租税争訟レポート 【第81回】 「役員給与「勤務実態のない者に給与として支払った金員に対する課税関係」 (札幌地方裁判所令和6年1月29日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 【事案の概要】 本件は、原告が、その従業員であると主張する乙に対する給与の額及び当該給与に係る法定福利費の額(本件各支給金員)を損金の額に算入して法人税等の確定申告をしたところ、札幌中税務署長(処分行政庁)が、乙には原告における勤務実態がなく、同人を原告の従業員であるかのように見せかけて損金の額に算入した給与の額等は、原告の前代表取締役であった亡甲が個人的に負担すべき乙ヘの生活費の援助であり、亡甲に対する役員給与に該当するなどとして、以下の各処分を行ったところ、原告が、被告に対して、請求の趣旨の限度で、これらの処分を不服としてその取消しを求める事案である。 〈札幌中税務署長による処分〉 【争点】 【〔争点1〕に対する主張】 1 被告の主張 被告は、〔争点1〕について、次のように主張した。 (1) 乙の雇用契約書は、原告が経理事務を委託していた社の従業員が、亡甲から指示を受けたものと考え、乙に確認することなく、作成したものであり、雇用契約締結には、使用者・労働者双方の合意が必要であるにもかかわらず、乙は、札幌中税務署職員に対し、「実際に働く意思を伝えたこともありませんし、働くよう言われたこともなかったですし、働いたことがないのも事実です」と供述して、原告との雇用契約の合意を直接的に否定しているのであるから、乙には原告との間で雇用契約を締結する意思があったとは認められない。 (2) 原告の代表取締役及び監査役が、平成29年7月又は8月頃まで、乙に対して給与及び賞与が支払われていることを知らなかった旨供述していること、雇用契約書のみならず、出勤簿、源泉徴収簿兼賃金台帳、更には退職届に至るまで、乙の関知しないところで、同人の意思や実際の行動とは別に作成されていたことからすれば、原告と乙との間に雇用契約が締結された事実がなかったことは明らかである。 (3) 原告が乙との間に雇用契約が締結された事実がないにもかかわらず、乙に対し給与及び賞与を支給していたのは、平成6年以降、乙が原告の代表取締役であった亡甲と交際関係にあり、平成7年3月に無職となったことを契機として、亡甲から継続的に生活費の援助を受けていたという経緯に照らせば、亡甲による乙に対する生活費の援助の趣旨であると考えざるを得ないこととなり、これは、亡甲が個人として負担すべき費用を原告が負担することによって乙に経済的利益が付与されたとみるべきであり、本件各支給金員のうち亡甲の死亡前に係る金額は、法人税法34条4項の「その他の経済的な利益」に該当し、亡甲に対する役員給与であると認められる。 2 原告の主張 原告は、〔争点1〕について、次のように主張した。 (1) 乙は、平成11年6月頃に締結された原告との間の雇用契約に基づき、原告又は原告からの出向により原告グループの業務に従事していたものであり、乙に支給された給与及び賞与は、原告と乙との間の雇用契約に基づいて支給されたものである。 (2) 乙が原告の代表取締役であった亡甲の指揮命令に従って提供した労務は、具体的には、次のとおりである。 (3) 乙に対して支給した給与及び賞与は、原告と乙との間の雇用契約に基づいて支給されたものであるから、これが亡甲に対する役員給与であることを前提とした本件各更正処分等には、誤った法解釈に基づく違法性が存在する。 【〔争点2〕に対する主張】 1 被告の主張 被告は〔争点2〕について、原告と乙との間には雇用契約が認められず、乙が原告に対して労務を提供した事実も認められないにもかかわらず、原告が経理事務を委託していた社の従業員が、亡甲の指示に基づき、原告から乙に対する給与を支給しているものとして処理するため、雇用契約書、出勤簿、源泉徴収簿兼賃金台帳及び退職届を、乙に無断で作成した上、支給した給与及び賞与について、総勘定元帳の給料手当勘定又は賞与勘定に計上したものであり、原告のこれらの行為は、存在しない課税要件事実(乙が原告の従業員として給与を支給される事実)が存在するかのように見せかけたことに他ならないことから、通則法68条1項の「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を仮装し」たものであり、また、原告は、これに基づき法人税及び復興特別法人税の各確定申告書を提出しているのであるから、仮装行為と過少申告行為との間に因果関係があることは明らかであるとして、重加算税が課されると主張した。 2 原告の主張 原告は、〔争点2〕について、仮に原告と乙との間に雇用契約がないと判断されたとしても、それは、原告の法的見解に誤りがあったにすぎず、架空名義の利用又は証拠資料の廃棄・隠匿等の行為そのものが明らかに「隠蔽」又は「仮装」と評価できるような積極的行為は行っていないし、雇用契約書、出勤簿、源泉徴収簿兼賃金台帳及び退職届は、雇用保険・社会保険の手続のために作成されたものであり、過少申告行為のために作成されたものではないから、これらの作成が「隠蔽」又は「仮装」と評価されるとしても、過少申告行為との間に因果関係が認められないとして、重加算税は課されるべきではないと主張した。 【札幌地方裁判所の判断】 札幌地方裁判所は、結論として、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却するという判決を言い渡している。争点ごとの裁判所の判断を見ておきたい。 1 本件各支給金員は、原告と乙との間の雇用契約に基づいて支給されたものではなく、亡甲に対する役員給与に該当するかに関する裁判所の判断〔争点1〕 札幌地方裁判所は、事実認定に基づき、〔争点1〕について、乙に対する給与及び賞与の支給の趣旨は、亡甲による乙に対する生活費の援助であると認められることからすれば、給与及び賞与のうち亡甲の死亡前に係る金額の支給により、亡甲が個人として負担すべき費用を原告が負担し、乙に経済的利益が付与されたとみることができるとして、こうした経済的利益は、法人税法34条4項の「その他の経済的な利益」に当たり、同条1項ないし同条3項までの適用上、原告がその役員である亡甲に対して支給する給与に含まれると解するのが相当であるとの判断を示した。 