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〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第52回】「外国関係会社の決算書の事後的な修正の是非」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第52回】 「外国関係会社の決算書の事後的な修正の是非」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 税務調査において外国関係会社の租税負担割合の計算誤り、具体的には損金算入されない保険準備金の計上ミスを指摘された内国法人が、事後的に外国関係会社の決算書を修正して、外国子会社合算税制の適用がないと主張することは認められるでしょうか。 〔A〕 本稿で取り上げる東京地裁判決では、外国関係会社が引受けをしている賠償責任保険について保険準備金が積み立てられることとなったとみるのが自然であり、外国関係会社の(訂正前の)収入計算書は、同社における保険準備金の積立状況を正確に反映したものであり、「誤記」であるとはいえないから、これを基礎として租税負担割合を算定するのが相当であるという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 租税負担割合の算定 外国子会社合算税制において、租税負担割合は、外国関係会社の各事業年度の所得に対して課される租税の額を当該所得の金額で除して計算した割合とされる(措令39の17の2①)。具体的には、次の算式に基づき計算される。 (1) 税法令がある国又は地域に所在する場合の外国関係会社の租税負担割合の算式(※1) (※1) 平成30年度税制改正において、無税国に所在する外国関係会社の租税負担割合は、決算に基づく所得の金額(会計上の利益)を基に、税法令がある国に所在する外国関係会社の租税負担割合の計算における調整と同様の調整を加えて計算することとされた(財務省「平成30年度 税制改正の解説」709~710頁)。 (2) 保険準備金を調整する趣旨 租税負担割合の計算における保険準備金の繰入限度超過額及び取崩不足額の調整については、平成5年度の税制改正で導入されたが、その趣旨については、「諸外国の中では、保険会社に対して著しく高率の準備金の繰入を認めている国があることが明らかとなり、準備金であっても、その繰入限度額が不相応に高額な場合には、課税所得が長年にわたって繰延べられ、実質的に非課税措置と同様の効果を有する場合があり、このような措置が設けられた。」(※2)と説明されている。 (※2) 『平成5年版 改正税法のすべて』(大蔵財務協会・1993年)228~229頁 以下では、賠償責任保険準備金が措置法57条の5にいう異常危険準備金に類する準備金に該当するかが争われた事例について検討する。   2 過去の裁判例 《東京地裁令和5年1月27日判決(令和2年(行ウ)第211号)》(※3) (※3) TAINSコード:Z888-2552 (1) 事案の概要 本件は、内国法人である原告Xが、平成28年4月1日から平成29年3月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という)の法人税の確定申告(以下「本件確定申告」という)をしたところ、所轄税務署長から、Xがマレーシアの連邦領ラブアンに設立した再保険を事業とする完全子会社A社は平成29年改正前の措置法66条の6第1項に規定する特定外国子会社等に該当し、課税対象金額に相当する金額をXの益金の額に算入すべきであるとして、更正処分(以下「本件更正処分」という)を受けたことから、その取消しを求める事案である。 Xは、針、灸、あんま、マッサージ、指圧及び柔道整復の治療等を目的とする内国法人である。X及びXのグループ7社は、平成27年3月31日、損害保険会社V社との間で、被保険者をX及びXのグループ7社の従業員とする傷害保険契約(以下「本件傷害保険契約」という)を締結し、さらに同日付で、X及びXのグループ7社中3社は、V社との間で、被保険者を同3社のセラピストとする賠償責任保険契約(以下「本件賠償保険契約」という)(※4)を締結したところ、V社はこの2つの契約を再保険会社S社に出再(※5)し、S社はこれを受再(※6)した上で、A社に出再した(※7)。A社の28年3月期に係る財務報告書(※8)には、本件収入計算書(訂正前)が含まれており、そこには下記のような記載があった。 (※4) 判決文では、「被保険者のセラピストの業務遂行に起因して第三者の身体に損害を与えて第三者が死亡した場合に被保険者が負うべき法律上の損害賠償責任を補償するもの」と説明されている。 (※5) 再保険に出すことをいう。 (※6) 再保険を引き受けることをいう。 (※7) A社は、A社27年3月期までは、傷害保険契約に係る再々保険契約のみを受再していたが、そのことを理由に、A社が特定外国子会社等に該当すると判定されることはなかった。 (※8) A社の28年3月期の最初の株主総会承認日は2016(平成28)年5月27日である。 Xは、平成29年6月29日、本件事業年度の確定申告をしたところ、その後の東京国税局の税務調査において、同局職員が本件収入計算書の存在を把握したことから、その記載内容について指摘されたため、A社は、2018(平成30)年2月2日、傷害保険に係る保険準備金の積立額を本件収入計算書で費用として経理した額と本件賠償責任準備金積立額との合計額である120万米国ドルとする訂正をした(※9)。なお、A社は、本件訂正後収入計算書(※10)につき、2019(平成31)年4月23日、取締役会及び株主総会による承認決議を行い、同月25日付で、同計算書をラブアン金融庁に提出した。 (※9) 収入計算書の実際の作成者はA社の会計監査法人である甲社であり、本件訂正後収入計算書の作成についても、甲社が、X及びA社の要請に応えるべく行ったものとされている。 (※10) A社はさらに収入計算書の勘定科目の訂正も行い、判決文では、2回目の訂正後の収入計算書を「本件再訂正後収入計算書」と定義している。 〈収入計算書のイメージ〉 (※) 判決文より筆者が作成 (2) 争点及びXの主張の要旨 本件の争点は、本件更正処分の適法性について、賠償責任保険準備金積立額が、「異常危険準備金に類する準備金の額」に該当するかである。 Xの主張を要約すると以下のとおり。 (3) 裁判所の判断 東京地裁は、以下のように判示し、Xの請求を棄却した。   3 検討 本件は、外国子会社合算税制において、いわゆる「後出しじゃんけん」をどこまで認めるかの問題と捉えることができる。東京地裁は、事後的な訂正につき、「訂正後収入計算書(中略)は、決算として確定したものを合理的理由に基づかず事後的に修正したものである(下線筆者)」と、一刀両断に切り捨てている。その上、訂正版の承認手続きについて、「再訂正後収入計算書がA社の取締役会及び株主総会による承認決議を経た上、ラブアン金融庁に提出されたことを考慮しても、租税負担割合の算定の基礎とすることはできない」と判示した。外国子会社合算税制に抵触すると指摘されて慌てて訂正したとしても、外国の当局が受領したというような事情は考慮に値しないということであろう。 また、Xの主張するように、A社が積み立てた保険準備金が、傷害保険のみを対象とするものであったとした場合、A社は、賠償責任保険については全く保険準備金を積み立てない一方、傷害保険については、その総収入保険料84万米国ドル余りを大幅に超える120万米国ドルもの保険準備金を積み立てることになってしまい明らかに不自然である。このことにつき、東京地裁は、「保険準備金の積立てに関しては、我が国の法令上のものでマレーシアにおいて直ちに妥当するものではないとはいえ、毎決算期に、保険の種類ごとに、収入保険料に基づき計算した金額を積み立てるものとされていること(保険業法116条、保険業法施行規則70条1項1号ロ、同項2号参照)からすると、上記のような保険準備金の積立ては、その相当性に疑問を抱かざるを得ない。」と判示している。 ところで、本件で東京地裁は、本件賠償責任保険準備金が措置法施行令39条の14第2項1号ニに規定する「異常危険準備金に類する準備金の額」に該当するか否かについて、A社が締結する賠償責任保険契約の中身を特に検討することをせず、単に措置法施行令33条の2第3項7号に定める「賠償責任保険」の文言一致をもって判断しているように思われる。果たしてそれで十分か、この点につき、問題なしとしない。   (了)

#No. 617(掲載号)
#霞 晴久
2025/05/08

決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第14回】「「本人⇒代理人」の訂正がインフレ下で意味すること」

◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第14回】 「「本人⇒代理人」の訂正がインフレ下で意味すること」   公認会計士 石王丸 周夫   「収益認識に関する会計基準」が適用されてから、4年が経過しました。 公表された当初は“極めて難解”という印象が強かったこの会計基準も、今ではすっかり実務に定着したかのようです。 それでも、この会計基準が扱っている論点に関して、時折、誤処理が発生し、決算短信が訂正になるケースがみられます。 しかも、そうした論点のなかには、「収益認識に関する会計基準」が公表された当時においては予想されていなかった経済環境の変化により、新たな意味合いを帯びてきたものもあります。 その「経済環境の変化」とは、インフレです。 そして「新たな意味合いを帯びてきた論点」とは、本人と代理人の区別です。 ではさっそく、訂正事例を見ていきましょう。   訂正事例の概要 ある企業(A社という)が、第3四半期決算短信の四半期連結損益計算書について、次のような訂正をしています。 売上高と売上原価を同額ずつ減らしたという訂正です。収益と費用を同額ずつ減らしているので、売上総利益への影響はありません。 A社の説明によると、訂正前においては、一部取引について、顧客からの受注額を売上高に計上するとともに、当該受注に係る財・サービスの提供を行う外注先への発注額(外注額)を売上原価に計上していました。そして、訂正後においては、それらを相殺した純額で売上高に計上することにしたとのことです。 総額計上から純額計上への訂正ということです。 簡単に図示してみます。 企業が顧客に財・サービスを提供するに際して、他の当事者(ここでは外注業者)が関与する場合、企業が主体的に財・サービスを提供するかどうかにより、収益の計上方法が変わってきます。 主体的に行っている場合は「本人による取引(本人取引)」、そうでない場合は「代理人による取引(代理人取引)」と呼ばれます。 本人取引の場合は売上高を契約金額(受注額)により総額で計上しますが、代理人取引の場合は純額(受注額-外注額)で売上高を計上します。A社の訂正は、本人取引だと認識していた取引について、代理人取引との判断に変更したというものです。 以上の会計処理に関しては、企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、企業会計基準適用指針第30号という)第39項から47項に定めがあります。厳密な内容については、そちらを確認してください。   「収益の質」という視点 「本人取引」から「代理人取引」への変更は、決算への影響という点ではそれほど深刻ではないかもしれません。損益への影響がないからです。数字の見せ方の違いにすぎないともいえます。 しかし、代理人取引と判定されたことには、数字には表れない別の意味合い・・・・・・もあります。 企業が本人と代理人のいずれに該当するのかということは、特定の事柄に着目して機械的に判定するのではなく、総合的に判断します。その際に考慮されるポイントの1つに、価格決定の裁量権というものがあります。企業が財又はサービスの価格を交渉する際に、自らの主張を反映させることができるのかどうかということです。 もちろん、価格決定権があれば本人、なければ代理人という単純な構図ではありません。しかし、代理人取引と判定された場合は、価格設定の裁量権がその企業にはない、もしくは弱い可能性があります。 したがって、本人ではなく代理人として収益を計上しているということは、価格転嫁力のない収益を獲得していることを意味する可能性が比較的高いと考えられます。 自社の販売価格について値上げの交渉ができず、外注先から言われた価格で取引を継続するという状態です。 昨今のインフレ下において、価格設定は企業経営上、極めて重要となっています。川上からの値上げを川下に価格転嫁できなければ、自社の利益が縮小します。財・サービスの原価だけでなく、間接費もじわじわと上がり続けています。インフレ下で生き残るためには、価格転嫁力は不可欠だといってよいでしょう。 つまり、一般論としてですが、代理人取引は、価格転嫁力を伴う可能性が高い本人取引に比べて、収益の質が低いというわけです。 もちろん、これは一面的なことです。逆に、本人取引には在庫リスクがあると考えられるので、たとえば流行に左右されやすい財・サービスの場合、代理人取引に比べて撤退しにくいというデメリットも考えられます。そのことをもって、本人取引の質は低いという人もいるかもしれません。しかし、インフレ下においては、価格転嫁力に関係する要素が重視されると思います。 以上は、企業会計基準適用指針第30号第47項(3)に基づいた考察です。現実の取引では、代理人だからといって立場が弱いとは言いきれないので、解釈は難しいかもしれません。 なお、「収益認識に関する会計基準」が公表されたのは、2018年のことです。この年の消費者物価指数(総合)の前年比は1.0%でした。2024年の同指標が2.7%であることと比べてみても、物価上昇率が低い時代でした。 物価が安定していた時代にあっては、本人と代理人の区別について、こうした議論はあまり聞かれなかったと記憶しています。   開示前のチェックポイント ある取引が本人取引なのか代理人取引なのかというのは、一度結論を得れば、その後、間違うことは少ないはずです。ただし、会計監査人の見解が企業の見解と異なってしまうリスクを考えると、企業のみの判断で議論を進めるのは得策ではありません。 これまでになかった取引が始まった場合は、会計監査人の見解を確認して、開示書類公表前に結論を得ておく必要があります。 (了)

#No. 617(掲載号)
#石王丸 周夫
2025/05/08

リース会計基準を学ぶ 【第8回】「貸手のリースの会計処理①」

リース会計基準を学ぶ 【第8回】 「貸手のリースの会計処理①」   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 今回(第8回)と次回(第9回)にわたって、貸手のリースの会計処理ついて解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 基本的な考え方 貸手の会計処理については、IFRS第16号「リース」及びTopic 842ともに抜本的な改正が行われていないため、次の点を除いて、基本的に、「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)及び「リース取引に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第16号)の定めを踏襲している(リース会計基準BC13項、BC53項、リース適用指針BC98項)。 このため、貸手におけるリースは、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースとに分類した上で、ファイナンス・リースについてはさらに所有権移転ファイナンス・リースと所有権移転外ファイナンス・リースとに分類することになる(リース会計基準43項~48項、リース適用指針BC98項)。   Ⅲ ファイナンス・リース 1 ファイナンス・リースの定義 ファイナンス・リースとは、契約に定められた期間(以下「契約期間」という)の中途において当該契約を解除することができないリース又はこれに準ずるリースで、借手が、原資産からもたらされる経済的利益を実質的に享受することができ、かつ、当該原資産の使用に伴って生じるコストを実質的に負担することとなるリースをいう(リース会計基準11項)。 すなわち、次の(1)及び(2)のいずれも満たすリースをいう(リース適用指針59項)。 2 解約不能 解約不能のリースに関して、法的形式上は解約可能であるとしても、解約に際し、相当の違約金(以下「規定損害金」という)を支払わなければならない等の理由から、事実上解約不能と認められるリースを解約不能のリースに準ずるリースとして扱う(リース会計基準BC26項、リース適用指針60項)。 リースの条件により、このような取引に該当するものとしては、次のようなものが考えられる。 次のことに注意する(リース適用指針BC99項)。 3 フルペイアウト リース適用指針59項(2)の「原資産からもたらされる経済的利益を実質的に享受する」場合とは、当該原資産を自己所有するとするならば得られると期待されるほとんどすべての経済的利益を享受する場合をいい、また、「当該原資産の使用に伴って生じるコストを実質的に負担する」場合とは、当該原資産の取得価額相当額、維持管理等の費用、陳腐化によるリスク等のほとんどすべてのコストを負担する場合をいう(リース会計基準11項、BC26項、リース適用指針61項、BC100項)。 4 具体的な判定基準 リースがファイナンス・リースに該当するかどうかについては、リース適用指針59項の要件をその経済的実質に基づいて判断すべきものであるが、次の(1)又は(2)のいずれかに該当する場合には、ファイナンス・リースと判定される(リース適用指針62項、BC101項~BC104項)。 次のことに注意する(リース適用指針63項~65項、BC103項、BC104項、BC107項)。 5 現在価値の算定に用いる割引率 現在価値の算定を行うにあたっては、貸手のリース料の現在価値と貸手のリース期間終了時に見積られる残存価額で残価保証額以外の額(「見積残存価額」という)の現在価値の合計額が、当該原資産の現金購入価額又は借手に対する現金販売価額と等しくなるような利率を用いる(リース適用指針66項、BC106項)。 当該利率を「貸手の計算利子率」という。 貸手の計算利子率については、企業会計基準適用指針第16号の定めを踏襲しており、IFRS第16号におけるリースの計算利子率とは主に貸手の当初直接コストを考慮しない点が異なる(リース適用指針BC106項)。 6 不動産に係るリースの取扱い 土地、建物等の不動産のリースについても、リース適用指針59項から67項に従って、ファイナンス・リースに該当するか、オペレーティング・リースに該当するかを判定する(リース適用指針68項)。 ただし、土地については、リース適用指針70項の(1)又は(2)のいずれかに該当する場合を除いて、オペレーティング・リースに該当するものと推定する(リース適用指針68項)。 また、土地と建物等を一括したリース(契約上、建物賃貸借契約とされているものも含む)は、原則として、貸手のリース料を合理的な方法で土地に係る部分と建物等に係る部分に分割した上で、建物等について、リース適用指針62項(1)に定める現在価値基準の判定を行う(リース適用指針69項)。   (了)

