改正電子帳簿保存法と企業実務 【第11回】 「電子帳簿保存法適用法人の税務調査対応」 税理士 袖山 喜久造 これまで10回にわたり税法等で備付け、保存が義務付けられている帳簿書類の電磁的記録による保存方法等に関して解説してきた。 【第11回】では、電子帳簿保存法で規定されている帳簿書類の保存方法の特例を適用している法人が税務調査でどのような対応をするべきかについて解説する。 1 税務調査・会計監査の電子化 電子帳簿保存法に規定された帳簿書類の保存方法の特例の承認を受けた企業等は、承認後の税務調査において、承認を受けた帳簿書類を紙ではなくデータで準備する必要がある。税務調査の現場では一般的な光景であった帳簿の入っている段ボールの山積みや、大量の証憑類の持込みは必要ないのである。 電子帳簿保存法の承認を受けていない場合であっても、大規模法人の場合には、税務調査において帳簿データの提出を依頼されることが通常となっている。これは、紙の帳簿をめくって調査するよりも、データで調査を行った方が圧倒的に効率的だからである。 したがって、承認を受けていない納税者の場合は、紙の帳簿書類の保存が義務付けされているため、アウトプットして編綴し保存することになるが、税務調査においては、提示はするがほとんど調査されることのない事態になるわけである。 大企業の中には、データによる調査を忌避するために、あえて電子帳簿保存法の承認を受けずに紙の帳簿、若しくは一部のデータのみを提示する納税義務者も見受けられるが、結果的にデータの提出を求められること、不要な紙の帳簿書類の保管が必要となることになる。 また、会計監査の効率化観点からも帳簿書類の電子化は有効である。 被監査法人は、内部統制が図られている環境において、適正な処理により作成され保管されている帳簿書類であれば、監査人の監査を受検する際には、監査人側の監査の効率化のみならず、監査の対応を行う企業側の対応等も効率化されるとされている。 ただし監査基準委員会報告500の「監査証拠」第6項によれば、 とされており、原本が紙であるほうが証拠能力は高いとされている。その一方で、 とされており、決められた手順において正しくそれが運用されるような統制がとれた環境があるかないかが、その文書の真正性が確保できるかどうかであるということも言われている。 昨年9月に日本公認会計士協会から発遣された審理通達(日本公認会計士協会審理通達第3号「平成27年度税制改正における国税関係書類に係るスキャナ保存制度見直しに伴う監査人の留意事項」)においては、監査は原則として原本で行うことが望ましいとされているが、スキャナ保存制度で認められている手順において作成されたスキャンデータであれば、原本と同等の真正性を保持されるものとされ、無用に原本破棄ができないこととすることは望ましいとは言えない。 2 税務コンプライアンスについて 現在、大規模法人の税務調査に当たっては、企業の税務コンプライアンスの判定を行うようになっている。これは国税庁が税務に関するコーポレートガバナンス(以下、「税務CG」という)の状況が良好であり調査必要度が低いと認められる法人に対しては、調査の頻度を緩和する取組みを行っているからである。 企業のトップマネジメントが、税務・会計にどのような関与をし、税務CGの向上を図っているか、経理や監査部門の体制や機能、内部牽制の図られる会計処理手続の整備、不適切な行為を行った社員等の処分規定の有無などを総合勘案されて、税務CGの度合いを判定される。判定の結果が「優良」とされれば、調査頻度は緩和されるのである。 企業にとっては、税務調査による追徴課税を受けるという税務リスクが軽減されるメリットや、税務調査対応による経理職員等の人員投入負担などがなくなるというメリットがある。一方で、国税当局側も限られた税務職員を、より調査必要度の高い法人に対する税務調査に投入できるほか、複雑困難事案や緊急性のあるハイリスク分野等の案件に振り分けることが可能となり、行政側と納税者の双方でメリットがあるのである。 3 税務調査対策とは 「調査」とは、国税に関する法律の規定に基づき、特定の納税義務者の課税標準等又は税額等を認定する目的その他国税に関する法律に基づく処分を行う目的で当該職員が行う一連の行為、すなわち証拠資料の収集、要件事実の認定、法令の解釈適用などをいう(※1)。 (※1) 国税通則法第7章の2(国税の調査)関係通達(以下、「関係通達」)1-1において定義される。 そして「実地の調査」とは、国税の調査のうち、当該職員が納税義務者の支配・管理する場所(事業所等)等に臨場して質問検査等を行うものをいう(※2)とされている。この実地の調査が一般的に「税務調査」と呼ばれているものであろう。 (※2) 関係通達3-4において定義される。 この調査において質問検査等の対象となるものには、本法令の規定により備付け、保存が義務付けされている帳簿書類のほか、国税に関する調査の目的を達成するために必要と認められるその他の物件も含まれている(※3)。調査担当職員には、物件の提示や提出を求める権限が与えられ、物件の提示を求められた際には遅滞なくその物件の内容を示す必要がある(※4)。これらの質問検査権に係る法的拘束力は強く、罰則規定もある。 (※3) 国税通則法74の2~74の6においては、各法律の質問検査権について定められている。 (※4) 関係通達1-6においては、「物件の提示」とは、当該職員の求めに応じ、遅滞なく当該物件(その写しを含む)の内容を当該職員が確認し得る状態にして示すことを、「物件の提出」とは、当該職員の求めに応じ、遅滞なく当該職員に当該物件(その写しを含む)の占有を移転することをいう、とされている。 税務調査にあたってどのような対策を行うか。調査をいかに忌避するか、調査をいかに妨害するかというような行動は、税務調査対策とはならない。税務調査には受忍義務が規定されており、調査担当職員の質問に対して答弁をしない又は偽りの答弁をしたり、検査等の実施を拒んだり妨げる若しくは忌避した納税義務者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金が処されることになるのである(※5)。 (※5) 国税通則法127条2項では、第74条の2、第74条の3(第2項を除く)、第74条の4(第3項を除く)、第74条の5(第1号ニ、第2号ニ、第3号ニ及び第4号ニを除く)若しくは第74条の6(当該職員の質問検査権)の規定による当該職員の質問に対して答弁せず、若しくは偽りの答弁をし、又はこれらの規定による検査、採取、移動の禁止若しくは封かんの実施を拒み、妨げ、若しくは忌避した者については、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処すると規定される。 