被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔会計面のアドバイス〕 【第1回】 「災害が会計制度に及ぼす影響」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 1 被災した法人の会計 法人が被災した場合の会計処理や表示等については、日本公認会計士協会より①「阪神・淡路大震災に係る災害損失の会計処理及び表示について」(平成7年3月28日付 震災対策本部)及び②「東北地方太平洋沖地震による災害に関する監査対応について」(平成23年3月30日付 会長通牒)が公表されている。 (※) ②については日本公認会計士協会のホームページ上で閲覧可能。 これら2つの文書には、法人が被災した場合の会計処理や表示等に関する基本的な考え方が示されている。被災時に適用する特別な会計基準は存在しないため、災害発生時には、上記文書を参考にすることが実務的な対応になると考えられる。 2 被災した事業年度の対応 災害は、法人の決算数値に対して広範囲に影響を及ぼし、その影響額も大きい。 被災した事業年度において、災害が会計に及ぼす影響と、考えられる対応をまとめると次のとおりである。 なお、連結子会社がある場合には、上記項目について連結ベースでの影響と対応を検討することも必要となる。 3 その後の事業年度の対応 見積りによって計上された費用・損失について、翌事業年度以降に見積りを変更する場合や、見積額と確定額との間に差額が発生した場合には、「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」の適用の検討が必要となる。 過去の見積りの方法が、その見積り時点で入手可能な情報に基づく最善のものであったかどうかを検討し、同会計基準に規定されている会計処理を行うことになる。 * * * 次回から7回にわたって、被災した法人の会計に係る具体的な対応について、重要性が高い項目をピックアップして解説を行う。 各回で取り上げる項目(予定)は次のとおりである。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第47回】 株式会社日本製鋼所 「内部調査委員会調査報告書(平成28年4月25日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【内部調査委員会の概要】 【株式会社日本製鋼所の概要】 株式会社日本製鋼所は、1907(明治40)設立。わが国製鋼事業の草分け的存在。現在の事業分野は、素形材・エネルギー事業、産業機械事業及び不動産その他事業に区分されている。連結売上高223,301百万円、経常利益14,125百万円。従業員数5,224名(数字はいずれも平成28年3月期)。本店所在地は東京都品川区。東京証券取引所及び名古屋証券取引所一部上場。 不適切な会計処理が発覚したファインクリスタル株式会社(以下「FCC」と略称する)は昭和63年8月設立。事業内容は、「光学用ローパスフィルター、水晶原石、各種ウエハーの製造」であり、日本製鋼所の「素形材・エネルギー事業」に含まれる100%出資子会社。資本金880百万円、売上高2,216百万円、経常損失174百万円(平成27年3月期)。 【調査委員会報告書の概要】 1 不適切な会計処理が発覚した経緯 平成28年2月、日本製鋼所室蘭製作所経理部門が、FCCの財務諸表につき点検を行ったところ、貸借対照表の一部勘定科目において計上額が過大ではないかという疑念が生じた。この報告を受けた本社経理部門及び経営企画部門が詳細な調査を実施したところ、過年度から売上原価を仕掛品等に振り替える費用の繰延等が行われていたことが判明し、3月28日開催の取締役会において内部調査委員会が発足した。 2 不適切な会計処理の概要 FCC経理課長A氏は、本来は売上に対応する原価として計上すべき金額の一部を貸方に、また借方には買掛金、未収入金、仕掛品等として負債の減少又は資産の増加とする振替伝票を起票し、上司の承認を得ることなく、また、経理規程に違反して証跡を伝票に添付することもなく、自ら経理システムに入力することにより、粉飾決算を行っていた。 【売上原価の過少計上額】(単位:百万円) 3 不適切な会計処理に至った背景と目的 (1) A氏の過重な業務負担 FCC経理課は慢性的な人員不足状態であり、不正実行犯となったA氏の業務は、本来の経理業務以外に及んでおり、長時間残業や休日出勤が常態化していた。また、経営会議の資料作成や損益説明、質疑に対する回答もすべてA氏が担っており、1人でFCCの経理業務を背負う形となっていた。 (2) 帳簿システムの不備 FCCが平成25年10月から使用した帳簿システム(原価計算システム)における一般間接費の配賦方法に不備があり、原価計算の数値が会計ソフト上の数値と合わないことが判明した。 当時、経理担当者であったA氏は、売上原価を帳簿システム上の数値に合わせるため、平成26年3月期第3四半期決算において、売上原価を過少にする振替伝票を起票し、会計システム上の損益調整を行った。 (3) 代表取締役社長からのプレッシャー 平成26年1月、FCCの下期決算で経常損益がマイナスとなることが予想され、当時の代表取締役社長B氏は、A氏に対して、「下期の経常損益をゼロにできないか検討する」ことを指示した。しかし、経理担当者に過ぎないA氏に具体的な方策が講じられるはずもなく、A氏は、B氏からの質問や追及から逃れたいばかりに、原価計算の数値を改ざんしたものである。 (4) 取締役からのプレッシャー B氏の社長退任後、新たに取締役に就任したD氏は、FCCの経理に関する問題意識を強く持っており、経営会議におけるA氏の売上高や損益に関する説明に対し、予算と実績の差異について詳細な理由説明を求めていた。 A氏は、その質問を恐れ、予算と実績の差異を少額に調整するため、原価計算の数値を改ざんし続けることとなった。 4 発生原因 調査報告書には、本件不正が発生した背景として、以下のように分析している(調査報告書p.15以下)。 当事者であるA氏の意識や会計知識に問題があるという指摘は当然であるが、当時の代表取締役社長であったB氏についても、以下のように「不適切な対応」を認めている。 5 再発防止策 内部調査委員会は、再発防止策の提言の前に、直接的な対策として、 という3項目を挙げており、続いて、再発防止策として、大きく3項目を提言している(調査報告書p.27以下)。 再発防止策については、いずれも一般的な事項にとどまっており、むしろ、提言の前に示された「直接的な対策」を履行することで、FCCにおける会計不正の再発は十分に防止できるのではないかというのが印象である。 【調査報告書の特徴】 子会社の一従業員の手による会計不正――それもかなり初歩的な手段による不正が、日本有数の知名度を誇る名門企業に「有価証券報告書の訂正」という不名誉な作業を強いることになった本事例。調査報告書の特徴をいくつか検討したい。 1 会計監査人に対する厳しい指摘 日本製鋼所のグループの監査を担当した新日本有限責任監査法人に対して、不正実行者であるA氏の「監査法人による資料の確認が十分なされていないと認識した」という供述を引用する(調査報告書p.10)だけでなく、直接的な対策として、上述のとおり、「監査法人に対し少なくとも担当者の見直しを含む適切な改善策を求めるべき」と再発防止策の提言の前に述べている点、かなり厳しい指摘をしている。 新日本監査法人の担当者は、FCCの売上・受注が減少する中で、未収入金や仕掛品が増加していることに説明を求めてはいたものの、A氏による回答を深く追及することなく、結果的に不正を見逃したことについては、次のように書いている(調査報告書p.22)。 2 内部統制報告書の訂正 過年度決算の訂正と同日に公表した「内部統制報告書の訂正報告書の提出に関するお知らせ 」というリリースで、日本製鋼所は、本件について、以下のような「開示すべき重要な不備」を認識したとしている。 3 孤立する子会社経理課長 会計不正を行っていたA氏は、平成11年3月に専門学校を卒業し、信用組合での勤務を経て、平成12年7月に契約社員としてFCCに入社。平成15年9月に正社員となったのち、順調に資格を上げ、平成26年4月担当課長、翌年4月課長に昇進している。20歳で専門学校を卒業したとすれば、35歳で課長になっており、まずは順調な会社員人生であろう。 キャリアを重ねるにつれ、A氏の業務範囲は広がっていくが、経理課は増員されないままであり、社長から直々に損益改善を指示されても、相談できる相手もなく、子会社採用であることを考えれば、管掌する親会社にパイプがあるわけでもなかっただろう。 FCCにおける毎月の経営会議での質疑は損益に集中しており、社長からは、「経理は数字をまとめるだけでなく、売上やコストを管理・分析し、経営をサポートするべき」として、損益の改善を求められ、あるいは、自分が立案したわけでもない予算と実績の差異について取締役から質問が浴びせられるなど、監督すべき上司不在の中、A氏が孤立し、極めて単純な手口の会計不正に及んでしまう。 社長をはじめとする経営陣から「なぜ、損益改善ができたのか?」と追及されていたり、監査法人から詳細な説明を求められていたりすれば、A氏は、最初の不正の時点で自白したのではないか。経営陣の無関心、子会社管理する室蘭製作所や監査部の中途半端な追及の結果、不正を継続することになってしまったA氏にとっては、「もっと早く見つけてほしかった」というのが実感ではなかっただろうか。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第119回】 ソフトウェア会計⑤ 「市場販売目的のソフトウェアの減価償却方法」 仰星監査法人 公認会計士 上村 治 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) ① ×1年3月期 (※1) 見込販売数量に基づく減価償却額: 取得原価450,000千円×実績販売数量800個÷期首見込販売数量3,000個=120,000千円・・・A 残存有効期間に基づく均等配分償却額: 取得原価450,000千円÷残存有効期間3年=150,000千円・・・B A<Bのため、150,000千円を減価償却費とする。 ② ×2年3月期 (※2) 見込販売数量に基づく減価償却額: 期首未償却残高300,000千円×実績販売数量800個÷見込販売数量1,500個=160,000千円・・・C 残存有効期間に基づく均等配分償却額: 期首未償却残高300,000千円÷残存有効期間2年=150,000千円・・・D C>Dのため、160,000千円を減価償却費とする。 ③ ×3年3月期 (※3) ×3年3月期においては、当初の有効期間の最終年度であるため、当期首未償却残高を減価償却費として計上する。 〈会計処理の解説〉 1 市場販売目的のソフトウェアの償却方法 市場販売目的のソフトウェアに関して採用すべき減価償却の方法は、各企業が当該ソフトウェアの性格に応じて、その実態に応じ最も合理的と考えられる方法を採用する必要がありますが、販売期間の経過に伴い著しく販売価格が下落する性格を有するソフトウェアについては、見込販売収益に基づく償却方法を採用することが合理的です。 ただし、毎期の償却は、残存有効期間に基づく均等配分額を下回ってはならないため(研究開発費等に係る会計基準四5)、毎期の減価償却額は、見込販売数量(又は見込販売収益)に基づく償却額と残存有効期間に基づく均等配分額とを比較し、いずれか大きい額を計上することになります。これは、見込販売数量(又は見込販売収益)の見積りが困難であることから、償却期間が長期化することを防止するために毎期の償却額の下限を設定したものであり、販売可能な有効期間の見積りは、原則として3年以内の年数とされています(実務指針42項)。 本事例の業務アプリケーションソフトは市場販売目的のソフトウェアであり、見込販売数量に基づき償却計算が行われるとされています。 ×1年度においては、見込販売数量に基づく減価償却額が120,000千円と計算され、残存有効期間に基づく均等配分償却額150,000千円を下回ることになるため、残存有効期間に基づく均等配分償却額をもって減価償却費が計上されます。 2 見込販売数量等の見直しが行われた場合 ソフトウェアの見込販売数量(又は見込販売収益)の見積りは、様々な要因により影響を受けるものであり、それぞれの見積り時点では最善の見積りであっても、時の経過に伴う新たな要因の発生等により変動することが予想されます。 会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準第17項では、「会計上の見積りの変更は、当該変更が変更期間のみに影響する場合には、当該変更期間に会計処理を行い、当該変更が将来の期間にも影響する場合には、将来にわたり会計処理を行う。」こととされています。 このため、販売開始後の見込販売数量(又は見込販売収益)の見直しの結果、見込販売数量(又は見込販売収益)を変更した場合には、変更後の見込販売数量(又は見込販売収益)に基づき、当事業年度及び将来の期間の損益で認識することになります(実務指針43項)。 ×1年度末において見込販売数量の見直しが行われているため、×2年度の減価償却計算は見直し後の見込販売数量に基づき行われることになります。 これを前提に減価償却費を計算すると、見込販売数量に基づく減価償却額160,000千円と計算され、残存有効期間に基づく均等配分償却額150,000千円を上回ることになるため、見込販売数量に基づく減価償却額をもって減価償却費が計上されます。 ※8月は引当金を取り上げます。 (了)
「従業員の解雇」をめぐる 企業実務とリスク対応 【第5回】 「普通解雇①」 ~能力不足、適格性欠如による解雇~ 弁護士 鈴木 郁子 1 はじめに ~能力不足・適格性欠如による解雇の難易度は従業員の地位・採用経緯により異なる~ 他の従業員より勤務成績が低く能力不足で任せられる仕事がないとして、従業員を解雇することができるだろうか。 従業員は、会社に対し労務提供義務を負っているのであり、能力不足や適格性欠如により雇用契約において想定された業務を全く履行できないというのであれば、雇用契約上の債務不履行として、普通解雇の解雇原因となりうる。 (※) なお、実際の解雇にあたっては、①解雇制限に違反しないこと、②解雇手続の履践は当然必要となる。【第4回】を参照されたい。 しかしながら、実際にどの程度の能力不足や適格性の欠如であれば、解雇権濫用法理(【第4回】参照)との関係で、「客観的に合理的な理由」があり「社会通念上相当」であるとして、解雇が適法となるのであろうか。 能力不足・適格性欠如の場合、裁判では、能力不足が著しいことが必要とされ、 等に基づいて、総合考量により判断されることになる(なお、一般的な解雇権濫用の判断要素(【第4回】)も参照されたい)。 ①の当該職務に期待されている職務内容の如何は、当該従業員の地位・採用経緯により異なり、それに応じて解雇の難易度が明らかに異なってくるため、類型毎に検討したい。 2 新卒採用の場合 ~新卒は解雇できないと考えておいた方が無難~ (1) 一般新卒の場合 新卒採用は、そもそも長期雇用が前提の採用であり、また、採用時に業務経験・能力がないため、入社後の教育・研修や経験の積み重ねにより職務遂行能力を身につけることが期待されている。また、採用時に、最終的に担当する業務も固定化しておらず、将来、部署異動があることが前提となっている採用形態である。 