#No. 617(掲載号)
#阿部 光成
2025/05/08

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第168回】株式会社トーシンホールディングス「第三者委員会調査報告書(公開版)(2025年2月13日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第168回】 株式会社トーシンホールディングス 「第三者委員会調査報告書(公開版)(2025年2月13日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社トーシンホールディングス第三者委員会の概要】   【株式会社トーシンホールディングスの概要】 株式会社トーシンホールディングス(以下「トーシンHD」と略称する)は、1988(昭和63)年設立。設立時の社名は東新産業株式会社。2000(平成23)年、株式会社トーシンへの社名変更を経て、2018(平成30)年、現社名に商号変更。移動体通信関連事業、不動産事業及びリゾート事業を主たる事業とし、国内子会社4社を有している。連結売上高17,400百万円、連結経常利益578百万円、資本金742百万円。従業員数132名(訂正前の2024年4月期連結実績)。本店所在地は愛知県名古屋市中区。創業者であり、代表取締役会長兼社長の石田信文氏(以下、「会長兼社長」と略称する)及びその配偶者である取締役石田ゆかり氏並びに会長兼社長が代表取締役を務める株式会社ジェットが、発行済み株式数の44.33%を所有する大株主である。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人は、2024年4月期決算までは監査法人東海会計社(以下、「東海会計社」と略称する)で、その後、一時会計監査人として有限責任中部総合監査法人(以下、「中部総合監査法人」と略称する)が選任されている(2024年8月9日付で異動)。 トーシンHDの会社案内によれば、同社は子会社である株式会社トーシンモバイル(以下「トーシンモバイル」と略称する)が、愛知県を中心に、岐阜県、三重県、静岡県及び長野県でソフトバンクショップ店舗及びauショップ店舗を運営している。   【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 2024年10月6日、2024年4月期までトーシンHDの会計監査人であった東海会計社のホームページ宛てに、1年以上前から1億円以上のキャッシュバックの未払金があり、決算担当取締役がこれを知りながら意図的に隠蔽したこと等を指摘する趣旨のメールが送信された。トーシンHDは、2023年頃から、想定よりもキャリアからの入金が少ないことの原因等を継続的に調査していたが、前記メールを受け、さらに各種調査を行い、その結果、トーシンHDが想定していた以上のキャッシュバックが現場で行われていた可能性があること、キャッシュバックの一部がエンドユーザーに対して未払となっていること、これらの内容が決算上適切に反映されていない可能性を認識するに至った。 そこで、トーシンHDは、12月13日付で「第三者委員会設置のお知らせおよび2025年4月期第2四半期決算発表の延期および2025年4月期半期報告書の提出期限延長の申請検討に関するお知らせ」を適時開示し、同月16日に予定していた決算発表を延期し、報告書も提出期限の延長を検討していること、債務の網羅性及びキャッシュバックにかかる会計処理について確認する必要があるとの会計監査人の判断を受け、第三者委員会を設置して、調査を行うこと等をリリースした。 さらに、トーシンHDは、12月20日付で、「第三者委員会の委員の選任に関するお知らせ」を適時開示し、第三者委員会の委員を選任したことを公表した。 2 第三者委員会による調査結果の概要 (1) キャッシュバックにかかる事実認定 第三者委員会の事実認定によれば、2023年3月以降、店舗から上がってくるキャッシュバックの金額が増加し、預金残高の不足を懸念した経理財務課の担当者が、上長である経理担当取締役の由比藤一真氏(以下「由比藤取締役」と略称する)に相談していたところ、同年5月購入特典キャッシュバックの稟議申請において、由比藤取締役の承認後、会長兼社長が却下するという事態が発生していた。この頃から、キャッシュバックの申請にあたって、毎月の支払額が経理財務課、営業課双方の関与のもとで管理・調整されており、毎月のキャッシュバック支払額を店舗から上がってきた金額全てではなく、その一部分とし、残部を翌月以降の支払に繰り延べるために複数のエクセルシートが作成され、各課担当者がこれに基づいてキャッシュバックの管理・調整を行っていたことが認められた。 第三者委員会は、由比藤取締役について、会長兼社長からキャッシュバックの棄議申請を却下されたことから、キャッシュバックの申請の承認決裁を円滑に進めるため、キャッシュバックの管理・調整を行う動機が十分にあったとして、キャッシュバックの支払額や支払時期の管理・調整については、由比藤取締役の関与があったという事実認定を行っているが、由比藤取締役による明確な指示を裏付ける客観証拠は収集できておらず、キャッシュバックの管理・調整に関してどの程度主導的な役割を果たしたかについては、詳細に認定することができなかったとまとめている。 (2) キャッシュバックにかかる会計処理 第三者委員会の調査によれば、トーシンHDでは、エンドユーザーヘのキャッシュバックを販売促進費として会計処理している。エンドユーザーに支払われるキャッシュバックには、キャリアが展開する施策により支払われるものと、トーシンHD独自の施策により支払われるものがあり、いずれも端末のみの契約ではキャッシュバック特典は付与されず、新規の回線契約を締結したエンドユーザーに付与されるという特徴があった。 また、キャッシュバックの費用計上時期については、トーシンHDがエンドユーザーに対して「購入特典受領書」を提示してから、キャッシュバックの支払が行われるまで一定の期間を要しているが、キャッシュバックについては、支払時に販売促進費として会計処理していた。本来、企業会計原則に従って、発生主義で計上すべきキャッシュバック費用が、なぜ、現金主義により会計処理されていたかという点について、由比藤取締役は、キャリアからのインセンティブ収人が契約の概ね6ヶ月後であるところ、キャッシュバックについても費用収益対応の観点から支払時の計上として計上時期の整合性を取っていたと、第三者委員会に説明しているが、インセンティブ収入は売上高として計上されていたのに対し、キャッシュバックについては販売費及び一般管理費(販売促進費)として計上される性質の金額であり、期間対応を超えて売上高との対応関係を優先すべき性質の費目ではないとの判断を示している。 (3) 調査結果が財務諸表に与える影響 第三者委員会は、キャッシュバックについて、従来採用していたキャッシュバック(支払)を実施した時点において費用計上する処理(現金主義による費用計上)をキャッシュバックの支払を約束した時点において費用計上する処理(いわゆる発生主義による費用計上)に修正する必要があると認識して、キャッシュバック対象者との契約を行った日付を特定するために、キャッシュバック対象者と契約情報に含まれる契約日を遡ってすべて紐付けようと試みたものの、個人情報を含む契約情報が保管されているキャリアのデータベースに限定的なアクセスしかすることができないこと、トーシンHDは正確な契約日を把握できるデータを網羅的に保有していなかったことから、各年度の影響額を具体的に数値として示すことはせずに、トーシンHDにおいて、個別取引ごとにキャッシュバック対象者との契約日の把握を詳細に実施したうえで発生日に基づいて費用計上するか、支払サイトの分析に基づいてキャッシュバックが発生したと合理的に認められるタイミングにおいて費用計上するかを含め、過去の財務報告への影響を勘案されたいとまとめている。 (4) 本件に類似する事象 第三者委員会は、調査の結果、類似する事象として、①端末値引、②不正契約及びキャリアからの請求、③会社内におけるキャリアからの評価等級等の虚偽報告の3項目を認識している。 これらの不正については、調査報告書「別紙1 経過一覧表」に、発生した時期と内容について簡単な説明が記載されている。 3 発生原因の分析(調査報告書24ページ以下) 第三者委員会は、原因分析の前提として、「背景事情(業界を取り巻く環境)」として次のように説明している(一部、省略のうえ、文意を変えない範囲で文章を補っている)。 そのうえで、原因の「各要因」として、次の6項目を挙げている。 