暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第54回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 23 ビットコインETFと分離課税(その7):本件分離課税特例「株式等」及び「上場株式等」 以下、日本の居住者(一般の投資家であり、米国で事業等を行っていない個人)が本信託の受益権に係る持分(本件持分)を米国の市場で購入し、譲渡した場合に、本件分離課税特例が適用されるかという点を中心に検討する。なお、本信託及びその居住者以外の関係者自体の課税関係については検討の対象外とする。 (1) 本件分離課税特例における「株式等」及び「上場株式等」の意義 居住者が、上場株式等の譲渡をした場合において、本件分離課税特例の適用があるときは、その上場株式等に係る譲渡所得等については、所得税法22条、89条及び165条の規定にかかわらず、他の所得と区分し、その年中のその上場株式等の譲渡に係る事業所得の金額、譲渡所得の金額及び雑所得の金額として一定の方法により計算した金額(上場株式等に係る譲渡所得等の金額)に対し、15%の税率で所得税が課税される(措法37の11①)。 この場合の上場株式等とは、次の①に掲げる株式等のうち、次の②のいずれかに該当するものをいう(措法37の10②、37の11②)。 (※) 店頭売買登録銘柄として登録された株式等や金融商品取引法2条8項3号ロに規定する外国金融商品市場において売買されている株式等 以上によれば、本件持分が、上記①に該当し、かつ、上記②のいずれかに該当するのであれば、本件分離課税特例の適用があるという結論に接近する。 そこで以下では、上記①➍の投資信託の受益権又は上記①➎の特定受益証券発行信託の受益権に該当するかを検討する。次いで、上記①➊の株式に該当し、かつ、上記②➊の株式等で金融商品取引所に上場されているもの及びこれに類するものに該当するかを検討する。 (2) 「投資信託の受益権」該当性 以下のとおり、本件持分は投資信託の受益権に該当しない。 ア 特定資産の意義と「投信法上の投資信託」該当性① 所得税法及び本件分離課税特例における投資信託とは、投信法2条3項に規定する投資信託及び同法2条24項に規定する外国投資信託をいう。 投信法上の投資信託とは、次に掲げる委託者指図型投資信託及び委託者非指図型投資信託をいう。投信法上の外国投資信託とは、外国において外国の法令に基づいて設定された信託で、上記投信法上の投資信託に類するものをいう(所法2①十一括弧書、十二の二、措法2①五、投信法2③㉔)。 上記の各定義にあるとおり、投信法上の投資信託とは、同法に基づき設定されるものであるところ、本信託は、デラウェア州法定信託法に基づいて設定されたものである。 したがって、本信託は投信法上の投資信託に該当しない。 また、上記のとおり、投信法の投資信託は、主として特定資産に対する投資として運用することを目的とする信託に限定されている。特定資産とは次のものをいう(投信法2①、投信法令3)。 (※) 金融商品取引法2条24項3号の2に規定する暗号等資産とは、資金決済法2条14項に規定する暗号資産又は同条5項4号に掲げるもののうち投資者の保護を確保することが必要と認められるものとして内閣府令で定めるもの(その価格の変動その他の事情を勘案して金融庁長官が定めるもの。金融商品取引法2条に規定する定義に関する内閣府令21の2)をいう。 このように、現時点では、暗号資産(決済2⑭)は上記の特定資産には含まれていない。 よって、本信託は投信法上の投資信託には該当しない。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第58回】 「中央出版事件 -旧信託法下における外国籍の孫への海外信託贈与- (地判平23.3.24、高判平25.4.3、最判平26.7.15)(その3)」 ~(平成19年改正前)相続税法4条1項、2項4号、5~9条、 (平成18年改正前)信託法1条、(平成18年改正後)信託法2条~ 税理士 中野 洋 5 評釈 (1) 争点1 信託行為該当性について、原審では、借用概念(統一説)により結論を導いている。本件の争点1~3において「信託の準拠法とされた米国州法でなく日本法を参照していることは、日本法の前提とする信託の概念を参照していると理解することもできる」(※2)という評価がある。これは、米国州法に基づく信託を、米国州法に当てはめて判断するのではなく、わが国の信託法に当てはめて判断することを妥当とするものである。さらに「本判決は、契約に用いたアメリカ州法ではなく、その契約内容を検討し、それに即した日本法を適用して本事件を解決している」(※3)と、同様に肯定的に評価する意見もある。 (※2) 田中啓之「米国州法を準拠法とする信託の受益者に対する贈与税の課税が適法とされた事例」ジュリスト1460号(2013年)9頁 (※3) 木村弘之亮「外国籍の孫への海外信託贈与」税研178号(2014年)194頁 (2) 争点2 争点2の控訴審の判示は、国側意見書を作成した佐藤英明教授の見解が色濃く反映されており、これと異なる見解は特にないように思われる(※4)。同教授は、信託法における受益権の解釈について、「現実の信託の受益まで時間的な間隔がかなりあり、また、その内容が必ずしも明確でなくても(略)信託受給権が不確定であっても信託監督的権能を行使しうる者は、信託法における受益権を有する者であって、受益者であるといいうる」(※5)と述べる。そのため、改正前(※6)の本件において、「信託受給権」の内容が不確定であっても、「信託監督的権能」が認められることから、受益者への具体的な給付が不確定な本件の裁量信託についても、「設定時」の「受益者」に課税することができる。 (※4) 佐藤英明「信託の「受益者」と所得計算について-名古屋地裁平成23年3月24日判決を題材として-」『租税法の複合法的構成 村井正先生喜寿記念論文集』清文社(2012年)113頁~128頁 (※5) 佐藤前掲(※4)書120頁 (※6) 以降、平成19年の新信託税制の導入前を「改正前」、導入後を「改正後」とする。 上記の点について、佐藤教授は、改正前相続税法4条2項4号は「信託受益権の付与自体が停止条件にかかっている場合について規定していると解するべきであり、(略)もし反対に、同号の『信託の利益を受ける権利』を狭く、信託受給権ととらえると、受益者であるが具体的な受益は受託者の裁量などの条件が附されている場合には、受託者による裁量権の行使があるごとに信託の設定に準じたみなし贈与課税がなされることになり、(略)信託受給権を条件付きにすることでみなし贈与課税を『分割』する租税回避が容易になる点に、注意が必要である」(※7)とする。 (※7) 佐藤前掲(※4)書121頁 改正前においては、停止条件が付され、受託者の裁量によって給付される信託についても、受益権の解釈により、設定時の受益者に課税することができた。では、改正後はどのような課税になるのか。この点については「贈与税を課される受益者は『受益者としての権利を現に有する者』に限定されており(略)本件のような信託は、信託設定時に『受益者としての権利を現に有する者』が存在しない『受益者等が存在しない信託』に該当し」(※8)とする見解や、同様に、本件では「受託者に信託財産の管理・運用につき裁量の余地が残されていることから、孫は受益者に該当しないものと考えられ、そこでの信託は現行法のもとでは『受益者の存しない信託』に該当する」(※9)という見解が述べるとおりである。 (※8) 宮塚久「相続税法4条1項の「受益者」該当性が否定された事例」ジュリスト1433号(2011年)53頁 (※9) 首藤重幸「信託と相続税等をめぐる問題」税務事例研究第160号(2017年)65頁 このような解釈については「『受益者』に該当するために、信託受給権の内容(又は帰属)の具体的な確定を不要とする根拠は、課税繰延べ等を防止するために、信託行為時における受益者課税を原則とする4条1項の趣旨に求められている。したがって、受益者不存在信託における受託者課税の制度が導入された、平成19年改正後の相続税法において、同じ議論が妥当するかについては、見解が分かれ得る」(※10)といった指摘もある。 (※10) 田中前掲(※2)書9頁 (3) 争点3 争点3の控訴審判示については、野一色直人教授の「課税庁の主張に沿う形で(略)受託者の裁量に着目し、(略)通達上、明示されていない要素のいずれかを満たす必要があるとしている」(※11)という批判や「明文の規定がないにも関わらず、生命保険信託について、信託に係る規定が適用されないこと、(略)公社債投資信託のように投資対象を制限した規定(所得税法2条15号等)がない」(※12)などといった指摘がある。前者は、簡潔な通達の規定等から直接導くことができない判断要素を判示した点を、後者は、租税法令上の明文規定がないままに、生命保険信託が4条1項の適用対象外とされ、生命保険契約の課税規定が適用される点について批判するものであるが、結論として生命保険信託に該当する余地があるとしている。 (※11) 野一色直人「相続税法上の生命保険信託の要素の検討-名古屋高判平成25年4月5日」税務弘報61巻10号(2013年)123頁 (※12) 野一色前掲(※11)書125~126頁 逆に、本件信託については、生命保険信託に当たらないとする見解がある。この見解では、判示と同様の要件を述べた上で「信託の受益権については、4条1項が適用されるのが原則であることから、『生命保険信託』に該当する場合は限定的に解するのが相当であると思われる。もっとも、『生命保険信託』の意義が法令上明確に定まっていないことからしても容易に結論が出される争点ではなく、詳細な事実関係の心理を踏まえて判断がなされるべきである」(※13)としている。 (※13) 仲谷栄一郎・田中良「海外の信託を利用した租税軽減策~名古屋地裁平成23年3月24日判決~」国際税務31巻9号(2011年)77頁 (4) 争点4 争点4に関する控訴審の評価は「乳児であるXの住所を判断するため、両親の住所を考慮要素に含めた結果、Xの主張と異なり、出生時から信託行為時までの事情のほか、信託行為後の事情ばかりか、出生前の事情まで考慮されることとなった(略)。ここには、事実として、両親に養育されている子の住所は、原則として、両親と同じであるという判断がある。また、両親の住所を判断するため、住居等の客観的事情のほか、渡米意図という主観的事情も考慮されている」(※14)ということになろう。 (※14) 田中前掲(※2)書9頁 また、住所判定における租税回避の意思について「武富士事件最高裁判決は、『住所』の判定において、居住意思を判断要素に入れてはならず、同様に租税軽減の目的も考慮してはならないとしている。しかし、仮に何らかの形でこれを考慮に入れるとした場合、Xの居住意思とは何かが問題となる。Xには(民法上の)意思能力がない以上、居住意思を論じるのは相当でないように思われる(略)それは新生児Xの租税軽減目的(意思)ではなく、贈与者Fの租税軽減目的(意思)である。(略)贈与者の租税軽減目的を考慮することが実態にあった課税になるという議論も考えられる」(※15)とする見解がある。 (※15) 仲谷・田中前掲(※13)書85頁 6 検討 (1) 争点1 外国法に準拠した信託が、わが国の信託法上の信託に該当するか、という点については「外国の信託に対しては、その国の信託法に基づいてあてはめる必要がある」というのが原則的な解釈方法であると思われるが(※16)、佐藤教授は「信託についていえば、おそらく、各国で『信託』と位置づけられているものの多くは、わが国の租税法上も『信託』として扱われることとなろう。なぜならば、いわゆるハーグ国際私法会議が1984年10月に採択した『信託の準拠法及び承認に関する条約』(日本は未署名)の第2条(略)の内容はわが国の信託法における定義と大枠において異なっていないからである」(※17)とする。 (※16) 武田昌輔監修『DHCコンメンタール相続税法』(第一法規・加除式)1085の9頁 (※17) 佐藤英明『信託と課税』弘文堂(2000年)230~231頁 わが国の借用概念論においては、私法におけると同義に解すべきという統一説が通説となっているが、原審における判示は、外国法に準拠した本件信託について、わが国の信託法上の解釈を示し、これを本件信託契約に当てはめるのみで、外国の信託法への当てはめを行っていない。公法である租税法を適用するにあたっては、準拠法ではなく法廷地国の私法により判断すべきということであろうか。この点については、準拠法の指定によって課税結果が異なるのは課税の公平に反すること、適用する国内法秩序との一体性と法的安定性の確保の見地から、私法上の概念を借用する場合は、わが国の私法に限定すべきとする見解がある(※18)。 (※18) 小柳誠「租税法と準拠法-課税要件事実の認定場面における契約準拠法の考察-」税大論叢39号(2002年)123~144頁 (2) 争点2 受益権の信託法上の解釈は、改正の前後を通じて変更はないが、改正後の相続税法9条の2(以下、単に「9条の2」)第1項においては、みなし贈与課税の対象となる受益者を「受益者としての権利を現に有する者」としたことから、信託法上の受益者は、受益者としての権利を「現に有する者」と「現に有さない者」に区分されることになり、信託法上の受益者に課税上の区分が設けられた(※19)。 (※19) 新信託税制の立案担当者も「課税対象者たる受益者の範囲とそれへの帰属のさせ方について重要な改正が行われています(略)受益者だから一義的に課税対象者にするといった整理ではなく」と説明(佐々木浩「信託の税制について~信託税制の基本的考え方等について~」信託239号(2009年)109頁)。 改正前後を通じて、租税法は信託法から受益者の概念を借用し、「受益者とは受益権を有する者」と解してきた(※20)。そうであれば、受益権を有さない受益者は解釈上存在し得ないところ、佐藤教授は、旧相続税法4条2項4号は、受益権の付与自体が停止条件にかかっていると解すべきとした。一方、新信託法では、停止条件が成就したときに信託の効力が生ずる旨が新たに規定された(信託法4条4項)。改正によって、4条1項の「信託行為があった時」が、9条の2の「信託の効力が生じた時」に変更されているが、その背景にはこれらの規定の明確化があったと考えられる。新信託法においては、停止条件が成就するまで信託の効力が生じないとし、同様に、9条の2第1項に関する課税庁の見解も、「受益者としての権利を現に有する者」には、停止条件が付された信託財産の給付を受ける権利を有する者は含まれないとしている(※21)。 (※20) 「改正後であっても所得税法(法人税法)、相続税法における「受益者」の解釈を変更すべき理由はない」(佐藤前掲(※4)書127頁) (※21) 加藤千博編『相続税法基本通達逐条解説(平成22年版)』大蔵財務協会(2010年)199頁 これらを前提として、改正後は、受益者としての権利を「現に有する者」は、「受益者等課税信託(9条の2)」に区分され、そうでない場合は「受益者等が存しない信託」として、「法人課税信託(法人税法2条29号の2ロ)」に区分される。法人課税信託では、受託者が管理する信託ごとに法人税法の規定が適用される。実質的には信託を法人とみなすことから、信託への財産の移転は、時価による譲渡が擬制され(所得税法59条1項)、その上、一定の要件に該当する場合には、租税回避防止の観点から、信託財産に対して贈与税が課される(相続税法9条の4)。 (3) 争点3 生命保険信託には前述の評釈のような議論があるが、ここでは本件スキームで生命保険信託が果たす税効果について検討する。本件スキームは、銀行員から「日本と米国の双方において納税の必要性が生じない信託」として勧められたものだが、要は、米国で非課税の扱いを受けさせつつ、「受贈者」と「贈与財産」をわが国の課税権から離脱させることである。そのためのツールが「入口の信託」と「出口の生命保険」である(米国における税効果は割愛する)。 入口では、委託者が何らの利益も得る可能性のない撤回不能信託を設定する。そのことで、信託財産をFの相続財産から切り離すことができる。また、生命保険信託の例外的方法のため、保険契約者を受託者Gとすることができ、一時払保険料は、Fの相続発生時の相続財産(生命保険契約に関する権利)とならない。