特定居住用財産の買換え特例[一問一答] 【第4回】 「「買換えの特例」の譲渡価額要件(1億円以下)の判定④ (店舗兼住宅等の譲渡で居住用部分が90%以上である場合)」 -譲渡価額要件の判定- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、本年の8月に店舗兼住宅及びその土地(いずれも所有期間が10年超で居住期間は10年以上)を、建物1,000万円、土地1億円で譲渡しました。 当該建物及び土地の利用状況が下図のとおりである場合、「特定の居住用財産の買換えの特例(措法36の2)」における譲渡価額要件(1億円以下)を満たすこととなるのでしょうか。 なお、当該譲渡した建物及び土地と一体としてXの居住の用に供されていた他の建物又は土地等の譲渡はありません。 A (1) 居住用部分が90%以上である場合の取扱い(措通31の3-8(店舗等部分の割合が低い家屋))により、居住用部分を100%として特例の適用を受ける場合には、譲渡価額要件を満たさないことになります。 110,000千円 × 100% = 110,000千円 > 100,000千円 (2) 居住用部分が90%以上である場合の取扱い(措通31の3-8(店舗等部分の割合が低い家屋))によらず、居住用部分を90%として特例の適用を受ける場合には、譲渡価額要件を満たすこととになります。 110,000千円 × 90% = 99,000千円 < 100,000千円 ●○●○解説○●○● 「買換えの特例」は、譲渡に係る対価の額が1億円以下であることがその要件の1つとされています(措法36の2①かっこ書)。 ところで、譲渡した資産の居住用部分の判定に関しては、その譲渡資産が店舗兼住宅及びその敷地の場合で、その居住の用に供している部分がそれぞれ当該家屋又は当該土地等のおおむね90%以上である場合には、当該家屋又は土地等の全部がその居住の用に供している部分に該当するものとして取り扱って差し支えないとされています(措通31の3-8(店舗等部分の割合が低い家屋))。 そして、上記通達に準じて当該家屋又は当該土地等の全部をその居住の用に供している部分に該当するものとして取り扱うときは、当該家屋又は当該土地等の全体の譲渡価額により判定することとされています(措通36の2-6の2(譲渡に係る対価の額が1億円を超えるかどうかの判定)(2)ただし書)。 したがって、A(1)のとおり、譲渡資産全体について特例の適用を受ける場合には、譲渡資産の譲渡に係る対価の額が1億円を超えることとなるため、譲渡価額要件を満たさないことになります。 一方、措通31の3-8の取扱いによらず、A(2)のとおり、居住の用に供している部分と居住の用に供していない部分とを区分し、居住の用に供している部分のみについて特例の適用を受ける場合には、居住の用に供している部分に対応する譲渡に係る対価の額は99,000千円となることから、譲渡要件を満たすこととなります。 (了)
~税務争訟における判断の分水嶺~ 課税庁(審理室・訟務官室)の判決情報等掲載事例から 【第13回】 「子会社に対する債権放棄は子会社支援損ではなく寄附金に当たるとされた事例」 税理士 佐藤 善恵 (※) ( )内の青色文字は、略称設定であり、以下その略称を使用する。 〔概要等〕 本件の原告(X社)は、その完全子会社(本件子会社)に対して有する債権を放棄したところ(本件債権放棄)、原処分庁から、本件債権放棄の額は、法人税法37条の「寄附金の額」に該当するため、損金算入限度額を超える部分は損金不算入であるとして法人税の更正処分等を受けた。 これに対して、X社は、債権放棄の額は、寄附金の額に当たらない等として、更正処分等の取消しを求めて争った。 争点は、次の4つであるが、ここでは、②について取り上げる。 〔判断基準〕 親会社から子会社に対する支援であっても、その支援によって親会社が便益を受けていないようなときは、その支出には対価性がないとして「寄附金」となる。この点、実務上は、法人税基本通達9-4-1(子会社等を整理する場合の損失負担等)及び9-4-2(子会社等を再建する場合の無利息貸付け等)の定めにより、その支援に係る損失負担が損金となるか否かを判断することになる。 (参考) 法人税基本通達9-4-2 本件についても裁判所は、同通達9-4-2の定めは、債権放棄に経済合理性があるか否かを判断する基準として相当なものである(※)ことを認めている。その上で、具体的な判断枠組みとして、次の2つの要件を挙げている。 ① 本件債権放棄の必要性(業績不振の子会社等の倒産を防止するためにやむを得ず行われたものか) 及び ② 本件債権放棄の合理性(合理的な債権計画に基づくものか) (※) 裁判所は、この通達の法的根拠として法人税法37条7項を挙げる。すなわち、資産又は経済的な利益の贈与又は無償の供与であっても「広告宣伝費及び見本品の費用その他これらに類する費用並びに交際費、接待費及び福利厚生費とされるべきもの」を寄附金から除くと定めていることに鑑み、支出の費用性が明白なものであれば、寄附金の額に算入しないと解せられるという理由付けをしている。 《コメント》 双方、法人税基本通達9-4-2を判断基準の基礎とすることに関しては争いがなかったが、課税庁の主張は、その具体的検討項目として、国税庁HPの質疑応答事例(※)に挙げられている検討項目を前提としている。 一方、X社の主張は、本通達の本文が挙げる要件(①子会社等の倒産防止のためにやむを得ず行われるものであること。つまり「必要性」、②合理的な再建計画に基づくものであること。つまり「合理性」)は、同通達の「相当な理由」の有無の判断基準としての例示であり、必ずしもこれらの要件を充足しなければならないわけではないとの前提をおいている。 (※) 国税庁(質疑応答事例)「合理的な整理計画又は再建計画とは」 〔裁判所の判断〕 ① 本件債権放棄の必要性について 本件子会社は、帳簿上は債務超過の状態が続いていたが、親会社であるX社と共有で保有している土地に含み益があり、その時価を考慮すると実質的には債務超過の状態にあったとはいえず、また、証拠からみてその資金繰りがひっ迫していたとも認められない。 そして、X社は、貸倒引当金の計上を回避するために本件債権放棄をしたというが、それが客観的な経済合理性を有する判断であったということができない以上、本件債権放棄が業績不振の子会社等の倒産を防止するためにやむを得ず行われたものであるとして、その必要性があったとは認めることができない。 ② 本件債権放棄の合理性 ・・・事実関係からみて、X社が本件子会社に対してした本件債権放棄は、これを決議した時点において支援額を確定し得ないものであったということができ、X社において、本件子会社の再建管理を適切に行うことができる前提を欠くものであったといわざるを得ない。したがって、本件債権放棄は、合理的な再建計画に基づくものであるとして、相当性があると認めることもできない。 ③ まとめ 以上のとおり、原告がその子会社である本件子会社に対してした本件債権放棄について、業績不振の子会社等の倒産を防止するためにやむを得ず行われたものであるかという必要性及び合理的な再建計画に基づくものであるかという相当性をいずれも認めることができない以上、これらを総合的に判断すれば、本件債権放棄に経済合理性(相当な理由)があるということはできない。 したがって、本件債権放棄の額は、法人税法37条1項の「寄附金の額」に当たるものであると認められ、本件法人税における所得金額の算定に当たり、同項の損金算入限度額を超える額について、損金に算入することは認められない。 《コメント》 裁判所は、債権放棄の①必要性及び②合理性に照らして判断したところ、①必要性に関しては、本件子会社が実質的には債務超過状態ではなかったという事実が認定できたこと、②合理性に関しては、本件債権放棄を決議した時点では、具体的な支援額を確定できる状況にはなかったという事実を認定し、判断基準には合致しないと結論づけた。 〔判断の分水嶺〕 X社は通達が掲げる要件を必ずしも充足する必要はないとの立場であったが、裁判所はその枠組みには乗っていないという点が最初の分水嶺である。 