第三者委員会が原因分析の最初に掲げたのは、創業者であり、大株主である会長兼社長の影響力の大きさ、特に会社トップである会長兼社長による強いプレッシャーであった。第三者委員会は例示として、店舗目標が日曜日時点で未達であった店長は、翌日月曜日に会長から本社に呼び出されることがあったこと、キャッシュバックの支払申請に会長兼社長の承認決裁を得るため、経理担当取締役である由比藤取締役が強いプレッシャーを受けていたことなどを挙げ、他の取締役・監査役も、会長の発言や方針に異議を唱えるなどの記録は調査の過程では一切見受けられず、会長の強力なリーダーシップのもと、会社としての意思決定が行われていたとしている。 そのうえで、会長兼社長が利益追及を推し進め、強く指導した結果として、役員・従業員らにおける会長に対する従属的な気質、日常的なプレッシャーが生じ、これが、個人あるいは組織としての適切な意思決定や行動選択に誤りや躊躇を生じさせたという点で、本案件発生の要因の1つとなり、社内での決裁や業務において、とかく結果のみが重視されがちで、その過程が軽視され、かつ、自由な意見や議論をすることが困難な風土が形成された結果として、本件に至る各過程で各人が適切な関与や意思決定ができず、長期間にわたるキャッシュバックの管理・調整を許してしまうこととなったとまとめている。 次いで、第三者委員会は、「不十分な職務分掌の未改善」として、前述の由比藤取締役が、2022年7月に退任した営業部担当取締役の後任としてトーシンモバイルの取締役に就任し、経理担当取締役でありながら、同時に営業部担当取締役としてキャリアからの等級達成への責任を負うこととなり、キャッシュバック施策の実行の立場となったことを指摘して、経理担当取締役が営業部担当取締役を兼任するようになって以降の期間においては、本来あるべきキャッシュバックの実行額に対して経理担当取締役による手続及び内容等の確認という機能が十分に果たされない可能性のある状況が生じていたにもかかわらず、こうした状況は改善されておらず、かつ、改善についての問題提起や特段の検討もなされていないと断じている。 さらに、第三者委員会は、「現金主義による発見の遅れと経理規程の未策定」として、トーシンHDが、キャッシュバックにかかる会計処理について支払時に費用計上する、いわゆる現金主義によっていたことに加え、キャッシュバックにかかる未払債務が網羅的に集計されないという問題が生じていたことを指摘するとともに、トーシンモバイルではそもそも経理規程が策定されていないとして、2023年3月以降キャッシュバック件数・発生額は増加しているにもかかわらず、トーシンモバイルでは、従来からの現金主義による会計処理を踏襲していたことも要因の1つとして取り上げている。 最後に、第三者委員会は「まとめ」として、本件は、一連の流れの中で複数の要素が作用して発生したものであることから、その責任の所在について特定の機関や特定の人にのみ帰せられるべきものではないものの、各要因について一定の対策が施されていれば、本件のキャッシュバックに関する問題がここまで多額化、長期化する事態にはならなかった可能性もあったという所感を述べている。 4 再発防止策の提言(調査報告書30ページ以下) 第三者委員会は、発生原因の分析に基づき、次の7項目からなる再発防止策の提言を行っている。 まず、会長兼社長のリーダーシップについて、第三者委員会は、強力なリーダーシップがあったからこそ厳しい業界の厳しい競争の中でも会社が成長してきたという面もあるが、他方で、強すぎるプレッシャーは本事案のように不正の発生を助長することにつながる面もあることを、会長も他の役員等も自覚・認識する必要があると指摘したうえで、会長兼社長は、自分の影響力をより一層自覚したうえでリーダーシップやコミュニケーションのあり方を再考し、会社の持続的な成長のために次世代を見据えた人材育成にこれまで以上に取り組むべきであるとしたうえで、経営にとって重要な情報や課題が適時に社内で共有されて原因分析や解決策について適時適切に議論されるために、それぞれの役職者が適時適切なリーダーシップを発揮して、重要な場面では忖度や阿吽の呼吸ではなく原因分析や解決策を建設的に話し合うコミュニケーションについて再考すべきであると提言している。 続いて、「コンプライアンスを徹底した経営姿勢」として、第三者委員会は、本件の背景事情として、キャリアからの店舗の等級評価や、携帯販売代理店業界における過当競争といった厳しい経営環境が存在することは事実であるが、これを理由にコンプライアンスに反した、あるいは会社の利益を損なうような行為は許されるものではなく、トーシンHDは、不正、不当な手段により得られた成果は一切評価しないとする断固とした姿勢を示し、従業員に向けたコンプライアンス第一の姿勢を明確にしたメッセージを発信する必要があると指摘するとともに、役員は、現状の組織風土としてコンプライアンス意識が不足していることを再認識し、従業員の模範となるよう率先して行動を改める必要があると提言している。 その他、第三者委員会は、経理担当取締役の職責の見直しや適正な人員配置、内部監査室の構成員が1名である現状から、増員の早急な検討、トーシンモバイルにおける経理規程の策定と適正な会計処理に向けた適切なチェック体制の構築などを提言している。   【調査報告書の特徴】 有価証券報告書によれば、トーシンHDが株式を公開する前から継続して26年間、会計監査人であった東海会計社は、2024年6月26日に、「今後監査工数が大幅に増大することが見込まれることから、監査業務を辞退したい」との申し出を行った。8月になって、トーシンHDは、一時会計監査人として、中部総合監査法人を選任することを決議していたところ、10月6日に、前任の会計監査人である東海会計社のホームページ宛てに通報があり、中部総合監査法人及びトーシンHD監査役は、同月後半に、会計監査の引継ぎの席で、東海会計社が受信したメールの内容を共有したということである。トーシンHDが第三者委員会の設置を公表した後の12月16日には、中部総合監査法人に対しても、匿名で、本件の調査を求める「懇願」と題したメールが届いている。 調査報告書では、経理担当取締役が、2022年7月以降、営業担当取締役も兼務していることを指摘しているが、有価証券報告書にはそのような記載はない。さらに、トーシンHDのサイトにある「IR情報」を閲覧しても、「取締役の退任」や「取締役の業務分掌の変更」といったリリースだけではなく、「会計監査人の辞任」や「一時会計監査人の選任」といったリリ-スも掲載されておらず、投資家に対する積極的な情報開示が行われていない印象を持つ。そのせいかどうかは不明だが、調査報告書の公表と過年度有価証報告書等の訂正以後、トーシンHDのサイトにおいては、本件に関する情報発信は行われていない。 なお、調査報告書には、本件を時系列に従って整理した「別紙1 経過一覧表」が添附されており、事案の理解に大変役立ったことを附言しておきたい。 1 関与した経理担当取締役の辞任 第三者委員会は、キャッシュバックの支払額や支払時期の管理・調整については、経理担当取締役である由比藤取締役の関与があったとの事実認定を行っている。同氏は1990年5月生まれの34歳で、2019年7月、29歳の時にそれまでの経理財務課次長職から、取締役に就任しており、トーシンHD取締役の中では最年少である。 4月9日、トーシンHDは、TDnet上で、「取締役辞任に関するお知らせ」を適時開示して、由比藤取締役が一身上の都合を理由に、4月3日付で取締役を辞任したことを公表した。上述のとおり、この適時開示は、トーシンHDのサイトでは公開されていない。 2 内部統制報告書の訂正 トーシンHDは、調査報告書公表と同日に、第37期(2023年4月期)及び第38期(2024年4月期)の内部統制報告書の訂正報告書を公表しているので、その内容を確認しておきたい。 財務報告に係る内部統制の評価結果を訂正するに至った経緯としては、2023年4月期の訂正報告書で、以下のように説明している。 なお、未払のキャッシュバック費用は、2024年4月期においては、162百万円であると報告している。 次いで、第三者委員会の調査をきっかけに識別された開示すべき重要な不備についても、引用しておきたい。 3 東京証券取引所による改善報告書の徴求と公表措置 2025年4月15日東京証券取引所は、トーシンHDに対して、「改善報告書の徴求及び公表措置について」を公表した。処分の理由については、「開示された情報の内容に虚偽があり、上場規則に違反し、改善の必要性が高いと認められるため」としたうえで、理由の詳細について、次のように説明している(一部抜粋)。 (了)

