〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第66回】 「みずほ銀行事件 (地判令3.3.16、高判令4.3.10、最判令5.11.6) (その2)」 ~旧租税特別措置法66条の6第1項、 旧租税特別措置法施行令39条の16第1項・2項1号~ 税理士 松田 祐弥 4 当事者の主張 (1) Xの主張 ◎措置法施行令39条の16第1項及び第2項1号の解釈 (2) Yの主張 5 判決(※2) (※2) 木山泰嗣「措置法施行令に委任範囲の逸脱はないとしてオーバー・インクルージョン(過剰包摂)に対してタックス・ヘイブン対策税制を適用することが認められた事例」税経通信79巻5号(2024年)158頁 最高裁は、「本件では、・・・本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱するか否かが問題となる」と問題提起した上で、以下の通り判示した。 ◎本件規定の内容が一般に委任規定の趣旨に適合するか ◎本件に本件規定を適用することが委任の範囲を逸脱するか 最高裁は、以上のように判示して、本件規定を適用することができないとした東京高裁の判断には本件委任規定の解釈適用を誤った違法があるとし、Xの処分取消しの訴えを棄却した。 6 評釈 ◎最高裁判決の判断及び意義について (※3) 神山弘行「タックス・ヘイブン対策税制の趣旨と委任命令の適法性」ジュリスト1601号(2024年)120頁 (※4) 木山・前掲(※2)163頁 (※5) 宮本十至子「タックス・ヘイブン対策税制における請求権勘案保有株式等保有割合の判定」新・判例解説Watch184号(2024年)3頁 ◎事業年度終了日を基準日とする規定について (※6) 宮本・前掲(※5)3頁 (※7) 一高龍司「タックス・ヘイブン対策税制における委任命令の適用が肯定された判例」ジュリスト1594号(2024年)11頁 ◎最高裁判決が論拠とした回避可能性について (※8) 一高・前掲(※7)11頁 (※9) 長島弘「ケイマン諸島ダブルSPCに関するTH課税事件(その3)」税務事例55巻12号(2023年)46頁 ◎政令への委任について (※10) 長島・前掲(※9)45頁 (※11) 木山・前掲(※2)164頁 7 私見 平成21年度税制改正において、タックス・ヘイブン対策税制は、従来の留保所得金額に対して課税をする仕組みから発生所得金額に対して課税をする仕組みに変更した(※12)。また課税所得と納税資金は必ずしも一致するものではない点はしばしば問題となるものの、納税者の資金繰りと課税が別次元で行われることを考慮すると、本件における課税は妥当なものと考える。 (※12) 霞晴久氏・朝長英樹氏によると、本件は、平成17年度税制改正によって課税されるようになったものではなく、同改正後の平成21年度税制改正によって課税されるようになったものであるから、平成21年度税制改正による発生所得金額に課税をするという仕組みに改める法律改正自体の内容を争点とし、違憲立法審査を求めるべきであった(日本税制研究所「みずほ銀行事件の検証」)。 一方で、草野耕一裁判長が補足意見の中で述べているように、「本件委任規定を受けて設けられた本件規定について子細にみてみると、いささか精緻さに乏しいとの見方ができることは否定し難い。」との指摘も重要である。特に、本件においてX社は、偶然生じた状況により、実質的な利益を得ていないにもかかわらず、形式的な基準に基づいて課税が行われたことは、やや過酷な結果を招いたことも否定できない。タックス・ヘイブン対策税制が、租税回避の防止を目的とするものである以上、形式的な基準ではなく、実質的な担税力を基準に課税が行われるべきである。 租税法律主義の下、租税法においては厳格な文理解釈が要求される以上、本件のような不合理な結果を回避するために、発生所得と留保所得の概念をより精緻に区別したうえで、納税者の実質的な担税力に基づく課税が行われるよう、立法による救済措置が必要であると考える。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第165回】 株式会社プロトコーポレーション 「特別調査委員会調査報告書(公表版)(2024年12月10日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社プロトコーポレーション特別調査委員会の概要】 【株式会社プロトコーポレーションの概要】 株式会社プロトコーポレーション(以下「プロト社」と略称する)は、1977(昭和52)年10月創業、会社設立は1979年6月。設立時の社名は株式会社プロジェクトエイト。1991年2月、現社名に商号変更。新車・中古車、パーツ・用品等をはじめとしたモビリティ関連情報並びに生活関連情報サービスの提供を主たる事業とする。 グループ会社は、国内連結子会社9社、持分法適用関連会社1社となっている。連結売上高115,548百万円、連結経常利益8,274百万円、資本金1,849百万円。従業員数1,523名(2024年3月期実績)。本店所在地は愛知県名古屋市中区。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人は、有限責任あずさ監査法人名古屋事務所(以下、「あずさ監査法人」と略称する)。 【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 プロト社は2024年5月、Pc事業部に所属する課長職の社員であったX氏(同年11月30日付けで懲戒解雇。以下「元社員X氏」という)による一部取引において、売掛金が未回収となる事案が発生したことを受けて、元社員X氏に事情を確認し、事実関係の確認を進めた結果、元社員X氏が2016年頃より架空取引(役務提供の裏付けができないままに取引先等と送受金がなされている取引)を行い、プロト社において一定の規模で取引先に対する架空の売上及び売上原価が計上されている疑いがあることを把握した。 プロト社は、社内調査によって本件事案の概要が判明してきたものの、本件事案の全容解明の必要性や同種又は類似事案の確認の必要性の観点から、さらに徹底して網羅的な調査を行うため、2024年10月18日開催の取締役会の決議によって、利害関係を有さない弁護士及び公認会計士により構成される特別調査委員会を設置した。 同日付で適時開示した、「特別調査委員会設置及び2025年3月期第2四半期決算発表延期に関するお知らせ」において、プロト社は、その時点において、本件事案に係る期間は2016年7月から2024年3月、本件事案に係る架空の売上は1,831百万円、架空の売上原価は1,978百万円と認識していると公表している。 