そして、通達の解釈「債権放棄の必要性及び合理性」が必要であるとの判断基準を明確にした上で、本件の事実関係がこれらの基準に当たらなかったということが、最終的な判断の分水嶺となったものである。 〔本判決が示唆するもの〕 実務上、子会社支援損については、国税庁の質疑応答事例や本件通達に照らして判断されることが一般的だが、いずれの判断枠組みを採用したとしても、表面的な言葉にのみ捉えられるのではなく、法の趣旨に立ち返って検討することが重要である。 なお、課税庁の判決情報のコメントを一部紹介する。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q34】 「外国のパートナーシップを通じて有価証券投資を行う場合の必要経費」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 1 パートナーシップからの所得区分 【Q33】の通り、個人投資家がパートナーシップを通じて得る所得には、株式等の譲渡に係る所得をはじめとして利子所得や配当所得等の様々な所得があります。このうち、株式等の譲渡に係る所得については、それらが「株式等の譲渡に係る譲渡所得(株譲渡所得)」、「株式等の譲渡に係る雑所得(株雑所得)」又は「株式等の譲渡に係る事業所得(株事業所得)」のいずれに該当するのか、という問題があります。 その点について、租税特別措置法取扱通達37の10・37の11共-2(株式等の譲渡に係る所得区分)では、当該株式等の譲渡が営利を目的として継続的に行われているかどうかにより判定することとされています(【Q21】参照)。 国税庁事前照会事例において、ベンチャー投資等を行う投資組合についての所得区分の考え方が以下の通り記載されています。 2 個人投資家における投資組合の運営経費等の税務上の取扱い 照会事例では、上記の①から⑥の要件を満たし、当該組合から発生した株式等の譲渡に係る所得が株雑所得等に該当する場合における組合で発生する経費について、以下の通り規定しています。 3 本件へのあてはめ 上記の照会事例は投資事業有限責任組合及び民法上の任意組合を通じた株式投資についてのものですが、任意組合等に類似する外国パートナーシップに対しても適用して差し支えないものと考えられます。 したがって、外国パートナーシップが上記①から⑥の要件を満たす場合には、株式等の譲渡により生じる所得は株雑所得又は株事業所得に該当し、パートナーシップで発生する運営経費を必要経費として所得計算上控除することができると考えます。 なお、これにより計算された株雑所得等の適用税率は、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)となります。 (了)
被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔税務面(所得税)のアドバイス〕 【第2回】 「源泉所得税の取扱い①」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 被災時における源泉所得税の取扱いのうち、被災した個人からの徴収猶予又は還付、被災した源泉徴収義務者の納税の猶予及び納付期限の延長について、以下に解説する。 【1】 被災者した個人からの徴収猶予又は還付 (1) 措置の概要 給与、公的年金等、報酬又は料金の支払いを受ける個人が、災害により住宅又は家財に損害を受け、一定の要件に該当することとなった場合には、被災者本人の申請に基づき源泉所得税及び復興特別所得税の徴収猶予又は還付を受けることができる(災免法3②③④⑤、災免法令3の2)。 被災した役員又は従業員が、給与に係る源泉所得税及び復興特別所得税について、徴収猶予又は還付を受ける場合の取扱いは次の通りである。 (2) 徴収猶予又は還付を受けることができる要件 ①又は② (※) 「災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律(所得税関係)の取扱方について(昭和27.7直所1-101)」より (3) 徴収猶予される金額、還付される金額 〈(2)①の場合〉(災免法3②③④、災免法令3の2) (表1) 〈(2)②の場合〉 災害による損害金額について雑損控除の適用を受けることができると認められる場合には、被災者本人の申請に基づき、徴収猶予限度額(※)に達するまでの金額について源泉所得税及び復興特別所得税の徴収猶予を受けることができる(災免法3⑤、災免法令9、10)。 (※) 徴収猶予限度額とは 災害による住宅又は家財の損害金額がその住宅又は家財の価額の50%未満、又はその年分の合計所得金額が1,000万円を超えるときには、上記(表1)の措置を適用することはできない。しかし、雑損控除の適用を受けられる場合であれば、こちらの措置を適用することができる。 (4) 申請の方法 源泉所得税及び復興特別所得税の徴収猶予や還付を受ける場合の手続は、次の通りである(災免法令4、5、6、8、10)。 (5) 年末調整との関係 源泉所得税及び復興特別所得税の徴収猶予や還付を受けた人は、年末調整の対象とならないため確定申告をする必要がある(災免法3⑥)。したがって、徴収猶予や還付を受けた場合には、確定申告で雑損控除や災害減免法による所得税の軽減免除の特例を適用し、税額の精算を行うことになる。 【2】 被災した源泉徴収義務者の納税の猶予、納付期限の延長 (1) 納税の猶予 災害により源泉徴収義務者がその財産につき相当な損失を受けたときには、納付すべき源泉所得税及び復興特別所得税のうち一定の要件に該当するものは、納税が猶予される(通則法46①、通則法令15①)。 なお、上記②の「納税の猶予申請書」を提出すると、所轄税務署長より以下の通知が行われる(通法47①②)。 (2) 納付期限の延長 災害その他やむを得ない理由により、国税に関する法律に基づく申告、申請、請求、届出その他書類の提出、納付等が期限までにできないと認められるときは、災害等の理由のやんだ日から2ヶ月以内の範囲で、その期限が延長される(通法11)。 この延長には、地域指定によるものと個別指定によるものがある。 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第34回】 「ヤフー・IDCF事件最高裁判決②」 公認会計士 佐藤 信祐 前回では、ヤフー・IDCF事件最高裁判決について検討を行った。本稿では、本判決が他の租税回避の否認手法に影響を与える可能性があるか否かについて検討を行うこととする。 1 租税回避の否認手法 【第3回】で解説したように、拙著『組織再編における包括的租税回避防止規定の実務』2-27頁(中央経済社、平成21年)では、租税回避に対する否認手法として、以下の分類に基づいて解説を行った。 このうち、(1)①、③、(2)①は、事実認定と法令解釈が重要になる。そして、(1)②は、包括的租税回避防止規定の解釈が同族会社等の行為計算の否認に影響を与えるかどうかが問題となる。さらに、(2)②についても同様のことが言える。 2 事実認定に対する影響 【第19回】で解説したように、事実認定は、あくまでも真実の事実関係を追及すべきものであって、課税するために都合の良い事実関係を創造するものではない。そのため、制度趣旨を踏まえたうえでの事実関係の解釈には自ずと限界がある。その結果、実質主義を採用したとしても、私法上の法律構成による否認を採用したとしても、ヤフー・IDCF事件の射程は及ぼすべきではない。無論、【第24回】で解説したように、租税回避の意図があれば、表面的な法律構成と真実に意図している法律構成が異なる可能性が高いということは言えるが、それのみをもって否認できるわけではないと考えられる。 3 法令解釈に対する影響 ヤフー・IDCF事件は、制度趣旨を踏まえたうえで法令解釈をすべきであるという点が強調されたという意味で、極めて重要な判決であると言える。制度趣旨を踏まえた法令解釈は当たり前の話ではあるが、法令解釈には、文理解釈のみならず、拡張解釈、縮小解釈、反対解釈などの論理解釈もあり得る。実務上、過剰な文理解釈が強調される実務家もいるが、本来であれば、拡張解釈、縮小解釈、反対解釈などの論理解釈も検討する必要があろう。 4 課税減免規定の限定解釈に対する影響 【第29回】では、課税減免規定の限定解釈について解説を行った。