計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第12回】 「うっかりミスを防ぐ習慣」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例12-1】 前期数値が更新されずに残っている注記 【事例12-1】は連結注記表に記載されている担保提供資産とその対応債務の注記です。この中に間違いが1ヶ所あります。 この会社の前年度の当該注記に記載されていた数字がそのまま更新されずに残ってしまっているのです。どの数字がそれだかわかりますか。 ヒントを出しましょう。計算チェックをやってみてください。 2 間違っているのはここだった では、答えを見てみましょう。 計算チェックですぐに判明したと思います。 計算が合わなかったのは、担保に供している資産の合計金額のところでした。【事例12-1】に記載されていた「324,732」です。これはこの注記の前期の数値だったのです。 この注記の作成者は、前期の連結注記表のデータをコピーして、そこに当期の数値を順次上書きしていきました。「① 担保に供している資産」のうち、個々の資産の数値については正確に当期の数字に置き換えたようですが、合計の数値を置き換えるのを忘れてしまったのです。これは「リサイクル・ミス」です。 注記を作成し終わった後計算チェックをすれば気がついたはずですが、それもやらなかったのでしょう。自分で作成した注記は、「正しく転記したので間違いない」という思い込みがあるので、計算チェックをわざわざやらないことが結構あるものです。 しかし、こういうミスを防ぐためには、習慣的に計算チェックを実行することが必要です。 3 類似事例の紹介 当期の計算書類に前期の数字が残ってしまっているというミスは、この連載の【第1回】でも紹介しました。そこで取り上げたのは貸借対照表の純資産の部で発生するミスでした。純資産の部というのは、転記作業のリズムが乱れやすい箇所であるため、間違いが起こりやすいということを述べました。 今回取り上げた【事例12-1】は「合計値」に係るミスですが、合計値というのもこのミスがよく起こる場所の1つです。【第2回】でも触れたとおり、特に貸借対照表の大科目、中科目といった箇所は要注意です。以下はまさにその事例です。 【事例12-2】 流動負債合計の数値が前期数値のままとなっている。 この事例も計算チェックをすればわかることなのですが、第三者から指摘されるまで見つからないことが多いのです。時間に追われて計算チェックをやらなかったのでしょうか。 しかし、どんなに時間がなくても、BSの貸方は計算チェックをかけるべきでした。入力作業は借方から順に行うので、貸方の入力作業に差し掛かるころに疲れが出始めて、そこでミスを犯すからです。 4 前期数値が残ってしまう仕組み うっかりミスをやってしまった時は、その原因を究明することも大切です。 【事例12-2】の場合は、おそらく以下のような仕組みでミスが起きてしまったと推定されます。 試算表から計算書類に数字を転記する場合に、流動負債合計の掲載位置が両者で異なっていることがミスにつながりました。試算表では一番下に、計算書類では一番上に掲載されています。 そのため、転記作業を機械的に進めていくと、流動負債の「支払手形」から始めて「その他」まで転記したところで、流動負債の転記はすべて終わったと勘違いし、そのまま固定負債の転記に移ってしまうのです。 その結果、流動負債合計の数値が転記されないのです。 こうしたミスも一度経験して原因をつかんでおくと、二度目からは間違える確率が減ります。原因がわかればミス防止の対策が打てる場合もあります。 うっかりミスは直して終わりではなく、原因を究明することが大切なのです。 〈今回のまとめ〉 うっかりミスを防ぐためには、合計値の計算チェックを行う、「ミスの原因を考える」といった日頃の習慣が大事です。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第111回】 圧縮記帳③ 「交換」 仰星監査法人 公認会計士 渡邉 徹 日本公認会計士協会準会員 永井 智恵 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 1 譲渡益と圧縮損を両建計上する方法 ①-1 土地A及び土地Bの交換 ② 圧縮損の計上 (※1) 圧縮限度額=取得資産の時価8,000,000-(譲渡資産の帳簿価額3,000,000+譲渡経費の額200,000)=4,800,000 2 譲渡益を計上しない方法 ①-2 土地A及び土地Bの交換 〈会計処理の解説〉 固定資産に係る国庫補助金、保険差益及び交換差益は、原則として益金となり課税所得を構成しますが、これを原則どおりに課税すると様々な弊害が生じます。 