本来の税務調査への対策とは、自社の会計情報を分析し、会計上若しくは税務上問題となる事項について抽出し、当該案件についての説明責任を果たすことである。このため事前に自社の会計データを分析し、調査担当職員がどのような視点で項目を絞り、どの取引について質問するのかを予想し、対応方法を事前に検討することも必要となろう。 上記2で述べた税務コンプライアンスの判定の中には、トップマネジメントにおいて、自社で行われる可能性のある不適切取引について的確に把握し改善する体制があるかどうか、という点も含まれる。自社のすべての取引について法令遵守に基づいた決められた手順通り行うことが望ましいが、そうでない場合、そうした不適切取引を把握する管理能力及び改善できる体制があるかが問われることとなる。 4 電子帳簿保存法適用法人の税務調査時の対応 電子帳簿保存法で規定する帳簿書類の保存方法の特例の承認を受けている法人等については、例えば、帳簿であれば訂正削除の履歴が残るシステムにおいて作成された電磁的記録を帳簿のデータとして保管している。また、スキャナ保存制度の承認を受けている法人等についても、書類の受領や作成から電子化するまでの手順について定められたフローや規程に基づいて作成されたデータを保管している。これら保管された帳簿書類のデータは、紙の帳簿書類に代えて当該データが原本となる。 税務調査においては、これらの承認を受けている帳簿書類のデータを法令要件に従った形で、整然とした形式で明瞭な状態で出力できなければならない。したがって、税務調査においては、少なくとも閲覧用のパソコンや出力するためのプリンタの準備が必要となる。調査担当職員は、承認済の帳簿書類のデータにより調査を進めることとなるのである。 * * * 本連載の最終回となる次回は、帳簿書類を電子化する際の企業が行う検討項目等について解説する。 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第8回】 「創設規定と確認規定②」 公認会計士 佐藤 信祐 前回では、最高裁昭和37年6月29日判決の解説を行った。本稿では、大阪高裁昭和39年9月24日判決の解説を行うこととする。 本判決は、他の合理的な経済目的から合法的になされた私法上の行為に対して、法人税法上の明文規定なくして否認することは認められないということについて判示されたという意味で、非常に重要な判決である。 (3) 大阪高裁昭和39年9月24日判決(TAINSコード:Z038-1314) ① 原審(大阪地裁昭和31年7月30日判決・TAINSコード:Z023-0382) ② 裁判所の判断 ③ 評釈 このように、大阪地裁が課税庁の主張を認めたのに対し、大阪高裁は納税者の主張を認める結果となった。 本事件は、原告が主張するように、 という事実関係がある。 このような事実関係があることから、 といった大阪高裁の判断に繋がっていったと考えられる。 このように、 と判示されていることから、本事件が、実質主義について争われた事件なのか、同族会社等の行為計算の否認について争われた事件なのかはやや曖昧であるともいえる。しかしながら、課税庁が同族会社等の行為計算の否認を根拠として争っていない点をみると、実質主義について争われた事件であるということがいえる。その点だけ見てみると、大阪高裁の判断は妥当であったともいえる。 しかしながら、その後の清水惣事件(大阪高裁昭和53年3月30日判決)と比較してみると、無利息貸付けについてのロジックがやや不明瞭であった時代の事件であるともいえる。 さらに、経済合理性が認められ、法人税の負担を減少させることを目的としていない取引についてまで否認されただけでなく、同族会社等の行為計算の否認に依らずに実質主義により否認を行っていたということを考えると、租税法に対する実務や学問が発達した現在では考えにくい事件である。 言うまでもなく、実質主義の適用は、法形式が真実の事実関係と異なる場合についてのみ適用されるものであり、私法上の法律構成による否認論もその範囲を超えるものではない。しかしながら、本事件における課税庁の主張を見てみると、増資新株引受人に対する無利息貸付けについて、いったん利息を収受したうえで、当該利息相当額を配当したかのように課税処分を行うべきであると主張をしているが、租税法が整備される前の事件であるとはいえ、やや強引な主張であったと言わざるを得ない。 次回では、最高裁昭和45年7月16日判決について解説を行う予定である。 (了)
『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針』の 要点・留意点 【第1回】 「適用指針の読み方」 公認会計士 阿部 光成 平成27年12月28日、企業会計基準委員会は、「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号。以下「適用指針」という)を公表した。 適用指針は、「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(日本公認会計士協会。以下「監査委員会報告第66号」という)などを基本的に引き継ぐものであるが、新たに規定された部分及び公開草案から変更された部分については、実務に大きく影響するものと考えられる。 「企業会計基準適用指針公開草案第54号『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)』の主なコメントの概要とそれらに対する対応」が公表されているので、適用指針を読む際の参考になるものと思われる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 適用指針を読むときのポイント 前述のように、適用指針は、監査委員会報告第66号の内容を引き継ぐ部分と新たに規定する部分に分かれている。 適用指針を読む場合には、次の3つのことに注意するとその趣旨を理解しやすくなるものと思われる。 また、公開草案の審議では、次の事項が議論されていたので、これらの規定に関する実務への適用に際しても注意が必要と考えられる。 Ⅱ 定義 定義では、「一時差異等加減算前課税所得」と「課税所得」がポイントになると考えられる(適用指針3項(7)(9)、58項。[設例1])。 「一時差異等加減算前課税所得」と「課税所得」については、これらを使用する場面の相違に注意する必要があると考えられる。 