2 特別調査委員会が認定した事実関係による調査結果の概要 (1) 調査結果の概要 特別調査委員会は、本件事案を調査した結果、元社員X氏が中古車領域の事業に関連して2013年1月頃から長期間にわたりA社に対する架空売上を計上する取引を継続し、同取引の外注先への支払いの名目で支出した資金を原資としてA社に対する売掛金の回収を偽装するスキームによる不正(本件不正)を行っていた事実を認めるとともに、元社員X氏以外に本件不正に関与した役職員は存在せず、本件不正は、元社員X氏が単独で実行した不正であり、組織的な不正とは認められないという判断を示した。 さらに社内調査により、プロト社は、本件事案に係る期間は2016年7月から2024年3月、本件事案に係る架空の売上は1,831百万円、架空の売上原価1,978百万円と認識していたが、特別調査委員会は、プロト社の会計帳簿及び銀行口座取引明細上で確認することができる本件不正の開始時期は2014年8月であり、架空売上は1,959百万円、架空売上原価は2,130百万円であると認定した。 (2) 本件不正のスキーム 特別調査委員会の調査によれば、元社員X氏は、従前からA社を担当していて良好な関係を構築していたこと、既存の正常な取引の規模が大きく、他に担当者がおらず不正が露見しにくいことなどから、A社からの印刷物等の受注案件の名目で架空売上を計上することとして、元社員X氏は、Pa事業部から印刷物等を外注する大口の外注先として良好な関係を構築していたB社に対して、外注先への支払いの名目で支出した資金をプロト社に還流させることによって、A社に対する架空売上の売掛金の回収を偽装することとした。 しかし、A社の受注案件の外注先の支払いの名目で支払った資金について、A社の振込名義でB社が直接プロト社に振り込んで返金する資金移動は不自然であることから、懇意にしていたC社のC1氏に本件不正を告げずに資金移動の協力を相談し、B社に対して当社が支出した資金をB社からC社を介在させてA社の名義でプロト社に振り込むことにより、A社に対する売掛金の回収を偽装することとした。 具体的な手順は次のとおりである。 以上の方法により、プロト社のA社に対する架空売上の売掛金の回収を偽装し、売上計上から翌々月に資金の回収を図っていた。 3 特別調査委員会による発生原因の分析(調査報告書45ページ以下) 特別調査委員会は、本件不正の発生原因の分析として、不正のトライアングル理論に基づく分析を行うとともに、本件不正が長期間に及んで継続されたことを踏まえ、本件不正の未然防止及び早期発見を妨げた要因の観点からの原因分析を行っている。 (1) 不正のトライアングル理論に基づく分析 ① 動機 特別調査委員会は、元社員X氏に対するヒアリング結果をもとに、本件不正の動機について、Pa事業部の売上予算達成のプレッシャーを感じた元社員X氏が売上予算の達成を意図して実行したものであり、Pc事業部に異動後は発覚を免れるために継続したものと認められるとしたものの、本件不正の動機の背景として、プロト社全体において、売上予算達成に対する「過度」なプレッシャーが存在して、営業部門による不正や非倫理的行為を誘発するような組織風土的な土壌が形成されていたとまでは認めがたい、という判断を示している。 ② 機会 特別調査委員会は、元社員X氏が本件不正を実行することができた機会について、次の3点を指摘している。 ③ 正当化事由 特別調査委員会は、元社員X氏は、本件不正で売上を嵩上げする取引が許されないことは理解しながらも、当社における売上予算達成の強いプレッシャーやストレスから逃れるための手段として、本件不正を正当化したと分析したうえで、元社員X氏が売上予算達成のプレッシャーを感じていたことは否定しがたいものの、営業部門による不正や非倫理的行為を誘発するような組織風土的な土壌が形成されていたとまでは認めがたいとの判断を繰り返し述べている。 (2) 未然防止・早期発見を妨げた要因の分析 次いで、特別調査委員会は、元社員X氏による本件不正が長く続いた原因分析として、以下の3点を挙げている。 この中では、②売上と支払いの紐づけの問題について、特別調査委員会の分析を見ておきたい。特別調査委員会は、プロト社a支社経理担当者は、2022年3月期からの会計上の新しい収益認識基準の適用に向けた検討の過程において、経理が売上と仕入を紐づけて把握できる範囲において、本件事案の売上金額が大きいにもかかわらず、利益率が低い取引に見える点などに問題意識を持ち、元社員X氏がPa事業部の事業部長を務めていた頃から、質問等を行っていたことを挙げて、売上と支払いとの紐づけが完全にできていれば本件事案は明らかな異常取引としてより早期に事実確認等が行われて本件不正の早期発見に至った可能性があると指摘している。 4 特別調査委員会による再発防止策の提言(調査報告書49ページ以下) 特別調査委員会は、上記の原因分析を踏まえて、以下の8項目からなる再発防止策を提言している。 具体的な提言内容をいくつか見ておきたい。 まず、「(5)経理・財務部門の牽制機能の強化」として、特別調査委員会は、現状でも、利益率の低い取引のモニタリングは行われているところであるが、よりモニタリングの実効性を向上させるため、請求書チェックリストの売上と仕入の紐づけを厳格に行う仕組みの導入を検討すべきであるとしたうえで、さらに、経理が仮想口座への入金時に顧客以外の第三者からの振込みを抽出して振込元の妥当性の確認を行う手続を導入することも検討に値するとして、再発防止の観点では、経理部門のリスク管理の第2線としての牽制機能を強化するための取組みを行うことが重要であるとまとめている。 次いで、「(6)内部監査の体制強化」として、特別調査委員会は、本件事案について、ガバナンス統括室が実施する内部監査が懸念事項として指摘・指導等を行った形跡はなく、本件不正のような外部の取引先が関与したスキームの不正を内部監査の手続で発見することは容易ではないと指摘したうえで、本件事案の発覚時において、ガバナンス統括室で内部監査に従事する専任者は1名のみであり、リソースが十分とは言いがたい状況にあったと分析して、リソースの十分性について継続的な検証を行ったうえ、必要に応じて内部監査のさらなる体制強化を検討することが望ましいとしたうえで、外部専門家の支援を得ながら監査手法を開発するなどして一定の知見を蓄積してから社内の人員で自走するといった方法で内部監査を強化することも考えられると提言している。 