したがって、一般新卒の場合、特定の能力や適格性があることは、必ずしも雇用契約の内容とはなっておらず、単なる能力不足や適格性の欠如を理由とする解雇は、非常に困難である。 またそもそも会社には、評価の高い者もいれば低い者もいることが当然に想定されるため、相対的に能力が低いことを理由として解雇することもできない。 すなわち、一般新卒の場合、辞めてもらうためには、合意退職を成立させるか、能力不足や適格性欠如以外の他の解雇理由が必要となる。 それも、他の解雇理由が、それのみで解雇理由たり得ないのであれば、研修・教育の機会を与えた上、他の部署での配属の現実的可能性がないことまで必要となると考えておいた方が無難である。 (2) 職種を限定した新卒採用の場合 もっとも、新卒採用であっても、職種を限定して採用がなされている場合には、雇用契約の内容として、採用時に一定の能力や適格性が備わっていることを前提としているとみる余地がないわけではない。 とはいえ、新卒の場合、職務経験がない中での採用である点において、後述する中途採用の場合とは異なる。したがって、ある程度の期間にわたる教育や改善機会の付与をすることが最低限必要であろうし、他の職種への配置換えの可能性の検討についても、場合によっては必要となるものと思われる。 3 中途採用の場合 ~解雇の余地はあるが、職務に想定されている内容の特定が必要~ (1) 中途採用の特殊性 中途採用の場合は、新卒の一括採用の場合と異なり、すでに職務経験があり、一定の経験・能力があることを前提とし、即戦力を期待されて雇用契約が締結される場合が多い。 したがって、一定の経験や能力を有していたり、特定の職務をなし得ることが雇用契約の内容となっている場合が多く、上述した新卒の場合に比べて、解雇の有効性は緩やかに判断される。 (2) 地位を特定して中途採用した場合 例えば、「人事部長」や「営業部長」などの地位を特定して採用した場合には、その地位に想定されている業務を遂行し得る能力がなく、不適格であるというのであれば、解雇し得る。 そして、地位を特定した採用を行っている以上、その地位に期待されている職務を遂行できないのであれば、原則として、降格や配置換えの措置を講じなくとも、債務不履行として解雇は可能である。 もっとも、雇用契約時に、地位に期待されている職務の内容が従業員との間で了解事項となっていたのか、職務を遂行する能力がなかったことを客観的に立証できるのか等、解雇に対して超えるべき現実的なハードルは決して低くない。 また、例えば営業部長の場合で、売上目標などを雇用契約の内容として定めていた場合であっても、そもそも客観的に時勢等から売上達成が不可能な状況であったり、売上目標に足りなくとも目標に対して一定程度の売上を達成できていた場合、また、そもそも地位に相応しい給与が支給されておらず、本人は降格・配置換え等により在職することを希望している等の事情がある場合は、解雇が難しいことには留意する必要がある。 (3) 専門職として中途採用した場合 職種を特定した専門職として中途採用した場合も、職種を特定した採用をしている以上、その職種に期待されている職務を遂行できる能力がないのであれば解雇し得るが、職種を特定する場合は、上記の地位を特定した採用よりも、能力と職務の結びつきが弱い。 したがって、改善の機会を与えることは当然として、解雇の前に、事務職等他の職種への職種変更を試みるべきである。 (4) 新卒と同様の中途採用の場合 中途採用であっても、いわゆる第二新卒であったり、能力や経験とは無関係に採用された者については、新卒と同様に考える必要がある。 4 実務上の留意点 ~地位・職務・職種の内容を特定する重要性~ (1) 採用条件の証拠化 上記のとおり、能力不足・適格性欠如を理由として解雇できるかどうかは、地位・職務・職種が限定された雇用契約であり、その地位・職務・職種に期待される内容が雇用契約時に明らかとなっており、雇用契約の内容となっているかという点に帰着する。 したがって、実務上、以下のような工夫をすることが望ましい。 実際には、採用面接で上記のような説明はしているが、これを雇用契約書の中身に盛り込んでいなかったり、説明したことの記録が何も残っていないため、争いになっているケースが極めて多い。 雇用契約書に盛り込むか、少なくとも、採用にあたり、採用時に説明した職務内容等をメールなどで本人に送っておくなどの工夫が必要である。 採用時にこれらの証拠化をしていないのであれば、改善指導等の際に改めて雇用条件の内容の確認をし、これを書面化しておくことが望ましい。 (2) 能力不足の立証 また、雇用契約時に、地位・職務・職種が限定されており、その内容が明らかになっていたとしても、期待された業務を遂行し得なかったこと、実際に当該職務についての能力が不足していたことの立証責任は会社側にある。 その評価期間は能力の有無を算定するのに十分な期間である必要があるし、その評価方法についても恣意の入らない客観的なものであることが必要である。また求める評価結果も、そもそも実現不能であったり、時勢の変化などを考慮していなかったり、評価結果に僅かに足りないだけで解雇するなど、不合理なものであってはならない。 人事評価制度がある場合には、その評価制度に評価期間の評価結果を反映させておくべきである。そしてその評価結果は、逐次本人に対してフィードバックし、これらを達成できないのであれば、解雇があることを伝えていくべきである。 なお、解雇するとしても、企業秩序違反の行為ではないので、懲戒解雇ではなく、普通解雇である(【第1回】参照)。 * * * このように、雇用契約時に採用条件を明確にし、さらに逐次その評価結果をフィードバックしていけば、期待された成果が上がらなかったとき、従業員は、会社が解雇というリスクを伴う手段(【第2回】参照)を講じるまでもなく、退職勧奨に応じたり、自ら辞めることを選択することが多い。 (了)