繰り返しになるが、清水一夫教授は、課税減免規定の限定解釈を適用するための要件として、①本件取引に当該税法規定を適用することが、その立法趣旨を著しく逸脱する結果となることの評価根拠事実、②取引自体に経済的実質が認められないこと、③濫用の意図(租税回避目的以外に、本件取引を行った目的が存しないこと)を挙げられていた(※1)。 (※1) 清水一夫「課税減免規定の立法趣旨による『限定解釈』論の研究」税大論叢59号314頁(平成20年) 結果だけ見れば、ヤフー・IDCF事件最高裁判決が示した包括的租税回避防止規定と同様に、制度趣旨に反することや、制度の濫用という点が重視されている。その意味でも、ヤフー・IDCF事件最高裁判決が課税減免規定の限定解釈に影響を与える可能性は否定できない。むしろ、ヤフー・IDCF事件最高裁判決をそのまま課税減免規定の限定解釈に当てはめた方がすっきりと整理することができる。 本来であれば、同族会社や組織再編成に限定せずに、一般的否認規定を定めた方が望ましく、条文に明文規定が存在しない課税減免規定の限定解釈論を持ち出すのはそろそろ限界が来ていると思われる。しかし、当面の間は、ヤフー・IDCF事件最高裁判決が示した包括的租税回避防止規定の射程範囲と同様のことが、課税減免規定を濫用することにより生じる場合には、同様の否認が行われる可能性があるという点は留意する必要があろう。 5 同族会社等の行為計算の否認に対する影響 今村隆教授は、同族会社等の行為計算の否認について、経済合理性基準が確立していることから、今さら、濫用基準に変更することには問題があるとされている(※2)。ヤフー・IDCF事件の東京地裁判決、東京高裁判決を基礎とするならば、今までの同族会社等の行為計算の否認に対して積み重ねられてきた裁判例とは大きく異なることも一因であると考えられる。 (※2) 今村隆『租税回避と濫用法理』217頁(大蔵財務協会、平成27年)242頁 しかし、最高裁判決を見てみると、経済合理性や事業目的等から制度の濫用が行われたか否かを判断しており、同じような解釈が同族会社等の行為計算の否認でも可能ではないかと思われる。なぜなら、同族会社が行う租税回避であったとしても、制度の濫用を意図していることに疑いはない。しかし、具体的な濫用の有無は、①経済合理性がないかどうか、②事業目的がないかどうか等を考慮したうえで行わざるを得ない。そのため、非同族対比説ではなく、経済合理性基準説が用いられていたという事実がある。 そのような背景を考えると、同族会社等の行為計算の否認についても、ヤフー・IDCF事件最高裁判決と同様の解釈をすべきであり、かつ、そのように解しても支障がないと思われる。 次回は本連載の最終回として、租税回避の定義についてまとめることとする。 (了)
平成29年3月期決算における会計処理の留意事項 【第3回】 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅴ マイナス金利 企業会計基準委員会より平成29年1月27日に実務対応報告公開草案第51号「債券の利回りがマイナスとなる場合の退職給付債務等の計算における割引率に関する当面の取扱い(案)(以下、「実務対応報告51号」という)」が公表された。 実務対応報告51号では、退職給付債務、勤務費用及び利息費用(退職給付債務等)の計算において、割引率の基礎とする安全性の高い債券の支払見込期間における利回りがマイナスとなる場合に、割引率の下限をマイナスとするのか、ゼロとするのかについて「当面の取扱い」を示している(実務対応報告51号1)。 1 会計処理 退職給付債務等の計算において、割引率の基礎とする安全性の高い債券の支払見込期間における利回りが期末においてマイナスとなる場合、利回りの下限として、ゼロを利用する方法とマイナスの利回りをそのまま利用する方法のいずれかの方法による(実務対応報告51号2)。実務的には、継続性の観点から、前期に選択した方法と同様の方法を選択することが必要になると考えられる。 2 適用時期 実務対応報告51号は、平成29年3月31日に終了する事業年度から平成30年3月30日に終了する事業年度に限って適用する(実務対応報告51号3、16)。 平成30年3月31日以後に終了する事業年度については、企業会計基準委員会において、引き続き検討が行われる(実務対応報告51号16)。 Ⅵ 在外子会社等の会計処理の改正 企業会計基準委員会より平成28年12月22日に、実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社の会計処理に関する当面の取扱い(以下、「実務対応報告18号」という)」及び実務対応報告第24号「持分法適用関連会社の会計処理に関する当面の取扱い(以下、「実務対応報告24号」という)」の改正案である、実務対応報告公開草案第49号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い(案)(以下、「改正実務対応報告18号」という)」及び実務対応報告公開草案第50号「持分法適用関連会社の会計処理に関する当面の取扱い(案)(以下、「改正実務対応報告24号」という)」が公表された。 1 改正実務対応報告第18号 (1) 改正点 実務対応報告18号が公表されたときには、国内子会社が国際財務報告基準を適用することは想定されていなかった。また、実務対応報告18号が在外子会社に国際財務報告基準の利用を認めた趣旨を踏まえ、指定国際会計基準に準拠した連結財務諸表を作成して、金融商品取引法に基づく有価証券報告書により開示している国内子会社が改正実務対応報告18号の対象範囲に含められている(改正実務対応報告18号 平成XX年改正)。 同様に、企業会計基準委員会が公表した「修正国際基準」を国内子会社が適用する場合に関しても、改正実務対応報告18号の対象範囲に含める(改正実務対応報告18号 平成XX年改正)。 上記の国内子会社を改正実務対応報告18号の対象範囲に含めたことから、改正実務対応報告18号の表題が、「連結財務諸表作成における在外子会社の会計処理に関する当面の取扱い」から「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い」に変更されている(改正実務対応報告18号 平成XX年改正)。 (2) 適用時期 改正実務対応報告18号は、平成29年4月1日以後開始する連結会計年度の期首から適用する。ただし、改正実務対応報告18号の公表日以後、適用することができる(改正実務対応報告18号 適用時期等(5))。 なお、改正実務対応報告18号の適用初年度の前から国内子会社が指定国際会計基準又は修正国際基準に準拠した連結財務諸表を作成して金融商品取引法に基づく有価証券報告書により開示している場合において、適用初年度に「連結決算手続における在外子会社等の会計処理の統一」の当面の取扱い(※1)を適用するときは、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として取り扱う(改正実務対応報告18号 適用時期等(5))。したがって、原則、遡及処理及び注記が必要となる(企業会計基準第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準(以下、「遡及基準」という)」6(1)、7、10)。 2 改正実務対応報告24号 (1) 会計処理 実務対応報告24号が公表されたときには、国内関連会社が国際財務報告基準を適用することは想定されていなかった。また、実務対応報告24号が在外関連会社に国際財務報告基準の利用を認めた趣旨を踏まえ、改正実務対応報告24号では、国内関連会社が指定国際会計基準に準拠した連結財務諸表を作成して金融商品取引法に基づく有価証券報告書により開示している場合、当面の間、改正実務対応報告18号に準じることができる(改正実務対応報告24号 平成XX年改正)。 同様に、「修正国際基準」を国内関連会社が適用する場合に関しても、当面の間、改正実務対応報告18号に準じることができる(改正実務対応報告24号 平成XX年改正)。 (2) 適用時期 改正実務対応報告24号は、平成29年4月1日以後開始する連結会計年度の期首から適用する。ただし、改正実務対応報告24号の公表日以後、適用することができる(改正実務対応報告24号 適用時期等(4)、改正実務対応報告18号 適用時期等(5))。 なお、改正実務対応報告24号の適用初年度の前から国内関連会社が指定国際会計基準又は修正国際基準に準拠した連結財務諸表を作成して金融商品取引法に基づく有価証券報告書により開示している場合において、適用初年度に「持分法適用会社の会計処理の統一」の当面の取扱い(※2)を適用するときは、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として取り扱う(改正実務対応報告24号 適用時期等(4))。したがって、原則、遡及処理及び注記が必要となる(遡及基準6(1)、7、10)。 Ⅶ リスク分担型企業年金 確定給付企業年金法施行令の一部を改正する政令(平成28年政令第375号)及び確定給付企業年金法施行規則(以下、「施行規則」という)等の一部を改正する省令(平成28年厚生労働省令第175号)が平成29年1月1日に施行されている。 この改正により、給付額の算定に関して、施行規則第25条の2に規定される調整率(積立金の額、掛金額の予想額の現価、通常予測給付額の現価及び財政悪化リスク相当額(通常の予測を超えて財政の安定が損なわれる危険に対応する額。以下同じ)に応じて定まる数値)が規約に定められる企業年金である「リスク分担型企業年金」が創設されている。 リスク分担型企業年金は、確定給付企業年金、確定拠出企業年金に続く「第3の企業年金」とも言われている。 1 リスク分担型企業年金 2 実務対応報告第33号「リスク分担型企業年金の会計処理等に関する実務上の取扱い」 1 リスク分担型企業年金 リスク分担型企業年金は、事業主がリスクへの対応分も含む固定の掛金を拠出することにより、一定のリスクを負い、また、財政バランスが崩れた場合(積立不足が生じた場合)には給付の調整を行うことで加入者も一定のリスクを負うことで、リスクを分担する仕組みである。 確定給付企業年金の場合、今までは、財政バランスが崩れた場合(積立不足が生じた場合)、企業が全ての負担を負い、そして、財政バランスが崩れた(積立不足が生じた)時に負担を負っていた。そのため、企業が一時点で負う負担が大きかった。 リスク分担型企業年金では、企業だけでなく、従業員も負担を負う。また、企業が、財政バランスが崩れた場合(積立不足が生じた場合)に備えて拠出する掛金も一時に負担するのではなく、毎期、負担できるようになる。 具体的な特徴は、以下のとおりである(実務対応報告第33号「リスク分担型企業年金の会計処理等に関する実務上の取扱い(以下、「リスク分担実務」という)」等の公表【参考資料】を一部変更)。 (1) リスク分担型企業年金には、基本的に標準掛金相当額、特別掛金相当額、リスク対応掛金相当額の3つの掛金がある。リスク対応掛金相当額が新たに創設された掛金である。 「標準掛金相当額」とは、給付に要する費用に充てるため、事業主が将来にわたって平準的に拠出する掛に相当する額である。別の表現をすると、算定基礎となる率(予定利率、予定死亡率、予定脱退率等)に基づき計算される掛金の額である。 「特別掛金相当額」とは、年金財政計算における過去勤務債務の額に基づき計算される掛金に相当する額である。言い換えると、過去期間分の積立不足の償却にかかる掛金に相当する。 「リスク対応掛金相当額」とは、財政悪化リスク相当額(下記(2)参照)に対応するために拠出する掛金に相当する額である。 (2) 財政悪化リスク相当額は、事業主が拠出するリスク対応掛金相当額及び毎事業年度における財政状況に応じた加入者等への給付の調整額によって分担され、各々の範囲は労使合意により「あらかじめ」定められる。 (3) 各期のリスク対応掛金相当額は、あらかじめ定めた期間で均等に拠出する方法、一定の幅の範囲内で拠出する方法又は未拠出額に一定の割合を乗じた金額を拠出する方法のうち、いずれかの方法で計算される。 いずれの方法においても、リスク対応掛金相当額の各期における拠出額又は拠出額の算定に用いる一定の割合があらかじめ規約に定められる。 (4) リスク分担型企業年金における各期の掛金額として、リスク分担型企業年金を導入するときの財政計算において、標準掛金相当額、特別掛金相当額及びリスク対応掛金相当額を合算した額が規約に定められる。 (5) 財政計算時(少なくとも5年ごとに行われる)に財政悪化リスク相当額、給付現価及び掛金収入現価は再計算されるが、新たな労使合意に基づく規約の改訂がない限りは、当初に規約に定められた掛金は見直されない。 (6) リスク分担型企業年金における受給者への給付額は、既存の確定給付企業年金と同様に加入者期間又は当該加入者期間における給与の額等に基づいて算定された金額に、財政状況に応じた調整率を乗じて算出される。 例えば、積立金と掛金収入現価の合計が給付現価を下回る(上回る)場合は、一を下回る(上回る)調整率を乗じることで給付額が減額(増額)調整される。当該調整率は、財政計算時及び毎事業年度の財政決算時に見直しが行われる。 リスク分担型企業年金は、毎事業年度における財政状況に応じて定まる調整率による調整を通じて、自動的に給付額が増減して財政の均衡が図られるように制度設計されている。 【リスク分担型企業年金のイメージ図】 2 実務対応報告第33号「リスク分担型企業年金の会計処理等に関する実務上の取扱い」 (1) 会計処理 リスク分担型企業年金では、以下の会計処理等の検討が必要である。 ① 分類 ② 掛金の会計処理 ③ 退職給付制度間の移行に関する会計処理 ④ 注記 ① 分類 退職給付会計上、退職給付は確定給付制度と確定拠出制度に分類される。そのため、リスク分担型企業年金では、まず、確定給付制度と確定拠出制度のいずれに分類されるかを検討する。 リスク分担型企業年金のうち、企業の拠出義務が、給付に充当する各期の掛金として、規約に定められた標準掛金相当額、特別掛金相当額及びリスク対応掛金相当額の拠出に限定され、企業が当該掛金相当額の他に拠出義務を実質的に負っていない(※)ものは、確定拠出制度に分類する(リスク分担実務3)。上記以外のリスク分担型企業年金は、確定給付制度に分類する(リスク分担実務4)。 なお、確定給付制度に分類されるリスク分担型企業年金の会計処理及び開示については、退職給付に関する会計基準等に従うことになるため、リスク分担実務において、当該会計処理及び開示の取扱いを示していない(リスク分担実務21)。 (※) 実際に発生することは稀と想定されるが、ある事業年度において積立金の額が零となることが見込まれる場合に、当該事業年度中における給付に充てるために必要な掛金(施行規則第64条の規定に基づき拠出される掛金で、実務上、特例掛金と称されることがある)の拠出に関する事項を規約にあらかじめ定め、規約に定められた標準掛金相当額、特別掛金相当額及びリスク対応掛金相当額に追加して当該掛金を拠出することがあり得ると考えられる。 この場合、企業は、規約に定められた標準掛金相当額、特別掛金相当額及びリスク対応掛金相当額の他に拠出義務を実質的に負っているか否かを判断することが求められるが、将来拠出する他の掛金を減額することで、掛金の現価相当額の総額が変わらないように拠出する旨を規約にあらかじめ定める場合を除いては、企業は追加的な拠出義務を実質的に負っていると考えられる(リスク分担実務18)。 確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金については、直近の分類に影響を及ぼす事象が新たに生じた場合、リスク分担実務3、4に従い、会計上の退職給付制度の分類を再判定する(リスク分担実務5)。 (注) 確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金が、分類の再判定の結果、確定給付制度に分類されることとなった場合の会計処理が論点としてある。この点について、リスク分担型企業年金を導入している企業がリスク分担実務の公表時には存在しない中、このような場合が実際にどの程度生じるか不明であることや、本論点に係る会計上の取扱いを示すためには、退職給付に関する会計基準における会計処理全般の検討に波及する可能性があることから、当該取扱いについては、今後の運用状況等も勘案し、必要に応じて検討される(リスク分担実務22)。 ② 掛金の会計処理 確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金については、規約に基づきあらかじめ定められた各期の掛金の金額(リスク分担実務10(3)に基づき未払金等として計上した特別掛金相当額を除く(下記、③(ⅲ)参照))を、各期において費用として処理する(リスク分担実務7)。 ③ 退職給付制度間の移行に関する会計処理 確定給付制度に分類される退職給付制度から確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金に移行する場合、退職給付制度の終了に該当する(リスク分担実務9)。この場合、以下の(ⅰ)から(ⅳ)の会計処理等を検討する。 (ⅰ) 退職給付債務 リスク分担型企業年金への移行の時点で、移行した部分に係る退職給付債務と、その減少分相当額に係るリスク分担型企業年金に移行した資産の額(注)との差額を、損益として認識する。移行した部分に係る退職給付債務は、移行前の計算基礎に基づいて数理計算した退職給付債務と、移行後の計算基礎に基づいて数理計算した退職給付債務との差額として算定する(リスク分担実務10(1))。 (注) 既存の退職給付制度に退職給付信託が設定されている場合、確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金への移行は、確定拠出年金への移行と同様に取り扱うと考えられる(実務対応報告公開草案第47号「リスク分担企業年金の会計処理等に関する実務上の取扱い(案)」等に関するコメント 5.主なコメントの概要とその対応(以下、「コメントの概要とその対応」という) No.21)。 したがって、既存の退職給付制度に退職給付信託が設定されている場合、当該退職給付信託は確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金に設定できないことから、当該退職給付信託は取り崩すか、移行されなかった部分があれば、未移行部分の年金資産として残すことになると考えられる。 (ⅱ) 未認識過去勤務費用及び未認識数理計算上の差異 移行した部分に係る未認識過去勤務費用及び未認識数理計算上の差異は、損益として認識する。移行した部分に係る金額は、移行した時点における退職給付債務の比率その他合理的な方法により算定する(リスク分担実務10(2))。 (ⅲ) 特別掛金相当額 上記(ⅰ)及び(ⅱ)で認識される損益の算定において、リスク分担型企業年金への移行の時点で規約に定める各期の掛金に特別掛金相当額が含まれる場合、当該特別掛金相当額の総額を未払金等として計上する(リスク分担実務10(3))。 未払金等として計上される特別掛金相当額が重要な場合は、追加情報に該当するかどうかを検討することになると考えられる(コメントの概要とその対応 No.27)。 (ⅳ) 表示 上記(ⅰ)から(ⅲ)で認識される損益は、原則として、特別損益に純額で表示する(リスク分担実務10(4))。 ④ 注記 確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金では、以下の事項を注記する(リスク分担実務12)。 【1】 「企業の採用するリスク分担型企業年金の概要」 例えば、以下の内容を記載する。 (ⅰ) 標準掛金相当額の他に、リスク対応掛金相当額があらかじめ規約に定められること (ⅱ) 毎事業年度におけるリスク分担型企業年金の財政状況に応じて給付額が増減し、年金に関する財政の均衡が図られること (注) なお、リスク分担型企業年金は新たな企業年金であるため、現時点においては、当該制度の特徴について注記する一定の意義があると考えられるが、将来的に内容が周知された場合は、企業が簡略な記載に見直すことも考えられる(リスク分担実務31)。 【2】 「確定拠出制度に分類されるリスク分担型企業年金に係る退職給付費用の額」 リスク分担実務第7項に基づき、費用処理した額(上記②参照)を確定拠出制度に係る退職給付費用の額として注記する。 【3】 「翌期以降に拠出することが要求されるリスク対応掛金相当額及び当該リスク対応掛金相当額の拠出に関する残存年数」 規約に定められる所定の方法によりあらかじめ定められた、翌期以降に拠出することが要求されるリスク対応掛金相当額及び当該リスク対応掛金相当額の拠出に関する残存年数を注記する。 (2) 適用時期 リスク対応実務は、平成29年1月1日以後適用する(リスク分担実務13)。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第17回】 「株主資本等変動計算書は『下段』で間違いやすい」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例17-1】 項目の名称が数字と整合していないものがある。 【事例17-1】は、連結計算書類の連結株主資本等変動計算書です。 この中に1ヶ所だけ間違いがあります。 どこだかわかりますか? 内容的には、そんなに難しくはありません。 しかし、見つけにくいところかもしれません。 では、ヒントを出しましょう。 上の段と下の段をよく見比べてください。 2 間違いが起きる場所は決まっている さっそく、答えを見てみましょう。 上の解答のとおり、連結株主資本等変動計算書の下段の方で項目名に誤りがありました。「親会社株主に帰属する当期純利益」となっていたところは、「親会社株主に帰属する当期純損失」としなければならないというものです。 数字を見ると、そのことがわかります。 上段の「親会社株主に帰属する当期純損失」と「利益剰余金」の交わるセル(黄色いセル)が△38となっていて、当年度において損失を計上していることがわかりますね。 したがって、項目名は「親会社株主に帰属する当期純利益」ではなく、「親会社株主に帰属する当期純損失」としなければならないのです。 この連結株主資本等変動計算書の作成者も、それぐらいのことはわかっていたと思います。なぜなら、上段の方は「親会社株主に帰属する当期純損失」となっているからです。 ただし残念ながら、下段の方で間違えてしまいました。 その原因は、この決算書の作成プロセスを考えてみるとわかります。 おそらく作成者は、連結株主資本等変動計算書の一般的な作成例(あるいは自社の前年度のフォーム)を見ながらフォームを用意したはずです。その後、当年度の数字を入力していきますが、いざ数字を入力する段階になって、当年度においては「親会社株主に帰属する当期純損失」となっていることに気がついたのでしょう。そこで上段の方だけは「利益」を「損失」に書き換えたものの、下段の方を書き換え忘れてしまったのではないでしょうか。 実は、株主資本等変動計算書(連結・個別)の下段部分というのは、間違いが発生しやすい箇所なのです。 株主資本等変動計算書(連結・個別)という決算書は、もともと横長のフォームであり、それを縦長の用紙に掲載するために途中で分断して2段書きにする会社が多いです。その場合、普通は上段の方から作成し始めるため、下段の作業に移るころには作成者の注意力が低下し始めます。 したがって、下段で間違いが起こりやすいのです。 3 類似事例の紹介 下段で間違いが起きた事例をもう一つ紹介します。 【事例17-2】 下段の項目の中に、削除し忘れているものがある。 この連載ではすでに、株主資本等変動計算書(連結・個別)について頻繁に起こるミスを【第4回】でご紹介しています。不要な行や列を削除し忘れてしまうというミスです。【事例17-2】はまさしくそれですね。ただし、ここでは下段の方だけでそのミスが起きています。 【事例17-2】は典型的なリサイクル・ミスです。 前年度においては「自己株式の取得」が行われたけれども、当年度においてはそれがなかったため、前年度のフォームをコピーして当年度用に使用するに際して「自己株式の取得」という行を削除しなければならないのですが、それを忘れてしまったというミスです。 この作成者は、上段の方では適切に削除したようですが、下段の方で削除し忘れてしまったのです。 4 上段と下段の整合性をチェックすべし 以上のとおり、株主資本等変動計算書(連結・個別)は下段の方で間違いが起きていないか、十分に注意する必要があります。 基本的には、上段と下段の項目名が一致しているかどうかをチェックすることで、ミスの防止につながります。 上段と下段が整合していない例としては、次のようなものもあります。 【事例17-3】 上段と下段の表現が不一致となっている。 【事例17-3】は、下段の「連結会計年度中の変動額」を「当連結会計年度変動額」としなければならないという事例です。 内容的には見ればわかることなので、このままでも問題はありませんが、もともと横長の一続きの表を二段書きにしているという経緯を考えると、上段と下段で別の表現になっているというのはおかしいです。 このようなミスにもぜひ気をつけてください。 〈今回のまとめ〉 株主資本等変動計算書(連結・個別)の作成、チェックに際しては、「下段でミスが起こりやすい」ということを覚えておくと、ミスの防止・発見に役立ちます。 (了)