原告による、乙による会合への同行等は、原告の代表取締役である亡甲の指揮命令に従った労務の提供であったという主張に対して、札幌地方裁判所は、乙に支給された金員の趣旨が給与ではなく、生活費の援助であったとしても、乙が亡甲の求めを断りにくい立場にあることに変わりはなく、乙の札幌中税務署職員に対する回答は、認定事実と整合するものであることに照らすと、その信用性を肯定することができるというべきであるとして、その主張を斥けた。 2 本件各支給金員は、事実を仮装して経理をすることにより支給されたものであるかに関する裁判所の判断〔争点2〕 札幌地方裁判所は、事実認定に基づき、〔争点2〕について、原告と乙との間に雇用契約は存在せず、乙に支給した金員は、乙の原告における労務の対価には当たらないところ、原告は、これを乙に対する給料手当又は賞与として経理処理し、原告が経理事務を委託していた社の従業員が、亡甲の指示を受けて、乙に無断で、雇用契約書を作成するなどして、乙が原告の従業員であるかのように装って給与及び賞与として支給し、支給した金員及び法定福利費を、各事業年度の所得金額の計算上、損金の額に算入したものであることから、乙に支給した金員は、乙が原告の従業員であるとの事実を仮装して経理をすることにより支給されたものと認められるから、通則法68条1項の重加算税の賦課要件に欠けるところはなく、重加算税各賦課決定処分が違法であるとは認められないという判断を示した。 原告による、雇用契約書等は、雇用保険・社会保険の手続のために作成されたものであり、過少申告行為のために作成されたものではないから、これらの作成が「隠蔽」又は「仮装」と評価されるとしても、過少申告行為との間に因果関係が認められないという主張に対して、札幌地方裁判所は、雇用契約書等の作成の直接の目的が雇用保険・社会保険の手続のためであったとしても、原告は、乙が原告の従業員であるとの仮装された事実に基づき、乙に支給した金員及び法定福利費を、各事業年度の所得金額の計算上、損金の額に算入しているのであるから、仮装行為と過少申告行為との間の因果関係はあるというべきであり、原告の上記主張を採用することはできないとして、その主張を斥けた。 【判決の特徴】 手広く会社経営をしていた甲は、スナックの経営者乙と知り合い交際を開始、乙がスナックを閉店したのを機に、生活費を援助するとともに、乙の自宅としてマンションを購入している。その後、乙の銀行預金口座には、原告から毎月一定の金員が振り込まれるようになる。原告の経理事務を担当している社(原告グループの別会社であろう)の担当者は、甲の指示を受け、乙の健康保険等の手続きを行い、出勤簿を整理して、外見上は、乙が原告で勤務しているよう体裁を整えていたところ、甲が死亡する。 甲の死亡後、これ以上、原告から金員を受け取ることはできないと考えた乙は、甲の娘である原告の監査役に対して、甲が死亡した以上、原告から金員を受け取ることはできない旨を申し入れ、監査役から、甲の息子である原告の代表取締役にも、乙の意向が伝えられる。甲の息子も娘も、原告から乙に対して給与が支給されていたことを知らなかったが、乙が亡甲の送迎等をしてくれたことに対する感謝の気持ちがあったことなどから、決算期である平成29年9月までは乙に対する給与名目の金員の支給を継続することとした。 このような事実関係だけを見れば、甲、乙、甲の子供たち、甲の指示を受けた担当者のいずれにも、法人税を免れようとか、書類を偽造しようとかいった意図はどこにもうかがわれない。しかし、裁判所は、重加算税の賦課決定処分を適法とする判決を言い渡した。原告に顧問税理士がいたのかどうかは、判決文からは読み取れないが、仮に顧問税理士がいたとしても、甲と乙が交際しており、甲が乙の生活費の援助をしていたという事実を知らされていなければ、甲に対して、役員給与と認定されるリスクがあり、重加算税を課されるかもしれないという助言をすることは困難であったかもしれない。 1 国税不服審判所の裁決 原告は、本件訴訟を提起する前に、国税不服審判所に対して不服申立てを行っている。国税不服審判所の裁決要旨検索システムから、その裁決の要旨を引用しておきたい。裁決要旨検索システムによれば、裁決の争点は6項目である。 本判決における〔争点1〕と〔争点2〕について、国税不服審判所は、以下の裁決(1)及び(2)に係る判断で、札幌地方裁判所と同様の判断を示して、請求人の審査請求を棄却している。 2 給与の支給に付随して発生する法定福利費の取扱い 上記の国税不服審判所の裁決で注目したいのは、本件訴訟では争点にならなかった、役員給与と認定された乙に対する給与支給に係る法定福利費の取扱いである。原処分庁は、審査請求人(原告)が負担した法定福利費に相当する額の経済的利益は、乙に対する寄附金の額に該当し、法人税基本通達9-4-2の2《個人の負担すべき寄附金》の定めにより、亡甲が個人的に負担すべきものとして、亡甲に対する役員給与に該当するとして納税告知処分を行ったが、国税不服審判所は、法定福利費は代表者が個人的に負担すべきものではなく、また、法定福利費の支出により代表者が享受した経済的な利益があったとも認められないから、代表者に対する役員給与とは認められないとして、原処分庁の主張を斥け、納税告知処分の一部を取り消す裁決をしている。 もっとも、国税不服審判所は、請求人による、法定福利費は、健康保険法等の規定により請求人に負担義務のある支出であるから、請求人の損金の額に算入されるという主張に対しては、法人の所得の金額の計算上損金の額に算入すべき販売費、一般管理費その他の費用の額とは、当該法人の業務との関連性を有し、業務の遂行上必要と認められるものでなければならないから、本件支出に伴い計上された法定福利費を損金の額に算入することはできないという裁決を行っている。