〈一から学ぶ〉 リース取引の会計と税務 【第11回】 「貸手のリース取引の会計処理」 公認会計士・税理士 喜多 弘美 これまで、セール・アンド・リースバック取引や転リース取引も含めて、リース取引の借手の会計処理を扱ってきました。今回は、リース取引の貸手の会計処理について、見ていきます。 1 貸手から見たリース取引 (1) 貸手はだれ? リース取引の貸手は、【第3回】「リース取引の流れ」で使用した図の中の「リース会社」です。つまり、今回の主役はリース会社になります。 (2) リース会社から見たリース取引 リース会社は、ユーザーに代わり、サプライヤーからリース物件を購入し、リース物件をユーザーに引き渡します。今まで見てきたように、リース会社とユーザーのリース契約は、売買取引としての性格を持っています。 また、お金の流れを見ると、リース会社はサプライヤーへリース物件の代金を支払い、本来、代金を支払うはずだったユーザーからリース料を受け取ります。ユーザーから受け取るリース料は、リース物件の代金をユーザーから回収していることになり、金融取引としての性格を持っています。 このように、リース会社から見たリース取引は、売買取引と金融取引の性格を持っていることになります。 2 貸手の会計処理 (1) 所有権移転ファイナンス・リース取引の会計処理 所有権移転ファイナンス・リース取引の貸手の会計処理は、取引実態に応じて、次の3つの方法のどれかを選択することになっています。 それでは、①~③の方法について、設例を用いて、仕訳と一緒に確認します。 【設例】 ① リース取引開始日に売上高と売上原価を計上する方法 1つ目は、リース取引開始日にリース料総額を売上高として計上する方法です。主に、製造業、卸売業等を営む企業が製品又は商品を販売する手法としてリース取引を利用する場合を想定しています。これは、リース会社から見たリース取引が持つ2つの性格(売買取引と金融取引)のうち、売買取引の性格を重視した方法です。 (ア) リース取引開始日 リース取引開始日に、リース料総額で売上高を計上し、同額でリース債権を計上します。 また、リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供するために支払う付随費用を含めます)により売上原価を計上します。 (イ) リース料受取時(1年目) リース料を受け取る時に、リース債権を減らします。 (ウ) 決算時(1年目) リース取引開始日に計算された売上高と売上原価との差額を利息相当額として扱います。つまり、今回の【設例】では、900万円(=売上高5,000万円-売上原価4,100万円)が利息相当額になります。 リース期間中の各期末において、リース取引開始日に計算された利息相当額の総額のうち、各期末日後に対応する利益は繰り延べます。 【設例】では、リース取引開始日に計算された利息相当額900万円のうち、2年目以降の利益613万円(=利息相当額900万円-1年目の利息287万円)を繰り延べることになります。 ② リース料受取時に売上高と売上原価を計上する方法 2つ目は、リース期間中の各期に受け取るリース料(以下、「受取リース料」といいます)を売上高として計上する方法で、割賦販売の処理を想定しています。これは、リース会社から見たリース取引が持つ2つの性格(売買取引と金融取引)どちらも重視した方法です。 (ア) リース取引開始日 リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供するために支払う付随費用を含めます)により、リース債権を計上します。 上記仕訳は、リース物件を購入し、その購入した資産をそのままユーザーへ譲渡した仕訳の2つに分解することができます。 (イ) リース料受取時(1年目) 各期の受取リース料を各期において売上高として計上し、当該金額からリース期間中の各期に配分された利息相当額を差し引いた額をリース物件の売上原価として処理します。 【設例】では、713万円(=1年目の受取リース料1,000万円-1年目の利息相当額287万円)を売上原価として計上します。 ③ 売上高を計上せずに利息相当額を各期へ配分する方法 3つ目は、売上高を計上せず、利益の配分のみを行う方法です。リース会社から見たリース取引が持つ2つの性格(売買取引と金融取引)のうち、金融取引の性格を重視した方法になります。 (ア) リース取引開始日 リース取引開始日に、リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供するために支払う付随費用を含めます)により、リース債権を計上します。 (イ) リース料受取時(1年目) 各期の受取リース料を利息相当額とリース債権の元本回収とに区分し、受取リース料を各期の損益として、利息相当額をリース債権の元本回収額として処理します。 【設例】では、1年目の利息相当額が287万円のため、713万円(=受取リース料1,000万円-1年目の利息相当額287万円)が元本回収になります。 * * * 所有権移転ファイナンス・リース取引の貸手の会計処理について、3つの方法を見てきました。どの方法を採用しても毎年の貸借対照表の結果は同じ、また、損益計算書も勘定科目(売上高、売上原価、受取利息)に違いはありますが当期純利益に与える影響額は同じになります。 ただし、選択した方法は継続的に適用する必要があります。また、①又は②の方法を採用する場合は、割賦販売取引において採用している方法との整合性を考慮し、いずれかの方法を選択します。 (2) 所有権移転外ファイナンス・リース取引の会計処理 所有権移転外・ファイナンス・リース取引の会計処理も、(1)の所有権移転ファイナンス・リース取引とほぼ同じですが、以下3点が異なります。 (3) オペレーティング・リース取引の会計処理 オペレーティング・リース取引は、借手と同じく、「賃貸借処理」に係る方法に準じて会計処理をします。貸手がリース物件を所有することになるので、貸手はリース物件を購入価額で固定資産として計上し、受取リース料を売上高として計上します。