さらに、「(7)リスク情報の集約と分析の高度化」については、特別調査委員会は、本件不正の発覚までの経緯では、2024年5月に元社員X氏が行方不明になって以降、事業部の事実確認や管理部門の調査を経て、同年7月下旬には、本件事案による売上・売上原価の金額の概要が把握されて経理・財務担当の取締役や執行役員への報告も行われたが、同年10月にあずさ監査法人に報告が行われるまでに相当な時間が経過していると指摘し、上場会社として決算や監査の対応への影響は金額が固まってからという発想で後手に回ったことは否定できず、この点は、リスク情報の集約・共有や分析が必ずしも十分でなかったとも評価したうえで、プロト社では、各部門にリスク管理責任者が置かれてリスク管理体制を構築しているが、リスク管理が分断化されて全社的なリスク管理としては十分に機能していない可能性が考えられるため、リスク情報を集約して分析する専門の部署を設置することも検討に値するという提言を行っている。 【調査報告書の特徴】 プロト社のサイトにある「企業概要」では、正規雇用労働者の採用者数に占める中途採用者数の割合である「中途採用比率」が過去3年分明記され、2023年度は78.9%になるなど、ほぼ80%前後で推移していることが紹介されている。 今回、売掛金の未回収発生をきっかけに不正が発覚した元社員X氏もまた、1998年10月、プロト社に一般社員として中途入社した後、2015年9月には事業部長にまで昇格している。特別調査委員会は、元社員X氏による不正の始期を2014年8月としているが、その時期は、X氏が課長から事業部長へ昇進するための実績が必要であった時期と重なっているようである。 特別調査委員会の原因分析によれば、売上予算達成のプレッシャーを感じた元社員X氏が売上予算の達成を意図して実行した架空取引は、その後は発覚を免れるために10年近くも継続していたものであるが、他方で、特別調査委員会による調査を通じて、横領や着服等は認められなかったとのことで、めずらしい不正となっている。 特別調査委員会による原因分析のうち、元社員X氏による本件不正が長く続いた原因について、筆者なりに補足してみたい。本件不正の特徴と、特徴から考えられる架空取引が長く続いた理由は、以下のとおりまとめられるのではないか。 調査報告書公表後のプロト社の対応をまとめておきたい。 1 プロト社による再発防止策 プロト社は2024年12月20日、「特別調査委員会の調査結果を受けた再発防止策の策定に関するお知らせ」をリリースして、特別調査委員会の提言にほぼ即した形で、再発防止策を公表した。 特別調査委員会の再発防止策の提言で取り上げた項目について、プロト社の取組み姿勢を検証しておきたい。 まず、「(4)経理・財務部門の牽制機能の強化」については、プロト社は、毎月実施する「①請求書チェックリストの運用強化」として、経理財務部は、請求書チェックリストの情報を集約・一覧化したうえで、事業部に対して採算面で是正すべき取引がないかの確認を行い、毎月、事後的に請求書チェックリストの記載の正確性について検証を行うこと、さらに「②売掛金回収時の振込元の妥当性確認」として、経理財務部は、四半期毎に、取引先からの振込情報を集約し、疑義のある振込を認識した場合は、個別に取引先への確認を行うこととしている。 次いで「(5)内部監査の体制強化」については、プロト社は内部監査を担当するガバナンス統括室において、2024年12月1日付で営業に精通した人材を専任者として1名増員(現在専任者2名)し、より多面的・立体的に内部監査を行える体制をすでに構築しており、また、新たな内部監査の取組みとして、取引実績や取引状況等を勘案して抽出した大口取引先に関し、担当者にヒアリング等を行い、複数担当者の取組みが適切に運用されているかどうかのチェックを実施すること、購買取引について、役務提供の証跡となる取引証憑等の収集・保管が確実に行われているかをもチェック対象とすること及び経理財務部で集約・一覧化された請求書チェックリストの情報及び個別の請求書チェックリストに基づき、極端に採算性が低い取引や赤字となっている取引、売上と紐づかない費用で内容が不明なものについて、個別に状況の確認をすることを内部監査業務として追加するとともに、ガバナンス統括室のリソース・知見の十分性については継続的な検証を行うこととしている。 なお、特別調査委員会が提言した「(7)リスク情報の集約と分析の高度化」に直接関係する再発防止策について、プロト社の再発防止策には言及がない。 2 役員報酬の自主返上と役員人事 プロト社は、再発防止策の公表と同日において、「役員報酬の一部返上に関するお知らせ」をリリースして、創業者である代表取締役会長横山博一氏及び代表取締役社長神谷健司氏については、2025年1月から2025年3月までの3ヶ月、月額報酬の30%を返上することをはじめ、他の社内取締役6名についても、役員報酬の一部を返上することを公表した。 3 特別調査費用引当金の繰入れ 上記のリリースと同日、プロト社が公表した「2025年3月期第2四半期(中間期)決算短信」によると、損益計算書の特別損失として、特別調査費用等引当金繰入額336百万円が計上され、貸借対照表の流動負債の部にも、同額の特別調査費用等引当金が計上されている。この金額は、2025年2月4日公表の「第3四半期決算短信」では、損益計算書における特別損失の特別調査費用が368百万円と増額されているが、貸借対照表の流動負債の部には引当金等の記載はないことから、調査費用等の支払は完了しているようである。 4 MBO実施の判断 プロト社は、第3四半期決算短信の公表と同日、「MBOの実施及び応募の推奨に関するお知らせ」をリリースして、プロト社取締役会が、マネジメントバイアウトの一環として、創業者であり、プロト社の代表取締役会長横山博一氏一族の資産管理会社であり、プロト社株式を33.70%所有する株式会社夢現の100%子会社であり、横山博一氏が代表取締役を務める株式会社フォーサイトを公開買付者とするプロト社の普通株式の買付けに関して、賛同の意見を表明するとともに、株主に対して公開買付けへの応募を推奨することについて決議したことを公表した。 マネジメントバイアウトにより株式の上場を廃止することに至った理由は、同リリースでさまざまに説明されているが、気になった項目を1つだけ抜粋しておきたい(同リリース9ページ)。 あらためて、何を目的に、誰のために、株式の上場を維持するのかを考えさせられる記述である。 (了)