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q98】 「株式の譲渡益が生じた翌年に特定中小会社が発行した株式を取得した場合(エンジェル税制による繰戻し還付)」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 特定中小会社が発行した株式を取得した場合のエンジェル税制による繰戻し還付制度 (1) 令和7年度税制改正により創設された繰戻し還付制度の概要 エンジェル税制とは、スタートアップ企業への投資を促進するために、投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を講じることを目的とした税制です。このなかには、株式の譲渡益からスタートアップ企業への投資額を控除する制度がありますが、株式の譲渡益が生じた年中にスタートアップ企業が発行する株式を取得する場合にのみ適用があり、再投資に係る期間に制約がありました。 そこで、令和7年度税制改正において、再投資をより促進する観点から、株式の譲渡益が生じた年の翌年にスタートアップ企業への投資を行った場合にも譲渡益が発生した年に遡って投資額に相当する金額を譲渡益から控除し、譲渡益が発生した年に納付した所得税の一部を還付(繰戻し還付)する措置が講じられました(2026年1月1日以降に取得した株式から適用されるため、2025年に発生した株式譲渡益に係る所得税から繰戻し還付の対象となります)。 また、この制度を適用した場合には、その適用を受けた年の翌年以後の各年分において同一銘柄の株式の取得価額からこの制度の適用を受けた金額を控除するという取得価額に係る一定の調整計算が必要となります(つまり、取得価額が切り下がった分、将来の譲渡所得が増加することにより、課税の繰延べ効果が生じることになります)。ただし、特定株式の発行企業が設立後5年未満の株式会社であることなど一定の要件を充足する場合(特例控除対象特定株式)で、制度の適用金額が20億円以下であるときは、この調整計算が不要とされています(つまり、課税の繰延べではなく、税負担の軽減)。 なお、この繰戻し還付制度の適用を受けるためには、下記の確定申告書等の提出が必要です。 (2) 還付請求額の計算 下記①の金額から②の金額を控除した金額に相当する所得税の還付を請求することができます。 (※) 特定株式控除未済額とは、その年分の適用前の株式等に係る譲渡所得等の金額の合計額がその年中における控除対象特定株式(その年中に払込みにより取得をした特定株式)の取得に要した金額の合計額に満たない場合におけるその満たない部分の金額のうち一定の金額をいいます。 (3) 繰戻し還付制度の対象となる株式 繰戻し還付制度の対象となる株式(特定株式)とは、次の株式とされています。 2 本件へのあてはめ 前年においてA株式の譲渡益があり、さらに、当年(2026年1月以降)において3年前に設立したスタートアップ企業Bに投資をしたとのことですので、当該スタートアップ企業Bの株式を払込みにより取得した場合には、前年のA株式の譲渡益を含む一般株式等に係る譲渡所得等の金額及び上場株式等に係る譲渡所得等の金額に係る所得税額の一部につき、繰戻し還付制度が適用される可能性があると考えられます。 この制度は、原則として、課税を繰り延べるものであるため、翌年以降におけるB株式の取得価額を調整(この制度の適用を受けた金額を控除する)する必要がありますが、当該B株式が特例控除対象特定株式に該当するものである場合には、この取得価額の調整計算が不要となる(上限20億円)可能性があります。 この特例が適用されるか否かを判定するためには、B株式が上記1(3)のいずれかに該当することを確認する必要があります。また、取得価額の調整計算が不要となる要件についても確認する必要がありますが、これらの要件の詳細については、経済産業省が公表しているガイドラインが参考になります(※)。 (※) 経済産業省「エンジェル税制申請ガイドライン」 (※) 復興特別所得税は考慮していません。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第77回】 東洋大学法学部教授 泉 絢也 30 暗号資産と税務調査① (1) 問題意識と方向性 暗号資産に係る税務執行、特に所得税の税務調査の場面において税務当局が直面する問題やその要因を検討する(※)。 (※) 以下、「暗号資産と税務調査」の記述は、泉絢也「暗号資産(仮想通貨)の税務調査と税務執行上の課題-ブロックチェーン分析と損益計算の重要性-」税大ジャーナル38号掲載予定によるところが大きい。 世界初の暗号資産であるビットコインが2009年に誕生して以来、暗号資産は、その後の成長と普及により、各国の政策立案者にとって、マネーロンダリングのみならず課税の文脈においても種々の重要かつユニークな問題を提起している。 これは、暗号資産の次のような特徴に起因する(See e.g. OECD, TAXING VIRTUAL CURRENCIES: AN OVERVIEW OF TAX TREATMENTS AND EMERGING TAX POLICY ISSUES 7, 41, 54(2020))。 これらの特徴は、個別に見れば技術的・制度的な課題に過ぎないが、相互に連関し複雑に絡み合うことで、マネーロンダリング、国際課税制度のあり方、税務調査など、各国の行政や法制度にとってきわめて困難でユニークな問題を引き起こしている。 分散性と匿名性によって情報取得が困難となり、ボラティリティとハイブリッド性によって課税所得の算定が不確実となる。さらに、制度設計が完成する前に技術が変容する。このような状況は、これまで構築してきた税制を根本から揺るがすおそれがある。 自由でボーダレスな技術や取引の発達と、国家による統制や課税という枠組みとの間には、今後も緊張関係が続くことが見込まれる。 これは、単なる「制度整備の遅れ」ではなく、統治の論理とテクノロジーの論理の衝突という現代的課題の一断面であると理解すべきかもしれない。 このような問題意識の下で、本稿では、暗号資産に係る税務執行、特に所得税の税務調査の場面において税務当局が直面する問題を考察する。 ここでは、本稿が具体的にどのような問題を射程に収め、それに対していかなる分析と解決の方向性を提示しようとしているのか、そのアウトラインを簡潔に示しておく。 