Ⅷ 金融庁の平成28年度有価証券報告書レビューの審査結果
平成29年3月31日に金融庁より「平成28年度有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」が公表された。これは、平成28年度の有価証券報告書レビューに関して、平成29年3月31日時点までの実施状況を踏まえ、複数の会社に共通して記載内容が不十分であると認められた事項に関し、記載に当たっての留意すべき点を取りまとめたものである。
レビュー結果の内容は、上場会社のみならず、非上場会社の平成30年3月期決算においても参考となる箇所がある。
1 企業結合に関する会計基準
《事例(1)》
取得による企業結合に直接関連する、外部のアドバイザー等に支払った特定の手数料等があるにもかかわらず、「取得による企業結合が行われた場合の注記」において、主要な取得関連費用の内容及び金額を記載していない事例
《留意点》
主要な取得関連費用が生じている場合、「取得による企業結合が行われた場合の注記」において、その内容及び金額を記載する必要がある。
《事例(2)》
連結子会社における当該連結子会社の非支配株主との取引による親会社の持分変動の結果、連結財務諸表において資本剰余金の増加が生じているにもかかわらず、「共通支配下の取引等の注記」において、増加した資本剰余金の主な変動要因及び金額を記載していない事例
《留意点》
非支配株主との取引によって親会社の持分変動が生じている場合、「共通支配下の取引等の注記」において、非支配株主との取引によって増加又は減少した資本剰余金の主な変動要因及び金額を記載する必要がある。
2 工事契約
《事例(1)》
工事の変更契約が行われた場合において、当事者間で合意した内容を実質的に考慮すれば、当該変更契約を当初の工事契約と一体の取引単位として取り扱うべきであるにもかかわらず、当初の工事契約とは別個の取引単位として取り扱っている事例
《留意点》
工事契約に係る認識の単位は、当事者間で合意された実質的な取引の単位とする必要がある。
《事例(2)》
工事契約の当事者間に工事契約の変更(追加工事)についての対価に係る合意がないにもかかわらず、当該対価を工事収益総額に含めている事例
《留意点》
工事契約の変更としての対価の変更は、それが何らかの形で合意された時点で、それに基づく信頼性のある見積りができる場合に限り、合意された変更を工事収益総額に反映する。
《事例(3)》
追加で発生することが見込まれる費用を考慮していないなど、合理的な見積データを基礎として工事損失引当金の認識を行っていない事例
《留意点》
工事損失引当金の見積りは、合理的な見積データを基礎として行う必要がある。
《事例(4)》
別々に工事進行基準を適用している工事契約を複数まとめて工事損失の見積りを行っていることにより、工事損失引当金が過少になっている事例
《留意点》
工事損失引当金の認識は、原則として工事契約の認識の単位ごとに行う必要がある。
3 棚卸資産
《事例(1)》
仕掛品に係る正味売却価額を直近の製造原価としている事例
《事例(2)》
正味売却価額について、売価から見積追加製造原価及び見積販売直接経費を控除して算定していない事例
《留意点》
棚卸資産の正味売却価額については、売価から見積追加製造原価及び見積販売直接経費を控除して算定する必要がある。
《事例(3)》
正味売却価額の見積りに用いた売価について、販売(実現)可能性を考慮していない事例
《留意点》
売却市場における合理的に算定された価額を売価として用いる場合、当該価額は同等の棚卸資産を売却市場で実際に販売可能な価額として見積ることが適当である。
4 包括利益計算書
《事例(1)》
取得原価で計上されている有価証券に係る売却損益など、当期及び過去の期間にその他の包括利益に含まれていない項目を、組替調整額として開示している事例
《留意点》
組替調整額は、当期及び過去の期間にその他の包括利益に含まれていた項目が当期純利益に含められた金額に基づいて計算する必要がある。
《事例(2)》
繰延ヘッジ損益について、ヘッジ対象に係る損益が認識されたこと等に伴って当期純利益に含められた金額や、ヘッジ対象とされた予定取引で購入した資産の取得価額に加減された金額があるにもかかわらず、それらの金額を組替調整額等として開示していない事例
《留意点》
繰延ヘッジ損益について、ヘッジ対象に係る損益が認識されたこと等に伴って当期純利益に含められた金額を組替調整額として開示する必要があること、また、ヘッジ対象とされた予定取引で購入した資産の取得価額に加減された金額は組替調整額に準じて開示する必要がある。
《事例(3)》
為替換算調整勘定について、連結子会社に対する持分の減少(全部売却及び清算を含む)に伴って取り崩され当期純利益に含められた金額があるにもかかわらず、その金額を組替調整額として開示していない事例
《留意点》
為替換算調整勘定について、連結子会社に対する持分の減少(全部売却及び清算を含む)に伴って取り崩され当期純利益に含められた金額を組替調整額として開示する必要がある。
《事例(4)》
年金資産(退職給付信託を含む)の返還に伴い損益として認識した、当該年金資産に対応する未認識数理計算上の差異の金額があるにもかかわらず、その金額を組替調整額として開示していない事例
《留意点》
年金資産(退職給付信託を含む)の返還に伴い損益として認識した、当該年金資産に対応する未認識数理計算上の差異の金額については、組替調整額として開示する必要がある。
5 1株当たり情報
《事例(1)》
ワラントが存在する場合における潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定において、ワラントが期中に消滅又は行使された影響を考慮していない事例
《留意点》
ワラントが存在する場合における潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定においては、ワラントが期中に消滅、消却又は行使された部分について、期首又は発行時から当該消滅時、消却時又は行使時までの期間に応じた普通株式数を算定する必要がある。
《事例(2)》
ワラントが存在する場合における潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定において、期中平均株価ではなく過去数年の平均株価や期末株価にて普通株式を買い受けたと仮定した普通株式数を用いている事例
《留意点》
ワラントが存在する場合における潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定にあたっては、希薄化効果を有するワラントが期首又は発行時においてすべて行使されたと仮定した場合に発行される普通株式数から、期中平均株価にて普通株式を買い受けたと仮定した普通株式数を差し引いて算出した普通株式増加数を用いる必要がある。
6 その他
《事例(1)》
質的重要性(当該事項の性質等)について全く考慮していない事例
《事例(2)》
金額的重要性について単一の指標のみ(例えば、総資産に対する比率のみ)を検討し、その他の指標について検討していない事例
《留意点》
重要性が乏しいことを理由として記載を省略する場合には、重要性の有無について、慎重かつ総合的に検討すべきことに留意する。
⇒注記を省略する場合、金額的重要性のみならず、質的重要性も考慮する必要がある。
⇒また、金額的重要性の検討においては、単一の指標のみならず、複数の指標をもとに検討が必要となる場合がある。
実務対応報告第34号
「債券の利回りがマイナスとなる場合の退職給付債務等の計算における割引率に関する当面の取扱い」
実務対応報告公開草案第54号
「実務対応報告第34号の適用時期に関する当面の取扱い(案)」
(了)
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