《速報解説》 ASBJが「法人税等に関する会計基準(案)」を公表 ~法人税その他の課税対象利益を基礎とする税金に関する会計処理及び開示を規定~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026年1月9日、企業会計基準委員会は、「法人税等に関する会計基準(案)」(企業会計基準公開草案第94号)等を公表し、意見募集を行っている。 現行の「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号)では、具体的な税金を挙げて、当該税金について規定する税法を参照することにより、適用対象となる税金を特定して会計処理及び開示について定めている。 法人税等会計基準(案)では、法人税等に関する原則的な定めを置くこととし、具体的な税金を特定しない方法に見直す方向が提案されている。 意見募集期間は2026年3月9日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 目的及び範囲 法人税等会計基準(案)は、主として法人税その他の課税対象利益を基礎とする税金に関する会計処理及び開示を定めることを目的とする(法人税等会計基準(案)1項、2項)。 法人税額等の表示については、「企業会計原則」(企業会計原則注解を含む)及び「連結財務諸表原則」に定めがあるが、本会計基準が優先して適用される。 Ⅲ 定義 次の定義を規定する(法人税等会計基準(案)4項)。 Ⅳ 課税対象利益を基礎とする税金の会計処理 当事業年度の課税対象利益を基礎とする税金については、次を除いて、納付済みの額に納付予定の額を加算した額(又は還付が見込まれる額を減算した額。これには税務上の欠損金の繰戻しにより還付を請求する額及び税額控除の際に法人税額等から控除しきれないことにより還付される額を含む)を、法令を適用して算定し、損益に計上する(法人税等会計基準(案)5項~5-3項)。 Ⅴ 課税対象利益を基礎とする税金に該当しないものの会計処理 当事業年度の住民税(均等割)、事業税(付加価値割)及び事業税(資本割)については、法令を適用して算定した額を損益に計上する(法人税等会計基準(案)8-3項)。 受取利息及び受取配当金等に課される源泉所得税等の額については、損益に計上する(法人税等会計基準(案)8-4項)。 親会社及び国内子会社が外国の法令に従い納付する税金で課税対象利益を基礎とする税金に該当しないものの額については、損益に計上する(法人税等会計基準(案)8-5項)。 Ⅵ 開示 当事業年度の課税対象利益を基礎とする税金について、法人税等会計基準(案)5項、5-3項及び5-5項に基づき損益に計上する課税対象利益を基礎とする税金の額は、損益計算書の税引前当期純利益(又は損失)の次に、「法人税等」などの適切な科目をもって表示する(法人税等会計基準(案)9項)。 課税対象利益を基礎とする税金のうち納付されていない税額について、貸借対照表日の翌日から起算して1年以内に支払の期限が到来するものは、貸借対照表の流動負債の区分に、「未払法人税等」などその内容を示す科目をもって表示する(法人税等会計基準(案)11項)。 また、貸借対照表日の翌日から起算して1年を超えて支払の期限が到来するものは、貸借対照表の固定負債の区分に、「長期未払法人税等」などその内容を示す科目をもって表示する(法人税等会計基準(案)11項)。 課税対象利益を基礎とする税金に該当しないものについても、詳細に規定されている。 例えば、法人税等会計基準(案)8-3項に基づき損益に計上する当事業年度の住民税(均等割)、事業税(付加価値割)及び事業税(資本割)は、更正等による追徴税額及び還付税額を含め、損益計算書の売上原価、販売費及び一般管理費又は営業外費用のうち適切な表示区分に表示する(法人税等会計基準(案)18-2項)。 特に住民税(均等割)は課税対象利益を基礎とする税金に該当しないため、法人税等会計基準(案)では、現行の取扱いとは異なり、売上原価、販売費及び一般管理費又は営業外費用のうち適切な表示区分に表示することを提案している。 Ⅶ 税効果会計の対象となる税金 法人税等会計基準(案)において課税対象利益を基礎とする税金を定義したことを受け、これと整合するよう「『税効果会計に係る会計基準』の一部改正(そのX)(案)」により、法人税その他の課税対象利益を基礎とする税金を税効果会計基準における「法人税等」と定義することを提案している。 「税効果会計に係る会計基準の適用指針(案)」において「『税効果会計に係る会計基準』の一部改正(そのX)(案)」にあわせて法人税等の定義を見直すことを提案しているが、法人税等に該当する税金は従来と同様であり、税効果会計の対象となる税金に関して変更を意図するものではない。 「税効果会計に係る会計基準の適用指針(案)」では、法定実効税率の定義に関して具体的な税金の名称を使用した算式を削除し、代わりに「課税対象利益に対する税負担率」とすることを提案している(税効果会計に係る会計基準の適用指針(案)4項(11))。 Ⅷ 補足文書(案) 次の項目に関する補足文書(案)を公表する。 上記②からに④に関連して、補足文書(案)の別紙1から別紙3において、税効果会計における税率に関する取扱いについて示しており、防衛特別法人税の創設を反映したものとしている。 Ⅸ 適用時期等 20XX年4月1日[公表から1年程度経過した年の4月1日を想定している]以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。 ただし、公表日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができる。 20XX年改正会計基準の適用初年度においては、適用初年度の比較情報について、住民税(均等割)に関して新たな表示方法に従い組替えを行うことを要しない。 (了)
《速報解説》 金融庁、「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」報告を公表 ~サステナビリティ情報の第三者保証制度のあり方を中心に記載~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2026(令和8)年1月8日、金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」は、「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ 報告」を公表した。 2025年7月17日に公表された「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ 中間論点整理」で今後の検討事項とされたものに関する報告であり、主にサステナビリティ情報の第三者保証制度のあり方について記載している。 