まず、本稿では、暗号資産の匿名性と分散性が引き起こす税務執行上の問題として、次の点に着目する。 その上で、次の点を指摘する。 このような理解に従って、暗号資産の匿名性と分散性に起因する税務執行上の問題に対処するために、暗号資産の追跡可能性・透明性に加えて、仮名性を生かした調査手法であるブロックチェーン分析に着目し、国税庁においては、高性能な分析ツールを積極的に開発又は利用し、国税調査官をトレーニングする必要があることを論じる。 また、最も重要な税務執行上の問題として、次の点を論じる。 上記の問題は損益計算の困難性という暗号資産のユニークな特徴によってもたらされる。 そこで、その困難性の要因を明らかにした上で、国税庁は、性能等が税務調査に最適な損益計算ソフトを開発又は利用し、国税調査官をトレーニングする必要があることを論じる。 以下、暗号資産やブロックチェーンに関する記述は、ビットコインやイーサなど一般的な暗号資産に係るものを念頭に置いており、例外的なものがあることを否定するものではない。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第57回】 「クロスボーダーの信託に対する外国子会社合算税制の適用」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 外国の私法により決定された法律関係が我が国の信託法上の信託の概念に該当するか否かについて、どのように判断するのでしょうか。 〔A〕 信託該当性については、(1)一定の財産が存在し、当該財産が受託者となるべき特定の者に帰属すること、(2)その特定の者が達成すべき目的(専らその特定の者の利益を図る目的を除く)が定められていること、及び(3)その特定の者が、上記(2)で定められた目的に従って、当該財産につき、管理又は処分及びその他の当該目的の達成に必要な行為をする義務を負うことが定められていることが必要であるという判断枠組みが示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 信託税制と外国子会社合算税制(控除対象配当等) (1) 信託税制 信託とは、委託者が受託者に対して財産の移転等をし、受託者が信託目的に従って、受益者のために信託財産の管理、処分等を行うことをいう。平成18年12月に新しい信託法が制定されたことに伴い、平成19年の税制改正において、信託税制の所要の整備が行われ、そこでは信託について、課税方法ごとに5つ(※1)に区分された。 (※1) 受益者等課税信託(法法12①)、集団投資信託(法法2二十九)、法人課税信託(法法2二十九の二)、退職年金等信託(法法12④一)、及び特定公益信託等(法法12④二)の5つをいう。 このうち、受益者等課税信託とは、財産の管理又は処分を行う一般的な信託で他の4つの区分以外のものをいう。受益者等課税信託の受益者等は、その信託財産の属する資産及び負債を有するものとみなされ、また、その信託財産に帰属する収益及び費用は、その受益者の収益及び費用とされ、当該受益者の所得金額が計算される(法法12①)。なお、他の区分の説明は割愛する。 (2) 外国関係会社の受取配当に係る外国子会社合算税制適用上の取扱い 合算課税の適用を受ける外国関係会社が同じく合算課税の適用を受ける他の外国関係会社に配当を支払った場合、配当を支払った外国関係会社において支払配当控除前でその適用対象金額を計算する一方、配当を受けた他の外国関係会社においてその受取配当込みで適用対象金額を計算すると、同一配当を巡って二重の合算課税が行われることとなってしまう。そこで、合算課税の対象となる外国関係会社から配当を受領した他の外国関係会社は、その受領した配当等の額のうち、控除対象配当等の額とされる金額がある場合には、当該金額はその他の外国関係会社の適用対象金額の計算上、その計算の基礎となる基準所得金額から控除することとされる。 すなわち、外国関係会社の各事業年度において、控除対象配当等の額がある場合の基準所得金額は、本邦法令基準又は現地法令基準により計算した金額から、当該控除対象配当等の額を控除した残額となる(措令39の15①~③。連結の場合は、措令39の115①~③)。 以下では、クロスボーダーの取引が我が国法人税法上の信託に該当し、その判断が外国子会社合算税制にどのように反映されるかが問題となった裁決事例について検討する。 2 裁決例 《国税不服審判所裁決令和6年3月14日(東裁(法)令5-80)》(※2) (※2) TAINSコード:J134-3-06 (1) 事案の概要 本件は、内国法人であるX(審査請求人)が、外国子会社合算税制の基準所得金額の計算上、外国関係会社が子会社から受ける配当等の額があるとして、当該金額を控除して法人税等の連結確定申告等をしたところ、原処分庁Yが、当該控除した金額は、外国関係会社が子会社から受ける配当等の額に該当しないなどとして更正処分等を行ったのに対し、Xが、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 Xの100%子会社である米国法人K社は、英領ケイマンに子会社2社(M社及びN社)を保有していたところ、オランダで設立されたP財団との間で、オランダ法準拠の預託証券発行契約(以下「DR(※3)発行契約」といい、発行された証券を「DR証券」という)を締結し、その保有するN社株式全部をP財団に譲渡し、引き換えにDR証券の発行を受けた。当該DR証券は、その直後にM社に譲渡された(ここでの譲渡に係る契約を「DR移転契約」という)。P財団の設立証書(以下「本件設立証書」という)には、その目的として、①N社株式を保有・管理するためその所有権を取得すること、②N社株式に係る議決権を行使すること、③N社株式に係る配当を受領し、そのままDR証券の保有者に引き渡すこと、④適用される管理条項を遵守した上で、これらの目的を達成するためのあらゆる行動をすることが規定されていた。オランダ法の下、P財団は上記内容の管理条項(以下「本件管理条項」という)を採択し、K社及びM社は本件管理条項の受諾をした。その後、N社の100%子会社であるQ社は、86百万米ドルの配当決議を行い、上記に従い、当該金額(以下「本件配当」という)をM社に支払った。 (※3) Depositary Receiptsの略。 Xは、連結確定申告に当たり、M社が外国子会社合算税制における特定外国関係会社に該当するとした上で、M社の基準所得金額の算定上、本件配当は、措置法施行令39条の115第1項4号に規定する子会社から受ける配当の額に該当するとして控除し、その結果M社については、連結所得の金額に加算すべき個別課税対象金額はないものとして申告したところ、Yは、M社はN社株式を保有していないため、本件配当の額を控除することはできないとして、上記のとおり更正処分を行った。 本件の一連の取引を図示すると、以下のとおりとなる。 (2) 争点 本件配当に相当する額は、M社の基準所得金額の計算上、措置法施行令39条の115第1項4号に規定する子会社から受ける配当等の額として控除できるか。 (3) 審判所の判断 国税不服審判所は、以下のとおり、DR発行契約等により成立した法律関係は、法人税法12条1項に規定する受益者等課税信託に該当すると説示し、原処分の一部を取り消した。 ① 信託法上の信託の意義 (※4) 信託法第3条柱書は、信託は、同条各号に掲げる方法のいずれかによってする旨規定した上で、同条第1号は、特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(以下「信託契約」という)を締結する方法を掲げている。 ② 我が国の法人税法上の信託の該当性 ③ 合算税制の適用における法人税法第12条第1項の規定の適用について (4) 検討 ① 本判決の意義 本裁決の意義は、外国法に基づく法律関係の下、わが国税法上の信託該当性に係る要件を提示し、その当てはめについて、実態面を重視した解釈を示したことにあろう(※5)。 (※5) 中村真由子「外国子会社合算税制における外国の法律関係の『信託』該当性」(ジュリスト・2025年2月/No.1606)11頁は、「本判決は、外国法に基づく法律関係が我が国の税法上の信託に該当するための要件を示し、その該当性につき法形式にとらわれず当事者の合意内容を踏まえて柔軟に判断を行った点において参考となるものと考えられる。」と述べている。 本件において、判断の分かれ目となったのは、一連の法律文書(①本件設立証書、②DR発行契約、③DR移転契約、及び④本件管理条項の4文書)に対する評価についてである。Yは、上記①及び④について、いずれもオランダ公証人の面前で関係者が宣言するという法形式で成立したことから、二者以上の法的人格による2個以上の相対立する意思表示の合致(合意)が行われているものではないことから「契約」に該当しないと主張した(※6)。一方審判所は、上記4文書を詳細に検討し、「DR発行契約等に定められた内容については、その定められた限りにおいて、K社、M社及びP財団の間において合意がされたものと認めら」る、と判断した(※7)。公証人の面前で宣言するという法形式を採るにせよ、①の場合はM社及びN社の親会社であるK社の正当な代理人、④の場合は、P財団、K社及びM社の正当な代理人が出席しており、審判所のように解釈するのが自然であるし、実際各当事者も一連の法律文書のとおり行動している。Yの主張はいかにも近視眼的である。 (※6) 青山慶二「外国子会社合算課税における特定子会社の信託を利用した受取配当の取扱い事案」(TKC税情・2025年6月)47頁脚注4は、「処分庁の調査においては、本件合意を構成する外国語で記載された4点の法的文書の内容を審査して『信託非該当』の結論を出したが、その理由について処分庁は、契約当事者により契約の前提条件等を承認する旨宣言する2つの文書は関係者間の合意の効果を持たない単独行為であるとして、信託の要件である参加者間の権利・義務関係が成立していないとしている。」と述べている。 (※7) 青山・前掲(※6)47頁は、「本件裁決では、諸文書間の連携の存在を認め、4件の法律文書は、全体として一体をなす信託の権利義務を表象した契約であると認定した。」と述べている。 ② 配当を非控除とした場合の原処分における調整 上記(1)のとおり、Xは、M社が受領した配当につき、特定外国関係会社の基準所得金額の計算上控除したことで、結果的に、M社については、連結所得の金額に加算すべき個別課税対象金額はないものとして申告した。一方で、Yが行った更正処分では、上記配当非控除の判断の下、Xが外国子会社合算税制の適用上外国関係会社に含めていたQ社の100%子会社である外国法人3社を除外し、Xへの合算課税の適用がないものとして調整が行われていた。要は、更正処分では、合算課税の二重負担とならないようバランスが取られていたということである(※8)。 (※8) 青山・前掲(※6)48頁参照。 (了)
◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第19回】 「預金と借入金の計上漏れ」 公認会計士 石王丸 周夫 今回の事例は、借入金の計上漏れです。そして、借入金の見合いで預金も計上漏れとなっています。 借入金や預金は銀行との取引であり、銀行側の記録(通帳やインターネットバンキングの記録)との整合性確認が可能です。そのため、会社側に誤処理があっても早い段階で修正可能だと考えられます。しかし、そのような取引が処理漏れとなってしまいました。 単純なミスのように見えますが、上場会社ではあまり見ないミスです。少なくとも、短信公表後にこのようなミスを訂正する事例は珍しいと思います。会計的には資産と負債の計上漏れであり、業績への直接の影響はありませんが、借金の計上漏れという事実は重いのではないでしょうか。 このようなミスが発生している場合に留意すべきことは何か、以下、訂正事例を使って考えていきましょう。 計上漏れとなった仕訳 今回の事例は、第1四半期決算短信における誤りです。その添付書類である四半期貸借対照表で、一部の科目の残高を間違えています。当該第1四半期中に契約締結した借入金50,000千円について、四半期貸借対照表への計上を漏らしてしまったようです。 訂正前と訂正後の四半期貸借対照表から、計上漏れとなった仕訳を推定すると、次のとおりとなります。 