#No. 617(掲載号)
#米澤 勝
2025/05/08

空き家をめぐる法律問題 【事例66】「空き家の引取サービスを利用する場合の留意点」

空き家をめぐる法律問題 【事例66】 「空き家の引取サービスを利用する場合の留意点」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 私は、傾斜地上にある空き家を所有していますが、立地上、売却できる目途も立たないことから、空き家の引取サービスを利用したいと考えております。 引取サービスを利用する場合の留意点を教えてください。   1 検討の視点 空き家の増加に伴って、管理負担や売却に要する期間の長期化を回避する手段として、所有者が引取業者に対し金銭を支払って空き家を引き取ってもらう「引取サービス」の利用が見られるようになってきた。国土交通省の調査によれば、インターネット上で引取サービスを提供する事業者は59社(うち宅建業者38社)確認されており、本社所在地の約5割が東京都に集中しているとのことである。 引取サービスは、空き家の所有者の需要に応じるものであり、適正に取引が行われる限りにおいて有用なサービスである。一方で、その中には宅地建物取引業法の規制が及ばない問題等もあることから、本事例では引取サービスの利用上の留意点を検討することにしたい。   2 引取サービスに関する問題と留意点 (1) 所有権移転登記手続の確保 通常の売買契約の場合、代金の決済と同時に所有権移転登記手続が行われるところ、引取契約において、引取業者が所有権移転登記手続を行うまで所有権が移転しないものと定められている場合、所有者は引取料を支払ってもなお所有権を保有し続けることになる。そのため、所有者として相隣関係上の責任を負うほかに、当該空き家の損傷等によって第三者に損害を発生した場合には、所有者として民法第717条に基づく損害賠償責任を負うおそれもある。 そこで、空き家の所有者として引取サービスを利用する際には、所有権移転登記手続が完了したことを条件に引取料を支払うことや、引取料と所有権移転登記手続を同時履行とする場合でも、引取業者に登記手続を行う期限を設け、その期限までに履行されない場合には契約を解除できること等を引取契約に含めるべきである。 (2) 適正な料金の確認 空き家に限らず不動産の所有者が引取サービスを利用する場合、それ以前に宅建業者に依頼して売却を試みたものの、買手が見つからなかったケースも少なくないと考えられる。もっとも、所有者が引取料を支払う形式の引取サービスは、所有者が所有権を譲渡する点では売買契約と本質的には同じであるが、宅地建物取引業法の規制を受けないため、当該規制を受けない様々な事業者が関与しうることになる。場合によっては、本来であれば宅建業者に依頼すれば適正価格で売却できたような物件まで、所有者の「空き家を手放したい」との心理に乗じて引取サービスの対象とされてしまう可能性もあるため留意が必要である。 また、一定の価値のある空き家を、引取料を支払って引取業者(法人)に譲渡した場合には、譲渡所得税の課税対象となる可能性があり(所得税法第59条第1項第1号)、予期しない税負担が生じるおそれがある。 そのため、空き家の所有者としては、引取サービスを利用に先立ち、宅建業者等の不動産取引の専門家に相談の上、利用の可否を慎重に検討するべきである。 (3) 追加費用・法的責任等の免除の有無の確認 引取サービスを利用して空き家を譲渡する場合には、通常の売買契約と同様に、引渡後に契約不適合責任を負わないように、引取契約に「現状有姿」での引渡しを行う旨及び契約不適合責任を免除する旨の内容を含めておくべきである。 また、引取料やその他の費用負担についても、事前に十分な確認が必要である。引取サービスそのものの問題ではないが、近年、1970年代から1980年代にかけて被害が多発した「原野商法」の二次被害が問題視されている。具体的には、原野商法によって価値のない不動産を所有することになった被害者に対し、「土地を買い取る」などと勧誘を行い、調査費用等の名目で金銭を支払わせたり、別の無価値な山林や原野を時価を大きく上回る価格で購入させたりする手法がとられている。 このような問題は、「価値のない不動産を早く手放したい」という所有者心理を悪用する点で、空き家の引取サービスにおいても生じうるものである。したがって、空き家の所有者としては、引取料がどのように設定されているのか、また引取料以外に追加費用が発生するか否か、発生する場合にはその内容や条件について、引取契約の締結前に専門家に相談しておくことが好ましい。   3 引取サービスの今後の動向 引取サービスは空き家の所有者のニーズにも応えるものであり、今後も拡大していくことが見込まれる。その一方で、上記2で指摘した事項に限らず、様々な問題が生じうる可能性がある。 このような状況を受けて、令和5年には、引取サービスを行う民間事業者によって「不動産有料引取業協議会」が設立され、行動指針や安全基準が策定されている。そこで示された指針や基準は、空き家の所有者が引取サービスの利用を検討する際に一定の参考となるものであり、今後の引取サービスの拡大に伴って、さらなる充実が期待されるところである。 また、上記2の(2)でも指摘したように、引取料を支払う形式での引取サービスには、宅地建物取引業法が適用されない。今後の取引実態等を踏まえて、宅地建物取引業法を含めた法規制の対象になる可能性もあることから、今後の法規制の動向についても注視していく必要がある。 (了)

#No. 617(掲載号)
#羽柴 研吾
2025/05/08

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第92話】「プロ野球選手の必要経費」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第92話】 「プロ野球選手の必要経費」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「それにしても・・・すごい金額ですね・・・」 浅田調査官は顔を赤くして、中尾統括官のところにやってくる。 「・・・何をそんなに興奮しているんだ?」 稟議書を読んでいた中尾統括官は、顔を上げる。 「これですよ・・・」 そう言うと、浅田調査官は、手に持っていた新聞を見せる。 (※) 朝日新聞digital(2025.4.2)より 中尾統括官は、新聞を見ながら、ため息をつく。 「・・・飲食代が3年間で、2億4,000万円ということは・・・年間8,000万円を飲み食いに使っていたということだが・・・そんなに飲み食いをすれば・・・身体に悪いんじゃないか?」 中尾統括官はそう言うと、浅田調査官を見る。 「たしかに・・・年間8,000万円も飲食代に使うこと自体、異常ですよね・・・たとえ同僚の選手と一緒に飲み食いしていたとしても・・・」 浅田調査官は、羨ましそうに言う。 「・・・ところで、新聞では3年間の修正申告となっていますが、税法の除斥期間を考えると、5年間の修正申告書を提出してもらわなければいけないんじゃないですか?」 浅田調査官は手元の「税務六法」を手に取り、国税通則法70条1項を開く。 「・・・国税通則法70条は、課税庁の更正、決定等の期間制限の規定ですが・・・納税者に提出を求める修正申告も、この規定にならって・・・通常5年間、遡って修正申告を納税者に求めるものではないのでしょうか・・・」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「納税者との交渉の結果・・・なのかもしれないな。」 中尾統括官は、苦笑する。 「・・・僕が担当の税務調査官であれば、5年間の修正申告書の提出を求めます・・・もし納税者が拒否をすれば・・・その時には・・・更正処分をします。」 浅田調査官の語気は荒い。 「・・・ほう・・・強気だな・・・」 中尾統括官は興味深そうに、浅田調査官の顔を見る。 「・・・また、飲食代については・・・3年間だけではなく、過去にも同じような支出をしていたと考えられます・・・普通の納税者であれば税務署は、5年間の修正申告を求めると思うのです・・・坂本選手の修正申告をさらに2年間遡ると・・・1億6,000万円の増差所得(1年間当たり8,000万円の飲食代があると仮定)になりますからね・・・」 浅田調査官は、まだ赤い顔をしている。 「ところで・・・君は確か・・・巨人ではなく、ヤクルトのファンだったな。」 中尾統括官は、笑いながら言う。 「それは・・・関係ありません。」 浅田調査官は、きっぱりと言う。 「あと実は・・・もう1つ疑問があるのです・・・このケースでは、なぜ重加算税を決定しなかったのでしょうか?」 浅田調査官がたずねる。 「悪質な申告漏れにはあたらない・・・とされてはいますが・・・8,000万円の飲食代が否認されているのだから、「悪質ではない」なんて、言えるのでしょうか・・・私だったら、重加算税を賦課決定処分します。」 浅田調査官は、さらに六法で国税通則法68条1項を開き、中尾統括官に見せる。 (※) 条文内の括弧書き等、一部を省略。 「今回のケースは・・・隠蔽又は仮装に該当する・・・というのか・・・」 中尾統括官は、条文を見ながらつぶやく。 「・・・最高裁平成7年4月28日判決では・・・納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からも伺いうる特段の行為をした上、その意図に基づく過少申告をしたように場合には、重加算税の賦課要件が満たされている・・・と述べられています・・・」 浅田調査官は、最高裁の判断をそらんじている。 「・・・同僚らとの8,000万円の飲食代の支出が・・・野球(事業)に関連する必要経費に該当するということは常識的に考えられないことから、それらの支出金額をあえて必要経費に入れるということは・・・過少申告の意図を外部からも伺いうる特段の行為に該当する・・・と思うのです・・・」 中尾統括官は腕を組んだまま、感心した様子で浅田調査官の説明を聞いている。 「たしか、この最高裁の事件は・・・株式等の売買による所得が1億円ほどあったと認識していたにもかかわらず、これをまったく申告書に記載しなかったというもので・・・顧問税理士や証券会社の担当者からも申告するよう注意を受けていたと認定されていたな・・・」 中尾統括官は、事件の概要を思い出す。 「それにしても、これだけの金額の飲み食い代が必要経費に該当しないことを・・・顧問税理士は坂本選手へ助言しなかったのですかねえ・・・」 浅田調査官は、首をかしげる。 「・・・新聞では・・・従来認められていた自主トレなどの費用も含めて否認された・・・と書かれていますが、野球選手として必要な自主トレなどの費用については、税務署は否認しないでしょう・・・」 浅田調査官は、憮然として言う。 「そうだな・・・野球選手として必要な自主トレなどの費用については、もちろん、税務署は否認することができない・・・新聞では、従来から認められていた費用なんて弁明しているが・・・疑問だな・・・」 中尾統括官は、苦笑しながらうなずく。 (つづく)