例えば、同一種類の資産を交換し、取得資産を譲渡資産と同一用途に供した場合、譲渡資産に係る譲渡益が発生したとしても、通常の譲渡取引のように金銭の収受がないため、当該益金に担税力はなく、これに課税すれば納税資金に窮することとなります。 このような事態を防ぐために、税法上では、圧縮記帳という制度が設けられています。 本事例で取り扱っている交換差益については、以下の要件に適合する固定資産の交換をした場合に、圧縮記帳の適用が認められます(法人税法第50条第1項及び第2項)。 また、損金算入できる圧縮限度額は、以下の算定式により計算されます。(法人税法施行令第92条第1項) 本事例において、当社は土地A(時価8,000,000円、帳簿価額3,000,000円)を譲渡し、土地B(時価8,000,000円)を取得しています。そのため、土地Bの時価8,000,000円と土地Aの帳簿価額3,000,000円の差額5,000,000円を土地譲渡益として計上します(①-1の仕訳)。 本事例では、交換差金は発生していないため、圧縮限度額は取得資産の時価8,000,000円-(譲渡資産の帳簿価額3,000,000円+譲渡経費の額200,000円)=4,800,000円となります(②の仕訳)。 一方で、譲渡益と圧縮損を両建計上せずに、取得資産の取得価額を譲渡資産の譲渡直前の帳簿価額と譲渡経費との合計額とする方法もあります(連続意見書第3・第1の四の4)(①-2の仕訳)。 なお、交換差益の圧縮記帳は、税務上、原則として直接減額方式しか認められません。剰余金処分方式では、損金算入の要件を満たしていないという点に注意が必要です。 (了) ※4月は減損会計を取り上げます。
改正労働者派遣法への実務対応 《派遣元企業編》 ~人材派遣会社は「いつまでに」「何をすべきか」~ 【第2回】 「雇用安定措置等への対応」 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 【第2回】は、新たな許可基準への対応について検討する。 1 雇用安定措置への対応 派遣元は、一定の者に対して雇用安定措置を講ずる義務がある。そこで、雇用安定措置を講ずるべき対象者を特定する体制を整備し、その者に対して必要な措置を講ずるための準備が必要となる。 (1) 対象者の特定 雇用安定措置の義務化の対象となるのは、派遣先の同一の組織単位の業務に継続して3年従事する見込みがある、引き続き就業を希望する有期雇用派遣労働者となる。したがって、まず、派遣先の同一の組織単位で派遣就業させるために締結する有期雇用契約が更新により3年となることが見込まれる者を抽出し、その者に3年の派遣就業後の希望を聴取した上で、雇用安定措置の対象者を特定することになる。 希望を聴取すべき対象者になるかは、契約期間という客観的な指標により判断する必要があるため、有期雇用契約の更新のタイミングで判断することとなる。したがって、派遣先の同一の組織単位での就業期間の見込み(当該契約を満了したときの継続通算就業期間)を、契約の更新の際に必ず確認する体制が必要となる。 希望の聴取については、3年の派遣就業が終了する日の前日までに行えばよいとされ、4つの雇用安定措置((2)を参照)のうちどの措置を講ずるかは派遣元の裁量に委ねられているが、派遣労働者の意向を尊重するためには、早期に希望する雇用安定措置の内容について聴取を行い、十分な時間的余裕をもって対応することが望ましいとされている。したがって、有期雇用契約の期間にもよるが、更新により3年となることが見込まれる最後の契約の更新のタイミングで希望を聴取するとよいだろう。 また、雇用安定措置の努力義務の対象となる、派遣先の同一の組織単位の業務に継続して1年以上3年未満従事する見込みがある者等に対しても同様の対応を検討されたい。 (2) 雇用安定措置の準備 雇用安定措置としては、以下の4つのいずれかの措置(①で、結果的に派遣先で直接雇用に至らなかった場合は、②~④のいずれかの措置)を講ずる必要があるが、①については直接雇用に至るか否かは派遣先の意向となり派遣元では決定できない、②については合理的な条件で就業できるものに限られるためその時の状況により新たな派遣先を提供することが難しい場合も想定される、また、③については派遣元で決定できるものの雇用可能な範囲には限りがある。よって、対象となるすべての派遣労働者に対して雇用安定措置を講ずるためには、④の措置を検討しておく必要がある。 ④の措置は、「派遣労働者の雇用の継続が確実に図られる措置であれば教育訓練に限定されるわけではなく、例えば、派遣元事業主が職業紹介をできる場合にあっては当該派遣労働者を職業紹介の対象とすること(ただし雇用に結びついた場合に限る)等も含まれる。」(労働者派遣事業関係業務取扱要領より)とされている。派遣元の状況にもよるが、有給で研修等を実施する体制が必要となるだろう。 (3) その他 派遣労働者に対して実施した雇用安定措置については、日時や内容を派遣元管理台帳に記載する体制が必要となる。