〔業種別Q&A〕 労使間トラブル事例と会社対応 【第1回】 〈製造業〉 〔Q1〕 「工場内で労働者に労働災害が生じた場合のリスクと対応」 弁護士法人 ロア・ユナイテッド法律事務所 パートナー弁護士 中野 博和 〈製造業の特徴と特有の労務問題〉 1 製造業の特徴 製造業は、新たな製品の製造加工を行い、これを卸売する業種です。製造業における製品は、機械製品、金属製品、電子部品、化学製品など様々です。 日本の労働総人口約6,700万人に対し、1,000万人以上が製造業に就業しており、製造業は日本経済の中心ともいえる産業です。 2 製造業特有の労務問題 (1) 労働災害(労災) 製造業では、製品の製造過程での事故や、長時間労働に伴う過労死・過労自殺などが起こりやすい傾向にあります。 労災が発生した場合、労働者側から安全配慮義務違反等を根拠に多額の損害賠償請求がなされることがあります。 (2) 情報管理 製造業では、製品の情報や製造のノウハウなどが外部に漏れてしまうと、模倣品が製造される等により損害が生じかねませんので、これらの情報を外部に漏らさないように対策をしておく必要があります。 (3) 雇用形態の多様性 製造業は、一般的に人手不足であると言われていますので、派遣社員などを受け入れたりしているところも多い傾向にあります。 形式的には請負や業務委託契約としていても、実質的には注文者が直接指揮命令をしている場合には偽装請負となり違法となってしまいます。 (4) 工場閉鎖に伴う人員整理 採算の取れない工場を閉鎖する場合には、これに伴い、その工場で働いていた従業員を解雇することもあり得ます。 このような経営上の理由による解雇(整理解雇)は、従業員には落ち度がないにもかかわらず行われるものであるため、法的に有効であるか否かは厳格に判断されます。 【Q】 当社の工場内で労働者の転落事故が発生してしまいました。事故後の対応や、今後問題となり得る法的リスクを教えてください。 【A】 被災者本人を病院へ連れて行き、治療を受けてもらうことが最優先です。法的リスクとしては、損害賠償請求を受けるリスクや刑事罰を受けるリスクなどがあります。 ▲ ▼ ▲ 解 説 ▲ ▼ ▲ 1 事故後の対応 事故が発生してしまった場合には、何よりもまず先に救急車を呼ぶなどして被災者本人を病院へ連れて行き、治療を受けてもらうことが最優先である。また、同時並行で被災者の家族にも連絡をとるようにする必要がある。その後は、被災者のお見舞いに行ったり、また、万が一被災者が亡くなってしまった場合には葬儀等の法事に参列したりするなど、被災者やその家族に対し、誠意を持った対応をするべきである。 会社は、従業員が労災により亡くなったり、休業したりしたときは、遅滞なく、所轄の労基署長に死傷病報告書を提出する必要がある(労働安全衛生法100条、労働安全衛生規則97条)。なお、就業中又は事業場内などにおける負傷、窒息又は急性中毒による場合には、労災でないときであっても死傷病報告書を提出しなければならない。 この死傷病報告書を提出しない場合や虚偽の内容の報告書を提出した場合には、いわゆる「労災隠し」として50万円以下の罰金に処せられる可能性があるため、注意が必要である(労働安全衛生法120 条、122 条)。 なお、当該事故が労災であるかについて判断し難く、死傷病報告書を提出しなければならないかが判断できない場合には、労基署に事故の状況等について説明・報告した上で、報告書の提出の要否等の対応について相談するべきである。 2 労働災害が発生した場合の会社側のリスク (1) 損害賠償請求のリスク 労災認定がなされた場合、被災者等には国から労災保険が支給されるが、労災保険は全ての損害をカバーするものではない。そのため、労災が起きてしまった場合、労災認定後に会社に対して損害賠償請求がなされることが多い。会社に安全配慮義務違反が認められれば、場合によっては、億単位の損害賠償請求が認められることもある。 なお、被災者が下請会社の従業員など直接の雇用契約関係がない場合においても、会社が被災者に対して安全配慮義務を負う場合もあるため、このような場合にも、損害賠償請求が認められる可能性がある点には注意が必要である。 (2) 刑事罰のリスク 事故が会社の過失によって発生してしまったような場合には業務上過失致死傷罪(刑法211条)が成立し、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処されるリスクがある。 また、会社が、従業員の危険又は健康障害を防止するための措置を講ずることを怠った場合には、労働安全衛生法違反(同法116条など)として刑事罰に処されるリスクがある。なお、会社が死傷病報告書の提出を怠るといわゆる労災隠しとして刑事罰の対象になることはすでに述べたとおりである。 (3) 行政上のリスク 100人以上の従業員を雇用している会社などでは、労災の多さに応じて、一定の範囲内で労災保険率や労災保険料額が増減される(メリット制)。そのため、メリット制が適用される会社において、労災が発生してしまった場合、労災保険率や労災保険料額が引き上げられることがある。 また、国や地方公共団体などから許可等を得て業務を行っている会社においては、業務停止や許可等の取消しなどがなされることもあり得る。 さらに、国や地方公共団体などからの業務を受注する際の入札において、指名停止、指名回避などがなされることもあり得る。 3 安全配慮義務について (1) 使用者の安全配慮義務 雇用主である使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をしなければならない(労働契約法5条)。安全配慮義務違反によって事故が発生してしまった場合には、すでに述べたとおり、被災者等に対して損害賠償をしなければならない。 なお、労働契約か否かは働き方等の実態を見て判断されるため、契約書が「業務委託契約」という名称であっても、実態からして労働契約であると判断されれば、安全配慮義務を負うこととなる。 (2) 使用者以外の者が安全配慮義務を問われる可能性 ア はじめに 労働契約を締結している場合だけでなく、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として信義則上安全配慮義務を負う(陸上自衛隊八戸車両整備工場事件・最三小判昭和50年2月25日労判222号13頁)。そのため、特別な社会的接触関係が認められれば、直接の雇用主でなくとも、安全配慮義務を負うことになる。 イ 元請企業と下請労働者 下請労働者は、下請企業との間で労働契約を締結しているにすぎず、元請企業との間で直接の労働契約関係はない。そのため、元請企業は、下請労働者に対して安全配慮義務を負わないのが通常である。 もっとも、上記のとおり、元請企業と下請労働者との間に特別な社会的接触関係が認められれば、元請企業も下請労働者に対して安全配慮義務を負うことがある。 特別な社会的接触関係の有無についての具体的な判断基準としては、「元請人の管理する設備、工具等を用いていたか、労働者が事実上元請人の指揮、監督を受けて稼働していたか、労働者の作業内容と元請人の作業員のそれとの類似性等の事情に着目して判断する」(日本総合住生活ほか事件・東京高判平成30年4月26日労判1206号46頁)こととなるものと考えられる。 ウ 派遣先企業と派遣労働者 派遣元企業は、派遣労働者との間で労働契約を締結しているため、労働契約法5条に基づき安全配慮義務を負う一方で、派遣先企業は、派遣労働者との間で労働契約を締結していないため、同条は適用されない。 