そのため、オフバランス化しつつ、設定時の信託課税を受けない。 出口では、生命保険の活用により、贈与時期をGが保険金を受け取った時にできる。また、保険契約の締結が米国のため、受取時は国外財産となるが、贈与税の納税義務は、受取時の受益者の住所等により判定する。なお、控訴審判示は、出口での生命保険信託該当性の要件を付加している(満期等まで中途解約をしないこと。争点3の控訴審の判示参照)が、これは解約返戻金に対する租税回避を防止するためであろう。 (4) 争点4 武富士事件では香港での滞在日数が全体の約3分の2(国内滞在日数の約2.5倍)であったのに対して、本件においても、Xの出生時から信託行為時までの滞在期間で見ると、米国での滞在日数が全体の約3分の2(国内滞在日数の約2.5倍)に及んでいた。武富士事件の提訴(平成11年11月)を受けた平成12年改正により、納税義務者の範囲について、贈与者及び受贈者の贈与時点及び贈与前5年以内のいずれかの時点において、国内に住所を有していたか否かで「制限納税義務者」と「無制限納税義務者」を区分することとしたが、受贈者が日本国籍を有していないときは、受贈者が贈与時に日本国内に住所を有するかどうかのみが問題となる制度であった。そこで、贈与直前において、受贈者となるXに米国籍を取得させ、米国債を信託贈与したものである。納税義務者の範囲については、滞在日数を重視した平成23年の武富士事件最高裁判決を受けて、相続税法上の住所概念は立法により対処すべき点が明らかにされたが、本件信託行為時の税制下においては、なお国籍の有無により結果が左右される状態となっていた(※22)。 (※22) なお、平成29年度改正により、国外財産を贈与税の納税義務の範囲外とするには、国籍に関係なく、贈与者及び受贈者ともに10年超国内に住所を有しないことが必要となった。 控訴審判決では「単に子供に米国籍を取得させるために渡米していたにすぎないことなどが認められる」として、両親の主観的な贈与税回避の意思を認定し、このような主観的事由と客観的事由を総合的に勘案した判決となっている。主観的事由が、判決にどの程度影響しているのかは定かではないが、少なくとも、武富士事件最高裁判決における「一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実態を具備しているか否かによって決すべきものであり主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実態が消滅するものではない」という判示とは異なるものといえよう。 (5) 争点5 仮にXが非居住者と判定された場合、贈与財産は国外財産となるのであろうか。この点について相続税法10条では、財産の種類に応じてその所在地を規定しており(同条1項各号及び同条2項)、具体的に列挙していない財産の所在については、贈与者の住所地により判定する(同条3項)。そして、これらの判定は、財産を取得した時の現況による(同条4項)。 本件信託の財産の所在地について、仲谷、田中の評釈では2つの考え方があることを提示している。1つは、その財産が「信託受益権」とする考え方であり、もう1つは「信託財産に帰属する個々の資産」とする考え方である。すなわち、4条1項を文理解釈すると、みなし贈与された財産は「信託受益権」であるように思われるが、平成19年改正前の所得税法13条の解釈と、相続税法10条1項9号の反対解釈により、本件信託については、信託財産に帰属する個々の資産ごとに財産の所在地を判定することになる(※23)。 (※23) 仲谷・田中前掲(※13)書85頁 前者を前提とすると、相続税法10条3項が適用され、その所在地は、贈与者であるFの住所の所在地(日本)となる。しかしながら、後者により判定することになるため、信託設定時の米国債の所在地により判定し、相続税法10条2項により、財産の所在地は米国にあることになる。 7 終わりに 争点2に関連して、本稿では、他益信託に関して、改正前後を通じた信託設定時の課税について検討した。家族間という利害を等しくする当事者での信託契約は、租税軽減目的で利用されることが想定される。受益権に停止条件を付けたり、受託者の裁量により給付するようにすれば、「課税時期」と「課税額」を自由に決めることができてしまう。しかし、改正前においては、そのような租税回避に対して「受益権の」解釈により、「信託設定時」の「受益者」に課税することができた。 改正後は、停止条件や裁量が付された信託に対しては、「受益者等が存しない信託」として、信託段階における法人課税信託が適用される。ただし、委託者へのみなし譲渡益課税に加え、受益者が委託者の親族の場合等は、法人税ではなく贈与税が課される。そのため、実務上は、不確定要素などを排除し、見通しのきく範囲で信託を設定すべきこととなろう。 最後に、争点4について、先の武富士事件では、租税回避の意図を考慮に入れた控訴審判決を最高裁判決が否定した(※24)。にもかかわらず、その直後に示された本件控訴審では租税回避の意図を考慮要素の1つに入れている。両者の判決の射程が違うということであろうか。この点について武富士事件と本件を比較すると、原告は「成人した子」と「乳幼児」という違いがある。本件においては、判断能力がなく、自ら生計を営むことができない乳幼児が原告であるから、居住期間の判定に違いを設けて当然という理屈が当てはまりそうな気もする。しかしながら、両者とも租税回避を目的とした指揮・命令系統の中で行動している点では同じである。すなわち、「父の命令」で動いているのか、あるいは「祖父の意向に沿った父の判断」で動いているのかの違いであって、本質的な差異はない。 (※24) 最高裁の補足意見では「一般的な法感情の観点から(略)違和感も生じないではない」と述べているが、結局は、還付金が社会に還元されるという「そろばん勘定」により納税者勝訴となった、といえば言い過ぎだろう。判決により、巨額(還付加算金を含め約2,000億円)の還付金が生じたが、返還時において武富士には、過払金返還の集団訴訟が提起され破産整理中であった。したがって、これらの還付金は過払金の返還や債権者への弁済に充当されたものとみられる。巨額の還付金が、租税回避を意図した創業者の長男の手元に残るのであれば、果たして、このような判決が出されたであろうか。 結局のところ、相続税法において住所の定義規定を設けない限り、住所概念に租税回避の意図が斟酌される余地はないものと考えられる(※25)。租税回避の意図を考量に入れるのは租税法固有の事情によるものであることから、民法22条の住所概念には贈与税回避の意図が含まれるはずがない(※26)。したがって、この問題は、私法上における意義と同様に解すべきとする統一説による借用概念論では解決しない。 (※25) 憲法判断を下す最高裁においては、租税法律主義の要請により、厳格な私法解釈が行なわれる。したがって、民法22条の住所概念について、租税回避の意図を加味した判示がなされるはずがない。しかしながら、下級審においては、主観的な租税回避の意図をも含めた判示がなされることも考えられる。 (※26) しかしながら、「居住意思」の中に租税回避の意図を読み込んだ判示がなされる可能性はあると考えられる。仲谷栄一郎・高畑侑子「「武富士事件」最高裁判決の残した課題」国際税務31巻4号(2011年)43頁では、民法上「住所の認定につき居住意思を補充的に考慮することが認められる」としている。 (了)
