税理士が知っておきたい
不動産鑑定評価の常識
【第22回】
「相続税の財産評価における鑑定評価の位置付け」
~財産評価基本通達による無道路地補正だけでは不十分とされた特別の事情~
不動産鑑定士 黒沢 泰
前回は、納税者と課税庁の間で評価額をめぐり争いとなった事例のなかで鑑定評価の結果が活用された数少ないケースとして、東京地方裁判所令和元年8月27日判決を掲げました。今回もこのような事例を紹介し、参考に資したいと思います。
1 大阪地裁平成29年6月15日判決のあらまし
この判決は、無道路地を接道させ宅地として使用するためには財産評価基本通達(以下「評価通達」といいます)に定める無道路地補正を行っただけでは不十分であり、評価通達によっては適正な時価を算定することができない特別の事情があると認められた事例です(※1)。
(※1) 裁判所ホームページ「裁判例情報」掲載資料によります。
本事例では、相続した不動産(6件の土地と1件のマンション)の相続税評価額が争点となり、そのうち5件の土地とマンションについては特別の事情はないとされましたが、残り1件の土地については「特別の事情あり」とする納税者の主張が認められています。
この土地は、戸建住宅に囲まれた住宅街の中にある相当不整形な土地で、建築基準法上の接道義務を満たしておらず、いわゆる無道路地でした。そして、この土地を接道させ実際に宅地として使用するためには、評価通達が定める無道路地補正(=無道路地であることによる減額割合の適用)だけでは著しく不十分である旨判定されています。
なお、(※1)の資料には対象地の図面が添付されておらず、かつ、評価額の算出過程も掲げられていないため、本解説は公開された資料から読み取れる範囲内でのコメントであることを予めお断りしておきます。
(1) 事案の概要
納税者(Xら)は、平成21年〇月、被相続人(Y)から甲土地をはじめとする6件の土地及び1件のマンション(以下「Fマンション」といい、6件の土地を合わせて「本件各不動産」といいます)を取得しました。そして、Xらは本件各不動産につき相続税評価額を算定の上、相続税の申告をしました。
その後、Xらは当初申告した本件各不動産の評価額が過大であったという理由で2度にわたり更正の請求をしたところ、課税庁(原処分庁)に受け容れられなかったことから、これを不服として争っていたものです。
以下、判決文の記載のうち、本件事例に特に関連する個所のみ掲げます。
(2) 当事者の主張
本件の争点は、本件各不動産(甲土地、乙土地、丙土地、A土地、D土地、E土地及びFマンション)の評価額が相続開始時の時価を上回っているかどうかでした。これに関する当事者の主張は以下のとおりです。
① 課税庁(原処分庁)の主張
本件各不動産を評価通達に従って評価した結果は、本件各不動産の価額(※2)を上回らないから、納税者(Xら)において、評価通達を適用することが特に不合理である特別の事情を主張立証しなければならない。
しかし、Xらが本件各不動産について主張する下記事情は、評価通達に定める評価方式によらないことが正当として是認されるような特別の事情には当たらないだけでなく、Xらの行った鑑定評価には問題がある。
(※2) 筆者注。時価を意味しているものと推察されます。
② 納税者(Xら)の主張
無道路地である丙土地の評価額は、評価通達の適用の誤りがあり、評価通達によっては適正な時価を算定することができない特別の事情がある。また、Xらが行った本件各不動産の鑑定によれば、本件更正処分等における各不動産の評価額はいずれも客観的な交換価値を上回り、適正な時価を超えている。
(3) 裁判所の判断
① 一般的な考え方
相続税法の趣旨に鑑みれば、評価通達の定める評価方法が適正な時価を算定する方法として一般的な合理性を有するものであり、かつ、当該不動産の価額がその評価方法に従って決定された場合には、上記価額は、その評価方法によっては適正な時価を適切に算定することができない特別の事情の存しない限り、相続時における当該不動産の客観的な交換価値としての適正な時価を上回るものではないと推認するのが相当である。
なお、評価額が不動産鑑定評価額を上回るという事実は、上記特別の事情を推認させる1つの事情となり得るが、これをもって直ちに特別の事情があるということはできない。また、上記特別の事情は評価額を争う納税者において主張立証すべきものと解される。
② 本件の場合
