〔中小企業のM&Aの成否を決める〕
対象企業の見方・見られ方
【第3回】
「買い手が好意を抱く「売り手の外見」」
~その2:経営者~
公認会計士・税理士
荻窪 輝明
《今回の対象者別ポイント》
買い手企業
⇒買い手の売り手経営者に対する見方や考え方を知る。
売り手企業
⇒売り手経営者が買い手からどう見られるかを知る。
支援機関(第三者)
⇒買い手の売り手経営者に対する見方を知り支援に活かす。
その他の対象者
⇒買い手側の立場からM&A対象企業の見方を知る。
1 中小企業の経営者は企業そのもの
【第2回】で解説した「企業ウェブサイト・SNS」は、対象企業の情報を効率的に収集する手段としては有効です。とはいえM&Aは、これから長い間パートナーとして互いに認めあえる、納得のいく相手を探すものです。おのずとプロフィールや肩書以上に企業そのものが重要になります。その最たるものが「経営者」です。
なぜなら中小企業では、「経営者が企業そのもの」といえるほど重要な存在になっていることがほとんどだからです。M&Aの買い手が、売り手の経営者から得る手がかりは多く、M&A初期の段階からM&A後に至るまで、経営者の見方を知ることは企業に対する理解を深め、M&Aの成否に直結します。
2 中小企業の経営者が備えている力を知る
中小企業のM&Aでは、買い手として「売り手の経営者が退いたとしたら?」という売り手経営者不在後の企業を想像する力が求められます。
この想像が働かないと、次のようなことになりかねません。
このように、M&Aが買い手企業の思い通りにならないどころか、最悪の場合、売り手の経営者が不在になるだけで経営が傾く恐れがあります。
M&Aでは、売り手のビジネスの魅力、買い手が妥当と考える株価などについ視線がいきます。売り手経営者の軽視とまではいいませんが、経営者の見方を心得ずにM&Aを実施した結果、十分な効果を得られないケースは意外にも多いものです。
もちろん、売り手の経営者が退いたとしても、買い手側が手腕を発揮して、売り手経営者不在の穴を埋められる、さらに上回る価値を提供できるのならば、さほど問題ではありません。それでも、売り手経営者の在任期間が長ければ、通常は多くの信用や信頼、権限が集まっていたはずですから、いかに買い手側の対応が優れていても、維持するのが容易でないことは確かです。
そこで買い手としては、売り手経営者の見方の一環として、売り手経営者に通常備わっている力、言い換えると、「売り手経営者がいなくなるとどのような影響が生じうるか」についての心得があると、M&Aの備えになります。中小企業の売り手経営者は、多くの場合、次のような力を備えています。
◎信用力・信頼
《特徴》
・ビジネスの約束を果たすこと、目標や目的の達成力、真摯な姿勢、リーダーの人柄などが、長年の取組みを通じて評価されています。
〔売り手経営者がいなくなると・・・〕
・内外からの評価が高いほど、取引先、金融機関、従業員、地域住民、消費者といったステークホルダーは企業から離れていきます。当然、大口、メイン先(得意先、金融機関など)を失えば、経営に及ぼす影響は大きくなります。
◎経験と勘
《特徴》
・経営環境の理解力、時代に順応する力、商機や新規ビジネス、投資、資金繰りといった各種の経営判断力などが優れる売り手経営者は少なくありません。経営者が経験の中で培った勘が活きる場面が多いのが、中小企業の特徴の1つです。
〔売り手経営者がいなくなると・・・〕
・売り手経営者の経験と勘が活きる経営が続いてきた場合、経営ノウハウは経営者の頭の中にあります。これは、引継ぎのしようがないか、引継ぎがしにくく、今後は同じやり方が通用しなくなることを意味します。
・同業同士のM&Aでは、買い手の経験が活きることも多いですが、他業種とのM&Aでは、ノウハウの再構築が必要になり、予想外にM&A後の経営に苦戦を強いられることがあります。
◎経営者一強・求心力
《特徴》
・決裁、情報、権限、ルールといった企業の舵取りに必要な機能が経営者に集中します。
・影響力の大きな経営者の場合、経営者の言動が企業を左右します。
・経営者がオールラウンダーであることも多く、経営、営業、広報、開発、製造、財務、人事など多くの業務分野に精通することも決して珍しくありません。
