Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第59回】 「〔第5表〕子法人から親法人に配当を行った場合の 株式の価額の計算上の留意点」 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲はA社株式を100%所有しており、令和7年9月25日に甲の長男に株式の贈与を行っています。下記の通りB社及びC社はA社の完全子会社となります。 上記3社の決算月、発行済株式総数、直前期末以前2年間における1株当たりの配当金額は、下記の通りです。 (※1) A社の会社の規模区分は、中会社の中であり株式等保有特定会社に該当します。 A社はこれまで配当を行ったことはありません。 (※2) B社の会社の規模区分は、中会社の大であり特定の評価会社には該当しません。 B社の1株当たりの額面は50,000円で、赤字でない限り、毎期、額面の5%に相当する配当(1株当たりの配当2,500円)を実施しています。直前事業年度においては、A社が土地を購入するための原資として行った配当(500,000円)が含まれています。 なお、直前期末から課税時期までの間に行った配当(1株当たりの配当402,500円、配当効力発生日:令和7年5月25日)のうち400,000円はA社の資金繰りを考慮し実施したものです。 (※3) C社の会社の規模区分は、大会社となります。 C社の1株当たりの額面は50,000円で、赤字でない限り、毎期、額面の4%に相当する配当(2,000円)を実施していましたが、コロナの影響により令和2年から現在に至るまで赤字となっており、配当は前々事業年度まで行っておらず、比準要素数1の会社に該当していました。直前期の配当を行うことで比準要素数1の会社に該当せず、類似業種比準価額で計算ができるとの会計事務所のアドバイスを受け、直前事業年度のみ配当を行っています。 なお、直前期末から課税時期までの間に配当は行っていません。 上記の場合において、A社、B社及びC社の株式価額の算定上、配当金額に係る株式価額の影響について教えてください。 なお、純資産価額の計算においては、直前期末方式(直前期末の資産及び負債の帳簿価額に基づき評価する方式)により計算するものとします。 A 会社ごとに配当金の取扱いと株式価額への影響をまとめると下記の通りとなります。 ◆ ◆ ◆ 1 直前期末以前2年間における配当金額について 直前期末以前2年間における配当金額とは、直前期末以前2年間に配当金交付の効力が発生した剰余金の配当(資本金等の額の減少によるものを除く)をいいます。ここでいう配当金交付の効力の発生とは、株主総会の決議により剰余金の配当が確定したものをいいます。事業年度の変更がある場合や事業年度が1年未満である場合も含めて、すべて直前期末時点を起算として、2年間の間に配当金交付の効力が発生した剰余金を基に計算することになります。 また、配当金は毎期継続的に発生するものを対象とするため、特別配当や記念配当等は除きます。特別配当とは、会社の業績や財務状況により余剰資金が生じた場合などに通常の配当額に追加して行う臨時的な配当をいいますが、例えば、資産売却益による特別配当等が該当します。記念配当とは、会社において創業〇〇年など特別な出来事があったことを記念して、通常の配当額に上乗せして支給される配当をいいます。 非上場株式の評価においては、財産評価基本通達183(1)において、特別配当や記念配当等の将来毎期継続することが予想できない配当金額が除かれていますが、特別配当及び記念配当等の意義や範囲については、明らかにされていません。 平成16年3月23日の裁決(TAINSコード:J67-4-33)では、合併した際の記念配当が特別配当であるか否かが争点となっており、納税者は特別配当と主張し、課税当局は特別配当には該当しないと主張しましたが、国税不服審判所は、特別配当であると認定しました。 国税不服審判所における認定事実は、下記の通りとなります。 そして、国税不服審判所においては、1株当たりの配当金額を直前期末以前2年間の平均配当金額によることとしている趣旨及び異常配当を除外している趣旨について、下記の通り説明し、合併した際の記念配当が特別配当であると認定しています。 (下線部は筆者による) 【本問への当てはめ】 直前事業年度のB社の配当について B社の直前事業年度においてA社が土地を購入するための原資として行った配当(1株当たりの配当500,000円)があり、これは、毎期継続的に行われるものではなく、臨時的に行われるものと考えられるため、異常要素となる特別配当として除外することが相当になります。 2 比準要素数1の会社に該当しないために行う配当の取扱い 比準要素数1の会社とは、第4表で直前期末を基準に計算した「1株当たりの年配当金額(第4表の(B1)の金額)」「1株当たりの年利益金額(第4表の(C1)の金額)」及び「1株当たりの純資産価額(第4表の(D1)の金額)」のうちいずれか2の判定要素が0であり、かつ、直前々期末を基準にして計算した「1株当たりの年配当金額(第4表の(B2)の金額)」「1株当たりの年利益金額(第4表の(C2)の金額)」及び「1株当たりの純資産価額(第4表の(D2)の金額)」のうちいずれか2以上の判定要素が0であるものをいいます。 比準要素数1の会社に該当する場合には、類似業種比準価額の使用割合は25%に制限されることになり、類似業種比準価額<純資産価額である評価会社については、株式の価額が高くなります。 直前期末以前3年間が赤字であり、かつ、純資産価額がマイナスの場合には、比準要素数1の会社に該当しますが、配当を行うことにより、この比準要素数1の会社を免れることになります。配当は、毎期、継続的に行っている場合には、1株当たりの配当金額に含めて計算を行うことになりますが、この比準要素数1の会社を免れるためだけに配当を行った場合には、1株当たりの配当金額に含めて計算して問題ないかを慎重に検討する必要があります。 令和6年3月25日の裁決事例(TAINSコード:J134-4-07)は、比準要素数1の会社を免れるために、会社の事業年度の変更及び剰余金の配当を行い、相続税の負担を著しく軽減したとして財産評価基本通達6項(以下「総則6項」)が適用された事案となります。相続開始前における時系列は、下記の通りです。 【相続開始前における時系列】 本事例においては、納税者が平成29年3月1日に銀行と打合せを行った際に相続開始があった場合の影響について指摘を受け、税理士法人の紹介を受け、相続対策を実行した事案となります。その相続対策として、平成29年5月1日に配当金を出し、事業年度を変更したことが証拠資料から明らかになっています。 