また、固定資産は減価償却し、減価償却費は売上原価に計上することになります。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第44回】 「仲介者や金融機関から好まれる買い手の条件」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒仲介者や金融機関から好まれる買い手の条件を知って対応に活かす。 売り手企業 ⇒仲介者や金融機関から好まれる買い手の条件を知ってヒントにする。 支援機関(第三者) ⇒買い手との良好な信頼関係づくりに役立てる。 その他の対象者 ⇒仲介者や金融機関から好まれる買い手の条件を理解する。 1 細かい要望や要求は買い手にマイナス作用 中小企業M&Aにおける買い手(候補)企業(以下、「買い手」といいます)と仲介者や金融機関(以下、「仲介・金融機関」といいます)との関係は、仲介・金融機関が買い手に仲介・紹介案件を提案、推奨し、買い手が仲介・金融機関に要望、要求をするのが一般的です。 買い手の立場からすれば、M&Aは大きな買い物となりますので、M&Aの検討にあたっては、たとえば以下の点が気になります。 さらに、細かく探っていくと、以下の項目なども気になるでしょうが、挙げだすときりがありません。 もうおわかりと思いますが、これらすべてに満足できるような売り手(候補)企業など見つかるはずもなく、仮にあったとすれば、手に届かないほどの譲渡価額でないとM&Aは成就しないはずです。なぜなら、それほどの魅力的な売り手であれば、他社からも需要があるためです。 調査や統計上明らかになっているわけではないので確実な情報ではありませんが、買い手から売り手に対する要望、要求が多いほど、結局、買い手にとって満足な候補先が現れず、口ではM&Aする、M&Aしたいと言っておきながら、たったの1度もM&Aしない中小企業は多いと思われますし、実際にそのような企業もあります。 2 仲介・金融機関に対して買い手のとるべき好ましい姿勢 仲介・金融機関はおそらく、何度か提案、紹介して買い手がこのような態度なら、そのうち、離れていくでしょう。彼らは、商売上の観点から買い手に接触するかもしれませんが、現在、中小企業のM&Aマーケットは、どちらかというと買い手の候補企業がたくさんいる割に売り手の候補企業が少ない状況にあります。なので、仲介・金融機関としては、無理をしてまで買い手企業を探さなくてもよい状況ともいえます。それなのに、わざわざ買い手に接触してくるということは、商売を念頭に置いている一方で、地域のため、親切心で、期待感から、紹介、提案しようと買い手に近づいているかもしれません。 買い手候補となりうる皆さんが少しでもM&Aに興味があるなら、仲介・金融機関の話を聞かずに、一方的にこちら側の要望、要求を押し付けるのではなく、たとえば、次の問いかけをするとよいでしょう。 単にM&Aをさせたい、M&Aの手数料がほしい、M&Aに関連する融資を付けたいなどの理由が透けて見えるようであれば断ればよいです。しかし、買い手をよく理解したうえで、買い手企業のためになると思って近寄ってきているとわかる場合は、話に乗ってみる価値はあります。買い手と見込まれるほどの企業の経営者であれば、仲介・金融機関の担当者と少し話せば、信用に足る企業や人物かがわかる目利き力をお持ちなのではないでしょうか。 しかし、言いなりになってよいわけではありません。M&Aを実行して、M&A後の会社を回していくのは買い手自身です。うまくいかない場合に、あのとき勧めた仲介・金融機関のせいだと他人に責任を転嫁するのは簡単ですが、それは結局買い手自身が招いた結果です。 こうした点を踏まえて、買い手の立場で、何が譲れない条件で、何が譲歩できる点かをはっきりと伝えられると、仲介・金融機関から、良い情報を引き出しやすくなります。 1を含めた情報を整理すると、売り手に対する要望や要求ばかりの買い手は仲介・金融機関から敬遠されやすい、かといって、言いなりの買い手だと、仲介・金融機関から見て危なっかしく、無責任とみなされる恐れがあります。 よって、M&A案件の紹介や提案には歓迎の姿勢を示しつつ、譲れる条件・譲れない条件を明示、主張する、その上で、対象を広げ過ぎず、かといって狭め過ぎずに、良い案件であれば基本的に応じる企業姿勢でいるのが仲介・金融機関から好まれる買い手といえそうです。 3 譲渡価額への強いこだわりは災いになりうる 1でも触れたように、買い手からの要望や要求があまりに多いか、あまりに細かいと、M&Aがなかなか進みません。なかでも、譲渡価額の高低が案件成立を左右する場合に、最終的に価額面で折り合わずに案件が成立しないのは残念です。売り手はなるべく高く、買い手はなるべく安く売買しようという気持ちになるのは自然ですので、買い手は安くて良い案件に心を奪われます。 しかし、安いのは譲渡価額のみであって、M&A後のコストが大きい、つまり、潜在的なコストが膨らむ可能性がある点には注意が必要です。 M&Aしたら人材が流出した、固定資産の入替えが必要だった、システム投資を検討しなければならなかった等々、M&A後のキャッシュアウトや負担の可能性をM&Aの段階で見積もっておかなければなりませんが、これを怠ると、見かけの譲渡価額、入口の譲渡価額に翻弄されてしまいます。 買い手がもっとも考えなくてはならないのは、譲渡価額ではなくて、売り手と一緒になった後の会社をどうしたいか、なぜその企業とのM&Aを望むのかという目的、目標感と整合するM&Aかどうかです。譲渡価額は確かに大事ですが、最優先事項ではありません。 もし、譲渡価額にこだわってしまうと、希望価額を上回ったら候補から外れてしまいます。すると、相性の良い相手をみすみす逃してしまう可能性もありますから、結果として、本来の目的から大きく外れていきます。 譲渡価額は売り手にも買い手にも重要事項ですが、買い手にとっては、目先の譲渡価額が高い、安いにつられてしまい、重大な選択誤りに気づかない恐れがあります。 このタイプの買い手は仲介・金融機関にとっても厄介で、価額面で折り合いのつかないM&Aを取りまとめるのは苦労します。 