もっとも、労働者派遣においては、派遣労働者は派遣先企業が管理する事業場等で派遣先企業の指揮命令に従って業務に従事するのが通常である。このような場合には、特別な社会的接触関係が認められ、派遣先が、当該派遣労働者に対して安全配慮義務を負うことも多い。なお、派遣先と派遣元双方の安全配慮義務違反を認めた裁判例として、アテスト(ニコン熊谷製作所)事件(東京地判平成17年3月31日労判894号21頁)がある。 エ 出向先企業と出向労働者 出向においては、出向元企業と出向労働者との間だけでなく、出向先企業と出向労働者との間にも労働契約関係が成立しているものと考えられている。 そのため、出向元企業及び出向先企業いずれも労働契約法5条に基づき安全配慮義務を負うのではないかとも考えられる。 この点につき、JFEスチール(JFEシステムズ)事件(東京地判平成20年12月8日労判981号76頁)では、具体的な労務提供、指揮命令関係の実態から、出向労働者に対する安全配慮義務は、第一次的には出向先企業が負い、出向元企業は、人事考課表等の資料や出向労働者からの申告等により、出向労働者の長時間労働等の具体的な問題を認識し、又は認識し得た場合に、これに対する適切な措置を講ずるべき義務を負うものとされている。 したがって、必ずしも出向元企業及び出向先企業の双方が安全配慮義務を負うわけではない。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第24回】 「自然災害等による休業に伴う賃金の支払義務」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 自然災害や交通機関の計画運休により、事業所が休業を余儀なくされる場合があります。 今回は、事業所が休業した場合の賃金の支払義務について解説します。 * * 解 説 * * 1 休業手当の支払義務 事業所の休業に関して、労働基準法では、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の賃金を支払わなければならない。」と規定されています(労働基準法第26条)。 ただし、天災事変等の不可抗力の場合は、使用者の責に帰すべき事由に当たらず、使用者に休業手当の支払義務は生じません。 ここで「不可抗力」とは、次の2つの要件を満たす場合をいいます。 2 大雪や台風等による休業が不可抗力に当たるか否かの判断 下記に該当する場合による休業は、不可抗力によるものと評価され、休業手当の支給は不要となります。なお、不可抗力に当たるか否かは、あくまでも「当日の状況」で判断します。 したがって、大雪や台風等の影響はほとんどなく、業務を行うことが十分可能な場合には、不可抗力とは認められず、休業手当の支払いが必要になります。 3 その他の休業の場合 ① 労働者の出勤が可能な場合 大雪や台風等の影響はあったが、出勤可能な労働者にまで命じた休業については、不可抗力に当たらず、使用者の責めに帰すべき事由による休業となる可能性が高いです。 ② 労働者が自己判断で休業する場合 休業を命じず、労働者の自己判断で出勤しなかった場合は、出勤が可能・不可能な場合に限らず、通常の欠勤扱いになり、賃金の支払義務は生じません。 ③ 会社が安全のために災害予防措置として休業させる場合 不可抗力には当たらない状況で、労働者の安全のために休業させた場合は、休業手当の支払いが必要になります。 4 労働者の安全に配慮 休業が不可抗力によるものと評価されるか否かにかかわらず、休業を命じない場合は、休業手当の必要はありません。 しかし、悪天候の中、出勤をすることは、災害(通勤災害等)が生じる可能性もあります。 事業所は、状況により、休業を命じるなど、労働者の安全に配慮しなければなりません。 5 就業規則の規定 自然災害による休業手当の支払義務等は上記のとおりですが、労働者とのトラブルを回避するためにも、就業規則で規定しておくことが大切です。下記の就業規則例を参考にしてください。 〈就業規則例〉 【大雪、台風、集中豪雨等による臨時休業】 【計画運休等による臨時休業】 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例102】 株式会社日本取引所グループ 「独立社外取締役による調査検証委員会の調査報告書の公表について」 (2025.1.30) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社日本取引所グループ(以下「JPX」という)が2025年1月30日に開示した「独立社外取締役による調査検証委員会の調査報告書の公表について」である。 同社は、社員によるインサイダー取引規制違反があったため(本稿執筆時点では「インサイダー取引規制違反」ではなく「インサイダー取引規制違反の疑い」とするのが適切かと思われるが)、その発生原因の究明と再発防止策の評価を目的とした独立社外取締役による調査検証委員会を設置していた(2024年10月29日に「独立社外取締役による調査検証委員会の設置について」を開示)。今回の開示は、その調査報告書を公表するというものである。 なお、インサイダー取引規制に違反した社員(以下「元社員」という)は、証券取引等監視委員会から東京地方検察庁に告発され、JPXを懲戒解雇されている(2024年12月23日に「証券取引等監視委員会による当社グループの元社員に係る告発について」を開示)。 2 1ヶ月遅れの開示 「独立社外取締役による調査検証委員会の設置について」には、次のような記載がある(下線は筆者による)。 JPXが「独立社外取締役による調査検証委員会の設置について」を開示したのは2024年10月29日だが、調査検証委員会を設置したのはその1か月ほど前の9月27日であったとされている。 JPXはなぜ設置を決定した日に開示しなかったのだろうか。同社による開示は本連載の【事例52】でも取り上げたが、同社の適時開示に対する姿勢は当時と変わっていないようである。 3 独立社外取締役による調査委員会設置への疑問 本事例における調査検証委員会は、「第三者委員会」ではなく、「独立社外取締役」によるものである。 この点について、「独立社外取締役による調査検証委員会の調査報告書の公表について」に添付された調査報告書(以下「調査報告書」という)には、次のような記載がある。 本事例が前例となり、今後、不祥事を起こした上場会社が、同様の理由を用いて第三者委員会の設置を避けることにならないか懸念される。 また、次のような記載もある。 上記をそのまま解釈すると、第三者委員会による客観的で詳細な調査よりも、利益の確保の方が重要とも捉えられかねない記述である。 