報告書は、今後、金融審議会総会・金融分科会において報告されるとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 適用対象企業及び開始時期 中間論点整理で示されたとおり、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の公表したサステナビリティに関する開示基準(SSBJ基準)の適用は、企業等の準備期間を考慮し、次のスケジュールとする。 時価総額5千億円未満の企業へのSSBJ基準の適用については、企業の開示状況や投資家のニーズ等を踏まえて、今後検討する。 第三者保証は、開示基準の適用義務化の開始時期の翌年から義務付ける。 「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ 報告 概要」では、次のロードマップが示されている。 (出所) 金融庁ホームページ Ⅲ 有価証券告書の提出期限の延長 有価証券報告書の提出期限は、事業年度経過後3月以内とする現行制度を維持することが適当としている。 ただし、企業規模等によって、SSBJ基準に準拠したサステナビリティ情報の開示・保証への対応状況には差異があり得る。 この点、有価証券報告書は、やむを得ない理由により、事業年度経過後3月以内に提出できないと認められる場合には、内閣総理大臣の承認を得た期間内に提出できることとされている。 企業内容等の開示に関する留意事項(開示ガイドライン)の改正により、SSBJ基準に準拠した情報開示と保証制度の導入の初期の段階における承認プロセスを明確化し、個別的な対応として、延長承認の制度を柔軟に活用できるようにすることは、円滑な制度導入に資するものと考えられる。 Ⅳ サステナビリティ情報の第三者保証 1 保証業務実施者 我が国におけるサステナビリティ情報の保証は、国際基準(国際サステナビリティ保証基準(ISSA5000)、国際サステナビリティ倫理・独立性基準(IESSA)のほか国際品質マネジメント基準(ISQM1))と整合性が確保された基準に準拠して実施するものとし、こうした保証を実施できる者が監査法人であるかどうかにかかわらず保証業務実施者とすることを制度設計の基本的な考え方とすることが適当としている。 保証業務実施者を登録制とし、上述の基準に準拠した保証が提供される場合、監査法人・監査法人以外の者のいずれも、登録要件を満たす場合は登録可能な制度とし、事業者間で切磋琢磨することで、より良い保証が提供されることが期待されている。 保証業務実施者に対して、保証業務を実施する責任者(業務執行責任者)がサステナビリティ情報の開示・保証に必要な専門的知識・経験及び能力を有することを求めるべきであるとしている。ただし、公認会計士資格を有する者に限定する必要はないと考えられるとしている。 2 検査・監督等 当面の間は自主規制機関ではなく、金融庁において検査・監督すべきであるとしている。 3 エンフォースメント 行政上のエンフォースメント、民事上のエンフォースメント、刑事上のエンフォースメントが詳細に記載されている。 セーフハーバー・ルールについても記載されている。 (了)
《速報解説》 極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置の見直し ~令和8年度税制改正大綱~ 税理士・税務ライター 鈴木 まゆ子 令和7年12月19日に公表された「令和8年度税制改正大綱」において、極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置につき、以下の見直しが行われた。 1 改正の趣旨 極めて高い水準の所得者に対する負担の適正化措置は、令和5年度税制改正において導入された。これはいわゆる「1億円の壁」対策として設けられたものである。 本来、所得税は給与等が高ければ高いほど税率が高くなる累進課税で計算されるものであるが、配当所得や株式などの一部の譲渡所得は所得税率が一律15%の分離課税方式で課税される。そして高所得者ほど配当所得や株式等の譲渡所得が所得に占める割合が高いため、「高所得者ほど税負担が下がる」という逆転現象が起きていた。 (出典) 内閣府「第3回 活力ある長寿社会に向けたライフコースに中立な税制に関する専門家会合(2025年11月13日)財務省資料」 令和5年度税制改正では、この課税の不公平を是正し、富の再分配を適正に行わせるべく、極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置が導入された。 これにより、確定申告不要制度の対象となる上場株式等の配当所得等を含む基準所得金額が3億3,000万円を超えると、次のような算式で納税額を計算することとなった。これは令和7年分の所得税から適用されている。 今回の税制改正では、税負担の公平性の確保という観点から、上記計算のうち、特別控除額の引き下げと適用税率の引き上げが行われた。 2 改正の内容 令和8年度税制改正により、この適正化措置は次の2点で変更となった。 (1) 特別控除額の引き下げ これまで3億3,000万円だったが、改正により1億6,500万円となった。 (2) 適用税率の引き上げ これまで税率22.5%だったが、改正により30%となった。 結果、負担の適正化措置における課税計算は次のようになる。 なお、この改正は令和9年分の所得税から適用される。 3 注意点 今回の改正で注意したいのは次の2点である。 (了)
2026年1月8日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.651を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.155- 「年収の壁」議論の総括 東京財団 シニア政策オフィサー 森信 茂樹 昨年末、2年越しの議論であった「年収の壁」問題が決着した。国民民主党が主張した「103万円の壁」が178万円になったということで、国民の高い賛意を受け、国民民主党の支持率も上がり、政治ショーとしては大成功だった。 一方、税制という観点から見ると、この議論は基礎控除の物価調整の必要性など様々な課題を浮き彫りにさせたという点では評価できるが、見直しの結果はとても褒められたものではない。これで新たな労働供給が増えるのか、社会保険の壁はどうなるのか、低所得者対策として問題はないのかなど疑問が湧いてくる。この議論の意義を改めて考えてみたい。 * * * 税制はなぜ存在するのか。最大の機能は「公共サービス提供のための財源確保」である。その上で、税制を立案する際の最大の哲学が「公平性」である。現実の税制はこの2つをもとに、所得再分配や経済安定を目的として構築されている。 これを「年収の壁」問題に当てはめるとどうなるのか。 まずは「公平性」の問題だ。どのような趣旨・目的で、どの層の負担を動かしていくのかという点が問題になる。「年収の壁」見直し1年目は、低所得層に手厚い減税となり、2年目の今年は中所得者により手厚い減税となった。 物価対策という観点からは、低所得者層の方がより深刻なので、こちらを手厚くすべきだが、結果は2年間の合算で、概ね年収200万円で2.6万円、年収600万円で5.6万円と中間層により手厚い減税となった。「公平性」の観点からは問題があると言わざるを得ない。 