課税所得の見積りに、将来減算一時差異などを加減するのかどうかについては、「個別財務諸表における税効果会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第10号)21項において、次のように規定されている。 Ⅲ 繰延税金資産の回収可能性の判断等 基本的に、従来の考え方を踏襲している。 適用指針の公表に際して、「【参考】企業会計基準適用指針第26号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」と監査委員会報告第66 号等の比較」が公表されている。 当該【参考】を読むと、多くの事項が改正されているように思われるが、上記のように、基本的には、監査委員会報告第66号などを踏襲していることが理解できると思われる。 このため、「踏襲している」や「見直さないこととした」などの説明が付されている事項については、実務に対して大きな影響は与えないものと思われる。 Ⅳ 企業の分類の枠組み 監査委員会報告第66号は、過去の業績等に基づいて、会社を例示区分に分類し、将来年度の課税所得の見積額による繰延税金資産の回収可能性を判断することとしている。 一方、適用指針は、次のように規定し、監査委員会報告第66号における企業の分類に応じた取扱いの枠組みを基本的に踏襲した上で、当該取扱いの一部について必要な見直しを行っている(適用指針15項、16項、64項)。 適用指針は、企業の分類に関する「要件」を定めており、「要件に基づき企業を分類し」と規定しているので、企業は(分類1)から(分類5)のいずれかに分類されることになる。 監査委員会報告第66号では、例示区分に直接該当しない場合であっても、それぞれの例示区分の趣旨を斟酌し、会社の実態に応じて、それぞれの例示区分に準じた判断を行う必要があると規定している(5(1))。 前述のように、適用指針は、企業を分類する要件を規定したが、分類の実行可能性の観点から、必要と考えられる分類の要件を示しているので、各要件のいずれも満たさない企業が存在することが考えられる(適用指針65項)。 当該企業については、諸事情を総合的に勘案し、各分類の要件からの乖離度合いが最も小さいと判断されるものに分類することとなる(適用指針16項)。 ただし、適用指針16項における判断は、各分類の要件からの乖離度合いを定量的に検討することを意図するものではないと述べられている(適用指針65項なお書き)。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第7回】 「これは気づかない!「罫線の引き忘れ」」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例7-1】 連結損益計算書のフォームで、罫線を引き忘れているところが1ヶ所ある。 上の事例で、罫線を引き忘れているところがどこか、わかりますか? 会社法計算書類では、決算書のフォームが定められているわけではありませんので、必ずしも「このフォームでなければ」というものはありませんが、経理の実務としては、罫線を引いておくべきところが決まっています。 そういう意味で、【事例7-1】では罫線が1本足りません。なんとか見つけ出してください。 ヒントは「真ん中より下の方」です。 2 罫線は結構大事 では、答えを見てみましょう。 答えを見てみれば「な~んだ」と思いますよね。しかし、言われないとなかなか気がつきません。 経理実務では、罫線というのは「合計を求める際の区切り」のように使用されます。上の事例では、特別利益合計を求める際に「特別利益の内訳科目はここまでですよ」という区切りとして、投資有価証券売却益「12」の下に罫線を引きます。 今回の事例では、特別利益の内訳科目が1科目だけなので、「12」の下に罫線がなくても違和感がありません。だから間違っていても気がつかないのです。 内訳が1科目の場合、この罫線はなくてもよいのではないかと思うかもしれません。しかしそうではありません。この罫線がないと、その下の特別損失の合計を求めるところでおかしなことになります。 特別損失の合計は固定資産売却損1と減損損失3の合計として求めます。ところが、投資有価証券売却益「12」の下に罫線がないと、その12も特別損失の合計に含めているような表示になってしまうのです。 ですから、この罫線はやはり必要なのです。 3 どうしてこのミスが起きたのか このミスが起きてしまった原因も考えておきましょう。 【事例7-1】の作成者は、罫線の引くべきところを知らなかったわけではありません。前年の連結損益計算書では正しく罫線を引いていたのです。ところが、今年の連結損益計算書を作成したときに投資有価証券売却益「12」の下の罫線を誤って消してしまいました。 具体的にはこういうことです。 作成者は、今期の連結損益計算書を作るにあたって、前期の連結損益計算書のデータをコピーして、当期の数字を順に上書きしていったのです。 前期の連結損益計算書では、特別利益の内訳科目が2つでした。投資有価証券売却益と固定資産売却益です。 特別損益の項目というのは非経常的なものです。必ずしも毎期発生するわけではない項目です。したがって、特別損益の内訳科目というのは、前期と当期で全く同じにはならないことが多いのです。 この会社の場合も、今期の特別利益は投資有価証券売却益のみになりました。その結果、固定資産売却益の行が不要になります。そこでこれを削ります。 ミスはそこで起こりました。そのときに罫線も一緒に消してしまったのです。 4 こんな類似事例も 罫線のミスは他にも結構あります。 【事例7-1】は引き忘れのミスでしたが、これとは逆に引きすぎてしまうミスもあります。 次の【事例7-2】です。 【事例7-2】 連結損益計算書のフォームで、罫線を引きすぎているところが1ヶ所ある。 営業外収益合計「6」の下の罫線は不要です(営業外収益のその他「4」の下の罫線は必要です)。 「6」の下に罫線があると、この下でいったん合計を出すという意味合いになってしまいます。ここでは営業利益に営業外収益を足して営業外費用を引いたものを経常利益として表示するので、罫線は営業外費用合計「8」の下にあればよいのです。 このミスも一見わかりません。上のように矢印で示しているからわかるようなもので、普通に見せられたら見落としてしまうのではないでしょうか。 罫線の引き間違いが面倒なのは、修正されない限り、そのミスが何年も引き継がれることです。決算書のフォームをリサイクルして計算書類を作成している場合、間違ったフォームに気づかずに、今年もまた使用してしまうということになります。 そんなことにならないよう、ぜひ気をつけてください。 〈今回のまとめ〉 罫線を所与のものと考えずに、その意味を考えながら、フォームの正しさを確認することが大切です。 (了)