また、当該税理士法人から上記の相続対策の実行の効果として、10億円程度、株式の価額の引き下げ効果がある一方で株価引下げを目的とした決算期変更とみなされ否認される可能性もあることの説明がなされ、それを承知の上で、チャレンジすることを承認して実行したとされています。 国税不服審判所は、租税負担の軽減の意図について下記の通り判断しています。 (※) 下線部は筆者加筆 上記の裁決事例においては、当初申告においては、株式の価額は約21億円で評価されており、仮に配当等の行為がなく比準要素数1の会社として評価した場合には、約34億円と評価されていた事案となります。これに対して、課税当局は鑑定評価額を基礎資料として、約40億円の株式評価額として更正処分をしています。 総則6項が適用された場合には、相続税法22条の時価以下の金額で合理的な方法で評価することが容認されており、相続対策をしたが故に想定外の課税処分があることには注意が必要となります。 なお、配当を行い、比準要素数1の会社に該当しなくなったことと総則6項の適用関係については、今後注視されることになろうかと思料されます。本問のように、相続開始の直前において、相続対策のために行う配当及び事業年度の変更については、総則6項の適用対象になる可能性が高いといえます。しかしながら、事業承継に伴い、従業員や役員にも株式を持たせることを契機として、配当を行い比準要素数1の会社に該当しなくなった等の場合には、相続税の負担を免れる意図との因果関係は低く、総則6項は適用されるべきではないと考えられます。 そもそも直前の配当の有無で容易に株式の価額が大きく変動する財産評価基本通達のあり方についても見直しが必要になるかと考えられます。相続税法22条における時価と財産評価基本通達が乖離する要因として、一般的に類似業種比準価額が純資産価額と比べて極めて低くなっていることが考えられ、類似業種比準価額の使用割合や評価方法について見直しが必要になると思料されます。 【本問への当てはめ】直前事業年度におけるC社の配当について 本問の場合には、C社が行った配当についてどのように取り扱うかが問題となります。直前事業年度に行った配当を配当金額に含めることにより比準要素数1の会社を免れることになりますが、その一方で、配当を行ったことが相続税の負担を免れるものと認められた場合には、総則6項の適用となり、比準要素数1の会社で評価した金額以上の金額で課税されるリスクがあるといえます。そもそも、C社は、これまで赤字である場合には、配当を出していませんので、直前期のみの配当は、異常要素となる臨時配当と考えることができます。したがって、1株あたりの配当金額に含めないで計算することが相当かと思料されます。 3 直前期末から課税時期までの間に配当金交付の効力が発生した場合 第4表の類似業種比準価額の計算は、直前期末を基準としているため、直前期末の翌日から課税時期までの間に配当金交付の効力が発生した場合には、比準価額の修正を行う必要があります。具体的には、1株当たりの比準価額から1株当たりの配当金額を控除します(評価通達184)。 また、第5表における純資産価額の計算を直前期末方式により計算をしている場合において、直前期末の翌日から課税時期までの間に配当金交付の効力が発生した場合には、配当金の支払いを純資産価額に反映させるため、未払配当金として負債に計上することになります。 一方で、配当を受け取った法人の純資産価額の計算において、通常であれば、直前期末時点で課税時期までの未収配当金を考慮する必要はないと考えられますが、子会社や関係会社からの配当の場合には、子会社や関係会社が配当を支払った後の株式価額で評価されていることとの均衡から親会社は配当を受け取った後の株式価額とすべく純資産価額の計算において、未収配当金に計上することが相当かと思料されます。 【本問への当てはめ】直前期末から課税時期までに間に行ったB社の配当について B社は、直前期末から課税時期までの間に配当(1株402,500円、配当効力発生日:令和7年5月25日)を行っていますが、このうち400,000円はA社の資金繰りを考慮し実行したものとなります。直前期末から課税時期までの間に配当金交付の効力が生じた場合のB社における第4表における比準価額の修正、第5表における純資産価額の未払金の計上は、実際に配当が行われたことに伴うB社株式の修正であり、この配当に異常要素となる配当が含まれていたとしても、その部分も含めて計算を行うことになります。したがって、第4表ではB社の1株当たりの比準価額から1株当たりの配当金額402,500円を控除し、第5表の純資産価額の計算では80,500,000円(402,500円×200株)を未払金に計上します。また、A社の第5表の純資産価額の計算では、80,500,000円(402,500円×200株)を未収配当金に計上します。 ☆実務上のポイント☆ 年配当金額に計上するべき金額の趣旨と比準価額の修正の趣旨の違いを理解しておきましょう。また、比準要素数1の会社を免れるために行う配当については、税務リスクがある点については注意しておきましょう。配当を利用し、評価を著しく減額させた場合には、総則6項の適用対象のリスクもあり、想定外の課税がされる要因になり得ます。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第71回】 「遺産の一部が未分割財産である場合の課税上の留意点」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 佐藤 達夫 相談内容 私は、不動産賃貸業を営むX社を経営しており、X社の株式については、父から8年前に生前贈与により取得しました。 X社の先代経営者である父が今年1月に亡くなり、これまで父が残してくれた遺産について、母と妹との間で遺産分割協議を行ってきました。自宅は母が相続することで遺産分割が成立していますが、遺産のなかの山林については売却が難しく、年間の維持費も必要になるため、私も含め相続人全員がその相続に難色を示し、遺産分割協議が難航しています。そのため、相続税の申告期限が近付くなか、申告期限までにすべての遺産の分割協議が成立しない可能性が出てきました。 相続税の申告期限までに、遺産のすべて又は一部について分割協議が成立しない場合に、相続税申告書や相続税額への影響について、留意事項がありましたらご教示ください。 父の遺産及び相続人は次のとおりです。 上記以外に、父から私はX社株式80,000千円(相続開始時の価額)、妹は現金30,000千円の生前贈与を受けており、暦年課税により贈与税の申告をし、贈与税の納税をしています。