有価証券報告書における作成実務のポイント 【第7回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 今回は、有価証券報告書のうち、第一部【企業情報】第4【提出会社の状況】4【コーポレートガバナンスの状況等】の作成実務ポイントについて解説する。 なお、本解説では2024年3月期の有価証券報告書(連結あり/特例財務諸表提出会社/日本基準)に原則、適用される法令等に基づき解説している。 ◎ 【コーポレート・ガバナンスの状況等】の作成実務ポイント 第4【提出会社の状況】の4【コーポレート・ガバナンスの状況等】では、提出会社の「コーポレート・ガバナンスの状況等」について分かりやすく記載する。 (1) コーポレート・ガバナンスの概要 提出会社の有価証券報告書の提出日現在のコーポレート・ガバナンスの概要を記載する。 【事例:(株)アクシージア 2024年7月期の有価証券報告書】 (2) 役員の状況 提出会社の有価証券報告書提出日現在の役員の状況を記載する。 【事例:(株)アインホールディングス 2024年4月期の有価証券報告書】 (3) 監査の状況 提出会社の監査役監査、内部監査、会計監査の状況について記載する。 ① 監査役監査の状況 ② 内部監査の状況等 ③ 会計監査の状況 【事例:(株)ツガミ 2024年3月期の有価証券報告書】 (4) 役員の報酬等 提出会社の有価証券報告書日現在の役員の報酬等について記載する。 【事例:双日(株) 2024年3月期の有価証券報告書】 (5) 株式の保有状況 提出会社の株式の保有状況について記載する。 【事例:オカダアイヨン(株) 2024年3月期の有価証券報告書】 (了)
〈ベテラン社員活躍のための〉 高齢者雇用Q&A 【第2回】 「2025年4月からの高年齢雇用継続給付の縮小による影響」 Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明 ― 解 説 ― 1 高年齢雇用継続給付とは 高年齢雇用継続給付には、定年退職後も引き続き雇用されている(失業給付(基本手当)を受給していない)方が対象となる「高年齢雇用継続基本給付金」と、退職後に失業給付を受給して再就職をした方が対象となる「高年齢再就職給付金」の2種類があります。 高年齢雇用継続給付は、原則として60歳時点の賃金(60歳到達時賃金月額)と60歳以後の賃金を比較して、75%未満に低下している雇用保険の被保険者に対して支給されます。 なお、高年齢雇用継続基本給付金を受給するには、以下の2つの要件を満たす必要があります。 支給額は、60歳到達時賃金月額と60歳以後に実際に支払われた賃金を比較した低下率に応じた支給率を、支給の対象となる月に支払われた賃金額に乗じて計算します。支給率は、現状最高15%となっており、低下率が61%以下の場合がこれに当たります。 例を挙げてご説明します。 この場合、低下率は270,000/450,000×100=60%、支給率は上限の15%となり、支給される高年齢雇用継続給付は、270,000×15%=40,500円となります。 なお、高年齢雇用継続基本給付金は、各月に支払われる賃金が376,750円(上限額)を超える場合は支給されません。また、支給額と賃金を足して上限額を超える場合には、超えた分は支給されません(上限額は、毎年8月1日に見直されます)。 2 高年齢雇用継続給付の支給率の縮小 2025年4月1日以降に60歳を迎えた方については、高年齢雇用継続給付の支給率の上限が、15%から10%に縮小されます。今後、段階的に支給率を下げ、最終的には廃止も含めて検討されることとなっています。 先ほどの例の場合、270,000×10%=27,000円の支給となり、13,500円も下がることになるのです。 なお、2025年4月1日前に60歳に到達した方(1965年4月1日生まれの方まで)は、今まで通りの支給率(上限15%)となります。 したがって、当面は賃金が同額であっても、高年齢雇用継続給付の支給額が異なるケースが出てくるということになります。 3 高年齢雇用継続給付の支給状況 実際の高年齢雇用継続給付の支給状況を見ると、2022年度の平均給付額は27,371円となっています。 【図表1】高年齢雇用継続給付の平均給付額 (出所) 厚生労働省「高年齢雇用継続給付について」 また、支給金額の分布を見てみると、30,000~34,999円の割合が1番高く(20.1%)、次いで、35,000~39,999円(18%)となっています。これを見るとやはり、賃金の補填として活用されていることが分かります。 【図表2】高年齢雇用継続基本給付金の支給金額の割合 (出所) 厚生労働省「高年齢雇用継続給付について」 4 再雇用後の賃金 これまで多くの企業において、定年再雇用後の賃金低下分に対して公的給付を賃金の補填として活用してきました。確かに以前は、高年齢雇用継続給付だけでなく、「在職老齢年金」も60代前半で支給されていましたので、賃金の補填効果はそれなりにありました。 しかしながら、現在ではほとんどの方は、「在職老齢年金」が65歳までは支給対象とならず、これに加えて、来年4月からは「高年齢雇用継続給付」の支給率の上限が15%から10%に引き下げられることから、【図表1】、【図表2】に示されている給付額に大きく影響が出ることが予想されます。 2025年4月1日以降に60歳に到達する方に対しては、公的給付による賃金の補填はますます困難な状況となってくると考えられます。 では、実際に、60歳以降の方にはどのくらい賃金が支払われているのでしょうか。 厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、2023年において、60歳から64歳の賃金は305,900円、55歳から59歳の賃金は376,400円となっています。50代後半から60代前半の賃金低下率は81.3%です。ここ3年の数字を見ても、低下率は80%程度となっています。 【図表3】50代後半の賃金と60代前半の賃金の比較 (出所) 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」をもとに作成 ちなみに、低下率が75%以上であれば、高年齢雇用継続給付の支給はありません。つまり、60歳以降の賃金は、高年齢雇用継続給付の支給がされない程度まで引き上げられているのです。 賃金を設定するにあたっては、この数値が1つの目安となるのではないでしょうか。 なお、社員が高年齢雇用継続給付の支給対象である場合には、2025年4月1日前に60歳になった方と2025年4月1日以後に60歳になった方とは支給率が異なることに注意をしなければなりません。前述の例でいうと、賃金が同額の270,000円であっても、前者のケースでは40,500円の支給が受けられますが、後者のケースでは、27,000円の支給となります。 その差額を賃金で埋めるとすると、かえって不公平感が生じることが考えられます。したがって、高年齢雇用継続給付と賃金は分けて考える必要があります。企業が支払う賃金は、あくまでも労働の対価であり、公的給付は、企業が支払うものではないということです。 5 まとめ 今後も人手不足の状況は続いていくことでしょう。人手不足は、特に中小企業にとっては、頭の痛い問題です。事業継続のためには、自社に在籍するベテラン社員に「より長い期間」にわたって「力を発揮」してもらう必要があると考えます。そのための方策の1つとして、再雇用者の賃金アップに取り組むことをお勧めします。 同時に、高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)による65歳までの雇用確保義務の経過措置(※)も、2025年3月31日をもって終了します。経過措置が終了すると、65歳まで継続雇用を希望する従業員について「希望者全員雇用」の義務が発生することになります。 (※) 経過措置とは、いきなり65歳までの雇用確保を義務付けるのではなく、一定の要件を満たした場合に、対象者を絞って(定年前までの勤務成績や健康状態などによる)段階的に雇用対象年齢を引き上げていくことを認めるものです。 60歳でゴール、その後の5年間は法律の義務に従って雇用を延長するという考え方ではなく、65歳までの雇用を見据えた制度をぜひ検討していただければと考えます。 (了)