なお、雇用安定措置として①の措置(派遣先に当該派遣労働者を直接雇用するよう依頼する)を講じた場合は、派遣先の受入れの可否についても記載が必要となる。 派遣労働者を雇用安定措置の義務化の対象としないよう、派遣元が派遣期間を故意に3年未満とするような行為を行い、繰り返し行政により指導があったにもかかわらず是正しない場合は、派遣事業の許可の基準を満たさず許可の更新を行わないこともあるとされているので注意が必要となる。 また、雇用安定措置を講じて雇用契約の更新を行い、契約期間が通算して5年を超えたときは、派遣労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約に転換できる(労働契約法第18条第1項)ため、この点も踏まえて対応の整理が必要となる。 2 キャリアアップ措置への対応 (1) 教育訓練プログラムの周知 派遣元は、派遣労働者に対して、段階的・体系的に必要な知識や技能を習得するための教育訓練を実施しなければならない。教育訓練計画については派遣事業の許可又は更新時に策定しているが、実際に派遣労働者に実施するためには、どのような教育訓練プログラムがあるのか等、その内容を派遣労働者に周知することが求められる。 周知の方法としては、ホームページでプログラムを紹介したり、プログラムを記載したパンフレットを配布する等が考えられる。 (2) 受講への配慮等 派遣元は、派遣労働者が教育訓練プログラムを受けられるよう配慮しなければならない。例えば、同じプログラムについて複数の受講機会を設けたり、開催日時や時間を配慮する等により、可能な限り派遣労働者が受講しやすいものとすることが望ましいとされていることから、eラーニング等の方法により、柔軟に受講できる体制の検討が必要だと考える。 また、教育訓練は有給で実施する必要があるため、その取り決めも必要になるだろう。派遣就業する際の時給とは別の定めをすることも、法令に抵触しない範囲で可能となる。 (3) キャリアコンサルティングの実施 派遣元は、派遣労働者が希望した場合は、キャリアコンサルティング(労働者の職業生活の設計に関する相談その他の援助)を実施しなければならず、キャリアコンサルティングの知見を有する者を相談窓口に配置する必要がある。当該窓口を周知し、対面のみならず電話等でも相談を受け付ける等して、派遣労働者が積極的に当該コンサルティングを活用できる取組みが望まれる。 (4) その他 派遣労働者に対して実施した教育訓練については、日時や内容を派遣元管理台帳に記載する体制が必要となる。また、キャリアコンサルティングを行った日時とその内容についても同様に記載が必要となる。 3 対応スケジュール 雇用安定措置の義務化への対応については、改正法施行後に締結する労働者派遣契約により派遣先の同一の組織単位の業務に継続して3年従事する見込みがある者が対象となるため、時間的な余裕があるものの早めの対応を検討されたい。 キャリアアップ措置への対応については、改正法施行後、すべての派遣労働者が対象となるため、急ぎ対応が必要となる。 * * * 次回は、労働者派遣契約等の見直しへの対応について検討する。 (了)
養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第20回】 「虚偽の嫡出子出生届と養子縁組」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 問 題 甲は乙と婚姻後、長年、子に恵まれなかったところ、地元紙の片隅に「急募、生まれたばかりの男の赤ちゃんを、わが子として育てる方を求む。某産婦人科医院」との広告を見つけた。早速、甲乙夫婦は某産婦人科医院を訪れ、某医師から赤ちゃん丙の斡旋を受け、甲乙夫婦の子として出生届を提出した。甲乙夫婦は自己の子のようにして丙を育てた。なお、某医師は、子に恵まれない夫婦に実子として赤ちゃんを斡旋するため、出生証明書を偽造していたもので、後にマスコミ等でも大きく取り上げられることとなった。 近隣に住んでいた甲の弟丁は、某医師に関する報道直後、丙が甲乙夫婦の実子ではないと感じ、甲乙夫婦に問いただしたところ、甲乙はそれを認めたが、丁もそれ以上何も言わなかった。丙が41歳になったときに甲は死亡したが、その数年前から丙と丁との関係は些細なことをめぐって次第に悪化していた。 丁としては、丙ではなく自己が乙とともに甲の遺産を相続すべきと考え、甲丙間の親子関係不存在確認訴訟を提起した。丁の請求は認められるか。 回 答 丁の請求は権利濫用として棄却される可能性がある。 解 説 1 本問の参考事件 本問は、菊田医師赤ちゃんあっせん事件を参考としている。産婦人科開業医であった菊田医師は、妊娠後期での人工中絶は殺人に等しいと考え、中絶可能期間を経過しても中絶を望む妊婦に子を出産するように説得し、生まれてきた赤ちゃんを子のいない夫婦に実子として無報酬で斡旋した。 