この生前贈与は、いずれも父の相続開始日の8年前に行われています。また、いずれの生前贈与も、父の持ち戻し免除の意思表示はありません。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ 1 遺産の全部又は一部が未分割である場合の課税価格・相続税の計算 (1) 課税価格の計算 相続税の申告期限までに、相続財産の全部又は一部が分割されていないときは、その分割されていない財産は、相続分又は包括遺贈の割合によって相続財産を取得したものとして課税価格を計算することとされています(相法55)。その後、未分割財産の分割の結果、相続分又は包括遺贈の割合と異なることとなった場合には、修正申告や更正の請求をすることにより相続税の再計算を行うことができます(相法30~32)。 相続財産の一部が未分割となっている場合の相続税申告に当たり、その未分割財産を分割する方法としては、積上げ方式(※1)と穴埋め方式(※2)の2種類の考え方がありますが、判例により、穴埋め方式により課税価格を計算することになります(東京地裁 昭62・10・26)。穴埋め方式を採用する理由として、相続人は他の相続人に対し、遺産全体に対する自己の相続分に応じた価額相当額から、既に分割された遺産の価額を控除した価額相当分まで権利を主張できると解されていることなどが挙げられています。 《穴埋め方式》 被相続人から遺贈や生前贈与がある場合の穴埋め方式による各相続人の未分割財産の計算は、次のとおりです。 ご相談の場合、未分割により相続税申告書を提出する場合の各人の課税価格及び相続税は、次のとおりになります。相続税の計算において、配偶者の税額軽減の適用が制限されるため、遺産が分割されているときと比べて、相続税が多く計算されます(下記2参照)。 〈各相続人の課税価格及び相続税〉 (2) 特例規定の適用 配偶者の税額軽減の適用に当たっては、税額の軽減額を計算する基礎となる財産から未分割財産を除外することになります(相法19の2②)。また、小規模宅地等の特例についても、分割されていない特例対象宅地等には適用されません(措法69の4④)。 ただし、相続税の申告期限後3年以内に遺産が分割された場合等には、遺産分割が成立した日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求書等を提出することにより配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を受けることができます。 そのためには、相続税の申告期限後3年以内に遺産分割が行われるかどうかにかかわらず、申告期限内に提出する未分割による相続税申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付することで、将来の配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の適用の余地を残しておくことができます(相法19の2②、措法69の4⑦)。 なお、相続税の申告期限後3年以内に分割されないことについて、相続に関する審判の申立てがされている等のやむを得ない事情がある場合には、相続税の申告期限後3年を経過する日の翌日から2ヶ月以内に申請書を提出し、所轄税務署長の承認を受けたときは、遺産の分割ができることとなった日の翌日から4ヶ月まで遺産分割の期限を延長することができます。 2 遺産の全部が分割された場合 本件では、自宅は相続税の申告期限までに母により相続することが確定していたため、当初より小規模宅地等の特例を適用することができましたが、配偶者の税額軽減の適用について制限が生じていました。 そのため、相続税の申告期限から3年以内に遺産分割が成立した場合には、配偶者の税額軽減を適用することにより、母の相続した財産が相続財産の半分までであれば、母については相続税が発生しないことになります。 一方、他の相続人は、遺産分割により取得した財産によっては、期限後申告、修正申告または更正の請求の手続きを行う必要があります。 3 結論 相続財産・債務が未分割のときでも、相続税の申告期限までに穴埋め方式により相続税の申告書を提出し、相続税を納税する必要があります。ただし、未分割財産に対して配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例などの特例規定を適用するために相続税の申告書提出時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しなければなりません。 具体的な対策については、弁護士、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第10回】 「自宅以外で亡くなった場合の小規模宅地等の特例の適用」 ~ホスピスの場合~ 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 問 題 父はがん治療のために入院しましたが、回復の見込みがないのでホスピス(緩和ケア病棟のある病院)に転院し、退院することなく亡くなりました。母は父の入院時には死亡しており、長女は父の入院時から死亡に至るまで、賃貸住宅に居住していました(いわゆる「家なき子要件」を満たす)。父の死亡後、その建物と敷地は長女が相続しました。 この場合、父の土地は相続開始直前において父の居住の用に供されていた宅地等に当たり、特定居住用宅地等として小規模宅地の特例は受けられますか。 回 答 特定居住用宅地等として小規模宅地の特例は認められるのではないかと考えます。 居住の用に供されていた宅地等に該当するかどうかは、その宅地上の建物に生活の拠点があったか否かにより判定します。生活の拠点とは生活状況や、その建物への入居目的等を総合的に判断します。 老人ホームに入居した場合、生活の拠点は老人ホームに移ったものと考えますが、老人ホーム等に入居する直前まで居住の用に供していた宅地等については、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に含まれます(詳細は【第7回】)。 病院への入院の場合、それは治療のためであり、治療が終わると退院前の住居に戻るため、生活の拠点はその建物にあると考えられます。よって、その敷地は被相続人の居住の用に供されていた宅地等となります(詳細は【第9回】)。 ホスピスは病院と異なり、病気治療や延命措置を目的としておらず、人生の終わりを有意義に過ごすことが目的で、安らかにご臨終を迎えるようにします。よって、入院前の住居には戻らないことが予想されます。 