皮肉だが、最近では頻繁に上場会社に対し「資本コストや株価を意識した経営」として「利益増大と株価上昇」を求めている東京証券取引所(以下「東証」という)の親会社らしいといえるかもしれない。 4 性善説に立った情報管理体制 調査報告書は、インサイダー取引規制違反が生じた原因として、JPXと東証の組織上の問題点をいくつか指摘しているが、そのうち最も重大なのは、インサイダー情報の共有範囲が広すぎたことである。 元社員は、東証の上場部開示業務室、すなわちまさに適時開示を担当する部署に所属していたのだが、東証の上場部の全員(2024年10月1日時点で82名が在籍)が全ての上場会社のインサイダー情報を共有していたというのである(さらに他の部署でも共有)。 そもそもインサイダー取引規制違反は、インサイダー情報を知らなければ生じ得ない。インサイダー情報の漏洩、そして、インサイダー取引の発生を防止するためには、インサイダー情報に接することができる人物を可能な限り少なくする必要がある。インサイダー情報の共有範囲を絞ることは、全ての上場会社がまず行わなければならない対策である。 本来、JPXと東証はその見本にならなければならないはずだが、そうではなかった。 調査報告書はその理由について、次のように記載している(「TSE」は東証)。 どのような組織でも、性善説に立った管理体制をとることはできないはずである。 5 社員の意識や私生活まで把握することの困難性 調査報告書では、なぜ元社員がインサイダー取引規制違反を犯そうと思ったのか、という動機については検証されていない。元社員によるインサイダー取引規制違反は、元社員が彼の父親にインサイダー情報、具体的には未公表のTOB(株式公開買付け)に関する情報を伝えたというものである。2024年12月26日付日本経済新聞には、次のような記事がある(「正人被告」は元社員の父親)。 この記事の内容が事実であれば元社員への同情の念を禁じ得ず、ある意味、元社員自身も被害者であったという側面もあろう。 元社員は、大学卒業後、2021年にJPXに入社している。調査報告書には、元社員の勤務状況について次のような記載がある(「調査対象者」は元社員)。真面目な人物であったことがうかがえる。 なお、JPXは今回の件を踏まえていくつかの再発防止策を策定しており、調査報告書にそれらが記載されている。次の記載はそのうちの1つである(下線は筆者による)が、社員の意識や私生活を把握することは、企業にとって非常にハードルが高いものと思われる。 (了)
プラス思考の経済効果 【第33回】 「佐々木朗希投手のドジャース入団の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 2025年1月18日(日本時間)に元千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手は、本人の希望通りMLBに行くことが決まりました。契約金は約650万ドル(約10億1,600万円:直近の為替レートで1ドル=156.3円)と言われています。 所属球団は、あの大谷翔平選手、山本由伸投手が在籍するロサンゼルス・ドジャースです。これでドジャースファンの日本人はもちろんのこと、アメリカ人も昨年以上に2025年のドジャースの試合に足を運ぶとともに、テレビなどでも応援することでしょう。 本レポートでは2025年の佐々木投手のドジャース入団における経済効果を推計しました。 2 経済効果の計算の基になる直接効果の項目 佐々木投手のドジャース入団による経済効果の計算の基になる直接効果は、以下の8項目です。 3 佐々木投手の直接効果の内訳 (1) アメリカ国内の直接効果 ① 球場(本拠地・ビジター)の観客増加による消費増加額 (イ) 本拠地(ドジャー・スタジアム)における観客増加数 ロサンゼルス・ドジャースは2024年の主催ゲームにおいて、2023年の約383万7,079人(1試合平均で4万7,371人)を上回るMLB第1位の約394万1,251人(1試合平均で4万8,657人)の観客数を集めました。 佐々木投手が本拠地で約13試合に登板して、1試合で約2%にあたる約973人の観客を集めると仮定しますと、合計で約1万2,651人の観客を集めることになります。そして、ドジャー・スタジアムにおける家族4人の消費額は約5万3,781円ですので、合計約1億7,010万円の消費増加額となります。 (ロ) ビジターゲームでの観客増加による消費増加額 次に、ビジターゲームでの観客増加数を分析します。ビジターでは約10試合に登板して、合計7,252人の観客を集めると仮定します。つまり、約1,813組の4人家族を集めることになり、ビジターにおける4人家族の消費額は約4万1,512円ですので、合計約7,526万円となります。 (ハ) 増加した観客の消費増加額の総計 ホームゲームとビジターゲームの観客増加による消費増加額の総計は、約2億4,536万円となります。 ② 佐々木投手の年俸 佐々木投手はポスティングシステムを使ってドジャースと契約をしたので、25歳以上の選手のように高額の契約金を得ることはできませんでした。約650万ドル(直近の為替レートで約10億1,600万円)と言われています。 ③ 佐々木投手のスポンサー契約料(エンドースメントによる収入) 佐々木投手のスポンサー契約料は、現在の段階では未知数です。現段階では先物買いのスポンサー契約が入る程度であると想定して、約3億円と仮定します。 ④ 佐々木投手による放映権収入 筆者は、現在ではNHKは少なくとも年平均約8,000万ドル(直近の為替レートで1ドル=156.3円換算で約125億400万円)がMLBに支払われていると想定しています。そして、そのほとんどが大谷選手の放映であることを考えれば、少なくとも約70%の約5,600万ドル(約87億5,280万円:直近の為替レートで1ドル=156.3円換算)が大谷効果と言えるでしょう。 しかし2025年は、日本人のファンの大多数は佐々木投手のMLBでの初めての活躍を見たいと思っていると考えられますので、NHKにおけるMLBのテレビ放送のうち約10%は佐々木投手のファンであると想定します。つまり、12億5,040万円が佐々木効果であると想定することができます。 ⑤ 佐々木投手のグッズの売上高 佐々木投手のアメリカでのグッズの売上は未知数です。活躍すればグッズの売上は増えるでしょうが、現段階では約2億円程度であると仮定します。 ⑥ 球場などへの日本企業からの広告料 大谷選手がドジャースに移籍したことにより、ドジャースはドジャー・スタジアムに多額の広告収入を得ました。佐々木投手についても同様の現象が起こる可能があります。しかし現段階では、先物買いとして約3億円程度であると想定します。 ◆ ◆ ◆ 以上の計算より、アメリカ国内における佐々木投手の直接効果の総額は以下の通り、約33億1,176万円となります。 (2) 日本国内の直接効果 ① 佐々木投手応援観戦ツアーの売上高 ドジャースは人気球団であり、またロサンゼルスは大観光都市である上に、ユニバーサルスタジオハリウッド(USH)やディズニーランドに近いので、佐々木投手の応援に行く日本の野球ファンは年間約3,000人と想定します。そして、約1週間から10日間ロサンゼルスに滞在すると仮定します。 費用は、個人で行く安価な観戦旅行の場合は50万円前後であり、JALなどの旅行会社が主催する観光付き観戦ツアーは1人当たり80~100万円ですので、1人当たりの旅行金額を約80万円とすると、約24億円となります。 ② 佐々木投手のグッズの売上高 日本における佐々木投手のグッズの売上は、入団初年度のため、約2億円になると想定されています。 ◆ ◆ ◆ 以上の計算により、日本国内における佐々木投手の直接効果の総額は以下の通り、約26億円となります。 4 アメリカと日本における佐々木投手の直接効果の総額一覧 アメリカと日本における佐々木投手の直接効果の総額は、以下の通り約59億1,176万円となります。項目別の金額は〈第1表〉に示されています。 〈第1表〉佐々木投手の項目別直接効果 5 佐々木投手のドジャース入団の経済効果 アメリカと日本の産業構造や乗数値は似ているので、総務省・内閣府が作成した「全国の産業連関表」(2024年に発表した2020年版の「全国産業連関表」の修正版)を用いて佐々木投手のドジャース入団による人々の消費支出(直接効果)約59億1,176万円の経済効果を分析しますと、下の〈第2表〉のように約127億6,941万円となります。 〈第2表〉佐々木投手のドジャース入団による経済効果 6 まとめ アメリカにおける多くの野球評論家や野球ファンは、23歳の佐々木投手が契約金約10億1,600万円でドジャースに入団したニュースに対し、驚きの反応を示しました。 ある評論家は、「あと2年待って25歳になってからMLBの球団に入団すれば、2024年に山本由伸投手がドジャースと契約した約3億2,500万ドル(当時の為替レートで約455億円)を上回る約500億円を得ることができたのに、自ら500億円を捨ててしまった」と述べています。 上記の推計の結果、佐々木投手のドジャース入団による経済効果は、約127億6,941万円となりました。この金額は、2012年にダルビッシュ有投手がレンジャーズに入団した時の経済効果約259億2,178万円や、田中将大投手が2014年にヤンキースに入団した時の経済効果約346億9,402万円、そして大谷翔平選手が2017年にエンゼルスに入団した時の経済効果約207億5,000万円を下回る金額ですが、筆者は佐々木投手が「お金よりも夢をとった」と考えています。自分の意思を尊重した素晴らしい生き方であると言えるでしょう。 (了)
《速報解説》 令和9年からの青色申告特別控除65万円について 現行適用要件との関係を確認 Profession Journal編集部 既報のとおり令和7年度税制改正では、国税庁長官が定める基準に適合するデータ連携可能なシステムを使用し、かつ、一定の要件に従った保存が行われている電子取引データについて、所得税、法人税及び消費税における重加算税の10%加重の対象から除外するとともに、所得税の青色申告特別控除について控除額65万円が適用できる措置が講じられる。 ここで税制改正大綱の記載では後者(65万円控除)に関し「仕訳帳等につき国税の納税義務の適正な履行に資するものとして一定の要件を満たす電磁的記録の保存等を行っていること(編集部注:いわゆる優良電子帳簿)に代えて、」とされていることから、現行の適用要件(優良電子帳簿・電子申告)との関係が不明とする見解もあったが、今国会(衆議院)にて審議中の税制改正関連法案では改正租税特別措置法(案)25条の2《青色申告特別控除》第4項において、下記〔参考〕のとおり規定されている(下線及び【 】内は編集部による)。 当該改正案第4項では65万円控除の適用要件として、現行法と同様に第1号において電子帳簿保存要件、第2号において電子申告要件の「いずれか」を満たす場合に適用できるとしたうえで、第1号をイ(優良電子帳簿要件)、ロ(データ連携システム要件:新設)の「いずれか」に該当する場合に限るとしていることから、実質的に当該ロが現行要件に加わるかたちとされている(要件ロの詳細については財務省令で定められる模様。なお適用は令和9年分以後の所得税より((税制改正法案 附則第31条)))。 また、新要件が法人税、所得税、消費税における重加算税の10%加重の対象から除外される規定については、改正電帳法(案)8条5項及び改正消法(案)59条の2においてそれぞれ規定されている(適用は令和9年1月1日以後に法定申告期限が到来するものから(税制改正法案 附則第61条))。 (了)
《速報解説》 防衛特別法人税の税効果会計の取扱いについて ASBJより補足文書が公表される ~税制改正法案成立を想定し法定実効税率の算定式を示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2025年2月20日、企業会計基準委員会は、補足文書「2025年3月期決算における令和7年度税制改正において創設される予定の防衛特別法人税の税効果会計の取扱いについて」を公表した。 これは、改正税法が2025年3月31日までに成立した場合を想定し、主として2025年3月31日に決算日を迎える企業における防衛特別法人税の取扱いを明らかにするものである。 改正税法の成立後、「企業会計基準及び修正国際基準の開発に係る適正手続に関する規則」に従い、防衛特別法人税の創設に対応した企業会計基準等の改正を行う予定であるとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 改正税法の概要 2025年2月4日に国会に提出された改正税法の法案によれば、防衛特別法人税が法人税額から500万円を控除した額を課税標準とする税率4%の新たな付加税として創設され、2026年4月1日以後に開始する事業年度から課される予定である。 2 当期税金に係る影響 防衛特別法人税は2026年4月1日以後に開始する事業年度から課される予定であるため、2025年3月31日に終了する事業年度の決算にあっては、当期税金に係る影響はないと考えられる。 3 税効果会計の適用 改正税法が2025年3月31日までに成立した場合、同日に決算日を迎える企業にあっては、税効果会計の適用における2026年4月1日以後に開始する事業年度に解消が見込まれる一時差異等に係る繰延税金資産及び繰延税金負債の計算に際して、防衛特別法人税の影響を反映する必要があると考えられる(「税効果会計に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第28号)44項~46項)。 