マイナンバーの会社実務 Q&A 【第14回】 「就業規則の改定⑦(「特別休暇」の条文の追加)」 税理士・社会保険労務士 上前 剛 〈Q〉 社員が平日に市区町村役場にマイナンバーカードを取りに行けるようにしたいのですが、特別休暇の条文を新たに追加するのと現在の年次有給休暇の条文で対応するのとどちらがよいでしょうか。 現在の年次有給休暇の条文は、以下の通りです。 〈A〉 年次有給休暇は、入社6ヶ月後に10日付与される。入社6ヶ月以内の新入社員は年次有給休暇が0日なので、全社員をカバーできない。また、マイナンバーカードを取りに行く程度で年次有給休暇を消化してもよいのだろうかと考える社員、もっと有効なことのために年次有給休暇を消化したいと考える社員がいるかもしれない。 したがって、特別休暇の条文を追加する方がよい。慶弔休暇に代表される特別休暇は、設定するもしないも会社の自由、有給・無給も会社の自由である。 〈パターン1〉 特別休暇としてマイナンバーカード取得休暇の条文を追加した。無給だと制度の利用者が少なくなると予想されるため、有給とした。 〈パターン2〉 第2項に“ただし、マイナンバーカード取得後1週間以内にマイナンバーカードの写しを会社に提出しない場合、無給とする。”を追加した。社員がマイナンバーカードを市区町村役場に取りに行った事実を確認し、マイナンバーをすみやかに取得するためである。 (了)
〔誤解しやすい〕 各種法人の法制度と 税務・会計上の留意点 【第8回】 「医療法人(後編)」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 公認会計士・税理士 濱田 康宏 ▷〔前編〕はこちら ▷ 税務・会計について 3 基金について 持分なしの社団医療法人の場合に限り、定款で定めることで、基金を設置できる。この基金は、法人の財政的基盤を支えるものとの位置づけであり、利息を付されず、返済期限を定めない劣後債務として、会計上は、純資産の部に表示されることになる。 ただし、税務上は、あくまでも債務として扱われるため、法人税法における資本金あるいは資本金等の額についての規定の適用は行われないことになる。詳細は、下記の文書照会回答を確認されたい。 なお、法人設立時には一定の資金を必要とするため、個人事業からの法人成りでは、認可時において一定額の基金を拠出するように都道府県から指導を受けるのが通例である。この基金は、拠出側個人においては、相続財産となり、通常は、額面評価されることになる。 最近、この基金が相続財産としてそのまま額面評価されることを後で知ったがために生じたトラブルの例を幾つか聞いている。法人設立だけで話が終わらないということを、税理士がきちんと理解しておかないために生じた悲劇という見方もできるのではないだろうか。 4 会計 既に述べた点以外について、若干の補足を行う。 (1) 会計報告は現状病院会計準則主体だが医療法人会計基準への切り換えが必要な場合がある 医療法人については、従前、医療法人会計基準が制定されておらず、病院会計準則という施設基準を基礎に、法人の会計がなされてきた。しかし、ようやく医療法人会計基準の制定がなされ、今般、法令化もされたことで、今後、各法人は徐々に対応を進めていくものと考えられる。 特に、一定規模以上で、会計監査人による監査が必要とされた法人については、対応が強制となるため、早期の対応が必要不可欠となる。 詳細は、下記指針を確認されたい。 (上記指針より) (2) 施設会計などの管理会計が必要 先述したような業務区分(本来業務・附帯業務・収益業務)による事業の区別に加えて、既に社会福祉法人の回で説明したような、施設会計が必要になる。 5 税務 (1) 法人税 ① 同族会社関係の規定の適用はない 別表2における出資者の記載や別表3の留保金課税計算など同族会社を前提とする規定の適用はない。ただし、同族会社の行為計算否認については、これを肯定したと評価される裁判例が存在する。 ② 純資産の部は出資持分のありなしで分かれる 出資持分ありの場合には、決算書上「出資金」評価されているものを、株式会社の資本金同様に取り扱えばよいことになるが、出資持分なしの場合、「基金」はこれとは異なる点は、既に説明した通りである。 ③ 法人税率は特定医療法人の場合優遇だが利益供与チェックは厳しい 特定医療法人は、普通法人でありながら、税率の軽減を受けることが可能になる。承認申請が必要になるとともに、毎年定期提出書類が要求されている。 持分ありから持分なしに移行する際の課税関係を生じさせないことについて、いわばお墨付きのある類型であり、法人税の税率優遇だけでないメリットが得られる。