国税庁の質疑応答事例「入院により空き家となっていた建物の敷地についての小規模宅地等の特例」や老人ホームに関する法令を文章どおりのみに解釈すれば、ホスピスに生活の拠点が移り、入院前の住居の敷地は居住の用に供されていた宅地から除かれるとも考えられます。 しかし、末期がんや難病による終末期患者が転院する場合、積極的な病気治療は行わないとしても緩和ケア等の医療行為は行われており、治療入院の延長であるとも考えられます。一般的にはホスピスは入院と同じという感覚ですが、現状ではホスピスについての見解は税務上まだ未整備です。 余命いくばくもない人に対して投薬や手術などの治療を続けると、余命は伸びるかもしれませんが、さらに苦痛等を長引かせてしまうということが問題になっています。そこで病気治療をやめ、痛みを軽減する緩和ケアにとどめることは合理的です。緩和ケアのために病院を転院すると治療入院と異なる扱いとなるのは、入院した病院で治療の甲斐なく緩和ケアに移り亡くなる場合との整合性が取れません。よって、実務上は病院に入院する場合と同じ取扱いをする場合もあります。 考 察 入院中に亡くなった場合は、国税庁の質疑応答事例集に示されていますが、ホスピスに移った場合については何も示されていません。 ホスピスでは、治療の見込みがなくなった病気に対する緩和ケアを施す等の身体的ケアだけでなく、病気による苦しみや、死への恐怖心をやわらげるための精神的ケアや、患者の様々な手続きの申請を代行する社会的ケアを行っているところもあり、これらをまとめてホスピスケアと言います。 現状は治療入院から治療の見込みがなくなったため、緩和ケア病棟に移る場合や、緩和ケア病棟の充実した病院に転院する場合が多いようですが、老人ホーム等でホスピスケアを提供する施設も増えてきています。老人ホーム等の施設では身体介助に介護保険を利用するので、介護認定を受けている者が入居条件になることが多いです。 この場合、租税特別措置法施行令第40条の2第2項に規定される「介護保険法に規定される要介護認定または要支援認定を受けていた被相続人等が、老人福祉法等に規定される老人ホーム他に入居又は入所をしていたこと」に合致するため、入院中に亡くなった場合と異なり、老人ホームに入所した場合と同等になると考えられます。いわゆるホスピス(終末期を穏やかに過ごし安らかな最期を迎える施設)の定義はなされておらず、今後様々な形態のものが増えると考えられます。 税務的に老人ホーム入所(生活の拠点は移るが入所前の住居も居住用に含める旨の規定)と入院(治療が終われば入院前の住居に戻るのが前提なので生活の拠点は移らない)の場合については法令や見解が示されています。 ホスピスに入ると元の住居に戻らないことが予想されますので、税務的に老人ホーム入所と同様に考えることもできます。そうするとホスピスに関しては、生活の拠点は移るが元の住居を居住用に含める規定はありません。また入院と同様に、ホスピスへの入居は緩和ケアのための一時的なものと考えることもできます。よって、税務的な見解の整備が待たれます。 現状ではホスピス入所に至った経緯やその施設の概要(病院か老人ホーム等か)等を総合的に判断する必要があると考えます。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第39回】 「任意組合等に関する適格請求書等保存方式」 税理士 石川 幸恵 【Q】 JV(ジョイントベンチャー)などの任意組合等は適格請求書を交付できますか。また、組合員が仕入税額控除を受けるための請求書等の保存や帳簿の記載はどのようになりますか。 〔ポイント〕 原則として任意組合等は適格請求書を交付できません。ただし、組合員全員が適格請求書発行事業者であり、一定の届出書を提出した場合に限り、適格請求書を交付できます。 組合員の仕入税額控除については、幹事会社(※)宛の適格請求書のコピーに配分内容を記載するほか、幹事会社が交付する精算書の保存で対応できます。帳簿に記載する相手先名と取引内容も「幹事会社経由」と記載することができます。 (※) 本稿では、任意組合等の業務執行組合員や幹事会社を一般的な「幹事会社」という言葉にまとめています。 * * * 【A】 適格請求書等保存方式では、原則としてJV等の任意組合等は適格請求書を交付できません。このままでは取引先で仕入税額控除が行えないため、実務上大きな支障となります。 このような点を考慮してか、「任意組合等の組合員の全てが適格請求書発行事業者である旨の届出書」を提出した場合に限り、適格請求書を交付できます。また、JV等の組合員の仕入税額控除の要件についても法令やインボイスQ&Aで整理されています。以下、具体的な取扱いを見ていきます。 (1) 任意組合等とは 任意組合等は民法上の組合(民法667①)や有限責任事業組合(LLP)が代表的で、具体的には次のようなものがあります。 (2) 任意組合等として適格請求書を交付できる場合 ① 任意組合等の消費税の取扱いの原則 任意組合等に属する資産の譲渡等又は課税仕入れ等については、組合員が持分の割合や利益の分配割合に応じて行ったこととなります(消基通1-3-1)。 また、前述のとおり、原則として適格請求書を交付できません。 ② 「任意組合等の組合員の全てが適格請求書発行事業者である旨の届出書」の提出 組合員の全てが適格請求書発行事業者であり(※)、幹事会社の納税地を管轄するインボイス登録センターにこの届出書を提出した場合には、事業として国内において行った課税資産の譲渡等につき、適格請求書等を交付できます。 (※) 日本で課税資産の譲渡等を行っておらず、日本における事業の損益の配賦を直接又は間接にも受けない組合員については届出書の対象としなくても差し支えありません(インボイスQ&A問50-2)。 届出書の提出に係る注意事項は次のとおりです。 ③ 「任意組合等の組合員の全てが適格請求書発行事業者である旨の届出事項の変更届出書」の提出 組合員の加入や離脱など変更があった都度、速やかに提出します。ただし、変更が頻繁に行われるなど、速やかな提出が困難である場合には、任意組合等に係る計算期間内の変更事項をまとめてその計算期間の末日までに提出することも認められます(インボイスQ&A問51)。 ④ 「任意組合等の組合員が適格請求書発行事業者でなくなった旨等の届出書」の提出 適格請求書発行事業者でない新たな組合員を加入させた場合等に速やかに提出します(インボイスQ&A問50)。 ⑤ 任意組合等の解散及び清算決了 工事ごとに形成されたJVは工事完成後又は工事を受注できなかった場合に解散します。解散し、清算が決了した場合には「任意組合等の清算が決了した旨の届出書」を速やかに提出します。 