣の指定を受けた地方団体への寄附金のみ、同制度の適用を受けることができることとされた。 この指摘を受けるためには、その地方団体が、適正な寄附金の募集を実施していること、返礼品の返礼割合を3割以下とすること、返礼品を地場産業品とすることなどが改正地方税法第37条の2第2項及び第314条の7第2項に規定され、これら基準に係る詳細は4月1日公表の総務省告示179号で示されている。 また総務省は同日、「ふるさと納税に係る指定制度の運用について」(総税市第17号)及び「ふるさと納税に係る指定制度の運用についてのQ&Aについて」(事務連絡)をそれぞれ公表、例えば、いわゆる「ふるさと納税ポータルサイト」上で「お得」や「コスパ最強」、「ドカ盛り」「おまけ付き」などと表示した場合、「適切な選択を阻害するような表現」(告示179号第2条第1号ハ)に該当し「募集の適正な実施に係る基準」を充たさない等、各地方団体へ周知を図っていた。 新制度では、各地方団体は上記の基準を充たすことについて総務大臣から指定を受けるため、毎年7月1日~7月31日の間に総務大臣へ「ふるさと納税の対象となる地方団体の指定に関する申出書」及び一定の添付書類を提出しなければならず、制度の対象として指定された場合、その期間(指定対象期間)は原則として1年単位(毎年10月1日からその翌年9月30までの期間)となる。 ただし今年度は例外として、指定対象期間を2019年6月1日から2020年9月30日までの1年4ヶ月間とし、申出書等の提出期間は4月1日から同月10日までとされていた。総務省は4月11日付けで、東京都を除く46道府県及び、1,741ある市区町村すべてから申出書等の提出があったことを明らかにしていた。 そしてこのほど総務省は5月14日付けで、総務大臣の指定を行ったふるさと納税の対象となる1,783の地方団体(46道府県及び1,737市区町村)を明らかにし、翌15日には同内容の総務省告示第16号を公表した。 なお、上記で示された1,783団体のうち、2019年6月1日から2020年9月30日までの期間(1年4ヶ月間)に係る指定団体は1,740団体(46道府県、1,694市区町村)であり、残りの43団体(43市町村)については1年4ヶ月の期間を指定対象期間とすることが適当でないと認める場合に該当するとして、2019年6月1日から同年9月30日までの4ヶ月間の指定になるとした(これら43団体は7月1日~30日までの期間に改めて申出を行うことが可能)。 上記の通り申出を行わなかった東京都に加え、申出を行ったものの指定を受けられなかった団体(小山町(静岡県)、泉佐野市(大阪府)、高野町(和歌山県)、みやき町(佐賀県))については、これら団体へ寄附を行ったとしてもふるさと納税の対象とならない。また、指定を受けた地方団体が基準のいずれかに適合しなくなった場合は指定を取り消され、取消し後2年間は指定を受けることができない。 新たなふるさと納税制度は、6月1日以後に支出された寄附金から適用される。 (了)
《速報解説》 監査役協会、1月公表の上場会社編に続き 非上場会社に向けた「監査役監査チェックリスト」を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2019年5月16日、日本監査役協会中部支部 監査実務チェックリスト研究会は、「監査役監査チェックリスト①~③【非上場会社編】」を公表した。 これは、2017年9月28日の「改訂版 監査役監査チェックリスト①~③」と2019年1月11日の「監査役監査チェックリスト④【上場会社編】」との内容の整合性を取るために、その編成や内容の見直しなどを行ったものである。 監査役監査チェックリスト①から③は次のとおりである。 今回の公表により、「監査役監査チェックリスト」は①~④の4区分からなる集大成となったとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 本稿では、「監査役監査チェックリスト③ -機関設計が「取締役会+監査役会+会計監査人」の場合-」(以下「チェックリスト」という)について、主な内容を解説する。 チェックリストは、表紙を含めて113ページに及ぶものである。 1 監査役になったらすぐ確認すべきチェックリスト 次の事項について、前任の監査役から引継ぎがなされているかなどについて記載されている。 2 定時株主総会(終了後)のチェックリスト 株主総会終了後の監査役会において、次のような事項が議題とされているかなどについて記載されている。 