借方は、長期借入金50,000千円が現金及び預金に入金されたことを示します。貸方は、第1四半期末の負債表示について、長期借入金を計上するとともに、1年内返済分を流動負債に振り替えることを示します。これらの処理が抜け落ちていたようです。 この計上漏れにより、上記3科目が訂正になったほか、流動資産合計、資産合計、流動負債合計、固定負債合計、負債合計、負債純資産合計が訂正になり、合わせて、サマリー情報や定性的情報内でこれらの数値を参照した箇所が連動して訂正になっています。 内部統制上のリスク 四半期貸借対照表について、現金及び預金と借入金の計上漏れがあったということは、第1四半期末日におけるそれらの会計記録(試算表残高)と銀行記録(実際有高)が不一致だったことを意味します。 会計上の預金残高について、会計記録側の不備により銀行記録と不一致になっていることは、会計処理上のみならず内部統制上も問題です。あってはならないことですが、預金の流用が行われた場合、一般論としては、会計記録または銀行記録の改ざんがなされない限り、両記録の不一致として異常が発覚します。しかし、これは両記録がもともと一致していることが前提です。会計記録に計上漏れがあって銀行記録と不一致になっている状態では、この検知機能が無効になります。計上漏れとなっている預金が流用されても、むしろそれにより両記録が一致してしまうからです。 本事例の場合、計上漏れとなった借入金の契約日はX年2月28日でした。少なくとも、第1四半期末日であるX年3月31日までの1ヶ月間は、会計記録と銀行記録は不一致だったと考えられます。その期間は、計上漏れとなった預金が流用されても発覚しないリスクがあったといえます。 不一致を防ぐための突合 こうしたリスクを回避するためには、会計記録と銀行記録の突合を定期的に行う必要があります。たとえば、毎月末に試算表データとインターネットバンキングの預金残高データを突合するといったことです。 本事例の会社でそのような突合を行っていたかどうかは明らかにされていませんが、常識的に考えれば、行っていたと思われます。この会社は上場会社なので会計監査を受けています。会計監査というのは、会社の内部統制に依拠して行われるものです。預金や借入金の残高に関する会計記録と銀行記録の定期的な突合といった基本的な内部統制は、会計監査の前提として、当然に整備、運用されていると考えられます。 では、なぜ前述の不一致が起きてしまったのでしょうか。 1つの可能性として考えられるのは、計上漏れとなった50,000千円の借入金およびその見合いとしての預金について、何らかの理由により経理部門で把握されていなかったのかもしれないということです。つまり、それ以外の銀行取引残高については定期的に会計記録と銀行記録の突合がなされ、問題なかったというものです。 しかし、仮にそうだったとしても、当該50,000千円の取引がなぜ把握されていなかったのかという疑問が残ります。そもそも借入契約の時点で仕訳計上されていなかったこと自体が不思議です。借入契約手続きに関する業務フローに、何か欠陥がある可能性もあります。 このように考えてみると、こうした誤りが発生した場合は、それが単に処理を漏らしてしまっただけのことなのか、しっかり確認することが必要だという結論に至ります。 開示前のチェックポイント 計上漏れの原因に重大な問題がなかった場合は、次の点に留意して開示前のチェックを行うとよいでしょう。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例70】 「所在等の不明な区分所有者がいる場合の対応方法」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私が区分所有するマンションでは行方不明で連絡のつかない区分所有者が多数います。このままでは、マンションの建替え決議(5分の4の決議)に影響が生じることを懸念しています。このような場合、区分所有法上、どのような方法を講じることが考えられますか。 1 検討の視点 令和7年5月23日に「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律」が成立した。これによって、「建物の区分所有等に関する法律」(以下「区分所有法」という)が改正され、令和8年4月1日から施行される予定である。 今回の改正は、高経年の区分所有建物の増加や区分所有者の高齢化を背景に、相続等を契機とした所有者の不明化や、非居住化が進行する現状を踏まえて行われたものである。 本事例では、改正法を踏まえて、行方不明の区分所有者がいる場合の対応策について確認することとしたい。なお、本事例において、改正前後の区分所有法を表記する場合、「改正前」「改正後」と表記する。 2 改正前の問題点 改正前の区分所有法は、集会の決議を「この法律又は規約に別段の定めがない限り、区分所有者及び議決権の過半数で決する」と規定していた(改正前第39条第1項)。しかし、集会を欠席する区分所有者は、議事において、反対者と同様に扱われるため、集会に参加しない行方不明の区分所有者が増加するほど、相対的に集会の決議が成立しにくくなる問題があった。 たとえば、20%超の区分所有者が行方不明の場合、老朽化した区分所有建物の建替え決議(区分所有者及び議決権の各5分の4以上の賛成、改正前第62条第1項)をすることができず、その他の特別決議事項の成立も困難となる。この対策として、不在者財産管理人の選任を申し立てることなども考えられるが、多数の行方不明者が存在する場合には必ずしも現実的な選択肢ではない。 3 所在等の不明な区分所有者を決議の母数から除外する仕組み (1) 制度の概要 改正後は、区分所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときに、当該区分所有者(以下「所在不明等区分所有者」という)を集会の決議の母数から除外する裁判制度(以下「除外決定」という)が導入された(改正後第38条の2)。 これによって、建替え決議を含むすべての決議事項について、所在等不明区分所有者を除外して決議をすることが可能となった。