新リース会計基準における実務対応 -会計処理と申告調整のポイント- 【第1回】 公認会計士 鈴木 慧史 1 リースとは ●リース会計基準の改正 令和6年9月、企業会計基準委員会から「リースに関する会計基準」(以下、リース会計基準)が公表されました(令和9年4月1日以後に開始する事業年度から適用)。従来のリース会計基準では、リース取引を「ファイナンス・リース取引」と「オペレーティング・リース取引」の2種類に分類し、前者は売買処理、後者は賃貸借処理を行うこととされていました。 新たに公表されたリース会計基準では、借り手の会計処理についてこの分類を廃止し、すべてのリースにつき同一の会計処理を適用することとされました。一方、貸し手の会計処理は従来どおり、2種類に分類し、会計処理を定めています。 ●リースの識別が重要 リース会計基準では、借り手の全てのリースについてオンバランス処理が求められるため、契約がリースに該当するか否かの判断が非常に重要になります。 リース会計基準では、リースを「原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する契約」と定義しています。この定義に該当するか否かを判断するに当たっては、以下の2つの要件に照らして検討することとされています。 この2つの定義に該当する契約は、契約の名称を問わずリースに該当するとされます。例えば、オフィスや倉庫などの不動産の賃貸借契約について、通常は契約の対象となる物件が特定されており(要件①)、その使用方法を借り手が自由に決定することができる(要件②)ため、リースに該当するとされます。このように、リース会社との間で締結するいわゆるリース契約のほかにも、賃貸借契約やレンタル契約など幅広い契約がリース会計基準の対象となります。 2 リースの会計処理 (1) 借り手の会計処理 ●リース期間の決定 借り手の会計処理の前提として、リース期間を決定する必要があります。リース期間とは、リースの対象となる資産を使用する期間のことですが、契約書に記載された契約期間を単純に使用すればよいというわけではなく、以下の期間の合計とされます。 不動産の賃貸借契約を例に説明します。建物の賃貸借契約で、契約期間は2年、契約期間満了後に借り手は契約期間の延長が可能、3ヶ月前に通知することにより、借り手は契約を解約できるものとします。この場合、借り手は3ヶ月前に通知することによりいつでも解約できるため、①契約上の解約不能期間は3ヶ月となります。 また、契約期間満了後、契約期間の延長が可能であるため、②延長オプションを有していることになります。このため、リース期間の決定に当たっては、解約不能期間である3ヶ月と、延長オプションとして見込まれる期間の合計として算定することとなり、例えば延長オプションを含めて5年間、賃貸借契約が継続すると見込まれる場合には、リース期間は5年となります。 このように、契約書に記載された契約期間を単純に使用すればよいわけではなく、契約の更新または中途解約も想定した上でリース期間を決定することが必要となります。 ●リース開始時の会計処理:使用権資産とリース負債を計上 借り手のリースの会計処理は、従来のファイナンス・リース取引とほぼ同様になります。リース開始日において、リース料総額から利息相当額を控除した金額を、資産・負債として計上します。この場合、借方は使用権資産、貸方はリース負債という勘定科目を使用します。 ●リース期間中の会計処理:減価償却および利息相当額の配分 使用権資産を有形固定資産または無形固定資産として計上した上で、毎期、減価償却費を計上します。減価償却費はリース期間を耐用年数、残存価額を0とし、定額法等の減価償却方法の中から企業の実態に応じたものを選択適用した方法により算定します。 なお、対象資産の所有権が借り手に移転すると認められるリースについては、耐用年数を経済的使用可能予測期間、残存価額を合理的な見積額とし、対象資産を自ら所有していた場合に適用する減価償却と同一の方法により算定します。 リース負債はリース料の支払時に取り崩しますが、その際にリース料総額から控除した利息相当額について、原則として利息法により配分します。 設例1 ×1年4月1日に次のリース契約を締結した場合の仕訳は、以下のとおりです。 〔仕 訳〕 ×1年4月1日 使用権資産およびリース負債の計上 (※) 使用権資産およびリース負債の金額は、以下のように計算します。 10,000千円÷1.02+10,000千円÷1.022+10,000千円÷1.023+10,000千円÷1.024+10,000千円÷1.025=47,135千円 ×2年3月31日 使用権資産の償却 (※) リース期間を耐用年数とし、残存価額を0として計算します。 47,135千円÷5年=9,427千円 ×2年3月31日 リース料の支払い (※) 支払利息を以下のように計算し、残額をリース負債元本の返済として処理します。 47,135千円×2%=943千円 ●簡便的な取扱い 以上の原則的な会計処理に対して、リース会計基準では借り手の会計処理について、次の(ⅰ)および(ⅱ)の簡便的な取扱いが認められています。 (ⅰ) 利息相当額の配分方法 使用権資産の総額に重要性が乏しいと認められる場合、以下のいずれかの方法を適用することができます。 (※) 重要性が乏しい場合とは、次の割合が10%未満であることとされています。 設例2 設例1のリース契約について、上記の簡便法を採用した場合の仕訳は次のとおりです。 〔仕 訳〕 〇簡便法(a)の場合 ×1年4月1日 使用権資産およびリース負債の計上 (※) 利息相当額を控除しないため、リース料総額でオンバランスします。 ×2年3月31日 使用権資産の償却 (※) 50,000千円÷5年=10,000千円 ×2年3月31日 リース料の支払い (※) 支払リース料の全額がリース負債の返済となります。 〇簡便法(b)の場合 ×1年4月1日 使用権資産およびリース負債の計上 ×2年3月31日 使用権資産の償却 ×2年3月31日 リース料の支払い (※) 支払利息をリース期間で均等に按分します。 (50,000千円-47,135千円)÷5年=573千円 (ⅱ) 少額または短期リース 以下のリースについては、使用権資産およびリース負債を計上せず、賃貸借処理によることができます。なお、②と③はいずれかの方法を選択適用します。 この場合、リース開始時の仕訳はなく、リース料の支払時に次の仕訳を行います。 (続く)