そもそも「103万円の壁」が就労の妨げになっているという国民民主党の主張は正しくない。 これを超えれば所得税の最低税率である5%がかかる。10万円追加で働けば税負担が5,000円かかるが、手取りは9.5万円増える。住民税の10%(1万円)を加味しても手取りは8.5万円増え、いわゆる逆転現象は生じない。つまり「壁」という表現は間違いであり、あえて言うなら「坂」であろう。 「年収の壁」見直しにより手取りを増やしたことが、わが国の労働供給にどの程度効果があるのか、アルバイト大学生や夫の扶養に入るパート主婦に限定した話ではないか、就職氷河期世代の非正規労働者やネットの発達で増加しているギグワーカーにはどの程度の影響があるのかなど、2年間の議論を通じて十分なエビデンスに基づく議論が行われてきたとはいいがたい。 とりわけ減収額を抑えるため給与所得控除の引上げが目立ったが、個人事業者との間のアンバランスの問題をどう考えるのか全く議論されなかったのは問題だ。これまでサラリーマンの経費としての給与所得控除の水準は高すぎるといわれ、連年のように適正化が行われてきただけに、双方とのバランス論が「公平性」の問題として残された。 「年収の壁」の議論が、税の公平性という論理を超え、連立の組み換えなども念頭に置いた政治ショーであったことを裏付けているといえる。 私見を述べれば、年収が課税最低限を超え、晴れて納税者(タックスペーヤー)となったことは、社会の一員となったことのあかしだ。「所得税がかかり始めるラインが上がり、より多くの人が安心して働けるようになり、労働参加を促す」というが、所得税を負担しない人を増やすことが良い社会を作るとは思えない。 * * * 次に財源確保の問題だ。 当初の国民民主党の案は、国・地方税双方の基礎控除を引き上げるもので、7~8兆円の減税と言われた。財政難に苦しむ政府(とりわけ地方)としては、これだけの恒久財源を失うことはできない。そこで1年目の改正では減収が1.2兆円(議員立法による加算分を除く)、2年目では0.7兆円、合計で1.9兆円と試算される減税内容となった。 この減収分は、暫定措置ということで代替財源が確保されていない。インフレで生じるブラケットクリープ効果などによる自然増収の範囲内で賄えるということなのだろうが、暫定措置でも代替財源を確保するというのがこれまでの党税調の対応であったはずだ。 手取りの逆転現象が生じるリアルな壁は、パートの「130万円の壁」で、今後はこちらの議論に移るのだろう。これは第3号被保険者の問題であるが、生涯ベースで考えると、厚生年金への加入は決して損ではない。平均余命を超えると受益超過になるので、「壁」といって騒ぎ立てることには問題がある。しかし、近視眼的なバイアスから現実に「壁」(就労調整)が生じており、廃止・手直しに向けた検討を行う必要がある。 そして、これらを抜本的に改革するのが「給付付き税額控除」であることも忘れてはならない。 (了)
上西左大信・佐藤善恵の 「令和8年度税制改正大綱」のここに注目! 【第1回】令和8年度税制改正の基本的考え方① 税理士法人ゆづりは 税理士 上西左大信 税理士 佐藤 善恵 令和7年12月19日、自由民主党・日本維新の会による「令和8年度税制改正大綱」が公表された。 今回の大綱は、高市政権が掲げる「強い経済」「世界で輝く日本」の実現に向けた税制面からのアプローチが色濃く反映されている。基礎控除等の物価連動、賃上げ促進税制の見直し、研究開発税制の拡充など、多岐にわたる改正が盛り込まれた。 【第1回】では、大綱の基本的考え方を中心に、前文から読み取れる政府の方針と注目すべきポイントについて解説する。 ※本対談は2025年12月26日に収録しました。 新たな連立の枠組みと税制調査会の体制 上西:今回の大綱は、自由民主党・日本維新の会という新たな連立の枠組みのもとで作成されました。19日に、大綱案と大綱が続いて公表されました。大綱案は自由民主党の名前だけですが、大綱は両党の連名となっています。 佐藤:日本維新の会は今回新たに税制調査会を立ち上げたそうですが、これ、大綱に「新たに税制調査会を立ち上げた」ってわざわざ書いてあるのが面白いですよね。 上西:そうですね。10月に発足したとのことです。 佐藤:自民党の税調も今回体制が変わって、従来インナーとして中心的役割を果たしてきた宮沢洋一先生から小野寺五典先生に引き継がれましたね。 上西:小野寺先生は松下政経塾の後輩なんですよ。長年、宮沢先生を中心に政策税制がまとめられてきましたが、新たな体制でどう変わっていくか注目ですね。 「強い経済」「世界で輝く日本」というビジョン 佐藤:今回の大綱を読んで、「強い経済」「世界で輝く日本」というフレーズが何度も出てくるのが印象的でした。 上西:これは高市総理が総裁選の際から一貫して掲げてこられたメッセージです。総理のご著書にも繰り返し登場する表現です。今回の大綱は、このビジョンを税制面から具体化したものと言えるでしょう。 佐藤:「令和8年度税制改正の基本的考え方」では「投資により生産性が向上し、その果実が分配されることで国民が豊かになり、それが更に新たな投資につながる好循環を実現していく」と書かれていますね。いわゆる良いスパイラルを目指すということですが、税制がその好循環をどう後押しするかという視点で今回の改正を見ていく必要がありますね。 上西:その通りです。そして、ここで非常に重要な認識が示されているのが雇用と賃金に関する記述なんです。大綱では「有効求人倍率が安定的な水準を維持し、足元では人手不足が大きな課題となっている」と指摘され、さらに「賃金面でも過去に例を見ない水準の賃上げが広がりつつある中、中小企業では人材確保のための防衛的賃上げまで広がりつつある」と記されています。 佐藤:防衛的賃上げとは、企業が人材流出を防ぐことや、新たな従業員を確保するためにやむを得ず賃金を引き上げることですが、顧客からもしばしば相談を受けます。 新入社員の給料を上げたら、既存社員も上げないとモチベーションが下がってしまうという話はよく聞きます。 上西:給与水準や、給与体系の見直しが求められています。さて、この「防衛的賃上げ」という認識が、後ほど触れる賃上げ促進税制の大幅な見直しにつながっているわけです。 物価高への対応と公平性の確保 佐藤:大綱では物価高への対応も大きなテーマになっていますね。「近年の物価上昇は国民生活に影響を及ぼしており」という記述がありますが、確かに実感としても物価上昇は深刻です。 上西:はい。ここで重要なのは、単なる再分配機能の強化だけでなく、「格差の固定化を防止し、全ての人に挑戦の機会のある社会を実現する観点から、公平性の確保も求められている」と明記されている点です。 また、米国による関税措置についても言及があり、「わが国経済のみならず、世界経済全体に不透明感を与えている」との認識が示されています。 佐藤:トランプ政権の関税政策が今後日本経済にどう影響するか、実際に注視していく必要がありますね。 上西:そうです。国際情勢の不確実性が高まる中で、わが国としてどう対応していくか、税制面からも手を打っていく必要があるという問題意識が背景にあります。 