#No. 617(掲載号)
#八ッ尾 順一
2025/05/08

《速報解説》 新リース会計基準等を受け、金融庁が「特定目的信託財産の計算に関する規則」等の改正案を公表

《速報解説》 新リース会計基準等を受け、 金融庁が「特定目的信託財産の計算に関する規則」等の改正案を公表   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2025(令和7)年4月28日、金融庁は、「「特定目的信託財産の計算に関する規則」等の改正(案)」を公表し、意見募集を行っている。 これは、「リースに関する会計基準」(企業会計基準第34号)等を受けたものである。 意見募集期間は2025年5月29日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な改正内容 以下では、「特定目的信託財産の計算に関する規則」(案)について解説する。 「投資信託財産の計算に関する規則」(案)などの主な改正内容も基本的に同様である。 1 定義 賃貸等不動産の定義について、「所有する不動産」を「所有し、又はリースにより使用する権利を有する不動産」と改正する(2条2項11号)。 また、使用権資産を定義し、リースの対象となる資産を使用する権利をいうとする(2条2項12号)。 ファイナンス・リース、所有権移転ファイナンス・リース、所有権移転外ファイナンス・リースも定義する(2条2項13号~15号)。 2 資産及び負債 資産の内容において、使用権資産を規定し、また、負債の内容において、リース負債を規定する(17条、26条)。 3 注記 「リースに関する注記」において、次の事項の注記を規定する(重要性の乏しいものを除く。22条)。 ただし、金融商品取引法24条5項において準用する同条1項の規定による有価証券報告書を提出しなければならない受託信託会社等以外の受託信託会社等は、当該事項の注記を要しない(22条1項)。 「特定目的信託財産の計算に関する規則」(案)22条1項の規定にかかわらず、ファイナンス・リースの借手である受託信託会社等が当該ファイナンス・リースについて資産及び負債を計上する会計処理を行っていない場合におけるリースに関する注記は、リースの対象となる資産(固定資産に限る)に関する事項とする(22条2項)。 この場合において、当該資産の全部又は一部に係る次に掲げる事項(各資産について一括して注記する場合にあっては、一括して注記すべき資産に関する事項)を含めることを妨げない(22条2項)。 「金融商品に関する注記」において、金融商品(リース負債を除く)の時価に関する事項と改正する(8条の2)。また、「賃貸等不動産に関する注記」も改正する(8条の3)。   Ⅲ 施行期日等 パブリックコメント終了後、所要の手続を経て公布、施行の予定である。 経過措置に注意する。 (了)

#阿部 光成
2025/05/01

《速報解説》 期中財務諸表に関する会計基準(案)及び同適用指針(案)が公表される~中間会計基準及び四半期会計基準等を統合、意見募集は6月30日まで~

《速報解説》 期中財務諸表に関する会計基準(案)及び同適用指針(案)が公表される ~中間会計基準及び四半期会計基準等を統合、意見募集は6月30日まで~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2025年4月23日、企業会計基準委員会は、「期中財務諸表に関する会計基準(案)(以下「期中会計基準(案)」という)」(企業会計基準公開草案第83号)等を公表し、意見募集を行っている。 上場会社及び財務諸表利用者から中間決算と四半期決算は同じ会計基準等に基づいて行うべきであるとの意見が聞かれていたことから、「中間財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第33号)と「四半期財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第12号)などについて、統合した会計基準等とし、「期中財務諸表に関する会計基準(案)」及び「期中財務諸表に関する会計基準の適用指針(案)」などとして開発するものである。 意見募集期間は2025年6月30日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 開発にあたっての基本的な方針 同じ企業が作成する期中財務諸表であるにもかかわらず金融商品取引法と金融商品取引所の定める規則のいずれに基づくかにより会計処理に不整合が生じることは適切ではないと考えられることから、次の考え方を採用している(期中会計基準(案)BC14項~BC18項)。   Ⅲ 範囲 期中会計基準(案)は、期中財務諸表を作成する場合に適用する(期中会計基準(案)3項)。 ただし、第二種中間連結財務諸表及び第二種中間財務諸表については、「中間連結財務諸表作成基準」、「中間連結財務諸表作成基準注解」、「中間財務諸表作成基準」及び「中間財務諸表作成基準注解」を適用する。 金融商品取引法に基づく半期報告書において開示される第二種中間連結財務諸表及び第二種中間財務諸表については、従前より中間作成基準等が適用されており、引き続き中間作成基準等が適用される(期中会計基準(案)3項)ため、期中会計基準(案)の適用対象となる期中財務諸表には含まれない(期中会計基準(案)BC22項)。 また、臨時計算書類については、期中会計基準(案)の適用対象とする期中財務諸表には含まれないと考えられている(期中会計基準(案)BC22項)。   Ⅳ 定義 例えば、次の定義が規定されている(期中会計基準(案)4項)。   Ⅴ 期中連結財務諸表の範囲 期中連結財務諸表の範囲は、「包括利益の表示に関する会計基準」(企業会計基準第25号)に従って、1計算書方式による場合、期中連結貸借対照表、期中連結損益及び包括利益計算書、並びに期中連結キャッシュ・フロー計算書とする(期中会計基準(案)5項)。 また、2計算書方式による場合、期中連結貸借対照表、期中連結損益計算書、期中連結包括利益計算書及び期中連結キャッシュ・フロー計算書とする。 期中個別財務諸表の範囲は期中会計基準(案)6項に規定されている。   Ⅵ 会計処理 次のように規定されている(期中会計基準(案)9項、10項、14項)。   Ⅶ 有価証券の減損処理などの個別の項目 前述の「Ⅱ 開発にあたっての基本的な方針」で述べた原則に照らして、個別に検討を行った項目は次のとおりである(期中会計基準(案)BC16項)。 有価証券の減損処理及び棚卸資産の簿価切下げに係る方法については、洗替え法が原則とされている(期中適用指針(案)4項、7項)。 ただし、期中適用指針(案)の適用前に「中間財務諸表に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第32号)又は「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第14号)に基づき切放し法を適用していた場合には、継続して切放し法を適用することができる(切放し法を適用する場合には、その旨を注記する)。 期中会計基準(案)は、上記の個別に検討を行ったものを除いて、基本的に「四半期財務諸表に関する会計基準」等と「中間財務諸表に関する会計基準」等の定め及び考え方を引き継いでいる(期中会計基準(案)BC17項)。 このため、期中会計基準(案)の開発にあたり再検討を実施せずに考え方を引き継いでいるものについては、「四半期財務諸表に関する会計基準」等及び「中間財務諸表に関する会計基準」等の結論の背景をそのまま引用することが考えられる(期中会計基準(案)BC17項)。   Ⅷ 期中財務諸表の科目の表示 次のように規定されている(期中会計基準(案)21項、22項)。   Ⅸ 注記事項 重要な会計方針について変更を行った場合に関する事項、セグメント情報等に関する事項、収益の分解情報に関する事項などについて規定されている(期中会計基準(案)24項)。   Ⅹ 6ヶ月ごとより高い頻度で期中財務諸表を作成する場合 第一種中間財務諸表及び四半期財務諸表に共通の取扱いと、四半期財務諸表のみに適用される取扱い(6ヶ月ごとより高い頻度で期中財務諸表を作成する場合の固有の取扱い)を区分し、6ヶ月ごとより高い頻度で期中会計基準(案)に従い期中財務諸表を作成する場合には、期中会計基準(案)28項から33項に定める事項を除いて、期中会計基準(案)9項から26項を適用するとされている(期中会計基準(案)27項、BC18項(1))。 例えば、期中キャッシュ・フロー計算書の開示の省略について規定されている(期中会計基準(案)33項)。   Ⅺ 適用時期等 20XX年4月1日[公表後最初に到来する年の4月1日を想定している]以後開始する連結会計年度及び事業年度の最初の期中会計期間から適用する(期中会計基準(案)34項)。 期中会計基準(案)の適用初年度において、期中会計基準(案)の定めに従い会計方針を変更する場合には、新たな会計方針を適用初年度の最初の期中会計期間から将来にわたって適用する(期中会計基準(案)35項)。 (了)

#阿部 光成
2025/04/25

プロフェッションジャーナル No.616が公開されました!~今週のお薦め記事~

2025年4月24日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.616を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2025/04/24

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第48回】「所得税法56条の解釈適用に関する2つのアプローチ」-所得税法56条弁護士「夫」税理士「妻」事件に係る各審級裁判所の判断の比較検討-

谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第48回】 「所得税法56条の解釈適用に関する2つのアプローチ」 -所得税法56条弁護士「夫」税理士「妻」事件に係る各審級裁判所の判断の比較検討-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 今回は、所得税法56条弁護士「夫」税理士「妻」事件を取り上げ、所得税法56条の解釈適用について、同事件の第一審・東京地判平成15年7月16日判時1891号44頁(以下「平成15年東京地判」という。なお、同判決は「国破山河在」(杜甫)に擬えて「国敗れて[東京地裁民事]三部あり」といわれた藤山判決(藤山雅行裁判官)の1つである)と、控訴審・東京高判平成16年6月9日判時1891号18頁(以下「平成16年東京高判」という)及びこれを是認した上告審・最判平成17年7月5日税資255号順号10070(以下「平成17年最判」という)とを比較検討することにする。平成17年最判は、所得税法56条の解釈適用については所得税法56条弁護士「夫婦」事件・最判平成16年11月2日訟月51巻10号2615頁(以下「別件平成16年最判」という)を参照しているので、この判決も上記の比較検討において考察の対象とすることにする。 上記の2つの事件で争点となったのは、所得税法56条が「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族」として定める要件(以下「家族同一生計要件」という)と、「その居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」として定める要件(以下「家族事業稼得要件」という)という2つの要件の解釈適用である。 これらの要件は所得税の課税単位とも関連する内容をもつので、前記各判決の比較検討に入る前に、ここで、課税単位に関して家族同一生計要件と家族事業稼得要件の位置づけを行っておくことにする。 課税単位とは、所得税の場合には、「税額算定の基礎となる人的単位あるいは担税力の測定単位」(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【202】)をいうが、所得税における課税単位の制度設計については、大別すると、個人単位主義、夫婦単位主義及び家族単位主義という3つの類型が従来から議論されてきた(わが国における代表的な研究として、金子宏「所得税における課税単位の研究」同『課税単位及び譲渡所得の研究 所得課税の基礎理論 中巻』(有斐閣・1996年)1頁[初出・1977年]参照)。また、課税単位の類型は、所得概念論の観点から、取得型所得概念を前提として稼得単位主義と、所得の使途のうち「消費」に着目して消費単位主義とに分類されることもある(ただ、後者は夫婦単位主義及び家族単位主義と結びつけて論じられることが多いが、この点については金子・前掲論文4-6頁、前掲拙著【203】参照)。 わが国の所得税は、明治20年(1887年)の創設以来、家族単位主義を採用してきたが、第二次世界大戦後、昭和24年(1949年)のシャウプ勧告を受けて翌年の所得税法改正によって個人単位主義を採用し今日に至っている(所税2条1項3号~5号参照)。ただし、所得税法56条は個人単位主義の例外として一種の家族単位主義を採用したものと解される(前掲拙著【205】参照。金子・前掲論文42頁は「わが国の制度は、個人単位主義をとりつつも、・・・・・・家族に支払う対価の必要経費不算入(所得税法56条)によって、家族単位主義の要素を加味したものとなっている。」とする)。このような理解は、岡山地判平成12年9月19日税資248号749頁(以下「平成12年岡山地判」という)の次の判示(下線・傍点筆者)でも示されているところである。 ところで、個人単位主義については、稼得単位主義と消費単位主義のいずれによっても、課税単位の制度設計に違いが生ずることはないのに対して、夫婦単位主義や家族単位主義については、稼得単位主義と消費単位主義のいずれによるかで課税単位の制度設計に違いが生ずる場合があり得る。所得税法56条の適用場面はまさにそのような場合である。所得税法56条が採用する家族単位主義について、(1)稼得単位主義の観点から解釈適用を行うか又は(2)消費単位主義の観点から解釈適用を行うかで、同条の解釈適用の結果に違いが生ずるのである。その違いが平成15年東京地判と平成16年東京高判及び平成17年最判との結論の違いに帰結したと考えるところであるが、以下では、このことを本件各審級裁判所の判断の比較検討を通じて明らかにすることとする。 その際、所得税法56条において消費単位主義は家族同一生計要件として、稼得単位主義は家族事業稼得要件として具体化され要件化されているとの理解の下に、上記(1)を「家族事業稼得要件重視アプローチ」、上記(2)を「家族同一生計要件重視アプローチ」とそれぞれ呼ぶことにする(田中治「親族が事業から受ける対価」税務事例研究77号(2004年)25頁は家族事業稼得要件を単に「事業要件」、家族同一生計要件を単に「生計要件」と呼び、両要件は「法56条の解釈適用においてその比重が違うというべきである」(36頁)と述べているが、結論はともかく着眼点には本稿と共通するところがある)。   Ⅱ 家族事業稼得要件重視アプローチと家族同一生計要件重視アプローチ 1 伝統的アプローチ 所得税法56条の解釈適用に関する平成15年東京地判以前の裁判例の傾向について、次のような指摘がされている(品川芳宣「判批」税研113号(2004年)103頁、105頁。傍点筆者)。なお、次の引用文中にいう「旧法」について「昭和25年シャウプ税制改正後の所得税法」という補足説明を加えたが、それ以降の叙述では「旧法」という略称をそのまま用いることにする。 そのような裁判例の「代表例」(品川芳宣「判批」TKC税研情報13巻1号(2004年)38頁、44頁)とされる東京地判平成2年11月28日税資181号417頁は次のとおり判示している(下線・傍点筆者。以下「平成2年東京地判」という。所得税法56条の趣旨について同様の理解を示すものとして、東京高判平成3年5月22日税資183号799頁、東京高判平成12年6月29日税資247号1428頁等参照。ほかに、家族同一生計要件に該当する事実の認定だけで所得税法56条の適用を肯定するものとして、京都地判昭和58年9月9日シュトイエル262号40頁、高松高判平成10年2月26日税資230号844頁等参照)。 平成15年東京地判の直前に示された、別件平成16年最判の原々審・東京地判平成15年6月27日税資253号順号9382も、次のとおり判示している(下線筆者)。 このように、従来の裁判例は、家族同一生計要件の「一律」適用によって、家族事業稼得要件に関する個別的判断なしに、所得税法56条の適用を肯定する傾向にあったとみてよく、その意味で、裁判例の伝統的アプローチは家族同一生計要件重視アプローチであったといえよう。 ただ、従来の裁判例が判示した所得税法56条の趣旨は、「支払われた対価をそのまま必要経費として認めることとすると、個人事業者がその所得を恣意的に家族に分散して不当に税負担の軽減を図るおそれが生じ、また、適正な対価の認定を行うことも実際上困難であることから、そのような方法による税負担の回避という事態を防止するために設けられたもの」(平成2年東京地判)というようなものであるが、これは、個人事業者(事業主)の所得稼得に着目し稼得所得に対する所得税負担の回避を防止することを意味することから、家族事業稼得要件の正当根拠としては妥当であるとしても、それ自体では家族同一生計要件の「一律」適用を正当化することはできないように思われる。むしろ、平成15年東京地判の次の判示(下線・傍点筆者。以下「平成15年東京地判㋐判示」という)と結び付いて初めて、家族同一生計要件の「一律」適用を正当化することができるように思われる。 つまり、家族同一生計要件の「一律」適用は、上記の判示にいう「それが家計費、すなわち法45条にいう家事関連費との区別が困難であること」の考慮すなわち所得税法における「家事費排除の原則」(前掲拙著【316】。税制調査会『所得税法及び法人税法の整備に関する答申』(昭和38年12月)43頁は「家事費を除外する所得計算の建前から所得計算の純化を図るためには家事費との区分が困難な経費等はできるだけこれを排除すべしとする考え方」とする)に基づき正当化することができるように思われるのである。このことは、平成15年東京地判㋐判示の直前の次の判示(下線・傍点筆者)からも読み取ることができるように思われる。 この判示とりわけ下線部からは、旧法11条の2は、事業主の支出それ自体について直ちに家事費該当性を認める規定ではなく、事業主にとって「本来必要経費と認めるべき労務の対価等」(平成15年東京地判㋐判示)が生計を一にする親族等に支払われ当該親族等がこれをその生計の資に充てることを想定した上で、そのいわば「反射的効果」として事業主の当該支出について家事費該当性を認める規定であるという解釈論(以下「支払対価の反射的性質決定論」という)が成立する可能性を読み取ることができるように思われる。平成15年東京地判㋐判示がその末尾で「この限度で正当」と認めた「被告らの主張」については、同判決の中で別途次の説示がされているが(下線筆者)、これは支払対価の反射的性質決定論に基づいて行われた主張であると解される。 ともかく、支払対価の反射的性質決定論は、所得税法56条の解釈適用に当たって、家族同一生計要件重視アプローチに立脚し、家族事業稼得要件の解釈においても家族同一生計要件重視の考え方を貫徹するための解釈論であるといってよかろうが、これによれば、事業主から生計を一にする親族等に支払われた労務の対価等のうちその親族等が当該生計の資に充てるものは、結局、「親族等が受ける所得」には含まれない(平成12年岡山地判の表現を借りると、事業主が「自己の所得として内部留保する」)ことになると考えられるのである。 2 平成15年東京地判のアプローチ ところが、支払対価の反射的性質決定論は、平成15年東京地判㋐判示に続く次の判示(下線筆者。以下「平成15年東京地判㋑判示」という)によって否定された。 