防衛特別法人税については、税効果適用指針46項に掲げる税金には明示されていないものの、法人税に対する付加税として課されるものであるため、法人税その他利益に関連する金額を課税標準とする税金である法人税等(税効果適用指針第4項(2))に該当すると考えられる。 したがって、改正税法が成立した場合には、法人税、地方法人税及び特別法人事業税(基準法人所得割)と同様に取り扱い、次の算式により法定実効税率を算定することが税効果適用指針の趣旨に適うこととなると考えられる。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2025年2月20日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.607を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第136回】 「UTPRの創設と米国大統領令による影響」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 〇はじめに~税制改正法案の審議状況~ 2025年2月4日、令和7年度税制改正に係る「所得税法等の一部を改正する法律案」が第217回通常国会に提出された。同月14日には衆議院財務金融委員会において、加藤財務大臣から同法案の趣旨の説明を聴取した後、質疑が行われ、法案審議入りとなった。 また、同月18日には、昨年末から中断していた、与党と国民民主党との間のいわゆる「103万円の壁」を巡る協議が再開され、自由民主党から、改正法案に盛り込まれた基礎控除、給与所得控除をそれぞれ10万円ずつ引き上げる措置を見直す新たな提案があった。 その提案は次のとおりである。 翌19日にも三党協議が開かれ、自民党案に対する、公明党、国民民主党の受け止めが示された。両党とも給与収入の水準による適用の区分については否定的な見解を示した。また、今後の物価の上昇等を踏まえ基礎控除等の額を適時に引き上げることを法制化することについては、三党間の方向性の一致が見られた。 なお、20日にも再度三党協議が開かれることとされている。 〇グローバル・ミニマム課税に対応した「UTPR」及び「QDMTT」の創設 一方、今回の改正法案には、国際課税における2つの新たな制度の創設が含まれている。 OECD・G20によるBEPS包摂的枠組み(IF:Inclusive Framework on BEPS)の2本の柱(ピラー1、2)に関する国際合意を踏まえ、グローバル・ミニマム課税への対応として、軽課税所得ルール(UTPR:Undertaxed Profits Rule)に対応した「各対象会計年度の国際最低課税残余額に対する法人税」(改正法法82の11、145の2)及び国内ミニマム課税(QDMTT:Qualified Domestic Minimum Top-up Tax)に対応した「各対象会計年度の国内最低課税額に対する法人税」(改正法法82の19、145の6)である。 これらは、法人の令和8年4月1日以後に開始する対象会計年度の国際最低課税残余額に対する法人税及び国内最低課税額に対する法人税について適用することとされている(改正附則13)。 これらのうちUTPRは、親会社が国外にあり、その子会社が日本にある場合に適用される可能性がある制度であり、すでに「各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税」(IIR:Income Inclusion Rule)の適用が開始されている日本に親会社がある多国籍企業グループについては、基本的に適用されることはないものと考えられるが、米国の大統領令との関係で、気になる点がある。 〇各対象会計年度の国際最低課税残余額に対する法人税(UTPR)の意義 各対象会計年度の国際最低課税残余額に対する法人税(UTPR)は、特定多国籍企業グループの構成事業体の所在する国において、そのグループの税負担が基準税率(15%)を下回る場合、IIRによる課税後の残余のトップアップ税額があるときに、UTPRを導入している国ごとに、それぞれの国に所在する事業体に課税する仕組みである。 UTPRを導入している国ごとに課税額を配分する必要があり、上記の残余のトップアップ税額を、UTPRを発動する国における構成会社の従業員等の数・有形資産の簿価に応じて算出される割合に基づいて按分することとしている。なお、スタートアップなど、特定多国籍企業グループ等に該当後5年以内の場合や、国際的な事業活動の初期段階にある場合は、課税されない。 この制度は、最終親会社の所在地国においてIIRもしくはQDMTTが法制化されていない場合にその最終親会社に対してIIRによる課税をすることができないという問題を解消するため、その傘下にある兄弟会社や子会社に対して代替的に課税をする仕組みであり、IIRを補完する(バックストップ)措置として位置づけられる。 〇米国大統領令による影響 米国では、トランプ大統領就任直後の本年1月20日に「OECDグローバル・タックス・ディール」という大統領令が出された。 この大統領令では、「グローバル・タックス・ディールに係る前政権によるいかなるコミットメントも、米国議会による立法措置なしに、米国国内では効力を有しないことをOECDに通知する」よう財務長官とOECD米国常駐代表に指示している。 さらに財務長官に対して、通商代表(USTR)と協議の上、諸外国が米国との租税条約を遵守しているかどうか、また、制定済又は制定過程にある税制措置が米国企業に域外適用されたり、又は不均衡な影響を与えたりする規則を設けているかどうかについて調査し、そのような条約違反・租税規則に対して米国が採用又は実施すべき保護措置又はその他の措置の選択肢の一覧を作成し、大統領に提示するよう指示している。 米国ではOECDのUTPRが租税条約違反ではないかという議論があるところであり、日本が今回創設する「各対象会計年度の国際最低課税残余額に対する法人税(UTPR)」が上記の「米国企業に域外適用されたり、又は不均衡な影響を与えたりする規則」に該当するのではないかという懸念がある。 しかも、同日に公表された「米国第一の貿易政策(America First Trade Policy)」という大統領令では、不公正かつ不均衡な貿易への対処のため、内国歳入法第891条に基づき、外国が米国民又は米国法人に差別的又は域外適用的な租税を課しているかどうかを調査することとしている。 内国歳入法第891条によれば、外国が米国法人等に差別的・域外適用的な租税を課していると大統領が認める場合、大統領の権限によりその外国の法人等に対する税率を2倍に引き上げることができるとされている。 (了)