佐藤:ただ、公平性の確保と言っても、実際の改正内容を見ると、本当に公平性が確保されているのかは議論の余地がありそうです。 上西:「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置の見直し」では、基礎控除額を3億3,000万円から1億6,500万円に引き下げて、税率を22.5%から30%に引き上げるとなっています。 物価連動による基礎控除等の引上げ──新たな仕組みの創設 上西:今回の改正で最も画期的な制度変更の一つが、物価上昇に連動して基礎控除等を引き上げる仕組みの創設です。 佐藤:これは今までなかった制度です。ずっと据え置かれてきて、物価が上がると実質的な負担が増えるという問題がありましたから。 上西:「ブラケットクリープ」といい、賃金上昇以上に税負担がじわじわ増える(creep:忍び寄る)現象をいいます。それを解消するために、今後は定期的に見直しを行うことになったのです。 佐藤:具体的にはどういう仕組みなんですか。 上西:基礎控除の本則部分について、見直し前の控除額に税制改正時における直近2年間の消費者物価指数(総合)の上昇率を乗じて調整します。給与所得控除の最低保障額についても同様の措置を講じます。 佐藤:2年ごとの見直しということですが、これは源泉徴収義務者等の事務負担に配慮したものですね。 上西:見直しの結果、控除額に端数が生じる場合には万円単位で調整しますし、見直し初年は月次の源泉徴収等では対応せず、年末調整からの対応とされています。 令和8年度税制改正においては、令和5年10月から令和7年10月までの2年間の消費者物価指数(総合)の上昇率6.0%を踏まえ、基礎控除の本則については現行58万円を62万円に、給与所得控除の最低保障額については現行65万円を69万円にそれぞれ引き上げられました。 佐藤:物価に応じて自動的に調整される仕組みができたことで、今後は物価上昇によって実質的な税負担が増えるという問題が軽減されるわけです。所得税の分野における、いわゆる「壁問題」はこれで一段落したと思われます。 個人住民税のあり方と社会保険料の負担については、引き続きの議論は残ります。 上西:ただし、この引上げは物価調整を行うものであることを踏まえ、特段の財源確保措置を要しないこととされています。税収も物価上昇に伴って増加していることが前提となっているわけです。 佐藤:なるほど。物価が上がれば税収も上がるから、その範囲で控除額を上げても財政には影響しないという理屈ですね。 (続く)
上西左大信・佐藤善恵の 「令和8年度税制改正大綱」のここに注目! 【第2回】令和8年度税制改正の基本的考え方② 税理士法人ゆづりは 代表社員税理士 上西左大信 社員税理士 佐藤 善恵 「年収の壁」、178万円へ──三党・四党合意の背景 佐藤:「年収の壁」の問題については、今回大きな動きがありました。国民民主党の玉木代表がかなり強く主張されていた内容だと思いますが。 上西:これは非常に注目すべき改正です。12月18日に自由民主党と国民民主党の間で二党合意が成立し、「年収の壁」を「178万円」まで引き上げることが合意されました。その後、同じく12月18日には自由民主党・日本維新の会・国民民主党・公明党の四党による合意が成立しました。 佐藤:公明党も入っているのが興味深いです。連立を離れたにもかかわらず、税制改正では協力している。 上西:そうなんです。これは非常に戦略的な動きだと思います。自由民主党としては、連立相手の日本維新の会、178万円で協力した国民民主党、そして与党から離れた公明党の協力を得て、幅広い政治的支持を確保したということでしょう。国会運営を考えると、この四党で合意できれば税制については相当安定します。 佐藤:具体的にはどのような仕組みで178万円を実現しているんですか。かなり複雑な構造になっているようですが。 上西:ええ、少し複雑なんですが、まず本則部分として、基礎控除を58万円から62万円へ4万円引き上げ、給与所得控除の最低保障額を65万円から69万円へ4万円引き上げました。これで合計123万円から131万円になります。 佐藤:引き上げの4万円は、「税制改正時の直近2年間の消費者物価指数(総合)の上昇率」つまり、令和6年(+2.6%)と令和7年(+3.3%)の実績を乗じて万円未満を切り上げた金額ということですね。 上西:ただ、それだけでは178万円に届かないです。そこで、基礎控除の37万円の加算措置を5万円引き上げて42万円としたので、基礎控除は104万円となります。また、給与所得控除についても5万円加算して最低保障額が74万円となります。その合計で178万円を実現しているわけです。 佐藤:本則と特例を組み合わせているんですね。その特例措置というのは時限的なものですか。 上西:はい。この特例については、物価高で厳しい状況にある中低所得者に配慮したものであることや、給付付き税額控除の議論の中で中低所得者層の給付・負担のあり方を検討していくことを踏まえ、令和8年・9年の時限措置として講じられています。 佐藤:2年間だけということは、その後はどうなるんですか。 上西:見直しについては、今後、生活保護基準額が178万円に達するまでは、課税最低限178万円を維持しつつ、物価連動による基礎控除の本則部分と給与所得控除の最低保障額の引上げに応じて、引き上げた額を特例措置からそれぞれ振り替えていくこととされています。 佐藤:つまり、物価が上がって本則部分が引き上げられたら、その分だけ特例部分を減らしていって、合計で178万円をキープするということですね。 上西:その通りです。国民民主党の粘り勝ちといえるでしょう。 佐藤:大綱には「全ての納税義務者の所得税の負担開始水準は178万円以上となる」って書いてあるんですけど、これって給与所得者だけの話ですよね。事業所得者は基礎控除の分の改正だけです。 上西:これは四党合意が給与収入ベースで議論されたことの影響です。政治的には「働き控え」の問題が重視されましたから、給与所得者に焦点が当たった表現と思われます。 給付付き税額控除は実現するのか 佐藤:合意文書の中で「給付付き税額控除」という言葉が出てきますが、これは本当に実現するんでしょうか。私の周りでも「どうせ実現しないでしょう」という声が多いのですが。 上西:この点は慎重に読む必要があります。二党合意・四党合意では「所得税の人的控除のあり方について、給付付き税額控除など新たな制度の導入を念頭に、3年以内に抜本的な見直しを行う」とされていますが、大綱本文をよく見ると、「給付付き税額控除の議論の中で中低所得者層の給付・負担のあり方を検討していく」という表現になっています。 佐藤:「給付付き税額控除をやる」とは書いていないわけですね。「議論の中で検討する」ですから、かなりトーンダウンしている。 上西:そうなんです。「議論の中で検討する」。しかも「検討するのは中低所得者層の給付・負担のあり方」。給付付き税額控除そのものを検討するとはダイレクトに書いていないんです。 佐藤:給付付き税額控除の今後の見込みはどうなるんですか。 上西:減税と現金給付を組み合わせた給付付き税額控除は、中低所得者を所得に応じて支援する仕組みです。社会保障制度改革を議論するために創設される「国民会議」で協議される予定です。 