なお、この判示中の下線部に関連して、平成15年東京地判は前記の「被告らの主張」に対して次のとおり説示している(下線筆者)。この説示は、傍論的な説示ではあるものの、支払対価の反射的性質決定論を否定する論拠を示そうとするものであるから、長くなるがそのまま引用しておこう。 ただ、この説示は、支払対価の反射的性質決定論が所得税法56条の定める家族同一生計要件の解釈論として主張される一種の租税回避否認論(後記Ⅲ参照)であることを必ずしも正解しているようには思われない。 いずれにせよ、平成15年東京地判は、平成15年東京地判㋑判示に加えて、所得税法56条の立法経緯及び立法趣旨に関する検討に先立って行った家族事業稼得要件中の「Aその他のB」タイプの文言に係る「文理、、」解釈(「その他の」という法令用語の通例の用法に従って行われる解釈)をも踏まえて、次のとおり判示した。 要するに、平成15年東京地判は、家族事業稼得要件重視アプローチに立脚し、同要件を限定解釈することによって、結果的には、家族同一生計要件の「一律」適用を否定したのである。 3 平成16年東京高判及び平成17年最判のアプローチ これに対して、平成16年東京高判は、平成15年東京地判㋐判示及びその直前の前記判示と基本的には同じ内容の判示を行いつつも、これらの判示に続く判断を、平成15年東京地判㋑判示の冒頭の「しかし」で始めるのではなく、「以上を踏まえて」で始めて「以上を踏まえて、法56条にいう『事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合』の解釈を明らかにする。」として、旧法11条の2の立法趣旨等及び同条中の「Aその他のB」タイプの文言に係る趣旨、、解釈を行い、その解釈の結果を次のとおり判示している。 このように、平成16年東京高判は、平成15年東京地判以前の裁判例と同じ立場(伝統的アプローチ)に立ち戻ったのであるが、平成17年最判も次のとおり判示してこれを支持した。 ここで参照されている別件平成16年最判は次のとおり判示している(下線筆者)。   Ⅲ 家族同一生計要件の租税回避否認要件としての意義 以上で検討してきたように、平成15年東京地判と平成16年東京高判及び平成17年最判とは所得税法56条の解釈適用の立脚点を異にするものであること、すなわち、前者が家族事業稼得要件重視アプローチに立脚し、後二者が家族同一生計要件重視アプローチに立脚したことが、前者と後二者との結論の違いに帰結したと考えるところである。 ただ、平成15年東京地判㋐判示及びその直前の前記判示については、前述のとおり、平成16年東京高判も基本的にはこれと同じ内容の判示を行っていることからすると、平成15年東京地判と平成16年東京高判との「判断の分かれ目」は、結局、支払対価の反射的性質決定論(に基づく前記の「被告らの主張」)を認めるか否かにある、といってよかろう。 既に述べたとおり、平成15年東京地判㋐判示からは、支払対価の反射的性質決定論を認めることができるように思われるが、平成15年東京地判は、この判示に「しかし」で逆接し、したがって、支払対価の反射的性質決定論を否定した上で、「同条のうちシャウプ勧告と異なる部分については、当時の所管官庁の理解からしても親族等が事業自体に参加又は雇用されて得た対価に限定されるものと解すべきであるし、その立法理由もそれらの支払は家事関連費との区別が困難であるという点に尽きるのである」(平成15年東京地判㋑判示の冒頭)と判示し、もって家族同一生計要件の「一律」適用を否定したのに対して、平成16年東京高判は、「以上を踏まえて」で順接し、したがって、支払対価の反射的性質決定論を踏まえて、家族事業稼得要件を特に限定解釈することなく、家族同一生計要件の「一律」適用を肯定したのである。 平成15年東京地判については、これを基本的に支持する見解(肯定説)も多い(田中・前掲税務事例研究42頁、三木義一「判批」税理46巻14号(2003年)10頁、14頁、増田英敏「判批」月刊税務事例35巻12号(2003年)1頁、4頁、渡辺充「判批」税務弘報53巻11号(2005年)8頁、13頁等参照。なお、反対する見解としては、品川・前掲「判批」TKC税研情報46頁以下及び税研105-106頁、伊藤義一「判批」TKC税研情報13巻3号(2004年)1頁、11頁以下、久乗哲「判批」税研114号(2004年)87頁、90頁等参照)。 それらの見解(肯定説)のうち特に注目されるのは、家族同一生計要件と家族事業稼得要件との関係を「所得の稼得面における居住者[=事業主]の支配力が、所得の消費面においても貫徹する関係」(田中・前掲税務事例研究35頁)とみて次のとおり説く見解(同36頁。以下「田中説」という)である。 田中説は、家族事業稼得要件重視アプローチに立脚し同要件を限定解釈し、もって家族同一生計要件の「一律」適用を否定するものであるが、同時に、「居住者が事業からその親族に対して対価を支払うことは、居住者が自らの所得から直接生計維持費用を支出することと同じである、とする家事費混同論」(田中・前掲税務事例研究39頁。下線筆者)を、「当該対価と事業との関係を切断する点において相当ではない」(同頁)として否定するものでもある。 田中説は、家族事業稼得要件重視アプローチを所得税法56条の解釈適用の立脚点とする以上、「家事費混同論」を「当該対価と事業との関係を切断する点において相当ではない」として否定するのは論理一貫しており、その意味では、平成15年東京地判の妥当性を補強するものであるといえよう。ただ、田中説が平成15年東京地判㋐判示、とりわけそこでいう「シャウプ勧告の内容とは異なるもの」をどのように理解しているかは必ずしも明らかでない。とはいえ、田中説が「家事費混同論」を一種の租税回避否認論として捉えていることは確かであろう。 つまり、「家事費混同論」は、①「居住者が事業からその親族に対して対価を支払うこと」を②「居住者が自らの所得から直接生計維持費用を支出すること」と「同じ」とみる考え方であるから、①を異常な法形式による支出、②を通常の法形式による支出とみることを前提にすれば、「家事費混同論」は①を②に引き直して家事費の支出として擬制し、もって①の支出を必要経費に算入することを否認する考え方であるといえ、したがって一種の租税回避否認論であるといえるのである(租税回避の否認の意味については前掲拙著【69】参照)。 そうすると、「家事費混同論」を否定する田中説によれば、「シャウプ勧告のいう『要領のよい納税者』の行う租税回避的な行為を封ずる」(平成15年東京地判㋐判示)という目的は、専ら家族事業稼得要件によって実現される、ということになろうが、その場合、同要件は、「わが国の個人事業は、基本的に、事業主(世帯主)の支配的影響力のもとにあり、個々の家族による労務提供、財産の提供などは、対価関係という事実がないか、たとえ対価関係という事実がある場合でも、その対価は恣意的に定められる可能性が大きい、という基本認識」(田中・前掲税務事例研究29頁)に立って、解釈適用されることになろう。 しかし、「対価関係という事実がない」場合や「たとえ対価関係という事実がある場合でも、その対価は恣意的に定められる可能性が大きい」場合には、事業主の当該支払それ自体について直ちに家事費及びこれに関連する経費(家事関連費)として必要経費算入が否認される(所税45条1項1号)のであるから、所得税法56条が家族事業稼得要件を定める必要はなく、また、そもそも、家族同一生計要件を定める必要は尚更ないと考えられる。そうすると、それらの場合については、そもそも、所得税法56条を定めること自体が必要なかったことになり、また、その解釈適用を問題にする意味もないことになろう。 そうすると、所得税法56条は、それらの場合以外の場合、例えば事業主Aがその事業上の取引先の事業主Bと生計を一にする家族であるような場合(今回取り上げている2つの事件はこの場合に当たる)において、家族同一生計要件の下で、支払対価の反射的性質決定論に基づき、Aが事業上の取引に基づきBに支払う対価について家事費該当性を認めその必要経費算入を否認する規定として、性格づけることができることになろう。所得税法56条のこのような性格づけによれば、支払対価の反射的性質決定論は、前記の見解のいう「家事費混同論」と同じく、一種の租税回避否認論とみることができようが、同条の目的は、同条の規定上は、家族同一生計要件の「一律」適用によって達成されるのである。 要するに、家族同一生計要件は、支払対価の反射的性質決定論に基づく租税回避否認要件としての意義を有すると考えるところである。   Ⅳ おわりに 今回は、所得税法56条弁護士「夫」税理士「妻」事件に係る各審級裁判所の判断を、所得税法56条の解釈適用に関する家族事業稼得要件重視アプローチと家族同一生計要件重視アプローチの観点から比較検討することによって、平成15年東京地判(いわゆる藤山判決)と平成16年東京高判及び平成17年最判との異同を明らかにした。 学説では、家族事業稼得要件重視アプローチを採用した平成15年東京地判を支持する見解も多いが、家族同一生計要件重視アプローチを採用した平成16年東京高判及びこれを是認した平成17年最判の考え方も十分に成り立つと考えるところである。所得税法56条の目的や家族同一生計要件に関する明文の定めからすると、むしろ、平成16年東京高判及び平成17年最判の方が同条の解釈適用上それらを適切に考慮するものとして妥当であると考えるところである。 ただ、家族同一生計要件が支払対価の反射的性質決定論に基づく租税回避否認要件としての意義を有することはいえるとしても、家族同一生計要件の「一律」適用が具体的な事案においてオーバー・インクルージョン(過剰包摂)の問題を惹起する場合があるかどうかについては慎重に検討すべきである。その際、租税回避否認規定のオーバー・インクルージョン問題に対して異なる判断を示した東京高判令和4年3月10日訟月70巻6号719頁とその上告審・最判令和5年11月6日民集77巻8号1933頁(草野耕一裁判官の補足意見)の比較検討は有益な示唆を与えてくれるように思われる。 (了)

#No. 616(掲載号)
#谷口 勢津夫
2025/04/24
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