連結会計を学ぶ(改) 【第3回】 「連結の範囲に関する適用指針①」 -親会社と子会社- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)では、連結財務諸表に含まれる子会社の範囲を、支配の概念にもとづいて基本的な規定を設けている。 より具体的な指針としては、「連結財務諸表における子会社及び関連会社の範囲の決定に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第22号。以下「連結範囲適用指針」という)が公表されている。 今回(第3回)と第4回及び第5回では、連結範囲適用指針にもとづいて連結の範囲を解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 親会社と子会社 1 議決権割合の算定 連結会計基準では、「他の企業の意思決定機関を支配している企業」として、他の企業の議決権の過半数を自己の計算において所有している企業と規定している(連結会計基準7項(1))。 子会社の判定に係る議決権の所有割合は、原則として、次の算式によって算定する(連結範囲適用指針4項、36項)。 上記算式の議決権については次の事項に注意する(連結範囲適用指針4項~7項)。 ① 議決権は、期末における議決権である。 ② 他の会社が関連会社に該当するかどうかの判定において、持株関係が複雑であり、行使し得る議決権の総数の把握が困難と認められる場合には、議決権の所有割合の算式における分母を、行使し得る議決権の総数に代え、直前期の株主総会招集通知に記載されている総株主の議決権の数により算定することができる。 ③ 行使し得る議決権の総数は、株主総会において行使し得るものと認められている総株主の議決権の数である。 したがって、次の株式に係る議決権については、いずれも行使し得る議決権の総数には含まれないこととなる。 (a) 自己株式(会社法308条2項) (b) 完全無議決権株式(株主総会のすべての事項について議決権を行使することができない株式。会社法108条1項3号) (c) 会社法308条1項による相互保有株式 ④ 所有する議決権の数は、行使し得る議決権の総数のうち自己及び子会社の所有する議決権の数による。 ⑤ 議決権の所有割合を算定するにあたっては、議決権のある株式又は出資の所有の名義が役員等自己以外の者となっていても、議決権のある株式又は出資の所有のための資金関係、当該株式又は出資に係る配当その他の損益の帰属関係を検討し、自己の計算において所有しているか否かについての判断を行う必要がある。 2 緊密な者及び同意している者 緊密な者及び同意している者が存在している場合には、子会社の判定について用いられる議決権の所有割合は、原則として、次の算式によって算定する(連結範囲適用指針8項)。 「緊密な者」とは、自己と出資、人事、資金、技術、取引等において緊密な関係があることにより自己の意思と同一の内容の議決権を行使すると認められる者である(連結範囲適用指針8項)。 「同意している者」とは、契約や合意等により、自己の意思と同一内容の議決権を行使することに同意していると認められる者である(連結範囲適用指針8項、10項)。 緊密な者に該当するかどうかは、両者の関係に至った経緯、両者の関係状況の内容、過去の議決権の行使の状況、自己の商号との類似性等を踏まえ、実質的に判断する(連結範囲適用指針9項)。 例えば、次に掲げる者は一般的に緊密な者に該当するものと考えられている(連結範囲適用指針9項)。 ① 自己(自己の子会社を含む)が議決権の100分の20以上を所有している企業 ② 自己の役員又は自己の役員が議決権の過半数を所有している企業 ③ 自己の役員もしくは使用人である者、又はこれらであった者で自己が他の企業の財務及び営業又は事業の方針の決定に関して影響を与えることができる者が、取締役会その他これに準ずる機関の構成員の過半数を占めている当該他の企業 ④ 自己の役員もしくは使用人である者、又はこれらであった者で自己が他の企業の財務及び営業又は事業の方針の決定に関して影響を与えることができる者が、代表権のある役員として派遣されており、かつ、取締役会その他これに準ずる機関の構成員の相当数(過半数に満たない場合を含む)を占めている当該他の企業 ⑤ 自己が資金調達額(貸借対照表の負債の部に計上されているもの)の総額のおおむね過半について融資(債務保証及び担保の提供を含む)を行っている企業(金融機関が通常の取引として融資を行っている企業を除く) ⑥ 自己が技術援助契約等を締結しており、当該契約の終了により、事業の継続に重要な影響を及ぼすこととなる企業 ⑦ 自己との間の営業取引契約に関し、自己に対する事業依存度が著しく大きいこと又はフランチャイズ契約等により自己に対し著しく事業上の拘束を受けることとなる企業 上記以外の者であっても、出資、人事、資金、技術、取引等における両者の関係状況からみて、自己の意思と同一の内容の議決権を行使すると認められる者は、「緊密な者」に該当する(連結範囲適用指針9項なお書き)。 自己と緊密な関係にあった企業であっても、その後、出資、人事、資金、技術、取引等の関係について見直しが行われ、自己の意思と同一の内容の議決権を行使するとは認められない場合には、緊密な者に該当しない(連結範囲適用指針9項また書き)。 (了)