繰り返しますが、M&Aには譲渡価額よりも大事な論点がたくさんあります。本当にこだわるべきは譲渡価額ではないと割り切れる買い手なら、仲介・金融機関から好まれる可能性もアップします。 次回も、仲介者や金融機関が当事者となりますが、前回の【第43回】、今回の【第44回】と異なり、仲介者や金融機関の視点、つまり、M&Aの第三者として関わる当事者としての視点で、彼らが好む特徴や条件にフォーカスして解説したいと思います。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第14回】 「取締役会議事録をPDFファイル等で作成できるか」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 当社は、遠方の取締役もいるので、取締役会をWeb会議により開催しようと考えています。この場合、取締役会議事録をPDFファイル等の電磁的記録により作成する予定ですが、可能でしょうか。 もし電磁的記録で取締役会議事録を作成する場合、署名又は記名押印は、どうすればよいのでしょうか。 また、実際に出席した取締役等との関係では書面の議事録を作成し、Web会議により出席した取締役等との関係では電磁的記録の議事録を作成することはできるのでしょうか。 〔A〕 取締役議事録をPDFファイル等の電磁的記録で作成することは可能です。 電磁的記録で取締役会議事録を作成する場合、出席取締役等の電子署名が必要となります。 出席取締役等の電子署名については、2020年、国の解釈変更により、一定の条件で電子契約サービス事業者等が提供する電子契約サービスも利用できるようになりました。これまでより、電子署名を利用しやすくなったのです。 なお、書面の議事録と電磁的記録の議事録を別々に作成した場合、商業登記の際に添付資料として利用できないので、注意が必要です。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 取締役会議事録について 結論から言えば、取締役議事録をPDFファイル等の電磁的記録で作成することは可能だ。 取締役会議事録とは、取締役会が開催された日時及び場所、取締役会の議事の経過の要領及びその結果などを記録した書類のことである(会社法施行規則101条3項、4項)。 取締役会設置会社の場合、取締役会議事録を作成して、取締役会の会議の内容を記録しなければならない(会社法369条3項)。 この取締役会議事録については、書面だけでなく、電磁的記録により作成することもできる(会社法369条3項、会社法施行規則101条2項)。 ここでいう「電磁的記録」とは、磁気テープ、ICカード、CD-ROM、DVD-ROM、ハードディスクなどにデータを記録したものを意味する(会社法26条2項、会社法施行規則224条)。 パソコンのハードディスクに、取締役会議事録をPDF形式で保存した場合、「電磁的記録」により作成したと考えてよい。 2 署名又は記名押印について 書面により議事録を作成した場合、署名又は記名押印する必要があるが(会社法369条3項)、電磁的記録の場合、どうすればよいのか。 この点について、会社法上、電磁的記録により議事録を作成した場合、取締役会に出席した取締役・監査役は「電子署名」しなければならないとされている。(会社法369条4項、会社法施行規則225条1項6号)。 ここで、「電子署名」も含む署名等の持つ法的意味についても、説明する。 署名等については、議事録の記載を確認せずに、司法書士任せにしている取締役が多いのが実情だ。しかし署名等の意味を安易に考えてはならない。 署名等をしたことにより、議事録に異議をとどめない限り、記載された決議に賛成したことが推定される(会社法369条5項)。取締役議事録は、取締役の責任を判断する資料にもなる。出席する取締役の立場からすれば、安易に署名等をするのではなく、議事録の内容を確認しなければならない。場合によっては署名等を拒否することも検討する必要がある。 3 「電子署名」について 上記2で説明した「電子署名」については、2020年に国の解釈の変更がされたので、確認しておきたい。 (1) 従前の解釈 従前、この「電子署名」について、出席した取締役や監査役が自ら行うことが必要であり、電子契約サービス事業者等が提供する電子契約サービスを利用できないと考えられていた。 本人確認等を経て、認証の業務を行う機関から電子証明書の発行を受ける等の事前準備をしなければならず、時間と手間がかかっていた。 時間と手間がかかるので、実際には「電子署名」があまり利用されていなかった。 (2) 現在の解釈 2020年、行政の解釈が変更され、「サービス提供事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたものであることが担保」されている場合、電子契約サービス事業者等が提供する電子契約サービスを利用できるようになった(「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A」)。 現在は、電子契約サービス事業者等が提供する電子契約サービスにより、電子署名をするケースが多い。 4 書面の議事録と電磁的記録の議事録を別に作成する場合 書面の議事録と電磁的記録の議事録を別々に作成し、書面の議事録には一部の取締役が押印し、電子データの議事録には残りの取締役及び監査役が電子署名する方法は、可能か。 署名等が必要なのは、出席取締役等が決議に賛成したことを推定するためなので、会社法上は、実質的に問題がないと考えることもできる。 しかし、書面の議事録と電磁的記録の議事録を別々に作成する方法は、商業登記の添付書類として認められていない(昭36・5・1民四81号回答参照)。したがって、商業登記との関係で、書面の議事録と電磁的記録の議事録を別に作成するのは、現実的とはいえない。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例56】 「出席者の多数決による決議を可能とする 区分所有法の改正中間試案」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私が区分所有するマンションでは、集会を招集しても集会に出席せず、書面による議決権の行使や代理人の選任もしない区分所有者がいます。