〈2024年11月施行〉 フリーランス法のポイント 【後編】 「発注側企業における実務対応の留意点」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 【後編】では、【前編】の内容を踏まえて、取引の段階ごとに発注側企業における実務対応の留意点について解説する。 1 募集段階における留意点 発注事業者は、広告等によりフリーランスの募集を行うときは、その募集情報について、虚偽の表示または誤解を生じさせる表示をしてはならず、また、正確かつ最新の内容に保たなければならない(募集情報の的確表示義務・【前編】4参照)。 例えば、実際の報酬額よりも高い報酬額の表示(虚偽表示)、報酬額の表示があくまで一例にすぎないにもかかわらず当該報酬が確約されているかのような表示(誤解を生じさせる表示)、すでに募集を終了した広告等の表示(正確かつ最新の内容でない表示)などが的確表示義務の違反となる。 ここでいう「広告等」には、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、ホームページなどの方法による広告のほか、ファックス、電子メール、メッセージアプリなどの個別に送信する方法による広告も含まれるが(法12条1項、厚労省規則1条)、的確表示義務の対象となるのは、1つの業務委託に関して2人以上の複数人を相手に打診する場合とされているため、特定のフリーランスを個別に勧誘する電子メールを送信する場合などは対象とならない。 また、的確表示義務の対象となる「募集情報」とは、①業務の内容、②業務に従事する場所・期間・時間に関する事項、③報酬に関する事項、④契約の解除・不更新に関する事項、⑤フリーランスの募集を行う者に関する事項とされているが(施行令2条)、フリーランス法は、フリーランスの募集にあたりこれらの情報をすべて掲載することを義務付けるものではなく、募集情報として掲載する以上は的確な表示が求められるという趣旨に留まる。 なお、フリーランスをめぐるトラブルの1つとして、広告では正社員の募集と表示されていたにもかかわらず、実際に応募すると業務委託契約を提示されたというケースが多くあるが、この場合は、職業安定法違反に問われ、刑事罰の対象となるおそれがあるため、発注事業者としては特に注意が必要である(職業安定法65条9号)。 2 発注段階における留意点 発注事業者は、フリーランスに対し業務委託をした場合には、直ちに、書面または電磁的方法により取引条件を明示しなければならない(取引条件の明示義務・【前編】3参照)。 取引条件の明示は、「直ちに」行う必要があるが、業務委託をした時点でその内容を定められないことにつき正当な理由があるもの(未定事項)については、「未定事項の内容が定められない理由」および「未定事項の内容を定めることとなる予定期日」を明示する必要がある(公取委規則1条4項)。また、未定事項を定めた後は、どの未定事項に対する内容なのかを明らかにしたうえ、これをフリーランスに明示する補充の通知を行わなければならない(解釈ガイドライン第2部・第1の1(3)ケ)。 取引条件として明示すべき事項は以下の8項目であるが(法3条1項、公取委規則1条・【前編】3参照)、トラブル防止の観点から、特に留意すべき事項は、「③給付の内容」である。 フリーランス法は、フリーランスの「責めに帰すべき事由がないのに」発注事業者が受領拒否、報酬の減額、返品、不当な給付内容の変更・やり直しの各行為を行うことを禁止しているところ(法5条)、フリーランスの仕事の内容(成果物)が発注事業者の求めた内容(委託内容)に適合していないことは、フリーランスの「責めに帰すべき事由」に該当し得ることから、かかる判断の前提として、「給付の内容」が明確になっていることが重要となる。 「給付の内容」としてどこまで具体的に記載する必要があるかは、ケースバイケースの判断とならざるを得ないが、フリーランスが当該記載を見て、その内容を理解でき、発注事業者の指示に即した給付の内容を作成または提供できる程度の情報を記載することが必要であるとされている。 なお、【前編】2において述べたとおり、フリーランス法は「特定受託事業者」(組織性のない受託事業者)との間の取引に適用されるため、取引の相手方が「特定受託事業者」に該当しない場合には、取引条件の明示義務の対象とはならない。この点、取引の相手方が特定受託事業者に該当するか否か(従業員を使用しているか等)を知るためには、例えば、電子メールやSNSのメッセージ機能等を用いて相手方に質問するなど、当事者間で過度な負担とならず、かつ、記録が残る方法で確認することが望まれる。もっとも、仮に取引の相手方が事実と異なる回答をしたため、結果的にフリーランス法に違反することとなってしまった場合であっても、行政指導の対象とはなり得ることから、組織性のあることが明らかであるような場合を除き、フリーランス法が適用されるという前提で対応することが法令遵守の観点からは望ましい。 3 報酬の支払における留意点 発注事業者は、給付・役務提供の日から60日以内のできる限り短い期間内で、報酬の支払期日を定めなければならない(支払期日の設定および期日における報酬支払義務・【前編】3参照)。 報酬の支払期日が定められなかったときは給付を受領した日(即日支払い)、60日を超えて支払期日を定めたときは給付を受領した日から起算して60日を経過する日が、それぞれ報酬の支払期日と定められたものとみなされることとなるため(法4条2項)、発注事業者としては留意が必要である。 なお、発注事業者が他の者(元委託者)から受託した業務をフリーランスに再委託する場合には、当該再委託に係る報酬の支払期日は、元委託の報酬の支払期日から起算して30日の期間内において定めることができる(法4条3項)。 かかる再委託の場合の例外規定は、フリーランス法の適用対象となる比較的小規模な発注事業者(【前編】2において述べたとおり、フリーランス法には、下請法のような資本金区分が存在しない)の資金繰りに配慮したものであるが、この場合には、法3条に基づく取引条件の明示において、①再委託である旨、②元委託者の名称、③元委託業務の対価の支払期日等を明示しておかなければならない(公取委規則6条)。 ただし、元委託の報酬の支払期日に、元委託者から発注事業者に対する報酬の支払が遅れたとしても、それに伴い、再委託先であるフリーランスに対する支払期日をさらに遅らせることはできない。 4 就業環境の整備における留意点 発注事業者は、6か月以上の期間行う業務委託(継続的業務委託)について、フリーランスからの申出に応じて、当該フリーランスの育児介護等と業務の両立に対する必要な配慮を行わなければならない(育児介護等に対する配慮義務・【前編】4参照)。 配慮を実施する場合の具体例としては、妊婦健診の受診のために打合せの時間を調整したり、子の急病等により作業時間を予定どおり確保することができなくなった場合に納期を繰り下げたりするといった対応などが挙げられている(指針第3の2)。 フリーランス法は、フリーランスからの申出に対して、申出の内容を把握し、取り得る選択肢を検討したうえで、可能な範囲で配慮を実施することを求めるものであり、必ずしも申出の内容を実現することまで発注事業者に義務付けるものではない。しかしながら、例えば、従来、フリーランスへの発注は調達部署が担当していたため、フリーランスからの配慮の申出に対しても、引き続き、調達部署が窓口となって対応することとした場合に、当該部署がフリーランス法の趣旨を正しく理解し、配慮の申出に対して適切に対応できるかという懸念は残るところであり、この点は、発注事業者の組織等を踏まえて、適切に機能する体制とすることが必要となる。 5 取引終了段階における留意点 発注事業者は、6か月以上の期間行う業務委託(継続的業務委託)に係る契約の解除・不更新を行う場合には、一定の例外事由に該当しない限り、少なくとも30日前までにその予告をしなければならない(中途解除等の事前予告義務・【前編】4参照)。 例外事由の1つとして、フリーランスの「責めに帰すべき事由」が認められる場合には、30日前の事前予告をせずに即時解除することが可能であるが、ここでいう「責めに帰すべき事由」とは、業務委託に関連して盗取、横領、傷害などの刑法犯等に該当する行為があった場合や業務委託契約に定められた給付および役務を合理的な理由なく全くまたはほとんど提供しない場合など、法的保護に値しない程度に重大または悪質な場合に限定されているため(解釈ガイドライン第3部・4(4)エ)、発注事業者としては留意が必要である。 なお、フリーランスとの間で締結される業務委託契約上の解除条項に該当する場合であっても、当該解除条項に定める解除事由が、上記の「責めに帰すべき事由」に該当する内容となっていない場合には、当該解除についても事前予告が必要となる。 (連載了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第31回】 「紅麹関連製品による健康被害と問題公表の遅延(上)」 弁護士 原 正雄 K製薬は1919年に設立され、東京証券取引所プライム市場に上場し、医薬品や医薬部外品などを製造販売する企業である。 K製薬は、紅麹を用いて「悪玉コレステロールを下げる」機能性表示食品(本件製品)を販売していたが、2024年1月中旬以降、相次いで「本件製品を摂取した顧客に腎障害等が発生した」との連絡を受けた。後に判明したことだが、紅麹の培養タンクに青カビが混入し、腎毒性のある天然化合物「プベルル酸」が生成されたことが原因であった。 K製薬が本件製品を回収するとリリースしたのは、3月22日である。既に最初の症例連絡から2ヶ月強が経過していた。そうしたこともあり、本件との関連が疑われる被害は、医療機関を受診した者2,556名、入院516名、死亡397名にまで拡大した(2024年10月20日付K製薬からの速報値)。また、結果として代表取締役会長が辞任し、代表取締役社長も代表を降りて補償担当の取締役へと降格となった。 K製薬では、なぜ迅速なリリースができなかったのか。K製薬が設定した事実検証委員会の2024年7月22日付「調査報告書」に基づいて分析する。 1 K製薬の紅麹事業 (1) 紅麹事業の開始と発展 K製薬が紅麹事業を開始したのは、2016年6月、G社から紅麹事業を譲り受け、製造と品質管理の人員を引き継ぎ、製造設備を大阪工場に移設してからのことである。 2018年5月、K製薬は、本件製品の前身となる製品の販売を開始した。2021年4月からは「機能性表示食品」として本件製品の販売を開始した。 紅麹事業の売上は順調に推移し、大阪工場で当初16台であった紅麹培養タンクは2023年末までに19台に増設された。2024年に製造ラインを和歌山工場に移設した際は、24台に増設された。紅麹事業の売上は6億3,594万円で、一般消費者向け(BtoC)事業であるヘルスケア事業部「食品カテゴリー」の売上の約 3.75%を占めるに至った。 (2) 混入(コンタミネーション)の発生 紅麹原料と本件製品の製造プロセスは、以下のとおりである。 もっとも、K製薬では、紅麹原料の製造ラインの品質管理は、品質管理グループの担当者1名にほぼ一任されていた。生産能力の強化後は人手不足が常態化し、明確な異常がない限り当該担当者から特段の情報共有はなされなかった。その結果、以下のとおり腎毒性のある天然化合物「プベルル酸」生成の可能性が生じた際も、特段の報告はされなかった。 2023年9月、後に問題となる原料のロットが本件製品として成型、包装された(厚生労働省ウェブサイトより)。その後、同製品は出荷され、消費者のもとへと流通することになった。 2 症例の把握 2024年1月15日、お客様相談室は、A医師から「急性腎不全」(症例①)の連絡を受けた。A医師は、以下のとおり指摘した。 2月1日、お客様相談室は、B医師から「尿細管間質性腎炎」3件(症例③④⑤)の連絡を受けた。B医師は、以下のとおり指摘した。 症例①③④⑤は医師からの連絡で、内容も「腎障害」と共通しており、具体性が高かった。その他、通信販売部が消費者から連絡を受けていた症例②⑥も加えると、K製薬は、1月15日から2月1日までの約半月で6件もの腎障害の症例連絡を受けた。 K製薬は、これまでわずか約半月で医療機関から重篤な症例連絡を4件も受けたことはなかった。本件製品に関して重篤な健康被害の連絡を受けたこともなかった。 3 「シトリニン」仮説と「モナコリンK」仮説の検討 (1) 3つの仮説 2024年2月5日、信頼性保証本部は、上記症例報告を受けて部内の臨時ミーティングを実施した。同ミーティングでは、原因について以下の3つの仮説が立てられた。 A)に関しては、紅麹菌には腎毒性のカビ毒「シトリニン」を生成するものが存在することが理由である。B)に関しては、紅麹の有用成分「モナコリンK」はコレステロール値を低下させるが、副作用として「横紋筋融解症」が報告されており、急性腎不全を併発し得ることが理由である。 なお、注意喚起の要否については、特段の議論はされていない。K製薬は、消費者の安全を最優先に考えることができていなかった。 (2) 「混入(コンタミネーション)の可能性は低い」との判断 翌6日、信頼性保証本部長は、社長に本件を報告した。 本件製品は2023年末に大阪工場での製造を終了し、2024年1月から和歌山工場で製造が開始されていた。品質保証監査部は、C)混入(コンタミネーション)の可能性を調査するため、和歌山工場の品質管理グループ担当者に以下の確認を依頼した。 並行して、外注先に対しても原料上の変化点につき確認依頼をした。 もっとも、確認対象に、設備の故障といった事故の有無は含まれていなかった。また、製造過程の問題など製造の実態については確認を依頼しなかった。その結果、いずれも「特段の変化点は認められなかった」との回答であった。信頼性保証本部は「C)製造過程での混入(コンタミネーション)の可能性は低い」と判断した。 その後、2024年3月中旬に「ピークX」が発見されるまで、本件製品に腎毒性のある天然化合物「プベルル酸」が混入(コンタミネーション)したことは発見されなかった。 (3) 2月13日付GOM ① GOMについて K製薬は、重要事項について審議、報告、協議を行う経営執行会議「グループ執行審議会」(GOM、Group Operation Meeting)を設置している。GOMは、社長、事業部長、常勤監査役などによって構成され、原則として月4回開催される。本件に関する議論も、基本的にはGOMで行われた。 もっとも、GOMでは多数の事項が付議され、1つの事項に十分な時間をかけることが困難であった。資料も直前に送付されることがほとんどであった。 ② GOMにおける本件の報告 2024年2月13日、定例のGOMで本件が報告された。専務や常勤監査役を含む多くの参加者は、ここで初めて本件を認識した。 原因に関しては、上述のとおり、C)混入(コンタミネーション)仮説は「製造方法などに特段の変化点が認められなかった」として優先的な検討対象から外され、A)シトリニン仮説とB)モナコリンK仮説が優先的な検証対象とされた。 また、必要に応じて行政報告を行う方針が確認された。 ③ 本件製品の回収について 上記GOMでは、社長が「安全性を軽視した対応はあり得ない。調査結果次第では回収・終売の可能性もある」旨を発言した。 もっとも、K製薬は、製品回収判断フロー・製品回収規定を制定していたが、それらには因果関係が不明の場合の定めがなかった。そのため、因果関係が不明な段階では、回収が必要との判断に至らなかった。 また、信頼性保証本部は、上記GOMの資料に本件製品の売上・利益などを記載して回収にはデメリットがある旨を示唆していた。信頼性保証本部が、製品の品質を維持して安全を担保するという役割を十全に果たせていたかは疑問が残る。 ④ 危機管理本部について 上記GOMでは、専務が「このような症例が3件も同時に発生する可能性は低い。警戒レベルを上げるべき」と指摘した。 もっとも、K製薬は危機管理規程において「重大な製品事故や大規模な回収が発生すると予想される場合」に危機管理本部を設置する旨を定めていたが、危機管理本部を設置すべきとの議論はなされなかった。 (4) 会長への報告 2月14日、信頼性保証本部長は、会長に「本件製品の摂取者に腎障害による入院症例が連続で発生した」と報告した。 会長が広告中止とモナコリンK減量を求めたのに対し、中央研究所長と食品カテゴリー長は「広告は継続方向」「モナコリンKの配合量は下げる方向」と回答した。 (5) 2月20日付GOM 2月20日の定例GOMで「分析対象からはA)シトリニンは検出されなかったので、B)モナコリンKが原因である可能性が高まった」と報告された。 上記2回のGOMに参加した常勤監査役は、翌21日、監査役会で社外監査役2名に本件を説明した。社外監査役2名は本件を初めて認識し、10分弱の議論がなされた。 (6) ここまでの状況 以上のとおり、本件の原因は、C)プベルル酸の混入(コンタミネーション)であったが、K製薬はそのことに気付かないまま、他の仮説の検証ばかり行っていた。そして、その間、消費者への注意喚起や行政報告をすべきとの議論はほとんどされなかった。 (次回に続く)