対象範囲が広いのは、所在等不明区分所有者は、すべての決議について関心を失い、他の区分所有者の決定に委ねているものと考えられるためである。 除外決定の申立ては、一般の区分所有者、管理者又は管理組合法人によって、当該建物の所在地を管轄する地方裁判所に対して行われる(改正後第38条の2、同第47条第12号、同第86条)。管理者及び理事を除く一般の区分所有者が除外決定を得た場合には、管理者又は理事に対し、遅滞なくその旨を通知する必要がある(改正後第38条の3第3項)。 これは、一般の区分所有者が申立てを行う場合、管理者や理事が除外決定の存在を認識していない可能性があることから、当該除外決定を見逃して決議を行うことを防ぐための措置である。 なお、除外決定があった場合、その後の決議に際し、当該区分所有者に対して招集通知を発する必要はない(改正後第35条第1項かっこ書)。 (2) 所在等不明区分所有者の判断基準 所在等不明区分所有者の該当性は、令和3年の民法改正で導入された所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判(民法第251条第2項、第252条第2項)と同様の基準で判断されることになる。したがって、申立人は、申立てに際し、合理的に期待される調査を尽くす必要がある。 一方で、認知症等によって意思疎通が困難な区分所有者については、氏名や住所も判明していることから、除外決定を利用することはできず、成年後見制度等の他の制度を利用する必要がある。 (3) 除外決定の取消しについて 所在等不明区分所有者の存在等が判明した場合、地方裁判所は、利害関係人からの請求を受けて除外決定を取り消すことになる(改正後第86条第5項)。この点については上記2のとおり、所在等不明区分所有者がいる場合に、不在者財産管理人等の管理人制度も利用することができるため、当該管理人の権限と除外決定の優先関係が問題となりうる。 この問題については、①除外決定が出された後に管理人が選任された場合は、当該除外決定が取り消されるまでの間、所在等不明区分所有者は決議から除外された状態が継続するものと解される。そのため、当該管理人が決議に関与する必要があると考える場合、利害関係人として、当該除外決定の取消しを申し立てることになる。他方、②管理人が選任された後に除外決定申立てがされた場合、既に管理人がいることから、裁判所が管理人の存在を把握した場合には、当該除外決定の申立ては却下されることになると解される。 4 本件において 本事例において、行方不明で連絡のつかない区分所有者が存在したとしても、マンションの建替え決議を成立させられる場合には、通常の手続で集会を招集し決議を行えば足りることになる。 これに対して、行方不明の区分所有者が多数存在し、建替え決議の成立に支障が生じることが見込まれる場合には、当該区分所有者の所在調査等を行い、除外決定を得た上で建替え決議を行うことが考えられる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第97話】 「パートナーシップと配偶者控除」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、パソコンの画面を見ながらため息をつく。 画面は、東京都渋谷区のウェブサイトで「渋谷区パートナーシップ証明」となっている。 「・・・法律上の婚姻とは異なるもの・・・となっているパートナーシップ制度は、巷でそんなに求められているのだろうか・・・」 浅田調査官は、更にインターネットで検索すると、導入自治体は539(全体で1,788)、導入自治体の人口合計を日本の総人口で割ると、92.9%(2024年1月1日現在)になる。そして、この制度のない都道府県はゼロである。 「・・・ということは・・・多くの日本人は、このパートナーシップ制度の証明書を得ることができるということなのか・・・」 浅田調査官は、再び渋谷区のウェブサイトに戻り、「パートナーシップ証明書を申請できる人」の画面を見る。 画面は、次のようになっている。 そこに、中尾統括官がやってくる。 「・・・何を・・・熱心に・・・画面を見ているの?」 中尾統括官は、パソコンの画面を覗く。 「・・・」 しばらくして、中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「・・・君は・・・パートナーシップに興味があるの?」 浅田調査官は、驚いたように顔を上げる。 「・・・いえ、これだけパートナーシップ制度が日本の各自治体で普及しているものですから・・・この議論は、国会でもっと行うべきだと思うのです・・・すなわち、条例ではなく、法律でこの制度を認めなければ、あまり実効性がない・・・」 中尾統括官は、腕を組んで浅田調査官の説明を聞いている。 「・・・しかし、この問題はなかなか結論が出ないだろう・・・今、国会でも議論している『選択的夫婦別氏制度』でさえも、簡単に決まらない・・・個人のアイデンティティーを維持したいとか、結婚による姓の変更手続きの負担やキャリアへの影響を避けたい、などの問題を解決するためには、それを希望する者に対して、氏の選択を認めても良いと思っているが・・・国会では、なかなかまとまらない・・・」 中尾統括官は、渋い顔をする。 「・・・ところで、所得税法83条や83条の2で規定している『配偶者』は、法律上の婚姻関係を前提としており、もちろん、パートナーシップでは駄目なのですが・・・将来的に、自治体で導入しているパートナーシップ制度のパートナーシップも、税法上の配偶者になるということはないのでしょうか?」 浅田調査官は、真面目な顔で訊ねる。 「・・・そりゃ、将来、ひょっとすると、パートナーシップ制度が税法でも認められるかもしれない・・・しかし、今、社会の多くの人が、そのような制度の導入を希望しているかどうか・・・僕には、分からない・・・」 中尾統括官は、思案顔になる。 「・・・所得税は、内縁関係では、配偶者として認められない(最高裁平成9年9月9日判決)ということになっていますが、他の法律では、内縁関係でも認めています・・・」 そう言うと、浅田調査官は、厚生年金法3条2項を開く。 更に、浅田調査官は、犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律の5条1項1号を紹介する。 「なるほど・・・これらの法律は、事実婚を配偶者として認めているが・・・」 中尾統括官は、大きく頷く。 「・・・しかし、これは僕が勝手に推測することなのだが・・・」 そう言いながら、中尾統括官は罫紙の上に図を描く。 「・・・すなわち、税金は、国民から徴収するもので、一方、年金とか被害者等給付金は、国民に支給するもので、お金の流れが、全く逆である・・・その意味では、税金は、できるだけ争いの余地がないように規定しているのだと思う・・・例えば、配偶者居住権(民法1028①)の配偶者も法律婚の配偶者となっており、その理由は、紛争の複雑化・長期化を防止するため事実婚は認めないということになっている・・・」 中尾統括官は、図を見ながら説明をする。 (つづく)