その中には、区分所有権を相続しただけで居住していない者や投資物件として取得した者もいるようです。 現在、区分所有法の改正が審議されており、集会決議を円滑化するための仕組みが検討されていると聞いていますが、どのような手続なのか教えてください。 1 はじめに 現在、法務省の法制審議会区分所有法制部会では、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)の改正を審議しており、令和5年6月8日に「区分所有法制の改正に関する中間試案」(以下「中間試案」という)が公表されている。今回は、改正が予定されている事項のうち、集会の決議を円滑化するための仕組みについて確認することとしたい。 2 現行の区分所有法の問題 現行の区分所有法は、集会の決議について、原則として、区分所有者及び議決権の過半数(絶対多数決)を要件としており、普通決議については規約によって緩和することが認められている(同法第39条第1項)。これを受けて、マンション標準管理規約は、普通決議について、定足数を議決権総数の半数以上の組合員の出席とし、総会の議事を出席組合員の議決権の過半数で決する旨定めている(マンション標準管理規約(単棟型)第47条第1項及び第2項)。これに対し、規約に緩和する定めがない場合の普通決議や、特別決議及び建替え決議については絶対多数決が必要となる。 法制審議会の審議においては、非居住化や相続によって建物の管理に関心を失った区分所有者や投資目的の区分所有者の中には、集会に出席せず議決権も行使しない者がいることが指摘されている。このような区分所有者は、決議において反対者と同様に扱われるため、決議に必要な賛成を得ることができず、円滑な建物の管理が阻害されるおそれがある(「中間試案の補足説明」7頁等)。特に、建物の高経年化と区分所有者の高齢化が進行している建物においては、ますます集会による意思決定が困難になりうることから、より円滑に集会の決議を行えるようにする仕組みを設ける必要がある。 3 出席者多数決による集会決議を円滑化するための仕組み 中間試案においては、集会決議を円滑化するため、次の①~⑥の決議事項について、絶対多数決ではなく、出席した区分所有者(※1)及びその議決権の一定の多数で決することが提案されている(出席者多数決、「中間試案」1、2頁)。これは、適切な招集手続を経ても集会に出席せず議決権も行使しない区分所有者は、一般に、決議における意思決定を他の区分所有者の判断に委ねていると類型的に評価することができるため、決議の母数から除外することも許容されるとの考えを背景としている(「中間試案の補足説明」8頁)。 (※1) 書面若しくは電磁的方法又は代理人によって議決権を行使した区分所有者を含む。 これに対して、中間試案では、建替え決議(区分所有法第62条)のような区分所有権の処分を伴う決議については、議決権を行使しない区分所有者に重大な影響を与えることから出席者多数決の対象から除外されている(「中間試案の補足説明」8頁)。 上記②から⑥は特別決議事項であり、建替え決議と同様に、区分所有者に与える影響は少なくない。しかし、区分所有者は、区分所有者の団体の構成員として、建物並びにその敷地及び附属施設等の管理が適切かつ円滑に行われるよう、相互に協力しなければならない責務を負うと考えられる(※2)。それにもかかわらず、書面等の方法を含め自らの意思を表明しない区分所有者を反対者として扱うことは相当ではなく、当該責務を果たしている他の区分所有者の意思決定に委ねたものと評価することが相当である(「令和5年11月9日開催の部会資料23」6頁)。そのため、上記②から⑥のような区分所有権の処分を伴わない特別決議事項については、出席者多数決の対象とされている。 (※2) 「中間試案」8頁においても、同様の責務を明記することが提案されている。 なお、上記のような考えを踏まえて、中間試案では対象ではなかった「⑦ 管理組合法人による区分所有権等の取得の決議(4分の3以上の多数決を要する特別決議)」についても、出席者多数決の対象に追加されている(「令和5年11月9日開催の部会資料23」6頁)。 ところで、決議要件を出席者多数決とする改正に併せて、定足数を規定するかについても審議されている(「中間試案」2頁)。この点につき、定足数を規定することによって、管理不全状態に陥っている建物について、意思決定ができなくなる事態も想定されることから定足数を設定するべきではないとの提案がされている(「令和5年11月9日開催の部会資料23」7頁)。その一方で、集会における意思決定の正当性を担保するためには定足数を設けるべきとの意見もあり、その規定の仕方について様々な考えが提案されているところであり、今後の審議が注目されるところである。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第75話】 「消費者契約法と納税者保護」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、先ほどから、消費者契約法1条(目的)を読んでいる。 「・・・これって、消費者を『納税者』とし、事業者を『税務署』と読み替えると、納税者と税務署の関係に当てはまるのでは・・・」 浅田調査官は、振り返って、中尾統括官に尋ねる。 中尾統括官は、渡されたポケット六法を見る。 「・・・消費者契約法か・・・これが・・・納税者と税務署にどう関係するのか・・・」 中尾統括官は、もう一度、条文を読む。 「ええ、この法律には、次のような規定があります」 そう言うと、消費者庁のパンフレット「安全・安心 豊かに暮らせる社会に」の一部に浅田調査官が書いた修正文を見せる。 「例えば、この①なんですが・・・『不当な勧奨による修正申告の取消し』なんて、読み替えることができるのではないですか」 浅田調査官は、満足そうに言う。 