戸籍法第49条第3項は、「医師、助産師又はその他の者が出産に立ち会った場合には、医師、助産師、その他の者の順序に従ってそのうちの一人が法務省令・厚生労働省令の定めるところによって作成する出生証明書を届書に添付しなければならない。ただし、やむを得ない事由があるときは、この限りでない。」と規定されているが、菊田医師は、違法を承知の上で虚偽の出生届出書を発行した。その数は約10年間で100を超えるとされている。 1973年、菊田医師は医師法違反で告発され、6ヶ月の医療停止処分を受けるなどしたが、この事件は後の特別養子縁組制度の制定に大きな影響を与えたとされている。 2 虚偽の嫡出子出生届を普通養子縁組届として認めないとする判例 本問において被告となる丙としては、嫡出子としてなされた出生届には養子縁組届出としての効力が認められるべきであり、甲と丙との間には養親子関係があるとの抗弁を主張することが考えられる。虚偽の嫡出子出生届がなされている場合に、その出生届をもって普通養子縁組届として認めることができるかという問題である。 この問題に関し、過去、下級審判例等ではそれを肯定する例もあったが、最高裁は、大審院時代から一貫してこれを否定してきた(大判昭和11年11月4日、大判昭和13年7月27日、最高裁判昭和25年12月28日、最高裁判昭和49年12月23日、最高裁判昭和50年4月8日等)。養子縁組は要式行為であり、嫡出子出生届では養子縁組届としての要式性を具備せず、この届出を無効行為の転換という形で養子縁組届とみることができないということを主たる理由とする。 その後、下級審判決には養子縁組届として認めるべきとの判断を下したものもあるが、この点に関する最高裁の考え方は現在においても維持されている。 3 親族等からの確認請求を権利濫用とする最高裁判決 しかし、虚偽の出生届に端を発したとはいえ、長期にわたり親子同然の生活を続け、関係者もこれを前提として社会生活上の関係を形成してきたにもかかわらず、実親子関係が存在しないとの結論をすべてにおいて貫く場合には、虚偽の届出について何ら帰責事由のない丙に多大な精神的苦痛、経済的不利益を強いることになるばかりか、関係者間に形成された社会的秩序が一挙に破壊されることにもなりかねない。しかも、本問のように甲がすでに死亡しているような場合には、丙は甲と改めて養子縁組の届出をすることもできない。 そのため、平成18年以降、虚偽の出生届によって嫡出子とされている子を被告とする親子関係不存在確認請求事件について、親族等からの請求を、権利濫用を理由に破棄、差し戻した最高裁判例が3件続いた(最高裁判平成18年7月7日(平成17年(受)第1708号)、最高裁判平成18年7月7日(平成17年(受)第833号)、最高裁判平成20年3月18日。なお、最高裁平成20年3月18日判決については韓国法を準拠法として判断されている)。 4 実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえる事情 これら判決では、下記事項等、諸般の事情を考慮し、実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときには、当該確認請求は権利の濫用に当たり許されないと判示している。 なお、上記最高裁判例では、①30年以上から50年強にわたり実の親子と同様の生活実態があり、その間、原告において、被告が戸籍上の両親の子であることを否定したことがないこと、②相続問題が絡んでおり被告の受ける経済的不利益も軽視し得ない可能性が高いこと、③戸籍上の父または母の死亡等により養子縁組をして嫡出子としての身分を取得することが現時点では不可能であること、④原告の動機、目的が自己の経済的利益を図るものや、法要の参列者などが原告に相談なく決めようとされたこと等、合理的な事情とはいえないこと、⑤実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合に原告以外に著しい不利益を受ける者が存在しないこと等については、権利濫用とされるための積極的要素として判断しているものと考えられる。 5 本問のケースでは? 本問においても、①約40年もの長期にわたり甲丙間において実の親子と同様の生活実態があり、その間、丁において、丙が戸籍上の両親の子であることを否定したことがないこと、②相続問題が絡んでおり丙の受ける経済的不利益も軽視し得ない可能性が高いこと、③甲が死亡している以上、甲丙間での養子縁組を行うことができないこと、④丁が訴訟を提起するに至った経緯、動機等が甲死亡に至るわずか数年間における些細な出来事を発端とすること、⑤実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合に丁以外に著しい不利益を受ける者は存在しないと考えられること等からすれば、実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえ、丁の請求は権利濫用として棄却される可能性が高い。 (了)