3 重要書類等のチェックリスト 次のような重要書類等を閲覧しているかとの監査項目を記載し、取締役の職務の執行に、不正行為、法令・定款違反や著しく不当な事実等はないかなどのチェック内容が記載されている。 4 子会社調査のチェックリスト 子会社に対する経営方針、子会社の管理体制の状況について把握しているか、子会社管理部門等による子会社の指導・管理状況を確認しているかなどについて記載されている。 5 関連当事者との取引のチェックリスト 関連当事者の取引に関し、管理責任者、管理すべき内容等が規程類、マニュアル等で明確にされているか、関連当事者との取引について、取引の審査、決済の仕組みにおいて一般的でない取引をチェックする体制が構築・運用されているかなどについて記載されている。 6 会計監査人監査の相当性判断のチェックリスト 会計監査人の監査計画について、妥当性を確認しているか、会計監査人の監査実施状況を確認しているかなどについて記載されている。 (了)
2019年5月16日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.318を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第76回】 「日本標準産業分類から読み解く租税法解釈(その1)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 はじめに 統計が租税法の解釈適用において重要な意味をもつことがあるという点については、既に、この連載においても解説したところである(「統計数値が租税法解釈に与える影響(その1〜3)」【第67回】~【第69回】)。 統計はしばしば産業を分類した上で分析がなされるが、そこで使われる産業の分類が「日本標準産業分類」(JSIC)である。 租税法においては、産業ごとに課税上の取扱いを異にすることがあり、この日本標準産業分類は、個別税法の解釈等の局面においてもたびたび顔を出す。そこで、今回は、日本標準産業分類が租税法の解釈に及ぼす影響について考えてみたい。 Ⅰ 国際標準産業分類と日本標準産業分類 1 国際標準産業分類 国際的にも産業分類が存在する。 すなわち、「全経済活動に関する国際標準産業分類」(ISIC:International Standard Industrial Classification of All Economic Activities)は、生産に係る経済活動に関する国際的な典拠分類である。その主要な目的は、かような経済活動に沿って統計を作成するために用いることのできる活動カテゴリー一式を提供することである。 この国際標準産業分類と日本標準産業分類はともに異なる歩みを見せてきたことから、両標準産業分類間の分類項目の概念や定義が必ずしも一致しないことや、対応関係が明確でない項目があることも事実である(孕石真浩「JSICとISICの比較について」統計研究彙報73号147頁(2016))。 2 日本標準産業分類 さて、日本標準産業分類は、統計の正確性と客観性を保持し、統計の相互比較性と利用の向上を図ることを目的として設定された統計基準であり、全ての経済活動を産業別に分類するものである。そして、日本標準産業分類は、「事業所」を経済活動別に分類するためのものであると説明されている(総務省ホームページ「日本標準産業分類の変遷と第13回改定の概要」)。 分類は、大分類(アルファベット)、中分類(数字2桁)、小分類(数字3桁)、 細分類(数字4桁)の4つのレベルに分かれている。そしてその構成は、大分類20、中分類99、小分類530、細分類1,460となっている。 ここでは、日本標準産業分類の大分類総説や大分類体系の概要に従い、事業内容が大分類のどこに分類されるかを確認し、その次のステップとして、モノの生産を行っている場合は、①何を作っているか、②どのような生産技術で作っているかによって分類項目が分かれている。サービスの提供の場合には、①誰に対して、②どのようなサービスを提供しているのかによって分類項目が分かれている。 ところで、日本標準産業分類一般原則は、「産業」を次のように定義する。 そして、分類の基準については、以下のように説明されている。 なお、分類項目の設定に当たっては、事業所の数、従業者の数、生産額、販売額等も考慮したとする。 ちなみに、「事業所」とは、経済活動の場所的単位であって原則として次の要件を備えているものをいう(一般原則第2項)。 