賃上げ促進税制の見直し 佐藤:先ほど出てきた「防衛的賃上げ」という認識が、賃上げ促進税制の見直しにつながっているということですが、具体的にはどう変わるんですか。 上西:大綱では「足元では賃金上昇率がバブル期以来の水準となる高い伸び率を示しており、本税制の要件となる水準を大きく上回る状況にある」と指摘されています。つまり、この数年間で状況が大きく変わってしまったわけです。 佐藤:それで制度を見直すと。 上西:そうです。具体的には、大企業向けの措置については、適用期限を待たずに廃止することになりました。令和9年3月末まで残っていたんですが、それを待たずに終了です。 佐藤:かなり思い切った判断ですね。 上西:中堅企業向けの措置については、令和8年度はより高い賃上げを促す方向で要件を強化しつつ継続し、適用期限(令和9年3月31日)をもって廃止します。 一方、中小企業向けの措置については、人材確保のための防衛的賃上げに取り組む企業にも配慮し、令和8年度は現行制度を維持することとし、期限到来時に適用状況等を踏まえ、必要な見直しを検討するとされています。 佐藤:人手不足が深刻なのは圧倒的に中小企業ですから、そこへの配慮は必要ですね。大企業は人材確保できているけれど、中小企業は必死で人を集めている。 上西:そうなんですよ。大企業はもう十分に賃上げができている、あるいは人材を確保できている。でも中小企業は違う。必死で人材確保のために賃上げをしている。その実態を踏まえた改正だと評価できます。 なお、教育訓練費を増加させた場合の上乗せ要件については廃止されることになりました。 佐藤:上乗せ要件は、教育訓練費の額が前年と比べて5%以上増加していることと教育訓練費の額が雇用者給与等支給額の0.05%以上であること、の2つでしたね。 要件を満たせば、10%の税額控除率が上乗せされるというものですが、それが廃止されるのはなぜでしょうか。 上西:会計検査院から「教育訓練費の増加額を税額控除額が上回る場合がある」という指摘を受けたんです。つまり、ちょっと教育訓練費を増やすだけで大きな税額控除が受けられるという事例があった。 実務で見ていてもそうなんですよ。従業員1人当たり0.05%以上というと、平均給与が500万円だとして1人当たり2,500円。100人の企業でも25万円の教育訓練費ということになります。前年比5%増という要件も満たす必要がありますが、少額の支出で結構大きな控除が受けられたりする。 佐藤:それは確かに、費用対効果が良すぎますね。 研究開発税制の拡充──「戦略技術領域型」の創設 佐藤:研究開発税制についても大きな改正がありますね。「強い経済」を実現するための柱の一つだと思いますが。 上西:特に注目すべきは、「戦略技術領域型」という新たな類型の創設です。これは完全に国策、というか西側諸国の連合体の国策と考えます。 佐藤:具体的にはどのような分野が対象になるのですか。 上西:産業技術力強化法に規定される「重点産業技術」が対象となります。具体的には、AI・先端ロボット、量子、半導体・通信、バイオ・ヘルスケア、フュージョンエネルギー、宇宙といった分野です。 佐藤:まさに最先端の技術分野ばかりですね。控除率はどのくらいなんですか。 上西:戦略技術領域型については、控除率が原則40%と非常に高く設定されており、さらに認定研究開発機関との共同・委託研究については50%という破格の控除率が適用されます。控除上限は法人税額の10%で、3年間の繰越控除も認められます。 佐藤:50%というのはすごいですね。研究開発費の半分が税額控除で戻ってくる。 上西:国家として重点的に投資すべき分野については、税制面からも強力に後押しするという明確な意思表示です。 一方で、海外への委託研究費については、国内の研究人材や研究開発拠点の強化の観点から、諸外国と同様に一定の制限を設けることになりました。令和8年度は70%、令和9年度は60%、令和10年度は50%という段階的な制限です。 佐藤:「海外でやるな、わが国でやれ」と捉えることができますが、国内の研究開発拠点を維持・強化するという意味合いの方が大きいでしょうね。技術が流出するのを防ぐという側面もあります。 「経済あっての財政」と複数年財政均衡 佐藤:大綱の前文には、「経済あっての財政」という方針が明記されていますね。これは従来の「財政健全化優先」という考え方とはかなり違う印象を受けます。 上西:その点はよく見ておられますね。「経済あっての財政」の方針に基づき、大胆な「危機管理投資」「成長投資」による力強い経済成長の実現に向けて取り組む、と書かれています。そして「経済の足を引っ張る財政であってはならない」とも述べられています。 佐藤:財政健全化と経済成長のバランスをどう取るか、という問題ですが、今回はかなり経済成長に軸足を置いている印象です。 上西:そうですね。特に興味深いのは、「恒久政策には安定財源の思想を堅持しつつ、予算の単年度主義に過度にとらわれる硬直的な税制ではなく、複数年の財政均衡について一歩を踏み出す時に来ている」という記述です。 佐藤:単年度で見るのではなく、数年のスパンで財政を考えるということですね。従来の財政規律の考え方からすると、かなり踏み込んだ表現だと思います。 上西:高市政権の経済重視の姿勢が表れていると言えるでしょう。 租税特別措置の適用除外制度の強化 佐藤:大綱の2ページに「賃上げや設備投資に積極的ではない企業については租税特別措置の適用除外とする制度の強化・拡充を断行」という記述がありますが、これは具体的にはどういうことですか。 上西:これは非常に重要なポイントです。要するに、賃上げや設備投資を頑張っている企業には税制優遇を手厚くする一方、頑張っていない企業には租税特別措置を使わせないということです。「積極的に挑戦する企業を集中的に支援する制度に変えていく」とはっきり書いてあります。 佐藤:メリハリをつけるということですね。 上西:ただし、今回の大綱では具体的な措置は盛り込まれていません。「今後更なる適用拡大についても検討を行う」とされているので、来年度以降の課題ということになります。 佐藤:一方で、大綱には「累次の法人税率引下げによって、企業の利益が設備投資・研究開発そして賃上げの原資として適切に投資されてきたのか、不断の検証と改革も求められる」という記述もありますね。 上西:これは結構厳しい指摘ですよ。法人税率を下げてきたのは、企業が投資や賃上げに回すという前提だったわけです。でも本当にそうなっているのか、ちゃんと検証すべきと言っている。 佐藤:内部留保が増えているだけじゃないか、という批判もありますからね。 上西:そういうことです。今後、この検証結果次第では、租税特別措置のあり方がさらに変わる可能性もあります。 国境を越えた電子商取引と公平性 佐藤:大綱の2ページにかけて、「国境を越えた電子商取引に係る消費税の適正化」という記述があります。これは具体的にはどういう問題なんですか。 上西:国内外での公平性の確保という観点からの改正です。海外の事業者から日本の消費者が物品を購入する場合、現行では少額なものについては消費税が課税されない仕組みになっています。 