〔経営上の発生事象で考える〕 会計実務のポイント 【第14回】 「連結納税グループに新規加入があった場合」 仰星監査法人 公認会計士 渡邉 徹 1 決算日以外の日に連結納税に加入した場合の法人税等の調整 《解説》 会計上は、支配獲得日が四半期会計期間の末日以外の日である場合には、前後のいずれかの四半期会計期間の末日等に支配獲得が行われたものとみなして処理することが認められている(四半期財務諸表に関する会計基準16項)。しかし、税務上はこの取扱いが認められていない。そのため、会計期間と法人税法上の事業年度が異なる場合がある。 この場合には、連結損益計算書に含まれる当該子会社の損益(課税所得)と法人税等を期間的に対応させるために、連結損益計算書に含まれない期間の法人税等を控除する必要がある。 本ケースでは、P社がA社株式を実際に取得したのは×29年5月1日だが、会計上は第1四半期末である×29年6月30日を株式取得日(支配獲得日)としている。税務上は、実際の株式の取得日である×29年5月1日から連結納税に加入したとして取り扱われたとする。 この場合、会計上A社の損益のうち連結の対象となるのは第2四半期以降の期間に係る損益(【図1】「期間B」参照)となり、実際の株式取得日から第1四半期末までの期間(【図1】「期間A」参照)に係る損益は連結の対象外となる。 一方で、A社の課税所得のうち連結納税の対象となるのは実際の株式取得日から事業年度末(【図1】「期間A+B」)までの期間となる。したがって、連結損益計算書上の法人税等は、申告書ベースの連結法人税等の額から、実際の株式取得日から第1四半期末までの期間(【図1】「期間A」参照)に対応するA社の法人税等の額を控除した金額となるように調整する必要がある。 【図1】 (※) 会計上、期間Aに対応するA社の法人税等については、連結損益計算書に含まれるA社の損益(課税所得)と法人税等を期間的に対応させるために控除する必要がある。 2 連結納税加入前の繰越欠損金に係る繰延税金資産の取扱い 《解説》 連結納税子会社が単体納税制度時に有していた税務上の繰越欠損金のうち、一定の要件(【図2】参照)を充たす場合には、連結納税への加入後も引き続き税務上の繰越欠損金の控除(特定連結欠損金)の適用を受けることが可能である。 一方、連結納税子会社が特定連結子法人(法人税法第81条の9第2項第1号、【図2】参照)に該当しない場合には、連結納税への加入により当該連結納税子会社の税務上の繰越欠損金は切り捨てられることになる。これは、連結納税制度加入前に連結子会社が有していた単体納税時代の繰越欠損金を利用した過度の節税を防止する趣旨であると考えられる。 本ケースにおいてA社は新規に外部から取得した子会社であり、特定連結子法人に該当しないので、A社が単体納税制度時に有していた税務上の繰越欠損金は、連結納税への加入により切り捨てられることになる。 なお、特定連結子法人が連結納税に持ち込んだ税務上の繰越欠損金の控除(特定連結欠損金)の適用は、その持ち込んだ連結子法人の個別所得金額を限度として繰越控除され、連結親法人や他の連結子法人の所得から控除することはできない。 【図2】 特定連結子法人(連結グループへの加入の場合) (1) 連結親法人又は連結子法人により設立された100%子会社 (2) 適格合併に係る被合併法人が長期保有していた100%子会社でその適格合併により連結親法人の100%子会社となったもの (3) 連結子法人が適格三角株式交換により発行済株式の全部を保有することとなった法人 (4) 適格合併に係る被合併法人が長期保有していた100%子会社でその適格合併により連結親法人の100%子会社となったもの (5) 適格株式交換に係る株式交換完全子法人が長期保有していた100%子会社でその適格株式交換により連結親法人の100%子会社となったもの (6) 法令の規定に基づく株式の買取り等により100%子会社となったもの (法人税法第61条の12第1項、2項) 【図3】 3 連結納税加入時の連結納税子会社の資産の時価評価 《解説》 法人税法の規定により、原則として全ての内国法人である完全子会社は連結納税への加入に伴い、時価評価対象資産を時価評価しなければならないが、一定の子会社(【図4】)については時価評価の対象外となる。 【図4】 時価評価の対象外となる子会社 (1) 株式移転完全子法人(実質親法人) (2) 5年超保有子法人 (3) 100%グループ法人により設立された100%子法人 (4) 連結納税開始前5年以内の適格株式交換による株式交換完全子法人 (5) 連結納税開始前5年以内に法令の規定による単元未満株式等の買取により、100%子法人となった子法人 (6) 連結納税開始前5年以内の適格合併等による被合併法人等の長期保有子法人等 (7) 完全支配関係を有してから2ヶ月以内にその完全支配関係を有しなくなる法人 (法人税法施行令第14条の8、法人税法第122条の12第1項) 本ケースにおいては、A社は新規に連結グループ外部から取得した子会社であるため、【図4】の時価評価の対象外となる子会社(【図4】)には該当しない。よって税務上、A社は連結納税への加入に伴い、時価評価対象資産を時価評価する必要がある。また、会計上の資本連結手続による評価差額の計上を行う必要がある。 以下では、A社の時価評価に伴う会計処理について、連結納税主体であるP社と連結納税子会社であるA社に分けて解説していく。 (1) 連結納税主体(P社)における一時差異等 会計上の資本連結手続による時価評価差額は、P社によるA社の支配獲得日において、取得した株式に係るA社の資産及び負債を時価することにより生じる(連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針11項)。 一方で、連結納税へ新規加入する場合の税務上の時価評価は、時価評価対象資産(【図5】)に限定される。 本ケースでは、会計上の資本連結手続による評価差額(200百万円)と税務上の連結納税への加入に伴う時価評価対象資産に係る評価差額(150百万円)には50百万円(【図6】)の差額が生じており、当該差額が連結納税主体であるP社の一時差異等となる。 (2) 連結納税子会社(A社)の個別財務諸表における一時差異等 連結納税へ加入する場合であっても、会計上は連結納税加入直前事業年度における連結納税子会社(A社)の個別財務諸表において、税務上の時価評価対象資産(【図5】)に係る評価損益の計上は認めらない。 したがって、会計と税務で収益の帰属年度が相違するため連結納税制度に新規加入する場合における連結納税子会社(A社)の時価評価対象資産の時価評価損益は、A社の財務諸表上の一時差異(【図6】)に該当し、税効果の対象となる。 【図5】 連結納税加入時の時価評価対象資産 【図6】 A社の資産の時価評価損益 4 譲渡損益調整資産に係る損益の繰延による税効果の認識 《解説》 (1) 連結納税主体(P社)における税効果会計 法人税法の規定により、完全支配関係にある法人グループ内で取引された資産損益調整資産(【図7】)に係る譲渡損益については、繰り延べられることになる。