すなわち、事業所とは、一般に工場、製作所、事務所、営業所、商店、飲食店、旅館、娯楽場、学校、病院、役所、駅、鉱業所、農家等と呼ばれるものである。 一般原則第2項によれば、一構内における経済活動が、単一の経営主体によるものであれば、原則として一事業所とし、一構内であっても経営主体が異なれば経営主体ごとに別の区画としてそれぞれを一事業所とすることとされている。なお、一区画であるかどうかが明らかでない場合は、売上台帳、賃金台帳等経営諸帳簿が同一である範囲を一区画とし、一事業所とするとしている(同項)。 この日本標準産業分類が租税法において如何なる意味をもっているかについて、以下、検討してみたい。 Ⅱ 消費税の簡易課税における事業区分と日本標準産業分類 消費税法上の簡易課税制度では、事業区分が設けられており、かかる区分ごとにその課税上の取扱い(仕入れ税額控除率)を異にしている。すなわち、消費税法37条《中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例》を受けた消費税法施行令57条は、次のように規定する。 ここで問題となるのは、各号の示す各種事業の事業区分である。この点について、同条5項は次のように定義を規定している。 このように、消費税法によれば、例えば、卸売業は第一種事業であり、小売業は第二種事業などと整理されているものの、ここに示された各種事業の定義そのものは同法には示されていない。 そのことから、事業者の行う事業活動が、製造業に該当するのか、あるいはサービス業に該当するのかといった問題が惹起されることがしばしばある。 そこで、国税庁はそのホームページに質疑応答事例を掲載している。例えば、「日本標準産業分類からみた事業区分(大分類-E製造業)」では次のような判定の目安を紹介している(国税庁ホームページ「日本標準産業分類からみた事業区分(大分類-E製造業)」)。 ここでは、サンプルとして大分類だけ紹介することとする。 大分類【E-製造業】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 もっとも、これは、国税庁が消費税法ないし消費税法施行令の解釈の参考となることを企図して、情報として示している判定に過ぎず、これらの法令について、日本標準産業分類に基づいた解釈を行うべきか否か、あるいはその判断の方法については、議論のあるところである。 この点、国税庁も「業種の判定について日本標準産業分類からみた事業区分の目安に過ぎません。」と注書きしているとおり、消費税法ないし消費税法施行令にいうところの各種事業の区分が、必ずしも日本標準産業分類のそれによって一律に分類されるわけではないことに注意が必要であろう。 (続く)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第11回】 「租税法律主義と実質主義との相克」 -税法上の目的論的事実認定の過形成③- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回はⅣの最後で、ヤフー事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁は法人税法132条の2(組織再編成に係る行為計算の否認規定)の不当性要件について制度濫用基準を定立し同基準を、同法132条1項(同族会社の行為計算の否認規定)の不当性要件について判例が確立してきた経済的合理性基準に「接合」すること(法人税法132条1項と同法132条の2における不当性要件の統一的解釈)を前提にして、国(税務官庁)と納税者に対して対等な攻撃防御の機会を保障する事実判断の構造を明確に示した、との理解を述べた。 これを受けて、今回は、IBM事件・東京高判平成27年3月25日訟月61巻11号1995頁を素材にして、同判決が法人税法132条1項の解釈適用において前記のような事実判断の構造を保障するものであるかどうかを検討することにする。その検討は、拙稿「租税回避否認規定に係る要件事実論」伊藤滋夫=岩﨑政明編『租税訴訟における要件事実論の展開』(青林書院・2016年)276頁、287頁以下をベースにして、行うことにする。 IBM事件では、関係会社間の自己株式取得に伴うみなし配当(益金不算入)に対応する譲渡損(による繰越欠損金)の連結納税への持込みによる連結法人税額の減少に対する法人税法132条1項の適用の可否が争われたが、訴訟段階では、不当性要件という規範的要件の評価根拠事実の内容及び位置づけが中心的な争点であった。 