佐藤:今まではデジタルサービスのプラットフォーマーだけが対象でしたが、さらに、「物品」に関するプラットフォーマーも対象にする。それが国内事業者との競争上不公平だということですね。 上西:その通りです。今回の改正では、プラットフォーム事業者に納税義務を転換する制度を導入します。大きなプラットフォーマー、具体的には取引額が50億円超のところに課税義務を負わせる。 佐藤:具体的な企業名を出すのはまずいですけど、誰でも思いつくような大手プラットフォーマーは該当するでしょう。 それから、国内に所在する不動産について、非居住者が仲介手数料を支払う場合、現行では消費税が課税されないんですが、これも課税対象にします。国内の不動産なのに、買う人が海外にいるだけで消費税がかからないのはおかしいと考えます。 上西:確かに、不動産は国内にあるわけですから、居住者・非居住者で差をつける理由はないですね。 外国人旅行者向け免税制度とふるさと納税 上西:公平性の確保という観点では、外国人旅行者向け免税制度についても今後見直しの検討が行われることになっています。これは大綱の2ページに書かれています。 佐藤:具体的にはどういう問題があるんですか。 上西:外国人旅行者向けの免税販売制度が、本来の趣旨を逸脱して使われているケースがあるという指摘があります。詳細は今後の検討ということですが、適正化に向けた動きは注目しておく必要があります。 また、ふるさと納税についても「健全な運用に向けた見直しを行い、制度導入時の崇高な理念の実現に向けた改正を行う」とされています。 佐藤:ふるさと納税は返礼品競争が過熱していますからね。 上西:大綱では「税制上の控除を利用して集められたふるさと納税の寄附は、まさに公金である」とはっきり書いています。「地方公共団体において、住民サービスの充実や地域振興のために活用されるべきことは言うまでもない」と。 佐藤:世田谷区なんかは、ふるさと納税で住民税がどんどん流出して、学校の維持すら一部できなくなったという話もありますね。 上西:そうなんです。豊かな自治体から貧しい自治体への再分配という当初の理念からかけ離れた状況になっている。 今回の改正では、地方公共団体が実施する事業に活用できる寄附金の割合を60%以上にするとともに、その使途の公表を求めることになりました。また、高所得者について、上限なく増える特例控除額について、給与収入1億円相当(特例控除上限193万円)までという定額上限を設けます。 佐藤:1億円ですか。これを仮に5,000万円まで下ろしても、3,000万円まで下ろしても、90数%の人には関係ないんですよね。 上西:上限を設けたことは一定の評価はあると思いますが、私個人としては、ふるさと納税制度そのものは上限や返礼品のあり方を見直しながら上手に育てていけばいい制度だと思うんですよ。 佐藤:というと? 上西:返礼品は、地方公共団体が条例に基づいて出しているものであり、ふるさと納税の仕組みとは本来関係ない。被災地に対して返礼品なしで寄附する人たちもいっぱいいたわけですから。 高市総理の所信表明演説──防衛力強化への強い意志 佐藤:今回の大綱では防衛力強化に係る財源確保も大きなテーマになっていますが、これは高市総理の所信表明演説とも関連していますね。 上西:そうです。令和7年10月24日の所信表明演説で、高市総理は非常に踏み込んだ発言をされています。 佐藤:国名を出して言及しているんですね。 上西:そうなんです。はっきりと固有名詞を出している。そして「2022年12月の国家安全保障戦略を始めとする三文書の策定以降、新しい戦い方の顕在化など、様々な安全保障環境の変化も見られます。我が国として主体的に防衛力の抜本的強化を進めることが必要です」と述べられています。 佐藤:「対GDP比2%水準」についても言及されていますね。 上西:「国家安全保障戦略に定める対GDP比2%水準について、補正予算と合わせて、今年度中に前倒して措置を講じます」と明言されています。さらに「来年中に三文書を改定することを目指し、検討を開始します」とも。 佐藤:かなり強い意志が感じられます。 上西:そうですね。この所信表明演説を読むと、高市総理が防衛力強化に本気で取り組むつもりだということがよく分かります。そして、その財源確保のために税制面からも対応するというのが今回の大綱の方針です。 (続く)
令和7年分 確定申告実務の留意点 【第2回】 「給与所得控除の見直し等が確定申告実務に及ぼす影響」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 前回(第1回)に引き続き、令和7年度の税制改正事項が確定申告実務に及ぼす影響について解説する。本稿(第2回)は、「給与所得控除の見直し」と「同一生計配偶者や扶養親族等の所得要件の見直し」の影響について取り上げる。 【1】 概要 給与所得控除の見直し及び同一生計配偶者や扶養親族等の所得要件の見直し(表①)により、収入金額が令和6年分と同額であっても、令和7年分の所得税計算において新たに配偶者控除、扶養控除、障害者控除の対象となる配偶者や親族を有することになる場合がある。また、所得者本人について、寡婦控除、ひとり親控除、勤労学生控除を適用できるようになる場合もある。 〇改正の概要(表➀) 【2】 新たに配偶者控除等の対象となる配偶者や親族を有することになるケース 給与所得控除の最低保障額の10万円引上げ、及び同一生計配偶者や扶養親族の所得要件の10万円引上げにより、同一生計配偶者及び扶養親族の令和7年分の所得税における所得要件(給与所得のみの場合)は、収入金額ベースでみると令和6年分よりも20万円増えている。 〇同一生計配偶者・扶養親族の所得要件(表②) (1) 同一生計配偶者の範囲 配偶者控除の対象となる配偶者(控除対象配偶者)は、同一生計配偶者のうち合計所得金額が1,000万円以下の居住者の配偶者である(所法2①三十三の二)。 配偶者の所得が給与所得のみの場合、所得者本人(居住者)の合計所得金額が1,000万円以下であれば、給与収入103万円超123万円以下の配偶者は、令和6年分の所得税では配偶者控除の対象外であったが(※)、令和7年分の所得税では配偶者控除の対象となる。 (※) 令和6年分の所得税では配偶者特別控除の対象 (2) 扶養親族の範囲 扶養控除の対象となる扶養親族(控除対象扶養親族)は、扶養親族のうち年齢16歳以上の者(居住者の場合)である(所法2①三十四の二イ)。 居住者である親族の所得が給与所得のみの場合、年齢16歳以上であれば、給与収入103万円超123万円以下の親族は、令和6年分の所得税では扶養控除の対象外であったが、令和7年分の所得税では扶養控除の対象となる。 (3) 障害者控除の適用範囲 居住者の同一生計配偶者又は扶養親族が障害者(特別障害者含む)である場合には、障害者控除の適用を受けることができる(所法79②③)。 (1)及び(2)で示したとおり、同一生計配偶者及び扶養親族の範囲が広がったことに伴い、令和7年分の所得税から新たに障害者控除の対象となる配偶者や親族を有することとなるケースがある。 