Ⅷ 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
2019年12月に成立した改正会社法により、上場株式を発行している株式会社が、取締役等の報酬等として株式の発行等をする場合には、金銭の払込み等を要しないことが新たに定められた(会社法202の2)。これを受けてASBJでは、2021年1月28日に実務対応報告第41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い(以下、「株式取扱い」という)」を公表した。
また、以下の会計基準の改正も公表した。
- 企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」
- 企業会計基準適用指針第8号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準等の適用指針」
1 適用範囲
会社法第202条の2に基づく取締役の報酬等として株式を無償交付する取引を対象としている(株式取扱い3)。また、当該取引は、「事前交付型」と「事後交付型」が想定されている(株式取扱い4(7)(8))。
〔事前交付型〕
取締役の報酬等として株式を無償交付する取引のうち、対象勤務期間の開始後速やかに、契約上の譲渡制限が付された株式の発行等が行われ、権利確定条件が達成された場合には譲渡制限が解除されるが、権利確定条件が達成されない場合には企業が無償で株式を取得する取引
〔事後交付型〕
取締役の報酬等として株式を無償交付する取引のうち、契約上、株式の発行等について権利確定条件が付されており、権利確定条件が達成された場合に株式の発行等が行われる取引
【留意事項】
➤株式取扱いに定めのないその他の会計処理については、類似する取引又は事象に関する会計処理が、企業会計基準8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下、「ストック・オプション基準」という)又は企業会計基準適用指針第11 号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針(以下、「ストック・オプション指針」という)」に定められている場合には、これに準じて会計処理を行う(株式取扱い19)。
➤今までの実務で行われていた、金銭を取締役等の報酬等とした上で、取締役等に株式会社に対する報酬支払請求権を現物出資財産として給付させることによって株式を交付する取引については適用されない(株式取扱い26)。
2 会計処理
会社法第202条の2に基づく取締役の報酬等として株式を無償交付する取引は、ストック・オプションと類似しているため、ストック・オプション基準に準じて会計処理を行う(株式取扱い38)。
一方、会社法第202条の2に基づく取締役の報酬等として株式を無償交付する取引には、「事前交付型」と「事後交付型」があるため、株式が交付されるタイミングが異なる点や、事前交付型において、株式の交付の後に株式を無償で取得する点については、取引の形態ごとに異なる会計処理を行う(株式取扱いの公表に当たって「■会計処理」参考)。
(1) 事前交付型の会計処理
事前交付型の会計処理について、「新株発行」の場合と「自己株式の処分」の場合に分けて規定されている(株式取扱い5~14、40、42、46)。
(※) 「没収」とは、事前交付型において、権利確定条件が達成されなかったことによって、企業が無償で株式を取得することが確定することをいう(株式取扱い4(16))。
設例①
P社(3月決算)は、X5年6月の定時株主総会において、取締役に対して、会社法第202条の2に基づく新株発行又は自己株式の処分(いずれも譲渡制限あり)を行うことを決議した。
-前提-
- 取締役数:10名
- 割当日(付与日):X5年7月1日
- 譲渡制限解除日:X10年7月1日(対象期間は60ヶ月)
- 退任した場合:自己都合で退任した場合、会社が無償取得
- 株式の数:取締役1名当たり10,000株
- 公正な評価単価:@5,000円
- 自己株式の簿価:@4,000円
- 当初の退任見込み:X10年6月30日までに2名退任すると見込んでいる(期末における将来の退任見込みの見直しは不要)。
- 実際の退任:X10年6月に自己都合により3名退任した。
- 払込資本は、資本金に1/2、資本準備金に1/2とする。
※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。
(※1) 10,000株 × 10名 × @4,000円 = 400,000,000
(※2) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 9ヶ月/60ヶ月 = 60,000,000
(※3) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 21ヶ月/60ヶ月 - 60,000,000= 80,000,000
(※4) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 33ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000)= 80,000,000
(※5) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 45ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000)= 80,000,000