なお、本論に入る前に、規範的要件について要件事実論の観点から簡単に述べておこう。規範的要件とは、「規範的評価の成立が所定の法律効果の発生要件となっている」法律要件をいい、それは「法文上、その発生要件を前記[=過失、重過失、正当理由、背信性、信義誠実、権利の濫用、公序良俗違反など]のような一般的・抽象的概念を用いて表現する」ものである(以上の引用は司法研修所編『増補 民事訴訟における要件事実(第1巻)』(法曹会・1986年)30頁)。規範的要件の要件事実(主要事実)については、当該規範的評価それ自体を主要事実とみて、その評価の成立を根拠づける具体的事実(評価根拠事実)を間接事実とみる見解(間接事実説)がかつては有力であったが、最近では、「規範的評価自体は、具体的事実が当該規範的要件に当てはまるという法的判断であり、主要事実ではない」ことから、評価根拠事実を主要事実とみる見解(主要事実説)が有力となっている、といわれている(司法研修所編・前掲書31頁)。 Ⅱ IBM事件における不当性要件の評価根拠事実の内容及び位置づけ 1 東京地裁の判断 東京地判平成26年5月9日判タ1415号186頁は、不当性要件について経済的合理性基準(最判昭和53年4月21日訟月24巻8号1694頁参照)を定立し、その評価根拠事実について国(被告)の下記の主張(下線筆者)に従って検討した上で、①ないし③のいずれの評価根拠事実も認定することができないとして納税者(原告)の請求を認容した。 2 国(控訴人)の主張 この判断を受けて、国(控訴人)は控訴審において主張を変更し、次のとおり主張した(下線筆者)。 国のこの主張は、前記②の評価根拠事実について「特段の事情」により「経済的合理性の欠如」の推認が覆される余地を認めていることからすると、この評価根拠事実を間接事実として、経済的合理性の欠如を主要事実として、それぞれ位置づけているもの、したがって、評価根拠事実に関する間接事実説の立場に立つものと解される。 なお、国の主張をこのように評価根拠事実に関する間接事実説の立場に立つものと理解すると、「経済的合理性の欠如」は不当性要件に係る規範的評価を意味することになる(規範的評価概念)。しかし、経済的合理性は、そもそも、税法の基礎にある私人の経済生活において形成される、税法外在的な概念であり、したがって、それ自体としては抽象度の高い概念ではあるとしても、私人の実際の経済生活においては多種多様な経済活動の場面に応じて、その具体的内容を確定することができる事実概念である(企業組織再編成という活動の場面における経済的合理性については前回Ⅲ参照)。この点において、後で述べる私見は国の主張とは異なることをここで予め確認しておく。 3 納税者(被控訴人)の主張 これに対して、納税者(被控訴人)は次のとおり主張した(下線・太字筆者)。 納税者のこの主張は、「経済的合理性の欠如」が、不当性要件について前掲昭和53年最判が解釈によって導き出した要件事実であり、かつ、評価根拠事実であるという理解に基づく主張であり、したがって、評価根拠事実に関する主要事実説に基づく主張であると解される(1つ目の下線部参照)。この主張では、前記①②③の事実は、「経済的合理性の欠如」を推認させる間接事実として位置づけられていると解される。というのも、「取引における取引価格その他の経済条件」(2つ目の下線部)には前記の②の事実だけでなく①や③の事実も含まれる(他にもあり得る)と解されるからである。 4 東京高裁の判断 両当事者の以上の主張に対して、東京高判平成27年3月25日判時2267号24頁は、原審の参照した前掲昭和53年最判に加え最判昭和59年10月25日集民143号75頁をも参照した上で、次のとおり判示した(結論は原審と同じ。下線筆者)。 この判断では、前記②の評価根拠事実(「独立当事者間の通常の取引と異なっていること」)については、前掲昭和53年最判及び昭和59年最判が不当性要件につき解釈によって導き出した「経済的合理性の欠如」という要件事実がこれを「含む」(1つ目の下線部)こととされ、したがって、両者が同列に位置づけられていることからして、東京高裁は評価根拠事実に関する主要事実説の立場に立つものと解される。このような理解は、東京高裁が前記①及び③の事実を法人税法132条1項の解釈によって導き出し得るかどうか検討し、これを否定する判断すなわち前記①及び③の事実を要件事実から明示的に除外する旨の判断を示していることからも(消極的な意味においてではあるが)裏付けられるであろう。 