【3】 新たに寡婦控除、ひとり親控除、勤労学生控除を適用できるようになるケース 給与所得控除の最低保障額の10万円引上げ、及び寡婦控除、ひとり親控除、勤労学生控除に関連する所得要件の10万円引上げにより、所得者本人が寡婦控除、ひとり親控除、勤労学生控除を受けることができる令和7年分の所得要件(給与所得のみの場合)は、収入金額ベースでみると令和6年分よりも20万円増えている。 〇寡婦控除・ひとり親控除、勤労学生控除の所得要件(表③) 【4】 具体例 【2】及び【3】について、具体例を示す。 〇改正の及ぼす影響(例)(表④) * * * 次回(第3回)は、令和7年分の税制改正事項を中心に、確定申告実務に関する留意点をQ&A方式で解説する予定である。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q101】 「外国親会社に株式を売り渡した場合の課税関係」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 非上場株式を外国法人である発行法人に譲渡した場合の課税上の取扱い (1) みなし配当 株式をその発行法人に譲渡した場合には、譲渡損益のうち一部の金額が配当とみなされることがあります。具体的には、株式を譲渡した株主が発行法人から交付を受ける金銭及び金銭以外の資産の価額の合計額のうち、発行法人の対応資本金等の額を超える部分の金額が、配当とみなされることになります(Q38参照)。この取扱いは、発行法人が外国法人である場合も同様であり、外国法人である発行法人から交付を受ける金銭等のうち、対応資本金等の額を超える部分の金額があるか否かを確認する必要があります。 非上場株式を発行法人に譲渡したことに伴い生じるみなし配当の金額は、原則として、一般株式等に係る配当所得として確定申告する必要があります。上場株式に係る配当と異なり申告分離課税の適用はなく、総合課税(最高税率約56%)の対象となります。 (2) 譲渡損益 発行法人から交付を受ける金銭等の額のうちみなし配当を除いた部分の金額は、株式の譲渡収入の金額として取り扱われます。非上場株式の場合、取得費を控除した金額を一般株式等の譲渡による事業所得、譲渡所得及び雑所得として確定申告する必要があり、申告分離課税(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の対象となります。 なお、譲渡損が生じる場合、他の一般株式等の譲渡益と通算することができますが、上記(1)で記載したみなし配当など、配当所得の金額と相殺することはできません。 (3) 外国税額控除 交付を受ける金銭等について、外国の租税が課された場合には、確定申告の際に、外国税額控除の適用により二重課税が調整される可能性があります(Q25参照)。 2 本件へのあてはめ インセンティブ報酬として交付された外国親会社の株式は非上場株式であり、これを当該外国親会社に売り渡すとのことですので、当該売り渡しに伴い交付を受ける金銭等に含まれる当該外国親会社の対応資本金等の額を把握して、みなし配当があるか否かを確認しなければなりません。そして、みなし配当が生じている場合には、原則として、配当所得として確定申告する必要があります。 また、交付を受ける金銭等からみなし配当を控除した金額を譲渡収入として、譲渡損益を認識する必要があります。インセンティブ報酬として交付された株式とのことですので、報酬として株式が交付された時の価額(時価)を取得費として取り扱い、譲渡損益を計算するものと考えられます。譲渡損が生じたとしてもみなし配当の金額と相殺することはできませんので注意が必要です。 なお、交付を受ける金銭等について源泉徴収などにより外国の租税が課された場合には、外国税額控除の適用対象となる可能性がありますので、勤務先企業等から課税に関する明細書等を入手することをお勧めします。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例82】 「食品運搬用コンテナの減価償却資産該当性と損金経理」 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、中国地方において食品等の製造加工等を営む株式会社(資本金9,000万円で3月決算)において経理部長を務めております。 世界経済を混乱に陥れたコロナ禍からようやく抜け出して、今年こそはと意気込んで2025年の年明けを迎えたわが食品業界でしたが、代わりに2022年以来のロシアによるウクライナ侵攻が思いのほか長引いて出口が見えなくなっている上に、アメリカのトランプ大統領が自国中心主義を貫き、高額な関税の賦課による恫喝的な二国間交渉を強引に進めている影響で、円安とインフレが進み、輸入物価の高騰がわが国経済の全般的な体力を日に日に奪っている今日この頃です。 また、最近のわが国の主食であるコメの価格高騰は、わが社における原材料コスト上昇の多くの割合を占めていますが、これははっきり言って、政府や農林水産省の政策の失敗のツケを国民が負わされたとでもいうべき人災であり、非常に腹立たしい思いでいっぱいです。 しかし、いくら自社の経営状況が厳しいと言っても、誰かが助けてくれるわけではなく、当然のことながら自助努力によるしか道は開けないことから、社員一丸になって販路開拓やコスト削減につながるようなあらゆる手段を講じているところです。そのような中、先週から税務署の税務調査を受けているところですが、その際に一点、気になる指摘をされ戸惑っております。 それは、わが社が大量に保有している食品運搬用のコンテナが、果たして減価償却資産に該当するのか、それとも消耗品に該当するのかという点です。わが社としては、コンテナは1個あたりの単価も安いことから消耗品であると主張していますが、税務署の調査官は、わが社におけるコンテナの実際の使用実態を見てみると、1年を超えて何度も繰り返し使用することから、減価償却資産と解するのが正当であると言って譲りません。税法上はどのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 企業の有する資産が消耗品等の棚卸資産に該当するのか、それとも減価償却資産に該当するのかについては、一般に、通常1年以内に販売又は消費の対象となり、それが所有者の手元を離れて外部に売却され、又は内部的にそれが原材料や消耗品等として使用されるものといえるのか、それとも、企業の内部にとどまって総体的に繰り返し使用される資産といえるかという点に着目して判別することになるものと考えられます。 本件の場合、食品運搬用のコンテナは、その使用実態を見てみると、1年を超えて何度も繰り返し使用するものであることから、減価償却資産に該当するものと解するのが妥当と考えられるため、その減価償却費の計上に関しては、損金経理が要件となります。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 減価償却資産と減価償却の意義 これまで本連載で何度か触れたことではあるが、改めて減価償却資産及び減価償却の意義について確認しておきたい。減価償却資産とは、固定資産のうち、使用又は時間の経過によって価値が減少するものをいう(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)389頁参照。 