XII 今後の改正予定
ASBJより、2018年8月30日に「金融商品に関する会計基準の改正についての意見の募集」が公表された。また、2019年1月18日に「企業会計基準公開草案第63号「時価の算定に関する会計基準(案)」等が公表された。
1 金融商品に関する会計基準の改正についての意見の募集
日本では、1999年に「金融商品に係る会計基準」が設定されて以降、抜本的な改正は行われていない。一方、IFRSでは、近年、大幅な改訂を行い、IFRS第9号「金融商品」が公表されている。
このような状況で、日本でも「金融商品に係る会計基準」の改正が必要ないかどうかを判断するために、意見募集が行われた。
意見募集の主要な論点は、以下のとおりである。
(1) 金融商品の分類及び測定
① 株式についてOCIオプション(※)を適用した場合、当該株式の売却時に損益が計上されず、また減損損失が計上されない(ノンリサイクリング処理)。
(※) OCIオプションとは、売買目的保有でない金融商品について、当初認識時に公正価値の事後の変動を純損益ではなく、その他の包括利益に認識するという取り消しできない選択のこと。
② 非上場株式について、貸借対照表において公正価値測定が求められる(評価差額は、原則として損益に計上される。ただし、OCIオプションが適用可能)。
③ 日本基準において認められている管理上の区分による金融資産の組込デリバティブの区分処理が認められず、リスク管理方法に影響を及ぼす可能性がある。
(2) 金融資産の減損
① 日本基準のように債務者の状況に応じた債権区分(一般債権、貸倒懸念債権及び破産更生債権等)に対応して貸倒引当金を計上するのではなく、個々の債権単位で債権の信用リスクが当初認識以降に著しく増大しているかどうかを評価したうえで予想信用損失を測定し、個々の債権の信用リスクに基づく予想信用損失を測定する。また、個々の債権に対する信用リスクのデータを整備し、当該データを保存するプロセスの整備やシステムの改修等が必要となる。
② 将来予測的な情報に基づき、企業の信用リスクを適切に反映する予想信用損失を測定する。また、将来予測的な情報を反映するためのデータの整備やその反映方法の妥当性を検証するプロセスの構築等が必要となる。
(3) ヘッジ会計
① ヘッジ有効性の定量的な評価が求められず、事後的にヘッジ有効性を満たさなくなった場合でも一定の状況ではヘッジ会計が継続される。ただし、原則として、ヘッジ非有効部分を算定して損益に認識する。
② 金利スワップの特例処理や振当処理が認められなくなるため、他のデリバティブと同様に、時価がデリバティブの貸借対照表価額となる。そのため、金利スワップの特例処理や振当処理を適用している取引についてヘッジ会計を行う場合には、決算プロセスの変更等が必要となる。
③ 銀行業及び保険業における包括ヘッジの対象となるヘッジ取引についてヘッジ会計を適用する場合、ヘッジ会計の要件に対応するためのプロセスの変更等が必要となる可能性がある。
今後、上記のような改正が行われる可能性もあるため、留意が必要である。
2 時価の算定に関する会計基準(案)
日本では、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」等において、時価(公正な評価額)の算定が求められているが、算定方法に関する詳細なガイダンスは公表されていなかった。一方、IFRSではIFRS第13号「公正価値測定」が公表されている。
そこで、2019年1月18日に、ASBJより企業会計基準公開草案第63号「時価の算定に関する会計基準(案)(以下、「時価基準案」という)」が公表された。また、以下の公開草案も公表された。
- 企業会計基準公開草案第64号(企業会計基準第9号の改正案)「棚卸資産の評価に関する会計基準(案)(以下、「棚卸資産基準案」という)」
- 企業会計基準公開草案第65号(企業会計基準第10号の改正案)「金融商品に関する会計基準(案)(以下、「金融商品基準案」という)」
- 企業会計基準適用指針公開草案第63号「時価の算定に関する会計基準の適用指針(案)(以下、「時価指針案」という)」
- 企業会計基準適用指針公開草案第64号(企業会計基準適用指針第14号の改正案)「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針(案)」
- 企業会計基準適用指針公開草案第65号(企業会計基準適用指針第19号の改正案)「金融商品の時価等の開示に関する適用指針(案)(以下、「金融商品開示指針案」という)」
また、日本公認会計士協会からも以下について改正の公開草案が公表されている。
- 会計制度委員会報告第4号「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」
- 会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針(以下、「金融商品指針案」という)」