Ⅲ IBM事件東京高判における不当性要件に係る事実判断の構造 控訴審における当事者の主張及び裁判所の判断を、評価根拠事実の内容と位置づけに関して整理すると、下記の表のようになる。なお、下記の表の中の①は「租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないこと」、②は「独立当事者間の通常の取引と異なっていること」、③は「租税回避の意図があったこと」である(前記Ⅱ1参照)。 以上の整理を基にして東京高裁の判断について検討を加えると、東京高裁は、評価根拠事実の内容に関しては国の主張の妥当性を認めたが、ただ、国の主張が間接事実説に基づく主張であったために、「[間接事実説の立場に立って、攻撃防御の]対象となった事実以外にも自由心証の場を拡張することは過度に裁判官の権限を認めることになり、相当でない」(難波孝一「規範的要件・評価的要件」伊藤滋夫=難波孝一編『民事要件事実講座(1)総論Ⅰ』(青林書院・2005年)197頁、214-215頁)というような考慮に基づき、主要事実説の立場から②を、評価根拠事実としての経済的合理性の欠如を「より具体化するもの」(前記引用判示の4つ目の下線部分)として、主要事実に「格上げ」したものと解される。 このような理解によれば、確かに、主張立証責任の対象が②に限定され、「自由心証の場」の拡張は回避できるであろうが、しかし、②の主要事実への「格上げ」は別の問題を惹起することになる。それは、その「格上げ」が実体法(ここでは、補充的課税要件規定である同族会社の行為計算否認規定。拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)【69】【71】参照)に「投影」され、その結果、不当性要件の要件事実を、(a)①②③等を間接事実とする推認による総合判断を許容する「経済的合理性の欠如」という要件事実から、(b)②の主張立証による判断しか許容しない要件事実へと、「変質・変容」させてしまう、という問題である。 この問題も要件事実論の法創造機能(第8回Ⅲ)によって惹起される問題であるが、不当性要件に関する前記の(a)から(b)への要件事実の「変質・変容」の場面では、要件事実論の法創造機能は、納税者が許されないと主張する、課税庁の立証負担の不当な軽減・緩和に帰結する。 このような帰結を支えるのは、東京高裁が納税者の主張を否定するために説示した、「被控訴人主張のような解釈を採用すれば、税務署長が法人税法132条1項所定の権限を行使することは事実上困難になる」(前記引用判示の3つ目の下線部分)という考慮である。この考慮は、更に本を正せば、「同族会社と非同族会社の税負担の公平を図るために設けられた同項[=法税132条1項]の趣旨」(前記引用判示イの第3段落第2文。同アも参照)に基づくものである。 東京高裁は、このように、同族会社の行為計算否認規定(法税132条1項)について、判例上確立された趣旨の理解を「起点」にして、税務署長による否認権行使の事実上の困難を軽減・緩和しようとする考慮を「経由」して、国側の立証負担の軽減・緩和を内包する、不当性要件に関する事実判断の構造に到達した。この「終点」は、前回Ⅳでみたヤフー事件最判が示した事実判断の構造から懸け離れた「地点」にある。 Ⅳ おわりに 最高裁は、前回取り上げたヤフー事件において、国(税務官庁)と納税者に対して対等な攻撃防御の機会を保障する事実判断の構造を明確に示すことによって、不当性要件の目的論的解釈の過形成に対して「歯止め」をかけたのに対して、東京高裁はIBM事件でそのような事実判断の構造ではなく、国(税務官庁)の立証負担を軽減・緩和する国側に有利な事実判断の構造を示したが、その判断は、結果的に、不当性要件の射程を「従来学説上一般に考えられていたよりも大きく拡張するもの」(太田洋編著『M&A・企業組織再編のスキームと税務〔第4版〕』(大蔵財務協会・2019年)906頁)となったといえよう。 このような結果は不当性要件の目的論的解釈の過形成を意味するが、その原因は前記の事実判断の構造にあり、更に本を正せば、要件事実論の法創造機能にあるとみてよかろう。その意味では、私法上の法律構成による否認論について論じた(第8回Ⅳ参照)のと同じく、税法上の目的論的事実認定の過形成の結果とみるべきであろう。 (了)