上記②~⑤の届出書の提出先はいずれも幹事会社の納税地を管轄するインボイス登録センターです。 (3) 任意組合等が交付する適格請求書の記載事項 任意組合等が「任意組合等の組合員の全てが適格請求書発行事業者である旨の届出書」を提出した後に交付する適格請求書の記載事項は次の事項の記載も認められます(インボイスQ&A問75)。 (4) 任意組合等の組合員による適格請求書等の保存 任意組合等の組合員が仕入税額控除を受けるために保存すべき請求書等は次のいずれかとすることができます(インボイスQ&A問93)。 (5) 任意組合等の組合員の帳簿の記載事項 任意組合等の課税仕入れを組合員が帳簿に記載する際には相手方ごとに氏名を記載する必要はありません。幹事会社が課税仕入れごとに相手方の氏名又は名称及び登録番号(適格請求書発行事業者以外の事業者であれば登録番号がないこと)を管理しており、組合員が必要に応じて確認できることを前提として、下記のように取引先の記載を省略できます(インボイスQ&A93-2)。 (了)
国際課税レポート 【第19回】 「第2次トランプ税制改革の新展開:関税・環境税・国際課税」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団上席フェロー 2017年トランプ減税の「宿題」 トランプ第2次政権の経済優先課題を盛り込んだOne Big Beautiful Bill Act (以下「OBBBA」)は、10年間で税収減▲4.5兆ドルを歳出減▲1.1兆ドルで埋める結果、財政赤字を3.4兆ドル(503兆円(※))拡大する。 (※) 1USD=148円で換算。以下同じ。 規模感を比較してみると、金額ベースで近年の大型税制改革を大きく上回っている。 第1次トランプ政権が実施した抜本的税制改革、Tax Cuts and Jobs Act(2017 )(以下「TCJA」)は税収減▲1.6兆ドル、歳出減▲0.2兆ドル、財政赤字を1.4兆ドル拡大。 バイデン政権のインフレ抑制法(2022)(以下「IRA」)は税収増0.4兆ドル、歳出減0.2兆ドル、財政赤字を▲0.2兆ドル圧縮している。 しかし、減収面で大きな部分を占めているのは、現在適用され2025年末に失効する第1次トランプ政権のTCJA(2017)の規定の恒久化・延長(個人税率・標準控除・子ども税額控除など)である(総額8.5兆ドル)。増収面においても、TCJAが児童手当等を増額したことに合わせ、暫定的に停止した人的控除(扶養控除)の恒久化など(総額4兆ドル)であり、減収面においても、増収面においても、金額ベースで8割以上の措置は現行制度の延長のためのものである。 TCJA(2017)において、法人税減税は恒久措置としたのに、所得税減税を2025年までの時限措置としたのは、通常上院承認に必要な60票(全部で100票)に代え、51票で承認とするためには、10年を超えて赤字を増やす条項を盛り込むことができないという議会手続き上のルールがあったためであり、政策上の理由があったわけではない。したがって、今回所得税減税を恒久化したのは、トランプ政権としてはTCJA(2017)の税制改正の「宿題」を処理したということになる。 2025年トランプ税制の「新展開」 それでは、2025年トランプ税制(OBBBA)における“新展開”は何か。TCJAの恒久化・延長以外の措置としては、①クリーン税額控除の大幅縮小、②いわゆる報復条項(IRC899条)立法の動きと、それをてこにしたOECDピラー2のミニマム課税の米国多国籍企業への適用除外がある。そしてOBBBAの枠外であるが、③トランプ関税を挙げることができる。 ①、②は、バイデン政権が看板政策として推進した政策のロールバック(巻き戻し)であり、③は「タリフマン」を自認するトランプ氏による関税の在り方の新機軸ともいえる。以下、それぞれの措置をみていこう。 クリーンエネルギー税額控除の大幅縮小 環境対策を看板政策の1つとして力を入れたバイデン政権は、IRA(2022年)において省エネ住宅や電気・水素自動車といった需要側と再生可能エネルギーによる発電・投資・製造といった供給側に幅広くまたがる「クリーン税額控除」を導入し、さらには税額控除権を譲渡可能にするという新機軸により環境対策のための資金調達の裾野を一気に広げた。 一方、OBBBAは、クリーン関連優遇の適用範囲を大きく絞り込むことで5,000億ドルの増収を確保した。具体的な措置としては、例えば次のようなものがある。 実務においては、「いつ終了するか」(前倒しになったか)が意味を持つ。クリーンビークル(EVや水素電池車)購入の際の税額控除は、すでにこの9月で失効している。ロイター通信(2025年10月2日)は、これを受け、米国のEV市場は崩壊のおそれがある、と伝えている。この後も、省エネ住宅関係の税額控除も年末で打ち切られる。 【表1】に、OBBBAによるクリーンエネルギー税額控除関係の改正(主なもの)をまとめる。 【表1】クリーンエネルギー税額控除 (※) 経過措置やセーフハーバー、その他細目については省略している。 (出所) JCX35-25より筆者作成。 外国の不公正な税制への対抗規定(最終的には削除) バイデン政権(民主党)はOECDにおける2つの柱による国際課税制度の改革に積極的だった。15%のグローバルミニマム課税に関する2021年10月の合意に参加したが、その眼目は、法人税率の引下げ競争に歯止めをかけ、多国籍企業の租税回避に対抗しようというものであった。その背景には、2017年のトランプ税制改革21%に引き下げられた法人税率の引上げを狙ったバイデン政権の政策的思惑もあったと推測される。 しかし、実際にこの制度の税負担増は米国多国籍企業にのしかかる可能性がある。議会・租税合同委員会のレポート(2023)によると米国は10年間で歳入を1,220億ドル失うと見積もられていることや、米国議会が米国の多国籍企業に税優遇を供与した場合にもグローバルミニマム税が適用、税軽減効果が減殺されることなどに共和党は強く反発していた。 こうしたことを背景に、トランプ大統領は就任初日の大統領令で(1月20日)、OECDの国際課税の議論への米国の関与を縮小する方向性を宣言していた。 下院で承認されたOBBBAには、他国による「不公正な」課税措置に対抗する規定が盛り込まれていた。この規定は、最終的に成立した法律からは削除されている。米国からみれば、結果として、対抗規定の立法をてこに、G7各国の間で、OECDのグローバルミニマム課税の規定(IIRとUTPR)は米国の多国籍企業には適用しないとする共通理解を勝ち取ったとの評価も可能だろう。 (※) 内容については、本連載【第18回】「G7共存システムの具体化とピラー2」参照。 