- 金融商品会計に関するQ&A
上記、改正の内容は、以下のとおりである。
(1) 時価基準案の範囲
時価基準案は、以下の項目の時価に適用する(時価基準案3、25~27)。
・金融商品基準案における金融商品
・棚卸資産基準案におけるトレーディング目的で保有する棚卸資産
(2) 時価の定義
「時価」とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格をいう(時価基準案5)。
【時価の算定の基本的な考え方】
➤時価は、直接観察可能であるかどうかにかかわらず、算定日における市場参加者間の秩序ある取引が行われると想定した場合の出口価格(資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格)であり、入口価格(交換取引において資産を取得するために支払った価格又は負債を引き受けるために受け取った価格)ではない(時価基準案30(2))。
➤同一の資産又は負債の価格が観察できない場合に用いる評価技法には、関連性のある観察可能なインプットを最大限利用し、観察できないインプットの利用を最小限にする(時価基準案30(3))。
なお、現行の金融商品基準においては、その他有価証券の期末の貸借対照表価額に期末前1ヶ月の市場価格の平均に基づいて算定された価額を用いることができる定めがあるが、この平均価額は、上記の時価の定義を満たさないことから削除する(金融商品指針案91)。
(注) その他有価証券の減損を行うか否かの「判断」において、期末前1ヶ月の市場価格の平均に基づいて算定された価額を用いることができる取扱いは踏襲されている。なお、この場合であっても、減損損失の「算定」には期末日の時価を用いる(金融商品指針案284)。
(3) 時価の算定単位
資産又は負債の時価を算定する単位は、それぞれの対象となる資産又は負債に適用される会計処理又は開示による(時価基準案6)。
しかし、以下の①から⑤要件のすべてを満たす場合には、特定の市場リスク(市場価格の変動に係るリスク)又は特定の取引相手先の信用リスク(取引相手先の契約不履行に係るリスク)に関して金融資産及び金融負債を相殺した後の正味の資産又は負債を基礎として、当該金融資産及び金融負債のグループを単位とした時価を算定することができる。なお、この取扱いは特定のグループについて毎期継続して適用し、重要な会計方針において、その旨を注記する(時価基準案7)。
① 企業の文書化したリスク管理戦略又は投資戦略に従って、特定の市場リスク又は特定の取引相手先の信用リスクに関する正味の資産又は負債に基づき、当該金融資産及び金融負債のグループを管理していること。
② 当該金融資産及び金融負債のグループに関する情報を企業の役員に提供していること。
③ 当該金融資産及び金融負債を各決算日の貸借対照表において時価評価していること。
④ 特定の市場リスクに関連して本項の定めに従う場合には、当該金融資産と金融負債のグループの中で企業がさらされている市場リスクがほぼ同一であり、かつ、当該金融資産と金融負債から生じる特定の市場リスクにさらされている期間がほぼ同一であること。
⑤ 特定の取引相手先の信用リスクに関連して本項の定めに従う場合には、債務不履行の発生時において信用リスクのポジションを軽減する既存の取決め(例えば、取引相手先とのマスターネッティング契約又は当事者の信用リスクに対する正味の資産又は負債に基づき担保を授受する契約)が法的に強制される可能性についての市場参加者の予想を時価に反映すること。
(4) 時価の算定方法
時価の算定にあたっては、状況に応じて、十分なデータが利用できる評価技法(例えば、マーケット・アプローチやインカム・アプローチ)を用いる。評価技法を用いるにあたっては、関連性のある観察可能なインプットを最大限利用し、観察できないインプットの利用を最小限にする(時価基準案8)。
【インプット】
時価の算定に用いる「インプット」は、以下の順に優先的に使用する(レベル1のインプットが最も優先順位が高く、レベル3のインプットが最も優先順位が低い)(時価基準案11)。
① 【レベル1のインプット】
時価の算定日において、企業が入手できる活発な市場における同一の資産又は負債に関する相場価格であり調整されていないものをいう(例えば、株価)。
当該価格は、時価の最適な根拠を提供するものであり、当該価格が利用できる場合には、原則として、当該価格を調整せずに時価の算定に使用する。
② 【レベル2のインプット】
資産又は負債について直接又は間接的に観察可能なインプットのうち、レベル1のインプット以外のインプットをいう(例えば、LIBOR)。
③ 【レベル3のインプット】
資産又は負債について観察できないインプットをいう(例えば、ヒストリカル・ボラティリティ)。当該インプットは、関連性のある観察可能なインプットが入手できない場合に用いる。
【負債又は払込資本を増加させる金融商品の時価】(時価基準案14、15)