有価証券報告書における作成実務のポイント 【第14回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 今回は、有価証券報告書のうち、【経理の状況】の【注記事項】資産除去債務関係から棚卸資産関係の作成実務ポイントについて解説する。 なお、本解説では2025年3月期の有価証券報告書(連結あり/特例財務諸表提出会社/日本基準)に原則、適用される法令等に基づき解説している。 1 資産除去債務関係 資産除去債務について注記が求められている。連結の注記であるため、連結子会社の分も含めて注記が必要であることから、連結子会社の情報も収集する必要がある。 また、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表における注記は不要である。 【事例:(株)ミツウロコグループホールディングス 2025年3月期の有価証券報告書】 【事例:(株)近鉄百貨店 2025年2月期の有価証券報告書】 2 賃貸等不動産関係 賃貸等不動産関係について注記が求められている。連結の注記であるため、連結子会社の分も含めて注記が必要であることから、連結子会社の情報も収集する必要がある。 また、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表における注記は不要である。 【事例:阪神阪急ホールディングス(株) 2025年3月期の有価証券報告書】 3 公共施設等運営事業関係 公共施設等運営事業関係について注記が求められている。連結の注記であるため、連結子会社の分も含めて注記が必要であることから、連結子会社の情報も収集する必要がある。 また、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表における注記は不要である。 4 収益認識関係 収益認識について注記が求められている。連結の注記であるため、連結子会社の分も含めて注記が必要であることから、連結子会社の情報も収集する必要がある。 また、財務諸表提出会社が連結財務諸表を作成している場合、下記1一及び三については、個別財務諸表における注記は不要である。また、下記1二については、連結財務諸表において同一の内容が記載される場合には、その旨を記載し、当該事項の記載を省略することができる。 【事例:中外炉工業(株) 2025年3月期の有価証券報告書】 【事例:(株)サンドラッグ 2025年3月期の有価証券報告書】 5 棚卸資産関係 市場価格の変動により利益を得る目的をもって所有する棚卸資産については、金融商品に関する注記の規定(連結財務諸表規則第15条の5の2。【第11回】の「2 金融商品関係」1三参照)に準じて注記する。ただし、重要性の乏しいものについては、注記を省略することができる。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第27回】 「管理監督者と労働時間等の管理」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 管理監督者は、労働時間、休憩時間等の規制がありませんが、年次有給休暇の付与、欠勤控除、遅早控除等が可能かどうかが問題となることがあります。 今回は、管理監督者の労働時間等の管理について解説します。 * * 解 説 * * 1 管理監督者とは 「管理監督者」とは、労働基準法第41条2号で「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」と規定され、労働時間、休憩及び休日が適用除外とされています。 管理監督者として認められるためには下記の要件を満たす必要があります。課長、部長、支店長等の管理職の名称で判断するものではありません。 2 管理監督者の勤怠関係 (1) タイムカード等による時間管理 管理監督者は労働時間の規定が適用除外とされていますが、タイムカード等による労働時間の把握と管理は必要です(労働基準法第108条及び同法施行規則第54条等)。労働時間の把握義務は、労働衛生安全法(第66条の8の3等)にも規定されていて、長時間労働よる健康障害防止等もその目的の1つです。企業には、管理監督者に対しても一般労働者と同様に安全配慮義務があります。 (2) 遅刻早退による賃金控除 管理監督者は、労働時間が自らの裁量に委ねられているため、遅刻早退時の賃金控除の対象外となります。仮に管理監督者に対し、遅刻早退時に時間単位での賃金控除を行うことは、労働時間について制限を受けていると判断されて、管理監督者性が否定されてしまいます。 (3) 欠勤による賃金控除 管理監督者であっても、出勤義務がないわけではありません。傷病などの理由により終日出勤せず、労務の提供がないということであれば、ノーワーク・ノーペイの原則により、欠勤控除を行うことは可能です。 しかし、数日の欠勤で管理監督者としての職務遂行に影響がないのであれば、欠勤控除を行わなくても問題はありません。 