[子会社不祥事を未然に防ぐ] グループ企業における内部統制システムの再構築とリスクアプローチ 【第9回】 「グループ企業への具体的な関与(その3)」 ~監査機能の課題と重要性①~ 公認会計士 松藤 斉 本稿では、企業グループで起こり得る不祥事や不正のリスク対応の観点で、監査機能を担う監査役(会)及び監査委員(会)、内部監査部門、会計監査人の個々の課題や状況、監査機能の強化について私見を述べる。その前に、不正リスク対策等について少し触れておく。 1 不正リスク対策 ① 潜在不正 不正や不祥事はいつかは発覚するとも言えるが、発覚せずに断続的に再発したり、現在も継続している可能性がある。アンケート調査(有限責任監査法人トーマツ グループ「Japan Fraud Survey2014」)によると、回答企業の約25%で不正が発覚しているが、全ての企業にとって隠れた不正は知る由がなく、「当社ではそのようなことはない」という認識ではなく、「いつかは当社でも発覚する、すでに発生している恐れがある」との前提に立ち、不正リスクをどの程度削減できるか、起こった場合の対処を誤らないことが肝要である。 ② 管理対象の不正動機 日本企業では、「自分の代で問題を作りたくない、会社や組織に迷惑をかけたくない、上司・先輩を裏切りたくない」という経営トップから従業員に至るまでの意識、心情が不祥事に発展する事例も多い。その結果、相談を受け事実を知った上司や後任が不正や損失を放置したり、関与を始めてダメージがますます膨らむのである。 このように直接的な悪意や個人利益以外の消極的動機(保身、現状維持など)、間違った正当化も念頭に置いて対策を練る必要がある。 ③ 内部統制と不正の抑止 不正対策は、ガバナンス、リスク評価、防止、発見、調査及び是正措置(対処)からなると概念付けられており(注1)、勿論、日本版SOX法(注2)や贈収賄対策のガイドライン(注3)との共通項が多い。すなわち、反贈収賄コンプライアンス・プログラムは贈収賄リスクに特化した不正対策であり、法対応の内部統制は財務報告及び事業全般のリスクを管理対象としている。既存の内部統制においては、統制環境、リスク評価等において、相当の不正対策効果が期待されるが、不正の実行者(不正の機会と動機を持つ者)の行動を直接抑止するには限定がある。 (注1) 米国公認会計士協会、内部監査人協会、公認不正検査士協会、の3団体が2008年7月に共同公表した「企業不正リスク管理のための実務ガイド(Managing the Business Risk of Fraud: A Practical Guide)」に記載されている不正リスクマネジメントの5原則をいう。 (注2) 財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準では、4つの目的(業務の有効性及び効率性、財務報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全)と6つの基本的要素(統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング(監視活動)、及びIT(情報技術)への対応)がある。 (注3) 2012年に米国海外腐敗行為防止法(US Foreign Corrupt Practices Act)(以下「FCPA」という)の解釈および執行に関する指針、「FCPAガイドライン」が発表された。これは、これまでの米国当局の見解を再確認するもので、具体的事例・ケーススタディが盛り込まれており、米国当局の見解がかなり明確になった(A Resource Guide to the US Foreign Corrupt Practices Act)。 すなわち、不正や誤謬(失敗)は組織の内外の人間のなせる行為であり、意図的な隠ぺいや共謀については、特定の統制手段を除き、その発見、防止には直接作用するものではない。 ④ 直接的な不正リスク統制 直接的な不正リスク統制、すなわち、不正発見統制としては、通報制度や告発(tips)が最も効果的であると考えられ、次に期待されるのは内部監査や、独立した組織や機関による継続的、あるいは臨時的な調査である。 米国ACFE(不正検査士協会)の2014グローバル調査(Report to The Nations, 2014 Global Fraud Study)においても、tipsが42%を占め、内部監査(internal audit, 14%)、独立調査・レビュー(management review, 16%)が次に効果的な統制手段とされている(内部統制での統制手続(承認、検証、照合・調整、IT統制)の効果は合わせて10%強)。 このように、通報制度、内部監査、さらに管理者によるレビュー・牽制・モニタリングといった直接統制の効果を認識し、その不足を工夫しながら埋めることは経済効率性の点でも意義が大きく、重要である。また、従業員の強制休暇制度や突然調査(surprise audit)、それらに類する統制行為も運用面で大いに効果があることも忘れてはならない。 不正実行者は、組織内外で不正の端緒や兆候を見破られないように、注意深く不正を実行、隠ぺいしようと神経を注ぐが、彼らにとって告発や調査は突然に、知らぬ間に行われ、大変な脅威となるのである。 2 不正リスク対応の監査体制の課題 ① 内部監査部門 ▷ 監査目標・対象の多様化と現状 最近、内部監査部門が取引のリスクや異常性を把握し、不正の早期発見に繋げた事例も見受けられる。内部監査部門がJ-SOX(財務報告内部統制報告制度)評価業務を担っている場合は、その運用面を含め一段落し、その余裕をテーマ監査(海外子会社のガバナンス体制や贈収賄リスク管理など)に振り分けている企業もあるのではないか。 一方で、企業を取り巻く様々なリスクに関する知見や不正対応の経験は不十分かもしれない。海外子会社監査においては、現地子会社や統括子会社による監査体制がなければ、言語、法制、文化等の違いもあり、課題が多い。また、チェックリスト型の監査は監査要員の能力、経験に左右され、なかなか実効性を確保することが難しい。 多くの企業における現状としては、人員不足等もあり、各グループ企業におけるリスクの洗い出しより、むしろ社内規則、業務プロセスについてのヒアリングや確認作業で手一杯となり、本来期待されている監査対象項目の再検証や課題の指摘まで至っていないのかもしれない。 ▷ 直属、指示、報告、連携体制 次の図は、監査役会設置会社のごく一般的な組織体制を示している。内部監査に関連する特徴、課題や懸念があるとしたら、どこに着目すべきであろうか。 【図表1】 監査機能強化体制(監査役会設置会社の例) まず、委員会設置会社(監査等委員会設置会社を含む)では、社外取締役監査委員を中心とした独立性の高い監査委員会に内部監査部門が直属し、その承認、指示の下で委員会の監査機能を発揮する体制に変更している会社も増えつつある。一方、社長直属の内部監査部門においては、執行部門へのコンサルティング機能(助言、支援)、社長のコミットメントに基づく監査対象組織からの協力がより期待できるであろう。 この位置づけの違いは、内部監査の独立性と経営直属による影響力・協力体制、監査機能の一体化と内部知見を活かした経営支援、監査役会のスタッフィング強化と経営戦略との整合性など、一長一短あり、その特徴を踏まえた指示、報告、連携・協力体制が肝である。 次に目につくのは、内部監査部門と連携を図るべきリスク管理部署、事業部門等との関係である。どのような監査体制の企業であっても、図示されているように、各々のリスク管理部署の指示が事業部門等にどの程度浸透するか、指示やリスク認識が内部監査部門と共有、討議され、監査対象の事業部門との間で混乱が生じないようなコミュニケーションが求められる。 ② 監査役(会)(注4) (注4) ここでは、直属の内部監査部門やスタッフ部門を持たず、監査役(会)または監査委員(会)自らの活動を主体とする場合を想定している。 ▷ 通常業務での姿勢 監査役が企業グループの不正リスクについて進んで問題を指摘し、あるいは、監査役会、取締役会で討議することは、不祥事の報告を受ける場面以外ではあまりないのではないか。しかし、それが子会社での重大な会計不正や事故であれば、結果責任は問われないにしても、経営の監視、監査活動の反省材料ではあり、「再発のリスク」を検討しなければならない。何故ならば、企業の管理体制、活動が形式としては整備されているように見えても機能せず、そのどこかに穴があるかもしれないのである。業績の悪化や事業上の失敗を発端として、その報告をためらい、隠ぺいや先延ばしに走った結果、発覚が遅れ損失が膨らむ遅れる事例も散見される。 では、スタッフも少なく、全体としては日々の活動が限られる監査役が不正、不祥事の防止、発見にどのような貢献をし、どの程度の責任を果たせばいいのか。ガバナンスを担う会議体や監査人、各部署、子会社との討議、コミュニケーションの中で十分な情報が得られ、問題の指摘ができるのかである。 残念ながら、社内監査役も含め、相当の覚悟と独立性を保って行動しても、企業グループ全体の重要リスクを網羅的に認識し、洞察することはできないかもしれない。したがって、コミュニケーション活動の姿勢が重要となってくる。 すなわち、まず事業を取り巻くリスクについて、社長、会長、経営陣の認識・対応・指示、取締役会での討議の十分性、経営トップの姿勢や方針、醸成しようとする倫理感などを観察し、監査で得た情報に基づいてリスク認識を共有する必要がある。その上で、各々会議体等においては一方の報告・説明に終始せず、監査役(会)からの質問・確認・助言等を交えた双方向のコミュニケーションがますます求められているのである。 ▷ 不正対処の重要性 不正を含めたリスク管理は、既存の内部統制や特定不正への対策、各々リスク管理部署の活動の総体として行われるので、監査役もその業務過程での違和感を察知し、行動しなければならない。また、過去にコンプライアンス違反や事故等が発生したのであれば、当時の調査や現在までの是正状況が十分かどうかの検討を行うことも有益であり、現状の内部統制や不正リスク管理における課題が見えてくることもあり得る。 あるいは、最近の他社の不正事件を例に取って調査報告書等を通読し、自社でも存在し得る問題点について監査役間で討議し、リスク認識を共有し、日々の監視、監査活動につなげることも効果的であろう。 なお、他社事例の調査報告書を通読する際には、以下の点にも留意してほしい。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第108回】 連結会計⑩ 「関連会社の債務超過」 仰星監査法人 公認会計士 田中 良亮 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:百万円) 1 ×2年度の仕訳 ×2年3月31日(決算日)の連結仕訳 ×2年度のX社が計上した当期純損失50百万円(当社持分△25百万円)は投資額の範囲内であるため、当社は持分に応じて負担します。 2 ×3年度の仕訳 (1) ×2年4月1日(期首利益剰余金の計上)の連結仕訳 (2) ×2年9月1日(期中)の個別仕訳 (3) ×3年3月31日(決算日)の連結仕訳 ① 当期純損失の取り込み(投資額による負担) ×3年度にX社が当期純損失80百万円を計上したことにより、×2年度からの損失額を累計すると130百万円(当社持分65百万円)となり、投資額50百万円を上回るため、投資額を上限として当期純損失を負担します。 ② 投資額を上回る損失の負担 当社はX社に対して運転資金の貸付を行っており、X社が事業を継続していくうえで重要な資金源泉となっていることが考えられます。X社の債務超過額は、確定債務であることから、連結上は見積要素で計上される引当金勘定ではなく、債権を直接減額することになります。 ③ ×3年度の連結仕訳集計 3 ×4年度の仕訳 (1) ×3年4月1日(期首利益剰余金の計上)の連結仕訳 (2) ×4年3月31日(決算日)の連結仕訳 ① 当期純損失の取り込み(投資額による負担) X社は×4年度において80百万円の当期純損失を計上していますが、当社は×3年度までに投資額全額分を負担しているため、投資額による負担はありません。 ② 投資額を上回る損失の負担 ×3年度と同様に、投資額を上回る損失については、貸付金の減額を行います。ただし、X社は当社とZ社からの出資額100百万円及び貸付金80百万円の合計額180百万円を超える累計損失210百万円を計上しています。当社はX社の銀行借入金について債務保証を行っているため、投資額と貸付金を超える負担額について「持分法適用に伴う負債」を計上する必要があります。 〈会計処理の解説〉 前回(連結会計⑨)で解説した通り、会社法上は株主有限責任の原則の見地から株主は出資額以上の責任を負いません。 しかしながら、今回の事例のように、持分法適用関連会社に対して運転資金等の貸付金がある場合には、X社の債務超過について、持分比率に応じて当社及びZ社が事実上負担することになると考えられるため、貸付金を直接減額することになります。 また、投資額や貸付金額を上回る債務超過が発生し、かつ、X社の外部からの借入金について債務保証等を行っている場合にも、持分比率に応じて当社及びZ社が事実上負担する可能性が極めて高いと考えられるため、連結上は「持分法適用に伴う負債」を認識します。 さらに、Z社に資力がなく、当社のみが債務保証を行った場合には、その状況に応じて 「持分法適用に伴う負債」の積み増しが必要になることも考えられます。 (了) ※3月は圧縮記帳を取り上げます。