負債又は払込資本を増加させる金融商品については、時価の算定日に市場参加者に移転されるものと仮定して、時価を算定する。
負債の時価の算定にあたっては、負債の不履行リスクの影響を反映する。負債の不履行リスクとは、企業が債務を履行しないリスクであり、企業自身の信用リスクに限られるものではない。また、負債の不履行リスクについては、当該負債の移転の前後で同一であると仮定する。
【第三者から入手した相場価格の利用】
取引相手の金融機関、ブローカー、情報ベンダー等、第三者から入手した相場価格が時価基準案に従って算定されたものであると判断する場合、当該価格を時価の算定に用いることができる(時価指針案18)。
上記にかかわらず、総資産の大部分を金融資産が占め、かつ総負債の大部分を金融負債及び保険契約から生じる負債が占める企業集団又は企業(例えば、銀行、保険会社、証券会社等)以外の企業集団等においては、「第三者が客観的に信頼性のある者で企業集団等から独立した者であり、公表されているインプットの契約時からの推移と入手した相場価格との間に明らかな不整合はないと認められる場合」で、かつ、「レベル2の時価に属すると判断される場合」には、以下のデリバティブ取引については、当該第三者から入手した相場価格を時価とみなすことができる(時価指針案24)。
・インプットである金利がその全期間にわたって一般に公表されており観察可能である同一通貨の固定金利と変動金利を交換する金利スワップ(いわゆるプレイン・バニラ・スワップ)
・インプットである所定の通貨の先物為替相場がその全期間にわたって一般に公表されており観察可能である為替予約
(5) 市場価格のない株式等
時価基準案においては、時価のレベルに関する概念を取り入れ、たとえ観察可能なインプットを入手できない場合であっても、入手できる最良の情報に基づく観察できないインプットに基づき時価を算定する。このような考え方の下では、原則として時価を把握することが極めて困難な有価証券は想定されないことから、時価を把握することが極めて困難な有価証券の記載を削除している(金融商品基準案19)。
しかし、市場価格のない株式等に関しては、たとえ何らかの方式により価額の算定が可能としても、それを時価とはしないとする従来の考え方を踏襲し、引き続き取得原価をもって貸借対照表価額とする(金融商品基準案81-2)。
(6) 注記
金融商品の注記に関して、従来の注記に加えて、金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項として以下を注記する(重要性が乏しいものは注記を省略することができる)。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表において記載することを要しない(金融商品基準案40-2、金融商品開示指針案5-2)。
注記
① 時価をもって貸借対照表価額とする金融資産及び金融負債について、適切な区分に基づき、貸借対照表日におけるレベル1の時価の合計額、レベル2の時価の合計額及びレベル3の時価の合計額をそれぞれ注記する。
② 貸借対照表日における時価を注記する金融資産及び金融負債(上記①で注記する金融資産及び金融負債を除く)について、適切な区分に基づき、貸借対照表日におけるレベル1の時価の合計額、レベル2の時価の合計額及びレベル3の時価の合計額をそれぞれ注記する。
③ 上記①及び②に従って注記される金融資産及び金融負債のうち、貸借対照表日における時価がレベル2の時価又はレベル3の時価に分類される金融資産及び金融負債について、適切な区分に基づき、以下を注記する。
① 時価の算定に用いた評価技法及びインプットの説明
② 時価の算定に用いる評価技法又はその適用を変更した場合、その旨及び変更の理由
④ 時価をもって貸借対照表価額とする金融資産及び金融負債について、当該時価がレベル3の時価に分類される場合、適切な区分に基づき、以下を注記する。
(ⅰ) 時価の算定に用いた重要な観察できないインプットに関する定量的情報
ただし、企業自身が観察できないインプットを推計していない場合(例えば、過去の取引又は第三者から入手した価格を調整せずに使用している場合)には、記載を要しない。
(ⅱ) 時価がレベル3の時価に分類される金融資産及び金融負債の期首残高から期末残高への調整表
調整表を作成するにあたっては、以下を区別して示す。
ア 当期の損益に計上した額及びその表示科目
イ 当期のその他の包括利益に計上した額及びその表示科目
ウ 購入、売却、発行及び決済のそれぞれの額(ただし、これらの額の純額を示すこともできる。)
エ レベル1の時価又はレベル2の時価からレベル3の時価への振替額及び当該振替の理由
オ レベル3の時価からレベル1の時価又はレベル2の時価への振替額及び当該振替の理由
また、上記アに定める当期の損益に計上した額のうち貸借対照表日において保有する金融資産及び金融負債の評価損益及びその損益計算書における表示科目、上記エ及びオの振替時点に関する方針を注記する。