3 管理監督者に対する賃金の支払い等 (1) 時間外労働割増賃金、休日労働割増賃金 管理監督者は、労働基準法で定められている労働時間、休憩及び休日に関する規定が適用されませんので、法定労働時間(1日8時間・1週40時間以内)を超えた場合や法定休日に勤務した場合であっても、時間外労働割増賃金、休日労働割増賃金の支払いは必要ありません。 (2) 深夜労働割増賃金 労働基準法における「深夜労働割増賃金」は、夜22時から翌朝5時の時間帯に働いた場合、通常の労働時間の賃金に25%以上割増しされて支払われるもので、同法第37条第4項に規定されています。時間外労働とは別規定ですので、この規定については、管理監督者にも適用されます。深夜労働があった場合には、深夜労働割増賃金の支払いが必要になります。 (3) 年次有給休暇 管理監督者に適用されないのは、「労働時間、休憩及び休日に関する規定」であって、休暇は含まれていませんので「年次有給休暇」の規定(労働基準法第39条)については、管理監督者にも適用されます。一般労働者と同様、年次有給休暇の付与義務が課せられています。付与日数等の条件も一般労働者と同様です。 4 就業規則での規定 管理監督者の要件や労働基準法上の規制は上記のとおりですが、事前に就業規則や雇用契約書等で明確にしておくことがトラブルの防止につながります。下記就業規則例を参考にしてください。 〈就業規則の規定例〉 (了)
〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第7回】 「アルバイトのシフト削減の可否」 〈流通・小売業・卸売業〔Q2〕〉 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 織田 康嗣 【Q】 当店では、アルバイトを多く採用していますが、毎月の労働日や労働時間はシフト制によって定めています。あるアルバイトが問題行動を起こしているため、そのアルバイトのシフトを減らしたいと考えているのですが、可能でしょうか。 【A】 シフト決定権限の濫用に当たらないよう、シフトを削減する合理的な理由を整理できなければなりません。アルバイトの問題行動に対しては、まずは厳重注意や懲戒処分をもって改善を促すべきです。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 シフト制 アルバイト労働者やパートタイム労働者を中心に、労働契約の締結時点では、労働日や労働時間を確定的に定めず、一定期間ごとに作成される勤務割やシフト表等によって、具体的な労働日や労働時間が確定するような形態が採られることがある(いわゆるシフト制)。 シフト制による働き方は、社会的に広まっている制度であり、飲食店や小売業においてもよく見られる働き方である。シフト制は、労働者にとって、その時の状況に応じて、柔軟に労働日や労働時間を設定できるというメリットがある一方、使用者側の都合により、労働日がほとんど設定されなかったり、反対に労働者の希望を超える労働日数が設定されること等により、トラブルになることもある。 シフト制に関しては、厚生労働省から、「いわゆる「シフト制」により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」(令和4年1月7日)が発出されており、その内容に留意する必要がある。 2 シフトの削減について シフトの削減(シフトカット)の問題は、①シフトが確定する前か後か、②(シフトが確定する前であったとしても)労働契約上で所定労働日数等の合意があるか否か、③(所定労働日数等の合意がないとしても)シフト決定権限の濫用に当たらないかを検討する必要がある。 (1) シフトが確定した後の場合 一度、シフトが確定した場合には、確定したシフトは労働日ということになるので、シフトを使用者側の都合で一方的に削減し、当該日の出社を認めない場合には、休業手当の支払が必要になる。 すなわち、当該日に労働義務が生じているにもかかわらず、使用者側の都合によって、労働者からの労務提供を拒むことになるため、危険負担の法理に基づき、「使用者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったとき」(民法536条2項)または「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合」(労働基準法26条)に該当するものとして、賃金全額(民法526条2項の場合)か休業手当(労働基準法26条の場合)を支給する必要がある。 民法526条2項か、労働基準法26条のいずれを適用すべきかは、使用者の帰責性の程度による。労働基準法26条の「使用者の責めに帰すべき事由」の方が広いと解されており、民法526条2項の場合は、使用者の故意・過失または信義則上これと同視すべき事由を指す一方、労働基準法26条の場合には、使用者側に起因する経営・管理上の障害も含まれる(ノースウエスト航空事件・最判昭和62年7月17日労判499号6頁)。 (2) 所定労働日数等の合意がある場合 シフトが確定する前であったとしても、労働契約上、所定労働日数や所定労働時間の合意がなされている場合には、契約内容となった所定労働日数や所定労働時間の変更を行うためには、労働者の同意を得る必要がある。仮に労働者の同意なく、契約内容を下回る変更を行い、労働者に予定された労務提供を拒むことになる場合には、(1)で述べたような休業手当を支払う必要がある。 シフト制において、いかなる場合に所定労働日数や所定労働時間の合意があるといえるかであるが、労働契約上でそうした条件が明記されている場合は問題になりにくいものの、具体的な定めがない場合に特に問題となる。 