反面、利益供与関係の税務調査は、国税局の専担者が行うが、通常の税務署の税務調査よりも非常に厳しく確認が行われる点、税理士としては要注意であろう。 ④ 社会医療法人は収益事業課税 社会医療法人は、法人税法上は、公益法人等に該当し、34業種の収益事業課税が行われることになる。既にNPO法人の回などでも説明したみなし寄附金制度が利用可能である。 この社会医療法人の収益事業課税の税務及び持分なしの普通法人から社会医療法人に移行する際の課税所得範囲の変更問題については、既に本誌において寄稿済みであるため、下記を参照されたい。 特に、収益事業課税の範囲については、業務範囲との関係での検討が重要になるが、筆者は他に扱った事例を見たことがないため、上記の論考は、関係する読者の参考になると考えている。 なお、週刊税務通信が過去に出した記事は、最近になって、実質的な訂正記事と思われる追加取材記事が出ているが、上記論考では、既に税務通信記事への疑問を呈している。 ⑤ 医療機器には、中小企業投資促進税制は適用できない 中小企業者等に該当する病院を経営する法人については、中小企業投資促進税制(措法42の6)の適用時に注意が必要である。 診療用又は治療用として取得をし、事業の用に供した超音波診断装置、人工腎臓装置、CTスキャナ装置、歯科診療用椅子などの医療機器は、該当しないとされているからである。詳細は、下記を参照されたい。 その代わりに、医療機器の特別償却(措法45の2)を使うべきだということになるが、ここで、医療機器の特別償却と中小企業投資促進税制は、選択適用できるかという論点がある。これについては、選択適用できないという裁決が出ている。 また、この特別償却は、金額だけでなく、リスト指定がある点に注意が必要である。 なお、獣医師の場合、「獣医業」もこの特別償却を適用可能とされている。 (2) 寄附税制 社会医療法人については、みなし寄附金制度の適用があるが、個人拠出者からの寄附金控除は存在しない点、他の公益法人とは異なっている部分がある。 (3) 事業税 事業税では、医療法人は特別法人とされ、税率適用区分が異なっている。 また、社会保険診療収入の非課税制度があるが、都道府県により、収入按分方式と所得按分方式との違いがあるとともに、計算方法に若干の違いがある。該当する都道府県の手引を入手して、熟読しておくことをお勧めする。 (4) 均等割 持分なし医療法人の場合の均等割については、従業者数が関係ない。ときに勘違いがあり、筆者の場合、同じ市町村からの照会を担当者が変わる都度受けたこともある。 (5) 消費税 社会医療法人については、特定収入計算(消法60④)が必要となる。 (6) 相続税・贈与税 近年、納税猶予・税額控除制度が新設された。第6次医療法改正により、既存の持分あり医療法人は、持分なし医療法人への移行計画を作成し、これについて認定を受ける仕組みが平成26年10月よりスタートしている。 元々、出資持分の定めがある医療法人を出資持分なしにするには、課税上3つのハードルがあった。 この税制改正では、この[2]についての解決策を提示している。 元々、[1]については、払戻しを受けるあるいは基金拠出型に切り替える場合以外には課税関係を生じない。 そして、[2]についても、出資者が全員同時にすべての出資持分を放棄すれば、残余する出資者が残らないので、課税関係は生じなかった。 今回の特例は、一度に全員がすべての放棄をできない場合、新制度である認定医療法人制度に乗っていれば、全員の放棄が終わるまで納税猶予を受けることを認めたものである。 ただし、納税猶予は課税関係が先に続くので、反射的に受けた経済的利益について、その時点で放棄すれば、贈与税の税額控除制度を用意して、その時点で、その残存出資者の課税関係を終わらせることもできることとした。とはいえ、この場合でも、[3]の問題は残ることになる。 最後に、[3]だが、同族関係で役員を固めているなどの条件を満たす場合には、法人に贈与税を課す場合があるものとされている(相法66④)。これについては、今回の制度では何ら手当がされていない。 結局、この点については、安全な移行を行うには、特定医療法人になるのとほぼ同じレベルの環境整備が必要になるという従来実務と全く変わっていないということができる。 診療所規模であれば、財産を失ってしまうリスクを考えると、積極的な移行を勧める意義はあまりないものと思われる。病院についても、診療所への転換の可能性について、充分検討が必要であろう。 ただし、地域医療との関係で、もはや病院としての経営を止めることができない場合で、同族経営からの脱皮やむなしとの判断が可能な場合には、本制度の利用を検討して良いのであろう。特に、今回の特例対象である「一度に出資者全員の持分全部放棄が難しい場合」に該当する法人であれば、まさに前向きに検討すべきかもしれない。 (了)