「・・・勧奨か・・・それは・・・国税通則法74条の11第3項に規定していたな」 中尾統括官は、呟きながら、ポケット六法を開く。 「・・・これは、調査の終了の際の手続について規定したものなのだが・・・こんな規定があるから、不当な勧奨が発生するというのか?」 中尾統括官は、少し怒ったような表情になる。 「・・・広辞苑によれば、『勧奨』とは、『ある事をするように、すすめ励ますこと』となっています・・・すなわち、納税者の状況を格別考慮せずに、税務署は、修正申告を提出するように申し出ることも可能な表現になっていると思います」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「修正申告書は、納税者が自らの判断に基づいて、提出するもので、税務署から勧奨されて提出するものではないと思います」 浅田調査官は、ハッキリと言う。 「・・・税務職員らしからぬ意見だが・・・しかし、課税実務では、修正申告の勧奨が常態化している・・・」 中尾統括官は、苦り切った顔になっている。 「・・・ところで、そういう君は、今まで、更正処分をしたことがあるの?」 中尾統括官が尋ねる。 「いえ、ありません・・・調査後は、すべて修正申告をしてもらっています・・・更正処分をすると理由附記も必要ですから・・・」 浅田調査官は、頭をかく。 「そうだろう・・・修正申告というのは、課税庁にとってもメリットがあるし、また、納税者は修正申告の勧奨に応じれば・・・とりあえず、税務調査は終了することになる・・・だから、これからも修正申告の勧奨はなくならない」 中尾統括官は、勢いよく話す。 「しかし、無知な納税者に対して、十分な説明もせずに、修正申告を勧奨して、あとで多額の税金を払わせるケースもあると聞いています・・・もっとも、関与税理士のいない納税者ですから、納税者は説明を聞いても十分に理解できないことから、修正申告書は、税務署が作成することもあるといわれています・・・」 浅田調査官の反論は続く。 「そして、この修正申告も7年遡って、納税者に提出させているのです・・・無知の納税者は、『偽りその他不正の行為』の意味も知らずに・・・」 浅田調査官の声のトーンが高くなる。 「・・・国税通則法70条5項は、偽りその他不正の行為の場合、遡及して7年の更正決定等ができると規定していますが・・・この趣旨は、『税額を免れる意図のもとに、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行っていること』(福岡高裁昭和51年6月30日判決)をいい、無知の納税者が意味も分からずに税務署の勧奨によって提出した修正申告は、これに該当しないと思います・・・それに、昭和56年度税制改正で、『偽りその他不正の行為』が遡及して7年に延長されたときの附帯決議があります」 浅田調査官は、「1981年4月24日衆議院大蔵委員会」の附帯決議を読み上げる。 読み終えると、浅田調査官は、満足そうな顔をする。 (つづく)
《速報解説》 監査役協会が「有価証券報告書の作成プロセスに対する監査役等の関与について」の報告書を公表 ~アンケート調査による各社の実態の考察や監査役等の対応ポイントに言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年12月6日、日本監査役協会 監査法規委員会は、「有価証券報告書の作成プロセスに対する監査役等の関与について-実態調査に基づく現状把握と事例紹介-」を公表した。 これは、有価証券報告書の作成プロセスに対する監査役等の関与という論点に着目して、アンケートを実施し各社の実態を考察するなどして、監査役等としての対応を検討する上でのポイントについて述べたものである。 アンケートは、日本監査役協会会員に対し、「有価証券報告書提出会社の方」で、かつ、「有価証券報告書の監査を行っている方」に回答を依頼する形式で2023年8月に実施し、744件の回答を得たとのことである。 有価証券報告書については監査役等の監査は法定されておらず、「監査役等としてどのような対応をすべきか」については慎重な検討を要するテーマであるとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 有価証券報告書と監査役等監査 有価証券報告書の作成・提出等については、会社法上の規定はない。 しかしながら、その作成・提出等は金商法関連法令の遵守に係る取締役の重要な職務執行行為である。 したがって、有価証券報告書に虚偽記載がなく適正に作成、提出されているかについては監査役等としても関心を払うべき事項であるとのことである。 有価証券報告書に係る監査役等の責任についても記載されている。 Ⅲ 有価証券報告書の取締役会への付議状況 有価証券報告書については、全体の53.6%の会社で決議事項として取締役会に付議されており、報告事項として付議されている会社を含めると、8割以上の会社で何らかの形で取締役会に付議されている。 取締役会に付議されていない会社では、どのような手順で確定されているのかをみると、傾向としては取締役会以外の会議体(経営会議など)での承認を行っている会社と、社内稟議(社長決裁、担当部門ベースで完結)による承認としている会社に大別されるようである。 例えばサステナビリティ関連事項についてのみ取締役会に付議したとの回答もあり、全体として一律に機関決定を行うのではなく、記載事項(内容)によってプロセスを分けるという会社もあるとのことである。 Ⅳ 有価証券報告書の作成担当部署 有価証券報告書の作成について、複数の部署が作成に関与している場合、その分担としては、財務情報について経理・財務部門が担当し、非財務情報については総務部門その他の関係部署が担当するケースが大半であるが、その上で作成プロセス全体の統括は経理・財務部門が担っているとの回答が多いとのことである。 Ⅴ 有価証券報告書の監査役会等への付議状況など 1 付議状況 有価証券報告書の監査役会等への付議状況については、監査役会等に決議事項として付議されている会社は全体の11.9%、報告事項として付議されている会社は全体の19.8%であり、過半数(56.6%)の会社では「付議されていないが適宜共有されている」という回答であった。 