《速報解説》 令和7年度税制改正に係る「租税特別措置法施行規則の一部を改正する省令」が9月30日付官報:本紙第1558号にて公布 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 本稿では、令和7年9月30日付で公布された租税特別措置法施行規則の一部改正について解説する。 令和7年度税制改正により、持続的な食料システムの確立に向けた税制上の所要の措置として食品等の流通の合理化及び取引の適正化に関する法律の改正を前提に、一定の計画の認定を受けた場合に、所得税及び法人税において、①中小企業経営強化税制及び②カーボンニュートラルに向けた投資促進税制の適用を受けることができることとなった。 今回の改正により、上記①又は②の特例の適用を受ける場合、確定申告で必要となる添付書類が明らかとなった。具体的には、次の通りである。 (了)
《速報解説》 会計士協会等が「中小企業の会計に関する指針」の修正を公表 ~修正を受け「会計参与の行動指針」も改正~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和7年(2025年)9月19日付けで(ホームページ掲載日は2025年9月29日)、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会、日本商工会議所、企業会計基準委員会は、修正「中小企業の会計に関する指針」を公表した。 これは、項番号の修正や関係法令の更新等に伴う所要の変更のみを行うものである。 「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)の考え方を中小会計指針に取り入れるかどうかは、収益認識会計基準の上場企業等への適用状況及び中小企業における収益認識の実態も踏まえ、検討することを考えているとのことである。 また、修正「中小企業の会計に関する指針」を受けて、日本公認会計士協会と日本税理士会連合会は、2025年9月19日付けで(ホームページ掲載日は2025年9月29日)、「会計参与の行動指針」を改正している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 中小会計指針の主な修正内容は次のとおりである。 「会計参与の行動指針」では、グローバル・ミニマム課税制度の適用対象ではない会社を前提としている旨の注書きが記載されている。 (了)
《速報解説》 国税庁、e-Tax「ID・パスワード方式」の新規発行停止を公表 ~令和7年10月1日よりマイナンバーカード方式への一本化を推進~ Profession Journal編集部 国税庁は9月25日、「ID・パスワードの新規発行停止について」を公表し、令和7年10月1日より「ID・パスワード方式」で使用するID・パスワードの新規発行を停止することを明らかにした。 1 背景と経緯 現在、国税庁ホームページ「確定申告書等作成コーナー」からe-Taxにより税務申告を行う方法には、次の2つがある。 ID・パスワード方式は、マイナンバーカード普及までの暫定的な措置として運用されてきたが、マイナンバーカードの保有率が約8割に達し、マイナンバーカード方式の利用が拡大している状況にある。 2 政府方針の明確化 「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(令和7年6月13日閣議決定)では、マイナンバーカードを前提としたe-Taxの推進を掲げており、「ID・パスワードによる申告」の廃止を含めた在り方を2025年度中に検討し結論を得ることとされている。 3 新規発行停止の詳細 (1) 実施時期 令和7年10月1日より実施。 (2) 対象 今後新たにe-Taxで申告する場合の「ID・パスワード方式」で使用するID・パスワードの新規発行が対象。 (3) 今後の対応 4 実務への影響と課題 (1) 税理士事務所への深刻な影響 多くの税理士事務所では、顧客の確定申告書作成において「ID・パスワード方式」を活用してきた。今回の措置により、新規顧客については「マイナンバーカード方式」での対応が必要となるが、税理士が顧客に代わってe-Tax利用者識別番号を取得する場合の取扱いが不明確であり、今後の国税庁からのアナウンス含め関係する最新情報に注視したい。 従来、税理士は顧客の委任を受けて税務署でID・パスワードの発行手続きを代理で行うことが可能であったが、マイナンバーカード認証が必要となった場合、物理的にカードの所持者である本人でなければ認証ができないため、代理取得が困難になるのではといった声もある。 (2) 相続税申告への重大な影響懸念 特に相続税申告においては、相続人が高齢者である場合が多く、マイナンバーカードの取得や電子申告への対応が困難なケースが少なくない。税理士が代理でe-Tax利用者識別番号を取得できない場合、相続税の電子申告率が大幅に低下することが懸念されている。 (3) 納税者への影響 既存の「ID・パスワード方式」利用者は当面継続利用が可能であるため、直ちに全面的な影響が生じるわけではないが、これまでマイナンバーカードを保有していない新規のe-Tax利用者は、事実上マイナンバーカードの取得が必要となるため注意しなければならない。 (了)