連結納税グループは親法人とその親会社の国内の100%子会社により構成されるので、当然に譲渡損益調整資産の課税の繰延制度の適用がある。しかし、連結財務諸表を作成する段階において、連結グループ会社間の取引は原則として相殺消去される。よって、連結財務諸表においては、譲渡損益調整資産に係る譲渡損益が税務上の課税所得と会計上の税引前当期純利益に与える影響に差異はないため(一時差異は生じない)、繰延税金資産及び繰延税金負債は認識されない。 本ケースにおいて、×30年4月1日に子法人であるA社は親法人であるP社に対して帳簿価額100百万円の土地を120百万円で売却している。税務上、当該取引に係る土地の譲渡益20百万円は譲渡損益調整資産の課税の繰延制度により、譲渡した事業年度である×31年3月期の課税所得とはならないが、P社が当該土地をグループ外部へ150百万円で売却した×32年3月期の課税所得となる(当該土地の販売に係る連結納税グループの課税所得への影響+50百万円(P社:30百万円、A社:20百万円)。 一方で会計上は、連結会社間の取引は相殺消去されるので、当該の土地の譲渡損益は譲渡した事業年度である×31年3月期の利益とはならず、P社が当該土地を連結グループ外部へ150百万円で売却した×32年3月期の利益となる(当該土地の販売に係る連結納税グループの税引前利益への影響+50百万円)。 以上のように、連結財務諸表においては、譲渡損益調整資産に係る譲渡損益が税務上の課税所得と会計上の税引前当期純利益に与える影響に差異はないため(一時差異は生じない)、繰延税金資産及び繰延税金負債は認識されないこととなる。 (2) 連結納子会社(A社)における税効果会計 法人税法の規定により、完全支配関係にある法人グループ内で取引された資産損益調整資産(【図7】)に係る譲渡損益については、繰り延べられることになる。連結納税グループは親法人とその親会社の国内の100%子会社により構成されるので、当然に譲渡損益調整資産の課税の繰延制度の適用がある。よって、税務上は譲渡調整資産に係る損益は譲渡した事業年度には益金とならない。 一方で、会計上は譲渡した事業年度の利益になる。このため個別財務諸表においては、譲渡損益調整資産に係る譲渡損益が税務上の課税所得と会計上の税引前当期純利益に与える影響に差異があるため(一時差異が生じる)、繰延税金資産及び繰延税金負債は認識される。 上記のように、税務上は当該取引に係る土地の譲渡益20百万円は譲渡損益調整資産の課税の繰延制度により、譲渡した事業年度である×31年3月期の課税所得とはならないが、P社が当該土地をグループ外部へ売却した×32年3月期の課税所得(A社の土地売却による課税所得への影響+20百万円)となる。 一方で会計上は、連結子法人であるA社の個別財務諸表上は当該土地を売却した×31年3月期の利益となり、P社当該土地をグループ外部へ売却した×32年3月期については、この土地に関しては何ら利益が計上されないこととなる。 以上のように、個別財務諸表においては、譲渡損益調整資産に係る譲渡損益が税務上の課税所得と会計上の税引前当期純利益に与える影響のタイミングが異なるため一時差異は生じ、繰延税金資産又は繰延税金負債は認識されることとなる。 なお、当該土地は、時価評価対象資産であるので、A社が連結納税へ新規加入した際に20百万円の税務上の評価益が計上され、会計上は当該評価益が計上されないため一時差異が生じていた。当該一時差異は、当該土地を×30年4月1日にA社からP社に売却された時点で解消される。 【図7】 譲渡損益調整資産の課税の繰延制度の概要 【検討事項のチェックリスト】 ~連結納税グループに新規加入があった場合~ ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)
ストック・オプション会計を学ぶ 【第10回】 「ストック・オプションと業務執行や労働サービスとの対応関係の認定②」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回に引き続き、「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号。以下「ストック・オプション会計基準」という)及び「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第11号。以下「ストック・オプション適用指針」という)にしたがって、ストック・オプションと業務執行や労働サービスとの対応関係の認定について解説する。 Ⅱ ストック・オプションと業務執行や労働サービスとの対応関係の認定 1 段階的に権利行使が可能となるストック・オプション 付与されたストック・オプションの中に、権利行使期間開始日の異なるストック・オプションが含まれているため、時の経過とともに付与されたストック・オプションの一定部分ごとに段階的に権利行使が可能となる場合には、原則として、権利行使期間開始日の異なるごとに別個のストック・オプションとして会計処理する(ストック・オプション適用指針20項)。 これは、同時に付与された一団のストック・オプションの中に、権利行使期間開始日の異なるストック・オプションが含まれている場合には、内容の異なる複数のストック・オプションが同時に付与されたものと考え、内容が同一のストック・オプションごとにそれぞれ会計処理を行うことが原則と考えられたためである(ストック・オプション適用指針58項)。 ただし、付与された単位でまとめて会計処理を行うことも妨げられない(ストック・オプション適用指針20項)。これは、同時にまとめて付与されるストック・オプションは、全体として一定期間のサービス提供に対する報酬として付与されているとの見方もあるためである。この場合には、付与した単位で公正な評価額を、最後に到来する権利行使期間開始日の前日までの期間にわたって費用計上することになる(ストック・オプション適用指針58項)。 2 対象勤務期間中の会社都合退職により権利行使が妨げられないストック・オプションの取扱い 勤務条件が付されているストック・オプション(ストック・オプション適用指針17項(2)において、勤務条件が付されているとみなされる場合を含む)において、これを付与された者がその通常の対象勤務期間の途中で会社都合により退職した場合であっても権利行使が妨げられないとされている場合がある(ストック・オプション適用指針53項)。 3 待機期間が設定されていても対象勤務期間がないと判断される場合 税制適格要件を満たすため待機期間が設定されている場合であっても、当該ストック・オプションの被付与者が、税制適格オプションであることに伴う税制上の優遇措置を放棄すれば、待機期間の終了を待たずいつでも権利行使が可能である旨の定めがある場合がある(ストック・オプション適用指針54項)。 この場合には、対象勤務期間がないものと考えられるため、付与時に一時に費用を計上することになる。 4 役員の任期満了後にはじめて権利行使が可能となるストック・オプション 役員就任時に付与され、その任期の長短のいかんにかかわらず、任期満了後にはじめて権利行使が可能となるストック・オプションは、他の条件から対象勤務期間が明らかである場合を除いて、権利行使のために業務執行を最低限継続する必要のある、就任後の最初の任期におけるサービス提供と対価関係にあるものと推定する(ストック・オプション適用指針55項)。 5 権利行使の可否が直前の期の業績に依存する場合の取扱い 業績による条件の中には、権利行使の可否を直前の期の業績に係らしめているものがある(ストック・オプション適用指針57項)。 当該条件が付されている場合、条件を満たしていったん権利行使が可能となった後も、業績悪化により権利行使できなくなったり、その後の業績回復により再び権利行使可能となったりというように、権利行使の可否が変動する可能性がある。 当該条件が付されている場合にも、企業は取引の対象として従業員等から一定の企業業績に結びつくようなサービスの提供がなされることを期待しているものと考えられ、最初に条件を満たすまではストック・オプションとしての権利は確定していないと考えられることから、このような条件も一種の権利確定条件(業績条件)であるということができる。 しかし、いったん権利行使が可能となった後、実際に権利行使を行えばその権利行使は確定し、その後の業績変動のいかんによって、その権利行使が取り消されることはないことに鑑みると、ストック・オプション会計基準の適用上は、最初に条件を満たした段階で権利が確定し、その後の業績の変動により確定した権利が取り消され、再び権利の確定しない状態に逆戻りすることはないと考えることから、いったん権利行使可能となった後に権利行使を行わないまま権利行使期間の末日を経過した場合には、権利不行使による失効として会計処理することが適当であると考えられている(ストック・オプション適用指針57項)。 (了)