プラス思考の経済効果 【第29回】 「2024年の大谷選手の社会的現象としての経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに ドジャースに移籍した大谷翔平選手は、2024年のシーズン開幕時から大変な事件に巻き込まれて、大きな精神的プレッシャーを受けたと想像されます。しかし、そのプレッシャーを短期間ではねのけて笑顔を絶やさず球史に残る活躍を続けています。 2024年の大谷選手は、投手としての登板はなく、打者としてのみ出場しましたが、数々の記録を塗り替えていきました。そして、史上初のホームラン50本、盗塁50の「50-50」を超えるホームラン54本、盗塁59、打率3割1分、打点130という空前絶後の成績を残しました。 本稿ではドジャース移籍初年度の1年間の打者としての大谷選手の経済効果を推定しました。 分析の結果は以下の通りです。 2 2024年の経済効果 大谷選手の経済効果の計算の基になる直接効果として、以下の12項目を考察します。 (1) アメリカ国内の直接効果 ① ドジャー・スタジアムとビジターでの他球団の球場における観客増加による消費増加額 (ア) 本拠地のドジャー・スタジアムにおける観客増加数 今年は大谷選手の活躍で394万1,251人の観客を集めました。対前年比で10万4,172人の観客が増加しています。 (イ) ビジターでの観客増加数 さらに、ビジターでも大谷選手が出場する対ドジャース戦の試合では、ドジャース以外とのチームの試合と比べて1試合平均で約3,500人の観客増加をもたらしていると言われていますので、約28万3,500人の観客増加となりました。 (ウ) ドジャー・スタジアムのホームゲームでの観客増加による消費増加額 ドジャー・スタジアムでの入場料、飲食費、駐車場代、グッズ代は、アメリカチーム・マーケティング・レポートが2023年に発表した「Fan Cost Index of MLB teams in 2023」のデータに物価上昇分を加えると、4人家族(大人2人、子供2人)で約5万1,178円となります。この金額を用いると、ドジャースのホームゲームでの観客増加による消費増加額は、約13億3,283万円となります。 (エ) ビジターゲームでの観客増加による消費増加額 ビジターゲームでの入場料、飲食費、駐車場代、グッズ代は、前述の「Fan Cost Index of MLB teams in 2023」のデータに物価上昇分を加えると、4人家族(大人2人、子供2人)で約3万9,499円となります。この金額を用いると、ビジターゲームでの観客増加による消費増加額は、約27億9,949万円となります。 以上の分析の結果、ホームゲームとビジターゲームの観客増加による消費増加額は合計で、約41億3,232万円となります。 ② プレーオフ、ワールドシリーズでの観客の消費増加額 ドジャースがプレーオフ(5試合のディビジョンシリーズ、7試合のリーグチャンピオンシップシリーズ)、ワールドシリーズ(7試合)に出ると仮定すると、同様の計算で約97億1,194万円の観客の消費があり、そのうち約3割が大谷選手の効果であると想定すると、約29億1,358万円となります。 ③ 大谷選手の年俸 大谷選手のドジャースとの契約は、10年契約で約7億ドル(契約時のレートで約1,015億円)であると言われています。しかし、大部分は後払いされ、最初の年である2024年は約3億円が支払われるだけです。 ④ 大谷選手のスポンサー契約料(エンドースメントによる収入) 大谷選手とドジャースのスポンサー契約はうなぎのぼりです。2024年のはじめにスポンサー契約を結んでいるのは約20社であり、合計約111億2,180万円のスポンサー契約料がドジャースと大谷選手に入ってきていると考えられています。 ⑤ 大谷選手による放映権収入 今年のNHKとMLBの契約を約124億5,760万円とし、このうち大谷選手の放映分を約9割とすると、MLBが大谷選手の活躍により日本から得ている放映権収入は、約112億1,184万円であると推定されます。 ⑥ 大谷選手のグッズの売上高 大谷選手のグッズの売上はMLBでトップクラスであり、今後MVPの獲得やプレーオフやワールドシリーズでの活躍が上乗せされれば、少なくとも約20億円の売上が期待されています。 ⑦ 球場などへの日米企業の広告料 大谷選手がドジャースに移籍した影響で、ドジャースはドジャー・スタジアムにより多額の広告費用を得ることになります。今年は約100億円と想定されています。 ⑧ コマーシャル契約をしている海外企業の売上増加額 大谷選手は日米の企業とコマーシャルなどの契約をしています。これらの海外企業の売上増加額を約20億円と仮定します。 ⑨ 大谷選手関係のボールなどのグッズのネット販売金額 大谷選手の50-50のホームランボールが競売にかけられて、億単位の金額が付いています。その他、大谷選手の記念の品物のネット販売額は約10億円と仮定します。 (2) 日本国内の直接効果 ① 大谷選手応援観戦ツアーの売上高 大谷選手の大活躍を応援観戦に行くツアーの参加者は、2024年において約1万人と言われています。JALなどの旅行・観光会社が主催する観光付きの観戦旅行は1人当たり60~100万円ですので、1人当たりの旅行金額を約70万円とすると、総額約70億円となります。 ② 大谷選手のグッズの売上高 日本における大谷グッズの売上は、ファンの多いドジャースで大活躍したことにより、過去最高の約4億円になると想定します。 ③ コマーシャル契約をしている日本企業の売上増加額 日本において、大谷選手がコマーシャルに出演している企業の数は非常に多いです。その企業は、ネームバリューが上がり、信用度が高まって、商品やサービスの売上が伸びています。2024年の大谷選手がコマーシャルに出演している日本企業の売上増加額を20億円と仮定します。 (3) アメリカと日本における大谷選手の直接効果の総額一覧 アメリカと日本における大谷選手の直接効果の総額は、下記の通り約540億7,954万円となります。 〈2024年の大谷選手の項目別直接効果〉 3 2024年の大谷選手の経済効果 大谷選手のドジャースへの移籍初年度(2024年)の直接効果は約540億7,954万円となります。これを基にして、2024年のドジャースにおける大谷選手の経済効果を産業連関分析で算出すると、以下のように約1,168億1,181万円となります。 〈2024年のドジャースにおける大谷選手の経済効果〉 4 まとめ 2024年に名門ドジャースで大活躍してワールドシリーズに出場したときの大谷選手の経済効果は、約1,168億1,181万円になります。このような社会的現象を産み出すアスリートは世界に類を見ないでしょう。 (了)
《速報解説》 金融庁、「企業内容等開示ガイドライン」を改正 ~有報提出期限の延長承認理由にサイバー攻撃等を追記~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年10月25日、金融庁は、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正を公表した。 これにより、2024年7月3日から意見募集されていた改正案が確定することになる。改正案に対して、特段の意見はなかったとのことである。 これは、「有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い」について改正するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 「有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い」(企業内容等開示ガイドライン24-13)において、次のことを明確化する。 やむを得ない理由に、サイバー攻撃等により財務諸表もしくは連結財務諸表を作成するために必要なデータを取得できないことや、延長承認を必要とする理由を証する書面等において、発行者が申請する新たな提出期限の妥当性に係る監査法人等の見解を記載した書面について規定している。 Ⅲ 適用時期等 2024年10月25日付けで適用する。 (了)