改正労働者派遣法への実務対応 《派遣先企業編》 ~派遣社員を受け入れている企業は「いつまでに」「何をすべきか」~ 【第5回】 (最終回) 「研修の実施等」 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 最終回となる【第5回】は、研修の実施等、その他の対応について検討する。 1 研修の実施 一般的に、人事部門の担当者は労働者派遣法について改正内容も含めて把握していることが多いが、派遣労働者を受け入れている部署の社員は労働者派遣法の内容を知らないことが多い。しかし、実際に派遣労働者に指揮命令を行うのは、受け入れている部署の社員である。 そこで、受け入れている部署の社員にも労働者派遣法の概要を理解してもらうため、改正のタイミングを活用して社内研修を実施することをおすすめしたい。 特に、「派遣先責任者」、「派遣労働者への指揮命令者」及び「派遣労働者の苦情の申出を受ける者」として労働者派遣契約に氏名が記載されている者には、研修を通じて派遣先で実施すべき事項の概要を把握してもらう必要があるだろう。 研修の方法としては、関係者を対象にした集合研修で人事部門から労働者派遣法の概要等を説明する方法が考えられるが、集合研修を行うことが難しい場合は、下記のような厚生労働省が作成した労働者派遣法関連のパンフレットや指針等を共有することによって、各自で勉強してもらうことから始めてもよいだろう。 なお、今回の改正により、派遣先が適切かつ迅速に処理を図る必要がある苦情の内容にセクシュアルハラスメント及びパワーハラスメントが含まれる点が明示され、指針にその具体例が記載されたので、合わせて確認する機会を設けていただくとよい。 2 派遣会社の扱い 派遣事業は、その健全化を図るため、改正前にあった2つの区分のうち特定労働者派遣事業区分が撤廃され、すべて許可制となっている。 このため、特定労働者派遣事業を行っていた場合は、今後新たに資産要件等の許可基準を満たさなければならず、特に中小の派遣元に大きな影響を与える内容となっている。 経過措置により、改正後3年間は許可基準を満たさなくても引き続き派遣事業を継続することができるが、許可基準を満たすことが難しい場合は、経過措置後は派遣事業からの撤退を余儀なくされる。 そこで、派遣先としては、現在取引がある派遣元の派遣事業の種類を確認した上で、(旧)特定労働者派遣事業の派遣元に対して、今回の法改正を受けた今後の対応方針について、確認しておく必要がある。その上で、派遣元から撤退の方針が示された場合は、別の派遣元との取引や、SEの場合等、派遣労働者が従事する業務自体の外注等の検討が必要となる。 派遣事業を今後継続するか否かについてはすぐに結論が出るものではなく、派遣元への確認は早急に行わなければならないものではないが、会社によっては業務に支障を来す場合も考えられるため、早めの対応が望まれる。 3 派遣社員の位置づけ 今回の改正により、「派遣就業は臨時的かつ一時的なものであることを原則とする」ことが法律上明記されたが、この改正を契機に、派遣社員の位置づけを社内で明確にすることをおすすめしたい。 「正社員」「契約社員」「パート社員」「嘱託社員」等、会社により呼称は異なるものの複数の社員区分があると思われるが、それぞれの社員区分について、役割や職務、労働条件等の違いは明確になっているだろうか。 自社において最適な人材配置を行うためには、それぞれの違いを明確化する必要があり、派遣社員もその1つとして位置づけ、戦略的に活用していくことが重要と考える。 今回の改正により、意見聴取の手続きを行うことで、実質的に期限なく同一の事業所で派遣労働者の受け入れが可能となったが、派遣社員を受け入れ続けることが自社にとって最適なのか、この機会に改めて長期的な視点で検討していただきたい。 * * * 以上、5回にわたり派遣先企業が対応すべき事項について検討してきた。 早急に対応すべき事項だけでなく、今後時間をかけて検討すべき事項も含まれているため、早い段階で自社において実施すべき事項の棚卸を行った上で、計画的に対応していただきたい。 (連載了)
2016年株主総会における実務対応のポイント 三井住友信託銀行 証券代行コンサルティング部 担当部長 斎藤 誠 2015年5月に改正会社法が施行され、同年6月にコーポレートガバナンス・コードの適用が開始された。2016年株主総会はこれらの改正対応については2年目となって、さらなるブラッシュアップが望まれることとなる。むしろ改正会社法やコーポレートガバナンス・コード対応は今年が本番といえるであろう。 本稿では、これらを踏まえた2016年株主総会の実務対応について解説する。 なお、文中意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめお断り申し上げる。 1 招集通知について 事業報告および株主総会参考書類を含めた招集通知の作成は、株主総会準備のかなりのウェイトを占めている。個人株主および機関投資家への情報提供のツールとして招集通知の重要性は近年改めて注目されている。 コーポレートガバナンス・コード(以下、コードという)においても、【原則1-2.株主総会における権利行使】を中心に招集通知による情報提供も含めた株主の権利行使についての環境整備に留意すべきこととされており、継続的な対応が必要となっている。コードへの対応に関して今年の招集通知に関する主なポイントは下記のとおりである。 改正会社法も踏まえた招集通知等の具体的な記載事項については以下に解説するが、全国株懇連合会や日本経済団体連合会がひな形を作成しており、それらも参照されたい。 2 事業報告の作成について 改正会社法による事業報告の主な記載事項の変更は以下のとおりである。3月決算会社は経過措置により、概ね今年からの適用となるため注意が必要である。 3 株主総会参考書類の作成について 株主総会参考書類に関しては、主に社外取締役・社外監査役の要件の厳格化等に伴う改正事項がある。