税理士が知っておきたい [認知症]と相続問題 〔Q&A編〕 【第4回】 「消費者被害からの救済」 クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 [設問04] 私の母は、ここ数年来、実家にて一人で暮らしています。今年で80歳という年齢もあり、昔に比べて理解力や記憶力が多少弱くなったなと感じるときはありますが、心身ともにまだ十分元気です。 一人娘である私は、月に1度は実家を訪れ、母と世間話をするなどして生活ぶりを把握するよう努めています。 ◆ ◆ ◆ 昨年あたりからですが、実家に戻るたび、女性物の着物の数が増えているなと感じるようになりました。 母は若い頃から日本舞踊を習っており、普通の人より多く着物を持っているほうだとは思いますが、今や着物を着て外出するような用事もほとんどありませんし、新しく着物を購入するといっても限度があります。 不審に思いながらも様子を見ているうちに、ついにはタンスに収まりきれないほどの数になってしまったのです。 ◆ ◆ ◆ さすがにおかしいと思った私は母を問い詰めましたが、なかなかはっきりしたことを話しません。それでも私が「大事なことだから」と何度も説明を求めると、しぶしぶながら話をはじめました。 母によると、昨年、京都の呉服店からダイレクトメールが来て、アンケートに答えると無料でハンカチがもらえるとのことだったので返送したところ、セールス担当の女性が実家を訪問してきたそうです。 この女性が非常に物腰柔らかく、かつ、昔に日本舞踊を習っていたということで話が盛り上がり、以後、何度も実家を尋ねてくるようになったとのことです。 そして、そのたびに着物のカタログを持参して母に勧めてくるので、母も断りきれずに購入してきたが、ついには貯金も不足してきたため、今度は言われるがままにローンを組んで購入していたとのことです。 実家には、まだ1回も袖を通していない着物がたくさん残っている状態です。 私は、今後どのようにしたらよいのでしょうか。 1 高齢者をターゲットとする消費者被害の特徴・傾向 【設問04】は、いわゆる「次々販売」(被害者と親密になった上で、使いきれないほどの高額商品を次々と購入させること)と呼ばれるものの典型例である。 高齢者をターゲットとした詐欺事件は古くから存在するが、公に発表されている統計上も、犯罪被害全体の中で高齢者が被害者となる比率が年々増加している(内閣府「平成28年版高齢社会白書」第1章第2節6の(3)イを参照)。 例えば、以前に大きな社会問題となったものとして「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」があった。その被害者の8割以上は、60歳以上ということである。 最近ではその進化版として、「還付金詐欺」(被害者を電話で誘導し、ATMで送金操作をさせるもの)や「ゆうパック(レターパック)詐欺」(同様に、現金を郵便で送付することを指示するもの)等々の被害も増加している。 このように、この種の詐欺事件は、摘発されるたびに別パターンへと“進化”を繰り返して生き延びており、まさに摘発と新たな詐欺被害とが“イタチごっこ”となっている現状にある。 この点、国民生活センターのウェブサイトでは、最新の被害情報をもとにした各種の有益な情報を掲載し、一般消費者に対して注意を喚起している。 2 高齢者被害の特殊性 このような各種の詐欺事件において高齢者が被害者となる場合の特殊性としては、以下のような事情が存する。 以上のような事情があることから、高齢者が被害者となる詐欺事件においては、周囲の家族等が積極的に事実関係を把握し、被害回復に向けて動く必要性が高い。 3 実際の救済方法 実際に被害が発覚した場合の対応は、次のとおりである。 (1) 弁護士・司法書士等の専門家への被害相談 被害救済のために使える手段・法的権利としては、解説編【第3回】の4項にて代表的な制度を説明したが、再掲すると次の通りである。 【認知症患者救済のために用いられる代表的な法制度】 【設問04】においては、まず、訪問販売ということを理由として特定商取引法上のクーリングオフを主張することが考えられる。 ただし、クーリングオフには法律上定められた内容を記載した書面を業者から受け取った日から8日間以内という期間制限が存在することから、専門的知識を持った者による至急の対応が必要となる場合がある。 以上に加え、法が要求する書面に不備があれば、8日間を経過した過去の売買であってもクーリングオフできる可能性が存在するし、消費者契約法による取消権等を主張して過去に遡って着物の売買契約を取り消し、着物を業者に返還する代わりに売買代金を戻させる等の救済方法も考えられる。 この点、特定商取引法や消費者契約法等といった消費者保護を目的とした法令は頻繁に法改正がなされ、年を追うごとに裁判例も蓄積されている。そのため、問題となる条文に具体的ケースが当てはまるかという該当性判断が非常に複雑である。 そこで、有効的な被害救済のためには、まずは消費者事件に詳しい弁護士・司法書士に相談するのが得策であろう。 (2) その他の窓口 -消費生活センター/国民生活センター/警察署へ相談 専門家にいきなり相談するのは敷居が高いと感じるならば、全国の地方公共団体が設置する「消費生活センター」や消費者庁が所管する独立行政法人である「国民生活センター」が共同して設置する「消費者ホットライン188」(局番なしの188(いやや!)番)に電話することで、最寄りの消費生活相談窓口に被害相談することも一方法である。 なお、筆者の経験では、詐欺被害を受けた場合に、まず警察署に相談する例も多いようである。 しかし、警察署は、いわゆる「振り込め詐欺」等、これまでに同種事件が全国的に多発し、警察署自身が啓発ポスター等を掲示して注意を喚起しているような事犯に対しては被害相談に積極的に応じてくれるものの、それ以外の消費者被害の場合には、民事不介入の原則等を理由に消極的な対応を取る場合も少なくないとの実態は念頭に置くべきである。 4 被害の防止のために 本稿の最後に、高齢者を詐欺被害から守るための予防策について触れておきたい。 (1) 適切な財産管理人/成年後見人を付する 仮に高齢者本人の判断能力が減弱し始めている場合には、信頼のおける親族あるいは第三者に対して財産管理を依頼するか、あるいは成年後見人等を付することを検討すべきであろう(解説編【第6回】参照)。 これにより、高齢者が高額の財産を自分一人の判断で処分することはできなくなり、被害防止に役立つ。 (2) 普段からの声がけ・密なコミュニケーションの重要性 以上のような財産管理人あるいは成年後見人を付した場合でも、高齢者が手元にまとまった現金を持ち、自宅にも外部から様々な人間が出入りしているという状況があったとしたならば、第三者による詐欺行為を完全に防ぐことは難しい。 そのため、財産管理人や成年後見人を付しているか否かにかかわらず、①同居している、あるいは近所に住む親族が高齢者本人の生活ぶりをよく観察し、話し相手にもなるよう努力する、②遠方に住む親族しか身寄りがない場合には、郵便局の「みまもりサービス」や、民間の警備会社が展開している同様のサービスを利用する等も一つであろう。 (3) 万一の場合に備えた「対応手順」を確認しておく 不審な訪問者等が来訪した場合に備え、火災予防の避難訓練等と同様、その場に及んでの具体的な行動手順を明確にしておくことが好ましい。 例えば、 等につき、家族間でよく話し合い、高齢者本人に十分内容を説明し、徹底してもらうべきであろう。 (了)