〔新規事業を成功に導く〕 フィージビリティスタディ10の知恵 【第4回】 「F/Sの深追いがリスク感知装置を働かせる」 中小企業診断士 西田 純 フィージビリティスタディ(F/S)についてのお話も第4回目になりました。先月までは基本となる考え方についてお伝えしてきましたが、今月以降はやや踏み込んだ実践的な話題へとシフトしていきます。 まず今月お伝えするのは「深く検討すればするほど、なぜフィージビリティは低下するのか」という、F/Sに従事したことのある人なら必ず経験するジレンマについてお話したいと思います。 ▷ リスクに対する考え方:普通の人は「リスク回避型」の志向を持つ 今、手元に投資に使えるお金が1,000万円ほどあったと仮定します。誰かがあなたのところにやってきてこう言います。 数学的に検証すると、この投資案件の期待値は1,200万円となり、1,000万円よりもあきらかに大きくなります。 それなのにこの誘いに乗る人はいないか、いたとしてもごく少数だろうと思われます。なぜなら、「リスクはわずか20%」の20%は全く「わずか」ではなく、決定的に大きな数字だからです。 同じ20%でも降水確率の場合には、傘を持ったり雨合羽を着ていこうとする人は必ずしも多くないと思いますが、投資の場合はどうしてそうなるのか?という点について少し考えてみたいと思います。 次のグラフは、一般に、金額の多寡に対応してリスク回避型の意思決定へと行動を変える人が多いことを示しています。少額では気にならないリスクが、金額が大きくなると嫌でも気になる、という人間の性質をよく現しています。 【リスク回避型の投資行動】 ▷ 中には「リスク中立型」の人もいる しかしながらビジネスで数字を扱っていると、多くの場合、所詮は自分のおカネではないことから、リスク選好型とは言えないまでも、必ずしもリスクに大きな注意を払わず、先ほどの例で言うと期待値1,200万円が1,000万円よりも納得的に大きい、と判断して投資する人が出てくるのも事実です。 このような考え方を「リスク中立型」と呼びます。 ▷ 同じことを2度調べられると、調べられる方は「リスク感知装置」が働く リスク回避型の人間がリスクを感知するのは、なにも投資案件の条件を示されたときばかりではありません。道を歩いていて事故に遭う可能性を高める行動は極力避けようとするでしょうし、賞味期限を過ぎてしばらくした食品は、たとえ外見におかしなところがなくても食べずに廃棄するという人は少なくないと思います。 F/Sでも同様のことが言えるのは、「社内の新規事業向け」という触れ込みそのものが、見る人によってはリスク満載に見えるからです。 F/Sを担当する人間は社内の反応について、社長の指示がある、またはクライアントの要請がある等の理由づけがあって初めて調査に協力してくれはするものの、心のどこかで「新規事業≒リスク」と思っている人が少なくない、ということを認識する必要があります。 もしもF/Sが順調に進み、結果が肯定的な数字でまとまるような場合は、これらの懸念が顕在化しないままで終わることもあると思います。というのも、リスク回避型の行動様式においては、社内の人事評価において消極的な考え方の人間であるとされることもまた、忌避されるべきリスクになるため、自ら積極的に「自分はリスク回避型人間である」と言う人はほとんどいないからです。 微妙なのは、F/Sにおいて何度かシナリオの書き直しが発生し、同じことが何度も調べられるケースです。 ありがちなのが、収益性が十分でないことから売上予測を何とか上方修正できないか、あるいはコストダウンを織り込めないかという検討のために繰り返しヒアリングやデータ収集が行われることになる場合で、同じ担当者が同じヒアリング先に似たような(でもちょっと違う)データについて何度かコンタクトする、という現象が発生するのですが、そうなるとヒアリングされる側のリスク感知装置には自動的にネガティブ・スイッチが入ります。 つまり、本当は5%のコストダウンができる、と思っていても「何かわからないリスク」を回避する意味で3%しかできないと回答する(差分の2%は自身のリスクをヘッジするための余裕代)と回答するかもしれませんし、当初は2ヶ月の納期で完成できると言っていたものが、よく調べたら2ヶ月半必要だということが分かった、などと、期待とは逆の回答をされるようなケースも出てきます。 一件一件は小さな差でも、これらが積み重なると全体の収益性には無視できない影響を及ぼすことになるのです。 ▷ F/Sの結果が伸びないことを見ると中立的だったスタッフも雪崩を打ってリスク回避型に さらに悪いことには、「F/Sの結果が思わしくない」という情報が流れることで、新規事業そのものが「勝ち馬」ならぬ「負け犬」的な扱いを受けるようになるケースです。 実ビジネスの世界では、温情主義で生き残れるような余地はないため、「負け犬」扱いされた新規事業については、誰もが皆リスク対策を優先させるようになります。 相変わらず社内報では華々しい扱いを受けているその裏で「あのプロジェクト、ヤバいらしいぜ」というような噂が広まり出すと、それまで勝ち馬に乗るために恩を売ろうとしていた人たちが急に大人しくなったりします。 * * * では、ピンチに陥る前に、このような状況を打開するにはどうすればよいのでしょうか。次回は「社内の逆風を回避するには」と題して、状況打開の方策についてお伝えします。 (了)