一方、「付議されておらず特段の共有もされていない」との回答は全体の11.7%であった。 なお、ここでいう「決議」とは、原案に対して監査役会等としての意見やコメントを決議する場合を想定しているとのことである。 2 監査役等の関与 監査役等の有価証券報告書の作成プロセスへの関与の方法としては、記載内容の確認が中心であるとのことである。 有価証券報告書のドラフトを入手する時期は、有価証券報告書の提出から遡って計算すると、全体の平均では19.73日前という結果であった。 全体の2割程度の会社が提出の1週間前以内、全体の半数以上の会社が提出の2週間前以内という回答であった。 監査役会等が、先行して入手した有価証券報告書のドラフトの箇所としては、監査役等に関わりの深い「コーポレート・ガバナンスの状況等」、とりわけ「監査の状況」との回答が多かったとのことである。その一方で、全体にわたって入手しているとのコメントもあったとのことである。 Ⅵ 統合報告書 統合報告書とは、財務情報と非財務情報を統合し、企業の価値創造プロセスや戦略を投資家やステークホルダーに伝える資料である。 統合報告書を作成している会社は全体の41.4%である。 上場分類別にみると東証プライム市場上場会社では61.5%(スタンダード市場で14.8%、グロース市場で9.2%)である。 統合報告書を作成している会社のうち、半数以上において、監査役等による確認(記載内容が現状と一致しているかなど)をしているとのことである。 Ⅶ 有価証券報告書に対する監査役等の対応 1 監査役による有価証券報告書の確認の範囲 監査役等が有価証券報告書の確認を行うに際して、「数値等の記載内容を含めた確認を行っている」会社は、全体の43.0%であり、「プロセスについてのみ確認を行っている」との回答(全体の35.5%)を上回った。 一方、「特に確認は行っていない」との回答は全体の18.9%であった。 2 監査役会等の活動状況 【コーポレート・ガバナンスの状況等】の「監査役会等の活動状況」については、監査役(会)等側で起案をしているとの回答は全体の40.0%であり、半数以上の会社では執行側による起案が行われているという状況であった。 3 事業等のリスク 「事業等のリスク」については、経営会議やリスク管理委員会等、リスクの評価・管理を行う会議体に出席し、そこで得た情報を基に検討を行った上で、ドラフトの記載内容を確認する、というプロセスを挙げる例が多くみられたとのことである。 4 サステナビリティに関する考え方及び取組 「サステナビリティに関する考え方及び取組」については、具体的な確認方法としては、サステナビリティ委員会等の会議体への陪席や、既に先行して行っている任意開示との整合性の確認が挙げられているとのことである。 サステナビリティに係る記載は将来情報が中心となることを受け、虚偽記載に当たらないかどうかに注意を払っているとの回答が他の項目に比して多くみられた点は特徴的といえるとのことである。 Ⅷ 監査役等としての対応を検討する上でのポイント 日本監査役協会が公表している「新任監査役ガイド」のQ64の有価証券報告書の監査のポイントにしたがって留意点が記載されている。 (了)
《速報解説》 金融庁、有価証券届出書における個人情報の記載の見直しに係る 「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(案)を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023(令和5)年12月1日、金融庁は、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、有価証券届出書における個人情報の記載の見直しを行うものである。 意見募集期間は2024(令和6)年1月9日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 新規公開時に提出される有価証券届出書における個人情報の記載の見直し 新規公開時に提出される有価証券届出書では、新規公開前2年間に発行された株式やストック・オプション(以下「株式等」という)の全取得者の氏名や住所、一定期間における株式等の移動状況(移動を行った当事者の氏名・名称、住所等)の開示が求められている。 今般の改正は、当該開示について、次のように改正するものである。 2 第三者割当の方法による募集又は売出しに係る届出書の個人情報の見直し 第三者割当の方法による募集又は売出しに係る有価証券届出書については、割当予定先が個人である場合は、「第三者割当の場合の特記事項」欄において、当該個人の氏名、住所及び職業の内容等を記載する必要がある。 今般の改正は、当該開示について、次のように改正するものである。 Ⅲ 適用日 パブリックコメント終了後、所要の手続を経て公布、施行の予定である。 (了)
《速報解説》 国税庁、マンション評価の個別通達に係る計算ツールを公表 ~「居住用の区分所有財産の評価に係る区分所有補正率の計算明細書」のExcelファイルで自動計算~ Profession Journal編集部 既報の通り、令和6年からの分譲マンションの財産評価方法を定めた個別通達「居住用の区分所有財産の評価について」はパブコメを経て去る10月6日に公表、同月13日には本通達の趣旨についてまとめた「「居住用の区分所有財産の評価について」(法令解釈通達)の趣旨について(情報)」が公表され、一棟所有の賃貸マンションは適用除外とされること等が明らかとなっている。 本通達の公表に向けて国税庁はかねてより、簡便な計算ができるツールを用意するとしていたが、11月30日付けで下記の情報をホームページ上で公表した。 上記ページでは、本通達により居住用の区分所有財産の価額を評価した場合に、「居住用の区分所有財産の評価に係る区分所有補正率の計算明細書(令和6年1月1日以降用)」を相続税又は贈与税の申告書に明細書として添付する必要があるとしたうえで、この明細書のPDFファイル及びExcelファイルの2つがダウンロード可能となっている。 