2024年10月24日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.591を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〔令和6年度税制改正における〕 賃上げ促進税制の拡充及び延長等 【第1回】 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに わが国の経済政策において「賃上げ」が主要な項目に掲げられ、それを促進するための租税特別措置としていわゆる「所得拡大促進税制」が導入されてから既に10年を超えた。この税制は、過去を振り返って十分な賃上げ効果を促進してきたのであろうか。 一言、それは「否」と言うことであろう。現時点においてなお「賃上げ促進税制」が存在し、さらに直近、令和6年度の税制改正においてさらなる拡充・延長措置が盛り込まれたことは、引き続き賃上げを促進するための租税特別措置が必要とされていることの証左である。賃上げこそがわが国経済の好循環をもたらす起点であり、これを何としても促進したい。今般の税制改正からはそのような強い姿勢を感じるのである。 そのようなことで、平成25年度の税制改正によって創設された「所得拡大促進税制」は、数次の改正を経て「賃上げ促進税制」(令和6年度税制改正後)として現在まで存続しているところである。現行税制は、制定当初の制度設計とはおよそ異なるものであり、改正経緯を追跡するよりも現行税制の内容をあらためて整理し周知することが重要であると考える。 本稿は、令和6年度税制改正により抜本的に改組された「賃上げ促進税制」の全体像について解説するものである。本稿がきっかけとなって、実際に「賃上げ促進税制」の適用を促進することになることを願うばかりである。 なお本稿は法人税に係る租税特別措置を対象とするものであり、所得税に係る租税特別措置については言及していない。また、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であって、所属するいかなる組織・団体の公式見解を表明したものではない点についてあらかじめ申し添える。 2 制度の概要(令和6年度税制改正対応) 本税制は、国内雇用者に対する給与等支給額を増加させた場合に、その増加額に基づき算定された一定額を法人税額から控除することができる制度であり、租税特別措置法第42条の12の5においては「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除」との見出しが付されているところ、実際には、適用法人の規模に応じて以下の3種類の制度が用意されている。 ここで留意しなければならないのは、法人の規模によって適用すべき制度が一意に定まらないということである。すなわち、大企業向けの税制(第1項の税制)はすべての企業(青色申告法人)が適用可能であるのに対し、中堅企業については(第1項の税制に加えて)第2項の税制、中小企業者等については(第1項又は第2項の税制に加えて)第3項の税制の選択適用が可能、という制度設計になっているのである。 これら代替的な税制(第2項・第3項の税制)は、第1項の税制と比較して適用要件の緩和や税額控除限度額の拡大等の措置が含まれていることから、合理的な中堅企業及び中小企業者等であれば、特段の事情がない限りは第2項又は第3項の税制を選好して適用することとなり、その反射として、大企業のみが第1項の税制を適用するという状況に落ち着くものと考えられる。 以上の整理を踏まえ、本稿では便宜的に、第1項の制度を「大企業向け」、第2項の制度を「中堅企業向け」、第3項の制度を「中小企業者等向け」と分類して、これ以降の説明を進めていくこととする(下表参照)。 3 会社分類 前項で触れた「大企業」「中堅企業」「中小企業者等」の範囲はどのように定められているのであろうか。まずは本税制が想定する3種類の会社分類について簡単に整理しておくこととしよう。 本税制の適用対象は「資本金の額(又は出資金の額。以下本稿では特に断りのない限り単に「資本金の額」と称す)」又は「常時使用従業者数」の2つの軸を用いて「大企業」「中堅企業」「中小企業者等」の3つに区分される。このとき「大企業」は積極的に定義されるものではなく、「中堅企業又は中小企業者等に該当しない企業」として位置付けられる点に注意したい。 大企業:第1項の税制を適用する企業 「中堅企業」及び「中小企業者等」に該当しない企業が該当する。 うち、以下の条件に該当する企業にあっては、適用要件がさらに追加される(マルチステークホルダー方針公表・届出要件)。 中堅企業:第2項の税制を適用する企業 資本金の額にかかわらず、常時使用従業員数が2,000人以下の企業が該当する。 うち、以下の条件に該当する企業にあっては、適用要件がさらに追加される(マルチステークホルダー方針公表・届出要件)。 ところで「中堅企業」というのは法律上定義された用語ではない。対応する法律用語は「特定法人」である。 特定法人に該当するかどうかは、原則として、適用事業年度末における当該法人の常時使用従業員数が2,000人以下であるかどうかで判定することとなるが、当該法人と支配関係にある法人がある場合には、その支配関係にある他の法人の常時使用従業員数との合計数による追加判定が必要となり、その合計数が10,000人を超えると特定法人に該当しないこととされる(措法42の12の5⑤十)。なお、支配関係のある法人に海外子法人(外国法人)がある場合も、当該海外子法人の常時使用従業員数も含めたうえで常時使用従業員数の合計数を算出することとなる。 支配関係のある他の法人の常時使用従業員数を合計する必要があるのは、当該法人を頂点とした縦の支配関係(いわゆる「親子関係(※1)」)に限られ、いわゆる「兄弟関係(※2)」にある法人は合算対象にならない点に留意が必要である(下図参照)。 (※1) 一の者が法人の発行済株式等の総数等の50%超の株式等を直接又は間接に保有する関係(法法2十二の7の五) (※2) 一の者との間に当事者間の支配の関係がある法人相互の関係(法法2十二の7の五) 〈特定法人判定フローチャート〉 ここで、特定法人の具体的な判定プロセスについて、下図のような法人グループを前提に整理してみよう。 出典:経済産業省『「賃上げ促進税制」御利用ガイドブック(令和6年8月5日公表版)』p.4より抜粋 最初に、それぞれの法人の常時使用従業者数が2,000人以下であるかどうかを判定する(一次判定)。この結果、法人E(常時使用従業員数5,000人)及び法人F(常時使用従業員数9,000人)はこの時点で特定法人に該当しないこととなり、その他の法人(A、B、C、D)は、それぞれの常時使用従業員数は2,000人以下であるから、いったんは特定法人の定義を満たしうる状況である。 次に、支配関係のある他の法人の常時使用従業員数を合算した数が10,000人以下であるかどうかの判定を行う(最終判定)。上図の法人グループでは、以下の2つの「縦の支配関係」を観念することができる。 これより、法人A及び法人Cにあっては、支配関係にある他の法人の常時使用従業者数を合算したところで特定法人に該当するかどうかを判定することとなり、その他の法人(B及びD)については、単独の常時使用従業者数で判定することとなる。 以上2段階の判定を踏まえ、特定法人となるのは法人B及び法人Dの2社である(下表参照)。 (※3) 法人A 1, 000人 + 法人B 1,900人 + 法人C 1,900人 + 法人D 1,900人 + 法人E 5,000人 + 法人F 9,000人 中小企業者等:第3項の税制を適用する企業 資本金の額が1億円以下の企業が該当する(みなし大企業、適用除外事業者を除く)。 以上を踏まえ、3種類の税制の適用関係を整理すると下図のようになる。下図において「全企業向け」と表現されているのは第1項の税制のことであるので留意されたい。 出典:経済産業省「賃上げ促進税制」特設ページ (【第2回】に続く)