『デジタルフォレンジックス』を使った 企業不正の発見事例 【第1回】 「昨今の不正会計事件の調査に使われたフォレンジック調査」 PwCアドバイザリー合同会社 マネージャー 奈良 隆佑 1 はじめに 先の連載では全7回にわたり、「企業の不正を明らかにする『デジタルフォレンジックス』」と題してデジタルフォレンジックスの概要について解説をしてきた。本連載からは具体的にその『デジタルフォレンジックス』が実際の調査においてどのように活用されているのかを事例を交えながら紹介していく。 第1回目では不正会計事件の調査に使われたフォレンジック調査ということで、不正会計の調査の中でデジタルフォレンジックスがどのような役割を果たしたのかについて紹介する。 2 不正会計調査においてデジタルフォレンジックスが活用され、その手法が公開されるようになった経緯 企業の不正を明らかにする『デジタルフォレンジックス』【第1回】の中で触れられているように、デジタルフォレンジックスの概念自体は30年以上前に遡り、欧米諸国を中心に犯罪行為の調査などで実務的にも用いられ、発展してきた。そもそもデジタルフォレンジックスとは何かといった定義については、この【第1回】をご参照いただければと思う。 日本におけるデジタルフォレンジックスは、2000年代に入り実務的に活用されている局面が出てきたが、不正会計調査における重要な手法としてある程度確立されたのはここ5年ぐらいではないだろうか。 筆者は2008年頃から関連業務に携わっているが、その頃も確かにデジタルフォレンジックスは不正会計調査において活用されていたものの、その活用の実態が調査報告書などを通じて一般に公開されるといったことはなかったと記憶している。 現在では、インターネットで開示されている第三者委員会による不正会計調査の調査報告書を読めば、事案によってはデジタルフォレンジックスが不正会計調査においてどのように活用されているかといった情報を容易に得ることができる時代になった。中には実際に使われたツールの名前や、電子メールを絞り込むうえで使用されたキーワードなど、詳細を記述したレポートも存在する。 このように不正会計調査におけるデジタルフォレンジックスの活用が促進された1つの大きな理由としては、パソコンや携帯電話に残された証拠の重要性ということがある。こういった調査手法に関する情報の開示が進むきっかけとなったのは、日本弁護士連合会が2010年7月15日にリリースした「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」 (2010年12月17日に改訂)(※1)ではないかと考える。当該ガイドラインの調査の手法の例の中でも「デジタル調査」が含まれており、「第三者委員会は、デジタル調査の必要性を認識し、必要に応じてデジタル調査の専門家に調査への参加を求めるべきである」(※2)とある。 (※1) 「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」(日本弁護士連合会) (※2) 「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」第6 1.⑦ また具体的な手法としても、2010年4月にデジタル・フォレンジック研究会より「証拠保全ガイドライン 第1版」(※3)がリリースされており、日本における不正会計調査においてデジタルフォレンジックスを積極的に活用し、その手法を調査報告書内で開示する土台がその頃にできたと考えることもできる(本稿執筆時点では最新版として2015年4月2日に第4版がリリースされている)。 (※3) 「証拠保全ガイドライン 第1版」(特定非営利活動法人 デジタル・フォレンジック協会) 3 不正会計調査におけるデジタルフォレンジックス活用例 次に、デジタルフォレンジックスが実際の不正会計調査の中でどのように活用されているかをご紹介したい。 不正会計事件を調査する上での手法は不正の種類や手口、規模などによって多様であるものの、関係者のパソコンや携帯電話、会社内のサーバに残されたデータが調査を進める上で重要な情報の1つであることは言うまでもない。 また、デジタルフォレンジックスが不正会計調査で果たす役割は、調査着手時点でどれくらいの情報が得られているかにもよって変わってくる。ここでは筆者の経験も踏まえ、実際にデジタルフォレンジックスが不正会計調査の中で活用されたケースを下記3つの切り口で考えてみたい。 (1) 不正事案のスキームの特定/把握 これは主に、調査着手時点で対象者、関与者の特定はある程度できているものの、不正の手口や詳細なスキームが分かっていないケースである。 弁護士や会計士による関係者に対するヒアリングは調査の早い段階で行われることが多いが、関係者が情報提供に積極的でない場合、スキームの全体像がなかなか見えてこないことがある。そういった際に、先に関係者のメールの中から重要な情報を入手しそれを効果的に使うことで自白を促すといったことも期待できる。