《速報解説》 金融庁、「国際会計基準(IFRS)に基づく 四半期連結財務諸表の開示例」を公表 ~IFRS規定に基づく説明の充実や最新のIFRS改訂を反映~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年7月8日、金融庁は、「国際会計基準(IFRS)に基づく四半期連結財務諸表の開示例」を公表した。 「国際会計基準に基づく四半期連結財務諸表の開示例」は、平成22年4月に公表されているが、今般、それを改訂し、「IFRSに基づく四半期連結財務諸表の開示例」として公表するものである。 開示例に意見がある場合には、平成28年9月30日までにお寄せ頂きたいとのことである。 なお、国際会計基準(IFRS)に基づく年度の連結財務諸表に関する開示例については、平成28年3月31日に公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主なポイント 1 改訂のポイント 改訂のポイントは次のとおりである。 2 開示例のポイント 開示例は表紙を含めて34ページある。 開示例の利用にあたっての主な留意事項として次のことが述べられている。 3 IFRSの各基準と開示例での取り扱い箇所の関係 例えば、次のような一覧表が記載されており、IFRSの理解に資する工夫がなされている。 次のような記載が行われており、実務に役立つ工夫がなされている。 (了)
2016年7月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.176を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.42- 「仮想通貨と税制」 中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 森信 茂樹 新聞で、三菱東京UFJ銀行が「仮想通貨」を発行するということが大きな話題として取り上げられた。マウントゴックス社の不正事件で有名なビットコインなどの仮想通貨だが、本年6月資金決済法が改正され、「仮想通貨」の取引業者を登録制にしてマネロンなどの規制を強化することになり、法律で「仮想通貨」が定義されることとなった(情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律(6月3日付けで公布、施行は公布から1年以内))。 これを機会に、税制の問題も考えてみたい。 まず、どのように定義されたのか。改正資金決済法第2条第5項は、「仮想通貨」を以下のように定義している。 (※) 参議院ホームページより 要するに、「代価の弁済のために」「不特定多数の者に使用することができ」「財産的価値であること」「相互に交換できること」を要件としたものである。もっとも、「強制通用力がない」点で、通貨とは異なる。 このように「仮想通貨」としての定義が明確になると、税制面でその取扱いを変える必要が出てくる可能性がある。所得税だけでなく、消費税の世界にもその影響は及ぶ。 * * * どのように変わる可能性があるのだろうか。 まず所得税の世界であるが、現在は「モノ(資産)」扱いであると考えれば、仮想通貨の取引により得られた利益は譲渡所得(キャピタルゲイン)となる。評価益(含み益)段階では課税はなく、売却した時点の実現利益が課税対象となる。 50万円の特別控除があり、保有期間が5年超の場合は2分の1が課税対象となり、税率は総合課税という点では通常の資産と同様である。また棚卸資産の場合、事業所得となり、規模によっては雑所得の場合もありうる。 これが法律で定義された「仮想通貨」となると、現行の外国通貨の取引と同様な課税方式になる可能性が高くなる。 その場合、その差益は原則雑所得となり、棚卸資産である場合には、事業所得・雑所得になる。そこで生じた損失については、雑所得の場合には損益通算ができず、事業所得の場合には、通常の損失と同じ取扱いとなる。 * * * では、消費税の世界はどうか。現在は、「モノ」であるため、決済のために仮想通貨を利用すると、モノ(仮想通貨)の譲渡として消費税が課税される。仮想通貨を通貨と同じように利用する者からすれば、理解しがたい奇妙な状況が生じている。 ただし、消費税の納税義務者は、(基準期間の)課税売上高が1,000万円以上の事業者であるから、仮想通貨を利用する一般消費者には、ほぼ実害はない。 仮に、資金決済法第2条第5項に定義される「仮想通貨」が通貨に類似するものであるとすれば、消費税法第6条の非課税に当たるかどうかが問題になる。つまり別表第1の二において、「法に規定する支払手段その他これに類するものとして政令で定めるもの」と記されており、これに該当するかである。 政令(第9条第3項・第4項)を読んでみると、現行では「仮想通貨」を想定していないので、課税対象となるわけだが、きちんと定義され、「モノ」とは異なることになれば、他の先進諸国と横並びの取扱い、すなわち非課税ということにしなければ平仄が合わなくなるであろう。 また、「仮想通貨」を用いて支払いする場合に消費税がかかれば、「二重の負担」が生じるので、普及するには非課税が必要、という意見もある。 この点、数多ある仮想通貨の中にはその利用実態が通貨に類似しているとは言えないものもあるようなので、何が非課税とすべき「仮想通貨」なのかについては、更なる議論が必要だろう。 年末の税制改正でこのあたりが議論され課税の取扱いが決まるものと思われる。 (了)