主な改正事項については、以下のとおり。 なお、【原則3-1.情報開示の充実】において、経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行う際の、個々の選任・指名についての説明を開示すべきとされている。役員選任議案では社外役員候補者の選任理由の記載が法定されているが(同74条4項2号、同76条4項2号)、今後はいわゆる社内の役員候補者の個々の選任理由についても、選任議案に記載する事例が増加するであろう。 4 その他社外取締役関係 (注1) 独立性は問わないとされる。 (注2) ISS 2016年版 日本向け議決権行使助言基準 (注3) 東証上場会社における社外取締役の選任状況(確報) 2015.7.29 5 おわりに 本年の総会対応について、改正会社法およびコードへの対応を中心に述べてきた。 特にコードへの対応に関しては機関投資家に関心のある事項が多く、対応の程度は各社の株主構成によるところが大きい。また、総会当日においては来場する個人株主への対応がメインとなり、当日の株主質問にいかに説明責任を果たすべく回答していくかがポイントになる。 かように株主総会準備は多様性を増しており、特に本年は機関投資家と個人株主の双方を意識した総会準備が必要となろう。 (了)
税理士ができる 『中小企業の資金調達』支援実務 【第13回】 「金融機関提出書類の作成ポイント(その5 事業計画書)」 ~形式面のポイント~ 公認会計士・中小企業診断士・税理士 西田 恭隆 前回まで、金融機関に提出する書類として、実績に関わる書類、すなわち決算書及び合計残高試算表の説明を行ってきた。今回から、将来予測に関する書類について解説していく。その書類とは、事業計画書及び資金繰り表である。今回はまず、事業計画書の形式面にかかるポイントについて説明し、次回、【第14回】で内容面にかかるポイントを述べる。金融機関が最も重視する資金繰り表は【第15回】で解説する。 事業計画書作成の流れは、【第3回】で説明したけれども、もう一度、事業計画書とは何か、その作成の流れを簡単に説明しておく。 事業計画書とは、会社が今後、どのような事業を行って売上と利益をあげる予定なのかを表す書類である。金融機関に対しては、融資資金の必要性、資金を使う目的、返済可能性を伝える道具となる。事業計画書は大きく2つの部分、事業内容を文章で説明する部分と、それを売上高や利益額などの計数で説明する部分から構成される。計数部分は、まず簡易キャッシュフローの考えを使って、返済に必要な利益と売上を算出する。それを上回る年間売上、年間利益を立てて年次事業計画書とし、季節変動を加味して、月次事業計画書に落とし込んでいく。 事業計画書の構成に従い、まずは文章部分の形式についてポイントを解説する。続いて、計数部分のポイントを述べる。日本政策金融公庫等のホームページで事業計画書のひな形が入手できるので、それを手元に置きながら本稿を読んで頂いた方が、理解しやすいと思う。 形式面のポイント①:文章部分に記載する事項 文章部分の形式は、特にルールが定められているわけではなく、自由である。しかし、記載する内容は概ね決まっており、「会社概要」、「事業内容」、「強みやセールスポイント」、「事業スケジュール」等を記載するのが定番である。 「会社概要」とは、会社の設立から現在に至るまでの沿革、代表者の経歴、人員構成、取引先の状況等である。「事業内容」においては、どういう顧客を標的にしているのか、取り扱う商品・サービスの内容、業務の流れ、資金の流れ等を記述する。「強みやセールスポイント」では、他社が容易に模倣できない、当社独自の強みを記載する。「事業スケジュール」では、今後、いつ、誰が、どこで、何を、どのようにして事業を進めていくのか具体的に記述する。 「強みやセールスポイント」の整理は、社長や会社側では行いづらいことがある。自分自身を客観視するのは難しいからである。そこで税理士の出番となる。質問を行うことにより、整理を支援できる。例えば、「こういう点で他社に負けないという点はありませんか」、「以前に売上が伸びた原因は何だと思いますか」と質問する。回答の中に会社の強みが含まれているので、税理士がそれを引き出し、整理する。 筆者の場合、ヒト、モノ、情報、4P(価格、商品サービス、立地店舗、販売促進)、競合他社比較の切り口を使って社長に質問を行い、強みを整理してもらっている。4P以外にも3Cや5F、7S、PESTなど様々な切り口があるけれども、結局、どの切り口も似たり寄ったりなので、自分に合うものを使って質問すれば良い。 融資申込用の事業計画書として、金融機関から形式を指定された場合は、それに従って文章を記入する。特に形式を指定されなかった場合は、日本政策金融公庫や信用保証協会の事業計画書を参考にして、独自のものを作成する。融資判断に必要な、上記の項目が記載されていれば問題ない。 形式面のポイント②:文章は簡潔明瞭を心がけ、量はほどほどに 上記の事項を文章化するにあたっては、簡潔明瞭を心がけ、難解な専門用語は使わないようにする。使用する場合も注釈や補足を付け、予備知識ゼロの人でも分かるような、易しい文章にする。金融機関担当者は中小企業のあらゆる事業に精通しているわけではない。相手が理解できる言葉を選び、情報共有と、融資交渉が円滑に進むようにすべきである。 簡潔明瞭な文章作成という点においても、税理士は社長を支援できる。社長が作成した文章を読んで、税理士が「難しい」と感じた箇所は、金融機関担当者もそのように感じるはずである。指摘、助言を行い、平易な表現に修正してもらう。 分量は多すぎず、少なすぎずとする。事業計画書の形式が指定されている場合、文章記入欄を隙間なく埋めるのは当然である。空欄が目立つ計画書だと、「事業に対する考えが浅い」、「やる気がない」などとマイナス評価につながりかねないからである。指定の欄に記入しきれない場合は、独自に別紙を添付する。筆者はいつもA4サイズのワード文書を添付している。文章に説得力を持たせるには、ある程度の分量が必要である。 かといって、分量が多すぎるのも問題である。読み手を飽きさせるし、肝心な点が伝わらない恐れがあるからである。分量が多くなる理由の1つに、外部環境分析がある。外部環境分析とは、会社を取り巻く景気動向や業界に関する情報を収集、加工、検討することである。統計データやグラフ、図表を使って「会社事業は上手くいく」と結論付ける方法である。 分量が多くなる割には、外部環境分析を行うメリットは少ない。