発見された重要なメールを有効に活用するためには、どのタイミングでヒアリング対象者にそれを提示するかといったことも重要になってくる。 (2) ヒアリング内容の裏付け 不正会計調査の中では、調査に着手した段階である程度不正事案のスキームが見えているケースも少なくない。また、最初に実施する関係者に対するヒアリングの中で幸い多くの情報を得ることができる場合もある。 こういったケースでは、デジタルフォレンジックスによるメールやデータのレビューを活用することで、ヒアリング内容の裏付けを進めることが可能である。この場合、実際に事案が発生した日などが分かっていれば特定の範囲のメールやデータを集中的にレビューすることも可能であり、調査を効率的に進めることができる。 また、過去にはヒアリングを実施した関係者の中で、それぞれの内容に矛盾があるケースがあった。その時には、矛盾が発生している範囲に対して重点的にメールレビューを進めることで事実確認を行うことに繋がった。 (3) 関与者の範囲の特定 不正会計調査でデジタルフォレンジックスを活用することが決まると、実際にデータの保全・収集の対象となる従業員や役員を決めることになる。また、社内の共有サーバデータが保全・収集の対象となることも一般的である。 なお、既知の関与者から潜在的な関与者に至るまで、優先順位をつけ、ある対象者まではデータの保全・収集の上速やかにレビューを進める一方で、残りの対象者に対してはひとまずデータ保全・収集のみを実施するといったケースも実務的には多く見られる。 ヒアリングやメールレビューの過程で新たな関与者が発覚した場合は、その人物も対象者に加えるなど限られた時間の中で柔軟な対応が要求される。また、優先順位の高い関与者に適用したキーワード群やレビューの中で得られた重要キーワード群を、優先順位の低い対象者のデータに対して検索をかけ、関与の度合いをチェックするといったこともしばしば行われている。 不正会計事案においては、当初発覚していた不正スキームや事案に対して詳細な調査を進める中で、さらに根深い問題に直面したり、想定以上に関与者が多かったといった結末を迎えることもある。 不正事案において「どの範囲まで関与が疑われるか」「組織ぐるみか否か」といったことは調査報告書を作成する上で考えなければならない最も重要な問いの1つであると筆者は考える。 なぜならば、その問いに対して事実としての答えが得られなければ、当該不正会計事案の「本当の原因」を特定することは難しいであろうし、原因が特定できなければ適切な再発防止策を打ち出すことも不可能だからである。 * * * 本稿を通じて実際の不正会計調査におけるデジタルフォレンジックスの位置づけや役割、その重要性が少しでも伝われば何よりである。 一方で昨今のデジタルフォレンジックスの活躍の舞台は不正会計調査だけに留まらない。これ以降の回ではデジタルフォレンジックスが活用される調査にはどういった類のものがあるのか、そしてその中で具体的にどのように活用されているのか、できる限りご紹介していく。 (了)
《速報解説》 ASBJ、マイナス金利に対する会計上の論点等について議事概要を公表 ~減価償却制度の28年度税制改正対応への言及も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年3月10日、 企業会計基準委員会は「第331回企業会計基準委員会の概要」を公表し、「マイナス金利に関する会計上の論点への対応について」の議事概要を公表した。 このほか、「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」、平成28年3月4日に開催された基準諮問会議の議事概要も公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 退職給付債務の計算における割引率 平成28年3月9日、企業会計基準委員会において「マイナス金利に関する会計上の論点への対応」が審議され、次のように「退職給付債務の計算における割引率」に関する取扱いが述べられている。 次の検討が述べられている。 Ⅲ 金利スワップの特例処理 平成28年3月10日に公表された「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」では、マイナス金利に関連する会計上の論点(退職給付債務の計算における割引率、金利スワップの特例処理)に関して質問が寄せられているとし、今後の対応について次のように述べられている。 Ⅳ 平成28年度税制改正に対応した減価償却 平成28年3月4日に開催された基準諮問会議に関する(議事要旨2)「企業会計基準委員会の最近の活動状況について」では、次の記載がなされており、3月9日の企業会計基準委員会における「基準諮問会議からの報告」として、「マイナス金利及び平成28年度税制改正に対応した減価償却について、必要に応じて、貴委員会で検討頂きたい」と述べられている。 (了)