後者のExcelファイルでは、「築年数」「総階数」「所在階」「専有部分の面積」「敷地の面積」「敷地権の割合(共有持分の割合)」を入力することで、「一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額」及び「一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額」に必要な「評価乖離率」「評価水準」「区分所有補正率」が自動で算出される計算ツールとなっている(必要な箇所(セル)のみ入力できる仕様になっており、誤って計算式等を変更してしまう心配もなさそうだ)。 【参考】 「居住用の区分所有財産の評価に係る区分所有補正率の計算明細書(令和6年1月1日以降用)」 (※) 国税庁ホームページより なお本通達に合わせてパンフレットも公表されており、本通達のあらましに加え計算例も掲載されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 監査役協会含む3団体が共同で 「循環取引に対する内部統制に関する共同研究報告」の公開草案を公表 ~循環取引への対応について全社的・防止的・発見的内部統制に分けて言及~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 公益社団法人日本監査役協会、一般社団法人日本内部監査協会及び日本公認会計士協会は、共同して検討を行い、2023年11月27日付で、「循環取引に対する内部統制に関する共同研究報告(以下、「共同研究報告」と略称する)」を公開草案として公表し、12月27日を期限に、意見の募集を行うことをリリースした。 本稿では、共同研究報告の公開草案の概要を紹介したい。 1 共同研究報告の内容 共同研究報告の目次にある大項目を列挙すると、次のとおりである。 共同研究報告の目的は、次のように説明されている。 2 循環取引の概要と特徴 共同研究報告では、循環取引を、「複数の企業が共謀して商品の転売や役務の提供を繰り返すことにより、取引が存在するかのように仮装し、売上や利益を水増しする行為の総称」と定義したうえで、取引形態の例として、次の3つを挙げている。 さらに、循環取引を示唆する状況・兆候の具体的事例としては、以下の通り説明している。 3 内部統制による循環取引への対応 共同研究報告では、内部統制による循環取引への対応について、「循環取引を未然に防止するためには、内部統制の基礎となる、不正を許容しない組織風土を経営者が醸成し、不正防止に対する会社の意識が最も重要である」と前置きしたうえで、「全社的な内部統制」「防止的内部統制」及び「発見的内部統制」に分けて論じている。本稿でも、この順序で、内容を見ていきたい。 (1) 全社的な内部統制 共同研究報告では、「循環取引に対応する内部統制の構築に当たり、企業の現在のビジネスや商流に照らして循環取引の特徴に該当するものの有無を検討し、循環取引の発生可能性についてリスク評価を行うことが有用である」としたうえで、関連する業務プロセスの有効性を評価し、改善すべき状況を識別した場合には改善を図ることが重要であると指摘し、そのうえで、全社的な内部統制に関連する統制項目として、次の7つを列挙している。 いくつか具体的な説明を見ておきたい。 まずは、「① 内部通報制度」である。共同研究報告は、内部通報制度を、「企業内部の問題を知る従業員から、経営上のリスクに係る情報を可及的早期に入手し、情報提供者の保護を徹底しつつ、未然・早期に問題把握と是正を図る仕組みであり、自浄作用の発揮とコンプライアンス経営を推進し、安全安心な製品や役務の提供と企業価値の維持・向上を図ることを目的」とした制度であると定義を引用したうえで、内部統制や内部監査において発見できていない不正の早期発見につながる仕組みであることから、従業員が内部通報制度を信頼し、広く利用されているとすれば、不正の抑止効果もあるとの考えを示している。 次いで、「⑤ 内部監査」である。共同研究報告は、「内部監査が、不正の防止・発見に貢献するためには、リスクベースの内部監査を実施することが有効と考えられる」としたうえで、「過去の循環取引の不正事例を分析した結果、自社においても循環取引が行われるリスクがあると判断した場合、内部監査において、業務分掌や受注前の取引審査が有効に機能していることを内部監査の重点的な監査対象として検証することにより、循環取引を行う「機会」や、循環取引の兆候を発見できる可能性がある」と指摘している。 また、「⑥ 監査役等」について、共同研究報告は、「監査役等は、その監査の過程で、取締役会に出席するだけでなく取締役と意見交換をする機会を利用して、取締役の不正に対する認識や不正防止のための取組状況を直接ヒアリングすることができ」、「監査役等監査の過程で得た内部統制上の課題等の情報を取締役と共有することにより、循環取引を始めとする不正に対する取組に対し改善を求める機会がある」ことから、「経営上の課題について積極的に調査し、取締役等に対し改善を求めることができる重要な役割を有していると考えられることを踏まえると、与えられている権限を能動的かつ積極的に行使して、不正の防止、早期発見に貢献する役割も担っている」とまとめている。 (2) 防止的内部統制 共同研究報告では、防止的内部統制の重要性について、「循環取引を企図した取引に何らかの不自然な点があったとしても、その取引が一旦始まってしまうと、通常の取引に紛れ込んでしまい、当初は不自然と感じた点も正常な取引の一類となり、循環取引の発見が困難になる可能性が高い」という特徴を挙げたうえで、「取引の審査」において、次のような具体例は、「循環取引の企図に対し牽制効果が期待できるため、循環取引の防止につながる」としている。 (3) 発見的内部統制 共同研究報告では、発見的内部統制について、「仮に循環取引が開始されてしまったとしても早期に循環取引を発見するための内部統制の整備は、循環取引による影響を最小限に抑える観点からも有用である」として、「会社のビジネスに照らした循環取引リスクの検討」及び「業務プロセス」の切り口から、検討を行っている。 