関税 近代的な関税は、自国産業保護や交渉カードとして利用されている。トランプ氏は、関税の財源調達機能を真正面から訴えた政治的指導者であることに大きな特徴がある。 トランプ第2次政権になってから米国が導入した関税の枠組みを【表2】に示す。 【表2】トランプ政権の関税 (※) 日本に適用される税率は、一般関税(IEEPA)は15%、日本原産の自動車・自動車部品は15%(25%からの特則)(2025年9月4日大統領令) (出所) 筆者作成(2025年9月現在)。 議会予算局(CBO)によると、2025年~2034年の10年間において、OBBBAは歳出を1.1兆ドル削減するが、歳入減4.5兆ドルをもたらすので、差し引き財政赤字は3.4兆ドル増加するとしている。 ただし、トランプ関税の税収について視野を広げると、財政赤字の規模は違って見えてくる。CBOは、現在の制度が維持された場合、財政赤字は2.5兆ドル~3.3兆ドル改善すると見積もっている。これを加味すると10年後の財政赤字の増加は0.9兆ドル~0.1兆ドルの幅で収まる可能性がある。 米国の関税税収は、2024財政年度では月60~70億ドル程度で推移していたが、2025年8月には月300億ドル余りになっている。実効関税率も、2024年の2.3%から足下では17%になっているとの推計もある(【第17回】参照)。このように関税は財源として現在のトランプ経済政策において重要になっている。 【図】 トランプ関税のBefore(2024) After(2025) (出所) 米財務省データより筆者作成。 しかし、法的な不安定さも露呈している。トランプ政権がいわゆる一般関税の根拠とした国家緊急経済措置法(IEEPA・1977年)を巡る訴訟で、政権側が敗訴している。連邦巡回控訴裁判所は、8月29日に政権が「相互関税」の根拠としている「国家緊急経済措置法」は、大統領には関税を課す権限を与えていない。税を課すには議会による立法が必要、と判示し、政権側は最高裁判所に上訴している(本稿執筆時点において結論は出ていない)。 おわりに TCJAで恒久税制とできなかった条項を今回恒久化等したものを除くと、OBBBAによる新しい措置は、クリーン税額控除の巻き戻し、そして、外国の差別的な課税に対する報復的な条項を立法する動きをてこにG7と共通理解に達した、OECDのグローバルミニマム課税からの米国多国籍企業の適用除外(詳細は協議継続中)の2つになる。 これら2つは、前政権の看板政策でもあり、トランプ政権がそれを巻き返した構図になる。そのことは米国の内政問題であり、民主党・共和党の政策の衝突ともいえる。 しかし、問題は米国内にとどまらない。米国のクリーン税制縮小は国内の脱炭素ペースを弱め、国際協調の牽引力を落とすことで各国の行動に「消極的外部効果(他者の努力を萎えさせる負の波及)」を及ぼし得る。ピラー2も現時点での導入国は欧州と一部アジアが中心である。米国多国籍企業にグローバルミニマム税を適用しない方向というG7方針は、各国が制度化するにあたり同様の消極的外部効果を生み得る。 外交に深い見識を有する米国の専門家は、「関税による経済的威嚇など、力こそ正義のアプローチの正当性が立証されたとみなすトランプ氏がグローバルリーダーシップを発揮することは期待できない」と指摘している(Daalder/Lindsay 参照)(※)。 (※) アイボ・ダールダー、ジェームズ・リンゼー「ドナルド・トランプと権力政治の時代」(フォーリン・アフェアズ誌2025年3月号)参照 資源と市場が限られており、米国(1,800社)に次ぐ世界第二の多国籍企業大国(900社)でもある日本にとって、グローバル・ルールの安定が非常に重要である。米国の後退が脱炭素や多国籍企業課税の不安定化に波及しないよう、対立を避けつつ補完的な役割を果たす必要がある。企業・納税者としても粘り強く支持していくべきだろう。 (了)
連結会計を学ぶ(改) 【第6回】 「連結の範囲に関する重要性の原則」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 連結財務諸表の作成において、親会社は、すべての子会社を連結の範囲に含めることが原則である(「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号。以下「連結会計基準」という)13項)。 ただし、連結会計基準は、重要性の原則を規定しており、子会社であって、その資産、売上高等を考慮して、連結の範囲から除いても企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度に重要性の乏しいものは、連結の範囲に含めないことができるとしている(連結会計基準注1、注3)。 今回は、連結の範囲に関する重要性の原則について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 連結の範囲の重要性の原則に関する監査上の取扱い 連結の範囲の重要性の原則に関する監査上の取扱いについては、「連結の範囲及び持分法の適用範囲に関する重要性の原則の適用等に係る監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第52号。以下「実務指針52号」という)が公表されている。 1 基本的な考え方 連結の範囲に係る重要性の判断としては、通常、該当要件の影響割合が所定の基準値より低くなれば、それで重要性は乏しいと判断されるものである(実務指針52号3項)。 しかしながら、「企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度」に係る重要性は、必ずしも量的要件だけで判断できるわけではない。 このため、重要性の判断を行う際には、次の事項に注意し、企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を適正に表示する観点から量的側面と質的側面の両面で並行的に判断する(実務指針52号3項)。 また、「「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」の取扱いに関する留意事項について」(連結財務諸表規則ガイドライン)では次のように規定しているので、連結の範囲に関する重要性の判断を行う際には、注意が必要である。 2 連結の範囲から除外できる重要性の乏しい子会社 連結の範囲から除いても企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する合理的な判断を妨げない程度に重要性が乏しい子会社かどうかは、企業集団における個々の子会社の特性とともに、少なくとも資産、売上高、利益及び利益剰余金の4項目に与える影響をもって判断する(実務指針52号4項)。 