裁判例では、「本件雇用契約における所定労働日数に係る合意は、上記各契約書の記載のみにとらわれることなく、本件請求期間より前の控訴人(筆者注:従業員)の勤務実態等の実情も踏まえて、契約当事者の意思を合理的に解釈して認定するのが相当である。」とした上で、「本件請求期間より前である平成29年以前は、おおむね週4日勤務していたものと推認されるから、本件雇用契約における所定労働日数に係る合意は、契約当事者の意思を合理的に解釈すれば、週4日であったと認めるのが相当である。」として所定労働日数を認定した事例もある(ホームケア事件・横浜地判令和2年3月26日労判1236号91頁)。 反対に、労働者が週3日勤務を主張した事案において、雇用契約書には「シフトによる」という記載があるのみであり、週3日であることを窺わせる記載はなく、勤務開始当初の2年間においても、必ずしも週3日のシフトが組まれていたとは認められないこと、他の職員との兼ね合いからも、1ヶ月の勤務日数を固定することは困難であるとして、所定労働日数の合意を否定した事例もある(シルバーハート事件・東京地判令和2年11月25日労判1245号27頁)。 所定労働日数や所定労働時間の合意については、使用者と従業員との間で、明示・黙示の合意が成立していないか、慎重に判断する必要がある。 (3) シフト決定権限の濫用 使用者と従業員との間で、所定労働日数等の合意が認められないとしても、シフトの一方的な削減が、使用者のシフト決定権限濫用と評価される場合がある。 前掲シルバーハート事件では、「シフト制で勤務する労働者にとって、シフトの大幅な削減は収入の減少に直結するものであり、労働者の不利益が著しいことからすれば、合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり違法となり得ると解され、不合理に削減されたといえる勤務時間に対応する賃金について、民法536条2項に基づき、賃金を請求し得ると解される。」と判示している。 使用者との間で所定労働日数等の合意が成立しないとしても、合理的な理由なく、シフトを大幅に削減した場合には、シフト決定権限の濫用があったとして、不合理に削減されたシフト時間につき、賃金請求することが可能となる(民法536条2項)。 3 設問の場合 アルバイトが問題行動を起こしている場合には、シフト削減の合理的な理由になることもあり得るが、前述のとおり、そもそもシフトが確定した後であったり、所定労働日数等の合意が成立している場合には、一方的なシフト削減を行った場合、賃金支払義務または休業手当の支払義務が生じることになる。 所定労働日数等の合意がなく、シフト決定権限の濫用の問題のみであるとしても、従業員の問題行動に対しては、厳重注意や懲戒処分によって、対処することも可能である。こうした日々の従業員への指導・教育が不十分な状況下において、シフト削減によって対処することに合理的な理由があるといえるかは、慎重に判断しなければならない。一般的には、まずは、段階に応じた厳重注意や懲戒処分を行い、本人に改善の機会を与えることが必要であると考えられる。 なお、シフトの削減は、感染症の拡大の場面や経営上の理由など、様々な場面で検討されることがある。これらの場合でも同様に、賃金または休業手当の支払義務が生じないか、シフト決定権限の濫用に該当しないか(シフト削減の合理的な理由があるか)、慎重に検討しなければならない。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例108】 株式会社オルツ 「第三者委員会の調査報告書(公表版)公表に関するお知らせ」 (2025.7.28) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社オルツ(以下「オルツ」という)が2025年7月28日に開示した「第三者委員会の調査報告書(公表版)公表に関するお知らせ」である。なお、ファイルの内容に不備があったとして、翌日29日に「(差替え)第三者委員会の調査報告書(公表版)公表に関するお知らせ」を開示している。 同社は、2025年4月25日に第三者委員会の設置を決定し、「第三者委員会設置及び2025年12月期第1四半期決算短信の開示が四半期末後45日を超えることに関するお知らせ」を開示している。その「第三者委員会設置の経緯」の記載は次のとおりである。 第三者委員会の目的は売上の過大計上の調査であり、今回の開示はその報告書(以下「調査報告書」という)を公表するというものである。 2 生成AIに質問? 調査の結果、AI GIJIROKUの売上が過大に計上されていることが判明した。オルツは有料アカウントの数を28,699件と発表していたのだが、実際は5,170件だった。無いはずの「28,699件-5,170件=23,529件」の売上があるかのように装っていたのである。 その手法はいわゆる循環取引である。オルツが広告宣伝費として広告代理店へ資金を支出し(研究開発費として研究開発業者へ支出した資金もあるが、それも広告代理店へ)、それがAI GIJIROKUの販売パートナーを経由して、オルツの売上とされていた(「オルツ⇒広告代理店⇒販売パートナー⇒オルツ」という資金の流れ)。 オルツの事業内容はAI開発とされており、有価証券報告書の「事業の内容」の記載は次のとおりである。 この後も事業内容が詳細に記載されており、最先端な雰囲気を漂わせている。しかし、その割には、今回の粉飾決算の手法は古典的で単純なものである。広告代理店と販売パートナーは同一の企業グループだったとされており、単純過ぎる循環取引である。生成AIに質問して、手法について聞いたのだろうか。 