《速報解説》 改正法務省令及び企業結合会計基準等に対応した 『経団連ひな型』が公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年3月9日、 一般社団法人 日本経済団体連合会は「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」(改訂版)を公表した。 今回の改訂は、平成28年1月8日に公布された「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令」(平成28年法務省令第1号)、2016年3月期に「企業結合に関する会計基準」が全面適用になることなどに対応するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 計算書類関係 1 用語の変更等 「企業結合に関する会計基準」等の全面適用に合わせて、次の改訂が行われている。 2 連結計算書類における1株当たり当期純利益 連結計算書類における「1株当たり情報に関する注記」の[記載例]は、従来どおり、「1株当たり当期純利益」であるが、「記載上の注意」において「1株当たり親会社株主に帰属する当期純利益」と記載することもできることを示している。 3 会計基準変更時差異に関する記載例の削除 「退職給付に係る会計基準」(平成10年6月16日)が平成12年4月1日以後開始する事業年度から適用され、会計基準変更時差異の費用処理は15年以内の一定の年数とされていたが、15年を経過したことにより記載例から削除している。 Ⅲ 株主総会参考書類関係 「社外取締役候補者」に関して次の「記載上の注意」としている。 そのほか、「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令」(平成28年法務省令第1号)に対応している。 (了)
2016年3月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.160を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第39回】 「法人税法にいう『法人』概念(その3)」 ~株主集合体説について考える~ 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 (2) 判決の要旨 (イ) 大阪地裁判決 大阪地裁平成22年12月17日判決(判時2126号28頁)は、実体法的観点から法人該当性を以下の2つの基準で判断すべき旨説示している。 同地裁はこれのみではなく、手続法的観点からも法人該当性を判断すべきとして、次の3つ目の判断基準を示した。 その理由は、実体法上権利義務の帰属主体となることができる者は当然に訴訟上の当事者能力を有するということができるからである(民事訴訟法28条参照)。 この判断は、Yの主張に沿ったものであった。結論として、Yの主張を採用し、納税者敗訴となっている。 (ロ) 大阪高裁判決 この事件は控訴され、控訴審大阪高裁平成25年4月25日判決(税資263号順号12208)では、Yが主張した基準である上記①ないし③に対して、否定的な態度が示された。 このように説示し、さらに、Yの主張する基準①ないし③は、任意組合や人格のない社団等についても該当し得るため、これら基準は法人と法人でない団体(事業体)とを区別する基準として機能し得ないとし、原審におけるYの判断基準を採用することはできないとした。 そこで、大阪高裁は、法人該当性について次のように論じた。 により判断し、さらに そして、法人該当性については次の4つの観点から判断すべきであると論じたのである。 これらを本件に当てはめると、次のとおりとなる。 その上で、次のように論じて、本件LPSの法人該当性を肯定している。 4 LPS事件の検討 (1) 参考となる最高裁判決 上記LPS事件で議論されたのは、米国で組成されたLPSが我が国所得税法上の「法人」に該当するか否かという問題である。この事件は、第一審及び控訴審のいずれにおいても、X(納税者側)がした本件LPSの法人該当性を否定する主張に与せず、その理論構成自体は異なるものの、法人該当性を肯定している。 すなわち、結論としては、本件LPSは我が国租税法上の「法人」に該当するため、本件LPSの営む不動産賃貸事業から生じた損失は、本件LPSをパススルーしてXらに帰属するものとはいえず、その損失の金額をもってXらの他の所得と損益通算することはできないとしたものである。 この事件は、現在、X側が上告受理申立てをしており、最高裁での判断が注目されているところである。 ところで、いわゆるLPS事件と称される事案は、上記に紹介した大阪地裁・大阪高裁のものだけではない。すでに類似事案において、最高裁判決が示されているので、これも確認することとしよう。 