(※6) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 57ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000)= 80,000,000
(※7) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-3名)× 60ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000)= △30,000,000
(※8) 10,000株 × 3名 × @4,000円 = 120,000,000
(2) 事後交付型の会計処理
事後交付型の会計処理について、「新株発行」の場合と「自己株式の処分」の場合に分けて規定されている(株式取扱い15~18)。
設例②
P社(3月決算)は、X5年6月の定時株主総会において、一定の条件を達成した場合に、取締役に対して、会社法第202条の2に基づく新株発行又は自己株式の処分を行うことを決議した。
-前提-
- 取締役数:10名
- 権利確定条件:X5年7月1日からX10年6月30日(60ヶ月)まで取締役として業務を遂行すること
- 退任した場合:自己都合で退任した場合、会社が無償取得
- 株式の数:取締役1名当たり10,000株
- 公正な評価単価:@5,000円
- 自己株式の簿価:@4,000円
- 当初の退任見込み:X10年6月30日までに2名退任すると見込んでいる(期末における将来の退任見込みの見直しは不要)。
- 実際の退任:X10年6月に自己都合により3名退任した。
- 払込資本は、資本金に1/2、資本準備金に1/2とする。
※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。
(※1) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 9ヶ月/60ヶ月 = 60,000,000
(※2) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 21ヶ月/60ヶ月 - 60,000,000= 80,000,000
(※3) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 33ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000)= 80,000,000
(※4) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 45ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000)= 80,000,000
(※5) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-2名)× 57ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000)= 80,000,000
(※6) 10,000株 × @5,000円 ×(10名-3名)× 60ヶ月/60ヶ月 -(60,000,000+ 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000 + 80,000,000)= △30,000,000
(※7) 10,000株 × 7名 × @4,000円 = 280,000,000
3 注記事項
会計処理はストック・オプション基準に準じているため、注記についてもストック・オプション基準及びストック・オプション指針を基礎として、注記事項が定められている(株式取扱い52)。
(1) 注記事項
年度の財務諸表において、以下の事項を注記する(株式取扱い20)。
注記に関する具体的な内容や記載方法、株式取扱いに定めのない会計処理に係る注記については、ストック・オプション指針第27項、第28項(2)、第29項、第30項、第33項及び第35項に準じて注記を行う(株式取扱い21)。
(2) 1株当たり情報
〔1株当たり当期純利益〕
➤事後交付型におけるすべての権利確定条件を達成した場合に交付される株式は、「潜在株式」として取り扱い、潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定において、ストック・オプションと同様に取り扱う(株式取扱い22)。
➤事後交付型において業績条件が付されている場合は、条件付発行可能潜在株式と同様に取り扱い、勤務条件のみが付されている場合は、ワラントと同様に取り扱う(株式取扱い53)。
〔1株当たり純資産〕
1株当たり純資産の算定上、株式引受権の金額は、期末の純資産額の算定において、貸借対照表の純資産の部の合計額から控除する(株式取扱い22)。
(3) 関連当事者注記
取締役の報酬等として株式を無償交付する取引は、資本取引の側面よりも報酬等としての側面を重視して、関連当事者との取引に関する開示は要しない(株式取扱い55)。
(4) 後発事象注記
改正会社法は、2021年3月1日施行であり、株式取扱いはその日以後に生じた取引から適用される(以下4参照)。一方、上場会社が取締役等の報酬等として株式を無償交付する場合には株主総会の決議が必要となるため、2021年3月31日までに発行されることは稀であると考えられる。
ただし、2021年3月期の定時株主総会で決議する場合には、重要な後発事象の注記が必要ないかどうか検討する必要がある。
4 適用時期
改正会社法の施行日である2021年3月1日以後に生じた取引から適用する。なお、その適用については、会計方針の変更には該当しない(株式取扱い23)。