3 ずっと赤字だが オルツが2025年2月14日に開示した「2024年12月期決算短信〔日本基準〕(連結)」を見ると、最終利益どころか営業利益がマイナスであり、営業活動によるキャッシュフローもマイナスである。2024年12月期だけではない。有価証券報告書で過去の業績を見ても、確認できる限り、ずっと赤字である。 「2024年12月期決算短信〔日本基準〕(連結)」の添付資料の「当期の経営成績の概況」の記載は次のとおりである。 赤字になった原因についての説明はまったく無く、極めて不誠実な開示といえる。有価証券報告書の「大株主の状況」を見ると、多くのベンチャー・キャピタルが出資しているのだが、こうした会社に出資したのは、よほど事業内容に可能性が感じられたからなのだろうか。 なお、2024年12月期の営業利益はマイナス2,324百万円だが、赤字の主因は、オルツの売上へと還流されることになる広告宣伝費4,580百万円だった。 4 監査法人の交代 オルツは2024年10月に東京証券取引所グロース市場に上場したのだが、上場前に監査法人が交代している。上場準備のために2020年12月期と2021年12月期の監査を某監査法人から受けていたのだが、2021年12月期の監査は終了せず、2022年10月に監査契約を解約した。そして、後任の監査法人に交代して、上場したのである。 調査報告書では、前任の監査法人と監査契約を解約することになった経緯について次のように記載されている。「AW監査法人」は前任の監査法人、「当社」はオルツである。 こうした理由により監査契約を解約することになったため、後任の監査法人は、相当強い懐疑心を持って監査に臨む必要があったはずである。もちろん循環取引の可能性については、前任の監査法人から後任の監査法人へと引き継がれていた。調査報告書には次のように記載されている。「シドー」は後任の監査法人である。 この後、後任の監査法人は、循環取引が行われているか否かを確かめる監査手続を確かに実施しているのだが、オルツが資金の流れを変えたため、また、虚偽の説明を行ったため、騙されてしまった。 また、調査報告書によると、オルツは、ベンチャー・キャピタルなどの株主に対して、前任の監査法人との監査契約の解約の経緯について、次のように説明したという。 都合の良い説明だが、ベンチャー・キャピタルなどの株主は納得してしまったようである。 5 なぜ皆が騙されたのか? なぜ監査法人をはじめとして、ベンチャー・キャピタル、証券会社、証券取引所など皆がオルツに騙されてしまったのだろうか。同社の経営者に詐欺師の才能があったのかもしれないが、信用させてしまう雰囲気も作り出されていたのだろう(雰囲気作りも詐欺師の才能の1つだが)。 調査報告書の「原因分析」では、「最先端の事業に対するバイアス等の可能性」として次のように記載されている。 また、調査報告書によると、オルツは、日本取引所の上場審査部による上場審査での質問に対して、監査法人の交代について次のように回答していたという。まるで前任の監査法人は古い、遅れているとでもいいたいようである。 「最先端」な雰囲気に惑わされて、極めて「古典的」な粉飾決算に皆が騙されてしまったということだろうか。そうした雰囲気が強い力を持ってしまう場合は、粉飾決算に限らず、確かにあると思われる。その危うさを筆者も肝に銘じたい。 (了)
《速報解説》 証券取引等監視委員会が「開示検査事例集(令和6年度)」を公表 ~市場監視機能強化に向けた建議に関するコラムも新たに掲載~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 証券取引等監視委員会(以下、「監視委」と略称する)事務局は、このほど、「開示検査事例集(令和6年度)」(以下、「事例集」と略称する)を公表した。事例集の表記が「事務年度」から「年度」に改められたとおり、今回の事例集から対象期間は、「4月から翌年3月」へと変更されている。 令和6年度版の「開示検査事例集」では、新たに、令和6年4月から令和7年3月までの間に開示検査を終了し、開示規制違反について課徴金納付命令勧告を行った10事例(1つの事例で2社、さらにもう1つの事例で2社と1個人に勧告が発出されているので、勧告の件数としては14)について、概要が紹介されている。 なお、事例集の期間変更に伴い、令和6年4月から6月までに課徴金納付命令勧告を受けた事例(事例2及び事例6)については、令和5事務年度版との重複掲載となっている。令和4事務年度から始まった、課徴金納付命令勧告を受けた上場会社の実名公表は継続されており、また、過去の検査事例(事例11から事例50)については、これまでどおり、課徴金納付命令勧告を受けた上場会社の実名の表記はない。 本稿では、公表された事例集のうち、最近の開示検査の動向を知るうえで参考になると思われる、ⅠからⅢまでを中心にその内容をご紹介したい。なお、「Ⅱ 開示検査の実績とその内容」については、令和5事務年度から、タイトルにあった「最近の」という言葉がなくなり、内容がこれまでより大幅に拡充されており、令和6年度の特徴と過去5年度分の特徴が比較分析されている。また、イメージ図やグラフなども挿入されており、継続してわかりやすさを追求した記述となっていると評価できる。 Ⅰ 最近の開示検査の取組みについて 事例集「Ⅰ 最近の開示検査の取組み」の冒頭に掲げられた文章は、令和5事務年度版で大幅に修正された文章が、令和6年度版でもそのまま踏襲されている。 参考までに、令和4事務年度事例集までの表現は次のとおりである。 監視委は、令和5事務年度以降、開示規制違反の態様が多様化していることを強調しているようである。