というのは、分析結果は、他の会社にも当てはまる一般的な事実に過ぎないし、結局、会社にとって都合の良い結論にしかならないからである。金融機関側もこの点を見抜いており、外部環境分析が融資判断の決め手になることはない。であれば、その記述は抑え、事業計画書全体の簡潔明瞭さを優先した方が良い。 仮に記述するとしても、社長が普段持っている業界動向に関する知識を、数行にまとめる程度が無難である。 「多すぎず、少なすぎず」だと曖昧なので、具体的な数量でいうと、筆者の場合、事業計画書はA4サイズのワード文書10枚前後にまとめることが多い。形式が指定されている事業計画書の場合、添付別紙は5枚前後である。 引き続き、計数部分の形式について述べる。 形式面のポイント③:計数部分の表示形式は変動固定分類でも可 事業計画書の表示形式は、損益計算書の形式そのままでも良いし、勘定科目を変動費、固定費に分類した表示形式(CVP分析、直接原価計算方式)でも問題ない。 販売費及び一般管理費の中に、荷造運賃や車両費等、金額が大きい変動費が含まれている場合は、変動費、固定費に分類した方が良い。限界利益(=売上高-変動費)によって、売上と商品販売による利益の動きがつかみやすくなるからである。この形式による事業計画書は、金融機関側も理解しているので、問題なく伝わる。 売上原価以外に大きな変動費が無い場合は、無理に変動固定分類する必要はない。 形式面のポイント④:計数部分はシンプルにざっくりと 事業計画書の勘定科目が詳細であればあるほど見やすいとは限らない。売上項目や経費項目のうち、金額が小さい複数の項目は1つの勘定科目にまとめる、または「その他」という項目に集約する。金額の大きい、重要な勘定科目に焦点を合わせやすくなるからである。 また、金額の表示単位は、千円単位以上とする。というのは、将来の数値を円単位まで細かく見積もることはほぼ不可能、無意味だからである。 形式面のポイント⑤:月次事業計画書には積み上げ計算を明示 【第6回】で述べた通り、年次事業計画書の売上計画は、実現可能な数値になるよう、積み上げ計算を行う。積み上げ計算とは、販売単価×月平均または1日平均販売数量という計算を行い、年間合計する方法である。月次事業計画書レベルにおいても、積み上げ根拠を明示した方が良い。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 きちんと積み上げ計算していることをアピールできれば、各月売上計画の説得力が増す。売上を取引先や商品別等にグループ分けしている場合、グループごとに単価×数量を記載する。 形式面のポイント⑥:計数対象期間は、融資を受けてから1年間 月次事業計画書の対象期間は、借り入れ月以降、1年間が含まれるようにする。例えば、融資実行月が2016年5月予定だとした場合、2017年4月までの月次事業計画書を作成する。それ以降の計数は、金融機関から特に求められない限り、作成する必要はない。というのは、翌1年間の計画すら不確実な状況の中で、それ以降の計画を立てるのは困難だからである。逆に、1年でも長すぎるといわれる場合がある。「借り入れ後、半年間で良い」と金融機関から指示があった場合は、それに従う。 形式面のポイント⑦:予想貸借対照表は不要 事業計画書は売上と利益を予想した、予想損益計算書である。では、予想貸借対照表も提出する必要があるのかというと、基本的に不要である。 貸借対照表は、その時点で会社を清算すると仮定した場合の財産価値にすぎない。金融機関が関心を持つ会社の借金返済能力=当期純利益+減価償却費を読み取ることはできないし、将来の財産価値は今後の売上、利益次第である。担保財産についても、決算書や合計残高試算表に記載されているので、改めて予想貸借対照表を使って示す必要はない。金融機関にとって有益な情報が少ないため、予想貸借対照表は作成不要である。 資金繰り表の作成には、棚卸資産の月次平均残高が必要になる場合がある。その際は、資金繰り表の作成根拠、補足事項として、棚卸資産の予想平均残高のみ記載すれば良い。 * * * 以上、事業計画書の形式に関するポイントを説明した。次回は、金融機関の融資判断という点から、内容に関するポイントを述べる。 (了)
《速報解説》 税制改正法案からみた消費税軽減税率の適用対象 ~有料老人ホームでの飲食料品の提供は軽減税率の対象に~ Profession Journal編集部 平成28年度税制改正に係る税制改正法案(所得税法等の一部を改正する法律案)は2月5日付けで国会へ提出され昨日8日に財務省ホームページ上で公開された。 以下ではまず、消費税軽減税率の適用対象について規定された部分を確認しておきたい。 平成28年度税制改正大綱(付記一)では、当該部分について次のように表記されていた。 今回の法案第5条(消費税法の一部改正)より関連する条項を抜粋すると、以下のとおりである。 まず、改正消費税法第2条第1項において、軽減税率が適用される「軽減対象課税資産の譲渡等」及び「軽減対象課税貨物」が次のように定義されている(税率の規定は改正消費税法第29条)。 そして上記で示された各別表の規定は次の通りである(旧別表第一は別表第二とされた)。 いわゆる「外食」を軽減税率の対象外とする規定に関し、大綱において「一定の飲食設備のある場所等において行う食事の提供」とされていたものが、別表第一の一イでは「テーブル、椅子、カウンターその他の飲食に用いられる設備のある場所において飲食料品を飲食させる役務の提供をいい、当該飲食料品を持帰りのための容器に入れ、又は包装を施して行う譲渡は、含まないものとする。」と具体的な規定内容が見られる。 なお、上記イの外食に該当しない飲食料品の譲渡であっても、別表第一の一ロにあるとおり「課税資産の譲渡等の相手方が指定した場所において行う加熱、調理又は給仕等の役務を伴う飲食料品の提供」については軽減税率の対象外となり、いわゆるケータリングや出張料理などがこれに該当する。ただし、有料老人ホーム等の施設における飲食料品の提供は規定から除かれているため軽減税率の対象となる。 また、おまけ付きのお菓子のような食品と食品以外が一体となっている商品への適用については「食品と食品以外の資産が一の資産を形成し、又は構成しているもののうち政令で定める資産」とのみ規定されており、金額基準や食品の占める割合等は、法案では明確化されていない。 全体を通じ政令委任の部分が大きく、対象の線引きについて確たる判定をするには今後の情報が待たれるところである。 なお、消費税の軽減税率については、昨年12月に公表された次の財務省資料が詳しく、事業者のシステムの改修に関する資料も掲載されていることから、参考にされたい。 (了)