本件において、評価通達が一般的な合理性を有することは当事者間に争いがなく、そして、評価通達の内容等に鑑みれば、評価通達が一般的な合理性を有すると認められる。また、課税庁(原処分庁)の主張する本件各不動産の評価額は、評価通達に従って決定されたものと認められる。
したがって、以下、本件各不動産に評価通達によっては適正な時価を算定することができない特別の事情が存するかどうかを中心に検討する(※3)。
(※3) 本件審理においては、本件各不動産(甲土地、乙土地、丙土地、A土地、D土地、E土地及びFマンション)についてそれぞれ特別の事情の有無が検討されていますが、紙数の関係から本稿では特別の事情が認められた「丙土地」のみ掲げます。
〇丙土地について
丙土地は戸建住宅に囲まれた住宅街の中にある相当不整形な土地であり、建築基準法上の道路と接道していないことが認められる。
この点、課税庁(原処分庁)は、評価通達に従い、丙土地が市街化区域内にあることから宅地に比準して評価することとした上で不整形地補正及び無道路地補正をしており、上記の各事情はこれらの補正によって適正に評価されていると主張する。
このうち、丙土地が不整形地であることは不整形地補正によって適切に反映されていると認められるが、丙土地が無道路地であることは無道路地補正によっても十分に考慮できていないといわざるを得ない(下線は筆者によります)。
すなわち、評価通達20-2によれば、無道路地補正は、実際に利用している路線の路線価に基づき、不整形地補正をした価額から100分の40の範囲内で通路開設費用相当額を控除する方法で行うこととなっているが、計算によれば丙土地の通路開設費用相当額は912万6,600円である。
これは丙土地の不整形地補正後の価格である549万8,612円すら上回る金額であり、その100分の40をはるかに超える金額となっている。
このように、丙土地を実際に宅地として使用するためには、建築基準法等で定める接道義務を満たすために相当多額の費用を要する。そして、現実的には雑種地として利用するしかないにもかかわらず、評価通達に定める無道路地補正では評価額に十分反映することができない。
評価通達上は、丙土地が市街化区域内にある以上、宅地に比準して評価せざるを得ないから、宅地に比準して評価したことをもって評価通達の適用を誤ったとはいえない。しかし、上記のとおり評価通達では接道義務を満たしていないことを十分に反映することができず、丙土地につき評価通達によっては適正な時価を算定することができない特別の事情があると認められる。そして、本件全証拠によっても、本件各処分における丙土地の評価額が適正な時価を上回らないと認めるに足りる証拠はない。
2 上記判決における鑑定評価の位置付け
以下、本件審理に当たった裁判所が丙土地について下した判定結果につき、特別の事情との関連から筆者の見解を述べておきます。
本件裁判例で丙土地の評価が争点となったのは、丙土地が無道路地であることによる補正率(無道路地補正率)を評価通達の定めにより算定することが妥当か否かというところにありました。すなわち、丙土地の道路との位置関係からして通路開設費用相当額が著しく多額にのぼることから、評価通達の定めにより算定した無道路地補正率では丙土地の実情を反映できないのではないかという点です。
評価通達では、無道路地補正は、実際に利用している路線の路線価に基づき、不整形地補正をした価額から100分の40の範囲内で通路開設費用相当額を控除する方法で行うこととされています(実際に利用している路線が複数ある場合は、その路線に至る距離が最も短いものを選択します)。
本件裁決例の場合、((※1)の資料には図面や補正率等の算定過程が掲げられておらず、判決文から把握できる範囲内での推測となりますが)、客観的に見積もられた通路開設費用相当額が不整形補正後の価額の100分の40を大きく上回る状況であれば、最早、100分の40の範囲内で無道路地補正率を算定すべしとする規定はその根拠を問われることとなります。このような状況が、評価通達によっては適正な時価を算定することができない特別の事情に該当し、本件判決の結果に反映されたのではないでしょうか(本件においては納税者側で不動産鑑定士に鑑定評価を依頼したことが判決文から読み取れます)。
(了)
「税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識」は、毎月第3週に掲載されます。