最高裁平成27年7月17日第二小法廷判決(民集69巻5号1253頁)は、次のように判断して、LPSの法人該当性を肯定している。 まず、最高裁は、外国法に基づいて設立された組織体のうち、法人に「租税負担を負担させることが相当であると認められるものを外国法人」として自然人以外の納税義務者とすると論じる。 その上で、所得税法上の「外国法人」に該当するか否かは、 としている。 そして、どのようにして、納税義務者としての適格性を基礎付ける属性を判断するかについて、我が国の租税法上の法人概念は民法上の法人概念に依拠していることを前提とし、次のように権利義務の帰属主体となるか否かで判断することが相当であると説明するのである。 他面、設立の根拠法となった外国法の規定の文言や法制の仕組みから、日本法上の法人に相当する法的地位が付与されているかどうかについて明白性が認められるのであれば、それらを基準として考えることもできるというのである。 これらの説示から、次の2段階の基準で法人該当性を判断すべきであるとし、まず、 とし、次に、それができない場合に、当該組織体の属性に係る観点の検討として、 というのである。 このような判断基準に従うことになるが、結局のところ、 と判示する。 結論的には、州LPS法やデラウェア州一般会社法をみても、対象となるLPSが、日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるとはいい難いとする。 すなわち、上記①の基準では結論付けることができないというのである。 そこで、本件各LPSが法人該当性の実質的根拠となる権利義務の帰属主体とされているか否かという上記②の基準について検討を行い、 とし、 と説示した。 (続く)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第10回】 「創設規定と確認規定④」 公認会計士 佐藤 信祐 前回では、最高裁昭和45年7月16日判決の解説を行った。本稿では、広島高裁昭和43年3月27日判決の解説を行うこととする。 本判決は、役員からの貸付金に対する過大な利息の支払いが損金の額に算入することが認められるか否かについて争われた事件であるが、現在であれば、同族会社等の行為計算の否認によらずに否認されるべきものである。 (5) 広島高裁昭和43年3月27日判決(TAINSコード:Z052-1712) ① 控訴審 ② 評釈 このように、広島高裁は、被告である課税庁の主張を認め、銀行からの借入金利を上回る部分の金額につき、過大役員報酬または役員賞与として損金の額に算入することができないものとした。 また、判決文を見てみると、同族会社等の行為計算の否認規定を用いたに等しい否認がなされていることが分かる。これは、【第5回】で解説したように、昭和25年に改正された法人税基本通達にて、株主、社員に特に多額の利子又は賃借料を支払った場合には、同族会社等の行為計算の否認が適用されることが明らかにされているため、課税庁もこれを根拠として否認を行ったものと考えられる。しかしながら、控訴人の主張にあるように、同族会社ではないことから、同族会社等の行為計算の否認を適用することができないため、直接に本規定の適用を争った事件ではない。そのため、傍論ではあるものの、同族会社等の行為計算の否認のような条文がないからといって、「経済的合理性を無視した不自然な行為計算をとることにより、法人税を回避軽減したこととなるような場合に、その行為計算の否認が許されないと解すべき理由はない」という判旨に繋がっていったと考えられる。 このように、本判決は、同族会社等の行為計算の否認と実質主義を明確に区分できておらず、実質主義の用語そのものもかなり曖昧であった時代のものであるということができる。本事件のように、実質主義の適用により、過大な利息を役員報酬又は役員賞与であるとみなすというのは、明文の規定がなくても容認されるべき範疇ではなかろうか。この点につき、現行法人税法34条4項では、「前三項に規定する給与には、債務の免除による利益その他の経済的な利益を含むものとする。」として明文化を図っているが、本規定を確認規定とみることも可能であると思われるし、学術的にはともかくとして、実務的には、そのように考える実務家も少なくないと思われる。 さらに、神戸地裁昭和45年7月7日判決(訟月16巻12号1513頁)、東京地裁昭和46年3月30日判決(TAINSコード:Z062-2710)でも同様の争いがなされているが、とりわけ、東京地裁昭和46年3月30日判決にて、 と判示されている。 このように、本稿で紹介した広島高裁昭和43年3月27日判決においても、本来であれば、事実認定により処理されるべき内容であったということが言えることから、同族会社等の行為計算の否認が創設規定なのか、確認規定なのかを判断したものではないと考えられる。 次回は、最高裁昭和54年9月20日判決について解説を行う予定である。 (了)