また、「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」では次のように規定している。 上記4項目に与える具体的な影響度合いは、次の算式で計算された割合をもって基本的に判断する(実務指針52号4項)。 算式を適用する場合には実務指針52号4-2項を十分に勘案する必要がある。 前述のように、実務指針52号では、少なくとも資産、売上高、利益及び利益剰余金の4項目に与える影響をもって判断することが述べられており、それぞれに関する具体的な影響度合いについての算式を示しているが、キャッシュ・フローに関する算式については設けていない(実務指針52号4項)。 キャッシュ・フローに関する具体的な影響度合いに関する算式を考えると、例えば、キャッシュ・フロー計算書を利用するとしても、営業活動によるキャッシュ・フロー、投資活動によるキャッシュ・フロー、財務活動によるキャッシュ・フローがあり、どの数値を用いて算式を設定すればよいかについて一律に決定することが難しいのではないかと思われる。また、キャッシュ・フローについては貸借対照表や損益計算書と密接に関連することから、上記の4項目により連結の範囲に関する重要性の判断をすることにより、キャッシュ・フローに関する重要性についても判断できるものと考えられる。このようなことなどから、実務指針52号ではキャッシュ・フローに関する算式を示していないものと解される。 3 重要性の判断に関する数値基準 現行の実務指針52号では、連結の範囲に係る重要性の判断に関する数値基準は設けられていない。 しかしながら、かつて、「連結の範囲及び持分法の適用範囲に関する重要性の原則の適用に係る監査上の取扱い」(監査委員会報告第52号(当時))の注書きにおいて、次の記載があった。 平成14年7月3日の改正において、当該注書きは削除されたが、当時の常務理事前文において、「委員会報告第52号が公表されてから既に10年近く経っており、連結の範囲が同報告の趣旨に沿って広く実務に定着したと判断されるため、同報告の(注)として記載されていた具体的参考数値を削除することといたしましたが、その趣旨は従来と変わらないことを申し添えます。」と記載されているので、実務上、連結の範囲に関する重要性の判断を行う際には、上記の数値基準は参考になるものと解される。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2025年9月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年9月1日から9月30日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 なお、四半期ごとの速報解説のポイントについては、下記の連載を参照されたい。 Ⅱ 新会計基準関係 次のものが公表されている。 〇 修正「中小企業の会計に関する指針」 (内容:項番号の修正や関係法令の更新等に伴う所要の変更を行うもの。「会計参与の行動指針」も改正されている) (了)
従業員の解雇をめぐる企業対応Q&A 【第14回】 「私傷病休職と解雇・退職の有効性」 弁護士 柳田 忍 【Question】 メンタル不全により私傷病休職中で近々休職期間が満了となる当社のフルタイム従業員Xから、「総合職として復職可能」とする診断書の提出と復職の申出を受けました。当社はXを技術職としての経歴を重視して中途採用したものですし、昨今の業務のAI化に伴い総合職のニーズが減少していることなどから、総合職の人員はここ数年補充していません。 Xを総合職として復職させなければならないでしょうか。それとも、休職期間満了時に復職可能とならなかったものとして解雇ないし退職扱いとしてよいでしょうか。 【Answer】 Xについて、総合職の業務は「その従業員が配置される現実的な可能性のある他の業務」には該当しない可能性が高いため、Xを復職させる必要はないと思われます。 ◆ ◇ ◆ 解 説 ◆ ◇ ◆ 1 はじめに 私傷病休職制度を採用する多くの企業において、休職期間満了時において復職可能な健康状態に回復していないことを解雇事由ないし退職事由とすることが一般的である。復職可能な健康状態に回復していることについては従業員が立証責任を負うが、その立証手段として、私傷病休職中の従業員から、「週〇日勤務であれば復職可能」、「〇〇業務であれば復職可能」といった、条件付きで復職を可能とする医師の診断書が提出されることがある。このような診断書を受けて、私傷病休職者が提示する条件をどこまで受け入れなければならないのかと頭を悩ませた会社等は少なくないであろう。 そこで、本稿においては、私傷病休職者の解雇・退職のポイントについて説明する。 (※) なお、以下においては触れていないが、産業医の意見などを得て、上記のような主治医の診断書の内容について争うことも考えられる。 2 復職可否の判断基準 会社等は、私傷病休職者が以下①ないし③のいずれかに該当する場合は、復職可能な健康状態に回復したものとして、復職を認めなければならない(片山組事件・最1小判平成10年4月9日)。すなわち、このような場合に、復職可能な健康状態に回復していないとして私傷病休職者を解雇や退職扱いとすると、それらの措置が無効となる。 実務上しばしば問題になるのが、どのような作業が②の「軽微作業」に該当し、どのくらいの期間が「ほどなく」に当たるのか、また、どのような業務が③の「現実的な可能性のある他の業務」に当たるのか、といった点である。以下、それぞれについて説明する。 3 上記判断基準②について 私傷病休職中の従業員から「週〇日勤務であれば復職可能」などと、業務量の軽減等を条件として復職可能である旨の診断書が提出される場合がある。このような診断書を受け取った会社等においては、どこまで業務量を軽減しなければならないのか。また、どのくらいの期間業務量を軽減しなければならないのか。 この点、あくまで目安ではあるが、以下のように考えられるのではないかと思われる。 以下、独立行政法人N事件によると、従前の半分程度の業務量では実質的には休職しているようなものであるということなので、従前の半分以下の業務量の場合は「軽微業務」には当たらないと解釈することができると思われる。 また、以下独立行政法人N事件および北産機工事件によると、職務に従事しながら2~3か月程度の期間をみることによって完全に復帰できるような場合には「ほどなく」に当たるものの、半年も待つ必要はない、ということになるのではないかと思われる。 