そのうえで、監視委の取組みついて、以下の3項目を挙げている(赤字記載部分は、昨年から表現が改められた箇所を意味している)。 (※) 令和4事務年度版までは、「情報力の強化」と説明されていた。 Ⅱ 最近の開示検査の実績とその内容 令和6年度(令和6年4月~令和7年3月)に、監視委が行った開示検査は22事案(勧告件数は25件)で、前年実績(21件)を上回っている。そのうち、検査が終了した13事案(前事務年度実績は10事案)のうち、11事案(14件)につき課徴金納付命令勧告を行うとともに、うち1事案については、訂正報告書等の提出命令勧告を合わせて行っている。 監視委は、令和6年度の特徴的な勧告事案として、次の3事例を挙げている。 監視委は事例1について、違反行為者は、共同して議決権を行使することを合意している場合に該当していたとして、それぞれが共同保有者であると認定し、課徴金納付命令勧告を行った初めての事案であると説明している。 監視委は、令和6年度に課徴金納付命令勧告を行った事案において認められた、開示規制違反に至った背景・原因について、次のように列挙している。 Ⅲ 最新の課徴金納付命令勧告事例 事例集に記載された「令和6年度における課徴金勧告事案の一覧」(事例集13頁)10事例については、下表のとおりである。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 ◆新たに記載された監視委コラム「今後の課題~市場監視機能強化に向けた建議について~」 令和6年度事例集の197頁には、「今後の課題~市場監視機能強化に向けた建議について~」と題された監視委コラムが新たに記載されているので、その内容を紹介しておきたい。 監視委は、「市場監視機能を一層強化し、従前の投資者も新たな投資者も共に安心して投資ができる公正・透明な市場を確立していくことが重要」であるとしたうえで、現状について、金融商品取引の複雑化・高度化・国際化の進展などがみられるなか、近年における証券監視委の検査・調査の結果等を踏まえると、 が認められており、これらに適切に対応できる実効性のある措置等を整備していく必要があるとして、令和7年6月20日、内閣総理大臣及び金融庁長官に対して建議を行ったとしている。 その建議内容は、次のとおりである。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 「財務諸表等規則等の一部を改正する内閣府令」が公布される ~新リース会計基準の修正に伴い、借手・貸手の定義を改正~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025(令和7)年8月22日、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第75号)が公布された。財務諸表等規則ガイドラインも改正されている。これにより、2025年6月6日から意見募集されていた内閣府令(案)が確定することになる。内閣府令(案)に対するパブリックコメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方も公表されている。 これは、「金融商品会計に関する実務指針」(改正移管指針第9号)、「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)等の修正を公表したこと等を受けものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 財務諸表等規則等の主な改正 1 リース会計基準関係 リースの借手の定義を「リースにおいて原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に獲得する企業をいう」から、「リースにおいて原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に獲得する者をいう」と改正するなど、「企業」から「者」に改正する(貸手も同様。財務諸表等規則8条の6、連結財務諸表規則15条の24、67条の2)。 2025年4月23日に、企業会計基準委員会が公表した「企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」等の修正について」では、2025年2月5日に公表された「会社計算規則の一部を改正する省令案に関する意見募集について」に対して寄せられた意見への対応として、「借手」の定義に企業以外の者が含まれることの明確化が図られていることを契機としてリース会計基準における「借手」及び「貸手」の定義を見直した結果、リース会計基準においても同様の対応を行うこととしたとしている。 2 金融商品実務指針関係 「金融商品に関する注記」において、組合等の構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者である企業の子会社株式及び関連会社株式を除く)について時価をもって評価し、組合等への出資者の会計処理の基礎とする取扱いを行っている場合には、その旨、当該取扱いを行う組合等の選択に関する方針及び当該取扱いを行っている組合等への出資の貸借対照表計上額の合計額を併せて注記するものとする(財務諸表等規則8条の6の2、138条、連結財務諸表規則15条の5の2、111条)。 Ⅲ 施行日等 公布の日(2025年8月22日)から施行する(経過措置に注意)。