〔売り手経営者がいなくなると・・・〕
・自立した人材が育っていない場合、経営者の不在で経営機能の大部分が失われ、戦力ダウンになる恐れがあります。
・権力や権限が集中していたのであれば、まさに経営者が企業そのものといえます。このような場合、M&Aに必要な情報の大部分を売り手経営者から直接入手することも可能です。
・買い手は無理して同じ経営を目指そうとはせず、別のトップダウンの形を探るか、長期の人材育成を視野に組織的な経営にシフトするなど、新たな道を模索することもひとつです。
◎公私の区別
《特徴》
・プライベートのない企業経営中心の生活、会社愛・従業員愛など、経営が生きがいとやりがいとなっている中小企業経営者は多くいます。
・私財の経営投入、借金や保証への感覚、金銭感覚など、お金との向き合い方について、個人と企業との境界線が曖昧になっているケースが多く見られます。
〔売り手経営者がいなくなると・・・〕
・買い手は、「売り手経営者以上に対象企業を愛した存在はない」と割り切ってもよいのですが、当面の間、従業員を中心に、売り手経営者ほどには熱意のないように見える買い手側の姿勢にギャップを感じる可能性があります。
・売り手経営者が個人と企業とのお金の境界線を曖昧にしていると、M&A後に資金繰りの悪化、運転資金の減少や枯渇を招く可能性があります。
売り手経営者の売り手企業での存在が大きいほど、売り手経営者の喪失による企業への影響度が増します。買い手企業としては、M&Aによって、もし売り手経営者がいなくなるとしたら、どのような経営状況になるかの予測がつくだけでも、M&A後の戦略が立てやすくなります。そこまでの備えができていれば、あとは、買い手企業の腕の見せ所です。
3 売り手経営者自身の「ココ」も気にする
買い手企業にとって、売り手経営者の売り手企業における存在感を知ることはとても重要ですが、経営者自身についても気になる点はあるはずです。一例ですが、次のような経営者の姿勢などに注意を払います。
◆お金回り・身なり
売り手経営者のお金の使い方、乗っている車、普段の身なりなどは、経営への姿勢にも表れやすいものです。M&A後の経営方針の引締めが必要か、コスト削減余地があるか、などを探ります。経営者が身ぎれいにしていることは悪くありませんが、汗をかいて頑張るタイプではないと判断されるケースもあります。
◆経営者の資質・財務感覚
自社のことやモノ・サービスについて語らせたら話が止まらないくらいでないと、中小企業の経営者は務まりません。借入金、売上高、営業利益などの主要な経営数値は即答できて当然です。これらが言えないのであれば、経営者自身が自分の商売に興味・関心がないのと同じことであり、売り手に値しないと判断してもよいほどです。
売上高には強い関心を持っているが、売掛金の回収にはまるで興味を示さないなど、現金回収までの流れを軽視する売り手経営者にも注意が必要です。
◆自慢話
中小企業の経営者たるもの、経営に自信を持つべきです。しかし、あまりに以前のことや、自分の功績ばかりを口にする売り手経営者の場合、足元の経営、将来の展望、従業員への配慮などが欠けている場合があります。売り手経営者との会話からは、特に、発する言葉の内容や真意に注意します。
◆趣味・特技
例えば、絵画や骨とう品が好きで社内に飾っている、ゴルフや酒の付き合いが好きで頻繁に外を出歩いているなどの話題から、交友関係や、営業・販売のやり方を知る手がかりになります。M&A後にも影響するかもしれませんので、これらがビジネス上必要なことか、あまり良い影響を及ぼさないものか、単なる趣味や特技なのかを見極める必要があります。
「M&A後も、売り手企業が現状のまま変化しなくてよい」と考える買い手企業は、ほとんどいません。多くは、現状からの成長、改善に期待を持ち、意欲を燃やしています。
売り手経営者が買い手企業成長の阻害要因になるようであれば、経営者の続投にも難色を示すはずです。経営者との協議を通じて、M&A後に残すこと、捨てることを選別できる目利き力を養うのも買い手企業として大切なことです。
(了)
「〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方」は、毎月第1週に掲載されます。