まず、「会社のビジネスに照らした循環取引リスクの検討」では、「自社のビジネスにおける循環取引の発生可能性に係るシナリオ分析を行い、循環取引の特徴に当てはまるような取引・商流の有無を評価」したうえで、「リスクが高いと判断された場合には、該当する業務プロセスはどこかを特定し、その業務プロセスに関連する内部統制の構築は十分かを確認する体制を整備することが有用である」として、シナリオ分析の実施にあたって考慮する事項として、次の項目を挙げている。 さらに、「業務プロセス」における内部統制としては、以下の3項目が列挙されている。 4 付録 過去事例の紹介 共同研究報告の末尾には、過去に実際に生じた循環取引事例の概要等がまとめて紹介されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 監査役協会、「多様化するリスクの把握と監査活動への反映及びその開示」に係る報告書を公表 ~アンケート調査をもとに、各社の取組状況の紹介や今後の監査の実効性向上に向けた提言を取りまとめ~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年11月30日、日本監査役協会 ケース・スタディ委員会は、「多様化するリスクの把握と監査活動への反映及びその開示」を公表した。 近時、コロナ禍をはじめ、地政学的リスク、為替変動、サプライチェーンの分断など、事業環境に様々な変動が生じたうえ、サイバー攻撃、情報セキュリティ、人材不足、サステナビリティなどのリスクや課題への対応が迫られている。 このようなリスクについて、各社は適切に把握・評価しているか、また、監査役会等(監査役会、監査等委員会、監査委員会をいう)は、事業計画やリスクの分析などを踏まえて監査計画や重点監査項目を策定しているかなどについてアンケートを実施したものである。 日本監査役協会会員の上場会社3,213社を対象として2023年5月下旬から6月上旬にかけてアンケート調査を実施し、結果として1,016社(回答率31.6%)から回答を得たとのことである。 以下では主なものについて解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 重点監査項目 アンケート調査によると、監査計画はほぼすべての会社で策定されており(全体で99.9%)、また、重点監査項目も、全体で93.7%の会社で策定されている。 重点監査項目で多いものは、「内部統制システム等」、「コンプライアンス等」、「ガバナンス体制等」のガバナンス分野が6割以上にのぼり、法令遵守状況を監査する監査役等の本来の職務に沿った項目が上位を占めたとのことである。 Ⅲ 近時のリスクと執行側の評価 執行側が認識しているリスクを製造業・非製造業別でみると、最も多かったものは、製造業では「原材料等の不足・高騰、物価高騰など」の70.1%、非製造業では「人材不足、人材流出」の51.8%であったとのことである。 「市場での競争激化、需要変化など」はどちらも30%超に達した。 また、製造業では「サステナビリティ」が比較的多く32.1%、非製造業では「サイバー攻撃など」が比較的多く36.0%となったとのことである。 取締役会におけるリスクに関する議論については、議論が「十分とはいえない」会社が18.3%と2割近くを占めており、記述内容をみると、「取締役会ではリスクについて議論されていない」という回答が比較的多くみられたとのことである。 その理由としては、取締役会の時間的制約による、リスクについては報告事項が中心であり議論に至らないといった運営上の課題が散見されたとのことである。 Ⅳ 近時のリスクと監査役会等の評価 監査役会等が監査計画を策定する際のリスク認識について、執行側のリスク評価結果に基づくのか、監査役会等も独自に検討しているのか質問したところ、「監査役会等が把握したリスクと執行側のリスクをすり合わせて選択」している会社が全体で54.3%と過半数に達したとのことである。 執行側が認識しているリスクとしては、経済・政治分野の項目が比較的多いが、これらは監査役等の重点監査項目への設定は少なくなっている。 一方、執行側のリスク認識は少ないものの重点監査項目への設定が多いのは法令・ガバナンス分野のリスクとのことである。 Ⅴ 執行側のリスク評価・管理への監査 監査役等が執行側のリスク評価のプロセスを確認する方法については、「各種会議への出席(オブザーバー参加含む)」が全体で96.8%、「役職員へのヒアリング」が81.6%と大多数を占めた。 また、コロナ禍以降(2020年度以降)、執行部門は会社をとりまくリスクについて見直しを実施したかについては、全体で15.6%の会社が見直しを「行っていない」と回答しており、決して少数とは言い切れないことから、監査役等から執行側に対してリスクの見直しを促すなど、積極的にコミュニケーションを図っていく必要があるのではないかと記載されている。 Ⅵ サイバー攻撃 重大なリスクの例として「サイバー攻撃」について質問したところ、プライム市場上場会社では「攻撃を受けたことがある」会社が55.1%で過半数に達しているが、スタンダート市場上場会社やグロース市場上場会社では、サイバー攻撃を受けたことがない会社は6割~7割と大半にのぼったとのことである。 執行側がサイバー攻撃をリスクと認識している会社は全体で33.0%、プライム市場上場会社でも36.4%であったとのことである。 新たなリスクや専門的な分野についての自身のリテラシー(知識、理解、分析力など)が乏しい場合の対応としては、「担当部門に質問、相談」という社内での基本的な対応が全体で80.5%となったとのことである。 次に、監査役等が個人で行う「情報収集、学習」が64.8%、「外部のセミナー等に参加」が55.9%と続き、自己研鑽されていることがうかがえたとのことである。 Ⅶ 提言 多様化するリスクの把握と監査活動への反映及びその開示のための提言として、次のことが記載されている。 (了)