また、当該資産は、企業において長期間にわたり収益を生み出す源泉であるから、その取得に要した金額である取得価額は、費用収益対応の原則から、取得の年度に一括して費用に計上するのではなく、使用又は時間の経過に応じてそれが減価するのに応じて徐々に費用化すべきこととなる。 そのため、法人税法においては、減価償却資産の償却費の計算と償却方法について、企業会計における減価償却の考え方を基礎としつつ、納税者が選定した償却方法で計算した金額を損金に算入されるべき限度額(償却限度額)とし、実際に減価償却費として損金に算入されるのは、法人が償却費として損金経理した金額のうち、償却限度額に達するまでの金額としている(※2)。 (※2) 金子前掲(※1)書390頁参照。 (2) 減価償却と損金経理 上記(1)の通り、法人税法上、減価償却資産の償却費の損金算入をするには、法人が償却費につき損金経理をすることが前提となっている(法法31①)。その理由は一般に以下の通り解されている。 すなわち、法人の行う取引は外部取引と内部取引とに区別することができるところ、内部取引は、法人の中だけで生じ、客観的事実として存するものではないという特徴がある。減価償却は内部取引の1つとされているところ、内部取引は、法人の意思決定があって初めて取引として存在が認められるものであるから、株主総会等の承認を受けた決算(確定した決算)に組み込ませることにより、内部取引の発生すなわち法人の意思決定があったことを客観化するため、損金経理を要件としたものである。 また、減価償却費などの内部取引の費用及び損失の経理については、外部取引に係る実体的な費用及び損失の経理に比べて当該法人の裁量的な判断の余地が大きく、ともすると当該法人の判断が課税の公平を損なう恣意的な利益操作につながりやすく、極端な場合には不正計算に手を貸すような簿外資産の減価償却にも及びかねないため、当該法人の裁量的な判断を損金経理によって統制し(自己拘束的規制)、企業経理の適正化を推進するため、法人が確定した決算において進んで償却費として計上したものについてのみ、償却費の損金算入を認めるべきであるから、損金経理を要件としている。 つまり、償却費として損金経理をするかどうかは、法人の任意であるが、法人がその損金経理をしない限り、償却費を損金算入することができないこととし、例えば、簿外資産については、償却費としての損金経理がないから、法人がその資産を帳簿に計上し償却をしない限り、税務計算では減価償却をすることができないようにしたのである。 このような減価償却に係る損金経理の要件の趣旨を踏まえると、その要件は厳格に解されるべきであり、たとえそれが少額の減価償却資産の取得価額に相当する金額だとしても、損金経理をしなければ、特段の事情がない限り、当該金額につき損金算入をすることはできないと解するのが相当ということになる。 (3) 食品運搬用コンテナの減価償却資産該当性と損金経理要件が争われた事例 それでは本件と同様に、食品運搬用コンテナは減価償却資産なのか棚卸資産(消耗品)なのかについてと、減価償却資産である場合の損金経理要件とが争われた事例(大阪地裁令和5年1月11日判決・税資273号(順号13799)、TAINSコード:Z273-13799))について、以下で確認してみたい。 ① 事案の概要 食品等の製造加工等を営む株式会社である原告は、食品運搬用コンテナ等の備品の購入金額を製造消耗品費等として損金に計上するなどして申告していた。 それに対して彦根税務署長は、上記備品が納入された事実がないにもかかわらず、納入されたように仮装した納入伝票に基づいて上記製造消耗品費等が計上されているため、その計上された金額又は同金額から実際に納入された購入金額を差し引いた金額については、法人税に関する損金の額に算入することができず、また、上記の計上された金額については消費税に関する課税仕入れに係る支払対価の額と認めることができないなどとして、令和元年6月26日付けで、各更正処分及び各重加算税賦課決定処分を行った。 ② 事案の争点 本件コンテナ等は、消耗品(棚卸資産)に該当するのか、それとも減価償却資産に該当するのか。また、本件コンテナ等が減価償却資産に該当する場合、法人税法施行令第133条の要件のうち損金経理の要件(「その内国法人が当該資産の当該取得価額に相当する金額につきその事業の用に供した日の属する事業年度において損金経理をしたとき」)を満たすとして、同条を適用して、本件コンテナ等の取得価額を、本件コンテナ等を取得した日すなわち事業の用に供した日の属する事業年度の損金の額に算入することができるか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件は控訴されず確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例で注目されるのは、「1個当たりの単価は500円程度」で「原告において、標準在庫20万枚、年間の平均購入枚数約4万枚とされている」コンテナのような「その単価が比較的安価なもので、原告において大量に購入、保有するものといえるため、単価及び保有量の点においては、消耗品にその実態が類似している面があるといえる」ものが、法人税法上、減価償却資産として取り扱われるという「意外性」である。裁判所がこのように単価の安いコンテナを消耗品ではなく減価償却資産として取り扱う理由は以下のとおりである。 このようなコンテナは、耐用年数省令の分類では、「「種類」が「器具及び備品」で、「構造又は用途」が「6 容器及び金庫」で、「細目」が「ドラムかん、コンテナーその他の容器」のうち「その他のもの」のうち「その他のもの」(「耐用年数」が2年とされているもの)」に該当することとなり、減価償却資産として減価償却することとなるのである。 そうなると、コンテナに係る減価償却費の計上のためには、損金経理が要件となるのであるが、本裁判例の原告においては、実際に納入された本件コンテナ等について、取引先に留保させていた「預け金」の残高で代金を賄っていたのであり、特に経理処理を行っていないことから、損金経理要件を満たしているとはいえないわけである。要するに、「簿外の」減価償却資産については、その償却費を損金に計上することはできないということである。 (4) 本件へのあてはめ 企業の有する資産が消耗品等の棚卸資産に該当するのか、それとも減価償却資産に該当するのかについては、一般に、通常1年以内に販売又は消費の対象となり、それが所有者の手元を離れて外部に売却され、又は内部的にそれが原材料や消耗品等として使用されるものといえるのか、それとも、企業の内部にとどまって総体的に繰り返し使用される資産といえるかという点に着目して判別することになるものと考えられる。 本件の場合、食品運搬用のコンテナは、その使用実態を見てみると、1年を超えて何度も繰り返し使用するものであることから、減価償却資産に該当するものと解するのが妥当であると考えられるため、その減価償却費の計上に関しては、損金経理が要件となる。 (了)