(ⅲ) レベル3の時価についての企業の評価プロセス(例えば、企業における評価の方針及び手続の決定方法や各期の時価の変動の分析方法等)の説明
(ⅳ) 上記(ⅰ)の重要な観察できないインプットを変化させた場合に貸借対照表日における時価が著しく変動するときは、観察できないインプットを変化させた場合の時価に対する影響に関する説明
また、当該観察できないインプットと他の観察できないインプットとの間に相関関係がある場合には、当該相関関係の内容及び当該相関関係を前提とすると時価に対する影響が異なる可能性があるかどうかに関する説明を注記する。
(7) 適用時期等
① 適用時期
2020年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。ただし、2021年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度の年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用することができる。
また、2020年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度の年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用することも妨げない(時価基準案16、17)。
【第三者から入手した相場価格】
第三者から入手した相場価格(上記(4)参照)の利用にあたっては、2021年4月1日以後開始する事業年度から適用する。それまでの間は現行の取扱いを継続することができる(時価指針案26)。
【投資信託】
投資信託の時価の算定に関しては、時価基準等公表後概ね1年をかけて検討を行うこととし、それまでの間は現行の取扱いを踏襲する。なお、この間は以下の便宜的な時価のレベルの分類が定められている。
① 算定日において市場価格を時価とする場合は、当該市場が活発か否かに応じてレベル1の時価又はレベル2の時価に分類する。
② 信託約款又は規約の定めにより算定日において基準価格で無条件に解約可能な投資信託について、当該基準価格を時価とする場合は、当該投資信託の設定取引又は解約取引が活発か否かに応じてレベル1の時価又はレベル2の時価に分類する。
③ 上記①又は②以外の場合には、便宜、レベル3の時価に分類する。この場合において、金融商品開示指針案5-2(4)①から④の注記(上記(6)④参照)は要しない。
② 経過措置
(ⅰ) 時価基準案及び時価指針案の適用初年度においては、時価基準案及び時価指針案が定める新たな会計方針を、将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する(時価基準案19)。
(ⅱ) 上記(ⅰ)にかかわらず、時価の算定にあたり観察可能なインプットを最大限利用しなければならない定めなど、時価基準案及び時価指針案の適用に伴い時価を算定するために用いた方法を変更することとなった場合で、当該変更による影響額を分離することができるときは、会計方針の変更に該当する。そして、当該会計方針の変更を過去の期間のすべてに遡及適用することができる(時価基準案20)。
また、適用初年度の期首より前に新たな会計方針を遡及適用した場合の累積的影響額を、適用初年度の期首の利益剰余金及びその他の包括利益累計額又は評価・換算差額等に加減し、当該期首残高から新たな会計方針を適用することもできる(時価基準案20)。
これらの場合、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更の注記が必要となる(時価基準案20、企業会計基準第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」10)。
【注記】
注記(上記(6)参照)について、適用初年度の比較情報は不要である。また、期首残高から期末残高への調整表(上記(6)④(ⅱ)参照)について、金融商品基準案を年度末の財務諸表から適用する場合には、適用初年度は省略することができる(金融商品開示指針案7-4、7-5)。
【棚卸資産】
トレーディング目的で保有する棚卸資産が、時価の定義の見直しにより生じる会計方針の変更については、時価基準案の適用初年度における取扱いと同様に将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する(棚卸資産基準案21-7)。
【金融商品】
その他有価証券の期末の貸借対照表価額に期末前1ヶ月の市場価格の平均に基づいて算定された価額を用いることができる定めの削除(上記(2)参照)や、市場価格のない株式等以外の時価を把握することが極めて困難な有価証券の定めの削除(上記(5)参照)など、時価の定義の見直しに伴う会計方針の変更は、将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する(金融商品基準案44-2)。
(連載了)