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2025年8月21日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.632を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第74回】 「暗号資産による役員報酬の支給」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 暗号資産とは 暗号資産は、以前は仮想通貨と呼ばれており、代表的なものにビットコインやイーサリアム等がある。資金決済に関する法律(以下「資金決済法」という)が改正されて「暗号資産」と名称が改められ、現在では世間に浸透している状況にあると思われる。資金決済法2条14項においてその定義が詳細に定められているほか、日本銀行HPでは暗号資産の特徴を以下のように簡潔にまとめている(※1)。 (※1) 日本銀行ホームページ「暗号資産(仮想通貨)とは何ですか?」 暗号資産は、一般には平成29年頃から注目され始め、取引者数やその規模が年々増大してきている。暗号資産保有者は取引所や自身のウォレットで管理することで、暗号資産の使用や交換等が可能であり、実際に家電量販店や飲食店、そしてアプリ上でもビットコイン決済が可能と謳っているものが多く見られる。 このような世間の状況を税務面から見ると、世間への浸透拡大に合わせた対症療法的な対応が行われてきた。具体的な対応の例としては、大手取引業者で生じた暗号資産流出事件を受けて、国税庁がタックスアンサーNo.1525「暗号資産交換業者から暗号資産に代えて金銭の補償を受けた場合」を公表したこと、令和元年度税制改正にて暗号資産の課税関係に一定の整理がなされたことが挙げられる。 後者については、法人の譲渡原価の算出方法につき、総平均法又は移動平均法のいずれか選択した方法(選択しない場合、法人においては移動平均法)が採用されること(法法61①、法令118の6)、法人が暗号資産信用取引を行った場合において保有する暗号資産の未決済損益をみなし決済損益額で扱う(法法61⑦)等の内容となっている。現在においても、国税庁が「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(情報)」を都度改訂し続ける等の対応が行われている。 なお、今後の展望としては、個人が暗号資産を譲渡した場合において申告分離課税として扱うべきだとする税制改正要望が、従来にも増して強くなっているように感じられる(※2)。 (※2) この点、学説においても「譲渡所得の意義と範囲に関連して最も問題となるのは、資産とは何かである。まず、資産とは、譲渡性のある財産権をすべて含む概念で、・・・ビットコイン等の仮想通貨などが広くそれに含まれる」とし、暗号資産の譲渡が譲渡所得の対象になり得るというものがある。金子宏『租税法 第24版』(弘文堂、2021)265頁。 (2) 役員報酬を暗号資産で支給する場合に検討すべき論点 役員報酬を暗号資産で支給する際、労働者性が認められる使用人兼務役員に暗号資産で報酬を支給する場合は、賃金の通貨払い原則(労基法24条)に抵触する可能性を検討すべきである。役員であれば法人との間に雇用関係が存在せず、つまりは役員報酬が労働基準法11条の「賃金」に該当しないと整理されるが、従業員であれば賃金を通貨で支払うことが必要となるからである。この点、従業員を対象として現物で給与を支払う場合には、労働協約で定めること等が必要となるが現実的ではないと思われる。したがって、役員報酬としての部分を対象とすべきという整理となるだろう。 次に、税務上の役員給与における定期同額給与への該当性を検討すべきである。暗号資産は周知のとおりボラティリティ(価格変動の度合い)が激しいため、その時々の価値が一定ではないためである。この点、税法や通達には直接明らかにする定め等が存在しない。 しかし、法人税法施行令69条1項2号や法人税基本通達9-2-11による「その役員が受ける経済的な利益の額が毎月おおむね一定であるもの」であれば、経済的利益の供与が定期同額給与として認められること、そして同通達が認められる例示として示す(2)や(4)のかっこ書き内に「毎月著しく変動するものを除く」とされていることから、日本円換算後の金額として毎月一定額を暗号資産で支給していたとしても、役員報酬のそれぞれの支給時期における暗号資産の時価がおおむね一定額であれば、直ちに定期同額給与の該当性が問題となることはないと思われる。 ほかにも、役員報酬の全額を暗号資産として支給する場合、社会保険料や源泉所得税を通貨にて徴収すべきという問題をクリアする必要があるため、現実的には暗号資産として役員報酬の全額を支給することは考えにくいだろう。 (3) 役員報酬をすべて暗号資産で支給することを公表した企業の出現 一般的に、役員報酬として法定通貨の円ではなく暗号資産を支給する場合、上記のような論点があると思われるが、令和7年7月8日、上場企業である株式会社リミックスポイントが、代表取締役社長の役員報酬全額を暗号資産であるビットコインにて支給するというプレスリリースが公表された。 当該IR情報によると、このような試みは上場企業では日本初とされ、株主総会における株主からの意見に応えるために検討された施策のようである。そして、当該IR情報の末尾には、注意書きの扱いで以下の案内がされている。 上記によれば、法人はあくまで日本円として役員報酬を支給した後、適正に源泉徴収等が行われた後の手取り額をビットコインに交換することを法人が代行し、その上で役員に支給するという運用であると予測される。当該方法であれば、上記(2)で触れた定期同額給与の問題や、源泉徴収等の問題がクリアできると思われる。 (了)