4 上記判断基準③について 私傷病休職者から「〇〇業務であれば復職可能」などと、従前の業務と異なる業務での復職の申出がなされることがあるが、会社等においては当該休職者に就かせることを想定していなかった業務への申出であったりして、困惑することも少なくない。このような場合、どのような業務が「現実的に可能性のある他の業務」に当たるのかが問題となる。 (1) 「現実的な可能性のある他の業務」の判断要素 「現実的な可能性のある他の業務」か否かの判断にあたっては、以下の点が考慮される(前掲片山組事件)。 以上の判断要素を踏まえたうえで、「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高い業務の例は以下のとおりである。 (2) 「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高い業務の例 ① 採用時に想定されていない業務 以下の裁判例に照らすと、専門職として採用された従業員等について、採用時に従事させることが想定されていなかった非専門職は「現実的な可能性のある他の業務」には当たらないと判断される可能性が高い。 もっとも、採用時に想定されていない業務であっても、採用後に従事させたことがある業務については「現実的な可能性のある他の業務」に該当すると判断される可能性があることに注意が必要である。 ② 前例のない配転先の業務 以下の裁判例に照らすと、申出がなされた業務への配転が前例のないものである場合も、「現実的な可能性のある他の業務」に当たらない可能性が高いと思われる。 ③ その時点で会社等に存在しない業務 以下の裁判例に照らすと、外注に出している業務について外注先との契約を解消して私傷病休職者に提示するとか、空きがなく、空きが生じる見込みもない業務につき私傷病休職者のために空きを作り出して提示するといったことまでは求められない可能性が高いと思われる。 (了)
〈Q&A〉 税理士のための成年後見実務 【第23回】 「成年後見制度の改正」 ~任意後見制度の見直し~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 成年後見制度の改正議論では、任意後見制度について見直しがされると聞きました。どのような改正になるのでしょうか。 【A】 任意後見制度については、任意後見監督人の選任を必須としない案や、任意後見制度の開始の申立権者を広げる案、一定の申立権者にその申立てを義務付ける案など、任意後見制度の利用をしやすくし、より実効性を持たせる方向で改正議論が行われています。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 任意後見制度とは 任意後見制度とは、本人が元気なうちに任意後見人となって欲しい人(任意後見受任者)と任意後見契約を締結しておき、実際に本人の判断能力が衰えた場合には家庭裁判所に申立てを行って任意後見契約を発効させて、任意後見人が本人のために活動を行う制度です。法定後見制度では、本人が希望した候補者が成年後見人に選任されるとは限りませんが、任意後見制度の場合はほとんどの場合、任意後見受任者が任意後見人として活動することができます。いわば「後見人の予約」のような制度です。 任意後見制度は本人の希望する人に財産の管理等を任せることができるため、本人の意思を尊重するという観点からは好ましいといえます。 今回の改正では、任意後見制度の課題とされてきた点の見直しを行い、より利用しやすい制度への改正が議論されています。税理士は顧問先等の特定の顧客との信頼関係が構築されているため、顧客から「任意後見人になって欲しい」と依頼を受けることも多いと思われます。特に注目すべき改正点といえるでしょう。 2 任意後見監督人についての見直し 任意後見契約を発効させるためには、任意後見人の事務を監督する「任意後見監督人」の選任申立てを家庭裁判所に行う必要があります。よって、任意後見制度を利用するためには、任意後見監督人が必須です。これは家庭裁判所が直接監督を行うよりも、家庭裁判所の事務負担を軽減しつつ、実効性のある監督を実現することが可能となることなどが理由とされています。 しかし、任意後見監督人に支払う報酬が負担となることなどが任意後見制度の普及が進まない一因ともいわれていることから、家庭裁判所の判断により任意後見監督人を必須としないこともできるようにする改正が検討されています。 (※) 令和6年12月末時点の任意後見制度の利用者は、成年後見制度の全体の利用者が253,941人であるのに対して、2,795人に留まります。 3 申立権者の拡大と義務付け 任意後見制度の課題として任意後見契約を締結しているにも関わらず、本人の判断能力が衰えてからも申立権者が任意後見監督人の選任の申立てがなされず効力が生じないままになっている事例が少なくないといわれています。 これは、任意後見受任者の制度理解が不十分であることや、任意後見監督人に支払う報酬を考えて躊躇しているなど様々な理由が考えられますが、適切なタイミングで任意後見制度の利用が開始されなければ本人の意向に反することにもなりますし、十分に保護ができなくなる可能性もあります。 そこで改正議論では、申立権者を現行法の定める「本人」、「配偶者」、「四親等内の親族」、「任意後見受任者」から拡大し、任意後見契約書において指定した者を申立権者に加える案や、市町村長等の公的機関に申立権を認める案などが議論されています。また、任意後見受任者等の一部の申立権者に申立てを義務付けることなども検討されています。 4 任意後見制度と法定後見制度の併存 現行法では任意後見制度を利用している者が、法定後見制度を同時に利用することはできません。現行法では任意後見制度を利用している場合において、任意後見契約で設定した任意後見人の権限が不足しているときは、任意後見制度を終了させて法定後見制度の利用に切り替えを行うケースがあります。 今回の改正では法定後見制度を特定の法律行為について保護者に権限を付与する仕組みとする案も検討されていますが(本連載【第21回】参照)、この案が採用された場合には任意後見人の不足する権限について、法定後見制度において保護者に付与することも可能となるため、任意後見制度と法定後見制度の併存を可能とすることも議論されています。 【現行法】 【改正議論】 (了)
2025年10月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.638を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。